平成24年4月(卯月)の短歌
桜花ハンカチに包み持ちくるるしっとり幼の手も桜色
(さくらばな ハンカチにつつみ もちくるる しっとりおさなの てもさくらいろ)
物陰となりたる鉢の水仙は地を這いつつも日に向きて咲く
(ものかげと なりたるはちの すいせんは ちをはいつつも ひにむきてさく)
木の芽雨煙るがに降る一日なり水仙の芽の尖りツツ萌ゆ
(このめあめ けむるがにふる ひとひなり すいせんのめの とがりつつもゆ)
春の日のぬくもり増し来る窓際は犬が占めたり寝そべりてうらら
バス停も車もポストも吾と歩む盲導犬もぬらし芽吹き雨降る
シルバーカー押し行く人の後につき花吹雪の路地盲導犬と歩む
フキノトウ、ヨモギ、タラノメ山頂で春をまるごと揚ぐる天ぷら
つい先日のこと、新タマネギを買って来たので野菜ケースの中にしまおうとした手にひんやり触れた物があった。予想もしていなかったその感触に思わず手を引っ込めてしまったが、思い直してよくよく見ると、いや、触ってみれば・・・それは隅っこに忘れられていたタマネギの新芽だった。
伸び出た新芽はケースの蓋に阻まれ、ぐんにゃり曲がりながらその先をつんと尖らせているのだった。しっとりと手ごたえのある新タマネギと入れ替えながら、私がまだ勤めていたときのことを思い出した。
それは、調理室にいたおばさんのことだった。彼女は日当たりのよい出窓の上に野菜をコップの中で育てていた。ニンジン、大根、ネギ、キャベツなど、その中にあったネギボウズがかわいかった。彼女は伸びた新芽を積んでサラダやみそ汁に使うと楽しそうに話してくれた。
そうだ、私も育ててみよう。ごみ箱に捨てたそのタマネギを取り出し、そっと新芽に触れてみた。芽は曲がってこそいたけれど、折れずにみずみずとしていた。以前にヒヤシンスの水栽培をしたときの容器があったことを思い出し、そのときと同じように水を入れタマネギを置いてみた。まるでそのための容器みたいにぴったりおさまったので、すっかりうれしくなってしまった。
それから今日で十日も経ったであろうか。毎日、日の当たる方に向きを変えた甲斐あって、あんなに曲がっていた芽も太い葉を何本も真っ直ぐに伸ばしている。もう畑のタマネギに負けないほどの成長ぶりなのだが…さーて、これから先、このタマネギの水栽培はいかにしたら良いのだろう?果たして「ネギポーズ」を見せてくれるのだろうか…。
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