英国(南部)のロマネスク
      Romanesque in South Britain
       

   キリスト教の定着していた8〜9世紀にかけ
  て、バイキングが波状的に来襲した。デーン人
  とアングロ・サクソンがイングランドを分割し、
  その後さらにノルマンが上陸して征服した。
   ロマネスクの時代は、王権を巡る様々な争い
  が繰り返される時代でもあったが、反面あらゆ
  る文化や芸術活動が活気に満ちていた時代でも
  あった。
   様々な民族の文化が融合された英国のロマネ
  スクには、大陸とは一味違った面白さがある。
   だが、歴史の悲劇はカトリックとプロテスタ
  ントの激しい対立を生み、ロマネスク以前の多
  くの古い文化財が破壊されてしまった。
   ロマネスクの微かな痕跡を求めて、イングラ
  ンド南部からウェールズへと旅をした。





   ケルトの石造十字架

   Celtic Cross
   Church of
SANCREED
   (Cornwall)
     

          
          
     ロチェスター大聖堂
       Rochester/Cathedral

                          Kent (England)

       
   カンタベリー (Canterbury) とロンドン
  の中間に位置するこの町は、12世紀の城
  を中心とした城下町であった。
   城壁に登れば、この壮麗な大聖堂建築の
  全貌を眺望出来る。
   この城や大聖堂を創建したのは、ロンド
  ン塔を設計した
Gundulfで、この地の主教
  だった11世紀の人だそうだ。
   大半がネオゴシックの再建だが、正面入
  口のファサードは12世紀ロマネスク時代
  のものである。

   このタンパンには、四福音書家のシンボ
  ルに囲まれた栄光のキリスト像などが彫ら
  れている。
   ヴシュールは繊細で端正な装飾であり、
  円柱に彫られた細長い人物像はフランスの
  影響を受けている。
   身廊の下部とトリビューンは太い柱に支
  えられており、随所にノルマン的な装飾や
  意匠が見られる。
   12世紀の回廊の跡が残っており、ノル
  マンらしいアーチが残されている。
   

               
               
     パトリックスブーン聖マリー教会
       Patrixbourne/St.Mary's Church

                        Kent (England)

         
   ケント地方はロンドンに近い割には牧歌的な雰
  囲気を残しており、ハーフティンバーの木造家屋
  が続く町並みが残っていたりする。
   この愛らしい村もそんな一つで、前出のバーフ
  レストンから更に北へ少し行った所にある。
   町外れの森に囲まれたこの教会は、木造の切妻
  屋根に尖塔が立っており、とてもロマネスク時代
  の聖堂とは思えない。

   しかし、墓地を抜けて南側の入口に立った時、
  写真のような見事な門を発見した。
   半円アーチの重厚なヴシュールに囲まれたタン
  パンや、柱頭彫刻の有る柱から成る門の姿は、フ
  ランスなどで見た典型的なロマネスク様式である
  ことが嬉しかった。
   渦巻き状になった蔓草の中に、人間の顔や鳥な
  どの動物が埋め込まれた意匠が、連続して半円ア
  ーチ装飾の外側を飾っている。やはり、何処かに
  ケルトのイメージが残っているのだろうか。
   タンパンは、四福音書家のシンボルに囲まれた
  栄光のキリスト像だが、これは少しだけ新しいも
  のかもしれない。
    

          
           
     バーフレストン聖ニコラス教会
       Barfreston/Church of St.Nicholas

                         
Kent (England)

           

   ドーヴァーから少し北に入った小
  さな村に、写真の奇妙な教会建築が
  建っていた。
   聖堂内部には繊細なアーチ装飾が
  残されてはいたが、壁はすっかり修
  復されてややイメージに合わない。
   しかし、この後陣や側面の外壁は、
  連続する盲アーチや軒持ち送り彫刻
  や小さなレリーフ彫刻などで飾られ
  ていて、独特の雰囲気だった。
   軒持ち送りの彫刻は、フランスの
  サントンジュやアイルランドなどで
  見られるような、ケルトのイメージ
  に近い人間や動物の首をアレンジし
  た意匠だった。
   上部の薔薇窓がさらにユニークだ
  った。転法輪のような柱で区切られ
  た中にステンドグラスが嵌め込まれ、
  輪郭に動物や植物の精密な模様が彫
  り込まれている。
   余り洗練された建築ではないが、
  奇妙に印象に残るデザインの聖堂だ
  った。  
    

          
      
     クレイトン洗礼の聖ヨハネ教会
       Clayton/Church of St John the Baptist

                         
West Sussex (England)

               
   教区教会 (Parish Church) と表記されてい
  るが名ばかりで、まるで山小屋か個人の礼拝堂
  みたいに何とも粗末な教会建築だった。
   ブライトン
(Brighton) の北6マイルほどの、
  田園地帯にある寒村の外れである。
   運良く扉が開いていたので、鍵の心配も無く
  堂内へ入ることが出来た。
   狭い方形の聖堂で、祭室との境界は半円アー
  チ門の壁で仕切られている。祭室部分は後世の
  追補だろう。
   仕切り壁の表裏と身廊手前の両側壁面に、ロ
  マネスク時代のフレスコ壁画が保存されている。
   ロマネスク・アーチの上部に描かれているの
  は、両側から天使に支えられた玉座のキリスト
  像だ。技法はやや稚拙だが、大胆な構図と躍動
  的な描写が面白い。
   さらに左右両側の壁へと、聖人像や逸話が展
  開されていく。
   壁の天地巾が広がるほど人物も細長くなると
  ころは、いかにもロマネスク的ではないか。
   損傷や退色が激しいので、図像の主題がはっ
  きりしないのが残念だったが、建築が修復され
  る中で壁に描かれたフレスコ画が今日まで保存
  されてきたことについては、奇跡的という言葉
  しか思いつかない。  
    

               
         
     オールド・ショアーム聖ニコラス教会
       Old Shoreham/ Church of St Nicholas

                         
West Sussex (England)

               
   西サセックス州にはロマネス
  クの小教会が点在しており、私
  たちはブライトンの町に滞在し
  ながら探訪を楽しんだ。
   ショアームは海岸の町だが、
  教会は入り江に沿って少し山手
  へ入った閑静な場所に建ってい
  た。
   かつては単身廊十字形で三つ
  の半円形祭室のあるプランだっ
  たのだが、半円部分に英国式の
  方形祭室が継ぎ足されたのだと
  いう。
   身廊と翼廊の十字交差部分に
  ロマネスク鐘塔が建っており、
  その下部は方形の空間となって
  いて、写真のように半円多重ア
  ーチが四方を囲んでいる。
   石材がいかにも古そうで、み
  るからに重厚な雰囲気が感じら
  れた。
   猫や人面など、ややケルティ
  ックな図像も見ることができる。
     

  
    
     ステイニング聖アンドリュース教会
       Steyning/Church of St Andrews

                         
West Sussex (England)

               
   ショアームの北数マイルにある町で、美しい木
  組みの家並みで知られている。古い民家のたたず
  まいを楽しみながら町の北へと歩くと、林に囲ま
  れた墓地の奥にこの教会が建っていた。

   現在残っている建物は、大半が15〜16世紀
  のものであり、ロマネスク時代のものは写真に写
  っている身廊の柱とアーケード、祭室との境界ア
  ーチ壁、それに外壁の一部と南側の扉口だけなの
  である。
   この円柱が片側三本だけの小規模な身廊なのだ
  が、その割には太く豪快な素朴さがとても良い。
  アーケードの輪郭に彫られた飾りアーチが唯一の
  装飾となっている。

   身廊と祭室を仕切るアーチ壁が、この教会では
  最も古い部分で12世紀初めの遺構だという。し
  かし、漆喰で壁面が塗り固められているので、は
  あそうですかとしか言いようが無い。
   アーチの下の柱頭に渦巻状の植物模様が彫られ
  ているのが、微かにそれを証明しているかもしれ
  ない。  
     

  
    
     ハーダーム聖ボトルフ教会
       Hardham/Church of St Botolph

                         
West Sussex (England)

               
   ステイニングから更に西北へ約
  10マイル行ったあたりに、この
  田園の集落がある。ここも村の集
  会場みたいに小さな聖堂で、何故
  西サセックス地方にはこの様な小
  さい教会ばかりが残っているのか
  が疑問に思えた。
   大掛かりな改修の対象外で、小
  さい教会だけが残った、とも言え
  るかもしれない。
   単身廊の小堂で、祭室の仕切り
  壁も含め、身廊から祭室まで全て
  の壁にフレスコが描かれている。
   写真は仕切り壁に描かれた「受
  胎告知」で、微かにブルーの色が
  残っている。
   教会の説明には12〜13世紀
  の作と記されているが、いずれも
  後世に修復されたことは確かなよ
  うだ。
   アダムとイブ、訪問、エジプト
  逃避、などといった聖書の重要な
  モチーフが描かれている。
    

    
    
     イースト・メオン全聖人教会
       East Meon/ Church of All Saints

                         
Hampshire (England)

               
   このチャーミングな町は、ポー
  ツマス
(Portsmouth) の北約14
  マイルの丘陵地帯にある。
   藁葺屋根の民家を見ながら、町
  外れの教会まで歩いた。
   十字形の単身廊だが、南側にの
  み側廊が設けられている。
   鐘塔とその下の身廊交差部、南
  面の扉口だけがロマネスク様式だ
  が、再建されたものらしい。
   ここでの目的は、西の扉付近に
  置かれた石造の洗礼盤である。立
  派な四脚の基礎に載り、分厚い石
  がくり抜かれている。
   見所は四方の側面に彫られた彫
  刻で、アダムとイブの物語が絵巻
  物のように連続した場面として描
  かれているのである。
   写真は面の一つで、天使からア
  ダムは鍬で耕すことを、イブは糸
  を紡ぐことを教えられる場面だ。
   こんな見事な彫刻の施された洗
  礼盤は珍しい。
     

   
   
     チチェスター全聖人教会
       Chichester/Church of All Saints

                         
West Sussex (England)

           
   1990年の正月休みに、ストーンヘンジやラ
  ンズエンドを目的に、英国の西
(West Country)
  を旅したことがあった。その時、ここと前出のロ
  ムゼイを訪ねたのである。
   英国にはロマネスクは残っていないとばかり思
  っていたので、現地で知ったこの二つのロマネス
  クとの出会いは唐突ではあったが感激的だった。
   私達はこの教会と町の佇まいが気に入って、マ
  ーケットクロスの在るチャーミングな旧市街のホ
  テルにその晩一泊してしまったのだった。

   聖堂の外壁建築は後世に大改修されているのだ
  が、身廊の柱の全てと壁面の一部はれっきとした
  ロマネスク様式である。躍動的だがすっきりとし
  た意匠で、トリビューンの有るアーチ列が格別美
  しく感じられた。
   特筆すべき石造レリーフが壁にかかっているの
  だが、ガラスケースに覆われていて写真は失敗し
  た。ラザロの蘇生という奇跡の場面で、キリスト
  や使徒の群像がいかにもロマネスク的な素晴らし
  い彫刻だった。再訪を期してから、もう10年以
  上経ってしまった。
    

    
    
     ロムゼイ修道院附属教会
       Romsey/
Abbey Church

                       
Hampshire (England)

            
   歴史の深い港町サザンプトン(Southampton)
  の西北15
Kmに在るこの町は、10世紀初頭
  に創建された女子修道院
(Nunnery) を中心に
  して発展した。
   12世紀には最盛期を迎えたが、その後の修
  道院廃止令により衰退したという。しかし、こ
  の附属教会だけは教区教会
(Parish Church)
  して存続したので、この美しいロマネスク時代
  のノルマン建築遺構を今日こうして見る事が出
  来る、と案内に書いてあった。
   確かに、単純だが大らかで、随所に装飾を施
  したノルマンらしい見事な建築である。

   写真は、身廊と翼廊の十字交差部で、三層の
  アーチがトリビューンや高窓を構成していて壮
  大な空間を形成している。
   太い柱の三廊式で、左右の翼廊に小礼拝堂が
  付いている。建築は全体的に、武骨で愛嬌は無
  いが、質実な美しさに満ち溢れていた。
   柱頭の彫刻に興味があったが、かなり高い所
  にあるためによく見えないのが残念だった。
    

      
    
     セント・ジャーマンス小修道院教会
       St Germains/Priory Church

                       
Cornwall (England)

            
   英国南西部のコーンウォール
  には、ほとんどロマネスク教会
  の遺構は残されていない。ケル
  トとアーサー王伝説に彩られた
  夢多き場所だが、宗教的には辺
  境の地だったのだろうか。
   プリマスから入り江に沿って
  10マイルほど西に行くと、急
  斜面の上にこの町がひろがって
  いる。
   教会の大半がゴシックに改造
  されており、鐘塔を見てもロマ
  ネスクの片鱗すら見えなかった。
   現在の扉口が南側に開いてい
  るので、この西正面は死角とな
  っていたのだが、行って見て驚
  いた。何たる重厚な門の装飾で
  あることだろうか。
   12世紀ノルマン、と説明に
  は書いてある。七重ヴシュール
  のアーチ飾りは損傷が激しいが、
  それでも創建当初の図抜けた意
  匠の迫力を今日まで十分伝えて
  いる。
    

    
    
     ブラドフォード・オン・エイヴォン聖ローレンス教会
       Bradford-on-Avon/Church of St Lawrence

                       
Wiltshire (England)

            
   織物産業で栄えたこの町の起源
  は古く、エイヴォン川に沿って広
  がっている。川に架かるタウン・
  ブリッジは、礼拝堂のある魅力的
  な中世の石橋だ。
   この石橋の少し下流に、英国で
  最も美しいサクソン教会の一つと
  言われるこの建築が残っている。
   教会の起源は7〜8世紀だが、
  完成したのは1001年とされている。
   建築は、単身廊バジリカの北側
  に扉口が張り出したような格好に
  なっており、南側にも狭いアーチ
  の扉口が開いた、何ともプリミテ
  ィヴな聖堂である。
   写真は後陣部分で、高い壁の上
  部に連続する盲アーケードが彫ら
  れている。
   祭室の内壁に架けられた左右二
  つの天使石像は、サクソン彫刻で
  ある。
    

     
    
     マームズベリーマームズベリー修道院
       Malmesbury/Malmesbury Abbey

                       
Wiltshire (England)

            
   太い円柱が並ぶ三廊式の聖堂
  は、トリビューンより上の採光
  窓や天井などがゴシックに改造
  されている。曲線が少なく、方
  形を基本とした英国の聖堂プラ
  ンは、何度見ても今ひとつ気に
  入らないままだ。
   しかし、ここには目を見張る
  ような逸品があった。
   南の扉口の左右内壁に、写真
  のようなレリーフが飾られてい
  たのである。タンパンの様に見
  えるのだが、この部分はロマネ
  スク時代からあったらしい。
   彫刻はやや写実的でゴシック
  の影響が混在するが、素朴さの
  残る素晴らしい彫りである。
   左右に六人づつ、十二使徒の
  像が彫られているのだ。
   上部の空間を天使の像で埋め
  る、という意匠も秀逸だ。
    

     
                 
     ケニントン聖スウィシンス教会
       Quenington
/ Church of St Swithins     

                       
Gloucestershire (England)
             
   バイブリー (Bibury) に泊まり、
  蜂蜜色をしたコッツウォーズの村
  や町を歩いていた或る日、ロマネ
  スクが残るというこの村の教会を
  何気なく訊ねた。
   村の礼拝堂のような規模が好ま
  しかったが、予想通り教会の建物
  は後世に修復されている。
   しかしロマネスクは、南北両側
  の扉口にしっかりと生きていた。
   タンパン、飾りアーチ、柱頭、
  装飾柱などに施された彫刻が、門
  全体として保存されているのだ。
   幾何学模様や連続模様を中心と
  しており、技巧的でないおおらか
  さが素晴らしい。
   写真は南門のタンパン彫刻で、
  聖母マリアに戴冠するキリストと、
  四福音書家の象徴が彫られている。
   ロマネスクらしい好みの彫刻に
  出会うことが出来た。
   北門のタンパン彫刻は、地獄の
  キリストが主題となっている。  
    

    
                            
     セント・オールバンズ聖オールバンズ大聖堂
       St Albans/Cathedral St Albans

                       Hertfordshire (England)
             
   ロンドンの北郊外にあるこの町へは、ロンド
  ン滞在中にはなかなか行く時間がとれなかった。
  しかし、幸運は掴み取るもので、帰国当日に出来
  た少しの時間の余裕を利用して、空港へ直行せず
  寄り道をしたのだった。
   ここ聖オールバンズの殉教地に修道院が建てら
  れたのは8世紀だったが、11世紀にサクソン様
  式に立替えられた。
   建築中央の鐘塔や翼廊部分には、煉瓦が積まれ
  ているのが最大の特徴だろう。
   ゴシック的な改造が繰り返されたので、当初の
  面影を探すのが大変だが、三廊式身廊の北側の列
  柱と壁面には11世紀サクソン建築の姿を見るこ
  とが出来る。写真がその部分である。
   単純だが質実なアーケードから、初期サクソン
  の美意識を感じ取ることが出来そうだ。
   柱のフレスコ画は近年発見されたもので、宗教
  改革時に塗り込められていたものだそうだ。ボラ
  ンティアのガイド女史が、ロマネスク時代のもの
  と説明してくれたが、どう見ても13世紀以降の
  ゴシック色の強いものではないだろうか、と感じ
  た。
   すぐ近くの
Dintonという美しい家並のある町に
  も寄ったのだが、ヒースローまでの渋滞にハラハ
  ラもさせられたのだった。
    

     
              
     ノーリッチ大聖堂
       Norwich/Cathedral

                       
Norfolk (England)

            
   イングランド中部のダーラム(Darham)と並んで、
  アングロ・ノルマン様式を代表する堂々たる大聖堂
  である。
   基礎は11世紀の創建で、現在見るアーチ天井は
  15世紀半ばに完成している。
   聖堂は三廊式十字形で、祭室には周歩廊と放射状
  小祭室があり、14本の列柱で仕切られた身廊アー
  ケードの長さは、壮麗な天井の美しさと共に圧巻で
  ある。
   創建当初のロマネスクの姿はトリビューンまでで、
  それより上の採光窓部分と天井はゴシック様式にな
  っている。
   写真は、後陣周歩廊の北側部分である。半円横断
  アーチや天井の交差穹窿、壁面下部の連続する盲ア
  ーケードなどにロマネスクならではの簡素な造形美
  を見ることが出来る。
   この聖堂を背後から眺めた姿は、ゴシックとのご
  ちゃ混ぜとはいえ、特に後陣の小祭室部分と鐘塔が
  まことに華麗な絵となっていた。
   反面、宗教が創出する想像を絶するような非人間
  的スケールの聖堂が、信者をして果たしてどこまで
  神の世界に近付き得たのか、を考えざるをえなかっ
  た。
    

     
                      
     キャスル・エーカー小修道院跡
       Castle Acre/Priory

                       
Norfolk (England)

            
   ノーリッチの西28マイルに
  
Swaffhamの町があり、ここは
  そこから北へ数マイル行った田
  園地帯の城下町である。
   この修道院遺跡は町外れの草
  原の中に、今は静かに眠ってい
  るように見えた。
   多くの建造物のあった修道院
  だが、ほとんどが礎石や基礎を
  残すのみである。
   修道院付属教会の西正面ファ
  サードだけが、写真のように唯
  一昔日の面影を伝えている。
   重なり合った盲アーケードの
  装飾がノルマン的であり、これ
  を全面に用いた意匠は、今でも
  とても鮮烈な印象を受ける。
   教会堂は三廊式十字形であっ
  たらしく、11〜12世紀に建
  造されたという。
   扉口の奥が身廊なのだが、円
  柱の礎石と崩落した両側の壁が
  残るのみだった。
   しかし、廃墟や遺跡の好きな
  小生には、精神が浮遊出来るた
  まらない世界だった。
    

          
          
     イーリー大聖堂
       Ely/Cathedral

                       Cambridgeshire (England)

            
   この大聖堂の建築はノルマン主教シメオンとい
  う人が1189年に完成させたもので、ノルマン・ロ
  マネスクの傑作とされている。
   しかし、ここでもゴシック以後の改修が激しく、
  身廊と翼廊、八角塔の一部以外は全てロマネスク
  ではない。
   身廊は三層で、二階トリビューンの上に採光窓
  の階が設けられている。
   身廊の天井はファン・ヴォールトと呼ばれる扇
  形の構造として知られるが、これは14世紀以降
  のものである。
   身廊の円柱が豪快であり、交差穹窿の天井を持
  つ側廊が最もロマネスク的だ。

   南側の側廊に、二つの特別な扉口が造られてい
  る。一つは翼廊脇の
Monk's Doorで、かつては回
  廊へ続く門であった。細密なレリーフ彫刻が見事
  だった。
   もう一つは写真の門で、
Prior's Doorwayと呼
  ばれているので修道院長が入るためのものなのだ
  ろうが、こちらもかつての回廊へと通じていた。
   円柱や装飾アーチの彫刻は精密な模様のノルマ
  ン彫刻で、いずれも見るからに壮麗な門となって
  いる。
   タンパンの彫刻は、天使に支えられた玉座のキ
  リスト像である。深く彫り込まれている傑作だが、
  ロマネスクならではの大らかさにはやや欠けてい
  るような気がした。
    

             
          
     キルペック聖マリー聖デヴィッド教会
       Kilpeck/Church of SS Mary and David

                       
Hereford and Worcester (England)

            
   この教会の外観を見た人は、半円の後陣以外に
  ロマネスクを予感させる要素はほとんど無いと思
  うことだろう。しかし、このちっぽけな聖堂には、
  色んなロマネスクの魅力がびっしりと詰まってい
  たのだった。
   単身廊の小さな聖堂は、横断する二つの半円ア
  ーチで三つの空間に仕切られている。
   最初のアーチの両側の柱に、片側三人づつ縦に
  並んだ使徒像が彫られていた。鍵を持っているの
  が聖ペテロであることしか判らなかったのだが、
  ロマネスク的な風貌とゴシック的な細長い体躯と
  が融合して、味のある造形となっている。

   写真は南側の扉口である。赤い石が使用されて
  いるので、やや風変わりな印象を受けるが、彫り
  は鋭く見事な装飾だ。図像がくっきりし過ぎてい
  るのは、近年少し洗われたのかもしれない。
   それにしても、見事な門である。両側の柱に彫
  られた、蔓草に絡んだ人物像や大蛇か龍のような
  図像の生々しさや、飾りアーチの帯に彫られた奇
  怪な動物やメダイオンの面白さは尋常ではない。
   後陣の軒持ち送りに彫られたユニークな彫刻群
  も含め、英国では久しぶりにロマネスクを満喫さ
  せてもらったのだった。
    

              
          
     ケンプリー聖マリー教会
       Kempley/Church of St Mary

                       
Gloucestershire (England)

            
   イングランド南西部のグロスター(Gloucester)
  からウェールズ国境にかけて、ロマネスクの彫刻
  や壁画を伝える小さな教会が多数点在している。
   先述のキルペックを筆頭に、
Rowlstone、Here-
  
ford、Eardisley など個性的な教会が多い。
   ここもその一つで、方形の鐘塔の下が祭室にな
  っており、そこに二つの部屋が繋がっただけの何
  ともお粗末な建築である。
   しかし、祭室の天井から壁一面、さらに仕切り
  のアーチ壁にまで、びっちりとフレスコ画が描か
  れていたのだ。
   写真は、仕切りアーチの向こうに、祭室の壁と
  天井を眺めたものである。
   フレスコは赤色が主体となっており、他の色は
  かなり退色している。天井には四福音書家のシン
  ボルや、大勢の天使たちに囲まれた栄光のキリス
  ト像が鮮やかに残っている。
   両側の壁には十二使徒が描かれており、こんな
  狭い空間の中であたかも曼荼羅のように、新約聖
  書の世界が創出されていたのである。
   今日まで残ったロマネスクの教会には、小さな
  ところが多いのだが、小さいが故に宗教改革や修
  道院破壊の嵐といった網の目から逃れ得たのだろ
  うと思う。
   

             
           
     セント・デイヴィッズ大聖堂
       St David's/Cathedral

                       
Dyfed/Pembrokeshire (Wales)

            
   憧れのウェールズを歩く機会を
  得たのだが、古代の巨石遺跡ばか
  りを追いかけたために、ロマネス
  クは手薄になってしまった。
   イングランド同様に、大半のロ
  マネスク教会は修復されてしまっ
  ているので、何箇所か訪ねたのだ
  が正直がっかりする所が多かった。
   そんな中で抜群の存在感を示し
  ていたのが、ペンブロークシャー
  
(Pembrokeshire)の最先端にある
  この町の大聖堂だった。
   教会の起源は6世紀にまでさか
  のぼるのだが、現在の建築は12
  世紀後半に建てられたもので、そ
  の後多くの改修や増築を繰り返し
  てきた。
   三廊式十字形の聖堂で、堂内で
  はアーチ列柱だけがロマネスク様
  式である。
   写真の西正面ファサードにはロ
  マネスクの扉口と盲アーケードが
  あり、紫色の石材が特異な印象を
  与えている。
   

              
         
     カリューケルト十字架
       Carew/Celtic Cross

                       
Dyfed/Pembrokeshire (Wales)

            
   セント・デイヴィッズから半島を南下すると、
  ミルフォード
(Milford) の入り江に出る。この町
  はその水辺の南東端にあり、14世紀初めの瀟洒
  な城館で知られている。
   城へ通じる門を入ったすぐ右側に、写真のシン
  ボリックなケルトの十字架が建っていた。
   11世紀に西ウェールズを統治した
Maredudd
  
ap Edwin を祝福して建てられたのだという。
   日輪のついた頭部のケルト十字は、肩の部分で
  太い軸柱に接続されている。何とも妙な意匠の十
  字架があったものだ。
   表面に彫られた模様は、いかにもケルトらしい
  組紐模様や北欧の幾何学模様である。同じような
  模様が、裏面にもびっしりと彫られている。
   アイルランドにはケルズの書など多くの写本が
  伝えれれているが、細密な模様は写本の影響によ
  るものだろう。
   精密であればある程神聖であったのだろうし、
  荘厳の証しとなったのだろう。
   ウェールズの歴史的モニュメントとして指定さ
  れており、各種のパンフレットの表紙を飾ってい
  るのを幾つも見た。
   

     
   
     フィットフォードケルト十字架
       Whitford/ Maen Achwyfan Cross

                       
Clwyd/Flintshire (Wales)

            
   コンウィ(Conwy)とチェスターのほぼ中間に、
  フィットフォード
(Whitford)という町がある。
   ここから1マイル西の小麦畑と牧草地が続く雄
  大な景色の中に、この十字架がすっくと、しかも
  孤独な姿で立っていた。
   十字架の名前が
“Maen Achwyfan”と記されて
  いたが、何と読めば良いのか見当もつかないので、
  ふり仮名は書かないことにした。第一、ここの州
  名の
CLWYD ですら、どう読めば良いのだろうか。

   高さ4m弱の堂々とした石造十字架で、彫刻が
  とても鮮明に残っている。コーンウォールのもの
  (当サイトの表紙参照)に比べると、十字の日輪
  部分がアイルランドのものに近い。
   軸部に彫られた装飾模様は、布目模様や渦巻、
  十字を変形させた幾何学模様などが中心で、とて
  もケルト的なデザインである。

   この地域にはケルンや古墳が密集しており、古
  代人の祭祀の場であったのだろう。この十字架は
  もちろん中世のものだが、ケルトが古代の巨石文
  化圏を自分達の祭祀の場として共有していたこと
  は間違いない。
   
    

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