英国(南部)
  のロマネスク
 Romanesque
   in South Britain
 
   
 
   ケルトの石造十字架  Celtic Cross
   
Church of SANCREED (Cornwall) 
 
 キリスト教の定着していた8~9世紀にかけ
て、バイキングが波状的に来襲した。デーン人
とアングロ・サクソンがイングランドを分割し
た後、さらにノルマンが上陸して征服した。
 ロマネスクの時代は、王権を巡る様々な争い
が繰り返される時代でもあったが、反面あらゆ
る文化や芸術活動が活気に満ちていた時代でも
あった。
 様々な民族の文化が融合された英国のロマネ
スクには大陸とは一味違った面白さがある。
 だが、歴史の悲劇はカトリックとプロテスタ
ントの激しい対立を生み、ロマネスク以前の多
くの古い文化財が破壊されてしまった。
 ロマネスクの微かな痕跡を求めて、イングラ
ンド南部からウェールズへと旅をした。
 
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  ロチェスター大聖堂
  Rochester/Cathedral

         
Kent (England)

        
   
 
 カンタベリー Canterbury とロンドンの中
間に位置にあるこの町は、12世紀の城を中心
とした城下町であった。
 城壁に登れば、この壮麗な大聖堂建築の全貌
を眺望出来る。
 この城や大聖堂を創建したのは、ロンドン塔
を設計した
Gundulf で、この地の主教だった
11世紀の人だそうだ。
 大半がネオゴシックの再建だが、正面入口の
ファサードは12世紀ロマネスク時代のもので
ある。

 このタンパンには、四福音書家のシンボルに
囲まれた栄光のキリスト像等が彫られている。
 ヴシュールは繊細で端正な装飾であり、円柱
に彫られた細長い人物像はフランスの影響を受
けている。
 身廊の下部とトリビューンは太い柱によって
支えられており、随所にノルマン的な装飾や意
匠が見られる。
 12世紀の回廊の跡が残っており、ノルマン
らしいアーチが残されている。
 
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 パトリックスブーン
       
聖マリー教会
  Patrixbourne/
      St.Mary's Church
 
 
        
Kent (England)

        
    
 
 ケント地方はロンドンに近い割には牧歌的な
雰囲気を残しており、ハーフティンバーの木造
家屋が続く町並みが残っていたりする。
 この愛らしい村もそんな一つで、前出のバー
フレストンから更に北へ少し行った所にある。
 町外れの森に囲まれたこの教会は、木造の切
妻屋根に尖塔が立っており、とてもロマネスク
時代の聖堂とは思えない。

 しかし墓地を抜けて南側の入口に立った時、
写真のような見事な門を発見した。
 半円アーチの重厚なヴシュールに囲まれたタ
ンパンや柱頭彫刻の有る柱から成る門の姿は、
フランスなどで見た典型的なロマネスク様式で
あることが嬉しかった。
 渦巻き状になった蔓草の中に、人間の顔や鳥
等の動物が埋め込まれた意匠が、連続して半円
アーチ装飾の外側を飾っている。何処かに、ケ
ルトのイメージが残っているのだろうか。
 タンパンは、四福音書家のシンボルに囲まれ
た栄光のキリスト像だが、これは少しだけ新し
いものかもしれない。
 
 
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 バーフレストン聖ニコラス教会
  Barfreston/Church
        of St.Nicholas
 

        
Kent (England)

         
 
 
 ドーヴァーから少し北に入った小さな村に、
写真の奇妙な教会建築が建っていた。
 聖堂内部には繊細なアーチ装飾が残されては
いたが、壁はすっかり修復されてややイメージ
に合わない。
 しかし、この後陣や側面の外壁は、連続する
盲アーチや軒持ち送り彫刻や小さなレリーフ彫
刻などで飾られていて、独特の雰囲気だった。
 軒持ち送りの彫刻は、フランスのサントンジ
ュやアイルランドなどで見られるような、ケル
トのイメージに近い人間や動物の首をアレンジ
した意匠だった。
 上部の薔薇窓がさらにユニークだった。転法
輪のような柱で区切られた中にステンドグラ
スが嵌め込まれ、輪郭に動物や植物の精密な模
様が彫り込まれている。
 余り洗練された建築ではないが、奇妙に印象
に残るデザインの聖堂だった。  
 
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 クレイトン洗礼の聖ヨハネ教会
  Clayton/Church of
      St John the Baptist
 

         
West Sussex (England)

         
    
 
 教区教会 (Parish Church) と表記されて
いるが名ばかりで、まるで山小屋か個人の礼拝
堂みたいに何とも粗末な教会建築だった。
 ブライトン
(Brighton) の北6マイルほど
の、田園地帯にある寒村の外れである。
 運良く扉が開いていたので、鍵の心配も無く
堂内へ入ることが出来た。
 狭い方形の聖堂で、祭室との境界は半円アー
チ門の壁で仕切られている。祭室部分は後世の
追補だろう。
 仕切り壁の表裏と身廊手前の両側壁面に、ロ
マネスク期のフレスコ壁画が保存されている。
 ロマネスク・アーチの上部に描かれているの
は、両側から天使に支えられた玉座のキリス
ト像だ。技法はやや稚拙だが、大胆な構図と躍
動的な描写が面白い。
 さらに左右両側の壁へと、聖人像や逸話が展
開されていく。壁の天地巾が広がるほど人物も
細長くなるところは、いかにもロマネスク的で
はないか。
 損傷や退色が激しいので、図像の主題がはっ
きりしないのが残念だったが、建築が修復され
る中で壁に描かれたフレスコ画が今日まで保存
されてきた事については、奇跡的という言葉し
か思いつかない。  
 
 
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 オールド・ショアーム
       聖ニコラス教会

  Old Shoreham/
    Church of St Nicholas
 
 
        
West Sussex (England)

         
  
 
 西サセックス州にはロマネスクの小教会が点
在しており、私たちはブライトンの町に滞在し
ながら探訪を楽しんだ。
 ショアームは海岸の町で、教会は入江に沿っ
て少し山手へ入った閑静な場所に建っていた。
 かつては単身廊十字形で三つの半円形祭室の
あるプランだったのだが、半円部分に英国式の
方形祭室が継ぎ足されたのだという。
 身廊と翼廊の十字交差部分にロマネスク鐘塔
が建っており、その下部は方形の空間となって
いて、写真のように半円多重アーチが四方を囲
んでいる。
 石材がいかにも古そうで、みるからに重厚な
雰囲気が感じられた。
 猫や人面など、ややケルティックな図像も見
ることができる。
 
 
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 ステイニング
    聖アンドリュース教会

  Steyning/Church
       of St Andrews
 

        
West Sussex (England)

          
   
 
 ショアームの北数マイルにある町で、美しい
木組みの家並みで知られている。古い民家のた
たずまいを楽しみながら町の北へと歩くと、林
に囲まれた墓地の奥にこの教会が建っていた。

 現在残っている建物は、大半が15~16世
紀のものであり、ロマネスク時代のものは写真
に写っている身廊の柱とアーケード、祭室との
境界アーチ壁、それに外壁の一部と南側の扉口
だけなのである。
 この円柱が片側三本だけの小規模な身廊なの
だが、その割には太く豪快な素朴さがとても良
い。
 アーケードの輪郭に彫られた飾りアーチが唯
一の装飾となっている。

 身廊と祭室を仕切るアーチ壁が、この教会で
は最も古い部分で12世紀初めの遺構らしい。
しかし漆喰で壁面が塗り固められているので、
はあそうですかとしか言いようが無い。
 アーチの下の柱頭に渦巻状の植物模様が彫ら
れているのが、微かにそれを証明しているかも
しれない。  
 
 
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 ハーダーム聖ボトルフ教会
  Hardham/Church
         of St Botolph
 

         
West Sussex (England)

          
 
 
 ステイニングから更に西北へ約10マイル行
ったあたりに、この田園の集落がある。ここも
村の集会場みたいに小さな聖堂で、何故西サセ
ックス地方にはこの様な小さい教会ばかりが残
っているのかが疑問に思えた。
 大掛かりな改修の対象外で、小さい教会だけ
が残ったとも言えるかもしれない。
 単身廊の小堂で、祭室の仕切り壁も含め、身
廊から祭室まで全ての壁にフレスコが描かれて
いる。
 写真は仕切り壁に描かれた「受胎告知」で、
微かにブルーの色が残っている。
 教会の説明では12~13世紀頃の作と記さ
れているが、いずれも後世に修復されたことは
確かなようだ。
 アダムとイブ、訪問、エジプト逃避、などと
いった聖書の重要なモチーフが描かれている。
 
 
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 チチェスター全聖人教会
  Chichester/Church
          of All Saints
 

         
West Sussex (England)

           
    
 
 1990年の正月休みに、ストーンヘンジや
ランズエンドを目的に、
West Country 英国
の西を旅したことがあった。その時、ここと前
出のロムゼイを訪ねたのである。
 英国にはロマネスクは残っていないとばかり
思っていたので、現地で知ったこの二つのロマ
ネスクとの出会いは唐突ではあったが感激的だ
った。
 私達はこの教会と町の佇まいが気に入って、
マーケットクロスの在るチャーミングな旧市街
のホテルにその晩一泊してしまったのだった。

 聖堂の外壁建築は後世に大改修されているの
だが、身廊の柱の全てと壁面の一部はれっきと
したロマネスク様式である。躍動的だがすっき
りとした意匠で、トリビューンの有るアーチ列
が格別美しく感じられた。
 特筆すべき石造レリーフが壁にかかっている
のだが、ガラスケースに覆われていて写真は失
敗した。ラザロの蘇生という奇跡の場面で、キ
リストや使徒の群像がいかにもロマネスク的な
素晴らしい彫刻だった。再訪を期してから、も
う何十年も経ってしまった。
 
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 イースト・メオン全聖人教会
  East Meon/ Church
         of All Saints
 
 
        
Hampshire (England)

         
 
 
 このチャーミングな町は、Portsmouth ポー
ツマスの北約14マイルの丘陵地帯にある。
 藁葺屋根の風情豊かな民家を見ながら、町外
れの教会まで歩いた。
 十字形の単身廊だが、南側にのみ側廊が設け
られている。鐘塔とその下の身廊交差部、南面
の扉口だけがロマネスク様式だが、再建された
ものらしい。
 ここでの目的は、西の扉付近に置かれた石造
の洗礼盤である。立派な四脚の基礎に載り、分
厚い石がくり抜かれている。
 見所は四方の側面に彫られた彫刻で、アダム
とイブの物語が絵巻物のように連続した場面と
して描かれているのである。
 写真は側面の一つで、天使からアダムは鍬で
耕す事を、イブは糸を紡ぐ事を教えられる場面
である。
 こんな見事な彫刻の施された洗礼盤は珍しい。
 
 
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 ロムゼイ修道院附属教会
  Romsey/
Abbey Church
 
 
        
Hampshire (England)

         
    
 
 歴史の深い港町 Southampton サザンプ
トンの西北15
キロに在るこの町は、10世紀
初頭に創建された女子修道院
(Nunnery)
中心にして発展した。
 12世紀には最盛期を迎えたが、その後の修
道院廃止令により衰退したという。しかし、こ
の附属教会だけは教区教会
Parish Church
して存続したので、この美しいロマネスク時代
のノルマン建築遺構を、今日こうして見る事が
出来る、と案内に書いてあった。
 確かに、単純だが大らかで、随所に装飾を施
したノルマンらしい見事な建築である。

 写真は、身廊と翼廊の十字交差部で、三層の
アーチがトリビューンや高窓を構成していて壮
大な空間を形成している。
 太い柱の三廊式で、左右の翼廊に小礼拝堂が
付いている。建築は全体的に、武骨で愛嬌は無
いが、質実な美しさに満ち溢れていた。
 柱頭の彫刻に興味があったが、かなり高い所
にあるためによく見えないのが残念だった。
 
 
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 セント・ジャーマンス
     小修道院教会

  St Germains/Priory Church 

        
Cornwall (England)

             
 
 英国南西部のコーンウォールには、ほとんど
ロマネスク教会の遺構は残されていない。ケル
トとアーサー王伝説に彩られた夢多き場所だっ
たが、宗教的には辺境の地だったのだろうか。
 プリマスから入り江に沿って10マイルほど
西に行くと、急斜面の上にこの町がひろがって
いる。
 教会の大半がゴシックに改造され、鐘塔を見
てもロマネスクの片鱗すら見えなかった。
 現在の扉口が南側に開いているので、この西
正面は死角となっていたのだが、行って見て驚
いた。何たる重厚な門の装飾なのだろうか。
 12世紀ノルマン、と説明には書いてある。
 七重ヴシュールのアーチ飾りは損傷が激しい
が、それでも創建当初の図抜けた意匠の迫力を
今日まで十分伝えている。
 
 
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 エクセターエクセター大聖堂
   Exeter/Cathedral of
       St Mary & St Peter
 
 
        
Devon (England)

            
 
 
 ゴシックの大聖堂として有名だが、創建は1
0世紀前半、サクソン人の教会が11世紀半ば
には大聖堂として認められる、という起源を有
している。
 11世紀前半になって、ノルマン人が彼等の
ための大聖堂を同じ場所に建てた。写真の、袖
廊左右に立つ二本の塔は、その当時の遺構であ
る。イングランドの大聖堂では珍しいプランだ
ったようだ。大小の盲アーケードなど、ノルマ
ン様式の装飾を見ることが出来る。
 13世紀以降に、初期イングランド調とゴシ
ック様式を併せた改築が進み、世界最長とも言
われるゴシック・アーチ天井を誇る大聖堂が誕
生した。人智を超えた仕業に驚愕したが、表に
出て見上げたノルマンの塔に、懐かしくも落ち
着いた親しみすら感じたものだった。
 
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  ブラドフォード・オン・エイヴォン
        聖ローレンス教会

   Bradford-on-Avon/
      Church of St Lawrence

        
Wiltshire (England)

             
 
 
 織物産業で栄えたこの町の起源は古く、エイ
ヴォン川に沿って広がっている。川に架かるタ
ウン・ブリッジは礼拝堂のある魅力的な中世の
石橋だ。
 この石橋の少し下流に、英国で最も美しいサ
クソン教会の一つと言われるこの建築が残って
いる。
 教会の起源は7~8世紀だが、完成したのは
1001年とされている。
 建築は、単身廊バジリカの北側に扉口が張り
出したような格好になっており、南側にも狭い
アーチの扉口が開いた、何ともプリミティヴな
聖堂である。
 写真は後陣部分で、高い壁の上部に連続する
盲アーケードが彫られている。
 祭室の内壁に架けられた左右二つの天使石像
は、サクソン彫刻である。
 
 
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 マームズベリー
     
マームズベリー修道院
  Malmesbury/
     Malmesbury Abbey
 
 
        
Wiltshire (England)

             
 
 太い円柱が並ぶ三廊式の聖堂は、トリビュー
ンより上の採光窓や天井などがゴシックに改造
されている。曲線が少なく、方形を基本とした
英国の聖堂プランは、何度見ても今ひとつ気に
入らないままだ。
 しかし、ここには目を見張るような逸品があ
った。
 南の扉口の左右内壁に、写真のようなレリー
フが飾られていたのである。タンパンの様に見
えるのだが、この部分はロマネスク時代からあ
ったらしい。
 彫刻はやや写実的でゴシックの影響が混在す
るが、素朴さの残る素晴らしい彫りである。
 左右に六人づつ、十二使徒の像が彫られてい
るのだ。上部の空間を天使の像で埋めるという
意匠も秀逸だ。
 
 
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 ケニントン聖スウィシンス教会
  Quenington
/ Church
         of St Swithins
 
 
 
      
Gloucestershire (England)
             
 
 
 バイブリー (Bibury) に泊まり、蜂蜜色を
したコッツウォーズの村や町を歩いていた或る
日、ロマネスクが残るというこの村の教会へ何
気なく行ってみた。
 村の礼拝堂のような規模が好ましかったが、
予想通り教会の建物は後世に修復されている。
 しかしロマネスクは、南北両側の扉口にしっ
かりと生きていた。
 タンパン、飾りアーチ、柱頭、装飾柱などに
施された彫刻が、門全体として保存されている
のだ。幾何学模様や連続模様を中心として、技
巧的でないおおらかさが素晴らしい。
 写真は南門のタンパン彫刻で、聖母マリアに
戴冠するキリストと、四福音書家の象徴が彫ら
れている。
 ロマネスクらしい好みの彫刻に出会うことが
出来た。
 北門のタンパン彫刻は、地獄のキリストが主
題となっている。  
 
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  セント・オールバンズ
     聖オールバンズ大聖堂

   St Albans/Cathedral
        St Albans
 
      
Hertfordshire (England)
             
   
 
 ロンドンの北郊外にあるこの町へは、ロンド
ン滞在中には上手く行く機会を作れなかった。
 しかし、幸運は掴み取るもので、帰国当日に
出来た少しの時間の余裕を利用して、空港へ直
行せず寄り道をしたのだった。
 ここ聖オールバンズの殉教地に修道院が建て
られたのは8世紀だったが、11世紀にサクソ
ン様式に立替えられた。
 建築中央の鐘塔や翼廊部分には、煉瓦が積ま
れているのが最大の特徴だろう。
 ゴシック的な改造が繰り返されたので、当初
の面影を探すのが大変だが、三廊式身廊の北側
の列柱と壁面には11世紀サクソン建築の姿を
見ることが出来る。写真がその部分である。
 単純だが質実なアーケードから、初期サクソ
ンの美意識を感じ取ることが出来そうだ。
 柱のフレスコ画は近年発見されたもので、宗
教改革時に塗り込められていたものだそうだ。
ボランティアのガイド女史がロマネスク時代の
ものと説明してくれたが、どう見ても13世紀
以降のゴシック色の強いものではないか、と感
じた。
 すぐ近くの
 Dinton という美しい家並のあ
る町にも寄ったのだが、ヒースローまでの渋滞
にハラハラもさせられたのだった。
 
 
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 イフリー聖マリア教会
  Iffley/Church of St. Mary 

      Oxfordshire (England)
             
 
    
 
 オックスフォード郊外東南端に位置する閑静
な町で、すぐ近くをテームズ川が流れている。
 教会は林に囲まれた森厳な場所に建てられ、
歴史在る雰囲気を肌で感じることが出来る。

 イングランドに於けるノルマン様式教会の傑
作のひとつ、とミシュラン・ガイドブックにあ
ったが、確かに12世紀後半に創建されたノル
マン教会の特徴を良く伝えていると思う。

 写真は西側の正面からの眺めで、美しいファ
サードの意匠、柱頭の無いジグザグ紋様の扉口
アーチ装飾、上部のアーケードなどが、巧妙な
バランス感覚で配されている。中央の塔の姿も
ノルマンらしさを感じさせる。

 単身廊の聖堂で、中央に鐘塔が設けられ、一
番奥に祭室が一列に繋がっている。
 聖堂内の見所は鐘塔部分の仕切りアーチで、
身廊と祭室それぞれの境界に設けられている。
アーチの装飾が、ここでもノルマン特有のジグ
ザグ紋様になっている。

 現在の後陣は方形だが、13~15世紀に改
造された際に、創建時の半円形後陣が失われた
のだそうだ。当時流行のイングランド様式、と
いうものだったのだろう。
 美意識は不滅、と信じているが、時代で変化
する部分も大いに有りそうだ。 
 
 
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 ロンドン福音書記の
   聖ヨハネ礼拝堂 (ロンドン塔)

  London/Chapel of St John
      the Evangelist
 
 
        London (England)
             
 
 
 ロンドン塔へは、若い頃に初めてロンドンを
訪ねた時以来、近寄りもしなかった大観光地で
ある。
 ここにロンドン最古のノルマン教会が在る事
を、うかつにもつい最近まで知らなかった。
 ロンドン塔の中心、
White Tower ホワイト
・タワーの3階に、この礼拝堂が在る。
 創建は1080年で、ほぼ当時のまま残され
ている。
 三廊式の身廊、太く豪快な円柱、素朴な柱頭
と二段のアーケード、周歩廊、そして円筒ヴォ
ールトの天井。こんな魅力的な聖堂を何故知ら
なかったのだろうか。眼からウロコのロンドン
滞在となってしまった。   
 
 
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 ノーリッチ大聖堂
  Norwich/Cathedral 

        
Norfolk (England)

             
   
 
 イングランド中部のダーラム Darham
並んでアングロ・ノルマン様式を代表する堂々
たる大聖堂である。基礎は11世紀の創建で、
現在見る事の出来るアーチ天井は15世紀半ば
に完成している。
 聖堂は三廊式十字形で、祭室には周歩廊と放
射状小祭室があり、14本の列柱で仕切られた
身廊アーケードの長さは、壮麗な天井の美しさ
と共に圧巻である。
 創建当初のロマネスクの姿はトリビューンま
でで、それより上の採光窓部分と天井はゴシッ
ク様式になっている。
 写真は、後陣周歩廊の北側部分である。半円
横断アーチや天井の交差穹窿、壁面下部の連続
する盲アーケードなどにロマネスクならではの
簡素な造形美を見ることが出来る。
 この聖堂を背後から眺めた姿は、ゴシックと
のごちゃ混ぜとはいえ、特に後陣の小祭室部分
と鐘塔がまことに華麗な絵となっていた。
 反面、宗教が創出する想像を絶するような非
人間的スケールの聖堂が、信者をして果たして
どこまで神の世界に近付き得たのか、を考えざ
るをえなかった。
 
 
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  キャスル・エーカー
        小修道院跡

   Castle Acre/Priory

         
Norfolk (England)   

             
 
 ノーリッチの西方28マイルに Swaffham
の町があり、ここはそこから北へ数マイル行っ
た田園地帯の城下町である。
 この修道院遺跡は町外れの草原の中に、今は
静かに眠っているように見えた。
 多くの建造物のあった修道院だが、ほとんど
が礎石や基礎を残すのみである。
 修道院付属教会の西正面ファサードだけが、
写真のように唯一昔日の面影を伝えている。

 重なり合った盲アーケード装飾がノルマン的
であり、これを全面に用いた意匠は、今でもと
ても鮮烈な印象を受ける。
 教会堂は三廊式十字形であったらしく、11
~12世紀に建造されたという。
 扉口の奥が身廊なのだが、円柱の礎石と崩落
した両側の壁が残るのみだった。
 しかし、廃墟や遺跡の好きな小生には、精神
が浮遊出来るたまらない世界だった。
 
 
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 イーリー大聖堂
  Ely/Cathedral 

      Cambridgeshire (England)

             
    
 
 この大聖堂の建築はノルマン主教シメオンと
いう人が1189年に完成させたもので、ノル
マン・ロマネスクの傑作とされている。
 しかし、ここでもゴシック以後の改修が激し
く、身廊と翼廊、八角塔の一部以外は全てロマ
ネスクではない。
 身廊は三層で、二階トリビューンの上に採光
窓の階が設けられている。
 身廊の天井はファン・ヴォールトと呼ばれる
扇形の構造として知られるが、これは14世紀
以降の構造様式である。
 身廊の円柱が豪快であり、交差穹窿の天井を
持つ側廊が最もロマネスク的だ。

 南側の側廊に、二つの特別な扉口が造られて
いる。一つは翼廊脇の
Monk's Door で、か
つては回廊へ続く門であった。細密なレリーフ
彫刻が見事だった。
 もう一つは写真の門で、
Prior's Doorway
と呼ばれているので、修道院長が入るためのも
のなのだろうが、こちらもかつての回廊へと通
じていた。
 円柱や装飾アーチの彫刻は精密な模様のノル
マン彫刻で、いずれも見るからに壮麗な門とな
っている。
 タンパンの彫刻は、天使に支えられた玉座の
キリスト像である。深く彫り込まれている傑作
だが、ロマネスクならではの大らかな表現には
やや欠けているような気がした。
 
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 アーディスリー
    マグダラの聖マリア教会
  Eardisley/Church of
      St Mary Magdalene

    Hereford and Worcester (England)

             
 
 
 ウェールズ国境周辺に分布する小教会群のひ
とつで、訪ねた際の印象は正直教会を間違えた
かと思った。それほどロマネスクとは縁の遠そ
うな、村のゴシック礼拝堂に過ぎなかったから
である。
 唯一の見所が写真の洗礼盤で、扉口を入って
直ぐの所に置かれていた。
 12世紀のものだが、彫りの深い緻密な意匠
が彫り込まれている。土台の付いた盃型で、彫
刻のテーマは「黄泉(よみ)へ下ったキリスト」
である。霊魂の救済や、悪魔との戦いが描かれ
ている。
 写真はアダムを救済するキリストの像で、複
雑な蔓草紋様が劇的な場面を演出している。
 
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 キルペック聖マリー
      聖デヴィッド教会

  Kilpeck/Church of
       SS Mary and David
    

     Hereford and Worcester (England)

              
   
 
 この教会の外観を見た人は、半円の後陣以外
にロマネスクを予感させる要素はほとんど無い
と思うだろう。しかし、このちっぽけな聖堂に
は、色んなロマネスクの魅力がびっしりと詰ま
っていたのだった。
 単身廊の小さな聖堂は、横断する二つの半円
アーチで三つの空間に仕切られている。
 最初のアーチの両側の柱に、片側三人づつ縦
に並んだ使徒像が彫られていた。鍵を持ってい
るのが聖ペテロである事しか判らなかったが、
ロマネスク的な風貌とゴシック的な細長い体躯
とが融合して、味のある造形となっている。

 写真は南側の扉口である。赤い石が使用され
ているので、やや風変わりな印象を受けるが、
彫りは鋭く見事な装飾だ。図像がくっきりし過
ぎているのは、近年少し洗われたのかもしれな
い。それにしても、見事な門である。
 両側の柱に彫られた蔓草に絡んだ人物像や、
大蛇か龍のような図像の生々しさや、飾りアー
チの帯に彫られた奇怪な動物やメダイオンの面
白さは尋常ではない。
 後陣の軒持ち送りに彫られた一連のユニーク
な彫刻群も含め、英国では久しぶりにロマネス
クを満喫させてもらったのだった。
 
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 ロールストーン聖ピーター教会
  Rowlestone/Church of St Peter 

    Hereford and Worcester (England)

              
 
 
 一連の小教会のひとつで、他と同様に何でも
ない田舎の礼拝堂としか見えない。
 ここにはロマネスク的な彫刻が、意外に多く
残されている。
 ひとつは南側扉口のタンパンで、四天使に囲
まれた栄光のキリスト像である。暗くて像容が
はっきりしなかったが、天使の翼や衣の襞の表
現は非凡である。
 もうひとつが、堂内の身廊と祭室の境界に設
けられた凱旋門の彫刻である。
 アーチを受け止める左右の柱頭に、写真のよ
うな個性的な彫りと意匠が見られた。
 タンパンの彫りと似ているので、同じ時代の
同じ工房による作品かもしれない。
 柱頭の意匠はほぼ左右対称だが、何故か聖人
と天使の像が、並立する左柱頭と比べ、写真の
右柱頭では倒立している。  
 
 
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 ケンプリー聖マリー教会
  Kempley/Church of St Mary     

    Gloucestershire (England)

              
    
 
 イングランド南西部のグロスターからウェー
ルズ国境にかけて、ロマネスクの彫刻や壁画を
伝える小さいが個性的なな教会が多数点在して
いる。
 ここもその一つで、方形の鐘塔の下が祭室に
なっており、そこに二つの部屋が繋がっただけ
の何ともお粗末な建築である。
 しかし、祭室の天井から壁一面、さらに仕切
りのアーチ壁にまでびっちりとフレスコ画が描
かれていたのだ。
 写真は、仕切りアーチの向こうに、祭室の壁
と天井を眺めたものである。
 フレスコは赤色が主体となっており、他の色
はかなり退色している。天井には四福音書家の
シンボルや、大勢の天使たちに囲まれた栄光の
キリスト像が鮮やかに残っている。
 両側の壁には十二使徒が描かれており、こん
な狭い空間の中であたかも曼荼羅のように、新
約聖書の世界が創出されていたのである。
 今日まで残ったロマネスクの教会には、小さ
なところが多いのだが、小さいが故に宗教改革
や修道院破壊の嵐といった網の目から逃れ得た
のだろうと思う。
 
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 セント・デイヴィッズ大聖堂
   St David's/Cathedral     

     Dyfed/Pembrokeshire (Wales)

             
 
 
 憧れのウェールズを歩く機会を得たのだが、
古代の巨石遺跡ばかりを追いかけたために、ロ
マネスクは手薄になってしまった。
 イングランド同様に、大半のロマネスク教会
は修復されてしまっているので、何箇所か訪ね
たのだが正直がっかりする所が多かった。
 そんな中で抜群の存在感を示していたのが、
ペンブロークシャーの最先端にあるこの町の大
聖堂だった。
 教会の起源は6世紀にまでさかのぼるが、現
在の建築は12世紀後半に建てられたもので、
その後多くの改修や増築を繰り返してきた。
 三廊式十字形の聖堂で、堂内ではアーチ列柱
だけがロマネスク様式である。
 写真の西正面ファサードには、ロマネスクの
扉口と盲アーケードがあり、紫色の石材が特異
な印象を与えている。
 
 
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 カリューケルト十字架
  Carew/Celtic Cross     

    Dyfed/Pembrokeshire (Wales)

              
   
 
 セント・デイヴィッズから半島を南へ向かう
と、ミルフォード
Milford の入り江に出る。
 この町はその水辺の南東端にあり、14世紀
初めの瀟洒な城館で知られている。
 城へ通じる門を入ったすぐ右側に、写真のシ
ンボリックなケルトの十字架が建っていた。
 11世紀に西ウェールズを統治した、何と読
むのか
Maredudd ap Edwin を祝福して建て
られたのだという。
 日輪のついた頭部のケルト十字は、肩の部分
で太い軸柱に接続されている。何とも妙な意匠
の十字架があったものだ。
 表面に彫られた模様は、いかにもケルトらし
い組紐模様や北欧の幾何学模様である。同じ様
な模様が、裏面にもびっしりと彫られている。
 アイルランドにはケルズの書など多くの写本
が伝えられているが、細密な模様は写本の影響
によるものだろう。
 精密であればある程神聖であっただろうし、
荘厳の証しとなったのだろう。
 ウェールズの歴史的モニュメントとして指定
されており、各種のパンフレットの表紙を飾っ
ているのを幾つも見た。
 
 
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 フィットフォードケルト十字架
  Whitford/
    Maen Achwyfan
Cross
        

    
Clwyd/Flintshire (Wales)

             
    
 
 コンウィ(Conwy)とチェスターのほぼ中間
に、フィットフォード
(Whitford)という町が
ある。
 ここから1マイル西の小麦畑と牧草地が続く
雄大な景色の中に、この十字架がすっくと、し
かも孤独な姿で立っていた。
 十字架の名前が
Maen Achwyfanと記さ
れていたが、何と読めば良いのか見当もつかな
いので、ふり仮名は書かないことにした。第一
ここの州名の
CLWYD ですら、どう読めば良い
のだろうか。クルーイドと記した地図をみたこ
とがあるが、正しいのかはわからない。

 高さ4m弱の堂々とした石造十字架で、彫刻
がとても鮮明に残っている。コーンウォールの
もの(当サイトの表紙参照)に比べると、十字
の日輪部分がアイルランドのものに近い。
 軸部に彫られた装飾模様は布目模様や渦巻、
十字を変形させた幾何学模様などが中心で、と
てもケルト的なデザインである。

 この地域にはケルンや古墳が密集しており、
古代人の祭祀の場であったのだろう。この十字
架はもちろん中世のものだが、ケルトが古代の
巨石文化圏を自分達の祭祀の場として共有して
いたことは間違いない。   
 
 
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