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 真央は池の鯉を眺めていた。右隣には茶色と白の縞模様猫、反対側にはずんぐりと太った三毛猫が陣取っている。
 三匹揃って、アーチ状になった橋の上から池を眺めているのである。
 三匹の中で一番小柄なのは真央だった。狐としても、まだ成長途中なのである、子狐といってもいい体躯は成猫のそれよりも一回り小さい。
「暇そうだな」
 背後から声をかけられて、真央はくるりと振り向いた。睨むようにして、背後から歩み寄ってくる人物を見る。
 ギロリ、という擬音が聞こえてきそうな程、荒んだ眼光である。むすーっ、とした顔は三日前、屋敷に来たばかりの頃とは似てもにつかない。今にもタバコでも吹かし始めそうな見事なグレっぷりであった。
 真央のそんな変わりようが可笑しいのか、桔梗はくつくつと笑みを漏らしながら、真央の隣の三毛猫のさらに隣に陣取り、橋の手すりの上に肘を置いた。
「お前の父親は頑丈だな。春菜様相手に三日持つ男はそう居ないぞ」
 さも楽しそうに、にやにやと笑みを漏らしながら真央を見下ろす。が、真央はぷいと桔梗から視線を逸らすと、再び池の方へと顔を向けた。
 世捨て人の顔である。今にも池に投身自殺してしまいそうな危うさをも含んだ顔であった。
 屋敷に来た初日以外、殆どまともに月彦に構ってもらってないのである。飯を食う時間も場所も別ならば、眠る時もまた別々だった。
 それが月彦の意志によるものではないことは、真央にも解っていた。が、だからといって平気なわけがない。かといって、何か良い手段があるわけでもない。
 三日間の葛藤の末、真央がたどり着いたのは安穏とした猫達と共にひたすら鯉を眺めるという、虚無の境地だった。背には既に哀愁が漂っている。季節は夏だというのに、その後ろ姿を見ていると今にも枯葉が風に乗ってきそうな程、雰囲気が出ていた。
 そんな真央の姿に、さすがに悪いと思ったのか、桔梗が意地悪な笑みを止めた。
「……まあ、そう春菜様を恨んでくれるな。あの方も虎鉄様が亡くなられてから、ずいぶんと寂しい思いをなさったんだ」
 ちらり、と。桔梗は真央の方を見る。真央は変わらず、池の鯉、波を凝視していた。
「それに、春菜様があの男を気に入ることは、お前にとっても悪いことではないのだぞ。春菜様は妖猫族一の薬師だ、お前が元の姿に戻れる薬も、春菜様ならきっと作れる」
 またちらり、と真央を見る。真央は相変わらず無反応で、遠い目をしたまま池の方を見続けている。隣の縞模様猫はそうしていることに飽きたらしく、大きくあくびをしてのそのそと去っていった。
 ちょろちょろという水の流れる音。そして時折鯉が水面近くにまで上がってきて、ぴちゃんと音を立てる以外は静かなものだった。
 残っていた三毛猫も飽きたのか、のそのそと橋を渡っていってしまい、橋の上には真央と桔梗だけが残された。ふう……と、桔梗がため息をつく。
「腹が減ってるだろう。握り飯でも作ってやろうか?」
 真央は無言のままである。顔を動かしもしない。じぃ……っと、頑なに水面を見つめている。
「なんなら、寿司でもいいぞ。お前も稲荷寿司は好きなのだろう?」
 ここに来て、ぴくりっと真央が反応を示した。といっても、顔が動いたとかいう類ではない。狐耳の、桔梗に近い方がなんですとっ!?とばかりにぴくんとアンテナのように動き、そしてすぐにまた前を向く。平静を装ってはいるが、明らかに動揺しているらしく、さっきまでぺたーと橋の上に伏せられていた尻尾が、ざわざわと動き始めている。
 桔梗はそれを横目で見下ろしながらも、あくまで気づかないフリを続ける。
「甘ぁ〜くて、たっぷり油ののった揚げをつかった稲荷寿司だぞ。狐でなくても、涎が出るくらい旨いやつだ」
 桔梗の言葉に反応するように、狐耳が小刻みにヒクヒクと動く。顔こそ、水面を睨んだまま動かないが、その口元から時折透明な涎が糸を引いてたらり、たらりとしたたり落ちているのを桔梗は見逃さない。
 ふいに、くるりと体を翻して、屋敷の方へと歩き出す。
「……食いたいのならついてこい。わざわざここまで持ってきてやるほど、私も酔狂ではないぞ」
 と、桔梗はゆっくりと二十歩ほど歩き、ちらり、と振り返ってみる。真央は、その場から一切動いてはいなかった。ただ、顔だけを桔梗の方に向けていて、桔梗が振り返った瞬間慌てて水面の方に戻した。一瞬だけだが、目が合った。訴えかけてくるような目だった。
「ああもう、意地っ張りめ!」
 桔梗は舌打ちをして橋の上まで走って戻ると、むんずと真央の首根っこを掴み、抱きかかえた。突然の事に真央は驚き、あたふたと手足を振りながらキィキィと悲鳴を上げる。
「わかったわかった。とにかく飯を食え、お前が餓死したら私が春菜様に叱られる」
 桔梗がなだめすかすと、真央は大人しくなった。しぶしぶ、『そこまで言うのなら、食べてやってもいい』という態度だ。
 桔梗は苦笑しながら、小走りに台所へと向かった。
 


 

「ぁっ……そんなっ、月彦、さん……こんな所……で……」
 春菜は戸惑うような声を上げながら、いやいやと首を振る。
 こんな所、というのは屋敷の廊下、片側が壁で片側が手すり、その向こうは庭である。
 食事をした部屋から床の間(既に布団は敷いてあったりする)へ移動の途中のことだった。
 先導するように前を歩く春菜、窮屈そうに着物の下にしまわれた尻がぷりんぷりんと誘うように動くのを見て、月彦は唐突に手を出してしまったのだ。
 春菜は背中から壁に押しつけられながら、月彦に抱きしめられている。その両手が、さわさわと背中を張って、尻の辺りを撫でさすり始めた。
「すみません……、春菜さんのお尻見てたら……我慢できなくなりました」
 既に月彦は息が荒い。すみません、とはいいつつも、少しもすまなそうではない。肉欲丸出しの手つきで、ぐにぐにと着物の上から春菜の尻を揉み捏ねている。
 月彦の言葉は本音だった。先導するように歩く春菜の尻の艶めかしさに正気を失うほど興奮してしまったのだ。幻惑するように、左右にふりふりと動く尻尾に催眠術でもかけられたのではないかと思いたくなるほど、異常な興奮だった。
 こうして春菜の体を壁に押しつけながら、両手で尻を揉んでいるだけで鼻血が出そうになるのだ。
「あぁぁっ……やっ……、月彦さんっ……部屋に……すぐ、……すぐそこですからっ……」
「……だめです、我慢できません」
 春菜の申し出を冷徹に拒否しながら、月彦は両手をせわしく動かす。着物の下に収まっている肉塊を、ぐにぐにと手加減無しに揉み捏ねる。
 はーっ……はーっ……と息を荒げながら、春菜の着物を徐々に捲し上げていき、白い尻を直接揉む。乳房に負けず劣らず、弾力に富んだいい尻だった。
「春菜さん……」
 いつもより抵抗の強い春菜の反応を楽しみながら、月彦はそっと唇を春菜の耳の中に差し込み、囁きかける。
「えっ……」
 春菜の顔がみるみるうちに朱に染まっていく。
「ほら、春菜さん。……早く」
 急かすように、春菜の尻を揉む。既に屹立しきった剛直をぐいぐいと春菜の腹に押しつけ、荒々しい呼吸を耳元に吹きかけて催促する。
「あ……ぅ…………わかり、ました……」
 渋々、春菜は月彦に指示されたように動いた。両手を屋敷の壁、柱の部分につき、月彦に尻を差し出すような恰好になる。月彦は再度、春菜の着物を捲し上げ、猫尻尾に引っかけて下がらないようにする。そして改めて、春菜の尻を眺め、まるで美術品でも眺めるような目で堪能する。
「……いい尻ですね。妖猫族の女性って、みんなこんな……男を誘うような尻をしてるんですか?」
 両手で、円を描くように揉む。揉みながら、早くも屹立した剛直を解放して、数分前までそれが収まっていた場所へと塗りつける。
 既に、潤っている。否、潤い続けているという表現の方が正しい。着物をきちんと着てはいても、あふれ出る愛液は止まらず、太股までぬらぬらと光沢を放っているのだ。
 愛液だけではない、先ほどまでの睦み合いの結果、白濁の薄まったものまで垂れてきている。月彦はそれらのぬめった感触を楽しむように、濡れた割れ目沿いに肉槍を擦りつける。
「ぁっ……ぁっ……ぅ……やっ……じ、焦らさ……ないで、ください……」
 何度も、何度も。剛直の先で割れ目をなぞる様に動かし、いよいよ挿れる――とみせかけて、春菜が体を強ばらせるのを見透かした様に、月彦は剛直の先を逸らせてしまう。
「……春菜さん、こっちに挿れても……いいですか?」
 焦れに焦れた春菜の申し出に対して、月彦は臆面も無く言い、剛直の先でつんっ、とその場所をついてみせる。ハッと、春菜が身を固くする。
「あ、あの……月彦、さん……そっちは……違います……」
「解ってます。……でも、俺は……こっちの方に挿れたいんです」
 ダメですか?―――と、後ろから覆い被さりながら、そんなことを囁く。両手が、春菜の腹を這い、そのまま胸元へと行って、ぐいと割り開く。
 たぷんっ、と窮屈にしまわれていたものが解放され、揺れた。
「……春菜さん、こっちの方は経験ないんですか?」
 牝牛のように実った乳房をこね回しながら、耳元に囁きかける。春菜は答えず、微かに戸惑うような声を漏らして、視線を頼りなげに右往左往させる。
「……あるんでしょう?」
「…………ぅ……」
 注意して見ていなければ解らないほど小さく、こくりと頷く。
「じゃあ……こっちに挿れても、いいですね」
「で、でも…………そんなっ…………あッ…………!」
 春菜が答えるより先に、肉槍の先端がぐいぐいとその入り口を突き始める。既に塗りつけられていた粘液で、滑りは良い。
「あっ……ぁっ、そんなっ…………やっ……は、入って…………んんっっ…………」
 爪が、カリカリと屋敷の柱を引っ掻く。さすがに心得ているようで、無駄に力を込めて、挿入を拒んだりはしない。
 ぬっ……ぬっ……と、徐々に、めり込むようにして、剛直が埋まっていく。
「ッ……さすがに、キツ……っ……」
 春菜の尻を揉みながら、ぐいぐいと剛直を押し込んでいく。すぐ上に生えている尻尾がぴんと立ち、毛が逆立っていた。
「ぁっ……ぁっ、……ぁッ……うっ……んっ……ぅっ……やっ……すごい、奥……まで……ひっ……こ、んな……ぁっぅンッ……!」
 春菜が必死に体を引こうとするのを、月彦は逃がさない。指が食い込む程に強く尻を掴み、自らの方へと引き寄せながら、腰を突き出していく。
 鼻息が荒い。
 “あの”春菜の尻を犯していると思うだけで、早くも達してしまいそうになる。
 思えば、始めて春菜の姿を目にしたときから、豊満に実った胸元と尻は迂闊に見れないほどに興奮を促す部位だった。
 それが今、目の前にある。白桃のような尻を好き勝手に揉み、自らの肉欲の権化のような肉棒で貫いている。―――そう思考するだけで、全身が痺れるような快感にさらされる。
「ッ……や、ばっ…………」
 と、思った時はもう遅かった。月彦は咄嗟に堪えるように、春菜に被さり、その体を抱きしめる。
「っきゃっ…………えっ……あッ………………やっっ……!」
 どくんっ……!と、剛直の根本が一瞬膨れあがり、ドロリとした白濁が春菜の奥を汚す。
 立て続けに、びゅるっ、びゅくと爆ぜるような射精。春菜は戸惑うように、おろおろと耳をばたつかせて振り返った。
「…………っ……すみません、春菜さんのお尻が……気持ちよくて……」
 月彦はばつが悪そうに言いながらも、最後の一射まで春菜の中に撃ち出し、汚す。
「……ぁっ……熱いの……いっぱい、出て……………………そんなに、感じて……くださったんですか……?」
 春菜は体内に吐き出された牡のエキスの感触にうっとりと目を細めながら、そっと振り返る。些かも不満そうな顔はせず、むしろ安堵の色すら漂う顔である。
「あ、あの……私は、気にしませんから……もう―――」
「大丈夫です。……このまま続けますから」
 それとなく、行為の中止を申し出ようとする春菜の言葉を切って、月彦が言う。言葉の通り、剛直は微塵も衰えを見せておらず、ぐっと屹立していて、春菜の奥深くへと突き刺さっている。
「……ちゃんと……春菜さんもイかせてあげますから」
「そ、そんなっ……私はっ―――んんンッ……!」
 ぐっ……と肉槍が動き始める。
 初動、ゆっくりと前後し、徐々に往復幅も大きくなる。
「ぁっ……やっ…………お、大きいっ…………ぁっ、んんっ……!」
 普段とは違う場所を貫かれる、違和感。
 本来は性器を収める場所ではないそこを貫かれて尚、春菜は徐々に甘い声を上げ始める。
 足が、震える。
 がくがくと、くの字に曲がり、崩れ落ちそうになるのを―――
「ほら、春菜さん……ちゃんと立ってください」
 ぐいと、月彦が尻尾を掴んで引き上げる。
「あァん……ぅッ!……は、は……い…………あっ、ぅっっ……んんっ……ぁはぁっ……あ、うっ…………!」
 尻尾を刺激されるや否や、ぴんっ……!と足に力が入り、春菜はつま先立ちになる。が、それも数秒のことで、月彦は定期的に尻尾の付け根を擦りあげてやらねばならなかった。
 ぱんっ!ぱんっ!と、肉と肉がぶつかる音が響き渡る。
 人気のない屋敷だが、全く居ないわけではない。桔梗だって、真央だって居るし、無数の妖猫、普通の猫も居る。
 それであるのに、月彦は廊下の途中で春菜を犯している。背後から、壁の柱に押しつけるようにして尻を貫いている。
 他者からの視線をはっきりと知覚しているわけではないのだが、普段より興奮していることは明らかだった。現に、先ほどなどは春菜の尻穴に挿入しただけであっさりと射精してしまった。
「……春菜さん、見られてますよ」
 覆い被さり、猫耳のなかにそっと囁きかけてやる。それだけで、えっ……と春菜は声を漏らして、落ち尽きなく左右に視線を走らせたりする。
「冗談です。……でも、もしかしたら……本当に見られているかもしれませんね」
「ぁ……ぅ、……い、いじわる……しないで……くださいっ……んんっ……!」
 すみません―――そう囁きながら、一層強く尻穴を穿つ。春菜の悲鳴を聞きながら、再び被さる。
 先ほどから貫くたびにたぱんっ、たぱんと音を立てて暴れる双乳を鷲づかみにし、ぐにぐにとこね回す。ピンと立った乳首を指先で摘みながら、ぐりぐりと腰を拈り、尻穴に刺さっている肉槍を撓らせ、粘膜を擦りあげる。
「ぁっ、ぃぃうッ! っひっ……やっ、やぁっ…………グリグリ……しないでっっ……あっ、やっ…………んっくっふ、あひぃイッ!!!」
 のけぞり、甲高い声を上げる。
 月彦は春菜の顎をくっと掴み、振り向かせ、その唇を吸い舌を舐めて―――
「……ずいぶん大きな声を出してますけど、いいんですか?」
 屋敷中に聞こえてますよ?―――そんなことを囁きかけると、たちまち春菜は顔を紅くして、左手を口元にあて、指を噛むようにして口を噤む。
 そこを狙うように、月彦は豪快に腰を使う。
「ッッ……あ、あんッ!……ぁっ……う、あんっ、あっ……ぁっ、あんっ……! ……ぅ、く、やっ……やぁっ……声、……出ちゃい、ますっ……あふっ……あんッ!」
 春菜が声を抑えてられたのは十秒にも満たない時間だけだった。その後は、前にも増して声を張り上げ、柱を掻きむしりながら嬌声を上げ続ける。何度も掻きむしられた柱は表面が何ヶ所か鰹節のように削れ、ささくれ立っている。
 さらに、月彦は巨乳を揉んでいた右手をすべらせ、春菜の秘裂へと這わせた。貫かれているのは別の場所だというのに、淫核は勃起し、淫らに割れたクレヴァスからはひっきりなしに熱い汁がわき出ていた。時折糸を引いて、それらが滴る。滴らないぶんは春菜の太股を濡らし脹脛を濡らし、くるぶしまで垂れていた。
「あっッ……やっ、あぁあァっあっぁァアあッ!!!!」
 尻穴を貫きながら、勃起した淫核をくりくりと弄ると、春菜がより一層甲高い声を上げて鳴いた。ぎゅっ……と尻穴が窄まり、肉槍が締め付けられる。それを、強引に腰を使って、押し広げる。
「ひっっィいッ! つ、月彦、さっっ……も、もう……あんッ……!…………い、イクッ……私っっ、イクッゥうッ!!!!」
 がりっ……と、爪が柱の木に食い込む。春菜の体がびくびくと震え、菊座が剛直を食いちぎらんばかりに収縮し、尻尾がそそり立つ。
 一瞬送れて―――
「っ……春菜、さんっ……!」
 月彦は思い切り腰を退き、ぬ゛るりと剛直を抜き放った。刹那秒の後、艦砲射撃の様に白濁が打ち出される。
 びゅるっ、びゅっ……びゅっ……!
 濃い、ゲル状のそれがべっとりと春菜の後ろ髪にかかる。続いて猫耳、背中、腰帯の上、尻、太股……。大量に打ち出された白濁がそれぞれの箇所を汚していく。まるで、征服の証のように。
「あっ……う、っ…………」
 背後から牡液の洗礼を浴びせられながら、ずりずりと春菜がへたり込む。呼吸が荒い。目の縁からは涙がこぼれている。
 びゅっ……と、最後の一射が迸り、春菜の頬も汚す。体の至る所を白濁色に染められ、力無く崩れ落ちている様はまるで複数人に輪姦され、欲望の限りを吐き出された後のようにも見えた。
 はあはあと息を荒げながら、月彦もふらりと背後に揺れて、手すりの上に腰をかけた。呼吸を整えながら、全身を白く汚された春菜を見る。
 頬に打ち出された白濁が、僅かに垂れる。唇の傍にきたそれを、ぺろりと春菜が悩ましげに舐めとるのを、月彦は見逃さなかった。


 夕刻。
 紅い日差しが、部屋の中にまで長く差し込んでくる。
 ああ……今は正気なんだな―――その夕日を眩しいと感じながら、月彦はそんなことを自覚していた。
 ちゅっ……ちゅっ……ぺろっ……。
 音が、聞こえる。
 ぴりぴりと痺れるような独特の感触は、紛れもない、春菜の舌の感触だ。
「んっ……んっ……ぁ、む……」
 声を漏らしながら、懸命―――否、貪欲とも思える舌使いで、肉柱をなめ回し、口に含む。
 月彦は顔をしかめながら、春菜の髪をそっと撫でる。
「っ……春菜さん、……休憩、しましょう……もう、無理です」
 懇願するように言うと、春菜は一回だけ強く吸い上げたあと、体を持ち上げた。
 にゅぱぁ……と音を立てて唇が離れる。糸を引き、八分立ちを保っているそれは春菜の唾液に濡れ、てらてらと光沢を放っていた。
「んふふっ……月彦さぁんっ」
 裸のまま、ぴったりと月彦に寄り添い、くっついてくる。月彦の右腕をマクラにして猫よろしくゴロニャーンと心地よさそうに喉を鳴らす。
 月彦は春菜に気づかれないように、小さくため息をついた。今日だけで、春菜と何度睦み合ったか解らない。思い出すだけで疲れそうだった。
 特に今日は、昼食抜きでの強行軍だった。朝食の後、早速春菜にモーションをかけられ、そのまま何回か絡み合った後、移動の途中で一回、さらに寝室に移動してからも既に六時間近く続けていたのだ。
 そして最後、もうダメだーと月彦が仰向けに寝ころんで尚、春菜は剛直に付着した白濁を舐めとるようにちゅぱちゅぱと舌を這わせてきた。それも、単なるお掃除フェラという類を超えて、徐々にエスカレートし、そのまま一発抜かれてしまったのだった。
 さすがに裏月彦も疲弊したのか、桜のような春菜の媚臭を嗅いでも一向に現れない。
 春菜には、前々から尋ねようと思っていたことがあった。尋ねるなら、今しかない―――と、月彦は思う。
「あの、春菜さん……その……いつになったら、俺達は家に帰れるんですか?」
「……月彦さんは、帰りたいんですか?」
 少し間をおいて、春菜が答える。僅かに機嫌を損ねたような声だった。
「いえ、別に……春菜さんと一緒に居るのが嫌だとか、そういうんじゃなくて……ただ、あんまり長くいると迷惑なんじゃないかと」
 月彦は慌ててフォローをするが、言葉の中にもチラリと本音が紛れてしまう。春菜はそこに気がついたか気がついてないのか、身を乗り出し、
「迷惑しているように見えます?」
 ゆさっ……と、大きな胸を月彦の胸板の上に載せながら、にっこりと微笑んでくる。文句の付け所のない笑顔である。
「そ、それに……家族も、心配しますし……」
 と、月彦は慌てて付け加えた。
 事実、月彦は霧亜や葛葉にはなんの説明もしていない。というより、月彦自身目が覚めたら春菜の屋敷だったのだから、することすら出来なかったといえる。さすがにあの姉と母とはいえ、突然同居人が二人も消えればさぞかし心配していることだろう。
「でも、ツクヨミのことはどうなさるんですか?」
「それは―――」
 と、月彦は口ごもってしまった。実際どうしようもないのだ。そもそも騒ぎの元凶である真狐が今現在何をしているのかすら、知らないのだから。
「春菜さん、そういえば……真狐は今、何をしているんですか?」
「さぁ……、私も、月彦さん達を任されただけで、詳しいことはなにも聞いてませんから。ただ―――」
 と、春菜は言葉を切り、少しだけ考えるような仕草をする。
「ただ……?」
「彼女の性格を考えると、やられっぱなしで大人しく引っ込んでいるとも思えませんから、恐らくツクヨミとやりあう気なんじゃないでしょうか」
「やりあうって……ツクヨミって、もの凄く強いんじゃないんですか?」
 月彦は、真狐から聞いた話を思い出した。
 あの、偽の遊園地での一件の時、唯一真央は“ツクヨミ様ならできるかもしれない”と言ったのだ。つまり、それだけの妖力の持ち主ということになる。
「あっ……でも、ひょっとして……真狐も同じくらい強いとか―――」
「単純な妖力の総量という点で両者の実力を計るなら、万対一くらいですね。もちろん、前者がツクヨミです」
 月彦の希望を、春菜の言葉が冷徹に打ち砕く。冗談を言っているわけではないことは、春菜の表情が物語っていた。
「まんたいいち…………そんなに、強いんですか?」
「ツクヨミは五本狐ですから。妖狐は通常、尻尾の数が一本違うと十倍力の差があると言われてるんですよ」
 真狐の尻尾は一本であるから、ツクヨミとの力の差は単純計算で万対一となる。尤も、同じ本数であっても、やはり個人差があるから、これでも楽観した比率といえるかもしれない。
「それに、ツクヨミは今や妖狐の首領ですから。まともに刃向かったら骨も残らないでしょうね」
「勝ち目……ない、ですか……」
 消沈。
 よくよく考えれば、真狐を応援する理由などないということは月彦も承知していた。今回の騒ぎの元凶はそもそも、真狐が妖狐の首領の決めた掟を破り続けているからであり、自分たちに矛先が向けられたのも真狐を捕まえるための一環なのだ。
 正義はツクヨミ側にあるといえる。それこそ、警察と犯罪者の関係だ。真狐はツクヨミに捕縛されるべきなのだ。真狐が捕まれば、自分や真央がツクヨミに追われることもなくなり、家に帰れるのだから。
 それに、月彦にしてみれば、自分をレイプした相手が漸く罰せられることになるのだ。常識的に考えて、歓びこそすれ捕まることを悲しむいわれはない。
 だが、実際に今、月彦は真狐に捕まって欲しくないと思い始めている。厄介事ばかり起こしては周囲に迷惑をまき散らし、自分本位で可愛げがなく、爪の先ほども好感を抱けない女だが、……彼女は真央の母親なのだ。
 母親が捕まって、辛くない娘は居ない筈だ。そう、真狐に捕まって欲しくないのは、真央を悲しませたくないからだ―――月彦は最終的にそう結論を出し、己の心の中のモヤモヤにピリオドを打つ。
 月彦がよほど神妙な顔をしていたのだろう。春菜がくすっと笑みを漏らす。
「……ツクヨミに勝つ方法が、全くないわけでもないですけどね」
「勝つ方法が……あるんですか!?」
 つい、声を張り上げてしまう。咄嗟に、イカンイカンと月彦は自分をなだめすかす。
「彼女の我流妖術、吸精活身の術を使って妖力を集めれば、ツクヨミに対抗することは不可能ではないですね」
「それって……、あの―――」
 ヤッた相手から妖力を吸収し、己のものにする力―――真狐がそれを使って狐の里の機能をまるまる潰したことは、月彦も知っている。その、妖力吸収の術こそが、真狐の我流妖術であり、得意技(というよりただ単にド淫乱なだけだとも思われる)なのだ。
「……じゃあ、ひょっとして今、姿を見せないのは……」
「そうですね。普通に考えて、それしか彼女がツクヨミに対抗する術はありませんから」
 ツクヨミに対抗する為に、不特定多数の男と寝て、その妖力を吸収する。戦いの準備としては仕方ないのであろうが、何故か月彦は不快な気分になった。
 今こうしている間にも、真狐が他の男達をとっかえひっかえ喰っているのだと思うと、何か胸につかえるものを感じるのだ。嫉妬ではない。少なくとも、それが嫉妬であるとは月彦は認めたくなかった。
 ただ、純粋に不快なのだ。恋人でもなんでもない、好きですらない女が、他の男に抱かれて、嬌声を張り上げている様を想像するだけで吐き気にも似たものがわき上がってくる。自分は春菜とさんざ寝ている癖に、勝手なものである。
「だとすると、数日中には何らかの決着がつくでしょうね。彼女が勝てば無罪放免、ツクヨミが勝ったら―――」
「……勝ったら……?」
 ふふふっ……と春菜が妖しい笑みを浮かべて、ぺろりと舌なめずりをする。見る者の背筋をゾクリと冷やす、魔性の笑みだ。
「月彦さんを、私の屋敷から連れ出してくれる人が居なくなっちゃいますねぇ」
 ぎんっ……と、一瞬だけ、春菜の瞳に邪な光が宿る。
「えっ……は、春菜さん、それはどういう―――」
 上ずった声で月彦が問い返した時には、もう春菜の瞳は普段のそれにもどっていた。それでも、月彦の全身から吹き出た冷や汗は止まらない。
「ふふふっ、冗談です。大丈夫、……その時はちゃあんと、お家に届けてさしあげますから」
「は、はは…………よろしく、お願いします」
 月彦は苦笑しながら、はたして本当に帰してもらえるのだろうかと不安になった。春菜が“届ける”という表現を使ったことも気にかかる。あまり生きている人間を主語にしては使われない言葉だからだ。
 春菜は、この三日間共に生活をした限りでは特にこれといって月彦に対して害を及ぼそうとしている節はないのだが、どことなく妖しげな雰囲気を持っていることは否めないのだ。用心に越したことはない。
 用心といえば、月彦にはもう一つ気に掛かっていることがあった。真央のことだ。
「そうだ、春菜さん。……もう一つ、聞いてもいいですか?」
「なんですか?」
「真央のことなんですけど、……ひょっとして、あれは……屋敷の猫にかけられたものと同じ術にやられたんじゃないんですか?」
 ぴくっ、と一瞬だけ、形の良い春菜の眉が動いた。しばらく沈黙した後、
「桔梗から聞いたんですね。……ほんと、お喋りな娘」
 困ったような笑みを浮かべながら、春菜はぽつりと漏らした。
「確かに、結果だけを見れば近しい様に見えるかもしれません。でも、それはあり得ないんですよ。何故ならあの術の使い手は殆どが死んでしまって、私が知る限りでは生き残りは五指に満たない程しか居ません。その全員がツクヨミとは対立していますから、真央ちゃんにその術を使うというのは考えられないことなんですよ」
 何がおかしいのか、春菜はくすくすと笑い、その後で真面目な顔をして尤も―――と言葉を続ける。
「ツクヨミなら、その術を習得していても不思議ではないと言えます。というより、もし真央ちゃんをあの姿にしているのがあの術ならば、かけた相手は力量的に見ても、ツクヨミ一派の中ではツクヨミ本人以外には考えられません。月彦さんは、あの術はかけた本人にしか解けないということはご存じですか?」
 こくり、と月彦は頷く。風呂場で桔梗に教えてもらったことだ。
「真央ちゃんをあの姿にとどめているのがあの術なら、ツクヨミに解かせるしか方法はありません。でも、それ以外の原因であれば、私がなんとしても治してみせます」
 そのかわり―――とでも言うように、ぞわぞわと春菜の手が月彦の股間へと這ってくる。すっかり慣れた手つきである。月彦が春菜の弱いところがわかったように、春菜の方も、月彦が責められると弱い場所も知っているのだ。
「っ……春菜、さんっ……」
 春菜の唇が、ちゅっ、ちゅっ……とキスマークを付けながら、徐々に臍のほうへと降りていく。もちろん、そこで止まるはずはない。屹立しっぱなしのそれへと、じわじわと近づいていく。
 ゾクッ……!
 悪寒にも近い快感を伴って、剛直の先端が春菜の唇に飲み込まれる。月彦は俄に春菜の髪を掻きむしりながら、真央のためならこれくらいはしょうがないと自分を説得したのだった。


 


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