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英国(北部) のロマネスク |
Romanesque in North Britain |
ピクトの石 (Pictish Symbol Stone) Maiden Stone Inverurie (Aberdeenshire/Scotland) |
英国はイングランド、ウェールズ、スコット ランド、北アイルランドから成り立っている。 連合王国 (United Kingdom) としての英 国は一つだが、州や県ではなく別の国々である と解釈したほうが理解しやすいかもしれない。 編集の都合上、英国を北部と南部に分けて掲 載する。 Leicester, Stafford とCheshire 以北を 「北部」とした。 6世紀の中頃にアイルランドから渡ってきた 聖コロンバによって始められた、修道院の建設 はアイオナから各地へと広がっていった。 ピクト等の先住民は熱心な信者となったが、 16世紀の宗教改革で修道院廃止が敢行され、 それ以前のロマネスク的な建築や彫刻はその大 半が失われてしまっている。 かすかに残るロマネスクの名残を英国各地に 追い求めてみた。 |
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セント・アンドリュース/ 聖レグルス教会 St.Andrews/ St.Regulus Church |
Fife (Scotland) |
4世紀に聖アンドリューの聖遺物が聖レグル スによってもたらされて以来、ここはスコット ランドの守護聖人を祀る重要な巡礼の聖地とな った。 現在の大聖堂は、その大半の建築を失ってし まっており、最も古い部分は写真の翼廊部分と アーチの向こうに見える聖レグルス教会の塔で ある。創建は1160年で、大聖堂はここから 発展していったのである。 後世の大聖堂や修道院が隣接していたので、 遺跡は無数の礎石や崩れた柱で埋め尽くされ、 まさに壮観と言える。礎石から往時の聖堂建築 が想像出来るのは、遺跡を旅する大きな楽しみ だろう。 しかし、宗教改革によって英国国教にと改宗 されたことで、それ以前に建てられていた修道 院や聖堂の大半が喪失してしまったことを、こ れらの遺跡が悲痛に物語っていることも事実で ある。 私達は、ゴルフリンクスに隣接するホテルに 数日滞在し、ゴルフの聖地としてのオールド・ コースでのプレイも楽しんだ。 |
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ロウチャーズ/教区教会 Leuchars/ Parish Church |
Fife (Scotland) |
セント・アンドリュースに滞在していた或る 日の午後に、私達は約10キロ離れたこの小さ な村を訪ねた。丘の上に建っている写真の小さ な教会を見るためだった。 聖堂は単身廊のバジリカ式で、半円形の祭室 の上に鐘塔が載った格好になっている。 祭室と内陣を仕切る二つのアーチの輪郭に、 ノルマンの影響を受けた細かい幾何学模様が彫 られている。写真の左端部分は後世に再建され たものらしい。 外壁にもノルマンの意匠が見られる。重なり 合って連続する盲アーチ列や、上段のアーチの 輪郭に彫られた細かい模様などがそれである。 それらの特徴は半円形をした後陣部分でも顕 著で、量感に溢れたアーチが連続している。美 しいと言うよりも建築の構造と一体化したまま の、盲アーチというプリミティヴな装飾こそ、 いかにもロマネスク的であると言えるだろう。 |
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アバレムノ/ピクト石造彫刻 Aberlemno/Pictish Stone |
Angus (Scotland) |
有名な城の在るグラミス (Glamis) に近い ブレチン (Brechin) の町を中心とした一帯に は、かつての先住民族であったピクト人の遺跡 が数多く残っている。特にこのアバレムノの村 では、不思議な模様の石造彫刻を四基見る事が 出来た。 写真はその内の一つで、教会の墓地に建って いたものである。9~10世紀のものだが、ア イルランドで見られるようなケルトのハイクロ スの様な、いかにもケルトらしい蔓草や渦巻模 様が彫られている。 4世紀初頭に伝わり、6世紀には修道院布教 が行われたキリスト教文化と謎のピクト文明、 ケルトの末裔であったスコット人の美意識、な どが複雑に混合された図像である。 重厚なデザインの石碑であり、ハイクロスの 意匠としても見事な図案だろう。ケルズ書など の写本に描かれた装飾模様を見る思いがするほ ど、技術的にも高度な彫刻だといえる。 アバディーン Aberdeen 周辺でも、ピク トの石を見る事が出来た。 <当サイト巻頭写真参照> |
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ダンファームリン/ 修道院附属教会 Dunfermline/Abbey Church |
Fife (Scotland) |
修道院を中核としたこの町は、スコットラン ドのかつての首都であり、歴史や文化の中心で あった。 後に修道院は衰退し、附属教会のみが現在の 教区教会として存続したという。稀代の英雄ロ バート・ザ・ブルースを筆頭に、歴代の王の墓 がこの教会に在る。 写真はノルマン式身廊 Norman Nave と呼 ばれる教会堂の西半分で、ケルトがノルマンの 影響を受けたアングロ・ノルマン時代とも言え る、12世紀修道院創建時の壮麗さを今日に伝 えている。 身廊は太い列柱で仕切られた三廊式で、数本 残っている装飾彫刻の施された柱や、アーチの 輪郭を飾る彫刻、壁面の盲アーチ飾りの意匠な どが、往時の栄華を証明するかのようである。 前出のロウチャーズや後出のダルメニーも同 時代の遺品であり、ノルマンの影響を知るため の最良のテキストとなっている。 |
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カークウォール/ 聖マグナス大聖堂 Kirkwall/ St.Magnus Cathedral |
Isle of Orkney (Scotland) |
オークニー島の西北端に位置するブロッホ・ オブ・バーセイ (Brough of Birsay) 島にか つて在ったこの大聖堂は、12世紀に司教座が ここカークウォールに移って以来、完全に廃墟 と化した。 実際島で見た遺跡は、荒涼とした浜辺に礎石 と壁石が残るのみだった。 半面カークウォールの大聖堂は保存も良く、 建築全体にロマネスク(ノルマン)様式を見る 事が出来るが、各時代にかなりの修復が成され てもいる。 写真は、西のファサードで13世紀のものだ が、雰囲気が良いので掲載した。赤色と黄色の 砂岩を用いた三つの門は、ゴシックがかっては いるが大変に美しかった。 聖堂内部は三廊式の方形十字で、ほぼ中央に 翼廊が出ており、やはり方形の小礼拝堂が付い ている。太い柱は荘重で、部分的には12世紀 創建時のものも残っているらしい。壁面の盲ア ーチ列などにも、北端の島ならではのノルマン の強い影響が感じられる意匠だった。 |
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アイオナ島/修道院 Isle of Iona/Abbey |
Argyll and Bute (Scotland) |
スコットランドの西に浮かぶマル島の西端に 在る小島だが、キリスト教の歴史にとっては決 して忘れてはならない聖地である。 6世紀半ばにアイルランドから渡来した聖コ ロンバによって、この島に修道院が建設され、 キリスト教への改宗の拠点となった。ダブリン のトリニティー・カレッジに所蔵された至宝ケ ルズの書はここで写本されたのだという。 宗教改革によって修道院の建築はほとんど失 われてしまったが、聖オランの礼拝堂と、写真 の女子修道院 (Nunnery) 遺跡にのみ、12 ~13世紀のロマネスク様式が残っていた。 廃墟の聖堂跡に立ち、かつての清雅な修道院 教会の姿を想像する楽しみは格別だった。 再建された男子修道院正面には、三基のケル ト十字のハイクロスが立ち、アイルランドとの 密接な関係を物語っている。 聖マルタン十字架は8世紀、聖マシュー十字 架は9世紀のものである。聖ヨハネ十字架はレ プリカで、8世紀の本物は附属美術館に収納さ れており、残念ながらかなり損傷していた。 |
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ダルメニー/聖カスバート教会 Dalmeny/St.Cuthbert's Church |
City of Edinburgh (Scotland) |
エジンバラの町から北へ向かうためには、フ ォース河口にかかるフォース橋を渡らねばなら ないが、この村はその橋への道の少し手前に在 る。菜の花が咲き乱れる、とてもエジンバラ市 内とは思えぬほど牧歌的な集落であった。 教会は静かな町のほぼ中央、広々とした通り に面してひっそりと建っている。通りの反対側 のお宅で、教会入口の鍵を貸して頂いた。 写真はその南側扉口と、ファサード全体であ る。量感に満ちた彫刻で、いかにもノルマンら しい豪快に重なり合った盲アーチ列の印象が強 烈だった。タンパンは無いが、アーチ装飾には 繊細な連続模様や、ケルト色の濃い動植物の図 案がびっしりと彫り込まれている。 スコットランドでは、最も美しいファサード だろう。 凹凸は有るが単身廊のバジリカで、半円形の 祭室が付いている。後陣の眺めも見事だった。 身廊を仕切る二つのアーチには、ノルマンの 特徴でもあるギザギザ模様が彫られている。 小規模ながら英国では珍しい、全てが完璧に 残ったロマネスク教会であろう。 |
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ジェドバラ/修道院教会 Jedburgh/Abbey Church |
Scottish Borders (Scotland) |
アウグスティヌス派修道院として、1138 年に建てられた。 ロマネスクの様式は随所に残されているが、 イングランドの急襲や宗教改革の破壊からはど うしても逃れられなかった。ボーダー地方の他 の修道院と比べると、比較的保存は良い方かも 知れない。 赤味を帯びた砂岩の廃墟には、風格有る雰囲 気が満ちていた。天井は落ち壁は磨耗している ものの、壮大で重厚であった聖堂の往時を偲ば せるに充分である。 写真は、西門から身廊を眺めたものである。 門の装飾や身廊の柱は、概ね12世紀末のも のだそうだ。多重アーチ(ヴシュール)の装飾 は最内側以外が、ほとんど磨滅しているのが残 念だった。きっと壮麗な門であったのだろう。 身廊は三廊式で、翼廊が付いた十字型の聖堂 であったらしい。現在は翼廊の北側しか残って いない。祭室も小礼拝堂も全て方形で、平面図 に曲線が無いのはいかにも英国の聖堂らしいの だが、やや物足りなさを感じてしまう。 |
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ドライバラ/修道院 Dryburgh/Abbey |
Scottish Borders (Scotland) |
前出の町ジェドバラやエジンバラもそうなの だが、語尾に付くバラ (Burgh) は、自治独 立した要塞都市を意味するという。 この修道院の破壊はかなりのもので、附属教 会や回廊はほとんど原形を残していない。 しかし礎石や土台ばかりの静謐な廃墟の中に 立つと、12~13世紀に建造された建築群が 見えてくるような錯覚を感じた。 写真は、建造物が最も美しく残っている部分 である。手前の芝は回廊跡で、突き当たりのア ーチ門が聖堂へ通じる側廊南門、そのすぐ右側 の高い部分が翼廊なのである。 右側に連なる建物やアーチ門は、聖具室など 僧院の各部屋で、回廊に面して入口があったこ とになる。 聖堂跡で野外結婚式が行われており、質素で 趣味の良いとてもチャーミングな儀式だった。 |
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ケルソ/修道院 Kelso/ Abbey |
Scottish Borders (Scotland) |
ボーダー地方には前出の二つのほかに、ここ とメルローズ Melrose など、中世の重要な修 道院が密集していた。 ツイード生地で有名なツイード川流域は、従 来から産業が盛んで、自治意識の強い土壌が在 ったからだろう。 荒廃の程度はこの廃墟が最も大きいのだが、 残された遺構は12世紀創建当初のもので、随 所にロマネスク時代の痕跡を見る事が出来る。 現存する建造物は写真の西ファサードと、そ れに続く翼廊だけであり、その奥の身廊や祭室 部分は完全に失われている。 翼廊が手前にあるのが妙だが、両端に翼廊を 持つオットー朝様式だったのかもしれない。 五重のアーチ装飾を施したヴシュールが入口 を飾っていたのだが、現在は左端部分が少しだ け残っているに過ぎない。 翼廊の北門は比較的保存が良く、やや修復の 跡が見えるものの、ノルマン的な盲アーチ装飾 が残存している。 |
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ビューキャスル/ハイクロス Bewcastle/High Cross |
Cumbria (England) |
スコットランドとイングランドの国境周辺に は、初期中世キリスト教美術ともいうべき十字 架が残っていることを知った。 ラスウェル (Ruthwell) とここの二ヶ所だ ったが、旅程の都合で、どうしても見たかった ハドリアヌス帝の壁 (Hadrian's Wall) に近 いこちらを選んだ。 小さな礼拝堂の墓地に建つこの十字架には、 明らかにケルト的な装飾彫刻が成されている。 十字部分は失われているが、ケルト十字のハ イクロスであったらしく、その規模は空前の大 きさであっただろうことが想像される。 ラスウェルのものは7世紀とのことだが、こ こはその直後の作ではないかと思う。 各面に彫られた図像は、大変興味深いものば かりである。西面の人物像は、上から洗礼のヨ ハネ、荘厳のキリスト (The Majesty)、福音 書のヨハネだろうと言われている。 南面には、日時計の有る蔓草模様、複雑な組 紐模様、葡萄の蔓などが描かれており、判じ物 みたいで意味は不明とはいえ、大層美しい彫刻 である。 |
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ヘクサム/ヘクサム大修道院 Hexham/Hexham Abbey |
Northumberland (England) |
カンブリアのカーライルからハドリアヌスの 長壁に沿って、ニューカッスルへと向かう。 途中で壁の要塞を見学したりしながら30マ イル走った所に、この瀟洒な古都の町並が見え てくる。 町の中心にある石畳の広場に面して、12~ 13世紀に建造された修道院附属教会が建って いる。聖堂はロマネスク様式を残しながら、大 半はゴシックに改造されてしまっている。だが 壁に積まれた苔むした石のイメージは、聖堂の 苦難の歴史を象徴しているように見えた。 南翼廊が入口になっており、入って直ぐ右手 に古びた石造十字架の柱部分が飾られている。 精巧な植物連続紋様が彫られており、聖アッカ (St Acca) の十字架と呼ばれている。 この教会訪問の最大の目的は写真の地下祭室 クリプトで、7世紀創建時の St Wilfrid's 聖 ウィルフリッド教会が当時のまま残されている のだそうだ。 素朴な石壁と単純なプランには、5世紀半ば に始まるサクソン族 (Anglo-Saxons) とキリ スト教の邂逅の歴史が秘められているように感 じられた。 |
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リンディスファーン/ 小修道院廃墟 Lindisfarne/Priory Ruins |
HOLY ISLAND / Northumberland (England) |
スコットランドとの国境に近いバーウィック の町の南にある島で、島へ通じる道が干潮時に 現われる、という神秘的な場所である。 AD635に聖エイダン (St Aidan) が修 道院を創設したのが始まりで、ダラム大聖堂に 祭られている聖カスバート (St Cuthbert) は ここの司教を務めていた。 創建時の修道院は、8世紀末のバイキング来 襲によって略奪されたという。 現在保存されている写真の建造物の遺跡は、 11世紀末に再建された小修道院である。 小修道院の建造物の大半は基礎しか残ってい ないが、写真の教会の一部だけが無残な骨組と して奇跡的に残されている。 写真は身廊部分から翼廊・祭室を眺めたもの である。 三廊式の身廊で、左側の側廊のアーケードの 一部が往年の美しさを彷彿とさせてくれる。ス リリングな形で残された中央のアーチは、身廊 と翼廊交差部天井のリブヴォールトの一部だ。 博物館で、ケルト様式の美しい装飾で有名な 7世紀末の福音書 Lindisfarne Gospel の レプリカを見ることができる。 (本物は大英図書館所蔵) |
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ジャロー/聖ポール教会 Jarrow/Church of St. Paul |
South Tyneside (England) |
ニューカッスルの町の東に在る小都市で、こ の重要なサクソン教会は町の更に東の外れに展 開する森林公園の中に保存されている。 創建は7世紀後半で、教会は修道院の一部で あったらしい。現在も聖堂の周囲に、回廊や多 くの建物の基礎が残されており、壮大な規模で あったことが想像出来る。 8世紀末にバイキングが襲来略奪しており、 11世紀になってから修復されたのだそうだ。 教会は単身廊に鐘塔部、そして祭室が一列に 並んだ格好のプランで、写真は祭室内から鐘塔 部を通して身廊を眺めたものである。 窓や天井など大半が後世のゴシック様式に改 築されてしまっているので、創建時の面影を探 すのは至難だが、全体的に創建当時の雰囲気は 伝えているようだ。 鐘塔部分前後の仕切りアーチと祭室の北側の 壁には、大層プリミティブな石積が見られて嬉 しかった。 写真でははっきりしないが、祭室北側(写真 の右側)の壁にある三つの小さな窓は、外側か ら内部に向けて放射状に広がる様式で、サクソ ンの古い形である。 |
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ダラム/ダラム大聖堂 Durham/Durham Cathedral |
Durham (England) |
前述のホーリー島リンディスファーン修道院 の修道士たちが、バイキングの襲撃を逃れるた めに、この地へ聖カスバートの遺骸と福音書を 運び、創建された礼拝堂が最初であった。10 世紀末のことだという。 11世紀末から12世紀初頭には、現在見ら れるロマネスク(ノルマン)様式の大聖堂が建 設されていたのだそうだ。 西側の双塔は13世紀の建造である。 その後ゴシックの時代には、かなりの増築や 改築が施されたが、写真で見るように、身廊部 分では豪壮なノルマン様式の円柱やアーケード などを見ることが出来る。 身廊は三廊式で十字形の翼廊を有しており、 天井はゴシックだが、階上のトリビューンと更 に上の採光窓が見事に調和された壮麗な聖堂で ある。 アーケードの柱は、ノルマンらしい紋様の彫 られた円柱と、数本の柱からなる束ね柱が交互 に並ぶ豪快なプランである。 ゾディアック叢書で見た旧聖歌隊席と身廊の 間の高廊にあったとされる「キリストの復活と 三人のマリア」の彫刻断片は、隣接する図書館 の上階部分にサクソン十字架などと共に展示し てあった。 城の礼拝堂が閉鎖されていたのが何とも残念 だった。。 |
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エスコム/サクソン教会 Escomb/Saxon Church |
Durham (England) |
ダラムの南西、ビショップ・オークランド郊 外の閑静な町の中に残る7世紀末のサクソン教 会である。 西欧の教会の影響を受ける前の様式であり、 我々が知るロマネスク様式とは全く異なった聖 堂であることに、新鮮な驚きとその純粋さへの 感動すら覚える。 聖堂は単身廊で、仕切り壁のアーチを挟んで 方形の祭室(後陣)と結ばれている。 壁面に開けられた窓は、明らかに後世のもの と、サクソンの特徴を持ったものとを見分ける ことが出来た。 それにしても、この初期中世美術の一環であ るサクソン教会の、静謐でノーブルで落ち着い た雰囲気の魅力は何なのだろう。 |
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ラスティンガム/聖マリア教会 Lastingham/ Church of St. Mary |
North Yorkshire (England) |
ダラムとヨーク (York) の間に広がるノー ス・ヨーク・ムア (North York Moors) 国 立公園の森の中に在る寒村だが、ロマネスク建 築の重要な教会が残されている。 8世紀に聖セッド (St Cedd) によって創 建された教会で、現在の聖堂は11世紀に再建 されたものである。 三廊式だが北側廊は13世紀、南側廊は14 世紀の改築であり、側廊の幅も異なる事から従 来は単身廊だったとされる。 身廊や後陣にはロマネスクらしい部分がかな り残されているが、最大の魅力は写真の地下祭 室である。 ノルマン様式の円柱、横断アーチ、天井の交 差穹窿など、ロマネスクの魅力を全て備えたイ ングランドでは珍しい地下聖堂である、と言え そうだ。 建築を東側から眺めると、後陣は半円形に突 き出しており、下部は半地下状のクリプトの後 陣にそのまま繋がっている。 聖セッドを祀ったこのクリプトは、祭室と同 じ半円形後陣を持つイングランド唯一のものだ ろう。 |
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ヨーク/ヨーク大聖堂 York/York Minster |
York (England) |
この英国を代表するようなゴシックの建築の 壮大な傑作を、見なければ済まない様な、ロマ ネスク旅としては見る必要も無いとも思えるよ うな、そんな複雑な気持ちを抱きながら、折角 だからという家人の一言で訪ねる事になった。 結果的には、お陰で重要なモノを見損なうと ころだったのである。 ここは司教首座もある飛び切り重要なゴシッ ク大聖堂だが、ノルマン人による創建が11世 紀後半ということだった。 祭室の手前の階段を下りた所にノルマン時代 のクリプトが残されており、二つの重要な彫刻 が展示されていたのだった。 ひとつは首部分が欠落した聖母子像で、衣の 襞の表現等、洗練された彫刻である事が判る。 もうひとつが写真のレリーフで、「地獄」を 表現した創建当初の彫刻である。 上部は釜茹でみたいな場面で、残酷なはずが 妙にユーモラスなところが面白い。 下部は灼熱の炎に焼かれ苦しむ亡者の姿で、 やはり文盲の人を対象とした布教のための彫刻 だったのだろうか。 宝物館には、ノルマン様式の円柱の一部も保 存されていた。 |
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セルビー/修道院付属教会 Selby/Abbey Church |
North Yorkshire (England) |
ヨークの南25キロ、リード (Leeds) の西 35キロに位置する、こじんまりとした地方都 市である。 この荘重な修道院教会は町の東側の広場に面 して建っており、町がこの修道院を中心とした 門前町のようにして発展してきたことを物語っ ているようだった。 修道院の歴史を記した案内書には、この修道 院がいかにして16世紀の“修道院破壊令”か ら逃れたか、が記されているのだが、その時既 に聖堂の大半はゴシックに改造されてしまって いたと思われる。 創建は11世紀半ばで、ダラムの大聖堂に匹 敵するノルマン様式の聖堂である。 ノルマンが残るのは、西正面の扉口、三廊式 の身廊と翼廊の北側に限られる。 西の扉口では、六重のヴシュールが見事で、 ノルマン特有の連続ギザギザ紋様が彫り込まれ ている。門上部の重なり合う連続盲アーケード も、ノルマンの意匠だ。 写真は身廊のもので、太い円柱やトリビュー ン、採光窓等、基本的な構造はダラムの大聖堂 によく似ている。 身廊のアーチにも、ノルマンらしいギザギザ 紋様が施されており、この部分が残されただけ でも喜ぶべきだろうと、案内書を改めて読み直 したのであった。 |
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リッカル/聖マリア教会 Riccall/Church of St. Mary |
North Yorkshire (England) |
前述のセルビーの町の真北7キロに位置する 田園地方の小村である。近年は閑静な住宅地と して発展してきているらしい。 教会はゴシック様式の町の礼拝堂のような規 模だが、唯一南側の扉口にのみ、9~11世紀 のものとされる彫刻が残されていた。 アーチはやや尖頭形で、四重のヴシュールと 左右三本づつの円柱と柱頭で構成されている。 詳細に見ると面白い意匠が多い。外側の二重 は、花模様、連続するくちばしの大きな怪鳥の 頭である。 内側の二重には、人を食らう怪獣、竪琴を弾 く謎の動物、尾が蔓のように絡んだ獅子、双頭 の怪物などなど、化け物屋敷の様な西欧ロマ ネスク的なモチーフがぎっしりと詰まっている。 |
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レザム/全聖人教会 Ledsham/Church of All Saints |
Leeds (England) |
リードの町の東18キロに在る寒村で、大都 市に近い割にはガイドブックにも載らない、知 られざる“僻地”である。 この教会は集落の東端の高台に建っており、 ゴシックの尖塔が目印になっている。 創建は8世紀のサクソン教会で、ポーチと単 身廊・祭室とが一列に並んだ定型的な構造であ った。 現在見られる聖堂は、その後12世紀にポー チの上に鐘塔、13世紀に祭室、そして15世 紀に身廊の北に側廊が増設されたものである。 従って、現在の内部は二廊式のように見える が、実は片側は側廊なのである。 身廊と祭室を仕切るアーチは当初のままとは 考え難いが、十分にオリジナルの雰囲気と様式 を伝えている。 “当初のまま”が写真の扉口で、サクソン時 代のポーチそのままなのだそうだ。 12世紀の鐘塔が上部に増設されており、現 在は使用されていないが、サクソン時代の息吹 を今日に伝えている。 各種の花や葉が絡まった蔓草紋様で、彫りの 深さが陰影を強めている。小規模ながら、印象 に残る扉口装飾だった。 |
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リンカーン/大聖堂 Lincoln/Cathedral |
Lincolnshire (England) |
この大聖堂は11世紀後半に征服王ウィリア ムスによって創建されたのだが、約百年後の地 震で崩壊してしまった。創建当初の姿を留めて いるのは、写真の西正面ファサード下部と門だ けなのだ。 現存する壮麗な聖堂建築の大半は、12世紀 後半から13世紀後半にかけての初期イングラ ンド・ゴシック様式である。 扉口として正面中央部分に三つのアーチ門が あり、それぞれが四重か五重のヴシュール彫刻 に飾られている。 両側の柱や柱頭にもノルマン的な幾何学模様 が彫られており、繊細な美しさを見せている。 熱狂的な程の迫力を示すゴシック建築の中にあ って、この部分だけが至極冷静な感じがした。 最も左の小アーチの上に、白い帯状に見える 部分がある。聖書の物語を主題としたレリーフ が、絵巻物の様にはめ込まれているのだった。 楽園追放やカインの物語、ノアの箱舟、ダニ エルとライオン、ラザロの物語など、新旧約の 説話が彫られているのだが、洗われたのか修復 されたのか、昔よりかなり綺麗になってしまっ ている。 |
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サウスウェル/大聖堂 Southwell/Minister |
Nottinghamshire (England) |
イングランドでは珍しい様式の大聖堂で、写 真は二本の塔の建つ西側からの眺めである。 ロマネスクとゴシックが混在しているが、大 まかには西半分がロマネスクで、東半分がゴシ ックだといえるだろう。 身廊は三廊式で、中央に袖廊が付く十字型に なっている。従来後陣であった部分に、更なる 身廊が継ぎ足されたような格好なのだ。 身廊内部の建築は壮麗で、太い円柱が豪快に 連なり、トリビューンのような二階部分と採光 用の窓のある階が重なった、三層構造になって いるのが特徴だ。 ロマネスク部分にはこの太い円柱が片側六本 づつ、計十二本が立っているので、とても荘重 なイメージが形作られている。 袖廊と身廊の交差部分の柱頭に、カナの宴や キリストのエルサレム入城等をモチーフにした 彫刻が見られた。 袖廊の壁にタンパン彫刻が飾られている。中 央に彫られているのは、龍と戦う聖ミカエルの 姿である。 |
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サンドバッチ/十字架 Sandbach/Crosses |
Cheshire (England) |
マーケット広場に建つこれら二本の石柱は9 世紀ごろのものらしいのだが、どこを探しても 案内看板など無かった。 一人の紳士が私に歩み寄り「この十字架はア ングロ・サクソンが建てたんだよ」と説明して くれた。そこで、「いつ頃ですか?」と訊ねる と、彼がそう答えたのだった。「アングロ・サ クソン!」という「サ」を強調する発音の仕方 に、イングランドの盟主たる誇りのようなもの が感じられた。 ケルトの十字架とは、少しイメージが違うよ うだ。だが、柱身部に彫られた精密な彫刻は、 こちらも見事なものだ。蔓草のような枝葉が天 に延びていく図柄等は、ケルトのイメージに似 ているような気もする。 右側の十字架の中央部分に磔刑図が彫られて おり、その周囲に多くの聖人像が散りばめてあ る。ペテロとパウロは確認できたが、他はほと んど判別できなかった。 やや彫りは稚拙ではあるが、5mを越す石造 十字架の示す存在感にはかなりの説得力が感じ られる。 |
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タトベリー/聖マリー教会 Tutbury/Church of St Mary |
Staffordshire (England) |
ダービー州との境界に近い小さな町で、ダー ビーの町の西10キロに位置している。 教会は町から少し外れた丘の上に建ち、苔む した緑濃い雰囲気に囲まれていた。 ここでもロマネスクとゴシックが、共存する かのように混在している。 聖堂の下部構造はロマネスクであり、上半分 が大きな窓を持つゴシックだった。 写真は西門とファサードである。五重のヴシ ュール装飾によるアーチ門は荘重であり、詳細 に眺めると、花や蝶、馬や猫らしき動物像をア レンジした連続模様がアーチを飾っている。 現在の聖堂への扉口は南側の門で、ここにも 飾りアーチやまぐさ石彫刻が見られたが、かな り摩滅し明らかな修復部分も確認できた。 身廊は三廊式で、太い四本の柱を十字に束ね た豪壮な柱が並んでいるのは圧巻だった。ただ この部分もかなり修復されているようだ。 英国には創建当時のままのロマネスク教会は ほとんど存在しないと分かっているとはいえ、 欲求不満が少しづつ溜まってきているような気 がしていた。 |
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ピーターバラ/大聖堂 Peterborough/Cathedral |
Cambridgeshire (England) |
ピーターバラの郊外に2泊しながら、近郊の ロマネスク教会や古い町を見て歩いた。 この大聖堂は町の中心に建っており、やはり 御多分に漏れずロマネスクとゴシックが重なり 合っている。 ここでは12世紀のロマネスク身廊建築をゴ シックという外壁で覆った、という表現が適切 かもしれない。 つまり、身廊の外壁、トリビューンの上の採 光階、側廊天井の交差リブ、後陣の外壁などが 完全にゴシックに改造されているのである。 訪れたのは雨の夕暮れ時で、堂内は大層暗か ったのだが、やわらかい照明によって浮き上っ た内陣は、ロマネスクの構造体が示す美しさを より鮮明に見せていたのだった。 写真は、身廊と側廊を仕切るアーケードとト リビューンで、大小の半円アーチが作り出すリ ズミックな美しさが感じられる。 特に、トリビューンの二連アーチによるアー ケードの意匠は洗練されており、さほど珍しく はないのだがロマネスク不毛の英国に在って、 キラリと輝く存在に思えたのだった。 |
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キャスター/ 聖キーンバラー教会 Castor/Church of St Kyneburgha |
Cambridgeshire (England) |
ピーターバラの西郊外にある、安価だが瀟洒 な宿に滞在していた。 この村はそこから車で数分の、緑に囲まれた 静かな集落だった。 この愛らしい教会は小高い丘の上に建ってお り、外観からは扉口と鐘塔だけが明らかにロマ ネスクだと確認は出来るのだが、聖堂の大半は ゴシックなど後世の改修が顕著である。 鐘塔の下は身廊と翼廊の交差部で、その四隅 に建つ柱は古く柱頭にはロマネスク時代の彫刻 が残されていた。 写真はその内の一部で、ロマネスクでは定番 かもしれないが、植物模様と怪獣面が組み合わ されたものだ。 彫りはやや浅いが、四隅各面の柱頭全てに彫 刻が施されていて壮観だった。 |
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ブリードン・オン・ザ・ヒル/ 小修道院 Breedon-on-the-Hill/Priory |
Leicestershire (England) |
ダービーの南10マイルにある、小さな村で ある。その名の通り見晴らしの良い丘の上の集 落で、教会はさらに奥の台地に建っていた。修 道院は廃墟で、現在は墓地と教会堂しか残って いないようだ。 ゴシックの聖堂だが、村の礼拝堂といった規 模の親しみ易いお堂である。 三廊式側廊の奥壁に、アングロ・サクソン時 代の彫刻レリーフがずらり並んではめ込まれて いる。 中央に聖母像、そして両側に使徒や聖人の像 が並んでいた。 これらの彫刻が、何らかの権力を背景とした 威圧的な存在では全くなく、大衆の素朴な信仰 にのみ支えられたことを立証するかのような稚 拙さこそが好ましかった。 |
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メルボルン/ 聖ミシェル教区教会 Melbourne/ Parish Church of St Michel |
Derbyshire (England) |
前記のブリードンからダービーへと戻る途中 に、丸で湖畔の別荘地のように瀟洒なこの集落 がある。 聖堂はまるで要塞のような建築で、ロマネス クのように無骨な構造でありながら、窓は全て ゴシック様式になっていた。 ロマネスクの壁を維持しながら、可能な限り 窓を広げた結果なのかもしれない。 しかし、堂内へと入ると、写真のように完全 なロマネスクの世界へと変わっていく。 三廊式十字形で、後陣はゴシックながら三つ の祭室を備えた美しいロマネスク・プランでは ないか。 本格的なロマネスク聖堂の出現に、まるで久 しぶりに素敵な恋人と出会ったような感激をし てしまったのである。 |
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