エルトリア探訪日記

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・2008年01月01日:年越し編


年越し編

 朝起きたら、初雪が降っていた。
 わたしは、街で――もちろん許可を取って買い物に出た際に買ってきた、温かい紺色のハイソックスと、ファー付きの白い上着を着込むことにした。城のなかは何とか石の効果とかでそれほど寒くないけれど、こんな日は、外に出たくなるじゃないか。
 と、その前に、朝食をとりに食堂へ降りたら、ビストリカがいた。
「おはよう、ビストリカ」
「おはようございます、アイちゃん。ついに降りましたね。今年最後の日に降るなんて、ロマンチックです」
 彼女はそう言って、目をキラキラさせる。
 この世界にも、一年という概念はある。今日は、いわゆる大晦日。
「でも、ビストリカはこれからが大変なんじゃない?」
 パンとスープが中心の軽い食事が載った盆をテーブルに置き、わたしは彼女の向かいの席に座る。
「そうですね。これからの季節も、夏におとらず病人が多いですから。毎年のことですし、大事にはならないと思いますが、油断はできません」
 もうすでに、風邪で医務室を訪れる学生さんも何人か出ている。
「そうだね。わたしも気をつけないと」
 そのためなら、暖かい場所にいたほうがいいのかもしれない。でも、今日だけは外に出たい。
 朝食を終えると、わたしはビストリカと一緒に、すでに多くの学生さんの姿で賑わう外に出た。
「あら、やっぱり来たのね」
 そう言って迎えてくれたのは、コートで完全防備のテルミ先生。そばでは、少しの間にずいぶん大きくなったように見える子犬のレコと、白いマフラーを首に巻いたマリーエちゃんが雪の上でじゃれあっていた。
 雪は、薄く芝生を覆う程度にしか積もっていない。雪合戦や雪だるまを作るにはまだまだ早いか。
 それでも、雪が舞い落ちてくるのは趣があって美しい。
 わたしはビストリカやテルミ先生と話しをしながら、しばらくの間、雪を見上げ続けた。
 でも、ビストリカは忙しいし、ずっと外にいるのは寒過ぎる。昼前には切り上げて、部屋で本を読んでいた。
 昼食に降りたときには、シェプルさんを引きずるフリスさんと一緒になる。
「地球……というか、わたしたちの国じゃ年越しには色々習慣があるんですが、エルトリアでは何かやらないんですか?」
 そうきいてみると、フリスさんはキノコのスープをかき混ぜながら答えてくれる。
「地域にもよるけど、色々あるわよ。敬虔なメセチア教信者は、メセト神に一年の恵みへの感謝を捧げながら年を越すし。一般的な習慣と言ったら、ラーマ茶を飲むとか、年を越したら最初の日の出の光を浴びると縁起がいいとか、新年最初のお茶にはシェシュの葉を浮かべるといいとか、やる人は滅多にいないけど、新年最初の日に水陰柱から水をすくって飲む、というのもあったわね」
 ああ、初日の出はこっちでも特別なんだ。なんて思っているところに、シェプルさんが口を挟む。
「ボクの年越しの習慣は、可愛いレディたちと一緒に舞い散る雪を見ながら、楽しいときを……」
「それは習慣じゃなくて、あなたの習性でしょうが」
 唐突に立ち上がったシェプルさんに、フリスさんのツッコミが入る。
 それ以後も、ふたりは何やかんやとボケツッコミをしつつ、食事を終えて去っていった。この人たちと一緒にいると、本当にどこでも賑やかだ。
 しかし、わたしが食堂を出てすぐに出会ったのは、ひとりでも賑やかな相手だった。
「あーら、アイちゃん!幻術修行のほうはどんな感じ?」
「何とか、五〇秒くらいは維持できるようになりました。キューリル先生は何か用事ですか?」
 一年の最後の日だけに、今日は休み。今日はというか、しばらくは休みだ。
「だって一年の最後の日ですもの。みーんなで過ごしたほうが楽しいじゃない!」
 んー、確かにそれはそうかも。キューリル先生には、ひとりで過ごすより、賑やかに過ごすほうが良く似合う。
 それからわたしは夕食まで、先生と一緒に医務室へ行って色々と話をして過ごした。例の商人に小型の舟を用意してもらい湖の小島を巡る予定だけど、早くしないと水面に氷が張ってしまうとか、風邪の予防にシェシュ茶でうがいをするのが流行ってるとか、最近レコに会いにイラージさんもよく医務室に来るとか、水陰柱は冬でも凍らないとか他愛もない話やそれ以外の話も色々。
 やがて夕食に食堂へ行くと、ラーマ茶が出た。口に含んだ薄茶色のお茶は……何というか、渋いというか酸っぱいというか……とにかく、おいしいとは言えない味だった。
「まあ、一年の中で今日だけしか飲まないわね」
 テルミ先生も苦笑しながら、お茶を飲み干していた。

 わかってたけど、一年最後の日たって、ほとんどいつもと変わりない。
 用は、気持ちの持ちようか。
 深夜、寒いのは苦手、と言って早足で去る道化師さんと、いつもと同じ格好で平然としているジョーディさんとすれ違い、わたしとテルミ先生、キューリル先生、マリーエちゃん、村瀬先生は、完全防備で物見台に集結した。べつに、誰かが声をかけたわけじゃないけれど、ここが一番眺めがいいことはみんな知っている。
 日の出を見ようというのは、わたしたちだけじゃない。地上で雪遊びをしながら日付が変わるのを待とうという一同も見える。
「若い者は元気だねえ」
 多少は積もった雪で雪合戦をしているヴィーランドさんやアンジェラさん、レンくんたちや学生さんを、村瀬先生が呆れ顔で見下ろす。
「年寄り臭いわねー」
「寒いと、もう身体が動かなくってね。ここが暖かくて助かったよ」
 目を細めて言うテルミ先生に、さらに年寄り臭さが増すようなことばを返した。
 ここが暖かいのは、もちろん四楼儀さんの魔法のおかげ。当人は端のほうで背中を向けて横になっている。
「マリーエちゃーん、寒くない? ほら、あったかいミルクもあるよぅ」
 子ども好きなのか、キューリル先生は自分の膝にマリーエちゃんを座らせている。マリーエちゃんももちろん、犬耳犬の尻尾の先生が好き。レコを抱きかかえながら、嬉しそうに湖の向こうを見ている。
 正直ちょっと眠かったけど、わたしも話をしながら、じっとそちらを眺めていた。例によって、ビストリカが医務室を離れられないのが残念。
 それでも、きっと医務室の窓から届いただろう。やがて湖を照らし始めた、この柔らかな陽射しを。

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