スイスオーストリア
    
のロマネスク
  Romanesque
   in Switzerland and Austria
 
 
   
 
  柱頭彫刻 Châpiteau
  Ancienne Abbatiale
 Payerne
   
Suisse (Vaud)
  
                 
 
 アルプスの北側には、著名ではないが興味深い
ロマネスクの遺構が残されている。
 スイスではライン・ロンバルディア・ブルゴー
ニュなど、隣接する地方からの影響が大きい。
 宗教改革以来修道院などカトリックの破壊が行
われ、ロマネスク建築や絵画がかなり喪失したの
が残念である。
 それでも、随所に残されている珠玉の如き彫刻
やフレスコ画を訪ねる旅は、自然の風景と共に魅
力的である。
    
 オーストリアのロマネスクの中心は、ウィーン
ではなくザルツブルグだった。代表的な三つの寺
院を探訪してみた。
 
   
 
スイスの州概略図と州都 (●)
 
  1 Genève (Genève)  2 Vaud (Lausanne)
  
3 Neuchâtel (Neuchâtel)     
  
4 Fribourg (Fribourg)  5 Valais (Sion)  
  
6 Bern (Bern)    7 Jura (Delémont)  
  8 Solothurn
(Solothurn)  9 Basel (Basel)
 10 Aargau (Aarau)   11 Luzern (Luzern)
 12 Unterwalden (Stans)  13 Zug (Zug)  
 14
Zürich (Zürich)     
 15 Schaffhausen (Schaffhausen)  
 16 Thurgau (Frauenfeld)      
 
17 Appenzell (Appenzell)
 
18 St-Gallen (St-Gallen) 
 
19 Schwyz (Schwyz)    20 Glarus (Glarus)
 
21 Uri (Altdorf)  22 Ticino (Bellinzona)
 
23 Graubünden (Chur)


 
<厳密には Basel, Unterwalden, Appenzell
  は2州に分かれています。>

           
 
 
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  ジュネーヴ聖ピエール大聖堂
   Genève/Cathédrale St-Pierre
  
           1 Genève
  
             
   
 
 スイスが誇る国際都市だが、ロマネスク的視野
からは、神聖ローマ帝国時代からカルヴァンの宗
教改革へと至る歴史が興味深い。しかし、ロマネ
スク時代の教会建築は全く残っておらず、唯一こ
の大聖堂にその片鱗を留めている。
 12世紀に創建された聖堂で、現在は様々な時
代の様式が混在した建築となっている。大半は1
5世紀に改造されたゴシックだが、身廊の束ね柱
の上の柱頭彫刻にロマネスク時代の作品を見るこ
とが出来た。
 写真の柱頭のテーマは不明だが、しっかりとし
た彫りの傑作だろう。ロマネスク後期の作品だと
思われる。
 イサクの犠牲や受胎告知、ライオンとダニエル
と思われる場面などが見られた。
 北塔からのレマン湖の眺望は、いつ見ても感動
的だ。
 
 
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  ボンモン旧シトー会
    修道院付属教会

   Bonmont/Ancienne Église
      abbatiale
  
           Vaud 
  
             
   
 
 レマン湖畔の町ニヨン Nyon から北西に9キ
ロ行った所に美しいゴルフ場があり、修道院はコ
ースに隣接した格好になっている。
 一帯は全て、かつて壮大な規模を誇ったシトー
派大修道院の敷地であったと思われる。
 現在は写真に見られる修道院付属教会が残され
るのみだが、シトー派らしい思索に満ちた信仰の
場であった雰囲気は失われていない。
 身廊は三廊式で、シトー派を象徴するように簡
素な半円アーケードが側廊を仕切っている。
 尖頭ヴォールトの天井や、壁面が真っ白に塗り
替えられている違和感は致し方ないが、装飾の無
い簡潔な聖堂には心打たれた。
 後陣部分の大半が失われているのが残念だが、
正面扉口の柱頭や南門のタンパンにロマネスクら
しさを見ることが出来た。   
 
 
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  サン・シュルピス
    旧小修道院教会

   St-Sulpice/Ancienne Église
      de Prieuré
  
           Vaud 
  
             
   
 
 ローザンヌ Lausanne の西7キロのレマン湖
畔に位置する町で、アルプスも望める静かな田園
風景に囲まれている。
 湖に面した広場から、この見事な後陣と鐘塔を
持つ教会を見ることが出来た。

 11世紀に創建された古い教会で、かつてはベ
ネディクト派の小修道院だった。
 正面扉口の鍵が開かず、残念ながら内部へは入
れなかったので、創建当時の建築である十字交差
部と内陣を見ることが出来なかった。
 仕方なく再度後方から聖堂を眺めたのだが、堂
々と落ち着いた鐘塔の佇まいと、荒削りな石積の
三後陣の構えはとても魅力的だった。
 塔の中段の石積に粗石と切石の断層が見られ、
上部が後世に補修された可能性はあるかもしれな
い。  

 ロマネスクの聖堂における後陣の眺めは、建築
の美しさを代表しているとも言える。ここも滅多
に無い程のバランスの良い美しさを見せている。
 居住性が求められる身廊と違い、シンボリック
な存在の鐘塔や後陣がそのまま原形を留めるケー
スは案外多い。事実、スイスの後訪ねたフランス
・サヴォア地方では、そうした教会を見ることが
多かった。
 
 
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  ロマンモティエ
    修道院付属教会

   Romainmôtier/
    Ancienne Église Abbatiale
  
           Vaud 
  
             
   
 
 ローザンヌの北25キロにある、山間の静かな
村である。村の名前の美しい響きが、素晴らしい
教会の存在を予感させてくれた。
 現在見られる聖堂は、7~8世紀にあった礼拝
堂の跡地に建てられた11世紀の建築が中心とな
っている。
 三廊式の身廊と翼廊の天井の全てがゴシックの
交差リブボールトに改造されているが、柱頭より
下の部分は創建当初のものであろう。
 太い円柱や豪壮なアーケードに、11世紀の息
づかいが伝わっているようだ。

 三つの後陣半円形礼拝堂は失われ、14世紀の
ゴシック式壁面に改築されている。また、西側正
面のポーチは、13世紀に増築されたものだとい
う。  

 身廊とポーチの間に建っている玄関間(ナルテ
ックス)が、外壁面にロンバルディア風アーケー
ドの見られる11世紀の建築である。
 写真はそのナルテックスのもので、天井の交差
穹窿や、素朴な縄目模様の刻まれた柱頭などに、
プリミティヴな面影が残されていた。
 所々に見られるフレスコ画は13世紀以降のも
のであるらしい。
 ナルテックスの階上に、繊細な彫刻が施された
柱頭の見られる礼拝堂があるのだが、残念ながら
階段への扉が固く閉まったままだった。   
 
 
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  モンシュランモンシュラン教会
   Montcherand/Église
       de Montcherand
  
           Vaud 
  
             
   
 
 前述のロマンモティエから更に北へ12キロ
オルブ川
Orbe 沿いにひっそりと佇む寒村であ
る。この村の高台に、単身廊で半円形の後陣があ
るチャーミングな小教会が建っていた。
 ドーム状の祭室の壁に、12~13世紀に描か
れたフレスコ画が残されている。近年に補修され
たとはいえ、貴重な遺構であることに変わりは無
い。  
 正面上部は、四福音書家の象徴を従えた栄光の
キリスト像だったのだが、現在はその足の部分と
聖ルカを象徴する有翼の牡牛だけが残っている。
 下部には、キリストを中心に立つ十二使徒が描
かれている。
 剥落も多いが、修復はかなり大胆に行われてお
り、違和感はあるものの当初の雰囲気は十分伝え
られていると思える。
 
 
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  パイエルヌ
    旧修道院付属教会

   Payerne/Ancienne Église
       Abbatiale
  
           Vaud 
  
             
   
 
 ヌーシャテル湖の南、ベルン Bern の西45
キロにある門前町である。
 10世紀に創建されたかつてのベネディクト派
大修道院の付属教会が在るが、現在の聖堂建築の
大半は11世紀のものである。
 三廊式十字形で、五つの後陣を有した豪壮な建
築で、身廊の天井が円筒ヴォールトである事に、
何故か心和む気がした。

 写真は(当ページの巻頭写真も)、身廊を飾っ
ていたユニークな柱頭で、現在は他の柱頭などと
共に、ナルテックスの階上に展示されている。創
建当時10世紀の彫刻、と見られている。
 それにしても、何と奇妙で愛嬌のある人物像で
あろうか。詳しいテーマは不明だが、誰しもが何
らかの素朴だが強烈な祈りの波動を感じずにはい
られないだろう。この柱頭ほどプリミティヴでピ
ュアーな彫刻は、他に類を見ないほど魅力的と言
えるかもしれない。
 図像学的には聖典との関連も無さそうだが、こ
うした図像が描かれた民俗学的背景を知る手がか
りにはなると思う。

 ナルテックスのフレスコ画や、側廊に飾られた
内陣を飾っていた柱頭のオリジナルにも注目せね
ばならない。
 
 
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  グランソン
    洗礼の聖ヨハネ旧教会

   Grandson/Ancienne Église
      St-Jean-Baptiste
  
           Vaud 
  
             
   
 
 ヌーシャテル湖の西南端にある城下町で、中世
の古戦場として著名である城砦が町を見下ろして
いる。
 教会は城前広場から旧市街へ入った所にあり、
最初に見える後陣は完全にゴシックだった。
 身廊部分は12世紀の建築だが、壁面や天井が
塗り替えられており、真新しさを感じさせる違和
感は致し方ないところだ。
 それよりも、身廊の柱頭に見られる個性的な彫
刻に注目しなければならない。
 12世紀の作品で、奇抜なアイディアの図像に
満ちている。
 写真の柱頭は入って直ぐ右側にあるのだが、教
会の説明書には痛みに耐えながらトゲを抜く場面
というような説明がしてあった。苦痛を取り除く
ための信仰、とでも言うのだろうか。
 奇妙な動物の像も多く、ロマネスク的な発想が
フルに生かされた造形空間だと言ってよいだろう
と思う。   
 
 
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  コンスィースコンスィース教会
   Concise/Église de Concise
  
           Vaud 
  
             
   
 
 グランソンからヌーシャテル湖に沿って東北方
面へ、ヌーシャテルの町の方向へと走ると、程な
く豊かに繁った葡萄畑の斜面が見えてくる。
 小さな港のある湖畔へと出ると、そこには瀟洒
な葡萄畑があって、その向こうに写真の教会がこ
じんまりと建っていた。

 従来は単身廊十字形の聖堂だったのだろうが、
現在は翼廊の幅まで身廊を広げてあるので、平面
プランは十字形になってはいない。
 つまり、鐘塔部分と翼廊、そして後陣部分にの
みロマネスクの様式を見ることが出来る。
 鐘塔と翼廊の交差部の天井がリブヴォールトで
構成されており、この部分にも後世の手が入って
いることは明白なので、純粋のロマネスクは半円
形アプシス(後陣)の部分だけかもしれない。
 ロマネスク教会としての価値は然程ではないの
だが、葡萄畑を前景とした佇まいが何とも言えな
い雰囲気があり、そのロマネスク的な美しさが捨
てがたくて御紹介した次第である。

 この周辺には古代巨石遺跡が集中しており、特
にコンセーユ
Concelles の立石(メンヒル)群
は、葡萄畑と牧草地に囲まれてその存在感を示し
ている。   
 
 
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  ヌーシャテル
    聖ユルサンヌ参事会教会

   Neuchâtel/Collégiale
      de St-Ursanne
  
           Neuchâtel 
  
             
   
 
 歴史的にフランスとの繋がりが深く、スイスで
最もフランス的と言われる町である。
 旧市街の奥の高台に12世紀を起源とする城が
聳え、そこに隣接して12~13世紀の参事会聖
堂が建っている。
 大半がゴシックに改造されており、建築の外観
にはほとんど魅力は無いが、南門の扉口と後陣部
分にのみロマネスク様式が残されていた。
 身廊では天井から梁、アーケードに至るまでの
大半が、ゴシックに改築されているが、柱頭にの
みロマネスクの香りを留めた彫刻を見ることが出
来た。写真はその内のひとつである。幻想的な動
物のモチーフなどが多く見られ、これだけでも結
構楽しめる。
 
 
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  バーゼル大聖堂
   Basel/Münster
  
           Basel  
  
             
   
 
 ライン河畔に在ってドイツ・フランスと接する
大商業都市だが、古代ローマ以来の歴史を持つ古
い町でもある。
 フランス語では
Bâle と表記する。
 赤い砂岩がを用いられた大聖堂は、旧市街の外
れ、ラインを見下ろす高台にどっしりとした姿で
堂々と建っていた。

 12世紀の創建だが、14~15世紀の改造が
顕著なため、外観はゴシックの教会のように見え
る。ロマネスク様式が残っているのは、後陣の一
部と写真の北門である。 
 この北門は聖ガールの門
Galluspforte と呼ば
れる扉口で、当然修復はされているが12世紀の
作品である。
 半円形のタンパンには、両脇に聖ペテロと聖パ
ウロを従えた「審判者キリスト」が彫られている
が、目の大きな独特の像容である。
 まぐさ石には「賢い乙女と愚かな乙女」達が、
やはり大きな目玉の姿で彫られている。
 この扉口の更に上部に、バラ窓があり「運命の
車輪」を象徴していることからも、全体的に最後
の審判を表現していると考えられる。

 正面入り口が修復工事中で中へ入れなかったの
で、聖ヴィンセントの殉教を主題にした11世紀
のレリーフを見ることが出来なかったのが残念だ
った。
 
 
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  サン・テュルサンヌ
    聖ユルサンヌ参事会教会

   St-Ursanne/Collégiale
      de St-Ursanne
  
           Jura  
  
             
   
 
 ジュラの山地を隔ててフランスと接する牧歌的
な田園の町で、古い家並や川に架かる中世の石橋
など、そのまま額縁に入れたいような美しい町で
ある。

 旧市街の中心に建つこの教会の創建は11世紀
にまでさかのぼるらしいのだが、現在見る姿は明
らかにゴシック様式である。
 それでも、詳細に眺めていくと、随所にロマネ
スクの名残と思われる建築が残されていた。内陣
の一部と後陣、地下のクリプトなどがそれで、更
に写真の南門の扉口が見事に保存されていたのだ
った。
 この門は先述のバーゼル「聖ガールの門」に影
響を受けた作品といわれ、書物を持つキリスト、
聖パウロと聖ペテロが揃っている。相違点は、周
辺を埋め尽くす多くの天使の姿が見られることだ
ろう。
 まぐさ石は無く、アーキヴォルトの両側に聖母
子像と聖ユルサンヌの像が石龕のように彫りこま
れている。柱頭にも怪奇な動物など、優れた彫り
の傑作が見られた。スイスを代表する美しい扉口
と言ってよいと思う。

 三廊式の身廊は12~14世紀のゴシック建築
だったので少々がっかりしたが、地下クリプトの
プリミティヴな交差ヴォールトは見応えのある美
しい空間だった。
 
 
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  ムーティエ
     シャリエール礼拝堂

   Moutier/
     Chapelle de Chalières
  
           Bern  
  
             
   
 
 前述のサン・テュルサンヌからジュラ山地を抜
けてソロトゥルン
Solothurn へと通じる道は、
起伏に富んだほとんどが深い森の中を走る魅力的
なルートで、
Weissenstein Strasse ヴァイセン
シュタイン街道と呼ばれる。
 その途中の町ムーティエの西出口付近にあるシ
ャリエールという墓地の礼拝堂が、私達の目指す
教会だった。

 樹木に囲まれた静かな墓地で、白亜の礼拝堂の
後陣は表通りからも眺められた。

 単身廊のチャーミングな聖堂で、後陣を仕切る
壁面から奥の祭室ドーム一面にフレスコ画が描か
れていた。
 11世紀の作で、ドームには書物を手にしたキ
リスト像と、それを囲むようにして何体かの像が
描かれている。天使の姿は確認出来るが、おそら
くは四福音書家の象徴が四隅に描かれていたもの
と思われる。一角獣や怪獣グリフォンが描かれて
いる、としたガイドもあったが明確に判別出来な
かった。はっきりしないという事は、それだけ極
端な補修が成されていない事の証しと考えるべき
だろう。
 反対に、下部に並んだ聖人像には、かなり修復
の手が入っているように見えた。
 緑や赤色が程よく残されており、全体的には創
建当初の面影を良く伝える素晴らしい壁画だと感
じられた。
   
 
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  サン・ティミエ参事会教会
    St-Imier/Collégiale
  
           Bern  
  
             
   
 
 ヌーシャテルからジュラ山地の支脈を越えて行
ったのだが、5月中旬というのに雪が降り始め、
峠は見渡す限りの銀世界と化していた。
 近代化した町の風景からは、とてもロマネスク
の教会の存在などは想像出来なかったが、町の中
心部に建つ11世紀のサン・マルタンの塔と、こ
の参事会教会の鐘塔だけが微かに中世の面影を伝
えていた。

 12世紀に創建された聖堂で、現在はカルヴァ
ン派教会に属している。
 教会の中へは、正面に建つ鐘塔の下に設けられ
た扉口から入ることになる。塔は三段になってお
り、ナルテックス(玄関間)にもなっている最下
段に創建時のイメージが伝わっているようだ。

 身廊は三廊式で、写真で見るように、太い剛毅
な角柱と半円アーケードが泰然とした空間を構成
している。
 主祭室のドームにフレスコ画が描かれており、
四福音書家に囲まれた栄光のキリスト像だが、残
念ながら後世の修復が顕著であった。
 左右両袖廊に小祭室が設けられているので、聖
堂背後からの三後陣の眺めは見事だった。但し、
周辺道路が大工事中だったので、残念ながら写真
は撮れなかった。
 
 
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  アムソルディンゲン
    
聖モーリス旧参事会教会
   Amsoldingen/Ancienne
     Collégiale St-Maurice
  
           Bern  
  
             
   
 
 ユングフラウやアイガーなどの明峰で知られる
Berner Oberland ベルナー・オーバーラント地
方を代表する湖であるトゥーン湖の周辺には、独
自の内陣様式を備えたロマネスク教会群があり、
Églises du Lac de Thoune と呼ばれている。
 その幾つかを巡った。

 トゥーン
Thun の西5キロに位置するこの寒
村からは、明峰シュトックホルンの勇姿を望むこ
とが出来る。
 羊や牛が放牧されている牧歌的な田園風景の中
に、洗練された鐘塔とロンバルディア帯の美しい
後陣が遠望出来た。

 聖堂へは南門の扉口から入る。建築は三廊式バ
シリカで、三つの祭室を設けてある。
 太い角柱と豪快なアーケードが、身廊と側廊を
区切っている。ほとんど装飾の無い、石の材質感
が際立った聖堂の佇まいに、久しぶりに鳥肌が立
つような感動を覚えた。
 身廊から主祭室へは、数段の階段を登るような
設計になっている。

 写真は地下のクリプトで、10~11世紀に聖
堂と共に建造されたものと思われる。半地下なの
で、窓からの採光が明るく、陰影のはっきりとし
た美しいクリプトだった。
 
 
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  アイニゲン聖ミシェル旧教会
   Einigen/Ancienne Église
      St-Michel
 
  
           Bern  
  
             
   
 
 この町は後述のシュピーツ郊外にあるトゥーン
湖畔の瀟洒な別荘住宅地で、教会は湖の波打ち際
に建っている、といった印象を受ける。

 西正面ファサードや写真の後陣の壁面は、ロン
バルディア帯の見せ掛けアーケードで装飾されて
おり、小さな聖堂ながら並々ならない存在感を示
していた。
 11世紀の創建とされる単身廊のチャーミング
な建築で、祭室との間に段差は無いが、身廊とは
大きな仕切り壁で区切られている。
 半円アーチの向こうに見える祭室は、小規模な
がら聖なる空間のように見える演出によって荘厳
されているようだった。
 祭室の中央に置かれた、素朴な洗礼盤がとても
印象的だ。

 近年の修復の際に、教会の基礎の下から5世紀
頃のものと思われる小教会の壁が発掘されたとい
う。どっちにしても、スイスを代表する古い教会
のひとつ、と言えるだろう。

 後陣の背後から湖畔に出ると、トゥーン湖のむ
こうに、アイガーやメンヒ、ユングフラウなどの
白い峰々が眺められた。
 
 
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  シュピーツ
    シュピーツ城付属旧教会

   Spiez/Schlosskirche Spiez
  
           Bern  
  
             
   
 
 スイスを列車で旅したことのある人には、シュ
ピーツ駅は乗り換えの要衝として必ずや認識され
ているはずである。
 駅前のテラスから眺める箱庭のように美しい景
観の中、この古い教会はシュピーツ城を囲む城壁
の中に建っている。
 創建は10世紀末ともいわれ、写真の身廊から
祭室にかけての構造は、トゥーン湖様式のひとつ
でもある。
 三廊式バシリカで、三つの半円状後陣を備えて
いる。石積みの美しいアーケードが魅力で、アム
ソルディンゲンと共に深い感動を覚えた。
 祭室のフレスコ画はキリストの昇天や荘厳のキ
リストなど、モチーフが盛りだくさんだが、かな
りゴシック期に修復が加えられたようだ。
 
 
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  サン・モーリス
    聖モーリス修道院

   St-Maurice/Abbaye
      de St-Maurice
  
           Valais  
  
             
   
 
 レマン湖の上流であるローヌ河 Rhône の渓
谷に、修道院を中心として開けたこの小さな町が
ある。

 修道院の付属教会を訪ねたが、建築の大部分は
17世紀初頭のもので、写真の鐘塔の尖塔以外が
唯一11世紀の建築だった。聖堂の基礎は8世紀
の、カロリング朝時代の建築であったらしい。
 現在の聖堂の北側に、かつての教会の基礎を見
ることが出来る。

 ここでの眼目は建築ではなく、収蔵庫に展示さ
れている宝物の数々である。キリスト教世界最高
の教会財産、とも言われる品々をどうしても見た
かった。
 収蔵庫内は撮影厳禁で、監視がとても厳しかっ
たために幸運を期待するのは無理だった。
 金製の象嵌細工が施された、6世紀メロヴィン
グ朝様式のテオドリック一世の小箱。東洋的な七
宝細工が美しい、シャルルマーニュという名の9
世紀の金製水差し。キリストや聖人が打ち出され
た、12世紀の聖モーリスの銀製聖遺物箱。
 その他、手帳に書ききれない程の宝物の数々に
恍惚となり、時間の経つのを忘れるほどだった。
 
 
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  オルシエール聖ニコラ教会
   Orsières/Église St-Nicolas
  
           Valais  
  
             
   
 
 ローヌ渓谷に沿った町マルティニー Martigny
から、 Grand St-Bernard グラン・サン・ベル
ナール峠を越えて、イタリアのアオスタ迄ドライ
ブした。
 アントルモン谷
Val d'Entremont に沿って、
かつてナポレオンも越えた峠を目指し、美しい山
並みを見ながら車を走らせた。

 山間の小さな町の中心に建つこの教会は、近年
に改造されたネオ・ゴシック建築だった。だが、
聖堂の脇に建つ写真の鐘塔は古色蒼然とした姿て
あり、明らかなロマネスク時代の建築だった。
 創建の年代は不明だが、アルプス越えの重要な
ルートであったこの峠には、8世紀の頃から旅人
を救護するホスピスや修道院が設けられていた。
フン族やアラブの侵略後、10~11世紀にかけ
て復興されたそうで、この谷の鐘塔もその頃の建
造ではないかと考えられる。

 写真は塔上層四方に設けられた二層のアーケー
ドで、古びた雰囲気がロマネスクの空気を伝えて
いる。柱頭に彫られた人面や動物の頭などの彫刻
に、中世ならではの何かを見つめるような独特の
視線が感じられて面白い。

 教会の裏から、渓流にかかる古い屋根付きの木
橋などを見ながらの町歩きは楽しい。
 
 
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  ブルグ・サン・ピエール
    聖ピエール教会

   Bourg-St-Pierre/
     Église St-Pierre
  
           Valais  
  
             
   
 
 オルシエールから更に16キロ登ると、グラン
・サン・ベルナール峠に最も近いこの村が右下の
谷に見えてくる。
 黒い扁平な石を重ねた屋根の集積が、村全体に
荘重な格別の雰囲気をかもし出している。

 高い建物はこの教会の鐘塔だけで、雪のアルプ
スを背景にして際立った存在感を示している。

 ここでも教会の建物は近年に改築されており、
古い歴史を示す建物はこのロマネスク様式の鐘塔
だけだった。
 二連の盲アーケード装飾を並べた意匠は、この
塔を個性的な佇まいに見せていて美しい。
 柱頭の彫刻などは無いが、年代は先述のオルシ
エールの塔とほぼ同じと考えてよいと思う。
 ものの本によれば、
Genève Hugues II という
司教が11世紀初頭に教会を再建した、という記
録が残っているそうで、鐘塔はその時代の建築と
なると考えるのが妥当だろう。

 木造の共同水場や高床式の木組みの小屋など、
かつてのアルプスの暮らしを思わせる遺構が残る
この村を散策するのも楽しかった。
 
 
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  サン・ピエール・ド・クラージュ
    旧小修道院付属教会

   St-Pierre-de-Clages/
    Ancienne Église Prieuré
  
           Valais  
  
             
   
 
 レマン湖からフランスへ流れるむローヌ河の源
流はフルカ峠
Furkapass で、マッターホルンや
モンブランの連なるアルプス山脈と、ユングフラ
ウやメンヒの続く支脈の間の谷を下りレマン湖へ
と流れ込んでいる。
 この小さな村は、マルティニー
Martigny の東
北35キロのローヌ流域に位置しており、雪のア
ルプスを背景にした葡萄畑の斜面が山裾まで続く
田園地帯である。

 村の中央に建つ教会は11~12世紀の創建で
あり、三廊式十字形構造の聖堂である。
 太い円柱と角柱が交互にアーケードを構成し、
交差ヴォールトの天井をがっしりと受け止めてい
る。身廊の規模の割りにどっしりと太い柱は、こ
の聖堂のプリミティヴな姿を保っているように感
じられた。
 両袖廊に小さな祭室があるのだが、側廊の幅は
誠に狭く造られている。
 写真は後陣後方からの眺めで、三つの祭室とト
ランセプト交差部に建つ八角の鐘塔が、古びた石
の雰囲気も相乗して見事な建築美を示している。
 祭室の丸屋根の下にロンバルディア帯装飾が施
され、質素な後陣がやや華やかに感じられる。
 鐘塔のアーケード窓の柱頭に、興味深い彫刻が
意匠されているのだが、望遠レンズで覗いてもは
っきりとは見えなかった。

 教会の後ろにワイナリーがあり、そこで購入し
た白は、スイスのワインの質の高さを立証するの
に十分な逸品だった。
 
 
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  シオンヴァレールの聖母教会
   Sion/Église
     Notre-Dame-de-Valère
  
           Valais  
  
             
   
 
 前述の村から更に10キロ上流にあるこの地方
の中心都市で、遠くからでも丘の上に建つ教会と
城砦が見えている。
 丘はヴァレール
Valère と呼ばれ、城壁・銃眼
・歩哨路などが、要塞教会としての特徴を示して
いる。教会へは、町から高台へと歩いて登らねば
ならない。
 12世紀初頭から13世紀にかけて創建された
教会で、当初の建築は袖廊と後陣の一部にしか見
られず、身廊の大半は13世紀の作である。
 内陣と身廊を仕切る無粋な障壁があって、雰囲
気を阻害しているが、内陣の柱頭には創建時の作
品が数点残されている。
 写真はその柱頭のひとつだが、彫刻の主題は不
明だ。夢見るように幻想的なロマネスク彫刻とは
異質の、時代的には後期のやや硬質ともいえそう
な写実主義が感じられた。
 
 
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  ムラルト(ロカルノ)
    聖ヴィットーレ教会

   Muralto (Locarno)/
    Chiesa di San Vittore
  
           22 Ticino  
  
             
   
 
 美しいマジョーレ湖畔の町ロカルノの駅近くに
ムラルト地区が有り、湖と駅の望める小高い場所
にこの教会が建っている。
 聖堂は三廊式で各々が祭室を持っているが、目
的のフレスコ画は正面扉口を入って直ぐ、身廊右
壁面の上部に残されていた。
 写真は、カインが神に奉げ物をするという、旧
約聖書の場面である。淡い色彩ながら、ロマネス
ク期特有の人間的な温か味が感じられる素晴らし
いフレスコだった。残存するのはごく一部なのだ
ろうが、他にも、神に罰を請うアベルやアベルを
埋葬するカインなど、アベルとカインの逸話が主
題になっている。自己犠牲と神への忠誠という、
なんとも難しいテーマである。
 中央祭室の下の地下クリプトは、20本の柱を
持つ三廊式の美しい空間だった。天井は塗り替え
られて新しいイメージだが、柱頭と柱礎に彫られ
た彫刻は、清楚だが幻想的なイメージに満ちた図
像だ。人物や動物の顔と、植物模様とを組み合わ
せたものが大半で、プリミティブだが確たる美意
識が感じられて感動した。
 
 
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  ジョルニコ聖ニコラオ教会
   Giornico/
    Chiesa di San Nicolao
  
           22 Ticino  
  
             
   
 
 聖ゴッタルド峠を越えて、ミラノとチューリッ
ヒを結ぶ国道沿いに在るこの町は、高速道路の開
通によって取り残された宿場町といった風情であ
った。
 渓谷に架かる石橋からは、古い家並みの向こう
にこの鐘塔が良く見えた。
 不揃いな切り石を積んだ、窓の少ない純朴な感
じのする構造で、単身廊のバジリカ聖堂である。
方形に半円形の付いた祭室が飛び出しており、軒
下のロンバルディア帯装飾が美しい。
 彫刻による装飾は比較的少ないのだが、随所に
意匠の優れた細工を見ることが出来る。正面扉口
にはロンバルディア特有のライオンが柱を支えて
おり、柱頭部分には髭男の顔、その他あちこちに
奇妙な動物像が散りばめられているのである。写
真に見える南の扉口周辺にも、妙な図像の彫刻が
在る。
 さらに面白いのは内陣半地下のクリプトで、細
い柱と半円アーチが印象的なのだが、柱頭の彫刻
には眼が釘付けになってしまった。兎・犬・獅子
・羊・鳩などをモチーフとした、彫刻の動物園で
ある。夫々が何かを象徴しているのかと考えてみ
たが、思いつかなかった。   
 
 
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  ネグレンティーノ
    
旧聖アムブロジオ教会
   Negrentino (Prugiasco)/
     Chiesa di Sant'Ambrogio
      vecchio
  
           22 Ticino  
  
             
   
 
 ビアスカからルコマーニョ峠へと通じる街道の
途中に、プルージアスコの小さな村がある。街道
から離れ、集落を抜けて山道をかなり登って行く
と、渓谷の展望が開けたあたり、一面の花に囲ま
れた山腹に、写真のような愛らしい教会の後陣と
鐘塔が見える。
 礼拝堂のように小さな教会で、二つの祭室が見
えるが、塔に近いほうが11世紀の建築である。
隣は後世に追補されたと思われる。西門の扉口は
現在は閉鎖されており、南側の入口から中へ入っ
た。入ってみて驚いた。外側からは想像もつかな
いが、全ての壁や柱や祭室は鮮やかな色彩のフレ
スコ画で飾られているのである。
 心を静めてよく見ると、ほとんどはゴシックや
ルネサンス時代のフレスコらしい。しかし、11
世紀側の閉じられた扉口上部のフレスコだけは、
燦然とロマネスクの光を放っている。キリスト昇
天と、それを祝福する六人の使徒を描いた部分で
ある。
 落ち着いた彩色と具象の品格が、ロマネスクを
追いかけて来て良かったと実感させてくれる。 
 
 
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  ツィリス聖マルティン教会
   Zillis/Kirche Sankt Martin
  
           23 Graubünden  
  
             
   
 
 単身廊のバジリカ式聖堂はしっかりとしたロマ
ネスク様式だが、祭室は明らかにゴシック以後の
補修による建築だった。山に囲まれた美しい聖堂
も魅力だが、ここではすぐに内陣へ入り、上を向
かねばならない。
 12世紀に制作された天井画で、153枚のパ
ネルが組み込まれている。見学者のために手鏡が
用意されていて便利だが、左右逆に見えているの
が何となく厭で使わなかった。見学には双眼鏡を
使い、撮影は望遠レンズを用いた。
 9列17段に組まれているが、外周の内の40
数枚だけは、黙示録の原初の大洋や怪物を主題と
した抽象的な図像である。
 残りの大半は、キリストの生涯の場面と、聖マ
ルタンの伝説が描かれている。写真はその内の6
枚で、左上が「ヨルダン川のキリスト洗礼」、右
上が「石をパンに変えろと試みるサタンの最初の
誘惑」、左中は「カペナウムの町の収税吏に招か
れるイエス」、右中は「魔物にとり憑かれた子供
を癒すイエス」、そして左下は「障害者を癒すイ
エス」、右下は「聖ペテロと聖トマに従う人々」
である。
 全ての図像が示す説得力にすっかり魅了され、
いったい何時間上を向いたままだっただろうか。 
 
 
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  カスティ教会
   Casti/Kirche
  
           23 Graubünden  
  
             
   
 
 ツィリスの在るヒンターライン渓谷が造る急峻
な山の斜面には、村の礼拝堂ともいうべきこじん
まりとした教会が点在している。
 パスペルス
Paspels、カジス Cazis、クルギ
Clugin などの教会にはいずれもロマネスク時
代の面影を伝えるフレスコ画が残されていた。
 その中で最も高い場所に建っていた、このカス
ティの教会が一番印象に残っている。後陣の裏か
らは遥か崖の下の先にツィリスの教会が見える、
そんな牧歌的な場所である。
 写真は教会南側の牧草地から、塔や後陣と背後
に広がる山の斜面を眺めたものである。飾らぬ素
朴な建築が、この一帯の風土と融合して絵のよう
だった。
 幸運にも正面の扉は開いており、内部を見るこ
とが出来た。祭室のドーム部分の壁には、明らか
に栄光のキリストと、四福音書家のシンボルであ
る動物が描かれているのが分かる。かなり剥落し
ているが、ロマネスクを充分伝えて美しい。
 
 
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  ミスタイル聖ペーター教会
   Mistail/Kirche Sankt Peter
  
           23 Graubünden  
  
             
   
 
 サン・モリッツからツィリスへ向かう途中の、
ティーフェン・カステル
Tiefen-Castel の町外
れの谷底にこの教会は在る。
 私道かと思われる細い砂利道を下ると、一軒の
農家の庭にたどり着いてしまう。教会はその奥に
隣接しているので、母屋に声をかけるが留守の様
だった。教会の扉は開いているようだったので、
失礼を承知で庭先を抜け、内陣に入る。

 祭室は三つ有るが単身廊で、塗り替えた壁の白
さが目に付いてしまう。
 中央の祭室の壁面に、鮮やかな色彩のフレスコ
画を見ることが出来る。天使に守護された玉座の
キリスト像である。十二使徒や聖母子像なども見
られるが、特に顔などは修復の痕跡が強く、ロマ
ネスクが生き残っているのを探すのに苦労した。

 カロリング朝以来の聖地として著名だが、その
面影はほとんど見当たらなかった。
 教会の背後から眺めた後陣と鐘塔は、深い谷の
鬱蒼とした森の中で羽ばたく白鳥のように優美に
見えた。
 
 
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  ミュスタイア
    大修道院付属教会

   Müstair/Stiftskirche
  
           23 Graubünden  
  
             
   
 
 北イタリアのメラーノから65キロ西に走り、
国境を越えてスイスに入った最初の集落に、この
ベネディクト会の洗礼のヨハネ大修道院が建って
いる。
 訪問の目的は、三廊式の身廊に三つの祭室が有
る付属教会で、カロリング建築の上部はゴシック
に改修されている。しかし、壁面を飾るフレスコ
画は、カロリング朝からロマネスクにかけての作
品であり、保存も良くその秀麗さに眼を見張って
しまった。
 写真のフレスコ画は、身廊の壁面に描かれてい
る、幼児虐殺を回避するための「エジプトへの逃
避」の場面である。壁画全体が朱色を中心に描か
れており、悲壮な主題としては珍しい表現だ。
 三つの祭室に描かれたフレスコは荘厳で、天使
に囲まれた栄光のキリストを中心に、キリスト生
涯の物語や使徒達の逸話によって埋め尽くされて
いる。
 石柱に彫られたカール大帝の像と、キリスト洗
礼のレリーフは見逃せない。 
 
 
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  グルク大聖堂
   Gurk/Der Dom
  
           Österreich (オーストリア) 
  
             
   
 
 オーストリア南部の中心都市であるクラーゲン
フルト
Klagenfurt の真北、山あいの鄙びた谷
間にこの教会は建っていた。かつては司教座参事
会大聖堂であった。現在は観光化されていて自由
に入れるが、目的のロマネスク壁画とクリプトを
見るためには、申し出てガイドを依頼せねばなら
ない。
 ロマネスク壁画は玄関の真上にある司教礼拝堂
Bischofskapelle に残されている。狭い螺旋石段
を登ると、いかにも神聖な空気に満ちた部屋に着
く。
 小さな空間だが、壁から天井まで隙間無く描か
れたフレスコは貴重な図像として注目に値する。
赤がやや色褪せ、緑が主体となって残っている。
 写真は「東方三博士」だが、「天上のエルサレ
ム」「エジプト逃避」「アダムとイヴ」更に「聖
母子」など、格調高い図像を見ることが出来た。
 半円アーチと交差
穹窿が、単純だが美しいクリ
プトも見応えが有った。
 
 
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  ミルシュタット
    修道院付属教会

   Millstatt/Stiftskirche
  
           Österreich 
  
             
   
 
 イタリアのヴェネツィアからウディーネを経由
してオーストリアに入り、ザルツブルグを目指す
道の右手に美しい湖が見える。ミルシュタット湖
といい、夏には賑わう一流のリゾートである。
 修道院は湖を見下ろせる斜面の中腹に位置して
おり、菩提樹の茂る中庭が濃い陰影に浮かび上が
って、訪れる者に安らぎを覚えさせてくれる。
 教会扉口の彫刻はロマネスクの装飾で、タンパ
ンにはキリストと創建当時の修道院長の姿が彫ら
れている。扉口を飾る彫刻は壮麗で、植物や網目
の模様の間から人物の顔が覗いているという奇妙
な意匠である。
 内陣はゴシックやバロックに改修されており、
かなりの金きらである。人間の持つ美意識と時代
性について、考えざるを得ない。
 かつては繋がっていたはずの回廊が、孤立して
残されていた。壁面が塗り替えられているので、
やや違和感があるものの、写真のような、清楚で
優美な柱頭が、ストイックだった修道院の面影を
伝えているようだった。教会とを結んでいた、か
つての扉口周辺の彫刻が見事だった。
 
 
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  ラムバッハ修道院付属教会
   Lambach/Stiftskirche
  
           Österreich 
  
             
   
 
 ザルツブルグからウィーン方面へと約100キ
ロ走り、リンツの手前で高速を下りる。ラムバッ
ハの町の入口を流れる川辺からは、崖の上に聳え
る壮大なバロック修道院が眺められた。
 この建築の一体何処にロマネスクが有るのだろ
う、と思わざるを得ない程完璧なバロックなので
ある。
 事務所で案内を請うと、一人の初老の司祭が私
たちを奥へと誘導した。ロマネスク時代の聖堂の
袖廊部分だけが、バロック建築の裏側に保存され
ていたのだった。ほとんど埋もれていたフレスコ
画が、近年発掘され修復されたのだという。
 11世紀末の制作とのことだが、主題について
は余り理解出来なかった。中央は聖母子像なのだ
が、東方三博士以外はローマ皇帝ヘロデを主題に
しているという話が特に難解だった。司祭の英語
がまずいのか、私のヒアリングがお粗末なのか。
 この側面の写真は上手く撮れたけれど、中央祭
室は暗くて撮れなかった。第一、司祭が余り良い
顔をしなかったので、枚数は限られたのである。
 いずれにせよ、ビザンティンの雰囲気をも感じ
させるこれらの美しいフレスコ壁画が、このバロ
ックの国に残されていた事が嬉しかった。 
 
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