オーヴェルニュ地方のロマネスク紀行
               Auvergne Romane

                                                            

        フランス中央山塊の大部分を占める地方だが、それだけ伝統的風物
       が今日まで伝えられた地域である。
        中世サンチャゴへの巡礼路に当るので、巡礼教会と共にロマネスク
       聖堂が数多く建立され、今日まで伝えられた。
        オーベルニュ特有の周歩廊の有る祭室は壮麗で、柱頭彫刻も質の高
       いものばかりである。
        ロワール川の上流地域もオーベルニュ地方なので、中流とも言える
       ロワール県も同じ地域と解釈して加えた。従来の地理的区分とは若干
       異なっている点は御容赦願いたい。
        アリエ
(Allier) 県はブルボネ (Bourbonnais) 地方とも称される。

                 
                    
 

  
県名と県庁所在地
    
1 Allier (Moulins)
    
2 Puy-de-Dôme (Clermont-Ferrand)
    
3 Cantal (Aurillac)
    
4 Haute-Loire (Le Puy)
    
5 Loire (St-Etienne)

             
          タンパン彫刻
 ノートルダム・デュ・ポール教会

      
クレルモン・フェラン





       
    
     シャップ聖アンヌ教会
       Chappes/Église Ste-Anne

                      1 Allier

                      
   この町はモンマロー (Montmarault) の真北に位
  置している寒村で、夕方訪ねたからなのか、教会の
  場所を尋ねたくても人影ひとつ見えなかった。
   しかし、八角形の鐘塔が目に入ったので、教会へ
  は比較的容易に着く事が出来た。
   聖堂の外観を眺めてみると、建築は全体的にゴシ
  ック的な改修が行われてきたように思える。
   しかし、半円形の後陣や聖堂の側面、さらに西側
  正面ファサード周辺を詳細に観察すると、ロマネス
  クらしい意匠がかなり色濃く残ってもいたのである。
   正面の入口は半円の三重ヴシュールで飾られてい
  たが、タンパン部分に彫刻は無かった。
   従来の扉は消失しており、鉄パイプ製の扉が付け
  られていて開かない。隙間から中を覗くと、三廊式
  の身廊や数多くの柱頭の彫刻の存在が確認出来る。
   鉄パイプ扉を無理矢理引っ張ったら、何と少し隙
  間が出来て中へ入ることが出来たのだった。神が与
  えてくれた絶好の機会だったのか、或いは単なる不
  法侵入だったのだろうか。
   写真は数ある柱頭彫刻の内の、最も古そうなもの
  の一つである。正面や両脇に、手を挙げたり棒のよ
  うなものを持っている人物が五人彫られている。
   どんな場面なのかは想像もつかなかったが、夢に
  満ちた柱頭彫刻の展覧会のようだった。
             

       
    
     ブルボン・ラルシャンボー聖ジョルジュ教会
       Bourbon-l'Archambault/Église St-Georges

                      1 Allier

                      
   ブルボン (Bourbon) 地方のロマネスクを巡る拠
  点として、温泉町ネリ
(Neris-les-Bain) とこの町の
  両方に数泊づつ滞在した。
   この町のホテルからこの教会までは散歩の範疇だ
  ったので、まだ朝靄が煙っている中を一番に歩いて
  行ってみた。
   鐘塔が朝日に輝いて美しかったが、塔の先端はす
  っくと尖ったゴシック風のものだった。
   聖堂は三廊式十字形で、基本的にはロマネスクが
  基盤となっているので、部分的な尖頭アーチやリブ
  ヴォールトは気にならない。
   何時の時点で色が付けられたのかは明確ではない
  が、円柱や柱頭、壁面の一部に彩色が施されている。
   写真は、塔の下の交差部の円柱にある古い柱頭彫
  刻の一つで、とても気に入ったものである。
   楽団の演奏風景なのだろうが、どう見ても聖歌や
  賛美歌を演奏しているようには見えない。庶民の通
  俗的な民謡が聞こえてくるようだ。
   箱型の妙な楽器を吹く男、縦笛を口にした小さな
  男、そして弦楽器を弾く髭親爺。
   ロマネスクの教会というのは、なんでこんなヘン
  チクリンな彫刻で飾られているのだろうか。
             

    
    
     ヌイイ・アン・ドンジョン聖マドレーヌ教会
       Neuilly-en-Donjon /Église Ste-Madeleine

                      1 Allier

                      
   ブルゴーニュのブリオネーからロ
  ワール河を渡ると、そこはもうオー
  ヴェルニュ地方である。しかし、こ
  のタンパン彫刻は、明らかにブリオ
  ネーの文化圏に属している。

   半円形のタンパンに収めるための
  図像は、極端に細長い人物や無理矢
  理押し込んだような動物像を創出し
  た。しかしそれが、むしろ抽象的で
  暖かく、写実を超えた楽しいデフォ
  ルメを生んだのである。
   上部は、聖母子に拝謁する東方三
  博士と、これを祝福してラッパを吹
  く天使であり、下部はアダムとイヴ
  の原罪と、最後の晩餐である。
   見事な配列の意匠で、彫刻の技術
  も秀逸であり、小さなタンパンだが
  ロマネスクを代表する彫刻と言って
  も良いほど気に入っている。
 
            

    
     
     サン・デジーレ聖デジーレ教会
       St-Désiré/Église St-Désiré

                      1 Allier

                      
   モントルソン(Montluçon) の西北25Km
  にある、ブルボネ地方北西端の町である。
   朝一番に訪ねたら、教会の扉はまだ閉まって
  いたので、何処へ訊ねたものかと途方に暮れて
  いた。しかし、少し離れた所に小さなキャフェ
  が在り、そこの奥さんが鍵を持ってやって来る
  と直ぐに開けてくれた。

   三廊式十字形が基本となった聖堂で、西側の
  塔のある正面部分は後世の建築らしい。現在の
  入口は、この後補部分の北側に取り付けられて
  いる。
   身廊と側廊の天井はどちらも半円筒ヴォール
  トで、最もプリミティブでロマネスクらしい雰
  囲気に満ちていた。三本の横断アーチが、四つ
  のベイを構成している。
   小さな窓があるだけの壁面や、盲アーケード
  で仕切られた祭室などが簡素な美しさを見せて
  いる。

   中央祭室は一段高くなっており、下はクリプ
  トになっていた。祭室の両サイドに細長い礼拝
  堂が設けられており、聖堂の背後からは、袖廊
  両端の小礼拝堂と併せて五つの半円形後陣を見
  ることが出来た。
   写真は後陣の眺めで、中央祭室とその北側の
  小礼拝堂である。
                     

     
     
     ドメラ聖母教会
       Domérat/Église Notre-Dame

                      1 Allier

                      
   この地方には素晴らしい地下祭室
 (クリプト)が多く分布しているが、
  ここもその一つである。
   モントルソン郊外の大きな町で、
  教会は広場に面して建っている。

   西側に三つの扉口のある三廊式十
  字形の聖堂である。
   聖堂の背後に回ると、中央の祭室
  と袖廊の小礼拝堂、併せて三つの半
  円形後陣を見ることが出来た。

   身廊の柱頭彫刻は奇想天外なモチ
  ーフが多く、彩色された痕跡が残っ
  ているのだが、どうやら後世の手が
  入っているようだ。

   写真のクリプトは11世紀創建時
  のもので、三廊式四本づつ二列の円
  柱と素朴な柱頭とが、天井の交差ヴ
  ォールトを支えている。   
              

    
     
     メイエール聖ジュリアン教会
       Meillers/Église St-Julien

                      1 Allier

                      
   この地方の中心都市であるブルボン・ラルシャ
  ンボウ
(Bourbon-l'Archambault) の町に数日宿
  泊し、ブルボネイ地方をのんびりと歩いた。
   ブルボンの南に広がるメッサージュの森の入口
  にこの静かな村があり、教会は森へと通じる道の
  脇に建っている。

   聖堂は三廊式バシリカ形式で、身廊の小さい割
  りに太い角柱が側廊との間に左右二本づつ立てら
  れており、半円筒ヴォールトの天井と共にロマネ
  スク建築の素朴さを演出している。
   聖堂後方からの眺めは美しく、交差部に相当す
  る部分に立つ鐘塔と半円形の後陣がとても絵にな
  っている。どうやら創建時には十字形だったが、
  後世になって翼廊が取り外されたものらしい。

   ここでは西正面扉口の彫刻を見逃してはならな
  いだろう。
   タンパン部分には、まぐさ石のようなやや不自
  然な形の彫刻がはめ込まれている。クレルモン・
  フェランの聖母教会に見られる、タンパンの形に
  似ているようだ。
   栄光のキリスト像と光背を支える二天使、両側
  のアーケードには左右五人づつの使徒の群像が彫
  られている。
   左右円柱の柱頭彫刻が面白い。特に写真右端の
  柱頭には、竪琴を弾くロバが彫られていて注目さ
  せられる。
           

    
     
     オートリー・イサール三位一体教会
       Autry-Issards/Église de la Trinité

                      1 Allier

                      
   前述のメイエールから北へ7Km行った所に、
  この小さな教会の建つ集落がある。
   花盛りの広場に面して建っており、メイエール
  の扉口に似たタンパン彫刻を見ることが出来る。
   まぐさ石のような様式は同じで、中央にアーモ
  ンド形の光背が見える。しかし、そこに居るべき
  キリスト像は崩落したらしい。
   光背を支える二天使は同じだが、両側のアーケ
  ードには使徒は彫られておらず、ウサギか羊のよ
  うな形をしたものが彫られている。解説書による
  と、それはどうやらランプであるらしい。何を意
  味するのか、までは書いてなかった。

   聖堂は単身廊の素朴な建築で、半円筒ヴォール
  トの天井と半円ドームの祭室がいかにもロマネス
  クらしい美しさだった。
   しかし、素人の感性など当てにはならず、西フ
  ァサードと身廊、聖堂中央に建つと思われた鐘塔、
  半円形の祭室とが、何と一直線にではなく少し平
  行にズレて繋がっていたのだった。
   当初からの筈はなく、つまりこれは後世に建て
  替えられたか、または移動されたことを立証する
  もので、プリミティブなロマネスクらしさとは別
  物ということになってしまうのである。
   
            

    
     
     サン・ムヌー聖ムヌー教会
       St-Menoux/Église St-Menoux

                      1 Allier

                      
   スーヴィニー (Souvigny) の小修道院教会が
  完全工事中で、何一つ見る事が出来なかった。重
  要な目的の一つであっただけに、すっかり落胆し
  ていたのだが、それを救ってくれたのがこの素晴
  らしい教会だった。

   スーヴィニーの北6Kmの国道に面した町で、国
  道はこの教会の建物を迂回するように湾曲して通
  じている。

   東西62mという大きな聖堂で、玄関間、四つ
  のベイ、そして長い馬蹄形の祭室を有する三廊式
  のバシリカ様式である。
   側廊はそのまま祭室の周囲を巡る周歩廊になっ
  ており、五つの小祭室が外側に向かって放射状に
  配置されている。
   写真は祭室の馬蹄形部分で、六本の円柱が半円
  形に立てられ、二層の優雅なアーケードを構成し
  ている。柱頭の彫刻は主に植物模様が多く、見事
  に彫りの深い立派なものである。

   背後から眺めた後陣の景色は、放射状祭室、中
  央祭室の上層、そして身廊との接合部に建つ鐘塔
  が三段に連なるオブジェのように見えた。
                

     
     
     アゴンジュ聖母教会
       Agonges/Église Notre-Dame

                      1 Allier

                      
   この村は前述のサン・ムヌーから、
  牧草地の中を北へ2
Km行った隣村
  である。この小さな村にも、ロマネ
  スクの鐘塔が建ち、半円形の後陣が
  美しい中世の聖堂が残されていた。
   建築プランは単身廊十字形という
  至極簡素なもので、中央祭室の両隣
  に袖廊の小祭室が配されている。
   写真は聖堂の北側で、扉口と鐘塔
  の下部が写っている。
   朱色のレンガ積みが美しいのだが、
  注目していただきたいのが塔壁面の
  レリーフ彫刻である。
   レンガのブロック一個大の彫刻が
  十一個はめ込まれているのが確認出
  来る。図像は走っている動物で、犬
  か狼のように見える。
   解説には
Scène de Chasse
  書いてあるので、狩猟の場面である
  らしい。何を意味するのか解らない
  ところがロマネスク的である、と言
  えないこともない。
               

    
     
     ル・モンテ聖ジェルヴェ聖プラテーズ教会
       Le Montet/Église St-Gervais-et-St-Prataise

                      1 Allier

                      
   ル・モンテはスーヴィニーの町か
  ら南西に18
Km行ったところにあ
  る、高台の上に発展した比較的大き
  な町である。
   聖堂は三廊式バシリカで、祭室は
  側廊の正面二つの小祭室を入れて三
  つ並んでいる。
   身廊の天井やアーケードは全て尖
  頭アーチで、柱頭から上はゴシック
  に改造されている。
   この教会で注目したいのは写真の
  扉口装飾だろう。
   ロワール川沿いの一帯に幾つかの
  類例を見る事が出来るのだが、複雑
  な幾何学模様や多様な図案をアレン
  ジした意匠がタンパンに応用されて
  いる。
   干菓子の型みたいだと家人が言う
  ように、本当によく似ている。図柄
  のモザイク、と言った小生の方が陳
  腐に感じられてしまった。
   このデザインはタンパンだけでは
  なく、半円ヴシュールから柱頭、円
  柱や中央の角柱に至るまで、びっし
  りと広がっているのである。   
                 

    
     
     ベルナーヴ聖マルタン教会
       Bellenaves/Église St-Martin

                      1 Allier

                      
   この辺りはアリエ県の南端部分で、
  隣県の首都クレルモン・フェランの
  町までは50
Km以内とはいえ、ま
  だ山深いといった立地である。
   三廊式十字形のプランではあるが、
  交差部の鐘塔や天井はゴシックに改
  修されている。
   聖堂建築には正直余り興味を惹か
  れなかったのだけれど、西正面の見
  せ掛けファサードの意匠にはちょっ
  と注目した。
   三つの扉口があり、その上部に五
  連の半円アーケードが意匠されてい
  る。アーチの縁飾りや円柱など、な
  かなか洗練されたデザインだ。
   写真は、中央扉口のタンパン彫刻
  で、二天使に光背を支えられた玉座
  のキリスト像である。まぐさ石のよ
  うな横石部分には、最後の晩餐の場
  面が彫られている。
   ブルボン特有のはめ込み式タンパ
  ンで、何故か半円形いっぱいには彫
  られていない。
             

    
     
     ヴォース聖クロワ教会
       Veauce/Église St-Croix

                      1 Allier

                      
   前述のベルナーヴから南へ6Km
  畑の畦道のような細い道を行った雑
  木林の中にこの教会が建っていた。
  別荘地のような、静かで落ち着いた
  集落だった。

   写真で見る通り、聖堂はまことに
  チャーミングでとても壮麗である。
  しかし、写真右側の後陣や翼廊との
  交差部に建つ鐘塔の立派な割に、左
  側にちょっと見える身廊は5mくら
  いの長さしかない。三廊式の側廊と
  の境界に、左右一本づつの柱しか立
  っていないのである。
   当然ながら、従来はもっと規模の
  大きな身廊があったものと思われ、
  少なくとももう10mは長かったは
  ずである。
   半円形の祭室の周囲に、巡礼教会
  のような周歩廊が設けられている。
   六本の円柱と簡素な柱頭、二層の
  半円アーケードが構成する空間は清
  楚で、11世紀創建当時の身廊がい
  かに荘厳さに満ちていたかが想像出
  来る。
                  

    
     
     エブルイユ聖レジェール教会
       Ébreuil/Église St-Léger

                      1 Allier

                      
   シウール (Sioule) の流れに沿った緑濃い美し
  い町で、石橋の上からこの教会の鐘塔や赤い屋根
  が眺められた。
   細い路地を抜けて行くと、突然この教会の建つ
  さして広くない広場に出る。
   ちょうど聖堂の北側の壁を横一文字に見ること
  となり、写真の西正面から後陣まで、およそ60
  m弱はありそうな規模にびっくりしてしまった。

   現在の身廊は三廊式バシリカで、方形の列柱は
  11世紀のものらしい。しかし柱頭の無いのっぺ
  らぼうのまま上部壁面となってしまうアーケード
  には、正直余り感動は無かった。
   放射状に構築された祭室は13世紀ゴシックで
  あり、身廊の外壁は近年の修復によるものだ。

   写真の鐘塔のある玄関間は12世紀の建築で、
  中の空間に二本の円柱が立っている。
   このナルテックスと身廊との間を仕切る壁があ
  るのだが、身廊側にはバルコニーが作られており、
  その壁面にフレスコ画が描かれている。
   受胎告知や聖ヴァレリー
(Ste-Valérie) の殉教
  場面などが描かれているのだが、階上へは上るこ
  とが出来ず、遠目にしか見る事ができなかったの
  は残念だった。
                

     
     
     シャテル・モンターニュ聖母教会
       Châtel-Montagne/Église Notre-Dame

                      1 Allier

                      
   昔オーベルニュの写真集を見た時
  からの憧れの聖堂だったので、今回
  この秘境ともいえる聖地を訪ねられ
  たのは無上の喜びだった。
   花崗岩の荒々しい風貌と簡素な建
  築とが見事に融合して、質実とも言
  える特異な聖堂空間を創出している。
   写真の玄関間とファサード、三廊
  式バシリカの身廊、四つのベイを持
  つ二層のアーケードと半円筒ヴォー
  ルト、交差部のドームと鐘塔、周歩
  廊のある祭室と四つの放射状小祭室
  など、どこをとってもオーベルニュ
  ・ロマネスクの様式なのである。
   交差部以外は、おおむね12世紀
  中頃に創建されたものである。
   身廊と側廊の間の束ね柱の柱頭に
  は、ロバや馬などのユーモラスな動
  物像や、股を広げた人魚のような像、
  両手を広げたり、ラッパを吹く奇妙
  な人物像などが彫られており、ロマ
  ネスク病患者にとっては正に病原菌
  の巣窟とでも言えそうである。
              

    
         
     トゥーレ聖リマン教会
       Thuret/Église St-Limin

                      2 Puy-de-Dôme

                   
   この旅で訪ねたフランスの友人が
  くれた雑誌にこのタンパン彫刻の写
  真が載っていたのを見て、即座にコ
  ースに入れてしまったのだった。
   大天使ガブリエルとミカエルに光
  背を支えられた栄光のキリスト像が、
  あたかもまぐさ石のようにタンパン
  にはめ込まれている。ブルボン地方
  に類型の多い様式である。
   三人の妙な表情や、仏像の翻波式
  にも似た衣の襞の表現など、かなり
  レヴェルの高い彫刻だろう。
   聖堂は三廊式十字形で、天井以外
  は見事なロマネスク様式である。
   最も注目すべきは、下地が赤く塗
  られたユニークな柱頭彫刻だろう。
  かなり抽象化された人物や動物像が
  大半で、まるで近代彫刻を見るよう
  な気分になっていた。
   特に興味深かったのがアダムとイ
  ヴで、奇妙な形のリンゴと蛇や蝋人
  形のような二人の姿は、他に類の無
  い図像かもしれない。単なる稚拙な
  のか、卓越した抽象なのか悩ましい。   
           

    
         
     エヌザ聖ヴィクトール聖クーロンヌ教会
       Ennezat
/Église St-Victor-et-St-Couronne

                      2 Puy-de-Dôme

                   
   首都クレルモン・フェランの東北20Km、リ
  オム
(Riom) の東10Kmという場所なのだが、
  この町へ至る周辺は田園風景が続いてまことに牧
  歌的である。

   教会は町のほぼ西の外れに近く、北側に展望の
  開けたやや高い場所に建っている。
   西側には青い石を縞模様に使ったファサードの
  ある玄関間があり、四つのベイを持つ三廊式の身
  廊が続く。十字形の交差部があり、その上に鐘塔
  が建ち、本来祭室のあった部分にさらに新しい身
  廊と祭室が繋がっていた。
   つまり、翼廊と交差部より西側が古いロマネス
  クであり、東側は全く新しいゴシック様式の別物
  だったのである。

   写真は11世紀建造になる身廊と側廊で、半円
  形の横断アーチと交差ヴォールトによる天井、さ
  らに階上のトリビューンによって、やや修復の痕
  跡は目立つものの、見事なロマネスクの構造的空
  間を創出している。
   玄関間との仕切りに設けられた横断アーチと、
  その上部階上部分のアーケードが特に美しい。
   柱頭彫刻にも見るべき作品が多く、守銭奴に罰
  が与えられる場面などはかなりの傑作だろう。
             

     
     
     モザク聖ピエール教会
       Mozac /Église St-Pierre

                      2 Puy-de-Dôme

                   
   クレルモン・フェラン市の北西リオムの西部、
  ドームという特異な山脈の続く山麓の、ミネラル
  水で名高いヴォルヴィック (
Volvic) の近くにモ
  ザの町が有る。

   側廊が有るとはいえ、教会はそれ程大きな建築
  ではなく、静かな祈りの場にふさわしい規模であ
  る。だがここは15世紀頃に改築されており、旧
  修道院時代の柱頭だけが誇らしげに内陣に飾られ
  ていた。

   初めてこの彫刻を見た時、これはどう見ても具
  象のデフォルメを生命としている筈のロマネスク
  とは思えない、と私は戸惑った。図像の全てが写
  実的で、余りにも生々しいからだ。
   しかしよく見ると、頭の異常な大きさや体形の
  不自然さが見え始め、それは写実的に生々しいの
  ではなく、制作者の造形に対する情熱そのものが
  強く溢れ出ている事によるのだ、と気が付いたの
  だった。

   写真は、キリストの墓に詣でる三人のマリア達
  の横で、これを祝福する天使の像である。それに
  しても、こんなに清々しく穏やかな天使の像が他
  に有るだろうか。鋭い視線を放つマリア達や、墓
  の脇で眠
る兵士達の像も魅力的である。

      

     
      
     クレルモン・フェランノートルダム・デュ・ポール教会
       Clermont-Ferrand/Basilique Notre-Dame-du-Port

                      2 Puy-de-Dôme

                   

   サン・ネクテールやオルシヴァル、イソワール
  などと共に、この地方を代表する巡礼教会の一つ
  である。教会も町も、全てが黒い色調であるのが
  印象的だが、地元産の黒色安山岩が用いられてい
  るからだそうだ。

   巡礼教会の様式である周歩廊の付いた祭室を列
  柱が円形に囲み、それぞれの柱頭には、眼を見張
  るほどの美しい彫刻が施されている。美徳と悪徳
  の象徴が戦う場面が鮮烈だが、ノートルダム(聖
  母)にふさわしい主題であるこの写真の「訪問」
  が特に気に入った。
   イエスを受胎した聖母マリアが、同じ様に洗礼
  のヨハネの受胎を告知された従姉のエリザベート
  を訪問する場面である。
   神聖なテーマに似合った荘重な彫刻であり、細
  部の表現も溢れるばかりの図像の密度の濃さも、
  他に類を見ぬ見事な柱頭だった。

   教会入口のタンパン彫刻も含め、教会全体が彫
  刻美術館と言えるほど充実した図像ばかりで、知
  らぬ間に時間を忘れて夢中になってしまっていた
  のだった。
    

    
                 
     サン・サテュルナン聖サテュルナン教会
       St-Saturnin/Église St-Saturnin

                     2 Puy-de-Dôme

    
   今回の訪問は、83年に始めてオーベルニュを旅
  した時以来のものであった。教会やその前の小さな
  広場の雰囲気はそのままだったが、町は城を中心と
  してかなり綺麗に整備されていた。

   教会では部分的な修復工事が行われており、特に
  後陣にはテントが張られていて全貌を見ることが出
  来なかった。
   しかし、内陣には交差部に足場が組んである以外
  は、見学には全く支障は無かった。
   この教会の魅力は、構造的にほとんど改修されて
  いない落ち着いたロマネスク建築である、というこ
  とだろう。典型的なオーベルニュの様式を見ること
  が出来る。
   聖堂は三廊式十字形で、六本の円柱が半円形に並
  んだ祭室の周りに周歩廊が設けられている。放射状
  の小祭室は、ここでは見られない。
   翼廊の左右に小礼拝堂が付けられている。
   身廊のアーケードの上層はトリビューンになって
  おり、一つのベイに三連のアーケードが設けられて
  いるので、とても開放的な構成の美を感じることが
  出来る。

   地下の祭室クリプトへ降りてみると、太い円柱が
  密度濃く並んでおり、高さの低い天井の交差ヴォー
  ルトが初期の質実剛健な建築様式を伝えている。
      

        
       
     オルシヴァルノートルダム教会
       Orcival
/Basilique Notre-Dame

                        2 Puy-de-Dôme

     
   古い町並みの残る、谷間の牧歌的な風景に溶け
  込むようにして、この教会が建っているのが見え
  た。
   巡礼路としては支道ではあったが、クレルモン
  からスイアックへと通じる重要なルート上に建っ
  ていたのである。

   深い緑を背景にした後陣からの眺めは、十字形
  の堂宇、中心の鐘塔、祭室の周歩廊と放射型小祭
  室、といったオーヴェルニュ特有の形式を見せて
  くれるが、何よりもその重厚で荘厳なたたずまい
  が感動的であった。

   聖母信仰の強いオーヴェルニュにふさわしい聖
  母子像が祭壇近くに祀られており、溢れるほどの
  蝋燭の光に輝いていた。
   聖母子の土俗的ではない高貴な風貌が、この教
  会の格式を物語っているようにも思えた。

   柱頭彫刻が豊富で、悪魔や奇怪な動物が大活躍
  できる場面を与えられている。
   聖書の具体的な場面ではなく、その精神が抽象
  化された主題ばかりでとても難解なのだが、図像
  としての面白さには文句なしに魅せられてしまっ
  た。
   

    
               
     シャンボン・シュル・ラック墓地円形礼拝堂
       Chambon-sur-Lac/Chapelle circulaire du Cimetière

                        2 Puy-de-Dôme

       
   ドール山塊 (Monts Dore) の北
  東麓にシャンボン湖
があり、同名の
  町が西側湖畔にある。
   夏にはリゾートとして賑わうこの
  辺りも、紅葉の色づく季節には行き
  交う人の姿すら無かった。
   町の中央にこじんまりとした教会
  が在り、単身廊十字形の素朴なプラ
  ンと後陣の佇まい、そして扉口のま
  ぐさ石彫刻が好ましかった。
   しかし、塔も含め、やや後世の改
  修が顕著なのが残念だった。
   町外れの墓地に、写真の円形礼拝
  堂が在った。洗礼堂かと思ったが、
  独立した教会であるらしい。
   扉口と後陣部分に方形の出っ張り
  が取り付けられているが、堂内は完
  全な円形だった。窓の部分にアーケ
  ードが造られ、柱頭には聖人の群像
  らしき彫刻が彫られている。
   素朴で愛らしい建築だった。
   写真の左端に、町の教会聖エティ
  エンヌの塔が見える。   
      

       
     
     サン・ネクテール聖ネクテール教会
       St-Nectaire/Église St-Nectaire

                     2 Puy-de-Dôme
    
   サン・サトゥルナンから峠を越え、麓へ下る途
  中で眺めた教会の全景である。やや霞んでいたが、
  三本の塔や複合した祭室の後姿は周囲の爽やかな
  風光と同化して、正に絵のようであった。
   サンチャゴへの巡礼路の枝道上に有る教会なの
  で、祭室は二重の歩廊で巡拝出来る設計になって
  いる。古びた石の色合いが、落ち着いた空間を創
  出していた。
   ここでは、祭室の内側に円弧状に連なっている
  六本の柱の上部に彫られている、彩色の施された
  柱頭彫刻を見なくてはいけない。
   彫刻の主題として、最後の晩餐、キリストの笞
  刑、ゴルゴダへの道行き、墓所の三人のマリアな
  ど、キリストの磔刑前後の物語が順番に展開して
  いく。聖ネクテールの逸話も、間に入っている。
   写真は、キリストの復活を疑って傷の痕跡を確
  認する「トマの不信」の場面である。
   節度有る彩色が決して邪魔にはならず、巧みな
  図像構成がむしろ親しみを感じさせてくれるよう
  だ。

   従前は内部が撮影禁止で、礼拝の場としてはむ
  しろ当然かと諦めていたが、近年撮影は自由にな
  った。啓蒙のための寛容な精神が大らかに働いた
  のか、或いは修復資金調達を目的とした観光の功
  徳であるのかは判然としない。
          

    
   
     イソワール聖オーストルモアヌ教会
       Issoire/Église St-Austremoine

                     2 Puy-de-Dôme
    
   イソワールの町に有る旧修道院付属教会だが、
  外壁も内陣も全てがやや過剰に装飾された建築で
  ある。
   壁の幾何学模様は余り良い趣味とは思えないが、
  建築の構造そのものは、オーベルニュに共通した
  特徴である周歩廊付きの祭室を持っている。

   一歩教会の内部に足を入れて先ず驚くのは、側
  廊の有る身廊や祭室の柱や壁の全てが彩色されて
  いることである。
   色とりどりの様々な模様が修道院時代からのも
  のかどうか私には分からないが、ロマネスクの意
  匠とはやや異質に感じられた。
   だが、サン・ネクテール教会と同様に、祭壇を
  半円形に囲む柱頭群の彩色は落ち着いていて、彫
  刻の質を些かなりとも損ねてはいないようだ。
   写真の柱頭は最後の晩餐の図像であり、ぐるり
  と四面全てを使ってキリストと十二使徒を表現し
  た意匠は卓越している。
   キリストにもたれかかるヨハネが愛らしく、丹
  念に彫られた聖人達の像一つ一つが、かぐわしい
  ばかりの芳香を放っている様に感じられた。
   その他の柱頭にも傑作が多く、聖書物語が中心
  で、
抽象的にデフォルメされた図像には興味は尽
  きない。
       

     
    
     モーリアックノートルダム・デ・ミラクル教会
       Mauriac/Église Notre-Dame-des-Miracles

                             3 Cantal

                  
   格別美しいサレール (Salers) の町を筆頭に、
  この地方は黒色玄武岩を使用した建築が大半の黒
  っぽい町ばかりだ。
   モーリアックも例外ではなく、町全体がこの聖
  母教会も包み込み真っ黒だった。
 
  八角の鐘塔が象徴的な聖堂建築は十字形で、内部
  の側廊付き身廊は円形アーチの美しさが印象的だ
  った。
   祭壇に祀られた聖母子像は、俗に言う黒マリア
  だった。全てが黒い町には最もふさわしい存在な
  のだが、初めから黒を意識して制作されたものな
  のかは判然としなかった。
   写真は正面入口の門で、上部半円形壁面のタン
  パン彫刻を見ることができる。
   中央に昇天するキリスト像があり、両側にこれ
  を祝福する二人の天使が飛んでいる。
   大天使ミカエルとガブリエルの像なのだが、体
  を弓なりに反らせたフォルムは、いかにも躍動的
  で美しい。
   この限定されたスペースの中に、天使を収める
  ための苦肉の策であったにせよ、常識にとらわれ
  ない自由な発想が感じられる。
   制約を超越してこそ真の自由が生まれるという、
  茶道の精神にも通じる面白さである。
   

    
         
     ブラジャック聖母教会
       Brageac/ Église Notre-Dame
    
                          3 Cantal

     
   前述のモーリアックの町とはオーズ
  
(Auze) 川の谷を隔てて3Km程だが、
  橋が無いのでぐるっと17
Km遠回り
  をすることになる。
   建築は写真で見るようにとてもチャ
  ーミングであり、渓谷に向かって眺望
  の開けた絶好のロケーションに建って
  いる。ロマネスクらしい、小柄で落ち
  着いた静けさが感じられた。
   聖堂は三廊式バシリカで、翼廊と交
  差部は有るが、側廊と小礼拝堂がその
  まま繋がっていて、全体のプランは十
  字形ではない。
   身廊の柱は左右に各三本づつ、交差
  部のドームも含め四つのベイを構成し
  ている。柱は黒っぽい石と白い石のツ
  ートーンの縞模様で、聖堂の雰囲気を
  躍動的なものにしている。
   柱頭部分には勿論だが、柱の台座部
  分にも彫刻が施されている。デッサン
  のしっかりした、陰影の濃い彫刻ばか
  りである。
              

   
    
     イド・ブール聖ジョルジュ教会
       Ydes-Bourg / Église St-Georges
    
                          3 Cantal

     
   イド・ブールはモーリアックの町の北東15キロ
  に有る、観光的には全く無名の寒村である。

   私は或る年の夏にここを訪ねたのだったが、余り
  期待もしていなかったので、入口の側壁を飾るこの
  受胎告知の彫刻に出くわした時には、感動するとい
  うよりもむしろびっくりしてしまっていた。

   正面左の壁を三本の柱で区切っているが、見せか
  けアーチの装飾である。それぞれの柱の間に、マリ
  アと大天使ガブリエルが浮き彫りされているのだが、
  まるで単体の彫刻のようであり、壁と一体であるこ
  とが不思議なくらいである。
   この彫刻部分は、説明書によると12世紀末の作
  とあるが、ゴシックへの過渡期とも思えるほどの写
  実味と、ロマネスクならではのデフォルメとが並存
  している。
   特に、マリアと大天使ガブリエルの顔の素朴な表
  情には、痺れるほどの深い感銘を覚えたのだった。

   対面する壁には、穴の中のライオンとダニエルの
  像が彫られているが、これも味わい深い作品であり、
  半円アーチのバジリカ式内陣と共に見逃せない。
       

    
         
     ブレスル聖ピエール教会
       Blesle
/Église St-Pierre

                         4  Haute-Loire

    
   次掲のブリウードの真西20キ
  ロの山の中にある、美しい家並み
  の残るやや大きな町である。
   教会は役場の奥、入り組んだ町
  並の真ん中に隠れるようにして建
  っていた。
   聖堂は十字形建築だが、単身廊
  部分は創建時のものではなく、袖
  廊や祭室部分も11世紀から12
  世紀の間だけでもかなりの増改築
  が成され、現在見る聖堂はこの上
  なく不規則でユニークなプランと
  しか言いようが無い。
   写真は南側の民家の庭から、聖
  堂の南側面を眺めたものである。
  二つの半円形祭室は南袖廊に取り
  付けられたもので、手前の方は特
  に不規則なものである。12世紀
  初頭の建築で、現存する建築の中
  では最も古い」部分である。
   窓の周囲に飾られた円柱の柱頭
  に、幾つもの秀逸な彫刻を見るこ
  とが出来た。
         

    
    
     ブリウード聖ジュリアン教会
       Brioude
/Église St-Julien

                         4  Haute-Loire

    
   八角の鐘塔と赤色の石を用いた外観が壮麗な、
  ロマネスクとしては規模の大きい立派な教会だっ
  た。
   イスラム様式のように色違いの石を交互に用い
  た柱が目に付いたが、どうやら聖堂上部はゴシッ
  ク的な様式で改造されているように見えた。
   写真は、ナルテックス(玄関間)の階上から身
  廊を眺めたもので、その華麗な建築を容易にご想
  像いただけるものと思う。

   特筆するべきものは、柱上部の柱頭彫刻である。
  かなり高い位置にあるため、望遠鏡がなければ彫
  刻を詳細に見る事は不可能であり、私は望遠レン
  ズで撮影した。
   ここの柱頭彫刻もオルシヴァルと同じ様に、聖
  書の物語にその主題を求めてはおらず、大半が一
  体何を描こうとしたのか分からないような抽象的
  な図像ばかりだった。
   人魚の尾の先が次第に植物の枝に変わってしま
  っているものや、悪魔や怪獣に足の先から食べら
  れてしまっている人物など、怪奇で幻想的なテー
  マの中で様々な動物や植物や人物が無数に乱舞す
  る、狂気とも思える理解を超えた感覚に満ち溢れ
  ていた。
   中世の精神の奥に潜む、深層心理の抽象的表現
  なのだろうか。
   

    
    
     ラヴォーディユ旧聖アンドレ・ド・コム小修道院
       Lavaudieu /Ancienne Prieuré St-André de Comps

                          4  Haute-Loire

                          
   ブリウドの南東10Kmのところに有
  る鄙びた村で、その中心広場に面して
  この素朴な教会が建っている。石畳の
  広場を、牛舎へ帰る牛の行列が糞を落
  としながら通過して行った光景が、妙
  に親しみ易く印象的だった。
   身廊と祭室との境目のアーチ壁に描
  かれたフレスコ画が見逃せない。キリ
  ストの磔刑と、聖アンドレの殉教がテ
  ーマのようだ。14世紀初頭の制作ら
  しい。
   写真の回廊はその上部が農家の納屋
  のような粗末な建築だが、柱頭彫刻の
  あるアーチ列柱は鄙びた中にストイッ
  クな雰囲気の有る美しい空間だった。
   ここでも奇怪な動物や、淫乱や守銭
  奴といった悪徳を主題とした妙な彫刻
  が多い。この頃になると、どれだけ妙
  かを楽しむ余裕が出てきていた。
   隣接する食堂に、13世紀のロマネ
  スク壁画が残存している。荘厳のキリ
  スト像で、天使の像なども興味深かっ
  た。
   

    
         
     ペイルス礼拝堂
       Peyrusse
/Chapelle

                          4  Haute-Loire

     
   この礼拝堂に関する資料が全く無いために、フ
  レスコ画があるという情報だけを頼りに行って見
  た。ブリウードからアリエ川に沿って地方道を約
  27Km車を進め、そこから更に山道を2Km登って
  行くとこの小さな集落に着く。
   崖の上の礼拝堂は鍵がかかっていて中へ入るこ
  とが出来なかったのだが、途方に暮れた私たちを
  救ってくれたのは、ちょうど通りかかった村人だ
  った。彼が鍵を管理する牧場の親爺を教えてくれ、
  親爺はパスポートを預かる代わりに鍵を手渡して
  くれたのだった。
   
   写真はお堂の内部で、長椅子が数列並んだだけ
  の小さな村の礼拝堂なのである。
   フレスコ画は祭室の壁や天井一面に描かれてお
  り、ようやく中へ入ることが出来た喜びが大きか
  ったこともあって、涙を流さんばかりにすっかり
  感激をしてしまったのだった。
   だんだんと落ち着いてくると、フレスコ画の修
  復がかなり激しく、色の劣化も進んでいることに
  気がついた。
   しかし、ロマネスク絵画の持つ大らかな抽象は
  随所に残っていて、それだけでも十分満足をする
  ことが出来た。
   四福音書家のシンボルに囲まれた玉座のキリス
  トや、聖母昇天など魅力的なモチーフばかりであ
  った。
         

    
         
     シャントュージュ聖マルスラン教会
       Chanteuges
/Église St-Marcellin

                          4  Haute-Loire

     
   10世紀に創建された修道院の中に、
  12世紀になってから建てられた教会
  である。アリエ川に沿った断崖の上に
  建つ要塞のような建物なのだが、近付
  いて見るとそれほど荒々しいものでは
  ないことが判る。
   修道院の礎石などが残る遺跡に建つ
  聖堂は、三廊式バシリカで六本の柱が
  四つのベイを構成している。まるでビ
  ザンチンの聖堂に居るような錯覚を感
  じていた。
   身廊の天井は交叉オジーブだが、側
  廊部分は交叉ヴォールトだった。創建
  当初のままという建築など、そう在る
  ものではないのだろう。
   最も注目したのが柱頭彫刻である。
  彫りの美しい、象徴的な彫刻ばかりで
  あった。写真はその中でも白眉と言え
  る作品で、羊を担ぐ男が二人彫られて
  いる。他に、植物と絡み合う人間像や、
  説話の世界を描いたものなどが目に付
  いた。
                    

     
    
     ル・ピュイノートルダム大聖堂
       Le Puy-en-Velay /Cathédrale Notre-Dame 

                          4  Haute-Loire

     
   ル・ピュイの町を遠望した人は、その不思議な景
  観に胸打たれるに違いない。小高い岩山の頂上に建
  つ大きな聖母子の像、小さな岩山と一体になった聖
  ミッシェルの礼拝堂、そして大聖堂の塔とドームが
  林立する様は、モン・サン・ミッシェルの奇景に匹
  敵するかもしれない。

   聖ミッシェルの礼拝堂も興味深いが、ここでは先
  ず大聖堂に詣でてみることにした。石畳の急坂を登
  ると次第に見えてくる、アラブ風のファサードがと
  ても華麗な印象を与えてくれた。
   写真は内部の翼廊とドーム部分で、円形アーチや
  交差穹窿を駆使した複雑な構造ながら、軽快な統一
  感に満ちていて大層美しかった。
   重厚な図像の柱頭彫刻やフレスコ壁画が所狭しと
  施されており、サンチャゴ巡礼の出発点である巡礼
  教会の一つとしての風格と荘厳さが漂っていた。
   ここにも黒いマリア像が保存されている。直接ロ
  マネスクとの関連は無いが、なぜか心に残るのが不
  思議であり、調べて見る必要がありそうだ。

   少し離れて回廊がある。イスラム的な要素が感じ
  られる素晴らしい空間で、聖地としての多様な魅力
  が秘められているようだ。
   

     
         
     ル・ピュイ聖ミッシェル・デギュイーユ礼拝堂
       Le Puy-en-Velay /Chapelle St-Michel-d'Aiguilhe 

                          4  Haute-Loire

     
   奇岩のてっぺんに建てられた教会堂として有名
  なこの場所は、83年のオーベルニュ旅行以来二
  度目の訪問だった。前回は夏の盛りで、大勢の観
  光客がいたために内部の写真を撮ることが出来な
  かった。しかし今回は、幸運と言うべきか激しく
  雨の降る寒い日だったため、私達夫婦の他には長
  い石段を登る訪問者はいなかった。

   高さ85mの溶岩の上に、10世紀に創建され
  た奇跡の聖堂だ。現在祭室になっている方形部分
  が最も古く、写真のアーケードのある周歩廊のよ
  うな側廊部分は12世紀に建てられたという。
   岩山のスペースに合わせて、楕円形のような不
  規則なプランである。
   天井部分を中心にして、フレスコ画がびっしり
  と描かれている。写真の左上に白馬に乗った人物
  像が残っているが、どんな場面かは判らなかった。
   祭室の天井に描かれた栄光のキリスト像は荘厳
  で、四福音書家のシンボルと多くの天使達に囲ま
  れ、左手を掲げて立つ姿は“幽玄な威光”といっ
  た印象だった。
   四方の壁面を埋めるフレスコに描かれた聖人や
  使徒達の様々な姿が、薄明かりの中でそれは丸で
  天上へ昇って行く陽炎のような揺らめきに見えて
  いた。私達自身が浄化されていくような、不思議
  な至福を味わっていたのである。
                      

    
         
     シャマリエール・シュル・ロワール聖ジル教会
       Chamalières-sur-Loire
/Église St-Gilles

                          4  Haute-Loire

     
   ル・ピュイの町の東を流れる大き
  な川が、あのロワール川なのだと知
  って驚いたことがある。そもそも県
  の名前がオート・ロワール、つまり
  “ロワール上流”と言うのだ。
   ロワールの渓谷に沿って約30Km
  下った所に、このチャーミングな集
  落が在り、川面に教会の塔が美しく
  映えていた。
   聖堂は写真で見る通りバシリカ形
  式で、身廊は三廊式。ほんの少しだ
  け翼廊部分が突き出ているが、ほと
  んど方形に近い。
   レンガ積みのシックな建築で、こ
  の地方の風土にとてもマッチしてい
  るように感じられた。
   後陣は半円形で、放射状小祭室が
  四つ飛び出しているのだが、周歩廊
  はあるものの、祭壇部分に通常見ら
  れるアーケードらしきものは無い。
   実はこれはアーケードが失われた
  わけではなく、最初から無いドーム
  状の祭室であったらしく、近くのサ
  ン・ポーリアンの聖ジョルジュ教会
  にも見られる様式なのである。   
              

    
         
     ロジエール・コート・ドーレック旧小修道院教会
       Rozier-Côtes-d'Aurec
/Église Ancien Prieuré

                          5 Loire

     
   ロワールの谷をさらに北へと下って行く内に、
  いつの間にか周囲は川面から立ち込める霧の真っ
  只中に入ってしまった。この村は完全に霧の中で、
  教会の鐘塔も真下に寄ってようやく微かに見える
  ほどだった。

   11世紀に創建された、見事なほど愛らしい規
  模の聖堂だった。東西20m、南北10m足らず
  の、村の礼拝堂といった存在だった。現存の建築
  は12世紀のものらしい。
   単身廊バシリカで、中央祭室のほかに小さな翼
  廊の小祭室が設けられている。
   聖堂の規模に比して、交差部の鐘塔は意外と立
  派に見えた。

   最も印象に残ったのが、写真のタンパン彫刻だ
  った。西正面の扉口はまったくの質素な門だが、
  素地のまぐさ石の上にタンパンのような格好では
  め込まれているレリーフと言う方が正しいかもし
  れない。
   何とも素朴な風貌の聖母子と、礼拝する東方三
  博士の像である。久しぶりにロマネスクらしい、
  巧まざる抽象図像を観た思いだった。
   写真上部の像は、祝福を与える
St-Blaise ブレ
  ーズという聖人とのことであった。
                   

     
         
     サン・ロマン・ル・ピュイ旧小修道院
       St-Romain-Le-Puy
/Ancien Prieuré

                          5 Loire

     
   葡萄畑に囲まれた城跡の残る岩山
  の上の聖堂は、この時期は閉鎖され
  ているとの事だった。町役場でそこ
  を何とかとダメ元で交渉すると、親
  切な係の女性が教会の管理者に連絡
  し、何と見学許可を貰えたのだった。
   教会では貴族然とした紳士が待っ
  ていてくれ、鍵を開けてくれた。単
  なる管理人とは思えず、この城山全
  体のオーナーだったのかもしれない。
   単身廊十字形が基本で、翼廊の祭
  室も含め三つの半円形祭室が並んで
  いる。10世紀から11世紀の建築
  で、内部は美術品販売のギャラリー
  にも使用されているようだった。
   交差部や祭室の上品な円柱や、そ
  の柱頭に描かれた深い彫りの図像は、
  高い水準の知性が構築した聖堂であ
  ることを物語っている。
   地下のクリプトや後陣外壁のレリ
  ーフなど、見るべき物で埋め尽くさ
  れていた。
   美術品を売るための言葉を一言も
  言わなかった紳士に、敬意を表した
  礼を述べ、私たちは山を下った。
                

     
         
     シャンデュー聖セバスティアン教会
       Champdieu
/Église St-Sébastien

                          5 Loire

     
   私達がロマネスクを旅していると言うと、サン
  ・ロマンの紳士は「近くに素晴らしいクリプトが
  在る」とこの教会を教えてくれた。
   そこはサン・ロマンの北15Km、モンブリゾン
  
(Monbrison) の町を抜けて直ぐの小さな町だった。

   聖堂は小修道院
(Prieuré) に付属しているらし
  いのだが、門と交差部に二つの鐘塔の立つ、まる
  で要塞のように堅固なイメージの教会だった。
   しかし、内部に入ると全くの別世界で、角柱と
  円柱を組み合わせたアーケードながら、三廊式十
  字形の簡素で明快な聖堂だったのである。

   円柱部分の柱頭に、ロマネスクらしい図像が彫
  り込まれていて楽しかった。足を広げた頭でっか
  ちの人間、草の蔓に絡まった人物、下半身が人魚
  のようになった女性、植物の若芽の間から生えた
  人間の首などなど、まるで見世物小屋のような面
  白さだ。

   目的の地下祭室は、一転して荘厳で厳粛な雰囲
  気に溢れていた。六本の円柱と交差穹窿、それを
  繋ぐ柱頭が、創建当初の神聖な空気を今日まで伝
  えているのだ。
   ここではクリプトこそが、その教会の精神のオ
  リジナルを象徴している場所なのだ、と言ってい
  るように感じられた。
           

    
         
     ポミエール・アン・フォレ聖ピエール聖ポール教会
       Pommiers-en-Forez
/Église St-Pierre-et-St-Paul

                          5 Loire

     
   ロワールに沿ってさらに下り、このあたりま
  で来るともうロアンヌ
(Roanne)
の町も近く、
  緯度はクレルモン・フェランとほぼ同じ位置ま
  で北上していたのだった。

   修道院を中心にした集落で、城壁のような石
  垣に囲まれている。城門のような入口から中へ
  入ると、時間が止まったまま動いていないよう
  な、しかし妙に生活感のある空間だった。

   写真は門から眺めた教会の後陣と鐘塔で、聖
  堂内部は角柱の並ぶ三廊式の質実なアーケード
  が印象的だった。従来は十字形だったのだろう
  が、写真の塔の左側、つまり南側の翼廊は側廊
  の壁と一直線で、外側へ突き出していない。
   建築全体は11世紀のもので、西正面の入口
  から、身廊の柱一本分のスパンまでが15世紀
  に修復されたらしい。
   身廊の天上は横断アーチも無い蒲鉾形の半円
  筒ヴォールトで、在りそうでなかなかお目にか
  かれない逸品だ。
   側廊の天上は交差ヴォールトで、これも古式
  の良い雰囲気である。
   角柱には柱頭が無いのでロマネスク彫刻好き
  には少し寂しいのだが、それがかえって修道院
  の教会に相応しい簡潔で清々しいイメージを抱
  かせてくれたのだった。
            

       
    
     シャルリュー旧聖フォルトゥーナ修道院
       Charlieu/Ancien Prieuré St-Fortunat

                      5 Loire

                      
   ロマネスク愛好家でこのシャルリュ
  ーを知らない人はいないであろう、と
  思える程重要な場所なので、今更とい
  う観は間逃れないだろう。理由は簡単
  で、最初の訪問時には撮影に失敗し、
  良い写真が無かったのであった。
   今回も褒められたものではないが、
  何とか御容赦願いたい。
   ここも様式的にはブリオネーなのだ
  が、ロワール県の北端に位置してブリ
  オネーに接している。
   ベネディクト会修道院の跡で、ここ
  には重要なタンパン彫刻がいくつかあ
  る。写真はその内の一つで、北表門の
  タンパンである。
   玉座のキリストを二人の天使と四福
  音書家のシンボルが囲む図は、明らか
  に「黙示録のキリスト」である。二十
  四人の長老に代わって、十二使徒が下
  段に彫られているのは、アルルなどに
  共通している。
   彫刻の技術は卓越していて目を見張
  らされるが、上部の神の羊像の表現が
  忘れられないでいる。
   
            


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