ルシオン・ラングドック 地方のロマネスク |
Roussillon et Languedoc Romans |
地中海に面し、ピレネー山脈を挟んでスペイン・ カタロニア地方と接するルシオン地方には、初期ロ マネスクの聖堂も多い。 ラングドック地方は、地中海に面しているが、内 陸部はピレネーや中央高地の延長でもあり、かなり 深い山岳地帯でもある。 ロマネスク聖堂として著名な寺院は少ないが、特 異なスタイルの教会が多く、ロマネスク巡礼者にと っては絶対に見逃すことの出来ない地方である。 |
ラグラース Lagrasse (Aude) 聖マリー修道院と美しい町 |
県名と県庁所在地 ◆ルシオン地方 1 Pyrénées-Orientales (Perpignan) ◆ラングドック地方 2 Aude (Carcassonne) 3 Hérault (Montpellier) 4 Gard (Nimes) |
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カニグー/聖マルタン修道院 Canigou/Abbaye St-Martin-du-Canigou |
1 Pyrénées-Orientales |
標高2784mのカニグー山は、ピレネー山脈に 連なる山塊であり、峰には万年雪が見られる。 修道院はこの山の西斜面、標高1100mの断崖 のような場所に、岩にしがみつくようにして建てら れている。 私たちが親友M夫妻とここを訪れたのは30年以 上も前の1987年の正月休みであった。まだ若か ったので歩くことにし、麓の車止めの有るカステイ ル Casteil から、かなりの距離の急坂を一気に登 った記憶がある。もっとも最近は、有料の送迎ジー プが走っている。 私達はさらに上の、修道院の建物全体を眺望出来 る丘へ登った。垂直の断崖上に建てられた、特異な 光景がとても印象に残っている。 2016年に再訪したが、かなり観光化されてい てやや失望したが、回廊彫刻などは昔の儘だった。 写真は再訪時のものである。もちろん、今回は麓 からのジープを利用した。 半円アーチや柱頭の重厚さに比して、繊細な柱が これを支えている身廊は、プリミティブな面影を伝 える11世紀初頭の建築である。 写真の中央は回廊で、片側が断崖に向けて開けて おり、個性的な彫刻が施された柱頭を持つアーチ列 柱の向こうに、峻険な絶壁が見えるという世にも稀 なる修道院なのである。 プリミティヴな身廊の原初的な柱頭と円柱、ロマ ネスクの原点の様なクリプトには、何度見ても新た な感動を覚える。 |
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コルネイユ・ド・コンフラン/ 聖マリア教会 Corneille-de-Conflent/ Église Ste-Marie |
1 Pyrénées-Orientales |
前掲のサン・マルタン修道院が建つカニグー山塊 の麓に当たる場所で、斜面に沿って集落が広がって いる。 教会は町の上部に建っており、写真の十一世紀の 鐘塔が目印になっていて、主道からのアプローチは 容易だった。 写真は、西側正面から撮影したファサードと鐘塔 である。聖堂ファサードは切り石を積んだ城郭のよ うな建築だが、扉口と共に12世紀の様式を伝えて いる。 内部へは入れなかったが、三廊式の身廊は11世 紀、袖廊と後陣は12世紀とのことでがっかりだっ た。また、12世紀に制作された木造の彩色聖母子 座像の存在を知り、落胆は倍増してしまった。「ま た来い、という意味」と解釈するには、些か歳を取 り過ぎている。 扉口のタンパンには、膝まづく二天使に囲まれた 聖母子像が彫られている。三博士礼拝の事例は多い が、この図像はかなり少ない方だろう。 11世紀の塔は素朴な壁面装飾が魅力で、古建築 の年輪を感じさせてくれる。 背後へ回って後陣を眺めてみた。半円形部分は主 祭室のみだが、窓周辺の彫刻や軒下のロンバルディ ア帯は洗練された意匠だった。 |
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ヴィルフランシュ・ド・コンフラン/ 聖ジャック修道院 Villefranche-de-Conflent/ Église St-Jacques |
1 Pyrénées-Orientales |
カニグー山塊を往復をするために利用する地方道 D116号線が、国道116号線と交差する町である。 古くからの城郭都市で、町の周囲は城壁で囲まれ ており、町へ入るには東西いずれかの城門をくぐら ねばならない。 西門を入って直ぐ目に入る写真の教会は、11~ 12世紀に創建された聖堂である。城郭都市自体は 15世紀に構築されたそうなので、当初は現在とは 全く異なった様相であったのだろう。 ここも内部見学は不能だったので致し方なく、見 学は扉口の観賞のみとなってしまった。 色大理石のような朱色がかった特殊な石材が用い られた門で、ヴシュールやタンパンには際立った彫 刻は見られない。柱頭部分にのみ精巧な彫刻が施さ れているが、ライオンをモチーフとした優れた作品 だった。かなり修復はされているようだったが、ロ マネスクとしての許容範囲内という解釈をすること にした。 左側にもう一つ、やや小さめの扉口が設けられて いる。三重のヴシュールには装飾は見られなかった が、ここにもライオンを主題とした秀逸な柱頭彫刻 が見られた。 13世紀の鐘塔を横目に睨んだかと思ったら、家 人は早々に、旧市街の土産物探しに取り掛かってい た。ここも「また来い」ということなのだろうか。 |
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プラド/聖ミシェル・ ド・キュクザ修道院 Prades/Abbaye St-Michel-de-Cuxa |
1 Pyrénées-Orientales |
カニグー山塊の北に位置する、プラードの町の南 郊外に建っている10世紀の修道院である。写真は カニグー山を背景にした北からの全景で、鐘塔の姿 が荘重である。 プレロマネスク時代からの歴史を持っているが、 それは翼廊の仕切など随所に見られる馬蹄形アーチ からも推測できる。おそらくメソポタミアやシリア といった、オリエントの影響を受けたモサラベ文化 の名残だろうと思う。 石を積んだだけの何の装飾も無い、馬蹄アーチの みで繋がれた空間が形成する聖堂は、キリスト教と アラブ文化とが融合したイベリア半島ならではの遺 物と言える。 見事に修復された美しい回廊が有るのだが、これ は全体の三分の一しか残っていない。柱頭の彫刻に は興味深い図像も多く、聖書の物語ではなく、不思 議な怪獣や植物模様が中心である。 |
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セラボンヌ/ 旧ノートルダム小修道院 Serrabonne/ Ancien Prieuré Notre-Dame |
1 Pyrénées-Orientales |
カニグー山塊の東端に位置するこの修道院は、現 在は全くの廃墟になってしまっている。しかし建築 の原点のような素朴な力強いたたずまいは、周辺の 荒涼たる光景の中で見事に美しい存在だった。 写真は87年当時のもので、聖堂入り口周辺は現 在はかなり整備観光化されていた。 写真中央の教会聖堂部分が最も古い11世紀とさ れ、左の鐘塔や祭室部分は12世紀であろう。 三廊式のバシリカだが、右の側廊が回廊のような 連続アーチになっており、断崖に向かって開けた格 好になっている。 この教会が他と比べて最もユニークなのは、身廊 の真ん中に「トリビューンTribune」という中二階 式のアーチ門が設置されていることだ。 赤味を帯びた大理石で、六本の柱と壁で仕切られ ており、ここを潜らないと祭室へは行けないのであ る。壁面と柱頭に、細工の見事な彫刻が残されてい る。人面と怪獣が絡まり合ったような奇想天外な図 像が多く、大胆な構図と深い彫りが見所である。 |
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サン・タンドレ・ド・ソレード/ 聖アンドレ教会 St-André-de-Sorède/ Église St-André |
1 Pyrénées-Orientales |
地中海沿岸のカタロニアとの国境近くでは、初期 ロマネスクの遺構を数多く見ることが出来る。 サン・タンドレの教会もその一つであるが、写真 は扉口の上に置かれてアーチを支える Linteau ま ぐさ石の彫刻である。 図像は中央に栄光のキリスト像、それを左右から 支える二人の天使、そして二人の熾天使と四人の使 徒が三人づつ左右に分かれて彫られている。 写真はまぐさ石の中央部分で、キリストを中心に 両側に二人の天使と熾天使、そして二人の使徒の像 が写っている。 意匠は単純だが、人物は象徴的で愛らしく、植物 の葉模様の表現も不均一であるところが憎めず、南 スペインのアンダルシアで見ることの出来るアラブ の意匠すら連想させる。 |
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サン・ジェニ・デ・フォンテーヌ/ 聖ミッシェル教会 St-Génis-des-Fontaines/ Église St-Michel |
1 Pyrénées-Orientales |
前述のサン・タンドレとは隣同士のような町であ り、全く同じ発想で描かれた図像の彫刻がなされた 「まぐさ石」が、これも同じ様に教会の扉口に残さ れている。 11世紀初頭の作品とされているが、どうやらサ ン・タンドレのものはここの摸作であるらしい。し かし、いずれにせよ、どちらの作品も素晴らしいこ とに変わりは無い。 写真は、中央の二人の天使に支えられた栄光のキ リスト像である。これはほとんどの部分で、サン・ タンドレのキリスト像と瓜二つの意匠である。 その他の像の人数は一緒だが、サン・タンドレに 描かれていた熾天使の姿はここでは見られず、左 右に三人づつの使徒が彫られている。 衣装の模様はこちらのほうが細かく描かれている が、使徒の容貌などはプリミティブに見える。 |
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アルル・シュル・テッシュ/ 聖マリー教会 Arles-sur-Tech/ Église Ste-Marie |
1 Pyrénées-Orientales |
ピレネー山脈に水源を発し、地中海に流れ込んで いるテッシュ河の上流にこの村がある。 教会正面のファサードには、見るからに素朴なタ ンパンが有り、とても貴重なモチーフがそこにはめ 込まれているのである。制作年代は11世紀半ばと いわれている、写真のギリシャ十字のレリーフがそ れである。 中央には祝福を与える玉座のキリスト像が彫られ ており、三重線の輪郭を付し、四方に四福音書家を 象徴するシンボルが彫られている。 上は聖ヨハネを表す鷲、右は聖マルコを表す獅子 であり、さらに下は聖ルカを表す牡牛、そして左は 聖マタイを表す有翼の人物像である。 タンパンの半円アーチ輪郭には植物模様のレリー フが帯状に彫られており、アーチの左右には動物像 が、そしてファサード上部の窓の輪郭は、サン・ジ ェニにも共通するような見事な植物模様で飾られて いる。 初期ロマネスクとも言うべきこれらの図像が、こ こルシオン地方に高い密度で分布していたことは驚 きである。 |
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エルヌ/聖ユラリー大聖堂 Elne/Cathédrale Ste-Eulalie |
1 Pyrénées-Orientales |
ローマ帝国終焉の時代には、この地方の中心都市 であったという由緒ある町並みを歩くと、しばらく すると見晴らしの良い高台へ出る。 そこに建っているのが、11世紀創建のこの大聖 堂である。二本の鐘塔や三廊式身廊の聖堂や後陣な どが見所なのだが、ここでは何と言っても隣接する 回廊へ足を向けねばならない。 写真は南面の西南隅付近で、二本の柱と柱頭の連 なったアーケードは大変に美しかった。 柱頭彫刻は、聖堂に接する南面付近が12世紀で 最も古く、残りの面は13~14世紀に造られたも のである。 抽象的なロマネスクから写実的なゴシックまでの 変遷を、柱頭の図像に見ることが出来る。 三つのアーチ毎に太い角柱が置かれている。各面 に三本の角柱が在るので、それぞれは十二のアーチ によって構成されていることになる。 繊細で装飾的な彫りは成熟した時代の技術を示し ており、聖書の物語や抽象的な動物像は図像彫刻の お手本を見るような気さえする。 |
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ル・ブールー/聖マリア教会 Le Boulou/Église Ste-Marie |
1 Pyrénées-Orientales |
ペルピニャン Perpignan から南下すると、スペ イン国境のピレネー山脈の裾野の所にこの町が広が っている。 ロマネスクの傑作フレスコ画で著名なフノラール の聖マルタン教会はこの町外れに在るのだが、撮影 が厳禁されていて掲載をすることが出来ない。 大理石の門が見事なこの教会は町の中心に建って おり、12世紀に創建されたものである。 半円アーチ門の上部に七つの軒持ち送り彫刻が在 り、これらが支えるまぐさ石の彫刻が見事だ。これ らはカベスタニーの職人 Maitre de Cabestany の 作品である。 彫刻の主題は聖母子で、誕生から三博士礼拝、エ ジプト逃避などが絵巻物のように描かれている。 写真はエジプトへ逃避する聖母子像で、カベスタ ニー独特の鮮烈な表現を見ることが出来る。高い所 に飾られているので、双眼鏡が必要である。 |
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カベスタニー/聖母教会 Cabestany/Église Notre-Dame-des-Anges |
1 Pyrénées-Orientales |
ペルピニャンPerpigna )から5キロの所に在る、 今では住宅街の続く郊外都市である。しかし、旧市 街の中心部の家並の中に、この重要な教会が建って いる。 教会は古いものではないが、壁にかかっている写 真のタンパン彫刻は12世紀のカベスタニーの職人 による作品である。 写真の中央はキリストとマリアの像で、左はマリ アから帯を授けられた聖トマ、右は聖母マリアの昇 天を表現した図像で、カベスタニー工房の特徴が最 も顕著に現れた部分である。 衣のひだの表現など、繊細であると共に、力強く 流れるような動きが感じられる作品だ。 現在の入口からは思いもつかないのだが、こんな に見事なタンパンが飾られた扉口がどんなものだっ たかを想像するのは楽しい。 |
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フノラール/聖マルタン教会 Fenollar/Église St-Martin-de-Fenollar |
1 Pyrénées-Orientales |
過去に2回訪問したことがあったのだが、いずれ も冬季であったことと時間が合わなかったために聖 堂内部のフレスコ画を見ることが出来なかった。 今回 (2005年) ようやく内部を見学できたのだ が、受付兼監視の婦人の目が厳しく、全く写真撮影 は不可能だった。 円筒天井の祭室の壁面に、びっしりと描き込まれ たフレスコ画の魅力をどう例えて良いか判らない。 フランスの何処にも見当たらない強烈な手法で、む しろカタルーニャの強い線で描かれた一連の作品に 近い、と感じられた。受胎告知、杯と楽器を持つ預 言者達、天使や聖人の数々などに圧倒された。 写真は、実は友人から提供されたもので、当サイ トの趣旨から外れる他人の写真なのだが、ここだけ は別、とご理解頂ければ有難い。 この場面が「誕生」で、人物はマリアとヨセフだ と信じられるだろうか。特に、マリアの異様な風貌 は、抽象芸術の極致とも言えそうなほど強烈な表現 力ではないか。 |
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サン・パプール/聖パプール教会 St-Papoul/Église St-Papoul |
2 Aude |
カルカソンヌとトゥールーズの丁度真ん中あたり に、この静かで小さい村が在る。教会には後世に造 られた回廊も在り、壮大な規模を誇っていた。 ここにも前述の「カベスタニーの職人」の作品が 残っている。教会の内部には展示室が在り、一連の 作品が展示されていた。従来は聖堂内部の柱頭を飾 っていたものと思われるが、間近で見るとその技術 がいかに優れているかが理解出来た。 しかし、この職人の生きた作品に興味があったの で、表へ出て後陣へと回り、屋根の下の軒持ち送り に挟まれて残る柱頭を見た。 写真はその内の一つで、「ライオンの穴の中のダ ニエル」を表現した傑作である。 かなり高い場所に在るので肉眼では良く見えず、 望遠レンズでこの程度だった。 しかし、奇怪なライオンの姿や、特異な人物表現 には、十分この作者の個性を見る事が出来る。彼等 の最高傑作が残る、ル・ブールーへは是非行かねば ならない。 |
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リュー・ミネルヴォア/ 聖母被昇天教会 Rieux-Minervois/Église Ste-Marie de l'Assomption |
2 Aude |
カルカソンヌの北東に広がる田園地帯の中心に在 る、のんびりとした平和な町である。 表通りから一筋裏に入った家並みの中に、どう数 えても「七」角形の鐘塔が見えた。聖堂は十四角形 の洗礼堂形式で、各々の辺の外側に礼拝堂が付いて いるという、とても珍しい建築である。 一番の目的は柱頭彫刻だった。カベスタニーの職 人 Maitre de Cabestany と呼ばれる石彫刻師の一 連の作品が、数多く残されているからである。 写真はその代表作で、聖母被昇天の柱頭彫刻であ る。聖母や周囲の天使の特異な風貌が特徴だが、確 かな技術と複雑な意匠がこの荘厳な主題を、輝くば かりに見事な芸術として完成させた。 この職人の作品はナルボンヌやカルカソンヌ周辺 に分布しているが、作者の個性的表現が希薄であっ た中世においては、貴重な存在であると言える。 |
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カルカソンヌ/ 旧聖ナゼール大聖堂 Carcassonne/Ancienne Cathédrale St-Nazaire |
2 Aude |
城郭都市として余りにも著名だが、城壁内の旧市 街を歩く楽しみは格別である。中世そのままの家並 みや石畳の道の雰囲気を満喫できるからである。 この旧カテドラルは、旧市街の最南端に建ってお り、ロマネスクの面影を残しているので、観光で訪 ねた際に見逃してはならない。 11世紀に創建されたのだが、現在の建物は12 世紀に再建されたものがかなり後世に改築された、 と理解した方が良いだろう。 写真は、聖堂北側に設けられた扉口で、六重のヴ シュールと円柱列や柱頭などのロマネスク様式が美 しい。一番外側のアーチには、連続する繊細な植物 模様が彫られている。ファサード上部の軒持ち送り には様々な面相の人物の顔が並んでおり、この手が 好きな人にはたまらないだろう。 聖堂は三身廊で、太い円柱と細い円柱が付け柱と なった角柱とが交互に並び、尖頭アーチが六つの梁 間の天井を支えている。 特に、円柱の野太さと柱頭の繊細な彫刻には、ロ マネスクのエッセンスが色濃く残されている。 翼廊と祭室は13世紀以降のゴシック様式に改造 されており、15世紀頃のステンドグラスで飾られ ている。 |
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サン・ティレール/聖母教会 St-Hilaire-d'Aude/ Église Notre-Dame |
2 Aude |
カルカッソンヌから南へ国道118号線を行くと、 24キロでリモー Limoux の町へと着く。更に東 へ地方道を8キロ行くとサン・ティレールである。 町の入り口近くに教会が建っており、翼廊や三後 陣にロマネスク様式が残る聖堂を見る事が出来た。 回廊はゴシック時代の建築だが、雰囲気はとても好 ましい。 ここでの見所は写真の石棺彫刻で、St-Sernin 聖 セルナンの石棺である。聖セルナンは聖サトゥルナ ン St-Saturnin とも呼ばれるトゥールーズの聖人 で、雄牛に繋がれて殉教したことで知られている。 石棺の前面に彫られた浮彫は、カベスタニー工房 の作品で、聖セルナンが雄牛に繋がれ殉教する場面 が描かれている。カベスタニー特有の異様な面相が 凄惨だが敬虔な殉教の雰囲気を伝えているようだ。 写真の左側には雄牛が、そして右側には捕縛され る聖人の像が彫られている。 |
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サン・ポリカルプ/聖母教会 St-Polycarpe/ Église Notre-Dame |
2 Aude |
サン・ティレールから山道を抜けて南へ8キロほ ど行くと、サン・ポリカルプの谷へ出る。そこがこ の教会が建っている町だった。 渓谷沿いに建つ聖堂は、写真でも判るが、丸で城 塞のような堅固な建物である。単身廊の聖堂で、鐘 塔の下が玄関間のようになっている。 身廊には二つの梁間と交差部のような部分とが、 塔下の玄関間と繋がっている。 身廊の天井は交差穹窿だが、外観の背の高さに比 べて天井が側壁の窓の少し上なので、内部は二階建 てになっているのだろうか。 祭室も窓の高さの少し上程度に天井が造られてい るので、これも二重構造のように見える。 教会の起源は8世紀末の修道院なのだが、現在の 建築は12世紀のものと考えられる。 いずれにしても、不可解な高さの聖堂であること に違いはない。 写真の後陣部分がこの教会では最もロマネスクら しいが、それはロンバルディア帯装飾と控え壁が大 きな要素となっているからだろう。 聖堂周辺には、修道院のものと思われる遺構や水 道橋の一部などが、まるで廃墟のように残されてい た。 |
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アレ・ル・バン/ 聖マリア修道院跡 Alet-les-Bain/Ruines de l'Abbaye Ste-Marie |
2 Aude |
リモーから国道118号線を南へ約10キロ、こ の壮大な廃墟の残るアレの町に着く。ここには11 世紀に創建されたベネディクト派修道院の遺構が残 されているのだった。 ロマネスクからゴシックに至る間に様々な改築が 行われたようだが、写真の身廊部分や後陣には、ロ マネスク様式が色濃く残されている。 写真は、東側の祭室付近から、身廊西側を写した ものである。正面は扉口となるのが普通だが、ここ では二連アーチの窓となっていて、扉口は南側面に 設けられている。三廊式だが、南のアーケードは失 われている。北側は従来は側廊となるはずだが、個 々の礼拝堂になっていたようだ。 後陣は正八角形の半分、つまり五角形が聖堂背後 に突き出た格好になっており、付け柱や盲アーケー ドなどプリミティヴな建築として保存されている。 |
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フォンフロワド/ 旧シトー会修道院 Fontfroide/Ancienne Abbaye Cistercienne |
2 Aude |
ナルボンヌの南西へ10キロも行けば、山は低い が深い渓谷へと入って行く。 谷川に面して、このシトー派の修道院の遺構が残 され、清浄な雰囲気を今日に伝えている。 修道院は12~13世紀に創建され、18世紀頃 に大きな修復が施されたという。 参事会室 Salle Capitulaire や修道院付属教会、 回廊などには創建時代のロマネスク様式が随所に残 されている。 参事会室のオジーヴ・ヴォールトや回廊の尖頭ア ーチなどが、プロヴァンスのシトー派修道院では当 初より用いられていた経緯を考えれば、これを即座 にゴシックと決めつけてしまうのは早計かもしれな い。事実ル・トロネやセナンクでは、尖頭アーチや オジーヴが他に先駆けて意匠されていたのである。 写真は、この修道院で最も空気が澄んだ、美しい 回廊の一部である。付属教会堂の北側に隣接して建 てられており、深い瞑想の場に相応しい静謐な空間 を創出している。 三連アーチをユニットとして連続するアーケード を構成していく手法は、各地のシトー派修道院の回 廊に共通している。 円柱は二本づつ組み合わされており、柱頭には様 々な植物模様が彫られている。血生臭いストーリー を表現したものはさすがに無かった。 |
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カラント/聖マリー教会 Quarante/Église Ste-Marie |
3 Hérault |
ナルボンヌの北20キロにある小さな町で、教会 は街並みの中に紛れ込んだように建っていた。 聖堂は写真で見る通り、11世紀創建らしい角柱 を用いた堅牢な三廊式で、身廊も側廊も円筒ヴォー ルトに横断アーチが組まれている。 ロマネスク建築のお手本を見る思いだった。何故 にこの様式に、落ち着いた安心感を覚えるのだろう か。ロマネスク以前にとっくに使用されていた半円 アーチ、しかしこれを用いたロマネスク様式が自身 の顔としたからなのか、私たちは半円アーチにロマ ネスクを感じてしまう習性が出来上がってしまって いる。 美しい建築だが、柱頭好きの家人は何やら物足り なさそうな顔をしている。建築好きの小生とは反応 が全く違うところが、ロマネスクの多様性を物語っ ているかのようだった。 外観はかなり修復された痕跡が強いのだが、付け 柱や盲アーケードで装飾された後陣は見所の筈だ。 だが、隣家との隙間が余りにも狭く、後陣の写真は 上手く撮れなかった。更に残念なことに、正面扉口 は修復中だったのだが、壁面など随所にロマネスク 期の片鱗を見ることが出来た。 |
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ベジエ/聖ジャック教会 Béziers/Église St-Jacques |
3 Hérault |
ベジェはローマ植民地以来の都市で、ラングドッ クの産業の中心として繁栄してきた町である。 13世紀ゴシックの大聖堂と、12世紀の後陣が 有名なこの教会を見学した。 だが、なんと、肝心の後陣が写真の如く、足場に 囲まれて修復中だった。 八角形後陣の半分、つまり五角部分が突き出た格 好になっている後陣部分と、袖廊部分だけが12世 紀のもので、身廊などは全て18世紀以降に改造さ れたものらしい。 足場に注意しながら後陣を観察した。付け柱の円 柱が印象的で、特にその上部の柱頭に繊細な植物模 様がきりりと彫り込まれている。また軒下には、帯 状の連続装飾模様が意匠されており、先述のアレ・ ル・バンで見た後陣とは瓜二つだった様に思える。 工事の完成を待って“また来い”という、例の天 からの冷酷な宣託と受け止めざるを得なかった。 |
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アグド/旧聖エチェンヌ大聖堂 Agde/Ancienne Cathédrale St-Étienne |
3 Hérault |
ベジェから真東に車を走らせると、地中海に面し たエロー Hérault 河口のこの町に20分足らずで 着く。 橋を渡った川の向こうに、町を守るかのようにし て建つ要塞風の堅固な建築と鐘塔が目に入った。 実はこれがかつての大聖堂で、中へ入って更に驚 いた。尖塔ヴォールトの天井に尖頭横断アーチ、単 身廊の大ホールといったイメージだった。 12世紀末に築かれたこの聖堂には、大きな防御 の意図があったことは確かだろう。教会組織の争い を考慮してのことといった内容の説明がフランス語 で看板に書かれていたが、ほとんど判読は出来なか った。 写真は、ロマネスク的な柱頭彫刻を外壁部分に見 つけて、喜び勇んで撮ったものである。 |
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サン・ポン・ド・トミエール/ 旧聖ポン大聖堂 St-Pons-de-Thomières/ Ancienne Cathédrale St-Pons |
3 Hérault |
エスピヌーズ Espinouse 山地の中に在る、比較 的大きな盆地の町である。教会は緑多い町の中心に 建っており、丸で要塞のような建築である。東側正 面が近世に改築されているために、正面からはとて もロマネスクの寺とは見えない。 しかし、北側の扉口には半円のヴシュール飾り装 飾とレリーフ等が残り、西側の壁面には写真のよう なレリーフがはめ込まれていて、ロマネスクの名残 を留めていた。 写真は磔刑の場面で、かなり傷んでいるにもかか わらず、とても魅力的な図像である。悲哀に満ちた 聖母や天使の姿、キリストの四肢などの素朴な表現 がとても面白い。 となりには、昇天するキリストと最後の晩餐の場 面が残っている。いずれも、損傷の激しいのが残念 である。 |
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サン・マルタン・ド・ロンドル/ 聖マルタン教会 St-Martin-de-Londres/ Église St-Martin |
3 Hérault |
モンペリエ Montpellier の北方25キロ、エロ ー渓谷 Vallée de l'Hérault の上流に近い町だ。 町の通りの何処からも、不思議なことに教会を見 る事が出来ない。教会を取り囲むような格好で、家 々が建ち並んでいるからである。細い路地とアーケ ードを抜けると、町の核となる教会の在るシンボリ ックな広場に出る。 単身廊に半円形祭室が付き、左右袖廊の位置にや はり半円形の礼拝堂が設けられている。十字の三方 向が半円形となる珍しいプランだが、ケルンの三礼 拝堂形式と同じである。 建築は11世紀最後から12世紀初頭のもので、 重厚な雰囲気が古びた石の一つ一つから感じられる ようだ。 十字の交差部に八角塔が建っており、ロンバルデ ィア帯や飾りアーケードが唯一の壁面装飾となって いる。 堂内は半円アーチで構成された素朴で清雅な趣に 満ちており、直ぐにもカソリックに帰依したくなる ような美しい空間だった。 |
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サン・ギレム・ル・デゼール/ 聖ソヴェール聖ギローム旧修道院 St-Guilhem-le-Désert/ Ancienne Abbaye St-Sauveur et St-Guillaume |
3 Hérault |
前述のサン・マルタンから渓谷を下り、さらに支 流の渓谷を登ると、岩山に囲まれた美しい集落に出 る。 白い岩肌の山、赤い煉瓦の屋根、白い石壁など、 いかにも南仏らしい明るい光景だ。 教会は細い村の路地を抜けた、最奥の広場に面し て建っている。 写真は村の路地から、附属教会の後陣を眺めたも ので、上部の小アーケード装飾が豪華である。 左右袖廊にも小祭室がある三廊式の身廊で、天井 は半円横断アーチの素朴な建築である。柱は太い方 形で柱頭は無く、11世紀の飾らぬ簡潔で明快な美 しさからは、修道院としての祈りの場に相応しい神 聖な雰囲気が感じられた。 回廊跡や祭壇、石棺など見るべきものも多いが、 最大の魅力は集落の家並の美しさにもあるので、ゆ っくりと歩きたいものである。 |
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マグローヌ/旧聖ピエール大聖堂 Maguelone/Ancienne Cathédrale St-Pierre |
3 Hérault |
モンペリエの南、地中海沿岸一帯は細長い砂洲が 50キロも続いて、外海と中海とを分けている。砂 洲から中海に突き出た丘の上に、古くは司教区も置 かれていた古い修道院の遺構が残されている。 平面プランは単身廊に半円祭室、袖廊に小祭室と いう典型的なスタイルだが、身廊の天井は半円アー チでクリプトの様に大層低い。 階上がトリビューンになっているためで、二階か らも祭室を礼拝出来るという設計だ。 11世紀創建時の遺構は一部に残っているが、写 真の扉口も含め大半が12世紀中頃の建築である。 タンパンには、四福音書家のシンボルに囲まれた キリスト像が残っている。アーチ周辺の不自然なこ とから、彫刻はかなり修復されたようだ。 門柱左右の壁に、貴重なレリーフがはめ込まれて いる。右は鍵を持つ聖ペテロ、左は剣を持つ聖パウ ロで、精巧な美しい図像だ。 |
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サン・ジル・デュ・ガール/ 聖ジル教会 St-Gilles-du-Gard/ Église St-Gilles |
4 Gard |
小ローヌ河とも呼ばれるガール河に面しており、 かつては巡礼の賑やかな門前町だった。11世紀に 繁栄した修道院は今は失われてしまったが、創建当 初の華麗な面影を付属教会の正面ファサード彫刻に 残している。 横一列に並んだ三つのアーチ門と周囲の壁面は、 あたかも彫刻コンクールが開催されたのではないか と思える程の密度と質の高い図像で飾られている。 新約聖書に記されたキリスト伝が中心となってお り、エルサレム入城から磔刑・復活に至る場面が大 半である。十二使徒を筆頭に見事な聖人像が並ぶ。 写真は「ユダの接吻」の浮彫である。 古代ローマの石棺彫刻を連想させる、卓越した技 術と表現力とに満ちた傑作としか言いようが無い。 ただ一連の南仏のロマネスク彫刻は、余りにも高 度な写実性が強く、聖書の精神性を抽象して表現す るというロマネスクの本質的な魅力にはやや欠ける ような気がする。 |
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