プロヴァンス・コート・ダジュール
地方のロマネスク
Provence et Côte d'Azur Romanes
ローヌ河口からイタリア国境までの、地中海に面した地域で、北東 部はアルプスの続きであり、特に南部海岸はコート・ダジュールと呼 ばれる。残念ながら私は、そこでヴァカンスを過ごしたことは無い。 ヴァカンス、グルメ、別荘などと、通年のリゾートという遊楽的色 彩の濃い地方だが、最もストイックなシト−会の著名な三つの修道院 も在るロマネスクの密集地であり、その対比が面白い。 フレンチ・アルプス地方には、独特の山岳風景にマッチした聖堂が 点在している。 |
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県名と県庁所在地 1 Vaucluse (Avignon) 2 Bouches-du-Rhône (Marseille) 3 Alpes-de-Haute-Provence (Digne) 4 Var (Toulon) 5 Alpes-Maritimes (Nice) |
サント・マリーの祭り Stes-Maries-de-la-Mer (Bouches-du-Rhône) |
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| ヴェゾン・ラ・ロメーヌ/旧聖母大聖堂 Vaison-la-Romaine/Ancienne Cathédrale Notre-Dame |
1 Vaucluse |
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「ローマの町ヴェゾン」と名乗る通 り、ウヴェーズ河 (Ouvèze) の両岸に 栄えた古代ローマ時代の町の上に在る 町、と言っても過言ではないだろう。 現に、この教会の後陣の基礎に、ロ ーマ神殿の一部が使用されているのが 見えている。 聖堂は三廊式のバジリカで、三つの 祭室の在る素朴なプランである。質実 で武骨な内陣だが、祭室のアーチ装飾 やドーム天井に石積みの美しさが見ら れてホッとする。 写真は、教会堂に隣接する回廊で、 11世紀とのことだがかなり修復の痕 も見られた。しかし、プロヴァンスの 陽光が差し込むアーケードは美しく、 陰影の濃い残像がいつまでも目の奥に 焼きついているような、そんな錯覚に しばらくは捕われ続けていた。 |
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| ベドアン/ラ・マドレーヌ旧小修道院 Bédoin/Ancienne Prieuré de la Madeleine |
1 Vaucluse |
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ヴァントゥー山 (Mont Ventoux) の麓の町ベド アンは、月曜日だというのに何かの市で賑わって いた。町じゅうを何度も探したがこの教会は見当 たらず、誰に尋ねてもその所在を知らなかった。 途方にくれた私達を救ってくれたのは、給油所 のお兄さんだった。町外れの個人の邸宅内に在る ことを、彼が教えてくれたのだった。 外部だけという約束で、当主夫人が庭内への立 ち入りを許可してくれた。カーテンの陰から窓越 しにこちらを覗う視線を感じて、少し緊張した。 外側をぐるりと回って見た限りでは、三つの祭 室の有るほぼ方形のバジリカで、身廊の中央に二 本の柱が立っているのだが、これは塔を支える柱 と三廊のための柱とが兼用されているためだ。 荒々しく素朴な壁面に、三つの半円形祭室がぺ ったりと張り付いたような格好の後陣がすっかり 気に入ってしまった。屋根の平石積が、リュベロ ンなどで見るボリー (Bories) という建築に似て いる。日本なら持仏堂にでもしたいような、小柄 で質素で端正な知性も備えた美しい聖堂だった。 |
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| ノートルダム・ドビュヌ/聖母礼拝堂 Notre-Dame d'Aubune/Chapelle Notre-Dame |
1 Vaucluse |
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オランジュ (Orange) の東、赤ワイ ンで名高いジゴンダ (Gigondas) から は至近のこの礼拝堂は、いかにもプロ ヴァンスらしい岩山を背景にし、葡萄 畑に囲まれてきりりと建っていた。 12世紀創建当初は、三つの祭室を 持つ単身廊のバジリカだったが、その 後側廊などが後補され、内陣のインテ リアもバロック風に改造された。 しかし、すっくと立つ鐘塔は、プロ ヴァンスに多い美塔の代表であり、周 囲の景観にも溶け込んで一幅の絵画と なっている。細やかな装飾が施されて おり、地味だが秀麗な塔である。 素朴な三つの半円形後陣を入れた背 後からの塔の写真を狙ったのだが、生 い茂る樹木が邪魔して失敗した。 礼拝堂見学後に、ジゴンダのカーヴ へと向かったのは言うまでも無い。 |
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| シルヴァカンヌ/旧シトー会大修道院 Silvacane/Ancienne Abbaye Cistercienne |
1 Vaucluse |
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シトー会修道院で、「プロヴァンス三姉妹」の一 つである。他の二つの修道院と同じ様に、いかにも シトー派らしく、簡素な中に最低限の装飾でもって 見事にストイックな精神性を象徴している。 人里離れた辺鄙な場所、といってもデュランス河 に沿った湿地帯に建っているので、空の広い開放的 な感じのするたたずまいである。 修道院付属教会の大部分はゴシック様式に改築さ れており、深閑とした無垢のイメージは心地良いの ではあるが、交差オジーブ梁や尖頭アーチなどのゴ シックの要素を取り除きたい気分だった。 隣接する回廊で、ようやく腹の据わったロマネス クの落ち着いた建築を見ることが出来た。半円アー チの天井が、そのまま壁のような太い柱に繋がって いて、柱頭らしいはっきりとした接点は無い。写真 は柱と柱の間の、アーチ窓の装飾である。細い二本 の柱と質素な柱頭彫刻、それに上部の丸穴の意匠、 これが唯一の装飾なのである。この装飾窓とて、回 廊のほんの一部にしか無く、ほとんどがただのアー チ窓である。 装飾など堕落の象徴だ、と真剣に考えさせられて しまう魔力を、この回廊は秘めている。 |
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| セナンク/シトー会大修道院 Sénanque/Abbaye Cistercienne |
1 Vaucluse |
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「プロヴァンスの三姉妹」として知られる、三つ のシトー会大修道院の一つである。私は夏のある日 山上都市ヴナスクから山越えで、修道院の背後から 近づいたことがあった。 深い森を切り開いた平地には、質素な修道院の建 築群と耕地とが眼下に眺められた。風に運ばれた強 い芳香は、畑に栽培されるラヴェンダーのものだっ た。花は最盛期を過ぎており、刈り入れの真最中だ った。 それにしても、ラヴェンダー畑の中に、山や森に 囲まれて建つ教会の何と絵になることだろうか。世 俗からは隔離された、僻地の修道院ならではの事だ ろう。また、そこにはシトー派ならではの、ストイ ックな雰囲気が漂っているからこそだろう。 余計な装飾など一切無い、純粋に信仰のための建 築として建つ姿には、誰にも犯すことの出来ない聖 域らしい孤立感すら感じられる。もっとも現在はか なり観光化しており、従前の雰囲気とはやや異質で はあるけれども。 教会内部はゴシックの部分も有るがその建築は誠 に清雅であり、特に回廊部分の重厚な石の使い方に は、近寄りがたい高潔な理念が感じられた。 |
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| ヴナスク/聖母教会 Venasque/Église Notre-Dame |
1 Vaucluse |
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セナンクの修道院から、背後に連なるヴォーク ルーズ山地へと登り、反対側の斜面に出た所にこ の美しい村がある。 村のほぼ中央に、ノートルダム教会が建ってい た。12世紀の建築だが、残念なことに後世の改 修によってその面影はほとんど失われている。 しかし、ここでの目的は教会の聖堂ではなく、 隣接する洗礼堂 (Baptistère) である。 洗礼堂の創建は6世紀と言われ、フランス最古 の宗教建築とされるが、現在見られる姿は11世 紀に改修されたものである。 中央は正方形で、四方に半円ドームの天井を持 つ小後陣が付いたギリシャ十字形である。 写真はその内のひとつ北側の小後陣を、中央の 洗礼盤の所から眺めたものである。 半円アーチの連続するアーケード装飾の、大理 石の円柱がいかにも古式であり、創建時代の部材 の名残なのかもしれない。 一歩堂内に足を踏み入れた瞬間、時代を超えて きた古い建築が示す独特の空気が感じられて嬉し かった。この一種カビ臭い雰囲気こそが、何とも 好きでたまらないのである。 |
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| アルル/聖トロフィ−ム教会 Arles/Église St-Trophime |
2 Bouches-du-Rhône |
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ローマ時代の遺跡が数多く残る町の中心、壁面 一杯の聖人像が彫られたファサードが圧倒的迫力 を示す、聖トロフィームの教会が建っている。 荘厳のキリスト像が刻まれたタンパンの有る門 を入り、聖堂を抜けると、そこはやや狭いが静寂 感の漂う落ち着いた回廊であった。 四方の柱とその間の柱頭は全て、かなり彫りの しっかりした密度の高い彫刻で装飾されている。 DNAの中に古代ローマの彫像の因子が有りそう な写実味を帯び、風格ある説得力に溢れた彫像ば かりであった。 写真の柱頭彫刻は、羊飼いに救世主の生誕を告 知する天使の像である。天使と羊飼いの表情が魅 力的であり、衣服や羽根の描写も鮮やかで、この 回廊では最も気に入った柱頭である。 他の柱頭には、キリスト生誕前後の逸話として、 東方三博士の礼拝や幼児の虐殺、エジプト脱出な どが彫られており、いずれも優雅で生き生きとし た傑作ばかりである。 サンジルやアオスタの彫刻と比較し、図像の系 譜を調べてみるのも面白いだろう。 |
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| タラスコン/聖ガブリエル礼拝堂 Tarascon/Chapelle St-Gabriel |
| 2 Bouches-du-Rhône |
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ローヌ河畔の町タラスコンの南東、 荒湿原の真中にこの礼拝堂はぽつんと 建っている。建築は素朴な単身廊で、 半円ドームの祭室が付いていそうだっ たが、残念ながら鍵が締まっていて中 へ入れなかった。 ただ、目的は正面のファサードのレ リーフとタンパンの彫刻にあったので、 無理して鍵の所在は詮索しなかった。 写真は壁面に埋め込まれたレリーフ で、上部は初期ロマネスクを思わせる 彫刻である。左は受胎告知の大天使ガ ブリエル、真中は同じく聖母マリア、 右はマリアのエリザベス訪問で、よく 見れば、素朴だが渦巻状の模様を多用 した実に魅力的な図像である。 上部に、ラテン語で図像の説明が彫 られており、ANGELUS GABRIHEL など という文字が確認できる。 建築は12世紀末と書かれていたが、 レリーフ彫刻が同じかどうかは不明で ある。門の上のタンパンには、穴の中 のダニエルとライオン、そしてアダム とイヴの原罪が彫られていた。これも また、幻想的名品である。 |
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| マルセーユ/聖ヴィクトワール寺院 Marseille/Basilique St-Victor |
2 Bouches-du-Rhône |
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旨いブイヤベースを食べるのが目的で、その 店に近いホテルに泊まったのだが、そこは旧港 に近いこの教会の直ぐ前だった。部分的にロマ ネスクが残されているとは知っていたが、わざ わざ遠くからだったら来なかっただろう。 散歩がてらに覗いたこの教会の、クリプトに 降りてみて驚いた。そこは、12世紀ごろの建 築部分と、さらにもっと古い初期キリスト教時 代の名残の部分とが混ざった、荘重な雰囲気の 空間だったからである。 手掘りの洞窟のような祭室や、素朴な人頭彫 刻、不揃いで荒々しい石積の部分などからは、 元来ここがロマネスク以前からの聖域であった ことを物語っている。 写真はクリプト中央のアトリウム(中庭)の ような場所で、太い9本の柱で囲まれている。 複雑なアーチの交錯が、幾層にも修復された歴 史を証明するようだが、この中庭部分には、落 ち着いたロマネスク期ならではの美意識が、ず っしりと腰を据えて居座っているようだった。 |
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| モンマジュール/旧大修道院 Montmajour/Ancienne Abbaye |
2 Bouches-du-Rhône |
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アルルから、憧れのオーベルジュ「ボーマニエ ール」の有るレ・ボー (Les Baux-de-Provence) に向かう途中の、荒野の真中にこの修道院遺跡が 残っていた。 オリーブの樹が茂る岩だらけの丘陵に、幾つも の修道院の建物が伽藍のように並んでいて、いか にもプロヴァンスらしい風景だった。 城塞のような塔や重厚な回廊、崩れ落ちた身廊 の壁や屋根が残るノートルダム教会。半地下の聖 ピエール礼拝堂。少し離れて聖クロアの優雅な礼 拝堂も見える。創建当初の壮大な修道院の姿を、 想像するのは楽しかった。 写真の柱頭彫刻は、13世紀といわれる回廊の 柱の一つである。場面の解説は無いが、バリサイ 人シモンの家に招かれたイエスが、その足に接吻 する卑しい女を許す場面か、イエスにひれ伏すマ グダラのマリア像のどちらかだろう、と私は思っ ている。 かなり剥落が激しいが、力強く豪胆な彫りと正 確なプロポーションは、アルルなどこの地域に伝 わるローマ彫刻の残影をちらつかせつつも、ゴシ ックへと移行していく時代性を見せる美しい柱頭 である。 |
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| サント・マリー・ド・ラ・メール/海のノートルダム教会 Stes-Maries-de-la-Mer/Église Notre-Dame-de-la-Mer |
2 Bouches-du-Rhône |
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地中海に面したこの小さな集落は、「海の聖マリ ア達」という世にも稀なる美しい名前の村である。 聖母の妹マリア・ヤコベと、使徒大ヤコブ・ヨハ ネ兄弟の母マリア・サロメ、その召使の黒人サラ達 が、エルサレムを追放されてこの地中海の果ての海 岸に漂着した、という美しい伝説が残っている。 二人のマリアが聖母マリアに捧げた礼拝堂にその 起源が有る、とされているのである。 この写真は、初めてロマネスクの教会と遭遇した 記念すべき1979年の暮れのものである。この時 ご一緒したMご夫妻には、爾来、稀有とも言えるロ マネスク同好の士としての御厚誼を頂戴している。 船底を連想させるような単純な建築ながら、ロマ ネスクが何たるかを未だ知らない私達に、この聖堂 が示していた素朴な美しさと、人間的なスケールの 親しみ易い暖かさを感じさせてくれたのだった。 単身廊のバジリカ形式、半円アーチのみの飾らぬ 空間、石を積み上げただけの窓も無い無骨な建築な どなど、この時の私達にとっては全く未知の世界だ ったのである。 |
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| ル・トロネ/旧シトー会大修道院 Le Thoronet/Ancienne Abbaye Cistercienne |
4 Var |
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シルヴァカンヌ Silvacane と共に賞賛さ れる、修道院三姉妹の一つである。 エクスとカンヌの中間に位置し、コート ・ダジュール地方に属すのだが、私が訪ね たのは、南欧の降るような陽光が回廊に強 烈な陰影を写す夏の日であった。 彫刻や絵画による装飾を一切廃した教会 建築を見て感じた事は、精神が純粋であれ ば、目に見える物の大半は虚飾としてしか 写らないのだろう、ということだった。 しかしそうは言っても、俗世の欲望に左 右される身としては、たまにこういう場所 を訪れて横っ面を引っ叩かれる程度で充分 なのかもしれない。 それにしても、なんと剛健で重量感に満 ちた回廊であろうか。半円形アーチという 最もプリミティヴな意匠のみの、全く単純 な構造でありながら、圧倒的な迫力有る造 形美を生み出している。形そのものが示す 美しさこそが、装飾に惑わされない骨太の 美しさなのかもしれない。 |
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| サント・ノラ島/要塞教会 (サント・ノラ修道院) Île de St-Honorat/Monastère Fortifié (Abbaye St-Honorat) |
5 Alpes-Maritimes |
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カンヌの湾の沖合い遥かに浮かぶレ ラン (Lérins) 諸島には、歴史的に重 要な島が幾つか在る。サントノラ島は そのひとつで、カンヌ港からの渡し舟 で30分かかる。 4世紀末に聖オノラが修道院を建て たことに由来する。 現在の修道院は近年の建築だが、島 のあちこちに中世の礼拝堂や聖堂が残 されていた。 写真は海に突き出した要塞式の聖堂 で、主要部分は12世紀、他の部分は 13世紀の建築である。 内部には半円アーチの素朴な天井の 礼拝堂や、洗礼盤を囲む回廊などが重 層的に構築されており、さながら中世 聖堂建築のデパートのようであった。 何よりも屋上からの眺望が抜群であ り、サント・ノラ島全体は勿論、遥か カンヌの町までが一望出来た。 写真後方の島は、サント・マルゲリ ト (Ste-Marguerite) である。 |
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| サント・ノラ島/トリニテ (三位一体) 礼拝堂 Île de St-Honorat/Chapelle de la Trinité |
5 Alpes-Maritimes |
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サント・ノラ最古の建築で、島の南 西端の林の中にぽつんと建っている。 礼拝堂を背後から眺めると、いかに もビザンツ式聖堂の面影が感じられる 円形の三重屋根が珍しかった。 建築年代は9〜11世紀とのことで あり、地中海を介して東方との繋がり のあった文化圏を象徴しているように も思えた。 内部は従来非公開だったのだが、運 良く十数人の人達の小さなミサが開か れていたので、聖堂内部をじっくりと 観ることが出来た。 写真撮影は無理だったが、中央の円 形ドームを囲むように設けられた三つ の小祭室の、素朴な半円アーチをこの 目で眺められただけで満足だった。 観光客である私達を白い目で見る強 い視線が感じられて、早々に聖堂内か ら退去した。 サント・ノラ島には葡萄畑が在り、 修道院産のワインが修道院のブティッ クで売られていたのには驚いた。 |
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| ブレール・シュル・ロワイア/聖ジャン鐘塔 Breil-sur-Roya/Clocher St-Jean |
5 Alpes-Maritimes |
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イタリア国境に近いロワイア渓谷を、イタリア側 の町ヴェンティミ−リア (Ventimiglia) から登って 行った。 ロワイア川に沿って25Kmほど進むとブルイの町 に着くが、そこは岩山に囲まれた谷間の町だった。 旧市街には、赤い瓦屋根の美しい家並が密集してい たが、ロマネスクの建築は川を隔てた町外れの丘の 上に建っていた。 写真は聖ジャンの鐘塔と呼ばれ、現在は塔のみが 個人の敷地内に残されていた。内部へは入れないの だが、オリーブに囲まれたその美しい姿は、垣根の 外側からも充分眺められたので、ズームで撮影する ことが出来た。 いかにもアルプ地方らしい、石積の美しい素朴な 塔である。今回アルプで見た塔の中では、最も気に 入った建築だった。色々調べた結果、12世紀に建 てられたらしい。 もう一つのロマネスク建築であるノートルダム教 会は、ここからもっと上に登った所に建っていた。 三廊式バジリカで、後陣が美しかった。この辺りか らの、旧市街の眺めは最高だった。 |
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| サオルジュ/“ポッジョの聖母”礼拝堂 Saorge/Chapelle dite “Madone del Poggio” |
5 Alpes-Maritimes |
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ブルイからさらに渓谷を10Km 登って行くと、世にも不思議な光景 に出くわすこととなる。 コート・ダジュールに多い、山の てっぺんに建てられた集落を“鷲の 巣村”と呼ぶが、下から眺めたサオ ルジュの村はさながら“天空に浮か ぶ村”だった。 礼拝堂は村の入口に建っていたが、 個人が管理しているので内部は見せ られないと断られてしまった。 三つの半円形で構成される後陣は 11世紀の素朴な建築であり、三廊 式のバジリカ聖堂は12世紀とのこ とであった。 内陣は相当補修されているらしい のだが、祭室のフレスコ画を見るこ とが出来なかったのが残念だった。 鐘塔は15世紀だが、アルプの山 並みに融け込むようなたたずまいの 絵になる美しさには、思わず見惚れ てしまったものである。 |
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| サン・ダルマ・ヴァルドブロール/聖クロア教会 St-Dalmas-Valdeblore/Église St-Croix |
5 Alpes-Maritimes |
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ソスペル (Sospel) のオーベルジュ に1泊した私達は、紅葉真っ盛りのピ アオン渓谷を抜け、スキーのメッカ、 サン・マルタン・ヴェスビーの町へと 向かった。紅葉は赤色も多く、このメ ルカントゥール国立公園全体が錦織り 成す絶景だった。 サン・ダルマはそのほぼ中心に位置 しており、町中が紅葉に彩られていた。 教会はほぼ長方形の素朴な建築で、 聖堂は三廊式バジリカ形式で、三つの 半円形祭室が飛び出している。 ここでも季節外れの悲哀を味わった のだが、管理する人は来年の春まで不 在とのことで、クリプトはおろか身廊 へ入ることすら出来なかった。 近所のバールやホテルを執拗に尋ね てみて、ようやく判明したのである。 そもそも町のインフォメーションに すら人が居ないのだから、最初から打 つ手は無かったのである。 |
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| ディーニュ・レ・バン/旧ブルグの聖母大聖堂 Digne-les-bains/Ancienne Cathédrale Notre-Dame-du-Bourg |
3 Alpes-de-Haute-Provence |
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ディーニュは大きな町だが、この教 会は町外れのまことに閑静な場所に建 っていた。 天井の高い巨大な建築で、単身廊に 袖廊の付いた十字形である。 聖堂は12〜13世紀の建築で、壁 面や天井は創建当初の面影を伝えてい るようだ。 祭室の平面図はほぼ正方形であり、 13世紀頃の改修によるものだろう。 ファサード正面のバラ窓など、ゴシ ック的な改修が顕著であるのに、何故 か心安らげる雰囲気が感じられた。 建築全体が醸し出す、ロマネスクと いう石積建築特有の朴訥さや簡素さが、 居心地をとても良くしてくれるのであ った。大仰で謙虚さに欠けたものとの 対比、という意味合いもあるのだろう。 その晩はここから40Km山に入った 町セイヌ (Seyne) のオーベルジュに泊 まり、地の料理とワインを楽しんだ。 |
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| スヌ/旧聖母大聖堂 Senez/Ancienne Cathédrale Notre-Dame |
3 Alpes-de-Haute-Provence |
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ディーニュからカンヌへと向かうナ ポレオン街道から、ほんの少し山に向 かって入った場所に在る小さな村落で ある。 教会はかつて司教座の置かれた大聖 堂であったという面影など全く無い、 12〜13世紀のまことに清楚な建築 だった。 単身廊に袖廊の付いた十字形で、主 祭室のほかに小祭室が袖廊に設けられ ている。後陣は、ロンバルディア帯で 装飾された、質素だがとてもチャーミ ングな姿を留めていた。 鐘塔はかなり後世のもので、17世 紀位まで下がるのではないだろうか。 教会の扉の鍵を開けてくれたのは、 広場に面した民家に住む親切なオバさ んだった。自分の村の文化遺産に誇り と愛情を注ぐ、素敵な笑顔の婦人だっ たが、シーズン外は閉鎖してしまう教 会との差を感じてしまった。 |
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| ヴェルゴン/ヴァルヴェールの聖母礼拝堂 Vergons/Chapelle Notre-Dame-de-Valvert |
3 Alpes-de-Haute-Provence |
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ナポレオン街道より北側を通るルー トで、同様にニースへと抜けられる国 道202号線がある。 この教会はその国道に面したヴェル ゴンの町外れの、見晴らしの良い高台 にポツンと建っている。 ファサードは単純でも、後陣が美し いと絵になるという教会は多いが、こ こはその典型のような建築だった。 単身廊に袖廊の付いた十字形、とい う簡素な礼拝堂で、半円形祭室が三つ 設けられている。 扉は開かれており、内部へ入ること が出来た。装飾と名の付くものは何も 無く、柱と壁だけで構築された、純粋 に祈りのためだけの空間だった。 入口は写真の向こう側、つまり南側 にあり、その前庭が小さな墓地になっ ていた。小規模ながら、現在も生き続 けている礼拝堂である。 |
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| ヴィロスク/旧小修道院 Vilhosc/Ancien Prieuré |
| 3 Alpes-de-Haute-Provence |
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この村を地図の上で探すには、最 低20万分の一の地図が必要となる。 大半の観光用地図には、村も道路も 全く記載されていない。 後述のシストロンの町から東へ約 10キロ程度の場所だが、僻地の山 里といった鄙びた風情の寒村だった。 看板が出ていなければ、そこが元 小修道院の在った場所とは想像もつ かない普通の農家だった。地上には 鶏や豚の小屋しか見当たらない。 この珠玉のクリプト(地下祭室) は、教会の地上部分は完全に失われ、 跡地に建てられた普通の農家の母屋 の下に眠っていたのだった。長い間 ずっと、格好の野菜の貯蔵庫であっ たらしい。 三つの半円形祭室と多くの柱によ って構成されたクリプトは、11世 紀の簡潔な美しさを見事なまでに保 っていた。どんな修道院が、かつて 存在したのだろうか。 |
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| シストロン/旧聖母大聖堂 Sisteron/Ancienne Cathédrale Notre-Dame |
3 Alpes-de-Haute-Provence |
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私達は03年の秋、グルノーブルからナポレオ ン街道を南下し、ガップ(Gap)を経由してデュラ ンス河 (Durance) の対岸からこの町へとアプロ ーチした。 町全体を一望出来る、対岸からの眺めは素晴ら しかった。赤い屋根の家並はいかにもプロヴァン スらしい明るさだったし、山の上の城砦やこの教 会の鐘塔などが、既に絵の構図となっている。 細い路地の続く旧市街の南端、広場に面してこ の教会は建っていた。写真は、旧市街の側から眺 めた後陣で、いかにも武骨な建築であることがこ の教会の特徴なんだな、と直ぐに分かる。塔は少 し時代の下がった頃のものだろう。 正面の扉口はアーチ装飾と柱頭だけの簡素なも のだが、白と黒の石を交互に使った意匠はアラブ やノルマンを連想させる。 三廊式十字型の聖堂は壮麗で、半円アーチで構 成された天井や壁や柱の全てが古色蒼然と黒ずん でおり、いかにも重厚な印象を受ける。祭室のド ーム天井も白黒様式で、不思議な空間を形成して いた。 |
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| モンフォール/聖ドナ教会 Montfort/Église St-Donat |
3 Alpes-de-Haute-Provence |
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シストロンからデュランス沿いに 20キロ下るとモンフォールの村に 着くが、教会は集落の中には無く、 山一つ隔てた隣の谷間の木陰の中に ひっそりと建っていた。 ガイドブックにも載っていない廃 墟だが、れっきとした11世紀三廊 バジリカ聖堂である。 完全な十字とは言えないが、小さ い翼廊と小祭室が付いており、後陣 の眺めはとても美しい。崖地と繁茂 した樹木のために、後陣の写真はこ こまで下がらないとその全貌を撮影 出来なかった。 鍵が掛かって入れなかったが、正 面の扉は鉄格子なので、内陣の様子 を詳細に見ることは出来た。 蒲鉾型半円アーチの簡素な天井、 装飾の一切無い柱や壁面の苔むした 雰囲気は、単なる廃墟ではない、か つての質素で瞑想に相応しい清雅な 佇まいを連想させてくれた。 |
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| ガナゴビー/聖母小修道院 Ganagobie/Prieuré Notre-Dame |
| 3 Alpes-de-Haute-Provence |
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サン・ドナから更に8Km南下するとガナゴ ビーの村だが、ここも村には何も無く、この小 修道院は村の背後の小高い山の奥に在った。細 い山道を更に4Kmほど登らねばならなかった。 オリーブの古大樹に囲まれた僧院は隠遁には 格好の仙境で、僧院での精神生活はさながら雲 上の天国にも匹敵したのであろう。 現在も生きた修行の場であるため、回廊へは 入れなかったが、附属する教会は開放されてい た。写真はその扉口である。三重になったレー スの襞のような装飾が珍しいが、タンパンには 二人の天使と四福音書家のシンボルに囲まれた 荘厳のキリスト像が彫られている。まぐさ石に は十二使徒が横一列に並んでおり、鍵を持つ聖 ピエール(ペテロ)だけが識別出来た。 内陣は荘重な建築で眼を見張らされるが、肝 腎な見所は祭室の床面に施されたモザイクであ る。青と赤を基調とした色タイルで、様々な連 続模様や幾何学模様のほかに、図案のような動 物や植物の姿が描かれている。12世紀の作ら しいが、オリエントの香りに満ちた美しいロマ ネスク期のモザイクだった。 |
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