東方ビザンチン美術紀行 (1) 
イタリア
 
ラヴェンナ/ヴェネツィア/
   
シチリア 
 
 
 
Basilica di San Vitale
 
(Ravenna) 
 
 ビザンチン美術とは、ローマ帝国のコンスタ
ンティヌス大帝が330年にコンスタンティノ
ポリス、現在のイスタンブールへ遷都をして以
来、東ローマ帝国とギリシャ正教を中心にして
発展した様式である。    

 原始キリスト教やオリエント美術などの影響
も受けながら、小アジア・バルカン半島から東
欧・中東などを中心として独自の様式へと進化
していった。

 1453年にオスマン・トルコによって東ロ
ーマ帝国は滅ぼされ、ビザンチンの世界は終焉
を迎えたのだが、しかし、その間に、ロマネス
クやゴシックの美術・建築に与えた影響には計
り知れないものがある。 

 このサイトでは、西ローマ帝国の首府となっ
た後に、東ローマの総督府が置かれたラヴェン
ナを中心とした、イタリアのビザンチン美術を
御紹介したいと思う。
   
 
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ラヴェンナ
   サン・ヴィターレ聖堂

  Ravenna/
     
Basilica di San Vitale
                 
    
ITALIA (Emilia-Romagna)

           
 
 
 この聖堂は、547年に大司教マクシミアヌ
スによって献堂された、初期キリスト教時代の
傑作建築の一つである。

 建築の基本プランは八角形で、堂の中央に円
形に並ぶ八本の大支柱が大円蓋ともいえるクー
ポラを支えている。
 大支柱の間は、半円形に並んだ上下二段の小
アーチによって構成されている。
 その内の一つだけにはアーケードは無く、八
角形の一辺の外側に半円後陣が飛び出した祭室
を構成している。
 天井も壁も神々しいまでの金色のモザイクで
装飾されており、中央に立てば、絢爛豪華とも
いうべき東方宮廷文化の質の高さと荘厳さが即
座に実感出来る。   
 写真のモザイクは、祭室手前の右壁に飾られ
ている作品で、ラヴェンナに総督府が移された
時の皇帝ユスティニアヌス一世の皇妃テオドラ
とその従者達である。
 まことに精緻に描かれた美しいモザイクで、
ロマネスクにも通じる写実を超越した精神性、
抽象性を見ることが出来る。
 左壁に描かれたユスティアヌス帝と廷臣たち
の図と対になった格好で、いずれもこの黄金期
の芸術の絶頂振りを示す究極の傑作、と言える
だろう。  
 
 
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ラヴェンナ
   ガッラ・プラチディア霊廟

  Ravenna/Mausoleo
     di Galla Placidia
 
                 
    
ITALIA (Emilia-Romagna)

           
 
 
 上記のサン・ヴィターレ聖堂に隣接して建っ
ている、ラテン十字形をした5世紀の建築であ
る。簡素だが均整の取れた、煉瓦造りのシルエ
ットがとても美しいと思う。
 西ローマ帝国の首都を衰退するローマからラ
ヴェンナへと遷都したホノリウス帝の妹で、西
ゴートの女帝にもなったガッラ・プラチディア
の霊廟となっている小礼拝堂である。
 堂内の壁や天井に施された、モザイクが素晴
らしい。450年頃の制作で、ラヴェンナ最古
のモザイクである。
 天井円蓋に描かれた濃い青色の星空や、聖書
に由来する鳩や鹿といった象徴的な動物像、さ
らに図像化しつつある人物像からは、ビザンチ
ン美術の特性であった心的な象徴主義へと移行
しつつある表現の時代性を見ることが出来る。
 入口内部の頭上タンパン部分に描かれた、キ
リストを象徴する「善き羊飼い」のモザイクが
印象的だった。  
 
 
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ラヴェンナアリウス派洗礼堂
  Ravenna/Battistero
     degli Ariani
 
                 
    
ITALIA (Emilia-Romagna)

           
 
 
 ポポロ広場に近い Spirit Santo スピリト・
サント教会
の横に建つ、6世紀初頭の八角堂で
ある。
 天井の円蓋に、写真のようなモザイク画が施
されている。
 環帯の周囲には、玉座を中心にぐるりと十二
使徒が並んでいる。
 輪の中央には、ヨルダン川で洗礼者ヨハネか
ら、洗礼を受けるキリストが描かれている。一
糸も纏わぬ姿は、後述のネオン洗礼堂のモザイ
クと共に珍しいだろう。川の流れの表現もユニ
ークである。
 頭上の鳩は聖霊を表しており、左の人物は河
神を擬人化したものである。
 シンプルに図像化されているが、均整の取れ
た構図は卓越している。
 アリウス派を信奉していたゴート族の王テオ
ドリクスによって建てられた、と考えられてい
る。    
 
 
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ラヴェンナサン・タポッリナーレ
    ・ヌオヴォ聖堂

   Ravenna/Basilica di
    Sant'Apollinare Nuovo
 
                 
    
ITALIA (Emilia-Romagna)

           
 
 
 テオドリクス王が5世紀末にアリウス派のた
めに建てた、三廊式バシリカ聖堂である。
 身廊アーケードの両側の壁は、三層に仕切ら
れたモザイク画で、隙間無く覆われている。
 南側の壁には、ラヴェンナの町から出発し、
天使に囲まれた玉座のキリストの許へと向かう
「殉教者の行進」が描かれている。
 一方北側の壁に描かれているのは、クラッセ
の町を出発し、東方三博士(写真)に先導され
ながら、天使に囲まれた玉座の聖母子の許へと
向かう「聖女の行進」である。
 輝くように荘厳な金地のモザイクは6世紀中
頃の制作とされ、生き生きとした抽象性を備え
たビザンチンらしい様式が定着してきたことを
証明している傑作である。
 
 
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ラヴェンナ正教徒洗礼堂
   (ネオン洗礼堂)

  Ravenna/Battistero
   degli Ortodossi (Neoniano)
 
                 
    
ITALIA (Emilia-Romagna)

           
 
 
 現在はバロック様式に改築された Duomo
大聖堂の北側に接して、八角形のレンガ建築で
あるこの洗礼堂が建っている。
 司教ネオンによって5世紀初めに建てられた
もので、ネオニアーノ洗礼堂とも呼ばれる。
 八角形の堂内は、二段のアーチがモザイクで
飾られた円蓋を支え、その壁面にもモザイクが
施されている。
 写真は円蓋中央のキリスト洗礼図と、周囲の
十二使徒像である。
 構図は人物の配置が逆ながら、前記のアリウ
ス派洗礼堂のモザイクにとても似ており、裸の
キリスト像もそうだが、何らかの影響を与えた
ことは間違いないだろう。
 川に同化したような右側の老人は、擬人化さ
れたヨルダン川そのものなのである。
 十二使徒像などには、ビザンチン的な抽象性
へと移行する前の、多分にローマ的な伝統を残
した表現が見られる。   
 
 
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ラヴェンナ大司教館礼拝堂
   Ravenna/
     
Cappella Arcivescovile
                 
    
ITALIA (Emilia-Romagna)

           
   
 
 大聖堂の裏手に Arcivescovado 大司教館が
あるが、その中は現在博物館になっている。旧
聖堂の遺品や、宗教美術品が展示されおり興味
深い。6世紀に制作された大司教マクシミアヌ
スの説教壇は、特に見逃せない。

 そして、館内に残されたこの礼拝堂は、サン
・タンドレア
S.Andrea と呼ばれるギリシャ
十字形の祈祷堂である。
 5世紀末、東ゴート王だったテオドリクスの
時代に、大司教ベトゥルス二世によって建てら
れた。
 天井の交差穹窿部分には、キリストのモノグ
ラムを四天使が四方から支え、その間に四福音
書家のシンボルである動物像が描かれたモザイ
クを観ることが出来る。

 写真は壁面に描かれたモザイクで、戦士のキ
リスト
Cristo Guerriero と記されていた。制
作は6世紀初頭とされており、いかにもビザン
チンらしいキリストの風貌が素晴らしい。
 また、天井を飾る装飾的なモチーフがとても
面白かった。白いパターンは百合で、十字形を
構成しており、その間に孔雀や鳩などが彩り豊
かに散りばめられているのである。
 古代のモザイクの題材は単なる装飾として使
われたのだが、図像学の体系化と共に、百合は
純潔を、孔雀は不朽を表すなどといった意味が
込められるようになって行った。
   
 
 
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ラヴェンナ(クラッセ)
   サン・タポッリナーレ・
      イン・クラッセ聖堂

 Ravenna (Classe)/Basilica di
    Sant'Apollinare in Classe
 
                 
    
ITALIA (Emilia-Romagna)

           
  
 
 ラヴェンナの南東へ向かい、町外れへと車を
進めると、海岸線に近い田園地帯の向こうに古
びた聖堂と円筒形の鐘楼が見えてくる。
 ここら辺りは単なる田舎ではなく、後期ロー
マからビザンチンの時代には港もあったという
要衝の地であったらしい。
 鐘楼は10世紀前後の建造だが、三廊式のバ
シリカ聖堂は6世紀半ばに建造されたものだ。
 身廊に並ぶ縞模様の大理石で作られた円柱ア
ーケードは壮観で、ビザンチンらしいアカンサ
スの柱頭がアーチを支えている。
 壁面にも様々な装飾が成されているが、何と
言ってもここでの最大の見所は、正面祭壇を飾
る凱旋門のアーチと後陣の半円ドームに施され
たモザイク画である。
 写真は「キリスト変容」を表現したモザイク
画のドーム中央部分である。両手を挙げてオラ
ンスで立つのが聖アポリナルスで、その両側に
十二頭の羊・十二使徒が並んでいる。
 聖人の上に大きな十字架のメダイオンが浮か
び、十字の交点にキリストの顔が小さく描かれ
ている。
 写真には見えないが最上部に神の手があり、
左がモーゼ、右がエリアの二人の預言者、更に
木立の間に三頭の羊が描かれている。
 三頭の羊は、ペテロ、ヨハネ、ヤコブの三人
の弟子であり、キリストが神としての明示を行
った“変容”が象徴的に描かれた傑作である。
 
 
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ヴェネツィア
   サン・マルコ大聖堂

 Venezia/Basilica
     di San Marco
 
                 
    
ITALIA (Veneto)
    
           
   
 
 ヴェネツィアとビザンチンは、なんとも波乱
に満ちた歴史的な関係を続けてきた。
 長くビザンチンの属州であったヴェネツィア
は、9世紀の初めに福音書家聖マルコの聖遺物
を安置するためにこの聖堂を建てた。
 その後、独立したヴェネツィアとビザンチン
は対立、ヴェネツィアの十字軍による報復略奪
などという歴史も残されている。
 サン・マルコの宝物館には、その際に略奪し
た戦利品が、宝物として飾られている。

 聖堂の建築は複雑であり、各時代に修復され
たため、ビザンチンからロマネスク、ゴシック
から果てはバロックまでの様式が混在する。
 しかし、五つのドームを十字形に組んだ基本
プランは、11世紀の再建の際に模したとされ
るコンスタンチノープルの今は無き聖使徒聖堂
のものであるらしい。
 写真は五つのドームの内の二つで、奥が中央
のドーム、手前が入口に近い西ドームである。
 金色に輝くモザイク画は、11~14世紀に
かけて継続的に制作されたもので、写真の身廊
中央部のモザイクは12世紀のものである。
 手前は、中央玉座の鳩から十二使徒に向かっ
て聖霊が降臨する場面であり、中央は、聖母マ
リアや使徒達が見上げる“キリスト昇天”が描
かれている。
 
 
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トルチェッロ
    サンタ・フォスカ教会

  Torcello/Chiesa
      di Santa Fosca
                 
    
ITALIA (Veneto)

           
 
 トルチェッロ島はヴェネツィアの Laguna
ラグーナと呼ばれる潟にある島の一つで、7世
紀頃から司教座が置かれた程の重要な島であっ
た。   
 現在でも残る二つの並んで建つ重要な教会の
一つがこの聖フォスカで、10~11世紀ギリ
シャ十字形のプランで建てられた聖堂である。
 十字の交差部に大きなドームが設けられた集
中式プランで、聖堂の周囲全体を五角形の柱廊
が囲んでいる。
 写真は、その西側正面のもので、せり上がり
アーチの柱廊がいかにもビザンチン風である。
 内部には残念ながらモザイク等の装飾は残っ
ていないが、ギリシャ大理石の円柱と柱頭彫刻
が素晴らしかった。
 ビザンチンとロマネスクが混ざり合ったよう
な、いかにもヴェネツィアらしい美しい聖堂建
築だ。
 
 
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トルチェッロサンタ・マリア・
     アッスンタ教会

   Torcello/Chiesa di
     Santa Maria Assunta
                 
    
ITALIA (Veneto)

           
   
 
 前述の聖フォスカ教会とは隣接する聖堂で、
同様の時代性から当サイトではロマネスク教会
としても取り上げている。
 7世紀に起源を持つ教会で、現在の聖堂の大
半は11世紀の再建になるものらしい。
 モザイク画は東西の壁に施されており、東側
の祭室には金色を背景にして中央に聖母子が立
ち、下部に十二使徒がずらりと並んでいる。

 写真最上部は、キリストの冥府降下の図で、
黄泉(よみ)へ下る場面とされ、ビザンチン美
術で多く取り上げられた題材である。アダムの
解放と悪魔への勝利を意味する、というのだが
些か難解である。
 その下からが、ビザンチンならではの西側フ
ァサードの内側の壁に描かれた「最後の審判」
のモザイク画である。
 西欧では一般的に、西のファサード表のタン
パンなどに彫刻されるのが通例である。
 制作は12~13世紀と言われている。
 上から二段目中央に、ギリシャ語ではデエシ
Deesis というビザンチン特有の図像が描
かれている。これは、イスタンブールのハギア
・ソフィアのモザイクが有名だが、審判者とし
てのキリストを中心に、向かって左に聖母マリ
ア、右に洗礼者ヨハネを描き、最後の審判の中
央に配することが多かったようだ。
 ビザンチン・モザイクによる最後の審判図を
代表する作品の一つだろう。   
 
 
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モンレアーレドゥオーモ
   Monreale/Duomo
                 
    
ITALIA (Sicilia)

           
  
 
 この聖堂も建築としてロマネスクのサイトに
掲載しているが、ビザンチンとしてのモザイク
画を取り上げないわけにはいかないだろう。

 アラブ様式、ノルマン様式、ビザンチン様式
やロマネスク様式等が複雑に混淆した12~1
3世紀の建造であり、あたかもシチリアの地理
と歴史を象徴するかのような遺構である。

 聖堂正面の“青銅の扉”と、北側のビザンチ
ンらしい扉は必見である。
 バシリカ様式の聖堂内部は、全面が金色を土
台とした絢爛たるモザイク画で覆われており、
目も眩みそうな迫力に圧倒されてしまう。
 写真は身廊中央から祭室を眺めたもので、後
陣の中央礼拝堂に描かれたキリスト像は、全能
者を意味する
Pantocrator パントクラトール
と呼ばれる。
 ビザンチンの有髯キリスト像は、西欧美術に
も多大な影響を与えたという。
   
 中央のキリスト像などはチェファ
Cefalu
を習ったものであり、総体的には華麗さの中に
ビザンチン美術の持っていた端正な力強さが失
われ、次第にラテン化されつつある歴史的過程
を示しているのかもしれない。聖堂の壁には、
旧・新約聖書を題材とした多くの場面が描かれ
ている。しかし、壮大な規模にもかかわらず、
説得力に欠けた平凡な印象しか感じなかった。
 
 
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