「あんたが言い出した事なんだから、責任はとりなさいよね」
 そんな事を言いながら、ゴトッ、と姉貴が俺の前に大皿を置いた。ちなみに大皿の上には物体Xがこんもりと盛られている。
「………………………」
 とりあえず、絶句してみた。状況は好転しなかった。

 何故、こんな状況になったのかと言えば、やはり俺のせいということになるのだろうか。
 姉貴には料理を覚えさせた方がいい、という俺の発言を思ったより母は真剣に捕らえていたようだ。昨日、パートの面接の帰りに料理本を買って、それを姉貴に渡したらしい。
 ついでに、これからはパートで帰りが遅くなるから夕飯は美希が作りなさい、とそんなことまで言い出したらしい。
 俺としては母の帰りが遅くなるわけだから願ってもないことだったのだが、これはさすがに予想外だったというかなんというか。
 俺が家に帰ると姉貴が先に帰っていて、そしてフライパンと格闘をしていた。
 そして、この状況。
 目の前の物体Xを見つめてみる。黒い、とにかく黒い。多分何かを炒めたものなのだろうがコレはちょっと焦げ過ぎじゃないか。
 そもそも油はちゃんと引いたのか、フライパンにも焦げ付いてそうな勢いだ。
 よく見るとなにやら緑色のぺらぺらが所々に見える、キャベツだろうか。
 そのほかにもなにやらモヤシらしきものやニンジンらしきものも黒いグズグズにまみれて所々に埋まっている。
「ああ、そうか。野菜炒めだったのか」
「そんなのは見てわかるでしょ!」
 わからない、と言おうと思ったが黙る。
「姉貴、エプロン似合ってるな」
 とりあえず褒めてみた。うん、ホントにエプロンが似合っている。可愛い、ムラムラ来る。
「世辞はいいから、早く食べなさいよ」
 少し顔を紅くしながら、そんな台詞。
「姉貴は食べないのか?」
「あたしはいい、太るから」
 いや、太るとか…太らないとか…そういう問題でもないような…。
 そもそも焦げたモノを食べると癌になりやすいんじゃなかったっけか…?
「…………」
 とりあえず、辛うじて焼け残った緑色の破片を箸の先で摘み、口に含む。
 がりっ、とモロ生の歯ごたえ。これだけ焦げてるのに全然火が通ってない…。
 しかも味付けが絶妙、多分料理人として最も初歩的な間違い、砂糖と塩を間違えたな……。
「ごちそうさま」
 一口で、食欲をノックアウトした姉貴の野菜炒め(?)を俺はこれ以上食べる気はしなかった。そっと箸を置き、手を合わせた。
「まだ、一口目よ」
 姉貴は残酷な事を言う。
「姉貴、ハッキリ言うが、これは料理じゃない。いや、そもそも食べ物かどうかすら怪しい」
 姉貴の顔がムッ、と膨れる。そんな顔をされても、食べられないものは食べられない。
「でも、姉貴が箸を使ってくれるなら、食べられるかもしれない」
「へ…?」
 言葉の意味が分からなかったのか、姉貴が首を傾げた。
「俺、食べる人。姉貴、食べさせる人」
 俺は姉貴の手をとり、箸を握らせ、口をあける。そこで漸く、姉貴は意味が分かったらしい。
「ばっっ、ばかぁッ!なんであたしがそんなこと………!」
「嫌か?」
「嫌とか…そういう問題じゃないでしょ………!」
 甘えるな!といわんばかりに姉貴は怒鳴る。少し、残念だった。
「そ、か。とにかくこれは食えたモンじゃない。味も最悪だけど食べられる場所より焦げてる場所の方が酷いのはどういうことだよ、姉貴、ちゃんと油使ったか?」
 何故か、姉貴はきょとんと、
「え?油って…お肉炒める時に使うんじゃないの?」
 とかそんなトンチキな事を言う。
「あのなっ、だいたいフライパンでモノを炒める場合は初めに油を引くんだよ!そんなの常識だろうが!」
「そうなんだ…、だからすぐ焦げちゃったんだ」
 納得、という顔でこくこく頷く姉貴。
 あぁ…、なんかもう料理音痴とかそういう段階ですらない気がする…。
 この姉貴なら米を洗うときに洗剤を使いかねない、いや、冗談じゃなく。
「だいたい、料理本見ながら作ったんじゃないのか?」
「その本に載ってる料理は難しくて作れそうになかったから、だからまずは野菜炒めって思ったんだけど…」
 俺は食卓の上に置かれている料理本を手に取り、ぱらぱらとめくってみる。
 見たこともない料理の写真がパラパラと流れる。
「…ちょっと待て!なんだこりゃ…高級フランス料理入門…って…」
 一体あの母親は何を考えて姉貴にこんなものを渡したのだろうか…。
 だいたいこの本に出てくる具材の半分以上は一般家庭に無いような…。
「姉貴、まずは家庭料理から覚えようぜ…目玉焼きとか、卵焼きとか…」
 ぱたん、と本を閉じ、食卓の上に放る。
「てか、ひょっとしたら俺の方が料理上手いんじゃないのか?」
 姉貴はムッ、とするが、でも目の前の野菜炒めの例を見る限り、そう思えた。
 いくら俺でも野菜を炒める前に油を引かねばならないという事くらいは知っている。
「じゃあ、作ってみなさいよ」
 怒気すら孕んだ声で、姉貴が言った。
「わかったよ」
 腕まくりをして、台所に立つ。その隣に、興味津々とばかりに寄ってくる姉貴。
 エプロン姿で、髪を後ろでまとめて、いつもよりうなじがハッキリと見えた。
「なによ…、料理するんじゃなかったの?」
 少し顔を紅くして、姉貴が呟く。どうやら知らぬ間に姉貴に見入ってしまっていたらしい。
「…姉貴、料理が終わったら、キスしよう」
「はぁ…?」
 姉貴は呆れるように、それでもまんざらでもないような顔をしたように見えたのは俺の気のせいだろうか。

 目玉焼きを作った。別に何か工夫をするでもなく、フライパンに油を引いて、目玉焼きを2個作った。
 たったそれだけのことなのに、姉貴はまるで魔法でも見たかのように、目を丸くしていた。
「…なによ、あんた結構上手いじゃない…」
 目玉焼きをフライ返しで切り分け、それぞれ皿に盛る。それを俺の席と姉貴の前の席に置く。
「食ってみな」
 と、俺も塩をふりかけて食ってみる。うん、我ながら良くできたと思う。微妙に半熟チックなのが俺好みでいい感じだ。
「う〜ん…、なんかくやしいなぁ……」
 姉貴は目玉焼きとにらめっこしながら浮かぬ顔。そんなに俺に負けたのが悔しいのだろうか。
 見てると、駆け足でぺろりと目玉焼きを平らげると、勢いよく椅子から立つ。
「あたしも作ってみる」
 台所に立つ。その、姉貴の後ろ姿。ゆらりと揺れる長い髪。ふわりと香る姉貴の匂い。
 何故か、急に、ムラムラと―――
「姉貴、ダメだ」
 立ち上がる。姉貴が振り向く。
「俺は料理より、姉貴を食べたい」
 そのまま、姉貴を抱きしめた。
「こ、こらっ…明、ダメ…だってばっ…ぁんッ!!」
 抵抗する姉貴の唇を塞ぐ。ちゅっ、ちゅっと吸い上げながら、舌で愛撫を繰り返す。
 姉貴の背中に回した手、背骨に沿ってつつと指を這わせた。姉貴が喉の奥で咽んで、脱力するのが分かった。
「んっ…はっ…」
 銀色の糸を引いて、唇を離した。姉貴も少し紅い顔をしていた。
「あき、ら…だめ、こんなっ…ひゃッ…!」
 姉貴の背中を撫でた。途端、変な声を上げて、姉貴がしがみついてきた。ぎゅっ、と俺のシャツの背中を両手で掴む。
「姉貴、背中…弱い?」
 耳元で囁きながら、指先をつつつと、背骨にそって南下させる。
「んっ、ぁ、やぁ、…ぁっ、ふっ……」
 聞いてるこっちがゾクゾクするような、そんな声を吐息混じりに吹きかけてくる。
 そのまま、背筋をなぞるようにして南下、姉貴の膨らみを掴む。
「んっっ!」
 一際大きく姉貴が咽んだ。
 さわさわと、続けて姉貴の尻を触る。姉貴の息づかいがどんどん荒くなってくる。
「やっ…やぁっ、…あきら…っ…」
 ぎゅうぅうと姉貴がしがみついてくる。もう、我慢できそうになかった。
「姉貴、部屋に行こう…」
 そっと、囁いた。姉貴は首を、縦に振った。
 

Information

現在の位置