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Románico en España |
アラゴン・ナヴァラ・ バスク 地方のロマネスク |
Aragón, Navarra y País Vasco |
■県と首都 ◆アラゴン (Aragón) 地方 1 Teruel (Teruel) 2 Zaragoza (Zaragoza) 3 Huesca (Huesca) ◆ナヴァラ (Navarra) 地方 4 Navarra (Pamplona) ◆バスク (Pais Vasco) 地方 5 Guipúzcoa (San Sebastian) 6 Vizkaia (Bilbao) 7 Álava (Vitoria) |
アラゴン、ナヴァラ地方はカタルニャとバス クに挟まれており、ピレネー山脈山麓からエブ ロ川流域、さらにイベリア山脈まで続く広大な 地域である。 フランスから続くサンチャゴ巡礼路は、二つ の峠からピレネー山脈を越えた。イバニェータ 峠からロンセスバリェス Roncesvalles への 道と、ソンポルト峠を越えてハカ Jacaに至る 道とが有り、二つの道はプエンテ・ラ・レイナ Puente la Reina で合流し、さらにサンチャゴ を目指したのである。 いずれの峠もこの地方に属しており、道筋に は必然的に巡礼路教会や中世の遺跡も数多く残 っている。巡礼路に沿って点在するロマネスク 教会には、レコンキスタ(聖地回復)の歴史を 留めた独自の魅力が溢れている。 民族独立意識の強いバスク地方には、地味だ が独特のロマネスクが残されていて、美食の魅 力と共に旅を楽しませてくれる。 |
プエンテ・ラ・レイナの石橋 巡礼はこの橋を渡って、サンチャゴを目指す。 Puente la Reina Navarra |
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ソス・デル・レイ・カトリコ/ 聖エステバン教会 Sos del Rey Católico/ Iglesia de San Esteban |
2 Zaragoza |
初めてこの地方を訪れたのは、1980年の 年末休暇を利用した旅だった。ソスではパラド ールに泊まったのだが、夜遅く到着し朝早く出 立したので、町はほとんど見ていなかった。今 回ようやく再度パラドールに泊まり、旧市街や ロマネスク教会をゆっくり歩くことが出来た。 高台に密集する家並の屋根が美しい町で、教 会のテラスからの町全体の眺望は抜群だった。 従来の教会は三廊式だったが、16世紀に側 廊の壁を除いて、外側に礼拝堂などが拡張され たために、祭室部分以外はどうもロマネスク的 ではない、という印象が余りにも強く感じられ てしまった。 地下祭室には創建当初の雰囲気が残されてお り、柱頭彫刻にも傑作があったが、スペインで は珍しい案内人の厳しい撮影禁止の目が光って いた。 更に注目すべきは正面ファサードで、特に扉 口の装飾彫刻は見逃せない。 タンパンには、四福音書のシンボルに囲まれ た栄光のキリスト像が彫られている。円柱に彫 られた細長い聖人像は、シャルトルやサングエ ッサに似て、ゴシックへの過渡期の特徴を備え ている。写真は気に入った像で、マグダラのマ リアだろう。 |
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ウンカスティリョ/聖マリア教会 Uncastillo/Iglesia de Santa María |
2 Zaragoza |
ウンカスティリョは信仰の町に相応しく、ロ マネスクの寺院だけでも遺跡を含めると4箇所 残っている。その中で最も優れた意匠を見る事 が出来たのは、この教会南門の扉口だった。 聖堂のプランは、この地域に共通した単身廊 のバジリカ様式で、南側面に鐘塔と南門が設け られている。 ここの門にはタンパンは無いが、複雑な構造 のヴシュールは大層壮麗な美しい彫刻だった。 大きく三重になっており、外側に連続する人 物像が特に傑作だった。 人間の四季の営みを表したものなのか、様々 な職業を示したのかは不明だが、目の生き生き とした力強い表現は、抽象の向こう側に何かと てもリアルなものが見えるような気がして、私 にはとても興味深く思えた。 大げさに言えば、ロマネスク美術の本質が見 えたような気がした、ということなのである。 あくまで“気がした”だけのことなのだが。 柱頭にはアダムとイヴ、エジプトへの脱出な どを主題とした彫刻が確認できた。 |
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ビオタ/聖ミゲル教会 Biota/Iglesia San Miguel 2 Zaragoza |
ウンカスティリョに向かう途中のこの町の入 口で、Iglesia Románico 12e と書かれた看板 を発見した。寄らないわけにはいかない。 教会は旧市街の閑静な広場に面して建ってお り、改築の痕跡は残るものの単身廊バシリカの 素朴な様式は伝えられている。 正面扉口のタンパンを見て驚いた。主題も構 成も、後掲のアグエロのタンパンにとてもよく 似ているのである。何らかの啓示を、アグエロ から受けたものだろう。 聖堂の南側面にも扉口が設けられており、こ こにも見事なタンパン彫刻と円柱や柱頭の装飾 が施されていた。 タンパン彫刻の主題は、教会の守護神である 大天使聖ミカエルと二天使が彫られていた。 私が最も気に入ったのは、門の両側の円柱と 柱頭だった。写真は左側部分で、円柱には様々 な種類の細かい連続模様が彫られており、高度 な技術を誇示している。 柱頭には楽器を弾く人や踊る人が、奇妙な動 物や植物と共に描かれている。脈絡の存在は不 明だが、アグエロで確認できたサロメの踊りだ ろうか。 |
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オバーラ/聖マリア修道院 Obarra/Monasterio de Santa María |
3 Huesca |
カタルーニャのボイ谷から峠をひとつ越えれ ば、この修道院の建つオバーラは直ぐなのだと いう。以前カタルーニャを旅した際には、ここ の存在については不勉強だった。 渓流に架かる石橋を渡ると、覆い被さるよう な迫力のある断崖を背にした聖堂の建築が目に 飛び込んできた。余りにもドラマティックなロ ケーションであることに、完全に言葉を失って いた。 聖堂は写真で見る通り三廊式のバジリカで、 身廊と側廊を仕切る左右各6本の束柱の立つ壮 麗な建築だった。柱頭彫刻などほとんど無い、 無骨に切石を積んだだけという剛健かつ素朴な 建築だった。 外壁や後陣の唯一の装飾であるロンバルディ ア帯のリズミカルな美しさを眺めながら、草の 上に寝転がってみた。 アラゴンならではの荒々しい風光と融合した ロマネスク聖堂の、何と絵になる事だろうか。 |
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ロダ・デ・イサベナ/大聖堂 Roda de Isábena/Catedral |
3 Huesca |
ルサスの“広報”によれば、この地域での一 押しのロマネスク教会だそうだ。 町は丘の上に密集した集落で、中央の広場に 面してこの大聖堂が建っていた。 正面の扉口はアーチ状のヴシュールで飾られ ているが、柱頭などはかなり小粒で年代は後期 まで下がるだろうと思われた。 聖堂は三廊式だが、やや大仰で感動には結び つかなかった。 しかし聖堂に隣接する回廊に入った時には、 全く違う空気がここには流れている、と感じた のだった。 写真で見るとおりの素朴な列柱であり、柱頭 彫刻もさして優れた造形とは思えない。しかし 瞑想に相応しいこの静寂で質素な空間の爽快さ は、妙にかしこまってよそよそしい聖堂内部に 比べ、よりロマネスク的だと感じられたのだっ た。今更言うほどのことでも、というようなプ リミティヴな感慨がかえって嬉しかった。 |
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3 Huesca |
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カタルニャとの州境に近いこの村は、私達が 訪ねた昼下がりには村中がひっそりと静まり返 っていて、広場には人っ子一人見当たらず、教 会の門も堅く閉ざされていた。 途方にくれた私は、ある民家の裏でようやく 一人の老人を見つけ話しかけると、彼が私を一 軒の家まで連れて行ってくれた。中から出てき た中年の婦人は、唯一この村で英語が話せる村 の“広報”のような人だった。中学の先生だそ うだ。 ロマネスク教会への来意を告げると、快く扉 の鍵を開けてくれ自由に見学して良いと言う。 鐘塔のてっぺんまで登り、家内と二人鐘楼の 窓から下を見ると、婦人と老人がこっちを見上 げて手を振っているではないか。アラゴンの人 達のフレンドリーな暖かさを、最初から知るこ ととなったのである。 教会の内陣は想像以上にプリミティヴで、半 円筒の天井、身廊のアーチ列柱、柱頭彫刻の素 朴さなどが先ず私達を喜ばせた。 写真は、側廊から中央の祭室方向を眺めたも のである。柱頭には、馬か犬か判らないほど素 朴な動物像などが彫られていた。それにしても 美しいア-チ構成である。 |
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アグエロ/サンティアゴ教会 Agüero/Iglesia de Santiago |
3 Huesca |
ウエスカからの国道を更に北上すると、峠を 登り始める辺りから、薄ピンク色をした巨岩が 林立する不思議な光景に出会う。この小さな集 落は、そうした奇妙な形をした岩山に抱かれる ような姿をしていた。 ロマネスク教会は、町を見下ろす高台に建っ ていた。 教会建築として奇妙に感じられたのは、三身 廊部分が失われていて、現存するのは三つの祭 室と後陣だけだったからである。 写真は南門で、壮麗なタンパンと豪快な柱頭 彫刻が残されていた。タンパンの彫刻は“東方 三博士礼拝”で、御公現を意味する重要な主題 とされる。 柱頭にサロメの踊りが確認できた。 後陣の美しさに驚き、失われた身廊の礎石を 歩きながら 往時の聖堂がいかに壮大であった かを偲んだ。 |
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ロアーレ/ロアーレ城教会 Loarre/Iglesia de Castillo de Loarre 3 Huesca |
ウエスカから西北に進路を取り、原野の中を ひたすら車で突っ走った。オリーブの木しか生 えていないような荒野である。コウノトリの巣 のように見えていた岩の上の塊が、接近するに 従って壮絶な断崖の上に建てられた城砦だと判 ってくる。何とも凄まじい、としか言いようの 無いほど孤絶感に満ちたたたずまい。 登山道を車で登って行くだけでも、迫って来 る城郭の迫力に鳥肌が立つほどだった。 城門の中には修道院が併設されており、11 世紀のアラゴン王の創建になるという。 写真は、修道院付属教会の内陣から、祭室方 向を眺めたものである。聖堂は細長い単身廊の バジリカで、特に美しいのは、正面祭室後陣の 下部壁面に彫られた盲アーケード装飾だろう。 アラゴン王の教会にしては派手な部分は全く 見られず、控えた品格ある美しさはさすがと言 うべきであり、その中にあって唯一優美な装飾 となっている。 入口の門、石の階段、半円アーチの通路、小 さな礼拝堂など、全ての建築が城砦と一体化し ており、ロマネスクの世界にどっぷりと浸るこ とが出来る。 教会上部のテラスからの眺望は絶景だった。 |
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ウエスカ/聖ペドロ・ エル・ヴィエホ教会 Huesca/Iglesia de San Pedro el Viejo |
3 Huesca |
現在は単なる地方都市の様な静かな町だが、 一歩旧市街を歩いてみれば、ここがかつてはア ラゴン王国の都だったというに相応しい歴史的 な風格が感じられてくる。 教会は11世紀創建の元修道院付属教会で、 聖堂には王の墓も在るという、絶大な由緒を誇 っている。 扉口のタンパン彫刻など、見逃せない傑作が 多いが、ここでは回廊の柱頭彫刻を取り上げた い。全部で38本の柱頭が並んでいるが、改修 されたものも多く含まれていて、見学は容易で はない。各柱頭の制作年代を明記した資料が余 りにも少ないからである。ゾディアック叢書ア ラゴン編によれば、どうやら半数近くが創建当 初のものであるらしい。 目の大きな人物像は、王家霊廟の在るサン・ ファン・デ・ラ・ペーニャの彫刻に共通するも ので、強い影響を受けたものと考えられる。 |
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アインサ/聖マリア教会 Ainsa/Iglesia de Santa María 3 Huesca |
フランス国境のピレネーから流れる Ara ア ラとシンカ Cinca という二本の川が合流す る河畔の高台の上に、城壁に囲まれたままて中 世から何も変わらず今日までやってきたような 町アインサが在った。 石畳の大広場 Plaza Mayor は半円アーチの 並ぶアーケードが美しく、レストランや民芸品 の店が軒を並べていた。 教会は広場を少し入った所にあり、写真の鐘 塔が見えるので直ぐにそれと判る。 教会の建築は素朴な方形バジリカ形式で、写 真の鐘塔が正面に建ち、アーチ門が聖堂側面に 配され、右奥に半円形の祭室が付いている。 切石積の窓の無い壁面や半円筒形の天井は、 最も初期ロマネスク的な素朴な美しさを見せて くれるのだ。 陽が落ちてから入った地下祭室 Cripta の 雰囲気は、ほの暗い中に白い柱頭とレンガのア ーチが浮かんで幻想的だった。 広場に面した Posada Real という旅籠に泊 まったが、夜の広場のテラスで飲むワインの雰 囲気は格別で、夜間照明に浮かび上がった教会 の鐘塔が一段と美しく見えたものだ。 |
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サンタ・マリア・デ・ブイル/ 聖マリア教会 Santa María de Buil/ Iglesia de Santa María |
3 Huesca |
地図の上での直線距離だと、アインサの町か らこの村まではほぼ南に10キロだが、未舗装 の山道を車で登ると実感は遥かに遠い。 数軒の農家しかない、心寂しいこんな寒村を 訪ねることなどそう無いだろう。 しかし、不思議なことに、この村には由緒あ る教会が二つも在った。 このロマネスク教会は数軒の集落から近く、 坂道の下からも装飾アーチの美しい三つの祭室 のある後陣の姿が見えていた。 教会の中に入った時の驚きを、一体何と表現 すればいいのだろうか。“すごいっ!”ではな く“あれ?”だったのだ。 なぜなら、本来ならば祭室に向かって左右に 横断するように構築するべきアーチの梁が、こ こでは写真のように前後縦に二本通ってしまっ ているのだった。 見慣れてしまうと、その素朴で自由で奇抜な 発想が素晴らしく思えてくる。 掃除に来た農家の家族との触れ合いも素敵だ った。 |
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アルケサール/聖マリア教会 Alquézar/Iglesia de Santa María |
3 Huesca |
絵画的な美しさに満ちたこの山間の町は、近 年芸術家達が住み着いたり、また観光的に再開 発されたりして急速に発展したらしい。 教会は旧市街のチャーミングな家並を抜けた 所に聳える岩山の上に建っており、それはあた かも要塞のように見えた。 建物に入るとすぐ回廊になっており、そこは 凡庸な柱頭ばかりだったが、それに続く教会入 口前のアーケードに造られた柱頭彫刻は、他に 類を見ないようなユニークな造形だったのだ。 写真はその内の一つで、最後の晩餐かカナの 饗宴だろうと思ったのだが、何かが違うので詳 細に眺めた。 中央でのけ反って踊る踊り子、左端では何や ら首をぶら下げているようにも見える。当然、 サロメが踊るヘロデ王の宴ということになる。 他にも、アブラハムの犠牲やノアの箱舟など 旧約の主題が中心だった。 |
ラレーデ/聖ペドロ教会 Lárrede/Igresia de San Pedro |
3 Huesca |
アインサからピレネーの山麓を縦断し、ハー カに向かう途中の町サビニャニゴ Sabiñanigo の手前に位置している重要な教会である。 教会の聖堂や鐘塔の全てが、これほどまでに 均整のとれた状態で、創建当初のまま保存され ている例はまことに希少だからである。聖堂の 一部や塔そのものが、後世に再建されているの が普通である。 建築は11世紀末のもので、単身廊に翼廊が 交差した十字形である。写真は後方からの眺め で、半円形の後陣と翼廊の片側に建てられた鐘 塔が写っている。 すっくと立つ塔は清楚で優美であり、ピレネ ー地方を代表する鐘塔の一つと言えるだろう。 後陣の装飾が美しく、特に盲アーケードと縦 格子の意匠が珍しい。これをそっくり真似たロ マネスク聖堂が手前のブサ Busa という地区 に建っていた。 小さな窓が数箇所しか無いという、石の塊み たいな、なんとも無骨で重々しいはずのロマネ スク建築だが、ここではとても軽やかで華麗で あるとすら見えてくる。 内陣への入口は側面の南門からで、隣家のお 嬢さんが鍵を開けてくれた。 積まれた石が、その重量感を感じさせないほ ど軽快に作り出すアーチ曲線の美しさに感嘆し た。ここからハーカは20キロほどだ。 |
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ハカ/大聖堂 Jaca/Catedral |
3 Huesca |
ピレネーのソンポルト峠を越えて来たサンチ ャゴへの巡礼路は、この町から折れナヴァラ地 方へと向かう。旧市街はいかにも古い宿場町の 面影を伝えており、市場や露地を歩くのは実に 楽しかった。 そんな町の中心に、11世紀創建といわれる この聖堂が建っている。 西扉門の半円形タンパンは、組み合わせ文字 と二頭の獅子などが彫られている。ギリシャ文 字のXPI∑TO∑、キリストスの頭二文字X Pと、十字や花模様とを組み合わせたシンボル は、キリストが偶像化される前の伝統の名残だ ろう。 聖堂は側廊の付いた身廊と三つの祭室だけと いう単純なプランだが、どっしりとした太い柱 には堂々たる風格が見えるようだ。 高い位置で見え難いが、しっかりとした彫り の柱頭は見逃せない。 写真は、表へ出た南の柱廊門に彫られた柱頭 彫刻で、楽器を持ったダヴィデ王や楽師達、イ サクの犠牲などを描いた繊細な彫りが素晴らし い。だがこれは、精巧に出来たレプリカだそう で、ちょっと見には先ず見抜けないだろう。 |
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イグアセル/聖マリア教会 Iguácel/Iglesia de Santa María |
3 Huesca |
辺鄙な場所に在るロマネスクの教会は、今ま でに相当数多く訪ねたつもりでいた。 しかし、この教会へのアプローチほど、艱難 辛苦と恐怖を感じたことはかつて無かった。 10キロ続く尖った石だらけの路面の急峻な 山道。車は、橋の無い三本の川を渡らねばなら ず、その一つは車幅いっぱいのダムの堰堤にな っていたのである。 ハカからは、ピレネーの谷深く分け入った聖 域で、着いてみると道中が嘘だったかの様な、 鳥の声と渓流の音だけに支配された別世界だ。 聖堂は写真で見るような単身廊のバジリカ建 築で、素朴な石積以外にはほとんど装飾の無い まことに素朴な建築だが、凛としたたたずまい が美しかった。 周囲の紅葉が映え、清楚で簡潔な聖堂建築の シルエットを浮き上がらせていた。 何という平和な雰囲気なんだろうかと、すっ かりロマネスク的美の境地に没入してしまって いた。復路にも通り抜けねばならないはずの戦 慄を、その時はすっかり忘れていたのだ。 |
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サン・ファン・デ・ラ・ペニャ/ 修道院 San Juan de la Peña/ Monasterio |
3 Huesca |
アラゴン地方の西端に位置するこの修道院に 行くには、ハカから雪のオロエル峠を越えねば ならなかった。 日本から持参した、簡易チェーンがようやく 役に立った。 聖堂は岩山をくりぬいた様な場所に建てられ ており、余りの奇怪な佇まいに驚いたものだ。 9世紀の創建で、アラブの影響が色濃いモサ ラベ様式の地下教会が残っている。 プレロマネスクのような、荒削りのまま積ま れた石が魅力的である。 馬蹄アーチの門を抜けると、回廊部分に出ら れる。回廊は一部分しか残っていないが、特異 なロケーションもさることながら、柱頭に彫ら れた彫刻の独創性には仰天した。 アダムとイヴ、カインとアベル、そしてキリ スト生誕、エマオへの道、等聖書の物語を主題 にしたものが多い。 ペーニャ様式とも言えそうなギョロ眼の大き な人物像が特徴で、自由な発想が生んだ大らか な図像に感動した。 |
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サンタ・クルス・デ・ラ・セロス/ 聖マリア教会 Santa Cruz de la Serós/ Iglesia de Santa María |
3 Huesca |
ハカの町からそれ程遠くはないのだが、少し 山へ入り込んだだけでかなりの積雪だった。サ ン・ファン・デ・ラ・ペニャの僧院とは山一つ 隔てた村で、雪がなければ林道を経由して直接 行るとのことだった。 正面扉口のタンパンには、ハカに似たXP、 キリストのシンボルであるクリスモンと二頭の 獅子が描かれている。 平面プランは簡素な十字形で、単身廊に翼廊 と一つの祭室だけが付いている。南の翼廊の上 が鐘塔になっていたので、最上階まで登ってみ た。ロマネスク様式の窓からの眺めは素晴らし く、白銀のピレネーを背景にした情緒ある村の 雪景色を堪能することが出来た。 写真は北東からの全景だが、かつて存在した 女子修道院に付属していた教会らしい質素な佇 まいがとても美しく感じられた。 この写真は1980年の年末に訪ねた時のも のである。 |
サンタ・クルス・デ・ラ・セロス/ 聖カプラシオ教会 Santa Cruz de la Serós/ Iglesia de San Caprasio |
3 Huesca |
2005年秋のこの村の訪問は、1980年 以来25年振りのものだった。 前回は写真を失敗していたので今度こそと考 えていたが、後陣背後にスペースが無く、ワイ ドレンズを使用したにも関わらず余り上手くい かなかった。 単身廊のバジリカで、教会というよりも礼拝 堂といった感じのチャーミングな建築である。 11世紀の創建らしいが、プリミティヴな構造 からはもっと古いのではないか、とすら思えて くるほどピュアな美しさが感じられた。 壁面には盲アーケードと控え壁、内陣上部に 素朴な鐘楼が作られているのが、この聖堂精一 杯の装飾なのである。 内陣には石積の壁があるのみで、アーケード や柱頭などは一切見られなかった。 町はかなり開けて別荘の分譲などを誘致して おり、新築中の邸宅も見られた。四半世紀の時 の移り変わりを実感せざるを得なかった。 前回は雪のためサン・ファン・デ・ラ・ペー ニャへは直接登れなかったが、今回は改良され た林道を行くことが出来たが、これを喜ぶべき かどうか心境は甚だ複雑であった。 |
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シレサ/聖ペドロ教会 Siresa/Iglesia de San Pedro |
3 Huesca |
ハーカの西を流れるアラゴン・スボルダンと いう渓流に沿って、ピレネーの山懐深く入った 山里である。ピレネーの鋭い峰々が間近に迫っ ている、静かな寒村だった。 しかし、そんな鄙びた村に、何故かくも立派 な教会が建てられたのかが不思議なほど、豪壮 な建築が村の入口にそびえていた。 11世紀末に古くから在った修道院に加え、 現在残っている教会堂が建てられたらしい。写 真は南側から聖堂の翼廊部分を眺めたものだ。 単身廊と半円形祭室、交差する翼廊とで構成 された十字形聖堂である。天井は半円筒ヴォー ルトで、飾りの無い清楚な雰囲気には品格が感 じられる。 祭室壁面にのみ、盲アーケードと控え壁が交 互に意匠されていて華やいでいた。 村の住人が交代で鍵を管理しており、その人 の家を探すのに少し苦労した。 |
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レイレ/レイレ修道院 Leyre/ Monasterio de Leyre |
4 Navarra |
人造湖イエサを見下ろす小高い台地に、この 修道院が建っている。目指すは付属教会だが、 先ず写真の地下祭室クリプタから見学した。 11世紀の建造であり、二重になった仕切り アーチを支える柱頭が低い位置に有るのが、余 り他に類例の無い重厚な形式である。 柱頭の彫刻の単純な線には、かえって高い芸 術性が感じられるし、柱頭の高さがばらばらで あるのは、むしろ自由な造形感覚ならではだろ うと思えてくる。 数ある地下祭室(クリプト)の中でも、小生 の好みからすれば、かなり上位にランクされる 創造的な傑作である。 聖堂の身廊にもプリミティヴな柱頭彫刻があ り、ここの図像は近代美術館の如きシュールな 気分に満ちている。 西門扉口のファサード彫刻が最もノーマルな 造形で、サングエサの門にも似て、壁面全体が 創作意欲に溢れた図像で覆われている。 |
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サングエサ/ 聖マリア・ラ・レアル教会 Sangüesa/ Iglesia de Santa María la Real |
4 Navarra |
ハカとパンプローナ Pamplona のほぼ中間 に位置しており、巡礼路がアラゴン河を渡る所 に開けた町である。 教会は旧市街の中にあり、創建は12世紀と のことだ。 写真は南門扉口のファサードで、眼を見張る ような密度の彫刻で埋め尽くされている。 タンパンの彫刻は「最後の審判」で、天の父 に裁かれた人々が、天国と地獄に分けられる図 である。魂の重さを量る秤を持つ大天使ミカエ ルが居り、ぜひとも、この大天使とは昵懇の間 柄になっておかねばならないだろう。 タンパン外側の四重になったアーチ刳型部分 には、陶工や靴職人など様々な職業の人々や、 聖人や妙な動物なども帯状に彫られている。 さらにその周囲には、牛や馬や獅子などの動 物を初めとして、色々な仕草をした人物像が無 数に飾られており、まるでデザインの図案集を 見るようである。 内部は、三廊式で三つの祭室が有る単純なプ ランだが、中央の堂々としたドームが美しい。 |
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オレッタ/聖母被昇天教会 Oletta/Iglesia de la Asuncion de la Virgen |
4 Navarra |
サングエサからウンクスへと抜けるレルガ峠 Alto de Lerga から、発電用風車群の下を抜け ると、この谷間の村へと下りて行ける。渓流に 架かる石橋を渡れば、この教会の後陣が直ぐに 目に入る。 創建は12世紀だが、その後時代と共にかな り修復の歴史をたどったようだ。 それでも、北門のタンパンに彫られたクリス モン、単身廊の尖頭ヴォールト天井、鐘塔下の 豪快なアーチと円蓋、半円形祭室のドーム等、 ロマネスクのエッセンスはあちこちに散りばめ られている。特に柱頭彫刻には数基の傑作が見 られる。 写真はライオンと悪魔、聖人らしき人物が絡 み合う謎の彫刻だが、ライオンの足を持ったよ うな奇妙な悪魔の姿は他では見たことが無い。 ライオンが人の頭に噛み付いている図像がも う一基在るのだが、一体何を表現したかったの だろうか。 この後訪ねたパンプローナのナヴァラ美術館 で、昔この教会の壁を飾っていた14世紀のフ レスコ画を見る事が出来た。 |
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ウフェ/聖マリア教会 Ujué/Iglesia de Santa María 4 Navarra |
この村はパンプローナの南約50キロに位置 し、広漠とした丘陵の尾根であたかも城郭都市 の様なたたずまいである。 サン・マルティンからは6キロ離れている。 中央の要塞のような建物が教会で、外観から はロマネスクの特徴を見ることは出来ない。何 故なら14世紀の改修によって、内陣部分だけ を残して、周囲は全てゴシック以後の様式に覆 われてしまったからだ。 元来は三廊式バジリカ聖堂だったようで、二 本の中央柱と三つの半円形祭室がそれを証明し ている。 内陣に残された柱頭の彫刻は、両手を広げた 人物や植物模様など素朴で美しい。 後陣も含め聖堂全体が外壁に覆われており、 廊下を歩くようにして後陣を眺めるというのは 珍しい経験だった。 中央の祭室に安置されたマリア像は銀箔張り の木像だが、時代は不明という。 写真は手前の谷を隔てた展望所からで、ウフ ェの特徴が良く表れていると思う。 |
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サン・マルティン・ド・ウンクス/ 聖マルティン教会 San Martin de Unx/Iglesia de San Martin de Tours |
4 Navarra |
堂内の地下祭室(クリプタ)を目的に訪ねた のだが、調査不足のせいもあって、土日しか開 扉しないことを現地で知った。残念だが致し方 ない。 旧市街は丘の上に開けているので、教会へは 急な坂道を登って行くことになる。入り組んだ 狭い露地ばかりなので、下の町に車を停め歩か ねばならない。 急な斜面に建つ教会にはテラスがあり、美し い街並みや周囲の景観を眺められる。 写真は、テラスの中に在る南の扉口で、大き な半円形後陣が右手奥の斜面に聳えている。 優れた装飾の門で、左右各三本の円柱と柱頭 を基礎にして六本のヴシュールに様々な帯状模 様が彫られていた。花びら・紐の網目・植物の 蔓などがモチーフになっている。 柱頭には、物語性のありそうな秀逸な図像が 見られたが、具体的な主題は不明だった。 逃した魚は大きい、という諺があるように、 クリプト好きには何とも残念な結末だった。又 来いよ、というメッセージと考えるには不便な 場所過ぎるし、容易に再訪出来る場所とは言い 難い。江戸っ子らしく、ままよっときっぱり諦 めることにした、というお粗末な一席。 どうやら、思い出はナヴァラのロゼだけ、と いうことだろう。 |
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アルタイス/聖マルティン教会 Artaiz/Iglesia de San Martin |
4 Navarra |
パンプローナの南東に有る小さな村である。 巡礼路からは少し離れてはいるが、ハカやサン グエサの影響も見られる美しいファサードを持 った教会が残っている。 単身廊のバジリカ式という簡素な建築だが、 片側にのみ袖廊が付き鐘塔が接続している。 南門のファサードは、簡素なタンパンと刳型 アーチを中心に、動物の彫刻と軒持ち送りさら にその間のレリーフ等が、均衡のとれた美しい 構成を見せている。 左右の壁に置かれた動物は、牛か獅子の様な 怪獣で、特に左の怪獣は明らかに人を喰ってい る。深い意味は判らない。 軒持ち送りは人物像で、無理矢理はめ込んだ ような意匠はいかにもロマネスクらしい。そし てその間に挟まれた様々なレリーフには、「ラ ザロの蘇生」や「地獄のキリスト」といった珍 しいモチーフが彫られている。 図像の数は少ないが、一つ一つの像がまこと に丹念に彫られており、これも忘れ難いファサ ードである。 |
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パンプローナ/ナヴァラ美術館 Pamplona/Museo de Navarra |
4 Navarra |
パンプローナの旧市街は城壁に囲まれた丘の 上にあり、中世の面影が色濃い魅力的な町であ る。旧市街の東端に建つ大聖堂 Catedral は 元来ロマネスク建築であったのだが、現在では 完全にゴシックやバロックに改築されてしまっ ている。 創建当初の遺構として回廊や扉口に彫られて いた柱頭が、ここナヴァラ美術館に数点だが保 存されていた。 最も重要な柱頭は3基で、各々の主題はキリ スト受難、復活、ヨブの物語、である。精緻な 彫りと見事な構成の美しさは、思わずハッと息 を呑むほど感動的だった。 写真はその内の“受難”で、ユダの接吻の場 面である。他の面には十字架の場面などが彫ら れており、いずれも緻密なデッサンと卓越した 彫像技術の高さを見ることが出来る。 透かし彫りのような奥行のある立体感は、と ても石造とは思えぬほどで、他所では滅多に見 ることの出来ない傑作である。 大聖堂の全盛期に思いを馳せた。 |
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エウナテ/聖マリア礼拝堂 Eunate/Capilla de Santa María |
4 Navarra |
40年以上も前のエピソードで恐縮だが、当 時はFAXもインターネットも無い時代であっ た。この礼拝堂の管理者とのコンタクトは英文 の手紙以外に無かったのだが、約束の日時に堂 守の奥さんが、離れた町からちゃんと来てくれ ていたのには、大いに感激したものだった。 写真の通り、巡礼路に面した畑の真っ只中に 建っており、巡礼の途中で亡くなった人達の為 の埋葬礼拝堂という機能もあったらしい。 周囲には回廊状のアーチ列が残っているが、 従来は屋根の付いた建造物が有ったという。 礼拝堂は正八角形で、一辺に半円形の祭室後 陣が飛び出している。中心に立って天井を見上 げると、交叉する梁が微妙な曲線を描き、建築 全体に美しい印象を与えている。 振り返って眺めた礼拝堂の姿は、とても優雅 で象徴的な残影となって、いつまでも私の心に 焼き付いていた。 |
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プエンテ・ラ・レイナ/ サンティアゴ教会 Puente la Reina/ Iglesia de Santiago |
4 Navarra |
二つの巡礼路が合流するこの町は、サンチャ ゴへ向かうために必ず渡らねばならないアルガ 川に架かる石橋 (表紙の写真参照) の手前の宿 場町として栄えた。 パンプローナから来ると、町外れでハーカか らの巡礼路と合流し、十字架教会や施療院を通 過してから、古い建物の続く Calle Mayor 石 畳の一本道を歩くことになる。 このサンチャゴ教会は、そんな宿場のちょう ど真ん中あたりに建っている。建築は16世紀 の再建だが、扉口だけが旧遺構として残されて いる。 五重に彫られたヴシュール装飾は、かなり摩 滅してはいるものの、詳細に眺めると変化に富 んだ人物像が数多く見られるのである。 柱頭彫刻も繊細な表現であり、ロマネスクと してはかなり後期に属するのかもしれない。左 右6本の細い円柱の上に、それぞれ生首が彫ら れているのが特に興味深かった。 |
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エステリャ/聖ミゲル教会 Estella/Iglesia de San Miguel |
4 Navarra |
エステラ Estelar が星を意味する事と、巡 礼路の宿場というイメージと重なって、出発前 からとてもロマンティックな可愛い町を想像し ていた。 事実、洪水のような流れ星のお告げを受けた 羊飼いが、この地で聖母像を発見し礼拝堂を建 てたと伝えられている伝説の町なのである。 町は想像とはかなり違って大規模だったが、 教会周辺には古い宿場の面影が残されていた。 北側の扉口は見事な彫刻群によって、荘厳に 飾られている。タンパンには四福音書家のシン ボルに囲まれた栄光のキリスト像が描かれ、そ して周囲のアーチ刳型には黙示録の老人や聖人 ・天使などがびっしりと並んでいる。カタロニ ア・リポイのファサードを思い出していたが、 少しだけ似ているかもしれない。 写真は扉口の右壁面に彫られた、キリスト復 活の墳墓を訪ねる三人のマリア像である。これ ほど感動したロマネスク彫像には、その後数十 年の巡拝の中でも、滅多にお目にかかれないと いっていい程の名品だった。ゴシック的表現に は近いのだが。 聖母マリア、ヤコブの母マリア、そしてマグ ダラのマリアだろうと思うが、全員が油壺を持 っているのでどれが誰かは分からない。 |
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エステリャ/聖ペドロ教会 Estella/Iglesia de San Pedro de la Rúa |
4 Navarra |
巡礼路 rúa に面して建つ12世紀の教会。 長い石段を登って行くと、アラブ風波型模様ア ーチの扉口が見える。 三廊式のバシリカで、三つの半円形後陣を備 えた荘厳な建築である。 聖堂の南側に建造された回廊が見所で、西面 と北面のアーケードが生き残っている。 写真は柱頭彫刻の傑作が連なる北側のアーケ ードの一基で、“聖アンドレの十字架”とされ る。X型の十字架や逆さ十字の図像はゴシック 以降らしい。神の手も含め、構図の素晴らしい 抜群の意匠だろう。 その他、聖書の場面など、ロマネスクらしい 図像に溢れた、魅力的な回廊だった。 |
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エステリャ/ナヴァラ王宮 Estella/Palacio de los Reyes de Navarra |
4 Navarra |
聖ペドロ教会とは巡礼路を隔てた反対側に、 かつてのナヴァラ王宮の建物が残ってる。 現在は美術館 Museo Gustavo de Maeztu として機能している。 建物は世俗建築ながら、12世紀ロマネスク 様式で、特に正面の壁面には一階に三連のアー ケード、二階には四連開口アーケードが四つ設 けられている。 各々の柱頭には当時の彫刻が保存されている が、特に注目すべきは、壁面両端の付け柱の柱 頭彫刻であろう。写真は、左端の中央部分の柱 頭で、楯を持ってムーア陣と闘う馬上の騎士が 描かれている。王宮らしいモチーフだと言えそ うである。 右端最上の柱頭には悪魔らしき図像が彫られ ているが、位置が高いのではっきりとはみえな い。この二基が抜群の傑作だ。 |
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トーレス・デル・リオ/ 聖セプルクロ教会 Torres del Rio/ Iglesia del Santo Sepulcro |
4 Navarra |
エステラからサンチャゴ巡礼路を西に向かえ ば、約30キロでこの町に到着する。 教会は町並みの中で、八角形の塔のような奇 妙な形をして建っていた。高さは違うが、エウ ナテの荒野に建つ礼拝堂にとてもよく似ている なあというのが第一印象だった。 写真は南側から眺めたところで、右が半円形 祭室で、左は円塔である。扉口はこの南門だけ だった。 内部に入って、天井を見上げて驚いた。正八 角形のドームに8本の梁が中央に集中するので はなく、星型に交錯しているので、まるでイス ラムのアラベスクを見るようだった。レコンキ スタ以後に確立された、イスラム的キリスト教 美術であるムデハル様式の影響なのだろうか。 何のために建てられたのだろうか、という疑 問はエウナテと同様だが、Sepulcro は埋葬を を意味することから、不幸にも巡礼中に命を落 とした者のために、巡礼路上に設けられた巡礼 者埋葬礼拝堂なのだろうと思う。 昔は命がけの旅だったはずで、私達のような 車で駆け回る安直な巡礼とは比較にならないほ ど厳しいものだったのだろう。 |
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サン・ミゲル・デ・アララル/ 聖ミゲル聖堂 San Miguel de Aralar/ Santuario de San Miguel |
4 Navarra |
ナヴァラ県とバスクのアラヴァ県 Álava の 間に横たわるアララール山塊の高みに、8世紀 に起源を持つ11~12世紀のロマネスク教会 が建っている。 太い円柱や半円筒ヴォールトの天井、半円横 断アーチ、三つの半円後陣など、由緒正しいロ マネスク様式を伝えている。 写真は、祭室に飾られたこの教会の至宝とも 言うべき、12世紀の祭壇の前面である。 金銀細工に七宝を施した傑作で、リモージュ の工房で制作されたと伝わる。 中央に聖母子、下段左に東方三博士、右に受 胎告知の天使と聖母像も確認出来る。 |
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フルイス/聖サルヴァドール教会 Fruiz/Iglesia de San Salvador |
6 Vizcaya |
ビルバオ Bilbao から北東へ20キロ行くと Mungia ムンギアという町が在り、そこから東 側の山の中へ6キロほど入ったあたりの小さな 集落である。 集落の中心広場に面して建つ教会は、全体が 方形バシリカ風の素朴な面影を残しているが、 かなり後世の修復や改造が明らかだった。 聖堂の四方を囲む木造のアーケードは興味深 いものの、厳しい自然環境を反映した近世の建 築のようだった。 聖堂内部はこれもかなり改造されていてがっ かりしたのだが、唯一ロマネスク時代のまま今 日まで伝えられたのが南側扉口の彫刻だった。 尖頭アーチの門で三重のヴシュール、左右そ れぞれに角柱と二本の円柱が設けられている。 写真は、門右側の柱頭の一つで、二人の騎士 と中央に一人の人物が彫られている。素朴で愛 らしい彫刻だが、殉教の場面にも見える。 左側の柱頭には、数人の聖人らしい群像が彫 られていた。これも素朴で好ましい。 さらに素晴らしいのが円柱に施された連続紋 様で、組紐紋様や渦巻、花や植物の図柄がアー チ帯の部分にまで続いている。 |
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レスパルディサ/聖母被昇天教会 Respaldiza/Iglesia de la Asunción de Nuestra Señora |
7 Álava |
ビルバオから真南へ35キロ行くとアムッリ オ Amurrio で、そこから更に西へと山道を5 キロほど登って行く。 ここも先述のフルイスと同様、外観からはロ マネスク建築の特徴を見る事が出来ない。 後世の建築が聖堂を覆っているために、本来 の平面プランを想像する事すら出来なかった。 おまけにここでは、扉口が固く閉ざされてい るので、聖堂の内部構造を想像するしか方法は ないのである。 唯一の見所が写真の扉口で、先述のフルイス のものにとても良く似ている。 ただ、残念ながら、こちらの彫刻はやや摩滅 が激しく、紋様も余りはっきりとは見えなかっ た。それでも、柱頭の植物紋様や、アーチ帯装 飾の連続紋様などは確認が出来る。 円柱の装飾紋様も、右側の円柱のものは比較 的はっきりと見る事が出来た。組紐と市松模様 が特徴的だった。 この地域には、他にも Uzquiano, Gordoa や Maestú, Tolosa など、見るべき扉口が残 された教会が密集している。 |
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アニェス/聖ヴィセンテ教会 Añes/Iglesia de San Vicente |
7 Álava |
前述の町から本道を離れ、車がやっと通れる ような急峻な林道を10キロ登って行く。天を も突くような岩山の峰々が現れ、とても人里が 在るとは思えない領域までたどり着く。 村には新しい教会しか無いので里人に聞いて みると、教会横手の建物に案内され、その一画 にこのタンパンだけが保存されていた。 白い石に刻まれた彫刻は、辿り着くまでの労 苦もあって、とても新鮮に見えた。 村人の説明を聴くまでもなく、リンゴに巻き ついた蛇に誘惑されるアダムとエヴァの原罪の 場面だ。 デッサンは稚拙だが、ロマネスク的にデフォ ルメされた構図やリンゴの樹の描き方が何とも 気に入ってしまった。 村の背後の岩山の向こうは、カスティーリャ のブルゴス県である。 |
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エスティバリス/聖母教会 Estibaliz/Iglesia de Nuestra Señora |
7 Álava |
バスク地方の中心都市ヴィトリア Vitoria の東10キロ、小麦畑の続く中をしばらく走っ て行くことになる。森に囲まれた聖堂は、当地 では著名な巡礼地なのだそうだ。修道院かと思 われるような建築が隣接しているが、それらは どうやら近年に建てられたものらしかった。 教会は12世紀の建築で、平面プランは単身 廊に翼廊の付いたラテン十字形である。左右翼 廊それぞれに半円形の小祭室が設けられている ので、中央の主祭室と併せ三つの半円形後陣を 後方から見る事が出来た。 西正面の扉口は修復されたもので、写真の扉 口は翼廊南側のものである。上部に見せかけフ ァサードの様な鐘楼が付いており、あまり見か けない意匠である。 扉口両側の角柱、左右各二本の円柱と柱頭、 三重のヴシュールなどには、変化に富んだ見事 な細工の幾何学紋様や植物連続紋様が彫り込ま れている。特に角柱部分の、植物の蔓と人像と が絡み合った図像は優れた意匠と言える。 身廊は二つのベイと翼楼との交差部で構成さ れており、尖頭横断アーチとヴォールトの天井 が当初の様式を示している。彫りの美しい柱頭 彫刻も見逃してはならない。 |
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アライア/聖フアン隠遁所 Araia/Ermita de San Juan de Amamio |
7 Álava |
バスクのアラヴァ県には Ermita エルミー タと呼ばれる、ロマネスク期の小教会が数多く 残されている。その内の何か所かを巡った。 仏語では Hermitage エルミタージュで、こ こでは「隠遁所」と記しておいた。 写真は、ナヴァラとの県境に近い牧草地の丘 の上に建つ小堂で、ロマネスク建築の原形の様 な素朴さである。 ロマネスクアーチの窓と柱頭以外には、窓一 つ無い石積みの建築である。 天井は木造、屋根は瓦葺きで遠くから眺めた 聖堂の姿は、丸で納屋か掘っ立て小屋だった。 こんな建築に魅力を感じるのは何故だろう。 権力や財力とは無縁の、信仰の純粋な強さだけ が感じられるからだろうか。 |
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コントラスタ/ エリツメンディの聖母教会 Contrasta/Ermita de Nuestra Señora de Elizmendi |
7 Álava |
前記の県境を更に20キロ程南下すると、町 の中心に鐘塔が聳えるこの集落が見えてくる。 塔は15世紀の聖母昇天教会のもので、写真の エルミータは南の町外れ、谷を見下ろせる高台 に建っている。 エルミータ(隠遁所)と呼ぶには建物がやや 大き過ぎる気がするが、雰囲気は十分備わって いる。写真の全景が特に美しいのは、赤い瓦の 低い屋根に単純な半円形の後陣が、簡素で素朴 な建築に色を添え、周囲の自然に溶け込んでい るからだろう。 後陣の軒持ち送りには、特異な図像の彫刻が 用いられている。聖堂の壁面には、珍しい意匠 のレリーフがはめ込まれている。これらには、 近隣のローマ遺蹟の墓石の断片などが用いられ ているようだ。 |
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ゴルドア/聖母被昇天教会 Gordoa/Iglesia de la Asunción de Nuestra Señora |
7 Álava |
アライアからヴィトリアへと通じる地方道か ら少し南へ入った高台の集落で、20軒程の家 屋が教会を中心にして並んでいる寒村である。 13世紀の教会だが大半が16世紀以降に改 造されており、祭室は完全にバロックだった。 シンボルの鐘塔もこの時代のものだろう。 見所は北側の扉口で、尖頭アーチの六重ヴシ ュールには繊細な帯状装飾が施されている。 写真は左側の柱頭彫刻で、三本の円柱とその 間に小円柱が配されている。 左右各三基づつの柱頭だが、図案の様な模様 や植物の蔓が顔のように見える妙な意匠もあっ て変化に富んでいる。 この地方には大袈裟なロマネスクは無いが、 小教会の小作品を訪ね歩くのも一興である。 |
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アルメンティア(ヴィトリア)/ 聖プルデンシオ聖堂 Armentia (Vitoria)/ Basilica de San Prudencio |
7 Álava |
ヴィトリアはカスティーリャ語、バスク語で はガスティス Gasteiz と表記される。 アルメンティアはガスティスの南西郊外の町 で、壮大に広がる緑園地の中にこの聖堂が残さ れている。 12世紀に建てられたもので、本来はラテン 十字形のプランだったが、現在は半円形後陣の 一部を残して、全くの長方形に改築された。 ロマネスク期唯一の遺構が聖堂南側のギャラ リーに展示された彫刻群であろう。旧袖廊の壁 面も含め、聖堂の壁は大小二つのタンパンや壁 龕彫刻、レリーフなどで飾られている。 何とも壮観そのものだった。 大きなタンパンはキリスト昇天がテーマであ り、写真は小さい方のタンパンである。上段が 神の子羊と洗礼のヨハネ、旧約のイザヤで、下 段にはクリスモンを捧げる二天使が描かれてい る。 |
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サン・ヴィセンテホ/ 聖ヴィセンテ教会 San Vicentejo/ Iglesia de San Vicente |
7 Álava |
ヴィトリアの南12キロにある集落だが、厳 密にはバスクのアラバ県ではなく、カスティー リャ・ブルゴス県の飛び地なのである。歴史の 残滓とでも言えそうだ。 教会は町外れの見晴らしの良い高台に、置き 去りにされたような格好で建っていた。エルミ ータの雰囲気である。 外観からも二つのベイを持つ単身廊に半円形 の後陣、という簡素な建築プランであることが 判る。 綿密な意匠が駆使されている後陣部分で、写 真で見る通り、壁面を幾重にも彫り込んだ様な 工夫が成されている。 アーチ帯部分に繊細な連続植物紋様を彫った 窓の周辺などは特に凝っている。 付け柱や壁面にもちょっとした図像が彫られ ていて、小細工彫刻好きは楽しめるだろう。 内陣身廊の天井は尖頭ヴォールトで、祭室飾 りアーケード窓の周辺にも、緻密な紋様の彫刻 を見る事が出来た。 |
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マルキネス/聖ファン教会 Marquinez/Iglesia de San Juan |
7 Álava |
前述のブルゴス県飛び地を抜けてバスクへと 戻り、イズキ Izki 自然公園方面へと向かう。 小麦畑の続く丘陵地帯を抜け、やや樹木が多 くなったかなと思える辺りにこの小さな田園集 落がある。 教会は村を少し外れた林の中にひっそりと建 っており、現在は宗教的施設としてではなく、 どうやら歴史的記念建築物として保存される運 命にあるようだった。 残念ながら扉口が閉ざされていたため、内陣 の詳細は不明である。しかし、外観から判断し て、この地方の典型的な建築様式であり、三つ のベイを持つ単身廊に祭室・半円形後陣の付い た聖堂であることは容易に想像出来る。天井は おそらく尖頭ヴォールトだろう。西側に門は無 く、壁面に小さな二連アーケードがあるだけだ った。 樹木が鬱蒼と繁っているので、聖堂を撮影す る方向が限定されてしまう。写真は南側扉口の もので、この聖堂の最も美しい部分が良く見え る限られたアングルだろう。 尖頭アーチ帯装飾が見事で、バスク・ロマネ スクの典型的な扉口であろう。六本の円柱から 構成されるヴッシュ-ルは相当な迫力で、三本 の帯状連続紋様の彫刻が繊細である。 |
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ウズキアノ/聖天教会 Uzquiano/Iglesia de la Asunción |
7 Álava |
ヴィトリアの南側のかなり広い範囲が、行政 的にはブルゴス県の飛地になっており、トレヴ ィニョの伯爵領 Condado de Treviño と呼ば れる。 ヴィトリアからログローニョ Logroño へ 抜ける要道の途中に、この静かな田園地帯があ る。 13世紀の建築だが、鐘塔はバロック、オリ ジナルは聖堂の壁と右側の扉口だけのようだ。 門は後期ロマネスクの力弱い表現になっている が、柱頭には人面や女面の鳥身の怪物 harpia ハーピーらしい図像もあって興味深い。 左側の扉口は、近郊のオチャーテ Ochate から移築されたものである。 |
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サラソ/聖アンドレス教会 Saraso/Iglesia de San Andres |
7 Álava |
ウズキアーノの東南5キロに位置する寒村の 教会である。 12世紀創建の教会だが、後世に改造が繰り 返されたため、当初の姿を残しているのは南門 の扉口のみとなっている。 写真は向かって右側の五基の柱頭で、小規模 な彫刻ながらモチーフは興味深い。 左から、数頭の犬に追われる猪を仕留める猟 師、キリストの出現と聖女、聖ペテロの逆さ十 字の殉教、などが推定出来そうである。 左側の五基の柱頭にも、右に対応するような モチーフが彫られており、ほとんど注目されな い教会だが、図像に興味のある向きには一見の 価値はありそうである。 |
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ザンブラナ/聖ルチア教会 Zambrana/Iglesia de Santa Lucia |
7 Álava |
ミランダ Miranda の東5キロにある郊外 の村で、教会は古い歴史を持ってはいるが、現 在の建物は16世紀のものである。 写真はギャラリーの門にはめ込まれたタンパ ンで、塔の建築材の中から発見されたものだそ うだ。 劣化は見るも無残な状態だが、聖母子、二人 の天使、二頭のライオンが中心になって描かれ ている。周囲のアーチには様々な動物や鳥、人 魚などが確認出来る。本来の図像を想像するの は楽しい。 別に、グリフォンやライオンに囲まれたクリ スモンを彫ったまぐさ石も展示されている。 |
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