ケルシールエルグ地方のロマネスク
     
      Quercy et Rouergue Romanes
        
        
        ロマネスクを志す人達にとって、この地方は決して避けて通
       れない場所である。
        なぜなら、あらゆるロマネスクの聖堂建築や図像彫刻の原点
       でもある、モアサックやコンクという中世美術館の如き修道院
       が、山あいの谷間の村にひっそりと建っているからである。

        山深い地方なので旅をするには不便だが、ようやくたどりつ
       いて見上げる聖堂の美しさは格別である。山懐に抱かれた小さ
       な集落は、その飾らぬ素朴な佇まいが私達を心から魅了する。

                        
 

 
県名と県庁所在地
   1 Lot (Cahors)
   2 Tarn-et-Garonne (Montauban)
   3 Tarn (Albi)
   4 Aveyron (Rodez)

            
             Chapelle St-Martin
             
St-Martin-du-Vican
                    
Aveyron


    
    
     コンク旧聖フォア大修道院
       Conques/Ancienne Abbaye Ste-Foy

                        4 Aveyron

           
   アヴェイロン県の北部、オーベルニュ
  地方に近い位置にあるコンクは、深い渓
  谷の斜面にへばり付くようにして広がる
  小さな村である。その中央にサンチャゴ
  巡礼路教会として名高い、サント・フォ
  アの聖堂が建っている。
   扉口のタンパン彫刻はロマネスク美術
  の最高傑作と言われているが、全くその
  通りで、見事な彫像がびっしりと半円形
  の空間に詰まっている。
   主題は「最後の審判」であり、中央に
  四福音書家の象徴に囲まれたキリストが
  描かれている。左側には天国に選ばれた
  聖人や善なる人々がおり、右側は地獄に
  落ちて悶え苦しむ人々の様子が、説得力
  のある図像として彫ってある。
   鮮やかな彩色も残り、審判のための魂
  の計量をする天使と悪魔の姿や、神の手
  にひれ伏す清楚な聖女フォアの姿は見逃
  せない。
         

     
    
     モワサック旧聖ピエール大修道院
       Moissac/Ancienne Abbaye St-Pierre

                          2 Tarn-et-Garonne

              
   モワサックはモントーバンとアジャン
  の町の中間、ガロンヌ河に沿った静かな
  町である。
   この町の大修道院教会は、扉口の彫刻
  群や回廊の柱頭彫刻という、どちらもロ
  マネスクを代表するような、壮大な宗教
  美術を見ることが出来る奇跡の聖堂であ
  る。扉口に立つと、本当にこれが石を刻
  んで造られたものなのか、と驚愕する。
   写真はタンパン彫刻の主要部分で、黙
  示録のキリストを表現している。聖ヨハ
  ネの記述にもある「玉座の神」「それを
  取り巻く四つの生き物」「二人の天使」
  「二十四人の長老」などが、きっちりと
  描きこまれているのだ。
   他の教会に絶大なる影響を与えた、比
  類無き傑作といえるだろう。周辺の柱や
  壁にも、黙示録の裁きを暗示する図像が
  彫られている。
   回廊の柱頭群は、さながら彫刻図案の
  見本市で、独創的な意匠に満ち溢れてい
  る。
         

     
    
     ペルス(エスパリオン)聖イラリアン教会
       Espalion (Perse)/Église St-Hilarian de Perse

                        4 Aveyron

          
   コンクからロット河に沿って上流へ向かうと、
  15世紀の石橋と城の景色で名高いエスパリオン
  の町に入る。
   ペルスの教会はこの町外れに静かに建ち、赤い
  切石を積んで建てられた小さな聖堂は墓地に囲ま
  れて、独特の雰囲気を醸し出している。

   入口のタンパン彫刻はコンクの影響を受けたの
  だろうか、黙示録の世界がテーマである。
   最上部には太陽と月に挟まれて聖霊が降臨し、
  神に選ばれた人々を祝福している。下段には悪魔
  や地獄に落ちた人々の姿が壮絶に描かれている。
   何故かくまでも、最後の審判を主題にした図像
  があちこちの教会に彫られたのだろうか。きっと
  いつの世にも天国と地獄のイメージは、人生永遠
  のテーマであり、特に暗黒時代であった中世にお
  いてはなおの事、この一点において図像に触発さ
  れ、そして神にすがったのだろう。

   聖堂内部は整然とした円形アーチで構成され、
  赤石に統一された美しい空間が身廊や祭室を演出
  している。
         

   
    
     ボーリュー・シュル・ドルドーニュ聖ピエール教会
       Beaulieu-sur-Dordogne/Église St-Pierre

                          1 Lot

          
   ドルドーニュ河に沿った静かな町で、カオールの
  少し上流に当る。
   教会は、三廊式の身廊、周歩廊に三つの小祭室、
  翼廊と各々の小祭室、十字部分の方形ドーム、など
  の完備した12世紀初頭の巡礼教会の典型である。
   右翼廊から祭室にかけての後陣が最も古く、写真
  の門の部分はそれよりも少し後の制作である。

   タンパンの彫刻は「最後の審判」であり、キリス
  トの磔刑を暗示し、天国への昇天を祝福してラッパ
  を吹く天使や、鍵を持つ使徒ペテロなど多くの聖人
  像が刻まれている。量感豊かで、表現技術も立派な
  タンパン彫刻である。
   キリストや天使の図像を詳細に眺めると、ややゴ
  シック的な写実が見られ、ロマネスクから徐々に変
  貌しつつある時代の作品なのかなあと思わせる。
   中央の柱にタンパンを支えるような格好をした人
  物像が彫られているが、様式はモアサックにとても
  似ているし、全体的にはパリ郊外サン・ドニのタン
  パンとは瓜二つである。それらの間には、かなり濃
  厚な系譜が有りそうだが、素人はその辺までにして
  おく。  
        

     
    
     カルナック旧聖ピエール小修道院
       Carennac/Ancienne Prieuré St-Pierre 

                         1 Lot

             
   ボーリューからドルドーニュ河に沿
  って少し下った所に、小さなカレナッ
  クの町がある。
   細い路地の坂道を登っていくと、美
  しいタンパン彫刻のある正面の門が見
  えてくる。
   息を呑むような彫りの鮮やかな造形
  に、ロマネスクを歩く喜びが一層深ま
  る思いだ。
   中央に四福音書家のシンボルを配し
  た「荘厳のキリスト」像、両側には使
  徒達の群像が彫られている。
   最初のイメージは、「小型のモワサ
  ック」であったが、大袈裟でない端正
  な意匠が感動的ですらある。私にとっ
  ては、タンパン彫刻の魅力を再認識さ
  せてくれた思い出の場所でもある。
   堂内の柱頭にも興味深い彫刻が多数
  有り、写真を何枚も撮った記憶が新し
  い。 
        

    
     
     カオール聖エティエンヌ大聖堂
       Cahors/Cathédrale St-Etienne

                          1 Lot

            
   カオール大聖堂のタンパンは扉口が塞がれてし
  まっていて、ここからの人の出入りは現在は出来
  ない。タンパンという不思議な扉口空間の彫刻、
  というニュアンスがやや失われて、本質的な魅力
  が若干だが失われているのが残念だった。
   彫刻全体のテーマは「キリスト昇天」である。
  中央にキリスト像、周囲にこれを祝福する天使達
  の像などが彫られており、下段には聖母を中心と
  して使徒達の像が左右に五人づつ配されている。
  写真は左が聖母、右は使徒達の内の二人である。
   私はこの清楚な聖母像がとても気に入って、何
  枚も写真を撮ったのだが、良い写真は撮れなかっ
  た。渡岸寺の十一面観音像の様に首をやや曲げ、
  腰を少し捻ったような、神聖だが魅力的である立
  ち姿として表現したかったのだった。

   後年再度訪問したが、残念なことに工事中で、
  念願は果たせぬままでいる。
   香り豊かなカオールの赤ワインも魅力で、ぜひ
  もう一度カオールの町を訪ね、マリア様と再会し
  たいものと念願している。
        

        
         
     レスキュール・ダルビジョア聖ミッシェル教会
       Lescure-d'Albigeois/Église St-Michel

                           3 Tarn

                    
   アルビ Albi の町で、最後の審判を描いた大聖
  堂の内陣仕切りや、ロマネスクの回廊のある聖サ
  ルヴィ教会を見てから、私達はタルン河
(Tarn)
  渡って対岸の村レスキュ−ルを訪ねた。
   町外れの墓地に囲まれて建つこの聖堂は、教会
  と言うよりも礼拝堂に近い建築である。三廊式だ
  が、柱は四本しかないバジリカ式で、質素な祭室
  が付いている。
   教会の規模に比して、不釣合いと思える程立派
  なファサードで、四重のアーチ装飾や柱頭彫刻、
  軒持ち送りの彫刻にも見るべきものが多かった。
  タンパンは無いが、連続模様の彫刻などは洗練さ
  れており、その分ロマネスクらしいプリミティヴ
  な創造性には欠けているので、やや後期の作品か
  と思われた。
   アーチを支える柱頭には、アブラハムの犠牲と
  思われる場面や、ライオンや怪鳥らしき動物像な
  どが彫られていて興味深い。
   まことに愛すべきスケールの小聖堂で、佇まい
  そのものに品位の満ちた美しさが漂っていた。
        

        
           
     ラ・プランク聖母教会
       Las Planques/Église Notre-Dame

                         3 Tarn

                
   アルビの北約40キロに、ヴィアウ
  ル渓谷
(Gorges du Viaur)という深い谷
  が有り、その断崖の上にロマネスクの
  聖堂が建っているという。私達は日本
  を出る前から、この教会に限り無い憧
  れを抱いていた。
   もうこれ以上進めないと思える場所
  に車を止め、渓谷に沿った山道をかな
  り歩いた時、突然眼前に写真の光景が
  飛び込んできた。
   扁平な石を積んだ初期ロマネスクだ
  が、近年修復が行われたと手前の立て
  看板に書いてあった。
   残念ながら鍵がかかっていて内部は
  見られなかったが、素朴な壁面、飾り
  アーチの美しい外陣などの眺めは、た
  どり着くまでの労苦に思い入れが加わ
  って、忘れ難き格別の風景として心に
  焼きついたのだった。
   教会の反対側は、切り立った断崖絶
  壁になっていた。  
         

    
          
     ラペイル聖キャプラズィ教会
       Lapeyre/Église St-Caprazy
 
                         4 Aveyron

                
   町の教会にロマネスクのタンパン彫
  刻が在る、とだけしか知らずにラペイ
  ルの町を訪れた。
   小さな町だがそれらしい教会は見当
  たらず、困り果てながら川辺からふと
  対岸を見ると、墓地らしき区画に古い
  塔が見えた。写真のタンパン彫刻は、
  そのファサードにはめ込まれるように
  して保存されていたのだった。
   意匠は一見稚拙に見えるが、装飾模
  様など手の込んだもので、抽象的な図
  案が美しい傑作だった。
   上部に両手を挙げた人物と動物が描
  かれているが、ダニエルと獅子ではな
  いかと思う。
   アーチの中の五人の聖人は、それぞ
  れが杖などを持ったりしているが、誰
  を描いたのかは分からない。ルシオン
  地方に残る、初期ロマネスクのまぐさ
  石に彫られた聖人像を思い出した。
   荒れ果てた廃墟に残る、珠玉のロマ
  ネスク彫刻だといえる。
          

   
     
     ラスートゥ聖ジャック教会
       Lassouts/Église St-Jacques

                          4 Aveyron

                
   この村は、ロット河(Lot)の谷間
  を望む小高い丘陵に在る。教会は後
  世に改修されてしまったが、ファサ
  ードにはめ込まれた格好でこのタン
  パンは保存されていた。
   これも初期ロマネスクの雰囲気を
  もったタンパンだが、四福音書家の
  シンボルに囲まれた荘厳のキリスト
  を中心としている。
   六人の聖人像や植物模様、などが
  精密に彫りこまれている。よく見る
  とかなり洗練された作品である。
   この地方独特の赤紫色の石材が使
  われており、レンガ積のように見え
  るが、赤い砂岩だろうと思う。町全
  体がこの色で、屋根の青黒いスレー
  トとの対比が美しい。
   ロット河沿いには、エスパリオン
  
(Espalion) やサンコメ(St-Comé)
  どといった古い町が続いていて楽し
  める。  
   

    
     
     ブセジュール聖ピエール教会
       Bessuéjouls/Église St-Pierre
 
                          4 Aveyron

            
   エスパリオンからは至近の小さな村で、教会は
  村外れの森の中に孤高な姿で建っていた。目的は
  聖ピエール教会本体の聖堂ではなく、写真の鐘塔
  の、二階飾りアーチ壁部分にあるサン・ミシェル
  礼拝堂である。
   教会身廊の後方に造られた狭い石段を登ると、
  複雑なアーチ列柱の林立する小さな礼拝堂が有っ
  た。石造の祭壇の側面に、その名の通り聖ミカエ
  ルが龍を退治している場面が描かれている。この
  祭壇や柱頭には、ケルトを想わせる複雑に絡み合
  った組紐模様や、植物の蔓や葉の模様が彫られて
  いた。
   小さな窓から日の光が差し込み、赤色の砂岩に
  柔らかく反射して室内を薄明るく照らしていた。
   塔の外観を見ながら、何と不細工で装飾性のか
  けらも無い建築なんだろう、と思った。しかし、
  この朴訥とも思える壁の中に、この時代の美意識
  の塊がびっしりと詰まっていたのだった。
   私達は遅い昼食を食べに、エスパリオンの町へ
  と戻った。
   

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