ベリイ・リムーザン 地方のロマネスク |
Berry et Limousin Romans |
Eglise St-Blaise La Cell-Bruère 聖ブレース教会 Cher (Berry) |
大西洋とオーベルニュ中央高地との間に位置 する一帯をひとまとめにしたが、格別の意味が 有るわけではなく、旅をするルートのひとつと してまとめたものと御理解いただきたい。 ベリイ地方では、ロワールの支流である二つ の河シェールとアンドレが、そのまま県名にな っている。貴重なフレスコ壁画を中心とした、 珠玉のロマネスク地帯という認識が小生にはあ り、実は何度も訪れている大好きな地方なので ある。 リムーザン地方は、緑の草原と小麦畑、深い 森に覆われたロマンティックな田園地帯だ。そ して、サンチャゴ巡礼路上に位置してもいる、 歴史の色濃い地方でもある。 それぞれに特徴的なロマネスク聖堂が有り、 ここだけを旅の目的としてもいい魅力に満ちて いる。 |
県名と県庁所在地 ◆ベリー地方 1 Cher (Bourges) 2 Indré (Châteauroux) ◆リムーザン地方 3 Creuse (Guéret) 4 Haute-Vienne (Limoges) 5 Corrèze (Tulle) |
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アルイ/聖ジェルマン教会 Allouis/Église St-Germain |
1 Cher |
シェール Cher 川を挟み、ブリネーの対岸 に位置している小さな村落である。 ゴシックの尖塔が印象的な教会の外観は、後 世にかなり改修されてしまっているので、ロマ ネスクの片鱗は半円形の後陣辺りにしか残って いない。 聖堂は単身廊で、鐘塔部分が交差部となった 十字形が基礎となっている。 身廊と交差部とを仕切る壁があり、半円アー チの開口部が祭壇を象徴的に見せている。 その壁の東側面いっぱいに、フレスコ画が描 かれている。図像はやや剥落が激しいのだが、 色彩がかなり鮮やかに残っており、ブリネーの 色使いにとても似ているような気がした。 写真は壁面アーケード左側部分で、上は「キ リストの埋葬」であり、下は「磔刑」である。 右側には「聖母の凱旋」と「キリストの墓に 詣でる三人のマリア」が描かれている。取り上 げられた主題は格別珍しくはないが、総合的に “キリストの復活”を暗示しているようにも思 える。 このアーケードはそういう意味の凱旋門なん だろう、と勝手に解釈した。アーケードのアー チ内側には、十二ヶ月の仕事を象徴した場面が 描かれていてこれも面白かった。 |
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ヌイイ・アン・ダン/聖ロシュ教会 Neuilly-en-Dun/Église St-Roch |
1 Cher |
ブールジュから旧ベリイ運河とそれに並行す るオーロン川に沿って東南に約50キロ行った あたりは全くの田園地帯で、ここは幾つかの教 会が建っているほどのやや大きな集落だった。 高い建物が他に無いので、鐘塔さえ見つけら れれば教会を探す苦労はほとんど必要ない。 写真は後方から眺めた教会の全景で、半円形 の後陣と鐘塔を持つ12世紀の建築である。 聖堂はとても細長い設計で、単身廊、鐘塔部 分と祭室とが繋がった境界部分に、それぞれ半 円アーチの開口部のある仕切壁が設けられてい る。 後陣の軒下にある柱頭にも、動物や植物をモ チーフとした精巧な彫刻が見られたが、内陣の 柱頭彫刻はさらに精緻なものだった。 特に鐘塔部分の仕切壁を構成するアーチの柱 頭に、完成度の高いものが集中している。 単純に動物と思っていた像は、良く見るとす べてライオン像で、北側の柱の柱頭に彫られた ものが格別目に付いた。 その主題は「ライオンの穴の中のダニエル」 だが、ダニエル、ライオン、天使、神の手など が交錯した興味深い群像だった。 |
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シャリヴォア・ミオン/ 聖シルヴァン教会 Chalivoy-Milon/ Église St-Sylvain |
1 Cher |
先述のヌイイ・アン・ダンから西北へ12キ ロ、ブールジュ方面へ戻った場所にこの村があ る。 この教会の建築は、規模はやや大きいものの 単身廊の聖堂で、後陣や鐘塔には後世かなり改 造された痕跡が見られた。 しかし、この教会の見所は何と言っても祭室 内部のフレスコ画であり、剥落はあるものの内 陣の壁にもかなり残っている。 写真は祭室部分を中心に撮ったものだが、肝 腎のドーム部分がやや暗くてはっきりしない。 中央の楕円形の中にはキリストが立ち、その 下部周辺に多くの預言者や聖人や天使が描かれ ている。色はかなり褪せてはいるが、とても精 巧に描かれていることが判る。 手前の内陣天井にも、びっしりと図像が描き 込まれている。小さなメダイオンの中は全て人 物の顔であり、天井部分のフレスコはまるで曼 荼羅を見るような気分だった。 北側壁面には「ラザロの復活」や「エルサレ ム入城」が、南側には「商人を追い払うキリス ト」などが確認できた。 かなり退色してしまっていて、黄色と褐色が 大半となっているのは残念だが、オリジナルの 色を想像するのは楽しかった。 |
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ヴェロー/聖マルタン教会 Véreaux/Église St-Martin |
1 Cher |
シェール県の東端に近い田園地帯の村で、ブ ルゴーニュ地方との境界でもあるアリエ川まで はかなり近いのである。 教会の尖塔はここでもゴシック風な厳しさだ が、塔の下部は盲アーケードの意匠で、ここが ロマネスクの聖堂であることを示している。 身廊には一部側廊が付け加えられているが、 従来は単身廊十字形の聖堂だったらしい。 ここでは、西正面の入口に注目したい。 ファサード部分に庇を付けた格好で、この入 口の門部分が保存されている。 半円アーチの門にはタンパンは無く、二重の ヴシュールには連続的な花模様の意匠が施され ている。 ヴシュールを支える左右の柱頭の下に、細長 い人物像が刻まれている。 いずれも冠を戴いた女性像で、左側の像は小 鳥の羽を持っているようにも見える。また右側 の像も、小鳥と木の葉を持っているのだが、何 を意味するのかは不明だ。 しかし、円柱をフルに使用した痩身の人物像 というものは、いかにもロマネスク的である。 構造体ともいうべき円柱を、そのまま見事に彫 刻にしてしまっているからなのである。 |
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ブリネー/聖エニャン教会 Brinay/Église St-Aignan |
1 Cher |
ヴィエルゾン Vierzon の町から、シェール 河の対岸をブールジュに向かって8キロ程走る と、そこがこの小さな寒村である。 村の礼拝堂のようなチャーミングなたたずま いの教会は、丸で民家の間に隠れる様にして、 木立の陰にひっそりと建っていた。 しかし、一歩堂内に入ると、そこは外界とは 隔絶された、異次元とも言うべき輝くような別 世界だったのだ。 祭室の壁の全てが、彩色も鮮やかに残された フレスコ画で埋め尽くされている。濃い朱色と 緑と黄が主体で、窓からの自然光に映えて殊更 美しかった。 生誕から磔刑に至る、キリストの生涯を中心 にした場面が多く、落ち着きと品格に溢れた優 しい図像ばかりであった。 私が写真の「エジプトへの逃避」を特に気に 入ったのは、聖母子の過酷な境遇を予感させる 劇的な場面が、平和で情感豊かな静寂さに満ち ていたからだった。 「東方三博士の礼拝」「悪魔の誘惑」や「最 後の晩餐」など、いずれも甲乙つけがたい傑作 であろう。 |
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ブールジュ/聖エチェンヌ大聖堂 Bourges/Cathédrale St-Etienne |
1 Cher |
12世紀末創建になる文字通りの大聖堂で、 正面入口のゴシック彫刻が示す迫力には圧倒さ れてしまった。中央のタンパンに彫られた「最 後の審判」は、ゴシックの傑作として見応えが あった。 内陣の13世紀ステンドグラスを見てから、 私達は聖堂の両脇に有る南北両扉口へ行ってみ た。創建時のロマネスク建築が残された場所で ある。 写真は南の扉口で、ロマネスク様式のタンパ ンを中心とした彫刻群を見る事が出来た。 シャルトルの中央扉口に似ているなあと最初 に感じた。タンパンの四福音書家シンボルに囲 まれた荘厳のキリスト像、その下のまぐさ石に 彫られた十二使徒、両脇の円柱に彫られた細長 い聖人像など、構成が全く同じなのである。 正面ゴシックの生々しい写実を見た直後だっ たので、ロマネスクの諸像が示す一見稚拙な彫 りが、むしろ深みの有る造形的表現として感じ られたのだった。 中央柱の彫像は、13世紀後補のキリスト像 らしい。北門には聖母マリアを中心とした彫像 が見られた。 |
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ブールジュ/旧聖ウルサン教会 Bourges/Ancienne Collégiale St-Ursin |
1 Cher |
ブールジュの大聖堂から南へ100mほど行 った所にA・マルロー広場 Pl. A. Marlaux が あり、リーニュ通り(Rue du 95e-de-Ligne が交差した角に、この旧修道院教会の門だけが 隠れるようにして保存されている。 6世紀に起源を持つ古い修道院だが、11世 紀に再建され、18世紀に破壊され今日に至っ たらしい。建築は全て喪失し、県庁の敷地の一 画に保存されることとなったようだ。 半円形のタンパンは三段に仕切られており、 上段にはロバ、キツネ、鶏、熊などが描かれた 寓話の図像が彫られている。意味は不明だ。 中段は、狩猟の場面と思われるが、騎士と猟 犬がキツネらしき動物を仕留める壮絶な場面と なっている。教会の門のタンパンに彫られる主 題として、一体何を意味しているのだろうか。 謎に満ちた図像なのだが研究不足のため、信 仰の強さの表現ではないか程度の想像しか出来 ないままでいる。 下段には、これは一般的な十二ヶ月の仕事が 十二のアーケードの中に描かれている。他では 見られない、鎌を研いでいるような場面もあり 興味深い。この主題はおそらくは、労働のサイ クルを通じて、祈祷や祭礼のサイクルを暗示す るものだったのだろうと思う。 マグサ石や側柱の植物文様も見事である。 |
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プレンピエ/聖マルタン 旧修道院付属教会 Plaimpied/Église St-Martin Abbatiale |
1 Cher |
ブールジュの町の東南8キロに位置するオー ロン河畔の美しい村の真ん中に、この旧修道院 は在る。 聖堂は11世紀の創建だが、16世紀頃の度 重なる戦乱で損壊し修復が繰り返されたため、 当初の建築はほとんど残っていない。 創建時の面影を伝えるのが、身廊の柱頭に飾 られた彫刻群である。これもかなりの修復が見 られるが、像容に致命的な変貌は無さそうで、 ポアトウのショウヴィニイにも似た悪魔や怪物 が主役の空間が出来上がっている。 写真は「悪魔に誘惑されるイエス」で、優れ た描写力が空想に満ちた幻視的な場面を見事に 表現している。 他にも、双頭の獅子や怪鳥、植物から生まれ る人間など、直接には聖書とは関連の無さそう な図像ばかりが多いのだが、ロマネスク特有の 不可思議な世界を感じさせる。 |
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シャトーメイヤン/聖ジュネ教会 Châteaumeillan/Église St-Genès |
1 Cher |
灰色ワインと呼ばれるガメイ種の淡麗な赤ワ インで知られる町。ブールジュの南約70キロ に位置している。 教会は三廊式で、左右の翼廊に二つづつ小祭 室が有るため、全部で七つの祭室を持つ壮大な 建築である。 12世紀の創建で、褐色の石材が落ち着いた 雰囲気を演出している。 扉口や柱頭彫刻に優れた意匠が見られるが、 特に美しかったのが、翼廊の交差部から祭室へ と至る内陣空間だった。太い四方柱とその間に 配された細い柱とが造り出す、荘厳だが軽快で 繊細な感覚は、他に余り見られない構造だ。 「柱の森」とも称される程の細い列柱だが、 そこには石を積んだだけというプリミティヴな ロマネスクのイメージとは対極に位置する、理 知的な美しさが秘められている。 柱頭には様々な図像が彫られているが、アダ ムとイヴの創造や誘惑、カインとアベルの説話 などの図像が興味深かった。 |
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サン・トゥートリーユ・アン・ グラセイ/聖ウートリーユ教会 St-Outrille en Graçay/ Église St-Outrille |
1 Cher |
イスーダン Issoudun の郊外に泊まった翌 朝、私達はグラセイの町の西に建つこのチャー ミングな教会を訪ねた。 朝市の立つ広場の近く、小川が流れる緑に囲 まれた爽快な聖域となっている。 鐘塔は後世のものだろうが、躍動感に満ちた 後陣外観のアンサンブルが目を引いた。中央に ロンバルディア帯の装飾があり、三つの小祭室 壁面は窓だけという単純な姿である。右端のも のは後補らしい。 聖堂は単身廊で、翼廊のある十字型である。 身廊は15世紀の再建になったものだが、翼 廊との境目には、創建当初のものと思われる素 朴な半円形アーチが残されていた。 祭室部分の壁面や柱の全てが綺麗に洗浄され ているので、真新しい建築のように見える。し かし、これはれっきとした13世紀初頭の建築 であり、左右に三連アーチの装飾窓を設けた意 匠からは、この地方がいかに非凡な美意識を所 有していたかを窺い知ることが出来る。 様々な時代の建築が混合しているにもかかわ らず、均整がとれた美しい建築だった。 |
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アヴォール/聖ユーグ教会 Avord/Église St-Hugues |
1 Cher |
この村は、ブールジュの東南20キロにある 小さな集落である。 教会は村の規模に相応しい素朴な建築で、単 身廊の箱型バジリカである。 西正面扉口のアーチ門装飾以外には、ロマネ スク建築として見るべきものは無い。しかしこ こでは、聖堂へと入り、祭室部分まで歩を進め 正面の窓周辺や左右の壁面を注視したい。 そこには、ロマネスク時代の愛らしくもシュ ールな、美しいフレスコ画の図像が在るのだ。 20世紀半ばになって、上塗りされていた漆 喰の下から、奇跡的に発見されたらしい。 正面窓の両側に描かれた、鍵を持つ聖ペテロ と法典を持つ聖パウロの像が最大の目的だった のだが、窓からの光線が強過ぎて写真が撮れな かった。 掲載した写真は、祭室脇の壁面に描かれた女 性の像である。僧衣をまとった不思議な姿で、 描かれた趣意は判読出来ないが、何故かブリネ ーの聖母像が連想されてならなかった。 かなり損傷が激しいものの、創作当初の流れ るような抽象美を少しも失っていない。 |
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ラ・セル・ブルエール/ 聖ブレース教会 La Celle Bruère/ Église St-Blaise |
1 Cher |
ここはブールジュの南50キロ、シェル河畔 に近い背後に深い森のある牧歌的な村である。 かなり細長いシンプルな聖堂であり、鐘塔も ロマネスク様式なのだが、身廊部両サイドに飛 びアーチのような梁が付けられているので、ゴ シック期に大きな改造があったようだ。 後陣は主祭室のほかに四つの小祭室が揃った 豪壮な眺めであり、自ずと三廊式の身廊が想定 された。 西正面のファサードは改修された味気無いも のだったが、数個のユニークな人物と動物のレ リーフが壁面に嵌め込まれていた。 身廊は思った通り三廊式で、翼廊の両側には 小礼拝堂が造られている。半円筒ヴォールトの 天井には、連続する横断アーチが6つ見られ、 まことに優美かつ豪快な建築である。 祭室部分の側廊との区切りが三つの連続アー チになっており、太い円柱が落ち着いた空間を 創出している。 柱頭彫刻も見事で、写真はその一つ。ライオ ンと植物を意匠した、彫りの良い作品である。 |
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ヴィック/聖マルタン教会 Vicq/Église St-Martin |
2 Indré |
ブリネーと共に、ベリイ地方のロマネスク壁 画を代表する傑作である。 ノアン・ヴィック Nohant-Vicq はシャト ールー郊外に有る、ジョルジュ・サンドに縁の 深い村であり、彼女の尽力によってこの壁画が 残されたという。 ブリネーと同様に、教会は村の礼拝堂とも言 えるような、愛らしいたたずまいである。 太くて力強い輪郭線が特徴のこのフレスコ画 は、内陣を仕切るアーチ壁も含め聖堂の壁面全 てに描かれており、色はやや褪色しているもの の、盛り上がるような迫力は少しも失われてい ない。 写真は、上部に「聖マルタンの逸話」、下部 に「キリストの捕縛」が描かれている中の、特 にキリストに接吻するユダの姿である。 振り返るキリストと、周囲の兵士や使徒たち の群像が躍動的である。 「三博士礼拝」や「エルサレム入城」など、 魅力的な主題が描かれており見応えが有る。 ロワールからベリイ地方にかけて分布する一 連のフレスコ壁画には、優れた筆致の躍動的な 表現力を見ることが出来る。 |
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ヌヴィー・サン・セピュルクル/ 聖エチェンヌ教会 Neuvy-St-Sépulchre/ Église St-Etienne |
2 Indré |
ヴィックから近いこの町の聖堂は、大変珍し い構造である。それは、バジリカ式の三廊式身 廊に、エルサレムの聖墳墓教会を模した円形聖 堂が組み合わされたような姿だからである。 円形聖堂は二層構造で、11本の柱とそれを 結ぶ連続アーチによって仕切られている。円の 中央は天蓋まで吹き抜けになっており、柱頭彫 刻を間じかに見ながら二階部分を歩くのは楽し かった。 柱は太くずっしりと重厚で、施された柱頭彫 刻はいずれもロマネスクらしい幻想に満ちた図 像ばかりである。 写真右の柱頭では猿と猫のダンスが見られ、 左ではふんどし一丁の髭親爺に、出した舌が植 物の葉っぱになっている猫などが見られる。 他の柱頭でも、植物模様の蔓の先が人間の姿 に変貌したり、葉の中から人物が覗いたりして いる。何と豊かな想像力であり、遊び心である ことだろうか。 |
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フォンゴンボウ/聖母 聖ジュリアン修道院教会 Fongombault/Église de l'Abbaye Notre-Dame et St-Julien |
2 Indré |
ポアティエの東70キロ、ベリー地方に入っ てすぐのクルーズ河に沿った美しい町で、修道 院は町外れの森の中に在る。 82年の正月、ポアトウのロマネスク探訪の 際に訪れた時は完全に冬季閉鎖状態で、正面の 外観しか見る事が出来なかった。 03年の10月に再訪の機会を得たので、午 前のミサに合わせてポアティエから車を飛ばし た。参列の人数は少なかったが、荘重な雰囲気 の中で、大勢の僧侶達が祭壇で香を焚き、説教 をしていた。 聖堂に響き渡るグレゴリオ聖歌の典雅な美し さは、仏教徒の私達をしても、引き込まれそう な魔力を感じさせた。 時を忘れたかのように続くミサのお陰で動き 回ることが出来ず、内陣の柱頭や祭室、中庭か らの見事な後陣の景観を見損なってしまった。 もう一度、ここを訪ねる計画を立てねばなら なくなってしまった。 |
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サン・ジェヌー/聖ジェヌー教会 St-Genou/Église St-Genou |
2 Indré |
シャトールー Châteauroux から Loches ロッシュに向けて、アンドレ川に沿った国道を 約30キロ走ることになる。 創建は9世紀とのだが、ノルマンに破壊され た修道院は11世紀には再建されたという。 写真は後陣の斜め後ろからのもので、ここに 写っている白い建築部分だけがロマネスク時代 のものである。 従来は翼廊の無い三廊式だったが、ゴシック 以降に鐘塔部分が入口となり袖廊が付け加えら れたのだと思う。 身廊には左右四本づつの円柱が即廊との境目 にアーケードを構成している。その上にトリビ ューンのような盲アーケードと、さらに上の採 光窓と重なっており、小規模ながら壮麗な建築 美を見せている。 それぞれの柱頭には、切り口の鮮やかな彫刻 が飾られている。ライオン、鳥、葉人間などを モチーフとしたものの他、「東方三博士礼拝」 や「ライオンの穴のダニエル」などが傑作だ。 柱頭の全てにやや綺麗過ぎる修復が施されて おり、それがとても気になるところではある。 |
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パルオー・シュル・アンドレ/ 旧聖ローラン教会 Palluau-sur-Indré/ Ancienne Église St-Laurent |
2 Indré |
後陣の一部は残っているものの、教会の外観 からこのフレスコ画の存在を想像することは不 可能だろう。正面の入口がアルミサッシで出来 ていたからなのだが、この旧小修道院の内部空 間には、奇跡的とも思える程の創造的な壁画が 残されているのである。 ロマネスクの建築としては、聖堂の祭室部分 だけが残っており、さらに半円筒ヴォールトの 天井部分と祭室のドーム部分に、それらの貴重 な壁画を見ることが出来た。 手前に栄光のキリスト像がある。右手を上げ 左手に律法を持ち、四福音書家のシンボルに囲 まれながら、楕円形の輪郭の中の玉座に座して いる。 写真は祭室ドームに描かれた聖母子像で、ブ リネーと同じような朱色と緑色が鮮やかで、色 彩の調和がとても美しい。 両端に竜頭がデザインされた椅子に座ってい る聖母というのは珍しいが、慈愛がデフォルメ されたような何とも素朴で愛らしい像容だ。 聖母と幼児キリストの頬に、ホクロのような 点が二つづつ描かれている。これはヴィックに もその事例が見られるのだが、何と手前のキリ スト像や周囲の聖人の頬にもこのホクロが描か れていた。聖なるもの、を表現したものなのだ ろうか。 ノルマンディーやロワール一帯のフレスコ壁 画には、何故かこの“ホクロ”状またはややぼ やかした“頬紅”状のドットが描かれているも のが多い。 |
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ボミエール/聖ピエール教会 Bommiers/Église St-Pierre |
2 Indré |
この教会は宿泊していたイスーダンの真南、 シャトールーの町の真東に位置する小さな村に 在る。 いきなり聖堂に入るのではなく、その前に西 正面ファサードや後陣など、建築の外観を眺め てみるのが、中世の建築に対する敬意を示すた めの私達の作法となっている。 しかしここでは、後陣の見える場所が個人の お庭だったので、特別に許可を頂かねばならな かった。作法も時には困難となる。 いかにもベリー地方らしい、均整の取れた後 陣だったが、小祭室と主祭室の間に一段小さい 祭室が有るのが特徴だった。 聖堂は翼廊付きの十字で単身廊という、単純 明快なプランである。修復や改修を重ねている ものの、鐘塔以外の大部分がほぼ創建当初の雰 囲気を保っている。 十字交差部に残る柱頭彫刻は見事で、撮影は したのだが、かなり高い位置に在ったため良い 写真にはならなかった。望遠レンズを忘れたの が、何とも悔やまれたものだった。 |
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メオベック/聖ピエール教会 Méobecq/Église St-Pierre |
2 Indré |
静かな町の広場に面して、この教会は建って いる。正面の扉口に見るべきものは無かった。 聖堂の後方へと回ると隣家との間隔が狭く、 後陣の全貌を一望することは出来なかった。 身廊と翼廊部分の外壁が工事中で、足場が邪 魔をして建築外観は写真にならなかった。 身廊は三廊式で落ち着いた雰囲気だが、やや 後世の修復が露骨だった。 写真は中央主祭室部分から側廊の小祭室を、 連続アーチ越しに眺めたところである。この辺 りは巧みに美しい空間が演出されており、ロマ ネスクらしい構成となっている。 祭室の半円ドームには、荘厳のキリストと使 徒達の像が描かれているが、これはどうやら後 世に手が加えられているようだ。 窓の高さの柱や壁面に描かれているフレスコ 画には、当代の見るべき図像が残っている。や はり、近年になって奇跡的に発見されたもので ある。 大半が聖人像で、聖ペテロ、聖ベネディクト などという文字が像の横に書いてあるのでそれ と知れる。 |
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ポールネー/聖エチェンヌ教会 Paulnay/Église St-Étienne |
2 Indré |
シャトールーからトゥールへ向かう途中で、 予定外の立ち寄りから発見した教会である。物 の本には教会の存在は載っているものの、この 見事な扉口については何も書かれてはいない。 珈琲が飲みたくてキャフェを探し、店の前の 小さな広場の駐車場に車を止めた。何と目の前 がこの教会だったのである。花の存在すら知ら ず、団子のみを追いかけていたことになる。 しかし、たまたま寄ったこの教会のファサー ドは、通過していたらさぞや悔やまれるであろ うと思われる程の傑作だった。 ファサードの構成は、隣接するポアトウ地方 の様式に似ている。タンパンの無い三連のアー チ、多重のヴシュール装飾、横一列の持ち送り 彫刻などが挙げられる。 彫刻の彫りがしっかりしているので、研磨ま たは修復されたと見るべきなのだが、ロマネス ク彫刻の華とも言える作品が、名も知れぬ町に 存在していたということが無性に嬉しかった。 |
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シャンボン・シュル・ヴーエイズ/ 聖ヴァレリー教会 Chambon-sur-Voueize/ Église St-Valérie |
3 Creuse |
オーベルニュ北部の Neris-les-Bains ネリ ・ル・バンに滞在していた時に行ったので、こ の町がリムーザン地方の最東北端にあったこと を知らなかった。二つの地方の境界となってい るシェール川の支流タルドの、そのまた支流が ヴーエイズ川なのであった。 この壮大な規模の教会は、町の外側の森の彼 方からも双塔が眺められる程の大きさだった。 残念なことに後陣が修復中で、見事な半円形 の祭室群が見えなかったのが心残りだった。 三廊式十字形の聖堂で、身廊には左右6本づ つの柱が側廊との間のアーケードを構成してい る。柱は角柱で、四方に円柱が配されている。 写真は、身廊の一番奥の聖歌隊席から、十字 交差部と祭室を眺めたものである。この天井は 半円筒ヴォールトだが、身廊や側廊の天井は交 差穹窿であった。 ヴェズレーからの巡礼路上に位置しているの で、巡礼教会としての周歩廊が内陣の外側に設 計されている。三つの小後陣を配した、美しい 放射状祭室が演出されているのだった。 創建は10世紀末の修道院で、現在の教会建 築は祭室・後陣部分が12世紀、身廊部分は何 と11世紀のものである。 |
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トゥルー・サント・クロワ/ 聖クロワ教会 Toulx-Ste-Croix/ Église Ste-Croix |
3 Creuse |
前述のシャンボンの北西25キロに位置する 山上の村で、地図によれば標高は655mと記 されている。リムーザン地方の広大な緑地の光 景が展開する絶景地だが、車でのアクセスには 何の支障も感じられなかった。 ガリア人によって築かれたという古い村の中 央広場に面して、教会と少し離れて一風変わっ た様式の鐘塔が建っているのが見える。 11~12世紀の建造と言われる聖堂の外観 は、丸で要塞のような石の塊でしかなかった。 しかし、堂内へ入ると、そこは三廊式の身廊と 交差する翼廊、周歩廊のある祭室と後陣によっ て構成された、見事なロマネスクの空間だった のである。 天井や壁、柱に至るまで彩色されており、当 然後世の修復には違いないと思いつつ、さして 違和感が感じられないのは、建築そのものの素 朴な美しさがそれを凌駕しているからなのだろ うと妙な妥協をしていた。 聖堂の東側、牧草地を隔てて眺められる後陣 や鐘塔の姿は、とても絵画的で美しかった。 聖堂の西門に面した鐘塔は四方に控え柱のよ うな突出物があるため、何とも無骨な設計に見 えるのだが、階下の素朴な小祭室の佇まいもあ って、よく見ればいかにもプリミティブな良さ が次第に伝わってくる建築だった。 |
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アアン/聖シルヴァン教会 Ahun/Église St-Sylvain |
3 Creuse |
クルーズ川の段丘に開けた小さな町で、ガリ ア時代からの歴史があるという。 12世紀創建の聖堂なのだが、単身廊の内陣 はかなり修復されている。創建時の姿を示して いるのは、東側の外陣だろう。半円形祭室の外 壁には窓の付いたアーケードと、連続する盲ア ーケードのアンサンブルを見ることが出来る。 柱頭彫刻も見所だ。 写真は11世紀の地下祭室クリプトである。 6本の円柱が、素朴で美しい空間を創出してい る。至福のロマネスクを満喫出来た。 |
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ベネヴァン・ラベイ/ 聖バルテルミー教会 Bénévent-l'Abbaye/ Église St-Barthélemy |
3 Creuse |
リモージュまで約40キロのサンチャゴ巡礼 路上に開けた門前町で、教会は11世紀に創建 され、12世紀にロマネスク様式に改造された のだという。 西門のアーチには、近くに在る著名なル・ド ラに似たモサラベ風の波型意匠が見られる。 身廊は三廊式で、翼廊との交差部に鐘塔が建 っているので、玄関間上の塔と併せ二本の塔が 聳えた壮麗な建築である。 天井の穹窿 Vault と共に、ロマネスク建築 最大の特徴でもある梁間 Travée がここでは 五つもある。この聖堂の天井は尖頭ヴォールト で、横断アーチが設けられている。 円柱上の柱頭彫刻に見るべきものが多く、位 置がやや高いので詳細が見えないのが不満だっ た。それでも、ロマネスクならではの、奇妙な 動物や人物の図像が私達を楽しませてくれる。 翼廊南側の祭室に、教会創建の礎となった聖 バルテルミーの聖遺物が祀られているのだそう だが、はっきりと確認は出来なかった。 写真、祭室を囲む円柱と周歩廊を撮ったもの である。精緻な柱頭彫刻も秀逸で、巡礼教会ら しい典雅な雰囲気が感じられる。 周歩廊の外側に三つ、翼廊南北に各一つの五 つの半円形小祭室が設けられているが、このプ ランの事例はこの地方でよく見られる。 |
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ル・ドラ/聖ピエール参事会教会 Le Dorat/Église Collégiale St-Pierre |
4 Haute-Vienne |
ポアティエからリモージュへ向かって国道を 走り、リムーザン地方へ入って直ぐの町がル・ ドラである。 教会の建物は、全体に煉瓦のような切石を積 んだ重厚な建築で、内陣は側廊の有る三列の身 廊から成り立っている。身廊の天井は半円アー チ、側廊の天井は交差ボ-ルトになっている。 祭室には周歩廊が有り、小祭室も付いた完璧 なプランと言えるだろう。 地下のクリプトの壁も含め、柱もアーチも積 んである切石がとても美しく見える落ち着いた 聖堂である。 正面のファサードには盲アーチで装飾された 豪快な塔と、それを挟む八角形の二つの小塔、 その下に特異な飾りの門が造られている。 入口の周囲のアーチ部分は、波型のアーチ模 様が四重に重なっており、これは他に類例を見 ない珍しい意匠であった。 この聖堂のどこが格別美しいというのではな いが、このどっしりとしていながら、さして飾 らぬ素朴さに惹かれるのだろう。これこそが即 ち、ロマネスク建築の美しさの本質なのではな いだろうか。 |
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ソリニャック/聖ピエール 旧修道院付属教会 Solignac/Ancienne Église St-Pierre Abbatiale |
4 Haute-Vienne |
リモージュの町の南に隣接する、静かな集落 の真ん中にこの教会の聖域が在る。 聖堂は三つの円形ドームを持った、ビザンチ ンの面影も伝える12世紀後半の建築である。 聖堂は単身廊の十字形で、身廊部分に二つ、翼 廊との交差部分に一つ、ぽっかりと穴が開いた ように半球体形の天井が連続している。 写真は身廊から眺めた後陣方向で、祭室から 放射状に三つの小祭室が張り出ており、翼廊に も小礼拝堂が付随している。 祭室の上部は八角形の塔のように見えるが、 五角のみが迫り出し、残りの三角の部分で身廊 と翼廊に接合されているのである。 一見無骨そうだが、全体にバランスのとれた 美しい建築である。 聖ペテロに鍵を渡すキリスト像等、身廊の柱 頭には美しい彫刻がある。 |
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サン・レオナール・ド・ノブラ /聖レオナール参事会教会 St-Léonard-de-Noblat/ Collégiale St-Léonard |
4 Haute-Vienne |
ベリー地方からリモージュを経由し、ドルド ーニュまでドライブした事があった。95年の 夏休みのことで、途中この町に寄ってみること にしたのだが、情報の少ない時代だったので、 ただの立ち寄りには勿体無いような教会が在っ たことに驚いた記憶がある。 最初に目に入ったのが、写真右の奇妙な格好 をした鐘塔だった。余り美しいとは言い難い塔 だが、一階が聖堂への玄関間になっており、そ の柱頭に素晴らしい彫刻が在ったのである。暗 く狭い空間なので、残念ながら写真は上手く撮 れなかった。 単身廊だが部分的に側廊が後補された変則的 な構造で、祭室には巡礼教会のような周歩廊と 七つの放射状祭室が設けられるという、複合的 な平面プランを示している。 写真でもその複雑さが容易に理解できるが、 石を盛り上げたような後陣の景観は、建築の面 白さに満ち溢れていた。 |
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サン・ジュニアン/ 聖ジュニアン参事会教会 St-Junien/Collégiale St-Junien |
4 Haute-Vienne |
リモージュの町を流れるロワール支流ヴィエ ンヌ川に沿って約30キロ下ったところに、こ の地方の中都市であるこの町が在る。 町の中心に建つこの教会は、聖ジュニアンの 隠棲所としての起源を持っている。 その後、ノルマンによる破壊や幾多の修復を 繰り返して現在に至っているそうである。 煉瓦の様な切石を積んだ建築は、ル・ドラや ソリニャックなど一連のリムーザン地方の聖堂 に共通している。 三廊式十字形の聖堂だが、半円形の後陣の無 い方形の祭室となっている。祭室部分は13世 紀に改造されているので、当初からの姿ではな いと考えたほうが良いのかもしれない。 西側正面ファサードは、ル・ドラの聖堂建築 のイメージに共通しているように見える。堅固 な要塞風であり、両サイドの小塔の装飾も似て いる。このファサード部分は12世紀の建造で あり、身廊の大半は11世紀のものだそうだ。 内陣に聖ジュニアンの墓所があり、その各面 に精巧な彫刻が彫られている。写真はその北面 で栄光の聖母子、南面には神の羊が彫られ、黙 示録の二十四人の長老が各面に十二人づつ描か れている。石彫の至芸とも言える精巧で美しい 彫刻である。 |
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レ・サル・ラヴォギュイヨン/ 聖ユートロプ教会 Les-Salles-Lavauguyon/ Église St-Eutorope |
4 Haute-Vienne |
リモージュの南西40キロに位置しており、 周囲には深い森と牧草地しか見当たらないとい う牧歌的な村落であった。 村外れに建つ教会は、小さな村に比して大き 過ぎる程の偉容であった。 四つの梁間を持つ三廊式の身廊、交差する翼 廊など、11~12世紀に創建された歴史が滲 んでいるように感じられた。 天井は尖頭ヴォールトで、同じ尖頭形の横断 アーチで区切られている。 祭室・後陣部分は、明らかに後世に改築され ているように見えた。 ここでは、写真のフレスコ壁画を、何として も観なくてはならない。 それは、正面の扉口を入ったすぐ真上、つま りファサードの裏壁に当たる部分と、両側壁に 描かれていた。 かなり褪色し剥落しているので、具体的なモ チーフを確認するのは難しいのだが、中世フレ スコ絵画の持つ独特の気品が匂い立つように感 じられたのだった。 ブルーや赤が良く残っている。 受胎告知、アダムとイブの創造、キリスト誕 生などは確認出来たが、地獄のような場面や聖 人の奇跡や生涯を描いたであろう場面は、想像 力を巡らす以外に方法は無かった。 |
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ドゥルナザック/ 聖シュルピス教会 Dournazac/Église St-Sulpice |
4 Haute-Vienne |
リモージュからの南南西へ22キロほど行っ た辺りにシャリュ Châlus という地方都市が 在り、そこから更に西へ7キロ入ったところに この鄙びた村がひっそりと静まっていた。 12世紀に創建されたとされるこの教会は、 村の南の外れに堂々と建っており、14世紀に 部分的に改修されたとはいえ、ロマネスクらし い特徴を残した清雅な雰囲気を伝えていた。 聖堂は単身廊で、翼廊のある十字形である。 交差部は八角形のドーム状になっており、上部 に鐘塔を建てている。身廊の天井は円筒ヴォー ルトで、創建時の古い様式を伝えている。身廊 と交差部の境界に、仕切り壁が設けられている のが珍しい。 翼廊部分の柱頭に天使などを彫った傑作が残 されているらしいのだが、かなり高い場所に在 るので鮮明には確認出来なかった。 最大の特徴は、祭室のドーム天井の下部分に 施されたロンバルディア帯状の装飾で、それは 両翼廊の小祭室にも連続していて美しい。 写真のように、外陣が半八角形であることも また、大きな特徴である。翼廊の小祭室はほぼ 半円形だった。 後陣と鐘塔の見える聖堂後方からの眺めは、 教会建築の最も美しいポイントのひとつである と思う。 |
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ル・シャラール/旧小修道院教会 Le Chalard/Église de ancien Prieuré |
4 Haute-Vienne |
前述のシャリュからD901を、ドルドーニ ュ県との県境沿いに東南へと車を進める。約2 0キロ走って着いたこの森に囲まれた村には人 影が全く見当たらず、丸で映画のセットを見る ような静けさだった。 教会はイスルの谷を望む村外れの小高い丘の 上に建っており、鬱蒼とした木立と苔むした中 世の墓地に囲まれた別世界だった。 鐘塔を中心とした一見要塞のような風貌に威 圧感を覚えたのだが、良く見ると聖堂の身廊部 分が失われて翼廊と後陣だけだ残ったように見 える。交差部には、各面に三つの窓を持った鐘 塔が腰を据えたように建っている。 写真は後方東北側から眺めたもので、後陣の 祭室や翼廊の北側が写っている。聖堂へは、そ の翼廊北側の扉口から入れる。 身廊の無い交差する十字形部分だけの現在の 平面プランは、あたかもビザンチンの聖堂を見 るような不思議な気分だった。 主祭室は円形ではなく七角形になっており、 壁面には七つのアーケードが意匠されている。 窓の開いた部分と盲アーチとが交互に配置され ているのである。翼廊に取り付けられた小祭室 は半円形だった。 交差部の柱頭には優れた彫刻があり、植物と 絡まる人像や聖人のエピソードと思われる図像 などを見ることが出来た。 墓地には、12世紀の墓が数十基も在った。 |
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サン・ティリュ・ラ・ペルシュ/ ムスティエール教会 St-Yrieux-la-Perche/ Église du Moutier |
4 Haute-Vienne |
この県の最南端に位置するこの町は、人口8 千人弱だがこの一帯の中心となっている。 6世紀にトゥールの聖マルタンが関係したと 伝わる修道院が創建され、その後ロマネスクの 時代からゴシックへ至る間に、様々な改修や改 築を重ねて今日まで伝わった聖堂なのである。 写真は、聖堂の西正面に建つ鐘塔付きの扉口 で、身廊から翼廊へと建築が展開していく。翼 廊交差部から更に東に身廊が延び祭室に至るの だが、この部分は明らかに後補されたゴシック 建築である。 翼廊から西の身廊も天井や梁はゴシック様式 であり、ロマネスクの名残は壁面や基礎部分に のみ辛うじて見られる。 写真の鐘塔もロマネスクとゴシックをかき混 ぜたような建築で、通例的には掲載はしないの だが、伝統的なロマネスクの雰囲気を残しつつ 改修した、という空気が伝わって来て見逃せな い教会となってしまったのだった。 素朴な扉口と、ファサードのアンサンブルが 魅力的である。 翼廊南側の扉口は閉まっているが、帯状のア ーチ装飾であるヴシュール Voussure 部分を 多重式にした事例を見る事が出来る。 |
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ユゼルシュ/聖ピエール教会 Uzerche/Église St-Pierre |
5 Corrèze |
リモージュから高速A20号線で約50キロ 南下し、それから田舎道をしばらく行くと、ヴ ェゼール渓谷の崖上に発展したこの町が見えて くる。 石畳の道を登って行くと、谷の展望が開ける 最も高い場所に教会の建築が聳えていた。 南の翼廊扉口から聖堂内へと入る。三廊式十 字形のプランで、鐘塔は交差部ではなく何故か 二つ目の梁間に設けられている。 聖堂の古い部分は、写真の祭室、翼廊の北側 そして身廊の壁の一部が11世紀で、他の大半 は12世紀となっていた。 身廊の天井は横断アーチの付いた尖頭ヴォー ルトで、側廊の天井は半円アーチだった。 中央の祭室は6本の円柱で囲まれており、そ の外側に周歩廊と4つの小祭室が設けられてい る。11世紀の遺構だが、円柱は後世に補修さ れているらしい。しかし、当初のイメージを良 く留めている、とも感じられた。 両翼廊にも小祭室が付けられているので、後 方から見た後陣は、6つの半円形祭室が重なっ た荘重な眺めだった。 地下の祭室へは、外陣の外壁の石段から降り ることが出来る。外側に環状の周歩廊がある円 形の祭室で、中央に角柱が一本建ち四方に入口 が開けられている。11世紀、聖堂創建時のも のだろう。 |
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ヴィジョア/聖ピエール教会 Vigeois/Église St-Pierre |
5 Corrèze |
聖イリエ St-Yrieiux が6世紀に創設した修 道院が基礎となり、11世紀に現在の聖堂が構 築された。 単身廊に翼廊の付いた十字形プランで、外陣 には壮麗な五つの半円形小祭室が設けられた。 見所は、質の高い柱頭彫刻の数々で、主に祭 室の窓際や翼廊、外陣の外側にも優れた作品が 見られる。 キリストや聖母の物語のほかに、聖人伝や怪 物像など見飽きぬほどの量だけでなく、その彫 刻の質の高さには圧倒される。写真は北側扉口 の聖ペテロと聖パウロである。 |
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アルナック・ポンパドール/ アルナック小修道院教会 Arnac-Pompadour/ Église prieuriale d'Arnac |
5 Corrèze |
競馬と城で有名な町で、ユゼルシュからはヴ ィジョアを経由しても西へ約25キロほどであ る。 この教会は、市街地を少し離れたアルナック 村の田園風景に溶け込む様にして建っている。 リモージュの聖マルシャルが11世紀に奉献 したとされる教会で、ロマネスク様式にゴシッ クの修復が成されている。 西正面のファサードは、尖頭アーチの扉口な ど12~13世紀の改築だろう。 三つの梁間 Travée を持つ単身廊の十字形 で、祭室の三つの小祭室と両翼廊の二つを併せ て、一つの半円形外陣を有している。 身廊や祭室の天井はリブヴォールトだが、壁 面の大半はロマネスク様式を伝えている。 特に、深い彫りの盲アーケードを意匠した五 つの外陣は、聖堂後方から眺めるのが最良だ。 写真は、数ある傑作柱頭の内のひとつで、聖 オストリクリニャン St-Austriclinien を蘇生 する聖マルシャルの図像とされている。 他にも、ダニエルと思われるライオンに囲ま れた人物像など、技巧的にも優れた彫刻を見る ことが出来る。 |
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ルベルサック/聖エチェンヌ教会 Lubersac/Église St-Étienne |
5 Corrèze |
前述のアルナック村から北へ6キロのところ に在る小さな町だが、役場があってこの地方の 政治経済の中心地となっている。 教会は町の西側の広場に面して建っており、 久し振りに大勢の人々の行き交う姿を見ること が出来た。 聖堂は単身廊の十字形で、入口は翼廊の南側 の扉口からであった。アーチ部分にモサラベ式 の波型装飾が施されており、ル・ドラの影響が あったものと思われる。 写真は、身廊の西側から祭室方向を眺めたも ので、やや尖頭形の横断アーチと交差穹窿の天 井が照明に浮き出ていた。 祭室の横壁には連続する盲アーケードが意匠 されており、窓枠になっている正面のアーケー ドと連結しており、いかにも11世紀創建に相 応しい美しさを見せていた。 Chapiteaux histories と呼ばれる柱頭彫刻 がこの教会の見所になっており、聖書を主題に した作品が数多く見られた。 受胎告知、羊飼いへのお告げ、東方三博士、 主の御公現、エジプトへの逃避などをはじめ、 キリストや聖母の一連の物語で飾られている。 この地域には、柱頭彫刻の優れた教会が多い が、図像による啓蒙という意味合いが強かった のだろう。 |
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オーバジーヌ/聖エチェンヌ 修道院教会 Aubazine/Église abbatiale St-Étienne |
5 Corrèze |
この地方の文化の中心地であるブリヴ・ラ・ ゲヤルドから、コレーゼ川沿いに東へ10キロ 行ったあたりの段丘上に開けた町である。 12世紀に創建されたシトー派修道院に付属 する教会の聖堂で、三廊式十字形の壮大な建築 であった。現在の聖堂の身廊には三つの梁間が あるが、創建当初には九つあったというのだか ら、身廊は現在の3倍の規模だったのだろう。 天井は尖頭ヴォールトで、横断アーチが梁間 を仕切っている。側廊は交差穹窿だった。 写真は翼廊交差部から祭室を眺めたもので、 このあたりは創建時の姿のままであるらしい。 後陣や上部の三連窓などは、プロヴァンスのシ トー派修道院のイメージに似ているような気が する。 無駄な装飾を排するシトー派らしく、柱頭な どの装飾彫刻はほとんど見られない。 交差部の上に聳える八角形の鐘塔は創建当初 のままで、各面に二連窓を配した意匠は、装飾 の少ない建築にあって異彩を放っている。 教会の南側に回廊があったのだが、現在は別 の建物などが建っており、原初の姿は失われて いる。 |
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コロンジュ・ラ・ルージュ/ 聖ピエール教会 Collonges-la-Rouge/ Église St-Pierre |
5 Corrèze |
ブリブ・ラ・ゲヤルドの南東21キロに在る 美しい町で、その名の通り町の大半の建築が赤 い砂岩で出来ている。駐車場から町を遠望する ことが出来るが、二本の塔が聳える教会の姿が 最初に目に入る。 町役場の建物のアーチを抜けたところが教会 で、写真の西扉口がすぐ眼前に現れるのは衝撃 的ですらある。 タンパンを支える柱を中心に、左右の扉口に 意匠された三つ葉模様の刳り貫きが珍しい。 赤い建築群の中にあって、白い石材が印象的 なタンパンには、キリスト昇天を主題にした人 物の群像が彫られている。 上段には、二人の天使に持ち上げられている キリストと、両側に翼を広げたもう二人の天使 が描かれている。羽根や衣服の裾など、細部に まで繊細な表現が成されている。 下段には、十二人の人物が一列に並んで立っ ている。十二使徒かと思ったら、中央に聖母ら しき姿、その右がキリストのようにも見えるの で、どういう配置なのか歴然としない。悲しみ の聖母と十一人の使徒、と説明する本もある。 いすれの場合でも、鍵を持つペテロと本を持 つパウロだけは判別出来るのだが。 聖堂内部はかなり改造されてしまっているの で、ロマネスクの要素を探すのは余り意味は無 さそうだった。 |
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サヤック/洗礼の聖ヨハネ教会 Saillac/ Église St-Jean-Baptiste |
5 Corrèze |
コロンジュの南4キロにある鄙びた寒村で、 クルミが名産であること以外にはほとんど知ら れていない。 しかし、ロマネスク探訪の旅では決して外せ ない教会が、ここには在るはずだった。 村の中央に建つ教会は、何とも平板な塔が建 つのみで余り期待は出来そうになかった。 しかし、この鐘塔付きの玄関を入って見えた 聖堂の扉口には正直驚いた。 写真のタンパンと中央柱がそれで、彩色され た図像にインパクトを感じたのだった。 タンパンの上段には、聖母子に礼拝する東方 三博士が描かれている。素朴な表現に好感が持 てるし、彩色にも抵抗は感じられない。 信州の彩色道祖神を思い出していた。 右端の人物はヨセフかと思ったが、光背があ るので洗礼のヨハネかもしれない。 下段には、人を食べる龍と、その龍を退治す る聖ミッシェルが彫られている。龍の可愛さに 思わず笑ってしまうが、なかなかユーモラスな 表現で楽しい。 中央の柱には、渦を巻くように絡まった蔓草 の間に、狩猟をする人物と逃げる動物が彫られ ている。 12世紀の聖堂は単身廊の十字形で、素朴な 半円筒ヴォールトの天井に見られる、プリミテ ィヴな石積が魅力的である。 |
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ボーリュー・シュル・ ドルドーニュ/聖ピエール教会 Beaulieu-sur-Dordogne/ Église St-Pierre |
5 Corrèze |
ドルドーニュ河に沿った静かな町で、カオー ルの少し上流に当る。行政的にはリムーザンの コレーズ県に属している。 教会は、三廊式の身廊、周歩廊に三つの小祭 室、翼廊と各々の小祭室、十字部分の方形ドー ム、などの完備した12世紀初頭の巡礼教会の 典型である。 右翼廊から祭室にかけての後陣部分が最も古 く、写真の門の部分はそれよりも少し後の制作 である。 タンパンの彫刻は「最後の審判」であり、キ リストの磔刑を暗示し、天国への昇天を祝福し てラッパを吹く天使や、鍵を持つ使徒ペテロな ど多くの聖人像が刻まれている。量感豊かで、 表現技術も立派なタンパン彫刻である。 キリストや天使の図像を詳細に眺めると、や やゴシック的な写実が見られ、ロマネスクから 徐々に変貌しつつある時代の作品なのかなあと 思わせる。 中央の柱にタンパンを支えるような格好をし た人物像が彫られているが、様式はモアサック にとても似ているし、全体的にはパリ郊外サン ・ドニのタンパンとは瓜二つである。 それらの間にはかなり濃厚な系譜が有りそう だが、素人はその辺までにしておく。 |
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