NO.5 正義という名の悲劇 - PART II

 ランキムは航宙ステーション上空を離れ、宮廷上空に到着した。ロッティの指示で、徐々に高度を下げていく。
「思ったより被害は大きくなさそうだな……
 ランキムはメインモニターで地上の映像をズームアップした。宮廷の一角が吐き出す煙は薄れつつある。少なくとも火の影はない。
 それに見入っていたロッティは、緑の中庭の隅に、奇妙な人影を発見した。
「ザイダル・レイドフの特徴はどうだった……?」
「灰色のフードにコート、胸元に鳥の刺繍、だろう」
 映像を凝視しているロッティに、レオナードが不思議そうに答える。
 そう、それがレイドフという人物について、聞き込みで得られた特徴だった。
 そして、それと同じ特徴をもつ存在を、ロッティは発見していた。
「ランキム、急降下だ! ヤツを追うぞ!」
 容疑者を目の前にして証拠も何も必要ない。ランキムは遠慮なく、宮廷の広い中庭に降下する。
 辺りには警備員や警官の姿もあったが、こちらにかまっている余裕はないらしい。
 ハッチから跳び降りると、ロッティはレーザーガンを手にして見上げた。
「テリッサ、残っててくれ。レオ、こっちだ」
 ハッチから顔をのぞかせていたテリッサは男たちを見送り、ブリッジに戻る。ランキムはセンサーをフル稼働させてロッティらを追跡した。
 植え込みを飛び越え、木々の横手から回り込み、ロッティとレオナードは爆発現場に行き着く。
 破壊された壁の内側は黒々と焦げているが、死傷者の姿はない。すでに運び出されたのだろうか。
「どこへ消えた……?」
「ランキム」
 ロッティは腕の通信機に声をかける。
『周囲にレイドフの姿はありません。建物内に侵入したようです』
「誘われているのか……地下への出入口はわかるか?」
……レジスタンスから図面が送られて来ました。そちらのリストスクリーンに転送します』
 ロッティとレオナードはリストユニットの小さな画面に映し出された図面に従い、地下への入り口に向かって走った。誰ともすれ違うことなく、2人は不気味な静けさの中、無言で通路を駆け抜ける。
 何度も角を曲がり、やがて、最後の角を曲がる。
「何っ!」
 とっさに足を止め、角の陰に戻る。小さな金属音が耳に届いた。
 角の向こう――そこに、50人近い人々が立ち塞がっていた。警備員も多いが、中には宮廷の職員らしいものも混じっている。皆、一様にどこかうつろな目をしていた。
「完全に操られているな……
 レーザーガンをかまえ、レオナードがうめく。
「まだまだ敵が増える可能性が高い。何とかしないと……
 しかし、操られているだけの者を撃つわけにもいかない。それが最大のネックになっていた。
 必死に考えをめぐらせながら、ロッティは思いついたことを言っていく。
「マザーコンピュータがあるといっていたな……ランキム、どうにかならないか?」
『レジスタンスにマザーコンピュータとニューロオペレーターの交信についてのデータをもらっているところです。少し待ってください』 
 じりじりと焦りを感じながら、時が過ぎるのを待つ。ロッティはわずかに顔を出し、向こうをうかがった。別の通路から現れた数人が合流するところだ。
 そして、包囲の輪を形作るように移動しつつ、近づいてくる。
 ロッティとレオナードは、徐々にT字路まで後退。
 さらに後退しようかと左右の通路を見回した時、ランキムがようやく沈黙を破った。
『ニューロオペレーターのチャンネルを確認しました。撹乱情報を流します。もう心配ありません』
 無感動なランキムの声にも、安心したような響きが混じる。
 角の向こうをのぞくと、人々は壁に向かって歌を歌ったり、寝転んでごろごろと床を転がったり、髪をかきむしりながら笑ったりと、脈絡のない行動を繰り返している。
「安全に地下に行けるな」
 無力化した人々の間を駆け抜けながら、彼はふと思った。
 無気力状態のようだった人々が突然意味不明な行動に出る――
 この状態にそっくりではないか? 
 しかし今はそれにかまう余裕はなく、彼らは地下へのエレベータに乗り、降りた。
 エレベータを出ると、そこには、様々な装置が並べ立てられた、広大な研究施設が存在している。
 戦艦とも思えない、巨大な、光沢のある淡い緑色の建造物が高い天井近くまでそびえている。
「どういうことだ……?」
 茫然と建造物を見上げ、レオナードがつぶやく。
 建造物は、巨大な宇宙船に思えなくもない。巨大すぎて全体は把握できないが。しかも、それは5つも並んでいた。
 その建造物の周囲をめぐる金属の網状の足場の上に、見覚えのある姿があった。
「我らが研究所にようこそ、GPの方々」
「レイドフ!」
 意外と澄んだ高い声が響いた。その声といい、姿といい、シグナ・ステーションの《時詠み》を思わせる。
「ここは我らが野望の最終地点。宇宙の腐った悪人どもを駆逐するための兵器を開発する研究所だ。そしてわれらが正義の体現であるマザーコンピュータも、首相ら正義の使徒とともにこの中に存在する」
 船らしきものの中を身振りで示し、レイドフは大仰に言う。
「さあ、私と対決したければここまで来い。勝負は目に見えているがな」
 笑い声が響いた。
 不用意に突っ込むわけにはいかない。ロッティはとりあえず、通信機に声をかけた。
「そっちの様子はどうだ?」
『特に変わりありません。航宙ステーションではレジスタンスと警察がにらみ合いを続けています。警察の大半はニューロオペレーターの無力化の影響を受けているようですが、政府の要人同様、効果のない者もいるようですね』
 ロッティが連絡をとっている間に、レオナードはレイドフにレーザーガンの狙いをつけている。しかし、レイドフは少しも怯んだ様子がない。
「私を撃てばこの辺り一帯が火の海になるぞ……少なくともお前たちは爆発から逃れられまい」
 悠々と足場を行き来するレイドフに狙いをつけたまま、レオナードは舌打ちする。
「ランキムにお出まし願うほかないか……
 パァン……
 そのとき、あまりに広大な空間なためか、拡散して気の抜けたようになった破裂音が響いた。
「何……?」
 宙に浮かぶ足場の上にいたフードにマントの姿が、前のめりに倒れ、空中に投げ出される。ひらひらとマントをなびかせつつ落下する姿はどこか滑稽で、まるで『てるてるぼうず』のようだ。
 その姿ははるか下の地面にまでは落下せず、途中の金網の上に叩きつけられた。
 その姿が元あった足場の上には、やはり見覚えのある姿が立っている――硝煙をあげるレトロな拳銃を右手にして。
「ここまで多くのネズミが潜り込んでいたとは気づかなかった……まったく、悪人が絶えた例はないとはこのことだ」
「どういうことだ……?」
 わけがわからず、ロッティはつぶやく。
 そのつぶやきが聞こえるはずもなく、ダルニア外相は神経質にピストルをハンカチで拭きながら、独り言のように言う。
「それも今日で終わりだ。ここを捨て、真の正義の民だけの国を造るのだ。新天地はすぐに見つかる。まったく、名ばかりのGPにはとんだヤキを回されたよ。偽善者にも罰を与えないとな」
 どこか人間らしからぬ狂暴な笑みを浮かべた後、外相は足場を歩き、建造物の横手に姿を消した。
 やはり、あの建造物は宇宙船なのだ……ロッティは確信する。
 間もなく、重い振動が地面を震わせ始めた。
「起動する気か!」
 広大な室内が震え、爆風が起こる。飛ばされて向かって来た器具をかわし、ロッティとレオナードはエレベータ内に避難した。
 轟音が聞こえる。何かが崩れ落ちる音と、突き破るような爆音。衝撃でエレベータのドアがでこぼこになるが、何とか穴は空かなかった。
 音が徐々に遠くなっていく。それが消えないうちに、2人はエレベータを出て研究所内に戻った。
 壁や天井が崩れ落ち、見上げれば空がのぞく。飛びたったのは1機だけらしい。
「他は無人か……
 他の船を警戒するが、動き出す様子はない。
 少し落ち着くと、2人は飛びたった船のあったゲートに駆け寄った。そこで、半ば瓦礫に埋もれた人間の姿を見つける。
 下半身を大きなガレキにつぶされ、その人物は事切れていた。最大の死因は、落下でもガレキでもなく、胸の辺りを赤く濡らす、小さな、限りなく深い傷のほうだろうが。
 ロッティはうつぶせに倒れたその人物のフードを取った。途端に、2人の刑事は目を丸くする。
「こいつは……

『地下から異常なエネルギーを感知しました。緊急回避します』
 ランキムは報告するより先にメインドライブを起動し、急上昇した。1人ブリッジに残っていたテリッサは、モニターのなかで地面が盛り上がるのを目にする。
 空中で静止しかけたランキムは隆起の勢いに危機感を抱いてか、さらに高く上昇した。
 地面を突き破り、巨大な姿が現われる。それはランキムを突き上げようとするかのように、角のように尖った機首を突き出したまま急上昇する。 
 ランキムはそれを回避。急な動きで投げ出されそうになり、テリッサは席にしがみつく。
「何あれ! くじら?」
『温厚な存在には思えませんね』
 巨大な船はこちらに向きを変える。ランキムはバリアを展開した。その直後、光子魚雷が発射される。
 それが、4発。可能な限り回避するが、2発がバリアを削った。
「明らかな敵対行為に反撃して悪いことはないわね! でも、どこを狙えばいいのかしら」
『スキャンには時間がかかります。しかし、弱点のような部位はないでしょう』
 敵艦には、外部パーツというものがなかった。光沢のある淡い緑の円柱を縦に割ったようなものが、どういうわけか飛んでいる、という不思議な光景だ。
 テリッサは考え込んだ。席にしがみつきながらでなくてはいけなかったが。
「あの船にはマザーコンピュータが設置されれているのよねえ」
 ふと、ロッティの通信機を通して聞いていたことを思い出す。
『そうですね。レジスタンスの情報で接続は可能となっています。少々危険ですが、やってみましょう』
 ランキムはマザーコンピュータとニューロオペレーターをつなぐチャンネルに侵入し、マザーコンピュータをさぐる。
『容量、処理速度ともに私の比ではありませんが、意外に単純ですね。武器システムをすべてオフにしました。強制的に降下させます』
 ランキムはあっさりと相手のシステムをのっとった。
 その時、ノイズ混じりの通信が入る。
『我々は……に負けたというのか! ……ない……捕虜となるくらいなら、名誉ある死を選ぶ』
 途切れ途切れのことばの意味に、テリッサは表情を引き攣らせた。
 次の瞬間、巨大な船は爆散する。ランキムは爆風に煽られたが、何とか宙で体勢を立て直した。
 爆音の余韻に、淡々とした、だが、かすかに悲しみを帯びたつぶやきが紛れる。
『捕虜となる苦しみがわかるのなら、脳を支配される苦しみもわかるだろうに……

「アーシェ!」
 その白い顔を見るなり、ベネトは悲痛な叫びをあげた。いくら大きな声をあげても、もう届かないというのに。
「やっぱり、あんたたちだったのか……
 狂おしいほどに髪をかきむしるベネトとアーシェリアの弟たちに、ロッティは同情していいのか恨むべきかわからない、という表情で声をかける。
「なぜこんな回りくどいことを……
「こうでもしないと、あんたたちは動いてくれないだろう!」 
 アーシェリアの弟の1人が恨みがましく叫ぶ。
 となりで、ベネトは首を振った。
「アーシェは真の正義のために死んだんだ。機械になんか操られない、自分の感情のままの正義にしたがって」
 近隣の惑星やステーションで起きた事件も、レジスタンスの活動の結果だろう。もともと操られ、当人も知らぬままスパイをしていた者たちを、彼らがニューロオペレーターのチャンネルを混乱させることによって無力化したのだ。死なせるつもりはなかったという。
「しかし、我々の立場としてはあんたたちを逮捕しなくてはいけない。それがGPの正義でね……
 ロッティはむなしく言った。

 バリキュウムにはGPの応援が大勢入り、同時にカウンセラーも集められた。人々の多くはリハビリによって精神の機能を回復させることになるが、今までほとんど使われていなかった思考という機能を育てていくのは、難しい行程に違いない。
 船とともに心中した政府の高官たちの遺体のいくつかは発見され、検死にかけられた。その末、意外な事実が判明する。
 彼らもまた、ニューロオペレータにより操られていたのだ。
 謎をとく鍵はマザーコンピュータだが、爆散してしまったために手がかりはない。そのマザーコンピュータと接続していたランキムにも、情報は残されていなかった。
「後味の悪い事件だったな……
 本部の2番ゲートで、ロッティは溜め息まじりにつぶやく。
『やはり、何者かがバリキュウム政府ごと多くの者を操ろうとしていたということでしょう。もしダルニア外相の取引を受けていれば、GPもその人物の手先になっていたわけです』
「ぞっとしない話だ」
 辺りに他に人の姿はない。ロッティがここでランキムを相手に事件の考察や対策について考えるのは、良くあることだ。
 しかし、今日は何かが違っていた。ロッティはふと、頭の中にある疑念について口を開きかける。
……実は、前から考えていたことがあるんだが……
『何ですか』
 ランキムいつも通り、特に興味なさそうな調子である。
 ロッティは一瞬考えて、首を振る。
「いや、やめておこう。ここで言うようなことじゃないしな……
……
 疑問を声に出すこともなく、ランキムは沈黙を守った。
 それは、相手が言いかけたことばを理解しないためではなかった。

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