2. ビールと芸術の都ミュンヘン
@ ビヤホール
右側に整列してエスカレーターを上がってゆくと、お城のような市庁舎の前に出た。ひときわ高い時計台は、鐘に合わせて人形が踊ることで有名。その美しさに私は圧倒され、舞い上がってしまった。「7時からバレエを見ますが、あと2時間どうしますか?」と言う辻君に、食いしん坊の私は、「まず、ビールを一杯。そして“ドイツ料理を”」とやってしまった。(これはドイツに住む日本人には禁句だ。なぜかは、ニュルンベルクで書こう。)
日曜のせいか、5時でも大きなビヤホールはけっこう混んでいた。席につくと、テーブル担当のタンテ(おばちゃん)がやって来て、注文を聞いてくれる。それからは、食事がすみ、お勘定までのすべてのめんどうを、その人ひとりで見てくれる。他の人がビールを持ってくることもなければ、追加を聞いてくれることもない。まるでその人の家へ行ったかのようになってしまう。これは私の気に入った。ビールやワインの種類が多くてわからなければ、好みを言うだけで、「これがいい。」 6個単位の小さなウインナーを6個だけ注文すると、「これは自慢のウインナーだよ。もっと食べなさい。」 食べてみておいしいので、12個追加すると、「ほ〜らごらん」なんて言われる。
一般にドイツの給仕は親切で、プロ意識をもっているように思えた。ファーストフード店以外では、バイトの女子大生などめったにいない(私はひとりも見なかった)。ただ、中には酒好きなタンテもいて、柱の陰でチョコっと飲んでいる。あるビヤホールでは、トイレへ行こうとして細い通路へ入ると、3人のタンテが“出来上がって”いる。とまどっていると、「トイレテン?(トイレかい)?」「ヤー(そうだ)」と言うと、「ここだよ」と教えてくれた。彼女たちのテーブルには客はいなかったのだろうか。いたとすれば、しばらくほうっておかれたにちがいない……。
ビールがやってきた。色々のビールがあるが、どれも飲みやすく、柔らかな味で、とてもおいしい。子供用のノンアルコールビールまであった。
ドイツの大きなビヤホールでは、それぞれ独自のビールをタルで作っており、市販はしない。理由の1つは、ビンに詰めるなら、腐敗防止のためフィルターで不純物を取るのだが、そのとき味も抜けてしまうらしい。おいしいビールを飲みたければ、歩いて行かなくてはならない。私はミュンヘンの4大ビヤホールを飲み歩いたが、一生飲み続けたく思った。おや、注文したブタ肉料理と、“春のサラダ”が来たぞ。こんなにうまいビールを楽しむドイツだ。料理もさぞや……。
巨大な皮つきのブタ肉が、ただ茹でられただけだった。サニーレタスとパスタがついている。ソースはかかっていない。テーブルには塩とコショウの小さなビンがあるだけだ。もう1つの皿には、これまた巨大な白アスパラが4本、茹で上がっている。やはり、いかなるソースもかかっていない。これが春のサラダ?
「ドイツの春とは、アスパラのことである」らしい。
“ドイツ料理はまずい! 彼らには味覚などなく、腹がふくれさえすればいいのだ。ためしにドイツ人が何か食べていたら、そっとただの石炭とすり換えてみるがいい。きっと彼らはそれと気づかず、食べ続けるだろう。”
そんな話も聞いたが、それは言いすぎだ。ただ、どの料理も素材そのままの味であるとは言えるだろう。
ブタ肉もアスパラも、わるくはなかった。ソーセージなどは種類も豊富で、様々の味が楽しめた。しかし、そこに「ソース」があれば、格段にうまくなるだろうに、その発想は、基本的にはドイツにはないようだった。また、ブタ肉ばかりが目立ち、あとは牛、そして鳥、魚はないに等しい。う〜ん、すぐあきてしまう。
「ドイツの学生は、ピザとマクドナルドだけで生きていますよ。他の物を食べているのを、見たことがない。」と辻君。まさか?! 本当なら、感覚がちがうとしか言いようがない。
食事を終えてタンテに言うと、計算書をもって来てくれて、その場で支払う。おつりの小銭か、気分と食べた値段によって2〜3マルクをチップにすればいい。5マルクもはずめば満面の笑みで「またどうぞ!」と言ってもらえるだろう。