オーヴェルニュ(北部) のロマネスク紀行 |
Auvergne Nord Romane |
ノートルダム・デュ・ポール教会 クレルモン・フェラン |
フランス中央山塊の大部分を占める地方で、 それだけ伝統的な風物が今日まで伝えられた地 域である。 中世サンチャゴへの巡礼路に当るので、巡礼 教会と共にロマネスク聖堂が数多く建立され、 今日まで伝えられた。オーベルニュ特有の周歩 廊の有る祭室は壮麗で、柱頭彫刻も質の高いも のばかりである。 ロワール川の上流地域もオーベルニュ地方な ので、中流とも言えるロワール県も同じ地域と 解釈して加えた。 従来の地理的区分とは若干異なっている点は 御容赦願いたい。 アリエ県はブルボネ地方とも称される。 |
県名と県庁所在地 オ-ベルニュ北部 1 Allier (Moulins) 2 Puy-de-Dôme (Clermont-Ferrand) 5 Loire (St-Etienne) オーヴェルニュ南部 3 Cantal (Aurillac) 4 Haute-Loire (Le Puy) |
|
シャップ/聖アンヌ教会 Chappes/Église Ste-Anne |
1 Allier |
この町はモンマローの真北に位置している寒 村で、夕方訪ねたからなのか、教会の場所を尋 ねたくても人影ひとつ見えなかった。 しかし、八角形の鐘塔が目に入ったので、教 会へは比較的容易に着く事が出来た。 聖堂の外観を眺めてみると、建築は全体的に ゴシック的な改修が行われてきた様に思える。 しかし、半円形の後陣や聖堂の側面、さらに 西側正面ファサード周辺を詳細に観察すると、 ロマネスクらしい意匠がかなり色濃く残っても いたのである。 正面の入口は半円の三重ヴシュールで飾られ ており、タンパン部分に彫刻は無かった。 従来の扉は消失しており、鉄パイプ製の扉が 付けられていて開かない。 隙間から中を覗くと、三廊式の身廊や数多く の柱頭の彫刻の存在が確認出来る。 鉄パイプ扉を無理矢理引っ張ったら、何と少 し隙間が出来て中へ入る事が出来たのだった。 神が与えてくれた絶好の機会だったのか、或い は単なる不法侵入だったのだろうか。 写真は数ある柱頭彫刻の内の、最も古そうな ものの一つである。正面や両脇に、手を挙げた り棒のようなものを持っている人物が五人彫ら れている。どんな場面なのかは想像もつかなか ったが、夢に満ちた柱頭彫刻の展覧会のようだ った。 |
ブルボン・ラルシャンボー/ 聖ジョルジュ教会 Bourbon-l'Archambault/ Église St-Georges |
1 Allier |
ブルボン地方のロマネスク教会を巡る拠点と して、温泉町ネリとこの町の両方に数泊づつ滞 在した。この町のホテルからこの教会までは散 歩の範疇だったので、まだ朝靄が煙っている中 を一番に歩いて行ってみた。 鐘塔が朝日に輝いて美しかったが、塔の先端 はすっくと尖ったゴシック風のものだった。 聖堂は三廊式十字形で、基本的にはロマネス クが基盤となっているので、部分的な尖頭アー チやリブヴォールトは気にならない。 何時の時点で色が付けられたのかは明確では ないが、円柱や柱頭、壁面の一部に彩色が施さ れている。 写真は塔の下の交差部の円柱にある古い柱頭 彫刻の一つで、とても気に入ったものである。 楽団の演奏風景なのだろうが、どう見ても聖 歌や賛美歌を演奏しているようには見えない。 庶民の通俗的な民謡が聞こえてくるようだ。 箱型の妙な楽器を吹く男、縦笛を口にした小 さな男、そして弦楽器を弾く髭親爺。 ロマネスクの教会というのは、なんでこんな 変チクリンな彫刻で飾られているのだろうか。 |
|
ヌイイ・アン・ドンジョン/ 聖マドレーヌ教会 Neuilly-en-Donjon / Église Ste-Madeleine |
1 Allier |
ブルゴーニュのブリオネーからロワール河を 渡ると、そこはもうオーヴェルニュ地方なので ある。しかしこのタンパン彫刻は明らかにブリ オネーの文化圏に属している。 半円形のタンパンに収めるための図像は、極 端に細長い人物や無理矢理押し込んだような動 物像を創出した。 しかし、それがむしろ抽象的で暖かく、写実 を超えた楽しいデフォルメを生んだのである。 上部は、聖母子に拝謁する東方三博士と、こ れを祝福してラッパを吹く天使であり、下部は アダムとイヴの原罪と最後の晩餐である。 見事な配列の意匠で、彫刻の技術も秀逸であ り、小さなタンパンだがロマネスクを代表する 彫刻と言っても良いほど気に入っている。 |
|
サン・デジーレ/ 聖デジーレ教会 St-Désiré/Église St-Désiré |
1 Allier |
モントルソンの西北25キロにある、ブルボ ネ地方北西端の町である。 朝一番に訪ねたら教会の扉はまだ閉まってい たので、何処へ訊ねたものかと途方に暮れてし まった。しかし、少し離れた所に小さなカフェ が在り、そこの奥さんが鍵を持ってやって来る と直ぐに開けてくれた。 三廊式十字形が基本となった聖堂で、西側の 塔のある正面部分は後世の建築らしい。現在の 入口は、この後補部分の北側に取り付けられて いる。 身廊と側廊の天井はどちらも半円筒ヴォール トで、最もプリミティブでいかにもロマネスク らしい雰囲気に満ちていた。三本の横断アーチ が、四つのベイを構成している。 小さな窓があるだけの壁面や、盲アーケード で仕切られた祭室等が簡素な美しさを見せてく れている。 中央祭室は一段高くなっており、下部はクリ プトになっていた。祭室の両サイドに細長い礼 拝堂が設けられており聖堂の背後からは、袖廊 両端の小礼拝堂と併せて五つの半円形後陣を見 ることが出来た。 写真は後陣の姿で、中央祭室とその北側の小 礼拝堂である。 |
|
ドメラ/聖母教会 Domérat/Église Notre-Dame |
1 Allier |
モントルソン郊外の大きな町で、教会は広場 に面して建っている。この地方には素晴らしい 地下祭室(クリプト)が多く分布しているが、 ここもその一つである。 西側に三つの扉口のある三廊式十字形の聖堂 である。 聖堂の背後に回ると、中央の祭室と袖廊の小 礼拝堂を併せて、三つの半円形後陣を見ること が出来た。 身廊の柱頭彫刻には奇想天外なモチーフが多 く、彩色された痕跡が残っているが、どうやら 後世の手が入っているようだ。 写真のクリプトは11世紀創建時のもので、 三廊式四本づつ二列の円柱と素朴な柱頭とが、 天井の交差ヴォールトを支えている。 |
|
メイエール/聖ジュリアン教会 Meillers/Église St-Julien |
1 Allier |
この地方の中心都市であるブルボン・ラルシ ャンボウの町に数日宿泊しブルボネイ地方をの んびりと歩いた。 ブルボンの南に広がるメッサージュの森の入 口にこの静かな村があり、教会は森へと通じる 道の脇に建っている。 聖堂は三廊式バシリカ形式で、身廊の小さい 割りに太い角柱が側廊との間に左右二本づつ立 てられており、半円筒ヴォールトの天井と共に ロマネスク建築の素朴さを演出している。 聖堂後方からの眺めは美しく、交差部に相当 する部分に立つ鐘塔と半円形の後陣がとても絵 になっている。どうやら創建時には十字形だっ たが、後世になって翼廊が取り外されたものら しい。 ここでは西正面扉口の彫刻を見逃してはなら ない。タンパン部分には、まぐさ石のようなや や不自然な形の彫刻がはめ込まれている。クレ ルモン・フェランの聖母教会に見られる、タン パンの形に似ているようだ。 栄光のキリスト像と光背を支える二天使、両 側のアーケードには左右五人づつの使徒の群像 が彫られている。 左右円柱の柱頭彫刻が面白い。特に写真右端 の柱頭には、竪琴を弾くロバが彫られていて注 目させられる。 |
|
オートリー・イサール/ 三位一体教会 Autry-Issards/ Église de la Trinité |
1 Allier |
前述のメイエールから北方へ7キロ行った所 に、この小さな教会の建つ集落がある。 花盛りの広場に面して建っており、メイエー ルの扉口に似たタンパン彫刻を見ることが出来 る。まぐさ石のような様式は同じで、中央にア ーモンド形の光背が見える。だがそこに居るべ きキリスト像は崩落したらしい。 光背を支える二天使は同じだが、両側のアー ケードには使徒は彫られておらず、ウサギか羊 のような形をしたものが彫られている。解説書 によると、それはどうやらランプらしい。何を 意味するのか、までは書いてなかった。 聖堂は単身廊の素朴な建築で、半円筒ヴォー ルトの天井と半円ドームの祭室がいかにもロマ ネスクらしい美しさだった。 しかし、素人の感性など当てにはならず、西 ファサードと身廊、聖堂中央に建つと思われた 鐘塔や半円形の祭室など、大半の建築が改造さ れていたのだった。わヶで、つまりは後世に建 て替えられたのであり、プリミティブなロマネ スクらしさとは別物ということになってしまう のである。 |
|
サン・ムヌー/聖ムヌー教会 St-Menoux/Église St-Menoux |
1 Allier |
前回スーヴィニーの小修道院教会が完全工事 中で、何一つ見る事が出来なかった。重要な目 的の一つであっただけに、すっかり落胆してい たのだが、それを救ってくれたのがこの素晴ら しい教会だった。 スーヴィニーの北6キロの、国道に面した町 で、国道はこの教会の建物を迂回するように湾 曲して通じている。 東西62mという大きな聖堂で玄関間、四つ のベイ、そして長い馬蹄形の祭室を有する三廊 式のバシリカ様式である。 側廊は、そのまま祭室の周囲を巡る周歩廊に なっており、五つの小祭室が外側に向かって放 射状に配置されている。 写真は祭室の馬蹄形部分で六本の円柱が半円 形に立てられており、二層の優雅なアーケード を構成している。 柱頭の彫刻は主に植物模様が多く、見事な彫 りの深い立派なものである。 背後から眺めた後陣の景色は、放射状祭室、 中央祭室の上層そして身廊との接合部に建つ鐘 塔が三段に連なるオブジェのように見えた。 |
|
アゴンジュ/聖母教会 Agonges/Église Notre-Dame |
1 Allier |
この村は前述のサン・ムヌーから、牧草地の 中を北へ2キロ行った隣村である。この小さな 村にも、ロマネスクの鐘塔が建ち、半円形の後 陣が美しい中世の聖堂が残されていた。 建築プランは単身廊十字形という至極簡素な もので、中央祭室の両隣に袖廊の小祭室が配さ れている。 写真は聖堂の北側で扉口と鐘塔の下部が写っ ている。朱色のレンガ積みが美しいのだが、注 目して頂だきたいのが塔壁面のレリーフ彫刻で ある。 レンガのブロック一個大の彫刻が十一個はめ 込まれているのが確認出来る。図像は走ってい る動物で、犬か狼のように見える。 解説には Scène de Chasse と書かれ、ど うやら狩猟の場面であるらしい。何を意味する のか解らないところがロマネスク的である、と 言えないこともない。 |
|
スヴィニー/聖ピエール 聖ポール小修道院教会 Souvigny/Église Prieurale St-Pierre-et-St-Paul |
1 Allier |
11世紀に創建された小修道院で、クリュニ ーIII をモデルにしたのだそうだ。 08年に訪ねた際には完全な修復工事中で、 内部は勿論外観すら見る事が出来なかったが、 今回の再訪の結果は惨憺たる失望だった。聖堂 内の全てが漆喰のような塗料で塗り立てられて いる。柱は濃い黄色、他の壁や天井は真っ白、 だった。写真の様に柱頭彫刻ですら一律に真っ 白に、なのである。 これは「キリストの祝福」が主題だが、他に も優れた表現の柱頭が多く見られた。陰影さえ あれば鑑賞に耐えられるが、無ければ最悪だろ う。当節のこの修復方法には、きっと意味が在 るのだろうと信じているのだが。 現在見られる建築は度重なる修復を経験して おり、凡その印象は構造はロマネスク、ヴォー ルトはゴシックと見える。 三つの塔、二つの翼廊、五つの梁間など、壮 大な建築プランが歴史を物語る。美術館に保存 された「十二か月の仕事」の石柱彫刻は見逃せ ない。 |
|
ル・モンテ/ 聖ジェルヴェ聖プロテ教会 Le Montet/Église St-Gervais-et-St-Protais |
1 Allier |
ル・モンテはスーヴィニーの町から南西方向 に18キロ行ったところにある、高台の上に発 展した比較的大きな町である。聖堂は三廊式バ シリカで、祭室は側廊の突き当り、二つの小祭 室を入れて三つ並んでいる。 身廊の天井やアーケードは全て尖頭アーチで 構成され、柱頭から上はゴシックに改造されて いる。 この教会で注目したいのは写真の扉口装飾だ ろう。ロワール川沿いの一帯に幾つかの類例を 見る事が出来るのだが、複雑な幾何学模様や多 様な図案をアレンジした意匠がタンパンに応用 されているのである。 干菓子の型みたいだと家人が言うように、本 当によく似ている。図柄のモザイク、と言った 小生の方が陳腐に感じられてしまった。 このデザインはタンパンだけではなく、半円 ヴシュールから柱頭、円柱や中央の角柱に至る までびっしりと広がっているのである。 |
|
ベルナーヴ/聖マルタン教会 Bellenaves/Église St-Martin |
1 Allier |
この辺りはアリエ県の南端部分で、隣県の首 都クレルモン・フェランの町までは50キロ以 内とはいえ、まだ山深いといった立地である。 三廊式十字形のプランではあるが、交差部の 鐘塔や天井はゴシックに改修されている。 聖堂建築には正直余り興味を惹かれなかった のだが、西正面の見せ掛けファサードの意匠に は一寸注目した。 三つの扉口があり、その上部に五連の半円ア ーケードが意匠されている。アーチの縁飾りや 円柱など、なかなか洗練されたデザインだ。 写真は中央扉口のタンパン彫刻で、二天使に 光背を支えられた図像の下のまぐさ部分には、 最後の晩餐の場面が彫られている。 ブルボン特有のはめ込み式タンパンで、何故 か半円形いっぱいには彫られていない。 |
|
ヴォース/聖クロワ教会 Veauce/Église St-Croix |
1 Allier |
前述のベルナーヴから南へ6キロ、畑の畦道 のような細い道を行った雑木林の中にこの教会 が建っていた。別荘地のような、静かで落ち着 いた集落だった。 写真で見る通り、聖堂はまことにチャーミン グでとても壮麗である。 しかし、写真右側の後陣や翼廊との交差部に 建つ鐘塔の立派な割に、左側にちょっと見える 身廊は5mくらいの長さしかない。三廊式の側 廊との境界に、左右一本づつの柱しか立ってい ないのである。 当然ながら従来はもっと規模の大きな身廊が あったものと思われ、少なくとももう10mは 長かったはずである。 半円形の祭室の周囲に、巡礼教会のような周 歩廊が設けられている。 六本の円柱と簡素な柱頭、二層の半円アーケ ードが構成する聖堂空間は清楚で、11世紀創 建当時の身廊建築がいかに荘厳さに満ちていた かが想像出来る。 |
|
エブルイユ/聖レジェール教会 Ébreuil/Église St-Léger |
1 Allier |
シウール Sioule の流れに沿った緑濃い美 しい町で、石橋の上からこの教会の鐘塔や赤い 屋根が眺められた。 細い路地を抜けて行くと、突然この教会の建 つさして広くない広場に出る。 ちょうど聖堂の北側の壁を横一文字に見る事 となり、写真の西正面から後陣までおよそ60 m弱はありそうな規模にびっくりした。 現在の身廊は三廊式バシリカで、方形の列柱 は11世紀のものらしい。しかし柱頭の無いの っぺらぼうのまま上部壁面となってしまうアー ケードには、正直余り感動は無かった。 放射状に構築された祭室は13世紀ゴシック であり、身廊の外壁は近年の修復による。 写真の鐘塔のある玄関間は12世紀の建築で あり、中の空間に二本の円柱が立っている。 このナルテックスと身廊との間を仕切る壁が あるが、身廊側にはバルコニーが造られ、その 壁面にフレスコ画が描かれている。 受胎告知や聖ヴァレリーの殉教場面などが描 れているが、階上へは上ることが出来ず、遠目 にしか見る事ができなかったのは残念だった。 |
|
ビオザ/聖シンフォリアン教会 Biozat/Église St-Symphorien |
1 Allier |
ヴィッシー Vichy の西南15キロに在る町 の中心に建つ教会で、表通りから眺められる写 真の後陣と鐘塔の佇まいを見ただけで、ここが 一級のロマネスク寺院である事が即座に判る。 西側正面のファサードは平板な意匠で、後世 の手がかなり入っていると思われた。 しかし身廊に入った瞬間に身の引き締まる思 いがしたのは、三廊式の聖堂で天井が横断アー チの無い半円筒ヴォールトだったからだ。12 世紀創建時の様式のままと思われたのだった。 側廊は幅の狭い空間なので、天井は四分の一円 筒ヴォールトになっている。 翼廊との交差部分から、祭室周辺の円柱や壁 は大半が彩色されているのだが、ドームのフレ スコ画は後世の作だろうと思われる。 交差部円柱の柱頭に彫られた彫刻には、オー ベルニュの伝統的主題である羊担ぎの図や、山 羊に乗る男、猿使いなどが見られた。 鐘塔は八角形で、上部に二連アーケードの窓 が各面に付けられている。三後陣に鐘楼という のがロマネスクの典型的様式の一つとなってい るが、詳細に眺めると人の顔が違うように、そ れが個性的であるからこそ面白いのだろう。 建築様式としてのロマネスクに聖堂の規模は 無関係なのだが、好き嫌いを言えば、この位の 規模が最も親しみ易いと思う。 |
|
シャテル・モンターニュ/ 聖母教会 Châtel-Montagne/ Église Notre-Dame |
1 Allier |
古いオーベルニュの写真集を見た時からの憧 れの聖堂だったので、今回この秘境ともいえる 聖地を訪ねられたのは無上の喜びだった。 花崗岩の荒々しい風貌と、簡素な建築とが見 事に融合して、質実とも言える特異な聖堂空間 を創出している。 写真の玄関間とファサード、三廊式バシリカ の身廊、四つのベイを持つ二層のアーケードと 半円筒ヴォールトや交差部のドームと鐘塔、周 歩廊のある祭室と四つの放射状小祭室など、ど こをとってもオーベルニュ・ロマネスクの様式 である。交差部以外の建築は、概ね12世紀中 頃に創建されたものである。 身廊と側廊の間の束ね柱の柱頭には、ロバや 馬などのユーモラスな動物像や、股を広げた人 魚のような像、両手を広げたり、ラッパを吹く 奇妙な人物像などが彫られており、ロマネスク 病患者にとっては正に病原菌の巣窟とでも言え そうな場所である。 |
|
トゥーレ/聖リマン教会 Thuret/Église St-Limin |
2 Puy-de-Dôme |
この旅で訪ねたフランスの友人がくれた雑誌 にこのタンパン彫刻の写真が載っていたのを見 て、即座にコースに入れてしまったのだった。 大天使ガブリエルとミカエルに光背を支えら れた栄光のキリスト像が、あたかもまぐさ石の ようにタンパンにはめ込まれている。ブルボン 地方に類型の多い様式である。 三人の妙な表情や仏像の翻波式にも似た衣の 襞の表現など、かなりレヴェルの高い彫刻だ。 聖堂は三廊式十字形で、天井以外は見事なロ マネスク様式である。 最も注目すべきは、下地が赤く塗られたユニ ークな柱頭彫刻だろう。 かなり抽象化された人物や動物像が大半で、 まるで近代彫刻を見る様な気分になっていた。 特に興味深かったのがアダムとイヴで、奇妙 な形のリンゴと蛇や蝋人形のような二人の姿は 他に類の無い図像かもしれない。単なる稚拙に 過ぎない表現のか、或いは卓越した抽象なのか 悩ましい。 |
|
エヌザ/聖ヴィクトール 聖クーロンヌ教会 Ennezat/Église St-Victor-et-St-Couronne |
2 Puy-de-Dôme |
首都クレルモン・フェランの東北20キロ、 リオムの東10キロという場所なのだが、この 町へ至る周辺は田園風景が続いて誠に牧歌的で ある。 教会は町のほぼ西の外れに近く、北側に展望 の開けたやや高い場所に建っている。 西側には青い石を縞模様に使ったファサード のある玄関間があり、四つのベイを持つ三廊式 の身廊が続く。十字形の交差部があり、その上 に鐘塔が建ち、本来祭室のあった部分にさらに 新しい身廊と祭室が繋がっていた。 つまり、翼廊と交差部より西側が古いロマネ スクであり、東側は全く新しいゴシック様式の 別物だったのである。 写真は、11世紀建造になる身廊と側廊で、 半円形の横断アーチと交差ヴォールトによる天 井、さらに階上のトリビューンによって、やや 修復の痕跡は目立つものの、見事なロマネスク の構造的空間を創出している。 玄関間との仕切りに設けられた、横断アーチ とその上部階上部分のアーケードが特に美しい と感じられた。 柱頭彫刻にも見るべき作品が多く、守銭奴に 罰が与えられる場面等はかなりの傑作だろう。 |
|
モザック/聖ピエール教会 Mozac /Église St-Pierre |
2 Puy-de-Dôme |
クレルモン・フェラン市の北西、リオンの西 部、ドームという特異な山脈の続く山麓の、ミ ネラル水で名高いヴォルヴィック Volvic の 近くにモザックの町が有る。 側廊が有るとはいえ、教会はそれ程大きな建 築ではなく、静かな祈りの場にふさわしい規模 である。だが、ここは15世紀頃に改築されて おり、旧修道院時代の柱頭だけが誇らしげに内 陣に飾られていた。 初めてこの彫刻を見た時、これはどう見ても 具象のデフォルメを生命としている筈のロマネ スクとは思えない、と私は戸惑った。図像の全 てが写実的で、余りにも生々しいからだ。 しかしよく見ると、頭の異常な大きさや体形 の不自然さが見え始め、それは写実的に生々し いのではなく、制作者の造形に対する情熱その ものが強く溢れ出ている事によるのだ、と気が 付いたのだった。 写真はキリストの墓に詣でる三人のマリア達 の横で、これを祝福する天使の像である。それ にしても、こんなに清々しく穏やかな天使の像 が他に有るだろうか。鋭い視線を放つマリア達 や、墓の脇で眠る兵士達の群像も魅力的だ。 |
|
リオン/聖アマブル聖堂 Riom/Basilique St-Amable |
2 Puy-de-Dôme |
クレルモンの北にある大きな都市で、この地 方を代表する町のひとつである。 旧市街の中心に建つ聖堂は12世紀に創建さ れた歴史を持っているが、大半は近世になって 再建されたという。 平面プランは創建時のロマネスク様式だが、 随所にゴシック様式が取り入れられている。 写真の身廊が最も古い部分で、後期ロマネス クのアーケードとトリビューンが残っていた。 身廊の天井は尖頭ヴォールトだが、側廊には尖 頭横断アーチが用いられている。 翼廊より東部分は祭室や周歩廊の改築が際立 っている。 |
|
マルサ/聖母教会 Marsat/Église Notre-Dame |
2 Puy-de-Dôme |
リオンの南西に隣接する村。モザックへは北 に2キロ、ヴォルヴィックへは西へ3キロと、 ロマネスク関連の教会が密集している。 教会は村のほぼ中央に建っており、半円アー チのロマネスク門が南側に設けられている。 堂内に入って先ず違和感を覚えるのは、身廊 の北側に側廊が設けられているが南側には無い からなのだろう。 つまり二廊式の聖堂なのであった。 身廊は交差穹窿のゴシック様式で、余り面白 くない。ところが、北側の側廊というかもう一 つの身廊は、11世紀後半のロマネスク様式だ ったのである。天井は、横断アーチの付いた半 円筒ヴォールトで、太い角柱ながら仕切りのア ーケードには半円アーチが連続していた。 ここでは、北側身廊の祭壇に置かれた写真の 聖母子像に注目したい。 オーベルニュ地方には特に多い、例の“黒い 聖母像”のひとつだった。6世紀にはこの地の 聖母信仰の記録が有り、かなり古い像であるこ とは間違いない。土俗的な神秘性と、この地の 風土とが合致して特有の信仰を増幅させたのだ ろう。 近世に塗り直された事と衣装が金ピカである ことで、やや浮わついた感があるが、とても優 れた表現の彫刻だと思う。聖母マリアというよ りは、何やらこの村土着の婦人像のようにも見 えてくるから面白い。 |
|
ヴォルヴィック/ 聖プリースト教会 Volvic/Église St-Priest |
2 Puy-de-Dôme |
“円錐状の火山”Puy de Dôme がそのま ま県名となった一帯で、その中心にあるミネラ ル水で知られた村である。 教会の歴史は古いが、現在残った建築は12 世紀の祭室の一部だけで、ロマネスク様式なが ら大半は19世紀に修復されたものである。 三廊式の更に南北外側に礼拝堂が設けられて いる。身廊の天井は横断アーチの付いた半円筒 ヴォールトで、側廊との仕切りは半円アーチの アーケードになっている。 写真は、周歩廊に三つの小祭室の付いた内陣 で、六本の円柱が祭壇を囲んでいる。夫々の柱 頭彫刻には、見応えがある作品が含まれる。身 廊の柱頭にも傑作が多い。 |
|
クレルモン・フェラン/ ノートルダム・デュ・ポール 教会 Clermont-Ferrand/Basilique Notre-Dame-du-Port |
2 Puy-de-Dôme |
サン・ネクテールやオルシヴァル、イソワー ルなどと共に、この地方を代表する巡礼教会の 一つである。教会も町も、全てが黒い色調であ るのが印象的だが、地元産の黒色安山岩が用い られているからだそうだ。 巡礼教会の様式である周歩廊の付いた祭室を 列柱が円形に囲み、それぞれの柱頭には、眼を 見張るほどの美しい彫刻が施されている。美徳 と悪徳の象徴が戦う場面が鮮烈だが、ノートル ダム(聖母)にふさわしい主題であるこの写真 の「訪問」が特に気に入った。 イエスを受胎した聖母マリアが、同じ様に洗 礼のヨハネの受胎を告知された従姉のエリザベ ートを訪問する場面である。 神聖なテーマに似合った荘重な彫刻であり、 細部の表現も溢れるばかりの図像の密度の濃さ も、他に類を見ぬ見事な柱頭だった。 教会入口のタンパン彫刻も含め、教会全体が 彫刻美術館と言える程充実した図像ばかりで、 知らぬ間に時間を忘れて夢中になってしまって いたのだった。 |
|
ティエール/聖ジュネ教会 Thiers/Église St-Genès |
2 Puy-de-Dôme |
クレルモン・フェランの東方35キロ、デュ ロール川の蛇行する段丘に開けた町である。伝 統的な刃物工業で知られ、坂道が多く入り組ん だ家並がとても美しい。 この教会は段丘の上の旧市街地先端部あたり に建っており、11~12世紀の創建で、まる で要塞の様な姿を見せている。 小石段を上る西扉口は、ロマネスク様式の半 円アーチ門だったが、かなり修復されている様 だった。 三廊式の聖堂で、写真は、身廊の中程から交 差部と祭室方向を眺めたものである。リブ交差 穹窿からも、天井から上はゴシック様式となっ ていることが判る。 身廊との境のアーケードは半円アーチで、角 柱に円柱が束ね柱のように組み合わされている のが特徴だ。 側廊には、半円横断アーチが設けられた四分 の一円筒ヴォールトと多彩な様式が混在する。 身廊と交差部のドームとの仕切りアーチ上部 に意匠された、三連アーケード窓の洗練された 姿がとても気に入った。交差部鐘塔八角ドーム は力強いもので、オーベルニュ地方では最大級 の部類に入る。 主祭室の後陣は半円形で、ロマネスクらしい 様式美を示している。翼廊の南北両小祭室も半 円形の礼拝堂になっているのだが、聖堂背後か ら眺めると、なぜか方形の壁で覆われており、 半円形の後陣は中央のひとつだけだった。 |
|
ティエール/ ムーティエ教会遺構 Thiers/Vestiges de l'Église du Moutier |
2 Puy-de-Dôme |
町の南端から坂を下りデュロール川を渡った 対岸に、この古い教会の遺構が残されている。 元来は隣接する聖シンフォリアン修道院の附 属教会だったが、現在はその歴史的遺構として 保存されている。 正面から見ると明らかに修復された痕跡が顕 著な鐘塔と、殺風景な扉口に落胆させられる。 しかし、身廊へ入った途端に、その杞憂は吹 き飛んでしまった。11~12世紀に創建され ただけのことはあり、ロマネスクらしい風格を 見事に示してくれたのだ。 三廊式身廊の半円アーケード、半円筒ヴォー ルトに横断アーチ、という建築様式を見るだけ でも心が落ち着くという精神構造は、一体どこ からくるのだろうか。 側廊は半円横断アーチに交差穹窿という組み 合わせだった。残念なことに、祭室が方形に改 造されているために、後陣には全く魅力が無か った。 ここで見逃せないには、柱頭彫刻に傑作が多 いことだろう。柱頭が低い位置にあるので、鑑 賞や撮影には最適である。内容は不明だが、不 思議な姿の植物の葉に絡まる人物像、怪しい鳥 や人魚などが興味深い。比喩的な暗示なのか単 なる石工の余興なのかが、ロマネスク柱頭彫刻 の永遠の謎である。 |
|
クールピエール/ 聖マルタン教会 Courpière/Église St-Martin |
2 Puy-de-Dôme |
ティエールから南へ15キロ、ドール川に沿 って開けた町である。 教会は旧市街の中心に建っており、随所に改 築の痕が見られるものの、11世紀に創建され たという歴史に相応しい荘厳さを見せている。 聖堂は三廊式で、翼廊との交差部に鐘塔を設 け、半円形の三後陣を意匠した理想的なロマネ スク様式のプランとなっている。 アーケードは角柱で、内側に円柱アーチを束 ねた格好になっているのでとても重厚な印象を 受ける。身廊の角柱部分が11世紀のもので、 円柱や翼廊、後陣は12世紀のものである。 半円形祭室には三つの開口窓があり、翼廊の 小祭室とで均衡のとれた三後陣を形成する。 最大の見所は、身廊の柱頭彫刻であろう。特 に、様々な種類のシレーヌ Sirène 像が彫られ ていて飽きない。 写真はその内の一基で、両手で両方の尻尾を 掴む姿は共通している。本来は下半身が鳥であ ったのだが、中世から人魚像とイメージが混同 されたようだ。一体何を叫び、誰を誘惑しよう というのだろうか。ギリシャ語では“セイレー ン”と呼ばれる海の精である。 |
|
グレーヌ・モンテギュ/ 聖ジャン教会 Glaine-Montaigut/ Église St-Jean |
2 Puy-de-Dôme |
クールピエールからは西へ15キロ、次掲の ビヨムからは東北へ5キロの村。狭い範囲に重 要な教会が集中する。教会は村外れの緑の中に 建っている。 12世紀の建築で、派手な彩色が成されてい るが建築は伝統的なロマネスクの三廊式で、天 井は半円筒ヴォールトである。 側廊は、半円横断アーチ付き四分の一円筒ヴ ォールトという構成が素晴らしい。三つの半円 形後陣は、内陣も外観も絵になっている。 柱頭彫刻が見事であり、アトランティス、セ イレン、ケンタウロス等といった伝統的なモチ ーフが中心になっている。 |
|
ビヨム/聖セルヌフ教会 Billom/Église St-Cerneuf |
2 Puy-de-Dôme |
クレルモンの東20キロに位置する小都市で ある。教会の起源は11世紀まで遡るのだが、 現在の建築はロマネスクの基盤の上に建ったゴ シック聖堂、と言えるだろう。 創建時の痕跡を、地下祭室(クリプト)に見 ることが出来る。写真は正面祭壇の周辺で、周 歩廊のように太い円柱が囲んでいる。細い円柱 と太い角柱が交互に、縦に二列に並んでいる。 天井の大半は交差穹窿という構造だった。 これといった装飾も無い、武骨だが素朴な林 立する柱だらけの空間。これがロマネスクの原 点なんだろう。 |
|
シャマリエール/聖母教会 Chamalières/ Église Notre-Dame |
2 Puy-de-Dôme |
クレルモンの町の西側に、衛星都市の様に密 着した町で、教会は市街の中心に建っている。 西側にナルテックス(玄関間)を備えた三廊 式で、柱頭の無い角柱のアーケードが側廊との 間を仕切っている。天井は尖頭ヴォールトで、 上部に採光窓が付いている。周歩廊の付いた祭 室は四本の束ね柱に囲まれており、外側に四つ の小礼拝堂を張り出している。 聖堂背後から眺めると、四つの半円形外陣が いかにもオーベルニュらしい様式で、見事な建 築美を誇っている。 しかし残念な事に、この祭室から外陣に至る 部分は鐘塔も含め、革命で破壊された建築は、 19世紀になって修復改築されているそうだ。 写真は祭室側から身廊とナルテックス方向を 撮影したもので、この部分が10~12世紀に 建築されて今日まで生き残った部分である。 カロリングに起源を持つと言われており、確 かに両サイドの壁面や採光窓、正面ナルテック スのアーケードの雰囲気は、北ドイツで見たク ベドリンブルグやコルヴァイの雰囲気にとても 似ているように感じられた。柱頭彫刻などの装 飾が全く無いところまで似ているのが、やや物 足りない感は拭えないが。 ナルテックス下部のアーケードに残された二 基の柱頭には、アカンサスの葉の変形と抽象的 な植物模様が残され、当初の面影を今に伝えて いる。 |
|
ロワイヤ/聖レジェール教会 Royat/Église St-Léger |
2 Puy-de-Dôme |
シャマリエールから2キロ程南西へ行ったク レルモンの衛星都市だが、ローマ時代以来の温 泉地として知られていた。教会は町の中心を少 し離れた閑静な住宅街の高台に建っており、あ たかも要塞の様な堅固なイメージの方が強い。 10~11世紀に創建されたが、自衛の意味 で12~13世紀頃に要塞のような建築で守り を固めたのだという。 単身廊の十字形で、半円筒ヴォールトの天井 に横断アーチが施されている。微かに尖頭形が 見られるが、この部分はロマネスクの名残なの だろうと思う。残念ながら後陣はゴシック様式 の方形だった。 ここでの目的は写真のクリプトで、祭室下に 保存されている10世紀の遺構である。 東側の祭壇を挟んで二列、三本づつ計六本の 円柱が地下の空間を形成している。かなり綺麗 に整備されているので修復の手は当然入ってい ると思われるのだが、クリプト好きにはこの上 ない魅力を保っていると思えたのだった。柱頭 の彫刻は、全て植物模様をアレンジしたもので ある。 祭壇に対面する壁際に、黒マリア像が立って いた。幼子イエスを抱いた聖母子の立像で、そ の土俗的な風貌はどこか神秘的に感じられた。 オーベルニュという特異な風土が、そうした概 念を生むのかもしれない。 |
|
サン・サテュルナン/ 聖サテュルナン教会 St-Saturnin/ Église St-Saturnin |
2 Puy-de-Dôme |
今回の訪問は、83年に始めてオーベルニュ を旅した時以来のものであった。教会やその前 の小さな広場の雰囲気はそのままだったが、町 は城を中心として綺麗に整備されていた。 教会では部分的な修復工事が行われており、 特に後陣にはテントが張られていて全貌を見る ことが出来なかった。しかし、内陣には交差部 に足場が組んである以外は、見学には全く支障 は無かった。 この教会の魅力は、構造的にほとんど改修さ れていない落ち着いたロマネスク建築であると いうことだろう。典型的なオーベルニュの様式 を見ることが出来る。 聖堂は三廊式十字形で、六本の円柱が半円形 に並んだ祭室の周りに、周歩廊が設けられてい る。放射状の小祭室は、ここでは見られない。 翼廊の左右に小礼拝堂が付けられている。 身廊のアーケードの上層はトリビューンにな っており一つのベイに三連のアーケードが設け られているので、とても開放的な構成の美を感 じることが出来る。 地下の祭室クリプトへ降りると、太い円柱が 密度濃く並んでおり、高さの低い天井の交差ヴ ォールトが初期の質実剛健な建築様式を伝えて いる。 |
|
オルシヴァル/ ノートルダム教会 Orcival / Basilique Notre-Dame |
2 Puy-de-Dôme |
古い町並みの残る、谷間の牧歌的な風景に溶 け込むようにして、この教会が建っているのが 見えた。巡礼路としては支道ではあったが、ク レルモンからスイアックへと通じる重要なルー ト上に建っていたのである。 深い緑を背景にした後陣からの眺めは、十字 形の堂宇や中心の鐘塔、祭室の周歩廊と放射型 小祭室、といったオーヴェルニュ特有の形式を 見せてくれるが、何よりもその重厚で荘厳なた たずまいが感動的であった。 聖母信仰の強いオーヴェルニュにふさわしい 聖母子像が祭壇近くに祀られており、溢れるほ どの蝋燭の光に輝いていた。 聖母子の土俗的ではない高貴な風貌が、この 教会の格式を物語っているようにも思えた。 柱頭彫刻が豊富で、悪魔や奇怪な動物が大活 躍できる場面を与えられている。 聖書の具体的な場面ではなく、その精神が抽 象化された主題ばかりでとても難解なのだが、 図像としての面白さには文句なしに魅せられて しまっていた。 |
|
シャンボン・シュル・ラック/ 墓地円形礼拝堂 Chambon-sur-Lac/Chapelle circulaire du Cimetière |
2 Puy-de-Dôme |
ドール山塊の北東麓にシャンボン湖があり、 同名の町が西側湖畔にある。 夏にはリゾートとして賑わうこの辺りも、紅 葉の色づく季節には行き交う人の姿すら無かっ た 町の中央にこじんまりとした教会が在り、 単身廊十字形の素朴なプランと後陣の佇まい、 そして扉口のまぐさ石彫刻が好ましかった。 しかし、塔も含めやや後世の改修が顕著なの が残念だった。 町外れの墓地に、写真のような円形礼拝堂が 在った。洗礼堂かと思ったが、独立した教会で あるらしいので行ってみた。 扉口と後陣部分に方形の出っ張りが取り付け られているが、堂内は完全な円形だった。窓の 部分にアーケードが造られ、柱頭には聖人の群 像らしき彫刻が彫られている。素朴で愛らしい 建築だった。写真の左端に町の教会聖エティエ ンヌの塔が見える。 |
|
サン・ネクテール/ 聖ネクテール教会 St-Nectaire/ Église St-Nectaire |
2 Puy-de-Dôme |
サン・サトゥルナンから峠を越え、麓へ下る 途中で教会の全景が眺望出来た。やや霞んでは いたが、三本の塔や複合した祭室の後姿は、周 囲の爽やかな風光と同化して、正に絵のようで あった。 サンチャゴ巡礼路の枝道上に有る巡礼教会な ので、祭室は二重の歩廊で巡拝出来る設計にな っている。古びた石の色合いが、落ち着いた空 間を創出していた。 ここでは、祭室の内側に円弧状に連なってい る六本の柱の上部に彫られている、彩色の施さ れた柱頭彫刻を見なくてはいけない。 彫刻の主題として、最後の晩餐、キリストの 笞刑、ゴルゴダへの道行き、墓所の三人のマリ アなど、キリストの磔刑前後の物語が順番に展 開していく。聖ネクテールの逸話も、間に入っ ている。 写真は、キリストの復活を疑って傷の痕跡を 確認する「トマの不信」の場面である。 節度有る彩色が決して邪魔にはならず、巧み な図像構成がむしろ親しみを感じさせてくれる ようだ。 従前は内部が撮影禁止で、礼拝の場としては むしろ当然かと諦めていたが、近年撮影は自由 になった。啓蒙のための寛容な精神が大らかに 働いたのか、或いは修復資金調達を目的とした 観光の功徳であるのかは判然としない。 |
|
イソワール/ 聖オーストルモアヌ教会 Issoire/Église St-Austremoine |
2 Puy-de-Dôme |
イソワールの町に有る旧修道院の付属教会だ が、外壁も内陣も全てがやや過剰に装飾された 建築である。 壁の幾何学模様は余り良い趣味だとは思えな いが、建築の構造そのものは、オーベルニュに 共通した特徴である周歩廊付きの祭室を持って いる。 一歩教会の内部に足を入れて先ず驚くのは、 側廊の有る身廊や祭室の柱や壁の全てが彩色さ れていることである。 多様な色彩模様が修道院時代からのものかど うか私には分からないが、ロマネスクの意匠と はやや異質に感じられた。だが、サン・ネクテ ール教会と同様に、祭壇を半円形に囲む柱頭群 の彩色は落ち着いていて、彫刻の質を些かなり とも損ねてはいないようだ。 写真の柱頭は最後の晩餐の図像であり、ぐる りと四面全てを使ってキリストと十二使徒を表 現した意匠は卓越している。 キリストにもたれかかるヨハネが愛らしく、 丹念に彫られた聖人達の像一つ一つが、かぐわ しいばかりの芳香を放っている様だった。 その他の柱頭にも傑作が多く、聖書物語が中 心で、抽象的にデフォルメされた図像には興味 は尽きない。 |
|
ロジエール・コート・ドーレック /旧小修道院教会 Rozier-Côtes-d'Aurec/ Église Ancien Prieuré |
5 Loire |
ロワールの谷を更に北へと下って行く内に、 いつの間にか周囲は川面から立ち込める霧の真 っ只中に入ってしまった。この村は完全に霧の 中に埋まってしまっていたが、教会の鐘塔も真 下に寄ってようやく微かに見えるほどだった。 11世紀に創建された、見事なほど愛らしい 規模の聖堂だった。東西20m、南北10m程 の、村の礼拝堂といった規模の存在だった。現 存の建築は12世紀のものらしい。 単身廊バシリカで、中央祭室のほかに小さな 翼廊の小祭室が設けられている。 聖堂の規模に比して、交差部の鐘塔は意外と 立派に見えた。 最も印象に残ったのが、写真のタンパン彫刻 だった。西正面の扉口はまったくの質素な門だ が、素地のまぐさ石の上にタンパンのような格 好ではめ込まれているレリーフと言う方が正し いかもしれない。 何とも素朴な風貌の聖母子と、礼拝する東方 三博士の像である。久しぶりにロマネスクらし い、巧まざる抽象図像を観た思いだった。 写真上部の像は、祝福を与える St-Blaise ブレーズという聖人とのことであった。 |
|
サン・ロマン・ル・ピュイ/ 旧小修道院 St-Romain-Le-Puy/ Ancien Prieuré |
5 Loire |
葡萄畑に囲まれた城跡の残っている岩山の上 の聖堂は、この時期は閉鎖されているとの事で あった。町役場でそこを何とかと、ダメ元で交 渉すると、親切な係の女性が教会の管理者に連 絡し、何と見学許可を貰えたのだった。 教会では貴族然とした紳士が私達を待ってい てくれ、鍵を開けてくれた。単なる管理人とは 思えず、この城山全体のオーナーだったのかも しれないと思われた。 単身廊十字形が基本で、翼廊の祭室も含め三 つの半円形祭室が並んでいる。 10世紀から11世紀の建築で、内部は美術 品販売のギャラリーとしても使用されていたよ うだった。 交差部や祭室の上品な円柱や、その柱頭に描 かれた深い彫りの図像は、高い水準の知性が構 築した聖堂であることを物語っている。 地下のクリプトや後陣外壁のレリーフなど、 見るべき物で埋め尽くされていた。 美術品を売るための言葉を一言も言わなかっ た紳士に敬意を表した礼を述べ、私たちは山を 下ったのである。 |
|
シャンデュー/ 聖セバスティアン教会 Champdieu/ Église St-Sébastien |
5 Loire |
私達がロマネスクを旅していると言うと、サ ン・ロマンの紳士は「近くに素晴らしいクリプ トが在る」とこの教会を教えてくれた。そこは サン・ロマンの北15キロのモンブリゾンの町 を抜けて直ぐの小さな町だった。 聖堂は小修道院に付属しているのだが、門と 交差部に二つの鐘塔の立つ、まるで要塞のよう に堅固なイメージの教会だった。 しかし、内部に入ると全くの別世界で、角柱 と円柱を組み合わせたアーケードながら、三廊 式十字形の簡素で明快な聖堂だったのである。 円柱部分の柱頭に、ロマネスクらしい図像が 彫り込まれていて楽しかった。足を広げた頭で っかちの人間、草の蔓に絡まった人物、下半身 が人魚のようになった女性や植物の若芽の間か ら生えた人間の首等々、まるで見世物小屋のよ うな面白さである。 目的の地下祭室は、一転して荘厳で厳粛な雰 囲気に溢れていた。六本の円柱と交差穹窿、そ れを繋ぐ柱頭が、創建当初の神聖な空気を今日 まで伝えているのだ。 ここではクリプトこそが、その教会の精神の オリジナルを象徴している場所なのだ、と言っ ているように感じられた。 |
|
ポミエール・アン・フォレ/ 聖ピエール聖ポール教会 Pommiers-en-Forez/ Église St-Pierre-et- St-Paul |
5 Loire |
ロワールに沿ってさらに下り、このあたりま で来るともうロアンヌの町も近く、緯度はクレ ルモン・フェランとほぼ同じ位置まで北上して いたのだった。 修道院を中心にした集落で、城壁のような石 垣に囲まれている。城門のような入口から中へ 入ると、時間が止まったまま動いていないよう な、しかし妙に生活感のある空間だった。 写真は門から眺めた教会の後陣と鐘塔で、聖 堂内部は角柱の並ぶ三廊式の質実なアーケード が印象的だった。従来は十字形だったのだろう が、写真の塔の左側、つまり南側の翼廊は側廊 の壁と一直線で、外側へ突き出していない。 建築全体は11世紀のもので、西正面の入口 から、身廊の柱一本分のスパンまでが15世紀 に修復されたらしい。 身廊の天上は横断アーチも無い蒲鉾形の半円 筒ヴォールトで、在りそうでなかなかお目にか かれない逸品だ。 側廊の天上は交差ヴォールトで、これも古式 の良い雰囲気である。 角柱には柱頭が無いのでロマネスク彫刻好き には少し寂しいのだが、それがかえって修道院 の教会に相応しい簡潔で清々しいイメージを抱 かせてくれたのだった。 |
|
シャルリュー/ 旧聖フォルトゥーナ修道院 Charlieu/Ancien Prieuré St-Fortunat |
5 Loire |
ロマネスク愛好家でこのシャルリューを知ら ない人はいないであろう、と思える程重要な場 所なので、今更という観は間逃れないだろう。 理由は簡単で、最初の訪問時には撮影に失敗し 良い写真が無かったのであった。今回も褒めら れたものではないが、何とか御容赦願いたいも のである。 ここも様式的にはブルゴーニュのブリオネー に属すのだが、ロワール県の北端に位置してブ リオネーに接しているのだった。 ベネディクト会修道院の跡で、ここには重要 なタンパン彫刻がいくつかある。写真はその内 の一つで、北表門のタンパンである。 玉座のキリストを二人の天使と四福音書家の シンボルが囲む図は明らかに「黙示録のキリス ト」である。二十四人の長老に代わって十二使 徒が下段に彫られているのは、アルルなどに共 通している。彫刻の技術は卓越していて目を見 張らされるが、上部の神の羊像の繊細な表現が 忘れられないでいる。 |
このページTOPへ |
フランスのロマネスク目次へ |
ロマネスクTOPへ |
総合TOPへ |
掲示板へ |