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  NO/02 脱出 ―紅の記憶―


 惑星ラスカーンは、シグナが見せてくれた映像と変わりなく、まるで血がこびりついたような色の、不気味な外観を呈していた。惑星から少し離れたところにはGPの宇宙船が定期的に巡回にくるが、今は航宙機の姿はない。少しずつ惑星の大気圏に近づいていく、白銀のリングに囲まれた、紺色の翼の小型宇宙船だけだ。
『今のところこちらに向けて戦闘機動を行なう戦闘機はありません。地上では主に白兵戦による小競り合いが続いているようですが……』
 メインモニターのなかで、赤茶けた大地が近づいてくる。見ているだけで、痛々しさを感じる光景だ。
 それでも、セスタは映像を凝視していた。
「戦闘地帯は避けて、降下可能な場所をピックアップしろ」
 キイが読んでいた本を閉じ、天井を仰いだ。
 サブモニターのひとつに、ラスカーンの地表がCGで映し出された。その地表の数ヶ所が、白く浮き出す。
『今のままの針路で近いのは、こちらの四ヶ所です。他にもありますが、標高が高いので除外しました』
「谷があるのか……この谷に近い場所がいいな」
『では、ラクサ草原で』
 大気圏内に突入し、ゼクロスは機首を下に向けて目標地点に降下した。廃墟と化した街並みや大地の高低差がはっきりとわかる程度に近づくと、機体のあちこちにあるスラスタの一部をふかし、機体の姿勢を制御する。機首を地上と水平になるように上に戻しながら、降下速度を徐々に落としていく。
 地上に着陸する時点では、スピードは大きく殺がれ、音もなく焼け焦げた草原に、普段は収納してある車輪を降ろす。
 地名としては草原となっているが、メインモニターの映像は、ほとんど荒野以上と言っていいほどに荒れ果てていた。
「探査艇を二機射出」
『了解しました』
 バシュツ、と音がした。光沢のない銀色をした、全長一メートルほどの円筒形の飛行物体が二機、メインモニターを横切って奥へと吸い込まれていく。
 サブモニター二つの映像が、探査艇が転送してきたものに切り替わった。二つの探査艇は別々の方向へ飛んでいるらしく、片方は岩場の数メートル上を、もう一方は土肌がむき出しになった道の上を飛んでいる。
 映像だけでなく、音声も中継されているらしい。二方向からの音声を同時に流すわけにはいかないので、最初は音声をすべて消していたものの、ゼクロスは異変を察知し、片方のボリュームを上げる。
 スピーカーから流れてきたのは、銃声だった。続いて、何かが崩れ落ちるような音。
 さらに、銃声は連続して響く。
 間もなく、道を辿っていた探査艇が、瓦礫が散乱した、かつて街だったものを画面の奥に映した。
『音は、街のほうからです。武器を手にした人間たちが移動してきたようですね。街はここから東、探査艇二号が映しているのは南です。地図によると街の真ん中辺りには湖が、東と北、南は内海に囲まれています。機体から南は谷です』
「探査艇の高度を上げると見つかる可能性があるな」
 キイは立ち上がり、棚に向かった。棚の横に、ジャケットがかけてある。
 それに袖を通すのを、セスタは不思議そうに見る。危険な外に出るつもりだろうか、と思いながら。
「探査艇二号を呼び返して、周囲を警戒しろ。危険を感じたら飛び立っていい」
「あの、キイさん?」
 少年が席に座ったまま、目を丸くしている。
 キイは、いつも通りに笑った。
「ここにいれば安全だ。わたしが探査艇の代わりを努めて街を見てくるから、映像をよく見ておくんだよ」
 探査艇では、入り組んだ街のなかにまで入り込めない。それに、発見されて破壊される可能性も高いだろう。
 だが、発見されて危険なのはキイも同じことではないだろうか。そう思いながらも、セスタは何も言えなかった。今は、キイを信じるしかない。それに、彼女の自然体な振る舞いを見ていると、無事の帰還を信じられるような気になってくる。
 ブリッジを出ていく彼女の後ろ姿を、少年は祈るような目で見送った。
『大丈夫ですよ。ケロッとした顔で帰ってきますって』
 ブリッジにいるのは、セスタだけになった。   
 そして、そのブリッジの機能を統制する人問ならざる相手が、余り緊張感のない声で言う。
 そんなにキイを信頼しているのか。セスタは、少しだけ、彼らの自信や絆の裏側を知りたくなった。どちらも、彼自身が持っていないと自覚しているものである。
「ねえ、心配じゃないの? 戦争で、銃弾が飛び交っているかもしれないんだよ。怪我をするかもしれないし、当たりどころが悪かったら……」
『セスタ、キイはわたしと同様、AS使いなのですよ。銃弾などものともしないでしょう。仮に負傷したとしても、治したり逃げたりも簡単なことです』
 AS――アストラル・システム。その説明はよくわがらなかったが、セスタはなんとなく、魔法が使えるようになるような装置、ということだけは覚えていた。
『キイは要領が良いですし、見つからずに移動できるでしょう。それに比べれば、むしろわたしたちのほうが危険です。もちろん、セスタのことは全力でお守りしますよ』
 ゼクロスの説明で、セスタは少しだけ気が楽になった。自分のほうが危険にさらされていると知って安心するというのも、奇妙な話かもしれないが。
 セスタが再びモニターに注目すると、キイは機外に出て、今は街の外周を飛んでいる探査艇一号が映し出していた、土色の道をたどっていた。メインモニターの映像が、歩みのリズムに合わせて揺れる、キイの視界に近い領域を表わしていた。
『さすがに探査艇の速さでは歩けないからね……あと何分間か、我慢してもらおう』
 キイの落ち着いた声が、ブリッジ内に届く。
『しかし、戦闘者たちは常に移動しています。向こうからあなたのもとへやってくる可能性もありますから、気をつけて』
 ゼクロスも、やはり心配なのだ、とセスタは思った。キイに呼びかけるその澄んだ声は、わずかに張り詰めていた。
 一方、キイはあまりに自然体で、あまりに冷静だった。
『臨機応変にやるさ。そっちこそ気をつけなよ。兵器を使われそうになったら遠慮なく大気圏外に逃げていい』
『はい……見つからずにいられればよいですが』
 監視用の人工衛星もなく、ラヴァ・ハルスン軍の本隊、戦艦などが出てこない限りは、すぐに見つかる可能性は低いだろう。ある程度近づかれてしまえば隠れようもないが、探査艇で周囲を警戒していれば、発見されたときも逃げるための時間は充分作れる。
 メインモニターの画面内で、街並みが地平線から顔を出し始めた。やがて、銃声や金属音が聞こえてくる。
 期待と不安による緊張により鼓動が速くなるのを耳の奥で聞きながら、セスタは街並みを凝視していた。
 のしかかるような灰色の空を背景に、廃堀の街はどこか陰鬱な雰囲気を発していた。並ぶ家々の多くは崩れ、あるいは焼け焦げ、通りに緑をそえていたはずの木々は倒れてすでに茶色く枯れ呆てている。舗装された通りの淡い灰色の表面も、ひび割れ、ところどころに大きな穴が口を開けている。
 キイは瓦礫の山や崩れかけた家の陰に身を隠しながら、湖があるはずの街の中心部へと向かっていた。進むにつれ、戦闘を行なっているらしい物音は近くなってくる。
 やがて、彼女が家と家の問の狭い隙問を抜け、またひとつ中心部に近い通りをのぞき込んだとき、右手側の家の右どなりの建物が炎上した。
『キイ! 大丈夫ですか?』
「ああ、平気だよ」
 慌てたようなゼクロスのことばに答えて、周囲を見回す。
 銃声も金属音も、それに爆発音も近かった。戦場を迂回しなければ面倒なことになる。
 と、通りを見渡すその視界に、不意に、灰色の丸い何かが宙から飛び込んでくる。
 一瞬撃ち落とそうかとジャケツトの内ポケットに手を入れるが、それでは居場所を知られてしまうかと思いなおし、左の家の窓に飛び込んだ。ガラスはとうに割られており、壁に空いた四角いだけの穴のような窓だった。
 爆音に、崩れかけた家が震えた。壁は窓ごとえぐられ、キイは冷たい床を転がってそれから離れる。炎の玉が弾けると、それは燃えさかる手をあちこちに伸ばし、家の内部を侵食し始めた。
 いつまでも同じところにとどまるのは危険過ぎる。キイは炎上を始めたリビングらしい部屋を出て、壁が崩れてできた穴から外に抜け出した。そのまま左から回り込もうと、家々の裏の通りを走る。
 そして、もう一度小路を抜けて表の通りの様子をうかがうと、その視界に、異様な光景が飛び込んできた。
 黒く塗られた、荷物の積載に重点を置いたエアカーの積載部に、機関銃が搭載されていた。そこにはプロテクト・スーツに身を包んだ男も乗っていて、機関銃を操作しながら辺りを撃ちまくっている。
 家が崩れ、大地がえぐられる。どこからか反撃の銃弾が飛ぶが、プロテクト・スーツに跳ね返って傷ひとつつけられない。
 機関銃を向けられたくないので、キイは急いで引き返す。
 そして、ひとつ戻った通りに出ようとして、彼女は不意に、横に飛んだ。
 銃弾が通りの表面で跳ね、火花を散らした。
『キイ!』
「余裕余裕」
 焦るゼクロスに、キイは苦笑し、おどけたようなことばを返す。
「……余裕とは恐れ入ったな」
 建物の陰から、現われた人物が声をかける。キイはそれを予想していたらしく、跳び退いた直後からじっとそちらを眺めていた。
 銃を手にした人物は、大体二〇代半ば程度の、茶色の髪の青年だった。灰色のジャケットにジーンズという、よその街並みでも普通に歩いていそうな格好だが、ジャケットの下にプロテクターを着けているに違いない。
 彼は、銃口をキイの眉間にポイントしていた。
「どこの手の者だ? ラヴァ・ハルスンか、それともラスカーン議会か?」
 彼は顔にうっすらと笑みを浮かべていたが、その目に宿る光は鋭く、相手に対しての警戒が見て取れる。
「べつに、どこも。戦争するためにここに来たわけじゃないから」
 素直に答えるキイから視線と銃口を外さないまま、青年はゆっくりと足を進める。
「まさか戦場に観光しに来たわけでもないだろう。運び屋か何かか?」
「まあ、そんなところ」
「IDカードを見せてみろ」
 キイは言われた通り、懐からパイロット証明用のカードを出して差し出した。武器を出すかもしれないと相手の手元に注目していた青年は、カードを受け取ると、ざっとそれに目を通した。
「何でも屋か……A級ライセンスとは凄いな」
「どうも」
 青年はカードを返し、銃をホルスターに収めた。当面の間は敵にはならないと判断したのだろう。
「その何でも屋が、こんなところに何の用だ? ここにあるのは瓦礫と兵器と血の匂いだけだぜ」
「この街の中央に湖があるでしょう」
 キイのことばに、青年は溜め息混じりに答える。
「あるにはあるが……ずいぶん小さくなっているし、今じゃ魚も棲めやしねえ。昔は椅麗な湖だったんだけどな。それより、宇宙船でここまで来たんだろう? 放っておいたら破壊されるぞ」
 ラヴァ・ハルスン軍は定期的に地上を監視している。そして、脱出可能な乗り物を見つけると、手当たり次第に破壊しているという。一度落ちたら這い上がれないという状況は、アリ地獄のようだ。
「では、あなたも? ここの人問ではなさそうだけど」
「ああ」
 青年は、少しばつが悪そうに頭を掻いた。
「オレは、運び屋のクロウ・レイルさ。偶然近くを通りかかったとき、ここにとり残された人々に通信で助けを求められて降りてみたら、戻れなくなってこのザマだ。通信機もほとんどオシャカ寸前の物だし、すぐにGPにでも通報してりゃよかったな」
「聞いたか、ゼクロス?」
 キイは、マイクに声をかけた。即座に綺麗な声が返ってくる。イヤリングもそうだが、腕時計に仕込まれたスピーカーからも、音声が流れた。クロウが聞けるようにとのキイの配慮である。
『はい、GPに通報しました。二時間のうちにやってくるでしょう』
「遅い。デザイアズはどうした」
『デザイアズもランキムも出払っています。こちらに向かっているのは三番船、シトラスです』
 GPナンバーワンの船、デザイアズは、ゼクロス同様AS搭載船だ。その巨大戦艦が来てくれさえすれば、安全に人々を脱出させることができるだろう。
 ゼクロスは少し自尊心を刺激されたようだった。
『まあ、脱出のお手伝いはわたしにもできますよ。ただ、GP船が来る前に見つかってしまう可能性があります。ここは目立ちますし……』
「目立たない場所もあるぜ」
 突然流れた人並み外れた声に驚きながら話を聞いていたクロウが、口を挟む。
「ここの連中が隠れ住んでいる谷だ。ただ、いきなり行くと敵に間違われて攻撃されるかもしれない。オレが事前に知らせに行こう。でも、その前に、湖に行きたいんだろう?」
「確かにそうだけども。案内してくれるということですか?」
 純粋な親切心で案内してくれるのだと信じるほど、キイは世問知らずでもお人好しでもなかった。フリーの何でも屋や運び屋のように、安定した収入が期待できない業界にいる者なら、なおさらである。
 クロウも当然、タダ働きのつもりではない。
「なに、簡単なことさ。オレも自分のアシを無くしたからな……人々を脱出させた後、シグナ.・ステーションまで送っていってもらえるとありがたい」
 キイたちは、ここを出た後、どうにしろシグナ・ステーションに戻るつもりだった。断る理由もない、
「それくらいはかまいませんよ。でも、湖へはどうやって?」
 まだ、戦いの音は続いている。徒歩で回り道をして行くとなると、かなり時間が掛かるだろう。そして、その間にラヴァ・ハルスンの見回りがゼクロスを発見してしまう可能性があった。
「そこの倉庫に二人乗りのエアビーグルを隠してある。見回りまでは一時間ぐらいあるから、それまでに湖に行って帰ってくるぐらいはできるだろう」
「……よろしくお願いします」
 キイは、当面の間、彼を信用することにした。
 バイクにもソリにも似た小型航行機のスペースに立ち、彼女は荷台に備え付けられたベルトを締める。クロウがカードキーを差してハンドルを握ると、エアビーグルは数メートルほど上昇した。高く飛び過ぎると発見されるため、高度は上げられない。
 それでも、歩くよりずっと速い。宙を滑り出したエアビーグルは加速しながら建物と建物の問を曲がる。叩きつける風と、振り落とされそうな圧力が直接身体にかかる。席が壁や天井で囲まれたエアカーと違い、エアビーグルやエアバイクを乗りこなすには一定の体力や運動神経が必要となる。
 本来ならビーグル・スーツがなけれぱ安定しにくいはずだが、クロウの鍛えられた腕に支えられた運転は安定していた。
「あと、どれくらいかな……?」
 メインモニターの流れる街並みを凝視しながら、セスタは待ちどおしい様子でつぶやく。
 ほとんど独り言のようなそれに、ゼクロスが応答した。
『もう間もなくでしょう。ホテル街を抜けてすぐのところです』
 キイたちは、大きな瓦礫の山が脇に並ぶ通りに出た。建物の土台が残されているものもあり、それはホテルと見て取れた。
 瓦礫の山の谷間から、何かが見えた。だが、それが余りに求める光景と違っていたので、セスタは気のせいだと思うことにした。
 しかし、すぐに認めたくない現実が突き付けられる。
 エアビーグルは上部が崩れた建物の間を抜け、開けた空間に出た。
 そこに広がるのは、湖だった。セスタの夢のなかに登場したものより、その面棚は二回りほど小さくなっている。しかし、一番予想していた光景と違っていた部分は、湖の面積ではなかった。
 その湖は、水の色をしていなかった。湛えた水面の色は、血のような朱。
「あ……」
 セスタの記憶のなかの光景が、似ても似つかない湖と重なる。
 少年は、頭がぼんやりして、じわりと熱くなるのを感じた。
『セスタ、どうだ……?』
 エアビーグルを降りたキイが、湖岸に立ちながら声をかける。
 セスタは自分を落ち着けようと、頭を振った。
「記憶にある湖そのままじやないけど……なんだか、変な感じがします。頭の中がぐらぐらする」
『セスタ、大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ』
 ゼクロスの心配そうなことばを聞きながら、セスタは冷汗をかいていた。自分自身でもよくわからない感情がこみあげてきて、意識を失ってしまいそうだった。
『セスタ?』
 異変を感じたように、キイが慎重に声をかける。
 目に眩しいほどの湖面の赤が、少年の視界のなかで残像をひいた。次の瞬間、視界はその赤一色に染まる。
《その記憶に触れるな》
 そんなことばが、耳もとでささやかれたようにはっきりと響き――
『セスタ! セスタっ!』
 セスタは、悲鳴を上げていた。おそらく、本人はそれに気づいてもいないだろうが、ブリッジの席で痙攣する少年の姿を見ている唯一の者がそれを聞き、呼びかける。
 ゼクロスは、セスタの苦しみと記憶を共有する。別の存在の思いをぶつけられることは、強過ぎる刺激だった。必死にセスタの正気を呼び戻そうとするが、その前に、彼自身の意識が薄れていく。
『キイ……助けてください!』
 それだけを通信機を通して伝えると、ぷつりと応答が途絶える。
 湖の淵で腕時計型通信機からの声を聞いていた二人は、一度顔を見合わせる。
 やがて、どこまで事情に踏み込んでいいか迷っている様子で、クロウが静寂を破った。
「ラヴァ・ハルスンの連中に見つかったわけでも無いようだし……あんたの違れは何か病気持ちかい?」
 キイは肩をすくめた。適当に誤魔化して誤解されるより、ある程度話しておいたほうがいいかもしれない、と判断する。
「セスタは、サイバーシンクロニシティの能力者でしてね。まだその能力をうまく使いこなせていないので、感情が高ぶると能力が暴走することがある」
 サイバーシンクロニシティの能力者は、その他の超能力者と比べても数少なく、まだその能力の全容は解明されていないが、前衛的な企業などでは特技のひとつとして受け入れられており、一般的にも知られていた。
 能力をどこまで制御できるかに応じて級ごとの証明書が発行され、一級取得者は重宝されている。
「ってことは……もう一人は人工知能か? ASの開発者っていう……」
「そういうことです」
 ゼクロスが類いまれな声を持つということは、彼が彼自身の開発者でもある〈リグニオン〉とともにASを開発したということと同様に、そこそこ有名なことである。クロウは通信機からの声を聞き、その事実を思い出していたのだろう。
「ところで……この湖の周りに、刑務所や工場のような建物があったかどうか知りませんか?」
 今、湖の周囲に原型をとどめた建物はない。どれも同じような、焦げた瓦礫の山にしか見えなかった。
 キイの問いに、クロウは少しの間考え込むような様子を見せ、
「以前も何度か来たことがあるが、湖岸はほとんどリゾート関係だと思ったぞ。そういえば、工場の建設計画が、観光地の景観を損ねるという理由で却下されていたような……」
「それでは、可能性は薄そうですね……そろそろ戻りましょうか。二人が心配だ」
「ああ、急ごう」
 キイとクロウは再びエアビーグルに乗り込み、ラクサ草原をめざした。



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