裏庭へつづく木戸をあけて

une porte dérobée du jardin

ある自死遺族のつぶやき

碧岡烏兎  MIDORIOKA Uto

表紙写真 公園のベンチ

このページは文章表現のウェブサイト、『烏兎の庭』へのもう一つの入口です。

このページから本編に行くことはできますが、本編からは直接このページに来ることはできないようになっています。

このページの目的は、「自死遺族」という言葉をあえて使うことで、自死遺族という言葉で検索した人を『烏兎の庭』へ招くことです。


私は、自死遺族の一人です。1981年2月6日、七つ離れた姉を失くしました。私は当時小学6年生、姉は19歳の誕生日まで3週間という若さでした。

その事実は、本編では明示していません。自死遺族であることさえ、遠まわしにしか書いていません。

ウェブサイトには、ある主題に焦点を当てたものが多くあります。音楽や映画や本についての感想や、病気の体験記、自死遺族の手記もあります。でも、『庭』が目指しているのは、そのような、ある主題に特化したサイトではありません。

言葉を換えれば、「自死遺族」という属性を前面に出して文章を書くことを私は望んでいません。「自死遺族」であることは、私にとって重要なことですが、私のすべてではありません。私には一人の人間としてさまざまな面があります。

男性であり、日本国民であり賃金労働者、すなわちサラリーマンであり、夫でもあり、親でもあります。酒好きであり、音楽好きでもあり、ある程度の読書家でもあります。

自死遺族であることは、そうした私がもつ多くの面のうちの一つに過ぎません。私は、自死遺族としてのみ、私が見られることを望んでいません。

その一方で、私は、多くの「自死遺族」という主題に特化したサイトを閲覧しています。そのなかには、自死遺族の体験記や、自死遺族が集う掲示板もあります。

そうしたサイトを見ながら、同じ体験をした人たちに、私の文章を読んでもらいたいと思うこともあります。このページを書き出した理由はそこにあります。


自死遺族とは、何か。それは、隠れて生きる人々です。それはまた、秘密を抱えながら生きる人々です

自死遺族であることは、少なくとも現代の日本社会では差別の理由には必ずしもなりません。しかし、自死遺族であることを明らかにすれば、他人から興味本位で奇異な視線を浴びることになります。それは、その属性だけで他人に見られることです。

だから、自死遺族は自らが自死遺族であることを明らかにしません、秘密にしておきます。しかし、そのことが自死遺族のなかに矛盾と苦悩を生みます。なぜなら自死遺族であることは、その人がその人である最も重要な一面だからです。少なくとも私にとってはそうです。

この下に掲げる文章は、数年前に、自死遺族の集うある掲示板に私が書き込んだ文章です。今でも、秘密を抱えて生きる苦しみが率直に表れていると思います。


はじめまして。

これまで時々、このような掲示板を探して、のぞいみたりもしていました。
   でも読むばかりで、書くことはできませんでした。ここでもたくさんの書き込みを読みました。
   そうしているうちに何か書いてみたい、打ち明けたいという気持になってきたので、少し書いてみます。
   あのことを書くということ自体が、とっても力のいることなのです。

わたしは小学校の卒業間近に姉を失くしました。
   もう20年以上たっています。
   でもいまだにわからないのです。
   あの出来事が私にとって何だったのか。
   思春期のはじまる直前に仲のよかった姉を自死でなくすということは、特別な体験だったのか。
   それとも大切な人をなくすという意味では、誰でもがもちうる体験なのか。

小学校ではみんな知っていました。新聞にも出ましたから。
   でも引越はしませんでした。

中学では、知っている人と知らない人がいました。高校でもそうでした。
   そういう不安定な状態がいやで、友達になれると思った人、好きになった女の子には打ち明けてきました。
   打ち明けなければ友達とは呼べないし、嘘をついているように感じたからです。

でもなぜか、打ち明けた友達は疎遠になってしまいました。
   向こうが悪いのではなく、秘密を話しておきながら、秘密を知られたのが嫌で、こちらから遠ざかってしまうのです。
   大人になった今でも思います。

私は人間関係能力に致命的な欠陥があるのではないか。
   人をそれを知っている人と知らない人に区別します。
   知らない人は友達にはなれません。知った友達からは何となく遠ざかってしまいます。

   私の人生はずっと薄曇りで、からっと晴れ渡ることがありません。
   そして毎年同じ季節に、どうしようもなく苦しく悲しくなるのです。

まだまだ書きたいことがあります。
   今まで誰にも話せなかったことがたくさんあります。
   ここに書くことで、癒されるのか、さらに苦しみを呼び起こすのか、今はわかりません。

でも他の人の書き込みをみているうちに、書いてみようと思ったのです。


烏兎の庭 開演日:烏兎の庭 箱庭 11/28/2009/SAT
初公開日:烏兎の庭 箱庭 第六部 終わりの始まり 2.6.20

烏兎の地図――庭園案内板から事項索引:自死・自死遺族
 
烏兎の地図――庭園案内板から事項索引:悲嘆

烏兎の庭 入口

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