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  NO/02 - 003


 ゼクロスは、谷の底から上昇し始めていた。メインモニターで近づいてくる谷の外の明かりを見ながら、キイは画面端に表示されている時刻を気にする。
「そろそろGPが来てもいいころだな」
 クロウがドックから戻り、前と同じように適当な席に着いた。
 このまま谷から出てしまうと、三人組と協力関係にあるらしいラヴァ・ハルスン軍に見つかる可能性が高かった。ゼクロスが操る探査艇一号はまだシャトルを引き付けているが、すでに本部に連絡されているだろう。応援を呼ぱれているか、監視が強化されているに違いない。
 それでも、ラヴァ・ハルスンとしては、GPを攻撃したと思われるのは得策ではない。もしGPを攻撃したとなると、ラヴァ・ハルスンは銀河連合すべてを敵に回すことになる。今でもラヴァ・ハルスンに好意的な惑星政府は少ないが、一つの惑星の内乱であることと、脱出者の保護が先決であること、それに、武装した、どこに潜伏しているかもわからない集団を相手にするにはそれなりの準備が必要であることから、決定的な決断は後回しにされていた。
『大気圏外ででも合流できればよいですが。それまで、何とか突っ切りましょう』
 ゼクロスはスピードを上げ、上昇する。さすがに、エアビーグルでは追い付けない。三人組を振り切ると、ゼクロスは探査艇を呼び返しながら、灰色の空を突き進む。
 一面の雲が接近したかに見えた直後、厚いそれを突っ切る。サブモニターの背後の映像では厚い雲が遠ざかっていき、まるで天地が逆転したかに見えた。
 それも束の問、徐々に周囲の色に闇色が混じり、やがてそれが濃くなっていく。
 遠くに瞬く星々がはっきりし始めたころ、ゼクロスは急激にスピードを落とした。モニターに表示されたスピードメーターが、ガクンと下がる。
『中型戦艦が急接近中』
「シトラス……か?」
 キイか怪訝そうに尋ね、ゼクロスが応答する前に、メインモニターに横から漆黒の戦艦が滑り込んできた。
 刃のような翼がいくつも突き出したその姿は、見るからに狂暴そうだ。一般の人々に機能的で楓爽としたイメージを与えたいGPの戦艦には、ありえない外観だろう。
 一目でそう印象を受けたキイとクロウに、ゼクロスはあえて説明した。
『シトラスではありません。ラヴァ・ハルスンの戦艦です……バリアとCSリング展開』
 戦艦の翼の一枚の付け根辺りが、一瞬光った。軽い震えがゼクロスにはしる。
「話し合いには応じないらしいな」
『我々を貫重な資源だと判断したようですね』
「連中のエサになるのは御免だ。……戦って勝てると思うか?」
 ゼクロスと軽口を叩いていたクロウは、キイが考え込んでいるのに気づいた。キイはさして困っている様子でもなく、顔を上げる。
「いや……あの三人組のことですよ。どうしてラヴァ・ハルスンの者たちが簡単に協力したのか……」
「裏でつながってんじゃねえのか? ポリシーのない連中は利益のためなら誰とでも手を組むからな」
「何か、クレジット以上の結びつきがありそうですね」
 二人が会話している間にも、ゼクロスは回避行動を取る。内部の者は、何の圧力も異変も感じない。
『このまま、時間を稼げれば……』
 何かが、戦艦の翼の下から二つ、飛び出してきた。一気に接近するそれが近づくにつれ、蒼白く半透明な六角柱の、戦闘機能も備えた探査艇だと見て取れるようになる。
 小手調べのつもりか、それらがレーザーを放った。正面に真っ直ぐ突っ込んできながらの、直線的な攻撃だ。
 ゼクロスは、六門あるうちの二門を機動。同じく、レーザー砲で撃ち返す。
 細い光線でのピンポイント射撃は、狙い違わず、探査艇の小さく突き出た砲門を撃ち抜いていた。
「精密射撃の能力も高い、と」
『そんなこと、メモをとらないでくださいよ』
「相手にもデータを取られてるぞ」
『わかっています。しかし、今は仕方がありません』
 クロウが天井を仰ぎ見ている間に、武器を失った探査艇が、機体の左右に回っていた。そこで一旦動きを止め、衛星のように、ゆっくりとゼクロスの周囲を回り始める。
「武器には金をかけてるねえ。あれは、ブルースター・クリスタル社の最新型、クリスタルD三〇四じゃないか」
 キイがサブモニターに小型無人航宙機のカタログを呼び出し、緊張感のない、驚きの声を上げた。クロウが横から顔を出し、カタログの商品説明を読む。
「レーザー砲一門……はもう潰したからいいとして……なになに、真空エネルギー抽出機能による永久機関はもちろん、3Dプログラミングに最適のクリスタルリンクを使った二重構造の伝達形式により、大容量のネットワーク中継を可能に! データ転送のみならず、擬似プログラム&メモリブリンク機能を利用することで大規模コンピュータ・コンプレックスの処理も、ほとんどタイムラグなしでご使用いただけます。……これでクラッキングも自由自在! さらに今回ご購入いただきますと特別にもう一台お付けします。是非、一家に一台」
 途中から実際には書いていないことを読み上げると、飽きたのか、クロウは席に戻る。
 しかし、彼が指摘したことが実際に起こったのは、その直後のことだった。
『敵艦はこちらをクラックしようとしています。こちらからも接続可能ですが、やりますか?』
 ゼクロスの提案は、こちらから相手戦艦の中枢にクラックし返そうということだった。それは自身にも危険が及ぶ可能性がある行為だが、彼はそれを、危険とは認識していないらしい。
「面倒になるかもしれないから、こっちからは何も仕掛けないでおこう」
 キイがそう答えたのも、不安を感じたからではない。
 だが、ふと、彼女は眉をひそめる。
「まあ、時間稼ぎはしたいけど、余りゆっくりしていると援軍が来るかもしれないな。一旦離れて、GPに連絡するか?」
『援軍は、それほど脅威にはならないと思われます。それに、GPに攻撃される現場を見せておかなくて良いのですか?』
「そうだった。それが手っ取り早い方法だな。ただ、今回は珍しく、大勢人が乗ってるもんでね……」
 いつもは、そうそうない状況。子どもたちも、老人もいる。ダメージがないとしても、長く攻撃され続ける状況は、慣れていない者にとっては気持ちが悪いだろう。
 ゼクロスは迷うように、少しの間沈黙する。その間に、敵艦のレーザー砲がスタビライザの上を通り過ぎていく。
『確かに……余り長くかかるようなら離脱すべきかもしれません。ただ、GP船ももうすぐ現われるでしょうし……五分だけ、時間をください』
「わかった」
 メインモニターの右下に、タイムリミットまでの時間が表示される。それは秒単位でカウントされ、どんどん減少していく。
 ゼクロスの提案を了承したキイは、頭の後ろで手を組んで、顔を天井とモニターの境界辺りに向けていた。ただ、目は閉じられている。閉じている間のことは、すべてゼクロスに任すということらしい。
 その様子を盗み見て、クロウは内心舌を巻く。
 キイとゼクロスの関係は、単純な主従ではない。軍人でも、単独行動の工作者でもない、二人。自然に補い合うその関係は、もともと高いそれぞれの能力を活かすのに適している。この二人を出し抜かなければいけないとしたら、苦労するかもしれない。
「どうだ、上手くいきそうか?」
 勝てるかどうかはともかく、クロウは、負けるとは思っていなかった。
『ええ、攻撃自体は大したことはありません。砲門は多いですが、変わった攻撃はなさそうですね。それに、向こうもこちらの狙いを警戒して、全力は出せないようです』
「クラックのほうは? データを書き換えられるなりしたら、完全に相手のシナリオに組み込まれる可能性もあるからな」
『ご心配なく。GPとの連絡用に回線は開けていますが、侵入される恐れはありません。子ども騙しの安物クラッキング・プログラムです』
 超A級と認められている人工知能は、自信を込めた声で答える。
 不意に、モニター上に変化が現われる。光弾に似たものが二つ、弧を描いて接近してきた。光子魚雷だ。
 ゼクロスは機体を横に傾けた。その周囲をめぐるCSリングが、魚雷を叩き落とす。
 しかし、その攻撃はフェイクだったらしい。眩しいほどの光と熱が弾け散る。メインモニターは白に染まり、クロウは思わず目をそらした。キイは目を開けないまま、とっさにコンソールにのっていたサングラスをかける。
 めくらましの次には、本命の攻撃があるはずだ。ゼクロスはそれを待った。
 そして、太いレーザー砲の一撃を、タイミングを合わせたかのようにかわす。光が薄れた画面の端に、地上から宇宙船本体を追っていた探査艇が映っていた。探査艇からの別の角度からの映像がサブモニターに入っている。
「へえ。計算のうちだったのかい?」
『間に合わなければ、別の探査艇かサーチアイを射出すればよいだけです』
 クロウの口笛に機嫌を良くした様子で、ゼクロスは得意然と言う。
『手駒は、常に残してありますよ。今はもう、その必要もなくなったようですが』
 戦艦が闇に向かって溶け込むように後退していく。
 代わりに、どこか凛々しい印象を受けるくすんだ薄紫の戦艦が、間に割って入った。流線型の翼には、GPの紋章と艦名が刻まれている。それはラスカーンを照らす恒星の光を受け、誇らしげに輝いた。
『ギャラクシーポリス三番艦、シトラス艦長、セールズ・フィリオだ。そちらはキイ・マスター殿かね?』
「ええ、わたしがそうです。助かりました」
 ゼクロスが通信を取り次ぎ、メインモニターに相手側のブリッジの映像を出す。三〇歳前後のシトラス艦長が、鋭い目を向けていた。
『そうか……災難だったな。とにかく、間に合って良かった。それで、脱出者たちは?』
『八七名、全員無事です。少々窮屈な思いをしているかも知れませんが』
 キイの無言の指示に応え、ゼクロスがことばを返す。それを聞き、フィリオ艦長はわずかに顔をほころばせ、苦笑した。
『では、早くくつろげる場所へ行こう。ルーギアの緑の太陽の下でも、衣食住に不足はないはずだ。異論はありませんな』
「ええ。人々を送り届けるまではお付き合いしますよ。それ以上は、少々時間と相談したいところですが」
『なに、すぐに解放されるさ。では、また後で』
『チャンネル遮断』
 モニターの映像が宇宙空問のものに切り替わり、交信が切断される。あとはただ、ゼクロスがシトラスの機動をなぞり、惑星ルーギアのGP本部に向かうだけだ。
 とりあえずの仕事が一段落して、キイはほっと短い溜め息を洩らし、サブモニターの小さくなっていく惑星を眺めた。
 ラスカーンは、来たときと変わらず、不吉な紅を闇に投げかけていた。

 ギャラクシーポリスが本部を置く、その組織のためだけにテラフォーミングされた惑星、ルーギア。二機の航宙機は、淡い緑の陽に照らされながら、屋根の無いパーキング・エリアに着陸した。
 そばに建物へのゲートがあり、すぐに、避難民の誘導と荷物の運び出しが始まる。ラスカーンを逃げ延びた人々は、住民がうんざりしている緑の恒星を見て、ほっと詰めていた息を洩らし、表情を緩めて建物に向かう列を作った。
「この人たち、どうなるんだろう?」
 ゼクロスの側面ハッチのそばに寄りかかったセスタが、避難民の列を眺めて言う。彼は何か手伝えることはないかと出てきたものの、荷運びなどはGP職員らで手が足りているため、結局、成り行きを見守るだけになった。
『GPでの手続きが終われば、受け入れ先の惑星に送られるはずです。他の惑星に親戚がいる者は、そちらを優先される。大丈夫、銀河連合直轄組織のやることは信用できますよ』
 外部スピーカーから流れる声が、少年の疑問に答える。
 船のオーナーたるキイ・マスターは、シトラスの艦長とともに、報告のために本部の建物に入っていったままだった。GPがラスカーン情勢の把握に必要と判断すれば、しばらく避難民とともにルーギアで過ごすことになるだろう。
 それは、セスタの故郷を探すためには避けたい事態だった。
『遅いですね。早く帰って来るといいですが』
「大丈夫だよ」
 言いかけるなり、近づく気配を感じて、セスタは振り返りながら、ほら、と言いかけた。しかし、彼の目が捉えたのは、別の姿だ。
「はい、これ」
 村長の娘、ユミルは、突然少年の手を取る。歳の離れていない少女に触れられ、セスタは自分でも良くわからないまま、赤面した。相手のほうはまったく気にする様子もなく、少年の手に、三色の輪を置く。
「これは……あの子たちの?」
 見覚えのあるものだった。シンプルな、おそろいのブレスレットは、ラスカーンからここまでの間同室だった、三人兄弟が着けていた物だ。
「ええ。あたしたちの部族じゃ、大切な人にそのブレスレットを作って渡すの。ラスカーンの天然石から切り出して作る、世界に……いや、宇宙にひとつしかないものよ」
「そんな大切な物を、なんで……」
「あなたにお世話になったから、って言ってたけど……あたしたちがお礼にあげられる物なんて、身に着けてる物くらいだし」
「でも……」
 右手の上に載せられたブレスレットを、突き返すことも懐に入れることもできず、セスタは困ったように、掲げたままにしていた。
 少女はほほ笑み、もう一度彼の手を取って、その手首に三つの輪をかけ始めた。
「これは、あなたがしたことへの、彼らのお礼。こういう時は、嬉しそうに受け取らなきゃ駄目よ」
 言って、彼女は紺色の翼の先端のほうに目をやる。キノコのように突き出していた、興味津々の表情を浮かべた二つの同じ顔が、ひょいと隠れる。
 それが、再び恐る恐る出てくるのを視界の片隅に捉えながら、セスタは笑った。作り笑いではない、本当の笑顔だ。
「お礼を言っといてくれる?」
「ええ、とっても喜んでたって伝えておくわ。……彼らに良くしてくれて、ありがとう。元気でね」
 少女は、少年の手を軽く握ると列の途中にいるレイハムの元に駆け出し、一度立ち止まって手を振ってから、機体の陰に姿を消した。
 セスタはしばらくぼうっとしていたものの、右手に残ったぬくもりに気づくと、それを確かめるように、手のひらを握ったり開いたりしてみる。
 彼のそんな様子に気づいているのは、今のところただ一人だった。
『何ですか、セスタ。気の抜けたような顔して。彼女に心を持って行かれたんですか?』
 セスタは、その声にからかうような色を聞き取った。
「そ、そんなんじゃないよ。変なこと言わないでよ」
『しかし、脈拍は速くなっているし、瞳孔が開いています。少なくとも、彼女に悪い感情は抱いておられないようで』
「そりゃあ、悪い人じゃないんだから」
 おもしろがるAIに、セスタは口を尖らせる。意味もなく恥ずかしくて、彼はまた、頬を紅に染めた。
 彼をからかう声が、不意に、少しだけ揺らぎ方を変える。
『もしかしたら、あなたにも、プレゼントをくれるような異性の友人がいるのかもしれませんね。そして、故郷であなたを待っているかもしれない……』
「いや……いないよ」
 少年は苦笑する。
「妹はいるけどね。そういう人がいるなら、たぶん、覚えてると思うんだ、家族みたいに。覚えてないから、いないと思う」
『これで思い出したときに実際はいたりしたら、薄情ですよね』
「そうだね、怒られそうだね」
 また楽しげな声に戻って言うゼクロスに、セスタも笑ってことばを返す。
 彼はそこで一息ついて、周囲を見回した。荷物の運び出しは終わったらしく、GPのスタッフの姿が減っている。避難民の列も、最後尾がゲートにさしかかろうという辺りだ。
『来たようですね』
 突然、ゼクロスが告げる。こういう場ではセンサーやサイバースペース上のデータで情報を先取りできる彼が、セスタには、予知能力者のように思えた。
 そして、その予知は外れることがない。
「待たせたね」
 クロウと並んでゲートから出たキイは、セスタの元に歩み寄ると、そう声をかけた。
「どうやら、当面の間は拘束やら面倒なことはなさそうだよ。すぐにでも出発できる。よかったよかった」
「こっちもどうやら、すぐにアシが用意できそうだぜ。よかったよかった」
 クロウは、保険屋と連絡をとっていたらしい。運び屋だけに、アシがなくては仕事もできないため、彼にとっては重要な問題だろう。
『ただちに離陸準備いたします』
 ハッチが開き、ラダーが降りてくる。それを登ろうとしたキイが、セスタの右手首のブレスレットに気がついた。
 その意味を知っているのか、キイは笑みを見せる。
「自分の使い方が上手くなってきたようだね、セスタも」
「え?」
 自分の使い方、ということばに、少年は目を丸くする。
 それは一体、どういう意味なのか。彼にはわからなかったが、キイは彼が質問する前に、機内に乗り込んでしまう。
 ただ、もしかしたら、少しは役に立つことができたのかもしれない――
 そう思って、彼は左の手首に触れた。


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