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  NO/04-03


 少年は蘇生させられた。彼の航宙機を撃墜させた者たちに。
 最初は相手が何者なのかはわからなかったが、彼は閉じ込められた建物のシステムとシンクロしデータバンクを参照することで彼らの言語や知識を得た。
「どうします、あの航宙機?」
 通路から声が響く。近付く足音。
「解体できそうもありませんから、岩にでも偽装して飛ばしますか。誰も気づくことも回収することもありますまい……永遠に〈ミラージュベール〉を巡るか、大きな岩にでも当たって砕けるか、向こう側に抜けるか……そんなところでしょう」
 航宙機、というのが自分の航宙機のことだと彼は知った。知るなり、彼は建物のネットワークからそれを探し出しシステムにアクセスする。自分の情報をそこに記録し、隠しておくのだ。そうすればいつか、誰かが見つけるかもしれない。
 情報を書き込む前に、彼はないはずのものを見つける。
 誰かが通信ネットワークと同調し呼びかけていた。それをデータバンクが記録している。おそらく、死亡直前に無意識に呼びかけた際に誰かが応じたのだろう。記憶された内容は単純なものだった。
〈どこ? どこにいるの? どうしたの?〉
 聞き覚えのある声。
「あいつ、シンクロしてる」
 低い声が思考を中断させる。意識を身体の方に戻すと、ドアが開かれ、体格のいい男と白衣の男が入ってくる。
「やめろ!」
 抵抗しようにもどうにもならない。押さえつけられ、注射を打たれた。
 意識が曖昧になる。記憶が曖昧になる――
『セスタ、大丈夫か?』
 白いブリッジ。スピーカーから呼びかけるのはキイだ。
 セスタは頭を振り、その中身がこぼれていかないことを確認する。
「大丈夫です、ぼくは……全部、思い出しました」
『全部? こいつの記憶と同調したせいか。それにしても……』
「その人と同調したのはきっかけに過ぎないと思います。その人はぼくらの母星、ジェーヌを売ろうとした。アステン財団に」
『アステン財団か……それはGPの仕事だな。ここには他に人間はいないようだ。この連中を連れて行かなければならないが、どうにしろ一度戻る必要があるか』
 セスタは建物内カメラを通し、キイが肩をすくめるのを見ることができた。その前で男がデスクに突っ伏している。
「いえ、ぼくがシャトルを操作してその人たちを回収します」
 キイはその申し出を受け入れた。人間たちを拘束し建物外にまとめる。
 腕輪型通信機からの入力でキイはゼクロスを覚醒することができるが、彼女は不用意にそれをやりたくないらしかった。強制覚醒も強制休眠も中枢に負担をかける。すでに疲弊している相手にそれを実行する前に様子を見たいのだろう。
 セスタは機内システムにシンクロすることで状態を把握できたが、判断するのはキイの役目だ。それに、サイバーシンクロニシティでも解析不能な部分がある。アストラルシステム。それは通常の機器とは次元の違うものらしい。
 やがて人間たちを閉じ込めたシャトルがドッグに収容される。シャトル内で窮屈な思いをするだろうが、そこまで気を使うことはない。
 キイは建物内にあったエアバイクを借りて船に戻った。乗り捨てたバイクの周囲には機械兵の残骸が散乱している。
「いやあ、酷い目にあった」
 ブリッジに戻ったキイはチリチリになった前髪のひと房をつまんで言う。重傷なものは治療済みだが、あちこちに火傷や浅い切り傷がある。
「大丈夫なんですか?」
「ああ。でも着替えてきた方がいいな。この格好を見るとゼクロスは大騒ぎする」
 顔をしかめながら頬についた火傷を指でなぞり、彼女は一旦ブリッジを離れた。見える部分の怪我は仕方がないが、真新しい服に着替えると幾分見た目はましになる。服装自体はいつもと同じだった。細いリボンつきのシャツにベージュのベスト、ベレー帽――それを彼女は何着も持っている。
 ブリッジの艦長席に戻ると彼女はコンソールのキーボードからコマンドを打ち込み、モニター出力で機内システム群の状態を確認した。
 もともとキイが中枢の保護のため強制休眠をかけただけなので、大きなダメージは負っていない。彼女は続いてキーボード入力で覚醒を指示する。
『ああ……キイ?』
 ぼんやりと夢から覚めたような声。
『良かった、セスタも無事で……障害は解決されたのですね』
「そうだ。依頼もほぼ達成されたんじゃないかな」
『ええ? それじゃあ……』
 セスタはほほ笑む。今までより、少し大人びた笑顔だ。
 だが、まだすべてが終わったわけではない。アステン財団の企みが白日の下にさらされなければ終わりとは言えない。もっとも、それは何でも屋の仕事ではないが。
 それに、セスタの故郷についてだ。名前や場所がわかっても実際に行くのは至難の業だろう。
「セスタを送っていくには準備不足だ。どうやっても一度は帰らないとね」
「それで充分ですよ」
 少年は即座に言った。
 何でも屋たちは疲れていた。帰るのも億劫なくらいに。
 しかし帰らないわけにもいかず、ゼクロスは補助ドライヴで大気圏を脱出。再び、美しくも騒々しい星屑の大河へ――。
 宇宙船制御AIはそうもいかないがキイは昼寝のひとつもできるだろうと、椅子を倒し頭の後ろに手を組んだ。が、目論見はもろくも崩れる。
『中型戦闘艦接近中。CSリングとバリア起動』
 サブモニターに感知した姿が表示される。正面から向かってくるのはゴテゴテと砲門で飾り立てた空母型戦闘艦だ。五〇〇メートルから一キロメートルの中型とはいえ、百メートル級小型探査船のゼクロスに比べると相当の差がある。
 奇襲とはいえ惑星ひとつに戦争を仕掛けようとしていたのだ。それくらいの備えを行っていたとしても不思議ではない。
「このタイミングで……」
 さすがにキイも辟易する。戦おうとは考えない。ゼクロスに逃走を指示。
『迷子になるかもしれませんが……被照準反応複数。艦載機が七機離陸。どうします?』
「迷子の方がまだマシ。ハイパーAドライヴ起動」
 セスタはこの間に戦闘艦のシステム内にシンクロできるかとやってみたが、それは外部通信を受け付けない。対ジェーヌ人用の戦闘艦なのだ。
 ハイパーAドライヴに機動力を移そうとした瞬間、重力波に捕らわれ一瞬動きが止まる。光子魚雷の雨と空母の主砲ブラスターが追撃。CSリングとバリアで軽減されるが機体は揺れた。
『尾部中破。バリア全種消失。外部センサー一部消失。魚雷砲門の経路が断絶しました。一部復旧中』
「魚雷の内部誘爆はないだろうな」
『それは大丈夫です。追撃回避中』
 ゼクロスは無理矢理重力圏を出てハイパーAドライヴを起動。AS搭載機ではない戦闘艦は追いつけない。だが、あらゆる意味で無理のある捨て身の逃走だ。ハイパーAドライヴの速さに疲弊しているゼクロス自身の機体制御も障害物の密集する〈ミラージュベール〉内では充分に追いつかない。
 衝撃。
『岩石に激突。右舷破損、姿勢制御装置不能、CSリング消失……』
「だ、大丈夫なの?」
 必死に席にしがみついているセスタがたまらず声を上げる。
『大丈夫ではありません。迷子な上に漂流します』
「相手は追いついてくるか? バリア再展開できれば、姿勢制御できなくてもなんとか……」
『艦載機でこちらを捜しているようです。バリア再展開まで二〇秒前』
 頼むから見つからないでくれ、とクルー二人は思うが、願いは届かない。再び機体は揺れる。メインモニターに無数の細かな粒のようなものが吹き飛んでいくのが映る。
『障害物で軽減されていますが、今のは衝撃砲です。全システム内に微細な異状が……機関部付近のコントロールシステム内から出火、消火済み』
 キイはドッグのシャトル内の人間たちも卒倒していそうだななどと、あらぬことを考えた。ゼクロスは卒倒しそうな声を出している。システム内部にダメージが及んでいるとなるといよいよ危ない。
 幸い連撃とはならず、バリアが再展開される。敵は標的を定めずに撃ちまくっているようだ。
「今のうちにトンズラだ」
『しかし、キイ……』
「死にそうな声を出すな。しばらく休めばASも使えるし、漂流してもどうにかする」
『そうではなく――左舷方向より正体不明の中型航宙機が接近中』
 〈果て〉側からだった。また新手かと、キイは天井を仰ぐ。
『……交信を求めています。つなげますか?』
 降伏勧告か、脅迫か。気を引き締め、それを受ける。
 事実は、彼女のどの予想とも違っていた。メインモニターに現われたのは制服らしい服を着た男。どこかの船のブリッジらしい。
『こちら、ジェーヌ管理局所属の探査船ケネメー』
 セスタは立ち上がる。キイもさすがに驚きをあらわにした。
『そちらが我々の同胞を保護されているのはわかっています。セスタくんの母はこの船の船医でしてね』
「……それでは、話は早い。しかしなぜこちらのことを?」
『あなたたちが〈ミラージュベール〉と呼ぶこの中を探索中、セスタくんの航宙機の記録装置の一部を見つけました。何度か巡回捜索していたのですが、そこであなたたちの通信ビームを傍受したのです』
 ビームはティアーノ博士の通信機によるものだった。それはだいぶ弱まってはいるものの、忠実に着実に仕事をこなしていたのである。
「しかし……どうも、ここでは感動の再会も行える情況ではないようで」
 機体が小さく揺れる。まだ戦闘艦はあきらめていないようだ。
 通信機で情況を見ていたはずのケネメーのクルーたちも表情を堅くする。
『こちらには兵装というものがありません……誘導しますので、どうか無事に振り切ってください』
『誘導ビームを受信中。追走します』
 ゼクロスは右舷の姿勢制御の不備を計算に入れた上で移動する。だいぶぎこちない機動だが、再展開したバリアとCSリングのおかげで機体への障害物の影響は免れる。
 だが、背後を映すサブモニター上で漂う小惑星やデブリ、岩石らが爆砕された。
『まずいですよ』
 焦る声。目隠しになっていたものがなくなり、高速機動した戦闘艦は主砲をもたげる。
「これ以上疲れたくないのに」
 覚悟を決め、キイはASに集中。
 その前に白いものがメインモニターを染め上げた。それはブラスターの光ではない。
『戦闘艦の接近を確認』
「別のか?」
 答える代わりにゼクロスはサブモニターに急接近した戦闘艦のワイヤーフレームの仕様図を出した。それが出た時点で未知のものではない。
 GP――ギャラクシーポリス一番艦、デザイアズ。
「なんで〈ミラージュベール〉にデザイアズが?」
『わかるわけが……』
 ありません、と言いかけてゼクロスは言い直す。
『もしかしたら、それもティアーノ博士のおかげかもしれません。ティアーノ博士や司令官、ハンライルが連絡したか、あるいはセスタか誰かがわたしの救難信号を発信したものを傍受したのか』
 いくら最新鋭の空母型戦闘艦でも無傷のAS搭載戦艦に勝てるはずもない。
 メインモニター中の戦闘はほんの一分もかからず終了した。

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