ガスコーニュピレネー
 
ミディ・トゥールーザン
  地方のロマネスク
 
Gascogne, Pyrénées
 
et Midi-Toulousan
  
Roman
 
 
 
   Église St-Just  Valcabrère
   Haute-Garonne
 
 
 サンチャゴへの巡礼路が通る、フランス最南
端の重要な地域であった。
 ピレネーを越える
Somport ソンポールとイ
バニエタ
Ibañeta の二つの峠が、最も著名な
中世のルートだった。

 バスクやトゥルーザン地方はピレネーを挟ん
でスペインと接しており、独自の伝統文化を守
って来た誇り高き地方である。
 ロマネスクにも見るべきものが大層多く、自
然と調和した美しい聖堂が数え切れないほど点
在している。
 
 
 
 
 県名と県庁所在地

  
ガスコーニュ地方
     
1 Landes (Mont-de-Marsan)
     
2 Gers (Auch)

  ピレネー地方
     
3 Pyrénées-Atlantiques (Pau)
     
4 Hautes-Pyrénées (Tarbes)

  ミディ・トゥールーザン地方
     
5 Hautes-Garonne (Toulouse)
     
6 Ariège (Foix)
 
 
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サン・ポール・レ・ダックス
   聖ポール教会

  St-Paul-lès-Dax/
    Église St-Paul
    
          1 Landes
           
   
 
 この教会はフランス第二の温泉地として名高
い、ダックス
Dax の郊外の閑静な高台に建っ
ている。

 修復中で内陣へは入れなかったのだが、12
世紀の創建部分は写真の後陣部分だけだそうな
ので、無念さはやや減少した。
 外側の壁面に組まれた盲アーケードと同じ仕
様のものが、祭室内部の壁にも飾られているの
で見たかったのである。
 壁面の薄いピンク色の石が朝陽に照り、周囲
の景観の中に浮かび上がって綺麗だった。

 写真には小さく写っているが、壁面中段に帯
状に彫られたレリーフを見逃してはならない。
 最後の晩餐、キリスト捕縛、磔刑など、一連
のキリスト受難の場面が絵巻物のように彫られ
ている。
 顔に特徴の有る、個性的な彫刻群である。
 
 
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ソルド・ラベイ聖ジャン修道院
  Sorde-l'Abbaye/
    Abbaye St-Jean
    
      1 Landes
           
 
 
 教会全体がかなり修復されているので、車を
止め た広場からはゴシックの教会のように見
えた。事実後陣の半円形祭室や祭壇周辺には、
ロマネスク様式の建築が見られのだが、身廊の
柱頭から上、天井や梁の部分は完全にゴシック
様式だった。

 祭室と身廊を仕切るアーチ部分には、見るべ
き柱頭が有り、彩色がほんのりと残っている。
聖母子像やダニエルと獅子、キリスト誘惑等と
いった主題の柱頭が目に入った。

 祭壇の据えられた床一面には、目を見張るよ
うなモザイクが敷き詰められている。写真を撮
ったが、逆光のためモザイクが光って余り上手
には撮れなかった。
 近世の修復の際に発見されたとのことだが、
色彩が見事に残っていて素晴らしい。
 ここでは、赤・黄・黒・白・青がモザイクの
基調 になっており、組紐模様や葡萄の図や様
々な動物などが巧みに図案化されている。
 
 
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ヌルビ聖ピエール教会
  Nerbis/ Église St-Pierre
    
      1 Landes
           
   
 
 今回の旅はランド Landes 地方を中心に歩
いたのだが、フォアグラ等多くの美味を堪能で
きた。

 ダックスに泊まった翌朝、サンテ・ミリオン
へ向かう途中で、朝もやに霞む村の外れの高台
にひっそりと建っているこの教会を訪ねた。
 かなりの修復が成されており、ロマネスク時
代の名残は、写真の後陣部分と塔、そして向こ
う側の身廊の壁だけなのである。

 後陣の半円形祭室部分は三つ揃っているのだ
が、身廊の両側に在るべき側廊は北側部分しか
ない。
 身廊の屋根も後補であり、修復の際に大きく
改造されたらしい。
 しかし、聖堂全体の佇まいはロマネスク的な
情緒に満ちていて、私達は墓地の中からしばら
くの間後陣の姿を眺めていた。
 内陣の天井はオジーヴだが柱はロマネスク様
式であり、素朴な柱頭も残っていて楽しめた。

 このくらいの規模のロマネスク聖堂にこそ、
しっくりと落ち着いた大仰でない美しさが感じ
られるので好きである。
 
 
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サン・スヴェール
   聖スヴェール教会

  St-Sever/Église St-Sever
    
      1 Landes
           
 
 
 5世紀創建とも伝えられる修道院の付属教会
であったのだが、現在は町の中央広場に面して
建つロマネスク様式の教会である。
 身廊は三廊式で、それぞれに祭室が有り、さ
らに袖廊に左右二つづつの小祭室が付いている
ので、後陣には七つの半円形祭室が重なって見
える。
 身廊の柱に見るべき柱頭彫刻が並んでいて、
ロマネスク柱頭を愛する我々にとってはさなが
ら至上の楽園のように感じられた。
 写真の柱頭は「ヘロデの宴」で、左蔭の部分
に首を切られる洗礼のヨハネが彫られ、正面に
ヘロデ王達の宴が描かれている。
 身を反らせて踊るサロメの姿は、どこぞのフ
ィギア・スケートの選手を想起させて面白い。
 
 
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アジェトモー聖ジロン教会
  Hagetmau/ Église St-Girons
    
      1 Landes
           
  
 
  いくら探してもこの教会を見つけることが
できなかったので、仕方なく町役場を訪ねてみ
たのだが、そこに係りの人がいて、待っていま
したとばかりに案内をしてくれた。鍵は彼が持
っていたのだから、最初から役場へ行けばよか
ったのである。

 ここはクリプトの柱頭が見所で、外部から見
ることは不可能だった。
 12世紀初めの創建で、クリプトの壁面など
はかなり修復されてはいるものの、柱頭彫刻は
比較的その当時のままであるらしい。

 写真のように雰囲気の良いクリプトで、柱は
壁面に10本、中央に4本立っており、それぞ
れに特徴のある柱頭が彫られていた。
 写真では一番手前の「ダニエルと獅子」や、
右奥の「ラザロの奇跡」などが印象的だった。
 悪魔と戦う聖人の像も多く、中でも物凄い形
相をした怪物の姿が実にユニークである。
 ここは旧聖ジロン教会の祭室部分の地下であ
り、かつて三廊式であった教会の建造物は全て
失われ、この部分だけが残されている。
 
 
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パンボ聖バーセルミ教会
 Pimbo/ Église St-Barthélemy
    
      1 Landes
           
   
 
 前述のアジェトモーの東南22キロほどの台
地にある村で、ガスコーニュのゲール県とピレ
ネー・アトランティック県までは数キロという
県境の村だ。

 12世紀築造の教会で、破壊と修復の歴史を
持った想像以上に規模の大きな建築だった。
 見せかけファサードの下部に扉口がある。五
重のヴシュールが壮観だが、かなり崩落してい
る。しかし柱頭や帯状アーチには、かつての彫
刻の一部が残されている。渦巻や幾何学文様を
施した、最外五重目アーチの彫刻が美しい。
 内陣は三廊式で三つの梁間があるが、天井は
後補の扁平なヴォールトだった。祭室部分の最
後のスパンの天井は、れっきとした半円筒ヴォ
ールトが残されている。三後陣の中央祭室では
両側の壁面に施された、三連の盲アーケードが
印象的だった。柱頭にも怪獣の首など面白いも
のがあった。

 聖堂背後に回ってみると、そこは花を中心に
した庭園になっていて、三後陣の姿をゆっくり
と見ることが出来た。聖堂の天井が高いので、
後陣も縦長の半円形となっている。中央後陣に
控え壁のような武骨な付け柱が見られるが、現
実的な補強だったのか、ゴシック期の装飾的改
修だったのか判然としない。
 いずれにせよあまり美しいとは言い難い。し
かし、全体的にはロマネスクの雰囲気の残る、
静かで清々しい教会だった。
 
 
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ノガロ聖ニコラ参事会教会
  Nogaro/ Collégiale
      St-Nicolas
    
      2 Gers
           
 
 
 ジェール県 Gers の北部、隣県のエール・
シュル・ラドゥール
Aire-sur-l'Adour の東
20キロにある古い町である。
 町の西端に建つ教会は11世紀創建で、革命
時には倉庫として使用される等、破壊と修復を
繰り返したらしい。
 北側の扉口、四つの梁間の内の西の一つ以外
の三身廊、三後陣に創建時ロマネスクが残され
ている。
 身廊の天井は半円筒ヴォールトで、アーケー
ドは尖頭アーチだった。
 北扉口のタンパンには四福音書家のシンボル
に囲まれたキリストが彫られており、柱頭にも
良い彫刻が見られたが、一番印象に残ったのが
身廊のアーケードの柱頭群だった。写真はその
内の一枚である。
 表情豊かな三人の人物は何を表現しているの
だろうか。
 
 
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タスク旧聖ピエール
      修道院教会

 Tasque/ Ancienne Abbatiale
     St-Pierre
    
      2 Gers
           
 
 起源不明の古い修道院後に建てられた教会だ
が、その建造年代も不明で、しかも聖堂の大半
は改築されて要塞化している。
 唯一のロマネスクの名残は、写真の西扉口に
残るタンパン・柱頭・迫持受の彫刻群だった。
 特にタンパンには、四人の福音書家に囲まれ
たキリストが彫られている。聖人の二人は人物
像、あと二人はシンボルの動物像で描かれてお
りかなり珍しい表現だろう。人物上部の顔部分
が破壊されているのが残念である。
 柱頭彫刻も傑作だったと思われるが、崩壊が
かなり進んでいる。
 聖堂背後に、旧修道院の遺構の基礎や壁の一
部が保存されている。
 
 
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サン・モン洗礼の聖ヨハネ教会
  St-Mont/ Église
     St-Jean-Baptiste
    
      2 Gers
           
   
 
 エールの東南12キロ、アドゥール川に沿っ
た高台の上に開けた小さな村である。
 ケルトやローマ時代からの歴史も残されてい
るそうだが、この教会の起源は11世紀の修道
院に由来するという。
 聖堂は翼廊のある単身廊の十字形で、11~
12世紀のロマネスクが残るのは、身廊南壁と
翼廊南側及びその半円形小祭室だけであった。
他の部分は、14~15世紀以降に改修されて
しまっている。

 天井は全て交差リブ穹窿だが、柱頭部分には
12世紀の彫刻が残されている。
 写真は身廊と翼廊の交差部西側のアーチ(凱
旋門)の柱頭で、高い位置に在るため小生の望
遠での撮影には限界があった。これが精一杯だ
ったが、先人の写真などを拝見すると、大勢の
楽士や踊り子に囲まれて中央に立つのは、弦楽
器を持ったダヴィデであるとされている。
 他にも、植物の蔓に絡まった多くのライオン
とダニエルを描いた彫刻など、登って行って近
くで見たくなるような傑作が残されている。
 中央の後陣は14世紀ゴシック様式で、方形
の祭室には全く魅力が無かった。   
 
 
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セヴィニャック聖ピエール教会
  Sévignac/ Église St-Pierre
    
    3 Pyrénées-Atlantiques
           
 
 
 現在見るこの教会は二廊式である。側廊が南
側にしかないのだが、北側が消失したのか、南
側だけに増築したのかは判らない。
 いずれにせよ、身廊部分と写真の南門のみが
ロマネスク様式なのである。従来西正面のファ
サードだったものを、移築したと考えられる。
 タンパンの中は玉座のキリストを中心に、鍵
を持つペテロと長い巻物を持つパウロが彫られ
ている。
 ヴシュールの外側は黙示録の二十四長老らし
いのだが、不思議な事に一つおきに十二人しか
居ない。
 美しい墓地の中に建つ、民家の柿葺のような
屋根を持った穏やかな建築の教会だった。
 
 
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シマクールブ聖ピエール教会
 Simacourbe/Église St-Pierre
    
    3 Pyrénées-Atlantiques
           
 
 前述のセヴィニャックの東10キロ、田園地
帯の真ん中にこの村がある。
 教会は集落の北側、森と草地の中に建ってい
る。建物全体が満身創痍とも言えそうな雰囲気
から、かなり改造されている事が想像された。
 11世紀創建になるが、ロマネスクの痕跡は
後陣と玄関間の扉口だけに見られた。残念なが
ら、聖堂へは入ることが出来なかった。
 煉瓦積みの後陣は、歴戦の勇士・名誉の負傷
とも言うべき風格が感じられる。現に屋根から
下は、かなり当初の姿に近いそうである。
 屋根で覆われた玄関間の北側扉口は、二重の
帯状アーチ装飾が施されている。そこには、地
味な花びらの連続模様などが彫られている。柱
頭には弦楽器を持つダビデやアブラハムの犠牲
などが確認出来た。
 
 
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モルラー聖フォア教会
  Morlaas/ Église St-Foy
    
    3 Pyrénées-Atlantiques
           
 
 
 ポー Pau 市郊外に位置するこの町は、とて
も静かな美しい所だった。
 教会は町のほぼ中心に建っている11世紀創
建の建築だが、側廊部分は後世の修復であり、
内陣もとても綺麗なのでやや戸惑ってしまう。
 しかし、扉口の装飾は必見であり、どこかで
見たことがあるような気がした。
 それは後述のオロロンのタンパンと同様に、
タンパンが二重になっていたからだった。
 小さいタンパンの主題は左が「幼児虐殺」、
右が「エジプトへの逃避」であり、主タンパン
は「荘厳のキリスト」である。キリストの左側
に天使、右側に鷲、下に小さなクリスモンが彫
られている。
 ヴシュールの彫刻も、オロロンの内容にとて
も似ているようだった。
 
 
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レスカールノートルダム大聖堂
  Lescar/Cathédrale
     Notre-Dame
    
    3 Pyrénées-Atlantiques
           
   
 
 聖母マリアが出現したとされる奇跡の聖地ル
ルドを訪ねた後に、私達はこの地にたどり着い
た。この教会に素晴らしいモザイクが有ること
を、資料によって調べてあったからである。
 教会の建物は三廊式で三つの祭室が有り、少
しへこんだ程度の翼廊が両側に付いていた。全
て12世紀の建造である。
 モザイクは祭室最奥の床面に施されており、
狩猟の場面や動物同士が激しく絡み合う姿が描
かれている。モザイクといえばビザンチンかロ
ーマを連想するが、不思議とここのは12世紀
ロマネスクのモザイクである。
 モザイク以上に感動したのが、写真の作品を
筆頭とした、見事な柱頭群だった。「アブラハ
ムの犠牲」や「キリストと預言者達」の他に、
数々の妖怪や怪獣が彫られていて飽きない。ル
ルドの直後だったせいもあるが、写真の「東方
三博士の聖母子礼拝」の造形美に唸ってしまっ
た。盛り上がるような彫りは、類例を見ないほ
どの絶品であった。
 
 
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オロロン・サント・マリー
    聖マリー教会

  
Oloron-Ste-Marie/
    Église Ste-Marie
    
    3 Pyrénées-Atlantiques
           
 
 
 ルシオン地方から出発して、ピレネー山麓の
ロマネスク教会を巡ったことがある。出発前の
計画の段階から、私はずっとこの美しい響きの
地名に憧れ、そこに建つロマネスクの寺を想像
していた。
 バジリカ式の簡素な建築にはとても興味があ
ったが、鐘塔の中門の様な正面扉口の彫刻は、
私が考えていたレヴェルを遥かに越えた素晴ら
しい意匠だった。
 中心柱の有る半円形タンパンの中に、さらに
小さな半円形の二つのタンパンが重なるという
珍しい形式である。
 中心にキリストの十字架降下を、そして半円
の縁飾りとして、楽器を持った黙示録の二十四
人の長老が彫られている。
 写真はその内側に彫られた、日常的な庶民の
暮らしの一部である。生き生きとした表情がと
ても良いのだが、いったい何を作っているのだ
ろうか。
 
 
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オロロン・サント・マリー
    聖十字架教会

  Oloron-Ste-Marie/
     
Église Ste-Croix
    
    3 Pyrénées-Atlantiques
           
 
 
 アスプ川 Aspe の東岸の高台に建っている
11世紀末のロマネスク聖堂。
 三廊式の身廊、三つの梁間、翼の横幅が身廊
と、ほとんど変わらない翼廊、そして三つの後
陣で構成された建築である。
 北側の扉口が当初からの入口で、荒廃してい
るが四重のヴシュールを持つロマネスク様式で
ある。
 身廊の天井は半円筒ヴォールトで、古式な様
式が感じられ、翼廊交差部の天井には、スペイ
ンに見られるリブによる星形のドームが珍しか
った。巡礼路の関連が考えられる。
 祭室部分は、全て極彩色に塗られていて絶望
的だ。近年の塗装らしい。しかし、柱頭に関し
ては大目に見て、許せる範疇かもしれない。写
真は「アダムとイヴ」で、「三博士礼拝」など
の傑作も残されている。
 
 
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ロピタル・サン・ブレーズ
     
聖ブレーズ教会
  L'Hopital-St-Blaise/
     Église St-Blaise
    
    3 Pyrénées-Atlantiques
           
   
 
 オロロンの北東17キロに位置する村で、か
つてはその名の通りサンチャゴ巡礼者のための
施療院などの施設があった。  
 ソンポール、イバニエータのどちらの峠を越
える場合にも立ち寄れる場所だったようだ。

 写真は、村の中心に建つ12世紀に創建され
た教会で、正方形を五つ並べて出来る十字形を
基本としたギリシャ十字に半円形の後陣を取り
付けた恰好である。素人臭い表現で恐縮だが、
最も解り易いかもしれない。

 写真は西南後方からの眺めで、右に後陣、左
に翼廊南部、中央に八角鐘塔が写っている。
 聖堂内陣の修復や過剰装飾が激しいので、創
建当初の素朴なロマネスクの風情は、石積みの
表情が見える外観と、ギリシャ十字の平面プラ
ンにのみ残されているようだった。
 内陣のアーチは全て尖頭式で、中心のドーム
にはオロロンの聖十字架教会で見たスペイン風
の正八角形を結ぶ星形アーチが見られた。
 正面の扉口はタンパンのあるアーチ門で、六
重のヴシュールを備えた立派な入口である。タ
ンパンには、四福音書家のシンボルと栄光のキ
リストが彫られているが、新しい彫刻だろう。
 ピレネーはもう目の前である。
 
 
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サン・タングラース
   聖アングラース教会

  Ste-Engrâce/Église
     Ste-Engrâce
    
    3 Pyrénées-Atlantiques
           
 
 
 こんなに険しい渓谷の奥に、本当に教会があ
るのだろうかと思わせるような山奥の寒村であ
る。ピレネー国境のピエール・サン・マルタン
峠へと通じる林道の入口に当たる集落だ。
 やや開けた場所に建つ教会は11世紀の創建
で、三廊式三後陣のバシリカ聖堂である。
 正面扉口のクリスモンのタンパンや、柱頭も
見逃せないが、本命は祭壇周辺の柱頭彫刻であ
る。彫刻の彫りが深く、衣服の襞など細部まで
繊細に表現された柱頭はフランスでも屈指の傑
作だと思う。
 写真は、その内の一基で「東方三博士の聖母
子礼拝」である。
 聖母の顔が怖いが、ユニークな人物描写がと
ても気に入っている。「馬上の三博士」や「ラ
イオンの穴のダニアル」など名作がひしめいて
いる。
 
 
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サン・ジャン・ピエ・ド・ポー
   聖ユーラール教会遺蹟

  St-Jean-Pied-de-Port/
    
Vestiges de l'Église
       St-Eulalle
    
    3 Pyrénées-Atlantiques
           
   
 
 1990年の夏に、車でサンチャゴ巡礼を企
てたことがあった。ボルドーからピレネーを越
えてサンチャゴ・デ・コンポステーラまでの巡
礼路を、勿論レンタカーで旅したのである。
 ピレネーのイバニエタ峠を越える前日に、こ
の町の旅籠その名も「
Les Pyrénée ル・ピレ
ネー
」に泊って食事をした思い出があった。
 今回はそんな思い出の感傷に浸るセンチメン
タル・ジャーニーでもあったのである。

 ロマネスク時代の教会の遺構が残っていると
知っていたので、所在をあちこちで聞いたがほ
とんど知らない人ばかりだった。最後は、ホテ
ルのマネージャーが知っていて教えてくれた。
何とホテルの真裏の住宅の様な建物に、写真の
扉口が組み込まれていたのだった。案内も説明
も全く無かった。
 巡礼教会だったのだろうが、現在はこの扉口
だけの遺構で、四重の半円アーチ装飾と簡素な
柱頭と円柱が残るのみだった。
 多くの巡礼者を見て来たであろう教会だが、
詳しい歴史の経緯は判らない。しかし、ロマネ
スクの扉口の素朴な美しさは、歴史の中に生き
残った奇跡的な存在から来る、ある種の力強さ
を伝えているようだった。
  
 ミシュランの星一つをずっと保持し続けてい
るホテルのレストランでのその晩の食事は、懐
かしさも加わった忘れ難い美味となった。
 
 
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マゼール洗礼の聖ヨハネ教会
  Mazères/Église
     St-Jean-Baptiste
    
    4 Hautes-Pyrénées
           
   
 
 行政的にはオート・ピレネー県に属している
が、文化圏としてはガスコーニュ地方に属して
いるだろう。
 この村は、盲腸のように飛び出した県北部の
カステルノー
Castelnau-Rivière-Basse とい
う町に組み込まれたコミューンで、前述のタス
クからは至近である。
 静かな住宅街の中に、この要塞みたいな箱型
の聖堂が建っている。後世の鐘塔も建っている
が、どうみてもロマネスク教会とは思えない。

 しかし、南面の扉口はれっきとしたロマネス
クのアーチ門で、明らかに「ライオンの穴のダ
ニエル」と思える柱頭などが見られ、もしかし
たらという期待を抱かせたのだった。
 聖堂内に入って見た建築は全くの失望だった
が、祭壇付近を飾る柱頭彫刻群には、その質の
高さに目を見張ってしまった。むしろ“驚愕”
に近い印象を受けたのであった。
 コの字型の祭室の壁には三段のアーケードが
設けられており、特に最下段は三連の盲アーケ
ードが左右の壁も含め連なっている。そのそれ
ぞれの柱頭に彩色されてはいるが、秀逸な彫刻
が配されていた。
 写真は、特に気に入った「地獄の龍に食べら
れる男」で、壮絶な筈なのにユーモラスな表現
になっている。「イサクの犠牲」など物語性に
富んだモチーフのほかに、抽象的で奇抜なモチ
ーフが数多く見られて楽しかった。
 当初閉まった扉に戸惑ったが、「鍵は葡萄の
繁った白い門の家まで」と書かれた紙が貼られ
ており、探し当てたその家の方に案内をしてい
ただけたのだった。感謝。
 
 
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サン・スヴェール・ド・リュスタン
  旧聖スヴェール修道院教会

 St-Sever-de-Rustan/
   Ancienne Abbaye St-Sever
    
    4 Hautes-Pyrénées
           
 
 
 タルブ Tarbes の町の東北25キロ、ゲー
ル県境に間近の村である。
 修道院を中心に発展した村で、現在も静寂な
雰囲気を保っている。
 修道院の建築群の東側に附属教会が建ってお
り、南側にロマネスク様式の扉口が設けられて
いる。
 三重アーチの門で、柱頭には「天使に支えら
れたマンドラのキリスト」など、やや磨耗して
いるがかなりの傑作がみられる。
 聖堂は単身廊で、三つの梁間と鐘塔下のドー
ム、そして祭室がならんでいる。大半がゴシッ
ク以降に改造されているが、ドーム下の部分だ
けにはロマネスクの柱と柱頭が残されていた。
 写真はその内の一基で、「アダムとイヴの楽
園追放」である。人物描写やリンゴの樹の表現
がユニークだが、全体に漂う妖しげな雰囲気が
ロマネスクの柱頭彫刻から受ける印象としては
特異な感じがしていた。
 
 
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サン・サヴァン
   旧聖サヴァン修道院教会

 St-Savin-en-Lavedan/
  Ancienne Abbatiale St-Savin
    
     Hautes-Pyrénées
           
  
 
 聖地ルルド Lourdes の南15キロ、アルジ
ュレス・ガソスト
Argelès-Gazost の町の南
に隣接する丘の上の集落である。
 修道院を中心にした門前村と言えそうだが、
現在はかつての修道院の偉容は消え、八角塔の
聳える附属教会だけが残された。

 広場に面して扉口があり、単身廊に翼廊が交
叉する十字形聖堂である。祭室は翼廊にも設け
られており、半円形三後陣を構成している。身
廊の天井は半円筒ヴォールトだったが、美意識
に欠けた白塗りだった。
 正面扉口は十重のヴシュールを設けた華麗な
アーチ門で、中央にタンパンと数基のタンパン
が残されている。四福音書家のシンボルとマン
ドラのキリストが彫られたタンパンは、かなり
摩耗していて迫力を失っている。面白かったの
が写真の柱頭で、こんな図像を玄関に飾る修道
院とは?と考えてしまうほど飛んでいる。ロマ
ネスクの不思議さ、としか言い様がない。
 聖堂背後の参事会室
Salle Capitulaire にも
ひ げ面の顔、鳥、星、花びらなど、判じ物の
ような奇妙な図像の組み合わせが見られて楽し
める。
 
 
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リュス・サン・ソヴェール
    聖アンドレ教会

  Luz-St-Sauveur/
     Église St-André
    
     4 Hautes-Pyrénées
           
   
 
 前記のサン・サヴァンから更に南へ、ピレネ
ーの麓に向かってルス渓谷
Gorge de Luz
登って行く。ピレネー最大の見所と言われるガ
ヴァルニー大圏谷
Cirque de Gavarnie への
玄関口であるこの町は、ピレネー国立公園の中
心に位置しているのである。

 町の南側に建つこの教会は、別名をテンプル
教会
Église des Templier ともいい、エルサ
レムのヨハネ騎士団との関連が深かった。教会
の外壁はその名に相応しく、城塞の様な堅固な
造りになっている。11世紀の創建だそうだ。
 写真は教会堂の北門の扉口で、五重のヴシュ
ールと若干の柱頭やタンパンが残っている。
 コミカルな怪獣もどきの像が彫られた柱頭、
精密な連続模様の意匠された帯状アーチも見所
だが、中央のタンパンが最も質の高い彫刻とし
て注目されている。四福音書家のシンボルが、
栄光のキリストを囲んでいる。
 左上の人間(マタイ)から時計回りで見てい
くと、鷲(ヨハネ)牛(ルカ)獅子(マルコ)
と並ぶ配列はベアトス本にも描かれたパターン
で、ロマネスクの大半はこの意匠である。
 他に四つのパターンがあるという説を、故馬
杉宗夫先生から伺ったことがある。
 この門は13世紀半ばと記されているが、完
全にロマネスクの様式が生き残ったものと言え
るのだろう。
 
 
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アロ-聖エグジュペール教会
  Arreau/ Église St-Exupère
    
    4 Hautes-Pyrénées
           
 
 
 オール渓谷 Vallée d'Aure の入口に広がる
町で、市街地の真ん中を渓流が流れている。
 川沿いに建つこの12世紀の教会は、建物の
大半がゴシックに改築されている。擁壁のよう
な支え柱の目立つ後陣や、尖塔の聳える八角鐘
塔も、余り魅力が感じられない。
 創建時の姿は、唯一鐘塔下の扉口にだけ残さ
れている。三重のヴシュールと、クリスモンを
彫ったタンパン、写真の素朴な柱頭彫刻、など
が主役になっている。門全体の石が古びて情緒
的ではあるが、崩壊寸前とも言えそうで心境は
複雑である。見た通りの素朴な造形が好ましい
のは、信仰が純粋であることの証のように思え
るからである。
 
 
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ヴィエル・オール
   聖バーセルミー教会

  Vielle-Aure/
    Église St-Barthélemy
    
    4 Hautes-Pyrénées
           
   
 
 オール渓谷の中程に開けた町で、アローから
は11キロ上流に当たる。
 集落の西北端、ピレネーの支脈を背景にして
この教会が建っている。写真は、町からのアプ
ローチで見る事の出来る後陣と鐘塔の景観で、
背後の緑との調和がとても美しい。

 創建は11~12世紀なのだが、その当時の
ロマネスク様式を伝えるのは、中央の半円形後
陣と鐘塔の一部だけだろう。
 ロンバルディア帯状の盲アーケードや小さな
の窓の後陣は、石積みも美しく、よく当初の面
影を伝えている。

 内陣祭室はドーム部分に彩色壁画が描かれて
いるが、後世の作品である。
 三廊式の身廊や側廊を区切る尖頭式アーケー
ド、三つのベイを持つ聖堂の天井など、すべて
尖頭ヴォールトでゴシック期の改造ながら、残
されたロマネスクのエッセンスを伝えているよ
うに感じられた。
 中央の後陣の両側に建つ小祭室は非対称で、
半円形は南側だけである。明らかに後世に改造
されたと思われる。

 西正面扉口も近代の改造で少々がっかりさせ
られるが、教会全体の佇まいが優れているので
訪ねる価値は十分にあるだろう。
 
 
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アラヌエタンプリエール礼拝堂
  Aragnouet/
    Chapelle des Templiers
 
    
    4 Hautes-Pyrénées
           
 
 ピレネーを越える裏街道ともいうべき山道が
数本有るが、現在は車でトンネルを抜ければウ
エスカ県のアインサ
Ainsa へと通じている。
 ピレネーを越える巡礼者のために、ヨハネ騎
士団
Templiers が設営たとされる施療院と共
に創建された礼拝堂だと言われている。
 この日は曇っていたが、晴れた日には雪を頂
くピレネーの峰が、背景に望めるはずだった。
 広い草原にポツンと建つ素朴な礼拝堂の孤高
な姿は、巡礼者の後ろ姿のようでもあった。
 単身廊に半円形の後陣だけという無垢の聖堂
で、12世紀に建てられたものである。
 
Chapelle Notre-Dame de l'Assomption
母被昇天礼拝堂と、看板には記されていた。  
 
 
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アゼ聖母被昇天教会
  Azet/ Église Notre-Dame
      de l'Assomption
    
    4 Hautes-Pyrénées
           
   
 
 前述のオール渓谷から、東側に在る支流の谷
であるルーロン渓谷
Vallée de Louron へと抜
けるための峠の途中の村である。
 集落の一番高い場所に、広い墓地を前面に構
えた教会の聖堂が建っていた。
   
 創建は司祭も滞在したとされるロマネスク時
代だが、その後かなり荒廃し17世紀ごろから
再建が行われたらしい。 

 西正面に鐘塔が聳え、その上部二層には二連
の開口アーケードが意匠されている。尖頭部分
は後補だろう。塔の下部に扉口が設けられてい
る。異質の石材が用いられているのが、いささ
か馴染めない。
 通用扉口は南側の門で、ここにも別の石材が
使われている。

 ほぼ正方形の聖堂は三廊式で、柱は左右の一
本づつが側廊を構築している。
 中央に主後陣、左右に小後陣
absidiole
配した素朴なプランは、ロマネスク創建当時の
ままだろう。かなりの改造や改修が顕著だが、
基本的な平面図や石積みの肌合いには、十分に
創建時のエッセンスが残っている様に感じた。
 ピレネーの峰々を背景にした立地条件が、聖
堂巡りの楽しみを倍増させてくれたようだ。
 
 
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トゥールーズ聖セルナン聖堂
 Toulouse/Basilique St-Sernin
    
    5 Hautes-Garonne
           
 
 
 フランスを代表する大都市だが、旧市街は歴
史的遺産の宝庫だ。かつてのサンチャゴ巡礼路
沿いに、この11世紀の教会は建っている。
 放射状祭室と周歩回廊とが、巡礼教会の典型
的プランとして意匠されている。
 聖堂の外へ出て、ミエジュヴィルの門と呼ば
れる扉口の彫刻を見た。
 写真はその半円形タンパンの部分で、上部に
は天使に支えられて昇天するキリスト像と、こ
れを祝福する天使達が彫られている。持ち上げ
ようとする天使のポーズと、両手を挙げたキリ
ストの姿とが、上昇しようとする躍動感を見事
に表現している。
 壁面にはヤコブとペテロの両聖人が、そして
門の柱頭には「楽園追放」や「受胎告知」「訪
問」などが彫られている。
 少し離れた旧修道院内のオーギュスタン美術
館にはぜひ立ち寄って、ロマネスクの柱頭彫刻
コレクションなどを見なければいけない。
 
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トゥールーズ
   オーギュスタン美術館

 Toulouse/Musée des Augustin
    
    5 Hautes-Garonne
           
 
 
 聖セルナンから南へ800m歩くと旧修道院
があり、この重要な美術館が隣接している。
 旧石器時代からの豊富な彫刻蒐集で知られる
が、私達はロマネスク柱頭彫刻の部屋へと急が
ねばならない。
 ダルバド聖母教会、聖セルナン、サン・テテ
ィエンヌなどに残された、創建当時の柱頭が集
められているのだ。全てが一級品ばかりであり
その造形の美しさ、完成度の高さには圧倒され
るばかりだった。
 ロマネスク柱頭彫刻を見るための場所を一つ
だけ選ぶとしたら、ここ以外は全く考えられな
いだろう。
 写真は、その中で特に印象深かった作品で、
サン・テティエンヌの「ヘロデの宴」である。
 柱頭の四面に渡って、サロメやヘロデ王や首
を切られる洗礼のヨハネの姿が、ドラマティッ
クに描かれている。
 写真の面には、切られたヨハネの首が、手渡
しでヘロデ王まで届く様を、絵巻物のように連
続した場面で表現している。
 
 
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サン・ゴードン旧聖ピエール
    聖ゴードン参事会教会

  St-Gaudens/Ancienne 
      Collégiale
    St-Pierre-et-St-Gaudens
    
    5 Hautes-Garonne
           
 
 
 後述のサン・プランカールに旧知の一家を訪
ねた翌日、私達はそこから程近いこの地方の中
心であるこの町を訪ねた。町を通過したことは
何度か有ったが、ここの教会もロマネスク時代
のものと知り、今回は見逃さなかった。
 中央の広場に面した聖堂は壮大だったが、丁
度後陣部分の外壁を修理している最中だった。
 内陣は三廊式で、身廊は高い半円アーチの天
井、側廊は交差穹窿という美しい構成になって
いる。小さな窓から差し込む光が列柱と天井の
陰影を造り出しており、建築とは空間の創出な
んだと改めて再確認させられる。
 柱頭の彫刻は非凡で、特にこのアダムとイヴ
の場面が印象的だった。大胆な構図、深い彫り
の二人の虚ろな表情、妖しい蛇の誘惑など、幻
想の世界へ引き込まれるような気分にさせられ
たのだった。 
 
 
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サン・プランカール
   葡萄畑の聖ジャン礼拝堂

  St-Plancard/Chapelle
     St-Jean-des-Vignes
    
    5 Hautes-Garonne
           
   
 
 親友のM夫妻と御一緒にここを訪ねたのは、
86年末の冬期休暇のことであった。教会の鍵
を管理していた、親切な町の雑貨屋夫妻に世話
になったのだが、この交流がきっかけとなり、
数年後M夫妻はこの地を再訪し、爾来交誼は継
続している。
 小麦畑が作る牧歌的な風景の中に、この小さ
な礼拝堂は、墓地と数本の木立に囲まれて静か
に建っていた。名前の通り、礼拝堂の裏は小さ
な葡萄畑になっている。
 礼拝堂は元来十字形だったのだが、現在は東
南側のみが残っており、この翼廊の小祭室と中
央祭室の壁面とに、鮮やかなフレスコ画が描か
れていた。
 写真は、翼廊小祭室天井部に描かれた「栄光
のキリスト」像である。周囲にも色彩が豊かに
残り、キリストを支える天使や、洗礼のヨハネ
からの使者などが描かれている。
 中央祭室にもフレスコが見られ、一部修復の
痕跡は有るものの、東方三博士礼拝や磔刑図な
ど美しいロマネスク壁画を見ることが出来た。
 雑貨屋の御主人が後年亡くなられたので、早
急に夫人のもとを訪ね、お悔やみをせねばなら
ぬと思っていたが、03年10月にM夫妻と御
一緒にこの念願を果たすことができた。 
 
 
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サン・ジュス・ヴァルカブレール
    
聖ジュス教会
   St-Just-Valcabrère/
     Église St-Just
    
    5 Hautes-Garonne
           
   
 
 前述のコマンジュ地区にヴァルカブレールと
いう集落が有り、その村外れにこの教会がポツ
ンと建っている。ここからサン・ベルトランの
聖堂が良く見える。
 緑一面の草原と麦畑の中に、ピレネー山塊の
先端一部を背景とし、糸杉に囲まれた墓地を前
景にし、そして、赤い屋根の古式な風貌をした
塔や後陣の眺めは、全てが絵になる類稀なる景
観である。

 聖堂は三廊式の単純な構造で、三つの祭室が
それぞれに付いている。扉口は側面に有り、荘
厳のキリストや四福音書家を描いたタンパン、
四人の聖人像、繊細な柱頭彫刻などが美しい。
 特にローマ彫刻を連想させる四人の聖人像は
珍しく、ローマの遺跡として栄えたコマンジュ
の伝統を、端的に表現している様にも思えた。
 写真は、扉口左側の二人の聖人像と柱頭彫刻
であるが、あたかも古代ローマの彫像を想起さ
せる様なこの像に、むしろ斬新な感動を覚える
という、なんとも不思議な経験であった。
 
 
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サン・ベルトラン・ド・コマンジュ
   
コマンジュの聖マリー大聖堂
 St-Bertrand-de-Comminges/
    Cathédrale
   Ste-Marie-de-Comminges
    
    5 Hautes-Garonne
           
   
 
 ガロンヌ渓谷を見下ろす絶景の地で、古代ロ
ーマの時代から開けていたらしい。何処を掘っ
ても必ず遺跡に当ってしまう、と言うほど大き
な町だったという。広場の車止めにローマ式石
棺のレプリカが使われるほどだが、本物だと言
われたら信じてしまいそうな雰囲気の有る町な
のである。
 広大なコマンジュの原野からも遠望出来る聖
堂建築は豪壮だが、身廊や後陣はバットレスの
備わったゴシックである。
 だが、正面部分と身廊の西半分、さらに隣接
する回廊の柱頭などは、れっきとした12世紀
ロマネスクである。
 写真は回廊の柱頭彫刻で、植物模様や鳥など
の動物をモチーフとしている。特に中央の柱に
は四人の福音書家の像が彫られており、一際光
彩を放っている。
 見落としてならないのは、正面扉口のタンパ
ン彫刻である。東方三博士の礼拝を受ける聖母
子像と、右手を掲げる聖ベルトランの像が彫ら
れている。天使達が上から色々な小道具を持っ
て祝福しており、十二人の使徒を彫ったまぐさ
石と共に、構図の面白さが魅力である。
 
 
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トレボン聖ジュリアン教会
   Trébons-de-Luchon/
     Église St-Julien
    
    5 Hautes-Garonne
           
   
 
 サン・ゴーダン St-Gaudens の南、バニェ
ール・ド・ルション
Bagnères-de-Luchon
の町はピレネー・リゾートの中心となる町であ
る。スペイン国境は近く、アラン谷
Aran のボ
ソスト
Bossost までは峠越えの20キロ弱で
ある。
 ルションの周辺には数多くのロマネスク小教
会が集中的に密集しているので、ルションに滞
在してそれらを探訪した。

 ルションから最も近い場所に在るのが、この
不思議な名前の教会だった。美味しい!という
トレ・ボン
très bon に似ていたからだろう。
 ルションの西3キロ地点の斜面の上に建つ素
朴な聖堂で、11~12世紀の創建と伝えられ
る。
 単身廊の聖堂、半円形の後陣、単層の鐘塔、
タンパンやまぐさ石の備わった南門など、規模
は小さいがロマネスク様式が凝縮されている。
 素朴な石積みが魅力の後陣には、ロンバルデ
ィア帯とフリーズ装飾が施されており、アラン
谷への至近さを考えると、カタロニアの石工か
らの影響を考えてもよさそうである。
 彫刻も装飾もほとんど無い素朴な建築のみで
あるが、美しいピレネーの風光に溶け込んだ佇
まいは、それだけで訪ねて来た甲斐があったと
いうものだ。
 なにしろ、ルション周辺には、見るべきロマ
ネスク教会が少なくとも15箇所は在るのだ。
 
 
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サン・タヴァンタン
   聖アヴァンタン教会

  St-Aventin-de-Larboust/
    Église St-Aventin
    
    5 Hautes-Garonne
           
 
 
 ルションから西へ6キロ、主要道に面して建
つ谷一番の名刹だろう。
 三廊式長方形の聖堂で、三つの後陣と東西二
つの鐘塔を配した11世紀の建築である。
 ロンバルディア帯の美しい半円形アプスは素
晴らしいが、南側の門と壁面を飾る彫刻やレリ
ーフは一級品である。
 中でも、写真のタンパン彫刻に注目するべき
だろう。四福音書家に囲まれた栄光のキリスト
像だが、四つのシンボルをそれぞれ天使が持っ
ているという表現は珍しいだろう。
 建築、彫刻共に、ルション地区を代表するロ
マネスク教会である。
 
 
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カジョー・ド・ラルブスト
    
聖アンヌ教会
  Cazeaux-de-Larboust/
    Église Ste-Anne
    
    5 Hautes-Garonne
           
   
 
 サン・タヴァンタンから西へ3キロ、ルーロ
ン谷からアローへ抜ける峠の麓に当たる村であ
る。教会は町の西の外れ、主要道に面して設け
られた墓地の横に建っている。ロマネスクのア
ーケード窓を二層に据えた、方形の鐘塔が目印
となる。

 西正面に鐘塔が聳えるがファサードに門は無
い。塔の東側に長方形の単身廊が並び、南側の
壁に扉口が設けられていた。半円形の後陣が付
いており、この谷で見られる一連の様式だと言
えるだろう。12世紀に創建されている。

 何とも素朴なプランであり、装飾的な彫刻な
どが全く無いことで、より一層プリミティブに
感じられる。だが、壁面を擁護するために付け
られた控え壁や、張り出した軒屋根が建築の風
情を著しく損ねているのは残念である。保護の
ためには致し方ないと理解しつつも。

 聖堂内部は単身廊で二つのベイを持ち、天井
は尖頭ヴォールトで構成されている。
 祭室のドームや天井、身廊の壁など一面を覆
うフレスコ画は、ロマネスク的な要素も見られ
るが15世紀の作だそうだ。
 
 
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ベルネ(ビリエール)
    聖ベルネ教会

  Bernet (Billière)/
     Église de Bernet
    
    5 Hautes-Garonne
           
 
 ビリエールは先述のカジョーの北隣の村で、
林に囲まれた静かで平和な集落である。ベルネ
はその集落の北東端に位置するコミューンであ
る。
 写真の教会は、言われなければとても教会と
は思えぬ程素朴な、まるで倉庫か納屋のような
建物である。11世紀の建築で、初期南仏ロマ
ネスクの典型とされる。
 知らぬ間に心に沁みてくるような、静かな説
得力のある教会だ。
 そして先ず奇異に感じられるのは、長方形の
聖堂の東西両端に半円形の後陣
abside が配
されていることだろう。
 粗く不揃いな石を積み上げただけの、窓の無
い壁面が構築する小さな空間は、ロマネスク建
築の単細胞のように見える。このユニットの複
合が、一般的なロマネスク建築へと拡大するの
である。
 
 
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ベンク・デス・エ・デシュ
     
聖ジュニエ教会
  Benqué-Dessous-et-Dessus/
    Église St-Geniès
    
    5 Hautes-Garonne
           
 
 
 北側の支流である Vallée d'Oueil ドウェイ
ユ谷へと分け入って直ぐに、長たらしい名の村
がある。
 集落への急坂を登り詰めた所に建つ12世紀
創建の教会で、17世紀に大きく再建されたも
のだ。
 クリスムのレリーフがタンパンに彫られた南
門の扉口を入ると、舟底形の木造天井に覆われ
た単身廊の聖堂で、半円形のドームで作られた
祭室が東側に設けられている。
 塔・単身廊・祭室と並ぶ、この地方の素朴な
プランである。祭室のフレスコは近代の作なの
だが、入口付近に置かれた洗礼盤のロマネスク
彫刻が印象的だった。   
 
 
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サクルヴィエル
    
聖バーセルミー教会
  Saccourvielle/Église
     St-Barthélemy
    
    5 Hautes-Garonne
           
   
 
 前述のベンクとは谷を隔てた対岸の斜面に張
り付いた様な集落で、教会の鐘塔は谷の何処か
らでも眺められるシンボリックな存在である。

 創建は11世紀とも12世紀とも言われてい
るが、半円形の後陣に単身廊の聖堂、西側のフ
ァサードを兼ねた鐘塔という様式は、この地方
を歩いていれば見慣れたものである。
 れっきとしたロマネスクを感じさせるのは、
存在感を示している鐘塔だろう。
 先端は勿論後補だが、三層に施されたロンバ
ルディア帯の盲アーケード部分に、多連の開口
アーケードを配した意匠は伝統の風格すら感じ
させる建築だった。ピレネーを代表する鐘塔の
一つ、と言っておくことに決めた。

 扉口が閉まっていたので聖堂へは入れなかっ
たのだが、かなり改造されているようなので、
敢えて鍵を探そうとは思わなかった。
 境内から眺めるピレネーの山々の爽快な景観
が、そうさせたのかもしれない。

 聖堂の脇に泉の様に湧く水路が設けられてお
り、清らかな流れの音が静かに聞こえる、何と
も穏やかで詩的な雰囲気の村であった。
 
 
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メレーニュ聖ピエール教会
  Mayrègne/Église St-Pierre
    
    5 Hautes-Garonne
           
 
 
 ドウェイユ谷を更に登って行くと、村外れの
斜面にポツンと建つ小さな聖堂が目に入る。
 すっかり御馴染みの建築様式で、鐘塔・単身
廊・後陣が揃っている。11世紀創建との事だ
が、平面プラン以外はかなり後世に改造されて
いるようだ。
 南門の扉口が閉まっていたので、聖堂内部へ
は入れなかったが、壁面に施された五連の盲ア
ーケードと扉口のタンパンの名残が興味深かっ
た。窓は後世のものだろう。
 この谷最奥の村ブール
Bourg にもロマネス
ク教会が残されており、素朴な建築とピレネー
の風光を満喫できる素晴らしい地域である。
 
 
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モンゴーシュ聖ピエール教会
  Montgauch/Église St-Pierre
    
      6 Ariège
           
 
 
 後述のサン・リジェから近い谷間の奥に、こ
の小さな集落と教会が在る。
 入口の扉が閉まっていたが、鍵を管理する村
人を探すのに家人が村の外れまで行き、一人の
老婦人を伴って戻った。
 お陰で私達は内陣へと、無事入ることが出来
た。そして、祭室の天井ドームとそれに続く半
円アーチ天井に描かれた、美しいフレスコ画を
ゆっくりと鑑賞したのだった。
 かなり剥落が激しいが、色彩は意外と鮮やか
に残っている。かなり修復の手が入っており、
中央のキリストの顔は失われている。しかし大
方の像容は破壊されておらず、キリスト像の周
囲に描かれた天使や聖人像には、ロマネスクの
図像としての親しみを感じてしまう。
 ドームの下には御訪問や磔刑が描かれ、天井
の部分には聖ペテロの逸話などを見る事が出来
る。いずれも、かなりの表現力を持った傑作で
あった。
 まことに静かで素朴な里で、フランスの田舎
を旅する事の魅力に満ちていた
 
 
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サン・リジェ旧大聖堂
  St-Lizier/
   Ancienne Cathédrale
    
      6 Ariège
           
   
 
 狭い通りの両側に木組みの家々が並ぶ、雰囲
気の良い古い街である。この聖堂は12世紀創
建だがかなり修復されており、祭室、小祭室及
び回廊だけが当時のままである。
 中央祭室の丸天井から壁面一杯に、やや剥落
してはいるものの、大変シックで物静かな色使
いのフレスコ画が残っていた。
 天井のキリスト像にはやや後世の手が入って
いるようだが、壁面に描かれた八人の預言者達
の像や、その下段のマリア伝などは12世紀の
ものである。
 写真は「受胎告知」で、聖母マリアと大天使
ガブリエルを描いてある。濃紺が際立って美し
く感じられたが、抑えた色調がさらにレヴェル
の高い美意識を感じさせる。右隣には、全く同
じ色調の「訪問」が描かれていた。
 回廊は一本と二本の柱が交互に続くという、
変化に富んだ設計だが、半円アーチで仕切られ
た中庭は、雑草が生え荒廃していた。しかし、
柱頭の彫刻は見事で、その複雑で繊細な意匠は
見ていて飽きない。 
 
 
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ヴァル聖母教会
   Vals/Église Notre-Dame
    
      6 Ariège
           
 
 
 トゥールーズの東南に位置するこの教会は、
先ずその異様な佇まいに驚かされる。岩山と一
体化して建つ城砦のようでもあり、教会の入口
は何と洞窟へ入るように狭い。
 しかし、一歩堂内に入れば、そこはプレ・ロ
マネスク時代のクリプトである。そして祭室に
当るサン・ミシェル礼拝室の天井に描かれたフ
レスコ画の壮麗さに思わず目を見張らされてし
まう事になる。
 剥落が激しいが、鮮烈な色彩が残っており、
フレスコ好きにはたまらない空間である。
 蒲鉾形の天井や梁に、ピエール、マタイ、ア
ンドレ、ルカといった聖人達や、多くの天使、
受胎告知の場面などが明快な輪郭線で描かれて
いる。
 上ばかり向いていたので、すっかり首筋がく
たびれてしまった。   
 
 
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ユナック聖マルタン教会
   Unac/Église St-Martin
    
          6 Ariège
           
  
 
 異端カタリ派がたてこもった山上の城砦モン
セギュール
Montsegur へ登った後、私達は
更に山を越え、ピレネーの山裾に在るこの村を
訪ねた。
 スペインやアンドラとの国境にも近い、風光
明媚だがまことに山深い辺境の村であった。
 鐘塔部分は11世紀、後陣・祭室部分は12
世紀築造とのことだが、確かにアンドラなどで
見たピレネー山中のロマネスク建築に共通して
いる。
 単身廊に袖廊が付いた十字形の聖堂で、袖廊
の手前に塔が付いた形になっている。
 内陣はかなり修復されて小綺麗になっている
が、創建当初からのものと思われる柱頭彫刻が
何個か見られた。それは、モアサックの回廊の
彫刻を連想させるほどの、優れた表現力を示し
ていた。特に、獅子をモチーフにしたものが出
色だった。
 西側のファサードは破壊されたようで、見所
は自ずと後陣と鐘塔である。周囲の山並みをも
取り込んだ景観が美しかったが、素朴さの中に
秘められたロマネスクならではの、洗練された
フォルムの素晴らしさが感じられたことが、何
よりもて嬉しかった。 
 
 
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