平成24年7月(文月)の短歌
その声をその羽をおくれ鶯よ続く岩場の白馬ひた登る
(そのこえを そのはねをおくれ うぐいすよ つづくいわばの しろうまひたのぼる)

岩場道登り来る人らに譲りおり鶯の音に耳遊ばせて
(いわばみち のぼりくるひとらに ゆずりおり うぐいすのねに みみあそばせて)

声あげて大き岩場を登りたり ふいに開けし天狗の庭が
(こえあげて おおきいわばを のぼりたり ふいにひらけし てんぐのにわが)

次の世は天狗になりてこの岩の上より見たしお花畑を

雪渓を渡り来る風に花の香のほんのりありて深く息吸う
(せっけいを わたりくるかぜ はなのかの ほんのりありて ふかくいきすう)

2380メートル白馬山冴え返る星のささやきに耳を尖らす

 この月末、所属している「山の会」主催の白馬大池登山に参加した。新潟組は糸魚川駅前で前泊し、翌朝蓮華温泉ロッジから総勢15名でスタートした。山の天気は変わり易いといわれているが、前日の居酒屋で交わした「お天気祭り」の効き目があったのだろう、下山まで雷にも会うことなく高山の雰囲気を味わうことができた。
 知人から「白馬はすごい山だよ」と聞き、覚悟をしていたものの・・・最初から瓦礫と岩場の連続、それにすごいアップダウンで、私の体力をはるかに超えたコースだった。とはいえ、途中でのダウンもできない。難所は両手を引っ張ってもらったり、お尻を押し上げてもらったり、四つん這いで這い登ったり・・・。パートナーのザックにつけた誘導ロープとストックも放して、メンバーの指示に従いながら慎重に足を運んだゆらゆらの「梯子」はスリル満点。また、大きな一枚岩の上を乗り越えるときと、一歩間違えば谷に滑落しそうな個所を通過するまでの緊張感は、今、思い出すだけでも身震いがする。他のパーティーや登山者に山道を譲っている度に聞こえた彼らの軽快な靴音は、見えない私にとって神業にさえ思えた。
 急に空気の流れが軽くなり開けた感じがしたと思ったら「うわー!すごい!」とあちこちからあがる感嘆の声。そこは「天狗の庭」だった。一面に広がるお花畑、その先に続く雪渓、その周囲には北アルプスの山並み…。とにかく素晴らしい大自然のパノラマにしばしの沈黙。このさわやかな空気と風の冷たさから私にもその雪渓を想像できるのだが、お花畑だけは「見たい!」と悔しくなってしまう。次の世は、天狗になってこの岩を自由に飛び回ってお花畑を堪能してみたいものである・・・ジャコーソーの心地良い香りの中で。
 こんな繰り返しで、へとへと状態になりながら全員無事に大池山荘到着したときの達成感は最高。生きていてよかった!この感動があるからこそ、私はこの年になっても山登りをやめることができない!ベンチで汗を拭いていると「雪渓に行ってみたい人」とリーダーの呼びかけに、疲れも忘れてまた歩き出した。10メートルも歩かないうちに冷たい空気と靴底の変化、正にそこは雪渓の上だった。雪の上なのに靴が埋まることもなく、今までに体験したことのない残雪の感触。その雪が溶けたすぐ際に柔らかな葉が伸び、小さな花を咲かせている。なるほど、天狗の庭でメンバーから上がった感嘆の声は、この花たちがもたらす大自然の素晴らしさだったのだと納得。「これがチングルマ、これがイワイチョウ・・・」チングルマの綿毛、そして高山植物を守るために張ってある進入禁止のロープなど、私の想像することができないのにもこの手で触れさせてもらったのは何よりの心のお土産となった。
 山荘の中はとにかく暑く、なかなか寝付けない。10時過ぎに数人と外へ出てみた。物音一つしないという状態はこのことをいうのだろう、ひんやりと静まりかえった高山の夜気に思わず深呼吸。もう二度とこのような高山に登る機会はないだろう…。
 翌朝も天候に恵まれ、他の登山客がスタートした後、私たちのパーティーも7時前に下山開始。いつものことだが「よくもこんなにすごい参道を登って来たものだ」と驚嘆の声があちこちから聞こえてくる。私は上りよりもこの下山が好き。だが今回は岩場や浮石が多く、パートナーの動きに集中し慎重に足を運ばなければ危険な難所だらけ。あのスリル満点だった「梯子」の難所も無事に通過できたときはニコニコ顔になってしまった。太腿がこわばり無意識に足が動いて、ちょっとでもアップの箇所があるとつまずきそうになる。もう惰性で蓮華温泉ロッジにたどり着いたときは正午を回っていた。山荘で渡されたお弁当よりも、冷麺やアイスコーヒーが欲しいほど平地は猛暑だった。
 一人でも大変な登山コースなのに、視覚障害のハンディーを持つ会員をさぽーとしながらの登山、この会の「みんな一緒にチャレンジしよう、そして達成感を分け合おう」という精神にあらためて感謝の念を抱いた白馬大池登山だった。

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