アルザスロレーヌ
   地方のロマネスク
 
   Alsace et Lorraine
       Romanes
 
 
 
 
 ステンドグラス キリストの顔 
 Musée de l'Oeuvre Notre-Dame 
  Strasbourg
 
 
 
 アルザス地方はライン河を挟んでドイツと
接しており、文化的には共通した色合いが濃
く残されている。実際、ドイツ語を日常的に
話す人も多い。

 ヴォージュ山脈を隔てたロレーヌ地方はム
ーズ・モーゼルの両河が中心を流れている。
重工業の盛んな地区だが、ヴォージュの山々
を中心に深い緑の森に囲まれてもいる。
 アルザスのワインは白が中心だが、この地
の料理にはとても良く合う。
 
 
 
 
県名と県庁所在都市

 ◆Alsace (アルザス)
   1 Bas-Rhin (Strasbourg) 
   
2 Haut-Rhin (Colmar)

 ◆Lorraine (ロレーヌ)
   3 Moselle (Metz)
   
4 Meurthe-et-Moselle (Nancy)
   5 Vosges (Epinal)
   6 Meuse (Bar-le-Duc) 
  
 
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 ヌーヴィレール・レ・サヴェルヌ
   聖ピエール・聖ポール教会

  Neuwiller-lès-Saverne/
   Église St-Pierre-et-St-Paul
    
        1 Bas-Rhin  
    
 
 
 85年冬のアルザス初訪の際には豪雪のた
め行けなかった教会だったので、26年振り
の今回の訪問には胸が躍った。
 聖堂のファサードや鐘塔は近世の建築だが
身廊はゴシックであり、翼廊と祭室はロマネ
スク後期の建築だった。
 だがここで観るべきものは何と言っても、
聖堂最東端に位置する二層の礼拝堂である。
 写真は下層の地下礼拝堂で、11世紀創建
の簡素な三廊式のクリプトである。素朴な柱
頭と円柱、半円横断アーチと交差穹窿等が、
建築美の原点を示しているかのような質実で
静謐なロマネスクの空間を創出していたのだ
った。
 上層の礼拝堂では、精緻な植物模様と動物
を組み合わせた意匠の柱頭彫刻を観ることが
出来た。   
  
 
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 サヴェルヌ聖母誕生教会
  Saverne/Église
   Notre-Dame-de-la Nativité
    
        1 Bas-Rhin  
    
   
 
 ストラスブールの北西に位置する町で、ヴ
ォージュ地方に隣接する、この地方の中心都
市である。
 町の中心を大きな川が流れているが、何と
ドイツ国境のライン川と、シャンパーニュ地
方のマルヌ川
を結ぶ壮大な規模の運河だっ
たのである。

 古い木組みの家が並ぶ大通りを抜け、坂道
を登った所に小さな広場があり、教会はその
ちょっと奥まった場所に建っていた。
 身廊は北側にのみ側廊が設けられており、
従来は単身廊であったらしい。様式は完全に
ゴシックで、天井の木組みリブ・ヴォールト
などは興味深かったが、ロマネスクの残影も
見られない16世紀の聖堂には少々がっかり
した。
 私達の落胆を埋めてくれたのが、写真の鐘
塔門だった。
 最下層に教会への扉口を設け、最上階に四
連アーケードの開口窓を持つ五層の塔で、1
2世紀に建てられたものである。
 赤色の砂岩を積み重ねた五重塔のような鐘
塔の姿は、窓も無い要塞か見張り台のようで
もあり、一般的にはただの塔にしか見えない
のだろうが、ロマネスクの香りを求める者に
とっては珠玉の鐘塔だと言えるだろう。
  
 
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 マルムティエール
   旧修道院教会

  Marmoutier/Église Abbatiale
    
        1 Bas-Rhin  
    
   
 
 ストラスブールの西北西にある小さな村の
南側に、この堂々たる修道院付属教会の遺構
が残されている。
 写真に写っている正面のファサードと玄関
間、及び三本の塔のみが12世紀半ばに創建
されたロマネスク建築である。ドイツのロマ
ネスク様式“西の構え”を想起させる建築で
もある。
 後陣など、背後の建築は少なくとも16世
紀以降の再建と思われる。
 しかし、このファサード建築は、その意匠
・形・色・材質など全ての面で、いかにもア
ルザスのロマネスクらしいストレートな美し
さを見せてくれたのだった。
 旅の余興で、プロヴァンス、カーンに続い
て後述のミュルバック、ロッセンと併せて、
「アルザスの三姉妹」と名付ける事とした。
 ここでも余り華美な装飾は見られず、砂岩
の材質の差が色の変化を形成しているのが面
白い。部分的にレリーフがはめ込まれている
以外には、見せかけアーチによる壁面装飾だ
けの簡潔な表現となっている。
 入口のアーチと太い柱が象徴的だが、特に
柱頭に彫られた葡萄唐草の様な植物模様が、
石に彫られたとは思えぬほど精巧で秀逸な図
像であった。
 塔の真下部分に有る部屋は、豪快な二本の
柱とアーチ、繊細な意匠の柱頭彫刻で構成さ
れた美しい空間となっている。
  
 
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 セルスタ聖フォア教会
  Sélestat/Église Ste-Foy 
    
        1 Bas-Rhin  
    
   
 
 正面ファサードの二本の塔と、交差部分の
鐘塔が聳える景観は圧巻で、古い家並みの中
で偉容を誇っている。
 オットマルセンの八角堂に影響を受けた鐘
塔や、窓やアーチの縁飾り彫刻などにドイツ
・ライン地方と共通の様式が見られ、アルザ
スとはライン河畔の地域なのだと改めて認識
させられた。   
 建築は三廊式で、翼廊と三つの祭室を持つ
典型的なプランである。概ね12世紀の創建
になる遺構らしい。
 正面玄関間の中の扉口では、玉座のキリス
トと四福音書家のシンボルが彫られたタンパ
ン、周辺の柱頭に彫られた彫刻とが見所であ
る。聖人や天使のほかに、いかにもロマネス
ク的な図像、つまりモチーフが一体何なのか
よく分からないといった謎の彫刻が沢山見ら
れる。蛇の口から植物が生えたり、魚と人間
が絡まっているといった類のものである。
 身廊内部にも数々の柱頭彫刻が有るが、修
復が綺麗過ぎて中世のイメージが湧いて来に
くい。
 写真は後陣の眺めで、窓の縁飾りがどうに
も小生の趣味ではないのだが、建築そのもの
のフォルムの美しさは別格である。
  
 
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 エプフィグ聖マルゲリート
         礼拝堂

  Epfig/Chapelle
       Ste-Marguerite
    
        1 Bas-Rhin  
    
   
 
 イル川のほとりに建つ憧れの料亭ホテル・
オーベルジュで、絶品の川魚料理とリースリ
ングを堪能した翌日、朝一番にこの教会へや
って来た。  
 教会とは名ばかりで、墓地に囲まれた小さ
なこの礼拝堂は、11世紀の白壁だけの素朴
な建築であった。
 その外側に写真のアーケードが部分的に残
されている。パリ近郊のボエッスなどで見た
様式に似ているようだ。
 この部分は12世紀半ばに付け加えられた
そうだが、いかにも素朴な入口と、回廊風の
窓の列が心を和ませる。
 柱頭にはほとんど装飾的な彫刻が見られな
いこともあって、同列で語ることが無意味と
知りつつ、規模は別としてプロヴァンスのシ
トー会修道院の質朴さを連想していた。
 もっとも、洗練の度合いが桁違いで、こち
らには朴訥の塊みたいな風情だけが感じられ
た、ということである。

 個人的な趣味としては、どうしてもこうし
た愛らしいロマネスクに心引かれる傾向が強
いようだ。  
  
 
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 アンドロー聖ピエール
    聖ポール教会

  Andlau/Église
    St-Pierre-et-St-Paul
    
        1 Bas-Rhin  
    
 
 
 アルザスの葡萄畑が続く中を私達は車を走
らせ、やがて斜面を伝って道は谷間の町アン
ドローへと下っていく。
 ワイン街道の重要な町らしく、ワインを売
る酒屋がやたらと多い。
 教会は彫刻美術館とでも言えそうな位、数
多くの彫刻で装飾されている。写真は正面扉
口の眺めで、タンパンにはキリストを中心と
して、この教会のシンボルである聖ペテロと
聖パウロの像が彫られている。重厚にシンボ
ライズされた美しい像である。
 まぐさ石には、禁断の木の実を食べて、楽
園を追放されるアダムとイヴの説話が絵巻物
のように描かれている。
 最も特徴的なのは、アーチ門内全ての壁面
が彫刻で埋め尽くされていることだろう。
 扉口だけでなく、ファサード壁面の上部に
も浮き彫り彫刻が見られる。図像学の凡例集
を眺めるような、多彩な像に目を奪われてし
まいそうだ。
 
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 ロッセン聖ピエール
    聖ポール教会

  Rosheim/Église
    St-Pierre-et-St-Paul
    
        1 Bas-Rhin  
    
 
 
 オットロットの旅籠に泊まり、大晦日の行
事を堪能した翌日、正月の朝の初詣として私
達はこの教会に参拝した。
 アルザスらしく赤砂岩を基調とした聖堂の
建築はとても清雅で、アルザス・ロマネスク
の代表選手にしてもよい、と思わせるほど均
整の取れた美しさだった。
 窓の少ない外壁は装飾アーチだけの質素な
飾りだが、随所に獅子・羊・牛・鳥などの像
が彫り込まれている。聖堂の周囲を歩けば、
軒持送りや庇などにも、精巧で幻想的な像を
発見できる。
 内陣は三廊式で翼廊部分に鐘塔が隣接して
おり、半円形の祭室部分は後陣の眺めとして
も見事である。
 太い柱と厚い壁が荘厳な雰囲気だが、柱頭
の彫刻は至極繊細である。植物模様や幾何学
的な図案が大半だったが、中でも写真の連続
する波模様と人間の首の環が印象的だった。
 山一つでスイスのヌーシャテルにも近く、
ついケルトのイメージが浮かんでしまった。
  
 
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 エシャウ旧聖トロフィム修道院
  Eschau/Ancienne Abbaye
         St-Trophime
    
        1 Bas-Rhin  
    
 
 
 ここを訪ねたのは、ストラスブールの博物
l'Oeuvre Notre-Dame で観た旧修道院
回廊の遺構や洗礼盤が面白かったので、それ
らが従来はどの様な教会に在ったのかを見た
かったからであった。

 10世紀創建になるという三廊式の瀟洒な
聖堂で、修復や改築が顕著だが、修道院とし
ての瞑想に相応しい往時の雰囲気を感じさせ
てくれた。
 写真は、聖堂背後の墓地からの眺めで、見
せ掛けアーケードの連続模様を施した半円形
後陣の佇まいがとても清々しく感じられた。
 修道院の遺構として残るのはこの教会の建
物だけで、回廊など他の建築がどこに建って
いたのかは解明出来なかった。
 
 
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 ケゼルベール聖クロワ教会
  Kayserberg/Église Ste-Croix
    
         Haut-Rhin  
    
 
 
 この地のワイン街道 Route de Vin に面
した美しい村で、16~17世紀に建てられ
た木組みの家並が残されている。
 噴水のある小さな広場に面して、ロマネス
ク彫刻の施された扉口を持つこの教会が建っ
ていた。  
 五重のヴシュールや円柱・柱頭で飾られた
魅力的な門で、教会の建物の大半が15世紀
前後に建てられた中で、この門だけが12世
紀ロマネスクの遺構となっている。
 写真は、半円形タンパンの彫刻で、ミカエ
ル・ガブリエル両大天使に囲まれたキリスト
と聖母マリアがテーマとなっている。
 壁の説明には
Couronnementと記されて
いるので、大天使による聖母戴冠の場面だろ
うと思われる。聖母はキリストの右手に座し
ているのが通例だが、ここでは左手にいる。
 アルザスらしさの発揮された赤色の砂岩に
彫られた、何とも愛らしいタンパン彫刻だっ
た。    
    
  
 
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 エギッセン聖ピエール
    聖ポール教会

  Eguisheim/Église
    St-Pierre-et-St-Paul
    
         Haut-Rhin  
    
 
 
 “フランスの美しい村”に選定された格別
の集落で、葡萄畑に囲まれた木組の家並が続
いている。花に溢れた絵のような村では、大
勢の観光客が散策を楽しんでいた。
 教会は円形の町の外れに建っているが、聖
堂はバロック、鐘塔はゴシック様式だったの
で、何処にロマネスクが残っているのか戸惑
った。   
 実は12世紀の門のみが、鐘塔の内部の壁
面にはめ込む様な形で保存されていたのだっ
た。写真はタンパン部分の彫刻で、教会の名
前の通りに、聖ピエール(ペトロ)に鍵を、
聖ポール(パウロ)に書物を授けるキリスト
像が彫られている。
 マグサ石
Linteau 部には、善良なる乙女
達と悪しき乙女達とが描かれている。
 彩色が施されていたようだが、像容にはゴ
シック的な写実性の萌芽が感じられた。  
  
 
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 シゴルセン聖ピエール
    聖ポール教会

  Sigolsheim/Église
     St-Pierre-et-St-Paul
    
         Haut-Rhin  
    
 
 
 コルマールの町からケゼルヴェールの里へ
と車で向かう途中に、この小さな村がある。
 12世紀創建の教会が有るとガイドブック
に書いてあったので、立ち寄ってみることに
したのだった。
 十字形のプランに側廊と鐘塔が加えられて
おり、単純だがこじんまりとした美しい建築
となっている。
 壁面の赤砂岩が妙に生々しいのは、洗浄さ
れたのか修復されたのかのどちらかだろう。
 正面扉口のタンパン彫刻が秀逸であった。
まぐさ石部分には、キリストを象徴する羊と
四福音書家を表すシンボルが彫られ、半円形
部分には、玉座のキリストから天国の鍵を受
け取る聖ピエール(ペテロ)と、書物を受け
る聖ポール(パウロ)が彫られている。
 修復の跡が目立って、とても12世紀の作
とは思えぬほどだが、総体的にロマネスク彫
刻が示す抽象と繊細さを備えた傑作だった。
  
 
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 ゲブヴィレール
    聖レジェール教会

  Guebwiller/Église St-Léger
    
         Haut-Rhin  
    
  
 
 コルマールの南西30キロに位置する地方
都市で、ヴォージュ山地へと向かう渓谷の入
口となっている。ここもワイン街道のルート
上にあり、魅力的なアルザスの白ワインと共
に至福の時を楽しむことが出来た。

 教会は細長く広がる町の中央に建ち、広場
に立てば、西側の正面ファサードに聳える二
本の塔と、聖堂十字部に建つ八角形の鐘塔が
目に飛び込んで来る。

 二本の塔を両脇に擁した西側のファサード
は、ドイツのライン流域に見られる“西の構
え”の系譜を想わずにはいられない。影響は
顕著だがロンバルディア的な装飾や、アルザ
ス特有の赤い砂岩が醸し出す、ここならでは
の格別な情緒も捨て難い。
 玄関間の中に扉口があり、四重幅広のヴシ
ュールに囲まれたタンパンには、キリストを
中心にして聖母マリアと聖レジェールが彫ら
れていた。   

 身廊は三廊式だが、側廊部分はゴシック様
式であり、後世に改築されたものだろう。
 翼廊や交差部の鐘塔、内陣から外陣にかけ
ては、ロマネスクからゴシックへと移行して
いく時代のテキスト、と見るべきだろう。
  
 
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 ミュルバック
   旧聖レジェール修道院

  Murbach/Ancienne Abbaye
      St-Léger
    
         Haut-Rhin  
    
   
 
 アルザスのロマネスクを初めて探訪した旅
の中で、最も印象の強かった建築である。こ
の地方特有の赤色の砂岩を用いた聖堂が、雪
が少し残る冬でも緑濃いヴォージュ谷間の中
に有って鮮烈な印象を与えてくれたからだっ
た。今回、良い季節に再訪できたのは、何と
も幸運だったと言える。
 ミュルーズとコルマールのほぼ中間の町ゲ
ブヴィレールから、少し山へ入った静かな場
所に位置しており、8世紀前半創建の大修道
院が前身であったと想像される閑寂な環境で
ある。

 現存する建築は12世紀半ばの遺構で、写
真の後陣部分である祭室と翼廊、その上に建
つ二本の鐘塔のみである。
 従来は側廊を備えた三廊式であったが、フ
ランス革命の際に身廊部分は全て破壊され、
現在は後陣部分も含め基盤となった礎石が残
っているだけである。
 赤系を中心とした砂石の色合いが変化に富
んでいる上に、壁面には様々な装飾が施され
ているので、見応えがある。レリーフのよう
に壁にはめ込まれた様々な彫刻が目を引く。
物語の場面と思われる人物像や組紐模様のよ
うな図案、動物の姿なども見られる。
 袖廊入口のタンパンには、葡萄唐草に囲ま
れた二頭のライオン像が彫られ、このオリエ
ント的なモチーフにも興味は尽きない。
  
 
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 ローテンバック
    聖ミッシェル教会

  Lautenbach/Église St-Michel
    
         Haut-Rhin  
    
 
 
 ミュルバックに近く、共にゲブヴィレール
の谷と呼ばれる静かな山間の村である。
 愛らしい泉の有る広場に面して、美しい鐘
塔の聳えるファサードが特徴の教会堂が建っ
ていた。建築全体が何度も修復されており、
11~13世紀の様式が複雑に混在する。
 ここでもアルザス特有の赤い砂岩が使用さ
れている。
 聖堂の前面が玄関間となっており、12世
紀ロマネスクの柱頭彫刻による装飾などが残
っていた。
 特に気に入ったのが写真の彫刻で、正面扉
口の左側、柱頭のような拱基石部分である。
何と可愛らしく、魅力的な図像であろうか。
この制約されたスペースに無理矢理押し込ん
だからとはいえ、見事に図案化されている。
 一見聖書の場面のようにも見えるが、蛇や
兎などもいて、やや雰囲気が違うようだ。後
で調べると、ガニョルフという聖人の説話と
のことであった。
  
 
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 オットマールセン聖ピエール
     聖ポール教会

  Ottmarsheim/Église
      St-Pierre-et-St-Paul
    
         Haut-Rhin  
    
   
 
 ミュルーズの東10キロ、ライン川畔に位
置する瀟洒な小村である。
 この村はこの教会が存在することにより、
アルザスを代表するロマネスク愛好家の重要
な巡礼地となっている。
 84年年末のアルザス初訪の際には、この
教会は完全に門戸を閉ざしていたので、今回
内陣の訪問が叶い何とも幸せだった。

 聖堂は二層の八角形で、中央が吹き抜けの
ドームになっている。外観は、八角形の二層
部分の屋根の中央に、相似八角形のドーム部
分が立ち上がった形式である。
   
 創建は11世紀とされており、8世紀カロ
リング朝の遺構であるアーヘン
Aachen
カール大帝宮廷礼拝堂を模した建築、と考え
られている。実際に、建築の構造や意匠は瓜
二つ、と言っても過言ではあるまい。

 しかし、度重なる戦禍や火災によって修復
を余儀なくされるという歴史をたどった為、
創建当初の遺構は、八角形内側の角柱と部分
的な壁面に限られるそうである。
 しかし、建築様式は同じでも、アーヘンの
王の権威を誇示するかの如き装飾過多建築よ
り、装飾のほとんど無い、このベネディクト
派修道院教会の簡素な姿のほうに惹かれるの
は私だけではないだろう。
  
 
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 シュトゥルツェルブロン
    旧シトー派修道院

  Stürzelbronn/Ancienne
     Abbaye Cistercienne
    
         Moselle 
    
 
 
 アルザスとロレーヌ、そしてドイツとの国
境が接するあたりには、北ヴォージュの広大
な森が続いている。
 このドイツ名の村はロレーヌ最北東端に位
置し、ビッチェ
Bitche Wissembourg
ヴィッセンブール
とを結ぶ街道上に在る。
 野草の咲き乱れる美しい森陰に建つ小さな
教会で、改造は目立つがロマネスクの雰囲気
は失っていない。
 従前正面扉口に飾られていたタンパンは、
改築の際に外され、現在は聖堂脇に保存され
ていた。
 タンパン中央の十字架は網目模様と花柄が
モチーフになっており、十字架の横木が破損
している。周囲の円環はちょっとケルト十字
を想わせる。
 仕切られた左右両端には、天国や花園のイ
メージなのか、円環や花模様が散りばめられ
てある。ロレーヌ地方にはこうした小さなタ
ンパンが数多く散在するので、これらも順次
見て行きたいと思う。   
  
 
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 ショルバッハ
   聖レミ教会納骨堂

  Schorbach/Ossuaire
      (Église St-Rémis)
    
         Moselle 
    
 
 
 前述のシュトゥルツェルブロンの東、ビッ
チェの町の北側にある、やはりドイツ国境に
近い谷間の村である。
 教会は再建されて新しいのだが、境内に建
つこの納骨堂こそが12世紀に建てられたロ
マネスク建築なのだった。
 美しいロマネスク様式のアーケードを覗い
て驚いた。正に納骨堂そのもので、写真にも
ちらりと写っているが、無数の人骨が堂内に
積み上げられていたのだった。無縁となった
墓から掘り出した骨だろう、と思う。
 ねじれ模様や筋目の付いたもの等、円柱に
も工夫が施されている。
 柱頭も種々だが、列柱とアーチが作り出す
雰囲気は、正にロマネスクそのものだった。
 一番右端のアーチの中だけに、人面が浮彫
されている。
 訪れる人も無い、何とも奇妙なロマネスク
の遺構であった。
  
 
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 フォウ・アン・フォレ聖母教会
  Faux-en-Forêt/
     
Église Notre-Dame
    
         Moselle 
    
 
 メッスの東南20キロ地点に、Remilly
ミイー
の森が広がっている。教会はその森の
中に在る筈なのだが、地図には教会の印は全
く無かった。それもその筈で、この地は個人
所有の大農場であり、その敷地の中に持仏堂
の様な形の礼拝堂として保存されていたので
ある。
 礼拝堂は方形の建物で、後世に改築された
ものらしい。唯一このタンパンだけが、扉口
の上にはめ込まれており、かつての栄光を保
持しているかに見えた。
 二つの人間の首、右首下の太った蛇のよう
な動物、中央の二重タンパンと十字架、小タ
ンパン内の五つの星と円環、左右二つの花の
ような円環などなど、どれをとっても意味不
明だ。
 この奇妙だが面白いタンパンが点在するロ
レーヌ地方を歩いている内に、その謎めいた
魅力にかなりハマってしまっていたようだ。
  
 
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 メッス聖ピエール・
    オ・ノネン教会

  Metz/Église St-Pierre-
      aux-Nonnains
    
         Moselle 
    
 
 
 メッス大聖堂から川沿いに500mほど南
西に行った高台に、フランス最古と言われる
この教会が建っていた。4世紀コンスタンテ
ィヌス帝の時代に創建されたという、ローマ
のバシリカ様式聖堂だった。
 建築の大半が後世に改造されており、正面
のファサードや内陣の角柱などにロマネスク
時代の名残を感じることが出来る。
 聖堂上部は改造されているのだが、下部の
窓の無い石積み壁とアーケードには、ゴシッ
ク大聖堂の迫力とは正反対に位置する、素朴
な建築美を見ることが出来た。
 かつて内陣を飾っていたレリーフが、メッ
スの美術館に展示されていた。筋目模様に人
物や蛇をデザインした美しい彫刻だったが、
これらが内陣の壁を飾っていた姿を想像する
には、教会は余りにも荒廃し過ぎている。
  
 
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 ノロワ・ル・ヴェヌール
    
聖ピエール教会
  Norroy-le-Veneur/
     Église St-Pierre
    
         Moselle 
    
 
 
 メッスの北北西10キロにある衛星都市の
ような住宅地で、教会は小規模ながら立派な
教区教会
Église paroissiale だった。
 扉口が閉まっていて困惑したのだが、幸運
にも鍵を管理するお宅が見つかったので開け
てもらうことが出来た。

 聖堂はゴシック様式に改造されていたが、
見たかったのは地下の聖堂
Crypte だった。
 教会の内陣東側の半地下部分に造られたク
リプトで、写真の四本の円柱が幽玄な雰囲気
で立っていた。
 美しいものに接した時特有の、痺れる様な
感動が背筋を電流のように走る。
 素朴な柱頭と交差穹窿が創出する、九つの
天井空間が魅力的だった。鍵を開けてくれた
婦人の話では、このクリプトは11世紀に建
造されたとのことで、教会創建当初の姿を唯
一留めている場所と言える。
 クリプト東端には、壁に仕切られた三つの
祭室が並列しており、中央にロマネスク時代
の祭壇が置かれていた。

 ロレーヌ地方のクリプトの源流はヴェルダ
Verdun の聖モール教会 Église St-Maur
に在り、こことは瓜二つに見えるクリプトな
のだが今回は閉鎖中で見学出来なかった。
 
 
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 メイ聖母教会
  Mey/Église Notre-Dame
    
         Moselle 
    
 
 
 メッス市街地の東北7キロにある郊外の住
宅地で、教会の建物は閑静な町の中心に位置
している。
 扉口のある鐘塔、単身廊の聖堂、半円形の
後陣等で構成されたチャーミングな聖堂で、
創建は12世紀半ばとのことだ。
 ここでの見所は何と言っても写真の彫刻で
あり、南側の門の上のまぐさ石
Linteau
彫られた不思議な図像だろう。
 周辺各地に在った類例をメッスの美術館で
見たが、一体何を意味しているのだろうか。
 股を広げたような双尾の人魚、草の蔓に絡
まるライオンと怪鳥、などの図像が示す意味
合いは判らないが、レリーフとしての見事な
彫りは見る者を惹きつける魔力を十分備えて
いる。
 メッスの美術館のものは、人魚が竜に入れ
替わっていた。
  
 
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 モン・サン・マルタン
    聖マルタン教会

  Mont-St-Martin/
    Église St-Martin
    
       Meurthe-et-Moselle 
    
   
 
 メッスから北北西へ約60キロ行くと、ロ
ンギー
Longwy の町に着く。そこはルクセ
ンブルグとの国境の町であり、ベルギーとも
至近な場所である。
 ここはロンギーに接した丘の上の小さな集
落で、教会はロンギー方面を見晴らせる高台
の傾斜地に建っている。
 創建は11世紀末という古い教会で、翼廊
の無い三廊式の聖堂である。
 身廊には左右各4本づつの角柱があり、側
廊との境のアーケードを構成している。側廊
の天井は全て円筒ヴォールトで支えられ、天
井は交差穹窿が美しかった。身廊の天井は角
柱一本おきに、つまり二本の円筒ヴォールト
が渡されており、天井はオジーブ・ヴォール
トで構築されていた。
 古びた柱頭彫刻や、アーチを飾る連続レリ
ーフなどに見るべきものが多く、内陣は重厚
な雰囲気に包まれている。
 写真は東側の後陣と鐘塔で、均整のとれた
三つの後陣の姿が魅力的だった。異様だった
のは後陣中央から、更にもう一つの半円形後
陣が付け加えられていることだった。古い図
面には見られない建築なので、クリプト的な
目的で後世に増築されたものだろうと思う。
 大きなバラ窓のある西ファサードのジグザ
グ模様の輪郭が面白い扉口や、北側の壁に残
された小さなタンパンなど、ロマネスクの演
出が随所に施された珠玉の聖堂、と言えるだ
ろう。
 
 
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 レイトル・ス・ザマンス
   
 聖ローラン教会
  Laître-sous-Amance/
     Église St-Laurent
    
      Meurthe-et-Moselle 
    
  
 
 この村はナンシーの東北10キロの、森に
囲まれた閑静な集落だった。
 村の中にひっそりと建つ聖堂は、平面的な
後陣と尖頭アーチの窓を見ただけで、ゴシッ
ク以後に再建されたものだと想像が付く。
 ここでは、ひたすら西正面の扉口へと回り
込まねばならない。

 写真がその扉口で小さな鐘塔と一体化して
おり、この部分だけに創建時のロマネスクが
残されていたのだった。
 ロレーヌ地方のユニークなタンパン・シリ
ーズ第四弾、とお考え頂きたい。
 タンパンに彫られた像容は、中央に神の玉
座に座る栄光のキリスト、両側にこれを祝福
する二天使、そして聖人と思われる人物等で
ある。顔の部分が損傷しているのだが、ロマ
ネスク的な大らかさと、衣服の端に施された
繊細な模様や天使の羽の表現の端正さ等に、
秀逸な石工の仕事であった事が感じられた。
 柱頭にも奇妙な動物像や植物人間の顔等、
なかなか興味深い彫刻が残されていたが、か
なり摩滅しているのが残念だった。
 ヴシュール外側の輪郭に施されたジグザグ
模様がユニークに感じられたのだったが、前
述の聖マルタン教会など、案外に事例は多い
のかも知れない。
  
 
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 ラレーフ
   聖レミ・ド・プーセ教会

  Laloef/Église St-Rémy-de-Puxe
    
      Meurthe-et-Moselle 
    
 
 
 ナンシーの南に位置する Vézelise ヴェ
ズリーズという小さな町があり、そこから更
に7
キロ西南にこの静かな村がある。
 教会は村のプセ
Puxe という集落に建っ
ている11世紀初頭に起源を持つ教区教会だ
が、遠見からも聖堂が後世に改築されたもの
であることは歴然としていた。
 実はやはりここへも、タンパンを見に来た
のである。かなり摩滅しているので、図柄が
はっきりしない。中央に十字架、上部左右に
菊の御紋のような花柄、下部左右に渦巻きに
も見える円環が彫られていて、意味合いも不
明だ。
 単なる模様なのか、宗教的な比喩や寓意な
のか、暫く考え込んでしまった。
 内陣の祭室窓部分には、縁飾りのレリーフ
が残っており、ここにもロマネスクの残影が
見られた。
  
 
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 サン・ディエ・ド・ヴォージュ
    聖ディエ大聖堂

  St-Dié-des-Vosges/
     Cathédrale St-Dié
    
         Vosges 
    
  
 
 アルザスのコルマールから、ヴォージュ山
地の峠を越えてヴォージュ県へと入った。こ
こは県都エピナル
Épinal と双璧の重要な地
方都市で、それは大聖堂の存在からも容易に
理解できる。
 正面から見た大聖堂はバロック風のネオ・
ロマン建築だったので、少々がっかりした。
しかし、聖堂への入口となっていた南側の扉
口はヴシュールの美しいロマネスク様式で、
希望の光が差してきたような気がした。

 全体のプランは三廊式のロマネスク聖堂の
上部や両サイドにゴシックを被せた、という
イメージが最も近いかもしれない。
 翼廊との交差部も含め、身廊に六つのベイ
が構築されている壮大な聖堂である。写真は
その内の三つのベイの基礎部分で、身廊両側
のこのアーケード部分だけが、ロマネスク時
代の意匠を残している。
 特に側廊部分には横断アーチに交差穹窿と
いう、プリミティブな工法が施されていて嬉
しかった。
 ここには有名な股割人魚の柱頭が在り直ぐ
に発見したのだが、工事中の鉄骨が邪魔をし
て写真が上手く撮れなかった。ウロコの彫り
が見事な、堂々たる二尾の人魚
Sirène 像だ
った。類例は多く、この像は肉欲などの誘惑
や、精神の死や欺瞞を象徴するとされる。
  
 
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 サン・ディエ・ド・ヴォージュ
    ガリラヤの聖母教会

  St-Dié-des-Vosges/
Église
     Notre-Dame-de-Galilée
    
         Vosges 
    
 
 
 上記の大聖堂にはゴシック様式の回廊遺構
が残されており、この聖母教会はその回廊に
隣接して建っている。教会の内部には、回廊
に接した扉口から入ることが出来る。
 三廊式の身廊、三つの後陣、半円筒ヴォー
ルトと束ね柱とアーケードで構成された交差
穹窿の天井、正面ファサードの鐘塔門など、
どこを切り取っても純粋な12世紀のロマネ
スク建築である。
 柱頭はドイツ風の丸味がかった素朴なもの
だが、一部に卓越した彫りの双龍像などが見
られた。赤色味を帯びた石と白い石が多用さ
れ、苔むしたかの如き重厚な雰囲気が素晴ら
しかった。
 写真は東側後陣部分のもので、右側の小祭
室部分は後補の建物に隠れてしまっている。
 写真の左側に隣接する建物が、大聖堂の回
廊部分である。 
 
 
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 シャン・ル・ドゥック聖母教会
  Champ-le-Duc/
     Église Notre-Dame
    
         Vosges 
    
  
 
 サン・ディエから西南に30キロ程行った
ブルイエール
Bruyères の町の郊外に位置
する村で、教会は集落の外れに建っている。
 小高い丘の上に建つ聖堂の前面は広い墓地
になっており、背後を緑の草原に囲まれた赤
い小さな聖堂の佇まいは誠にチャーミングだ
った。
 写真は、野草の咲き乱れる背後の草原から
撮ったもので、赤色の砂岩で構築された鐘塔
や翼廊や後陣の、絵になる姿がとても気に入
った。

 12世紀の創建で、翼廊に設けられた小祭
室は従来は半円形であったものが方形に改造
されている。
 正面の玄関間や身廊の壁面部分は後世の改
造らしいが、三廊式のアーケードや翼廊や祭
室は創建時のものであるようだ。
 近年、聖堂内が整備されたようで、アーケ
ードの円柱や柱頭、アーチや梁などが鮮やか
な黄色に塗られていた。壁面の漆喰の白との
コントラストが異様に感じられ、従来からの
色だったのかが甚だ疑問に思えたのだった。
 シャルルマーニュ帝親子と伝えられる二騎
の騎士像を彫った有名な柱頭が翼廊の交差部
に在ったが、これも全体が黄色く塗られてい
てがっかりした。
 村人の信仰に密着した教会の保護修復であ
ることは理解出来るが、もう少し美意識を持
って戴きたいものではある。
 
 
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 ヴォメクール・シュル・マドン
   聖マルタン教会

  Vomécourt-sur-Madon/
    Église St-Martin
    
         Vosges 
    
 
 
 県の首都エピナル Épinal の北西45キロ
にある、鄙びた村の教会である。三廊式十字
形の聖堂で翼廊に小祭室の付く三後陣様式で
あり、交差部には鐘塔が建っている。
 翼廊の窓がゴシック様式に改造され、翼廊
北側の半円形小祭室が失われるなど、部分的
に改修の跡が目立っていた。
 だが、ここでの見所は、正面扉口のタンパ
ン彫刻だった。第六弾のユニーク・タンパン
である。抽象的でシンボリックな図像が多い
ロレーヌのタンパンの中では、比較的判り易
いモチーフかもしれない。
 右側には、墓の前で三人の聖女に天使がキ
リストの復活を告げる場面が描かれている。
 左側は“生”と“死”の闘いを意味する図
像であるという。いずれも、ロマネスクらし
い素朴な表現が素晴らしい。 
  
 
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 ルランジュ聖母教会
  Relanges/Église Notre-Dame
    
         Vosges 
    
   
 
 ミネラル水で名高いヴィッテル Vittel
町の南東20
キロにある集落で、深い森に囲
まれた静かな佇まいが印象的だった。
 教会は村の中央に建っており、まことに程
良い規模をした三廊式十字形の聖堂だった。
 但し、11世紀創建当初の遺構は、ファサ
ード上部と扉口両端に残された小さな円柱部
分に限られるという。
 身廊と側廊部分にはゴシック的な色彩が強
く感じられたが、16世紀に再建されたそう
だ。

 最も素晴らしかったのが写真の後陣で、写
っているもの、つまり鐘塔、翼廊、三つの半
円形祭室を含む後陣の大半が12世紀ロマネ
スクの建築である。
 ロマネスク教会建築の良し悪しは、後陣を
見れば判るという説は正しいと思う。後ろ姿
では判断出来ないのも確かだが、祭室のある
この部分こそが教会の“核”である筈だから
である。
 身廊の天井はリブ交差穹窿で、柱頭の無い
円柱には違和感が感じられた。
 しかし、翼廊には半円筒ヴォールトに横断
アーチが見られ、柱頭には繊細な植物模様の
彫刻が施されていた。
  
 
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 ロズィエール・シュル・ムーゾン
    
聖母教会
  Rozières-sur-Mouzon/
     Église Notre-Dame
    
         Vosges 
    
 
 
 ヴィッテルの南西、前述のルランジュから
は真西に30
キロの場所に位置しており、深
い森の中を抜けて行くことになる。
 教会の建築は15世紀に改造され、外観か
らもゴシック以降の様式が目に付いた。扉口
に鍵がかかって入れなかったが、あっさりと
諦めるのは簡単だった。
 眼目がロレーヌのタンパン第七弾であり、
切妻型のファサードの扉口上部に嵌め込まれ
た尖頭形のタンパンだったからである。
 何処かで見たような意匠だが、先述のファ
ウ・アン・フォレのタンパンにとても似てい
る。
 ここでも十字架を中心にして、何重もの円
環と星のような連続模様などがびっしりと彫
られている。
 キリストを文字の象徴で表現したクリスム
とも違う、妙に謎めいたロレーヌのタンパン
は、やはり面白い。
 
 
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 ポンピエール小教区教会
  Pompierre/Église Paroissiale
    
         Vosges 
    
 
 
 ロズィエールから更に北へ15キロ行った
所が、やや大きな集落であるこの村だった。
 小教区教会だけに立派な建築だったが、扉
は硬く閉ざされていて開ける手段が見つから
なかった。しかし、聖堂は19世紀の再建で
あり、ここでの目的は12世紀のタンパンに
あったので諦めた。
 タンパンは三段に仕切られており、ロレー
ヌには珍しく聖書の逸話に主題が置かれてい
る。
 最上段には「幼児虐殺とエジプト逃避」、
中段は「羊飼いへのお告げと東方三博士の礼
拝」、最下段には「キリストのエルサレム入
城」が彫られていたのである。
 やや固い表現ながら、緻密に彫り込まれた
像容は端正で、いかにもロマネスクらしい扉
口にすっかり魅了させられてしまった。
  
 
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 アウーズ聖ヴァンサン教会
  Aouze/Église St-Vincent
    
         Vosges 
    
 
 
 ポンピエールの北にある Neufchâteau
フシャトー
の町の東方20キロにある小さな
村落で、教会は村外れの高台にひっそりと建
っていた。ここもロレーヌのタンパンが眼目
である。第九弾になる。
 教会の建築は後世に改造された様だが、正
面の扉口には目的のタンパンは見当たらなか
った。
 聖堂の周囲を回って、南側の壁面に嵌め込
まれた写真のタンパンをようやく発見した。
 まぐさ石部分には、装飾されたギリシャ十
字形が彫られている。
 上下の巾の制約が、こういう形を余儀なく
させたのだろうか。上部の半円形タンパン部
分には、ロレーヌ常套の幾何学模様が彫られ
ているが、単なる図案的な模様というだけで
はなく、宗教的な比喩が秘められているのか
もしれないと感じた。
 
 
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 モーヴァージュ
   聖パンタレオン教会

  Mauvages/Église
       St-Pantaléon
    
         Meuse 
    
 
 
 ロレーヌ最後のタンパンで、10番目の訪
問地となる。ナンシーの西にある
Toul
ゥールの町の南西30キロにある静かな村で
ある。
 教会は開放感に満ちた広場に面して建って
おり、尖頭アーチの窓や鐘塔の姿からは、建
築がゴシック様式に改造されていることが容
易に推察出来た。
 どうやらロマネスクの痕跡は、写真のタン
パンのある扉口に限られるらしい。12世紀
のものであるという。
 円環の付いたギリシャ十字を中心にして、
二羽の鳥が左右に配されている。
 鳥の種類は不明だが、鋭い口ばしや足の爪
から鷲や不死鳥などが想像される。復活を象
徴しているものと思われる。十字架に二羽の
鳥が止まって復活を表す、という図像をどこ
かで見た事がある。
 ロレーヌに分布する、実に楽しいタンパン
巡拝であった。
 
 
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 ヴェルダン聖母大聖堂
  Verdun/Cathédrale
      Notre-Dame
    
         Meuse 
    
  
 
 市の中央を流れるムーズ川 Meuse の北
西は崖地になっており、この高台に城塞や司
教館などのある旧市街が広がっている。
 大聖堂への近道は、川と運河の分岐点あた
りから崖上に続く石段の道だろう。

 この大聖堂の創建は10世紀末から11世
紀初めとのことだが、その後ライン地方やブ
ルゴーニュの影響を受けたロマネスク様式に
改築されたという。
 さらに時を経て、柱などの基礎を除く身廊
や祭室の大半はゴシックやバロックに改造さ
れていったらしい。
 写真は聖堂の西側に建つ双塔ファサード部
分で、聖堂の基礎部分より上は再建されてい
る。しかし、ライン地方の“西の構え”の影
響を受けた双塔ファサードの面影を、最も良
く伝える遺構だろうと思う。
 かつては後陣部分の翼廊に接して双塔が聳
えていたそうであり、ラインのヴォルムスや
シュパイアーにも似た、東西に双塔を有した
壮麗な聖堂だったのである。

 ロマネスクの片鱗を残す翼廊部分とその上
階に設けられた小礼拝堂、北翼廊の東側に設
けられた“獅子の門”と呼ばれる扉口、12
世紀のクリプト等見るべき箇所は尽きない。
  
 
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 モン・デヴァン・サッセー
    聖母教会

  Mont-Devant-Sassey/
    Église Notre-Dame
    
         Meuse 
    
  
 
 ヴェルダンからムーズ川沿いに35キロ北
上するとダンという町に入る。川を渡って対
岸の丘陵地帯へと登って行けば、牛の放牧さ
れた草原の向こうに深い緑の森を背景にした
美しい聖堂が見えてくる。

 聖堂建築は12世紀のものだが、何度も修
復を繰り返してきたようだ。
 南側扉口の周辺に見られる夥しい数の彫刻
群は大半がゴシック以後の作品で、妖艶とす
ら思える聖女像の生々しさは好みではない。

 身廊は12世紀から13世紀にかけての建
築で、天井やアーケードに尖頭アーチが用い
られている。
 翼廊や祭室部分が12世紀の建築で、天井
には横断アーチや半円筒ヴォールトが見られ
た。
 一番の見所が、写真の地下祭室クリプトで
ある。祭室の真下に当たる部分に造られてお
り、傾斜地に建つ関係で半地下室状になって
いる。窓は小さいが外光が直接入っているの
で、意外に明るかった。
 六本の円柱が林立する三廊式の小聖堂は、
横断アーチと交差穹窿による天井と、連続す
る植物模様の柱頭彫刻とが、ロマネスクに相
応しい心的な雰囲気の空間を創出していた。
  
 
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