伝説の剣――いや、刺身包丁を手に入れた鳴海たちは、旅の疲れを癒すため、温泉へと来ていた。 セバスチャンが所持していた『勇者様御一行証明証書』のおかげで、なんと無料で入浴できることになったのである。 時間帯がずれていることもあってか、温泉は鳴海たち4人以外誰もいなかった。 「おフロが広いのはいいんだけど……なんで混浴なのよっ!」 「あれ? 鳴海さん知らないんですか? ここの温泉は新婚さんがハネムーンでよく来ることで、かなり有名なんですよ。 それに、この温泉は別名『コウノトリ温泉』とも呼ばれていて、この温泉に来て『できちゃった』って人も多いんですよ」 ご丁寧にも、わざわざ解説をするセバスチャン。 「私は新婚さんじゃないっつーの!」 すると隣で美幸が、 「でも、私は智也とだったら……」 「おい、美幸。やめろよぉ」 「はいそこ! 温泉の中でイチャイチャしないっ! ってゆーか、2人ともなんかキャラ変わってるわよ」 「ふっ。何のことかな?」 鳴海の突っ込みにいたって余裕の智也。 「じゃあ、鳴海ちゃんはセバスチャンとだね」 鳴海に注意されながらも、イチャイチャするのを止めない美幸が言った。 「えーっ! セバスチャンと!? もっと優しくてかっこいい人が……じゃないっ! いつからカップル決めになったのよ!」 「あっ、鳴海さん。ご心配には及びませんよ。 私には愛しい妻とかわいい娘2人がいますから」 『――!!!!!』 一同に衝撃が走った。 「あんた、けっ……結婚してたの!? それに娘って……」 「まあ、私にもいろいろあるわけですよ」 セバスチャンは鳴海の言葉をさらりと流す。 「でも意外ねー。智也みたいなかっこいいのが結婚できなくて、なんであんなのが結婚してるの?」 「あ……あんなの!?」 「ちょっと待て、俺はまだ18だぞ!」 そろってツッコミを入れる、セバスチャンと智也。 ――温泉に来てまで私って何やってんだろ……。 鳴海はふとそんなことを思い、悲しくなってくる。 「ふうっ……。 私そろそろ上がるね」 「美幸待って、私も」 そう言って、美幸と鳴海の2人は温泉から上がっていった。 「じゃあ、俺も上がるかな」 「智也さんもですか?」 「当たり前だろ。男2人っきりで温泉に入ってられっか!」 智也も上がり温泉の中にはセバスチャン1人となっていた。 「あぁ、私って一体……」 セバスチャンが思ったのもつかの間、脱衣場から鳴海が戻ってきた。 「あれ鳴海さん? どうしたんですか?」 「あのね、セバスチャン。私やっぱりあなたのこと――」 そう言い、鳴海はセバスチャンを強く抱きしめた。 「だ……ダメです、鳴海さん。わっ……私には愛しい妻と娘が……」 「――おやすみ」 耳元でささやかれた瞬間、セバスチャンの意識は黒く染まっていった。 「遅いわねぇ。セバスチャン」 旅館のロビーで鳴海たち3人は、セバスチャンが戻ってくるのをずっと待っていた。 「あっ! 戻ってきたよ」 美幸が指した先にはセバスチャンの姿があった。 「――遅くなってすみません」 「まったくもう、さっさと魔王を倒さなくちゃいけないんだから……」 ――言った瞬間。 「鳴海っ!!」 「死ねぃ! 勇者っ!」 ヅガーン!! 「いったたた……」 鳴海は何が起きたのか理解できなかった。 突如として、彼女がいた空間が爆風に飲み込まれ、地面の岩が吹き飛んだのである。 智也に突き飛ばされなければ、吹き飛んでいたのは鳴海だっただろう。 「鳴海、大丈夫か?」 駆け寄ってきたのは智也と美幸。 「な……何が起きたの?」 「セバスチャンが……」 言い終わる前に、智也が2人を抱えて跳んだ。 ジュゴウゥゥン!! 智也のおかげで、何とかかわせた。 「はあ、はあ、2人とも、もうちょっと痩せてくれ……」 「エア・ウォール!」 ゴグゥゥン! 三度目の攻撃も、美幸がとっさに発動させた防御呪文でしのげた。 「このままじゃ本格的にまずいは。 みんな、いったん表に出るわよ」 返事も待たずに、鳴海は旅館の入り口を出て、通りに飛び出した。 「――!!」 そこはすでに、モンスターの巣窟になっていた。 「いったい何が……」 「鳴海ちゃん。これって……」 「相当やばいぜ。これは」 追いついてきた2人が口々に言う。 「勇者鳴海……。貴様はここで死ぬのだ」 「上っ!」 美幸の声に上を見上げると、そこには1人の女性がたたずんでいた。 「魔族だなっ!」 「わかっていたようね」 智也の声に、女の姿をした魔族は答えた。 「私の名はメリア。魔王様の腹心の1人よ」 「なんで私たちが、ここにいることがわかったの!」 「ここの町は2日前に滅びたのよ。それを勇者が来るって噂を聞いたもんだから、わざわざ私の魔力で町を復元したのよ。まさに、飛んで火に入る夏の虫」 待ち伏せされたわけか……。 「さあ、お話はこの程度にしましょう。私はあなたたちを殺せと言われて来ているの。悪いけど、さっさと殺されてね」 智也が右手に剣を左手に銃を持つ。 美幸は呪文を唱え始めている。 「ふふっ。準備は良いようね。 ならばっ……。いけっ! 我がしもべ『セバスチャン』!」 メリアのその言葉を待っていたかのように、1人の男が突っ込んできた。 「セバスチャン!!?」 3人はそれが、セバスチャン本人であることにすぐに気づいた。 「あんた、セバスチャンに何を!?」 「ふふっ。私は妖術が得意なの。 勇者鳴海、あんたの姿を借りて、あの男を操ったってわけ。 あんたに仲間が斬れるかしら!?」 「……ユウシャ……コロス」 セバスチャンが突っ込んでくる。 「鳴海!!」 智也が叫んだ。 どうする。どうすればいいの……? そして―― |