アイルランド
   のロマネスク
    
   Romanesque
      in Ireland
 
 
 
 
 Dolmen Carrowmore
 
Megalithic Cemetery 
   
Sligo, Ireland 
 
 ユーラシア大陸西端に浮かぶ孤島であり、ケ
ルト民族安住の地というイメージと同時に、弾
圧・飢饉・国外移住という苦難の歴史をたどっ
た国という認識もある。
 殉教や迫害無しにキリスト教が布教された奇
跡の島でもある。
 中世の美術を通じて、その歴史を探ってみよ
うと思う。         
 
 
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 モナスターボイス教会遺跡
  Monasterboice
/
      Ruined Church
 

    MEATH (The Midlands) 
     
   
 
 ドロヘダの町の北13キロに有る教会遺跡墓
地に、アイルランドを代表するハイクロスの傑
作が残されている。
 10世紀の作と伝えられ、繊細な彫刻と安定
した重量感とが見事な均衡を示している。保存
状態は完璧で、地面に根が生えて立ち上がった
かのようなハイクロスの堂々たる姿に深い感銘
を抱いた。
 私がここを訪ねた時はちょうど雨上がりで、
石の表情がしっとりと和らいで、彫像の一つ一
つがくっきりと浮かび上がって見えていた。
 写真は西面で、十字架像を中心にして、ペテ
ロとパウロを従えたキリストやトマの不信など
の場面が彫られている。裏面には最後の審判を
中心にして、モ-ゼやダヴィデやカインとアベ
ルなどの旧約の主題が見られる。さらに側面に
は、ケルズの書などと共通の渦巻組紐模様が、
石に彫ったとは思えぬほどの密度で表現されて
いる。
 限定されたスペースに図像を表現するという
意味で、アイルランド特有のハイクロスもまこ
とにロマネスクそのものである。
 
 
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 クロンマクノイスナン教会遺跡
  Clonmacnois/Nun's Church 

    OFFALY (The Midlands) 
     
 
 クロンマクノイスの修道院遺跡から少し離れ
た場所に、ナン教会の遺構が残されている。
 アイルランド・カソリック修道院は新教の弾
圧によって破壊され、今日その大半が遺跡と化
してしまった。廃墟の美しさは、旅の情緒とし
ては申し分無いが、悲惨な歴史がその背景に有
ったことを知らねばならない。
 ナン教会遺跡には、入口と内陣の二つのアー
チの構造が残されており、ロマネスク特有の装
飾や柱頭の彫刻を見ることが出来た。12世紀
半ばの衰退期で、やや弱々しい彫刻ながら全体
としては剛健な気分を留めた見事なアーチであ
る。
 クロンマクノイスは緑に覆われた美しい修道
院遺跡で、ハイクロスや聖堂遺跡などロマネス
ク期の遺構も多いのだが、やや観光化されてお
り喧騒的だった。隣接するナン教会へ足を延ば
す人は余り見かけなかったが、帰り際に会った
同好のドイツ人だけが唯一だった。
 たおやかな流れのシャノン河に面した明媚な
緑の世界の中の遺跡から、悲惨な流血の歴史を
想像する事は不可能だった。 
 
 
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 キャッシェルコーマック礼拝堂
   Cashel/Cormac's Chapel 

    TIPPERARY (The Lower Shannon) 
     
   
 
 キャッシェルの町の背後にそびえるロック・
オブ・キャッシェルの岩山は4世紀初期キリス
ト教時代からの聖地で、歴代の王が君臨し聖パ
トリックの伝説も残っている。聖堂やラウンド
タワーやハイクロスの林立する岩山の姿は、一
面の緑の中で威厳に満ちている。
 
 この礼拝堂はラウンドタワーと共に12世紀
前半の創建で、ロックを代表するロマネスク時
代の建造物である。変則的な十字型聖堂だが、
基本的にはバジリカ式の単純な設計で、側壁の
盲アーチも含め半円アーチを基本とした意匠が
素朴で美しい。
 アーチに彫られた彫像は人間の首で、生首に
異常な執着を示したケルトの影響を見る様だ。
もっともフランスの聖堂の軒持送りなどには頻
繁に見られる彫刻だが、場所柄ケルトを連想せ
ざるを得ない。

 ロックのテラスからの眺めは、緑一面の牧草
地に黄エニシダやアザミが咲き乱れるという、
なんとも平和で牧歌的な景色であった。
 
 
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 キルマルケダー教会遺跡
  Kilmalkedar
/ Ruined Church 

    KERRY (Cork and Kerry) 
     
 
 
 ディングル半島に有るこの教会の遺跡は、初
期キリスト教時代の墓地の中に建っている。ア
ルファベットを刻んだ石やオガム文字の石碑も
有る、苔むした雰囲気の古い墓地である。
 教会はバジリカ式で、天井は落ちてしまって
いるが四方の壁や門がしっかりと残っていて、
12世紀ロマネスクの様式を見る事が出来る。
 内陣の壁に見られる盲アーチや門のアーチ装
飾も含めた全体のプランが、キャッシェルのコ
ーマック礼拝堂に似ているなと思った。
 石の壁とアーチだけで構成された、単純で朴
訥とも思えるロマネスク建築の持つプリミティ
ヴな美しさが、こんなに遺跡に似合うとは思っ
てもいなかった。妥協もせず弾圧の果てに滅ん
だ旧教教会の、純粋で不器用な生き方を連想さ
せてくれるからかも知れない。
 ディングル半島を歩けばそこここに初期キリ
スト教時代の痕跡が見られ、先住のケルトの宗
教といかに平和的な融合が成されたかがよく分
かる。今日の北アイルランドとの紛争に、この
歴史的教訓を生かせないものか、と思う。
 
 
 
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 クロンファート大聖堂
   Clonfert/Cathedral 

    GALWAY (The West of Ireland) 
     
   
 
 大聖堂とは名ばかりの小さなこの教会の西門
入口を見た時の驚きを、一体何に例えられるだ
ろうか。半円アーチの門は確かにロマネスク様
式だが、こんなに風変わりな装飾彫刻を見たこ
とが無い。
 詳細に見ると、アーチ部分にはタコの足の吸
盤みたいなものや、イソギンチャクの親方みた
いなものの連続模様が彫られ、柱頭には牛や猫
の首が無数に彫られている。やはり、相当変わ
っている。
 さらにもっと変わっているのは、アーチの上
の三角部分である。大きな正三角形の中に小さ
な正三角形があり、その中とその下のアーチ部
分に、合計15個の生首が見える。ここでも、
ケルトの生首好みを意識してしまうのだが、そ
れを別として単にデザインとして見れば、なん
とも幻想的で美しい意匠ではないか。

 聖堂はゴシック時代のものだが、この12世
紀の西門だけが当時の姿を今日に伝えている。
15個の首の30の眼が眺めてきたこの教会の
歴史は、はたしてどんなものだったのだろうか。
 シャノン河の対岸は、クロンマクノイスだ。
 
 
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 グレンダロッホ
    聖ケヴィン教会

   Glendalough/
      St. Kevin's Church
 

    WICKLOW (Southeast Ireland) 
     
 
 
 周囲の山々が清冽な水に映える上の湖と下の
Upper Lake and Lower Lake という二つ
の湖を中心とした谷間は、6世紀に聖ケヴィン
が創建した修道院の痕跡の残る聖地である。
 9~12世紀に建造された聖堂の大半は他の
修道院と同様、14世紀に英国によって徹底的
に壊滅されたため、大半が廃墟となっている。
 写真は下の湖近くの、初期キリスト教会群の
中でも特に保存の良い聖ケヴィン教会と、その
向こうに聳えるラウンドタワーである。いずれ
も11世紀の建築らしいが、急勾配の屋根と、
石を積んだだけの窓一つ無い聖堂の単純さがか
えって美しい。
 大聖堂の廃墟や教会の址や墓地のハイクロス
群が、背の高いラウンドタワーの格好の前景と
なっている。僧侶の瞑想の場であり、ヴァイキ
ング来襲の際のシェルターでもあったらしい。
 聖地ならではの、澄みきった空気がとても爽
やかだった。
 
 
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 キャスルダーモット
     旧聖ダーモット修道院

  Casteldermot/ Ancient
    Monastery of St. Dermot
 

    MEATH (The Midlands) 
     
   
 
 ダブリンからキルケニーへと向かう途中の町
だが、聖ダーモット修道院と尋ねても知る人は
おらず、結局ハイクロスの絵を書いて聞き出す
始末だった。それもそのはず、修道院の廃墟の
中には、現在は教区教会
Parish Church が建
てられていたのだ。往時を偲ばせるものは、崩
壊したラウンドタワーの石塊と二基のハイクロ
スである。
 写真は教会の北庭に有るので、北のハイクロ
スと呼ばれている。台座にケルト的な渦巻模様
のあることで知られているが、十字架に彫られ
た図像も大変興味深い。
 十字架の中心は「アダムとイヴ」、その右が
「イサクの犠牲」、左が「ハープを弾くダヴィ
デ」、すぐ下に「獅子の穴の中のダニエル」な
ど、旧約聖書の物語が主題になっている。雨晒
しなのにしっかりと彫りの残る、見事なハイク
ロスである。
 丸でお伽話の図像を見るような、不思議な錯
覚に陥ってしまう。裏面には磔刑を中心にした
新約の図像が彫られている。
 南のハイクロスも見応えのある傑作である。
 
 
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 ダイサート・オディア
     旧聖トラ修道院教会

   Dysert O'Dea/Church of
     Ancient Monastery
        of St.Tola
 

    MEATH (The Midlands) 
     
 
 
 巨石文化の残るバレン高原の付け根に在る町
エニス
Enis の郊外に、広大な遺跡としてこの
修道院の跡地が保存されている。
 石囲いの中の草原に、12世紀のハイクロス
が立っている。磔刑像と聖人像、おそらく聖ト
ラだろうと思うが二つが上下に彫られている。
周囲の円環が無いハイクロス、というのが特徴
だろう。
 ラウンドタワーと天井の崩落した聖堂の一部
が墓地の横に残り、ロマネスクのアーチ門が美
しい。
 門の上部、帯状アーチ装飾の外側は、写真の
生首彫刻で埋められている。首は19個有り、
人間12動物7の割合である。軒持送りの彫刻
などには頻繁に見られるが、門のアーチに並べ
た事例は余り無い。
 ケルトの生首崇拝の伝統が図像化されたもの
なのか、前述のクロンファートと共にアイルラ
ンドならではの造形意識と言ってよいだろうと
思う。 
 
 
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 メリフォント
     旧メリフォント修道院

  Mellifont/
    Old Mellifont Abbey
 

    MEATH (The Midlands) 
     
   
 
 古代の墳墓遺跡 Newgrange ニューグレン
ジから、モナスターボイスに行く途中に在る、
この修道院の遺構に立ち寄ってみた。
 12世紀に創設された、アイルランド最初の
シトー派修道院であり、礎石から推測される壮
大な規模の建造物の大半が、英国の苛烈な弾圧
で灰燼に帰したという。
 写真は、その中でもかなり原形を残している
部分で、八角形の洗手堂
Lavado と回廊の一
画である。
 修行僧達が食堂へ行く前に手を洗う場所との
事だが、そんな日常的な生活など全く想像もつ
かぬほど、完膚無きまでに破壊されてしまって
いる。
 滅び行く遺跡の美しさは情緒的には惹かれる
のだが、同じキリスト教同士の新旧の争いであ
り、どこが対立点なのかは分からないが、今で
も尾を引いているとすれば、センチメンタルな
気分に浸ってばかりはいられそうにない。現に
ここを訪ねた数日後に、北アイルランドのオマ
ーで爆弾テロがあった。
 マリア様の慈愛や救世主キリストの精神が、
世界中の異教に対しても届けられたなら、戦争
や破壊は決して起こらないはずなのだが、とお
釈迦様に祈る無力な自分を思わざるを得ない。
 
 
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 ホワイト島教会遺跡
  White Island/Ruined Church 

    FERMANAGH (Nothern Ireland) 
     
   
 
 アイルランド北西端の町スライゴー Sligo
から国境を越えて、北アイルランドに入るとす
ぐに道は美しい湖に至る。
 下アーン湖
Lower Lough Erne といい、こ
の島以外にも、ボア島
Boa Devenish デヴ
ニシュ島といった遺跡の多数残る、何とも魅力
に満ちた神秘の湖なのである。
 この島へ船で渡るには、キャスル・アーチデ
イル
Castle Archdale という町まで行かねば
ならない。この小さな船旅は、短時間だがとて
も楽しい。

 船着場からすぐ上がこのロマネスク様式の遺
跡で、天井は完全に崩落し周囲の石壁だけが残
っている。
 写真のアーチ門が唯一の入口で、祭室跡と思
われる東の壁にのみ小さな窓が開けられている
以外は、不揃いな大きさの石を積み上げただけ
の聖堂であったらしい。
 教会は12世紀創建とのことだが、それ以前
に造られたと思われる石像が八体、門の反対側
の壁に並べられている。写真に四体写っている
が、余り類を見ない妙な形状の像である。錫杖
を持っている僧侶や、動物を二頭下げた人物な
ど謎めいている。柱の彫刻として用いられてい
たのかもしれない。  
 
 
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 ダロウ旧聖コロンバ修道院跡
  Durrow/ Ruins of Ancient
    Monastery of St. Columba
 

    WEST MEATH (The Midlands) 
     
   
 
 ケルズの書 Book of Kells と共にアイルラ
ンドの至宝とされる
Book of Durrow ダロ
ウの書が、7世紀にこの修道院で編纂された。
当時の建築は一切残っておらず、10世紀に造
立されたハイクロスが一基ポツンと在るのみで
ある。
 しかしこのハイクロスは、アイルランドを代
表するモナスターボイスのハイクロスに充分比
較し得るほどの傑作だった。
 写真は墓地の側から眺めた東側正面で、中央
に「最後の審判」が彫られており、これはモナ
スターボイスのクロスの裏面に瓜二つである。
天国と地獄に分けられた人々の図像ではなく、
ここではハープを弾くダヴィデなどが左右に描
かれている。
 同じ面には「イサクの犠牲」やキリストの像
が、そして西面には、十字架像やペテロやパウ
ロなどの聖人像が彫られている。側面にも、聖
書の物語を中心にした人物や場面が彫られ、ク
ロス全体が図像の塊のように見える、アイルラ
ンド屈指の傑作である。
 ダブリンのトリニティー・カレッジでダロウ
の書の実物を見たが、感動はより深まったのだ
った。
 
 
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