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  エピローグ


 アステン財団の秘密施設がある小惑星上に一旦戻り、GP刑事たちは敵戦艦のクルーたちとゼクロスのドッグ内のシャトルで失神していた者たちを拘束し、デザイアズに収容した。敵戦艦は機動力を失っており、今は置いていくしかない。
 ほぼ無傷のデザイアズとボロボロのゼクロス、半壊した灰色の空母型戦闘艦の他に、細長い青銅色の探査船が降りている。その姿は上空から見ればアメンボにも似ていただろう。
 船外に数人の人間が降りた。全員、翻訳機能があるらしいヘッドセットをつけている。その中には淡い桃色の制服を着た銀髪の女性もいる。
 やっとのことでゼクロス船外に出たセスタは一瞬目の前の光景の意味がわからず、目をしばたく。
「セスタ?」
 名前を呼ばれてようやく気がつき、彼は雪の上を走る。
 幾度となく現実で架空で繰り返されてきた、再会の場景。
「いやあ、良かった良かった」
 意味がわからないまま拍手する刑事たち。
『……信じられない』
 あきれ半分、驚き半分でぼやくデザイアズは、艦外の光景が〈果て〉の向こう側に住む親子の再会だということを把握している。
 ケネメーの船長、ウォームグレドがキイたちにもGPにも礼を述べた。彼らは早急に帰らなければならないという。タイミングを逃せば〈ミラージュベール〉から出られなくなるのだ。
「それは皆さんもご存知でしょう」
 言われて、銀河連合圏の者たちは黙る。
「……知らなかったのですか?」
 各航宙機内外は騒然となった。ウォームグレドは部下のオペレーターに指示し、タイムリミットをゼクロスとデザイアズに送信した。それを過ぎれば嵐が起きる。生き延びられれば次の脱出タイミングが来るが、それまでに二週間はかかる。
 親交を温めるも文化情報の交換もなかった。周囲は一気に慌しくなる。
「キイさん……」
 船内に戻ろうとしたキイを、少年が呼び止める。その両手には銀色の鎖で編まれたような小さなリボンが包まれている。
「お礼らしいお礼も、何もできなくて……」
 そのリボンは〈契約の環〉と呼ばれるもので、ラスカーンの子どもたちがくれた腕輪と同じようにジェーヌ人にとって特別な意味があるのだという。
 それを受け取り、キイは笑う。
「宝物さ。〈果て〉の向こうの物なんて、手にした者はいないんだから」
「……ありがとうございます」
 涙があふれそうになるのをこらえ、セスタは軽く見上げた。翼と同じ色のXEXの文字が刻まれた、白い機体。
 シンクロする。
 ――お別れだね。
〈セスタ……〉
 ゼクロスは寂しさを隠さなかった。その率直な、あたたかい想いが心地良い。
 ――きっと、また会えることもあるよ。きっと……。
 それはもしかしたら彼自身の願望に過ぎないのかもしれない。二度と会えない可能性のほうが高い。それを自覚していても、彼は思わずにいられなかった。
 ――また、いつか。
『セスタ……それは、また』
 ゼクロスは音声に出して応じた。
 時間がないと、ケネメーの艦長とデザイアズが呼びかける。キイは急いでゼクロス船内へ、セスタはケネメー船内へ。
 ケネメーが最初に上昇し、挨拶をするように下部のライトを明滅させてから飛び去る。
 今のゼクロスにはまともな航宙機能がなかった。デザイアズの牽引で戻ることになる。
「GPの牽引とはなかなか豪華なことで」
 ブリッジの艦長席で、キイは今度こそ昼寝をしようと頭の後ろで手を組む。使われない席が九もあるのが、今は少し寂しい。
『ここまで壊されると思いませんでした。〈リグニオン〉の所長たちが知ったら卒倒しそうです』
 と言うゼクロスも失神しかけているような声。
『他の何を壊してもいいが、通信機だけは壊さないでくれ』
 キイが何か言いかける前にことばを挟んできたのは、GP一番艦の制御システムだ。
『それがないと我々は、永遠に〈ミラージュベール〉を出られないかもしれない』
 それを聞いて、しばらく反応の弱かったゼクロスが明確に反応。
『現在、通信の信号が弱く――』
 そこまで言いかけ、危険に気がついたらしい。
『冗談です』
『放り出すぞ』
「性質が悪過ぎるだろ」
 身を起こしかけたキイはあきれ顔でもう一度腕枕を作る。
「それにしても……やっぱりデザイアズは通信機のビームを辿ってきたわけか。となると、やはりティアーノ博士かハンライルが通報を?」
『違う。救難信号を発信したのはゼクロスだ。〈リグニオン〉はすでにこちらで起きたことを知っている。受信した航宙機のいくつかが救助に動いたが、ここまでこられるのはわたしだけだった』
 AS利用のワープモードがなければ素早くHR基地に至ることもできないだろう。〈ミラージュベール〉に入れるほどの備えがある宇宙船はもっと少ない。
「ゼクロス、救難信号なんて出してたか?」
 キイが訊いて、数秒の間。
『さあ……出しましたっけ?』
「わかった。ASに組み込んである緊急プログラムの仕業だな……昔、〈リグニオン〉でアスラード博士に言われてそんなようなものを組み込んだ覚えがある。ところでゼクロス、もう寝ていいぞ」
 キイはゼクロスを眠らせた。どうせ今は航法制御は何も行っていない。
「わたしも寝る。あとはよろしく」
 デザイアズにすべて任せて、何でも屋たちは〈ミラージュベール〉内で昼寝をするという前代未聞のことをやってのけた。

 HR基地に着くと、キイとGP刑事たちはティアーノ博士にしきりに礼を言ったが、博士は意味がわからない。それでも通信機の着実な仕事ぶりと、それが大いに役に立ったと聞いて喜んだ。
 HR基地のゲートは賑やかだった。デザイアズはアステン財団への今後の対処もあり、大量の被疑者を乗せたまま忙しくルーギアに向け去っていったが、GP二番艦ランキム、〈リグニオン〉スタッフも乗せたエルソンの輸送船ルータ、キイの知り合いの運び屋や技術屋のシャトル、通りすがりで救難信号を聞きつけた各種航宙機、それに中心惑星フォートレットなどから派遣された科学者集団などが詰め掛けていた。
「何の祭りだこれは」
 プラットフォームを出たキイは顔をしかめる。人の波を避けるようにして、壁際に見覚えのある刑事らの姿があるのを見つけた。口を開いたのはロッティ・ロッシーカー警部だ。
「当たり前だ。〈果て〉の向こうの人間が民間企業に捕まって、その民間企業が〈果て〉の向こうに侵略戦争を仕掛けようとした末にGPのNO1戦艦デザイアズが戦闘艦と交戦、〈果て〉の連中と交信したんだぞ」
 そう聞かされてみると、確かに大した祭りという気がするキイである。
『しかし〈果て〉の向こうの者とは、信じられん』
 と、壁のスピーカーからランキムの乾いた声。
『面白そう、行ってみたいな』
 ルータはいつものように楽しそうだ。
『ゼクロスのデータバンクを参照し解析中』
 ハンライルは素っ気ない。GPに強力を頼まれたハンライルは、ティアーノ博士の通信機から得た情報とゼクロスの記憶から経緯をまとめていた。
 ゼクロスは眠り続け、損傷部分に遠路はるばるやってきた〈リグニオン〉の技術部陣による応急処置が行われている。損傷も合わせると今回の件もずい分割に合わない仕事ではあったが、充分に得たものはあったと、何でも屋は思う。
 いつかは、〈ミラージュベール〉が何の障害にもならずに〈果て〉とこちら側を行き来できるようになるのかもしれない。
 そうなればセスタにもいつでも会いにいける。
 ティアーノ博士や押し寄せた科学者たちの輝く目を見ると、そうなる日も近そうだ。これからされるであろう質問攻めは少々勘弁願いたいが――と、キイは逃げるための経路を確認した。

    〈了〉


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