@ 市街のシュタイナー学校(後編)

 「よし!3階の教室も見てもらおう。外の階段の方が行き易いからこっちへおいで……そうだ!体育館も見るかね?」

 となりの体育館のドアを開けると、まだ新しく、3段下がフロアーになっており、3人の生徒がバスケットボールをサッカーのように蹴っている。
 長髪の青年がぬっと現れた。ニコニコしているが……で、でかい!3段下から私を見下ろしている。若いので高校生かな?と思ったら教師らしい。
 「いっしょにバスケをやりませんか?以前に来た日本人は遊んでいきましたよ。」

 訪問は1時間程度と言われており、あまり時間がない。
 「バスケじゃ君とやっても勝目がない。私は卓球の選手だから、次回卓球で相手しよう。」
 彼は笑って、生徒のところへ言った。

 3階には小さな教室がいっぱいあった。屋根にもガラスを入れ、とても明るく、モダンなデザインだ。
 「体育館も含め、去年増築したんだ……。」

 私はおかしくて、笑い出しそうになった。そうか!それで旧館の中の階段を上がらず、外の新館側から来たんだ。きれいな所をよく見せようと……。
 そう言ってみたらおもしろかったかな?ロイ先生はどんな言い訳をしたのだろう。

 ミシンのある裁縫教室では、軽いジョークで
「男の子と女の子では、どちらが上手ですか?」
とやると、真剣に考えて
「う〜む…男は…速いが雑で…女は…ていねいだが…遅い。」

 「私の息子も入学させたくなりましたよ。」
と、おせじを言っても
「う〜む…親と子が離れて暮らすのは…あまり良くない…。」
と、くそ真面目な先生なのだ。

 オイリュトミーの部屋に来た。赤いカーペットが敷きつめてある。通訳しながら辻君が、
「オイリュトミーって…何ですか?」
「五感を高めようとする体操」

 いつもそう答えることにしているが、実は何て言っていいのか、私にも良くわからない。
 文字のAの気持になろう…と、体全体をAにする。頭の後ろから棒を落とし、おしりのあたりで受ける。時にダンスのようなことをやるが、けっしてバレエでもダンスでもない……。
 ロイ先生が助けてくれた。  「オイとは、美しいと言う意味。リュトミーは動き。オイリュトミーとは美しい動きのことなんだ。これはシュタイナー学校では重要だ。オイリュトミーを抜いて、3つのHを鍛えることはできない……3つのH?英語の頭文字で、シュタイナー学校ではHead(頭), Hand(手), Heart(心)の3つを育てているのだ。」

 開いている教室で坐り、フリートークになった。
 「私は、すべての子を健康で賢い人間に育てようと願っています。しかし、時にうまくいかない。文字は読めてもその意味を理解できない子や、優秀な頭を持っていても点取りにしか興味を持てないバカな子も出て来てしまう……。シュタイナー学校では、そのような子は出て来ますか?その時、どうしてやれば良いのでしょう。」

 「いっぱい出てくる!今もいる!それぞれに適する学校へ出してやるしか手がありません。シュタイナー学校は、普通の子が来る、普通の学校なのです。」

 そんな生徒はうちにはおらん!と言われたらどうしようと思っていたが、この答えにほっとし、少し勇気づけられもした。

 「シュタイナー学校では、多くの教科で子供を育てられますが、私の教室では2〜3の教科しか持たない。それで理想の人間像に迫ることなど可能なのかと不安にもなります……。」

 「……可能だ。カワハラ、今日私は君と接して、君が非常に優秀な『心』と『手』の教師であることがわかった。君がやるなら十分可能だ。」

 予想外の言葉に驚き、やはりうれしかった……。

 ロイヒテンベルガー先生に礼を言い、帰ろうとした。辻君も興奮している。
 「いや〜、色々とおもしろかったですね〜。シュタイナー学校がこんなだなんて、知らなかったですよ。先生がドイツに来なかったら、僕ひとりでシュタイナー学校へ入ることなどなかっただろうし、生涯その中のことなど知らないままだったでしょう…。」

 ロイ先生が辻君を呼び止め、何やら言っている。
 さらに興奮してもどって来た。
 「何て言ったと思います!カワハラには、もうアポイントなどいらない。いつでも好きな時に来てよいと伝えてくれ、って言ったんですよ!」

 ドイツ人は本音しか言わない。辻君の喜びようからすると、ドイツではかなりの賛辞で、名誉なのかも知れない。



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