NO.3 二重螺旋 - PART I

「そろそろだね」
 艦長席で、キイ・マスターは独り言のようにぼやいた。
 年齢・出身地等、詳細不明の女性。その男装のような姿から、一見して、少年とも見間違う者もいる。
「とっとと済ませていきたいな」
『何をせっかちな。時間はたっぷりあるでしょうに』 
 美しい声がブリッジに響く。白を基調としたブリッジはクルー1人に対しては広過ぎるほどだが、席の後ろにある雑然とした棚が、寂しい雰囲気を打ち壊していた。
『それとも、そろそろ人生を無駄使いしたくなくなりましたか?』 
 レスト・ステーションを横手に見ながら、人格を持った宇宙船制御システムを搭載する船、ゼクロスは宇宙空間を直進していた。
 キイは次の目的地を高度な科学文明を持つ惑星、オリヴンに決めていた。キイとゼクロスが拠点としている惑星でもある。
「そうだな……覚えていられることにも限りがあるしね。私は過去はみんな覚えていたいから」
『欲張りな……
 彼女はオリヴンへの途中で寄り道をすることにしていた。彼女の両手には、なぜか花束が抱えられている。
『それをどうするつもりですか? あなたに花を観賞する趣味があるとは思えませんし、今夜のおかずにでも?』
「何言ってるんだい、私は動植物には好かれるんだよ」
 広いブリッジを見回し、キイは不思議そうなゼクロスのことばにしらじらしく応じた。
「墓参りさ。遠い過去との決別、とでも言おうか」
 冗談めかして言うその闇色の瞳には、いたずらっぽい光が浮かんでいる。いつも通り、どこまで本気かわからない。
……お墓参りなら、オリヴンではないのですか?』
「きみだって、私の過去をすべて知っているわけではないだろう」
『それはそうです。私のあなたに関する記憶は5年足らず前から始まっていますから』
 キイ・マスターと人工知能搭載宇宙船XEXがともに宇宙を飛び回る生活を始めて、約5年の年月が経つ。しかし、ゼクロスは何ひとつ、キイの変化を感知できなかった。身体的にも、精神的にもだ。
『あなたは成長していないように見えますね。というより、あなたの年齢を聞いたことがありません』
「レディに歳は聞かないものさ」
 ゼクロスはレスト・ステーションを通り過ぎると、青緑の小さな惑星に向けて軌道修正。その惑星を画面内に捉える直前にモニターにノイズがはしるが、それは一瞬でおさまる。
 惑星アマワール。ゼクロスのデータバンクにもなかった名の知られていない惑星。とりあえず誘導信号があるということは、それなりの文明社会は存在するようだ。
 その惑星をモニターの中央に捉えながら、ゼクロスは着陸態勢に入った。

「まるで時間が止まっているようだということかな」
 思い出したようにキイが顔を上げた。
『宇宙空間で暮らす者は長命だというデータがあります。そのためかもしれません。宇宙空間では時間が止まっているように思えることは良くあることです』
 現代、超高速移動による惑星上との時差や冷凍睡眠など、人の年齢は余り意味をなさなくなっている。裕福な者には、身体改造により半永久的な寿命を持つ肉体を手に入れる者も少なくない。
「止まっているのは、時間じゃなくて思考かもしれないけどね……
 キイは、花束に視線を落としてつぶやいた。
 ゼクロスは広大なタワーステーションに誘導された。白いタワーが街の真ん中にそびえたち、その周りに何か磁場が働いているのか、多くの船やシャトルが整然と浮かんでいる。地上より空中に浮かぶもののほうが多い。
『しかし、我々は物質的な存在ですから。あなたも少しずつ老けてはいるわけです』
「失礼な」
 少し離れたところに浮かぶシャトルから、生身の人間が宙に飛び出し、自分のシャトルに飛び移る。気圧、気温等、かなりの高度までの空間がコントロールされているらしい。
『ま、私は忘れませんから、いつかあなたの変化をシュミレートできるでしょう。そういう意味では、私はあなたと違って過去との決別はできない身ですね』
「本当にそうかな?」
 キイは、ただ微笑した。
 彼女は花束を手に、何のためらいもなく船外に出た。眼下に広がる街並みを踏みつけながら、見えない力に引かれ、タワーに移る。タワーに壁はなく、その内部と周囲はすべて重力制御されている。
 キイは1度だけ、宙に浮かぶ船を振り返った。
「いいかい、ゼクロス。私が戻るまで決してここを動いてはいけないよ」
『わかっています。置いていったりはしませんよ』
 神妙な調子のキイに、ゼクロスは訝しげに、しかし素直に応じた。
 キイは、行き交う人々の向こうへ消えていく――
 
 ゼクロスの船内時間で、約十時間が経過していた。
 動くなと言われたものの、連絡くらい取るべきではないか――と判断し、何度かキイの通信機に信号を送ったものの、まったく応答はない。
 それからさらに、数時間がたった。
『そろそろ……探したほうがいいですね』
 このままでは1日経過してしまう。ここまで長い間連絡がないことは今までになかった。
 キイに何かあったのかもしれない。それも今までにないことだが、その場合、ここを動かないままでいたほうがずっと被害が大きい。動いて何の不都合があるのだろうか?
『行きますか……
 タワーの管理コンピュータは、完全自動だ。そのためにかえってだましやすい。
 ゼクロスは他の駐機中の機体にまぎれ、ゆっくりとタワーの根もとのほうへと下りて行った。

 地上のステーションに人の姿はなく、ゼクロスは低空飛行で広場に出た。上空から見ると住宅が密集しているように見えたが、この辺りはそうではないらしい。
 あきらめて上昇しようとした時、ゼクロスは人の姿を感知した。意識的にセンサー範囲をせばめているとはいえ、気づくのが遅れた彼は不審に思う。
 しかし、今はそれどころではない。
「あ……
 金髪をひとつに束ねた若い女性が、驚きの表情で見上げていた。
『すみません、驚かせてしまって。ひとつお尋ねしたいことがあるのですが』
 女性は、しばらく目を丸くしていたものの、かけられた優しい声に、やがて安心したようにほほ笑んだ。
「私で力になれることなら、何なりと。ここの惑星は、お客さんには優しいの」
『ここの惑星の方針……ですか?』
 ゼクロスが不思議そうに言うと、女性は、ああ、と何かに気づいたように口に手を当ててクスクス笑った。
「そういうことね。あたしはレミエラ。この惑星の人が答えられる平均的なことには大体答えられるわ」
 ゼクロスはレミエラのことばに違和感を感じた。しかし大した意味があるとも思えなかったので、気にしないでおく。 
『平均的ではないと思いますが……。人を捜しているんです。黒目黒髪はこの辺りでは珍しいようなので、目立つとは思いますが……
 レミエラはタイミングを計ったように、ぱちんと手を打った。
「ああ、キイ・マスターさんね。今日は会ってないけど、居場所は知ってるわ」 
『し、知ってるんですか?』
「すぐ近くよ。ついてきてくれる?」 
 ゼクロスは驚きながらも、レミエラに案内してもらうことにした。
 しばらくの間は、公園のような敷地が続く。やがてレミエラは市街地に入り、ゼクロスは騒ぎにならないかと迷ったが、なぜか辺りに人の気配はない。
 それから間もなく、爆音が響いた。
『あれは……?』
「また来たわね……
 見上げるレミエラの表情がこわばる。爆音は遠くで、何度か連続した。
「お願い、しばらく守ってくれる? いえ、あいつらがここまで辿り着けるわけはないもの、ただ、空を見たくないだけ……
『空なら、私が遮っていますよ』
 わけもわからないまま、街の上に影を落とす。
 しばらく連続して響き渡っていた爆音は、やがて途切れた。
 それから間もなく、ゼクロスは周囲の光景に驚いた。辺りに人気のなかったのが、後から後からどこからともなく人の姿が湧いて出てくるのだ。ある者は茂みの中から、ある家族は道路の真ん中にぽっかりと開いた穴から。
『どういうことです……?』
 レミエラは苦笑した。
「みんなシェルターに隠れていたのよ……ここも、中央帝国の連中に見つかったの」
『中央帝国?』
 聞きなれないことばに、ゼクロスはきき返した。
 レミエラはまだ苦笑したまま、答える。
「それを知らないってことは、とても幸運ね。調整者が支配する帝国よ。フォートレットを中心に、調整者は2年前から次々と惑星を支配下においていった……
『そんな情報なら必ず私も手に入れているはずです。本当なのですか?』
「なら、他の人々にも聞いてみるといいわ」
 周囲の人々も上空のゼクロスとレミエラの会話に注目していた。その中の1人、レミエラの知り合いらしい男が口を挟む。
「ああ、本当だ。もうここを含めても残された惑星は数少ない」
「やはりシグナが支配下に入ってから、すぐに多くの惑星が調整者のものになったわ」
 ゼクロスは一瞬、レミエラが何を言っているのかわからなかった。
 理解するなり、慌てて声を上げる。
『そんな、嘘です! 私、昨日シグナ・ステーションを出たばかりですよ!』
「嘘じゃない。超時空要塞がなければここの管理コンピュータもとっくにのっとられてるだろう」 
 超時空要塞とは、2年前からこの惑星の周囲に現れた謎の要塞だ。この惑星のことはともかく、要塞の存在自体のウワサはゼクロスも聞いたことはある。
 その要塞がどういうわけか、結果的にはこの惑星を守っている。人々は心から感謝していた。
「要塞も何度も爆撃を受けているが、今のところ大丈夫だ」
「シグナも、要塞のシステムをのっとることはできないみたいね」
 ――ゼクロスは要塞を捜索してみた。確かに、そこには人々の言う通りの存在が感知できる。
 レスト・ステーションがあるべきところに。
 それに、人々がふざけているようにも見えない。
 ゼクロスは混乱した。
『本当……なのですか?』
 信じられない思いで、おずおずと尋ねる。
 人々の答は、どれも質問を肯定するものだった。
 ゼクロスは、キイとともに昨日シグナ・ステーションを出た……はずだった。記憶が正しければ。
 どこまで本当なのか? 何が狂っているのか?
『信じられません……キイ! どこです !?』
 レミエラが無言で丘の向こうを指さす。
 ゼクロスは飛んだ。

 そこには、巨大なモニターがあった。
 何人かがそれを見上げている。その中の1人、老人が言った。
「ここに集まる未来と過去の記録だよ。あるいは、記憶か……
 孫にでも言い聞かせているのだろうか。そのそばに、子どもの姿は無いが。
 どこかで見覚えのあるような気がする人間の後ろ姿が並んでいたが、その中にキイの姿はなく、ゼクロスは途方に暮れた。戸惑っているうちに、やがて、暗かった巨大モニターの画面に灯が入る。
 映し出されたのは、灰色の惑星だった。
 それがアップになる。でこぼこした大地は枯れはて、水は干上がり、大気はけがれていた。わずかに残っていた雑草も、よどんだ風のひと吹きで命尽きる。
 ひび割れた道路の上を、人が歩いていた。遠すぎて顔は見えない。小さな探査艇がその周囲を飛んでいた。
 その両方が、ゼクロスには段々見覚えがあるものに見えてくる……
 そのとき、
 時が止まった。 

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