マザーグースは死のメロディ
(最終話)
菅さんが転落死した事件から1週間が過ぎた。
こういう事件が起きた後だから、と言うことで一時は文化祭の中止と言う話まで出たの
だが、開催まであと10日を切ってしまったこともあり、準備の方もかなりの頃まで進ん
でいたこともあった、ということで結局2週間延期して開催、と言う方向で話がまとまっ
たようだ。
「…それにしても、大変なことになっちゃったわね」
ある日のお昼休み。片桐さんが私に話しかけてきた。
「…ほんとね。こんなことになるなんて…」
「でもさ、高見くん、張り切ってるんじゃないの?」
「そうでもないのよ」
「What? どういうこと?」
「何の手懸りも見つけられないんだって。久世先輩と菅さんは単におんなじ演劇部の部員、
と言う共通点しかなくて他にこれと言ったものが見つからなかったそうよ」
「ふーん…。そうだ、後で演劇部の、なんて言ったっけ…」
「如月さん?」
「Yes。その人に言っておいて。今日美術部の何人かで打ち合わせをするから、って」
*
放課後。私たち3人はいつもどおりに演劇部の部室にお邪魔して、演劇部の準備の手伝
いを始めた。
「どうですか?」
如月さんが私達の机にやって来た。
「うん? 大丈夫よ、心配しないで」
「そうですか」
「よお、詩織」
と、如月さんの後ろから公人くんが出てきて私とメグが座っている机にやって来た。
「公人くん、大道具の方はどうしたの?」
「ん? ちょっと休憩」
「…なんかさっきも同じこと聞いたんだけど…」
「そ…、それよりさ、あの事件のことだけど…」
と公人くんが言いかけたときだった。
「…あの事件、ってなんですか?」
何人かの女子生徒が私たちの話の輪に入ってきた。
「…君達は?」
公人くんが聞いた。
「あ、私と同じ美術部員の子よ」
その女子生徒達の傍らに立っていた片桐さんが言う。
「紹介するわね。F組の金子さんに、1年の結城さん、それから同じ1年の村上さん。…
あなた達も名前くらいは聞いたことあるでしょ? 2年A組の高見公人くんと藤崎詩織さ
ん。それからB組の如月さんに…、何ていったっけ?」
「美樹原です」
「…そうそう、美樹原愛さん。よろしくね」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「それでその事件、っていうのはやっぱりこの間の…」
「ああ、例の久世部長と菅さんが死んだ事件だ」
「…それで、どうなんですか?」
「…まだ確証はないんだけどな。どうもこれは殺人らしいな」
「…ほんとうですか?」
「ああ。しかもこの事件にはある共通点があるんだ」
「なんですか?」
「…マザーグースの歌だよ」
「マザーグース?」
「その、マザーグースってなんですか?」
金子さん、と言う女子が公人くんに聞いた。
「ああ、知らない人もいるのか…。いやな、マザーグースって言うのはイギリスなんかで
古くから歌われてる童謡のことなんだけどな…」
「…あ、聞いたことがあります。確かクリスティがそれを使った小説書いてましたよね」
結城さんだった。
公人くんは自分でも今までの事件を振り返ろうか、とするかのように事件の経過につい
て話した。
「…というわけなんだ。今回の事件について最初の殺人は『誰が駒鳥を殺したか』そして
次の事件は『ハンプティ・ダンプティ』という歌に見立てられて殺害されたんじゃないか、
オレはそう思ってるんだけどな」
「そういえば学校の図書館にある本もそれが表紙でしたよね」
村上さんだった。
「村上さん、知ってるの?」
「ええ、演劇部の友達から今回の事に関して調べて欲しい、って頼まれて本を一緒に読ん
だことがあるんです」
「…でも、犯人は何でそんな回りくどいことしたのかしら?」
片桐さんだった。
「…どうしてだよ?」
「だってそうでしょ? そんなマザーグースの歌に見立てて殺すなんて…。犯人は一体何
が目的なの? それとも単なる愉快犯?」
「…まあ、そこがちょっとわからないんだけどな。それに…」
と公人くんが言いかけたときだった。
「おい、高見。しゃべってる暇あったらこっち手伝え!」
大道具係の人の声が聞こえた。
「あ、すいません。今行きます」
そして私達は作業に戻った。
*
その翌日の事だった。
私とメグが部室に行くと珍しく公人くんが先に来ていて、本を読んでいた。
「…何見てるの?」
私は公人くんに聞いた。
「ああ、これか。…いや、如月さんに例の台本借りたんだけど…」
公人くんはパラパラと何ページかめくっていたが、
「…如月さん、この台本、落丁か?」
「…どうしてですか?」
「ラストが書いてないんだけどな…」
「あ、それですか。その先、無いんです」
「無い?」
「はい。…部長が文化祭の1週間前になったら後半の台本を渡す、と言ってたんです」
「ってことは、久世先輩しか知らなかった、ってことか…」
「そういうことになりますね」
「…ま、いいさ。これだけでもわかったことがあるから」
「わかったこと?」
「ああ。今までの事件と同じで最初の被害者は『誰が駒鳥を殺したの』で次の被害者は『ハ
ンプティ・ダンプティ』と言う歌になぞらえて殺されるんだが…。久世先輩の残した台本
だと次の被害者は『小さなナンシー・エティコート』と言う歌になぞらえて殺されること
になるはずなんだ」
「…それ、ってこんな歌ですよね」
と如月さんは
小さなナンシー・エティコート
着てるよ白いペティコート
赤い鼻して
手足が長くて
長居をすれば
背が低くなる
と言う歌を言った。
「ああ。となると犯人は次はこの歌になぞらえることになるんだが…」
「…どうかしたの?」
私は公人くんに聞いた。
「…いや、オレの思い違いかもしれないな」
*
それから2、3日が過ぎた日のこと。
いつも通り私が学校に登校すると、
「詩織!」
珍しく公人くんが私より先に学校に来ていて、私を呼び止めた。
「どうしたの、公人くん?
「ちょっとこっちへ来い!」
そう言うと公人くんは私の手を引っ張った。
*
私が連れて行かれたのは体育倉庫の中だった。
「…ねえ、体育倉庫がどうかしたの?」
私は公人くんに聞くと、公人くんは何も言わずに体育倉庫の中を指差した。
「…」
思わず私は口を覆ってしまった。
一人の女生徒――美術部員の香山さんだった――が倒れていたからだ。
もう10月だと言うのに彼女はスリップ一枚の姿で倒れていた。
彼女は既に事切れているのがよくわかった。
「…まさか、彼女は暴行されたの?」
私が聞くと公人くんは、
「…いや、違うな。暴行されたのなら争った形跡があるはずだし、いくらなんでもスリッ
プを全く破らないで制服のみを破る、何て芸当は出来ないぜ。おそらくこれは殺したあと
に制服だけを脱がしたんだ」
「でもなんで、そんなことを…」
と、そのとき、
「…高見さん、これはもしかしたら『小さなナンシー・エティコート』の歌詞になぞらえ
て…」
如月さんが言う。が、如月さんの言葉が耳に入らないのか、公人くんはその死体をじっ
と見ているだけだった。
「…まさか…」
「まさか、って…どうしたの、公人くん」
「…詩織、どうやらオレはとんでもない思い違いをしていたようだ」
「…思い違い?」
「ああ。…となると、コレはもう一度考え直さなきゃならない所があるようだ…」
それから公人くんは私が話しかけても何も答えようとせずに、結局家に帰るまで何を考
えているのかずっと黙りっぱなしだった。
*
次の日になっても公人くんは何も話さず、ようやく私と口を聞いたのはお昼休みに入っ
てからだった。
「…そういうことか…」
「そういうことか、ってどうしたの?」
「ようやく突破口が見えたぜ。コレがわかれば事件は解決したも一緒だよ」
「というと…」
「ああ、解決まで後ちょっとだ」
*
放課後。私達が部室に入ると公人くんが如月さんとなにやら話していた。
「…どうしたの?」
私は公人くんに聞いた。
「いや、ちょっと今日部活始める前に30分くらい時間くれないか、って如月さんに話し
てたんだ」
「それで?」
「副部長に聞いてみる、って話してた。それでさ、詩織。頼みがあるんだけど」
「何?」
「美術部のみんなも読んでくれないか?」
「美術部の?」
「ああ。連中にも話したいことがあるんだ」
*
私が片桐さんに頼んで美術部員が集まったのはそれから20分ほどしてからだった。
公人くんは集まった一堂を見回すと、
「…さて、この高見公人の話に付き合ってくれて有難うございました」
と深々と頭を下げた。いつもの公人くんらしくない態度に私は思わず噴出してしまった。
「…さて、話というのは、今回の3件の事件のことなんですが…」
「…事件、ってお前、殺人事件みたいな言い方だな」
誰かが言った。
「その通り、今回の事件は立派な連続殺人事件だ」
いつもどおりの口調に公人くんが戻った。
「…ただ、今回の事件はオレもちょっと迂闊だったみたいで、随分回り道しちゃったけど
な」
「回り道?」
「そう。この事件、最初に久世部長の死体が発見されたときからオレの勘違いが始まって
たんだ」
「勘違い…って何?」
私は公人くんに聞いた。
「今回の事件は全てがマザーグースの唄、コレに尽きると思う。確かに最初は『誰がこま
どりを殺したのか』、次が『ハンプティ・ダンプティ』、そして三件目が『小さなナンシー・
エティコート』という唄を思わせる殺され方をしていた。しかし、だ。最初からそう思っ
ていたのがオレの考えの間違いのもとだったんだ」
「間違いの…もと?」
公人くんが「オレは重大な考え違いをしていた」ということはどういうことだったのだ
ろうか?
「如月さんも気付いていたようだが、『誰がこまどりを殺したのか』という唄の最初の節は
雀が『わたしの弓と矢でわたしが殺した』ことになっている。あの歌詞の通り久世部長は
矢をわき腹に刺されて殺されていた。何故犯人はそんな風にマザーグースの歌になぞらえ
て殺されたのか、最初はオレもよくわからなかった。2番目の事件もそうだ。しかし、3
度目の事件が起きたとき、オレの疑問は少しずつ解明されていった」
「どういうことなの?」
「三件目の『小さなナンシー・エティコート』という唄だよ。あの歌の歌詞は確かこうだ
よな? 『小さなナンシー・エティコート 着てるよ白いペティコート 赤い鼻して 手
足が長くて 長居をすれば 背が低くなる』…って」
「それがどうかしたの?」
「…実はな、あの歌はなぞなぞ遊びの唄で、蝋燭のことを唄ってる歌なんだ」
「蝋燭?」
「…そうだ。ちょっと考えりゃわかるよな? 『赤い鼻して』と言うのは蝋燭の炎のこと
を言ってて『長居をすれば 背が低くなる』というのは時間が経ったら段々と短くなって
いく様子を歌っていたんだ。しかし、だ。香山さんは蝋燭も持たず、下着姿で殺されてい
た。これを見た時、オレはこの事件を解決するための重大なヒントをえたんだ」
「重大なヒント?」
「犯人は『小さなナンシー・エティコート』の『小さなナンシー・エティコート 着てる
よ白いペティコート』という一節を字面通りに受け取って、彼女の制服を脱がし、下着姿
にしてしまったんだ。逆に言うとそれまで、マザーグースの唄どおりの見立て殺人と思っ
ていた前の二つの事件も全然マザーグースの唄と関係なく、たまたまそうなった、と見る
のが適切なんだ!」
「たまたまそうなった?」
「そう。第二の事件の時、菅さんが転落死していたこともあって、オレたちは『ハンプティ・
ダンプティ』という唄に見立てて殺された、と思った。そしてオレたちが今回の事件はマ
ザーグースの唄の見立て殺人と思い込んでしまったことから、犯人は香山さんが死んだと
き、マザーグースの唄に見立てなければいけない、と思ったんだ。そして彼女は下着姿で
死んでいた……」
「……ということは?」
「となると、犯人は自然と絞られてくる。久世部長の残した台本を読んでいる演劇部員は
まず除外される。となると残るは手伝いをしていたオレたちと美術部員のどちらかだ。し
かし、オレと詩織は最初からマザーグースの唄を知っている。そして美樹原さんは詩織に
いったいどういう唄なのか聞いていたし、事件があった後にマザーグースの本を買いに
いった」
「…となると、残された答えは一つ。…マザーグースの歌を知らない、と言ってた金子さ
ん、君じゃないのか?」
*
2週間後、きらめき高校の文化祭が開催された。
今回の事件が新聞にも報道されていたからだろうか、今回の入場者数は皮肉にも過去最
高を記録している、と言うことを私は実行委員会の友達から聞いた。
私達はその入場者を複雑な思いで見ていた。
「…なんか、もう随分前のことのような気がするわね」
私は公人くんに話しかけた。
「ああ。全く気楽なもんだぜ、何も知らないヤツらはよ」
「…金子さんのこと?」
「…ああ。彼女が久世先輩と付き合ってたのは勿論だけど。分かれる分かれないで口論と
なって揉み合ってるうちにああなったらしいな」
「そこで金子さんも逃げなければあんなことにならずに済んだのかもね」
「ああ、怖くなって逃げてしまったんだってな。それを久世部長と彼女が付き合ってたこ
とを以前から知ってた菅さんと香山さんが金子さんのことを問い詰めているうち、ああな
ちまった、ってわけだ」
「…じゃあ、マザーグースの歌に見立てた、というのは…」
「ああ。オレたちがああいう風に勘違いしていたせいで『小さなナンシー・エティコート』
の歌に似せようとしたらしいんだけど…。彼女がマザーグースの歌を知らなかったからあ
あいう風になったんだけど…。本当にアレでよかったのかな…」
事件が解決した、と言うのに公人くんの顔は何処となく複雑な表情だった。
(THE END)
<<第2話に戻る
この作品の感想を書く
戻る