エルトリア探訪日記

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・2007年9月29日:第17話 魔法研究所の眠り姫事件PART2(上)
・2007年9月29日:第17話 魔法研究所の眠り姫事件PART2(下)


第17話 魔法研究所の眠り姫事件PART2(上)

 落ちた先は、地下牢らしかった。特に怪我もなく、ふんわり着地。わざわざ訊かなかったけど、どうやら四楼儀さんの魔法のおかげのようだ。
「してやられたようだね」
 壁にもたれて座り込んだまま、四楼儀さんが溜め息を吐く。
「ったく、ビストリカのご友人じゃなかったのけ?」
 ジョーディさんも肩をすくめながら、金色の目を、金属の格子の外に向けていた。牢の外には、武装した男が三人、目を光らせている。そのうちの一人が、口を開いた。
「大人しくしていることだ。お前たちが余計なことをすれば、連れが傷つく可能性もある」
「ビストリカが人質ってわけかい……」
 これは弱ったな、とわたしは思う。ジョーディさんも抵抗する気はなさそうな様子で、アックスを抱えてうずくまった。
「今は、機を待つしかあるまい」
 小声で言って、四楼儀さんは目を閉じる。
 そう言ったところで、わたしは……ビストリカが心配だ。でも、さすがにじっと見張られていると……せいぜい、鞄の中身をいじるくらい。わたしは武器など持っていないと見られているのか、べつに咎められることもない。
 そりゃ、ジョーディさんのアックスも取り上げられないくらいだもの。本当なら、アックスや四楼儀さんの魔法で脱出は可能なはずなのだ。でも、人質がいるからじっとしているしかないだろう、と相手方にも思われているのか。
〈でも、魔法であいつらを眠らせることとかできないんですか?〉
 というのは、相手の袖を引っ張り、筆談ならぬ携帯電話のモニターに書き込んで質問してみた文章。
 四楼儀さんは何も言わず、人さし指の先に小さな光弾を作り出し、格子の端のほうに飛ばした。
 それは音もなく、火花となって散る。
 ――ええ? どういうこと?
 一瞬わけがわからなくなるが、ふと、授業で習ったことを思い出す。高価な盾とかに使われる、耐魔金属があるとか。直接対象魔法をある程度防ぐ金属で……それにしても、盾でも高価なのにそれで牢を造るなんて、どれだけお金持ちなのか。
 しかし、直接対象魔法でなければどうだ。例えば、幻術とか。
 わたしが使える幻術なんて、たかが知れてるけど……などと考えをめぐらせていると。
「ったく、しゃーねーな。オレは寝るっ」
 ジョーディさんが壁際で横になり、間もなく、いびきをかき始める。
 寝ちゃったのか……?
「体力の温存が、今できる唯一のことであろうよ」
 と、こっちもふたたび目を閉じる、四楼儀さん。
 もう、夜もだいぶ深まっている。眠くなってきてもおかしくない頃合だ。わたしもあくびをして鞄を抱え、目を閉じる。
 しばらくして、ゴソゴソと何か音が聞こえた。
 薄目を開けてみると、見張りの私兵たちのうち、二人が部屋を出て行く。こちらの様子を見て、もうそれほど人数は要らないと判断したのだろう。こちらにとっては好都合。
 ――しかし、相手の人数が減ったとして、どうする?
 目を閉じて寝たふりを続けながら、ひたすら考える。
 どさっ。
 突然の落下音。慌てて目を開けると、格子の向こう側、倒れ込んだ男を見下ろす黒目黒髪の姿があった。
「精神体には、壁も格子も関係ないさね」
 言って、気絶した男の腰帯から鍵を奪い取る。仮の身体は自由に消したり再構成したりできるらしい。
「けどよ、脱出したあとも厄介だぜ」
 こっちも寝たふりだったらしいジョーディさんが、格子の出入口が外から開けられるのを眺めながら息を吐く。
 そう、いかに相手に脱出を気がつかれないようにしてビストリカと合流するか。それが問題だ。
「ビストリカに命の危険はなかろうよ。こうしてわざわざ我々と引き離したということは、彼女に用事があるということだろう」
「用事を済ましたら、用済みでポイってことはないですか?」
「その可能性もあるが、かなり執着しているようだから、そう簡単に手放すかね。連中、我々がここに来るのを知っていた。何が起きたか知っていたということだろう? 研究所から伝令が来るような余裕はなかったし、あればわんが気がつく」
 四楼儀さんの言うことはつまり……羽虫事件を起こした人物の目的が、ビストリカ?
「それじゃあ、急いだほうがいいだろ。ビストリカをオレたちから引き離そうと、どこかに連れ去るかもしれねえ」
 ジョーディさんが言うなり、ドアを開ける。廊下の突き当たりに、上への階段が見えた。
 多少手荒に強行突破してでも、早く合流したほうがいい――というのが、彼の判断らしい。どうにせよ、道はひとつだ。
 階段を駆け上り、廊下の角で一旦停止。左右に続く廊下に、今のところ人の気配はない。
「どっちがロビーかわかります?」
「左。でも、ロビーにゃここの兵士がいる可能性が高いぜ」
 とはいえ、上への階段がほかにもあるのか。
「これだけの屋敷、どこかに職員用の階段があるはずさね。ただ、いちいち端から捜している余裕はない」
 四楼儀さんは懐に手を入れる。取り出したのは、マッチのような小さな木の棒を組み合わせた人形が二つ。
 彼は呪文を唱え――
「〈メセト・ディスガイア〉」
 人形を放り投げると、それが小人の姿になって走り出す。ちょっと可愛い。でも速い。
 ――しっかし、初めてまともに魔法使ってるの見たな。全然知らない種類の魔法のようだけれど。
「へえ。それで、階段の場所がわかるのか」
「ああ……ほれ、もう戻ってきたようだ」
 ほんと速っ。
 足もとに戻ってきた小人の一人が、片手を上げてピョンピョン跳ねる。そちらに階段を見つけたと訴えているらしい。
 小人を回収し、わたしたちは早足で奥のほうへ。
 廊下の左右にいくつかドアが並んでいる。小人の言語でも理解しているのか、先頭を行く四楼儀さんは迷わず歩き続ける。
 が、間もなく足を止めた。
 原因は、あきらか。向こうの角から近づく足音だ。
「逃げるしかねえだろ」
 ジョーディさんのとっさの判断で、近くのドアの奥へ。
「誰かおるようだが……」
 入ってから四楼儀さんが顔をしかめ、部屋の奥を見る。ベッドや机、棚の並ぶ、普通の部屋のようだ。一見、誰もいないようだけれど……。
 かすかに聞こえる、くぐもった声。
 それに気がついて、ベッドの向こう側をのぞく。
 驚き、思わず声を上げそうになったけど、何とかこらえた。
 縄で縛られ、猿轡をされて転がされているのは、茶色の髪と目の、不精髭を生やした三〇代くらいの男性。目で何かを訴えている彼を、足音が背後を通過していくのを待ってから、「大声を出さないように」と言い含めて解放する。
「あなたは、連中の仲間じゃありませんよね? どちらさまです?」
 彼は大きく息を吐くと、わたしたちの顔を見回しながらうなずく。
「え、ええ……わたしは、カウル・マドルック。ここに研究室を借り、魔法薬の研究をしていたのですが……」
「ほお。あんたがマドルックか」
 ジョーディさんが目を丸くする。
「オレたちは、エレオーシュ魔法研究所の者だ。あんたの薬が必要になって捜してたんだが、こういう形で会うとはなあ」
 わたしとジョーディさんでここに来てからのことを、簡単に説明する。その間、四楼儀さんは部屋の外を警戒していた。
「ビストリカさんがここに……それは、厄介ですねえ。ここの当主の娘のミカサ嬢はずいぶんとわがままで、欲しいものは手に入れないと気がすまないそうだ」
 ――ミカサさん……パーティーのときのあの人か。
「別の仕事で作ってたところだけど、旧友の頼みだ。こうして助けてもらった恩もあるし、薬はあげよう。ただ……薬がある研究室は二階なんだ」
 結局のところ、二階に行かなければ薬はもらえないわけか。どうにしろ、ビストリカを助けに行かなければいけないけれど。
「おんしはここにおれ。何も知らぬふりをしていれば、殺されることはなかろう」
「わたしたちは、二階ですね」
 と、わたしとジョーディさんがドアに近づくと、背中にマドルックさんが声をかけてくる。
「たぶん、二階の広間にいるはずです。階段を上って右手の突き当たりの扉です」
 ――これは、有力情報をゲット。
「ありがとよ。ここで大人しくしてな」
 ジョーディさんが応じ、ドアを少し開けて周囲を確認したあと、さっと廊下に出る。
 階段の場所は、四楼儀さんが例の小人からの情報で知っていた。突き当たりのドアを開け、階段へ。
 そして、登りきろうという辺りで、階段のすぐ上からの話し声を聞く。
 ――まずい。降りてこられるとバッタリだ。頼む、こっちに来ないでくれ。
 祈るような気持ちで待つものの、人影は階段上にゆらりと揺れ……
 バタバタと倒れる。
 たぶん、四楼儀さんの眠りの魔法?
「どうした!」
 倒れた連中の向こう側からかかる男の声。
「ちっ、新手がいたか」
 舌打ちしながら、四楼儀さんとジョーディさんは階段を駆け上がる。段差の上から攻撃されるとなると不利になるからだろう。わたしももちろん、それを追う。
 廊下で向こうに並ぶのは、軽めの鎧を着て木刀を手にした男たちが四人。そのうちの二人が、ジョーディさんのほうへ。
「シュレール族の皮は、高く売れるってなあ!」
「じゃかぁしい!」
 挑発に声を荒げながら、ジョーディさんはアックスで二本の木刀をがっちり受け止める。
 その横で、わたしも黙って見てはいられない。残りの二人がそれぞれわたしと四楼儀さんへ。呪文を使わせる時間を与えないうちに攻撃するつもりらしい。
 けど、わたしは後ろのほうにいたのでちょっと余裕がある。呪文を唱えつつ、後退り。駄目っぽければどこまでも逃げる。
 四楼儀さんのほうはというと――
「そりゃ!」
 相手の気合とともに振り下ろされた木刀を右手の甲で打ってそらし、力を失ったその木刀を脇で抱えて持ち主を突く。うっと呻いて倒れた相手からそのまま木刀を奪い取った。
 ――あれ? 魔術師なのに、普通に体術できるんじゃあ……?
 驚きながらだけど、集中は切らさない。
「〈ソルジオルク〉!」
 防御結界を応用して、固型の見えない壁を相手に叩きつける。大した威力ではないけど、それでも追ってきた相手が弾き飛ばされるそこに、伝説級の魔術師が手にする木刀が入った。
「おー、やるねえ」
 ジョーディさんも、すでに相手を片付けている。人間の腕力による木刀の攻撃など、彼にとっては痛くもかゆくもないらしい。
「しかし、ちと厄介なことになったかもしれん」
 木刀で自分の肩を軽く叩きつつ、四楼儀さんは疲れたように首を振る。
 笛の音が響いていた。かかってきた四人のほかにも誰かがいて、ほかの兵士たちに報せに行っていたらしい。
「応援が来る前にビストリカと合流しましょう」
 笛を聞いた相手が、ビストリカに危害を加える可能性だってある。場所は聞いてあるわけだし、わたしたちは急いで目的の扉めざして走る。
 と、扉まであと少しというところで、どこからか聞こえる足音。それも、たくさん。
「強行突破にしても、囲まれると厄介かもな」
 前方に目的の扉。左右に通路。出るに出られず、わたしたちは角に隠れる。

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第17話 魔法研究所の眠り姫事件PART2(下)

「魔法で眠らせられるかね。景気よく耐魔金属を持ち出す相手だ、魔法対策をされとると厄介だが」
 まだ木刀を手にしたまま、四楼儀さんは面倒臭そうに言う。
 ――いや、ひとつ、試してもいい手はある。
「ビストリカと合流するのが先決。ちょっとだけ、相手の目をあざむければそれでいいでしょう」
「手はあるんか?」
 ジョーディさんに答える代わりに、わたしは呪文を唱え始めた。
 近づく足音。それを充分引きつけるよう、タイミングを計って――
「〈イーミテッド・ファムモレノ〉」
 小声で告げ、扉の前を指さす。
 そこに現われたのは、ポニーテールの女子高生――わたし。
「いたぞ、あそこだ!」
 とか何とか言って追いかける一団と、逃げるわたし(偽)が前方を行き過ぎていく。
「ほう……」
「すげーじゃねえか、嬢ちゃん」
 感心されて嬉しいけど、喜んでられるほど余裕はない。練習はしているけど、まだまだ、三〇秒ほどしかもたないのだ。
「さ、急ぎましょう」
 言いながら、すでに扉へダッシュ。
 ――この扉の向こうに、ビストリカが……。
 両開きの重そうな扉に近づくと、中から声が聞こえてくる。ミカサさんの声……狂ったような、笑い声。
 ――も、もしかしてまずいことになってる……?
 ジョーディさん、四楼儀さんと顔を見合わせる。心配。
「ビストリカっ!」
 爆発寸前の不安を抱えつつ、叫んで扉を一気に押し開ける。
 そこでわたしたちが見たものは。
 四方を囲む光の壁の中に、細かな葉のついた、海草に似た植物がびっしり生えていてゆらゆら揺れている。その緑の波の上で、蔦で縛り上げられた少女が笑い転げていた。そして、それを腰に手を当てて見下ろすビストリカ。
「あはは、せ、せんせ、もうしませんから、うひゃはははっ!」
「自分の欲のために無関係な人を巻き込むなど、許されないことです! 本当にわかっているんでしょうね?」
「ひひひ、しません、しませんーっ! ひゃっひゃっひゃっ!」
「大体、わたくしに会いたければ、地球人の皆さんをうらやまず、医務室にいらっしゃればいいじゃないですか。お金にものを言わせて、こんな馬鹿げた悪事をする必要などないんです」
「…………あの、ビストリカ…………?」
 ドン引きしてる男性陣に代わって、わたしが口火を切る。
 怒りに燃えていたらしいビストリカは、そばに寄ったわたしに肩を叩かれ、やっとこちらに気がついた。
「あ、アイちゃん! それにお二人とも、ご無事で」
「……何か良くわからないけど、解放してあげたら? このままだと、厄介だし」
 とりあえず、この屋敷の兵士たちをどうにかして欲しい。
 そう伝えると、ビストリカは拷問魔法を解き、ミカサさんに同じことを伝える。彼女は怯えた目で治癒術師を見上げると、「わかりましたすぐにどうにかします」とペコペコ頭を下げながら早口で言い、笛で兵士たちに合図を送る。
 どうやら、もう逆らうつもりはないらしい。この人、たぶんビストリカにちょっとアブナイ憧れを抱いていたんだろうが……もう、見方が変わっただろう。
「やれやれ……何とも馬鹿馬鹿しい原因だったものだね」
 心底疲れた様子の四楼儀さんのことばに、わたしも激しく同意した。

 ビストリカが今までどおりマドルックさんのパトロンになるようにミカサさんに頼み――本人にその気はなくても実質命令だろうが、そういうことになった。
 玄関前にて、約束どおり、マドルックさんは鞄から取り出した薬をくれる。瓶入りの丸薬だ。
「本来は違う仕事で作ってたそうですけど、いいんでしょか?」
 わたしが訊くと、彼はうなずく。
「ああ、そっちは何とか間に合わせるさ。ただ、この薬、一時的に魔力を弱めることで眠りから逃れるものだから、一週間から長くて一ヶ月、魔法が使えなくなる可能性がある」
「それは弱ったものだねえ」
 四楼儀さんが困ったように肩をすくめ、とん、と木刀の先で地面を突く。
「ま、その間は体力派備え役で何とかすっから。それに、見張り役はもともとあんまり魔法使わないだろ」
「それもそうだけれどねえ……」
 ジョーディさんになだめられても、さすがにちょっと不安そう。
「とにかく、早く戻りましょう。早めに使ったほうが副作用も緩くなるかもしれません」
 薬を受け取ったビストリカが大事そうに鞄に仕舞い、マドルックさんと簡単な挨拶をしてから、先頭になって岡を下りる。
 もう、すっかり夜更けだ。帰り道、〈水鏡に映る恋歌〉亭も閉まっていた。
 見上げると、綺麗な星々が輝いている。地球とは違う配置の星。
 それを見上げる余裕は、帰りの舟の上でならありそうだ。
 なんて……思っていた。船着場への門を前にするあたりまでは。
「こんな夜中でも、船頭さんはいるの?」
 わたしは小走りに先頭のビストリカへ駆け寄って、下の河をのぞこうとする。
 すると、前方の闇が動いたような気がした。ふと聞こえる、何かが振動する音。
「ビストリカ」
 べつに、状況を把握してやったわけじゃない。羽虫がまだいたんじゃないかと、ビストリカを引き寄せようとしただけだ。
 それが、相手を守ることになって、そして。
 ぶしゃっ。
 暗くて、何が起きたのかわからないが、確かなことは。
「っ……」
 ――ってえぇーっ!
 痛さで一瞬固まる。生温いものが流れ落ちる感触に見下ろし、やっと自分の状態を知る。左腕の肘の上辺りがざっくり切れていた。けっこう深い傷らしい。
 それを見てやはり一瞬固まっていたビストリカが、抱きついてくる。
「あ、アイちゃん!」
 呪文を唱え始める。治癒魔法か。あああ、早くこの痛みから解放されたい助けてくれ。
「お前たち!」
 一方で、耳はちゃんと、わたしたちの前に出た四楼儀さんの声を捉えている。ジョーディさんもわたしを守るような位置に出た。
「すまん嬢ちゃん、オレの役目だ」
 いや偶然だし気にしないでと言いたいけれど、声が出せない。ぎゅっと傷のそばをつかんで立っているだけで精一杯。
「ヴァリフェル、手は出すなと言ったろう」
「足止めしろって言うから、ついなー」
 重々しい声と、軽い調子の声がした。何とか顔を上げてそちらを見ると……翼のある銀色長髪青年と、炎のように赤毛を逆立てた、やっぱり翼のある男。
 アクセル・スレイヴァの上級師官、だっけ。
 銀髪のほうが、一歩進み出る。
「お前たち、マドルック卿に渡された薬をこちらによこしてもらおう。それはもともと、我らが頼んでいたものだ」
「断ると言ったらどうするね?」
 四楼儀さんは木刀を手に、すでに戦闘態勢に見える。
 このときにはわたしはだいぶ傷が塞がって痛みが引いてきていたので、じっと相手を観察した。銀髪男は、不快そうにわずかに片方の眉を持ち上げる。
「お前が抵抗すると言うのか。それがどういうことか、わかっているだろう?」
「お主らが頼んでいた分は、すぐに作れるのだろう。儂たちにも、薬は必要だ。儂も、命は惜しいのでね」
「なあ、無駄な話し合いはやめようぜぇ」
 赤毛が言い、いきなり手にした長剣を振った。
「あ……」
 四楼儀さんの左肩から血がしぶく。
 わたしの傷を治し終えたビストリカが駆け寄ろうとするが、彼はそれを手で制す。同時に、光の環が出現し、彼と、翼のある二人を取り囲む。
「儂がこやつらと話をつける。お主らは行け」
 ――何かもう、話をつけるっていう雰囲気じゃないんですけど……。
「上等だ!」
 赤毛の突進。それを木刀で受ける四楼儀さんは、石畳に叩きつけられる。
「おい、四楼儀お前……」
「どうせ仮の身体だよ。帰ろうと思えばいつでも戻れる。早く行け!」
 振り返りもせず叫ぶ彼の背中の下、石畳に血溜りが広がる。
 ジョーディさんは一瞬迷うような様子を見せたものの、わたしとビストリカの手を引いて、門をくぐって桟橋へ。
 怯んでいる船頭さんを急かして舟を出させたとき振り返ったそこでは、まだ、戦いが続いているように見えた。

 時は夜中。寝ずに待っていたリアス先生や学長さん、ロインさんに迎えられ、ビストリカが魔法薬を患者の皆さんに使って間もなく。
 学生さんたちはわたしたちが帰る前に目覚めていたらしい。薬で目覚めたのは備え役の人たちと教授――ただ一人を除いて。
「おう、大丈夫か?」
「ああ……」
 まだ朦朧とした様子の道化師さんが、身を起こしながらジョーディさんに答える。
 シェプルさんとフリスさんは早速何かやりあってるし、テルミ先生は「恐ろしい夢だったわ……虫に刺されて、どんどんブクブク太ってくの」とか何とかビストリカに語ってたりするが。
 一向に目覚めないのは、四楼儀さん。
「……中身、戻ってないんじゃねえか?」
 ジョーディさんが、一見気持ちよく眠っているだけの四楼儀さんの頬をぺちぺちと叩く。
「……中身? 何のことだ?」
「幽体離脱の魔法とかで、仮の身体を作ってわたしたちと一緒にいたんです。でも、薬を奪おうとする相手を足止めして……」
 どこまで詳しく言うべきかわからなかったものの、道化師さんにそう説明する。
「仮の身体とはいえ、精神が害されれば危険な状況になることもありえますし……」
 ビストリカも心配そうに歩み寄ってくる。
 すると、急にドアが開いた。
 もしかして、と振り向くと、予想通りの姿。
「皆お集まりのようだね。儂も戻らせてもらうよ」
「あの連中は……?」
 わたしが訊くと、治癒魔法のためか仮の身体ゆえかわからないが、身も服も傷ひとつない外観の四楼儀さんは、自分の身体に歩み寄りながら眠そうにうなずく。
「何とかお帰りいただいた、よ……こっらしょ」
 年寄り臭い掛け声と同時にベッドの上に横になって、身体と同化。なんか、異様な光景。
「お帰りいただいたって……話し合いなんかできる雰囲気じゃなかったぞ」
 ジョーディさんの疑問はもっともだ。
 四楼儀さんは目を開けると、だるそうに身を起こす。
「手段はどうあれ、納得の上お帰りいただいたのだから、何も文句を言われる筋合いはなかろうよ。気になるなら問い合わせてでもみることさね」
 言ってベッドを降り、来たときと同じ歩調で去って行く。それを、わたしたちは茫然と見送った。
 そのあと聞いた話ではどうやらミカサさんはしばらく停学になるらしい。本来は退学でも足りないくらいだろうけれど、今の彼女の様子など、色々鑑みてのことだろう。
 もっと色々なことを学長さんが話していた気もするが、わたしは心底眠かったのでほとんど上の空で聞いていたし、早々に医務室を退散したのだった。


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