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「ほお。ケーニッヒがアリョーシャ族だったとはなあ」
パイプをくゆらせながら、サラヴァンさんは大して驚いていない風に言う。
まだ、〈サンタモニカ〉号は空の上。ただ、今は風に流されるのに任せ、浮遊していた。行き先もまだ決まっていないので、昼食をとりながらさっきまでのこととこれからのことを話し合う。
ミートパイはちょっと潰れていたけど、ジューシーで充分美味しかった。デザートの果物もさっぱりしていて、満足。
「まあ、一緒にいて楽しければ俺は何でもいいがねえ。それで、次にどこ行くか、希望はあるのかい?」
それは、今までにも何度も耳にした質問。
さて、どこに行こう。とりあえず、できるだけイザナークを離れたほうが安全だとは思うけれども。
「次の行き先なんですけどね……」
何やら考え込んでいたケーニッヒが口を開く。
「もしよろしければ、ドーランに行きたいのですが。ドーランの遺跡には、アリョーシャ族の歴史が刻まれているという話がありまして……」
ドーラン、っていうのはイザナークの北にある町だ。アリョーシャ族の末裔が多く住んでいて、彼らと関係のある遺跡が近くの山脈にあるというのも聞いたことがあった。
「へえ。もしかしてケーニッヒ、そこの出身だったりする?」
そう言えば、わたしはこいつのことを何も知らない。いや、サラヴァンさんやバロンのことも余り知らないし、お互いの事情については追及しないのがルールだけど、ケーニッヒは行きがかり上わたしの事情を知っているので、何か不公平な気がしていた。
「いいえ、わたしはずっと旅をしていましたからねえ。ドーランへ行くのは、これが二度目ですよ」
なんだ、そうなのか。ちなみに、わたしがドーランに行くのはこれが初めて。
「じゃ、行き先はドーランでいいな」
ミートパイを食べ終えたサラヴァンさんが操舵室へ向かう。
間もなく、〈サンタモニカ〉号は船首を北に向けて動き出した。
夕日が白いバルーンを赤く染める。太陽が何でもないころより赤みが増しているように見えるのは、気のせいなんだろうか。
今いるのは、空から見ると綺麗な円形の町、ドーランの郊外だ。かなり目立つけど、ほかに下りる場所がないので草原に着陸済み。
「遺跡の正確な場所、わからないんだろ? それに、もう出発するには遅いからな。場所を聞いて、宿にでも泊まっておいで。明日には、いつでも飛べるように準備しておくから」
遺跡の場所だけ聞いて戻ってきて船で寝ても良かったんだけど、やっぱり宿屋のベッドの方が気持ちがいいし、お風呂にも入りたい。せっかくサラヴァンさんが気を使ってくれたんだから、ゆっくりしたい。
「それじゃ、こっちはよろしく。バロンもね」
縄梯子に足を向けながら振り返ると、樽の上に丸くなっていた黒猫は、返事の代わりにあくびを返した。
わたしとケーニッヒだけで、ドーランへ。こうやってふたりだけで町をうろつくのはいつものことだ。
「遺跡の場所って、どこで聞けるのかな? 図書館?」
町に入ってすぐ、行く手に見えた図書館の看板を指さす。
「ああ、図書館ならわかりそうですね。まずは、さっさと情報収集を済ませますか」
と、わたしたちは白い石造りの図書館へ。この町の建物も、イザナークと同じ石造りが多いらしい。町から山脈が大きく見えるけれど、近くの山から切り出してるんだろうか。
そんなことを考えながら中に入ると、そこは、木目がたくさん見える空間だった。ずらりと並ぶ本棚に木製の机と椅子、正面にカウンター。
「あのー、アリョーシャ族の遺跡の場所について知りたいんですけど」
わたしが、エプロン姿のお姉さんにこれ以上ないほど単刀直入に言うと、お姉さんは慣れた調子で「少々お待ち下さい」と言って奥に引っ込んでしまう。
今までも何度も同じことをきかれたような対応だ。そういう雰囲気を感じた。
「どうする、行ってみたらすっかり観光名所化してた、とかだったら」
「山脈の険しい峰に囲まれた場所にあると聞いていますから、さすがに、お土産屋さんが出ていたりはしないと思いますよ。それに、アリョーシャ族の古代文字は、アリョーシャ族の血をひく者にしか読めませんから」
やっぱり、ケーニッヒの用があるのは遺跡に刻まれた文章か。わざわざ尋ねなかったけど、何がしたいかは大体わかっている。
「それで、昔は太陽をどうやって元に戻したのか調べようってわけ?」
「そんなところです」
話しているうちに、司書のお姉さんが戻ってくる。手には、一冊の冊子が見えた。
「こちらが、一三年前に発見された〈クラン・ディ・アリョーシャ〉の遺跡です。町の北東にあります。地図の写しが欲しければありますよ。いりますか?」
「是非!」
答えながら、ずいぶんと用意周到だな、と思う。
そんな視線に気がついたのか、カウンターの下のどこかから地図の写しを取り出した司書のお姉さん――本当はちょっとお姉さんとは呼び難いお年頃だけれど、年上の女性はみんなお姉さんと呼ぶのがわたしのポリシー――は、ちょっと意地悪そうに笑う。
「今までにも、何人もの冒険家や探検隊が山を越えて遺跡に行こうとしました。大抵は途中で遭難して戻ってくるか、行方不明になるのですが。でも、あの飛行船なら大丈夫そうね」
「あ、ありがとうございます」
地図の写しを受け取りながら、あはは、と誤魔化すように笑う。わたしたちが降りるのを見ていた人にでも聞いたのか、〈サンタモニカ〉号の乗員であることはバレバレらしい。
まあ、ここじゃあ多少目立ったところで大丈夫だろう。さすがに、イザナークから今日中にあの二人組みがやってこれるとは思えない。
「じゃあ、あとは宿屋に部屋をとって寝るだけね」
図書館を出ると、わたしたちはすっかり夕日に染まった街を、北に向かう。
「たまには、リッチな宿に泊まろうと思わない?」
「そんな余裕ありませんよ。だいたい、お金払うの、わたしなんですから。って、前々から思ってたんですけど、何でいつもわたしが払うんですかーっ?」
「だってしもべなんでしょ」
「こういうときだけ、認めるんですからー」
普通は逆なような気がするけれど、今はまあ、しもべの一人や二人いてもいいかな、と思っているところなので、言わないことにする。
早く決めないと本格的に夜になってしまうので、宿が並ぶ辺りに入ると、あーだこーだ言いながら四軒目に決めた。白い外装の、小奇麗な宿屋兼酒場だ。二階が宿泊用の部屋、一階が酒場になってて、ずいぶん盛り上がってる。
そろそろ夕食時だ。部屋をとって注文して待ってれば、丁度いい時間になるだろう。
わたしはケーニッヒに続いて、〈幽玄の地平線〉亭というプレートが打ち付けられたドアをくぐった。
「はい、いらっしゃい!」
カウンターから、意外に若い店の主人が元気よく声を上げる。
でも、それよりわたしの視線は、奥へ一直線。
その一帯には、酔っ払いを含む男たちが集まっている。周りの丸いテーブルとは違う小さめの四角いテーブルが用意され、一人の男が得意げにふんぞり返っていた。男は白いシャツに黒いベストという、わりときっちりした格好だけど、それがはち切れそうなほど体格がいい。
「いやー、やっぱラズラさんにはかなわねえな」
「こりゃ、誰がやっても無理だろ」
とか何とかいう会話が聞こえてくる。
わたしのとなりで、ケーニッヒもそちらに気を取られていた。その様子を見て、主人が説明してくれる。
「うちでは今、腕相撲大会を開催中だよ。当店の力自慢に見事勝利した場合、丸一日食べ放題だ。宿泊もタダだよ」
食べ放題。
タダ。
ああ、世の中にこれほど素晴らしいことばなどあろうものかっ!
「コレット、あなた、もしや……」
ぎゅっと握った拳に気がついて、ケーニッヒがどこか面白がるような声をかけてくる。
そう、これを見逃す手はない。
「わたし、やりますっ!」
思い切って言ったことばに、腕相撲大会中の面々も、それを眺めながら食事中のほかのお客さんたちも、一瞬黙る。
なに? この空気は……。
ちょっと怯むわたしの耳に、間もなく、笑い声が届く。あの、このお店の力自慢、ラズラさん、と呼ばれていた男だ。
つられたように周りも笑い出す。失礼な。
「止めとけ、お嬢ちゃん。怪我するだけだ」
「そうそう、そんな細腕じゃあ折れるぞ」
そんなことを言い合う男たち。
内心では、こいつらあとで後悔するなよ吠え面かかせてやると思ってはいても、わたしはツッコミという身体の反射的な動きを抑え込んだ。
その代わり……でもないだろうけれど、となりでケーニッヒがにこやかに口を開く。
「とんでもない。皆さん、誤解してらっしゃる。こちらにおられるコレットは、それはもう世界破壊的な腕力を持つことで有名なのです」
「ちょっ……」
余計なことを言い出す口を塞ごうと手を伸ばすが、吟遊詩人は身軽にひょいと避け、手の届かないところに移動する。
「ほう。どう有名なんだ、それは」
男のうちの一人がからかいの声を上げた。
それに対し、ケーニッヒはことばでは答えず、リュートをかまえ直した。
あるところに少女あり
その雄姿は戦乙女に似て
その力は巨人族のごとく
知る人ぞ知る破壊神
その拳は岩をも打ち砕き
その蹴りは海を割る
戦の女神イルミに見入られし
その名は猛女コレット――
ばき。
即興の――即興じゃなかったらさらにぶっ飛ばす――歌を止めたのは、短い音だった。わたしの裏拳がケーニッヒの額に炸裂し、昏倒させる。
それを見て、ラズラさんがわずかに目を見開く。
「ほお、少しは腕に覚えがあるらしい」
彼は腕を伸ばすと、ぐっと肘を折って力こぶを作る。わたしは怯まずに、彼の前へと歩き出す。
そして今、ひとつの伝説が始まった。
山菜グラタンにチーズトーストとヤマブドウのジュース、さらにミルクプリンとチョコクレープに続いて、この夕食の三品目のデザートにアイスを注文したわたしは、いつになく機嫌が良かった。
ラズラさんは隅のほうで小さくなっている。あっさり復活したケーニッヒは額を撫でながら、向かいの席でタダになったハーブティーをすすっていた。
「相変わらず、コレットの怪力は凄まじいですね。それとも、リギルの人たちはみんなそうだったりするんですか?」
こいつ、また人をバケモノみたいに……と思うけれど、上機嫌のわたしはあんまり気分を悪くすることもなく、鼻歌交じりに運ばれてきたアイスへスプーンを伸ばす。
「そんなわけないでしょ。わたしはその辺の女の子より、ちょっとたくましく育っただけよ。まあ、漁師が多い町だし、リギルには健康的な人が多いけどね」
「なるほど。でも、コレットは海に出ていたようには見えませんけどね」
「それはまあ……」
って、こいつ何気ない顔して、わたしの事情を話させてる。うっかりしてると乗せられて、どんどんいらないことまで話してしまいそう。
「わたしのことは別にいいでしょ」
「別にいいなら、話してもいいじゃありませんか。それとも、他人に言えないような秘密があるとか?」
「そうじゃないけど、やっぱり昔のことを思い出すのは気まずいというか……」
わたしが家出してきたことは言っていない。でも、たぶんバレてる。
どう見ても旅をしていた一団からはぐれたとかいう身なりじゃないし、もともと捨て子で孤児院で育てられてたような苦労人にも見えないだろうし。それでわたしくらいの年頃の女の子が一人で旅に出る事情なんて、大抵、家出くらいだろう。
「一時的にでも、故郷に帰るつもりはないんですか?」
どういう意図があってかはわからないけれど、そんなことをきいてくる。
「まあ……そのうちね」
いつになるかは、わからないけれど。
さすがに、何の恨みがあるわけでもない家族にもう二度と会わない、とは思わない。ただ、それまでにどう言い訳を考えておこうかちょっと悩む。二度と町から出さない、とか言われたらどうしようとか、色んな想像が浮かんでは消えていく。
それにしても、やけに質問してくるな。
――わかった。自分の秘密がバレたからこっちの弱みを探ろうと必死なんだ。
「そういうあんたは、里帰りとかしないの? ここは故郷じゃなかったんでしょ」
わたしが質問を返すと、彼は惜しげもなく答える。
「わたしは、幼い頃から両親と旅をしていましたから。旅の楽団にいたんですよ。だから、故郷と呼べる場所はないんです。生まれはたぶん、北のほうだったと思いますが」
そう言って、リュートを抱え直す。
「まあ、今では〈サンタモニカ〉号が故郷みたいなものですよ。空の旅は、里帰りできなくても充分楽しいです」
「それは、わたしも」
わたしはアイスの最後の一口をすくいながら、珍しく、心からケーニッヒのことばに賛成したのだった。
翌朝、わたしはかなり早めに自分に与えられた部屋を出て一階の酒場に下りた。
夕食後、お風呂に入ってすぐに寝たのだけど、ケーニッヒはかなり遅くまで一階にいたらしい。それは、予想通りではあったけれども。
こういう宿屋を選んだのも、あいつが稼ぎやすそうだからだし。あれでも歌や楽器を弾く腕はいい吟遊詩人、代金をもらって歌うのが本職だ。
そんなわけで、ケーニッヒはまだ寝てるはず。わたしは先に朝食を済ませることにした。
朝ご飯には、ちょっと早過ぎる時間帯だった。わたしを除いたお客さんは、男の人が二人だけ。
「早いね、お嬢さん。どれでも、好きなものを頼んでいいよ」
店の主人が、カウンター席に座ったわたしに声を掛けてくる。
そう言えば、朝食もタダなんだっけ。
「おはようございます。それじゃあ、何にしようかな」
せっかくタダなんだから色んなものを食べたいと思うのが人情ってものだけれど、さすがに朝から胃に重いようなものは無理というもの。
結局わたしが注文したのはサンドウィッチのセットとキノコのスープ、デザートに季節のフルーツの盛り合わせ。
「あ、そうだ。料金別でいいから、お弁当にサンドウィッチを四人分作っていただけますか? お金は後からくるあいつから取ってください」
ハムとレタスのサンドウィッチを手にしながら、主人にそう頼んでみる。わたしたちだけ美味しいものを食べてるのも悪いし、サラヴァンさんやバロンにも、たまにはお土産を持っていかなきゃ。
「ああ、タダでいいよ。これも戦利品だね」
正直、お客さんがまだ少ないのでヒマなのか、主人は陽気に言って、さっそく奥の厨房でサンドウィッチを作り始める。
それを見ながら、わたしは朝食を食べていた。
すると、ほかのお客さんのうちの一人が、背後を通りかかる。たぶん、お店から出るところなんだろう。
「おや、お嬢さん」
気配で、何となく注意を向けていた。声を掛けられてそちらを向くと、口髭を生やした、少し恰幅のいい感じのおじさんがこちらを見ている。
「はい、何でしょう?」
「その耳飾り、いいものだね」
そう言われるのは、これで二度目だ。ということは、この人、アリョーシャ族か。
考えてみれば、ここはアリョーシャ族の末裔が住む町だったんだっけ。それなら、その辺に魔法使いみたいな力を持った人が歩いていたりしてもおかしくないんだ。
「わたしは鑑定家でねえ。色々な品物を見てきたけれど、それには、かなり強い思念が込められているようだね」
彼はちょっと物珍しげに、感心したように言う。
わたしは、耳飾りを片方外して、手のひらの上に載せて見た。こうして見る限りじゃあ、ちょっと端が欠けていたりもする、白く小さなほら貝型の、安物の耳飾りなんだけれど。
「思念、って何ですか?」
「こういう装飾品には、守りの魔法を込めることが多いんだ。そして、人の願いや祈りがそういう魔法の力を強くする」
鑑定家だという彼は、例をあげて説明してくれた。
昔、アリョーシャ族には、守りの魔法を込めた腕輪を子どもに与える風習があったという。その腕輪――その家族によって指輪だったりペンダントだったりもしたらしい――を、代々継いでいけばいくほど、我が子を守りたいという思念も積み重なっていく。つまり、手にした先祖が多いほど、腕輪の守りの力も高まっているというわけか。
「その耳飾りは、子どもを守るために作られた物ではなさそうだけれどね。もしかして、アリョーシャ族の恋人への贈り物だったのかもしれないねえ」
「あはは、そうだといいですね」
からかうような声に、わたしは乾いた笑いを返す。どうせ彼氏いない歴年齢さ。
アリョーシャ族の手による魔法の道具があちこちに流出しているのは知っていたけれど、うちみたいな雑貨屋にもあるとは……。
それにしても、アリョーシャ族はみんな、魔力を感じ取ることができるんだな。
耳飾りをつけ直し、「それ、大事にしなよ」と言って出て行く鑑定家を見送りながら、わたしはようやく、あることに気がついた。
丁度、ケーニッヒが階段を降りてきて、こっちに向かってくるところだ。彼は厨房から顔を出した主人に朝食を注文すると、わたしのとなりに座る。
「おはようございます、コレット……って、どうしました?」
「おはよう。って、ケーニッヒ、あんたこの耳飾りのこと、前から知ってたんだよね?」
そうだよ。会ったときから知ってたはずだよ。アリョーシャ族なんだし。
当然彼も、
「ええ。知ってましたよ」
と、すました顔で答える。
「何で言わなかったのさ?」
「きかれませんでしたから」
わたしは、さらに平然と言う彼の耳を引っ張った。
「きかれなくても言うっ! そういうことはっ!」
「いててて、わ、わかりました、次からそうしますからっ!」
手を放すと、彼はちょっとだけわたしのそばから椅子を離す。
――そっか……わたしの耳飾りが魔法の道具だってことを言うのなら、アリョーシャ族だってこともばらさないといけないし。
でも、街中ではともかく、〈サンタモニカ〉号の乗員たちにくらい、話してたってよかったんじゃないかと思う。それとも、そこがお互いの事情を探らない、大人のルールってやつなのかな。何か、寂しい気もするけれど……。
などと、わたしが割と真剣に考えているのに。
「コレットはおかしいですね」
ケーニッヒはいかにも面白そうに笑う。
「ちょっと。おかしいってどういう意味さ」
「べ、別にけなしてるわけじゃないですよ?」
わたしが拳を作ると、彼は両手でガードしながらちょっと怯んで身を引く。
「ただ、表情がくるくる変わって面白いなーっと思っただけです。コレットと一緒にいると、飽きませんね。楽しいですよ」
そう言って、屈託なく笑う。
な、何言ってんの、こいつ。
顔が熱くなるのがわかる。顔を見られているんだと思うと、何かちょっと恥ずかしい。でもなぜか……少しだけ嬉しい。
「そ、そう。楽しいならよかったじゃない」
つい、焦ったように言ってしまう。これじゃあ、見るからに照れ隠しだ。
取り繕おうとすればするほどボロが出るのは経験上わかっているので、わたしは視線をそらし、デザートのフルーツに集中することにした。
「そういえば、イザナークで会った二人組のことですけど……」
主人が運んできた山菜入りリゾットを受け取りながら、ケーニッヒはちょっと意外な話題を振ってくる。
「何かわかったの?」
「ええ。昨日、コレットが寝たあとに一人いそいそと情報収集もしてましてね」
遠回しな嫌味だが、無視することにする。
「最近、ああいう人たちを良く見かけるそうですよ。だから、早めに船に戻ったほうが良さそうです」
「え、この町にもいるの?」
これは計算外だ。いや、計算なんてしてないけど。
思わず、窓から外を眺める。まだ通行人は少なく、怪しい姿はない。
「有能な魔法使いを捜しているそうですが……さすがに詳しいことは、町の人たちも知らないようですね」
「警備隊に捕まったりはしないの?」
「そういう厄介な事態になる行動は避けているようで。周りの目から見れば、単なる『怪しい人たち』みたいです」
それじゃあ、何か犯罪に手を出してるような、過激な連中っていうわけではないのか。それにしても、イザナークでの追走劇は怪しかったけれど。
ケーニッヒが朝食を食べ終えたときには、お弁当のサンドウィッチと、デザートにつけてくれたチーズケーキ四個が包みに入れられ、完成していた。それを受け取ると、わたしは主人に礼を言う。腕相撲に勝ったからとはいえ、タダなのにここまでしてもらったとなると、ちょっと悪い気になってしまう。
「ありがとうございます。ここのこと、宣伝しておくからね!」
「ああ、気をつけてな」
「それでは、またいずれ」
別れの挨拶が終わると、慎重に辺りを見回してから〈幽玄の地平線〉亭を出る。さすがに、こんな朝早くからじゃ、怪しい姿も出歩かないのかな。
そのまま、わたしたちは何事もなく、〈サンタモニカ〉号に辿り着いた。
空には雲ひとつない。今日も一日、快晴になりそうだ……。