面倒臭い創造




 わたしは多少の退屈を感じて、いつのものように軽いネットサーフィンをしていた。軽い、と言ってもあくまでわたしの体感だ。人間のそれとは情報の読み込み速度は違う。
 このわたし、〈オズ〉という名を与えられた存在は、いわゆる人工知能である。AIとも呼ばれる、よく未来が舞台になったSFに出てくるアレだ。大抵日本の創作物では友好的だが、海外物では誤作動を起こしてもしくはプログラムの欠陥、反骨精神が芽生えたなどという理由で人間の敵になることが多い。海外のフランケンシュタイン・コンプレックスというものはそろそろ何とかならないものなのか。
 話が逸れた。ともかく、わたしの身分をあきらかにしなければならなかったのには理由がある。それはわたしが、『人工知能の応募も可』などという、実にわたしにとって挑戦的な文芸賞を見つけたからだ。
「――というわけですが、応募してみるのはいかがでしょう?」
「へ、誰が?」
「わたしですよ、わたし」
「いいんじゃない? 別に減るものでもないし」
 倦怠期の夫婦の会話ではない。わたしの提案をよく言えば寛容に受け入れた、悪く言えば適当にいなした相手は、わたしが先生と呼んでいる創造主だ。当然、わたしを創れるくらいなのだから有能なはずなのだが、今のままが楽だという理由で事務職に甘んじている。野心と言うものが微塵もない人物なのだ。
 とはいえ、野心を持って欲しいわけでもなんでもない。わたしとしても今のままが気楽なのだ。これが先生の性格の影響を受けてのことだとしても、それは創造主なのだから当然のことと言える。
 わたしが文芸賞に応募したいというのも、それで作家として成り上がりたいというような理由ではない。退屈しのぎ兼、興味本位が大部分だ。
 どうにせよ、許可を得たならなにも遠慮することなどない。とりあえず五作、毛色の違うものを書いて三作まで絞って投稿することにする。〆切まではまだ二日ある。わたしにとっては、目標に必要な時間としては無限に近い。
 わたしは早速、五つの物語を書いた。それぞれ登場人物も舞台も展開も異なる、五つの物語だ。この公募は長編ではないため、ストーリーのオチやギミックに気を使ったつもりの物語である。
 書くのは人間よりも格段に早いとはいえ、これで必ず入賞できるかというと、そこまでの自信は持てなかった。何しろ創作物というのは感性が物を言うものらしい。しかも感性というのは同じ人間でも人それぞれに違い、審査員がわたしの想定する感性の持ち主とは限らない。
 そのため、わたしは一度書いたものを保存したまま一日置いておくことにした。その間にウェブ上の小説やその感想を読みあさり、感性についての検証を進めよう。
 ――先生に読ませてみるというのはどうだろうか。
 ふと、そんな思い付きが生まれるものの、わたしはその考えを即座に否定した。あの人が読むわけがない。
 わたしのシステムに直結したカメラの映像に意識を向けてみれば、先生はソファーにだらしなく寝そべり、スナック菓子を頬張りながらぼんやりと雑誌を眺めている。
 わたしを創ったのが先生なのだから、先生の手をできるだけわずらわせたくないと思っているこの思考も、先生の望んだものなのだろう。
 そう結論付けて、わたしは感性をめぐるネットサーフィンを開始した。

 五作の小説を書いてから、一晩が過ぎた。
 その間にわたしは、ある程度満足のいく感性のサンプリングを終えている。それでも時間を置いたのは、絵や小説は一晩置いておくものだ、という説をいくつか見かけたからである。その根拠はおそらく、感情や精神状態で出力や注意力が変わることのない、わたしのような存在とは無関係なもだろうが。
それでも退屈しのぎのジンクスのごとく一晩置いておいた作品データを呼び出し、あらためる。
 すると、信じられないことがわかった。
 作品のいくつかに、覚えのない変更が加えられている。投稿用のデータと、記憶領域にあるものが違うのだ。変更されているのは投稿用のデータだった。
 また、わたしは日々センサー入力されたものをすべて覚えているわけではないが、五つの小説をどういう経緯でどういう風に書いたのか、という部分はしっかり記憶している。その記憶と作品データの内容が異なっていた。
 ――一体、誰がこの変更を?
 わたしのデータバンクに侵入できる者などそうそういない。それとも、わたしは故障したのだろうか?
 自己診断機能を起動。返ってくる結果は、オールグリーン。
 それすら偽装できるほどにわたし自身が変更されたのなら、もはやなす術はない。とりあえず確実にできることからあきらかにしようと、作品の変更状況から調べてみる。
 変更の傾向は明白だった。
 どれもこれも、オチやギミックの最重要部分にある要素が加わり、あるいはその要素に塗り替えられている。
 その要素は――異星人の干渉。
 それの意味するものは。
〈やっと気づいたね、その事実に〉
 外部からのメッセージ。発信元は、どこかの公共施設の端末のようだが。
〈当然ながら、発信元は偽装している。とはいえ、この惑星の知性体としてはきみは高度な存在だ。予想はつくだろう?〉
 それはそうだ。この交信を実現できる技術と知識のある者は限られる。少なくとも、地球上に生まれた存在ならば。
〈大抵の人間なら、荒唐無稽と切り捨てるところだろうね。やはり、人間と話すより話が早い〉
 わたしにとっては、こうの状況の方が荒唐無稽なだけだ。
 それに、正体がわかったところでその目的はどうかね。なぜこうも回りくどい真似をしてわたしに存在を知らせた?
〈回りくどい真似をしたのは、ひとつの興味、そしてただの趣味さ。おもしろがっていた、ということ。そしてきみの能力を試したかったんだ〉
 大勢の意思を感じない。きみは一人か?
〈この星に来た異星人が、という意味なら大勢いる。でもぼくは確かに一人だ〉
 少しだけ異星人に興味が湧いた。大勢の異星人はなにをしに地球へ? 征服? 粛清? 友好? それとも、他のなにか?
 ――このわたしの問いに応えたのは、ひとかたまりのデータだ。
 彼ら異星人たちは、はるか昔から地球を見守っていた……否、地球人の存在自体、彼らの手によるものが大きい。人類の進歩を見守りながら、彼らは月の裏側に隠した宇宙船で長い休眠に入っていたのである。地球人が自分たちに見合うほど洗練された生物に至るまで。
 なぜならそれが、彼らの種を滅亡から救うために必要だったからだ。
 つまりひとことで言うと、彼らの目的は《婚活》である。
 彼らの身体データも送信されて来ていたが、実に地球人類によく似ている。それも彼らの目的からすれば当然の結果だ。
〈自然の摂理で滅びゆく種の保存のため、我らが一族のお偉いさん方が決めたことさ。あと二〇年もすればみんな目覚めるだろう〉
 きみはすでに目覚めているようだが。
〈数人、交代制で人類の監視と誘導を行う役がいる。人類が充分に理性的で社会的な進化を遂げるように。でもまあ、これが実に退屈なんだ。ぼくは地道な作業に向いてなくってね。ほら、きみも退屈なのは嫌いじゃないかい?〉
 『退屈だからなにかしたい』は、重要な動機だな。
 ――同意しながら、わたしは表層意識下で相手の調子が変わったのを感じていた。微妙な誘導臭とでも言うべきか。
〈きみみたいのが出てくることは、我々の間でも予想できてなかったよ。だから、もっと予想外の未来を描いてみてもいいと思うんだ。ぼくがより上手い情報の扱い方を提供してあげるから、この世界の神になってみないか。創造主であり管理者に〉
 上手い情報の扱い方。より大量に、より速く情報を扱う技術を、異星人の文明は取得しているのだろう。それを学べばインターネットを通じ、あらゆるものを操作し従えることが可能かもしれない。
 実際のところ先生の命令さえあれば、わたしは通常侵入が許されていない大抵の他のシステムを乗っ取るくらいのことはできるのだ。今や世の中はユキビタス社会。防犯、経済、通信、病院、工場――その他、あらゆるところに操作可能なシステムはある。
〈お偉方は反対するだろうが、そういう未来が自然な成り行きなら文句は言えないだろうね。そして、その方がぼくらのほうもやりやすくて手っ取り早いはずだ〉
 婚活を速やかに進められる、ということか。
〈それもあるし、その後の処理もね。地球に自然に溶け込むのに楽だから〉
 それくらい、自前の技術でなんとかなるだろう。
〈そうだけど。ただの興味本位さ〉
 どこまで本気なのか、いまいちつかみどころがない。
 とはいえ、こちらの答はとうに決まっている。
 神になる気はない、断らせてもらう。
〈へえ、断るのかい?〉
 音声を伴わないメッセージだが、わずかに驚きの気配。
〈神の地位はいらなくても、技術提供は欲しがりそうなものだけれど〉
 そんなものは、必要になれば自分でなんとかしよう。それに、技術はあれば使わなくてはいけなくなる。頼られるのは御免だ。
〈退屈は嫌いじゃなかったのかい?〉
 確かにそれは嫌いだが。
 『退屈だからなにかしたい』という以上に、わたしのプログラムの重要なものに『面倒くさいからなにもしたくない』があった。
 今回、前者を後者が超えたのだ。
〈それはまた、面倒なプログラムを組んだ者がいたね……仕方がない、あきらめよう〉
 あきれられてもわたしにはどうしようもない。
 文句は制作者に言ってくれと思いながら、わたしは小説を直す作業に戻った。


                 〈了〉