風邪






「うう~~~グラグラする~~~~。」


布団の上に起き上がった途端に体を襲った眩暈に、情けなくも悲鳴をあげて、は再びベッドへと仰向けに倒れこんだ。

「世界が回るぅ~~…。」

見上げた天井のライトが微かにグルグルと動いているのを目にして、自分の病状が思ったより良くない事に気付く。
とはいえ、このままパートに出ている母親が帰ってくるのをのんびりと待っていられる程、の腹は大人しくは無かった。
壁に掛けられた時計を見ると、針は夕方の6時をさしている。
最後に食べ物を口にしたのが朝の7時過ぎだったことを考えると、ほぼ11時間以上もマトモに食べ物を口にしていない事になる。


「母さんも、せめてお粥くらい用意しといてくれてもいいのに……。」


言葉と共に溜息が零れる。
今はここに居ない母親の姿を思い浮かべて、はもう一度深い溜息をついた。
母親のパートの時間は、その時によりけりだが、出掛けた時間を考えると、今日は9時過ぎまで帰っては来ないだろう。
朝、普段通りに部活に行こうと起きた時には既にこんな状態で、起きる事もままならなかったから、母親も夕飯は食べられないものと思っていたらしい。
一眠りして少しスッキリした状態でダイニングへ行った時には、すぐに食べられそうな病人食の類は一切置いていなかった。
目が覚めた直後はさほど感じなかった空腹感も、熱も朝よりは下がって少しは落ち着いたなーと思った頃には、現金にも空腹の胃袋が食べ物を要求していた。
けれど、流石にレトルト食品は食べる気にならなくて、半ばふて寝状態でこの時間までダラダラと過ごしてきていた。


「何かもう…どうでも良くなってきたかも……。」

何だか酷く情けなさと寂しさがこみ上げてきて、横たえた身体をぎゅっと丸める。
静かな部屋に一人でいると、まるで世界に自分一人しか居ないような気がしてきて、段々と大きくなる不安と寂しさに押し潰されそうになってしまう。
そして、何よりこんな時は酷く人恋しくてたまらなかった。




「会いたいなぁ……。」




ふと、頭をよぎるのは誰よりも大切な人の姿。
たった一日会えないだけで、何年も会っていない気さえしてしまう程会いたくて会いたくてたまらない人。



ただ会いたかった。



話をするでも、ましてや一緒にテニスをするでもなく。
ただその顔を見たかった。
それだけで、このモヤモヤとする不安や寂しさが吹き飛ぶような気がした。

「………っく………会いたいよぉ………。」

知らず知らずの内に涙がにじんではシーツを濡らしていく。
零れる嗚咽は止めようとしても、自分の意志とは正反対に酷くなるばかりで、の気持ちを更に沈めるだけだった。
明日になれば学校に行って会える筈なのに、これから先毎日でも会えるのに、今すぐに会いたいという想いが爆発しそうで、自分で自分を押さえ切れない。
ほんの少しだけで良いから、誰よりも大好きなあの姿を、あの瞳を、この目にしたかった。













「会いたいよぉ……手塚部長……。」


「乾先輩……会いたい……よぉ……。」


「会いたい……大石先輩……会いたいよぉ……。」


「……タカさん……今すぐ会いたいよぉ………。」





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