ドーフィネヴィヴァレ地方のロマネスク
         
Dauphiné et Vivarais Romans
      
      
       ローヌ河を挟んで、イタリア国境のアルプスから中央高地に至
      る、かなり広い地域である。ローヌの東がドーフィネ、西がヴィ
      ヴァレイで、やはり山岳地帯が多い。
       ドーフィネを代表するグルノーブルはウィンター・スポーツの
      中心として著名だが、ナポレオン街道の要所でもあり、昔から文
      化が交流した重要なルートであったのだ。
       ルエルグやオーベルニュに接するヴィヴァレ地方には、当然な
      がらその影響色濃い美しい教会が残されている。

           

 
県名と県庁所在地
  
1 Isère (Grenoble)
  
2 Hautes-Alpes (Gap)
  
3 Drôme (Valence)
  
4 Ardèche (Privas)
  
5 Lozère (Mende)

      
                キュルバンの教会
                 
Eglise de Curbans
              
Hautes-Alpes




     
       
     ヴィズィール旧聖母小修道院跡
       Vizille/ Vestiges de l'Ancien Prieuré Notre-Dame

                          1 Isère

       
   リヨンに近いペルージュ(Pérouge)という中世の町に
  泊まった翌朝、私達はスタンダールの故郷グルノーブル
  
(Grenoble)からナポレオン街道を通って、プロヴァンス
  方面へと車を走らせたことがあった。
   ここはグルノーブルの町から少し離れた隣町で、この
  聖堂が建っている場所は、町の北側の小高い丘の上に在
  る墓地の中である。かつてここには、10世紀に創建さ
  れた聖母小修道院が建っていた。
   現在修道院は喪失し、付属聖マリア教会
(Église St-
  
Marie) の西正面扉口だけが残されている。周囲の壁の
  一部と扉口のみが12世紀の名残で、他の建築は全て近
  世に建てられたものらしい。
   部分的に色大理石が残っているが、茶色の石部分は後
  世の補修で、当初の姿を想像するとまことに鮮烈なファ
  サードだったようだ。
   半円タンパンには、玉座のキリストと四福音書家のシ
  ンボルである、人間(天使)・鷲・雄牛・獅子が彫られ
  ている。
   その下のマグサ石部分には、キリストの最後の晩餐が
  表現されている。十二人の使徒の中央にキリストが座し、
  右側に居るヨハネがキリストにもたれかかっている。
   裏切りを予言されたユダがどれかは、顔が全て削ぎ落
  とされていてちょっと判らなかった。   
   

    
       
     ノートルダム・ド・メサージュ聖フィルマン教会
       Notre-Dame-de-Mésage/ Église St-Firmin

                          1 Isère

       
   ヴィズイーユの町からプロヴァンスに向
  かうナポレオン街道
(Route Napoléon)の急
  な上り坂を行かずに、ここでは麓へと続く
  脇道に入って行く。
   それは教会と言うよりも、礼拝堂と呼ぶ
  方が相応しいほどチャーミングな建築だっ
  た。聖堂は単身廊のバジリカで、半円形の
  祭室が在るだけの素朴なもので、北側に鐘
  塔が付いている。
   写真は、手前が鐘塔の北側面の扉口で、
  左奥に祭室の外陣が見える。
   壁の石肌が荒廃しており、風雨に晒され
  た長い歴史的年月を物語っていた。修復の
  仕方によっては、いくら綺麗に蘇生したと
  はいえ、後世の補修によって失われるもの
  の大きい場合は、整形した老人のような違
  和感を感じてしまうこともあるのだ。
   その点、損傷は痛々しいが、創建当初の
  風格と味わいの感じられたこの建築には、
  ロマネスクらしい素朴な美しさが残されて
  いた。
   

      
        
     ヴィエンヌ旧聖ピエール教会
       Vienne/Ancienne Église St-Pierre

                         1 Isère

     
   今は二つ星になってしまったのだが、この町にはか
  つて三つ星だった“ピラミッド”という料亭が在る。
  この旅籠に泊まって、美味な料理を味わうことが夢だ
  ったのだが、名シェフ・マダム・ポアンが亡くなって
  以来そのままになってしまった。

   プロヴァンスからパリに戻る途中に一度だけ、この
  国道に面した教会に立ち寄ったことがあった。
   写真は夕方暗くなってからのもので、インスタント
  カメラで撮った20年前の代物である。変色してはい
  るものの、雰囲気を伝えるにはそれ程支障は無いもの
  と判断し掲載した。
   12世紀の修道院跡で、この鐘塔だけが当時の名残
  であるらしい。聖堂の西正面に建っており、下部が玄
  関間と扉口になっている。
   左右にも大きな半円アーチが造られているので、創
  建当時は翼廊と身廊の交叉部だったのではないかと想
  像した。
   三層の塔は上に行くほど幅が低減しており、アーチ
  窓の意匠が層毎に工夫されているので華やいだ雰囲気
  の美しさが感じられる。
    

       
      
     クリュア旧大修道院付属聖マリア教会
       Cruas/ Ancienne Abbatiale Église Ste-Marie
 
                        4 Ardèche

       
   修復中で外観も内陣も見えなかったり、クリ
  プトが立入禁止だったりしたので、この近くを
  通る度に何回も立ち寄ってみたことがあった。
   直近の97年の段階でも工事は続行中だった
  が、写真のように工事の天幕は除去されており、
  クリプトの見学も可能だった。
   写真は後陣を写したもので、三つの半円形小
  祭室と翼廊が見える。だが、建築プランでは翼
  廊と主祭室とは一体化しており、そのまま三廊
  式の身廊へとつながっているのである。その辺
  りまでが11世紀、その他は12世紀というこ
  とで、二つの塔の建つ大変古風な建築だ。
   全体がロンバルディア帯で装飾されているか
  ら、一層古めかしく見えるのかもしれない。
   内部は美しく修復されており、見違えるよう
  だ。身廊の最奥に、中二階のようなトリビュー
  ンが造られているのが珍しいだろう。
   クリプトはまた更にプリミティヴで、数々の
  細い柱頭には鳩・鶏・狐・獅子などの動物像に
  混ざって、両手を延ばしたオランテのような人
  物像も見られ、まるで近代美術館の抽象彫刻を
  見るようだった。
    

      
      
     ラ・ガルド・アデマール聖ミシェル教会
       La Garde-Adhémar/ Église St-Michel
              
                         3 Drôme

            
   北から垂直に南下するローヌ(Rhône)の流れは、モ
  ンテリマール
(Montélimar)の町を過ぎた辺りで分流す
  る。西側が本流で、東側はドンゼール
(Donzère)とい
  う運河である。
   その運河の東側は割となだらかな斜面の河岸段丘に
  なっており、坂道を登るにつれてそれでもかなり展望
  が開けてくる。
   教会は城壁に囲まれた村の中心に位置しており、石
  壁と石畳で構成された美しい集落の狭い路地の奥に建
  っていた。
   写真は鐘塔で、要塞のような下部に比べると、二層
  の上部は八角形をしており、アーチ窓の装飾など洗練
  された様式になっている。
   後陣は半円形の三つの小祭室が、石壁から飛び出し
  た格好になっており、当然ながら身廊は三廊式になっ
  ている。
   民家との間隔が狭いことと、光線の具合が悪かった
  ことで、後陣の写真はあきらめた。
   側廊部分は一層だが身廊は二層で、天井は高く、小
  さな採光窓はいかにもロマネスクらしい。
   西正面側は後世に補修されたものらしかったが、扉
  口彫刻の好きな私にはやや物足りなさが残った。
    

             
       
     サン・ポール・トロア・シャトー旧大聖堂
       St-Paul-Trois-Château/ Ancienne Cathédrale  

                         3 Drôme

                    
   前記のラ・ガルド・アデマールから山伝いに南下す
  ると、ローヌとドンゼル運河に挟まれた中島に、異様
  な姿の建築群が見えてくる。フランス自慢の原子力発
  電所である。フランスらしい反面、歪んだ現代文明の
  姿でもあるのだろう。
   この村は、そんな妙な形の排気口やら変電所などを
  遠望出来る高台に位置していた。

   ここも古い町並みの狭い路地を抜けた、小さな広場
  に面して教会が建っていた。かつて司教座のあった大
  聖堂としての威厳は、その外観からは全く想像するこ
  とは出来ない。
   しかし、一旦内陣に足を踏み込めば、認識は一変す
  る。半円形ヴォールトの高い天井や、三廊式の風格あ
  る身廊と側廊、帯状装飾の付いた見せかけ拱廊などの
  佇まいは、彫刻などは少ないものの、どっしり構えた
  かの如きロマネスク建築の落ち着きを感じさせる。
   写真は翼廊と祭室が交叉する部分の、鐘塔の真下に
  当たる天井のドームである。正八角形が絞られていっ
  て、限りなく円に近づいていく。
   床面に12〜13世紀の、幾何学模様のモザイクが
  残っていた。   
    

       
       
     サン・レスティトゥ聖レスティトゥ教会
       St-Restitut/Église St-Restitut

                          3 Drôme

                    
   ここはサン・ポール・トロア・シャトーとは県道を
  隔てた、向かいの隣村である。
   教会は方形の単身廊バジリカ式で、半円形の祭室が
  付いている。
   写真は南側の扉口で、手前は十字架の建つ感じの良
  い小さな広場になっている。朝日が爽やかだった。
   扉の手前が玄関間になっており、ファサードが手前
  に張り出した格好になっている。上下二段の半円アー
  チと三角の破風、ギリシャ様式の円柱と柱頭など、こ
  こトリカスタン
(Tricastin) 地方のロマネスクの特色
  が良く出ている。
   聖堂の西面と南面の軒下に当たる位置の壁に、帯状
  の連続レリーフが彫刻されている。
   彫りが浅く写真ではほとんど見えないのだが、大勢
  の人物や動物が図案風に描かれている。
   聖書の場面のようにも見えるし、聖人の伝記のよう
  にも見える。しっかりした彫刻で、ロマネスク的な抽
  象化も見られて興味深いが、なぜあんなにも高い場所
  に彫刻したのだろうか。あくまで奉献であって、人に
  見せる意図は無かった、ということなのだろうか。
   内陣の身廊と祭室の境目の横断アーチの上にも、同
  様のレリーフが彫られている。こちらはもっと抽象的
  な、動植物紋様が中心である。
    

      
       
     エンブルン旧聖母大聖堂
       Embrun/ Ancienne Cathédrale Notre-Dame-du-Réal

                          2 Hautes-Alpes

              
   この地方の中心都市ガップ(Gap)
  滞在しながら、周辺のロマネスク建築
  を探訪した。
   この古い町は、デュランス川北側の
  切り立った崖の上に開けている。写真
  は町の対岸から撮影したもので、大聖
  堂の塔などが良く見える。
   旧市街に建つ大聖堂は、扉口や内陣
  に黒い片岩と白い石灰岩を交互に使用
  するという、洒落た意匠でデザインさ
  れている。
   有名な北門はロンバルディア様式の
  典型で、足元にライオンを置く前面の
  二本の柱で組まれた覆いが付けられて
  いた。
   聖堂は三廊式バジリカで、四つのベ
  イで仕切られ、三つの祭室が付いてい
  る。半円筒形の天井も、梁や柱の全て
  が白黒の縞模様になっていて、暗い堂
  内を躍動的に感じさせてくれる。
   後陣や側面にはロンバルディア帯装
  飾が施されていて、全体的に堂々と落
  ち着いた建築であった。
    

      
      
     ギイエストゥル聖母被昇天教会
       Guillestre/Église de l'Assomption

                         2 Hautes-Alpes

      
   先述のエンブルンから更にイタリア国
  境へと向かって北上すると、ケラス山地
  
(Le Queyras)と呼ばれる高地に入る。ギ
  イエストルは、ケラス地方の中心となる
  にぎやかな町である。
   旧市街の中心広場に面して、この教会
  が建っていた。ちょうどミサが終わった
  直後で、神父と話す数名の人々の姿が見
  られた。ここでは信仰は日常的であり、
  葬式のみの日本の寺院では余り見かけら
  れない光景に見えた。
   エンブルンで見た門と同じ、ロンバル
  ディア様式の覆いがここにも在った。こ
  ちらは前面の柱が四本ある。またしても
  ライオンが柱を支えている。
   本場のイタリアでも、モデナ、ヴェロ
  ーナ、フィデンツァ等々、各地で見るこ
  とが出来る様式である。
   さして優れた意匠とも思えないが、様
  式の伝播を立証する遺品としての興味は
  尽きない。
    

      
      
     サン・ディスディエール・アン・デヴォルイジコン礼拝堂
       St-Disdier-en-Dévoluy
/Chapelle des Gicons              

                         2 Hautes-Alpes

           
   ここは今回のフレンチ・アルプス旅行一番の
  目的地であり、私が長い間最も憧れていた礼拝
  堂である。
   ロマネスクのバイブルでもあるゾディアック
  叢書アルプ編の表紙に、この絶景の地に建つ聖
  堂の写真が載っていたからである。
   ガップの北北西50
Km、深い谷間を登り、
  分水嶺を越えたあたりに小さな集落が在り、礼
  拝堂はそこから更に小高い丘に登った所に建っ
  ていた。
   案内の看板には
La Mère Eglise と書かれて
  いたが、メールは修道女(母)を意味する。
   写真は後陣と鐘塔で、手前は墓地、向こう側
  に扉口があって、そのまま谷に向かった絶壁と
  なっている。
   後方は2700
m級の峰が連なる山脈であり、出
  来過ぎではないかと思われる程の迫力ある景色
  に囲まれている。
   建築は単身廊と塔だけであり、それぞれに小
  さな祭室が付いているという、まことに簡素で
  チャーミングな構造である。しかし、かえって
  それがこの自然の景観とぴったり合っている。
   ロマネスクのロケーションとしては、フラン
  ス屈指と言えるだろう。
    

     
     
     アスプル・シュル・ブエシュ教会
       Aspres-sur-Buëch/Église

                          2 Hautes-Alpes

           
   駅は列車の分岐点であり、数本の国
  道が交叉するという交通の要所である
  にもかかわらず、町は静寂に包まれ歩
  いている人もほとんど見かけない。秋
  も深まった、10月下旬の昼下がりで
  あった。
   古い家並みの奥に教会は建っていた
  のだが、建築はロマネスク様式ではな
  く、かなり新しいものであった。
   扉口の、それもタンパンだけが創建
  当初の姿を伝えている。
   タンパンには写真で見るとおり、可
  愛い三人の人物が彫られていた。しか
  し、半円輪郭の最内側を良く見ると、
  左から
SCA MARIA / DNS IHS / IOHS
 
BAPTISTA と彫られいる。DNS IHS
  
DOMINUS JESUS でキリストを意味し、
  左が聖母マリア、右が洗礼のヨハネを
  彫ったものなので、可愛いなどとは言
  っていられなくなってしまった。
    

     
      
     ボスコドン旧修道院
       Boscodon/ Ancienne Abbaye
  
                         2 Hautes-Alpes

             
   エンブルンの南にそびえるモルゴン
  山塊の、麓の谷間に広がるボスコドン
  の深い森の中に、この修道院は建てら
  れている。
   森全山が紅葉に彩られており、秋の
  アルプに来た喜びを実感させてくれた。
   写真は修道院付属教会で、近年かな
  りの時間と若者達の労力を費やして、
  12世紀の建築を今日の姿まで修復し
  たものらしい。
   聖堂は単身廊に翼廊の付いた十字形
  であり、高い天井は半円筒形という素
  朴な建築構成になっている。丸でシト
  ー派のような、清冽で簡素な美しさを
  見せていた。
   写真の左側が後陣で、祭室は方形で
  ある。翼廊との交叉部に鐘塔が建って
  いる。
   再建とはいえ、ロマネスク様式が示
  す往時の美意識を、十分に再現した成
  功例の一つだと思う。   
    

     
     
     サント・ジャイエボーヴェールの聖母教会
       Ste-Jalle/Église Notre-Dame de Beauvert

                         2 Hautes-Alpes

                  
   ガップからローヌのオランジュ(Orange)へ抜け
  る山道を進み、ニヨン
(Nyon)の手前で左手の山側
  に少し入った所にこの小さな村が在った。
   教会は村の一番奥の、家並が途切れたあたりに
  建っている。

   建築は簡明で、単身廊に翼廊が付き、それぞれ
  に四分の一円形の祭室が飛び出ている。写真はそ
  の後陣と、交叉部の塔をを撮ったものである。
   十字形というよりも、T字型に近いくらいだ。
   全体が12世紀のもので、石積も素朴であり、
  ロマネスク病患者が最も喜ぶ要素が散りばめられ
  ていて、とても魅力的に感じられた。

   正面扉口にはタンパン彫刻が在ったが、かなり
  磨耗しており、三人の人物と植物模様であること
  以外は、何が彫られているのか判らなかった。
   内陣はこれもまた大層素朴であり、不器用に石
  を積んだだけの壁や、半円筒の天井、四本の柱で
  構成されるアーケードのある祭室など、人間的ス
  ケールの心和む空間であった。
      

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