第二章 光亡き街


  五、暗黒の底


「それで、アレを捜すのに何かアテがあるの?」
 小さく咳き込み、茶をすすって落ち着いてから、ロイエが早速切り出した。この街のことは、とにかくピーニに任せたほうがよい、というのが彼ら共通の認識だ。それは、街に入ってからここに辿り着くまでの道のりだけでも、充分に実感できた。
「とりあえず、闇市で情報集めするんだけど、あんたやシリスたちじゃ目立ちすぎるよ。そうだね、やっぱあんたか」
 と、少女が目で示したのは、やはりザンベルだった。他の三人は、目立つ上に厄介な者たちにからまれるに違いない。
 ピーニとザンベルだけで闇市に向かうことになり、その間、他の三人はフィリオーネとともに小屋に残り、帰りを待つ。
「ピーニ、気をつけるんですよ」
「ザンベルもね」
 姉のことばにピーニは笑顔を、シリスの気遣いにザンベルは苦笑を返し、しっかりとした足取りで小屋を出て行く。
 二人の姿が墓の向こうに隠れると、残ったシリスらもこれからの行動の計画を立てる。いくら雇っているとはいえ、すべてピーニに任せっきりというわけにもいかない。
「あんまりピーニに迷惑をかけるのも悪いし、情報だけもらったら、オレたちだけで動こう。あの魔族に目をつけられるかもしれないしね」
「でも、この街なら連中も発見できないと思うの。それでも確かに、ことを早く済ませる必要があるでしょうけど」
 地図やメモを見ながら、三人は頭をつき合わせて考え込んだ。それを、ベッドの上で、フィリオーネも興味津々と言った様子で聞いていた。
 その彼女が、何かを決心したように口を開く。
「では、魔族の脅威があるうちはここにいたほうがよいのですね。でも……お願いがあります」
「お願い?」
「ピーニを、外界の安全な町で暮らすように説得してください。あの子は私がいるために、この街に縛り付けられているのです」
 そして、彼女は告白した。
 もともと身体の弱かった彼女は、昔からの病が悪化し、自分はもう一ヶ月も生きられない状態なのだと。
 だからその前に、ピーニを連れて外の町に出てほしいのだという。そのお礼に、母の形見であるイヤリングをくれるとも言った。そこそこの値がつきそうなものだが、それはさすがにリンファでも受け取る気にはならない。
「薬は手に入らないの?」
「ええ……手が届かないほどの値段ですし。それに、例え薬が手に入っても、私の場合は手遅れでしょう」
 リンファの問いに、フィリオーネはほんの少しの間だけ、うつむいた。
「あなたも一緒に他の町に行ったら? いい医者を紹介できるよ。他の医者が投げたさじを拾う、貧しい人からお金は取らない、本当にいい医者をね……
「ですが、その旅の間、私がもつか……
 シリスのことばに、再び、彼女は声を詰まらせた。
 シリスが言う、よい医者がいる都市セルフォンも、馬車に揺られて四日はかかる。それ以前に、城壁や岩山の割れ目を抜けるだけでも、彼女の身体にはかなりこたえる重労働だろう。
 考え込む彼らにあきれたような視線を向け、ロイエが口を開いた。
「そんなの、魔法でなんとでもなるよ。それより、とっととここから出るためにも、早く仕事を終わらせたいものだね」
「どこへ……?」
「ちょっとその辺を探ってくるよ……何かわかるかもしれないしね」
「でも、一人じゃ危険……
 焦れたように立ち上がったロイエは、シリスのことばを皆まで聞かず、ドアの向こう側に姿を消す。
 ロイエのことなので、それほど心配はないが……彼のせっかちな様子に、シリスとリンファは顔を見合わせた。確かに、こうしている間にもどこかの街が滅びているかもしれないし、問題の解決は早ければ早いほどよいのだが。
 彼らのそんな思いを知るよしもなく、ロイエは人通りのない道を北上していた。『ちょっとその辺』などではない。最も危険な暗黒街へと向かう方向だ。
 源竜魂のような高価な物のことなら、盗賊や強盗団も情報を集めているだろう、と読んだのである。事実、暗黒街には、徒党を組んで店や仕入れの商人を襲う、強盗団の根城がいくつもあるのだ。
 その危険な街並みに、間もなくロイエは侵入した。
 途端に、痩せ細って薬物によるものらしい狂気の笑みを浮かべた者たちや、いかにも悪党面の男たちのグループ、剣を手にして座り込んだ怪しげな青年などが獲物を狙うような目を向ける。
 気にせず奥に向かおうとするロイエの前に、五人の男が立ち塞がる。
「よお坊や、どこ行くんだい? なんなら、道案内してやってもいいぜ」
 卑しい笑みを浮かべた若い男が、小柄な少年を見下ろして声をかけた。ロイエは面倒臭そうに、無言で首を振る。
 そこへ、さらにもう一人が笑顔でのぞき込んでくる。
「こりゃ上玉だな。かなりの金になりそうだ」
「お前、よそ者だな? ここがどういうとこか知らねえだろう? 言っとくが逃げてもムダだぜ」
 声を合わせ、彼らは笑う。その会話からすると、人買いに売ればかなりの値がつく……ということだろう。
 笑い声を上げる五人の男に囲まれて、ロイエはうるさそうに、ようやく口を開いた。
「そこ、退いてくれる? 無能な人たちに用はないよ」
「なっ……!」
 男たちは、驚きと急激な怒りに、しばらく声も出ないようだった。だが、やがて我に返り、怒声を浴びせる。
「てめえ、立場わかってんのか!?」
 ドウッ!
 少年につかみかかろうとしていた五人が、何の前触れもなく吹き飛んだ。
「忠告はしたよ……
 石畳の上に伸びている五人をチラリと冷たく見下ろすと、ロイエは何事もなかったかのように先を急ぐ。彼の実力の一端を目の当たりにして、少なくとも物乞いやただの不良程度は近寄らないことにしたようだった。
 それでも、たまにからんでくる無謀なチンピラどもを片っ端から吹き飛ばしつつ、彼は奥へ、さらに危険なほうへと進んでいく。
 そして、あるところまで進んだとき、彼は足を止めた。
 目的地に着いたのではない。行く手が塞がれているため、止まらざるを得なかった。
 大勢の、身なりも様々な男たちが、一人の若い男を取り囲んでいる。若者の背中の向こうにある人の壁が行く手を阻んでいる。
 取り囲むほうは、五〇人以上もの人数だ。それぞれ、ナイフや斧、ビール瓶など、武器になりそうなものを手にしている。それより目立ったのは、唸りを上げている馬や犬だ。それも彼らの武器になるのだろう。
 一方は、地味なマントとフードを着込んだ、まだ少年と言っていい年齢らしき男だ。ロイエより、いくつか年上程度だろうか。フードからのぞき見える顔立ちは、なかなかクールな美男子である。わずかに見える横顔は、この事態にも動揺のきざしを見せていない。
「いくぜ……てめえら、かかれ!」
 リーダー格らしい男が声をかけるなり、一斉に武器を手にした一団が襲いかかった。
 それをやはり動揺することなく、若者は剣を手にして迎える。彼は自ら、向かってくる手近な相手に走り寄ると、相手が乗っている馬の脚に浅く斬りつけた。剣を降ったそのままの勢いで、近くの一人に回し蹴りを入れる。倒れた馬を、乗っていた男を踏みつけながらまたぐと、馬が転倒して足止めされ、わずかの間動きを止めた数人を、まとめて薙ぎ払うように斬った。
 その間に背後に回っていた連中を振り返りながら、マントのなかから投げナイフを放つ。牽制が効いたのを確認しながら、一旦間合いを取った。
「気をつけろ、予想以上に強いぞ!」
 だが、敵方もこの日のために、腕のいい用心棒を雇っていたようだ。
 隻腕の斧使いである。容赦なく追撃してくるその男とその他大勢を同時に相手にするのは、さすがに、場数を踏んできたらしい剣士も骨が折れるらしい。
 彼は舌打ちし、相手をその他大勢のほうに絞った。
 しかし、相手もかなりのベテランである。斧使いは周りの者を壁に使いながら、うまく剣士の死角に入る。
 剣士が気づいた時には、反応できる間合いを超えていた。
「もらった!」
「くそっ!」
 振り下ろされた斧から何とか逃れようと、剣士は精一杯身をひねり――
「〈エアボミング〉!」
 圧倒的な爆風が、斧使いを含む数十人もの男たちを吹き飛ばし、地面に叩きつけた。