A モダンバレエ

 外へ出て、歩いて5分ほどのバイエルン州立演劇場へ向かった。ロミオとジュリエットをやるらしい。「ミュンヘンへ来たら、一度はその芸術に触れるべき」と言う辻君が用意してくれていた。となりのオペラ座ではワーグナーをやるらしいが、6時間もあり、初日から少しきついので3時間のバレエにした。

 「ミュンヘンでは、日中は郊外などでのんびりし、夕方からとびっきりの晴れ着で演劇場へ行く……という休日がステイタスであり、カップルにとっては最高のデートなのです。その雰囲気を存分に味わってください。ただ、先生のその服装では、少し恥ずかしいかもしれませんが、まあ、外国人だから…いいでしょう」

 私のナリはジャケットにスラックス、スニーカーであったが、気にも止めず、演劇場の中へ入って行った……。

 あなたも映画やテレビで、ヨーロッパの社交パーティーを何度も見たことはあるでしょうが、その中へほうり込まれたことはないでしょう……。想像してくれとも言いません……。
 ツバメのように見えるモーニングスーツは、2mもの巨人で、その半分が足であるゲルマン人が着ると別格ですな。私が着ても、彼らの前では一匹のペンギンにすぎない。女性のあんなロングドレスは、日本ではどこでも見たことがない。何人かいた、足のすべてを見せるミニドレスも、あまりに見事すぎて、Hな気分にもならない。お子様にいたっては、みんな「不思議の国のアリス」か「シンデレラ」みたいだった。

 中へ入ってみると、一列30人ほどの座席は、日本の映画館と同じものだ。特に大きくもない。4階の立見まで入れると500人は入るであろう。1階席はほぼ満員であり、私はこまった。なんと私の席はちょうどまん中であり、紳士淑女を15人も押しのけなくてはならない…。ところが次の瞬間、私は文化・習慣の違いをまざまざと見せられた。やはり中へ入りたい婦人が、『端のひとりにたった一言』声をかけただけで、まるでウェーブのように次々に立ち上がり、イスをたてて、その大きな体をギュッと背もたれに押しつけて、楽々と通れるようにしてくれたのだ。しかも、ニッコリとほほえんで……。
 それはどの列でも同じであった。通る人がいなくなるまで、何度でもニッコリと立つのだ。当たり前のように。そう、彼らドイツ人にとって、それは当たり前のことであり、その自然さに私は感心し、なぜか少しうらやましく思えた。

 モダンバレエなど私は初めてであり、その芸術性などわからないが、バレエダンスとパントマイムの寸劇をミックスしたそれは楽しかった。原因の一つは観客の態度だ。ロミオとジュリエットのあらすじなど、誰でも知っているが、彼らは今新しく創られるそれを応援するかのように見て楽しんでいる。ひと幕ごとに、それがちょっとしたダンスのシーンであったとしても、「いいぞ!うまいぞ!」と大きな拍手だ。このような場が楽しくないわけがない。
 最後のカーテンコール。主役2人以上に拍手をもらう若者がいる。何やら声もかかり、青年は誇らしげで、うれしさに顔が輝いている。何者だろう。「いや、彼は今日がデビューなんですよ…。」

 かなわないなこりゃあ…。彼らは芸術を楽しみ、応援、拍手し、さらに育てようとする。ミュンヘンには大小いれて50ものシアターがあり、土・日曜には、どれも満員だと言う。かなわない……。

 外へ出ると夜の10時であるが、ようやく暗くなってきた。興奮しているので、まっすぐ帰れない。レストランで白ワインとソーセージを楽しみ、ホテルに帰ったのは12時だった。



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