イタリア南部のロマネスク

                 
プーリアからシチリア島まで 
              Puglia/Basilicata/Calabria/Sicilia
     

  
イタリア南部の州と州都

   
1 Puglia (Bari)
   
2 Basilicata (Potenza)
   
3 Calabria (Catanzaro)
   
4 Sicilia (Palermo)
      
   Colonna Romana
   
Brindisi (Puglia)
 
   ローマからのアッピア街道の終点を示すブリンディジ
    の円柱は、アドリア海に向かって立っている。
   
        このイタリア南部という区分も当方の勝手な設定であり、イタリア半島の長靴の足の
       部分とシチリア島で構成されている、と御理解下さい。
        地理的にも地中海を通じてギリシャやオリエントと結ばれており、古代よりその影響
       を大きく受けていた。
        ギリシャの植民地であった古代都市遺跡も数多く残っており、またビザンチンの影響
       色濃いロマネスク聖堂もあって興味深い旅が約束される地方である。
        シチリアはもっと複雑で、ビザンチンに加えてアラブやノルマン様式が混淆した独自
       のロマネスクを見ることが出来る。

          

  
   
     トロイア大聖堂
       Troia / Duomo
     
                    Puglia
    
   トロイアはフォッジア (Foggia) の西南17Km
  に在って、車で走ると平原の向こうに忽然と現れて
  くる丘の上の町である。

   狭いが美しい広場に面して、アプーリア・ロマネ
  スク様式と呼ばれるファサードの見事な聖堂が建っ
  ていた。
   11世紀から13世紀にかけて建造された、と伝
  えられている。
   連続する小アーケード、扉口の精緻な彫刻とビザ
  ンチン様式の青銅の扉、上部のバラ窓などが整然と
  配されており、しかも装飾過多を感じさせない。

   聖堂は三廊式バジリカ形式で、古風な植物模様の
  柱頭のある列柱で側廊を仕切っている。
   一見すると十字形の聖堂のように見えるが、袖廊
  のように見える部分は後補された鐘塔と礼拝堂だろ
  う。
   向かって左側壁に小さな扉口があり、二人の天使
  とキリストの姿がタンパンに彫られている。   
    

   
   
     モンテ・サンタンジェロロターリ廟墓
       Monte Sant'Angelo/ Tomba di Rotari
     
                    Puglia
    
   アドリア海に突き出したガルガーノ岬に
  聳えるこの山は、長い間私の憧れの場所だ
  った。それはここが、大天使ミカエルが三
  度も顕現した聖地であったからである。
   もっとも現在は巡礼の聖地であると同時
  に、一大観光地ともなっていた。
   聖ミカエルが出現した洞窟に建てられた
  サン・ミケーレ教会に詣でた後、すぐ近く
  のロンゴバルド王ロターリの廟墓と伝えら
  れる礼拝堂を訪ねた。
   廟は遺跡となった聖ピエトロ教会の後陣
  部分で、写真はその入口上部に残された彫
  刻群である。
   下段は、キリストが捕縛される場面で、
  十字架がすでに用意されている。
   上段は、十字架からキリストが下ろされ
  る場面だが、釘を抜いている婦人は誰なん
  だろう。さらに、墓を訪ねる婦人達や、キ
  リスト復活の場面が彫られている。
   残念ながら、内部は修復工事中で立ち入
  ることが出来なかった。
    

  
   
     マンフレドニア聖マリア・ディ・シポント教会
       Manfredónia/Chiesa di Santa Maria di Siponto
     
                    Puglia
    
   シポントは、サンタンジェロ山麓の町マ
  ンフレドニアの西郊外に当たる、古い遺跡
  の残る一帯である。
   ここには二つの重要な教会が有って、町
  に近い方がこの聖マリア教会である。
   聖堂は11世紀のロマネスク建築で、正
  方形のプランや中央のクーポラなど、明ら
  かにビザンチンからの影響を見ることが出
  来る。
   古色蒼然とした佇まいが気に入ったのだ
  が、しっかりとした管理人がいて、内部を
  撮影出来ないのが残念だった。
   写真は後陣で、小さな祭室と左右二つづ
  つのアーケードが意匠されており、単純な
  がら軽快な美しさを示している。
   正面のファサードは後陣と全く同様のデ
  ザインで、祭室部分が扉口になった形であ
  り、アプーリア様式と言えるだろう。
   地下のクリプタを特別に見せてもらった
  のだが、創建当初の姿を見たような感動を
  覚えた。   
    

   
   
     マンフレドニア聖レオナルド教会
       Manfredónia/Chiesa di San Leonardo di Siponto
     
                    Puglia
    
   聖マリアから更にフォッジアへと通じる国道を進
  むと、荒涼とした原野の向こうに八角ドームの鐘塔
  が見えてくる。
   日曜日の夕方6時に行われるミサ以外に、この教
  会へ入る方法は無かったので、モンテ・サンタンジ
  ェロのホテルを日曜に予約してあったのは正に幸運
  だった。マンフレドニアのドゥオモの黒マリアを見
  たりしながら、時間の来るのを待った。
   11世紀の建築で、従来は三廊式のバジリカであ
  り、方形のビザンチン様式だったのだが、現在は片
  側の側廊の柱部分が壁になっている。
   ミサの始まる直前に、内陣を見せてもらった。
   ここでの見所は、何と言っても北側扉口の彫刻に
  尽きる。写真はその中心部である。
   二人の天使によって支えられた玉座のキリスト像
  が、蔓草や動物の絡まった連続模様に囲まれて、タ
  ンパンに彫られている。
   ヴシュールや柱にも精巧な模様が彫られており、
  非凡な石工が存在したことを示している。
   左の柱頭には、ロバに乗るバラアムの逸話と、龍
  と戦う聖ミカエルの像が見える。
   右の柱頭は、聖母子と礼拝する東方三博士である。
   彫刻はかなり技巧的なので、聖堂建築の年代より
  はかなり下がった、13世紀ロマネスク後期に当た
  りそうである。
   
   

  
   
     トラニ大聖堂
       Trani/Duomo
     
                    Puglia
    
   バルレッタ(Barletta) からバーリへと続くアドリ
  ア海沿岸には、トラニ、ビッシェリエ
(Bisceglie)
  モルフェッタ、ジョヴィナッツォなどの古い港町が
  続き、それぞれにロマネスクの聖堂があるとのこと
  でとても楽しみだった。
   中でもトラニとモルフェッタには、素朴な港町の
  風光の中に建つ聖堂の姿を想像し、格別の憧れを抱
  いていたのだった。
   残念ながらトラニの大聖堂は、正面のファサード
  が修復中で板壁に覆われており、また港からは完全
  に逆光だったので、思ったような景観は見られなか
  った。

   しかし、三重構造になった聖堂建築は重厚で、内
  陣は見応え十分であった。
   写真は最上部の身廊で、対になった円柱が側廊と
  の境になっており、トリビューンの三連窓によるア
  ーケードが美しい。
   階下は上部と同じ大きさでクリプタとなっており、
  少し華奢な円柱群と交差穹窿とが作り出した柱の森
  が印象的だった。
   さらに最下部のクリプタは天井の低い空間で、聖
  マリア教会と呼ばれている。
    

  
   
     モルフェッタ聖コッラード大聖堂
       Molfetta/ Duomo di San Corrado
     
                    Puglia
    
   港の水辺に建つモルフェッタの白亜の聖堂の光景
  を眺めながら、頭の中で描いていたイメージとほぼ
  同じであったことに驚かされた。
   写真は、外海との境目になっている突堤の上から
  撮ったものである。
   建材には白い石灰岩が使用されているそうで、二
  本の鐘塔やドームの屋根の形がとても絵になってい
  ると感じた。

   ここも四本の柱で九つのベイに区切られた、やや
  縦長の方形聖堂である。東方の影響が顕著で、中央
  に三つの円錐ドームが並んでいる。
   思ったよりも多くの柱頭に、天使の像や鳥や動物
  が植物模様の中に彫られていた。
   正面のタンパンには、十字架を担いだ羊の像が描
  かれていた。クリスモンのような意味合いで彫られ
  たものかもしれない。
   羊の下に車輪のような図像があり、それは十二の
  花びらを持つ花のようでもあり、十二使徒を象徴す
  るものなのか、後世のバラ窓の原形とも思えるよう
  な彫刻だった。   
    

  
   
     バーリ大聖堂
       Bari/ Cattedrale
     
                    Puglia
    
   バーリの旧市街はアドリア海に突き出た半島部分
  にあり、びっしりと立ち並んだ住居の間に迷路のよ
  うな露地が網目のように張り巡らされている。
   露地のあちこちでパスタを干したりしている光景
  は生活感に溢れており、二つの教会へはこの旧市街
  の散歩を楽しみながら行くことが出来た。

   大聖堂は旧市街のほぼ中央に建っており、11世
  紀の創建とのことであった。しかし、ファサードの
  意匠は余り美しいものとは思えず、様々な改修が加
  えられたための不均衡が目立つのかもしれない。
   だが一歩中へ入ってみると、外観からは想像もつ
  かぬほど、内陣は壮麗な建築だった。
   身廊は三廊式で、側廊の連続アーチの上部に造ら
  れた小アーケードは、トリビューンではなく単なる
  飾りとしてのものなのだが、聖堂全体に美しい調和
  をもたらす効果を見せている。
   写真は、側廊部分から後陣方向を眺めたもので、
  右側にロマネスク時代の説教壇も写っている。
   ベネヴェント文字で書かれた、挿絵の美しい11
  世紀の巻物を見たかったが、残念ながらこの日は展
  示室が閉館だった。
  
    

  
   
     バーリ聖ニコラ聖堂
       Bari/ Basilica di San Nicola
     
                    Puglia
    
   旧市街をさらに奥へと歩き、海岸の城
  壁の近くまで来ると、広場に面して建つ
  聖堂が見えた。
   左右に鐘楼を配した正面のファサード
  は、写真で見るように、飛び切り優れた
  意匠とも思えない簡素なものだった。
   建築は大聖堂にとてもよく似ており、
  三廊式の身廊と上部に小アーケードによ
  る装飾窓が付けられている。
   大聖堂の建築にも大きな影響を与えた
  と考えられるが、身廊を横断する二本の
  梁が平行ではないのは、後世の改修があ
  ったからなのだろうか。
   祭壇には
Ciborium と呼ばれる天蓋や、
  大理石で出来た司教座が置かれていた。
  いずれも11世紀から12世紀のもので
  あるという。
   地下にクリプタがあり、聖ニコラの墓
  所となっていた。
    

  
   
     ビトント大聖堂
       Bitonto/ Cattedrale
     
                    Puglia
    
   バーリの町から南西に15Km行った
  ところに位置する小さな町だが、この町
  の中心に建つ大聖堂の素晴らしさには感
  嘆した。
   広場に面した聖堂の側面には、大きな
  五つのアーケードで構成された回廊が設
  けられている。
   ファサードには三つの扉口があり、写
  真はその中央のタンパン彫刻である。
   黄泉へと下ったキリスト像で、死者を
  解放する場面である。手をとっているの
  はアダムで、ビザンチン美術ではよく見
  る主題である。
   まぐさ石部分には、左から受胎告知、
  訪問、東方三博士礼拝、聖堂奉献が彫ら
  れている。
   三廊式の聖堂はバーリの聖ニコラと似
  ており、三連窓で構成されたトリビュー
  ンがとても美しかった。
     

   
   
     ブリンディジ聖ベネデット教会
       Brindisi/ Chiesa di San Benedetto
     
                    Puglia
    
   ローマからのアッピア街道やトラヤヌ
  ス街道の終点に当たり、地中海への玄関
  口として現在でもギリシャへの船便が発
  着している。(当ページの表紙参照)
   旧市街に建つこの教会は観光的には全
  く無名で、泊まったホテルの女主人が調
  べてくれてようやく場所が分かったのだ
  った。
   外観は教会には見えないアラブの要塞
  のような聖堂だが、鐘塔が恰好の目印と
  なっている。
   三廊式のバジリカで、朝の光の差し込
  む明るい感じの聖堂だった。
   目的は隣接する回廊だったが、そこは
  町の中とは思えぬほどの静寂に包まれた
  別世界で、カメラのシャッター音すら気
  になるほどだった。
   彫刻が無い柱頭も多いのだが、瞑想の
  場に相応しい凛と張り詰めた空気が漂っ
  ていることに感動した。
   扉が開いていたのに最後まで誰にも会
  わない、不思議な教会だった。
    

   
   
     オトラント大聖堂
       Otranto/Cattedrale
     
                    Puglia
    
   この教会の身廊や祭室の床全体が、
  12世紀のモザイクで装飾されている
  と聞いていた。しかし何ということで
  あろうか、ここではちょうど結婚式が
  始まる直前で、床一面に絨毯が敷かれ
  多くの椅子が並べられていたのである。
   式が始まる前に、見える部分だけで
  も撮影しようと聖堂中を走り回った。
   モザイクの中心は、一本の大きな木
  が床いっぱいに延び、そこから広がる
  枝々に様々な動物が群がっている図で
  ある。そこに原罪やカインとアベルな
  ど、旧約聖書の逸話が散りばめられて
  いる。
   写真は十二か月の仕事を描いた部分
  の一つで、二月の場面だが一体何を作
  っているのだろうか。
   しばらくすると式が始まり出してし
  まい、関係者以外は締め出されてしま
  った。
    

   
   
     ヴェレンツァーノオーニッサンティ
       Velenzano/ Ognissanti
     
                    Puglia
    
   バーリから少し南の郊外、カサマッ
  シマ
(Casamássima) の農園ホテルに
  3泊した。ホテルの主人がこの教会は
  現在閉鎖していると言ってくれたのだ
  が、直ぐ近くだったので行ってみた。
   金網の囲い越しに、草原の中に建つ
  聖堂を見ることが出来る。うまい事に
  金網に人一人通れるような穴が開いて
  いたので、こっそりと敷地の中へ入り、
  かなり聖堂に近づいて撮ったのがこの
  写真である。
   ビザンチン風のドームが三つ並んで
  おり、後陣の三つの半円形祭室の付き
  方からも、四本の柱で井桁に仕切られ
  た長方形の聖堂内部を想像することが
  出来る。
   ホテルの主人が見せてくれた写真で
  は、内部は装飾の無い簡素だが剛毅な
  柱とアーチ、ドームが連なる美しい空
  間のようだった。
   左端のアーチは、聖堂外部に取り付
  けられた玄関間である。
    

  
   
     ヴェノーサ三位一体教会
       Venosa/ Chiesa di Santissima Trinita
    
                    Basilicata
   
   ポテンツァ (Potenza) から国道を
  北へ走り、しばらくしてから枝道へと
  入って山を幾つも越えた。
   ヴェノーサの町は古代ローマの時代
  から栄えた町で、その遺跡が町外れに
  残っている。
   この教会は遺跡の中に建てられてお
  り、現在は全くの廃墟となってしまっ
  ている。
   残っているのは、聖堂の壁と身廊片
  側の列柱、そして写真の放射状祭室の
  付いた後陣部分だけであり、天井は完
  全に崩落してしまっている。
   聖堂プランはギリシャ十字型に近い
  十字形で、後陣には祭壇を囲むように
  周歩廊が有ったようだ。
   身廊の柱は堂々として太く、アカン
  サスの柱頭はローマの神殿を想わせる
  ほど古典的なものだったようだ。
   かなりの規模の、壮麗な聖堂だった
  ことが想像できる。
    

  
   
     アチェレンツァ大聖堂
       Acerenza/ Cattedrale
    
                    Basilicata
   
   ヴェノーサからさらに幾つもの山や谷を越え、
  約40
Km山道を走って行くと、前方に小高い丘
  が見えてくる。丘の上にはびっしりと家が並んで
  おり、遠くからでも教会の塔が見えた。

   平面プランはヴェノーサにとてもよく似た翼廊
  の付いた十字形で、後陣には祭室を囲んで周歩廊
  が設けられている。三つの放射状祭室も、同じよ
  うについている。
   身廊の柱は角柱なので、聖堂内部を見た感じは
  ヴェノーサとはかなり違うのだが、全体の構造は
  似ていたのかもしれない。

   写真は十字交差部の塔と、右側に延びる北側の
  翼廊とその小礼拝堂であり、左側が周歩廊のある
  外陣である。
   小さな窓しかない、いかにもロマネスクらしい
  質実剛健な石積みの建築である。
   正面扉口のヴシュールは、精巧な彫刻で飾られ
  ている。連続する環状の植物模様で、人間や動物
  が蔓や葉に絡まった幻想的な図柄だった。
    

   
    
     サン・デメトリオ・コローネ聖アドリアーノ聖堂
       San Demetrio Corone / Basilica di Sant'Adriano
   
                    
Calabria
      
   この旅も次第に、イタリア半島の長
  靴のつま先に近づいてきた。このあた
  りは土踏まずの見当である。
   イオニア海沿岸のギリシャ遺跡シバ
  リから、山へ向かって20
Km登るとこ
  の村へ着く。教会はさらに登った村外
  れに建っていた。
   聖堂の外見は、窓のほとんど無い方
  形の石の箱のように見える。ビザンチ
  ンの聖廟のようでもある。
   身廊は三廊式で、三本づつの柱が側
  廊との境を示している。アーチの裏側
  に描かれた聖人像のフレスコは、色も
  良く残っていて見応えがあった。
   身廊の床には多くのモザイクがはめ
  込まれており、写真はその中で最もユ
  ニークな蛇の渦巻きである。図柄が斬
  新であり、何と言っても鮮烈な色使い
  が良い。
   他にも、蛇やライオンの像が幾つも
  見られた。
    

  
   
     ロッサーノ聖マルコ教会
       Rossano/ Chiesa di San Marco
   
                    Calabria
      
   イオニア海に沿って少し先へ行くと、近代的な
  ロッサーノの町が海岸近くまで発展している。し
  かし、目指すのは旧市街であり、そこは山へ8

   ロ
ほど登った所にある、城壁に囲まれた古びた町
  だった。
   小さい町なのに教会が幾つも在り、細い急坂の
  路地を車で探すのは一苦労だった。
   路傍に座った老人に尋ねて、ようやく妙な形を
  したこの教会へとたどり着いたのだった。
   
   写真で見る通り、車を止めて見上げた聖堂の姿
  は余り見かけない異様なものだった。
   しかし良く見ると、これは後陣であって、三つ
  の祭室にはビザンチン式の窓が見え、屋根にはサ
  イコロの五の目の配置でクーポラが載っている。
   聖堂の平面図はやはりビザンチンそのもので、
  正方形の聖堂を四本の柱で井桁に仕切った形にな
  っていた。
   天井に出来る九つのベイは、一つおきに円筒形
  のドームとなっている。
   祭室の壁の一部に、聖母子を描いたフレスコ画
  が残っている。聖マリアの顔と幼児キリストの顔
  の半分以外は剥落してしまっているのたが、その
  いかにもビザンチン的な風貌がとても気に入って
  しまった。   
    

   
   
     ロッサーノ聖マリア・デル・パティーレ教会
       Rossano/ Chiesa di Santa Maria del Pátire
   
                    Calabria
      
   ロッサーノの町から山伝いにも行け
  るのだが、一旦麓へ降り別の山道を登
  ることにした。近くに自然公園が在る
  ので、道が良いと聞いたからだった。
   聖堂は典型的な三廊式バジリカで、
  長方形の身廊に三つの半円形祭室が後
  陣に突き出た形をしている。
   赤いレンガを効果的に使った装飾ア
  ーケードの意匠からは、アラブ様式か
  らの影響が感じ取れる。
   幾何学的な模様が少し残っているが、
  軒持ち送りの下に残る彩色などからも、
  当初はかなり鮮烈な配色が施されてい
  たことが想像された。
   堂内の床に素晴らしいモザイクが在
  ることを知っていたのだが、季節外れ
  の訪問は管理人すら不在で、扉を開け
  て貰える術は無かった。
   ケンタウロスなど伝説の動物を描い
  たモザイクを見るためには、夏の良い
  時期に再訪せねばなるまい。
    

  
   
     カタンザーロ聖マリア・デッラ・ロッチェーラ教会
       Catanzaro / Chiesa di Santa Maria della Roccella
   
                    Calabria
      
   カタンザーロはこの地方の中心都市であり、イオ
  ニア海から13
Km山へ向かって登った所にある山
  上都市である。
   旧市街には古い教会も多く、老舗が並ぶ賑やかな
  通りがあるという魅力的な町だった。

   このロマネスクの遺構は町の中ではなく、ロッチ
  ェレッタ
(Roccelletta) と呼ばれる海岸の集落の
  外れに在った。考古学公園にもなっている、広大で
  静かな一画である。
   単身廊に翼廊の付いた十字形の聖堂で、三つの祭
  室が設けられた美しいプランなのだが、現在残って
  いるのは、主祭室と北側の小祭室の壁と、身廊の壁
  及び西側ファサードのみであった。天井は全て崩落
  してしまったらしい。
   残念なことに、後陣部分が修復中で、足場が組ま
  れシートに覆われていて見ることが出来なかった。
   写真は身廊北側の外壁部分である。北扉口の上に、
  開口窓と見せかけ窓が交互に配されている。
   ビザンチンの色濃いレンガ積みの建築で、往時を
  想像すると、さぞや壮麗なバジリカであったことだ
  ろう。
   私達はここから程近いスタレッティ
(Staletti)
  という集落に宿をとった。長靴の先端にもっとも近
  いエリアなのである。  
  
    

  
   
     スティーロカットリカ
       Stilo /Cattolica
   
                    Calabria
      
   この村へ行くにはカタンザーロからさ
  らに南下し、海岸の町モナステラーチェ
  
(Monasterace) から山へ入る。山上の
  集落建設は、海からの侵略とマラリアの
  伝染から逃れるための方策であったから、
  古い町へ行くためには必ず山道を登るこ
  ととなる。
   この旅で最も憧れていた場所が、この
  スティーロだった。ギリシャのミストラ
  やマニ半島で、ビザンチン聖堂の魅力を
  知ったことにも由来する。
   美しい町並みのさらに上、町全体や周
  囲の山々を見下ろすようにして、この小
  さな教会が建っている。
   ロッサーノの聖マルコと全く同じ構造
  になっている。例の通りの井桁の四本柱
  である。五つのクーポラも同様だった。
   飾りの無い素朴な柱頭、繊細な太さの
  四本の円柱、クーポラ以外の天井に描か
  れたフレスコ画など、全てが想像した以
  上に美しかった。
   しかし残念ながら番人が頑固親爺で、
  写真撮影を許してくれなかった。
    

   
   
     ビヴォンジ聖ジョヴァンニ教会
       Bivongi/Chiesa di San Giovanni il Vecchio
   
                    Calabria
      
   スティーロから山道を6Km登った所がビヴォン
  ジの村で、この教会までは車一台がようやく通れる
  ような坂道を数キロ登らねばならなかった。案内の
  看板などは一切無い、観光とは凡そ無縁の孤高な姿
  で建っていた。
   聖堂の脇に住宅が在り、そこに住む修道僧のよう
  な高潔な風貌をした青年が一人で管理をしているの
  だという。

   聖堂は美しい単身廊バジリカで、翼廊付きの十字
  形をしており、三つの祭室が付いている。
   写真は後陣の優雅な姿で、交差部に鐘塔が聳えて
  いる。
   後陣の壁面にはノルマンやアラブのような交差ア
  ーケード装飾や、ビザンチン風の連続アーケードが
  施されていてとても美しい。大半がレンガ積みなの
  である。
   英語の上手なその青年の話では、かなり近年に大
  掛かりな修復が成されたとのことで、修復前の写真
  も見せてもらった。かつては草生していたものの、
  聖堂は概ね旧状のままだが、周辺に建てられていた
  後世の邪魔な建築を撤去したのだそうだ。
    

   
  
     ジェラーチェ大聖堂
       Gerace/Cattedrale
   
                    Calabria
      
   ここは正に長靴の先端、親指の裏辺りに相当する
  半島最後のロマネスクかも知れない。スティーロか
  ら更に南へ40
Km、やはり海岸のロクリ (Locri)
  から少し山へ入らねばならない山上集落である。
   村の入口から教会の在る広場までは、かなり急な
  石畳の道を登らねばならなかった。途中のカフェで
  ピッザを食べたりして、教会の扉が開くという3時
  を待った。
   教会が斜面に向かって建っているので、後陣から
  入る妙な入口と思っていた場所は、実はクリプタの
  入口だった。
   クリプタは後陣の祭室と翼廊の地下に当たる部分
  で、繊細な列柱が林立する美しい空間だった。
   写真は、階上へ上った身廊部分で、三廊式十字形
  の細長い聖堂だった。
   階段を上り身廊へ出てくると、上段の明り取り窓
  からの光が強く堂内が意外に明るいので、クリプタ
  の暗さとの対比が妙にドラマチックに感じられて面
  白かった。
   列柱の素材は様々で、溝の入ったローマ神殿風な
  ものまで利用されている。柱頭は植物模様の彫刻が
  中心で、特記するべきものは無い。
   身廊と翼廊の十字交差部は円錐形ドームになって
  おり、フレスコ画の痕跡が見えた。
     

   
   
     パレルモ聖ジョヴァンニ・デリ・エレミーティ教会
       Palermo/Chiesa di San Giovanni degli Eremiti

                    Sicilia
     
   私達夫婦がシシリー島を訪ねたのは、何と1985年
  の年末休暇に親友のM夫妻と御一緒した時だけであ
  る。パレルモには1泊しか出来なかったので、市内
  では大聖堂とここへちょっと寄っただけだった。
   ノルマン宮殿やラ・マルトラーナのモザイクを見
  ることが出来なかったのが心残りだったが、何故か
  その後再訪の機会を得ないままである。

   町の中を車で走っていて最初に目に付いたのが、
  この奇妙な形をした建築だった。赤の丸帽を頭に載
  せたような不思議なシルエットが、思わず車を止め
  させるきっかけとなった。
   写真は後陣を左後方から眺めたものであり、丸く
  少し突き出たところが中央祭壇で、両側が翼廊とな
  っている。
   北側の翼廊の上が鐘塔となっており、中央二つの
  大きなドームの下が単身廊である。内部は石の壁と
  やや先の尖ったアーチだけで構成された、なんとも
  素朴な聖堂である。
   写真左側の石壁の中が、聖堂に隣接する回廊であ
  る。アラブ風の連続アーチと、二重の列柱による異
  国情緒に満ちた遺構で、柱頭彫刻の植物模様に開け
  られた無数の穴には、貴金属や宝石が象嵌のように
  はめ込まれていたのだという。ノルマン王ルッジェ
  ーロ二世が建てたからこその豪華さだろう。
    

  
   
     モンレアーレ大聖堂
       Monreale/Duomo

                    Sicilia
     
   こんな豪華絢爛な聖堂がロマネスク
  なんだろうかと思わせるような建築で
  ある。
   しかし、ノルマンやアラブやビザン
  チンが複雑に混淆した、12世紀の三
  廊式バジリカで翼廊のある十字形、三
  つの祭室が配されているというプラン
  は間違いなくロマネスクなのである。
   後陣の装飾、入口の青銅の扉や彫刻、
  内陣のモザイクによる壁画など、桁違
  いの完成度を見ることが出来る。
   正面祭室の天井には祝福するキリス
  トと聖母子が描かれ、左右の壁は旧約
  ・新約の逸話によって所狭しと埋め尽
  くされている。聖堂中がモザイクの金
  色に光輝いている、と言っても過言で
  はない。
   そんな中で、落ち着いた美しさを示
  していたのが、写真の回廊だった。
   なんとも特異で奔放な図柄や意匠で
  飾られているのだが、とても美しい様
  式美を創出していることに驚かされて
  しまった。
    

  
   
     チェファル大聖堂
       Cefalù/Cattedrale

                    Sicilia
     
   パレルモからは75Km東に行った、ティレニ
  ア海沿岸の漁村である。
   突堤からの素朴な集落の眺めの美しさが、いま
  だに忘れられないでいる。

   聖堂は村の中央に建っている、シチリア・ノル
  マン様式の大建築である。
   平面プランは、翼廊が少し突き出ていること以
  外は、モンレアレにとてもよく似ている。
   三廊式で、精巧な彫刻が施された柱頭で飾られ
  た列柱と、先の尖った連続アーチとによって側廊
  との境界を形成している。

   身廊部分にはモザイクは無いが、中央の祭室部
  分の天井や壁は、写真のような見事なモザイクで
  飾られていた。
   半円ドーム部分は万物創造主キリストであり、
  ビザンチンの卓越した表現が示されている。
   下段にはオランス型の聖母マリアを中心にして、
  四人の大天使が描かれている。
   交叉オジーヴの天井にも天使が描かれているが、
  これは若干時代が下がるかもしれない。  
     

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