マザーグースは死のメロディ
(第2話)



 それから警察がやってきて現場検証が始まった。
 警察の人の話によると久世先輩が死亡推定時刻は昨日の夜6時から8時頃、と言うこと
らしい。
 その時間の前後に久世先輩の行動について把握したい、と言うことなのか結局は昨日演
劇部の練習に参加していた部員、それから手伝いをしていた、ということで私やメグまで
警察の事情聴取を受ける羽目になった。
 とは言え、私は久世先輩についてはあまりよく知らないから話すこともこれといってな
く、警察の人にも正直にそのように話した。
    *
 警察の現場検証はお昼近くまで掛かり、まだ事件が起きた衝撃が覚めやらない昼休み。
 私、公人君、メグ、そして如月さんの4人は図書室にいた。
 私たちが座っている机の上には公人くんが学校の本棚から持ってきたマザーグースの本
や私が公人君から借りた「そして誰もいなくなった」の文庫本、そして「2―B 如月未
緒」と表紙に名前が書いてある例の台本が置いてあった。

「…なんだよ、結局ハエはいねーのかよ」
 いきなり公人くんが言った。
「ハエ?」
「…高見さん、もしかして目撃者のことですか?」
 如月さんが聞いた。
「目撃者?」
 「はい。『誰が駒鳥を殺したのか』の第2節はこんな歌詞なんです」
 私が聞くと如月さんが

  誰が駒鳥死ぬのを見たの?
  わたし、と蝿がいいました
  わたしのこの眼で
  死ぬのを見た

 と言う歌詞を言った。
「…成程。それで公人君は『ハエ』って言ったのか…」
「そういえば、私たちが帰った後も部長は何かやることがある、といって残ってましたっ
け…」
「オレたちが帰ったのは5時頃だったからな。それにたいがいの生徒はその時刻にはもう
帰った生徒が多かったし…」
「…となると目撃者は少ない、と言うことよね」
 私が言うと公人君は
「そうだな」
 とあっさりと言った。
「…ところで如月さん」
「なんでしょうか?」
「…今日はどうするんだい?」
「あ、その…、とりあえず今日は集まりだけやってこれからどうしようか話すことになっ
てるんですが…」
「…ふーん…。じゃあ如月さん、それにオレも出ていいかい?」
「え、でも…」
「大丈夫だよ。大事な話があったらそのときは帰るからさ」
「…わかりました」
    *
 そして授業が終った。
 私は公人くんと共に演劇部の部員が集められた教室に行った。
 私もどうしても話を聞きたくて公人くんに頼んで一緒に演劇部の話し合いに出させても
らったのだ。

 その教室には既に何人かの生徒が席に座っていた。
 如月さんも既に教室に入っていた。
 私は如月さんの席の隣に座った。
「あ、藤崎さん…」
「公人くんに頼んで私も来ることにしたの。みんな来たの?」
「いえ、まだ何人か来てなくて…」
「そう…」

 それから10分ほど過ぎただろうか、何人かの生徒が教室に入ってきた。
「…あら? あの人たちも演劇部員なの?」
 私は如月さんに聞いた。
「…あ、はい。昨日都合があってこれなかった人や休んだ人たちです」
 と、その中の一人が、如月さんの席に近付き、
「如月さん。部長が殺されたって本当なの?」
「…一応そうらしいですね」
「…大変なことになっちゃったわね…」
「…だから、これからそれを話し合おう、って言うことになって…」

 そして、話し合いが始まった。
 私や公人くんは結局最初の方だけ聞いて帰ることにしたのだが、とりあえず事件が解決
するまで演劇部が集まっての練習は控えること、私や公人くんの応援部隊は演劇部の要請
があるまで出なくていいこと、などが決められた。
 勿論今ここにいない片桐さんたちの美術部の方にも後で連絡が行くことになったようだ。
   *
 翌日のことだった。
「詩織ちゃん」
 メグが私の教室にやって来た。
「…あ、メグ。話のほうは聞いた?」
「…うん、しばらく演劇部のお手伝いはしなくていいらしいわね」
「…ごめんね、メグ。こんなことになっちゃって…」
「いいのよ、気にしてないから。…それより、見てよ」
 とメグが1冊の本を取り出した。「Mother Goose」とタイトルが書かれてあ
る本だった。
「…どうしたの、その本?」
「昨日本屋さんに行って買ってきたの。あんなことがあってから気になっちゃって…」
「…お、マザーグースか」
 公人くんがいつの間にやらそばにいた。
「…美樹原さんも気になったのか? 例の事件が」
「いえ、そういうわけじゃないんだけど…」
「…そういえば美樹原さん、知ってるか? マザーグースってイギリスやアメリカでは広
く歌われてる童謡だって」
「…それは詩織ちゃんから聞いたけど…。『ロンドン橋』もそうですよね」
「その通りだな。だから、と言うわけなんだろうけど結構それを題材としたミステリーが
多い、ってのはこの間話したよな?」
「はい」
「…例えばだ。散々話題になってる『誰がこまどりを殺したのか』って唄。これはヴァン・
ダインという推理小説の作家が『僧正殺人事件』と言う小説に使ってるんだ。…ま、無邪
気だけれど、結構残酷な内容の歌詞だからな」
「じゃあ公人くん。『十人のインディアンの子供』も…」
 私が聞くと、
「ああ、『そして誰もいなくなった』か。あの小説の原題も、確かその歌の最後の一句から
取っているはずなんだ。…確か"and then there were none"だったかな」
「高見さん、何ですか、その『そして誰もいなくなった』って?」
 メグが言った。
「ああ、こういう話なんだ。正体不明の差出人によって無人島に集められた10人の招待
客が『十人のインディアンの子供』というマザーグースの歌詞どおりに一人ずつ殺されて
いく、という小説なんだ」
「…そんな歌あるんですか? この本にそんな歌ありませんでしたよ」
「…美樹原さん、もしかしてその本に『十人のニグロ(黒人のこと)の子供』って歌、な
いか?」
「え、ええ。ありますけど…」
「…それでいいんだよ。『十人のインディアンの子供』ってのはもともとは『十人のニグロ
の子供』って歌だし、ラストだって最後に残ったひとりが首吊るのと結婚するのとがある
んだぜ。…もっとも、ラストが結婚じゃ『そして誰もいなくなった』は成立しねえけどな」
 どうも、公人くんのマザーグースに関する知識は半端じゃ無いようだ。
「詳しいわね、公人くん」
「オレだってマザーグースの本を何冊か持ってんだぜ」
    *
 久世先輩が殺される事件が起きてから3日が過ぎた。
 警察は相変わらず手懸りを捜しているようで、時々は学校に来るのだが、次第に学校は
落ち着きを取り戻したようで再び演劇部は練習を再開した。
 とは言え、あんな事件が起きた直後、ということもあってか演劇部の文化祭の出し物は
変更となり、時間がないこともあってか以前やった演劇の再演をすることになったようだ。
 そして、如月さんは私たちにお手伝いを頼んだ本人ということもあって責任を感じたの
だろうか、再び私たちにお手伝いを頼んだ。
 勿論断る理由もないから私と公人くん、メグの3人は作業を続けることにした。
 いくつかの小道具は上演予定だった演劇「マザーグースは――」で使用する予定だった
ものをそのまま使うから、とのことだった。

「…どうですか、藤崎さん?」
 如月さんが私とメグが座っている机にやって来た。
「大丈夫よ。心配しなくていいわ」
「…そうですか」
 そのとき、私は如月さんの持っている本に気づいた。
「…如月さん、それ…」
「あ、これですか…。なんか粗末に扱ったら部長に怒られそうな気がして…」
 如月さんは例の台本を持っていたのだ。
 やはり如月さんは久世先輩のことを尊敬していたのだろうか。
    *
「じゃあ、藤崎さん。明日もお願いします」
「わかったわ。それじゃ」
「さようなら」
 作業が終った私、メグ、公人くんの3人は校門の前で如月さんと別れ、帰ることにした。

「…まあ、それにしても、物好きなヤツだよな…」
 公人くんが呟いた。
「…何がよ?」
 私が聞いた。
「久世先輩を殺したヤツだよ。よりによって見立て殺人なんて古い手使うなんてねえ…」
「…公人くんはそれに何か犯人の意図のようなものがあると思ってるの?」
「意図ねえ…。はっきり言ってわからないさ。でもなあ、もし犯人の意図があるとしたら、
なんだって又そんな古い手使うんだろうか、ってな」
「…誰か演劇部の人の誰かが犯人、ってことなんでしょうか?」
 メグが言った。
「…一体何を言い出すのよ、メグ」
「そんな気がしただけ。…だって久世先輩はその、『誰が駒鳥を殺したのか』って歌の歌詞
どおりに矢で殺されたんでしょう?」
「…決してそうとは言い切れねえかもしれんが、意外とありえるかもな」
 公人くんが言った。
「…公人くん…」
「…でもまだ、何も手懸りがないのも一緒だ。いくらオレでもどうしようもないぜ」

 そして私たちは途中でメグと別れ、帰宅した。
 さすがに帰宅した頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
    *
 翌朝のことだった。
 私が校門の前に差し掛かると、何やら騒がしいのに気が付いた。
(…何かあったのかしら?)
 そう思った私が校門に入ると案の定、校庭の端の方で人だかりがしていた。

「ねえねえ、一体何があったの?」
 私がそこにいた生徒に聞いたところ、
「詩織、ちょっと来い!」
 人ごみの中から公人くんの声が聞こえた。
「公人くん! …ごめんなさい。ちょっとどいて」
 私は生徒や先生達を掻き分けてその中に入っていった。

「…うっ」
 思わず私は口を押さえてしまった。
 そこには一人の女生徒が頭から血を流して倒れていたのだ。
 ピクリとも動かない所から既に事切れてしまっているのだろうか?
「…確か、この女生徒は…」
「ああ、昨日見たよ。D組の菅さん。如月さんと同じ演劇部員だ」

 程なくパトカーと救急車が到着したが救急隊員は菅さんがもう死んでしまっていること
を確認しに来たようなものだった。
   *
「菅さんが死んだなんて…」
 私や公人くんから話を聞いた如月さんは驚きを隠しきれない様子だった。
「今朝、学校に来た先生が見つけたらしい。そのときはもう既に死んでいたらしいな」
「…それで、死因は?」
「…よくわからないけど、たぶん屋上から転落死したんだろう、ってな。で、打ち所が悪
くて…、ってヤツだよ」
「…そうですか」
「…それにしても、1週間も経たねえうちに2人も生徒が死ぬなんてな…」
「偶然とは思えないわね」
「…いや、もしかしてこれは…」
 公人くんが呟いた。
「どうしたの?」
「…いや、こんなこと言ったら詩織や如月さんに笑われちまうからな…」
「どうしたんですか?」
 如月さんが聞いた。
「いや、この状況を見て又、ある一つのマザーグースの歌が思い浮かんじまって…」
「マザーグースの? …どんな歌なの?」
「…『ハンプティ・ダンプティ』だ」
「『ハンプティ・ダンプティ』?」
 私が聞くと如月さんが
「これもマザーグースの中では有名な歌なんです」
 そう言うと次の詩を唄った。

 ハンプティ・ダンプティ 塀に座った
 ハンプティ・ダンプティ 転がり落ちた
 王様のお馬をみんな集めても
 王様の家来をみんな集めても
 ハンプティを元には戻せない
 
「…そういえば…」
 如月さんはそう言うと鞄の中から礼の台本を取り出した。
「…どうしたんだ?」
「…この台本の第2の犠牲者も『ハンプティ・ダンプティ』の歌詞通りに突き落とされて
転落死するんです」
「…まさか、公人くん…」
「…おそらくな。もし、それが正しいとしたら…。これは第2の見立て殺人だ」
「じゃあ…」
「ああ、久世先輩の事件とも何らかのつながりがあるぞ」


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