消毒をされて、ガーゼを当てられて、包帯を巻かれた。
 なんか、一昔前の映画で見た、やくざのサラシを思い出した。
「ヤクザみたい…」
 そんな呟きを、姉貴も漏らした。
 自分で刺して、自分で手当したくせに、俺の腹を見てそんなことを言う。
 なんとも無責任な…。
「すこしは、落ち着いたか?」
 俺が聞くと、姉貴は心外そうな顔で、
「それはこっちの台詞よ!明こそ頭は冷めたの?」
「は?…なんで俺が…?俺は初めから冷静だったよ」
「嘘…、雄猫みたいにハァハァいいながら迫ってきたくせに」
「姉貴だって、刺した後めちゃくちゃ狼狽えてたくせに人のこと言えるかよ!!」
「あ、あれはあんたが不用意に近づいてくるから…、脅すだけのつもりだったのに……」
「なんだ、脅しだったのか。俺はてっきり本気かと―――」
「本気なワケないでしょ!……こんな変態でも、一応弟なんだから……」
 と、姉貴は寂しそうな顔をする。ん?…今俺のこと変態とか言わなかったか?
「ちょっと待て、俺の何処が変態なんだよ!」
「実の姉に手を出した時点で十分変態じゃない!それとも何?もしかして自覚なかったとか?」
「なっっ…、こ、このクソ姉貴…っ、」
「クソ姉貴で結構。ついでにあたしのことも諦めてくれると凄く嬉しいんだけど」
 姉貴はすっかり、いつもの姉貴に戻っている。減らず口を、叩く。
「嫌だね、姉貴と一緒になれないのなら死んだ方がマシだ」
 はぁ、と姉貴がため息をつく。そのまま、俺の顔をのぞき込む。
「明…、あんたそれ、マジで言ってるでしょ?」
「俺は初めから本気だって。姉貴は今頃気がついたのか?」
「………つまり、錯乱や一時の気の迷いじゃなくて、本気であたしのコトが好きってこと?」
 こくり、と頷く。はぁ…、とまた姉貴がため息。
「自分で言うのもアレだけど―――」
 疲れた様な口調で、姉貴は続ける。
「明は、あたしのどこが好きなの?」
「全部」
 即答で答えた。姉貴が目を丸くして、きょとんと、
「全部、って………」
 あんぐりと、開いた口がふさがらないといった具合に、姉貴は絶句している。
「全部。姉貴の全部が好きだ、その小さい胸も、性格の悪さも、料理が下手な所も、全部」
 姉貴がムッ、と顔を引きつらせた。てっきり殴ってくるかと思ったが、いつまでたっても拳は飛んでこない。
「そんな、コト…言われても…」
 何か、迷うような、そんな言葉。黙り込む。
 静寂が流れた。その静寂を破ったのは、姉貴だった。
「……くらいなら…………」
 ぼそり、と。呟き。
「うん?」
 聞こえなかったので聞き返す。姉貴は俺と目を合わせないようにしながら、
「…キス、くらいだったら………しても、いいよ」
 頬を赤らめて、そんな言葉。何故か一瞬、気が遠くなった。
「へ………?」
 そんな疑問詞が口から出た。
「な、なんだよそれは…、もしかして、俺を誘ってるのか?」
 と聞けば、姉貴は顔を真っ赤にして怒って、
「あ、あんたがっっっ」
 と、一度舌を噛み、
「あんたが、あたしを抱きたいとか言うからっっ……」
 だんだん、語尾に行くほど姉貴の声が小さくなっていく。
「でも、それは…いけないコトだから。…だから、キスで…我慢、しなさいよね………」
 拗ねた子供のような口調で、姉貴が言う。やっと、納得がいった。
「つまり俺に妥協しろと?そういうこと?」
 ヤるのはダメだが、キスくらいならOK、ということか。
 そんなので…我慢できる男なんて、いるのか?
「勘違いしないでよ、妥協したのはあくまであたしなんだから。もし、あんたがキス以上のことをしようとしたら、今度こそ本気で刺すからね?」
 少し真面目な顔で、そんな台詞。
「ふぅん…」
 姉貴の急な(?)心変わり。腹を刺したことを少し気にしているのだろうか。
 でも、あれくらいの傷でキス公認ならもう少し深かったら胸まで公認になったのではないだろうか?
 そう考えると、とても残念な気分だ。
「ま、いいや…。とにかく、キスは公認なワケだし」
「こ、公認って…そういう意味じゃっっっきゃッ!」
 姉貴を抱きしめる。ついでに、そのままベッドに押し倒し、唇を奪う。
「んっっ!」
 姉貴が、一瞬抵抗するように口を閉ざす。それを舌で優しく開いていく。
「ん、ぁっ…」
 手を後頭部に回して、逃げようとする姉貴とさらに深く唇を重ねる。
 奥へ逃げようとする姉貴の舌を見つけ、集中的に嬲る。
「ぁ、くっ…んふっ…!」
 徐々に、少しずつ、姉貴の舌が俺の舌の動きに合わせて動き始めた。
 じゅるりと互いの唾液を絡ませ、吸う。
「んっ、はっ……」
 唇を離した。とろりと白銀の糸、姉貴が苦しげに息を吸う。
「ばかっ…、あたしが言ったのは…こういうキスじゃなくて…普通の……」
 瞳を潤ませて、頬を桃色に染めて、ぷいと姉貴はそっぽを向く。
「キスは…キスだろ?」
「…次から、ディープなのは禁止…んくっっっ!」
 再び、姉貴の唇を奪う。さっきよりも荒く、口腔内を嬲る。
 そのまま、左手で姉貴の胸を触ろうとした―――その時、がちゃりと玄関のドアが開く音がした。
『ただいま〜、明、帰ってるの?』
 母の声。途端に、姉貴の顔が引きつる。
「明っ、早く服っっ…」
 と、姉貴がTシャツとカッターシャツを俺に放る。確かにこんなヤクザみたいな恰好のまま居たらいらぬ心配をかけてしまう。
 かといってカッターシャツにも血が滲んでいる。少量とはいえ、その中心には刺し傷、明らかに怪しい。
「ちぃ、」
 Tシャツとカッターシャツを持って、俺は姉貴の部屋を飛び出した。そのまま向かいの自分の部屋に飛び込む。
 血の付いた衣類を隠した上で着替える、その時、こんこんとノックが聞こえた。
「明、部屋に居るの?」
「今、着替え中」
 そう、と安心したような声を出して、母は姉貴の部屋に向かったようだった。
「ちぃっっ…」
 イラついた。せっかく姉貴とキスをしていたのに、もう少しで姉貴を抱けそうだったのに。
 その邪魔をした母親に、どうしようもなくイラついた。
 でも、それでも許す。今日だけは特別。
 姉貴がキスはしてもいいと言ってくれたから。だから俺はとても機嫌がいい。
 だが次はない。次、途中で邪魔されたら、俺は冷静でいる自信がない。
「…………………………」
 唇に、そっと指を当ててみた。姉貴の柔らかい唇の感触が、どうしようもなく名残惜しかった。



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