プロヴァンス・ コート・ダジュール 地方のロマネスク |
Provence et Côte d'Azur Romanes |
サント・マリーの祭り Stes-Maries-de-la-Mer (Bouches-du-Rhône) |
ローヌ河口からイタリア国境までの、地中 海に面した地域で、北東部はアルプスの続き であり、特に南部海岸はコート・ダジュール と呼ばれる。残念ながら私は、そこでヴァカ ンスを過ごしたことは無い。 ヴァカンス、グルメ、別荘などと、通年の リゾートという遊楽的色彩の濃い地方だが、 最もストイックなシト-会の著名な三つの修 道院も在るロマネスクの密集地であり、その 対比が面白い。 フレンチ・アルプス地方には、独特の山岳 風景にマッチした聖堂が点在している。 |
■県名と県庁所在地 1 Vaucluse (Avignon) 2 Bouches-du-Rhône (Marseille) 3 Alpes-de-Haute-Provence (Digne) 4 Var (Toulon) 5 Alpes-Maritimes (Nice) |
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ヴェゾン・ラ・ロメーヌ/旧聖母大聖堂 Vaison-la-Romaine/Ancienne Cathédrale Notre-Dame |
1 Vaucluse |
「ローマの町ヴェゾン」と名乗る通り、ウヴェー ズ河 Ouvèze の両岸に栄えた古代ーマ時代の町の 上に在る町、と言っても過言ではないだろう。 現に、この教会の後陣の基礎に、ローマ神殿の一 部が使用されているのが見えている。 聖堂は三廊式のバジリカで、三つの祭室の在 る素朴なプランである。質実で武骨な内陣だが、祭 室のアーチ装飾やドーム天井に石積みの美しさが見 られてホッとする。 写真は、教会堂に隣接する回廊で、11世紀との ことだがかなり修復の痕も見られた。 しかし、プロヴァンスの陽光が差し込むアーケー ドは美しく、陰影の濃い残像がいつまでも目の奥に 焼きついているような、そんな錯覚にしばらくは捕 われ続けていた。 |
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ベドアン/ラ・マドレーヌ旧小修道院 Bédoin/Ancienne Prieuré de la Madeleine |
1 Vaucluse |
ヴァントゥー山 Mont Ventoux の麓の町ベドア ンは、月曜日だというのに何かしらの市で賑わって いた。町中を何度も探したのだがこの教会は見当た らず、誰に尋ねてもその所在を知らなかった。 途方にくれた私達を救ってくれたのは、給油所の お兄さんだった。町外れの個人の邸宅内に在ること を、彼が教えてくれたのだった。 外部だけという約束で、当主夫人が庭内への立ち 入りを許可してくれた。カーテンの陰から窓越しに こちらを覗う視線を感じて、少し緊張した。 外側をぐるりと回って見た限りでは、三つの祭室 の有るほぼ方形のバジリカで、身廊の中央に二本の 柱が立っているのだが、これは塔を支える柱と三廊 のための柱とが兼用されているためだ。 荒々しく素朴な壁面に、三つの半円形祭室がぺっ たりと張り付いたような格好の後陣がすっかり気に 入ってしまった。屋根の平石積が、リュベロンなど で見るボリ Bories という建築に似ている。日本 なら持仏堂にでもしたいような、小柄で質素で端正 な知性も備えた美しい聖堂だった。 |
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ノートルダム・ドビュヌ/聖母礼拝堂 Notre-Dame d'Aubune/ Chapelle Notre-Dame |
1 Vaucluse |
オランジュ Orange の東、赤ワインで名高いジ ゴンダ Gigondas の村から至近のこの礼拝堂は、 いかにもプロヴァンスらしい岩山を背景にし、葡萄 畑に囲まれてきりりと建っていた。 12世紀創建当初は、三つの祭室を持つ単身廊の バジリカだったが、その後側廊などが後補され、内 陣のインテリアもバロック風に改造された。 しかし、すっくと立つ鐘塔は、プロヴァンスに多 い美塔の代表であり、周囲の景観にも溶け込んで一 幅の絵画となっている。細やかな装飾が施されてお り、地味だが秀麗な塔である。 素朴な三つの半円形後陣を入れた背後からの塔の 写真を狙ったのだが、生い茂る樹木が邪魔して失敗 した。 礼拝堂見学後に、ジゴンダのカーヴへと向かった のは言うまでも無い。 |
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シルヴァカンヌ/旧シトー会大修道院 Silvacane/Ancienne Abbaye Cistercienne |
1 Vaucluse |
シトー会修道院で、「プロヴァンス三姉妹」の一 つである。他の二つの修道院と同じ様に、いかにも シトー派らしく、簡素な中に最低限の装飾でもって 見事にストイックな精神性を象徴している。 人里離れた辺鄙な場所、といってもデュランス河 に沿った湿地帯に建っているので、空の広い開放的 な感じのするたたずまいである。 修道院付属教会の大部分はゴシック様式に改築さ れており、深閑とした無垢のイメージは心地良いの ではあるが、交差オジーブ梁や尖頭アーチなどのゴ シックの要素を取り除きたい気分だった。 写真は、身廊から祭室部分を眺めたものだが、静 謐な聖的空間が創出された簡潔な建築の奥深さを感 じさせてくれる。 隣接する回廊で、ようやく腹の据わったロマネス クの落ち着いた建築を見ることが出来た。半円アー チの天井が、そのまま壁のような太い柱に繋がって いて、柱頭らしいはっきりとした接点は無い。柱と 柱の間のアーチ窓の、細い二本の柱と質素な柱頭彫 刻、それに上部の丸穴の意匠、これが唯一の装飾な のである。この装飾窓とて、回廊のほんの一部にし か無く、ほとんどがただのアーチ窓である。 装飾など堕落の象徴だ、と真剣に考えさせられて しまう魔力を、この回廊は秘めている。 |
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アプト/旧聖アンナ大聖堂 Apt/Ancienne Cathédrale Ste-Anne |
1 Vaucluse |
ローマ帝国の植民地として繁栄した古代都市で、 司教座が置かれた宗教の中心地でもあった。 この旧大聖堂は市街の中心、細い路地を抜けた向 こうに建っている。東方から持ち帰られた聖アンナ の遺骨が保存されていることで知られている名刹で ある。 聖堂は三廊式で、身廊の柱と南側側廊、そして翼 廊の一部だけが12世紀ロマネスク様式の建造であ り、他は14世紀以降の増改築によるものであると いう。 南側廊は円筒ヴォールトに横断アーチの設けられ た典型的なロマネスクで、この教会のかつての姿を 必死で現在にまでとどめたかという感銘を受けた。 南側廊の突き当りに設けられた半円ドームの小祭 室には、ロマネスク様式の装飾アーケードが刻まれ た祭壇が置かれている。 主祭壇の下に石段が有り、そこを降りると写真の 地下祭室(クリプト)を見ることが出来る。真っ暗 でほとんどが見えないが、正面が祭壇の置かれた祭 室で、その周囲には周歩廊が設けられている。手前 は四本の角柱が並立した聖堂となっている。 珍しいのは、更に階下にもう一つのクリプトが設 けられており、いずれも12世紀の建造である。残 念ながら、立ち入ることは出来なかった。 聖母の母聖アンナや、3世紀の聖人オスピス、5 世紀アプトの聖カストールの遺骨が祭られていると のことである。 |
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セニョン/ピティエの聖母教会 Saignon/Église Notre-Dame de Pitié |
1 Vaucluse |
アプトの南東にある岩山の上に在る村で、教会は 集落の東端に建っている。 正面ファサードは16世紀に改造されたもので、 ロマネスクの名残を感じさせる盲アーケードの装飾 が目を引いた。 写真は身廊から祭室を眺めたもので、柱頭から下 がロマネスクだといえるだろう。特に後陣の壁面に 施された七連アーケードが見事である。 最も特徴的なのは、身廊アーケードの奥が側廊で はなく、アーチ毎に個々の礼拝堂になっていること だろう。左右に四つづつ並んでいるのである。 聖堂背後に設けられたの墓地から眺める後陣の姿 が美しかった。 郊外の聖ユセーブ修道院は、見学不可だった。 |
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サン・クリストル/ 聖母聖クリストフ教会 St-Christol/Église Notre-Dame- et-St-Christophe |
1 Vaucluse |
アプトの北40キロ、ヴォークルーズ県の東北端 に位置する町である。この高原一帯はアルビオン台 地 Plateau d'Albion と呼ばれ、オート・プロヴァ ンス県 Alpes-de-Haute-Provence に隣接してい る。 古い家並みも残る町の中央に、堂々とした後陣と 鐘塔を構えた教会の姿が目に入る。 12世紀に建造された単身廊の聖堂で、現在見ら れる鐘塔と北側に隣接する側廊は、17世紀に増築 されたものである。 聖堂への入り口は、現在は後陣に隣接する北側廊 に設けられている。 聖堂は三つの梁間で構成され、天井はリブヴォー ルトを用いた交差穹窿となっている。 写真は祭室部分で、半円形の後陣と半円ドームが 美しいが、外観の後陣は五角形になっている。 最も特徴的なのが正面の五連アーケードで、この 写真でははっきりとは写っていないのだが、それぞ れの円柱に連続するレリーフが彫刻されているので ある。葡萄の蔓と鳥獣の絡まる構図は楽しいし、柱 礎のライオンや人魚の像も面白い。 祭室に置かれた祭壇にも、注目すべき彫刻装飾が 施されていた。 建築美を重要視することから祭室の全景を掲載し たのだが、明らかに彫刻には一見の価値がある。 |
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サン・トリニ/三位一体教会 St-Trinit/Église de la Trinité |
1 Vaucluse |
前述のサン・クリストルから北へ9キロ、この地 方の中心ソー Sault からは東に7キロという位置 にある小さな村である。 教会は写真に見る通り、武骨で簡素な単身廊建築 だった。起源は12世紀に創建されたベネディクト 派の修道院であったという。 西側のファサード部分だけが近代の再建によるも のだが、補強の擁壁以外の建築の大半は12世紀の 生き残りらしい。 聖堂は、三つの梁間 travée と鐘塔下の方形ドー ム、そして半円形の祭室が連なるという構造になっ ている。 天井は石造だが、尖頭形の横断アーチと穹窿で構 成されており、この部分は後世の修復がなされてい るのだろう。 建築全体の質実な雰囲気が好ましく、特に鐘塔か ら祭室あたりにはロマネスクらしい石積みの美しさ が溢れていた。後陣の内壁は五連アーケードで飾ら れており、アカンサスの柱頭と付け柱が重厚な印象 を与えている。 アーチ起拱部に掘られた愛らしい小像や、壁面レ リーフなど見るべきものも多い。 写真の後陣は半円形に近い五角形で、付け柱の上 部には三本の縦筋模様 triglyphs という伝統的な 装飾が見られた。 |
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セナンク/シトー会大修道院 Sénanque/Abbaye Cistercienne |
1 Vaucluse |
「プロヴァンスの三姉妹」として知られる、三つ のシトー会大修道院の一つである。私は夏のある日 山上都市ヴナスクから山越えで、修道院の背後から 近づいたことがあった。 深い森を切り開いた平地には、質素な修道院の建 築群と耕地とが眼下に眺められた。風に運ばれた強 い芳香は、畑に栽培されるラヴェンダーのものだっ た。花は最盛期を過ぎており、刈り入れの真最中だ った。 それにしても、ラヴェンダー畑の中に、山や森に 囲まれて建つ教会の何と絵になることだろうか。世 俗からは隔離された、僻地の修道院ならではの事だ ろう。また、そこにはシトー派ならではの、ストイ ックな雰囲気が漂っているからこそだろう。 余計な装飾など一切無い、純粋に信仰のための建 築として建つ姿には、誰にも犯すことの出来ない聖 域らしい孤立感すら感じられる。もっとも現在はか なり観光化しており、従前の雰囲気とはやや異質で はあるけれども。 教会内部はゴシックの部分も有るがその建築は誠 に清雅であり、特に回廊部分の重厚な石の使い方に は、近寄りがたい高潔な理念が感じられた。 |
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ヴナスク/聖母教会 Venasque/Église Notre-Dame |
1 Vaucluse |
セナンクの修道院から、背後に連なるヴォークル ーズ山地へと登り、反対側の斜面に出た所にこの美 しい村がある。 村のほぼ中央にノートルダム教会が建っていた。 12世紀の建築だが、残念なことに後世の改修によ ってその面影はほとんど失われている。 しかし、ここでの目的は教会の聖堂ではなく、隣 接する洗礼堂 Baptistère である。 洗礼堂の創建は6世紀と言われ、フランス最古の 宗教建築とされるが、現在見られる姿は11世紀に 改修されたものである。 中央は正方形で、四方に半円ドームの天井を持つ 小後陣が付いたギリシャ十字形である。 写真はその内のひとつ北側の小後陣を、中央の洗 礼盤の所から眺めたものである。 半円アーチの連続するアーケード装飾の、大理石 の円柱がいかにも古式であり、創建時代の部材の名 残なのかもしれない。 一歩堂内に足を踏み入れた瞬間、時代を超えてき た古い建築が示す独特の空気が感じられて嬉しかっ た。この一種カビ臭い雰囲気こそが、何とも好きで たまらないのである。 |
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アヴィニョン/聖ニコラ礼拝堂 Avignon/Chapelle St-Nicolas |
2 Bouches-du-Rhône |
“アヴィニョンの橋”で知られるローヌ川に架か るサン・ベネ橋 Pont St-Bénézet だが、橋の中ほ どに建つ教会をロマネスクの建築と認識している人 は少ないだろう。 二層階下の礼拝堂は、小さな単身廊と祭室で成り 立っている。12世紀の創建で、おそらく橋の建設 と並行して建てられたのだろう。 写真が最もロマネスクらしい祭室部分で、五連の アーケードで飾られている。円柱と多角形柱が交互 に建てられている事に興味を抱いたが、格別の結論 は得られなかった。 南側面のアーチ扉口も含めて、ロマネスクの痕跡 は随所に見られる。 |
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アルル/聖トロフィ-ム教会 Arles/Église St-Trophime |
2 Bouches-du-Rhône |
ローマ時代の遺跡が数多く残る町の中心、壁面一 杯の聖人像が彫られたファサードが圧倒的迫力を示 す、聖トロフィームの教会が建っている。 荘厳のキリスト像が刻まれたタンパンの有る門を 入り、聖堂を抜けると、そこはやや狭いが静寂感の 漂う落ち着いた回廊であった。 四方の柱とその間の柱頭は全て、かなり彫りのし っかりした密度の高い彫刻で装飾されている。 DNAの中に古代ローマの彫像の因子が有りそう な写実味を帯び、風格ある説得力に溢れた彫像ばか りであった。 写真の柱頭彫刻は、羊飼いに救世主の生誕を告知 する天使の像である。天使と羊飼いの表情が魅力的 であり、衣服や羽根の描写も鮮やかで、この回廊で は最も気に入った柱頭である。 他の柱頭には、キリスト生誕前後の逸話として、 東方三博士の礼拝や幼児の虐殺、エジプト脱出など が彫られており、いずれも優雅で生き生きとした傑 作ばかりである。 サンジルやアオスタの彫刻と比較し、図像の系譜 を調べてみるのも面白いだろう。 |
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タラスコン/聖ガブリエル礼拝堂 Tarascon/Chapelle St-Gabriel |
2 Bouches-du-Rhône |
ローヌ河畔の町タラスコンの南東、荒湿原の真中 にこの礼拝堂はぽつんと建っている。建築は素朴な 単身廊で、半円ドームの祭室が付いていそうに見え た。残念ながら鍵が締まっていて、堂内へは入れな かった。 ただ、目的は正面のファサードのレリーフとタン パンの彫刻にあったので、無理して鍵の所在は詮索 しなかった。 写真は壁面に埋め込まれたレリーフで、上部は初 期ロマネスクを思わせる彫刻である。左は受胎告知 の大天使ガブリエル、真中は同じく聖母マリア、右 はマリアのエリザベス訪問で、よく見れば、素朴だ が渦巻状の模様を多用した実に魅力的な図像だ。 上部に、ラテン語で図像の説明が彫られており、 ANGELUS GABRIHEL などという文字が確認でき る。 建築は12世紀末と書かれていたが、レリーフ彫 刻が同じかどうかは不明である。門の上のタンパン には、穴の中のダニエルとライオン、そしてアダム とイヴの原罪が彫られていた。これもまた、幻想的 名品である。 |
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マルセーユ/聖ヴィクトワール寺院 Marseille/Basilique St-Victor |
2 Bouches-du-Rhône |
旨いブイヤベースを食べるのが目的で、その店に 近いホテルに泊まったのだが、そこは旧港に近いこ の教会の直ぐ前だった。部分的にロマネスクが残さ れているとは知っていたが、わざわざ遠くからだっ たら来なかっただろう。 散歩がてらに覗いたこの教会の、クリプトに降り てみて驚いた。そこは12世紀ごろの建築部分と、 さらにもっと古い初期キリスト教時代の名残の部分 とが混ざった、荘重な雰囲気の空間だったからであ る。 手掘りの洞窟のような祭室や素朴な人頭彫刻、不 揃いで荒々しい石積の部分などからは、元来ここが ロマネスク以前からの聖域であったことが判る。 写真はクリプト中央のアトリウム(中庭)のよう な場所で、太い9本の柱で囲まれている。 複雑なアーチの交錯が、幾層にも修復された歴史 を証明するようだが、この中庭部分には、落ち着い たロマネスク期ならではの美意識が、ずっしりと腰 を据えて居座っているようだった。 |
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モンマジュール/旧大修道院 Montmajour/Ancienne Abbaye |
2 Bouches-du-Rhône |
アルルから、憧れのオーベルジュ「ボーマニエー ル」の有るレ・ボー Les Baux-de-Provence に向 かう途中の、荒野の真中にこの修道院遺跡が残って いた。 オリーブの樹が茂る岩だらけの丘陵に、幾つもの 修道院の建物が伽藍のように並んでいて、いかにも プロヴァンスらしい風景だった。 城塞のような塔や重厚な回廊、崩れ落ちた身廊の 壁や屋根が残るノートルダム教会。半地下の聖ピエ ール礼拝堂。少し離れて聖クロアの優雅な礼拝堂も 見える。創建当初の壮大な修道院の姿を、想像する のは楽しかった。 写真の柱頭彫刻は、13世紀といわれる回廊の柱 の一つである。場面の解説は無いが、バリサイ人シ モンの家に招かれたイエスが、その足に接吻する卑 しい女を許す場面か、イエスにひれ伏すマグダラの マリア像のどちらかだろう、と私は思っている。 かなり剥落が激しいが、力強く豪胆な彫りと正確 なプロポーションは、アルルなどこの地域に伝わる ローマ彫刻の残影をちらつかせつつも、ゴシックへ と移行していく時代性を見せる美しい柱頭である。 |
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レ・ボー・ド・プロヴァンス/ 聖ヴィンセント教会 Les Baux-de-Provence/ Église St-Vincent |
2 Bouches-du-Rhône |
プロヴァンス随一の奇勝であり、この地で発見さ れた鉱石ボーキサイトの名前の由来となった村とし て知られている。もっとも私たちは、数十年も前に この村の麓に在る著名なレストランを訪ねて初め て知ったという、花より団子の典型かもしれない。 岩山の上の崖地にしがみつくようにして開けた村 で、観光客の大半は入場料を払って背後の城塞を目 指し登って行く。 教会は麓の村に面した絶壁の上に建っており、教 会前広場テラスからの眺望は素晴らしかった。 美しい石段の上に建つ聖堂の入口は、三重のヴシ ュールで飾られた扉口で後世の再建らしいのだが、 ロマネスク的な佇まいが好ましかった。 聖堂は三廊式で、側廊との間のアーケードには半 円アーチや尖頭アーチが混在しており、この教会が 時代ごとの改築を繰り返してきたことを立証してい るように思えた。 天井は部分的に尖頭ヴォールトがみられるが、全 体的には写真の南側廊のような円筒ヴォールトが主 体となっている。この側廊の更に南側にアーケード が見られるが、これは個々に設けられた小礼拝堂で 後世の増築である。 聖堂全体がかなり修復の嵐を通り抜けてきたよう で、ロマネスク建築としての価値は低いかもしれな いのだが、学者ではない単なる感傷的な旅人として の私たちにとっては貴重な存在であろう。 |
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サン・ブレーズ/ サン・ブレーズ礼拝堂 St-Blaise/Chapelle St-Blaise |
2 Bouches-du-Rhône |
アルルの南東、ローヌ河口とベール湖 Étang de Berre に挟まれたイストル Istres の南に、エトル リアや古代ギリシャ・ローマの影響を受けた城塞都 市 Oppidum St-Blaise の遺跡がある。 遺跡の入口付近は初期キリスト教時代の遺跡で、 そこにこの12世紀創建の礼拝堂が建っている。三 つの梁間と半円後陣を持つ、素朴な単身廊聖堂であ る。 内部へは入れなかったが、その簡素な聖堂の佇ま いや、周辺の古い教会遺構、さらに古代ギリシャの 遺跡そのものを見学出来る素晴らしい歴史空間をた っぷりと味わうことが出来た。 |
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サロン・ド・プロヴァンス/ 聖ミシェル教会 Salon-de-Provence/ Église St-Michel |
2 Bouches-du-Rhône |
この地方の物資の集散都市だが歴史は古く、旧市 街には10世紀創建の Château de l'Empéri アン ペリ城やこの教会が集中している。 13世紀初頭の創建で、建築様式から見れば、ロ マネスク様式から直ぐにゴシックが芽生えた時代の テキストと見られる。単身廊の聖堂は、天井もアー チも全て尖頭形で、正直少し失望した。 見どころは正面ファサードの12世紀のタンパン だったが、夕方の強い西日で濃い影が出来てしまっ ていた。 中央は龍に挟まれた大天使ミカエルで、その下に 神秘の子羊、左右には悪魔らしき人像などが彫られ ている。図案のように配された花模様が、凄惨な龍 退治とどう関係するのかは不明。 珍しいタンパン彫刻である |
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サント・マリー・ド・ラ・メール/ 海のノートルダム教会 Stes-Maries-de-la-Mer/ Église Notre-Dame-de-la-Mer |
2 Bouches-du-Rhône |
地中海に面したこの小さな集落は、「海の聖マリ ア達」という世にも稀なる美しい名前の村である。 聖母の妹マリア・ヤコベと、使徒大ヤコブ・ヨハ ネ兄弟の母マリア・サロメ、その召使の黒人サラ達 が、エルサレムを追放されてこの地中海の果ての海 岸に漂着した、という美しい伝説が残っている。 二人のマリアが聖母マリアに捧げた礼拝堂にその 起源が有る、とされているのである。 この写真は、初めてロマネスクの教会と遭遇した 記念すべき1979年の暮れのものである。この時 ご一緒したMご夫妻には、爾来、稀有とも言えるロ マネスク同好の士としての御厚誼を頂戴している。 船底を連想させるような単純な建築ながら、ロマ ネスクが何たるかを未だ知らない私達に、この聖堂 が示していた素朴な美しさと、人間的なスケールの 親しみ易い暖かさを感じさせてくれたのだった。 単身廊のバジリカ形式、半円アーチのみの飾らぬ 空間、石を積み上げただけの窓も無い無骨な建築な どなど、この時の私達にとっては全く未知の世界だ ったのである。 |
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ル・トロネ/旧シトー会大修道院 Le Thoronet/Ancienne Abbaye Cistercienne |
4 Var |
シルヴァカンヌ Silvacane と共に賞賛される、 修道院三姉妹の一つである。 エクスとカンヌの中間に位置し、コート・ダジュ ール地方に属すのだが、私が訪ねたのは、南欧の降 るような陽光が回廊に強烈な陰影を写す夏の日であ った。 彫刻や絵画による装飾を一切廃した教会建築を見 て感じた事は、精神が純粋であれば、目に見える物 の大半は虚飾としてしか写らないのだろう、という ことだった。 しかしそうは言っても、俗世の欲望に左右される 身としては、たまにこういう場所を訪れて横っ面を 引っ叩かれる程度で充分なのかもしれない。 それにしても、なんと剛健で重量感に満ちた回廊 であろうか。半円形アーチという最もプリミティヴ な意匠のみの、全く単純な構造でありながら、圧倒 的な迫力有る造形美を生み出している。形そのもの が示す美しさこそが、装飾に惑わされない骨太の美 しさなのかもしれない。 |
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サント・ノラ島/要塞教会 (サント・ノラ修道院) Île de St-Honorat/ Monastère Fortifié (Abbaye St-Honorat) |
5 Alpes-Maritimes |
カンヌの湾の沖合い遥かに浮かぶレラン Lérins 諸島には、歴史的に重要な島が幾つか在る。サント ノラ島はその一つで、カンヌ港からの渡し舟で30 分かかる。 4世紀末に聖オノラが修道院を建てたことに由来 する。 現在の修道院は近年の建築だが、島のあちこちに 中世の礼拝堂や聖堂が残されていた。 写真は海に突き出した要塞式の聖堂で、主要部分 は12世紀、他の部分は13世紀の建築である。 内部には半円アーチの素朴な天井の礼拝堂や、洗 礼盤を囲む回廊などが重層的に構築されており、さ ながら中世聖堂建築のデパートのようであった。 何よりも屋上からの眺望が抜群であり、サント・ ノラ島全体は勿論、遥かカンヌの町までが一望出来 た。写真後方の島は Ste-Marguerite サント・マ ルゲリト島である。 |
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サント・ノラ島/三位一体礼拝堂 Île de St-Honorat/ Chapelle de la Trinité |
5 Alpes-Maritimes |
サント・ノラ最古の建築で、島の南西端の林の中 にぽつんと建っている。 礼拝堂を背後から眺めると、いかにもビザンツ式 聖堂の面影が感じられる円形の三重屋根が珍しい。 建築年代は9~11世紀とのことであり、地中海 を介して東方との繋がりのあった文化圏を象徴して いるようにも思えた。 内部は従来非公開だったのだが、運良く十数人の 人達の小さなミサが開かれていたので、聖堂内部を じっくりと観ることが出来た。 写真撮影は無理だったが、中央の円形ドームを囲 むように設けられた三つの小祭室の、素朴な半円ア ーチをこの目で眺められただけで満足だった。 観光客である私達を白い目で見る強い視線が感じ られて、早々に聖堂内から退去した。 サント・ノラ島には葡萄畑が在り、修道院産のワ インが修道院のブティックで売られていたのには驚 いた。 |
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ブレール・シュル・ロワイア/ 聖ジャン鐘塔 Breil-sur-Roya/Clocher St-Jean |
5 Alpes-Maritimes |
イタリア国境に近いロワイア渓谷を、イタリア側 の町ヴェンティミ-リア Ventimiglia から登って 行った。 ロワイア川に沿って25キロほど進むとブルイの 町に着き、そこは岩山に囲まれた谷間の町だった。 旧市街には、赤い瓦屋根の美しい家並が密集して いたが、ロマネスクの建築は川を隔てた町外れの丘 の上に建っていた。 写真は聖ジャンの鐘塔と呼ばれ、現在は塔のみが 個人の敷地内に残されていた。内部へは入れないの だが、オリーブに囲まれたその美しい姿は、垣根の 外側からも充分眺められたので、ズームで撮影する ことが出来た。 いかにもアルプ地方らしい、石積の美しい素朴な 塔である。今回アルプで見た塔の中では、最も気に 入った建築だった。色々調べた結果、12世紀に建 てられたらしい。 もう一つのロマネスク建築であるノートルダム教 会は、ここからもっと上に登った所に建っていた。 三廊式バジリカで、後陣が美しかった。この辺りか らの、旧市街の眺めは最高だった。 |
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サオルジュ/ “ポッジョの聖母”礼拝堂 Saorge/Chapelle dite “Madone del Poggio” |
5 Alpes-Maritimes |
ブルイからさらに渓谷を10キロ登って行くと、 世にも不思議な光景に出くわすこととなる。 コート・ダジュールに多い、山のてっぺんに建て られた集落を“鷲の巣村”と呼ぶが、下から眺めた サオルジュの村はさながら“天空に浮かぶ村”その ものだった。 礼拝堂は村の入口に建っていたが、個人が管理し ているので内部は見せられないと断られた。 三つの半円形で構成される後陣は11世紀の素朴 な建築であり、三廊式のバジリカ聖堂は12世紀と のことであった。 内陣は相当補修されているらしいのだが、祭室の フレスコ画を見ることが出来なかったのが残念だっ た。 鐘塔は15世紀だが、アルプの山並みに融け込む ようなたたずまいの絵になる美しさには、思わず見 惚れてしまったものである。 |
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サン・ダルマ・ヴァルドブロール/ 聖クロア教会 St-Dalmas-Valdeblore/ Église St-Croix |
5 Alpes-Maritimes |
ソスペル Sospel のオーベルジュに1泊した私 達は、紅葉真っ盛りのピアオン渓谷を抜け、スキー のメッカ、サン・マルタン・ヴェスビーの町へと向 かった。紅葉は赤色も多く、このメルカントゥール 国立公園全体が錦織り成す絶景だった。 サン・ダルマはそのほぼ中心に位置しており、町 中が紅葉に彩られていた。 教会はほぼ長方形の素朴な建築で、聖堂は三廊式 バジリカ形式で、三つの半円形祭室が飛び出してい る。 ここでも季節外れの悲哀を味わったのだが、管理 する人は来年の春まで不在とのことで、クリプトは おろか身廊へ入ることすら出来なかった。 近所のバールやホテルを執拗に尋ねてみて、よう やく判明したのである。 そもそも町のインフォメーションにすら人が居な いのだから、最初から打つ手は無かったのである。 |
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グラース/聖母大聖堂 Grassé/Cathédrale Notre-Dame |
5 Alpes-Maritimes |
香水のための花に囲まれた山上の町で、螺旋状の 坂道を登り詰めた旧市街に、創建が10世紀という とんでもない大聖堂が建っている。 ただ、現在の聖堂の姿は写真で見る通り、剛毅な 太い円柱にロマネスクの名残は見られるものの、天 井のリブ交差穹窿や尖頭アーケードなどは、この地 の13世紀頃のゴシックへと移行して行きつつあっ た様子を明示してくれているかのようだ。 と分かっていても、この豪快だが武骨な円柱の太 さには、ロマネスクが示した「石造りの聖堂」の原 点を見る思いがして感動してしまった。 それにしても、ここは美しいが騒々しい観光都市 である。 |
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セラノン/ グラートモアヌの聖母礼拝堂 Seranon/Chapelle Notre-Dame de Gratemoine |
5 Alpes-Maritimes |
前述のグラースからナポレオン街道 D6085 を ディーニュ Digne 方面へ向かって走る。絶景の 峠を登ってから暫く走り、更にもう一つの峠を越え ると、その先は岩山に沿った草原地帯である。 そんな荒野のど真ん中に、写真のチャーミングな 聖堂がポツンと建っていた。 11世紀に創建されたベネディクト派修道院の一 部が、奇跡的に生き残ったものだ。 それも教会堂の単身廊の最後の梁間と半円祭室だ けが生存しているのだった。 素朴、簡素、質実、などを通り越して、高潔な精 神性すら感じられたのだった。 |
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ディーニュ・レ・バン/ 旧ブルグの聖母大聖堂 Digne-les-bains/ Ancienne Cathédrale Notre-Dame-du-Bourg |
3 Alpes-de-Haute-Provence |
ディーニュは大きな町だが、この教会は町外れの まことに閑静な場所に建っていた。 天井の高い巨大な建築で、単身廊に袖廊の付いた 十字形である。 聖堂は12~13世紀の建築で、壁面や天井は創 建当初の面影を伝えているようだ。 祭室の平面図はほぼ正方形であり、13世紀頃の 改修によるものだろう。 ファサード正面のバラ窓など、ゴシック的な改修 が顕著であるのに、何故か心安らげる雰囲気が感じ られた。 建築全体が醸し出す、ロマネスクという石積建築 特有の朴訥さや簡素さが、居心地をとても良くして くれるのであった。大仰で謙虚さに欠けたものとの 対比、という意味合いもあるのだろう。 その晩はここから40キロ山に入っ町 Seyne セ イヌのオーベルジュに泊まり、地の料理とワインを 楽しんだ。 |
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スヌ/旧聖母大聖堂 Senez/Ancienne Cathédrale Notre-Dame |
3 Alpes-de-Haute-Provence |
ディーニュからカンヌへと向かうナポレオン街道 から、ほんの少し山に向かって入った場所に在る小 さな村落である。 教会はかつて司教座の置かれた大聖堂であったと いう面影など全く無い、12~13世紀のまことに 清楚な建築だった。 単身廊に袖廊の付いた十字形で、主祭室のほかに 小祭室が袖廊に設けられている。後陣は、ロンバル ディア帯で装飾された、質素だがとてもチャーミン グな姿を留めていた。 鐘塔はかなり後世のもので、17世紀位まで下が るのではないだろうか。 教会の扉の鍵を開けてくれたのは、広場に面した 民家に住む親切なオバさんだった。自分の村の文化 遺産に誇りと愛情を注ぐ、素敵な笑顔の婦人だった が、シーズン外は閉鎖してしまう教会との差を感じ てしまった。 |
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ヴェルゴン/ ヴァルヴェールの聖母礼拝堂 Vergons/Chapelle Notre-Dame-de-Valvert |
3 Alpes-de-Haute-Provence |
ナポレオン街道より北側を通るルートで、同様に ニースへと抜けられる国道202号線がある。 この教会はその国道に面したヴェルゴンの町外れ の、見晴らしの良い高台にポツンと建っている。 ファサードは単純でも、後陣が美しいと絵になる という教会は多いが、ここはその典型のような建築 だった。 単身廊に袖廊の付いた十字形、という簡素な礼拝 堂で、半円形祭室が三つ設けられている。 扉は開かれており、内部へ入ることが出来た。装 飾と名の付くものは何も無く、柱と壁だけで構築さ れた、純粋に祈りのためだけの空間だった。 入口は写真の向こう側、つまり南側にあり、その 前庭が小さな墓地になっていた。小規模ながら、現 在も生き続けている礼拝堂である。 |
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ロビオン/旧聖ティルス教会 Robion/Ancienne Église St-Thyrse |
3 Alpes-de-Haute-Provence |
県の最東南端、ナポレオン街道上の要所であるカ ステラーヌ Castellane から、急峻な渓谷に沿って 7キロ程登ると、かなり平坦な草原地帯へ出る。こ こで、ロビオンの集落へと至る分岐点を少し入った 荒野の果てに、この聖堂の鐘塔が孤高な姿を見せて いる。 行ける所まで車で入り、あとは歩いて行く。 12世紀創建のこの教会堂は現在では完全な廃墟 となっており、歴史的遺産としてだろうか聖堂周辺 が金網に囲まれていて入れなかった。 しかし、天が味方をしてくれたものか、門扉らし き柵が開いていたのだった。 単身廊の素朴な聖堂の魅力を、崩れそうな石積の 風情とともに十分味わうことが出来た。 身廊の南壁は後世(18世紀)に修復されている のだが、北壁には12世紀らしい二連づつ三組の盲 アーケードが残っている。窓は一つも無い。 半円祭室後陣には五連のアーケードが施され、中 央にのみ小さな窓が造られている。 天井は残念ながら修復されており、現在は漆喰で 塗られた尖頭ヴォールトになっている。 最も魅力的なのは写真の後陣と鐘塔で、写ってい る全てが12世紀の生き残りである。連続アーケー ドの中に円柱を立てる意匠は、アルプ地方で多く見 られる様式だろう。 シストロン Sisteron へと通じる古い街道沿いに 位置しており、この一帯はかつての墓地であったら しい。 |
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ヴィロスク/旧小修道院 Vilhosc/Ancien Prieuré |
3 Alpes-de-Haute-Provence |
この村を地図の上で探すには、最低20万分の一 の地図が必要となる。大半の観光用地図には、村も 道路も全く記載されていない。 後述のシストロンの町から東へ約10キロ程度の 場所だが、僻地の山里といった鄙びた風情の寒村だ った。 看板が出ていなければ、そこが元小修道院の在っ た場所とは想像もつかない普通の農家だった。地上 には鶏や豚の小屋しか見当たらない。 この珠玉のクリプト(地下祭室)は、教会の地上 部分は完全に失われ、跡地に建てられた普通の農家 の母屋の下に眠っていたのだった。長い間ずっと、 格好の野菜の貯蔵庫であったらしい。 三つの半円形祭室と多くの柱によって構成された クリプトは、11世紀の簡潔な美しさを見事なまで に保っていた。どんな修道院が、かつて存在したの だろうか。 |
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シストロン/旧聖母大聖堂 Sisteron/Ancienne Cathédrale Notre-Dame |
3 Alpes-de-Haute-Provence |
私達は03年の秋、グルノーブルからナポレオン 街道を南下し、ガップ Gap を経由してデュランス 河 Durance の対岸からこの町へアプローチした。 町全体を一望出来る、対岸からの眺めは素晴らし かった。赤い屋根の家並はいかにもプロヴァンスら しい明るさだったし、山の上の城砦やこの教会の鐘 塔などが、既に絵の構図となっている。 細い路地の続く旧市街の南端、広場に面してこの 教会は建っていた。写真は、旧市街の側から眺めた 後陣で、いかにも武骨な建築であることがこの教会 の特徴なんだな、と直ぐに分かる。塔は少し時代の 下がった頃のものだろう。 正面の扉口はアーチ装飾と柱頭だけの簡素なもの だが、白と黒の石を交互に使った意匠はアラブやノ ルマンを連想させる。 三廊式十字型の聖堂は壮麗で、半円アーチで構成 された天井や壁や柱の全てが古色蒼然と黒ずんでお り、いかにも重厚な印象を受ける。祭室のドーム天 井も白黒様式で、不思議な空間を形成していた。 |
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ベイヨン/聖母教会 Bayons/Église Notre-Dame |
3 Alpes-de-Haute-Provence |
シストロンから山道を北東へ30キロ、人口数百 人の寒村に着く。 愛らしい広場に面したこの教会は、現在はかなり 修復されており、残念ながらロマネスクの様式は鐘 塔と単身廊の壁面に残されているだけだった。 天井は尖頭ヴォールトに横断アーチが設置され、 梁間は大小二つである。小さな窓の付いた壁面が古 い様式を思わせる。 青空に映える鐘塔が美しい。上部二層にアーケー ドを意匠した、五層に三角屋根の塔である。 アルプスの自然の中で、ロマネスクの雰囲気を今 に伝える聖堂、と言える。 |
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サン・ジェニ・エ・ドロモン/ 聖母礼拝堂 St-Geniez-en-Dromon/ Chapelle Notre-Dame |
3 Alpes-de-Haute-Provence |
シストロンの東20キロ、細い渓谷の奥の奥に謎 めいた古い礼拝堂が在る、と聞いて地図を調べた。 ドロモンという岩山 Rocher du Dromon の直下 に、その聖堂は建っているらしい。地図から受ける 印象が、これ程までに旅の好奇心をくすぐることは 滅多に無いだろう。 その岩山はまさに想像通りの神秘的な姿を見せて くれた。車止めからしばらく山道を歩かねばならな いが、見えざる大きな力によって支配されているか の如き岩山が次第に大きく見えてくる。 日本の神社に似たアミニズム的な崇拝は、土着の 人たちの信仰と結び付いてきたのだろう。 11世紀に創建された聖堂は三廊式で三つの後陣 を配していたのだが、現在は北側廊が喪失して二廊 になっている。部分的に古い様式は残っているが、 かなり致命的な修復が成されている。 中央の祭室から地下へ降りる階段があり、写真の クリプトへと通じている。 手掘りの様な荒々しい素朴な天井や壁の建築が、 この聖堂の放つ神秘的な雰囲気を助長する。 写真の、円柱の柱頭はアラバスターを彫ったもの で、羽根の美しい孔雀の姿が見られる。 特徴的なのは、もう一つのクリプタと通路で結ば れているとのことなのだが、立ち入ることが出来な かった。 見学日時は季節によって不定なので、訪問時には 事前の調査が必要。 |
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モンフォール/聖ドナ教会 Montfort/Église St-Donat |
3 Alpes-de-Haute-Provence |
シストロンからデュランス沿いに20キロ下ると モンフォールの村に着くが、教会は集落の中には無 く、山一つ隔てた隣の谷間の木陰の中にひっそりと 建っていた。 ガイドブックにも載っていない廃墟だが、れっき とした11世紀三廊バジリカ聖堂である。 完全な十字とは言えないが、小さい翼廊と小祭室 が付いており、後陣の眺めはとても美しい。崖地と 繁茂した樹木のために、後陣の写真はここまで下が らないとその全貌を撮影出来なかった。 鍵が掛かって入れなかったが、正面の扉は鉄格子 なので、内陣の様子を詳細に見ることは出来た。 蒲鉾型半円アーチの簡素な天井、装飾の一切無い 柱や壁面の苔むした雰囲気は、単なる廃墟ではない かつての質素で瞑想に相応しい清雅な佇まいを連想 させてくれた。 |
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ガナゴビー/聖母小修道院 Ganagobie/Prieuré Notre-Dame |
3 Alpes-de-Haute-Provence |
サン・ドナから更に8キロ南下するとガナゴビー の村だが、ここも村には何も無く、この小修道院は 村の背後の小高い山の奥に在った。細い山道を更に 4キロほど登らねばならなかった。 オリーブの古大樹に囲まれた僧院は隠遁には格好 の仙境で、僧院での精神生活はさながら雲上の天国 にも匹敵したのであろう。 現在も生きた修行の場であるため、回廊へは入れ なかったが、附属する教会は開放されていた。写真 はその扉口である。三重になったレースの襞のよう な装飾が珍しいが、タンパンには二人の天使と四福 音書家のシンボルに囲まれた荘厳のキリスト像が彫 られている。まぐさ石には十二使徒が横一列に並ん でおり、鍵を持つ聖ピエール(ペテロ)だけが識別 出来た。 内陣は荘重な建築で眼を見張らされるが、肝腎な 見所は祭室の床面に施されたモザイクである。青と 赤を基調とした色タイルで、様々な連続模様や幾何 学模様のほかに、図案のような動物や植物の姿が描 かれている。12世紀の作らしいが、オリエントの 香りに満ちた美しいロマネスク期のモザイクだ。 |
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マーヌ/ サラゴンの旧聖母小修道院 Mane/Anciene Prieuré Notre-Dame de Salagon |
3 Alpes-de-Haute-Provence |
ガナゴビーの南、この地方の中心であるフォルカ ルキエ Forcalquier の南に隣接するマーヌの町外 れに在る修道院で、現在は博物館として公開されて いる。12世紀初めに創設されたベネディクト派小 修道院だが、15世紀に再建されて以降農家として 使用されていたという。 聖堂は現在二廊式だが、北側廊は14~16世紀 に増築されてものであり、南壁の古さから従来より 二廊だったのだろう。 円柱を埋め込んだ壁龕が珍しい半円形祭室はこじ んまりとしており、聖堂背後から眺める後陣は方形 だった。 身廊に見られる柱頭彫刻やレリーフには様々なモ チーフがみられるが、写真の柱頭が一番印象に残っ た。キリスト洗礼の場面で、キリストの哀れとも見 える表現や、ヨハネや天使の表情が何ともロマネス ク的に感じられた。 西正面のファサードは、彫刻は少ないものの、ガ ナゴビーの建築を連想させた。 |
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シミアンヌ・ラ・ロトンド/城要塞 Simiane-la-Rotonde/ Donjon du Château |
3 Alpes-de-Haute-Provence |
前述のサン・クリストルとは県境を挟んで10キ ロしか離れていない、丘の上の美しい村である。 村の北端の最も高い場所に、この12世紀の城塞 が聳えている。外観は石積みの砦だが、内部は二層 構造になっており、上層に円形構造の部屋が隠れる ように組み込まれている。物見としての塔の外観か らは想像もつかない密室のようだ。礼拝堂として用 いられたのではなく、城主の集会などに使用された ものだろう。 写真で見るように、円形の壁面には12連のアー ケードが設けられ、東側の中庭に面した部分に唯一 の扉口が設けられている。ロマネスク様式のアーチ 門である。 十二本の円柱の柱頭の上に、それぞれ特異な怪物 もどきのマスクが置かれている。 天井は円形のドーム状になっており、十二本のリ ブが中心に集中しているが、少しづつ捻じれた格好 になっている。“静”の空間にちょっとした“動” を配しているようにも見えた。建築的にも、整然と した美しい構造といえるだろう。 Zodiaque 叢書の写真には、この円形の部屋に は床が無く、二層構造ではなかった頃の写真が掲載 されていたことに、帰国後気が付いた。アーケード はトリビューンの様な位置となっているのである。 城全体が博物館となっていることから、見学のた めの改造が成されたのだろうか。 |
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