公共交通をよくする富山の会の「提言」(並行在来線に関する第4次提言) 2011年9月7日
富山県の並行在来線「経営計画」策定にあたっての「提言」
県民の要望をいかし、暮らしと地域振興に役立つ
いまと将来の並行在来線のビジョンを
はじめに
東日本大震災は、日本の政治のあり方の根本を問うものになりました。北陸本線は、日本海縦貫貨物鉄道として、太平洋側の鉄道輸送の代替え輸送の役割を果たし、とくに鉄道貨物輸送の面で、国土政策の点からも、その重要性を再認識させることになりました。
しかし、富山県の暮らと産業に限りない便益をもたらしてきた北陸本線は、2015年春、国の運輸政策によって、北陸新幹線の開業とともに金沢・直江津間をJR西日本の経営から分離され、廃止される予定になっています。
富山県は、この北陸本線の県内区間を「県単独会社」として「上下一体」で運行するという「基本方針」をもとにして、「経営計画」策定作業に取りかかっています。この新たな局面のもとで、北陸本線が、なによりも利用者・県民の要望をいかし、暮らしと地域振興に役立つビジョン、将来に渡って維持可能な展望が示されるか、どうかが問われています。
「公共交通をよくする富山の会」は、これまで3回の「提言」を発表し、並行在来線・北陸本線のJRからの経営分離が利用者・県民に与える影響、「政府・与党合意」の見直し、「国の役割とJRの社会的責任」「県境をつなぐ運営会社」「上下分離」「鉄道資産の無償譲渡」「鉄道委員会の設置」などを提言してきました。これは、私たちの一貫した基本的な立場です。
昨年春には、「より便利、より安全で、快適な並行在来線・北陸本線のための10原則」を示し、これを、新たな鉄道運営会社の「基本」とすることを提言してきました。《資料@A》
今年2月には、「孫ひ孫の時代にも維持可能な並行在来線を実現するための申し入れ」(北信越4県共同申し入れ)、4月には県の「基本方針(素案)」に対する質問を行ってきました。これらに対する県の「回答」も踏まえ、県の「経営計画」策定の段階にあたって、新たな「提言」を行うものです。
〔T〕 利用者・県民の要望をいかし、「住民の足」確保と地域の振興を一体のものとしてすすめる
富山県の「経営計画」策定にあたっては、開業以来、“極限までの「合理化」”をすすめても経営の安定を展望できない先行する第3セクター鉄道の実態を直視しなくてはなりません。《資料B》
その上で、県内公共交通の基幹的役割を担う新たな鉄道運営会社を設立するにあたっては、県のイニシアチブのもとに、利用者・県民の要望をいかし、県民の移動を保証するとともに、地域の振興政策と一体にしてすすめることが求められています。
@ JRには、ただちに金沢・直江津間に交直両用521系電車の運行を
金沢まで運行されている521系電車を金沢・直江津間にも運行することです。この電車は、交直両用電車としてJR西日本が開発しました。もし、“金沢・直江津間は、電車の更新はしない。新幹線開業までのおよそ4年間は現状のまま”というのであれば、この不公正は正さなくてはなりません。ホームの嵩上げなど必要な改良も行わせ、それを譲渡させることです。
A 利用者・住民の願いをくみあげる「県民アンケート」の実施を
北陸本線からJRが撤退することを知らない県民はまだ多くいます。電車の運行についても多様な要望を持っています。利用者・県民、そして高校生の多様な要望をくみ上げ、それを「経営計画」策定にいかさなくてはなりません。
そのためには、「県民アンケート」を実施して、鉄道利用の現状と利便性・安全性、駅舎の活用、イベント・企画列車の運行、他の交通機関との接続、鉄道利用と結びついた地域振興など、利用者・県民の多面的な意見や要望を的確に把握して、その実現にとりくむことです。
このような「県民アンケート」を実施すること自体が、並行在来線・北陸本線や公共交通機関をめぐるさまざまな問題についての県民の関心と理解を広げることにもなります。
B 「公共性」の確保を第一に、学生特別運賃の設定など運賃値上げ抑制
県境をまたぐことに初乗り運賃をとらないこと、学生特別運賃制度を創設することです。「生活の足を守る」「地域の振興に資する」という公共性を確保することに重点を置き、先行事例の経験を活かして運賃値上げを抑制することです。また、昼間の乗客増加のために、高齢者の通院など福祉目的利用の運賃割引制度の創設も必要です。
先行する第3セクター鉄道は、開業時に大幅な運賃値上げをしています。運賃値上げによる乗客の逸走率は「いわて銀河鉄道」の場合で13.4%です。これを「想定の範囲」とすることはできません。岩手県では、通学定期の値上げを抑える激変緩和措置をとりました。《資料CDEF》
C 路線バス、コミュニティバス、路面電車などとの運行と料金のシームレス化
路線バス、コミュニティバス、路面電車など公共交通機関との連携を重視し、商店街や公共施設、観光施設などへのアクセス条件をよくするなど、住民ニーズに即した長期的な政策を確立することです。他の公共交通機関とのゾーン運賃制なども取り入れることです。《資料G》
要望の強い、JR特急「はくたか」「サンダーバード」「北越」の県内乗り入れを実現することです。どの程度JR特急が乗り入れるかにもよりますが、線路容量を最大限に活かした列車の増便を図ることです。これらは、輸送人員を増やすことにつながり、経営安定の基礎となります。《資料H》
D 地域の振興と一体化した駅の活用、「まちづくり」と結んだ県と沿線自治体の施策を
駅は、利用者と住民の移動拠点であるばかりでなく、「まちづくり」や「地域の振興」の拠点として活かすことができます。例えば、「〇〇記念館」「〇〇展示館」、朝市、生鮮産品・地場産品の店など多面的な活用が可能です。そのためには、商店街、自治会、NPO、学校などの協力は欠かせません。
また、新駅も展望し、パーク・アンド・ライド、駅周辺への住宅団地の造成や高齢者向け住宅の建設などによって、定期券利用者を中心とした恒常的な乗客の増加にとりくむことです。《資料IJ》
これらをすすめるためには、県と沿線自治体の緊密に連係したとりくみが求められます。
〔U〕 なによりも安全であることと、経営安定のために、県は積極的な役割を果たす
第3セクター鉄道の経営基盤はきわめて脆弱です。まず第一に「安全であること」が経営安定にとって決定的に重要な課題です。鉄道は、社会の要請にこたえる政策と高度な鉄道技術をシステムとして連係させ、長い歴史の中で発展してきました。このシステムを政策的・強制的に壊すのが、JRからの経営分離です。
そこで、「経営計画」策定にあたっては、東日本大震災の教訓も活かし、安全問題と経営安定にかかわる基本的な課題について提言します。
@ 並行在来線・第3セクター鉄道の修理・保守経費は莫大、譲渡前にJRの責任で総点検・修理を
ひとたび大災害や大事故が発生すれば、復旧・復興や補償に莫大な費用がかかり、新たな運営会社の死活問題に発展しかねません。土木構造部保険や鉄道賠償責任保険などに加入しなくてはなりません。初期投資の大きな負担もあります。鉄道総合研究所に総点検を依頼すること、施設・設備を譲渡前にJRの責任で総点検・修理をさせること、これらを国の施策として行わせることです。
営業費に占める修繕費の割合は、「いわて銀河鉄道」で47.4%、非電化で貨物走行の時だけ電気を通す「肥薩おれんじ鉄道」30.7%です。中小私鉄の平均19.2%と比べ大きな負担です。《資料KL》
北陸本線の電化完了は1965年。もちろんその後更新されていますが、相当の年月を経過しています。修繕費を減らすために「しなの鉄道」では、列車の速度を落とし線路を守る処置がとられました。北陸本線は高速で大重量の貨物列車が走行します。当然、線路の傷みも激しくなります。
A 大規模修理や大災害・事故に対応できる制度を
鉄道は莫大な施設・設備などを持っています。鉄道のメンテナンスは、故障が起きないよう点検修理をします。故障が起きた後の事後保全ではなく、予防保全が求められているのです。
メンテナンス費用は、「いわて銀河鉄道」で動力費の18倍。中小私鉄は2.5倍です。《資料K》
大規模修繕や、重大災害・事故などに活用できる保障制度を国の責任でつくらせ、安心して経営・管理にあたれる環境をつくることです。これは、全国鉄道ネットワークの維持につながります。この財源は、当面、新幹線貸付料を活用し、国の責任で行うことです。
富山県にとっては、特有のベタ雪の対策と除雪対策の費用も大きなものになります。
B 鉄道はメンテナンスが命、鉄道技術者の養成と確保のための準備を
より少ないメンテナンスコストで安全を確保することは経営上の大きな課題です。JRへの検査委託などJRに協力を求める体制を確立することはもちろん、自社内でメンテナンス部門の技術レベルを引き上げるための技術者養成には、新会社の発足と同時に、系統的で格段の努力を傾けることが必要です。
新しい運営会社には「自助努力」は求められます。しかし、第3セクター鉄道職員の1ヶ月の平均給与は、「いわて銀河鉄道」で中小私鉄平均の71.5%、JR各社平均の53.7%です。《資料M》
現業・運輸部門の職員構成は、駅職員や車掌は減らし、運転士の比率を上げています。工務関係部門の職員数は、高規格の線路・電路を維持するための水準を維持しています。《資料N》
鉄道は労働集約型産業です。安全は人がつくるものです。仮に、JRの出向者によって営業が開始されたとしても、技術職プロパーの人材が養成され、意欲を持って働く多くの職員がいなければ新会社の展望はありません。優れた技術者の養成と職員の待遇改善が求められます。
運転指令は、現行のJR施設を活用し、技術者の養成と確保の体制を整えながら、新しい鉄道会社が専用施設を建設する財政的な見通しが立つようになるまで、JRと一体運行をする技術的措置をとることです。このようにしても「開業に遅れる」ことにはなりません。
C 県民と協力し、「経営安定基金」の創設を
あらたな鉄道会社が県内公共交通の基幹鉄道として、「地域の振興」に資するという「公共性」を重視して、その社維持存続を図ることを目的とした「経営安定基金」(仮称)を創設することです。
この「経営安定基金」は、地方自治法第241条(基金)に基づき地方自治体が制定する条例によるものとします。その基金は、県と各自治体の負担とともに、広く県内企業、県民の寄付などによる積立を原資とします。これは、鉄道への県民の関心を高めるためにも大切です。
D 駅舎は沿線自治体の管理に
新しい鉄道運営会社の負担軽減と、地域の振興に資するために、沿線自治体による駅舎の管理・維持や、新駅設置への支援制度を創設することも検討しなくてはなりません。
E 新しい鉄道運営会社と県民の定期協議、県民参加の「鉄道委員会」設置を
経営の安定には乗車人員を安定的に確保しなくてはなりません。そのためには、自家用自動車から公共交通機関、鉄道に乗り換えをすすめる環境の整備にもとりくまなくてはなりません。
乗車人員を増やすための昼間の閑散時を中心とした各種定期券や企画切符、イベント列車などは行わなくてはなりませんが、「乗りましょう」に加えて、「乗せましょう」という双方向のとりくみをすすめ「マイレール意識」の向上に結びつけることが求められます。
また、「育てる」「支える」「守る」など、県民のための鉄道として発展させる活動にとりくむ自主的な地域住民の運動を支援することも大切です。
その際、県は、住民の運動と新しい鉄道運営会社との定期協議の実施をうながし、さらに県民の総意をくみつくすために県、沿線自治体、鉄道・交通関係労働組合・労働者、県民(公募)による「鉄道委員会」(仮称)を設置することです。
F 新しい鉄道会社は、県境をつなぐ「一体運営」「上下分離」が最適
富山県内の輸送人員は、しなの鉄道並みであるから”何とかなるという見方もあります。しかし、そのような楽観的な要素はどこにもありません。北陸本線は、地域とともに生きる鉄道です。とりわけ県境付近では大幅な減便が予想され、地域の振興にも打撃を与えかねません。
他県との合同会社では、豪雪や災害時に機敏な対応ができないと指摘する人もいます。しかし、それは地域の気象条件や地理的状況を熟知した職員の配置と、災害時などは狭域の運行が可能なシステムを確立すれば対応は可能です。
並行在来線を第3セクター会社にして地方鉄道扱いにしても、鉄道貨物輸送の大動脈を担わなければなりません。これは、運営会社に過大な負担を背負わせます。線路・電路などインフラ部門を分離し、国とJR旅客、JR貨物の負担を明確にして、運営の責任を新しい運営会社が持つことは可能なことです。つまり、第2種鉄道の道があるということです。このことも検討に加え、新しい鉄道運営会社は、県境をつなぐ「一体運営」「上下分離」を改めて求めます。
〔V〕 JR資産の無償譲渡と、並行在来線運営会社の経営が成り立つ新たな法律を国に求める
国民に希望を与えるのが本来の政治の役割ではないでしょうか。そして、国の政策は一定の見通しの上に、将来ビジョンがあってこそ成り立つものです。ところが、“赤字になると分かっていながら会社を立ち上げる”、これとまったく同じことを富山県で繰り返していいのでしょうか。
そもそも、なぜ並行在来線からJRが撤退しなくてはならないのか、JR西日本の経営上の根拠や経営上の必要性について、国からもJRからも明らかにされていません。
このような状況のもとで、並行在来線を受け継ぐ運営会社の経営が成り立つために、国とJRに向けて、県が県民とともにとりくむことは、次のことです。
@ 全国初の「JR鉄道資産無償譲渡」実現を富山県から
8月25日並行在来線関係11県は、「(政府与党合意の)これまでの枠組みの見直し・再検証」、JR資産の無償譲渡、初期投資に対する助成措置、税制上の優遇措置、災害復旧事業費助成制度の充実などについて国の財政的支援を求める要望を行いました。《資料O》
この要望を実りあるものにするために、県は、11県の共同を活かし、JR鉄道資産の無償譲渡を実現するよう最大限の努力をすることです。そして、他県ではできなかった「新たな到達点」を切りひらくことです。もちろん、必要な施設・設備だけの譲渡でよいのです。
並行在来線区間の無償譲渡については、JRの「株主の了解が得られない」とする主張もありますが、JR自身は国鉄資産を無償で受け継ぎました。さらに、JR西日本の内部留保は、国鉄からJRになって以来伸び続け、今年3月期では2005年度の150%、9千5百億円を超えています。伸び率は、JR東日本を上回っています。そのうえ、JRは、整備新幹線開業による関連線区からの営業収入の増加も見込まれているのです。 《資料P》
地域社会とともに会社を経営するJRです。地域の振興に貢献することや、JR撤退による社会的な損失も考慮して、県は、国に働きかけ、JRの社会的責任を果たさせることです。
A 隣県との協議に富山県は積極的なイニシアチブの発揮を
隣県との協議には、車両基地、運転指令、技術者の養成、駅の活用、災害・事故・雪害対策、さらに観光・地域振興など大変多岐に渡ります。とくに、JR特急の乗り入れやJR資産の無償譲渡などは、関係各県と共同し、県民とともに、JRに向かって積極的な交渉をすることが必要です。
並行在来線の「公共性」と「地域振興」に果たす役割をしっかりとらえ、隣県との協議、関係県との共同のとりくみに、県は積極的なイニシアチブを発揮することです。これは、県民の利益にかなうことになります。
B 国は並行在来線の経営が成り立つ新たな法律を
「政府・与党合意」から20年以上経過しても、第3セクター鉄道の経営が一向に良くなっていません。もはや、「政府・与党合意」にとらわれず、国に、並行在来線の維持・存続に関する新たな法律の制定を求めるしかありません。
その法律は、全国鉄道網を維持することを明確にして、並行在来線が将来も維持可能となる経営のために、JRの役割と関与を具体的に明確にするとともに、重大な災害や事故の補償と大規模修理・修繕に対する国の財政支援を明確にします。また、全国鉄道ネットワークを形成・維持する見地から、インフラ部門をJRの管理とすることも検討されなくてはなりません。
財源は、当面はJRが整備新幹線使用料として鉄道・運輸機構に支払う貸付料を活用し、将来的には鉄道・道路・空港・港湾などを一体にした「総合交通特別会計」(仮称)を創設することです。
北陸本線の一日の貨物列車は約40本です。県の試算では、新たな鉄道運営会社の全収入の3割以上をJR貨物の線路使用料が占めています。貨物線路使用料は、第3セクター鉄道の営業収益の大きな部分を占める不可欠な収入源なのです。だからこそ、国も10年間という期限付きですが、貨物線路使用料を引き上げる新たな仕組みをつくったのです。《資料Q》
しかし、これによって第3セクター鉄道会社の安定経営が保証されたのではありません。国鉄清算事業団の債務等に関する法律を制定した国会は、並行在来線を含む「鉄道ネットワークが我が国の経済活動及び国民生活を支える重要な役割」を確認し、「地域の足としての重要性、我が国物流の大動脈としての役割」を改めて再確認し、その「維持及び経営の安定に十分配慮すること」とする付帯決議を全会派一致で採択しています。《資料R》
均衡のとれた国土形成のうえからも、いよいよ並行在来線の経営が成り立つ新たな国の法律の制定がもとめられています。
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