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幸運、なのだろうか。
風呂に入り、夕食を食べた後、月彦は春菜から離れ、一人になるチャンスを得た。
それまでの日課からいくと、春菜に上に乗られてマッサージをうけ、そのままなし崩しに深夜営業まで持ち込まれる筈だったのだが、意外なことにそれを止めたのは桔梗だった。
夕食後、膳を片づけるやいなや、
「春菜様、明日までに仕上げねばならない仕事が溜まっています。私でも判断できる雑務や書類は仕上げておきましたが、それらも春菜様の妖印が無くてはただの紙屑になってしまいます。どうか……」
という具合に、恐る恐る申し出て来たのだ。
今からまさに月彦とまぐわろうとしていた春菜は、露骨に機嫌を損ねたような顔をしながらも、桔梗の言うことももっともだと思ったのか、しぶしぶ部屋を後にしたのだった。
確かに、ここ数日は四六時中月彦にべったりとくっついていたのだ。もし、春菜が妖猫族とやらの要職にある人物であるなら、こなさねばならない仕事が溜まっていてもおかしくはない。
おかげで、月彦はほぼ三日ぶりに、真央と一緒にいられる時間をてにいれたのだが……。
「…………。」
二人、否、一人と一匹が居る部屋にはどんよりとした空気と気まずい沈黙が漂っていた。
月彦は、部屋の中央にしかれた布団の上に胡座をかいている。真央はというと、これまた露骨に月彦をさけるように、部屋の隅に陣取り、しかも月彦に背を向けたまま部屋の角をにらんでいるのだ。
「ま、まおー……?」
媚びるような声で、月彦が呼んでも耳一つ動かさない。じつと部屋の隅を睨んだまま、座り込んでいる。桔梗につれてこられた時から、こんな具合なのだ。
「いやほら、真央も解るだろ? 春菜さんにずっと捕まってたんだよ、三日間……」
いい訳をしても、真央の態度は軟化しない。月彦は仕方なく、部屋の隅へと忍びより、真央を抱き上げようとする。が―――
「あっ……」
背中に目でもついているのか、月彦が両手を出して捕まえようとした途端、ひょいっ……とその手の中からすり抜けてしまう。そのままとことこと別の隅まで行き、またぷいと背中を向けて座る。
「くっ……このっ……!」
月彦は小走りに走り寄り、再び真央を捕まえようとする。が、またしてもひょいと逃げられてしまう。
追いかけては、逃げられる。真央の動きは機敏で、あと少しというところでするりと逃げられてしまうのだ。月彦は部屋中をどたどたと走り回りながら、しばし鬼ごっこに興じた。
「もらったぁああッ!」
畳を蹴って、怒濤の勢いで月彦がヘッドスライディングをする。―――が、それでも真央を捕まえられず、やはりひょいと逃げられてしまう。ずざざっ……と額で畳を擦りながら、月彦が顔を上げると、普段の七倍くらいキツい目をした真央が月彦を睨んでおり、ぷいと露骨にそっぽを向いた。そしてそのまま、部屋の外へと走り去ってしまう。
「あっ……こらっ、真央っ……!」
月彦も追いかけようと廊下に出た瞬間だった。
ピシィィィィィイッッッッッ!!
と、何かが割れるような音。一瞬だけ、視界がモノクロになり、そしてすぐに元にもどる。
「……なんだ?」
月彦は真央を追いかけることも忘れて立ち止まった。何か、異常な事が起きたというのはすぐに解った。先ほどの音は、どう考えても警告を促す類の音だったからだ。
「侵入者だ」
突然背後から声をかけられて、月彦は振り向った。桔梗だった。
「賊が敷地内に侵入した。恐らくはツクヨミの手の者だろうが、春菜様の機嫌が悪いときにやってくるとは馬鹿な奴らだ」
桔梗はあっけにとられている月彦を見ながら、くつくつと笑う。が、ふと真面目な顔をして、
「……娘はどうした?」
さも不審そうにきょろきょろと視線を走らせ始めた。部屋の中には姿が見あたらないのである。
「…………逃げられた」
「……は?」
月彦がぽつりぽつりと、真央に逃げられた過程を説明する。が、全てを説明し終わる前に―――
「馬鹿かお前は! どっちに逃げた!?」
月彦の浴衣の胸ぐらをぐいと掴みながら、凄い剣幕でまくし立てる。が、月彦も真央を追いかけて廊下に出た直後に件の警告音を聞き、真央がどっちに走っていったのかまでは把握していなかった。首を捻ると、
「……ええい、貴様はここに居ろっ、私が探すっ」
桔梗は苛立ち、喋る時も惜しいとばかりに駈けだしていく。
「お、おいっ……ちょっと…………」
月彦が呼び止めようとした時には、既に桔梗の姿は闇の中に消えていた。
ギリッ……と歯が鳴る。これではまるで役立たずではないか―――そう思った瞬間、月彦もまた駈けだしていた。桔梗が駈けだした方向とは別の方向だ。
「真央っ……!」
呟きながら、走る。庭は、何カ所か石灯籠に火が入っている以外は明かりはなく、殆どの場所が闇に包まれていた。
恐ろしいまでに静まりかえった庭は全くと言っていいほど人の気配がない。一体どの闇に賊とやらが潜んでいるのかもわからない。すぐ傍の岩陰に居たとしても、察知するのは難しいだろう。それほどまでに、庭には漆黒の部分が多い。
月彦は裸足で、砂利の上を、土の上を走る。足の裏がヒリヒリと痛むが、真央の事を思えば大して気にならない。
「真央っ!」
大声を張り上げ、耳を澄ます。返事はない、すぐに走り出す。
賊とやらが声を聞きつけてやってくるかもしれない。が、その可能性は薄いと睨んでいた。
恐らくは、賊の目的は真央なのだ。自分ではない。だから桔梗もあそこまで血相を変えて探しに行ったのだ。
真央を逃がしてしまったのは他ならぬ自分の落ち度だ。桔梗だけに任せるわけにはいかない、自分が見つけ出さねばならない―――月彦は走る。
「真央ォォォーーーーーッ!!!」
立ち止まり、叫ぶ。喉から血が吹き出そうな大声だった。叫びが山彦のように連なっていく。
その時、突然がさがさと、傍の茂みが揺れた。月彦は咄嗟に姿勢を低くして身構える。同時に、ひゅっ、と黒い影が茂みから飛び出してくる。
「真央っ……!?」
その小さな影を見た途端、月彦は声に出していた。影は月彦の姿を見るや否やぴたりと足を止め、光る目でじつと月彦を見た後、しゅたしゅたと駈けだしていってしまう。
「真央っ、待てっ……!」
慌てて、月彦も後を追う。が、真央の足も速い。みるみるうちに引き離されていくが、それでもなんとかその姿を視界に捕らえ続けようと月彦は走った。
―――と、その足が突如空を切り、月彦はバランスを崩して派手に前につんのめった。咄嗟に両手をついて受け身をとろうとするも、その両手が、本来地面があるべき筈のそこを突き抜けた。
ざっばーん!―――派手な音が聞こえた。数秒経ってから、月彦は自分が温泉の中に落ちてしまったのだと気がついた。
「ぶはっ……!」
大げさな水音を立てながら、立ち上がる。全身がずぶぬれで、浴衣が張り付いて気持ちが悪い。が、そんなことを気にしている場合ではなかった。
真央を捜さないと―――そう思って、月彦が足を踏み出そうとした時、突然体の動きが止まった。
「―――っ……」
ゾクリと、背筋が震えた。何か、異質なモノがすぐ傍にいる。悪意が、ぴりぴりと空気を介して肌に突き刺さってくる。
真後ろだ!―――月彦は咄嗟に振り返った。が、そこには立ちこめる湯気以外は何もなかった。
「っかしいな……確かに―――」
首を捻りながら、呟く途中で、月彦は言葉を切った。何か、冷たいものが喉に当てられたからだ。
「……紺崎月彦だな?」
背後から、くぐもった声が聞こえた。低い、およそ人間味を感じさせない声だった。
首筋に押し当てられているものは刃物、短刀のようだった。少しでも妙な素振りを見せれば殺す―――そういった気迫が、ピリピリと背後から伝わってくる。
「そう……だけど。あんたは?」
精一杯の虚勢だった。たらりと、冷や汗がこめかみを伝う。後ろにいる人物は笑いでも押し殺しているのか、クックッ……という息づかいだけが聞こえた。
やがてそれが、ハッキリとした笑い声に変わる。ぷくくくっ……と、まるで頬を膨らませているような声が、ブフーッ!と空気漏れのような音を境に大爆笑へと変化した。
「あははははははははっ! なーにビビってんの、あたしよ、あたし」
背後の人物が突然聞き覚えのある声に代わり、月彦は勢いよく振り返った。見知った顔の、全裸の女がぺちぺちと水面を叩きながら腹を抱えて笑っていた。
「真狐っ……!」
月彦は怒るのも忘れて、大声を出していた。眼前の真狐はヒーヒーと苦しげに呼吸をしながら気が狂ったようにけたけた笑っている。
その右肩に、ちょこんと真央が乗っていた。じ……と、月彦の方を見ている。月彦がその視線に気がつくと、真央は露骨にぷいとそっぽを向き、真狐の背にかくれるように姿を消してしまった。
そうか、侵入者というのは真狐だったのか。それが解ったから、真央もこっちに走り出したのか―――と、月彦は納得すると同時に、安堵のため息をついた。安心するあまり、涙腺が緩んでしまいそうになるのを懸命に堪えた。
「……なによ、泣くほどビビんなくてもいいじゃない」
と、真狐がそれをめざとく見つけては勘違いして笑う。月彦は否定もせず、真狐に合わせて笑い声を漏らした。涙腺が緩んでしまったのは、真央の無事を確認できたからだけではないのだが、月彦は最後までそのことには気がつかなかった。
「あー……笑った笑った。三日分くらい笑ったわ」
真狐は肩まで湯に浸かりながら呼吸を整える。整える途中で思い出し笑いをしてしまったのか、幾度かぷふーっ、と息を漏らしながら小さく笑う。
その肩のあたりに真央がちょこんと乗っていて、露骨に月彦から顔を背けている。あくまでそのスタイルを維持したいらしい。
月彦は苦笑しながらも、真狐とは少し離れた巨石にもたれながら湯に浸かっていた。濡れた浴衣は脱ぎ、背にしている石の上に置いてある。
「……で、どう? ちゃんと飯は食わせてもらってる?」
憎たらしい笑みを浮かべて、いきなりそんなことを聞いてくる。そのストレートな物言いに月彦は懐かしささえ憶えながらも、同時に腹も立ってきた。
「どう……って、あのなぁ、そりゃこっちの台詞だ!一体何がどうなってんだよ!」
「ん、春菜に聞いてないの?」
「……だいたいのことは聞いた。ツクヨミってのと喧嘩してんだろ」
「喧嘩じゃないわよ。向こうが一方的にちょっかい出してきてるだけ」
真狐はやれやれという具合に両掌を上へと向けた。長い髪は湯に浸かるには邪魔だからか、後方に結い上げてあるのだが、そのせいか妙にうなじが色っぽく見えてしまう。
月彦は咄嗟に目を逸らし、むらむらと頭を擡げてくる欲望を抑え込んだ。
「真央が、そんな姿になっちまったのも……ツクヨミってやつの仕業なんだろ」
怒気を露わにして、吐き捨てるように言う。まだ顔も見たことのない相手だが、真央にちょっかいを出したことだけは許すことができない。
「んー……ま、大したことじゃないわよ」
真狐は少しだけ考えるような素振りをして、肩に乗っている真央の頭を撫でてやる。
その優しげな仕草に月彦が些か感心をしている傍から、真狐は真央の首をむんずと掴み、ぽいと放り投げた。
真央は手足をばたつかせながらぽちゃんと湯面に落ち、パニックを起こしたようにぱちゃぱちゃと暴れる。
「あははははっ、あんたまーだ泳げないの?」
ぴちゃぴちゃと水面を波立たせながら溺れる真央に助けをさしのべるように手を出す、が真央がそれに捕まろうとするとひょいと腕を引き、また伸ばしては引き……という意地悪を繰り返す。
さすがに見てられなくなり、月彦が助けてやろうと近づくと、途端に真央の手足の動きが活発になり、不器用ながらも犬かきのような動きをしてそそくさと真狐の体によじ登ってしまう。
登り切るやいなや、はーはーと息を荒げながらも、んべえっ、と月彦に舌を見せる。これにはさすがの月彦も閉口した。にゃははと真狐が笑う。
「なぁに、あんた達喧嘩してんの?」
さも楽しそうに、真狐がにやにやと笑みを浮かべる。どれどれ、母さまに話してごらん?と真央の方に耳を傾けてはふんふんと頷き、にまあっ……と口の端をつり上げていく。
「へー、朝から晩まで? 毎日? よくやるわねぇ。あたし達というものがありながら、月彦ったらホント浮気性なんだから」
真央の言葉は、月彦の耳にはキィキィという鳴き声にしか聞こえないのだが、どうやら真狐にはしっかり伝わっているらしい。
「……そもそも、お前が面倒事起こしたり、俺達をこの屋敷に預けたりしなきゃ、浮気もしなくて済んだんだよ」
はあ……、と月彦はため息をつきながら、同時に安心もしていた。
少なくとも、真狐に頼まれたという春菜の言葉は本当だったのだ。正直、月彦は真狐が現れるまで、春菜の言葉を全面的には信頼する気にはなれなかった。それが漸く、裏付けがとれたことになるのだ。
「しょーがないじゃない、あっちが勝手に仕掛けてくるんだから。あたしは被害者よ」
と、なにやら真狐はぷりぷり怒っている。どうやら自分に非があるとはこれっぽっちも思ってないらしい。らしいといえばらしいのだが、月彦は複雑な気分だった。
「まあ、仕掛けられた以上はキッチリやり返すのがあたしの主義なんだけど、コレがねぇ……」
真狐はちらり、と真央を見ながらため息をつく。
「ダメな子ほど可愛いって言ってもねぇ……、限度ってものがあるのよ。ったく……自分の身くらい自分で守りなさいっての」
肩に乗っている真央の鼻をうりうりとつつきまわしながらも、真狐は笑みを浮かべている。苦笑とも、慈愛の笑みともとれる微妙な笑みだ。
月彦はふと、真央の鼻をつつく真狐の手の、腕の部分に白いものが巻かれているのに気がついた。包帯のようだった。
「真狐、それ……」
「ああ、これ? 大した怪我じゃないわ。別働隊の奴の中にちょっとばかり手強いのが居て―――って、寝てたアンタに言ってもわかんないか」
言葉を途中で濁しながら、真狐はひとりごちる。大した怪我じゃない、ということを示すようにしゅるしゅるとあっさりと包帯を取ってみせたそこには、薄く切り傷らしきものの痕があるものの、すっかり治っているようだった。
「まー、とにかく。そういうわけだからあんた達を春菜の所に預けたのよ。ホントは真央だけで良かったんだけど、春菜が若くて活きのいい男紹介してくんなきゃヤダってゴネるからさぁ」
「……ちょっと待て、それってつまり―――俺がここにつれてこられたのはツクヨミに狙われるからじゃないってことか?」
聞き捨てならないぞ、とばかりに月彦は口を挟む。
「ツクヨミは余程のことが無い限り人間とは関わらないし、手も出さないからアイツが狙うのは真央だけよ。アンタまで連れてきたのは、それが春菜の出した条件だったから」
「春菜さんが……真央を預かる条件に……?」
「そ。まー人質みたいなモンね。……真央の話じゃ、ずいぶん頑張ったみたいじゃない?」
にたーっ、といやらしい笑みを浮かべる真狐とは対照的に、月彦は真剣な面持ちで考え込んでいた。
人質―――そう言われて、はたと月彦は桔梗の言葉を思い出した。『貴様は人質だ』―――と桔梗は言った。貴様等、ではなく、貴様と彼女は言ったのだ。
あれはつまり、自分を脅かすためだけの冗談ではなく、彼女もまた月彦が真央を預かる条件としてつれてこられたことを知っていたのではないか。
そう考えると、風呂場での桔梗の言葉もうなずけるのだ。『春菜様が何の打算も無しに妖狐の男と、その娘を預かると思うか』―――では、その打算とは何か。
「なあ、真狐……。ひょっとして―――」
月彦は、春菜とのいきさつを事細かに説明した。風呂場での一件に始まり、その後の春菜の不審さ等々を、だ。
すると真狐は突然吹き出し、
「馬鹿ねえ、そんなの罠に決まってんじゃない。初めから春菜はアンタに自分を襲わせるつもりだったのよ」
そんなことも気づかなかったの?とばかりに月彦の鈍さを嘲笑う。
「お、襲わせるって…………なんでそんなこと……」
「さー、そうされるのが好きなんじゃないの?ま、確かにただの人間が春菜の魅了妖術をまともに受けたら、そりゃ抵抗も出来ないわ。春菜の気が済むまで虜のままね、覚えがあるでしょ?」
「………………ある、のかな」
自分の中に入り込んでくるもう一人の自分、あれが虜にされるということなのだろうか。真狐の言葉の通りであるのなら、あれは春菜に魅了され、彼女の意のままに操られていたということになる。
初めの風呂場での一件も、その後のことも全部、初めから仕組まれた事だったのだ。が、騙されていたのだとわかった今でも、何故か春菜のことを憎めないのは、月彦自身も彼女との交接がさほど嫌ではなかったからだったりする。
「―――って言っても、あくまで魅了であって洗脳じゃないから、本気で嫌がってることはさせられないのよ。つまり、あんたもまんざらじゃ無かったって事ね」
いきなり図星を突かれて、月彦はうっ……と呻く。同時に、真央がギロリと刺すような視線を向けてくる。ああもう、余計なことまで言いやがってと月彦は思う。恐らくは確信犯なのだろう、真狐はくつくつと笑っている。
「で、どうだったのよ、春菜の体は。あたし程じゃないにせよ、いい体してたでしょ?」
にったらにったらと悪ノリの笑みを浮かべながら、つつつと真狐が寄ってくる。肩に乗ってる真央までが、“どうだったの!?”と睨み付けてくる。
「ど、どう……って、ふ……普通だよ」
真狐の左肩が、ちょんっ、と右肩に触れ、月彦は上ずった声を上げてしまう。ふーん、と真狐は意地悪な笑みを崩さず、じろじろと月彦の顔を覗き込んでは、くんくんと鼻を鳴らしている。
「ホント、真央の言うとおり、春菜の匂いがぷんぷんするわ。四六時中絡み合ってなきゃ、こうはならないわね」
「……わ、悪かったなっ。俺は“ただの人間”だから逆らえなかったんだよ」
口を尖らせて、月彦はぷいとそっぽを向いた。そっぽを向いたが、その目がちらり……と右下方へと移動しては、真狐の豊かな胸元の辺りを捕らえてしまう。これまた上部1/3程だけが白い湯面から顔を覗かせていて、先端が見えそうで見えない辺りがもどかしい。
「お前だって……ツクヨミに対抗するために……他の男と、寝まくってたんだろ」
呟きながら、月彦は内心首を捻っていた。何故今、こんなことを言わねばならないのか。別に真狐が他の誰と寝ようが自分には関係がない筈なのだ。……関係がない筈なのだが、何故か胸がもやもやするのだ。
だが、当の真狐は、
「……へ?」
と、さも不思議そうに眉を寄せている。
「なんでツクヨミと戦うのに、そんなことしなきゃいけないのよ」
「……春菜さんに聞いた。妖狐は、尻尾の数が一本違うと、十倍力の差があるんだろ。お前は一本、ツクヨミは五本、普通にぶつかったら勝ち目はない。けど―――」
「男を喰いまくって、妖力吸収すればツクヨミと互角に戦えるっていうの?」
月彦の言葉を先取りしながらも、真狐は『ふっ……』と小馬鹿にしたように笑う。
「馬ッ鹿ねぇ、あんな奴相手になんでそんな疲れることしなきゃいけないのよ。妖力差万対一? ツクヨミ相手ならそれくらい丁度良いハンデだわ」
「丁度良いハンデって……お前、万対一だぞ!?お前が一万人居てやっとツクヨミ一人と互角ってことなんだぞ!?」
ちゃんと解ってるのか?と、月彦はくってかかる。が、真狐はといえば、そんな月彦の心配すらも笑い飛ばし、
「大丈夫よ、どんな力もってたって、所詮ツクヨミなんだから。あたしに勝てるわけないの」
うんうん、と得意げに頷く。どうやら真狐自身はツクヨミに自分が負けるとは少しも思ってないようである。
端で聞いている月彦も、これほどまでに『勝てる』と言い切られると、本当に楽勝できそうな気分にさせられる。そして同時に、ここまで侮られるツクヨミなる妖狐とは一体どんな人物なのか、興味も湧いた。
「そんなに余裕ってことは、じゃあこの三日間は何か他の準備をしてたのか?」
「んー……別に。ちょっと古い知り合いに会いに行ってただけよ。居場所わかんなくて手間取っちゃって、三日かかったけど」
と、真狐は岩の上に置いてある着替えの中から、なにやらごそごそと一本の短刀を取りだした。
「強いて言えば、これを借りに行ったのが戦う準備をしたってことになるのかもね。まぁ、ツクヨミ如きと戦うのにわざわざ武器を用意したって事自体、私にとっちゃ恥だからあんまり認めたくないんだけど」
「……ただの短刀……に見えるけど、凄い武器なのか?」
月彦はまじまじと、真狐の手に握られている短刀を凝視する。刃渡りは二十センチほどで、片刃であり、割と刀身が厚い。握りの部分に荒縄が巻かれている以外は、ヤクザ映画に出てくる“ドス”を彷彿とさせるような形の短刀だった。
肩に乗っている(勿論月彦が居る方とは反対側の)真央もさも興味深そうに凝視しては、ふんふんと鼻を鳴らしている。
「妖具っていうのよ。銘も鞘もない妖刀だけど、ツクヨミ相手の護身用ならこれくらいで十分よ」
と、真狐は再び石の上に刀を戻す。
正直、月彦にはただの短刀にしか見えなかったのだが、妖具というからには恐らく凄い力を秘めているのだろう。
「待てよ。てことは、妖力集めはしてないんだな?」
「だーかーら、あんな奴相手にそんなことする必要ないんだってば」
くどい、と真狐がきっぱりと否定する。その傍らで、月彦はほ……と小さく安堵の息をついていた。
同時に、胸の奥に滞っていた不快なモヤモヤも空気に溶けるように消える。だが、月彦の気分が晴れやかだったのは、ほんの二秒ほどの時間だった。
「あー……、ひょっとして、月彦……あんた……妬いた?」
「は……?」
と、月彦は真狐の言葉が理解できない、という顔をする。が、隣の真狐はもう何もかも悟ったというような顔で、
「ははーん……なるほど、そういうことね。いーのいーの、否定しなくて、ぜーんぶ解ってるから。この三日間、あたしが他の男と寝てるんじゃないかと思って気が気じゃなかったのよねー。くふふふふふふふっ……」
いやらしい笑みを浮かべる真狐とは裏腹に、その肩にいる真央は月彦が真狐に対して妬いたことに妬いているのか、もー許せない!と殺気すら匂わせる目つきで睨み付けてくる。ぐるるるるっ、と唸り声を上げては歯をがちがちと鳴らし、今にも飛びかかってきそうな剣幕だ。
「なっ……! 馬鹿ッ!勝手に何言ってんだよ!俺はただ、またどっかで人さらいみたいな真似をしてんじゃないかって―――」
「あー、でも、そういえば」
と、真狐は突然、月彦の抗弁よりも大きな声を上げる。
「古い知り合いに会いに行ったって言ったでしょ?その時さー、つい長居しちゃって、夜も遅いから〜って泊まっちゃったのよ。ごめんねぇ」
“泊まった”という言葉に、ぴくりと月彦の顔が強ばる。言葉こそ発してないが、明らかに機嫌を損ねたような顔だ。
「……ちなみに、知り合いってのは女よ。嫉妬丸出しの誰かさんの為に断っておくけど」
と、そこまで言って真狐はまたブフーッ!と噴き出してしまった。ぺちんぺちんと湯面を叩きながら馬鹿笑いをする。
「っっっ……お前なぁっ…………!」
怒りを露わにして、月彦が大声を張り上げる。
だが、真狐は月彦の怒りなどお構いなしとばかりにけたけたと笑い声を上げ続ける。そして漸く笑いが収まってきたかと思いきや、むすーっとした月彦の顔を見てまた笑ってしまうのである。
そんなやりとりが数回。漸く笑い声が止まったときには両目から涙が溢れていて、ひぃひぃと呼吸を整える様は泣いていたのか笑っていたのか解らないほどだった。
「あー苦しかった……さすがに死ぬかと思ったわ」
「……そのままくたばっちまえば良かったのに」
「可愛くないわねー、素直に言えばいいじゃない。あたしのことが好きってさ」
「誰が。お前なんかより真央の方が何百倍も好きだ。むしろ、おまえのことは大ッ嫌いだッ」
月彦は“大嫌い”の所を特に強調する。ちなみに、真央の方が好きという辺りでぴくぴくと真央が耳を反応させていたのには月彦は気がついていない。
「へぇ、言うじゃない」
月彦の言葉に、さすがにかちんと来たのか、真狐は不敵な笑みを浮かべる。そしてずいっ……と、徐に月彦へと寄り、その双乳の片方を月彦の胸板に触れさせた。
「な、何やってんだよッ!」
「別にぃ、大嫌いな女が何やったって関係ないでしょ?」
そりゃどーゆー理屈だ!―――と月彦が喋る前に、別の言葉が口から漏れていた。否、言葉ではない、ただのうめき声だ。
「ば、ばかっ……いきなり何処触ってっ……っ……」
びくっ、と一瞬だけ体を震わせて、月彦の動きが止まる。真狐がにまーっと笑みを浮かべた。
「月彦〜、これなぁに?」
さすり、さすり。
白く濁った湯の中で、真狐の掌がそれを撫で回してくる。
「っ……さ、触る、な……」
声が上ずる。月彦の反応が面白いのか、真狐はんふふと鼻を鳴らしながら撫でつけてくる。
唯一、湯の中の状況が解らない真央だけが、おろおろと真狐の肩で右往左往していた。
「んふふっ、こぉんなに固くして……あたしが気づいてないとでも思った?」
つい……と、真狐が体を寄せて、熱っぽく囁いてくる。その右手が、湯の中で月彦の中心を優しく撫で回してくる。
さすがに巧みな指使いだった。おまけに、とろみのあるお湯がローションの代わりをして、にゅるりにゅるりと擦りあげられるとそれだけで月彦は悲鳴を上げそうになってしまう。
「っ……真狐、やめっっ…………」
それだけ言うので精一杯だった。口でされているのとも、秘裂に挿入しているのとも違う。ただ、指で弄られているだけだというのに、ろくに言葉を喋ることもままならない。
月彦がめっきり大人しくなると、ますます真狐は悪のりして、月彦にぴったりと体をくっつけてくる。双乳が、むにっ……と月彦の胸と、肩の辺りで潰れ、いやがおうにもその柔らかさが伝わってくる。
「やんっ……月彦の……凄く熱い……。……あたしまで、濡れてきちゃう……」
耳元に息を吹きかけてくる。にゅぬっ、にゅぬっ……と竿を扱きあげ、湯中の動きの激しさを示すように、ちゃぷちゃぷと湯面が波立ち始める。
十数秒ほどの間、男女の熱っぽい吐息と波の音だけが湯気の中を漂う。その情欲じみた静寂を破ったのは―――
「いっっだっ……!」
真狐の声だった。
ハッとして月彦が顔を上げると真狐の狐耳に真央が噛みついていた。真狐は涙目になりながら漸くのことで真央を自分の耳から引っぺがすと、
「こッンのっ不良娘ッッッ!」
ざばぁっ、と立ち上がり、遠投宜しく放り投げてしまう。真央の軽い体はぴゅーんっ、と夜の闇に消えていき、すぐに見えなくなった。キィィッ!という鳴き声とも悲鳴ともつかない声が露天風呂に木霊する。
「おいっ真狐……」
「いーのいーの、死にゃーしないわ」
あー痛かった、と真狐は噛みつかれた方の耳を触り、食いちぎられていないことを確認する。耳には歯形こそついていたものの、出血も食いちぎられもしていなかった。
「嫉妬だけは一人前なんだから。まったく……誰に似たのかしら……ねぇ、月彦?」
真狐は再び湯に浸かりながら、同意を求めるように体を寄せてくる。月彦が返事に困っていると、ぞわぞわと、また真狐の指が這ってきた。
「お、おい……また……」
「なぁに? 続き……してほしくないの?」
意地悪く囁きかけながら、ちゅっ……と軽く頬の辺りにキスをしてくる。月彦は少しだけ躊躇った後、小さく首を縦に振った。
月彦の返事に、真狐はにぃっ、と満足そうに口の端を歪める。程なく、愛撫が再開された。
先ほどの中断もなんのそのとばかりに屹立しきったままの肉柱を、真狐の指が艶めかしく撫で回していく。
ただ、竿を擦ってくるだけの時もあれば、先端部分を包み込むように撫で回したり、筋をこしゅこしゅと擦りあげたりと動きが休まることはない。
真狐は擦りながら、くったりと月彦の方に体を預けている。胸などは潰れて、太股も月彦の足に触れていた。
熱っぽい息づかいが、首元にかかる。月彦の方からは何も手を出していないのだが、剛直を擦りあげる動きに合わせて、真狐はんっ……んっ……と微かに声を漏らしていた。気をつけていなければ聞こえない程の小声だが、それがまたなんとも艶めかしく、月彦はつい耳に神経を集中して聞き取ろうとしてしまう。
湯の中で真狐が手を動かしているから、湯面も波立つ。それらが、潰れた胸の谷間の辺りに当たってちゃぷちゃぷと音を立てる。真狐の胸は、春菜に負けず劣らずの巨乳である。
ごくりっ……と、喉が鳴る。
それに手を伸ばそうと、月彦が右手に力を込めた時だった。
「ねえ、月彦。なんか……お湯が変じゃない?」
きらりと瞳を光らせながら、悪戯っぽく真狐が言う。
「湯が? 別にどうってことないが」
「変よ。なんだか、鉛みたいに重いわ」
「なにバカなこと言ってんだよ。これのどこが鉛―――……れ?」
苦笑しながら、月彦は右手を湯面から出そうとした。が、その右腕が動かなかったのだ。
湯の中に沈んだまま、微動だにできないという感じなのだ。試しに、左腕に力を込めてみるが、やはり上がらない。
「なんだこれ! 体が……」
「ふふふ……、ほんっと……すぐかかっちゃうんだから」
ぬっ……と剛直を弄ってくる。身じろぎは出来るが、両手を含む四肢が殆どと言っていいほど動かない。
マヒしているわけではない。感覚はしっかりとあるし、力も入る。が、動けない。お湯ではなく、鉛か何かの中に体が埋まっているような感じなのだ。
「真狐っ……お前、何をっっ……」
「軽い暗示よ。すぐ治るわ。」
真狐はくすくす笑いながら、動けない月彦を挑発するように体を揺らす。乳房が、湯面に当たってたぷたぷと音を立てるのを、月彦は羨望のまなざしで見つめる。
なんとか手を伸ばしたい。あの破廉恥極まりない巨乳を鷲づかみにして、もみくちゃにしてやりたい!―――月彦は歯を食いしばりながら両手に力を込めるが、数ミリ動かすのが精一杯だった。
「それにぃ、大嫌いなあたしの体なんて、別に触る必要もないんじゃない?」
「ぐっ……」
やっぱり根に持っていたか、と月彦は思った。だが、別に撤回する気も無かった。あれはあれで本音だったのだ。
その件について月彦がだんまりなのが気に入らなかったのか、不意に真狐の指の動きが早くなる。竿を強く扱きあげ、射精を促すような動きだ。
「っっ…………くっ……」
にゅぬっ、にゅぬっ、にゅぬっ!
とろみのある湯の中で剛直を扱きあげられ、月彦が思わず声を漏らす。が、射精まであと少し……という所で、急に手の動きが止まってしまう。
それからは、月彦にとって地獄の時間であった。真狐の手は月彦をイかせる寸前まではいくが、決してその先へは行かないのだ。
焦らされる。
寸止めが続く。
絶頂の寸前、肉柱がひくひくと震える所まではいっても、射精には至らない。その都度、月彦は歯を食いしばって例えようのないもどかしさと、不快感に耐えた。
真狐の魂胆はわかっている。自分が前言を撤回するまで、嬲るつもりなのだ。それがわかっているから、月彦も意地を張る。張るのだが―――なにぶん男としての本能が如何ともしがたい。
屹立した肉柱がびくびくと震える。眼前の、鼻持ちならない女を犯してやりたいと、濃厚な牡汁まみれにしてやりたいと悲鳴を上げる。
少しだけ、ほんの少しだけ頭を下げ、真狐の軍門に下ったフリをすれば……あとはもうこっちのものだ―――月彦は少しずつ、その“妥協案”に耳を傾けていく
「っ……真狐、頼む。……挿れたい……」
ぽつり、ぽつりと月彦は懇願する。が、無慈悲な狐女はにったらにったらと意地悪い笑みを浮かべるばかりだ。
「そんなに挿れたい?」
真狐は湯の中で、月彦の右手を掴むと、それを自らの秘裂の辺りへと宛ってきた。掌を上に向けていた右手の、中指と人差し指の先がぬっ……と、秘肉のクレヴァスに当たる。そこは、湯のとろみとは違ったとろみを持つ液体に濡れているようだった。
「挿れたいのは……ココ?」
自らも息を乱しながら、月彦の右手を前後させる。指先が、柔らかくも熱い肉に触れ、その感触が月彦を余計に猛らせていく。
「っ……くっ……真狐、頼む……」
呟き、喘ぐ。自分からも指を動かし、そこをいじくり回してやりたいのに、やはり指も動かない。
これならば、いっそ触覚も奪われ、マヒしてしまったほうがマシだ!―――そう思いたくなるほど、真狐の媚肉は扇情的な感触を月彦の右手に返してくる。
「月彦ったら、ほんっとスケベなんだから。春菜とさんざんシたくせに、まだヤり足りないの?」
真狐の舌が耳を這ってくる。先を尖らせて、つつつと、うねりに合わせながら、細部までなめ回してくる。熱っぽい吐息が、はぁっ……と時折吹きかけられ、耳たぶがついと吸われた。
「ヤりたいんなら、後で春菜とすればいいじゃない」
真狐が囁く。が、月彦は小さく、首を横に振る。
「春菜じゃ嫌なの? じゃあ、真央とは……?」
月彦はそれも拒否するように首を横に振る。そもそも、真央があの姿では、抱くこと自体不可能だ。
「真狐の膣内《なか》に……挿れたい……」
月彦が呟くと、真狐はその答えに満足したようにくすっ、と笑った。ぬっ……と、今度は月彦の右手の甲を自分の秘裂に擦りつけてくる。
「ふぅん、春菜より、真央より……あたしとシたいんだ?」
「っっ……したいっ……、だから、早くっ……」
掠れた声で、月彦は喘ぐ。が、真狐はあっさりと月彦の右手を離してしまう。
「だーめ、今日は挿れさせてあげない。あたしのことを大嫌いなんて言った罰よ」
「っっ……そんなっ……!」
ここまで焦らしておいてそれはないだろう!と月彦が大声を上げる。くすっ、と真狐は笑い、そっと湯の中に手を差し込むと、
「っ……」
「心配しなくても、ちゃんと……イかせてあげる」
グンと屹立しきっている肉柱を手で押し倒し、その竿の上に跨ってくる。ぬちっ……と、濡れた媚膜が裏筋に当たり、月彦は思わず顎を引きながら、ひっ……と声を漏らしていた。
「あっ、ン……凄い……びくっ……びくって、してる……」
真狐は息を乱して、両手で月彦の肩を掴み、そのまま腰を前後させ始めた。ぬっ……ぬっ……と、柔らかい媚膜が剛直を擦り、その都度月彦は喘ぎ声を上げてしまいそうになり、唇を噛みしめた。
「んっふ、……ほら、我慢しないの。……声、聞かせて……?」
真狐の右手が、つつと首を這い、月彦の口まで登ってくる。その指先が月彦の唇を撫で、ッ……と侵入してくる。食いしばっていた歯も開かされ、月彦は喉の奥で生まれる声を、僅かながら漏らし始めてしまう。
「っ……ぅ……く……、ふっ……」
月彦は真狐の指を噛まないように配慮しながらも、出来るだけ喘ぎを漏らさないように苦心していた。何から何まで真狐の思惑通りにされてしまうというのは癪だとも思う。思うのだが、不思議と真狐の言うとおりにすると快感が倍増するのだ。
「んっ……そう、それで……いいの……ぅ……んっ……ぁっ……ふっ…………」
真狐は指を引き抜くと、再び肩を掴み、一掃早く、大きく腰を前後させ始める。巨乳が月彦の目の前でたぷたぷと揺れる。時折勃起した乳首の先端が頬や鼻をかすめ、月彦が物欲しげに吸い付こうとすると、真狐はついと体を引いてしまう。
「はぁ、ふっ……欲張り、なんだからっ……んっ……」
意地悪く微笑みながら月彦の頭を両手で抱え込むと、むぎゅうっ!と谷間に押しつけてくる。そのあまりの質量に口も鼻も容易くふさがれてしまう。
「んぷふっ……!」
「ほらっ、これで満足……?」
真狐自身も、そうすることで興奮を覚えているのか、うっとりと目を細めている。そのまま、にゅりっ、にゅりと腰を前後させ、呼吸を乱し喘ぎを漏らす。
「あんっ……そん、なっ……口、動かさないでっ……やっあうっ……んっっ……あッ、いぃッ……!」
谷間の底の当たりでムズムズと蠢くものを感じながら、真狐がぶるっ……と震える。月彦はただ苦しくてむぐむぐと藻掻いているだけなのだが、真狐はそれがくすぐったいらしかった。
そして、そのくすぐったいのを堪えるように、尚更両手に力を込めてぎゅううううっ!と胸を押しつけてくるものだから、
「っっっ〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!」
顔を真っ赤にして、月彦は藻掻く。
漸く真狐が両手を解き、これ幸いにと月彦は大口を開けて酸素を取り入れ始めると、今度は―――
「んんっ!!」
その唇に真狐が食らいついてきた。月彦の呼吸を邪魔するように、ちゅっ、ちゅっ……と啄むように吸い付いては、唇を優しく噛み、舐めてくる。
「……ね、また……飲ませて?」
ぼそっ、と囁き、唇を重ねてくる。真狐が何のことを言っているのかはすぐわかった。月彦は唾液をかき集め、それを舌と一緒に押し出してやる。
「んんっふっ……んくっ……んくっ…………」
真狐はうっとりと目を細めながら、こくこくと喉を鳴らして、流し込まれてくるそれを飲み干していく。
「んはっ……あふっ……ごちそうさま、……ふふっ……」
ちゅっ、ちゅっ、と月彦の頬にいくつかキスをして、ぬっ……と大きくゆっくり腰を動かす。熱く、軟らかい肉の感触がたまらない。快感を伝える神経がピリピリと痺れ、下半身がとろけてしまいそうになる。眼前でくねる腰、互いにぶつかり合う乳房、はじけ飛ぶお湯と、汗。鼻を突く媚臭。笑う唇、そこに覗く薄紅色の舌。滴る唾液。ケダモノの息づかい。全てが、月彦を昂らせていく。
「っ……真狐、……俺、……もうっ…………!」
竿の上を媚肉が這う感触に、びくりと体が震える。顔が紅いのは、先ほどの酸欠の為だけではない。
「あんっ……イキそう……?」
月彦が震えると、密着している部分を通して真狐にまでその振動が伝わる。二人とも、息が荒い。はーっ、はーっ……ふーっ、ふーっ……と、片時も相手の顔から目を離さず、大げさに胸を上下させている。
ぬっ……。
真狐が腰を動かす。月彦が声を漏らして反応する。それを見て、真狐がさらに腰を前後させる。
ぬっ……ぬっ……ぬっ……!
湯面をちゃぷちゃぷと波立てながら、真狐が動く。その都度、はあはあという呼吸の合間合間に、月彦は押し殺した嬌声を上げる。
「真狐っ……真狐っ…………!」
恐らくは無意識の呟き。動かないはずの両手が真狐の腰のくびれを掴み、前後運動を促すように動く。
「あっ、んっ……月彦っ……凄いっ……びくびくって……してるっ……あっ、あっ、んっ……あッ……出してっ……いいよ、……受け止めて、あげるっ……あんっ……!」
普段の、人を食ったような声ではない。感情むき出しの、発情した牝狐の声を上げながら、真狐も上り詰めていく。
「―――っ……!」
月彦が唐突に体を大きく跳ねさせ、呻く。ほぼ同時に、真狐の両手がきゅうっ、と剛直の先端を包み込んだ。
びゅぐんっ……!と、凄まじい勢いで白濁の塊が弾ける。立て続けに、びゅぐっびゅぐと押し出され、真狐の手を汚していく。
「あ、んっ……熱いぃ……ドロドロ、して……やぁっ、……凄く、濃い……膣内《なか》……に、出されてる、みたいっ……あっ、ぁっっ……あァァッ、あッッ……!!!!!」
射精の都度、びくびくと肉柱が震え、その振動が媚肉を通して真狐にも伝わる。その、牡が絶頂に達するときのリズムと、びゅるびゅると自らの手の中で爆ぜる白濁の感触に興奮し、真狐はびくびくと体を震わせて、イく。ちゃぷっ……と音を立てて、勃起した尻尾の先端が湯面から覗く。
「ふっ……う……っ……」
白濁が打ち出される都度、じぃんと腰の当たりから痺れるような快感が突き上げてくる。視界がぼやけ、ばちばちと火花が散る感覚。月彦は、胸の当たりに真狐がもたれ掛かってくるのを感じながら満足げに息をついた。びくっ……びくっ……。剛直の竿が触れている肉膜の痙攣が、また心地よい。
はあぁ……と、耳元で真狐が湿った息を吐く。ちゃぷ……と湯面から手を出すと、その掌にはべっとりと白いものが張り付いていた。ぞっ……と、真狐が薄紅色の舌を出して、それを舐めとる。
「……んっ……むっ……、んっ……。……苦ぁい、んふふっ」
ぴちゃんっ、と尻尾の先を時折湯面から覗かせ、妖しく笑む。そのまま、んーっ、と喉を鳴らしながら、月彦に擦りついてくる。
わざわざ目の前で舐め、こくんと喉を鳴らすところまで見せつけるあたりが確信犯だ、と、月彦は思う。
「………………っ…………?」
突然真狐の指が、つつっ……と、肩や胸の辺りを這い始める。見ると、それは全て春菜がキスマークをつけた箇所だった。
「春菜ったら……人のオトコにこんなものつけて……、マーキングのつもり?」
ぞわり。
春菜の唇の痕を辿るように、真狐の舌が這ってくる。
ぞわり。
ぞわり。
一つ一つ、春菜の痕を払拭しようとするように。
「痛っ……う!」
突然走った肩口の鋭い痛みに月彦は呻いた。真狐が、キスマークの一つに歯を立てていた。皮膚と白い歯の隙間から、じわりじわりと紅いものが滲んでくる。それを、真狐は唇を当ててちゅっ……と吸い上げる。
「……このまま、全部噛みちぎっちゃおうかナ」
悪意の籠もった口調で囁き、さらに月彦を嬲るように、春菜の唇痕がついている場所を噛んでいく。
が、出血するほど強く噛んだのは最初の一回のみで、その後はただ、月彦に痛覚を与えるだけのものだった。
「……っ、なんだよ、嫉妬してるのか?」
「私が? まさか」
真狐は鼻で笑いながら、ぎりっ……と、噛み、唇を離す。が、月彦を見上げるその瞳には、真央のそれと同じ光があった。
何のことはない。本人が気づいていないだけで(あるいは認めていないだけで)、真央の嫉妬深さは真狐譲りでもあるのだ。
月彦は射精直後特有の気怠さに身をゆだねながら、はあ……っ、と大きくため息をついた。そのため息の中には『真央もこうなってしまうんだろうか……』という危惧も入っていた。なんだかんだで、二人はやっぱり母娘《おやこ》なのだ。
ぴちゃっ、ちゃぷんっ。
魚が跳ねるような音を立てて、真狐の尻尾の先が水面から出たり、引っ込んだりする。月彦はそれを見ながら、左手で真狐の背中を抱き、なんとなくばつが悪そうにぽりぽりと髪を掻いた。体の自由が戻っていることへの自覚は、まだ無い。
一分ほどそうして和んでいただろうか。ふと、月彦の背後の巨岩、その上の辺りでざっ……という音がした。立て続けに、
「おいっ」
と、怒気を孕んだ声。月彦は慌てて真狐の体を押しのけて振り返る。巨岩の上に、人影があった。月彦は恐る恐る、それを見上げ、そして一気に顔を引きつらせた。
真央を小脇に抱えた桔梗が、軽蔑と侮蔑、呆れと怒りの混じったもの凄い形相で睨み付けていたのだ。
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