ベリイリムーザン
  
地方のロマネスク
 
  Berry et Limousin
    
Romans
 
 
 
 Eglise St-Blaise La Cell-Bruère
  聖ブレース教会 
Cher (Berry)
 
 大西洋とオーベルニュ中央高地との間に位置
する一帯をひとまとめにしたが、格別の意味が
有るわけではなく、旅をするルートのひとつと
してまとめたものと御理解いただきたい。
 ベリイ地方では、ロワールの支流である二つ
の河シェールとアンドレが、そのまま県名にな
っている。貴重なフレスコ壁画を中心とした、
珠玉のロマネスク地帯という認識が小生にはあ
り、実は何度も訪れている大好きな地方なので
ある。
 リムーザン地方は、緑の草原と小麦畑、深い
森に覆われたロマンティックな田園地帯だ。そ
して、サンチャゴ巡礼路上に位置してもいる、
歴史の色濃い地方でもある。
 それぞれに特徴的なロマネスク聖堂が有り、
ここだけを旅の目的としてもいい魅力に満ちて
いる。
              
 

  県名と県庁所在地

  
ベリー地方
      1 Cher (Bourges)
      
2 Indré (Châteauroux)

  リムーザン地方
      
3 Creuse (Guéret)
      
4 Haute-Vienne (Limoges)
      
5 Corrèze (Tulle)
 
 
---------------------------------------------------- 
     
     
 アルイ聖ジェルマン教会
  Allouis/Église St-Germain 
 
      1
Cher    
                             
   
 
 シェール Cher 川を挟み、ブリネーの対岸
に位置している小さな村落である。
 ゴシックの尖塔が印象的な教会の外観は、後
世にかなり改修されてしまっているので、ロマ
ネスクの片鱗は半円形の後陣辺りにしか残って
いない。
 聖堂は単身廊で、鐘塔部分が交差部となった
十字形が基礎となっている。
 身廊と交差部とを仕切る壁があり、半円アー
チの開口部が祭壇を象徴的に見せている。
 その壁の東側面いっぱいに、フレスコ画が描
かれている。図像はやや剥落が激しいのだが、
色彩がかなり鮮やかに残っており、ブリネーの
色使いにとても似ているような気がした。
 写真は壁面アーケード左側部分で、上は「キ
リストの埋葬」であり、下は「磔刑」である。
 右側には「聖母の凱旋」と「キリストの墓に
詣でる三人のマリア」が描かれている。取り上
げられた主題は格別珍しくはないが、総合的に
“キリストの復活”を暗示しているようにも思
える。
 このアーケードはそういう意味の凱旋門なん
だろう、と勝手に解釈した。アーケードのアー
チ内側には、十二ヶ月の仕事
を象徴した場面が
描かれていてこれも面白かった。
   
 
-------------------------------------------------------- 
      
    
 ヌイイ・アン・ダン聖ロシュ教会
  Neuilly-en-Dun/Église St-Roch 
 
      1
Cher    
                  
  
 
 ブールジュから旧ベリイ運河とそれに並行す
るオーロン川に沿って東南に約50キロ行った
あたりは全くの田園地帯で、ここは幾つかの教
会が建っているほどのやや大きな集落だった。
 高い建物が他に無いので、鐘塔さえ見つけら
れれば教会を探す苦労はほとんど必要ない。

 写真は後方から眺めた教会の全景で、半円形
の後陣と鐘塔を持つ12世紀の建築である。
 聖堂はとても細長い設計で、単身廊、鐘塔部
分と祭室とが繋がった境界部分に、それぞれ半
円アーチの開口部のある仕切壁が設けられてい
る。
 後陣の軒下にある柱頭にも、動物や植物をモ
チーフとした精巧な彫刻が見られたが、内陣の
柱頭彫刻はさらに精緻なものだった。
 特に鐘塔部分の仕切壁を構成するアーチの柱
頭に、完成度の高いものが集中している。
 単純に動物と思っていた像は、良く見るとす
べてライオン像で、北側の柱の柱頭に彫られた
ものが格別目に付いた。
 その主題は「ライオンの穴の中のダニエル」
だが、ダニエル、ライオン、天使、神の手など
が交錯した興味深い群像だった。
 
 
---------------------------------------------------- 
     
     
  シャリヴォア・ミオン
    聖シルヴァン教会

   Chalivoy-Milon/
     
Église St-Sylvain

      1
Cher    
                 
   
 
 先述のヌイイ・アン・ダンから西北へ12
、ブールジュ方面へ戻った場所にこの村があ
る。
 この教会の建築は、規模はやや大きいものの
単身廊の聖堂で、後陣や鐘塔には後世かなり改
造された痕跡が見られた。
 しかし、この教会の見所は何と言っても祭室
内部のフレスコ画であり、剥落はあるものの内
陣の壁にもかなり残っている。
 写真は祭室部分を中心に撮ったものだが、肝
腎のドーム部分がやや暗くてはっきりしない。
 中央の楕円形の中にはキリストが立ち、その
下部周辺に多くの預言者や聖人や天使が描かれ
ている。色はかなり褪せてはいるが、とても精
巧に描かれていることが判る。
 手前の内陣天井にも、びっしりと図像が描き
込まれている。小さなメダイオンの中は全て人
物の顔であり、天井部分のフレスコはまるで曼
荼羅を見るような気分だった。
 北側壁面には「ラザロの復活」や「エルサレ
ム入城」が、南側には「商人を追い払うキリス
ト」などが確認できた。
 かなり退色してしまっていて、黄色と褐色が
大半となっているのは残念だが、オリジナルの
色を想像するのは楽しかった。
 
 
---------------------------------------------------- 
      
     
  ヴェロー聖マルタン教会
  Véreaux/Église St-Martin

      1
Cher    
                 
  
 
 シェール県の東端に近い田園地帯の村で、ブ
ルゴーニュ地方との境界でもあるアリエ川まで
はかなり近いのである。 
 教会の尖塔はここでもゴシック風な厳しさだ
が、塔の下部は盲アーケードの意匠で、ここが
ロマネスクの聖堂であることを示している。
 身廊には一部側廊が付け加えられているが、
従来は単身廊十字形の聖堂だったらしい。
 ここでは、西正面の入口に注目したい。
 ファサード部分に庇を付けた格好で、この入
口の門部分が保存されている。
 半円アーチの門にはタンパンは無く、二重の
ヴシュールには連続的な花模様の意匠が施され
ている。
 ヴシュールを支える左右の柱頭の下に、細長
い人物像が刻まれている。
 いずれも冠を戴いた女性像で、左側の像は小
鳥の羽を持っているようにも見える。また右側
の像も、小鳥と木の葉を持っているのだが、何
を意味するのかは不明だ。
 しかし、円柱をフルに使用した痩身の人物像
というものは、いかにもロマネスク的である。
構造体ともいうべき円柱を、そのまま見事に彫
刻にしてしまっているからなのである。  
 
 
---------------------------------------------------- 
        
      
 ブリネー聖エニャン教会
  Brinay/Église St-Aignan 

      1
Cher    
                 
  
 
 ヴィエルゾン Vierzon の町から、シェール
河の対岸をブールジュに向かって8キロ程走る
と、そこがこの小さな寒村である。
 村の礼拝堂のようなチャーミングなたたずま
いの教会は、丸で民家の間に隠れる様にして、
木立の陰にひっそりと建っていた。

 しかし、一歩堂内に入ると、そこは外界とは
隔絶された、異次元とも言うべき輝くような別
世界だったのだ。
 祭室の壁の全てが、彩色も鮮やかに残された
フレスコ画で埋め尽くされている。濃い朱色と
緑と黄が主体で、窓からの自然光に映えて殊更
美しかった。

 生誕から磔刑に至る、キリストの生涯を中心
にした場面が多く、落ち着きと品格に溢れた優
しい図像ばかりであった。
 私が写真の「エジプトへの逃避」を特に気に
入ったのは、聖母子の過酷な境遇を予感させる
劇的な場面が、平和で情感豊かな静寂さに満ち
ていたからだった。
 「東方三博士の礼拝」「悪魔の誘惑」や「最
後の晩餐」など、いずれも甲乙つけがたい傑作
であろう。
 
---------------------------------------------------- 
     
    
 ブールジュ聖エチェンヌ大聖堂
  Bourges/Cathédrale St-Etienne 

      1
Cher    
                 
  
 
 12世紀末創建になる文字通りの大聖堂で、
正面入口のゴシック彫刻が示す迫力には圧倒さ
れてしまった。中央のタンパンに彫られた「最
後の審判」は、ゴシックの傑作として見応えが
あった。

 内陣の13世紀ステンドグラスを見てから、
私達は聖堂の両脇に有る南北両扉口へ行ってみ
た。創建時のロマネスク建築が残された場所で
ある。
 写真は南の扉口で、ロマネスク様式のタンパ
ンを中心とした彫刻群を見る事が出来た。
 シャルトルの中央扉口に似ているなあと最初
に感じた。タンパンの四福音書家シンボルに囲
まれた荘厳のキリスト像、その下のまぐさ石に
彫られた十二使徒、両脇の円柱に彫られた細長
い聖人像など、構成が全く同じなのである。
 正面ゴシックの生々しい写実を見た直後だっ
たので、ロマネスクの諸像が示す一見稚拙な彫
りが、むしろ深みの有る造形的表現として感じ
られたのだった。
 中央柱の彫像は、13世紀後補のキリスト像
らしい。北門には聖母マリアを中心とした彫像
が見られた。   
 
 
---------------------------------------------------- 
     
     
 ブールジュ旧聖ウルサン教会
  Bourges/Ancienne Collégiale
      St-Ursin
 

      1
Cher    
                 
   
 
 ブールジュの大聖堂から南へ100mほど行
った所に
・マルロー広場
Pl. A. Marlaux
あり、リーニュ通り
(
Rue du 95e-de-Ligne 
が交差した角に、この旧修道院教会の門だけが
隠れるようにして保存されている。
 6世紀に起源を持つ古い修道院だが、11世
紀に再建され、18世紀に破壊され今日に至っ
たらしい。建築は全て喪失し、県庁の敷地の一
画に保存されることとなったようだ。

 半円形のタンパンは三段に仕切られており、
上段にはロバ、キツネ、鶏、熊などが描かれた
寓話の図像が彫られている。意味は不明だ。
 中段は、狩猟の場面と思われるが、騎士と猟
犬がキツ
ネらしき動物を仕留める壮絶な場面と
なっている。教会の門のタンパンに彫られる主
題として、一体何を意味しているのだろうか。
 謎に満ちた図像なのだが研究不足のため、信
仰の強さの表現ではないか程度の想像しか出来
ないままでいる。
 下段には、これは一般的な十二ヶ月の仕事が
十二のアーケードの中に描かれている。他では
見られない、鎌を研いでいるような場面もあり
興味深い。この主題はおそらくは、労働のサイ
クルを通じて、祈祷や祭礼のサイクルを暗示す
るものだったのだろうと思う。
 マグサ石や側柱の植物文様も見事である。
 
 
---------------------------------------------------- 
      
    
 プレンピエ聖マルタン
     旧修道院付属教会
  Plaimpied/Église St-Martin
      Abbatiale
 

      1
Cher    
                 
 
 ブールジュの町の東南8キロに位置するオー
ロン河畔の美しい村の真ん中に、この旧修道院
は在る。
 聖堂は11世紀の創建だが、16世紀頃の度
重なる戦乱で損壊し修復が繰り返されたため、
当初の建築はほとんど残っていない。
 創建時の面影を伝えるのが、身廊の柱頭に飾
られた彫刻群である。これもかなりの修復が見
られるが、像容に致命的な変貌は無さそうで、
ポアトウのショウヴィニイにも似た悪魔や怪物
が主役の空間が出来上がっている。
 写真は「悪魔に誘惑されるイエス」で、優れ
た描写力が空想に満ちた幻視的な場面を見事に
表現している。
 他にも、双頭の獅子や怪鳥、植物から生まれ
る人間など、直接には聖書とは関連の無さそう
な図像ばかりが多いのだが、ロマネスク特有の
不可思議な世界を感じさせる。
 
 
---------------------------------------------------- 
     
    
 シャトーメイヤン聖ジュネ教会
  Châteaumeillan/Église St-Genès 

      1
Cher    
                 
    
 
 灰色ワインと呼ばれるガメイ種の淡麗な赤ワ
インで知られる町。ブールジュの南約70キロ
に位置している。

 教会は三廊式で、左右の翼廊に二つづつ小祭
室が有るため、全部で七つの祭室を持つ壮大な
建築である。
 12世紀の創建で、褐色の石材が落ち着いた
雰囲気を演出している。
 扉口や柱頭彫刻に優れた意匠が見られるが、
特に美しかったのが、翼廊の交差部から祭室へ
と至る内陣空間だった。太い四方柱とその間に
配された細い柱とが造り出す、荘厳だが軽快で
繊細な感覚は、他に余り見られない構造だ。
 「柱の森」とも称される程の細い列柱だが、
そこには石を積んだだけというプリミティヴな
ロマネスクのイメージとは対極に位置する、理
知的な美しさが秘められている。

 柱頭には様々な図像が彫られているが、アダ
ムとイヴの創造や誘惑、カインとアベルの説話
などの図像が興味深かった。   
 
 
---------------------------------------------------- 
      
    
 サン・トゥートリーユ・アン・
  グラセイ
聖ウートリーユ教会
   St-Outrille en Graçay/
     Église St-Outrille
 

      1
Cher    
                 
  
 
 イスーダン Issoudun の郊外に泊まった翌
朝、私達はグラセイの町の西に建つこのチャー
ミングな教会を訪ねた。
 朝市の立つ広場の近く、小川が流れる緑に囲
まれた爽快な聖域となっている。
 鐘塔は後世のものだろうが、躍動感に満ちた
後陣外観のアンサンブルが目を引いた。中央に
ロンバルディア帯の装飾があり、三つの小祭室
壁面は窓だけという単純な姿である。右端のも
のは後補らしい。

 聖堂は単身廊で、翼廊のある十字型である。
 身廊は15世紀の再建になったものだが、翼
廊との境目には、創建当初のものと思われる素
朴な半円形アーチが残されていた。
 祭室部分の壁面や柱の全てが綺麗に洗浄され
ているので、真新しい建築のように見える。し
かし、これはれっきとした13世紀初頭の建築
であり、左右に三連アーチの装飾窓を設けた意
匠からは、この地方がいかに非凡な美意識を所
有していたかを窺い知ることが出来る。
 様々な時代の建築が混合しているにもかかわ
らず、均整がとれた美しい建築だった。   
 
 
---------------------------------------------------- 
     
    
  アヴォール聖ユーグ教会
  Avord/Église St-Hugues

      1
Cher    
                 
   
 
 この村は、ブールジュの東南20キロにある
小さな集落である。
 教会は村の規模に相応しい素朴な建築で、単
身廊の箱型バジリカである。
 西正面扉口のアーチ門装飾以外には、ロマネ
スク建築として見るべきものは無い。しかしこ
こでは、聖堂へと入り、祭室部分まで歩を進め
正面の窓周辺や左右の壁面を注視したい。
 そこには、ロマネスク時代の愛らしくもシュ
ールな、美しいフレスコ画の図像が在るのだ。
 20世紀半ばになって、上塗りされていた漆
喰の下から、奇跡的に発見されたらしい。
 正面窓の両側に描かれた、鍵を持つ聖ペテロ
と法典を持つ聖パウロの像が最大の目的だった
のだが、窓からの光線が強過ぎて写真が撮れな
かった。
 掲載した写真は、祭室脇の壁面に描かれた女
性の像である。僧衣をまとった不思議な姿で、
描かれた趣意は判読出来ないが、何故かブリネ
ーの聖母像が連想されてならなかった。
 かなり損傷が激しいものの、創作当初の流れ
るような抽象美を少しも失っていない。
 
 
---------------------------------------------------- 
     
    
 ラ・セル・ブルエール
    
聖ブレース教会
  La Celle Bruère/
     Église St-Blaise
 

      1
Cher    
                 
  
 
 ここはブールジュの南50キロ、シェル河畔
に近い背後に深い森のある牧歌的な村である。
 かなり細長いシンプルな聖堂であり、鐘塔も
ロマネスク様式なのだが、身廊部両サイドに飛
びアーチのような梁が付けられているので、ゴ
シック期に大きな改造があったようだ。

 後陣は主祭室のほかに四つの小祭室が揃った
豪壮な眺めであり、自ずと三廊式の身廊が想定
された。
 西正面のファサードは改修された味気無いも
のだったが、数個のユニークな人物と動物のレ
リーフが壁面に嵌め込まれていた。
 身廊は思った通り三廊式で、翼廊の両側には
小礼拝堂が造られている。半円筒ヴォールトの
天井には、連続する横断アーチが6つ見られ、
まことに優美かつ豪快な建築である。
 祭室部分の側廊との区切りが三つの連続アー
チになっており、太い円柱が落ち着いた空間を
創出している。
 柱頭彫刻も見事で、写真はその一つ。ライオ
ンと植物を意匠した、彫りの良い作品である。
 
 
---------------------------------------------------- 
      
   
 ヴィック聖マルタン教会
  Vicq/Église St-Martin 

       Indré
   
                 
  
 
 ブリネーと共に、ベリイ地方のロマネスク壁
画を代表する傑作である。
 ノアン・ヴィック
Nohant-Vicq はシャト
ールー郊外に有る、ジョルジュ・サンドに縁の
深い村であり、彼女の尽力によってこの壁画が
残されたという。

 ブリネーと同様に、教会は村の礼拝堂とも言
えるような、愛らしいたたずまいである。
 太くて力強い輪郭線が特徴のこのフレスコ画
は、内陣を仕切るアーチ壁も含め聖堂の壁面全
てに描かれており、色はやや褪色しているもの
の、盛り上がるような迫力は少しも失われてい
ない。

 写真は、上部に「聖マルタンの逸話」、下部
に「キリストの捕縛」が描かれている中の、特
にキリストに接吻するユダの姿である。
 振り返るキリストと、周囲の兵士や使徒たち
の群像が躍動的である。
 「三博士礼拝」や「エルサレム入城」など、
魅力的な主題が描かれており見応えが有る。
 ロワールからベリイ地方にかけて分布する一
連のフレスコ壁画には、優れた筆致の躍動的な
表現力を見ることが出来る。
 
     
----------------------------------------------------
     
    
 ヌヴィー・サン・セピュルクル
        聖エチェンヌ教会
  Neuvy-St-Sépulchre/
       Église St-Etienne
 

      
Indré  
                 
 
 
 ヴィックから近いこの町の聖堂は、大変珍し
い構造である。それは、バジリカ式の三廊式身
廊に、エルサレムの聖墳墓教会を模した円形聖
堂が組み合わされたような姿だからである。
 円形聖堂は二層構造で、11本の柱とそれを
結ぶ連続アーチによって仕切られている。円の
中央は天蓋まで吹き抜けになっており、柱頭彫
刻を間じかに見ながら二階部分を歩くのは楽し
かった。
 柱は太くずっしりと重厚で、施された柱頭彫
刻はいずれもロマネスクらしい幻想に満ちた図
像ばかりである。
 写真右の柱頭では猿と猫のダンスが見られ、
左ではふんどし一丁の髭親爺に、出した舌が植
物の葉っぱになっている猫などが見られる。
 他の柱頭でも、植物模様の蔓の先が人間の姿
に変貌したり、葉の中から人物が覗いたりして
いる。何と豊かな想像力であり、遊び心である
ことだろうか。
 
 
---------------------------------------------------- 
    
      
 フォンゴンボウ聖母
     聖ジュリアン修道院教会
 Fongombault/Église de l'Abbaye
     Notre-Dame et St-Julien
 

      
Indré  
               
 
 
 ポアティエの東70キロ、ベリー地方に入っ
てすぐのクルーズ河に沿った美しい町で、修道
院は町外れの森の中に在る。

 82年の正月、ポアトウのロマネスク探訪の
際に訪れた時は完全に冬季閉鎖状態で、正面の
外観しか見る事が出来なかった。
 03年の10月に再訪の機会を得たので、午
前のミサに合わせてポアティエから車を飛ばし
た。参列の人数は少なかったが、荘重な雰囲気
の中で、大勢の僧侶達が祭壇で香を焚き、説教
をしていた。
 聖堂に響き渡るグレゴリオ聖歌の典雅な美し
さは、仏教徒の私達をしても、引き込まれそう
な魔力を感じさせた。

 時を忘れたかのように続くミサのお陰で動き
回ることが出来ず、内陣の柱頭や祭室、中庭か
らの見事な後陣の景観を見損なってしまった。
 もう一度、ここを訪ねる計画を立てねばなら
なくなってしまった。
 
 
---------------------------------------------------- 
     
    
 サン・ジェヌー聖ジェヌー教会
  St-Genou/Église St-Genou 

      
Indré  
               
 
 
 シャトールー Châteauroux から Loches
ロッシュに向けて、アンドレ川に沿った国道を
約30
キロ走ることになる。
 創建は9世紀とのだが、ノルマンに破壊され
た修道院は11世紀には再建されたという。
 写真は後陣の斜め後ろからのもので、ここに
写っている白い建築部分だけがロマネスク時代
のものである。
 従来は翼廊の無い三廊式だったが、ゴシック
以降に鐘塔部分が入口となり袖廊が付け加えら
れたのだと思う。
 身廊には左右四本づつの円柱が即廊との境目
にアーケードを構成している。その上にトリビ
ューンのような盲アーケードと、さらに上の採
光窓と重なっており、小規模ながら壮麗な建築
美を見せている。
 それぞれの柱頭には、切り口の鮮やかな彫刻
が飾られている。ライオン、鳥、葉人間などを
モチーフとしたものの他、「東方三博士礼拝」
や「ライオンの穴のダニエル」などが傑作だ。
 柱頭の全てにやや綺麗過ぎる修復が施されて
おり、それがとても気になるところではある。
 
---------------------------------------------------- 
      
    
  パルオー・シュル・アンドレ
         旧聖ローラン教会

  Palluau-sur-Indré/
   Ancienne Église St-Laurent

      
Indré  
               
   
 
 後陣の一部は残っているものの、教会の外観
からこのフレスコ画の存在を想像することは不
可能だろう。正面の入口がアルミサッシで出来
ていたからなのだが、この旧小修道院の内部空
間には、奇跡的とも思える程の創造的な壁画が
残されているのである。

 ロマネスクの建築としては、聖堂の祭室部分
だけが残っており、さらに半円筒ヴォールトの
天井部分と祭室のドーム部分に、それらの貴重
な壁画を見ることが出来た。
 手前に栄光のキリスト像がある。右手を上げ
左手に律法を持ち、四福音書家のシンボルに囲
まれながら、楕円形の輪郭の中の玉座に座して
いる。

 写真は祭室ドームに描かれた聖母子像で、ブ
リネーと同じような朱色と緑色が鮮やかで、色
彩の調和がとても美しい。
 両端に竜頭がデザインされた椅子に座ってい
る聖母というのは珍しいが、慈愛がデフォルメ
されたような何とも素朴で愛らしい像容だ。
 聖母と幼児キリストの頬に、ホクロのような
点が二つづつ描かれている。これはヴィックに
もその事例が見られるのだが、何と手前のキリ
スト像や周囲の聖人の頬にもこのホクロが描か
れていた。聖なるもの、を表現したものなのだ
ろうか。
 ノルマンディーやロワール一帯のフレスコ壁
画には、何故かこの“ホクロ”状またはややぼ
やかした“頬紅”状のドットが描かれているも
のが多い。
 
 
---------------------------------------------------- 
     
     
 ボミエール聖ピエール教会
  Bommiers/Église St-Pierre 

      
Indré  
               
   
 
 この教会は宿泊していたイスーダンの真南、
シャトールーの町の真東に位置する小さな村に
在る。
 いきなり聖堂に入るのではなく、その前に西
正面ファサードや後陣など、建築の外観を眺め
てみるのが、中世の建築に対する敬意を示すた
めの私達の作法となっている。
 しかしここでは、後陣の見える場所が個人の
お庭だったので、特別に許可を頂かねばならな
かった。作法も時には困難となる。
 いかにもベリー地方らしい、均整の取れた後
陣だったが、小祭室と主祭室の間に一段小さい
祭室が有るのが特徴だった。

 聖堂は翼廊付きの十字で単身廊という、単純
明快なプランである。修復や改修を重ねている
ものの、鐘塔以外の大部分がほぼ創建当初の雰
囲気を保っている。
 十字交差部に残る柱頭彫刻は見事で、撮影は
したのだが、かなり高い位置に在ったため良い
写真にはならなかった。望遠レンズを忘れたの
が、何とも悔やまれたものだった。
 
---------------------------------------------------- 
     
     
  メオベック聖ピエール教会
  Méobecq/Église St-Pierre

      
Indré  
               
  
 
 静かな町の広場に面して、この教会は建って
いる。正面の扉口に見るべきものは無かった。
 聖堂の後方へと回ると隣家との間隔が狭く、
後陣の全貌を一望することは出来なかった。
 身廊と翼廊部分の外壁が工事中で、足場が邪
魔をして建築外観は写真にならなかった。
 身廊は三廊式で落ち着いた雰囲気だが、やや
後世の修復が露骨だった。

 写真は中央主祭室部分から側廊の小祭室を、
連続アーチ越しに眺めたところである。この辺
りは巧みに美しい空間が演出されており、ロマ
ネスクらしい構成となっている。
 祭室の半円ドームには、荘厳のキリストと使
徒達の像が描かれているが、これはどうやら後
世に手が加えられているようだ。
 窓の高さの柱や壁面に描かれているフレスコ
画には、当代の見るべき図像が残っている。や
はり、近年になって奇跡的に発見されたもので
ある。
 大半が聖人像で、聖ペテロ、聖ベネディクト
などという文字が像の横に書いてあるのでそれ
と知れる。  
 
 
---------------------------------------------------- 
      
    
 ポールネー聖エチェンヌ教会
  Paulnay/Église St-Étienne 

      
Indré  
               
  
 
 シャトールーからトゥールへ向かう途中で、
予定外の立ち寄りから発見した教会である。物
の本には教会の存在は載っているものの、この
見事な扉口については何も書かれてはいない。
 珈琲が飲みたくてキャフェを探し、店の前の
小さな広場の駐車場に車を止めた。何と目の前
がこの教会だったのである。花の存在すら知ら
ず、団子のみを追いかけていたことになる。
 しかし、たまたま寄ったこの教会のファサー
ドは、通過していたらさぞや悔やまれるであろ
うと思われる程の傑作だった。

 ファサードの構成は、隣接するポアトウ地方
の様式に似ている。タンパンの無い三連のアー
チ、多重のヴシュール装飾、横一列の持ち送り
彫刻などが挙げられる。
 彫刻の彫りがしっかりしているので、研磨ま
たは修復されたと見るべきなのだが、ロマネス
ク彫刻の華とも言える作品が、名も知れぬ町に
存在していたということが無性に嬉しかった。
 
---------------------------------------------------- 
      
   
 シャンボン・シュル・ヴーエイズ
       聖ヴァレリー教会

  Chambon-sur-Voueize/
       Église St-Valérie
 

      
Creuse 
               
  
 
 オーベルニュ北部の Neris-les-Bains ネリ
・ル・バン
に滞在していた時に行ったので、こ
の町がリムーザン地方の最東北端にあったこと
を知らなかった。二つの地方の境界となってい
るシェール川の支流タルドの、そのまた支流が
ヴーエイズ川なのであった。

 この壮大な規模の教会は、町の外側の森の彼
方からも双塔が眺められる程の大きさだった。
 残念なことに後陣が修復中で、見事な半円形
の祭室群が見えなかったのが心残りだった。
 三廊式十字形の聖堂で、身廊には左右6本づ
つの柱が側廊との間のアーケードを構成してい
る。柱は角柱で、四方に円柱が配されている。
 写真は、身廊の一番奥の聖歌隊席から、十字
交差部と祭室を眺めたものである。この天井は
半円筒ヴォールトだが、身廊や側廊の天井は交
差穹窿であった。   
 ヴェズレーからの巡礼路上に位置しているの
で、巡礼教会としての周歩廊が内陣の外側に設
計されている。三つの小後陣を配した、美しい
放射状祭室が演出されているのだった。
 創建は10世紀末の修道院で、現在の教会建
築は祭室・後陣部分が12世紀、身廊部分は何
と11世紀のものである。
 
 
---------------------------------------------------- 
      
    
 トゥルー・サント・クロワ
    聖クロワ教会

  Toulx-Ste-Croix/
    Église Ste-Croix
 

      
Creuse 
                
  
 
 前述のシャンボンの北西25キロに位置する
山上の村で、地図によれば標高は655mと記
されている。リムーザン地方の広大な緑地の光
景が展開する絶景地だが、車でのアクセスには
何の支障も感じられなかった。
 ガリア人によって築かれたという古い村の中
央広場に面して、教会と少し離れて一風変わっ
た様式の鐘塔が建っているのが見える。

 11~12世紀の建造と言われる聖堂の外観
は、丸で要塞のような石の塊でしかなかった。
しかし、堂内へ入ると、そこは三廊式の身廊と
交差する翼廊、周歩廊のある祭室と後陣によっ
て構成された、見事なロマネスクの空間だった
のである。
 天井や壁、柱に至るまで彩色されており、当
然後世の修復には違いないと思いつつ、さして
違和感が感じられないのは、建築そのものの素
朴な美しさがそれを凌駕しているからなのだろ
うと妙な妥協をしていた。
 聖堂の東側、牧草地を隔てて眺められる後陣
や鐘塔の姿は、とても絵画的で美しかった。

 聖堂の西門に面した鐘塔は四方に控え柱のよ
うな突出物があるため、何とも無骨な設計に見
えるのだが、階下の素朴な小祭室の佇まいもあ
って、よく見ればいかにもプリミティブな良さ
が次第に伝わってくる建築だった。
 
---------------------------------------------------- 
     
   
  アアン聖シルヴァン教会
  Ahun/Église St-Sylvain

      
Creuse 
                
 
 
 クルーズ川の段丘に開けた小さな町で、ガリ
ア時代からの歴史があるという。
 12世紀創建の聖堂なのだが、単身廊の内陣
はかなり修復されている。創建時の姿を示して
いるのは、東側の外陣だろう。半円形祭室の外
壁には窓の付いたアーケードと、連続する盲ア
ーケードのアンサンブルを見ることが出来る。
柱頭彫刻も見所だ。
 写真は11世紀の地下祭室クリプトである。
6本の円柱が、素朴で美しい空間を創出してい
る。至福のロマネスクを満喫出来た。
 
 
-------------------------------------------------------- 
     
    
 ベネヴァン・ラベイ
    聖バルテルミー教会

  Bénévent-l'Abbaye/
     Église St-Barth
élemy
 

      
Creuse 
                
   
 
 リモージュまで約40キロのサンチャゴ巡礼
路上に開けた門前町で、教会は11世紀に創建
され、12世紀にロマネスク様式に改造された
のだという。


 西門のアーチには、近くに在る著名なル・ド
に似たモサラベ風の波型意匠が見られる。
 身廊は三廊式で、翼廊との交差部に鐘塔が建
っているので、玄関間上の塔と併せ二本の塔が
聳えた壮麗な建築である。
 天井の穹窿
Vault と共に、ロマネスク建築
最大の特徴でもある梁間
Travée がここでは
五つもある。この聖堂の天井は尖頭ヴォールト
で、横断アーチが設けられている。
 円柱上の柱頭彫刻に見るべきものが多く、位
置がやや高いので詳細が見えないのが不満だっ
た。それでも、ロマネスクならではの、奇妙な
動物や人物の図像が私達を楽しませてくれる。
 翼廊南側の祭室に、教会創建の礎となった聖
バルテルミーの聖遺物が祀られているのだそう
だが、はっきりと確認は出来なかった。

 写真、祭室を囲む円柱と周歩廊を撮ったもの
である。精緻な柱頭彫刻も秀逸で、巡礼教会ら
しい典雅な雰囲気が感じられる。
 周歩廊の外側に三つ、翼廊南北に各一つの五
つの半円形小祭室が設けられているが、このプ
ランの事例はこの地方でよく見られる。
 
 
---------------------------------------------------- 
    
   
 ル・ドラ聖ピエール参事会教会
  Le Dorat/Église Collégiale
       St-Pierre
 

      
Haute-Vienne 
                
   
 
 ポアティエからリモージュへ向かって国道を
走り、リムーザン地方へ入って直ぐの町がル・
ドラである。

 教会の建物は、全体に煉瓦のような切石を積
んだ重厚な建築で、内陣は側廊の有る三列の身
廊から成り立っている。身廊の天井は半円アー
チ、側廊の天井は交差ボ-ルトになっている。
 祭室には周歩廊が有り、小祭室も付いた完璧
なプランと言えるだろう。
 地下のクリプトの壁も含め、柱もアーチも積
んである切石がとても美しく見える落ち着いた
聖堂である。

 正面のファサードには盲アーチで装飾された
豪快な塔と、それを挟む八角形の二つの小塔、
その下に特異な飾りの門が造られている。
 入口の周囲のアーチ部分は、波型のアーチ模
様が四重に重なっており、これは他に類例を見
ない珍しい意匠であった。

 この聖堂のどこが格別美しいというのではな
いが、このどっしりとしていながら、さして飾
らぬ素朴さに惹かれるのだろう。これこそが即
ち、ロマネスク建築の美しさの本質なのではな
いだろうか。  
 
 
---------------------------------------------------- 
     
   
 ソリニャック聖ピエール
      旧修道院付属教会
  Solignac/Ancienne Église
       St-Pierre Abbatiale
 

      
Haute-Vienne 
                 
   
 
 リモージュの町の南に隣接する、静かな集落
の真ん中にこの教会の聖域が在る。
 聖堂は三つの円形ドームを持った、ビザンチ
ンの面影も伝える12世紀後半の建築である。
聖堂は単身廊の十字形で、身廊部分に二つ、翼
廊との交差部分に一つ、ぽっかりと穴が開いた
ように半球体形の天井が連続している。

 写真は身廊から眺めた後陣方向で、祭室から
放射状に三つの小祭室が張り出ており、翼廊に
も小礼拝堂が付随している。
 祭室の上部は八角形の塔のように見えるが、
五角のみが迫り出し、残りの三角の部分で身廊
と翼廊に接合されているのである。

 一見無骨そうだが、全体にバランスのとれた
美しい建築である。
 聖ペテロに鍵を渡すキリスト像等、身廊の柱
頭には美しい彫刻がある。
 
---------------------------------------------------- 
     
   
  サン・レオナール・ド・ノブラ
    /
聖レオナール参事会教会
   St-Léonard-de-Noblat
/
       Collégiale St-Léonard

      
Haute-Vienne 
                 
 
 
 ベリー地方からリモージュを経由し、ドルド
ーニュまでドライブした事があった。95年の
夏休みのことで、途中この町に寄ってみること
にしたのだが、情報の少ない時代だったので、
ただの立ち寄りには勿体無いような教会が在っ
たことに驚いた記憶がある。

 最初に目に入ったのが、写真右の奇妙な格好
をした鐘塔だった。余り美しいとは言い難い塔
だが、一階が聖堂への玄関間になっており、そ
の柱頭に素晴らしい彫刻が在ったのである。暗
く狭い空間なので、残念ながら写真は上手く撮
れなかった。
 単身廊だが部分的に側廊が後補された変則的
な構造で、祭室には巡礼教会のような周歩廊と
七つの放射状祭室が設けられるという、複合的
な平面プランを示している。
 写真でもその複雑さが容易に理解できるが、
石を盛り上げたような後陣の景観は、建築の面
白さに満ち溢れていた。
 
 
---------------------------------------------------- 
     
   
 サン・ジュニアン
    
聖ジュニアン参事会教会
  St-Junien/Collégiale St-Junien 

      
Haute-Vienne 
                 
 
 
 リモージュの町を流れるロワール支流ヴィエ
ンヌ川に沿って約30
キロ下ったところに、こ
の地方の中都市であるこの町が在る。


 町の中心に建つこの教会は、聖ジュニアンの
隠棲所としての起源を持っている。
 その後、ノルマンによる破壊や幾多の修復を
繰り返して現在に至っているそうである。
 煉瓦の様な切石を積んだ建築は、ル・ドラや
ソリニャックなど一連のリムーザン地方の聖堂
に共通している。
 三廊式十字形の聖堂だが、半円形の後陣の無
い方形の祭室となっている。祭室部分は13世
紀に改造されているので、当初からの姿ではな
いと考えたほうが良いのかもしれない。
 西側正面ファサードは、ル・ドラの聖堂建築
のイメージに共通しているように見える。堅固
な要塞風であり、両サイドの小塔の装飾も似て
いる。このファサード部分は12世紀の建造で
あり、身廊の大半は11世紀のものだそうだ。
 内陣に聖ジュニアンの墓所があり、その各面
に精巧な彫刻が彫られている。写真はその北面
で栄光の聖母子、南面には神の羊が彫られ、黙
示録の二十四人の長老が各面に十二人づつ描か
れている。石彫の至芸とも言える精巧で美しい
彫刻である。
 
 
---------------------------------------------------- 
      
    
 レ・サル・ラヴォギュイヨン
        
聖ユートロプ教会
  Les-Salles-Lavauguyon/
       Église St-Eutorope
 

      
Haute-Vienne 
                 
  
 
 リモージュの南西40キロに位置しており、
周囲には
深い森と牧草地しか見当たらないとい
う牧歌的な村落であった。
 村外れに建つ教会は、小さな村に比して大き
過ぎる程の偉容であった。
 四つの梁間を持つ三廊式の身廊、交差する翼
廊など、11~12世紀に創建された歴史が滲
んでいるように感じられた。
 天井は尖頭ヴォールトで、同じ尖頭形の横断
アーチで区切られている。
 祭室・後陣部分は、明らかに後世に改築され
ているように見えた。

 ここでは、写真のフレスコ壁画を、何として
も観なくてはならない。
 それは、正面の扉口を入ったすぐ真上、つま
りファサードの裏壁に当たる部分と、両側壁に
描かれていた。
 かなり褪色し剥落しているので、具体的なモ
チーフを確認するのは難しいのだが、中世フレ
スコ絵画の持つ独特の気品が匂い立つように感
じられたのだった。
 ブルーや赤が良く残っている。
 受胎告知、アダムとイブの創造、キリスト誕
生などは確認出来たが、地獄のような場面や聖
人の奇跡や生涯を描いたであろう場面は、想像
力を巡らす以外に方法は無かった。
 
 
---------------------------------------------------- 
     
   
  ドゥルナザック
    聖シュルピス教会

   Dournazac/Église St-Sulpice

      
Haute-Vienne 
                 
  
 
 リモージュからの南南西へ22キロほど行っ
た辺りにシャリュ
Châlus という地方都市が
在り、そこから更に西へ7キロ入ったところに
この鄙びた村がひっそりと静まっていた。
 12世紀に創建されたとされるこの教会は、
村の南の外れに堂々と建っており、14世紀に
部分的に改修されたとはいえ、ロマネスクらし
い特徴を残した清雅な雰囲気を伝えていた。

 聖堂は単身廊で、翼廊のある十字形である。
交差部は八角形のドーム状になっており、上部
に鐘塔を建てている。身廊の天井は円筒ヴォー
ルトで、創建時の古い様式を伝えている。身廊
と交差部の境界に、仕切り壁が設けられている
のが珍しい。
 翼廊部分の柱頭に天使などを彫った傑作が残
されているらしいのだが、かなり高い場所に在
るので鮮明には確認出来なかった。

 最大の特徴は、祭室のドーム天井の下部分に
施されたロンバルディア帯状の装飾で、それは
両翼廊の小祭室にも連続していて美しい。
 写真のように、外陣が半八角形であることも
また、大きな特徴である。翼廊の小祭室はほぼ
半円形だった。
 後陣と鐘塔の見える聖堂後方からの眺めは、
教会建築の最も美しいポイントのひとつである
と思う。
 
---------------------------------------------------- 
     
    
 ル・シャラール旧小修道院教会
  Le Chalard/Église
     de ancien Prieuré
 

      
Haute-Vienne 
                 
   
 
 前述のシャリュからD901を、ドルドーニ
ュ県との
県境沿いに東南へと車を進める。約2
0キロ走って着いたこの森に囲まれた村には人
影が全く見当たらず、丸で映画のセットを見る
ような静けさだった。
 教会はイスルの谷を望む村外れの小高い丘の
上に建っており、鬱蒼とした木立と苔むした中
世の墓地に囲まれた別世界だった。

 鐘塔を中心とした一見要塞のような風貌に威
圧感を覚えたのだが、良く見ると聖堂の身廊部
分が失われて翼廊と後陣だけだ残ったように見
える。交差部には、各面に三つの窓を持った鐘
塔が腰を据えたように建っている。
 写真は後方東北側から眺めたもので、後陣の
祭室や翼廊の北側が写っている。聖堂へは、そ
の翼廊北側の扉口から入れる。

 身廊の無い交差する十字形部分だけの現在の
平面プランは、あたかもビザンチンの聖堂を見
るような不思議な気分だった。
 主祭室は円形ではなく七角形になっており、
壁面には七つのアーケードが意匠されている。
窓の開いた部分と盲アーチとが交互に配置され
ているのである。翼廊に取り付けられた小祭室
は半円形だった。
 交差部の柱頭には優れた彫刻があり、植物と
絡まる人像や聖人のエピソードと思われる図像
などを見ることが出来た。
 墓地には、12世紀の墓が数十基も在った。
 
 
-------------------------------------------------------- 
      
    
  サン・ティリュ・ラ・ペルシュ
       ムスティエール教会

   St-Yrieux-la-Perche/
         
Église du Moutier

      
Haute-Vienne 
                 
  
 
 この県の最南端に位置するこの町は、人口8
千人弱だがこの一帯の中心となっている。
 6世紀にトゥールの聖マルタンが関係したと
伝わる修道院が創建され、その後ロマネスクの
時代からゴシックへ至る間に、様々な改修や改
築を重ねて今日まで伝わった聖堂なのである。

 写真は、聖堂の西正面に建つ鐘塔付きの扉口
で、身廊から翼廊へと建築が展開していく。翼
廊交差部から更に東に身廊が延び祭室に至るの
だが、この部分は明らかに後補されたゴシック
建築である。
 翼廊から西の身廊も天井や梁はゴシック様式
であり、ロマネスクの名残は壁面や基礎部分に
のみ辛うじて見られる。
 写真の鐘塔もロマネスクとゴシックをかき混
ぜたような建築で、通例的には掲載はしないの
だが、伝統的なロマネスクの雰囲気を残しつつ
改修した、という空気が伝わって来て見逃せな
い教会となってしまったのだった。
 素朴な扉口と、ファサードのアンサンブルが
魅力的である。
 翼廊南側の扉口は閉まっているが、帯状のア
ーチ装飾であるヴシュール
Voussure 部分を
多重式にした事例を見る事が出来る。
 
 
-------------------------------------------------------- 
     
    
  ユゼルシュ聖ピエール教会
   Uzerche/Église St-Pierre

      
Corrèze 
                 
  
 
 リモージュから高速A20号線で約50キロ
南下し、それから田舎道をしばらく行くと、ヴ
ェゼール渓谷の崖上に発展したこの町が見えて
くる。
 石畳の道を登って行くと、谷の展望が開ける
最も高い場所に教会の建築が聳えていた。

 南の翼廊扉口から聖堂内へと入る。三廊式十
字形のプランで、鐘塔は交差部ではなく何故か
二つ目の梁間に設けられている。
 聖堂の古い部分は、写真の祭室、翼廊の北側
そして身廊の壁の一部が11世紀で、他の大半
は12世紀となっていた。
 身廊の天井は横断アーチの付いた尖頭ヴォー
ルトで、側廊の天井は半円アーチだった。
 中央の祭室は6本の円柱で囲まれており、そ
の外側に周歩廊と4つの小祭室が設けられてい
る。11世紀の遺構だが、円柱は後世に補修さ
れているらしい。しかし、当初のイメージを良
く留めている、とも感じられた。
 両翼廊にも小祭室が付けられているので、後
方から見た後陣は、6つの半円形祭室が重なっ
た荘重な眺めだった。

 地下の祭室へは、外陣の外壁の石段から降り
ることが出来る。外側に環状の周歩廊がある円
形の祭室で、中央に角柱が一本建ち四方に入口
が開けられている。11世紀、聖堂創建時のも
のだろう。
 
---------------------------------------------------- 
       
     
 ヴィジョア聖ピエール教会
  Vigeois/Église St-Pierre 

      
Corrèze 
                  
 
 
 聖イリエ St-Yrieiux が6世紀に創設した修
道院が基礎となり、11世紀に現在の聖堂が構
築された。
 単身廊に翼廊の付いた十字形プランで、外陣
には壮麗な五つの半円形小祭室が設けられた。
 見所は、質の高い柱頭彫刻の数々で、主に祭
室の窓際や翼廊、外陣の外側にも優れた作品が
見られる。
 キリストや聖母の物語のほかに、聖人伝や怪
物像など見飽きぬほどの量だけでなく、その彫
刻の質の高さには圧倒される。写真は北側扉口
の聖ペテロと聖パウロである。
 
---------------------------------------------------- 
    
   
  アルナック・ポンパドール
     アルナック小修道院教会

   Arnac-Pompadour/
    Église prieuriale d'Arnac

      
Corrèze 
                  
   
 
 競馬と城で有名な町で、ユゼルシュからはヴ
ィジョアを経由しても西へ約25
キロほどであ
る。
 この教会は、市街地を少し離れたアルナック
村の田園風景に溶け込む様にして建っている。

 リモージュの聖マルシャルが11世紀に奉献
したとされる教会で、ロマネスク様式にゴシッ
クの修復が成されている。

 西正面のファサードは、尖頭アーチの扉口な
ど12~13世紀の改築だろう。
 三つの梁間
Travée持つ単身廊の十字形
で、祭室の三つの小祭室と両翼廊の二つを併せ
て、一つの半円形外陣を有している。
 身廊や祭室の天井はリブヴォールトだが、壁
面の大半はロマネスク様式を伝えている。
 特に、深い彫りの盲アーケードを意匠した五
つの外陣は、聖堂後方から眺めるのが最良だ。

 写真は、数ある傑作柱頭の内のひとつで、聖
オストリクリニャン
St-Austriclinien を蘇生
する聖マルシャルの図像とされている。
 他にも、ダニエルと思われるライオンに囲ま
れた人物像など、技巧的にも優れた彫刻を見る
ことが出来る。   
 
 
---------------------------------------------------- 
     
     
 ルベルサック聖エチェンヌ教会
  Lubersac/Église St-Étienne 

      
Corrèze 
                  
   
 
 前述のアルナック村から北へ6キロのところ
に在る小さな町だが、役場があってこの地方の
政治経済の中心地となっている。
 教会は町の西側の広場に面して建っており、
久し振りに大勢の人々の行き交う姿を見ること
が出来た。

 聖堂は単身廊の十字形で、入口は翼廊の南側
の扉口からであった。アーチ部分にモサラベ式
の波型装飾が施されており、ル・ドラの影響が
あったものと思われる。
 写真は、身廊の西側から祭室方向を眺めたも
ので、やや尖頭形の横断アーチと交差穹窿の天
井が照明に浮き出ていた。
 祭室の横壁には連続する盲アーケードが意匠
されており、窓枠になっている正面のアーケー
ドと連結しており、いかにも11世紀創建に相
応しい美しさを見せていた。
 
Chapiteaux histories と呼ばれる柱頭彫刻
がこの教会の見所になっており、聖書を主題に
した作品が数多く見られた。
 受胎告知、羊飼いへのお告げ、東方三博士、
主の御公現、エジプトへの逃避などをはじめ、
キリストや聖母の一連の物語で飾られている。
 この地域には、柱頭彫刻の優れた教会が多い
が、図像による啓蒙という意味合いが強かった
のだろう。
 
---------------------------------------------------- 
       
     
  オーバジーヌ聖エチェンヌ
      修道院教会

  Aubazine/Église abbatiale
        St-Étienne

      
Corrèze 
                  
  
 
 この地方の文化の中心地であるブリヴ・ラ・
ゲヤルドから、コレーゼ川沿いに東へ10キロ
行ったあたりの段丘上に開けた町である。

 12世紀に創建されたシトー派修道院に付属
する教会の聖堂で、三廊式十字形の壮大な建築
であった。現在の聖堂の身廊には三つの梁間が
あるが、創建当初には九つあったというのだか
ら、身廊は現在の3倍の規模だったのだろう。
 天井は尖頭ヴォールトで、横断アーチが梁間
を仕切っている。側廊は交差穹窿だった。

 写真は翼廊交差部から祭室を眺めたもので、
このあたりは創建時の姿のままであるらしい。
後陣や上部の三連窓などは、プロヴァンスのシ
トー派修道院のイメージに似ているような気が
する。
 無駄な装飾を排するシトー派らしく、柱頭な
どの装飾彫刻はほとんど見られない。
 交差部の上に聳える八角形の鐘塔は創建当初
のままで、各面に二連窓を配した意匠は、装飾
の少ない建築にあって異彩を放っている。

 教会の南側に回廊があったのだが、現在は別
の建物などが建っており、原初の姿は失われて
いる。
 
 
---------------------------------------------------- 
      
     
  コロンジュ・ラ・ルージュ
      聖ピエール教会

  Collonges-la-Rouge/
      
Église St-Pierre

      
Corrèze 
                  
   
 
 ブリブ・ラ・ゲヤルドの南東21キロに在る
美しい町で、その名の通り町の大半の建築が赤
い砂岩で出来ている。駐車場から町を遠望する
ことが出来るが、二本の塔が聳える教会の姿が
最初に目に入る。

 町役場の建物のアーチを抜けたところが教会
で、写真の西扉口がすぐ眼前に現れるのは衝撃
的ですらある。
 タンパンを支える柱を中心に、左右の扉口に
意匠された三つ葉模様の刳り貫きが珍しい。
 赤い建築群の中にあって、白い石材が印象的
なタンパンには、キリスト昇天を主題にした人
物の群像が彫られている。
 上段には、二人の天使に持ち上げられている
キリストと、両側に翼を広げたもう二人の天使
が描かれている。羽根や衣服の裾など、細部に
まで繊細な表現が成されている。
 下段には、十二人の人物が一列に並んで立っ
ている。十二使徒かと思ったら、中央に聖母ら
しき姿、その右がキリストのようにも見えるの
で、どういう配置なのか歴然としない。悲しみ
の聖母と十一人の使徒、と説明する本もある。
 いすれの場合でも、鍵を持つペテロと本を持
つパウロだけは判別出来るのだが。
 聖堂内部はかなり改造されてしまっているの
で、ロマネスクの要素を探すのは余り意味は無
さそうだった。
 
 
---------------------------------------------------- 
      
     
  サヤック洗礼の聖ヨハネ教会
   Saillac/
    Église St-Jean-Baptiste

      
Corrèze 
                  
  
 
 コロンジュの南4キロにある鄙びた寒村で、
クルミが名産であること以外にはほとんど知ら
れていない。
 しかし、ロマネスク探訪の旅では決して外せ
ない教会が、ここには在るはずだった。
 村の中央に建つ教会は、何とも平板な塔が建
つのみで余り期待は出来そうになかった。
 しかし、この鐘塔付きの玄関を入って見えた
聖堂の扉口には正直驚いた。
 写真のタンパンと中央柱がそれで、彩色され
た図像にインパクトを感じたのだった。

 タンパンの上段には、聖母子に礼拝する東方
三博士が描かれている。素朴な表現に好感が持
てるし、彩色にも抵抗は感じられない。
 信州の彩色道祖神を思い出していた。
 右端の人物はヨセフかと思ったが、光背があ
るので洗礼のヨハネかもしれない。
 下段には、人を食べる龍と、その龍を退治す
る聖ミッシェルが彫られている。龍の可愛さに
思わず笑ってしまうが、なかなかユーモラスな
表現で楽しい。
 中央の柱には、渦を巻くように絡まった蔓草
の間に、狩猟をする人物と逃げる動物が彫られ
ている。

 12世紀の聖堂は単身廊の十字形で、素朴な
半円筒ヴォールトの天井に見られる、プリミテ
ィヴな石積が魅力的である。
 
 
---------------------------------------------------- 
       
     
  ボーリュー・シュル・
   ドルドーニュ
聖ピエール教会
  Beaulieu-sur-Dordogne/
        Église St-Pierre

      5 Corrèze   

           
   
 
 ドルドーニュ河に沿った静かな町で、カオー
ルの少し上流に当る。行政的にはリムーザンの
コレーズ県に属している。

 教会は、三廊式の身廊、周歩廊に三つの小祭
室、翼廊と各々の小祭室、十字部分の方形ドー
ム、などの完備した12世紀初頭の巡礼教会の
典型である。
 右翼廊から祭室にかけての後陣部分が最も古
く、写真の門の部分はそれよりも少し後の制作
である。

 タンパンの彫刻は「最後の審判」であり、キ
リストの磔刑を暗示し、天国への昇天を祝福し
てラッパを吹く天使や、鍵を持つ使徒ペテロな
ど多くの聖人像が刻まれている。量感豊かで、
表現技術も立派なタンパン彫刻である。
 キリストや天使の図像を詳細に眺めると、や
やゴシック的な写実が見られ、ロマネスクから
徐々に変貌しつつある時代の作品なのかなあと
思わせる。
 中央の柱にタンパンを支えるような格好をし
た人物像が彫られているが、様式はモアサック
にとても似ているし、全体的にはパリ郊外サン
・ドニのタンパンとは瓜二つである。
 それらの間にはかなり濃厚な系譜が有りそう
だが、素人はその辺までにしておく。  
 
---------------------------------------------------- 
     このページTOPへ
 
     次のページ (Auvergne)  
 
      フランスのロマネスク
 
     ロマネスクTOPへ 
 
     総合TOPへ    掲示板へ