"死ぬ気で勉強する”ということがどういうことか分かった気がした。
 それはすなわち背水の陣、決死の覚悟、手を抜けば死ぬという状況。
 
 カリカリ…カリ…。

 まるでダンスでも踊るように、ペンの先がノートの上を走る。
 吸い込まれるように、英単語が、熟語が、漢字が、文章が脳に刻み込まれていく。
 既に2日徹夜しているというのに微塵も眠くなかった。この分なら今夜も徹夜で行けそうだ。
 やたらとテンションが高かった。意味もなく気分が高揚した。不思議と腹もあまり減らなかった。
 ギィ、とノックもなしに、ドアが開いた。俺の目は教科書、ノートから微動だにしない。
「………あんたねぇ…」
 姉貴が呆れたような声で呟きながら、そのままギシッとベッドの上に座った。と、思われる。
「少しくらい、寝た方が勉強は効率があがるのよ?そんな馬鹿みたいに続けたって頭に入らないんだから…」
「大丈夫、きちんと入ってる」
 そのまま、勉強を続ける。休憩をする時間すら惜しい、姉貴と喋ったり、顔を合わせたりできないのは確かに苦痛だが、しかしそれに見合う報酬がある。
「…何でもいいから、少し休みなさいって言ってるのよ…ばか明、」
「あと1日しか無いんだ、休んでる暇はない」
 はぁ、と背中からため息が聞こえた。
「あんたねぇ、本気で一位が取れるとおもってんの?今まで150番までしか入ったことないくせに…」
 確かに、姉貴の言うとおり今までの最高は150位だった。だが、それはやる気が無かった頃の話だ。
 今の俺はやる気に満ちている。むしろ溢れだしている。疲れも眠気も空腹も苦にならない程に。
 精神が肉体を凌駕する、という言葉の意味が今やっと分かった気がする。
「はぁ…、ホンットに馬鹿なんだから…」
 ギシ、とまたベッドの軋み。多分、姉貴が横になった。
 構わず、カリカリと、ペンを走らせる。
 カリカリ…。
 カリカリ…。
「明、わたしの部屋使う? ここ暑いでしょ」
 突然、そんな発言。
「いや、移動が面倒だからここでいい」
 心頭滅却すればなんとやら、不思議と熱さも苦にならない。
「……む〜っ…」
 相手をしてもらえない猫が唸るような声。構ってやりたいけど今の俺には時間がない。
 参考書の文字を一文字でも多く、頭に刷り込む。
「あきらっ」
 ぐいっ、と突然、姉貴の手が首に絡んでくる。さすがに、ペンが止まる。
「ちょっとだけ、エッチなことしようか?」
 ぼそぼそと、そんなことを囁いてくる。まさに、悪魔の囁き…。
「………………」
 さすがに、正常な男子として、グラついた。
「ね、あきら?」
「……っ、いや、勉強があるから……」
 再び、ペンを動かす。
「どうしても?」
 ふーっ、と姉貴が息を吹きかけてくる。首筋に当たるゾワリとした感触に、クラリと来る…。
「…姉貴、勉強の邪魔だから……」
 正気を保って、姉貴の手を払う。
「あ、そ。じゃあもう勝手にすればいいじゃない。どーせ無理なんだから」
 気を悪くしたように、姉貴はあっさりと部屋から出て行った。バタン、とドアを叩きつけるようにして。
「ふぅ、ぅ……」
 どっと疲れた。今の今まで疲れらしい疲れは全くなかったというのに、一気に来た。
 エンドルフィンやらなにやらの脳内物質が疲れを緩和していたのが、分泌が止まってその反動が来たって感じだ。
 クラリと…視界が歪む。
「っっ……」
 あと1日。それが終われば泣いても笑っても結果は覆らない。
 死ぬ気で、努力するだけだ。




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