平成21年2月(如月)の短歌
眼裏にりんごの色を描きつつながく長くとその皮を剥く
(まなうらに りんごのいろを えがきつつ ながくながくと そのかわをむく)

手に余るほどの大きなりんご剥く朝の厨に甘き香のたつ
(てにあまる ほどのおおきな りんごむく あさのくりやに あまきかのたつ)

のみどにも冷気沁みくる大寒の晴れたる朝うすらいを踏む
(のみどにも れいきしみくる だいかんの はれたるあした うすらいをふむ)

もう少しあともう少しと二十五分待っても来ない雪のバス停

外套を纏いたるまま入り来たる夫に雪の香ひんやり匂う
(がいとうを まといたるまま いりきたる つまにゆきのか ひんやりにおう)

立春の朝すがしきクックッと足裏に雪を鳴らして歩む
(りっしゅんの あしたすがしき クックッと あうらにゆきを ならしてあゆむ)

鱈ちりの鍋にいっぱい葱を入れ熱燗よろし 戻り寒の夜は
(たらちりの なべにいっぱい ねぎをいれ あつかんよろし もどりかんのよは)

つんつんと水仙の芽をみつけたり土にかすかなぬくもりありて

ヒヤシンス花の重みに傾ぎつつ日向に春の香を放ちいる
(ヒヤシンス はなのおもみに かしぎつつ ひなたにはるの かをはなちいる)

   つい先日、家の前の交差点でのことである。靴底からキャッチした点字ブロックで横断歩道の位置を確認してから盲導犬ターシャに「OK」とゴーサインを出した。にもかかわらずターシャは動く気配がない。
今度は少しきつい口調で「OK!」と言ったのだが、やはりターシャは動いてくれない。耳を澄ましても車の音がしないので私は「えいっ」とばかりにハーネスを押して渡ろうとした。
そのとき、直前をすーっと横切ったのは車。確かに車だった。もう一、二歩進んでいたら・・・。家の玄関に入っても私の心臓のどきどきは泊まらなかった。
 先方で用が足りずに落ち込んでいたし、夕食の支度も気になり急いでいた。 この横断を渡ればすぐ家だという安心感で注意力がなくなっていたのかもしれない。それとも、疲労感に加齢も手伝って聴力が落ちていたのだろうか?
 その夜のテレビで「ハイブリッドカー」のことが話題になっていた。昨今のガソリン暴騰で経済上からも、また地球温暖化防止や環境に優しいという観点からも大いに期待されている。もしかして、夕方あの危うく事故に遭遇しそうになった車は、このハイブリッドカーだったのでは?視力ゼロの私にはそれを知る術もないのだが・・・。
だとしたら、この種の車が普及したら?どんどん予測が大きくなり、見えない私にとっての歩行に欠かせない「車の音」が消音の方向に進んでいくことの恐怖が深まってしまった。
 新聞やテレビのニュウスに「盲導犬連れの女性が交差点で車にひかれる」なんてことから救ってくれた良きパートナーのターシャを感謝いっぱいで抱きしめたのはもちろんである。

平成21年3月の短歌へ。
平成21年1月の短歌へ。
限りなく透明な世界のトップページへ。
すずらんのトップページへ。