ポルトガル
    の
ロマネスク
 
  Portugal Roman 
 
 ポルトガルにロマネスクの教会が在る事は、
実は余り知られていない。
 随所にフランスからの影響を受けた痕跡が見
られるが、大きな町の大聖堂などは城塞建築様
式に改造されたものも多い。
 しかし何より多大な影響をポルトガルに与え
たのは、北に隣接するガリシア地方の建築であ
り、サンチャゴ・デ・コンポステーラの存在で
あっただろう。
 地味な小教会ばかりだが、詳細に観察すれば
ポルトガルならではの特異な美意識が見えてく
る。
 
 
 
 
 ポルト・ワインの葡萄畑
 (ドウロ川上流)
  
Vale do Douro 
 
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 コインブラ旧カテドラル
  Coinbra/La Sé Velha
    
     Coinbra 
       
   
 
 リスボンは政治の中心、ポルトは商業の中心
だが、文化の中心はコインブラだろう。古い大
学の在る、ポルトガル第三の都市である。
 モンデゴ川
Rio Mondego に面しており、旧
カテドラルへ行くには河畔から急坂を登らねば
ならない。
 12世紀の建立と伝えられているが、建築は
いかにも要塞風であり、教会としては余り美し
いとは言い難い。しかし、正面扉口は写真で見
るように壮麗で、繊細な彫刻で飾られている。
柱は植物模様で覆われ、柱頭には絡み合う動物
の像や組紐模様などが彫られている。リスボン
のカテドラルに似たファサードである。
 外観に比して、内部は荘重な美しさを見せて
おり、三廊式の身廊にトリビューン、半円アー
チの素朴な天井などが見所の、明快なロマネス
ク建築である。身廊の柱頭にも、面白い主題の
彫刻が見られた。
   ゴシックの回廊が残されており、静謐な
空間を演出しているが、教会への入口の門周辺
には、見事なタイル装飾が見られる。かつては
身廊もこのセヴィーリャから来たタイルに覆わ
れていたそうで、現在はそのほんの一部が残っ
ているそうだ。
 旧市街の広場に面して、もう一つのロマネス
ク寺院である聖ティアゴ教会
São Tiago が在
る。    
 
 
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 ラーテス聖ペドロ教会
  Rates/Igreja de São Pedro
    
      Porto 
       
  
 
 ポルトの北、バルセロス Barcelos へと向
かう途中で、二つの珠玉のロマネスク教会を見
る事が出来る。
 ここラーテスとリオ・マウである。
 ラーテスの教会に近付くと、先ず壮麗な後陣
と石の微妙な色合いが目に入る。
 正面の扉口には、栄光のキリストと思われる
不思議な像容を刻んだタンパンが見られる。ア
ーチ装飾も力強い。南門タンパンの十字架を背
負う羊や、北門の幾何学模様装飾なども興味深
い。
 身廊は三廊式で、側廊とは見事な彫刻の彫ら
れた柱頭の有る柱とアーチで仕切られている。
特に北西側の二つのアーチの輪郭は、様々な怪
獣や模様の彫られた帯状装飾で囲まれている。
難解なパズルのように、不可解な図像ばかりの
羅列なのだが、いかにもロマネスク的な謎めい
た彫刻を見る楽しさに満ちている。
 写真は、南側廊から北側廊の祭室を見たもの
で、半円アーチの構成がとても美しい。夢に溢
れた柱頭彫刻の面白さも格別で、この教会の至
る所に潜んでいる、様々な像容のミステリアス
な動物や怪物を発見することが出来る。
 
 
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 リオ・マウ
     聖クリストヴァン教会

  Rio Mau/Igreja
     de São Cristóvão
    
      Porto 
       
   
 
 ラーテスからは数キロしか離れていない、至
ってのんびりとした寒村に、この教会は建って
いる。
 最大の特徴は建築に使用された石の色で、赤
紫ともいえる不思議な色である。
 聖堂は方形の単身廊バジリカ形式で、祭室も
方形であるため後陣に魅力は無い。しかし、祭
室と身廊とを仕切っている半円アーチは三重に
組まれた豪快なもので、窓の無い祭室の重量感
の上に、更に重厚な迫力を加えて見事である。
アーチの輪郭には、組紐模様のような連続彫刻
が見られ、扉から差し込む横からの光の中に浮
かび上がって美しかった。

 写真は正面西門扉口の彫刻である。タンパン
には中央に立ち杖を持った聖人が彫られ、両脇
にも二人の聖人、そして太陽と月、鳥と人間な
どが判じ物みたいにして並んでいる。
 アーチ輪郭には精巧な彫刻が成されており、
一見すると稚拙だが、基盤には確たる美意識が
存在したことの証明となっている。
 有翼獣らしき二頭の動物を彫ったタンパンの
有る北の扉口装飾も、均整の取れた美しい門だ
った。
 
 
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 サンフィンス・デ・フリエスタス
        修道院

   Sanfins de Friestas/
        Convento
    
     Viana do Castelo 
       
 
 
 ポルトガルの最北、スペインとの国境を流れ
るミーニョ川
Rio Minho 河畔の町 Valença
バレンサから、東へ9キロ行くとフリエスタス
の集落が左に見える。
 修道院は町と反対側の遥か山の上に在り、車
止めからは暫く歩く事になる。
 写真はそのアプローチからの眺めで、素朴な
聖堂と後陣の姿が、周囲の自然に溶け込んで感
動的だった。
 教会堂の建築だけが残っており、回廊等その
他は崩落著しく、ほとんど原形をとどめていな
い。僧室らしき遺構に野生の鹿がおり、私たち
の姿を見て森へ逃げてしまった。
 教会は、半円形の祭室の有る単身廊バジリカ
形式で、正面西門の他に、南北両門の三つの扉
口が付いている。それぞれに素朴な柱頭彫刻や
線彫りのタンパン装飾が施されており、森閑と
した空気の中で、崩壊寸前とも言える繊細な美
しさを見せている。
 身廊は床と壁だけの清楚な建築で、天井は木
造である。素朴な祭室が美しい。
 
 
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 オラーダ聖母教会
   Orada/Igreja
      de Nossa Senhora
    
     Viana do Castelo 
       
 
 
 フリエスタスから、ミーニョ川に沿ってさら
に東へと35キロ行くと、メルガソ
Melgaço
の町に着く。対岸はスペインのガリシア地方で
ある。ここから少し東の、川を見下ろせる段丘
の上にこの教会が建っている。
 単身廊の聖堂で、祭室は方形である。背後か
らの後陣の姿は味気ないが、全体に簡素で窓一
つ無い建築には、重々しさよりもむしろロマネ
スクらしい素朴さが感じられた。フリエスタス
と似た建築プランだが、どちらもガリシア地方
に散在する聖堂群にかなり類似している。
 正面扉口は、素朴な図案模様で装飾されてお
り、興味深い図像が幾つか在った。
 北門のタンパンには、獅子と鳥の浮き彫りが
見られ、周囲に彫られた葡萄唐草模様と共に美
しい装飾が残されている。
 残念ながら聖堂内部へは入れず、鍵の管理人
も不明だった。
 
 
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 ブラヴァンエス
     
聖サルヴァドール教会
   Bravães/Igreja
      de São Salvador
    
     Viana do Castelo  
       
   
 
 ヴィアナ・デ・カステロからリマ川に沿って
35キロ遡ると、周囲は誠に牧歌的な風景とな
る。
 ここの聖堂も単身廊に方形の祭室で、外観は
素朴という言葉を使うしか方法が無い程簡素だ
った。
 しかし正面扉口の彫刻は密度の濃い装飾で、
両側の側柱やタンパン、帯状アーチの縁飾りな
ど、ポルトガル屈指のロマネスク門だと思う。
 タンパンは二人の天使に支えられた荘厳のキ
リスト像で、周囲には聖人像や獅子だか猿だか
判らない怪獣の姿が、連続した帯状に彫られて
いる。
 南門のタンパンには、十字架を背負った聖な
る羊が彫られており、単純だが印象的な像だ。
 写真は正面左側の側柱だが、果たして一体何
を表現しようとした図像なのか、毎度の事なが
ら感じるものは、ロマネスクが示す神秘の謎で
あり、底知れぬ魅力である。
 内部身廊の柱頭彫刻にも興味深い図像が見ら
れるのだが、特に注目したいのは身廊と祭室を
仕切る、凱旋門のようなアーチ装飾である。連
続する動物模様と幾何学的図案は、まるでアラ
ブの宮殿を真似たように見える。  
 
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 ピトンエス・ダス・ジュニアス
       
旧聖マリア修道院
  Pitões das Júnias/Convento
     de Santa Maria Velha
    
      Vila Real 
       
   
 
 ブラガ Braga の町から東へ約60キロ、カ
ヴァード渓谷へと分け入ると、周囲は荒々しい
岩肌の山々と、急峻な断崖が造る谷間となる。
更に尾根伝いに50キロ走って、スペインとの
国境に聳えるピスコ山脈
Serra de Pisco へと
登って行った。
 南西ヨーロッパとは申せ2月初旬のこと、周
囲の峰々は雪に覆われ、景色も白一色に変化し
てくる。道の果てた場所に車を止め、氷を踏ん
で谷間に下りる。ピトンエスの修道院は、雪と
氷に包まれていた。
 こんな辺鄙で荒涼とした場所に何故、と思え
る程の過酷な立地条件。修行のためなのか、霊
験の存在する場所なのか。絶壁の奥そのまた下
の谷底に、荒れ果てた聖堂の赤い屋根が見えた
時には感動した。
 単身廊の質素な聖堂に方形の祭室が残るが、
隣接する回廊や他の僧院は全て崩落し、完全な
遺跡となってしまっている。苔むした石の色す
ら、滅び行く美しさを示している様に見えた。
 正面ファサードはガリシアでもよく見かける
様式で、鐘楼はバロック期の後補である。しか
し、扉口は単純だが美しいロマネスク彫刻で飾
られている。円形を用いた幾何学模様が、独特
の雰囲気を創出していた。
 ここも無人で鍵が掛かっており、聖堂内部へ
は入れなかった。
 
 
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 フェレイラ聖ペドロ教会
  Ferreira/Igreja
     de São Pedro
    
      Porto 
       
 
 
 ギマランエス Guimarães から南へ約25
キロの小さな集落に、この教会は建っている。
 ちょうど日曜日の朝で、町の人々がミサに集
まっていた。堂内の写真を撮り終えた頃、司祭
が現れミサが始まったので、ちょうど良いタイ
ミングだった。
 単身廊の素朴な聖堂に半円形の祭室という、
この地方でよく見る様式である。祭室は見せか
けアーチを連続させた装飾で、単純な中に変化
の有る美しさを造っている。幸福な雰囲気に満
ちたミサを、私達はしばらく見学していた。
 正面扉口は、竹輪の輪切りを並べたような、
変てこな意匠で飾られているが、さして美しい
とは思えない。
 リスボンなど南部で見られる玄関間のような
前室の遺構が特異だ。
 ポルトガルには美しい後陣が少ないのだが、
ここは絵になっていた。南門の前に咲き誇る白
い花が、妙に美しく感じられたのが不思議だっ
た。    
 
 
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 トラヴァンカ
     
聖サルヴァドール教会
   Travanca/Igreja de
        São Salvador
    
      Porto 
       
 
 
 前述のフェレイラから、優れた景観で著名な
アマランテ
Amarante へと向かう途中に有る
町である。教会は町外れの低地の、開放的な場
所に建っていた。
 比較的大きな聖堂で祭室は方形だが、三廊式
の側廊部分の祭室は左右とも半円形である。従
って後方から見た後陣の姿は、やや変則的な眺
めだ。
 もう一つ特異なのは、聖堂の横に建つ鐘塔で
ある。お世辞にも美しい塔とは言えず、まるで
要塞の見張りの塔のようだった。しかし塔の東
側扉口の装飾には、惹きつけられる様な魅力が
感じられる。写真がその部分だが、十字架を背
負う神秘の羊と、タンパン周囲の動物模様の意
匠が、小粒とはいえまことに良い。
 聖堂正面の扉口はシンプルなアーチ模様で、
側柱頭の彫刻が精緻で美しい。棕櫚の葉を組ん
で飾ってあったので、もしかしたら枝の主日に
当っていたのかもしれない。  
 
 
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 グランジーニャ聖ペドロ・
    デ・アグィアス教会

  Granjinha/Igreja
    de São Pedro de Aguias
    
      Viseu 
       
   
 
 ドウロ河 Rio Douro の遥か上流、ポルトワ
イン用の葡萄を栽培するための段々畑が、急峻
な谷の斜面一面に見渡す限り展開していた。細
い山道をかなり登り、ようやくこの寒村にとた
どり着いたが、教会はさらに谷底へと降りてい
かねばならない。
 この小さな聖堂は、断崖と絶壁に挟まれた狭
い空間で、岩肌にしがみついて建っている。
 単身廊のバジリカ形式に方形の祭室は、すで
に定番化している。慣れてくると、これ以上の
装飾的建築意匠は、全く不要だとさえ思えてく
る。
 谷は東に向かって開けているので、当然西正
面は崖に接することとなる。扉口の写真は、こ
うして岩をよじ登らねば撮れなかった。真正面
からは全く不可能で、なんとも意地悪なファサ
ードだ。
 タンパンは、植物の蔓の透かし彫りという、
大変珍しい意匠である。柱頭の上に狛犬のよう
な動物像が、左右二頭づつ置かれているのも珍
しく、小規模ながら見応えのある扉口だった。
 例の十字架に神秘の羊の図像を、聖堂北扉口
のタンパンに見ることができた。
 
 
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