「由梨子ちゃん、今日はもういいから、先に上がんな」
「はい。お疲れ様でした」
 ぺこりと、由梨子は辞儀をして調理場を後にする。本音を言えば、まだまだ残って後片付けを手伝いたかったのだが――現に、調理場にはまだ多くの従業員が忙しそうに働いていた――これ以上居残っても逆に足手まといにしかならないということを、誰よりも由梨子自身が自覚していた。そもそも洗い物一つとっても、家事で囓っただけの由梨子が下手に手伝うよりも去年入ったばかりという追い回し一人に任せたほうが早く、しかも丁寧に仕上がるという有様だ。
 ひょっとしたら、白耀に対してのささやかながらの恩返しのつもりで始めた料亭の手伝いだが、ただの迷惑にしかなっていないのではないかと時折不安になる程に、由梨子は何も出来ない自分を思い知らされていた。
 勿論、白耀や比較的年の近い従業員らにそれとなくそういった旨を尋ねても、帰ってくるのは当たり前のような否定の言葉。それをそのまま真に受けられればいいのだが、性分的にどうしても気を遣ってくれてるだけなのではと思ってしまう。
 そういった不安もあるからこそ、何かを命じられたら素直に従うように由梨子は努めた。調理場を出て、母屋――“真田邸”へと続く渡り廊下の中程で、
「由梨子さん!」
 不意に、由梨子は背後から呼び止められた。
「白耀さん……」
 振り返るなり、由梨子は思わずホッと笑顔を浮かべてしまう。その涼風のような優しい笑みに、一体どれほど救われていることか。
「丁度良かった。この後少し時間を頂けませんか?」
「えっ……と、はい。大丈夫です」
 真摯な目でじっと見つめられ、由梨子は思わず頬が熱くなるのを感じる。戸惑い、慌てて白耀から視線を外してしまう。
「あっ」
 と、思わず声を出してしまったのは、視線を外した瞬間。無意識のうちに胸の前に構えていた両手を、そっと握られたからだった。
「ありがとう、由梨子さん。すぐに行きますから、応接室の方で待ってて下さい」
 言うなり、白耀は早足で料亭の方へと戻っていく。その後ろ姿を見送りながら、由梨子は思わず自分の頬を触ってしまう。
 とくん、とくんと胸の奥が微かに高鳴っているのを感じる。同時にわき起こる、罪悪感にも似た何かに、由梨子は慌ててかぶりをふり、半ば走るようにしてその場を後にした。

 真田邸で応接室として使われている部屋は、その家屋の外見とは裏腹に洋風の調度品で固められていた。部屋の中央にあるのは長方形のガラス製のテーブル。それを挟むようにソファが配置され、さらに壁側には白耀のコレクションらしい帆船模型や、それらが瓶の中に封じられたボトルシップが飾られている。
 下にはこれまた高そうなペルシャ絨毯が敷かれており、そんな部屋の中で由梨子は一人ばつの悪さをこらえるようにソファに腰掛けていた。すぐに行く、という白耀の言葉を真に受けて、仕事着のまま着替えもせずに応接室に直行してしまったのだが、すでに入室してからかれこれ20分近く経とうとしていた。
 やはり、先に着替えてくるべきだったのかもしれないと、由梨子がそんな事を考え始めた時だった。こつこつと、なにやら小さな足音が聞こえてきたのは。
 程なく、音も無く障子戸が開く。開けたのは、全長30センチにも満たない小さな木人形だった。初めて見た時は随分びっくりしたものだが、この屋敷で暮らしている由梨子にしてみれば、もはや見慣れた存在と言っていい。木人形達はふだんから屋敷内のぞうきん掛けをしたり、庭木の手入れをしたりと、その動きは見るからに微笑ましく、動きのコミカルさも相まって時には小一時間ほど見入ってしまうこともあるほどだ。
 障子戸を開けた木人形とは別の木人形が些か危なっかしい手つきで盆を持って入って来て、由梨子の足下へと歩み寄ってくる。盆には湯気を立てている湯飲みが一つ乗せられていた。
「ありがとう」
 由梨子はお礼を言い、湯飲みを受け取る。木人形達もぺこりと辞儀をして、そそくさと応接室から出て行き、最後にきちんと障子戸を締めていった。
 お茶をすすりながら、さらに10分ほど待ったところで、ぱたぱたと慌ただしい足音が近づいてきた。
「お――」
 息せき切って――という表現のままに、白耀が息を弾ませながら障子戸を開けた。
「お待たせして、申し訳ありません……思っていた以上に残務が残ってまして……」
「大丈夫です、お茶を頂いてましたから」
「いえ、本当に申し訳ない……自分から申し出ておいてこの失態は……少し身を引き締める必要があるようです」
 白耀はかぶりを振りながら、テーブルを挟んだ対面席へと腰を下ろす。その瞬間、由梨子はハッと、手に持っていた湯飲みをテーブルの上へと置いた。
「あっ、私……お茶淹れてきますね」
 曲がりなりにも、白耀は保護者を買って出てくれた――いわば恩人だ。そんな白耀を前にして、自分だけのうのうと茶を啜るなど出来ない――しかし、由梨子が立ち上がるなり、その動きを制すように手を差し出したのもまた、白耀だった。
「いえ、それには及びません。……由梨子さん、そんなに気を遣わないで下さい」
 差し出された手の動きに押されるような形で、由梨子はそのまま腰を落ち着ける。たちまち、白耀は優しく微笑んだ。
「そんなに長い話にはなりません。……由梨子さんは明日も学校があるでしょうから、出来るだけ短く済ませたいと思ってます」
 こほんと、白耀は咳払いをする。喉に問題があったというよりは、ただ間を取りたかったというような仕草だった。
「……実はですね。その……」
「はい」
 ただならぬ白耀の雰囲気に、由梨子は思わず背筋を伸ばし、姿勢を正してしまう。
「……こ、今度……ですね。……菖蒲と……で…………デートを……することになりまして」
「本当ですか!? 良かったですね、白耀さん!」
 白耀が、どれほど菖蒲という女性の事を想い、その身を燃やさんばかりに焦れていたのか、幾度となく相談を受けた由梨子にはよく解る。それだけに、白耀の言葉に由梨子は純粋に、まるで自分の事のように喜ぶことが出来た。
「はは、は……情けない話ですが……そうと決まった日の夜は興奮で殆ど眠れませんでした。或いは、夢ではないかとすら…………」
「……わかります」
 由梨子は大きく頷く。
「……実をいうと、女性とデートをするのは、これが初めてというわけではないのです。ですが……」
「わかります。今度は“本気”なんですね」
「……今までのデートが本気ではなかった、というわけではないのですが…………確かに、由梨子さんの仰る通り、今度のデートは本気です。これを機会に、出来れば菖蒲との距離を一気に縮められればと思ってます」
「白耀さん……」
 こうして面と向かっている由梨子には、白耀の真剣さ真摯さがいやという程に伝わってくる。白耀の体から発せられるエネルギーが、まるで空気を通して肌をぴりぴりとひりつかせているかのようだった。よもすれば、まるで自分が口説かれているかのように錯覚しそうな程に、白耀の全身から“本気”が伝わってくるのだった。
「……きっと、うまくいきます。絶対に」
 思わず、由梨子は目を細めてしまう。何故だか解らない。解らないが、途端にひどく哀しい――寂しいと言いかえてもいい、そんな感情に支配されたからだ。
 胸の奥が苦しい。しかし、自分がそういう状態であることなど、おくびにも出さぬ様、由梨子は必死に笑顔を浮かべる。
「そ、それで……ですね。実は……デートのプランを自分なりに考えてはみたのですが……やはりどうしても不安で……出来れば、由梨子さんに一度目を通して頂けないかと……」
 母親に似たのだろう。男にしては気の毒な程に――そして女の由梨子としては羨ましいほどに――色白な白耀は、一度赤面してしまうともはや隠しようがない程に顔が赤くなってしまう。同時にしきりに汗を拭いながら、懐から一枚の和紙を取り出し、テーブルの上へと広げた。
 それはさながら、一流料亭の品書きと見まがうような――しかしよく見れば、単純に下手で読みづらいだけの毛筆で箇条書きにされたデートプランだった。
「……すみません、読みづらいでしょう? 僕はどうにも、文字が不得手で……」
「い、いえ……そんな……気にする程じゃないですよ」
 とは言ったものの、愛想笑いが引きつるほどに、そのデートプランの解読は難解だった。せめてボールペンや鉛筆で書かれていればもう少し読みやすいのだろうが、毛筆で書かれたことが読みにくさに拍車をかけているのだった。
 それでもどうにかこうにか時間をかけて解読し、由梨子はそれらをまるで頭の中で咀嚼し味を確かめるように、デートの流れをシミュレートしていく。それぞれの場所でかかる時間、食事をとる場所、その話題まで、綿密に想像しながら。
「……凄く、考え抜かれた予定表だと思います。ただ……」
「ただ……?」
 眼前の白耀の顔が、見ていられないほどに不安に歪む。見ている由梨子の方が息が苦しくなるほどに。
「ええと……これは、あくまで私だったら……という意見で、絶対そうしたほうがいいっていうわけじゃないんですけど……この、最後の所、夕飯の後はすぐに車で帰宅となってますよね」
「はい。……いけないんでしょうか?」
「いえ、私だったら……その時の雰囲気にもよるんですけど、帰る前に少し時間が欲しいかな、って……。お店で食事の後に話すだけじゃなくて、なんていうか……少し夜風に当たりながら、お散歩がてらにデートの余韻を楽しみたいかな……って、ただそれだけなんですけど……」
「なるほど、デートの余韻ですか……」
 白耀はううむと唸り、腕組みをしたままデートの予定表を睨み付ける。
「あっ、でもこれは……その……あんまり一般的じゃないかもしれませんから………………ただその……」
 ごにょごにょと、語尾にいくゴトに言葉を濁してしまう。どうしよう、これは言うべきことなのか、それとも言わないほうがいいのか、由梨子の心はメトロノームの針のように揺れ続ける。
「……周りにあまり人気が無いようなところで、二人きりになる時間を作ったほうが……距離を縮めやすいんじゃないかな、って……」
「……確かに、由梨子さんの仰る通りかもしれません。……改めて予定表を見返すと、そういった配慮が全く欠けていることを痛感せざるを得ません」
 そう、白耀のプランは実によく練られたものだと、由梨子も納得するところだった。ただ、あまりに完璧過ぎて、逆に息がつまるのではないかという不安が首を擡げたのも事実。
(……だけど、それは私がまだ子供だから……そう感じるだけなのかもしれない……)
 白耀と、菖蒲。いわゆる大人のデートの予定はそれくらい綿密に練られたものであるべきなのかもしれない――故に、由梨子はあまり強くは言えないのだった。
「……となると、由梨子さん。いっそ夕食をとる場所も変えて、もっと海よりのお店にしたほうが良いのでしょうか。ただ夜の歓楽街を歩くよりも、波の音を聞きながら海岸線に沿ってのほうがより風情があると思うのですが」
「そう、ですね。ただ、そういった場所は“同じような目的の人たち”も大勢居るかもしれませんから……あと、この時期に海の近くはかなり寒いですから、それも考えておいたほうがいいと思います」
 後半は、“寒がり”故の発想だった。
(あ、でも……)
 その寒い中で、そっとコートごと体を包み込まれでもしたら――由梨子は不意にそんな妄想を抱いてしまう。海からの冷たい風に煽られながら立ち、体温を奪われ続けているところへ、ふわりとコートごと包み込まれる……ハッとして振り返ると――。
(えっ……白耀、さん……!?)
 何故ここで月彦が出てこないのか、由梨子は軽く混乱に陥った。が、すぐに白耀のデートの様子をトレースしているのだから、別に男役は白耀でいいのではないかと、半ば強引に思い直す。
「あ、あのっ」
 しかし、頭で強引に思い直したからといって、完全に気持ちがニュートラルに戻ったわけではなかった。その証拠に、由梨子の口から出たその声は半ば以上裏返ってしまっていた。
「今の白耀さんの案、すっごくいいと思います! 寒くても、白耀さんがそっと……上着ごと抱きしめてあげたりすれば、きっと菖蒲さんもキュンってなっちゃうと思います!」
「そ、そういうものなのですか……?」
「絶対、とは言えないですけど…………私は、どちらかというと引っ込み思案なほうですから。自分からはあんまり言い寄れなくて……だから、相手の方からぐいぐい来て欲しいっていう……そういう願望もあって……」
 言いながら、由梨子はますます頬が赤くなるのを感じていた。今は白耀と菖蒲のデートの予定を話し合う場であるはずなのに。宮本由梨子が引っ込み思案かどうかなど、白耀にしてみればまったく要らない情報であるに違いないというのに。
「と、とにかく……私に言えるのはそれだけです。……あんまり役に立てなくてごめんなさい!」
「あっ、待ってください! 由梨子さん!」
 白耀の制止の声を無視して、由梨子は強引に応接室を飛び出した。由梨子自身、自分の行動が解らなかった。
 ただとにかく、このまま白耀と話をしていたら大切なものを失ってしまいそうで、半ば恐れるようにしてその場から逃げ出してしまったのだ。
 自室。正確には、白耀から宛がわれた部屋へと戻るなり、由梨子は後ろ手にドアを閉め、そのまま持たれるようにその場に膝から崩れ落ちた。
(……先輩っ……)
 心の中で叫び、由梨子は叫ぶ。同時に胸の奥に感じる、鋭い痛み。由梨子はその痛みの根源を掻き毟るかのように、右手で爪を立てる。
(…………私も、もう少し…………先輩に構って欲しい、です……)
 思い返せば、二人きりで最後にデートをしたのは一体どれほど前の事だろうか。白耀が菖蒲に向ける情熱と同等――とまでは言わない。しかしせめてその十分の一でも向けて欲しい。自分勝手な我が儘であると解ってはいても、由梨子は願わずにはいられない。
(でないと……私……っ……)
 目を瞑ると、月彦の顔よりも先に白耀の眩しいばかりの笑顔が浮かんでしまう。それは想いの差ではなく、単純に日常顔を合わせる頻度の差だ。しかしそれ故に、より身近に居る白耀が頼もしげに見え、時には縋り付きたいとすら思わされてしまう。
 後輩としてではなく。
 真央の友達としてでもなく。
 一人の女として見て欲しい――底冷えのする自室の床に座り込んだまま、由梨子は肩を抱きながら、決して口に出しては言えない想いを噛み締めるのだった。


 
 

 

 

 

 

『キツネツキ』

第五十話

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


 明け方、微かに聞こえる喧噪で、由梨子は夢の世界から現実へと引き戻された。いつになく体が重く感じるのは、睡眠時間が圧倒的なまでに足りていないからだ。あの後、風呂に入りベッドに入って尚、自己嫌悪の念が消えず、随分と遅くまでモヤモヤとした気持ちに苦しまされた結果だった。
 とはいえ、このまま寝続けるわけにもいかない。由梨子は寝ぼけまなこを懸命に開きながら、枕元の目覚まし時計で時刻を確認する。アラームをセットしている時間まであと20分ほどという、なんとも微妙な時間だった。このまま再び目を閉じてしまいたい気持ちをなんとか抑え込み、むくりと体を起こす。そこで漸く、部屋の外から聞こえてくる喧噪がどうもただ事ではないということに気がついた。
 ベッドから出て、ドテラを羽織り――真田邸に来てしばらくの間は、恥ずかしさもあって着る事はなかったものだが、なんだかんだで慣れてしまった――喧噪を頼りに問題が起きているらしい場所へと向かう。
 どうやら声は真田邸ではなく、渡り廊下で繋がっている料亭の方から聞こえてくるようだった。由梨子は少しだけ、寝間着姿のまま料亭の方に顔を出したものか考えたが、もし一大事で僅かでも人手が居るような状態であってはいけないと、意を決して向かうことにした。
 声を頼りに由梨子は調理場の方へと向かい、見知った後ろ姿を見るなり、ホッと安堵の息をついて、そっと話しかけた。
「あの、何かあったんですか?」
「やあ、由梨子さん。おはようございます」
「ぁ……お、おはようございます!」
 くるりと振り返った白耀に微笑みかけられただけで、由梨子は頬が熱くなるのを感じ、思わず素っ頓狂な声で挨拶を返してしまった。白耀の後ろ側でなにやら忙しそうに動き回っている従業員の何人かがギョッとしたように立ち止まり、由梨子の頬の温度はさらに上がった。
「……えと、何かあったんですか?」
 先ほどよりも小声で、由梨子はうつむき気味に尋ねた。瞬間、白耀の笑みが僅かに陰るのが解った。
「……どうも、泥棒に入られたようで」
「泥棒……ですか?!」
 それは、本当の意味で一大事ではないのか。由梨子は熱くなった頬が冷め、むしろ顔から血の気が引くのを感じた。
「ああ、いえ……泥棒と言っても別に金品を盗まれたわけではないので……そう大事ではないとも言えるのですが……」
「……一体何を盗まれたんですか?」
「それを今、皆で確認しているところなんですが……わかっている限りで、食材の三割ほどがやられたようです」
 ため息混じりに言い、白耀はそっと目を伏せる。
「板前の一人が、今夜の為の料理の仕込みを始めようとしたところ、昨夜のうちに仕込んでおいた食材が見当たらない。ハッと気づいてみれば、あれも無いこれも無いということで、よくよく調べてみると……」
「調べてみると……?」
「…………調理場のあちこちに、獣のような足跡が残っていたそうです」
 その瞬間、由梨子は見た。かつて見た事がない程に、白耀の陰鬱そうな顔を。
「……先ほど僕は泥棒と言いましたが、正しくは害獣です。それも、恐ろしく知恵の回る獣です。実は“奴”が食べ物を盗みに入るのもこれが初めてというわけではなくて、由梨子さんがいらっしゃる前にも何度かありまして……」
「……あの、ひょっとして……」
 そこまで言いかけて、由梨子ははっと口を噤んだ。あえてその名を口にすることは、白耀に要らぬ負担をかけることになる気がしたからだ。
「とにかく、こちらのことは僕達だけで大丈夫ですから、由梨子さんは学校の支度をなさってください。食事の用意もすぐにさせますから」
 と、白耀に半ば背中を押される形で、由梨子は調理場から追い出される。やむなく真田邸の方へと戻り、洗顔をしようとして――
「あぁっ!」
 ばっちりついてしまっている寝癖を鏡越しに発見してしまって、由梨子は再度顔を赤くしたまま両手で覆い、その場にしゃがみ込んでしまうのだった。


 気を取り直して朝食をとり、準備を済ませて鞄を手に部屋から出たところで
「ああ、由梨子さん。丁度良かった」
 もはや運命的なものすら感じるほどにドンピシャなタイミングで、ばったりと白耀に遭遇してしまった。
「朝からバタバタしてしまって申し訳ありません。危うく昨夜のお礼を言いそびれるところでした」
「そんな……お礼なんて……」
「いいえ、由梨子さんのおかげで、自分の計画に何が足りなかったのかはっきりと知ることが出来ました。……ささやかではありますが、これはほんのお礼です」
「えっ、ちょっと……白耀さん!?」
 強引に右手をとられ、由梨子は途端に慌てふためいてしまう。直に触れた白耀の手はその外見からは想像も出来ないほどに力強く、由梨子は半ば無理矢理に、“何か”を握らされる。
「これは……?」
 白耀の手が退けられ、自分の手のひらの上に残されたものを見るなり、由梨子ははてなと小首を傾げる。それは紫色の小さな布袋で、口のところが赤い紐で縛られていた。
「香り袋というものです。ひょっとしたら“ぽぷり”や“さしぇ”と言った方がなじみ深いかもしれません」
「ポプリ……ですか」
 由梨子は香り袋を鼻へと近づけ、くん……と嗅いでみる。匂いらしい匂いは何もしなかった。
「香りが弱い時は、少し揉むようにするといいそうです」
 言われるままに、由梨子は少し袋を揉み、再度鼻に近づける。今度は微かに、果物系の香料の香りがした。
「いい香りですね」
「それだけではないんですよ。……これは、幸運のお守りなのです」
「幸運のお守り……?」
 はい、と。白耀は意味深に頷く。
「実はこれは、うちの料亭を贔屓にしてくださっている方からの頂き物なのです。幸運を呼び込むお守りだから、肌身離さず常に身につけているようにと言われ、半信半疑でそのようにしていたのですが…………」
 白耀はそこで一度言葉を切り、視線を由梨子の手の上の香り袋へと落とす。
「この香り袋を持ち歩くようになってすぐの事でした。……菖蒲から電話がかかってきて、そしてデートの約束をとりつけることが出来たんです」
「そ、れは……そんな、大事なものじゃないですか!」
 そう、白耀にしてみれば、この香り袋の信憑性はいざ知らず、“現実に幸運を呼び込んだ”宝物である筈だ。
 そんなものは受け取れないと、由梨子が返そうと差し出しかけた手を、白耀は笑って制した。
「僕はもうこれで十分なんです。あとは、自分自身の力で菖蒲との距離を縮めたいと思います。ですから、後は由梨子さんが使って下さい」
「でも……」
「由梨子さんに受け取って欲しいんです」
 再度、香り袋越しに手を握られ、じっと見据えられる。思わず心臓が跳ねそうになるほどに、真剣な眼差し。仮にもし、同じ仕草で求婚をされれば、既婚の身であっても思わず頷いてしまいそうになる程に、魅力的な眼差しだった。
「……っと、すみません。またあちらの方に戻って、今夜のお客様にお出しする料理のことで話し合わなければならないので」
 ではと、白耀は照れ笑いのようなものを残して、足早に料亭の方へと去って行く。白耀が去って尚、由梨子はしばしその場に立ち尽くしていた。
 惚けていた――というよりは、“当てられた”といった状態。たっぷり十分近くその場に立ち尽くして漸く、由梨子はハッと。夢から覚めたように自我を覚醒させた。
「……学校、行かなきゃ」
 呟き、靴を履いて門の方へと向かう。右手には鞄、左手は上着のポケットの中で、白耀にもらった香り袋を揉むように弄んでいた。。
 漠然と、今日は本当に良いことが起きるのではないか――そんな予感に胸をときめかせながら。
 由梨子は弾むような足取りで、真田邸を後にした。

「由梨子さん!」

 そう、“弾むような足取り”で真田邸の門を抜け、一歩二歩三歩ほど歩いたところで、由梨子は唐突に呼び止められた。振り返ると、今し方自分が抜けたばかりの門の前に、涼風のような笑みを浮かべた男が立っていた。
「あれ……白耀さん……? さっき、料亭のほうに行かれたんじゃ……」
「すみません、由梨子さん。僕としたことが間違ったものをお渡ししてしまったようで、慌てて後を追ってきたんです」
 白耀は心底申し訳なさそうに言いながら、その雪のように白い右手を開き、指で包み込んでいた桃色の小さな布袋を露わにする。
「こちらが、正真正銘、幸運の香り袋です。どうぞ」
「あ、ありがとう……ございます」
 反射的に、由梨子は先ほどもらった紫の袋をポケットから取り出し、桃色の袋と入れ替えに白耀の右手のひらに残した。
 白耀は涼やかな笑みを浮かべ、紫の袋をそっと懐へとしまった。由梨子もまた、先ほど香り袋を入れていた左のポケットへと、袋をしまう。
「何度も呼び止めてしまってすみません。では、僕は仕事がありますので」
 言うなり、白耀の姿はまるでつむじ風か何かのように凄まじいスピードでその場から消えた。何のことは無い、普段は気の良い料亭の若旦那を装っているが、白耀とて妖狐。それも月彦や真央の話によれば三本もの尾を持つ猛者なのだそうだ。瞬時に目の前から消えることくらい、不思議でも何でもないではないか。
 気を取り直して歩き出す。不意に気になって、左のポケットから香り袋を取り出し、くん……と香りを嗅いでみた。微かに、先ほどの袋とは違う、何かの香料のような香りが鼻を突く。由梨子は香り袋をポケットへと戻し、指先で揉むようにしながら、やや早足で学校へと向かった。


 

 普段よりもやや遅れて学校へとたどり着き、昇降口で上履きに履き替え、教室へと向かう。
「………………?」
 その途中で、はたと由梨子は気づいた。心なしか、いつになく周囲の視線を集めているような気がするのだ。もしや、自分の格好に何か変な所でもあるのではと、一度女子トイレへと入り、鏡の前で確認してみたりもした。
 が、特におかしなところは見当たらない。
(……気のせいかな)
 そう思って、教室へと向かう。――が、やはり見られている気がする。視線を感じて唐突に振り返ると、同じく足を止めて振り返っていた名前も知らない生徒と目が合ってしまい、互いにばつの悪い思いをしながら慌てて背を向ける――そんな事が、教室に着くまでで4,5回ほども起きた。
「……おはよう、ございます」
 教室に入ると同時にする挨拶も、普段より若干小声で言った。にも関わらず、既に教室の中に居た二十数人分の視線が一気に全身に突き刺さるのを感じて、由梨子は思わず踵を返しそうになる。
 もちろん実際に帰ってしまうわけにはいかず、クラスメイトの奇異の目に晒されながら、由梨子は窓際の自分の席へと移動し、鞄を置く。
「由梨ちゃん、おはよう」
「おはようございます、真央さん」
 机の側まで駆け寄ってきた真央に挨拶を返すと、真央もまた他のクラスメイト達同様、不思議そうに小首を傾げた。
「……真央さん、私……どこか変ですか?」
「ううん、変なんかじゃないよ。……変じゃないけど……」
「けど……?」
「うーん……」
 真央自身、自分が感じているものの正体を計りかねているのか、眉を寄せながらうーんうーんと唸り続ける。
「……ごめんね、由梨ちゃん。巧く言えないけど……でも、どこも変なんかじゃないよ」
「そ――う、ですか……」
 由梨子は真央から視線を外し、教室内を見回す。教室に入る時は、クラスメイトほぼ全員の視線が突き刺さるのを感じたが、今こうして改めて見回すと、由梨子の方を見ている生徒は一人も居なかった。
(……やっぱり、気のせい……?)
 まさか、白耀にもらった香り袋のせいでは無いだろうと、由梨子は頭の中に浮かびかけていた疑念を打ち消した。単純に、たまたま何かの偶然でクラスメイトが同時に教室の入り口を見て、その時に自分が入ってしまったのだろうと。
 由梨子は単純に、そう思うことにした。


 変ではない――真央はそう言ったが、しかし“これ”はひょっとしたら気のせいなどではないのではないかと。三限目の体育が始まる頃、由梨子は再びそう思い始めていた。
「……あの、真央さん。……やっぱり、見られてる気がするんですけど……」
 体育着へと着替えながら、由梨子は時折周囲の女子から突き刺さる視線に戸惑っていた。例外といえば、一人むすっとした顔をしている珠裡だけで、こればかりは本人の気分の問題ではないかと由梨子は思う。
「でも、本当に変じゃないよ? だけど……なんていうか……巧く言えないけど……」
「巧く言えなくてもいいです。真央さんが感じたままに言ってください」
「うーん……目がね、引き寄せられる感じなの。授業中とか、黒板を見てても、気づいたら由梨ちゃんの方を見ちゃってたりするの」
 何故だかは自分でも解らないと、真央は体育着に頭を通しながら言う。
「……あの、真央さん。実は今朝……白耀さんからもらったものがあって…………ひょっとしたら、そのせいなんでしょうか」
「兄さまに? 何をもらったの?」
「それは……ええと、体育が終わってから見せますね」
 さすがに10分しかない休み時間に更衣を済ませ、さらに相談する時間は作れない。由梨子は手早く着替え、真央と共に体育館へと向かう。

 授業の内容は器械体操、マット運動だった。由梨子は体育教師に指示されるままに前転やら開脚前転やらをこなしながら、やはり自分に視線が突き刺さるのを感じていた。
(……でも、教室にいる時ほどじゃない、かも……)
 それは、由梨子の疑念を限りなく確信に近いものへと近づける裏付けだった。そう、香り袋は上着のポケットから、制服のスカートへと移した。そしてそれは、今この場にはない。つまり身につけてはいない。それで効果が薄れたのだとすれば、合点がいくからだ。
 体育の授業が終わるなり、手早く更衣を済ませて教室へと戻った。自分の席へと座るなり、由梨子は例の香り袋を真央に見せた。
「……本当、少しいい匂いがするね」
 真央は袋に鼻を近づけ、くんくんと鳴らす。
「白耀さんに……もらったものなんですけど……」
 やはり、これのせいなのだろうか。白耀がくれた物だから――さらに元を辿れば、白耀も得意先からもらったものだと言っていたが――そうそう妙なものではないと由梨子は信じたかった。
「……よくわからないけど、悪いものじゃないと思う」
「そう……ですか」
 真央さんがそう言うなら――由梨子は愛想笑いを返しながら、香り袋をスカートのポケットへと戻す。
(…………私が、心配性過ぎるのかも)
 そしてポケットの中で香り袋を握りしめながら、そんな事を思う。何か変わった事が起きると、すぐ悪い方へ悪い方へと考えてしまうのは自分の悪い癖だ。
「……あの、宮本さん」
 自分の席に座ったまま、真央と話し込んでいた由梨子は、唐突に耳に飛び込んできたその声に、即座に反応出来なかった。
 何故ならそれは、普段あまり聞き慣れない“男子”からの声だったからだ。
「えっ……私、ですか?」
 遅れて振り返り、相手の顔を確認する。間違いなく同じクラスの男子生徒だった。しかし顔は知っているものの、名前が咄嗟に出て来ない。由梨子の記憶の限りでは、この男子と会話をしたのは間違いなく片手で数えられる回数ほどしかないはずだった。
「あっ………………ご、ごめん……やっぱりなんでもない!」
 互いに顔を見合うこと数秒。沈黙に耐えかねたかのように、男子生徒のほうが慌てて踵を返し、そのまま教室から出て行ってしまった。
「……何だったんでしょうか?」
 再び真央の方へと振り返る。真央もまた、不思議そうな顔をして首を傾げていた。



 白耀は“幸運を呼ぶお守り”と言っていた。しかし、本当は違うものなのではないかと、由梨子は思い始めていた。
 というのも、自分の方へと視線を向けてくるのは、女子よりも男子のほうが圧倒的に多いからだ。
(ひょっとして、このお守りって……)
 セクシーアイテムの類いなのではないだろうか。そういえば白耀も、身につけるようにしてすぐに菖蒲の方からデートの誘いが来たと言っていたことを、由梨子は思い出した。
(……多分、そうだ)
 授業中ですら、ちらちらとクラスの男子から視線を向けられ、由梨子はそう確信した。そういうものだと解ってしまえば、朝からずっと不安と共にまとわりついていた奇妙な居心地の悪さも氷塊してしまった。
 きっと、これを白耀に渡したという人物も、ただの人間では無いのだろう。ひょっとしたら、白耀と同じ妖狐なのかもしれない。
(……落ち着かない)
 そういえば、以前真央と体が入れ替わった時も、このように終始男子の視線に晒されて落ち着かない想いをしたことを、由梨子は思い出していた。しかも今は真央の体では無く、“宮本由梨子本人のまま”でなのだ。どうしようもないほどに落ち着かない、こんな状況を生み出すような代物は自分には合わないとさえ、由梨子は思う。
 そう、自分には合わないアイテムだと思って尚、手放そうという気にならないのは、恩人の白耀からもらったものだから――という理由だけではなかった。
 この香り袋が、身につけている人物の魅力を底上げするものであるのならば、是が非でもその効果を確かめたい相手が居るからだ。

「すみません、真央さん。私ちょっと席外しますね」
 昼休み。いつもならば二人で弁当包みを手に、日当たりの良い場所に移動して昼食にするところなのだが、由梨子はあえて一人で教室を出た。間違いなく真央には不審に思われただろうが、今回ばかりはどうしても単独行動をする必要があったのだ。
 足が、自然と早足になる。目指すは、一学年上の教室――そう、月彦の教室だ。
(あっ、居た……先輩!)
 月彦もまた、どこかに移動して昼食にするつもりなのか、手に弁当包みを持って教室を出たところだった。一瞬声をかけようかと迷い、結局断念したのは、辺りには生徒が多く、大声を出しては目立ってしまうと思ったからだ。
(……ううん、今の私なら……)
 大声など出さなくても、月彦の方から気づいてくれるはずだと。由梨子は祈るような気持ちで、あえて人混みに紛れるように歩きながら、そっと月彦の方へと距離を詰めていく。
「……えっ、あれ……由梨、ちゃん?」
 そして案の定。月彦はまるで誰かにその存在を耳打ちでもされたかのように、由梨子の方へと視線を向けてきた。
 同時に、由梨子は見た。月彦の顔に、あからさまな動揺と、そして歓喜の色が走ったのを。
「ぁ……せ、先輩……奇遇、ですね」
 自分で言っていて、由梨子は噴き出してしまいそうだった。さりげなく月彦との距離をさらに詰め、手を伸ばせば触れられるほどの距離にまで身を寄せる。
「……っ……」
 月彦が、俄に後退りする。由梨子を避けた、というよりは、抗いがたい何かから逃げるような、そんな素振りだった。やはり、“効いて”いる――由梨子は確信する。
「えっと……あれ、由梨ちゃん……今日、雰囲気ちょっと違う?」
「……そう、ですか?」
 由梨子はあえて惚け、小首を傾げてみせる。目の前にいる月彦は、かつて見た事がない程に挙動不審になっており、しきりに頭を掻いてはきょろきょろと辺りに視線を這わせていた。が、そうして目を逸らしたかと思えば、すぐに由梨子の方へと視線を戻し、また外す――そんな月彦の動揺がおかしくて、同時にうれしくてたまらない。
 そう、月彦に“女として意識されている”というこの状況が、由梨子の中にあった“飢え”をこれ以上無く満たしてくれるからだ。
「ちょっと、香水を変えてみたんです。そのせいかもしれません」
 由梨子はさらに半歩ほど距離を詰め、月彦の顔を覗き込むように視線を上げる。
「うっ……だ、ダメだって! 由梨ちゃん……ここは、学校だから……」
「……先輩?」
 誘っている――様に、月彦には見えているのだろうか。そして、月彦の方もそれがまんざら嫌でもないらしい。学校だから、という言い訳は、学校で無ければ誘いに乗りたいという意味ではないだろうか。
 由梨子は思い切って、勝負に出ることにした。
「あの、先輩……良かったら、今日の放課後――」
 由梨子が、そこまで口にした――その時だった。
「ちょっと、紺崎くん!」
 敵意すら籠もった“女性の声”に、由梨子はまるで頭から冷水を浴びせられた気分だった。慌てて振り返ると、廊下の真ん中にスーツ姿の女性教師が仁王立ちしていた。
「今日はお弁当の日――じゃなくって、“部活の打ち合わせの日”だって言ってたでしょ!? 早く来てくれないとお昼休みが終わっちゃうじゃない!」
「えっ、ちょ……先生っ!?」
 女性教師は月彦の腕を掴むや、そのまま強引に引っ張りながら月彦を連行していってしまう。
「ご、ごめん! 由梨ちゃん、またね!」
 さながら、見えないバーでリンボーダンスをしている動画を逆再生させたような――そんな不自然な姿勢で連行されながら、月彦は慌ただしくそんな別れの言葉を口にする。
「………………。」
 後に一人残された由梨子は、しばしその場に立ち尽くして――そして程なく、教室へと戻った。
「あっ、由梨ちゃん。用事終わったの?」
「……はい。真央さん、待っててくれたんですか?」
「うん。一緒にお弁当食べよ?」
「……はい」
 真央と二人、机をくっつけあい、弁当包みを開く。胸の奥に残った、ザラリとした嫌な感情の事など、おくびにも出さぬようにしながら。


 


 放課後、由梨子は再度決心を固め、月彦に会いに行こうとした。しかし間の悪いことに、今日に限ってHRが長引き、終わった時にはもう月彦の靴は靴箱から消えていた。さすがに家まで尋ねていく気にはなれず――そもそも隣に真央が居るであろう状況で、何が出来るというのか――由梨子は失意のうちに真田邸への帰路についた。
(……折角、今日はお店のお手伝いも無い日だったのに)
 久方ぶりの逢瀬を楽しめる日という意味では、絶好のチャンスだったというのに。
(……あの先生のせいで……)
 怨みが、自然と月彦を連れ去った女教師へと向く。そういえば前に月彦が成り行きで天文部に在席することになったというような話をしていたことを、由梨子は思い出した。部活の打ち合わせということは、あの教師が部活の顧問ということなのだろうか。
 ともあれ、公的な用事であれば仕方が無い――そう諦めるには、あまりにも落胆が大きかった。今の自分ならばと、過度の期待を寄せていた分までもが、その落差に拍車をかけていた。
 心の中で、もう一人の自分が呟く声が聞こえる。これは物事を楽観的に考えた報いだと。世の中の全ての事象は、宮本由梨子が損をするように働きかけてくるのが当たり前なのだから、望みなど持つな――と。

 帰宅するなり、由梨子は自室に籠もり、着替えもせずにそのままベッドに伏した。泣き寝入り――まではしない。泣くほどの目に遭ったわけではない。ただ、期待を裏切られて、ちょっと哀しくなっただけだ。
 そうしてベッドの上に寝転がったまま、一時間ほどは経っただろうか。ひょっとしたら、知らないまま少し眠ってしまったのかもしれない。気がつくと、部屋の窓から入っていた夕日の赤々とした光がすっかりなくなり、部屋の中は闇一色に染まっていた。
 明かりをつけなきゃと思うも、体が動かない。何もしたくないと、首から下が脳からの命令にストライキを起こしているような気分だった。
 コンコンと、ドアをノックする音が聞こえたのは、そんな時だった。
「……由梨子さん? 部屋に居らっしゃいますか?」
「あ、はい! 居ます!」
 びくんと、由梨子は忽ちベッドから飛び起きて、慌ててドアを開ける。暗い室内に、まるで光が差し込むような――そんな錯覚を覚えるような、白耀の優しい笑顔がそこにあった。
「靴はあるのに、部屋の明かりがついていないようなので、ひょっとしたら寝込んでらっしゃるのではないかと……元気そうで良かった」
「……あんまり、元気じゃないです」
 本来ならば、ここは嘘でも白耀の話に合わせるべきだった。しかし、つい由梨子は“甘え”てしまった。
「……何か、あったんですか?」
「えと……それは……」
 しかし、何かあったのかと改めて聞かれると、由梨子は返事に窮してしまった。まさか、月彦に放課後デートを持ちかけるも失敗してしまっただけ――とは、口が裂けても言えなかった。
「……少し、座って話しましょうか」
 白耀に促されて、由梨子は部屋の中へと白耀を招き入れる。そのまま自然な流れで、二人並んでベッドに腰掛ける形になる。
 ……なった後で、由梨子はどきりと心臓を跳ねさせた。
(あ、れ……そういえば、今……私……)
 例の香り袋の効果で、異性に注目される存在になっている筈だ。もしその効果が白耀に出てしまったら――ドギマギする由梨子をよそに、隣に座っている白耀はあくまで涼しげな微笑を浮かべたままだった。
「あ、の……白耀さん、私……ヘンじゃないですか?」
「由梨子さんが……ですか?」
「えと、その……朝、白耀さんに頂いた香り袋なんですけど……あれって、異性の気を引く効果があるみたいで……」
「ああ、そのことですか。大丈夫、あれは“同族間”でないと効果が現れないものですから」
「あっ……そう、なんですか」
 ホッと安堵すると同時に、由梨子は違和感も感じていた。白耀の言葉が真実だとするならば、何かに齟齬が生じる気がするのだが、それが何かが解らない。そんなもどかしさ。
「……すみません。実はあの香り袋、お得意様にもらったというのは嘘で、本当は僕が菖蒲の気を引くために自分で作ったんです。ただ、今申し上げた通り、異種間では効果が出にくいようで……」
「でも……デートの約束はできたんですよね?」
「ええ……ですから、全く効果がないわけではないのかもしれませんね」
 にっこりと。白耀は見る者全てを安堵させるような笑顔を浮かべる。いつもであれば、白耀のその笑みを見るだけで、由梨子は全身がとろけそうなほどに安心することができるのだが、どういうわけか今日だけは不安を完全にぬぐい去ることは出来なかった。
「……由梨子さんは、巧くいかなかったんですか?」
「…………えと、はい。でも……それは香り袋が悪いんじゃなくて、私の要領が悪かっただけですから……」
「……実はですね。その香り袋、もっと効能を強くする事が出来るんです」
「えっ……?」
「袋を水で少し濡らして、よく揉みながら渇かしてみて下さい。より香りが強くなって、効果も高まる筈です」
 その代わり、香り袋としての寿命は格段に短くなってしまいますが――と、白耀は小声で付け加えた。
「……で、でも……やっぱり、こういうの……私には――」
 白耀の提案を断り、袋を返そう――そんな由梨子の心ごと包み込むように、そっと。スカートの上で握られていた拳を、白耀の手が包み込んでくる。
 どきりと、心臓が跳ねるのが、自分でも解った。
「ぇ、ぇ……っ……は、白耀、さん!?」
「由梨子さんの魅力に、究極に高まった香り袋の効果が合わされば、“相手”はもう、由梨子さんの虜ですよ。何でも思うがままです」
 かつてない程に、白耀が近く感じる。事実、その唇は由梨子の耳に触れそうな程に近く、文字通り“囁いて”くる。
「ほ、本当、に……」
「はい。僕が保証します」
 白耀は大きく頷き、そしてあっけなく体を離して立ち上がった。
「もちろん、無理強いはしません。由梨子さんがどうしても自分には合わないと思われるんでしたら、袋は返して下さって構いませんから」
「私、は……」
 心が、揺れる。白耀の言葉が、これ以上無いという程に魅力的な提案に思えてならない。
(……でもちょっと、白耀さんらしくないような……)
 気遣ってくれているのであろうことは、痛い程に伝わってくる。嬉しい反面、そんな白耀をらしくないと感じてしまうのは、まだまだ白耀のことを知らないが故なのだろうか。
(……っ……折角、白耀さんが背中を押してくれてるんだから……)
 ここは意気地を見せるべきなのではないか。由梨子は、落ち込んでいた気持ちが徐々にではあるが、前向きに動き始めるのを感じていた。
「……それでは、僕は仕事がありますので」
 由梨子のそんな心の動きを感じ取ったのか、白耀はくすりと小さく笑みを零し、あっさりと部屋を出て行ってしまった。一人部屋に残された由梨子は徐にスカートから香り袋を取り出し、手のひらの上に載せたそれを凝視する。
「先輩を……虜に……」
 呟いた時にはもう、覚悟は決まっていた。


 その日、紺崎月彦は普段通りに起床し、普段通りに朝食をとり、普段通りに学校へと向かった。脳裏に若干残る、昨日雪乃と共に過ごした昼休みの、ややげんなりさせられたものの雪乃の嬉しそうな顔を見れた分、少なくともマイナスではなかったかなと、そんな微妙な気分を抱えたままの登校だった。
 校門を通り過ぎた辺りで真央と別れ、二年生用の昇降口へと向かう。いつも通りに屋内用の上履きへと履き替え、教室へ――向かおうとして、はたと足が止まった。
(……はて?)
 自分の教室へと向かう為には、廊下を抜けて階段を上る必要がある。が、その廊下を抜けた先、階段の根元の辺りで月彦は唐突に足を止めた。
(……何だろう)
 気配――とでも言うべきか。何となく、見過ごすことが出来ない引力のようなものを感じるのだ。
 本能の赴くままに月彦は歩き、気がつくと一年生の教室が並ぶ辺りにまできてしまっていた。廊下を行き交う下級生らの中で一際異彩を放つ女子生徒を見つけ、視線を向けるなり――月彦の両足はまるで竦み上がるように硬直した。
「えっ……ゆ、由梨ちゃん!?」
「先輩……?」
 そう、文字通り全身が竦み上がった。そこに立っているのは紛れもない宮本由梨子本人であり、月彦の見る限りその姿は昨日見たものと殆ど変わっていない。強いて言うならば、その足が黒のストッキングに包まれていることが違いといえば違いではあるのだが、そういうレベルの話ではなかった。
(なんだ、これ……後光……? いや、それとも違う……)
 体つきだけの話をすれば、由梨子のそれは至って普通の女子生徒の範疇を出るものではない。それこそ、真央のように規格外なまでに育った胸元や、標準のスカートを穿いているのに足の長さ故に大きく露出してしまう太ももというような、いわゆる“男の目を引く”ようなものでは無かったはずだ。
 であるのに、今月彦が目にしている由梨子の姿は、まるでその背後から強烈な光が迸っているかのように感じられるのだ。そう、さながら敬虔な信徒が教祖の背後に後光を感じるように、月彦の目にはかつて無いほどに、由梨子の姿が眩しく映っていた。
「おはようございます。先輩」
 由梨子はいつものように優しい笑顔を浮かべながら挨拶を返してくる。そう、仕草そのものはいつもの由梨子通り――なのに。
「お、おはよう……」
「先輩……? どうかしたんですか?」
「え、あ、いや……その……」
 まるで両足を地面にビス留めでもされたかのように棒立ちになってしまっている月彦を不審がるように、由梨子は首を傾げながらも歩み寄ってくる。
(そういや……昨日も……)
 そう、雪乃に拉致――控えめに言っても、強制連行の域を出ない目に遭わされる直前に出会った由梨子にも、月彦は普段とは全く違った引力のようなものを感じた事を思い出していた。
(いやでも……昨日とはレベルが違うぞ)
 なんとなく、今日の由梨子は可愛らしく見える――と感じたのが昨日ならば、今目の前にしている由梨子は、気を抜けば体が勝手にその腕を掴み、暗がりへと連れ込みかねない程の強烈な衝動を感じる。
「先輩……?」
「て、うわっ……ちょ、待って……由梨ちゃん! あんまり側に来ないでくれ!」
 さらに身を寄せられ、下から覗き込まれるように見られて、月彦は思わず声をうわずらせながらも後退った。ドクンドクンと、心臓が不自然なリズムで脈打つのを感じる。
「先輩、ひょっとして熱でもあるんですか?」
「あ、あぁ……うん、実はそうなんだ……朝から体調が悪くて……」
 汗を拭いつつ、空笑い。暑いわけではないのに、何故拭えるほど汗が出てしまっているのか、月彦自身解らない。
 ただ一つ、明らかなことはかつて無いほどに由梨子の体が欲しいと感じてしまっていることだった。
(いや、違うだろ! 相手は真央じゃなくて由梨ちゃんなのに…………)
 真央の体が欲しいと感じること自体は珍しくは無い。あどけない顔とは不釣り合いなまでに育ち、抱けば抱くほどに具合の良くなるそれはもう中毒と言っても良いほどに、月彦にとって無くてはならないものだった。
 しかし、由梨子は違う。側にいるだけで安心させてくれる癒やしオーラともいうべきものこそ、由梨子の魅力だと月彦は思っていた。そう、そこに肉体的な繋がりなどは必ずしも必要ではなく、文字通り“側に居てくれるだけで満足できる”のが宮本由梨子という女の子であった筈なのに。
(ヤバい……俺……由梨ちゃんのこと……メチャクチャにしたい……)
 はあはあと、呼吸が荒ぶるのを感じる。両手の指がわさわさと、獲物を求めるようにザワつく。ここが朝の学校の廊下でなかったら。周囲に人の目さえなかったら――そんな妄想に、ゴクリと生唾を飲んでしまう。
(……それに、黒ストってことは……由梨ちゃんだって“その気”なわけだし……)
 理性を失いつつある月彦にとって、黒ストを穿いている由梨子の姿は首から“私を抱いて”と書かれたプラカードを下げた全裸女性と同じものにしか見えないのだった。
「…………っっ……ゆ、由梨ちゃん! あのさっ!」
「は、はい!?」
 このままでは本当に理性が消し飛んでしまう――月彦は半ば緊急回避的なつもりで、由梨子の手を掴み、強く握った。
「きょ、今日の放課後……よかったら、一緒に帰らない?」
 本音を言えば、放課後どころではなく「このまま授業サボって人気の無い所に行かない?」と言いたいところだった。が、そこは最後の理性を振り絞り、月彦はギリギリの妥協点を見つけ出した……つもりだった。
 が。
「…………すみません、先輩。今日はすぐに帰ってお店の手伝いをしないといけないんです」
「えっ……そんな……」
 まさか、断られるとは思わなかった――月彦はその可能性を全く考えていなかっただけに、その落胆、失望は計り知れないものがあった。
(だって……黒スト穿いてるってことは……)
 エッチOKなのではないかと。てっきり由梨子もそういうつもりで黒ストや黒タイツを穿いてきているに違いないと思い込んでいただけに、月彦は撞木で頭をブッ叩かれたような気分だった。
「あっ、でも……」
「でも!? でも何!?」
「放課後じゃなくて、お昼休みなら……少しなら時間とれると思います」
「昼休み……か」
 ゴクリと、唾を飲み込む。確かに昼休みならば、いろいろと出来ることは多いだろう。
「わかった、じゃあ今日はお昼一緒に食べよう!」
「……じゃあ、いつもの場所で待ってますね」
 由梨子はこぼれるような笑顔を残して、くるりと。優雅にスカートを舞わせてターンし、自分の教室の方へと消えていった。
「………………はぁぁぁあぁぁぁ……」
 そんな由梨子の後ろ姿が見えなくなるまで見送って、月彦は大きく息を吐きながら両手を両膝につく。
「何だ何だ……一体全体どうしたっていうんだ……」
 もしや、何か薬でも盛られたのだろうか――由梨子が去って尚、去った方角に強烈な引力を感じる。月彦は文字通り後ろ髪を引かれつつも振り切り、自分の教室へと向かうのだった。


 心が躍るというのは、こういうことを言うのだろう。自分の教室へと早足に戻りながら、由梨子はニヤけそうになる顔を必死にかみ殺さねばならなかった。
(先輩が……先輩の方から、あんなに必死に誘われるなんて……!)
 昨日の昼休みとは段違いの効力と言わざるを得ない。キョドりながらも、ちらちらと黒ストにつつまれた足を月彦に盗み見られる度、由梨子は甘いシビレにも似たものが下半身を走るのを感じていた。
(……先輩に見られるだけで、私……ちょっとだけ濡れちゃったんですよ?)
 あくまで平生を装いながら。月彦がどうして狼狽えているのかまったく解らないという態度をとりながら。その裏では自分の魅力にあたふたする恋人の姿に例えようもないほどの興奮を感じ、身がとろけんばかりの満足感を得ていた。
(…………本当は、白耀さんに言えば、多分お休みはくれるとは思うんですけど……)
 月彦の誘いを即座に受けなかったのは、由梨子なりの仕返し――ちょっとした意地悪のつもりだった。どのみち、この香り袋さえあれば、焦らずともいくらでも月彦との約束はいくらでも取り付けることが出来る。これからは“受け身”ではなく、こちらから仕掛けていいのだと。それが出来る自分になれたのだと、由梨子は確信に近いものを抱き始めていた。
 教室へと戻ると、丁度自分の席につこうとしている真央の姿が目に入った。
「あっ、由梨ちゃん。どこ行ってたの?」
「おはようございます、真央さん。……ちょっと、先生に用事があって」
 当たり障りの無い会話をしながら、由梨子もまた自分の席へと座る。教室内から、いくつもの視線が自分に向けられるのを感じる。その殆どが男子の視線であり、そのどれもが悪意ではなく好奇、或いは好意の類いであることがありありと解るものだった。
 これが。
 今まで、ただの一度も味わうことが出来なかった“モテる”という感覚なのだと、由梨子は噛み締めるように感じていた。
(“これ”が……真央さんや真狐さんが住む世界なんですね)
 本来自分のような地味な女には一生味わうことができない、“美人”と呼ばれる者達だけが味わうことが出来る、極上の甘露。その味は由梨子には余りに鮮烈過ぎ、そして魅力的過ぎた。
「あの、さ……宮本さん」
「はい……?」
 “モテる”喜びを噛み締めていた由梨子は、不意に背後から声をかけられ振り返った。
(あっ)
 と思ったのは、そういえば昨日も同じ男子に声をかけられたことを思い出したからだった。
「えと、急な話でごめん。宮本さんって、Linksとかやってる?」
「りんくす……」
 それは確か、携帯を使ってコミュニケーションをとるソフトの名前だった筈だ。存在は知っているが、しかし由梨子は使った事も、また必要性を感じたこともないものでもあった。
「ごめんなさい、私Linksはやってないんです」
「そっ……か。んじゃもしやるようになったら教えてよ」
 そんな当たり障りの無い会話をしただけで、相手の男子はまるで初恋相手に告白でもしているかのようにみるみる顔を赤くし、最後には殆ど逃げるように踵を返して仲間の輪へと戻っていった。
 恐らく――いや、間違いなくこれも香り袋の効果なのだろう。男子達には、ひょっとしたら紺崎真央以上の美人に見られているのかもしれない。
(…………普段の私には、見向きもしなかったくせに)
 逆恨みに近い感情であると解っていても、由梨子はどうしてもそう感じてしまう。同時に、月彦に対しての気持ちが前以上に強くなるのを感じる。
 何故なら、紺崎月彦は外見など関係なしに、普段のままの宮本由梨子を好きだと言ってくれた唯一の男なのだから。



「すみません。また先生に呼び出されてて」
 昼休み。
 真央にそんな断りを入れて、由梨子は鞄を手に一人教室を出た。本当は弁当包みだけで十分なのだが、それだとさすがにあからさま過ぎる為、鞄ごと持っていくことにしたのだった。
(…………でも、真央さんのことだから、薄々感づいてるかもしれない)
 とはいえ、さすがに正直に話すわけにもいかない。なんとも複雑な友達関係に苦笑を浮かべながら、由梨子は普段月彦との密会に使っている家庭科調理室へと早足に急いだ。

「あ、先輩……もう来てたんですか」
「やっ、由梨ちゃん。……なんていうか、待ちきれなくってさ」
「……お世辞でも嬉しいです、先輩」
 由梨子は後ろ手に引き戸を閉め、調理台の影に隠れるようにして月彦と並んで床に座る。膝の上に鞄を置き、中から弁当包みを取り出そうとした瞬間――
「ゆ、由梨ちゃん!」
「きゃっ!?」
 唐突に、由梨子は押し倒された。
「せ、先輩!?」
「ごめん……由梨ちゃん……なんていうか、自分でもよくわからないんだけど……今日の由梨ちゃん見てると、我慢できなくって…………」
 はぁはぁと、ケダモノのように息を荒げながら、月彦はいつになく乱暴な手つきで胸元をまさぐってくる。
「ま、待って下さい! 先輩、こんなところじゃ……」
 ここまで“効く”のか。香り袋の効力に満足する反面、さすがに学校で本番はマズいと、由梨子は理性を働かせる。
「解ってる……そんなこと、俺だって解ってるんだけど……もう、由梨ちゃんとシたくてシたくて体が爆発しそうなんだ」
「先輩……」
 ゾクゾクゾクッ……!
 ギラついた、肉欲まるだしの目で見下ろされ、由梨子は身震いするほどの興奮を感じる。月彦とは、何度も体を重ねた。しかし、これほどまでに強烈に欲しいと言われたことがあっただろうか。
(……っ……私も……このまま、先輩と……)
 まるで月彦の視線そのものが熱量でも帯びているかのように。由梨子は己の理性が、熱線に晒されるバターの塊のように融解していくのを感じる。このまま月彦の求めるままに体を開き、全てを受け止めたい衝動にかられ始めていた。
「由梨ちゃん……や、やっぱりダメ……かな?」
 仮に、月彦に強引に求められれば――半ば無理矢理に服を脱がされ、抱かれれば。由梨子は決して抵抗はせず、快楽に身を任せただろう。
 しかし、月彦もまたすんでの所で思いとどまり、恐らくはその最後の理性を振り絞って判断を由梨子に委ねてきた。それが多少なりとも、月彦の熱にほだされかけていた由梨子の心を冷静にした。
(……嬉しいです、先輩)
 強引に押し倒したくなるほどの強い想いに支配されつつも、きちんと一人の女性としてその意思を尊重されたことに、先ほどとは別の意味で身震いするほどのうれしさを由梨子は感じていた。
 そんな月彦の想いに報いなければと思う。
「……先輩、ここじゃダメです」
 さながら、“先生が生徒を諭す”ような口調で、由梨子は優しく言った。
「いくら人気のない場所って言っても、絶対に誰も来ないわけじゃないですし……それに、先輩にそんな風に激しく求められたら…………私、絶対声とか抑えられないですから」
「そうかもしれないけど……だけど……」
「それとも、先輩は……エッチさえできれば私のことなんてどうでもいいんですか?」
「そ、それは違う! ゆ、由梨ちゃんが……したくないっていうなら……俺は…………が、我慢する、よ……」
 ぐぎぎ――そんな擬音が聞こえてきそうな程に、月彦は歯を食いしばりながらゆっくりと由梨子の“上”から体をどかし、調理台に持たれるようにして座った。
「……先輩、今の言葉……本当ですか?」
 月彦に遅れて体を起こしながら、そしてその隣に座りながら。由梨子はその両目を猫のように輝かせながら、ずいと。月彦の膝に手をつくようにして、身を乗り出す。
「あ、当たり前だろ! 嫌がってる由梨ちゃんとなんて、俺もシたくないからさ……ははは……」
「先輩、誤解しないでください。……私はなにも先輩とするのが嫌だって言ってるんじゃないんです。…………大好きな先輩とだからこそ、ちゃんとしたいって、そう思ってるんです」
「ちゃんとしたい……っていうと……?」
 にっこりと、由梨子は笑顔を返した。
「今度の週末、私とデートしてください」


「えっ……週末って……いや、デートするのはいいんだけど……」
「週末じゃダメなんですか?」
「いや……なんていうか、その……待ちきれないっていうか……っ……ちょ、由梨ちゃん!?」
 由梨子はさらに身を寄せ、ほとんど凭れかかかるようにして、月彦に密着する。
「だ、ダメだって……離れて……俺、本当に今ギリギリのところで我慢してるんだから……」
「……ギリギリだから、こんな風になっちゃってるんですか?」
 悪戯っぽく笑い、由梨子はその小さな手を鳥の巣の卵を狙うヘビのように這わせ、月彦の股間の辺りを撫でつける。
「ちょっ……マジでダメだって!」
 はあはあと、月彦の息づかいが露骨に荒くなる。月彦のそんな反応に、由梨子もまた下腹に痺れにも似たものが走るのを感じる。
「……先輩、そんなに我慢できないなら、口でしてあげましょうか?」
「えっ……」
 ぼしょぼしょと耳元に囁きかけると、月彦はあからさまに期待の籠もった声で由梨子の方を見た。
「ごめんなさい、冗談です。…………先輩はこのまま週末……土曜日まで、我慢し続けて下さい」
「ちょっ、由梨ちゃん……何言っ…………うぁっ……」
 さす、さすと。月彦の言葉を制するように、由梨子はズボンの上から股間の膨らみを撫で続ける。
「先輩がきちんと土曜日まで……私とのデートが終わるまで我慢できたら、その時は……」
「そ、その時は……?」
「……先輩がシたいこと、全部シちゃっていいですよ」
 ぼしょぼしょと、吐息で耳を舐めるような艶めかしい声で、由梨子は囁きかける。
「お、俺が……由梨ちゃんにシたいこと……全部いいってこと?」
「はい」
 だから、と。由梨子は戒めるように、ズボンの上から月彦の強張りを強く握りしめる。
「くはっ……」
「それまで、勝手に出したりしちゃダメですよ? もちろん、真央さんとエッチするのもダメです。………………週末まで、私が先輩を予約しちゃうんですから」
 そう、普段であれば。いつもの“ただの宮本由梨子”であれば、そんなことなど出来るわけがない。
 しかし今の自分ならばと、由梨子は月彦の反応に“手応え”を感じていた。。
「うぐぐ……も、もし……約束を守れなかったら……?」
「特に何もないですよ? ただ、先輩とはしばらくエッチしないっていうだけです」
 なんてコトを――と、口にしている由梨子自身、ひやりとする発言だった。自分はいつから、月彦に対してこうも強くでれる立場になったのかと、自分で自分が怖くなる。
 しかし、同時に思う。今の自分ならば、きっとこの説得は巧くいくはずだと。
「わ――」
 はあはあという荒い息使いに紛れそうなほどに、それはか細い声だった。
「わか――った……由梨ちゃんの言う通りにする、だから……」
「……約束ですよ? デートの時まで、先輩の濃いのいっぱい、いーーーっぱい溜めておいてくださいね?」
 或いは。
 あの香り袋は、“使用者”の性格まで変えてしまうのではないだろうか。
 ズボンの上からとはいえ、剛直の根元の辺りをまるで娼婦のような手管でまさぐりながらそんなことを囁く自分の姿に、誰よりも由梨子自身が驚きを隠せなかった。



 翌日、さらに翌々日と、由梨子は昼休みの度に月彦と密会を重ねた。勿論建前上は“ただ一緒に昼食を摂っているだけ”であり、やましい行為などは微塵もない。ただ時折、必死に我慢しているであろう月彦を嬲るかのように、さりげなく身を寄せたり、スカートをまくし上げて脚の露出を――当然、連日の黒タイツだ――増やしたり、体に触れたりということを繰り返した。その都度、月彦はまるで女性に触れられることにまったく免疫のない純朴な少年のように、露骨に体を硬直させ声を震わせながら悲鳴にも似た声を上げた。
 実を言えば、週末のデートが決定した今、そうやって毎日月彦と密会を重ねることは必ずしも必須事項ではなかった。それでも止められなかったのは、単純にその行為が由梨子にとって楽しくて堪らない時間であったからだ。


「じゃあ、明日の待ち合わせは駅前のコンビニに9時……でいいですか?」
「駅前のコンビニに9時だね。もう今から待ちきれないよ」
「先輩? 最初は普通のデートですよ?」
 ちらりと、股間の膨らみのあたりを見ながら、由梨子は苦笑混じりに呟く。
「今からこんなにしてて、ちゃんとデートできるんですか? こっそり真央さんとエッチなんてしちゃダメですよ?」
「っ……わ、わかってるって…………だから、あんまり……」
「あんまり……何ですか?」
 密会場所である家庭科調理室の調理台の影で身を寄せ合いながら、むしろ月彦にもたれ掛かるように体重をかけながら、由梨子はさらにあぐらをかいている月彦の太もものあたりを撫でつける。
「ちょっ、だから、そういうっ……」
「そういう……?」
 さらに、由梨子は脚を崩し、すすすとスカートを脚の付け根の方へとずらしていく。必然的に露出が増え、月彦の目が釘付けになるのを感じる。それも、ただ見るのではなく、必死に目を逸らそうとしているのに尚引き寄せられてしまうというようなその動きが、由梨子には堪らない。
「ゆ、由梨ちゃん……い……悪戯もいい加減にしないと、ここで襲っちゃうぞ?」
 ハハハと、空笑いをしながらさも冗談めかした口調で月彦は言う。が、由梨子には解った。冗談めかされてはいるが、それは半ば以上月彦の本心であるということが。
(……確かに、やりすぎはよくないですよね)
 月彦にだって、我慢の限界というものはあるだろう。明日のデートを成功させるためにも、ここでやりすぎてはいけない。
 故に、由梨子は“攻め方”を変えることにした。
「そうだ、先輩。……明日は、ストッキングを何枚くらい用意しておけばいいですか?」
「えっ……?」
 不意な質問に、月彦はよほど虚を突かれたらしく、目を丸くする。
「先輩、破くの好きですよね。……先輩がいっぱい破きたいっていうなら、いっぱい用意しておかないといけないじゃないですか」
「た、確かに……好きか嫌いかで言えば好きだけど……だけどそんなもったいないコト……」
「先輩に我慢させる代わりに、先輩がシたいコト全部させてあげますって約束したじゃないですか。だから、もったいないとかそういうことは気にしないでください」
「ま、待ってくれ、由梨ちゃん。破くのが好きっていうのはさ、正確には所々破れて白い肌が露出してる状態にするのが好きっていうことであって、別に破く行為自体が好きなわけじゃないから……だから別にいくつも準備する必要なんて……」
「でも、先輩……ほとんどまっさらのストッキングに“かける”のも好きですよね?」
 うぐ、と。月彦が言葉に詰まる。そう、それは過去の行為で実際に行われたことだから、当然由梨子も知っていることだった。
 まっさらのストッキングを履いた状態で、最低限の部分だけを破って行為に及び、そして最後にかける――その行為に月彦が異常な興奮を示していたことは、由梨子もよく覚えている。
「やっぱり、たくさん必要じゃないですか?」
「…………じゃあ、2枚……いや、3枚くらい用意しておいてもらえるかな。………………ご、ごめん! やっぱり5枚で!」
「はい、解りました」
 苦笑混じりに返事をしながら、由梨子はさらに少し多めに用意しておこうと決めた。
(問題は……)
 さんざんに我慢させた月彦の精力に、自分の体力が持つかという点だが、どういうわけかそのことに関して由梨子自身不思議なまでに不安を感じないのだった。今までの経験からすれば、間違いなく月彦の“全力”など受け止めきれるわけがない筈なのだが。
(……これも、袋の効果……?)
 或いは、モテるようになって自分に自信がついた為なのだろうか。今の自分ならばどうとでも切り抜けられるような気がするのだが、改めてその理由を問われると根拠は曖昧だったりする。
(…………でも、きっと……先輩なら……)
 いよいよととなれば、手加減をしてくれるはず――そんな淡い期待が最後の砦ということに今更ながらに気がついて、由梨子は僅かながらヒヤリとせざるを得ない。まさか服上死させられるようなことはないだろうと思い直すも、過去に一度そうなりかけたことを――正確には自分ではなく、真央なのだが――思い出した。
(……だ、大丈夫……大丈夫な、筈……)
 由梨子は祈りを込めるように、スカートのポケットの中に忍ばせてある香り袋を握りしめるのだった。



 
 学校が終わったら新しいストッキングを買いに行こう――午後の授業の間、由梨子の頭は熱に浮かされたように、翌日に迫った月彦とのデートのことで頭がいっぱいになっていた。
(あっ……)
 そして最後の授業である六時限目の授業中、由梨子は不意に自分がとんでもないミスを犯していることに気づいてしまった。
(……肝心のデートのこと、先輩と何も決めてない……)
 あれほど、毎日のように昼休み顔を合わせていたというのに。決めたことといえば待ち合わせの時間と場所だけ。あとは月彦の耳に息を吹きかけて反応を伺ったり、膝枕をしたり、髪を撫でたり撫でられたり、軽く体を触ったり触られたりといったことばかり。
(…………私も、先輩とエッチすることばかり、考えてた)
 かあ、と顔が熱く火照るのを感じる。最初は普通のデート……そう言ったのは他ならぬ由梨子自身だ。そのくせ、肝心のデートの中身については殆ど何も考えていないのだから、笑い話にもならない。
(……だって……週末に、先輩とするから、って……)
 月彦に我慢させながら、実のところ由梨子も我慢していたのだ。月彦の体に触れながら、甘えるようにもたれかかりながら、下腹に甘い痺れが走るのを感じていた。夜にそのことを思い出し、どうしようもないほどに自慰の衝動に駆られた時も、月彦が我慢しているのだからと、無理矢理欲求を抑えつけた。そうした反動もあって、翌日月彦と会った時にはさらにきわどい挑発に走ってしまうという悪(?)循環。
 そういった理由もあり、肝心のデートそのものの打ち合わせをしなければならないという考えが、完全に頭の中から抜け落ちてしまっていた。恐らくは月彦も同じなのではないだろうか。
(……このままじゃ…………)
 明日、顔を合わせたらそのまま部屋に行ってセックスという流れになってしまうのではないか。それでは折角の計画が台無しだと思う反面、それでもいいかなと思ってしまう自分がいる。
(……やだ……まだ、授業中なのに……)
 “明日の流れ”を想像するだけで、下半身に痺れにも似たものが走る。じゅん、と下着が湿り気を帯びる感触に再度顔を赤くし、つい反射的に脚を閉じてしまう。
(っ……まだ、ダメ……明日、まで……)
 もしかしたら、今夜は眠れないかもしれない――ペンを握りしめ、授業などそっちのけで性欲の暴走を堪えながら、由梨子はそんなことを思った。



「宮本さん、ちょっといい?」
 HRが終わり、教室内に一斉に椅子を引く音が響く中、由梨子はまたしても聞き慣れぬ声を耳にした。
「今日、これから俺たちカラオケ行くんだけど、良かったら一緒にどう?」
「え……と……」
 振り返ると、クラスメイトの男女5名が由梨子の机の側に立っていた。
「ごめんなさい、今日はちょっと……このあと買い物に行かなきゃいけなくて」
「そっ……か、残念。んじゃまた都合の良いときに行こうよ」
「……はい。その時はお願いします」
 ばつが悪そうに謝りながら、由梨子は思う。これも香り袋の効力なのだろうなと。そんな由梨子をあざ笑うように、先ほどの男子と共に教室を後にした女子が、まるで吐き捨てるように。
「だから言ったじゃん。あの子付き合い悪いんだって」
 それは恐らく由梨子に向けてではなく、隣の男子に向けての言葉なのだろう。ただ、別に由梨子に聞こえても構わないといった意図で発せられたように感じられた。
 そしてその一言は、思いも寄らぬ程に由梨子の心に楔となって打ち込まれた。同時に思い出す、いくつかの記憶。それは香り袋を手に入れるよりも遙か前、真央が学校に来るよりもさらに前にクラスの女子たちとかわしたやりとりの記憶。
 遊びに誘われたことがあった。カラオケに限らず、ちょっとコンビニに寄って帰らないか、誰々の家に寄っていかないかといった具合に、内容は様々だ。しかし由梨子はその殆どを断っていた。
 勿論理由はあった。その頃はまだ部活に入っていて、それ故にどうしても時間が取りにくかった。しかしいざ部活を止めると、今度は家事をしなければならないからと、やはり断り続けた。ただ、それは必ずしもすぐに帰ってやらなければならないことではなく、今考えれば人付き合いの煩わしさから逃げる為のただの口実にしていただけのように思える。
 “見た目”云々ではなく。“今の状況”はそういった不義理の積み重ねではないかと。先ほどの女子の一言が由梨子の心に突き刺さった理由はまさにそれだった。
「由梨ちゃん、どうしたの?」
「あ……真央、さん」
 クラスメイトが三々五々教室から出て行く中、一人呆然と自分の席に座り続ける由梨子を不審がるように、いつの間にか隣に真央が立っていた。
「いえ……ちょっと、ボーッとしてて…………帰りましょうか」
 取り繕うように笑い、鞄を手に教室を出る。真央もまた由梨子の後に続くように鞄を手についてきて、二人で昇降口へと向かう。
「そーだ、由梨ちゃん。今日、一緒に宿題しない?」
「えっ、宿題……ですか?」
「うん。今日、週末だからって、いっぱい出たでしょ? 二人で一緒にやればすぐ終わるよ」
「えっと……今日は――」
 ちょっと買い物に行かないといけない――そう口にしかけて、由梨子はハッとする。『あの子は付き合いが悪い』――先ほどの女子の言葉が、頭蓋骨の内側で反響するように、何度も何度も響き渡る。
「そ、そうですね! 二人でやれば……すぐに終わりますよね」
 真央にまでそう思われるのを恐れて、由梨子は反射的に承諾してしまっていた。
(……真央さんに黙って、先輩とこっそりデートする約束までしてるのに)
 裏では親友を裏切りながら、表では親友との絆が切れてしまうのを恐れている――もはや自己嫌悪どころの話ではなかった。
「うん、だから……早く行こう?」
「あっ、ちょ……真央さん。そんなに急がなくても……」
 真央に腕を掴まれ、半ば引っ張られるように、由梨子は昇降口を後にする。
 そう、由梨子は自身の汚さ醜さにうちひしがれていたが故に、気づくことが出来なかった。
 隣の親友が、半ば無理矢理に理由を作ってまで、由梨子を部屋へと招く。その本当の狙いに。


「お菓子と飲み物とってくるから、由梨ちゃんはゆっくりしてて」
「はい」
 いつもよりやや早足気味な真央に腕を引かれる形で紺崎家へとやってきて、部屋へと上がるなり、由梨子は当たり前の事実に遅れて気がつかされた。
 そう、真央の部屋ということは、それはイコール月彦の部屋であるということに。
(……大丈夫、ただ……真央さんと宿題をするだけだから)
 別段、やましいことがあるわけじゃなし。たとえ途中で月彦が帰ってきたとしても、普段通りに振る舞えば良いだけの話だ。勿論月彦も、真央の目の前で明日のデートの話など振ったりはしないだろう。
「お待たせ、由梨ちゃん」
 程なく、真央がジュースやコップ、菓子を載せたお盆を手に部屋へと戻ってきた。真央はそれらを一端勉強机の上に置き、本棚の間に仕舞ってあった折りたたみ式のテーブルを出して、その上へと並べる。
「あっ、真央さん……宿題をするなら、一階の居間の方がいいんじゃないですか?」
「どうして?」
「だってこのテーブルだと……お菓子とコップとジュースを置いたら、もう教科書とノートを広げるスペースが……」
 クリスマスに月彦と二人で過ごしたこともある紺崎家の間取りは、大凡把握している。一階の居間のテーブルか、もしくはリビングの食卓ならばお菓子を食べながら宿題をするのに丁度良いスペースが確保できることを由梨子は知っていた。そして紺崎家で暮らす真央もまた、当然知っているはずだった。
「じゃあ、先にお菓子を食べてから、宿題しよっか」
「で、でも……」
 私はこの後買い物が、とは言い出せず、由梨子は口ごもる。“そのこと”が無くても、由梨子には少なからず真央には負い目があった。明日月彦とこっそりデートをすることもそうならば、そのために真央とのセックスを月彦に我慢させているのもその一つだ。
「由梨ちゃんもお腹空いてるでしょ? お菓子を食べてから宿題したほうが絶対早く終わるよ」
「そう……ですね」
 真央の提案に渋々同意しながら、由梨子は疑問に思う。何故、一階の居間やリビングではダメなのかと。
(……おばさんに遠慮してるとか、かな)
 一応ながら、真央は居候の身だ。それ故に、月彦と寝起きしている自室以外の場所で何かするのは気が咎めるのかもしれない。
 由梨子がそんなことを考えている間に、真央はポテトチップスの袋を開け、他にもチョコクッキーやらせんべいやらを菓子皿の上に広げながら、炭酸の入ったオレンジジュースをコップに注いでいく。
「あ、真央さん……暖房つけてもいいですか?」
「暖房? どうして?」
「えと、その……ちょっと……寒くて……」
 部屋に入る際、由梨子も真央もブレザーの上着を脱ぎ、ハンガーに掛けていた。室内とはいえ、暖房の無い状態ではさすがに肌寒く、おまけに真央が用意した飲み物が冷たいジュースとあれば、寒がりの由梨子としてはどうしても暖房が欲しいところだった。
「そういえば、由梨ちゃん寒いのダメなんだったね。ごめんね」
 真央は即座に席を立ち、勉強机の上にあったリモコンをつかって暖房をいれる。たちまち室温がゆるやかに上昇し始め、由梨子はほっと息をつく。
「我が儘言ってすみません。もし、真央さんが暑かったら止めちゃっていいですから」
「そう? じゃあ止めるね」
 えっ――思わずそんな声が出てしまいそうになる。真央はあっさりと、たった今つけたばかりの暖房を止めてしまった。
 当然のことながら室温の上昇も止まり、由梨子にとって過ごしにくい室温へと、徐々に戻っていく。
 やっぱり暖房をつけてほしい――とは言えず、由梨子は体が震えそうになるのを堪えねばならなかった。
「由梨ちゃん、お菓子食べないの?」
「ぁ……いただきます……」
 由梨子は勧められるままにチョコクッキーを、そしてポテトチップスをつまみ、口の中へと放る。食べ物を口にすれば、少しは凍えもマシになるかもしれないという思いから、若干ハイペース気味に。
 しかし、そうなると今度は喉が渇く。ジュースはあるが、冷たい。冷たいジュースではますます体温が奪われるのではないか――しかし喉の渇きも抑えがたく、渋々ジュースを口にする。
 真央はといえば、やはりこの室温が適温なのか、寒がる素振りすら見せず、むしろブラウスのボタンの上二つをはだけてしまっていた。この室温で寒いどころか暑いのかと、由梨子はそのことが羨ましくて仕方が無かった。
「由梨ちゃん、大丈夫? やっぱり暖房つける?」
「いえ……大丈夫、です……」
 本音を言えば、つけてほしい。しかしいかにも暑そうにしている真央を見ると、それを言うことが出来ない。
「でも、ほら……由梨ちゃんの手、こんなに冷たくなってる」
「そ、それは……っ……」
 唐突に手を握られ、由梨子はギョッとする。由梨子の左手を握る、真央の両手のその暖かさに。
「真央さんこそ大丈夫ですか? ひょっとして熱でもあるんじゃ……」
「熱なんてないよ?」
 惚けるように言いながら、真央は由梨子の手を温めようとするように両手でギュッと握ってくる。
「由梨ちゃん、右手も出して。暖めてあげる」
「じゃ、じゃあ……おねがい、します……」
 こんな事をしなくても、暖房さえつけてくれれば――という思いをぐっと飲み込んで、由梨子は左手に変わって右手を真央に差し出し、握られる。
「あ、指先にクッキーの粉がついてる……」
「え……? ちょ、真央さっ……」
 由梨子が止める間もなく、ぺろりと、真央の舌が指先を舐める。そのまま、ちろちろと舌が這い続け、由梨子はむず痒さにキュッと唇を噛んだ。
「だ、ダメです……真央さん……汚い、ですから」
「汚い? どうして? お家に上がる時に、一緒に手を洗ったのに」
「そう、ですけど……」
「由梨ちゃんの手……ひんやりしてるから、気持ちいいの……」
 指先を舐めるのを止めたかと思えば、今度は由梨子の手を自分の頬の辺りへと宛がい、うっとりと目を細めている。さながら、高熱患者が保冷剤で火照りを冷ましているかのようなその仕草に、由梨子は見覚えがあった。
(……そういえば、前にも……)
 体がひんやりしていて気持ちいいと、真央に言われたことがあった。それはいつのことだったか――思い出そうとすると、ただでさえ寒い体の背筋がさらに冷えることから、恐らく“良い思い出”には繋がらないことは明白だった。
「由梨ちゃん……もっとそっちに行ってもいい?」
「えっ……真央、さん……何、言って……」
 由梨子が狼狽えている間に、真央は折りたたみ式のテーブルをすすすと脇へと押しやり、由梨子の方へと身を寄せてくる。
「ひっ……」
 真央に側によられて、改めてその体が放つ“熱気”に、由梨子は気がつき、思わず悲鳴を上げた。咄嗟に逃げようとした背中がベッドの脇につかえてしまい、由梨子はたちまち真央にもたれ掛かられる形で密着される。
「真央、さん……やっぱり、熱があるんじゃ……」
 体が冷え切っていた由梨子ですら“暑苦しい”と感じるその熱量。ましてや本人はどれほど暑いと感じているのか、想像するのも恐ろしい。見れば、真央の首回りはうっすら汗ばんでおり、そのブラウスもたっぷりと汗を吸ってうっすらと透け始めていた。
「……由梨ちゃん……いい匂いがする……」
 由梨子に身を寄せながら、真央はすんすんと鼻を鳴らす。
「由梨ちゃんの匂いとは違うこれ……何?」
「それは……多分、白耀さんにもらった……これの匂いじゃないですか?」
 真央にもたれかかられながら、由梨子はポケットから香り袋を取り出し、真央に見せる。
「ホントだ……前に嗅いだ時より匂いがすごく強くなってる…………」
 真央は由梨子の手のひらの上に載せられたそれへと鼻を寄せ、さらにすんすんと嗅ぐ。
「由梨ちゃんの汗の臭いと合わさって……すっごく良い匂い…………」
「あ、汗の臭いって……ひっ……!?」
 突然、真央の体の下敷きになってしまっている左手に、モゾモゾと何かが触れた。犬か何かの毛皮のようなそれは真央の尻尾だと、すぐに解る。真央はさらに体の位置を調節し、由梨子に凭れながら尻を横に向けて尻尾を二人の間から解放するや、たちまちぱたぱたと降り始めた。まるで、体に溜まりすぎた熱をそうやって廃熱するかのように。
 見れば、普段は隠しているキツネ耳も露出していた。別に密室に二人きりなのだから、その方が真央が楽だというのならば何の問題も無い事だった。事実、由梨子は尻尾についても耳についても、さして問題とは思っていなかった。
 そう、問題は――真央が香り袋に反応していることそのものだ。
(そういえば……)
 由梨子は記憶を辿る。白耀は、同族以外には効き目が薄いと言っていた。裏を返せば、同族であれば効果があるということだ。
 そして教室内での出来事。男子から注目を浴びることが増えたが、同じ事が女子にも言えなかったか。事実、香りを強くする前ですら、真央は言っていたではないか。「由梨ちゃんを無視できない感じがする」――と。
 つまり、香り袋の効力は真央にも効くのだ。その効果が男子ほどではないにしろ、純粋な人間ほどではないにしろ――。
「ま、真央さん……ひょっとして……」
 今日、家に招いたのは……最初から“食べるため”だったのでは――由梨子がその推論にたどり着くのと、その身が絨毯の上に押し倒されるのはほぼ同時だった。真央はそのまま、由梨子の胸元の辺りへと顔を埋め、ブラウスの生地越しに呼吸を繰り返す。
「ふあぁ……由梨ちゃん……どうしてこんなに美味しそうな匂いがするの……? これじゃ……由梨ちゃんのこと食べたくなっちゃう……」
 嘘だ――と、由梨子は思った。“食べたくなっちゃう”――ではなく、最初から“食べるつもりだった”くせにと。
 或いは、真央の人間としての部分では本当に無自覚であったのかもしれない。しかし、“獣”の部分では、最初からそのつもりであったに違いない――そう考えれば、何故今日に限って真央が強引に一緒に宿題をやろうなどと言いだしたのかも納得できた。
「だ、ダメです……真央さん……今日は、このあと用事があって……」
 由梨子は、抵抗した。珍しく――と付け加えても良いほどに、真央に流されずに、その体を押しのけようと努力した。
 しかし。
「ま、真央さんっ……ダメです……やっ……」
 軽く首筋にキスをされただけで、由梨子は全身から力が抜けてしまった。諦めずに真央を押しのけようとするも、胸元をまさぐられただけで、やはり力が抜けてしまう。
 くすりと。由梨子のそんな反応を見て、真央が小さく笑う。
「……由梨ちゃんの体、エッチしたいって言ってるよ?」
「ち、違っ……そんな、ことは……ンッ……」
 真央の膝が、由梨子の脚の間に割り行ってきて、スカートの上から由梨子の最も弱い場所を刺激してくる。その痺れるような甘い刺激に、由梨子はますます体の力を抜いてしまう。
 体が、快感に飢えている――それを痛感せざるを得ない。まさしく真央の言葉通りだった。
 宮本由梨子の“体”が、快感を。快楽を欲しているという事実を。
「だ、ダメ、です……真央さっ……あっ………………ぁぁぁぁああああ……!」
 腰が、小さく跳ねる。
 それを機に、由梨子は抵抗を止めた。


 


「真央さん……ダメです……このあと、本当に用事が……ンッ……!」
 ちゅっ、と胸の頂を吸われ、由梨子は慌てて口を噤む。言葉とは裏腹に、その体は真央に対して開かれているような姿勢のまま抵抗を示さず、されるがままだったりする。
「やっ……ダメ、です……あぁぁ……」
 既にブラウスのボタンは外され、下着もずらされ、露出した胸元は吸われたり舐められたりとされたい放題だった。真央の体を撥ね除けようと思えば、それは物理的には不可能ではなかった。ただ両手を真央の肩に添え、力一杯押しのければいいのだから。
「あっ、やぅっ……!」
 しかし、現実的にはそれは不可能といえた。毎日毎日月彦に対して焦らすような愛撫を行い、同時に自分自身の自慰も封印し続けた結果、由梨子の体は極限に近いほどに快感に飢えていた。
 真央にちろちろと胸の頂を舐められるだけで甘い痺れが全身を貫き、由梨子は足先をピンと伸ばして声を上げてしまう。ただでさえ濡れやすいその体は早くも蜜を溢れさせ、下着はもう尻の方にまで染みを広げつつあった。
「由梨ちゃん……キス、しよ?」
「ぁ、ぅぅ……んっ……ンッ……」
 両目をしっとりと濡らした真央に甘えるように言われ、由梨子は拒みきれずに唇を許してしまう。
「ンッ……んっ……んぁっ……んっ……」
 互いの下唇を優しく食むようにしながら、時折ちろちろと舌を絡ませ合う。不本意ながらも、“女同士のキス”には過不足なく合わせられてしまうのは、ひとえに“経験”故だった。
「ぁむ……ンッ……んふっ……んんっ……」
 キスを続けながら、唾液に濡れた乳首をコリコリと指先で弄られ、忽ち由梨子は仰け反るようにして体を跳ねさせてしまう。まるでそんな由梨子の反応を楽しむように、真央はさらにコリコリと、堅くそそり立った先端部を弄んでくる。
「だ、ダメ……です、真央さん……こ、これ以上、は……もう……」
 甘い痺れが下腹を貫き、止めどなく溢れさせてしまう。下着の許容量など明らかに超え、恐らくストッキングのほうにまで濃い染みを残してしまっているであろうその分泌量に、由梨子は慌ててキスを中断する。
「もう……許して、ください……これ以上されたら……スカートまで……」
「スカートまで……なに? ゆりちゃん」
 いつになくゆっくりとした、そして甘い、真央の発音。何か言いたいことがあるのなら、最後まで言えと言わんばかりの、いたずらっ子のような笑顔。
「っっっ……す、スカートまで……汚しちゃいそうなんです……だから……」
「“何”で汚しちゃうの?」
「そ、それは……だ、ダメっ、です……」
 質問をしながら、さらに答えを促すかのように、真央が胸元をまさぐってくる。耳を甘く噛んでくる。由梨子は咄嗟に太ももをキュッと閉じ、“分泌”を抑えようと試みる――が、止まらない。
「だめっ……ホントにダメです……このままじゃ……絨毯まで……!」
「じゃあ、ベッドに上がる? 由梨ちゃん」
 えっ――由梨子はそんな呻きを盛らしたまま硬直した。それは何の解決にもならない――同時に、この後の運命を決定づけてしまう提案に他ならなかった。
「ほら、由梨ちゃん?」
 ついと、真央は離れるや、ベッドの上へと上がってしまう。そして『おいで?』とでも言うかのように、両手を広げて由梨子の方へとさしのべてくる。
「ぁ……」
 “逃げる”なら、これ以上ないという好機だった。
 しかし。
(……っ……だ、め……真央さんに、引き寄せられる……)
 恐らくはただの人間よりも数倍強そうな真央のフェロモンのなせる技なのか。それとも妖狐としての魅力なのか。はたまた妖術なのか。単純に宮本由梨子という女が流されやすいだけなのか。
 まるで、魂そのものに首輪とリードをつけられ、真央に引っ張られているかのようだった。気がついた時には、由梨子は真央の招きに応じ、自らベッドの上へと上がってしまっていた。それどころか、自ら真央をベッドへと押し倒し、唇を重ねてしまった。
(……もう、止まらない……止まれない……!)
 そう確信した――瞬間だった。
 何があっても止まらない、止まれないと確信した筈の由梨子の手が、動きが止まった。
 それは。
「ただいまー……真央、由梨ちゃんが来てるの……か……?」
 がちゃりと、ドアを開けた月彦と思わず目が合ってしまったからだった。



「「あ」」
 というような声が、真央を除く二人の口から漏れ、重なった。
「ち――」
 かあ、と。由梨子は忽ち顔が熱くなるのを感じた。
「違うんです! 先輩、これは……!」
「あー……ごめん。俺のことは気にしないで、とりあえず続けて」
「ま、待ってください! 先輩!」
 あたふたしている由梨子をよそに、月彦はばつがわるそうに回れ右をし、ドアを閉めてしまった。
「そん、な……」
 なんと間の悪い――そう思わざるを得ない。同じ“現場を見られる”にしても、せめてもう1分早く見られていれば、まだ取り繕い様もあったというのに。
(これじゃ……まるで、私が真央さんを押し倒してたみたいに……)
 何も、“上下”が逆転したその瞬間に帰ってこなくてもいいのにと、由梨子は自分の運の悪さを呪いたくなる。
(ううん、違う……そもそも……)
 真央の部屋で、月彦の部屋でこういうことをするということ自体が、こうなる可能性を孕んだ行為であるという自覚が欠けていたのだ。月彦の登場で、まるで冷水でも浴びせられたように頭が冷静になった由梨子には、ほんの数分前までの自分が途方も無く愚かしく思えてしょうがなかった。
「あの……真央さん……先輩帰ってきちゃいましたし……」
 もう終わりに――そう由梨子が口にしかけた瞬間、再びドアが開き、月彦が部屋へと戻ってきた。
「あっ、先輩! あの、私たちは別に……」
「大丈夫だよ、由梨ちゃん。ちゃんと解ってるから」
 みなまで言わなくても大丈夫、とばかりに月彦は右手を差し出し、由梨子の言葉を止める。そしてブレザーの上着をハンガーにかけ、通学用のバッグを勉強机の上に置き、机の前の椅子にぎしりと腰掛けた。
「さ。続けて」
「え……? あの、先輩……?」
 由梨子は思わず首を傾げてしまう。月彦はといえば、怒るでも照れるでもなく、まるで好きな芝居が始まるのを心待ちにしている英国紳士のように落ち着いた微笑みを浮かべていた。
「由梨ちゃん、父さまが続けてって言ってるよ?」
 それまで由梨子に押し倒された格好のまま口を挟まなかった真央が、焦れるように促してくる。
「えっと……あの……つ、続けてって言われても……」
 由梨子はずりずりと体をずらすようにして真央の上から体をどかし、はだけっぱなしだったブラウスのボタンをとめていく。顔はもうこれ以上ないというほどに赤く、止まらない汗をしきりに拭いながら、愛想笑いを浮かべる。
「違うんです、先輩……これは、その……宿題をしにきたら……真央さんが……」
「なるほど。二人で宿題をしていたら、何となくムラムラして、始めてしまったと」
「いえ、そうじゃなくって……真央さんが……」
「でも、どう見ても由梨ちゃんが押し倒してたけど」
「そ、それは……ま、真央さんも何か言ってください!」
「父さま、由梨ちゃんすっごくエッチしたいみたいだよ」
 なっ――絶句する由梨子をよそに、真央は背後からするりと。由梨子の体を抱きしめるようにまさぐってくる。
「ちょっ、真央さっ……止めっ……ぁっ……」
 ブラウスの上から胸元を揉みしだかれ、さらに真央の右手がするりとスカートの下へと潜り込んでくる。
「あンッ」
 下着とストッキング越しに、真央の中指が秘裂をなぞるように動いてきて、由梨子はたまらず甘い声を漏らしてしまう。もらしたあとで、月彦の視線に気づき、ハッと顔を赤らめる。
「ち、違うんです……さっきまで、真央さんにいっぱい……ァッ……」
 真央の中指が、さらに深く埋没される。ストッキング越しに、ぐりぐりと指を擦りつけるように動かされ、由梨子は小刻みに体を震わせながら小さく、小さく声を盛らす。
「やっ……先輩、見ないで……下さい……ま、真央さんも……もう……ンンッ……」
 月彦から視線を逸らすように顔を背けながら、由梨子はただただ恥辱に耐えていた。
(……“前の時”は……)
 月彦と示し合わせていたから。月彦の合意をとった上だったから、月彦の前でも物怖じせず真央と絡むことが出来た。
 しかし今回は違う。この状況は由梨子にとってまったくの不期遭遇戦であり、心の準備というものがまったくなかった。それ故に、由梨子はどうしても月彦の前で“素”の自分であろうとしてしまう。
 そこを真央につけ込まれる形で、完全にされたい放題になっていた。
「でも、由梨ちゃん。嫌がってるわりには全然抵抗しないね」
「……っ……」
 月彦の一言が、槍の様に由梨子の胸を貫いた。頬が、さらに熱を帯びるのを感じる。

 違う――そう言いたかった。しかし口に出来なかった。一体何が違うのか、由梨子自身解らなかった。
「ほら、由梨ちゃん。……私の指がどうなってるのか、父さまに説明してあげて?」
「真央、さん……」
 “これ”は、ひょっとすると“前回”の仕返しではないのか――そんな考えが頭を過ぎる。何故ならこの流れは、前に月彦の前で真央と絡んだときに由梨子がとった流れを、そのまま踏襲しているからだ。
「それとも、今すぐスカートを脱いで、由梨ちゃんがどんなにエッチしたくなってるか、父さまに見てもらう?」
 迷う由梨子の耳を、まるで吐息で舐めるように真央が囁いてくる。真央自身呼吸を荒げているのは明らかな興奮の証だった。或いはこの場で最も性欲に振り回されているのは真央なのかもしれない――由梨子はそんな事を思う。
「あっ、ぅんっ!」
 由梨子が黙り込んでいると、突然真央の指が乱暴に蠢き、秘裂を強く擦りあげてくる。苛立ち、怒り――そんな感情すら伝わってくるような、力任せの愛撫だった。
「ぁぅっ……ま、真央さんの、指、が……ストッキングの上、から……触って、ます……」
 辿々しく、まるで怯えるような声で、由梨子は“説明”する。
「由梨ちゃん、“どこ”を触ってるのかちゃんと言わないと、父さまには解らないよ?」
「っ……それ、は……あの……下着の、その…………」
「真央、あんまり由梨ちゃんを苛めるな。困ってるじゃないか」
 先輩!――由梨子は涙混じりにそう叫びたかった。まさかこの状況で、月彦が助け船を出してくれるとは思いも寄らなかったからだ。
(先輩……! やっぱり、先輩は優しいんですね……!)
 そんな、期待を込めた由梨子の視線を真っ向から受け止めるように、月彦もまた屈託の無い笑みを浮かべる。
「それに、俺はどっちかっていうと……由梨ちゃんが“どれくらいエッチしたくなってるか”の方が興味がある」
 へ?――月彦へと視線を向けたまま、由梨子はしばし固まった。月彦の言葉の意味を理解するのに遅れてしまった為だ。
「由梨ちゃん、父さまが見たいって言ってるよ?」
 それは、この後の由梨子の行動を決定づける言葉だった。



 真央に促され、月彦の目に晒されながら、由梨子はベッドの上で自らスカートのホックを外し、脚を抜いた。ストッキングを履いているから、素足に下着のみの時にくらべれば恥ずかしさという点ではマシだった。
 が、それは“平常時なら”の話だ。
「ほら、見て、父さま。由梨ちゃんのストッキング、こんな所まで色が変わっちゃってるよ?」
 まるで背後から羽交い締めでもしているかのように由梨子の体を固定したまま、真央が嬉々とした声で言う。
「……よく見えないな」
 月彦は椅子に腰掛けたまま、ややつまらなそうに言う。よく見えなければ近づくなり顔を寄せるなりすることも出来るはずなのだが、月彦はまるで“今は観客!”と割り切ってでもいるかのように、腰を上げようとしない。
「由梨ちゃん、父さまがよく見えないって。……脚、もっと開いて。父さまによく見えるように」
「……はい」
 由梨子には逆らうことは出来なかった。真央に負い目があるから――だけではなかった。仮に負い目があったとしても、本当に心底嫌であれば、拒絶は出来る。出来ないのは――不本意ながらも――この状況を由梨子自身が受け入れてしまっているからだった。
「……っ……」
 由梨子は真央に背後から抱きしめられたまま、月彦の方に向けて脚を広げる。俗に言うM字開脚のような形に。
(……先輩……そんなに、見ないで下さい……)
 こういうことに、“慣れ”というものなど無いのではないか――由梨子は思う。例え月彦に幾度となく抱かれ、体の隅々まで見られていても、羞恥を感じずにはいられない。ましてや今はスカートが取り払われ、湿り気を帯びた薄手のストッキングにはくっきりと下着の布地が浮き出てしまっている。
(やっ……)
 月彦の視線を受けて、体温が上がるのを感じる。まるで薄布2枚を通り越して、秘部の内部まで見透かされているような錯覚すら、由梨子は覚える。薄布の内側にどろりとした蜜をたっぷりと蓄えながら、犯されるのを今か今かと待ち望んでいるかのように蠢き、ヒクついているその動きまで見透かされているのではないか。
(あぁぁ……もし、真央さんが居なかったら……)
 それこそ、自分から月彦にすり寄り、自らの口で懇願していたかもしれない。今すぐ抱いて欲しい、どうしようもない程に体が疼いて我慢出来ない――と。
「……やっぱり、ここからじゃ染みの濃さまではよくわからないな」
 たっぷりと、まるでストッキングに使われている糸の本数まで数え終わったのではないかという程に“観賞”した後で、月彦はそんな呟きを漏らした。
 それは何かの“含み”であると、由梨子にも解った。
 そして恐らく、背後に居る真央にも。
「由梨ちゃん、父さまがよく解らないって」
 まるで、噴き出しそうになるのを堪えているような、そんな真央の声。こんなに楽しげな真央の声を聞くのはそれくらいぶりだろうと、由梨子は思う。
「どうしよっか」
 そして、促してくる。
 月彦は、“見たい”と言う。見たいのは“宮本由梨子がどれくらいエッチを切望しているか”の度合いであり、その一つの指標として“染みの広さと色の濃さ”が選ばれた。
 しかしそれではよく解らないと、月彦は言う。そして真央は代わりの方法を考えるように促してくる。
(そん、な……)
 なんて残酷なことを思いつく親子なのだろう。いや、そもそも残酷だという認識すら無いのかもしれない。
 即ち、二人は暗にこう言っているのだ。“ストッキングのシミを見せる等という生ぬるい方法ではなく、もっと恥ずかしいやり方で、誘惑してみせろ”――と。
(もし、思いつかないなんて言ったら……)
 この二人のことだ。あの手この手で焦らし、追い詰め、それこそ後で思い出したら羞恥に泣き叫びたくなるような事を、“強制”ではなく“自発的”にやらせようとしてくるだろう。
「……わかり、ました……」
 故に、由梨子はストッキングを脱がねばならなかった。ストッキングに手をかけ、おずおずと脚を抜く途中、月彦がひどく残念そうな顔をしたのが辛くはあったが、今の由梨子にはこれ以上の方法は思いつかないから仕方が無かった。後で“もっと恥ずかしい方法”を“思いつかされる”よりは、まだギリギリ耐えられる方法をとったほうが遙かにマシだからだ。
 否――と思う。恐らく“この方法”ですら、後で――冷静になった時に振り返れば、両手で顔を覆って地面に伏したくなる程に恥ずかしい行為なのかもしれない。かもしれないではなく、恐らくそうだろうとすら思う。
 思うが、由梨子はストッキングを脱ぐ手を止められない。
 それは少なからず、そうする事を由梨子自身が望んでいるという証でもあった。
「わぁ、すっごい。絞れそうなくらい濡れてるね、由梨ちゃん」
「……っ……」
 真央の囁きに、ストッキングを脱ぐ手が一瞬止まる。が、気を取り直して脚を抜き終わるや、今度は下着に手をかける。本来今日は月彦に抱かれる予定ではなかった為、お気に入りのものではなく、どちらかといえば地味な薄いピンクのショーツであり、それを見られることは由梨子の体温をさらに上げることになったが、構っては居られない。
 唇を噛んで羞恥に耐えながら、二人分の視線に晒されながら下着を脱いでいく。月彦の目は露骨にぎらついた獣のそれへと代わり、背後に居る真央もまた息を荒くしていた。真央のそれは由梨子の脱衣に興奮した、というよりは、月彦の目が血に飢えた獣のそれに変わった事に対しての興奮だったが、下着を脱ぐことにいっぱいいっぱいの由梨子はそのことまでには気が回らなかった。
 下着を脱ぎ終わり、最後に再度月彦に向かって脚を開く。今度は隠すものなど何もない、じっとりと熱を帯びた秘裂を、脚を震わせながら晒していく。
 心臓が狂ったように跳ね回り、呼吸が自然と荒くなる。月彦の視線が、間違いなく秘裂に集中しているのを感じる。その視線に促されるように、とぷとぷと聞こえるはずのない擬音を伴って、しとどに蜜が溢れてくる。
(……まだ、弱い)
 “これだけ”では、この二人は恐らく納得しない。由梨子はあまりの羞恥に震える手で、そっと。両手の人差し指と中指だけで、左右からくっ、と。秘裂を割り開く。
 とろりと。透明な蜜が秘裂が開かれると同時に垂れ、ベッドシーツに小さなシミを作る。
「せっ――」
 あまりの恥ずかしさに、声が詰まった。呼吸は荒く、今にも泣きそうなほどに目も潤んでしまっている。それでも由梨子は必死に月彦を見つめ、懇願した。
「先輩……お願い、します……私と、エッチ……して、ください…………」



 たとえば仮に、二股に近いような事をしていて、片方の女の子には黙ってもう片方の女の子と次の日デートの予定があったとする。なんとなく後ろめたくは思いつつも、デートの日を楽しみに日々を送り、そのデートを極限まで楽しむ為に禁欲の生活を送っていたとする。
 そしていざデートを翌日に控えた金曜日の夕方、学校から帰ってみると玄関には来客を示す小さな靴。それは翌日デートをする予定の女の子の靴であり、なんとなくモヤモヤしつつも靴を脱ぎ、そして特に理由も無く足音を消して台所へと行くと、日曜夜まで留守にするという母親の書き置きがあったりする。
 その時点で何となく直感が働くも、まあこういうこともあるかなと思って、再度足音を消して階段を上がり、そっと自室のドアを開けると、その向こうにはある意味では予想通りの事になっていた。
 その瞬間、月彦の脳裏で「明日は由梨ちゃんとデート!」という文字がガラガラと音を立てて崩れた。何故なら、紺崎月彦という男は後輩の女の子同士が半裸で絡み合っている現場を見せつけられて尚、明日まで我慢できるような躾の行き届いたケダモノでは無かったからだ。
 否、“平常時”であれば、まだ我慢出来たかもしれない。しかし、律儀に真央との行為すらなんだかんだと理由をつけて由梨子との約束を優先させた結果、その体はもはや人間というよりも、人間の皮を被った獣そのものになっていた。
 故に、月彦は一端部屋を後にし、“必要な電話”をかけた後、再び部屋へと戻った。恐らくは室内で唯一正気な――その実、明日のデートに備えてパンクしそうなくらいエッチしたくなっているのがありありと解る――由梨子の様子がなんとも可愛らしく見え、すぐにでも襲いかかって犯したくなる衝動を抑えるのは、まさしく苦行だった。恐らくは爪と肉の間に針を刺されるのを、黙って耐えろと言われた方がまだマシなように思えるそれを耐え抜くことが出来たのは、ひとえに今、目にしているような光景を見る為だった。

 そう、ふだんは真面目で礼儀正しい、ごく普通の女子高生である後輩が自ら下着を脱ぎ、人よりも多分に濡れやすいその秘裂を指で開き、“おねだり”をするその様を見せられて、「女の子がそんなことをしてはいけないよ。ささっ、早く服を着なさい」などと言えるのは、もはや男の風上にも置けないと月彦は思うのだった。
 裏を返せば、由梨子にそこまでされたのならこれはもう襲いかかってもやむをえないという大義名分を得たということでもある。二人きりならいざ知らず、些か特殊な――愛娘の目の前で由梨子にとびかかるには、それなりの体裁というものが必要だったりするのだ。
 そう、“流れ”はまさしく由梨子に襲いかかる流れであった。が、その奔流は思わぬ形でせき止め――もとい、ねじ曲げられた。
「まだだよ、由梨ちゃん」
 えっ――という心の声が、二人分。音も無しに共鳴した。くすりと、真央は艶笑を一つ零して、背後から由梨子の体を抱きすくめたまま、頬ずりをするように顔をよせる。
「“そんなの”じゃダメだよ、由梨ちゃん。それじゃあまだ、父さまは興奮してくれないよ?」
 いや、そんなことはない――とは、口にできなかった。既に腰を浮かしかかっているケダモノ月彦ですら圧倒する“何か”を、真央に感じているからだ。
「ま、真央さ……ひっ!?」
 狼狽えている由梨子の口元に、真央が指を伸ばす。それはサクランボのように赤く、ルビーのように怪しい輝きを放つ丸薬だった。
「飲んで」
「で、でも……」
 由梨子の狼狽えぶりも解る気がした。この状況で真央が差し出す薬だ。ろくなものではないことは間違いが無い。――というよりも、飲めばどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
「やっ……」
 イヤイヤをするように顔を背ける由梨子の唇に、真央は半ば無理矢理に丸薬を押し込み、さらに由梨子の唇を奪った。まるで、丸薬を飲み込むことを強制するような、乱暴なキスだった。
 やがて月彦の目からも、こくりと。由梨子の喉が鳴るのがわかった。
(もしかして……)
 いつになく強引な真央の様子を見て、月彦は頭に冷水をかけられたような気分だった。寝食を共にしているからこそ感じる事ができる違和感。“これ”は単純に性欲が貯まりに貯まったからではないのではないかという危惧。
 ただの勘ぐり過ぎかもしれない。しれないが、ひょっとしたら真央は何らかのきっかけで“明日のデート”の事を知ったのではないだろうか。自分一人のけ者にされることに気づいたのではないだろうか――。
 そうとでも考えなければ、この肝が冷えるような光景の説明がつかないように、月彦には思えるのだった。
「あ、ああぁ……」
 由梨子がぶるりと体を震わせたかと思えば、たちまち脚を閉じ、もじもじと擦り合わせ始める。薬を飲んで、まだ五分と経っていない。しかし、“真央印の薬”は驚く程早く効き始めることは、月彦は身をもって知っている。その体は見る見るうちに紅潮し、息使いは荒く、瞳はうっとりと、今にも涙をこぼさんばかりに濡れ始める。
「やっ、これっ……あぁっ、ぁああ!」
 由梨子は喘ぐように声を上げ、己の体の変化に戸惑うように体をくねらせる。そんな由梨子の体を、まるで拘束でもしているかのように両手でしっかりと抱きしめながら真央がぺろりと舌なめずりをするのを、月彦は見逃さなかった。
「ひぁっ……ぁっ……心臓が、どくんどくんって……あぁあ!」
 ビクン!――由梨子が唐突に腰を跳ねさせる。さらに、立て続けに二度、三度と腰を跳ねさせながら、脚を大きく開き始める。まるで、体そのものが男を欲しているかのように。
「あぁぁぁあっ……ぁぁっ……せんっ、ぱ……せんぱいっ…………」
 脚を開き、腰をくねらせながら、由梨子は息も絶え絶えに懇願する。真央に体を押さえつけられていなければ、今にも飛びかかってきそうな勢いだった。
「はぁぁぁあっ……ンッ、あっっ……ひぁっ……ンンッ……ぁぁア!」
 由梨子は悶え、そしてビクンと腹部を突き出すように体を跳ねさせる。ビュッ、ビュルッ――それはもう、溢れるというよりも噴き出すという勢いで、透明な飛沫が迸る。
「あっ、あっ……やっ……せん、ぱ……見な……ぃれ……あぁああっ!」
 そして、もう我慢出来ないとばかりに、由梨子は自ら手を伸ばし、体を慰め始める。
「はぁぁぁあっ……」
 右手の指をくちゅりと自らの秘裂に埋没させ、月彦や真央の目があることすら忘れたように。甘い息を上げながら、由梨子は自慰に没頭する
「あっ、あっ……ぁ!」
 ビュッ、ビュッ!――自ら秘裂を弄りながら、由梨子は幾度となく潮を吹く。その勢いは凄まじく、ベッドの外、絨毯の方にまで飛ぶほどだ。
「ぁっ、ぁっ……せん、ぱい……せんぱい……欲しい、です……せんぱい……せんぱいの、はやく……あぁあああ!!」
 なるほどと、月彦は由梨子がそこまで乱れる様を見せられて、興奮は当然として大きく納得してもいた。確かに“これ”に比べれば、先ほどの恥ずかしがりながらも自ら指で開いておねだりというのは――“あれ”は“あれ”でいいとも思うのだが――まだ弱いと言えなくもないなと。
 まるで、月彦のそんな“納得”を察したかのように。ふっ……と真央の“拘束”が緩んだ。忽ち由梨子は自慰を中断し、這うようにベッドの上を移動し、月彦の足下へと近づいてくる。そんな由梨子の体を、再び真央が捕まえたのは、今にも月彦の体に這い上ろうとしたその時だった。
「ま、真央……さん?」
「由梨ちゃん、まずは口で父さまを気持ち良くしてあげて」
「そんな……ま、真央さん……」
 由梨子が渋ったのは、口でするのが嫌――ではなく、“すぐにでも欲しい”からだと、無論月彦も解ってはいた。ひとえに、月彦も同じ気持ちだったからだ。
 しかし実際には、月彦は動けなかった。さながら、猟犬にポイントされた山鳥のように、真央の“にらみ”の前に、まるでデク人形のように椅子に座り続けることしか出来なかった。
「ほら、由梨ちゃん……自分でシながら、父さまのを舐めてあげて?」
 この場において、真央の言葉は神のそれのような響きをもっていた。由梨子はまさしく下僕のようにその言葉に従い、制服ズボンのジッパーを突き破るらんばかりに怒張しているそれを取り出すや、ぬろぉと舌を這わせ始める。
「っ……由梨ちゃん……」
 まさか、由梨子の性欲を暴走させたことで“舌の質”まで変わることはないだろう。が、由梨子の舌の感触がいつになくねっとりとしたものに感じられるのは何故なのだろうか。
 或いはそれは由梨子の力加減の変化かもしれないし、自身も極限に近いまでに我慢を重ねた結果によるものなのかもしれない。
「んふっ、んんっ……ふぇんはい……んんっ……ふぇんあい……んぷっ、んぷっ……」
 由梨子に口でされたことは何度もあるが、一心不乱という意味では今回ほどその四字熟語に沿うものはない。ちゅくちゅくと水音が聞こえるのは、視界の外で由梨子が自ら秘裂を慰めているからなのだろう。その音も月彦にさらなる興奮を呼び、月彦は己の限界がそう遠い場所にはないことを悟った。
 ゴクリッ――月彦の耳に、そんな音が舞い込んできたのはその時だった。くちゅくちゅと蜜の滴る秘裂を弄る音にかき消されることなく、驚く程にはっきりと聞こえたそれの正体に、月彦は即座に気がついた。
 由梨子の背後で、膝立ちのまま不安定に口での奉仕を続ける由梨子を見守っている真央の喉から聞こえたのだ。その両目はうっとりと由梨子の奉仕に魅せられたように細まり、時折由梨子の舌の動きに己を重ねているかのように、ぺろり、ぺろりと唇を舐めては、もどかしげに生唾を飲み干しているのだ。
「由梨ちゃん、ちょっと横に詰めて」
 やがて我慢出来なくなったのだろう。真央は由梨子の体を左側へと押しやり、由梨子の右側へと強引に体を割り込ませる。月彦は真央の強引さに圧倒されながらも、さらに脚を大きく開いてスペースを作る。作りながら、ふと脳裏を過ぎったのは、一つの餌皿に無理矢理頭を突っ込もうとする、2匹の猫の姿だったりする。
「んんっ、れろっ……んんっ……!」
 そして体をねじ込むや、真央も負けじと剛直に舌を這わせ始める。そうされることで対抗心を刺激されたかのように、今度は由梨子も反対側へと舌を這わせる。真央が先端部に吸い付けば、由梨子は竿部分を舐めあげ、今度は真央が由梨子に負けじと、竿袋へと唇をつけ、あむあむと愛撫するように甘く噛んでくる。
「んはぁっ……んんっ、ちゅっ……んっ……んんっ……!」
 由梨子に対抗してか、それとも無意識にか。真央が元々はだけていたブラウスのボタンをさらに外す。たゆんっ、と母譲りの質量をもった胸元が大きくたわみ、月彦の目にもより深く谷間の闇が見えるようになる。ピンと天井へと伸びた尾は舌の動きと連動するようにうねうねと動き、まるで幻惑でもされているような気分にさせられる。
(あぁ……そういや、真央とももう随分と……)
 そして思い出す。今回のように、“たっぷり我慢させた後”の真央の中は背筋が震える程に具合が良くなっているということを。そのことを文字通り骨身に染みるほどに刻み込まれている月彦は、過去に体感した至上の快楽を過去の記憶から掘り起こしては、恋い焦がれるように生唾を飲み込んでしまう。
 そうして真央の胸元と尾の動きに視線を奪われていると、今度は由梨子が自分の方を見てと言わんばかりに強く吸い付いてきたりして、月彦は慌てて視線を由梨子の方に戻さねばならなかったりする。
「ちょっ、ちょっ……二人とも……」
 文字通り顔をつきあわせるようにして剛直を取り合っている二人の姿に、月彦はゾクゾクと背筋が震えるほどに、男としての満足感を刺激される。それは単純な性的興奮とは全く別の快楽を月彦にもたらし、思わず嘆息めいた息すら盛らしてしまう。
 焦らず、一人ずつしてくれ――などと、口が裂けても言えなかった。月彦は無意識のうちに二人の頭の上に手を置き、褒めるように撫でながら自ら催促した。
「っ……続けて、くれ……」
 “これ”は良いものだと、身震いするほどに感じていた。単純に与えられる快感の量という意味では、それぞれ一人ずつにたっぷりとしゃぶられた方が遙かに上だろう。しかしその分を差し引いて尚余りあるものが、月彦の心を掴んで離さない。
「っ……や、べ……出る……!」
 しかし、至福の時というものは決して永遠には続かない。剛直の根元に甘い痺れが走るのを感じて、月彦は最後の最後に決断を迷った。そう、一体どちらに出せば良いのか――刹那秒しか与えられなかった猶予時間では到底決めかね、月彦は結局成り行きに任せることにした。
「きゃっ」
 という悲鳴は、由梨子のものだった。
「あんっ」
 対して、真央の声はなんとも甘い、悪ふざけをしている小悪魔のような声。
 ドリュッ、ドリュッ……と凄まじい勢いで打ち出される白濁汁を、二人の後輩はまるで先を争うように自らの顔で受け止めていた。
「だめ……父さま、もったいない……」
 切なげに呟いて、先端に吸い付いたのは真央。そのまま、口中で最後の射精を受けようとするのを――今度は由梨子が邪魔をした。
「ダメです、真央さん……独り占めはズルいです」
 真央の体を押しのけるように、今度は自ら唇をつける。
「ダメ、由梨ちゃんはもう終わりなの!」
 それを、真央が邪魔をする。すると今度は由梨子が――とはならなかった。
「んふっ……んんっ……」
「あむ、んふっ……くちゅっ……」
 月彦が仲裁に入るまでもなく。後輩二人はまるでそうするのが一番穏便に片がつく事を知っているかのように、互いに唇を合わせ、ねっとりと舌を絡ませ合う。ときにははしたなく、唾液ごとすすり上げるようにしながら。
「あんっ……んっ……」
「れろっ……ぁっ……んっ……」
 後輩二人が繰り広げる淫らなキスは、たっぷり五分は続いた。その間完全に放置される形となった月彦は、密かに嫌な予感を感じていた。
 そしてそれは、“選びようのない二拓”という形で、現実のものとなった。
「父さま……」
「先輩……」
 二人がキスを止め、ほぼ同時に。白濁にまみれた顔で月彦を見上げた。
「どっちとシたい?」
「どっちとシたいですか?」


 それはさながら、胸の前で両手を合わせ、全力で押し合っているような――そんな状態だった。押しも押されず、かといって力を抜くことも不可能。二人の後輩の魅力は、それほどまでに拮抗していた。
「先輩……」
 先に動いたのは由梨子の方だった。椅子に座したままの月彦の体を蛇のように這い上がり、左右に大きく開いたままの右足を跨ぐように密着してくる。まるで己の胸の高鳴りを伝えようとするかのように、シャツ越しの腕の辺りにぎゅうと胸元を押しつけながら、
「……私じゃダメですか?」
 甘い声で囁いてくる。
 ぐらりと、由梨子の方に心が傾きかけたところを――再びぐいと、真央が文字通り月彦の腕を掴み、己の方へと引き寄せる。
「父さま……シよ?」
 真央は真央で、己の武器が何であるのかを十二分に理解しているのだろう。一体いつの間に外したのか、先ほどまでは間違いなく着用していたはずのブラが取り外され、ブラウスから除く谷間の肌色は確実に面積を増していた。それでいてボタンを全て外すようなことはせず、見せるのはあくまで“谷間まで”と限定しつつ月彦の左腕を挟み込むように押しつけてくる。殺人的なまでに柔らかく、そして仄かに汗ばんだ乳肉の感触に、否が応にも剛直に力が籠もる。
「先輩、先に約束したのは私ですよね?」
 心の中の天秤の傾きが二人の後輩には見えているのだろうか――そう思いたくなるほどに、心が真央の方へと傾きかけるやいなや、今度は由梨子が体を擦りつけるように囁きかけてくる。学生ズボンごしに押し当てられた秘裂からはひっきりなしに蜜が溢れ出し、由梨子がどれほど“飢えて”いるのかが否が応にも伝わってきて、月彦は思わず生唾を飲んでしまう。
「ダメ、父さまは私とするの」
 かと思えば、いつのまにか真央も左足を跨ぐように体を密着させながら、切なげに耳元に囁いてくる。由梨子に比べるまでも無く、昂る鼓動と高い体温を誇張するかのように密着し、焦れるように尻尾をうねうねと動かしている。その体からは濃厚な発情フェロモンがこれでもかという程に発散されており、息をしているだけで真央を襲いたくて堪らなくなってくる。
「先輩」
「父さま」
 一体何度、二人の顔を見比べたことだろうか。月彦は今日このときほど、自分の体というものがたった一つしかないということを悔やんだことはなかった。
(由梨ちゃんとシたい……ああでも、“こういう時”の真央も……)
 何よりも体が覚えている。“我慢をさせた後”の愛娘の体が、どれほど極上に仕上がっているのか。その快楽が骨身に染みるほどに覚え込まされている。同時に、普段は控えめな由梨子がこれほどまでに積極的にセックスアピールをしているのだから、男として応じなければという想いもある。
「ぐ、ぎぎ……」
 月彦は悩んだ。それこそ奥歯を噛み締め、ぎりぎりと今にもかみ砕かんばかりに悩んだ。
 そして選んだのは――
「あっ……」
 不意に、月彦の右手が由梨子の背中へと周り、ぐいと抱き寄せる――“それ”が何を意味するのか、由梨子は瞬時に感じ取ったようだった。
「先輩、嬉しいです……んっ……」
 そのまま右手で由梨子の体を抱きながら、濃厚な口づけを交わす。――真央の方は、怖くて見ることが出来なかった。
(……すまん、真央……)
 口にすることは出来ない。故に、心中で謝るしか術が無かった。
「……父さま、由梨ちゃんとするの?」
 視界の外から聞こえた真央の声は、今にも泣きそうな響きだった。同時に、由梨子に道を譲るかのように、真央の体が離れるのを感じる。同時にわき起こる、強烈な後悔。やはり真央を選ぶべきだったのではと、頭の中でもう一人の自分が囁く。
(……いや、これでいいんだ)
 しかし、月彦は確信に近い思いをもって、その否定的な意見を打ち消した。同時に、真央ならば最終的にはこの決断が正しいことを理解してくれる筈だと信じてもいた。
「……先輩、ダメです。真央さんのコトは忘れてください」
 キスをしているだけで、頭の中まで読まれるというようなことがあるのだろうか。唇を離すや否や由梨子はムッとしたように言い、そして再び唇を重ねるや、両手両足でしがみつくように密着してくる。そう、もはや“片側”を真央に譲る必要はないとばかりに大胆な抱擁だった。
「んっ、ちゅっ、んはっ、んんっ……ぁぁ……先輩……んむっ、んんっ……!」
 それは由梨子にしては、なんとも荒々しいキス。普段はどちらかといえばテクニカルな――“巧い”と思わせるキスをする由梨子にしては珍しいキスだった。そう、まるでわざと唾液の弾ける音を響かせ、真央に対して勝利宣言をしているかのような――。
「はぁっ……はぁっ……先輩……はやく……ください、キスだけじゃ、もう……」
 剛直を腹に押しつけるような形で跨がり、秘裂を裏筋に密着させるように腰を使って、由梨子が催促をしてくる。月彦の知る限り誰よりも濡れやすく溢れやすい由梨子の蜜でもう、腰回りは水浸しになってしまっていた。
「せ、先輩……! お願い、します…………は、はやく……」
 はぁはぁ。
 ぜぇぜぇ。
 由梨子の喘ぎが、加速度的に切なさを増す。このまま焦らし続ければ狂い死にしてしまうのではないかという程に。
(……“週末”に備えて我慢してた所に、真央の薬を飲まされたら、そうなるのも無理はないか)
 幾度となく、“真央印の薬”の効果を味わってきた身としては、今由梨子が感じているであろう焦燥が容易く想像出来、ある意味では同情を禁じ得ない。
「……わかったよ、由梨ちゃん。……腰、浮かせられる?」
「は、はい……これで、いいですか?」
 由梨子が腰を浮かせるや、忽ちグンと剛直が天を仰ぐ。月彦は剛直に手を添えて狙いを定め、由梨子に少しずつ腰を落とさせていく。
「だめ……とうさま……やめて……」
 くいくいと、カッターシャツの袖を引く真央を心を鬼にして無視をする。そして、ゆっくりと由梨子の体を落とし――。
「あっ、あぁっ……せんっ、ぱっ……うっ……くっ……」
 ぬっ、と先端部が由梨子のナカへと埋没する。じっとりと熱を帯びた媚肉の感触に思わず嘆息を漏らしながらも、さらに腰を落とさせていく。
「くっ、ひ……だ、だめっ、です……先輩っ……そんなに広げっ……あぁあ!」
 由梨子の声は多分に悲鳴が混じっていた。いつもならば、“由梨子用”に多少ながらもサイズ調整が利くのだが、二人がかりで誘惑された後ではそれも難しかった。
「んっ、くっ……はぁ……凄く、擦れて……あぁぁっ……苦しい、のに……はぁはぁ……んんっ……!」
「……っ……由梨ちゃん、……っ……」
 いつになくキツい――そう感じるのは、それほどまでに由梨子のナカを圧迫しているからなのかもしれない。あまり無理はさせたくないという思いとは裏腹に、目の前で喘いでいる後輩の乱れた顔が早く見たいという焦りも感じる。
「ぁっ、ぁっ、ダメ、です……先輩……もっと、ゆっくり……ひんっ」
 もっと奥まで挿れたい。先端に由梨子の子宮を感じたい――そんな牡的な欲求に突き動かされて、月彦は由梨子の太ももの付け根を掴み、ぐいぐいと無理矢理に腰を落とさせていく。
「あっ、あぁぁあんっ!」
 ピンと由梨子が背を逸らし、大きく声を上げる。同時に先端部に感じる、コリコリとした子宮口の感触と、それにかかる由梨子の体重。ふうう、と月彦は満足げに息を吐き、足の付け根に宛がっていた手を由梨子の尻の方へと回し、まるで肉付きを確かめるように丹念に揉む。
「……由梨ちゃん、大丈夫?」
「は、はい……なんとか……」
 照れ笑い――というよりは、苦笑い。事実、由梨子の呼吸はひどく浅く、瀕死の動物のように小刻みだった。
(……実際、いっぱいいっぱいって感じだな)
 “ナカ”の感触からしてそうだった。みっちりと一部の隙もないほどに肉襞が密着し、その一体感がなんとも心地よい。それでいて、キュンキュンと痛いほどに締め付けてくるのだから堪らない。
「……由梨ちゃん、動くよ」
 “動いてもいい?”ではなく。月彦自身、早く由梨子の体を味わいたいという思いから、尻肉を掴んだままの手に力を込め、上下に揺さぶり始める。
「あっ、待っ……んんっ……あっ、あん!」
 正確には“動く”ではなく“動かす”わけなのだが、そのような些細な違いはどうでも良かった。
(う、ぁ……由梨ちゃんのナカ……めっちゃ締まる……)
 由梨子もまた男に飢えていた――そう表現するのは、由梨子に失礼なのだろうか。しかしそうとでも考えなければ、このねっとりとした肉襞の絡み具合は説明がつかないのだった。
「あっ、あっ……あっ! せんっ、ぱっ……せんぱっい……あっ、あっ、あッ!」
 ギシギシと軋む勉強椅子の軋みをかき消すほどに、由梨子が声を上げる。とんとんと先端で奥を小突く度に、背筋をピンと反らせ、甲高い声を上げながら、次第に自らも腰を淫らにくねらせ始める。
 可愛い――素直にそう感じる。戸惑い混じりに笑顔を零しながら、恥じらいながらも声を上げる。ほんのりピンクに頬を染め、快楽に蕩けたその笑顔がなんとも可愛らしいと、月彦は思う。
(……っ……由梨、ちゃん……)
 そんな由梨子の姿を見ているだけで、際限なく興奮が高まっていく。この可愛く淫らな後輩を、もっともっと乱れさせたいと思う。
「あんっ、先輩……」
 吸い寄せられるように、月彦は前がはだけたブラウスの隙間からちらちらと見える、由梨子の膨らみへと顔を寄せる。吸うのではなく、舐めるでもなく。顔全体で由梨子の膨らみの感触を確かめるように、埋める。
「………………♪」
 そんな月彦の気持ちを察したかのように、由梨子が月彦の頭を抱き込むように手を回してくる。ぎゅう、と乳肉の感触を頬や鼻先で感じながら、れろりと。悪戯っぽく舌を這わせると、由梨子はたちまち甲高い声を上げた。
「先輩っ……んんっ……あぁぁ……んっ……そこ、だめです……あんっ」
 由梨子の拘束が俄に緩む。月彦は少しだけ顔を離し、痛々しい程に堅く尖った先端部へと唇をつける。ちう、と軽く吸い、舌先で転がすように舐める。
「あっ、あっ、あっ……!」
 てろり、てろりと時折乳肉にも舌を這わせながら、不意打ち気味に先端を吸うと、連動するようにギュウッ、と剛直が締め付けられる。それが何とも気持ち良くて、何度も繰り返してしまう。
「あぁっ、あぁっ……先輩っ……先輩っ…………!」
 次第に気分が高まってきたのか、由梨子の腰の動きが徐々に大きくなる。ぎし、ぎしと椅子を軋ませながら、ダンスでも踊るように腰をくねらせてくる。
(っく……ナカで、ねじれて……)
 単純な上下運動に腰の捻れが加わり、快感が倍加する。早くも腰周りに甘い痺れが走るのを、月彦は歯を食いしばって耐えねばならなかった。
「んんっ……あんっ……せん、ぱい……気持ちいい、です……あんっ……はぁはぁ………………んっ……ちゅっ……」
 しかし、そんな月彦の決死の抵抗も、突然体を被せてキスをねだってきた由梨子によって阻止された。
(うっ、お……ここでキスか!?)
 狙ってやられた――とは思いたくなかった。しかしその不意打ちのキスによって、月彦の意識は一瞬由梨子の舌の動きに奪われ、さらにキュンキュンと甘えるように絡みついてくる肉襞の感触に、思わず“気”が抜けた。
「ンンンンーーーーッ!!!!」
 ドクンッ――まるで第二の心臓の鼓動のような反動を持って、白濁が打ち出された瞬間、由梨子が唇を重ねたまま喉奥で叫んだ。咄嗟に月彦は両手で由梨子の体を抱きしめ、ぐいと腰を突き出すようにして“第二射”を続ける。
「っはっ……せ、先輩っ……待っ……あんっ……! あっ、あァァ……ーーーーーーーーーーーッ!!!」
 由梨子にとっても予期しなかった射精。そのうねりをうけて、強引にイかされた――由梨子の掠れた嬌声は、まさにその事実を示していた。
「っ……ゆり、ちゃん……」
 一度始まった射精を止めることなど出来ない。ましてや、可愛らしい後輩がイっている最中に止めるなどということは尚更だ。
「ァッ……ンッ……ぁっ、ぁぁ……」
 ビクン、ビクンと由梨子は月彦の腕の中で小刻みに痙攣を繰り返している。不意打ち気味の絶頂の反動がよほど大きいのか、その体は脱力しきってぐったりと月彦に凭れかかってくる。
(っ……俺の方が、先に……)
 イかされた――その事実は、少なからず月彦に敗北感を植え付けた。由梨子の方が明らかに“我慢出来ない状態”であったにもかかわらずという要素がまた、その敗北感をさらに色濃いものにする。
(……いや違う、由梨ちゃんだけが相手だったら、絶対そんなことにはならなかった!)
 二人がかりで誘惑するなんて卑怯なことをされたからだと、月彦は内心で言い訳じみたこともした。そして遅ればせながら、傍らで“待て”をされた犬のように座り込んでいる真央の姿に気がつき、思わず目を向けてしまった。
「あっ……」
 と、月彦の視線に気づいた真央はたちまち目を輝かせた。それはさながら、飼い主が買ったばかりのゲームにお熱で全く構ってもらえずふてくされていた犬が飼い主の視線に気づき、やっと構ってもらえるのかなとうきうきしている状態に酷似していた。
(……ゴクッ)
 しかし、真央のその期待に満ちた目は“そう”ではないということにも月彦は同時に気づいた。愛娘のこの目は、単純に「構って欲しい」ではないということを、月彦は経験から知っているのだった。
 だから。
「……由梨ちゃん、次はベッドでシようか」
 真央の目をあえて無視して、月彦は脱力しきっている後輩にそっと耳打ちをした。



 
 ベッドの上で、月彦は文字通り由梨子の体をしゃぶり尽くした。
「あっ、あっ、あっ、アッ、アッ、あああァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
 由梨子の小柄な体を組み伏せ、向かい合ったままさんざんに突いて声を上げさせた後、一方的にイかせる。そんなコトを何度繰り返したか知れない。
「ひはっ……ひぁっ……あはぁっ……」
 目を白黒させながら、背骨が折れんばかりに背を逸らし、体を跳ねさせている由梨子の体を優しく愛でるように胸元を愛撫し、時には舌を這わせる。小ぶりな乳房にそっとキスをし、先端部を優しく舐め回す。
 そうして軽いインターバルの後。
「あっ、あんっ!」
 体を起こすなり、腰のくびれを掴んで、強く突き上げる。
「はぁっ、はぁっ……せんっ、ぱい……あはぁっ……ひんっ! あっ、あんっ……少しっ、休ませっ……あっ、あぁぁーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
 “イき癖”がついたかのように、容易く絶頂を繰り返す由梨子の体を弄ぶように突きながら、由梨子の片足を持ち上げ、肩に担ぐように上げさせる。
「あっ、あぁぁぁぁあッ!」
 たちまち、由梨子の反応が段違いに良くなる。
「だめっ、ですっ……せんぱっ……ンンッ! やっ、またっ……イッ……イクッ……ンンンッ!!!!」
 余りに頻繁な絶頂を恥じているのか、由梨子が両手で口を覆い、声を押し殺す。くすりと、月彦はそんな由梨子に微笑を零す。
「由梨ちゃん、恥ずかしがることなんか無いよ。……由梨ちゃんがイク時の声、真央にもたっぷり聞かせてやるといい」
「えっ……ぁ……」
 恐らくは、今の今まで真央の存在など忘れていたのだろう。ベッドの外で、“お座り”を命じられたまま待機している真央の目が自分の方を向いていることに今更ながらに気づいて、由梨子は忽ち顔を朱に染めた。
「あっ、やっ……あぁぁぁぁ!」
 そして、羞恥に目覚めたばかりの由梨子のナカを突き上げる。
(おや?)
 と思ったのは、由梨子の右手の動きだった。真央の視線に気がつくなり、まるでそれを遮るように、股間の方へと伸ばされていたのだ。そう、まるで“そこ”だけは見られたくないとでもいうかのように。
 月彦の心に、悪魔の発想が湧いたのは当然の流れだった。
「真央、見たいならもっと近くで見てもいいぞ」
「せ、先輩っ……!? 真央さん!?」
 月彦の言葉に誘われるように、真央が這うようにベッドに上がってくる。そして月彦の言葉だけで全てを察したかのように、由梨子が右手で隠そうとしていた“結合部”へと、食い入るように顔を近づける。
「やっ、ダメっ……です……真央さん、やっ……ンンッ!! せ、先輩!?」
 そして真央が顔を寄せると同時に、月彦は由梨子の右手を掴み、退けさせる。その上で、さらに腰を使う。
 うわぁ、と。声を上げたのは真央だ。
「……由梨ちゃんのココ、父さまのでいっぱいいっぱいに広がっちゃってる……」
「……っっっ……やっ……真央さん、そんなっ……言わないで、下さい……」
 体を横にされ、月彦に片足を抱え上げられているため、どうしても左手で隠すことは巧くいかない。仮に手を伸ばしたところで、今度は真央に手をどけさせるつもりだった。
「父さまのが出たり入ったりして、とぷとぷって、由梨ちゃんのいやらしいお汁がいっぱい溢れてる……由梨ちゃん、そんなに気持ちいいの?」
「やっ……せ、先輩……ま、真央さんを……」
 由梨子が祈るような目を向けてくる――が、月彦はあえて気がつかないフリをした。
 それどころか――
「先輩……!?」
 さらに体位を入れ替え、月彦はベッドの上にあぐらを掻き、自らの足の上に由梨子を座らせる形をとる。“いつも”と違うのは、体の向きが逆という点だった。
 そう、由梨子の体を背中側から抱く形で、月彦は突き上げる。
「そん、なっ……先輩ッ……ひんっ!」
「由梨ちゃん、手は後ろで組んで」
 由梨子の両足の膝の裏を持ち、大きく足を広げさせながら、小刻みに突き上げる。突き上げながら、囁きかける。
「で、でも……」
 往生際の悪い由梨子は、そのような体勢にされながらも、両手で真央の視線から結合部を隠している。恐らくは、裸を見られることは許容できても、その場所――“男と繋がっている所”を見られるのは不慣れということなのだろう。
 もちろん、そんな由梨子の我が儘を月彦は許さない。
「……組まないなら、ここで止めてもいいんだけど?」
 由梨子にだけ聞こえるであろう小声で、囁く。ハッとしたように――しかし躊躇いながら――由梨子は渋々両手を背中側へと回し互いの手首を掴むようにして組む。
 自然と、ベッドの上で伏せるようにして見ていた真央の眼前に、大きく足を開いて結合部を晒す形になる。
「せ、先輩……真央さんに、見られてます……」
 泣きそうな声で由梨子が言う。ただ見られているのではなく、ガン見されていると言いたいであろうことは明白だった。
(……でも、由梨ちゃんの反応、さっきより良くなってるんだよなぁ)
 心なしか、剛直周りの媚肉もじっとりとより熱を帯びているように感じられる。溢れる蜜の量は言うに及ばず、時折ぴゅっと潮さえ吹いている始末だ。
「由梨ちゃん、動かすよ?」
「あっ、んっ……先輩っ、……あぁっ!!」
 小刻みな動きから、徐々に大きなストロークへ。剛直の動きに連動するように、前屈み気味だった由梨子の背がそり始める。
「あぁっ、あぁっ、せ、先輩のっ……強く、擦れっ……あぁあっ……ダメですっ……先輩っ……真央さんに見られてます! 見られて、るのに……あぁぁ……!」
「……そんなのは最初から解ってたことだろ? 由梨ちゃん」
 苦笑混じりに囁きながら、月彦はさらに由梨子の体を大きく上下させる。
「で、でも……こんなに近くで……それに……ああんっ! やぁっ……そ、そんなに顔を近づけないで下さい……」
 真央はといえば、文字通り食い入るように結合部に見入っていた。それこそ、ぴゅっ、ぴゅっと時折噴き出す蜜や、剛直の出入りの際に飛び散る飛沫が顔にかかることなど意に介していないとばかりに。
「……こーら、真央?」
 そして、真央の様子に注視していた月彦はその理由に気がついた。じわり、じわりと身を寄せていた真央が、そっと舌を伸ばそうとしていたのを窘めると、真央は慌てて体を起こした。
「俺が許可したのは“見る”ことまでだ」
「で、でも……父さまぁ……」
 真央は女座りをしたまま、両手を太ももに挟んでもじもじと体をくねらせる。見ているだけじゃもう我慢できない――全身が如実にそう語っていた。
「でもじゃない。……ベッドから降りろ」
 冷たく言い放つと、真央は泣きそうな顔をしつつもずりずりと後退し、言われた通りにベッドから降りる。そして両手をベッドの淵に添え、顔の上半分を覗かせるようにして――期待の籠もった目を向けてくる。
 ああ、やはり俺は間違っていなかったと、月彦は俄に安堵した。
「由梨ちゃんごめん。動き、止まっちゃってたね」
「えっ、……あっ……ンッ!」
 お詫びといわんばかりに、由梨子の体を大きく持ち上げ、落とす。
「あぁっ、あぁっ、あぁぁっ!!」
 そのまま、何度も何度も、由梨子のナカを突き上げる。ベッドの外で見ている真央に見せつけるように。
(……大分“効いてる”みたいだな)
 潤みを帯び、それでも尚羨むように由梨子の姿を注視している真央の呼吸の荒々しさまで伝わってきそうだった。その視線に混じっている羨望や嫉妬、そのドロドロとしたものが月彦にさらなる興奮をもたらし、次第に高みへと登っていく。
「こーら、真央。“見るだけ”って言っただろ? 自分でするのも禁止だ」
 それでいて、月彦はめざとくベッドの淵に添えられていた真央の手が下がったことを咎める。真央はうぅ、と短く唸り、再びベッドの淵へとぬらついた光沢を放つ指先を戻した。
 はぁ、はぁ……。
 ふぅ、ふぅ……。
 尻尾を高々と立てたまま、くねくねさせる真央がもう、月彦には可愛く見えて仕方なかった。
 だから。
「……由梨ちゃん、キスしようか」
 肩から由梨子の足を下ろし、再び正常位へと移行しながら体を重ね、ねっとりと舌を絡ませる。
「ぁっ……先輩……んっ……」
 背中に、由梨子の手が回ってくるのを感じる。結合部を真央にガン見される体位から変わったからか、キスから由梨子の安堵の息が伝わってくるようだった。
「んんっ、ンンッ!」
 さらに、腰をくねらせ、剛直で膣奥をほじるように動かすと、由梨子は唇を合わせたまま喉奥で噎んだ。やや苦しげな喘ぎ方だったが、由梨子が足を絡めてきたことから、嫌がってはいないと月彦は判断した。
「んはぁっ……はぁはぁ……先輩っ……んっ、……先輩っ……ちゅっ……」
 啄むようなキスを繰り返しながら、月彦は丁寧に腰を使っていく。今度は由梨子だけをイかせたりはしない。自らも同時に達するために、絶妙にタイミングを合わせていく。
「由梨ちゃん、由梨ちゃん……」
「先輩っ……先輩っ……!」
 奥まで突かれながら、由梨子が焦れったげに腰をくねらせる。由梨子もまたイきそうなのだと察する。互いの名を呼び合いながら、時折体を愛撫しあいながら、快感を高め合っていく。
「由梨ちゃん……」
「先輩っ……」
 再度、唇を重ねる。もはや、言葉で伝えるまでもない。限界であると、キスを通じて互いに教え合う。
 月彦は由梨子に被さるように両手を背へと回し、強く抱きしめる。そして剛直をギリギリまで深く挿入した。
「ンンッ……ンンーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
 痺れるような快楽と共に、全てを由梨子のナカへと解き放つ。相手が年下の、十六才の少女であることなどまったく考慮していない、無慈悲な射精だった。
(くはぁっ……すっげぇ出る……ッ……)
 濃厚な精液が、たっぷりと由梨子のナカへと注がれていくのを感じる。それは単純に由梨子の体に満足しているだけではなく、“真央の前で他の女を抱いている”という背徳感によるものも混じっていたかもしれない。
 両腕で同じく絶頂に身を震わせている由梨子の快楽を感じ取りながら、月彦はさらに射精を続ける。堪りかねたように結合部から白濁汁が溢れ出して尚、その射精は止まらない。
「はぁ……はぁ……由梨ちゃん……」
「……せん、ぱい……」
 ちょっと、出し過ぎです――何とも嬉しげに不満を漏らす由梨子にさらにキスをしながら、マーキングをするようににゅり、にゅりと剛直を動かしていく。
「うーっ…………うぅぅー!」
 視界の外からそんな声が聞こえたのはその時だった。今にも泣きそうな顔をした真央が、辛抱堪りかねるようにベッドシーツの端を咥え、抗議するようにクイクイと引っ張っていたのだ。
(……さすがにこれ以上は可愛そうだな)
 さすがに真央自身が――内心で――望んでいるとはいえ、これ以上由梨子を贔屓して焦らすのは、父親として耐えられなかった。
 何よりも、体が骨の髄から欲しているのだった。
 飢えに飢えて、極上に仕上がった愛娘の体を。
「……真央、こっちに来い」
 月彦はこれ以上ないほどに優しく微笑み、手招きをする。
「……我慢させた分、たっぷり可愛がってやる」
 そして、文字通り飛び上がるようにしてベッドの上へと上がってきた真央の狐耳にそっと、悪魔のように笑みを歪めながら囁いた。



 ベッドの上に上がった真央は、完全に“出来上がって”いた。もちろん真央は自分が“後回し”にされた理由を理解していたし、その後まるで煽るように由梨子とのイチャラブセックスを見せつけられたことについても、“この後”の伏線の一つだと理解していた。
 しかし、頭では解っていても、感情までコントロールすることは出来なかった。月彦に抱かれながら嬌声を上げる由梨子を前に、羨望と嫉妬で頭がどうにかなりそうなほどに焦らされ、漸くベッドの上へと上がる“許可”がもらえた時には、今度は嬉しさで頭がおかしくなりそうだった。
「父さまぁ……」
 早くシて?――真央は言外でそうアピールする。真央は自覚していなかったが、その身を包んでいる制服はたっぷりと汗を吸い、発情フェロモンをこれでもかと発散させていた。その濃厚な香りは思春期の男子の理性など、鼻先をカナヅチで殴るが如く容易く屈服させてしまうだけの効果を秘めているのだが、勿論真央自身は自分がそんなものを垂れ流していることなど気づいてもいない。
 それでいて、気が狂いそうな程に焦れているのに、自分から月彦の体を押し倒し、その上に跨がる――といった積極性も発揮出来ず、ベッドの上に上がったもののぺたりと女の子座りをしたまま月彦の出方をうかがうような、“犯され待ち”の体勢におちついてしまった。
 そんな真央を前に、月彦はまず何をしたか。その第一の挙動は、真央の予想を裏切るものだった。
「……由梨ちゃん」
 あろうことか、月彦は再度由梨子へと被さったのだ。もしそのまま“もう一回”などということにでもなったら、真央は間違いなく最後の理性を失い、“別の意味”で月彦へと飛びかかっていたかもしれない。
 しかし、月彦は由梨子の耳元へと何事かを囁くと、あっさりと体を離した。
 そして、
「あんっ」
 真央の方へと身を寄せるや、左手で胸元をまさぐりながら鼻先を狐耳の中へと差し込んできた。
「あぁっ……父さまぁ……」
 真央は甘えた声を出しながら、胸元をまさぐる月彦の手首を掴み、そのままさりげなく体を倒して“月彦の下”になろうとした。しかしそんな真央の“押し倒され”は巧くいかず、月彦はあくまでやんわりと真央の胸元をまさぐりながら狐耳を愛撫することに執着していた。
「あっ、あっ……」
 あれほど待ち望んだ父親からの愛撫なのだ。声を抑えろというほうが無理な話だった。しかしそれは真央が待ち望んだモノに比べて、あまりにも弱々しく、物足りないものだった。
「父さま……父さま、もっと……」
 焦れる。はぁはぁと息を乱しながら、真央は自分が太ももをすりあわせていることに気がつく。
 月彦に触られている胸元はじんわりと熱を帯び、先端が堅く尖りブラウスの下から存在を誇張するようにツンと浮き出てしまっている。ブラウスの生地越しにでも月彦に触られたら、それだけで体が跳ねるほどの快楽につつまれることは確実であるのに、月彦はまるでその部分を避けるようにやんわりとした愛撫しかしてくれないのだ。
「だめっ……もっと……」
 真央は月彦の手を自らの胸の方に押しつけるように力を込め、さらなる愛撫を懇願するが、その望みは叶えられなかった。
「父さまぁぁ……」
 飢えに飢えているところに、目の前にごちそうを並べられ、匂いだけを嗅がされる――真央にしてみれば、まさにそんな状況だった。
(……由梨ちゃんとは、すぐにシたのに……)
 ズルい――と思う反面、ゾクゾクと痺れのようなものが背筋を走るのを感じる。そう、頭よりも、体が覚えているのだ。
 この後に待ち受けているであろう快楽と、至福感を。
「んんっ……」
 狐耳の内側に生えている白く細い毛、そこにふうと息を吹きかけられ、真央は思わず体を硬直させる。さらに立て続けにふっ、ふっ、と吹きかけられ、次第に声が抑えられなくなる。
「あっ、ぁっ……父さま……」
 息だけじゃイヤ――そういう目で月彦の方をチラ見するが、勿論意思は伝わらない。――否、伝わらないのでは無い。気づいていて、月彦は無視しているのだ。自分の娘が、胸を揉まれながら舌先でちろちろと耳の毛を弄ばれるのが好きで好きでたまらないということなど知り尽くした上で、あえて意地悪をしているのだ。
「あぁぁぁぁぁ…………」
 全身が小刻みに震え、さらに感度が増すのを感じる。今ならば、軽く胸の先を摘まれただけで、はしたなく声を上げてイッてしまうかもしれない。それほどまでに感度が高まっているのを自覚する。
 ――そんな、真央の状態をまるで見透かしたように。
「……真央、解ってると思うが、勝手にイくなよ?」
 そんな囁き。
 そして、ブラウス越しに胸の頂を摘まれ、クイと強く引かれる。
「っっっっ……んんっ、ンンン!!!」
 突然の刺激に、真央は慌てて口元を覆い、声と、そして快楽を押し殺した。声まで抑えろと言われたわけではないが、咄嗟にそうしないと本当にイってしまいそうだと判断したのだった。
「あっ、ぁぁぁっ……ぁ……」
 そして、“イくな”という命令に体が屈服したのを見届けた途端、月彦からの愛撫が徐々に荒々しさを増していく。胸元は荒々しく揉みしだかれ、内耳の毛は舌先で弄ばれる。
「あぁぁっ……やっ……とうさま……だめっ……そんな風にされたら……イッちゃう……」
「ダメだ。勝手にイッたら、また“ベッドの外”だからな」
 ベッドの外――それが何を意味するのか、真央は瞬時に理解した。そう、また目の前で由梨子を――
「ひぁっ!?」
 “それ”は完全なる不意打ちだった。真央の意識の外から加えられたその一撃の主はくすりと小さな笑みを零して、再度真央の首筋へと舌を這わせた。
「ゆ、由梨ちゃん……どうし……あんっ!」
 一体いつのまに体を起こしたのか、丁度真央の右側から身を寄せるようにして、由梨子がちろちろと首筋へと舌を這わせてくる。その右手は真央の太ももの辺りをなで回し、時折スカートの内側まで入り込んでは、下着の寸前で引き返すといった動きを繰り返していた。
「俺が頼んだんだ。……折角だから、真央を仕上げるのを手伝ってくれってな」
「し、仕上げ……? やっ……だ、だめっ……そんなっ……あっ、やっ……だめっ、両方……あぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあ!!!」
 二人が、示し合わせたように、同時に内耳へと舌を這わせてくる。白い毛をれろれろと舐め回してくる。月彦は胸を、由梨子は太ももを。それぞれ揉み、撫でつけてくる。
 “二人分の愛撫”に、真央は完全に腰砕けになっていた。
「あぁぁっ……やっ……こんな、の……だめぇっ……あはぁぁぁっ…………耳っ、らめぇぇえ!」
 真央が二人分の“口撃”から逃げようと頭を振ろうとすると、途端にキュッと、尾の付け根が握られた。
「こーら、真央。じっとしてろ」
「で、でもぉ……父さま、こんなの……ダメ……ぜ、ぜったい……イッちゃう……」
「真央さん、勝手にイッたりしたら、先輩は私がもらっちゃいますから」
 ちゃんと我慢してくださいね?――ドSのような悪い笑みまで付け加えて由梨子は囁き、ちろり、ちろりと耳舐めを再開する。
「ゆ、ゆりちゃ……ダメっ、お願い……許して…………あぁぁぁぁあっ!」
 声が震える。イッてはいけないと解っていても、体が反応する。イきたい、イきたいと狂おしいほどに訴えてくる。
「真央、どうした。今日は本当に無理そうじゃないか。…………いつもより興奮してるのか?」
「だ、だって……由梨ちゃんが……」
 真央は涙目で懇願する。いくらなんでも二人がかりでこんなことをされては我慢など出来るわけがないと。
 月彦が却下することを期待しながら、真央は必死に訴えかける。
「……そういえば、真央……さっき、由梨ちゃんに何か飲ませてたな」
 ゾクゾクゾク――月彦の言葉に、背筋に走る快感が止まらない。自分の訴えなどまるきり無視して、さらに一番触れられたくない話題に触れてくる月彦に、身震いが止まらない。
「あの薬まだ持ってるんだろ?」
 出せと言わんばかりに、月彦が手のひらをさしだしてくる。真央は躊躇い――正確には、躊躇っていると装って――スカートのポケットから由梨子に渡した丸薬の入っている布袋を取り出し、月彦へと渡す。
「へぇ、いつものとは違うな。また新しいのを作ったのか?」
 悪い子だ――布袋から出したルビー色の丸薬を矯めつ眇めつしながら、月彦が囁いてくる。ゾクッ――と真央が身震いしたのには理由がある。
 そう、何故なら次に言われる言葉は決まっているからだ。
「……真央、由梨ちゃんにだけ飲ませて、自分は飲まないってのも卑怯な話だよな?」
「……やっ……父さま……お願い、それだけは……それだけは許して……」
「ダメだ、真央。それは通らないだろ」
 月彦はじゃらりと、布袋を逆さにして中に入っていた丸薬を手のひらの上へと転がす。
 はぁはぁと息を乱しながら、真央はその丸薬へと視線を落とす。勿論自分で用意したものだ。その数も、効力も把握している。
 それを、今から飲まされるのだ。しかも無理矢理に。――想像するだけで、背筋が震える。思わず声が出てしまう程に。
「ほら、真央、口を開けろ」
「い、いや……ンく……」
 形だけの抵抗はする――が、そんなものは当然通じない。真央は六つの丸薬を全て、順番に一つずつ口に含まされ、飲まされる。
「ふ、ぁあ……」
 六つ目を飲み終えた時にはもう、一つ目の効果が現れ始めていた。全身が火であぶられているかのように熱く火照り、頭が痺れたようになって何も考えられなくなる。
「あふっ、ぁっ……ふぁあっ……やっ……あぁぁぁっ……」
 じんじんと下腹が疼く。じっとりと熱を帯びた蜜がしとどに溢れてくるのを感じる。反面、まるで喉が渇きを訴えるように、男が欲しくて堪らなくなる。
「とう、さまぁ……」
 とろんと、蕩けた目で、真央は見た。自分が欲して止まないものが、すぐ側に。手を伸ばせば届くほどの小脇に控えていることに。
「おっと。こーら、真央。誰が動いていいって言った?」
「あっ、あぁあっ、ぁっ……やぁっ……と、さま……欲しい……欲しい、の……いじわる、しないでぇ……!」
 “両側”から押さえつけられ、身動きが取れない。そうしている間にも体は疼いている。
「ひぁっ……あぁぁっ……あぁぁぁっ!」
 その疼いている体を、さらに両側から愛撫される。耳を舐められ、胸を揉まれ、太ももを撫でられ、背中をなぞられ。
 その都度真央は体を跳ねさせて喘ぎ、切ない声で鳴いた。
「はぁはぁはぁっ……おね、がい……父さまぁ……こんなの、続けられたら……もぉ……どうにかなっちゃう……」
 イきたい。
 はやくイきたい。
 お願い、イかせて。
 二人がかりの愛撫を受けながら、一体何度そう懇願しただろうか。
「だんだんいい顔になってきたな、真央?」
 月彦は真央の顎先を掴み、くいと自分の方を向ける。
「……でも、まだ我慢できるって顔だな」
 そんな――真央のその声は掠れていた。そして次の瞬間。
「あヒぁ!? ああああああァァァァッァァァ!!!」
 雷に打たれたような快楽に、真央は叫び声を上げていた。
「ひぁっ!? あひっ……ひんっ! やっ……尻尾……やはぁぁぁぁあッッ!!」
 こしゅ、こしゅと尻尾の付け根が擦らる。同時にちろちろと耳を舐められ、真央は視界に火花が散るほどの快楽に翻弄される。
「真央さん……そんなに嫌らしく腰まで振っちゃうなんて……尻尾、そんなに気持ちいいんですか?」
 ちゅっ、と。右頬に由梨子の唇の感触。そして、尾を触る手が一本増えるのを感じた。
「ひんっ、やぁっ……ゆ、由梨ちゃん、まで、ぇ……やっ、らめっっ……い、今……尻尾……すっごく敏感になってて……やっ、やぁぁぁっ……こ、こしゅこしゅってしちゃ……らめぇっ……!」
 薬の効果か、それとも焦れに焦らされた効果か。尾を擦られる度に、真央は体が跳ねるほどの快楽に翻弄されていた。それでいて月彦の“絶対にイくな”は未だに有効であり、真央はビクン、ビクンと体を不自然に揺らしながらもイくことが出来ないもどかしさに身もだえする。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……し、しっぽ……やぁぁっ……も、イジら……んんっ……やっ……こ、これ以上されたら……ホントに、イッちゃう…………」
「どうかな。……真央はよく嘘をつくからな」
 意地悪く囁かれ、さらに尻尾を弄られる。根元を強くシゴかれたかと思えば、先端付近の毛を指先で弄られ、その都度ゾワゾワと背筋が震えるような快楽が迸る。同時に月彦の左手はブラウスのボタンを外して内側へと潜り込み、もっぎゅもっぎゅと直に乳をこね回しては、まるで真央の気の緩みを突くように先端部を強く摘んでくる。
「……尻尾を弄られて悶える真央さん、すごく可愛いです」
 そうして声を上げそうになったところへ、今度は由梨子の手でそっと顔の向きを変えられ、唇を奪われる。
「ゆり、ちゃ……んっ……んっ、あむっ、んっ……」
 ちゅく、ちゅくと由梨子の舌使いに翻弄され頭がボーッとしかけたところで。
「んんんっ!!! ンッ!!!」
 再び、強く尻尾を扱かれ、真央は目を白黒させながら喉奥で噎び、体を跳ねさせる。
「真央、由梨ちゃんとばかりズルいぞ?」
 そして、今度は月彦の手に導かれるままに顔の向きを変えられ、月彦に唇を奪われる。由梨子とは違う、男性的な舌使いにぶるりと体を震わせながら、うっとりと瞳を潤ませていると。
「真央さん、私もおっぱい触っていいですか?」
 そんな囁き。返事をする間もなく、由梨子の手がブラウスの内側へと入り込んで来る。
「わぁ……真央さん、おっぱい重いですね。それにすっごく柔らかくって……」
 キュッと。先端部を強く摘まれる。
「感度も良くって。……真央さんの半分くらい、私にもあったら……」
 羨望というよりも、嫉妬。そんなサディスティックな意図を、真央は由梨子の愛撫に感じ取った。
(あぁっ……父さまも……)
 由梨子の手だけではなく、月彦の手までもが胸元を這い回る。唇を重ねたまま胸元をもみくちゃにされるのは、耳舐めと同時にされるのと同じくらい真央の好きな愛撫だった。
(あぁぁっ……父さま、父さまぁ……)
 由梨子とのキスが月彦とのそれに比べて劣っている――というわけではない。ただ、真央にとって最も“しっくりくる”ものであるというだけの話だった。
(父さま、父さま、父さま、父さま……)
 いつしか真央の頭の中から由梨子の存在が消え、ただただ月彦とのキスに没頭する。胸を触っているのは月彦の手であり、尻尾を触っているのも月彦の手。真央はいつしか両手を月彦の首に絡めるようにして、自らキスをねだっていた。
「……ふぁっ……」
 どれほどそうしてキスをしていただろうか。真央は己の状態が“極上”に仕上がったことを自覚し、唇を離した。そして月彦の首に絡めた手を滑らせ、月彦の頬を撫でるようにしながら、そっとその耳へと唇を近づける。
 舌なめずりを一つ。そして期待に震えた声で、真央は囁いた。
「お願い、父さま……欲しいの……」



 血のつながり――なのだろうか。もしくは決して自覚することの出来ない意識の深い場所において、自分と真央は繋がっているのかも知れないと月彦は思った。
 或いは、単純に“最高に美味そうな獲物”を前にしての我慢が限界に達しただけなのかもしれない。ぷつん、と理性の糸が切れる音を聞いたその時には、月彦は真央の体を押し倒していた。
「きゃぅんっ」
 後ろ髪を掴まれ、強引に俯せ状にされた真央はそんな“嬉しげ”な悲鳴を上げる。同時に膝に力を込め、尻だけを高く上げ、ぐいと月彦の股間へと押し上げてくる。月彦は迷いなく、真央の下着に手をかけ、膝裏まで一気に下ろした。
「ふーっ……ふーっ……」
 真央に被さりながら、ガチガチに怒張した分身を熱く濡れそぼった場所へと宛がう。焦らしも、躊躇いもない。先端にねっとりとした蜜の感触を感じると同時に、一息に突き入れる。
「あぁああぁんっ!」
 愛娘の、なんとも甘い、喜悦に満ちた声。柔らかくも弾力に富んだ肉襞が剛直の侵入に反応するように途端に強ばり、ギチギチと締め上げてくるのを感じる。逃げ場を失った蜜が結合部からぴゅるっと迸るほどの、凄まじい締め付けだった。
「く、はっ……」
 思わず声が漏れる。“極上”に仕上がっているであろうことは予測はしていたが、正直これほどとは思わなかった――月彦は己の体が快感の余り溶け出しているような、そんな錯覚すら感じていた。
「あはぁっ、あひぁっ……ひんっ……!」
 それは、真央の方も同じであったのかもしれない。真央は膝だけを立てた状態でベッドに伏せたまま、不自然な痙攣に体を揺らしながら、甘い声を上げていた。恐らくは“イくな”の制約さえなければ二、三回は軽くイッているであろう量の快楽に翻弄されているのだろう。
(うっ、……おっ……!?)
 そして真央が体を震わせ、声を上げる度に膣内がうねり、背筋が冷えるほどの快感が迸る。締まりはもとより、バキュームフェラでもされているかのような強烈な吸い付きに、思わず腰砕けになりそうになる。
(……っ……ただ、挿れただけ、で……“これ”か……)
 少々仕込みすぎたかもしれない――そんな後悔が湧く。紛れもない“極上”だと、月彦は嘆息めいた息使いと共に、それを噛み締めていた。
「っ……真央、動く、ぞ……」
 それは自分の意思というよりは、焦れるように鼻先を擽る尻尾の毛先に誘われての行動だったかもしれない。月彦は真央に被さったまま、ゆっくりと腰を使い始める。
「んっ、ぁっ……あん、あんっ……あぁっ……!」
 激しくは動かない。ほんの数センチほど抜き、突く。そんな緩い動きですら、強烈な“摩擦”を感じる。
「とう、さまぁっ……あんっ! とうさまぁっ……!」
 物足りない――真央の甘い声には、はっきりとその響きが混じっていた。真央はさらに足に力を込め、尻を突き出してくる。もっと、もっと奥まで突いてほしい――かき回してほしい。そんな意思を、真央の挙動から感じる。
(っ……ちょっ、こらっ……む、無理だって……!)
 “そんなコト”をしたら、忽ち放ってしまうだろう。そしてそれは“もったいない”と月彦は感じるのだった。
(……もっと、もっと真央の体を味わって、しゃぶりつくしてから、だ……)
 出してやるのは――真央をイかせるのは――それからだと。そんな月彦の心の動きを、或いは真央も感じ取ったのだろうか。
「だめぇっ……とうさまぁ……焦らさないでぇ……!」
 ぎゅううぅぅぅ!――まるで“おねだり”をするように、膣肉が強烈に絡みついてくる。同時に、月彦は感じた。真央の体から発散されているフェロモンが、急激にその濃度を増したことに。
(……そういや、そうだった……“薬”を使ったときは……)
 特に、真央の“犯してフェロモン”が強まることを、今更ながらに月彦は思い出していた。その鼻先をがつんと殴りつけるような強烈な発情臭を嗅いだ瞬間にはもう、頭では解っていても体が言う事を利かない状態へと陥っていた。
「……真央!」
 それは“エッチして”でも“抱いて”でもない。文字通り“力ずくで犯して”と訴えかける、強力な麻薬にも似たすさまじい効力だった。
(ふぁぁ……この匂い……たまんねっ……)
 嗅ぐだけで、剛直がさらに猛るのを感じる。頭が痺れ、理性がごりごりと削られるのを自覚した上で、嗅ぐことを止められない。月彦は真央の背へと被さり、その鼻先を真央の後ろ髪へと擦りつける。擦りつけながら、両手で真央の体を抱きしめ、抱きしめながらその巨乳をもみくちゃにする。
「あんっ、あぁっ、あぁァァっ……!」
 鼓膜を震わせる、愛娘の法悦の声。月彦はさらなる興奮をかきたてられながら、両手で力任せに揉みこねる。
「あぁっ、あぁっ……父さまっ、父さまぁっ……もっと、もっとむぎゅむぎゅってシてぇ……!」
 言われるまでもない――月彦は真央の後ろ髪に埋めた鼻から肺いっぱいに発情フェロモンを嗅ぎ取りながら、愛娘の巨乳の感触を堪能していた。しっとりと微かに汗ばんだ――それでいて絶妙な弾力と質量を兼ね備えたそれは、月彦のおっぱい欲を満たすには十分な代物だった。
「真央っ、真央っ、真央っ……」
 月彦は我を忘れて乳を揉み、揉みながら嗅ぎ、嗅ぎながら腰を使う。端で見ている由梨子の視線などもはや完全に意識の外だった。仮に気づいていたとしても、やることは変わらなかっただろう。それほどまでに、愛娘の体にどっぷりとハマっていた。
「あぁぁあっ、あぁっ、父さまっ、父さまぁっ……おっぱいっ……きもちぃっ……おっぱいいいのぉっ……あぁあっ! 父さまぁっ……」
 ぎゅぬっ、ぎゅぅううううっ!
 ぎちっ、ぎちぎちっ!
 乳を捏ねれば捏ねるほど、剛直へと“仕返し”が来る。それが腰が溶けそうになるほどに気持ち良く、月彦は巨乳をこねる手を止められない。
(やっべ……マジでこれ癖になる……)
 いや、既に“なっている”というべきだろう。挿れられたまま胸を揉まれるのが好きだと真央はさんざんに言っていたが、こんなことをされては挿れる方もまたそれが好きな体に調教されるのは至極当然のことだった。
「っ……ダメ、だ……真央、そろそろ……」
 愛娘の発情フェロモンに痺れた頭で、辛うじて考え、月彦はぼそりと真央の耳に囁きかける。そうやって“宣言”することで、真央がその瞬間を妄想し、さらなる快感を得るであろうことを経験から知っているからだった。
「あっ、……あぁっ……!」
 案の定、真央は“その瞬間”を想像したのだろう。囁かれただけで、ぶるりと体を震わせ、切なげな声を漏らした。
「だ、めぇ……父さまぁ……そんなこと、言われたら……あんっ! はぁはぁ……」
「まだだぞ、真央。勝手にイくなよ?」
 囁いて、月彦は体を起こす。最後のスパートをかけるために、腰のくびれを掴む。掴んで、大きく腰を引き――打ち付ける。
「あぁン!」
 びくぅっ!――真央が大きく体を跳ねさせ、背を逸らす。
「あァン! あんっ! あぁっ、あんっ! あんっ!」
 もはや悲鳴と聞き取れなくも無い声を上げる真央の体を、月彦は一心不乱に突き上げる。そして、最後の一突きと同時に再び被さり、その体を抱きしめる。
 どくっ――そんな“衝撃”に、体が揺れるのを感じた。
「あっ、はっ…………………………あァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
 白濁のうねりをうけた瞬間、真央がぶるりと身震いするのを感じた。舌を突き出すようにして声を上げながら、ギチギチと剛直を締め上げてくる。
「くっ……」
 搾り取られる――そう錯覚するほどのうねり。思わず、真央の体を抱きしめる手にさらなる力がこもる。
「あっ、ンッ! あぁぁぁあっ……とう、さまぁ……熱い、の……いっぱい……あぁぁぁぁぁ…………!」
 他の何をしても、愛娘のこれほどに嬉しそうな声は聞くことは出来ないだろう――そう思わされる声。そのなんとも無邪気な声とは対照的に、まるで娼婦のように腰をくねらせながら白濁液を搾り取っていくのだから堪らない。
(く、ぁっ……止まらねっ……)
 キュン、キュンと貪欲に締め上げてくる肉襞のうねりは凄まじく、本来出す予定であった以上の量を無理矢理に吐き出される。本来ならばあり得ないその“強制射精”に、月彦は全身に凄まじい脱力感を感じる。
「ふーっ……ふーっ……ふーっ…………」
 そう、脱力感を感じる――が、だからといって惚けてなどいられない。月彦は射精が止まるやいなや、すかさず“マーキング”を行う。この体は――“牝”は俺のモノだと主張するように、ぐりぐりと剛直で今尚精液をねだるようにうねっている肉襞を躾けていく。
「あぁんっ! あぁっ、あぁっ……とう、さまぁっ……それ、好きぃっ……あんっ! あぁぁっ……もっと、もっとシてぇ……!」
 ぶるるっ――体を小刻みに震わせながら、真央がさらに声を上げる。母譲りの淫乱な体をくねらせながら、うっとりと目を潤ませながらマーキングを受け入れるその様に、月彦はさらなる興奮をかきたてられる。
(……まだだ、まだ……もっともっと味わいたい……)
 真央の体の予想以上の仕上がり具合に、つい放ってしまった。本番はこれからだと、月彦が気を取り直した――その時だった。
「あの……」
 “意識の外”から、声が聞こえた。
 ハッとして目をやると、そこには先ほどまで抱いていた由梨子が恐る恐る――といった手つきで月彦の左手を掴んでいるところだった。
「先輩……次は、私に……」
 その目は潤み、呼吸は荒い。肌は上気し、ギュッと閉じられた太ももと、うずうずと揺れている腰回りを見た瞬間、月彦は察した。
 由梨子もまた、真央のフェロモンに“当てられた”のだと。
「お願いします……先輩……」
 はぁはぁと息を弾ませながら、ぎゅっと手を掴んでくる由梨子の姿に、月彦はぐらりと意思が揺れるのを感じた。体はどうしようもないほどに真央を求めているのだが、その前に“前菜”として由梨子の体を再度味わうのも悪くは無い――そんな外道じみた考えすら湧く。
 真央から剛直を抜き、ふらふらと由梨子の方へと吸い寄せられかけた月彦を呼び戻したのは――
「だめぇっ!」
 言うまでも無く、真央だった。二人の間に強引に割って入り、真央は月彦にしがみつくように両手を絡めながら、強引に唇を奪ってくる。
「ンはっ……んんっ……だめ……父さまは、私とするの……」
「ま、真央……んぐっ……」
 呟いて、再度キス。ぐいぐいとたわわな胸を押しつけるように抱きつかれ、由梨子の方へと傾きかけた心がぐいと引き戻されるのを、月彦は感じた。
「そんな……真央さんズルいです……順番は守ってください!」
「んっ、んっ……だぁめ……由梨ちゃんはさっきいっぱいシたから……ンッ……ちゅはっ……んんっ……んっ……!」
 由梨子の言葉には耳をかさず、真央はねっとりとしたキスを続ける。続けながらぎゅうぎゅう胸を押しつけ、押しつけながら右手で剛直を扱き始める。
「……ね、父さま……シよ?」
 顎を引き、上目遣いのその眼差しはまさしく“休日には動物園に連れて行ってほしい”とねだるような、“娘”の顔。そのくせ、その右手は熟練の娼婦の手つきで剛直を扱き続けているのだから困ったものだった。
「せ、先輩……!」
「……ごめん、由梨ちゃん…………俺も、もっと真央とシたい……」
 たった一回シたくらいじゃ、全然足りない――心の中で由梨子に謝罪しながら、月彦は再び真央の体を押し倒した。



「あぁんっ、父さま……父さまっ、父さま、父さまぁっ……!」
 突き上げる度に、真央は健気なほどに声を上げ、締め上げてくる。はしたない程に育ったその胸を、腹立たしいほどにたっぷたっぷと揺らしながら、月彦の視線がそこに注がれているのに気づいた上で、あえて背を逸らし“揺れ”を強調してくる悪い娘に、もはや苦笑する気にもなれない。
「あんっ、あんっ! 父さまっ、父さまぁっ……!」
 そんな見え見えの挑発に乗ってやるのが悔しく、月彦は生唾を飲み込みながらも我慢する。
(ちくしょう……ほんと、体つきだけは……)
 日に日に“あの女”に近づきつつあると、思わざるを得ない。特にこうして男を誘うように胸元を強調する様などはあの女の影がだぶる程だと。
 それ故に、月彦は露骨な誘いに乗ることに躊躇いを禁じてしまうのだが――。
「あんっ♪」
 安易に誘いにのってはいけない――そう頭では解っているのに、気がつくと勝手に手が伸びてしまっている。真央はことさら嬉しげに声を上げ、もっと、もっとと愛撫をねだるように背を逸らしてくる。
「あっ、あっ、あっ」
 片手が誘いにのってしまえば、両手が吸い寄せられるのはすぐだった。月彦は両手でぐにぐにと乳肉をこね回しながら、期待に輝く真央の目に応えるように、時折堅く尖った先端部を強く摘んだり、つねったりしてさらに声を上げさせる。
「とう、さまぁ……」
 トロンと一際とろけた目で真央が見上げた時は、キスが欲しい時――月彦はすかさず上体を重ね、唇を奪う。
「んくっ、んんっ……んんっ……!」
 真央が、腰に足を絡めてくるのを感じる。両手を脇の下から回し、肩に指先を引っかけるようにしてしがみついてくる。
「んんっ、ンンッ……んっ……んはっ……父さまぁっ……父さまぁっ……ンンッ……ちゅっ……んっ……んんっ!」
 いつになく情熱的なキスだと、月彦は感じた。いつもであれば、ひとしきり舌を絡めたあとはどちらともなく唇を離すのだが、今回に限っては口を離す度に、もっと、もっとと真央がねだってくるのだった。
(ひょっとしたら……)
 先ほど真央の前で見せた、由梨子とのイチャラブエッチが効いているのかもしれないと、月彦は思った。真央を焦らし、嫉妬させるためにいつになくラブラブっぷりを演じたが、それは月彦の思った以上に真央の心に残っていたのかもしれない。
 まるで、由梨子とシた以上のイチャキスをするまでは離れないとでもいいたげな情熱――執念と言いかえてもよさそうなものを、月彦は真央の舌使いから感じ取っていた。
「んンっ!」
 だとすれば、ただキスをするだけでは真央が満足するはずも無い。唇を重ねながら、さらに月彦は真央の胸を揉み捏ね、腰を使う。
「ンンッ、んっ……ンはっ……やんっ……とう、さまぁ……ダメ……い、今は……動かなっ……あん!」
「……なんだ、真央……キスはもういいのか?」
 苦笑混じりに呟く。もちろん月彦には、真央がキスを中断した理由ははっきりわかっていた。
「だ、だって……キスしたまま動かれたら……すぐ、イッちゃう……あっ、やっ……ひんっ……!」
 真央が喋っている間も、月彦は抽送の手を止めない。勿論、胸を触る手も。
「……じゃあ、真央が今一番言ってほしいコトを言ってやろうか。……真央、今からは好きなだけイッていいぞ」
「ぇっ……ぁっ……やっ……だ、ダメッ……父さま……そんな、こと言われたら……」
「言われたら?」
「す、すぐっ、に……あっ、やっ……そ、ソコ……ダメ……あっ、ああァァァァッ!!!!」
 ビクゥッ――!
 たちまち、真央が大きく背を逸らし、イく。
「あっ、あっ……あッ!」
「ッ……イッていいと言った途端にこれか。……ほんと“淫乱”だな、真央は」
 真央の頭を撫でながら、あくまでも優しく。狐耳にキスするような仕草で、月彦は囁く。――ぶるりと、愛娘が体を震わせるのが解った。
「やっ……父さま……そんなコト……言わないで……」
 泣きそうな声――そのくせ、両目は期待に濡れている。はあはあと息を荒げながら言うその言葉に、説得力などあろうはずも無い。
「……そうだな、悪かった。真央はイッていいと言われた途端、すぐイくような淫乱じゃあなかったな。許してくれ」
 さもすまなそうに言いながら、月彦は動きを再開させる。当然、真央が一番“弱い”ところを、執拗に擦る為に。
「いヒぁッ!? やぅっ……と、父さま……また、ソコっ……ンぁあああっ!!」
 忽ち真央が腰を跳ねさせ、そのままブリッジでもするように腹部をびくびくと痙攣させる。
「だ、ダメっ……父さまぁ……そこは……ソコはぁっ……やぁっ……ソコ、弱いのぉ……だめぇええっ!!」
「悪いな、真央。……俺は真央のココの感触がすっげぇ好きなんだ」
 先端部に微かに感じる、ざらっとした感触。それを楽しむように、月彦は小刻みに腰を前後させ、その場所を重点的に擦りあげる。
「あっ、あぁっ、あっ……あはァァァァッ!!!」
 ビクビクビクッ。
 真央がさらに腹部を痙攣させる。いつのまにか背に回っていた手が解け、ベッドシーツを掻き毟るように掴んでいた。
「だめっ、だめっ……ホントにイッちゃう……イくっ……イクッ……!」
「くす……ほら、イけ。真央」
 限界ギリギリのところで堪えている真央をあざ笑うように、月彦は容赦なく最後の“一突き”を加える。
「あっッッッ………………あァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」
 ビクビクビクゥッ!!!!
 真央が腹部を跳ねさせながら、容易くイく。が、月彦はイッている最中も執拗に、真央の弱い場所を擦りあげる。
「あっ、あぁぁあっぁああ! やぁああっ、と、さまぁあっ……そんなっ……も、ソコやぁあっ、ソコばっかり擦らないでぇ……!」
 真央の手が、腰のくびれを掴んでいる月彦の手首を掴み、引きはがそうとしてくる。その手に込められている力の強さがイコール真央の快感のすさまじさであると、月彦は理解していた。
 無論、手を離して真央を“解放”したりはしない。むしろ強く、そして執拗に――真央を追い詰める。
「あっアッッ、アッ、アアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
「ッ……くっ……」
 再度、真央がイく。合わせて、月彦もまたナカのうねりを受けて限界へと到達する。
「あああァァアッ……!」
 牡に飢えた肉襞に白濁液を叩きつけるたびに、キュン、キュンと痛いほどに締め上げてくる。
(……っ……たまん、ねぇ……)
 ああ、“コレ”だと。月彦は全身全霊で納得せざるをえない。何故自分が愛娘の体を求めてしまうのか。禁忌の道だと知りつつもしゃぶりつくしたくなるのか。ひとえにこの瞬間を味わいたいが故なのだと。
「アッ……あひァ……ひぁっ……ひっ……ンッ!」
 脱力しながらも尚体を痙攣させている真央のナカに白濁液を塗り込むように剛直を前後させる。言わずとしれたマーキング――その動きを阻害するものを、月彦は感じた。
「……先輩」
 熱い呟きを、頬のあたりに感じた。ぎゅっと、体に絡みついてくる腕と、背中に当たる膨らみの感触。
「ゆり……ちゃん?」
 マーキングをすることだけを考えていたケモノ脳を駆使して、辛うじて月彦はそれだけの単語を紡ぎ出した。
「おねがい、します……真央さんの声を聞いてるだけで、おかしくなってしまいそうなんです」
 はぁはぁと、首筋に当たる由梨子の吐息。それだけで、由梨子がどれほどに“欲しい状態”なのかありありと解るほどに切なげな息使い。
「先輩、お願いします……私にも……先輩の……せ、精液……を……その……真央さんに、する……みたいに……」
 いつになく積極的な――理性的では無いとも言える――由梨子の誘い。そういえばと、月彦は今更ながらに思い出していた。由梨子もまた、真央の薬を飲んでいるのだということを。
「……ホントに、もう……頭がおかしくなりそうなんです……体が……先輩のが欲しいって……疼きっぱなしなんです……」
 そう、由梨子がこうまでなってしまったのは、ひとえに真央のせいだ。となれば、その父親である自分は責任をとらねばならないのではないか――。
「……わかったよ、由梨ちゃん」
 月彦は由梨子の顎先を捉え、優しくキスをした。


「んっ……せんぱい……ンンッ……せんぱいっ、せんぱいっ……!」
 由梨子の体を優しくベッドに横たえながら、月彦は時折キスを交えつつ、その体を優しく撫でつける。
「せんぱいっ……せんぱい……あぁぁあっ!」
 薬によって感度を引き上げられ、さらに性欲を強化された由梨子の体はかつてないほどに敏感になっているようだった。軽く胸元や腹部を撫でつけただけで、由梨子は声を震わせながら体を跳ねさせ、時折潮まで吹いていた。
「やっ……せ、先輩……み、見ないで……あァッ!」
 体を触られただけで、ビュッと潮を吹いてしまう――それが恥ずかしいのか、由梨子はただでさえ赤く好調した顔を真っ赤にしながら、両手で股間部を隠そうとする。
 が、むろん月彦がそんなことを許すはずもない。
「由梨ちゃん、隠しちゃダメだ」
「で、でも……」
「隠すなら、続きはシない」
 ある意味殺し文句――由梨子は泣きそうな顔をしながらも、おずおずと手をどける。そんな由梨子をさらに追い詰めるように、月彦は堅く尖った胸の頂へと舌を這わせ、しゃぶる。
「あっ、あんっ! あっ、あぁああっ!」
 逆側の乳首を指で弄ると、由梨子は甘い声を上げ、腰を跳ねさせる。その都度覆い被さっている月彦の腹部のあたりに、熱い飛沫がかかる。
「せ、せんぱい……」
 掠れるような由梨子の声に誘われて、月彦は思わず顔を上げる。
「い……いじわる、しないで、ください…………」
 顔から火が出そうなくらいに恥ずかしい――そんな表現では生ぬるいほどに顔を赤くした由梨子。否、それは単純に恥ずかしいというだけではなく、“本当に我慢出来ない”という理由も混じっているようだった。
「……わかった。由梨ちゃん、もう少し足を開いて?」
 由梨子は、真央とは違う。由梨子の本質はどちらかといえばS寄りだと月彦は見抜いていた。だからこそ苛めてみたいという誘惑もあるのだが、心底“攻め”を望む真央とは違うのだということを知っていなければ、由梨子を傷つけることにもなりかねない。
 引き際が肝心――そしてそれは今だと、月彦は由梨子の嘆願を聞き入れることにした。
「先輩……は、早く……」
 そう、今が引き際――それは解っているのに、由梨子にこうまでせがまれると、どうしても焦らしてみたくなる。そんな誘惑を必死にふりほどきながら、月彦は由梨子が自ら指で広げている場所へと剛直を宛がい、埋没させていく。
「あっ、あぁっ、あぁぁぁぁあっ……!!!」
 狭い場所を無理矢理押し広げていく感触。それによって生まれる強烈な刺激に、由梨子はいつになく甘い声を上げる。
「あっ、あっ、あっ……あっ……あぁッ!」
 そのまま一気に奥まで貫き、月彦は体を起こす。ベッドに手を突き、抽送を始める。
「あっ、あっ、アッ! せんぱいっ、せんぱいっ……あぁっ、あっ!」
 いつもの“苦しげ”な喘ぎ声とは違う。純粋な快感のみが混じった由梨子の声。それだけで、由梨子がどれほど“飢えて”いたのか解るほどに。
(……由梨ちゃんの気持ちは、解る)
 シている時の真央の声には、そういった力がある。聞いているだけで、性欲が高まり、“欲しく”て堪らなくなるのだ。男の自分だけかと思っていたが、どうやらそれは女に対しても有効らしい。
「……父さま……どうして由梨ちゃんとシてるの?」
 不意に聞こえた真央の声に、月彦はどきりと心臓が弾むのを感じた。何故ならその声には、微かながらも怒気が混じっていたからだ。
「ま、真央……」
「真央、さん……?」
 気を失った――わけではなかったのだろう。しかし先ほどまで脱力しきったままただただ呼吸を整えていた真央は、むくりと体を起こし、そして責めるような目でジッと見つめてくる。
「由梨ちゃんが父さまを誘惑したの?」
 そして、獲物に忍び寄る肉食獣のように、四つ足で由梨子の側まで来るや、そののど笛に――。
「ンッ――!?」
 否、由梨子の唇へと。被さるようにキスをする。
「真央、さっ……んんっ……んっ……」
 最初は戸惑っていた由梨子も、次第に真央の舌の動きに合わせるように、ぴちゃぴちゃと淫らな音を立て始める。
「んっ、ンッ……ンッ……」
 月彦は見た。由梨子と唇を合わせながら、真央の左手が由梨子の胸元の辺りを這い回るのを。そしてその膨らみを捉えるや、優しく揉み始める。
「由梨ちゃん……さっきのじゃ満足出来なかったの?」
 そして、唇を離すや――まるで詰問のように問いかける。
「真央……さっ……ぁンッ」
「父さまとあんなにらぶらぶエッチしたのに、もっと欲しいって、父さまにおねだりしたの?」
 問いかけながら、真央は答えを促すように、由梨子の胸の頂を強く掴み、キュッとつねり上げる。
「あァッ!」
「父さま、動いてあげて」
 そして、今度は月彦の方へと促してくる。
「インランな由梨ちゃんが、ちゃんと満足できるように。いっぱいイかせてあげて」
 インラン――その言葉の響きを口にするだけで興奮しているのか、真央はぶるりと体を震わせながら言い、再び由梨子に口づけをする。
(……真央に従うわけじゃないが……)
 邪魔をする気はないらしいと理解して、月彦も抽送を再開する。真央に口づけをされたままの由梨子が、喉奥で噎び始める。
「ンンッ、ンッ……んはっ……やっ、真央、さ……あんっ!」
 やめて、見ないで――そう言いたげに、由梨子は真央の視線から顔を隠すように両手を交差させる。が、真央はそれは許さないとばかりに由梨子の両手首を掴み、ベッドシーツに押しつける。
「ダメ、由梨ちゃんが感じてるところも、イッちゃうところも、ちゃんと見せて?」
「そんなっ……ンッ! やっ……せ、先輩っ……!」
 由梨子の声は、恐らく真央を止めてほしい――という意味のことだったのだろう。が、月彦はあえて黙認した。
 形だけを見れば、まるで真央に手を押さえさせて二人がかりで由梨子を犯しているような情景になっているが、そんなシチュエーションに月彦も少なからず興奮を感じていたからだ。
「ひっ……せ、先輩っ……どうして……ムクムクって大きく………………あぁあっ!!」
 その興奮が剛直にも伝わったらしい。いつになく猛ったそれで由梨子の中を擦りあげると、たちまち腰を跳ねさせながら声を荒げる。
「やっ、あんっ! だめっ……あんっ! あぁぁっ……あっ……!」
「うわぁ……由梨ちゃん……目がうるうるってなって、すっごく気持ちよさそう……」
 突かれ、声を上げる由梨子の顔を文字通りガン見しながら、真央はまるで自分自身がそうされているのだと重ね合わせているかのように、声を震わせる。そして時折我慢しかねたように唇を重ねては、月彦にも聞き取れない音量で由梨子に何事かを囁いていく。
 そう、聞き取ることは出来ない。出来ないが、それに対して由梨子が「違う」「やめてください」と返すのを聞いている限り、由梨子を辱める言葉であるのは間違いがなかった。
「い、イヤッ……真央、さん……も、許して……くださっ……あぁあああっ!!!」
 由梨子が泣きそうな声で叫び――そして、体を持ち上げ、イく。
「またイッちゃったの? 由梨ちゃん、そんなに父さまの気持ちいいの?」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 由梨子は焦点の定まらない目で真央を見上げながら、微かに顎を上下させる。
「ちゃんと答えて」
 お仕置き、と言わんばかりに、真央は胸の頂をつねり上げる。
「やぅっ! …………き、気持ちいい……です……あはぁぁあっ……」
「どれくらい?」
「どれくらい、って……あっ、やっ……!」
 まるで、真央の問いかけの答えを促すように。今度は月彦が動きを早める。
「ぁッ! やっ! せ、んぱっ、は、激しっ……あぁっ、あぁっ、ああぁっ!!」
 ばちゅんっ、ばちゅん!――ただでさえ水気の多い結合部から飛沫が迸るほどに激しく突き上げる。由梨子は堪りかねるように体を跳ねさせるが、その両手は真央に押さえつけられ、ろくに身をよじることも出来ない。
「わぁ、由梨ちゃんの体、びくんびくんって跳ねちゃってる……そんなにイイの?」
 羨望の目――否、嫉妬の目。今にも由梨子の首を絞めそうな――そんな攻撃的な雰囲気すら臭わせながら、真央は由梨子を見下ろし続ける。
「やっ……真央、さんっ……あんっ! ぁっ、ンッ! あぁぁっ! はぁはぁはぁっ……も、もうっ……ンンッ!!」
「父さま」
 由梨子の“イきそう”信号を敏感に感じ取ったのだろう――咄嗟に、真央がちらりと目配せをしてくる。勿論月彦にも、真央の言わんとするところは解っていた。
「ぇ、ぁ……どう、して……」
 途端にぴたりと、月彦は動きを止めた。それを不審がるように、由梨子は蕩けた目で呟く。
「由梨ちゃん、父さまにイかせて欲しいときは“イかせてください”って言わないとダメなんだよ?」
 いや、そんな決まりはない――という言葉をぐっと飲み込み、月彦は無言で真央の言葉を肯定する。
「そん、な……真央さん……」
 月彦には、薄々真央の狙いが解っていた。が、あえて口を出さない。
「ぁっ、ぁっ…………お、おねがい、します……イかせて、ください…………」
 抽送が止まり、快感の供給も止まった。由梨子の体は焦れに焦れ、自ら腰を回すようにくねらせながら、躊躇いもせずに“おねだり”をしてくる。
 ――が。
「由梨ちゃん、それじゃダメ」
 それを真央が許さない。由梨子の手を解放したと思えば、今度はその体を抱き起こし、背後から抱きすくめるようにしながら、由梨子の肩に顎をのせるようにして顔を寄せる。
「そんなうわべだけの“おねだり”じゃ、父さまは納得なんかしてくれないよ?」
「う、うわべだけ、なんて……私……もう、本当に……せ、先輩! 信じてください!」
 悲痛な由梨子の叫び。そこには一辺の嘘も無いと――少なくとも月彦はそう感じ取った。
 しかしあえて口を挟まない。……ぺろりと、焦れる由梨子の頬を真央が舐める。
「由梨ちゃん、“証拠”がないと、父さまは信じてくれないよ?」
「しょう、こ……?」
「“イかせてくれたら、もう自分の番は終わりでいい”……そう言えば、父さまは信じてくれるよ」
 な、と絶句したのは由梨子のみ。無論月彦には、真央がそう持っていきたいであろうことは予測済みだった。
「そんな……それは……!」
「一回だけじゃ足りないの? 由梨ちゃんってそんなにインランな女の子なの?」
 真央の言いぐさに、月彦は噴き出してしまいそうだった。
「せ、せんぱい……!」
 助けて――由梨子の目ははっきりそう訴えかけていた。真央を叱りつけ、再びベッドの外へと追いやって欲しいと。その上で、たっぷりと抱いてほしいと。
(…………やばい、由梨ちゃんを苛めたい……)
 先ほどは堪えた衝動が、再び突き上げてくるのを感じる。S寄りな由梨子だけに、責めた時の快感は凄まじいものがある。その泣きそうな顔には、さらなる被虐を誘うものがあるのを感じずにはいられない。
(……ここは、真央に乗るか)
 もちろん、本当に由梨子の番を終わらせたりなどはしない。何よりも、月彦自身まだまだ由梨子の体を味わいたいと思っている。
 それを踏まえたうえで、由梨子の目の前で真央を抱くというのも一興だと判断したに過ぎない。
「……由梨ちゃん、真央の言う通りだ。……物事には“証拠”がないと、人は納得しないよ」
「そ、そんな……先輩まで……」
「ほらね、由梨ちゃん。……どうする?」
 真央は由梨子の体を抱きしめたまま、その体に指を這わせ、人差し指と中指を由梨子の唇へと埋没させる。
「んくっ……ンンッ!」
 “それ”は月彦もよくやる手だった。相手は主に真央で、“焦らす”際に、真央に剛直の動きと感触をイメージさせるために指をくわえさせ、唾液をかき混ぜるように出し入れさせるのだ。
 真央はそれを真似て、由梨子を責める。普段自分がされているだけに、その指の動きには躊躇など微塵も無かった。
「んぷっ、んんっ……ンンッ!」
 由梨子はイヤイヤをするように首を振るが、真央の指はふりほどけない。強制指フェラの効果は確かにあるらしく、月彦は挿入したまま動かしていない剛直に、ヒクヒクと由梨子の肉襞が絡みついてくるのを感じた。
「んはっぁ……やっ……もう、許しっ……ンンッ!!」
 真央は指をしゃぶらせながら、さらに空いた手で由梨子の体を愛撫する。その胸を、腹部をなで回し、さらには結合部にまで指を這わせて勃起したクリトリスを丹念に弄り始める。
「ンンッ!! ンンンーーーーーーーーーーッ!!」
 さすがに由梨子の反応は大きかったが、そこはそこ女同士。由梨子をイかせないギリギリのところを見切って、真央はあっさりと手を離してしまった。その辺りの技量は母譲りなのか、なんとも見事な見切りだった。
「んぷぁっ……ぁ、はぁっ……」
 そうして、由梨子をギリギリまで追い込んで、ぬろりと指を引き抜く。目が潤んだ――どころではない。目尻に貯まった水分が涙となって溢れるほどに、由梨子は“仕上がって”いた。
「由梨ちゃん、どうする?」
「い、イかせ……て……ください……ほんとに、もう……」
「じゃあ、由梨ちゃんの番は終わりでもいい?」
「それ、は……」
 真央が、微かに目を剥いた。由梨子の粘りが予想以上だったのだろう。そしてそれは月彦も同じだった。
(……ここまで頑張るなら……)
 今度は由梨子の味方をしてやろうか――月彦のそんな心の動きを、誰よりも真央が敏感に感じ取ったらしい。
「……由梨ちゃんって、“お尻”でされるの、好き……だったよね」
 ぼそりと由梨子の耳に囁かれたその言葉は、由梨子の反応を見る限り――明らかな“脅迫”だった。
「私、また見たいな。……由梨ちゃんがお尻ではしたなくイッちゃうところ」
「ぁっ、ぁっ……………………お、……り……で、……す……」
 忽ち由梨子は怯えたように震えだし、小声で呟いた。
「なぁに? 由梨ちゃん。聞こえない」
「……わ、私の番は……終わり、で……いい、です……だから……」
 言質をとった――とばかりに、真央は微笑を零し、由梨子の体を解放し、再びベッドへと寝かせる。自らはさらに離れたのは“最後のひととき”くらい、二人きりで過ごさせてもいいかという、“親友”にたいする配慮だったのかもしれない。
「せ、先輩……」
 真央の“脅し”がよほど効果的だったのか、尚怯えた目をしている由梨子に、月彦はそっと笑みを零し、被さる。そして真央には聞こえぬよう、細心の注意をしながら、そっと由梨子に囁きかける。
「大丈夫、俺ももっと由梨ちゃんとシたいから」
 “これきり”なんてことはない――そう伝えると、俄に由梨子の体から強ばりが取れるのを感じた。
「先輩……!」
 感極まったように、先ほどとは違う理由で目を潤ませる由梨子の唇を奪う。舌を絡ませ合いながら、抽送を再開させる。
「ぁっ……」
 という声を漏らしたのは真央だった。絡み合う二人を見ながら、密かに体をくねらせ、自慰を始めていたが、月彦はあえて目を瞑った。
「ンンッ……ンッ……んっ、はっ……ぁっ……せん、ぱい……あの、私……ホントに、もう…………」
「解ってる、由梨ちゃんがイきたくてイきたくて我慢できないっていうのは、よく解ってる、から……」
 実を言えば、可愛い後輩がイきたい、イきたいとねだっているのを目の前に我慢し続けるほうも辛かったのだと。月彦は言いたかった。
「……由梨ちゃんのおねだりって、結構強力だからさ。……実は俺もギリギリなんだ」
「せん、ぱい……あっ、ンッ!」
 強めに小突くと、由梨子は忽ち高い声で鳴く。
「あっ、あッ! あッ! せん、ぱいっ……せんぱいっ、せんぱいっ!」
 さらに、トン、トンとリズム良く由梨子のナカを突き上げる。今この時ばかりは、端で見ている真央の存在すらも忘れたように、互いに見つめ合いながら、呼吸すらも合わせるように、快感を高め合っていく。
「せんぱいっ、せんぱいっ、せんぱいっ……あん! もっ……わた、しっ……イくっ……イクッ………イきそっ……イクッ……!」
 ぜえはあと息を荒げながら、譫言の様に由梨子が繰り返す。解ってる、と月彦は目だけで伝えて、由梨子の快感の波に合わせていく。
「あぁっ! あぁっ! せんぱいっ、せんぱいっ……せんぱっ………………ッッッ…………あッ………イ、イクッ………〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!!!!!!!」
「っ……ゆり、ちゃん……!」
 最後の瞬間、由梨子の手を握り、ぎゅっと指を絡ませながら。愛しい後輩の子宮へと、牡液を注ぎ込んでいく。
「あっ……あっ……あァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」
 中出しによる、さらなる絶頂――たまりかねたように由梨子は大きく仰け反り、絶叫する。んっ――という声は、視界の外から聞こえた真央のもの。恐らくは、由梨子と同時に自らも“中出し”を妄想して達したのだろう。
「由梨ちゃん……」
 まだ射精も収まらぬうちから、月彦は由梨子の体を抱きしめ、マーキングを行う。この可愛い後輩を、他の男に取られてしまわぬ様、しっかりと“自分の証”を刻みつける。
「せん、ぱい……あんっ……」
 うれしいです――掠れた声で言いながら、由梨子がそっと背に手を回してくる。そのまま、二人だけでいつまでも抱き合えたら、それはそれで幸せだったのかもしれない。
「とうさま……」
 しかし、くいくいとベッドシーツを引く手が、月彦が二人だけの世界に没頭することを許さなかった。



 
「ほら、真央……?」
 月彦は仰向けに寝たまま、真央を自分の上へと誘導する。既に自慰までしてしまうほどに焦れていた真央は、躊躇っているという演技すらも忘れてあっさりと月彦の上へと跨がってきた。
「父さま……いい?」
 しかしどれほど焦れていても、勝手に挿入まではしない。真央は剛直の上に跨がったまま、にゅりにゅりと腰を前後させながら尋ねてくる。
 もちろんダメだなどと言うはずも無い。月彦が頷くと、真央は体を持ち上げ、先端部を宛がい――
「ンっ……あっ、あんっ!」
 ぬぬぬと剛直を飲み込みながら、一気に腰を落とした。
「あっ、あっ……とう、さまぁ……ぐいいいって、奥まで、来てるぅ……!」
 つん、と先端部に真央の体重を感じるほどの密着感に、月彦は思わず呻きそうになる。
 そして。
(……やっぱり、苦手――だ)
 この光景。狐耳狐尾の女に跨がられるというシチュエーションに、背筋にゾワゾワしたものが走る。
 もちろん、相手は真央なのだと何度も自分に言い聞かせてはいる。が、やはり体に刻み込まれた恐怖と屈辱は、そう簡単にはぬぐい去れない。
(……最近、ただでさえ……体つきが……)
 “本物”には及ばないまでも、やはり血がつながっているだけのことはあると納得せざるをえないほどに育ってきている。胸はもとより、腰回りや太ももなども、むしゃぶりつきたくなる程にむちむちと。
 そう、やもすれば“母親”とダブりそうなほどに育った真央を、トラウマを刺激しかねない体位に誘導したのは何故か。
 もちろん月彦には狙いがあった。
「父さま……動いても、いい?」
 いつまでも動かない月彦に焦れたのか、真央が躊躇いがちに尋ねてくる。
「あぁ。……真央の好きに動いてみろ」
「うん……ンッ……ぁっ……」
 真央がクイクイと腰を動かし始める。それはなんとも辿々しく、まるで始めて騎乗位をする処女を無くしたばかりの少女のような、頼りない腰使いだった。
(……やれやれだな)
 そんな“叱られ待ち”の愛娘に、月彦は苦笑しか出ない。一体どうしてこんな風に育ってしまったのだろうと。
(……とはいえ、真央の望み通りにしてやるのも癪だな)
 もっとしっかり動けと尻を叩く――或いは、そんなのでは物足りないと自ら突き上げる。どちらも過去に行い、むしろやり慣れた感さえある。
 ならば、今この状況でしか出来ない手で、真央を焚きつけてやるのもアリではないか。
「…………由梨ちゃんの方が巧いな」
 ざわっ――真央が瞬時に体をザワつかせるのが解った。そう、二人きりでシているときであれば、“他の女”の話など言語道断。いくら真央が責められ好きとはいえ、そんなことを口にすればヘソを曲げられるのは確実だった。
 しかし“今”ならば。
「…………ンッ……ぅ……!」
 真央が体を前に倒し、月彦の胸板へと手をつく。そして腰を持ち上げるや、ぱちゅんっ!と飛沫が散るほどに強く落とす。
「あっ、ん! あっ、んっ! あんっ!」
 持ち上げる時は強く締め上げ、抜けそうなギリギリまで引き抜いてから落とす。先ほどまでとは雲泥の刺激に、月彦は思わず嘆息を漏らした。
「ンンッ、ぁっ……あんっ、あっ……はぁはぁ……ンッ……!」
 そしてその刺激に月彦が慣れた頃に、今度は体を後ろに倒し、ぐりんぐりんと腰を回してくる。
 そう、さながら「どう? これでも由梨ちゃんの方が巧い?」とでも言いたげに。
「ッ……いい、ぞ……真央、もっと……もっとだ……」
「う、ん……ンッ……はぁはぁ……父さまっ……父さまぁ…………ひゃっ!?」
 気をよくした真央が、さらに腰をうねらせた瞬間――突然素っ頓狂な声を上げた。
「だ、誰……ゆりちゃ……あん!」
 ビクゥッ――真央が身を強ばらせると同時に、キュキュキュウと肉襞が絡みついてくる。月彦は愛娘のその“反応”だけで、その身に何が起きたのかを理解した。
「先輩……さっきの、本当ですか?」
 にょきりと、真央の肩越しに由梨子が顔を覗かせる。そして真央の体で見ることは出来ないが、恐らくその手には真央の尻尾が握られていることだろう。
「私の方がいいって、本当ですか?」
 よほど嬉しかったのか、由梨子は先ほどの絶頂の余韻も冷めていない両目をらんらんと輝かせながら再度尋ねてくる。
「やっ、だめぇっ……今は、私の番、なのにぃ……」
「……? 私は先輩にはなにもしてませんよ?」
 しているのは真央さんに、です――さもそう言いたげに、もぞもぞと由梨子の手がうごめく。
「あっ、あっ、だめっ……尻尾、だめぇっ……!」
 たちまち真央が腰砕けになり、腰の動きが止まる。そんな二人のやりとりを見ながら、月彦はつい口元が緩んでしまう。
(……狙い通りではあるんだが)
 その光景は想像していたよりも、遙かに微笑ましいものだった。そう、真央に跨がらせたのは、由梨子が参入してきた場合にいじれる場所を多くする為だ。いくら由梨子が真央ほどダフではないとはいえ、先ほど抱いた手応えから、まだまだ余力があることは確認済みだ。体の痺れさえ抜ければ、きっと参入してくると思っていた。
 そう、何故なら由梨子はSだからだ。
「ほら、真央さん。ちゃんと動いてあげてください。……でないと、また言われちゃいますよ?」
 私の方がイイって――そう狐耳に囁く由梨子の笑みは、まさにドSそのもの。先ほどの復讐の意味もあるのだろう。いつになく手つきも、その口調にも容赦は無い。
「ぁッ、ァッ……そんなっ……やっ……尻尾弄られてたら……うごけな……あんっ!」
 はむっ――まるで口答えは許さないとばかりに、由梨子が狐耳を噛む。唇ではなく、歯で噛まれたそれに、真央は痛みとそれ以上の快感を覚えたのだろう。
 キュキュキュウッ――痛烈なまでに、剛直が締まる。
「動けないなら、真央さんの番は終わり。また私の番でいいですよね?」
「やっ……ダメぇ! 由梨ちゃんはもう終わりなの! あとはずっと私のっ……ひゃあっ! ひん!」
 口答えは許さない――由梨子の鼻先が狐耳の中へと潜るや、真央が声を裏返らせる。想像するまでもない、真央は耳の中を舐められても、白い毛を舐られても同じ反応をするからだ。
「やっ、またっ……尻尾……やぁぁっ……」
 そして、こしゅこしゅと尻尾を弄られ、真央は泣きそうな声を上げる。
 くすりと、月彦は笑みを零す。
「真央、どうした。動かないなら、本当に終わりにするぞ?」
「やっ……父さま……だめっ……父さまとするのはっ……あっあァァァァッ!!!」
 ぶるるっ…………ゾクゾクゾクゥッ!――そんな“振動”が剛直を通じて、真央から伝わってくる。
(……由梨ちゃん、責めるの巧いなぁ……)
 真央の体を知り尽くしている月彦は、真央の反応を感じ取るだけで何をされたのかまで解ってしまう。それ故に、由梨子の手練手管の巧みさが感じ取れるのだった。
(真央の“責め”はどこかぎこちないっていうか、いかにも不慣れって感じだったけど……)
 由梨子は見事にハマっている。勿論それは真央が“責められ好き”であるのもあるのだろうが、それを差し引いてもやはり見事の一言だった。
「あっ、あんっ……あぁぁぁ……おねがい、由梨ちゃん……尻尾は、もう……ほ、ホントに動けないのぉ……」
「じゃあ、真央さんの番はおしまいでいいですね?」
 ううぅ、と真央が目尻に涙を溜める。そのくせ、この状況がゾクゾクするほどに楽しいのか、快感に身震いまでしているのだから親である月彦としては困ったものだった。
「真央、まだ待たせるのか?」
 そんな真央が可愛くて仕方なくて、月彦はわざと苛立った声で言う。ひっ、と。真央は露骨に怯えたような声を出した。
「ご、ごめんなさい……父さま……だって……由梨ちゃんが……」
「真央が動かないなら、俺が勝手に動くぞ?」
 月彦は真央の足の付け根のあたりを掴み、ずんっ、ずんっと。ベッドのスプリングを利用して突き上げる。
「あひんっ! アッ、ンッ! やっ、だめっ、尻尾……ひゃあっ……み、耳まで……やぁぁあっ!!!」
 下から突き上げられながら、さらに尻尾を弄られ、耳まで刺激される。怒濤の三点責めに、たまらずイきそうになっているのが、月彦にも伝わってくる。
 となれば、当然。
「由梨ちゃん、どう思う? 折角無理をいって由梨ちゃんの番に割り込んだのに、このていたらくだ」
「呆れますね。真央さん、先輩を満足させられないのに割り込むなんて、ちょっとどうかと思いますよ?」
「だ、だって……あ、あんっ!」
 口答えは許さない――今度は月彦が大きく突き上げる。
「そうだな……じゃあ、罰として……真央が一回イッたら終わり、今度は由梨ちゃんの番っていうのはどうだろう?」
「えっ……やっ……そんなの、絶対いや――」
「いい提案ですね、先輩。……真央さん、一回イッたらおしまいですよ?」
 ちゃんと我慢してくださいね?――狐耳へと差し込まれた由梨子の唇からは、恐らくそんな言葉が囁かれたのだろう。
 月彦は真央の足へと添えた手へと再び力を込め、真央の体が浮かんばかりに突き上げる。反動を利用して、そのまま何度も、何度も。
「あンッ! あンッ! あっ、あんっ! やっ、あんっ! やっ、イヤッ……父さまっ……だめ、あんっ!」
「わぁ、真央さんのおっぱい、すっごく揺れてますよ? たぷん、たぷんって。わざとそうやって揺らして、先輩を興奮させてるんですか?」
「ち、違っ……ひゃあんっ!」
 何が違うのか――月彦はニヤけそうになるのを唇を噛んで堪える。表面上はあくまで真央が動かないのが不満で自分で動き出したという体裁を取り繕わねばならない。
 真央もまた、違うという言葉に説得力を持たせるために両手で肩を抱くようにして胸を固定し、揺れないようにする。
「違わない、ですよね。……だって、真央さんは――」
 由梨子の唇が、再度狐耳の中へと隠れる。ぶるるっ――真央が体を震わせたことで、月彦は真央が何を言われたのかを知った。
「ちがっ……違、っう…………」
「違わない、ですよね? 今だって、先輩の目が真央さんの胸に釘付けになってるの、気づいてますよね?」
 こしゅっ――由梨子の手が、真央の尾を擦る。
「あひんっ、あっ、ンッ……やぁっ……ンッ!」
「嘘はダメですよ、真央さん。あんなに血走った目でジロジロ見られて、気づかないわけないじゃないですか」
 血走った目でジロジロ――酷い言われようだと、月彦は思った。
(……ちょっとだけ、持たざる者の僻みが入ってるような……)
 と思うも、口には出さない。
「本当は好きなんですよね? ブラからはみ出ちゃうくらいはしたなく育ったおっぱいを先輩に見られるのが」
「は、はみでたり、なんか……ひんっ!」
 キュッと、由梨子が尾の付け根を掴む。月彦はいつしか突き上げるのも忘れて、この“由梨子劇場”に見入っていた。
「まさか、バレてないと思ってるんですか? クラスの女子は体育の度に見てますから、みんな知ってますよ?」
「……そういえば、真央は言ってたな。“下着はキツいくらいのが気持ちいい”とか……」
「父さま……! ンッ……」
「やっぱり。……真央さんって、ほんと嘘つきですね」
 尾から手を離し、由梨子は両手で真央の巨乳を持ち上げるように掴み、こね回す。
「あっ、あっ……だめっ……」
 ダメ、といいつつ、抵抗はしない。先ほどまで肩を抱いていた両手は中途半端に開いたまま、中空をさまよっている。
「いっそ、先輩に正直に言っちゃったらどうですか? “私のいやらしいはみ乳を見てください”って」
「やっ……いやぁっ……ゆり、ちゃ……いじわる、言わないでぇ……!」
 真央の手が、由梨子の手首を掴む。しかしそれは引きはがすためのものではなく、さらなる愛撫を求める為のものだった。
「あぁ、すみません。真央さんはインランだから、私が触ったくらいじゃ満足できないんでしたね」
 ぽっと、あっさりと由梨子は両手を離してしまう。
「やっ……ゆりちゃっ……止めなっ…………」
「続きは先輩におねだりしたらどうですか?」
 由梨子は意地悪く――あえて耳責めも、尻尾責めもせずに真央の腹部の辺りを抱きしめたまま意地悪く笑う。
「ぁうう……と、父さま……おっぱい……触ってぇ……」。
「……って言ってるけど、どうしようか、由梨ちゃん?」
「真央さんはマゾですから、むしろ触らない方が喜ぶかもしれませんね」
 由梨子の返しに、月彦は頬の裏の肉を噛んで笑いを堪える。そういう返しを求めてはいたのだが、あまりに役がハマりすぎていたからだ。
「やぁぁぁっ……おね、がい……とうさま……おっぱい、熱いの……むぎゅむぎゅってしてぇ……!」
「……しょうがないな」
 真央に促されて――というより、極上の巨乳を目の前でさんざんに由梨子に弄り倒され、独占欲を刺激されていた月彦はいかにも「真央に懇願されたから、仕方なく」といった体で手を伸ばす。
「あぁんっ!」
 おっぱいが熱い――そう言った真央の言葉とは裏腹に、脂肪の塊である乳肉はひやりとしていて、もはや手になじんだ弾力をこれでもかと返してくる。
「そうそう、真央さん。忘れてないですよね? 真央さんが一回でもイッたら、次は私の番ですから」
「ふぁっ……!? で、でもっ……あぁぁぁあっ!!」
「そうそう、真央は胸を揉まれながら突かれるのが好きだったな。すっかり忘れてた」
 さも今思い出した――とばかりに、月彦は両手でもみくちゃにこね回しながら、突き上げる。
「ひんっ! あんっ、あひっ……あひぁっ……あぁあっ、あっ!」
「くす、いい顔になってきましたね、真央さん。……ご褒美に、尻尾もこしゅこしゅってシてあげますね」
「ひっ……やっ、らめっ……い、今……尻尾、されっ……あひぁああああああああッ!!!!!」
 ビクビクッ、ビクッ――真央が大きく体を跳ねさせる。ぎち、ぎちちっ――同時に剛直を締め上げられ、月彦はわざと突き上げを止める。
「ん……真央、今イッたか?」
「ふあぁぁ……い、イッて、な……」
 ふるふると真央は必死に首を振る。
「由梨ちゃん、真央はイッたと思う?」
「そうですね、限りなく黒……だと思います」
「イッてない……まだ、イッてない、父さま、信じてぇ!」
 真央にしてみれば、こんな寸止めで止められては堪らないだろう。それだけに、その訴えは真に迫るものがあった。
「……真央に免じて、グレー判定ってことにしてやるか。……でも、次疑わしい反応をしたら……その時は解ってるな?」
「やぁっ……そん、な……無理……絶対、むりぃ……父さまに突かれて、由梨ちゃんに尻尾まで弄られたら……あひっ……ま、また、尻尾……」
「無理なら、いつでも代わりますから。遠慮無く言ってくださいね?」
 尾を扱きながら、由梨子は天使の笑みを浮かべる。
(……仕返しだ。絶対さっきの仕返しだ)
 味方なうちはいいが、敵に回すと恐ろしい――かもしれない。
「真央、いつまで俺に動かせる気だ? たまには自分で動いてみろ」
「で、でも……ひんっ!」
「……言い方が悪かったか。……真央、俺がイくまで、腰の動きを止めるな」
「ひぁっ……!」
 ぶるるっ――真央が体を震わせる。その背筋にゾクゾクと冷たい快楽が迸るのすら感じ取れるほどに。
「ぁっ、やぁっ……か、勝手に、うごい、ちゃう…………」
 そう、“そういう風”に躾けてある。何も問題は無い。真央は小刻みに体を震わせながらも、月彦に言われた通りに淫らに腰を振り始める。
「真央さん、すっかり先輩に躾られちゃってるんですね。……一体どれだけ先輩に抱かれたら、そんな風になっちゃうんですか?」
 多分に嫉妬の混じった、由梨子の呟き。その苛立ちを現すように、由梨子は月彦の手に混じって真央の胸を捉え、その先端をつねり上げる。
「やぅんっ! ご、ごめん、なさい…………わ、私の、からだ……とうさま、に……躾けられちゃってるのぉ……父さまの命令には、逆らえない、の……」
「“いやらしい命令”だけですよね? 真央さん?」
「やぅんっ! やぁっ……お、おっぱいつねらないでぇ……」
 つねられるの好きな癖に――と、月彦は内心笑う。由梨子がつねる度に、キュン、と膣を収縮させるのが伝わってくるからだ。
「由梨ちゃんの言う通りだな。勝手に薬を作るな、人に飲ませるなといった類いの命令は一向に聞かないんだから」
「……悪い子ですね、真央さん。“外見”からは、とても想像できないですよ?」
 確かに、と。月彦は由梨子の言葉に納得する。「虫も殺さないような顔をして」――という表現があるが、真央の場合は「男と手を握ったこともないような顔をして」とでも言うべきか。
「試しにクラスのみんなに聞いてみますか? “真央さんは本当はエッチが大好きで、しかも責められ好きのマゾヒストなんですけど、そんな風に見えますか?”って」
 それを言うなら、由梨子も「普段は理性的で礼儀正しいけど、実はドS」なわけだが、無論突っ込んだりはしない。
「由梨ちゃん、そんなことをしたら真央がますます喜んで悪い子になっちゃうじゃないか」
「そうでしたね。すみません、先輩」
 白々しいほどの受け答え。これ以上笑いを堪えているのも辛く、月彦はそろそろこの小芝居を終わりにせねばと思う。
「……じゃあ、いやらしい命令が大好きな真央がもっと喜ぶ命令を出してやるか」
「えっ……」
「どんな命令ですか?」
 “嬉しげ”に怯える真央をよそに、由梨子が続きを促してくる。
「真央、“一番弱い所”に擦りつけるように動け」
「と、父さま……あっ、やんっ!」
 真央の腰の動きが、露骨に変わる。そう、月彦が命じた通り、“一番弱い場所”へと擦りつける動きに。
「ィひぁっ、ぁひっ、んぃぃっ!!! ひぃぃっ、ぃうっ……やっ、ら、らめっ……と、さま……これ、ほんとにイッちゃ……〜〜〜っっっ!!」
「イッたら交代、ですよ? 真央さん」
 由梨子の手が、真央の体を這う。もちろん、限界ギリギリの真央をさらに追い込むために――だ。
「ひゃあぅン! やっ、しっぽ……ぃひぃぃぃぃいっぃいlッ!!!!!」
 コシュコシュコシュッ――尻尾を扱かれ、真央の体は電撃でも受けているかのように激しく跳ねる。そんな真央の体を優しく抱きしめながら、由梨子は舌先でちろちろと耳の毛を嬲る。
「っ、くっ……いいぞ、真央……締まる……ほら、もっと動け」
「やぁぁぁっ、と、さま……んひぃ! やっ、らめぇっ……あひぃぃぃっ! やっ、よ、弱い所、に……グリグリってぇええっ……イクッ……ホントにイッちゃう……!」
「イッたら真央の番は終わりだぞ?」
「んっ、ぁっ……やっ……もっと、もっとシたい……見てるだけ、なんて……やぁぁっ……はぁはぁ……………我慢、出来ないのぉ…………」
 ぜえはあ、ぜえはあ。
 真央はギチギチに締め上げながら、淫らに腰をくねらせる。そう、その動きはもう「精一杯イくのを我慢はしているけど、中出しされたらもうイッても仕方ないよね?」とでも言いたげな、月彦をイかせる為の動きだった。
(……確かに――)
 心情的には、真央の気持ちを汲んでやりたいとは思う。ここまで健気に我慢をするのなら、その通りにしてやりたいと。二人きりならば、それも通っただろう。
「あんっ、あんっ、あん! とう、さまっ……とう、さまっ……とうさまっ、とうさまっ……とうさま……イクッ……イッちゃう……ほんとにイクッ……イクッ、イクッ、イクッ……イクッ!」
 真央は必死に首をふりながら、それでも腰をくねらせ続ける。首を振り続けるのは、絶頂を否定し続けてはいるというせめてもの意思表示だろう。
「やんっ、あんっ、イクッ……ホントにイッちゃうッ……父さまっ、父さまっ……父さまっ、父さまぁっ……」
 ほとんど悲鳴にも近い真央の声。それは月彦の牡としての部分ではなく、父親としての部分を強く刺激した。
 イきたくてもイけない苦しさに喘いでいる愛娘を、早く楽にしてやりたい――そんな思いが、真央同様限界ギリギリで踏ん張っていた月彦に、最後の後押しをする。
「っ……くっ……」
 真央の足の付け根を掴み、ぐいと引き寄せる――と同時に、自らの腰を突き出す。
 ぐりっ、と先端部が子宮口に密着するのを感じる。
 そして――。
「と、父さま……あっ……ああァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
 愛娘の絶叫を聞きながら、月彦もまた同時に達した。

 脱力した真央の体がかぶさり、たわわな胸がぎゅうと押しつけられるのを感じる。それは単純に失神したわけではなく、真央自身の意思によっておしつけられているのだとすぐに解った。
「父さま……あんっ」
「真央……」
 互いに絶頂の余韻を楽しむように、唇を重ねる。至福ともいえるそのひとときは――しかし長くは続かなかった。
「あの、先輩……?」
 ちょんちょんと、忘れないでとばかりに腕を突く手。
「次は私……です、よね?」
 不安げに、しかし焦れきった声で呟く由梨子。
 事ここに至って――今更ともいえるが――月彦は思い知ることとなった。
 最低でも、今夜は普段の倍は頑張らねばならないということを。



 カーテンの隙間から、微かな紫光が差し込む室内で、月彦は意識を覚醒させた。まるで首まで泥の沼に浸かっているかのように体が重く、それに比例するように頭の中にも濃い霧がかかっているようだった。
 体を起こそうとするも、それが敵わない。はたと気がつけば、右腕も左腕も、それぞれ真央と由梨子に絡め取られる形で固定されていた。
 ああ、そういえばそうだった――漸くにして、月彦は昨夜の顛末を思い出した。どちらかの相手をすれば、もう片方が自分もとねだってくる――そんな事を繰り返すうち、とうとう三人そろって力尽きてしまったのだ。
「……先輩?」
 まるで寝言のように呟いたのは由梨子だった。どうやら、月彦が身を起こそうとした際に起きてしまったらしい。月彦は浮かしかけていた背を再び横たえ、由梨子の方へと目をやる。由梨子は微かに瞼を開けながら、照れ混じりの笑顔を浮かべた。
「……おはようございます、先輩」
「おはよう、由梨ちゃん」
 そっと、触れるだけのキスを交わす。内心では、真央が起きていたらまた悶着が起こるのではと、月彦は気が気では無かった。
「……先輩、真央さんは……」
「まだ寝てるみたいだ」
 苦笑混じりに言うと、由梨子の目の奥がきらりと光った――ように見えた。
「あの、先輩……その……もし、良かったら……なんですけど」
 

 何が一番難儀だったかと言えば、真央を起こさぬよう、そっと腕を引き抜くことだった。そのあとは、二人そろってベッドを抜け出し、下着だけを身につけて階下へと降りた。
 二人で一緒にシャワーを浴びたい――由梨子のその提案に、月彦は乗った。別に真央を一人のけ者にしたいということでも、由梨子を特別扱いしたいというわけでもない。仮に先に真央が起きて同じ提案をしてきても、やはり月彦は乗っただろう。
(……“二人一緒”だと、圧倒されかねないってのは、昨日学んだしな)
 故に、“真央を起こして三人で一緒に”とは口に出しにくかった。何よりも、紺崎家の浴室は狭くはないとはいえ、三人同時ではさすがに手狭なのだった。
「そういえば、先輩……おばさんは……」
 そろり、そろりと階段を下りながら、由梨子が思い出したように顔を青くする。真央の代わりに紺崎家で暮らしたこともある由梨子は当然父親が家に居ないことも、母親は居ることも知っている。
「ああ。母さんなら今夜は家を空けてるから、大丈夫。気兼ねなんかしなくていいよ」
「そう、ですか……」
 ほっと、由梨子は胸をなで下ろしたようだった。恐らくは不本意――なし崩し的に泊まるはめになったとはいえ、さすがに他の家族が居るのならば挨拶くらいしなければ思ったのかもしれない。
「あっ、でも……私、白耀さんに……」
 しかし、紺崎葛葉に挨拶は必要無くとも、“自分の保護者”には一言あってしかるべきだと思い出したのだろう。由梨子は先ほどよりもはっきりと顔から色を失わせていた。
 これには、月彦が笑顔を持って応えた。
「それも大丈夫。昨日のうちにちゃんと俺が白耀に電話しておいたから。由梨ちゃんは今夜うちに泊まるって」
「えっ……でも、先輩一体いつ……」
「いやほら、帰ってすぐだよ。由梨ちゃんと真央を見た、その後」
 あぁっ、と由梨子が声を上げる。そう、部屋でねっとりと絡み合う二人を見るなり、月彦がとった行動は白耀への連絡だった。これはもう、日付が変わる前に由梨子を家に帰すのは不可能だろうと、今までの経験から導き出された最善手だった。
「……ありがとうございます、先輩。……本当は、私が自分で連絡しないといけなかったんでしょうけど……その……」
「わかってるって。……それどころじゃ無かったよな、うん」
 苦笑を滲ませながら、脱衣所へと入る。暖房が必要無いほどに熱気で暖まっていた自室とは違い、廊下も階段もリビングも余すところなく冬場の寒気に支配されていた。一刻も早く浴室へと入り湯で体を温めなければ、自分はともかく由梨子は風邪を引いてしまうかもしれない。
 下着を脱ぎ去り、浴室へと入ってシャワーから湯を出す。最初の数秒は水のように冷たかったそれも次第に暖かく、やがて湯気を伴うものになる。月彦はまず熱すぎるほどの湯を辺りに振りまき、たっぷりと湯気を作ってから水用の蛇口を少しだけひねって温度を調節すると、一番高い場所にシャワーヘッドを固定した。
「由梨ちゃん」
「はい」
 両手で由梨子を招き入れ、抱き合うようにしてシャワーを浴びる。どちらが求めるでもなく唇を合わせ、くちくちと舌を絡め合う。
「あんっ……」
 キスの合間に、由梨子がそんな甘い声を上げる。何ごとかと思えば、右手が勝手に由梨子の胸元へと触れ、揉み始めていた。なんと手癖の悪い右手か、お前は頭がそうしろと言わなくてもおっぱいに吸い寄せられてしまうのかと。月彦は左手で叩いて叱りつけたい気分だった。
「せ、先輩……」
「うん?」
「その……当たって、ます……」
 何がだろうか――右手は確かに由梨子の胸へと伸びているが、これは“当たっている”わけではない。そう思って視線を下へと下げるとなるほど。怒張した肉の槍が見事に由梨子の腹部へと突きつけられる形になっていた。
「こ、困ります……先輩……私は、べつに……そんなつもりで、先輩をシャワーに誘った、わけじゃ……」
 じゃあどんなつもりだったのかと、月彦は思わず口元に笑みを浮かべてしまう。男をシャワーに誘っておいて「そんなつもりはなかった」等という言い訳が通用すると、由梨子も本気で考えているわけではないだろう。
 つまり、これは“振り”なのだ。
「そっか、ごめん。……そういえば、昨夜もいっぱいシて、由梨ちゃんも疲れてるよね」
「ぁっ……いえ……その……確かに、全く疲れていないと言ったら嘘になるんですけど……」
 男に追われて逃げてはみたものの、思いの外追いかけてくれず、慌てて足を止めた――由梨子の心情はそんな所だろうか。
「でも、見た感じ……由梨ちゃん結構平気そうだよね。いつもはほら、もっと……なんていうか……」
「それは……えと……多分、“休み休み”だったのと……」
 休み休み――由梨子の言葉に若干の棘を感じる。確かに由梨子の言う通り、由梨子一人を抱き続けることは出来ず、合間合間に真央の相手を強いられる形だった。尤も、真央にしてみれば全く逆の想いだったことだろう。
「ひょっとしたら……真央さんのあの薬……栄養剤みたいなものだったんじゃないんでしょうか」
「あぁ……」
 それはありうることだと、月彦は思った。
(……待てよ、だったら由梨ちゃんより遙かに多くの薬を口にした真央は……)
 それこそ、夜通しでも日通しでも大丈夫なほどになってるのではないだろうか。或いは、由梨子に飲ませた一粒だけが特殊で、他はただの媚薬だったのか――。
「それに、先輩も……真央さんばっかりで……」
「えっ……別にそんなことは……」
 月彦としては、由梨子も真央も極力分け隔て無く相手をした――つもりではあった。
 が。
「そんなことあります!」
 思わずギョッと身を竦める程の――そして、口にした由梨子自身ハッと口に手を当てるほどの、浴室の壁を震わせるほどの大声だった。
「……すみません。……でも、私……真央さんの半分くらいしか、先輩にシてもらってないです」
「ご、ごめん……」
 暗に不満だと。物足りなかったと言われているようで、月彦は反省せずにはいられなかった。
(……いや、実際男として恥ずべきことだ)
 二人同時に相手にするなら、両方を満足させられなければダメだと。
「……先輩、私は……真央さんみたいに、胸も大きくないし、お尻とか、太ももとかも……全然だめかもしれませんけど……でも……」
「大丈夫だよ、由梨ちゃん。“そういうところ”とは関係なしに、俺は由梨ちゃんの事が好きなんだからさ」
 今胸を触るのは逆効果――というのもあり、右手を改めて由梨子の背へと回し、抱きしめながら囁く。
「ぁぅ……先輩……」
 由梨子が顔を赤くしながら、月彦の背へと手を回してくる両手の指を肩に引っかけるようにして、呟く。
「あの……そうやって、ぐりぐりって押しつけながら……そういうこと言われても……」
 説得力はない――とでも言いたいのだろうか。そのくせ由梨子は体を逃がそうともせず、むしろ先端に腹部を擦りつけるように体をくねらせてくる。
「あぁ、ごめん。由梨ちゃんは“そういうつもり”じゃないんだっけ……」
 心底すまなそうに呟いて、あっさりと月彦は体を離した。あっ、と未練がましく声を出したのは由梨子だ。
「せ、先輩……!」
「うん?」
 しれっと、月彦はスポンジタオルを手にとり、ボディソープを絡ませ泡立て始める。さも「さて、じゃあ体を洗ってさっさと出るか」とでも言いたげに。
 そんな月彦の手から、らしくないほどに強引に、由梨子がスポンジタオルを強奪する。
「……由梨ちゃん?」
「…………わ、私は……“そんなつもり”じゃなかったのに……先輩のせい、ですよ? 先輩が、ぐいぐいって……何度も押しつけてくる、から……」
 言いながら、由梨子は泡だったスポンジタオルを自らの胸元へと擦りつける。
「だから……ちゃんと、責任……とって下さい」
 そうして泡まみれになった胸元をすりつけるように身を寄せてくる。さながら、“体を洗いたいなら、私の体を使って”とでも言うかのように。
「……由梨ちゃんの言う通りだ。男なら責任は取らなきゃな」
 月彦は由梨子の顎先を指で捉え、唇を重ねた。



 仮に風俗店へと出向き、“16才の女の子に体で洗ってもらうプレイ”を注文した場合、いかほどの金額になるのだろうか。そもそも風俗店には16才の女の子など居ないという話はさておき、逆に“そういうプレイ”が出来るのならば風俗店に通う客達はいくらまで出すのだろうか。
「う、ぁ……」
 思わずそんな詮無い事まで頭を過ぎってしまうほどに、由梨子によるソーププレイは素晴らしいものだった。
「先輩……気持ちいいですか?」
「あぁ……凄く、いい……」
 真央に比べれば肉付きが薄いとはいえ、由梨子も年相応には“女の子の体”をしている。その体にたっぷりとボディソープを縫った上で、にゅりにゅりと体を擦りつけてくるのだから堪らない。風呂椅子へと座らされ、背中へと体をすりつけられた時などは、否が応にも女の体のやわらかさと、堅く尖った先端の感触を意識せずにはいられなかった。
(……でも、これって……)
 はたと思う。ひょっとしたら由梨子自身無自覚なのかもしれないし、ただの勘ぐり過ぎなのかもしれない。しれないが、月彦は思わずにはいられない。
 これはもしかしたら“マーキング”なのではないかと。
「んっ……せん、ぱい……」
 月彦の右腕に由梨子が抱きつく形で、にゅるりと体を上下させる。しっかりと腕で抱き込まれた腕に、由梨子は自らの秘部を擦りつけるようにして腰を前後させる。ボディソープとは明らかに違う、熱いぬめりに満ちたそれを、さらに背中へ、胸板へと繋げるように、由梨子の手が這い回る。
 この牡は私のモノ――まるで無言のうちにそう言われているようだった。そしてそれは男として決して悪い気はしない、むしろ誇らしい気持ちにさせられるものだった。
(……ヤバい。だんだんムラムラしてきた……)
 いわばこれは、由梨子からの挑発だ。その証拠に、由梨子は殆どといっていいほどに猛りきっている剛直には手を出さず、あくまで月彦の体に自らの体をぬりつけるに留めている。もし紺崎家の浴室にマット的なものがあれば、月彦を寝かせて自らの体を塗りつけるといったこことまでやったかもしれない。
(由梨ちゃんに、挿れたい……)
 まるで、股間に二つ目の心臓が宿っているかのよう。由梨子の体の感触を感じる度にその場所が疼き、全身に熱い血が巡る。すぐにでも由梨子の手首を掴んで壁へと押しつけ、脅しつけてでも尻を向けさせ、剛直をねじ込んでやりたい――そんな黒い衝動がわき起こる。
(いや、ダメだ……由梨ちゃんに、そんな乱暴な事は……)
 たとえ“そう”しても、由梨子は拒まないだろう。それは解っている。解っているが、由梨子をそのように扱いたくは無いという思いが、防波堤となって黒い衝動を押しとどめる。
「由梨ちゃん……その……そろそろ……」
 月彦に辛うじて言えたのはその一言だけだった。そろそろ、我慢出来ない――そう含めた言葉。
 由梨子はまるで、その一言を待ち望んでいたかのように、笑顔を零した。
「わかってます」
 由梨子は頷き、月彦に風呂椅子ではなく湯船の縁に座るように促した。それだけで、月彦にも由梨子の狙いは解った。
「……じゃあ、洗いますね」
 全身――“その場所”以外はほぼもれなくボディソープまみれにされていると言っていい。しかし“その場所”だけは、由梨子は一切手を出してこなかった。まるで、“そこ”だけは、自分の手で、自分の口で、自分の舌で綺麗にすると決めていたかのように。
「あっ、むっ……」
 色めいた吐息を漏らしながら、由梨子が先端部に口をつける。咥えるというよりは、キスに近い仕草。そしてあむあむと唇だけで食むように、先端部に唾液を絡めてくる。
「……っ……」
 なんともむず痒い感触に、腰が震えそうになる。思わず由梨子の頭を掴み、喉奥まで突き入れたくなるのを堪えながら、月彦は長く長く息を吐く。
「んぷっ、んっ……ちゅっ……」
 由梨子の手が竿に絡みつき、優しく扱き始める。ぴりぴりとした刺激にまたしても息が漏れる。さらに、由梨子は唇を離し、舌先を尖らせて鈴口をほじくるように弄ってくる。
「っ……ゆり、ちゃん……」
 思わず由梨子の頭に右手を乗せてしまい、ハッとして力を緩める。舌だけでは物足りない、早く咥えて欲しい――が、我慢する。
(焦らしてる、わけじゃないんだろうけど……)
 いや、焦らしているのだろうか。普段ならば、由梨子のこういった奉仕も純粋に受け止めることが出来たかもしれないが、いつになく“挿れたい気分”になっている今は拷問以外の何物にも感じられない。
「せんぱい? もの足りませんか?」
 月彦のそういう焦りが、顔に出ていたのだろう。由梨子に問われ、月彦は迷わず頷いてしまう。
 ふふ、と笑みを漏らした由梨子は少しだけ満足げだった。狙い通り――ということなのかもしれない。
「んっ……れろっ……れろっ……ちゅっ……」
 由梨子が窄めていた舌を広げ、れろり、れろりと先端部を舐めた後、キスをするように唇をつける。そのまま剛直を咥え――ると見せかけて、あっさりと唇を離してしまう。そして再び舌を宛がい、そのままゾゾゾと裏筋に沿って根元の方へと舐めあげていく。
「く、ぁっ……」
 それは根元では泊まらず、さらにその下。袋部分へと唇をつけるや、まるでマッサージでもするようにあむあむと唇で甘噛みされる。それに飽き足らず、時折チュッと吸い上げられ、月彦はそのたびにうめき声を上げた。
「ゆ、由梨ちゃん……」
「わかってます」
 切羽詰まった月彦の声に応えるように、由梨子は再び舌を当てたまま先端部へと舐め上がり、そして今度は月彦の望み通りに、深く、深く咥えた。
「っ……くぁぁっ……」
 我慢を強いられていただけに、咥えられた時の快感もひとしおだった。暖かい口内の感触、絡みついてくる舌。無意識のうちに、由梨子の頭に乗っている右手が褒めるように撫で動く。
「んくっ、んぷっ、んくっ……んっ!」
 咥えたまま、由梨子が頭を前後させる。“引かれる”度に、強烈に吸い上げられ、思わず浴槽の縁から尻を浮かせてしまいそうになる。
(やっ……べ……で、る……!)
 由梨子が頭を前後させる度に、刻一刻と自分が追い詰められていくのを自覚する。じんわりと剛直の根元に熱が貯まり、腰周りが痺れ始める。
「由梨ちゃんっ……もうっ……」
 それだけの言葉を絞り出すのが精一杯だった。由梨子はさらに動きを早く、激しいものにする。
「……っ……ぁ……!」
 最後の瞬間、月彦はとうとう我慢しきれずに両手で由梨子の頭を押さえつけた。どくっ――そんな“反動”と共に、白濁の塊がたっぷりと打ち出される。
「くっ……はぁ……」
 甘く、痺れるような快感。全身から力が抜け、思わず後方に倒れ込みそうになって――ベッドではなく浴槽にこしかけているのだと思い出して――慌てて前へと体重をかける。
「んくっ……んっ……!」
 ごぎゅっ、ごぎゅと由梨子の喉が鳴るのを、“つながったまま”の場所から感じる。乱れた呼吸を整えながら、月彦は褒めるように優しく、由梨子の髪を撫で続ける。
「んっ……」
 射精が止まり、さらに尿道に残った分まで吸い上げるように強く吸いながら、漸くに由梨子が唇を離した。
「……今度は、独り占めできました」
 浴室の床に膝をついたまま、恥ずかしそうに、そのくせ誇らしげに。月彦を見上げながら照れ笑いを浮かべる由梨子に、月彦は思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。
「由梨ちゃん、“口”だけじゃ、物足りない」
「先輩……あっ……」
 由梨子の手をとり、立ち上がらせる。そのまま、自分の膝の上へと。跨がってくるように誘導する。
「やんっ……だめ、です……先輩……」
 だめ――そう口にする由梨子は実に嬉しそうだった。むしろ自ら進んで体を近づけ、ガチガチにそそり立った剛直へと、自らの秘部を近づけてくる。
「今度は“由梨ちゃん”を食べたい。……いい?」
 熱く、絞れば蜜が滴りそうなほどに濡れたその場所に剛直を突きつけながら、ダメ押しとばかりに月彦は囁く。
 由梨子は照れ混じりに、小さく。はい、と返事をした。



 もし浴室の壁に自我があり、その自我が純情であれば顔を赤らめずにはいられないほどにたっぷりと由梨子に声を上げさせた後。改めて二人一緒にシャワーを浴び、浴室を後にした。
「ちょっと……ふらふらです……」
 脱衣所で体を拭く際、由梨子は冗談交じりにそう言った。たしかにいくら真央の薬が栄養剤であった(かもしれない)とはいえ、昨夜に引き続いてあれだけすれば体力も枯渇するのも無理は無い。
「……さすがに、真央さん……起きてますよね」
 と、由梨子が真央の話をしたのは、着替えの無い由梨子にやむなく真央のパジャマの一つを貸した時だった。
「……まぁ、起きてる……だろうな」
 その時、真央はどう思うだろうか。自分だけを置き去りに、二人の姿が無かった事に腹を立てるだろうか。
(立てる……だろうなぁ……)
 今更ながらに、真央を置いて二人だけでシャワーを浴びたのは失策の極みであったように思えてならない。多少窮屈でも、そしてもめ事が回避できないとしても、真央を起こして三人で浴びるのが最善策だったのではないだろうか。
(……ええい、過ぎたコトを悔やんでもしょうがない。真央が怒っていたら、ここは一つがつんと……………………謝ろう!)
 うむと大きく頷き、月彦もまた部屋着のシャツとズボンへと着替え、由梨子と共に脱衣所を出た。
 ――出たところで、ふわりと。香ばしい匂いが鼻をついた。
「この匂いは……」
「ベーコン……でしょうか」
 確かに由梨子の言う通り、ベーコンを焼いたときの匂いに近い。というよりそのものに思える。葛葉はまだ帰って来ているはずは無い。
 ということは……。
「あっ、父さま、ゆりちゃん。おはよう」
 台所へと顔を出すと、ガス台の前に立ちフライパンを手にしている真央が振り向きざまににっこりと笑った。
「ま、真央……?」
「あ……真央さん……おはようございます」
 いち早くギョッと身を固めた月彦。そして遅れて固まった由梨子。二人の差は“普段”を知っているかどうかの差が如実に表れていた。
 そう、月彦は普段の真央を知っているが故に、真央が料理をしているという情景自体が異様であり、ベーコンの焼ける香りからたとえその様子が想像できていたとしても固まらずにはいられなかった。反面由梨子はそういった普段を知らないが故に、月彦に遅れて――そして純粋に、真央の姿を見て固まった。
「ま、真央……その格好は……」
「え……うん……油が跳ねちゃうから……」
 そう、油が跳ねるからエプロンを着ける――というのはわかる。問題はその下が裸であることだ。
 はたして、裸エプロンというものはこれほどまでに破壊力があるものだっただろうか。狐耳、狐尻尾、裸エプロン――破壊力のある役がこれだけ揃えば数え役満になるのではないか。
 突然の事に、完全に棒立ちになっている二人の前に、ただ一人普段通りの真央がぴょんと飛び跳ねるように近づいてきて、その手に握っていたフライ返しをはいと、由梨子の手に握らせる。
「由梨ちゃん、バトンタッチ」
「えっ……えっ……?」
「早く早く、焦げちゃう!」
 そして真央に急かされるままに、ガス台の前へと押しやられてしまう。後に残されることになった月彦に、真央はむぎゅう、と。エプロン越しの巨乳を押しつけるように抱きついてくる。
「父さま、ごはんの前にシャワー浴びよ?」
「えっ……いやでも……俺はたった今由梨ちゃんと……」
「浴びよ?」
 ぶん、ぶんと尾を振りながら、ジッと。真央が見上げてくる。その目の奥にただならぬ光を感じて、月彦はつい頷いてしまった。


「こ、こらっ、真央!……んんっ……」
 殆ど真央に手を引かれる形で脱衣所へと連れ込まれた月彦は、服を脱ぐ間もなく唇を奪われた。
「んぁっ……んっ……ンンッ……はぁぁっ……んんっ……んんッ……!」
 だきつく、というよりはしがみつくと言った程に力強い抱擁。たっぷり五分ほどは唇を奪われ続け、はぁ、という甘い息とともに漸く唇を離した真央は瞳を潤ませ、すっかり出来上がっていた。
「父さま……どうして由梨ちゃんばっかり贔屓するの?」
 そして、唇を離して尚、鼻が付きそうなほどに顔を近づけたまま。むーっ、とした顔で問い詰めてくる。
「し、してない! 贔屓なんてしてない!」
「してるよ? どうして由梨ちゃんと二人だけでシャワーを浴びたりしたの?」
「そ、それは……真央がまだ寝てたからで……んぷっ」
 再度、唇が押しつけられる。しかもそれはキスではなく、痛みを感じるほどにきつく、唇を噛まれた。
「ま、真央……!?」
「ダメ、父さまは私のなの……由梨ちゃんのじゃないの!」
 はぁはぁと、乱れた熱い息がこれでもかと肌に触れる。さらに焦れったげに月彦の部屋着をまくしあげその体に直に触れながら、切なげに訴えてくる。
「父さま……真央のおっぱい触って?」
「こ、こら……勝手に……」
 人の手を使うんじゃない――という言葉は、口から出ることはなかった。むしろ真央に導かれるまでもなく、まるでそこにそうやって収まるのが決まっていた部品かなにかのように、文字通り吸い込まれるが如く月彦の右手はエプロンごと真央の左胸を鷲づかみにする。
「あはぁ……」
 ぐにぃ、と乳肉が形を大きく歪めるや、真央は――恐らくは意図的に――月彦の耳元へと口を寄せ、甘く喘ぐ。
「気持ちいい……父さまにおっぱい触られると、お腹の奥がキュンってなっちゃって、体中が痺れてきちゃうの……」
 それはもう、実年齢5才外見年齢16.7才の少女が口にしたとはとても信じられないような。男の全てを知り尽くした娼婦のような、艶めかしい響きだった。
「ま、待て……真央……ここじゃ……せ、せめて風呂場で……」
 まさかドアの向こうで由梨子が耳をそばだてたりはしていないだろうが、それでもすぐにでも踏み込まれかねない場所というのは落ち着かないものだ。
「……どうしてここじゃダメなの?」
 男を誘う時だけ娼婦のような妖艶さを漂わせるくせに、こういうときだけはそれこそ「赤ちゃんはコウノトリさんが運んでくるの?」とばかりに純真無邪気な目で首を傾げてくる。
 そして、徐に月彦に背を向けたかと思えば、どんと勢いよく胸板へと背中を押しつけてくる。
「父さま……」
 そして、背を預けたまま見上げてくる。月彦にとってある意味では不幸な事に、愛娘の目を見ただけで、その意図するところは殆ど読み取れてしまう。それだけでなく、真央のことが愛しくて愛しくてたまらない親バカ回路は、たとえ今はそうするべきではないと解っていても、真央の望むままに体を動かしてしまうことさえある。
 今がまさにそうだった。
「あぁんっ」
 大げさ――といえるほどに大きく、真央が喘ぐ。その声で、月彦は遅れて気がついた。己の両手が、真央の体を背後から抱きしめるような手つきでエプロンの下へと潜り込み、愛娘の巨乳を鷲づかみにしていることに。
「あんっ、あぁん」
 むっぎゅ、むっぎゅと両手が月彦の意思とは無関係に揉み続ける。その都度、真央はぶるりと体を震わせながら、不必要なまでに声を上げる。
 まるで。
 そう、まるで――ひょっとしたら脱衣所のドア越しに聞き耳を立てているかもしれない由梨子に聞かせるかのように。
「あんっ、あんっ……父さまぁ……シよ……?」
 月彦に両胸を揉みしだかれながら、真央はさらに身を委ねるようにもたれかかってくる。頭をかくんと月彦の肩へと預け、切なげな吐息を首へとはきかけながら、二人の体に挟まれた形になっている尻尾をゾゾゾとうごめかせながら。
 全身で“欲しい”と訴えかけてくる。
「わ、解った……わかったから……せめて……」
 風呂場でいいだろ?――その意図は真央にも伝わっている筈だった。しかし、真央はいつになく聞き分けがなかった。
「“ここ”でシたいの……父さま」
 囁くように言って、真央は唐突についと。月彦から体を離してしまう。逃げた――わけではなかった。脱衣所に置かれている洗濯機、そこに両肘を突く形で、月彦の方へと尻を向ける。
「父さま……お願い」
 尾を高く上げ、足を僅かに開く。それだけで、脱衣所いっぱいに濃厚なフェロモンが拡散したかのようだった。
「待て……待て。真央……いくらなんでも……」
 口だけの拒絶。その証拠に、月彦は逃げた真央の体を追うように歩み寄っていた。先ほどたっぷりと由梨子に搾り取られ、落ち着きを取り戻したはずの剛直をズボンから頭を覗かせるほどに猛らせながら。
(ううぅ……ダメ、だ……引き寄せられる……)
 頭でどれほど抗っても、体が覚えている、愛娘の体の味。それはなまなかな禁忌の縛りなどでは到底抗えない蜜の味。
「ま、真央……一回だけ……一回だけ、だからな……?」
 まるで、禁断症状に耐えかねた麻薬中毒者のような言い訳を口にしながら、月彦は真央に被さっていく。
「あぁんっ……父さまぁ……来て、来てぇ…………あぁっ、ンッ……あっ、あぁぁぁあああーーーーーーーーーーーッ!!!!」
 熱く、ヒクヒクとうごめく媚肉の隙間に剛直をねじ込むや、真央はいつになく誇らしげに、そして高い声で鳴いた。


 やはり、先ほどの由梨子の“アレ”はマーキングだったのではないか――月彦はそんな事を考えていた。
 何故なら、今まさに、真央に全く同じことをされているからだ。
「んっ、んっ……父さま……父さまっ……」
 はぁはぁと息まで弾ませながら、真央はボディソープをたっぷりと塗った両胸を月彦の背中へと塗りつけてくる。さきほどはその間に右手を、その前は左手を挟み込み、にゅりにゅりと擦りつけていた。
 脱衣所で真央を抱くこと数回。のぼせ上がっていた頭が幾分冷え、月彦は由梨子に対しての後ろめたさもあって真央を浴室へと連れ込んだ。その後の流れは、由梨子とのそれを殆ど踏襲するものだった。
「父さまは動かないで」
 そう言われ、風呂椅子へと座らされ、たっぷりと“サービス”されていた。しかし真央のそれには、由梨子とは決定的な違いがあった。
「きゃっ……と、父さま……?」
「……悪い、真央。もう、我慢が効かなくなった……」
 そう。由梨子に体を擦りつけられていた時は、最後まで――由梨子が口での奉仕を終えるまで我慢をすることが出来た。しかし真央相手ではそれが出来なかったのだ。
 たわわな胸をスポンジ代わりにするかのように体にぬりつけてくる愛娘に対し、ムラムラと“犯したい”衝動がこみ上げ、多少の我慢などあっという間に振り切られてしまった。
「真央っ……」
「だめっ……だめっ……父さまぁ……まだ、真央がする、のっ……だめっ……あぁんっ!」
 暴れる真央を抱きしめ、挑発するように押しつけられつづけた両胸をむぎぅ、と握りしめる。父親を誑かす悪いおっぱいはこれか!――とでも言わんばかりに。にゅるりと、ソープのぬめり故に掌中に収まり続けることはないその柔肉を、その都度握り直し、指先で先端をつねり上げる。
「あっ……ぃぃぃぃッ……あふっ、あはぁ……だめぇっ……! おっぱいだけでイッちゃう…………」
 はぁはぁと息を乱しながら、真央は喘ぎ混じりに言う。そしてちらりと、振り返るように訴えてくる目。
(……“まだイくな”……そう言ってほしそうな目だな、真央?)
 いつもならば、真央のそんな心根を見透かした上で、あえて“まだイくのは許さない”と喜ばせてやるところだった。しかし、いつもそれでは逆に真央も不満なのではないかと、そんな考えが頭を過ぎる。
「あっ、あんっ……やぁぁっ……お、おっぱい……気持ちいい……ほ、ホントにイッちゃう……!」
 月彦の腕の中で真央は悶え、何度も何度も訴えるようにチラ見してくる。だが、月彦は何も言わず、にゅむりにゅぎと両手の中で滑り続ける乳肉の感触を楽しむことのみに没頭する。
「ダメっ……だめっ……イクッ……イクッ……!」
 譫言の様に真央は繰り返す――が、その実絶頂にはまだ至らない事を、月彦は真央の体越しに感じ取っていた。
「と、父さまぁ……どうして…………」
 とうとう真央の声に“泣き”が入る。何故命令してくれないのか。イけでもイくな、でも。どちらでもいいから命令して欲しいと、涙目で訴えてくる。
「なんだ、その目は。俺に指図するのか?」
 さすがに愛娘の涙目まで向けられては黙っていることはできず、月彦は殆ど条件反射的に――わざと声を低くして――狐耳に囁いた。
「あっ……」
 途端に、真央が嬉しげに声を上げ、ぶるっ、と身を震わせた。しまった、と月彦は思う。
(……また甘やかしてしまった)
 あえて何も言わず、焦らしに焦らしてやろうという目論見は、あまりにもあっさりと失敗した。この場合の真央の涙目は本当の涙目ではない、期待の光を隠すただの飾りであると解っていたというのに。
「真央、壁に手をつけ」
 “甘やかし”を誤魔化す為に、月彦はやむなくそう命じねばならなくなった。父親のそんな複雑な胸中を知らない真央は、やっともらえた命令に嬉々として壁に手を――つこうとしかけて、慌ててイヤイヤながらも、という演技を取り入れて、月彦の方へと尻を向ける。
「…………っ……」
 くらりと、目眩がするほどに興奮するその光景。昨夜から引き続いて、一体何度目にしたことだろうか。“それ以前”の分も含めれば、いい加減慣れろとすら言いたくなる。
 しかし実際には猛った剛直を涎を垂らすように蜜を滴らせる秘部へと宛がい、腰のくびれを掴むや尻肉が弾けて音が鳴るほどに強く突き上げていた。
「あぁあん!」
 真央が上げたそれは殆ど悲鳴だった。にもかかわらず、月彦は見た。ぶるりと快感に身を震わせた愛娘が、尻尾の毛を逆立てながらイくのを。
「……なんだ、真央。挿れただけでイッたのか?」
「あふっ……あはぁっ……だって……お、おっぱいだけで……イきそう、だったから……」
 ヒク、ヒクと心地よく絡みついてくる肉襞の感触を味わいながら、月彦はふと。先ほど由梨子とした会話を思い出していた。
 由梨子は、いつもよりは疲れが少ないと言っていた。そしてそれはひょっとしたら、真央の薬のせいかもしれないと。
「……真央、一つ聞きたい」
「あっ……な、何……父さま……ンッ……」
 問いながらも、腰の動きは緩めない。しかし真央が受け答えできる程度の抽送で、月彦は質問を続ける。
「昨日の薬……由梨ちゃんに飲ませたアレは、ひょっとして栄養剤か?」
「ぇっ……あっ、あん!」
「違うのか?」
「あんっ、あんっ! はぁはぁ……ンッ……う、うんっ……いつもの、お薬っ、にっ……は、半分、だけっ……混ぜ……あんっ! ……はぁはぁはぁ……だって、由梨ちゃん……体、弱い、みたい、だから……」
 なるほど、確かに――月彦は納得する。そういえば、前に三人でシたときは由梨子は――正確には由梨子の体を使っていた真央は――呼吸まで止まっていた。
 真央がそのことを覚えていたなら、由梨子の体に配慮をするのはありうることだ。
「真央、次の質問だ。真央に飲ませた薬も同じものか?」
「あっ、ンッ! ぅン! お、おなじっ……薬っ……あンッ!」
「そうか」
 短く呟いて、月彦は真央の背に被さり、そっとその体を抱きしめる。
「とう、さま……?」
「そういう薬だとは気づかなかった。……6つも飲まされたんだ、昨夜は全然物足りなかっただろ?」
 単純にただの媚薬であっても、或いは物足りなかったかもしれない――普段の真央を知っているだけに、月彦はそれを確信できる。途端に、真央に対しての申し訳なさがこみ上げてくる。
「……ぇと…………で、でも…………」
「否定しなくてもいい。……どうりで、真央のココが欲しい、欲しいって絡みついてくる筈だ」
 狐耳に口づけをするように囁くと、それだけで真央はぶるりと体を震わせる。
「やっ……と、父さま……?」
「どうした? 俺は真央のナカがすっげぇ気持ちいいって言ってるだけだぞ?」
 んっ――そんな息使い。真央がまたぶるりと体を震わせる。
「だ、だめぇ……父さま……そんなコト……言わないで……」
 ただ、囁いているだけ。なのに真央は極上の媚薬でも盛られたかのように息を荒げ、体を火照らせる。
「こら、真央。勝手に耳を伏せるな」
 体を起こし、ぱぁんっ!と強く突く。
「あァッ! ……はぁはぁ……だめっ……父さま……お願い……もう、止めて……」
「解らないな。真央、どうしてそんなに苦しそうなんだ?」
 くつくつと笑みが浮かぶ。まさかこれほど巧くいくとは思ってはいなかったからだ。
「だ、だって……いつもは……もっと…………」
 真央が言いたいことは解る。もっと、仕置きをするようにシてほしいということなのだろう。由梨子を蔑ろにするような振る舞いをしたことを責めて欲しい。それをネタに、たっぷりと“ゾクゾク”させて欲しい。だからこそ、あんなにも嬉しげに壁に手をつき尻を高く掲げたのだろう。
 しかしだからこそ。
 だからこそ、真央が仕置きを望んでいるからこそ、月彦は甘い言葉で責めてみたくなったのだった。
「真央……真央のナカ、すごく良いぞ。絡みついてくる」
「やっ……」
 真央がまた狐耳を伏せ、イヤイヤをするように首を振る。
「……っ……凄いな、絡みついてくるって言ったら、喜ぶみたいにキュって締まったぞ?」
「だ、だめぇ……!」
 否定的な言葉とは裏腹に、キュン、キュンと強く締め上げてくる。
「ただ締まるだけじゃないな。ねっとりと熱い蜜ごしに、まるでしゃぶられてるみたいにうねうね動いてる。欲しい、欲しいっておねだりされてるみたいだ」
「ひんっ……ンッ…………ンンンッ……!!!」
 ビクッ、ビクビクッ――!――“振動”で、月彦は真央がイッたのを察知した。
(……そこまで“効く”のか)
 驚き半分。満足半分。まさかここまで効くとは思ってはいなかった。
「っ……はぁっ、はぁっ……おね、がい……父さま……もう、褒めないでぇ……」
「どうしてだ? 真央は褒められるの嫌なのか?」
 ぶんぶんと、先ほどまでよりも大きく頭を振る。
「嫌じゃ……ない、の……嬉しい、の……嬉しすぎて……イきそうになっちゃうのぉ……」
「嬉しすぎて、か」
 可愛い事を言う――もちろん真央のそんな心の動きなど初めから解ってはいたが、改めて口にされるとよりいっそう愛しいと感じずにはいられない。
 だから月彦は、もっともっと真央を喜ばせてやらねばと思う。
「可愛いな、真央は。……“母親”とは大違いだ」
 囁いて、軽く小突く。あん、と真央は小さく喘ぐ。
「体つきも、ナカの具合も最高だ。……何回でもしたくなる」
「やぁぁ……と、父さまに……そんなコト言われ、たら…………ンッ……だ、だめ……またイッちゃう……」
「興奮しすぎだ。……少しイくのを我慢しろ、真央」
「ぁうっ……ンンッ……!」
 囁いた途端、“ブレーキ”がかかったように真央が喘ぐ。愛娘の体の中に、目に見えない枷がはまるのを、粘膜と熱い蜜越しに感じ取る。
「イくときは一緒に。……いいな?」
「う、うん……ぁ……あン!」
 月彦は体を起こし、唐突にスパートをかける。深く挿入したまま動かしていなかったとはいえ、腕の中で幾度となく真央がイき、キュキュキュッと精液をねだるような収縮を幾度となく受けて、興奮するなというのが無理な話だった。
 口ではさも紳士ぶり冷静ぶり、余裕綽々を装ってはいても、その実体は血のつながった娘のむちむちボディに鼻血を吹かんばかりに興奮しているケダモノそのもの。肉の槍を通して極上の体を味わい尽くさんと責め立てる。
「真央っ……真央っ、真央っ…………」
 剛直の先に愛娘の子宮口を感じる度に、無意識に名を呼んでしまう。顔の見えない体位故に、まるでそうやって名を呼ぶことで、自分が犯している相手は紛れもない愛娘であると再確認するかのように。
 間違っても、姿形の似た“あの女”ではないのだと思い込もうとしているかのように。
「あんっ、あんっ、あンッ! あっ、あっ、あっ……やっ、とう、さまっ……は、早っっ……激しっ……あんっ! あっ、あっ、あっあっ、あっ……だめっ、あンッ!」
 時折つま先立ちになりながら体をわななかせ、それでも必死にイくのを堪えながら、真央が声を上げる。先ほど脱衣所で上げていたような“由梨子に聞かせるため”の声などではない。
 純粋に、子宮の奥まで快感に痺れた牝だけが上げることのできる甘い嬌声を浴室いっぱいに響かせる淫らな子狐に、月彦は最後の一突きを捻り込む。
「あヒぁっ……ぃぃいイッ……!」
 “それ”が射精の前の最後の一突きだと真央にも解ったのだろう。待ちかねたようにイこうとする体を、頭が無理矢理にねじ伏せたような、そんな引きつったような声。
 そう、“まだ”だと。イくのはまだ早い――。
「ア、ア、あっ……んぁっ、と、さまっ……んっ、あっ、あぁあっ……あっ、あァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
 どくっ――反動に月彦の体が揺れた瞬間、真央が絶叫する。
「あっ、あぁぁぁぁぁぁァァ………………」
 ビクッ、ビクッ!
 大きく体を揺らしながら、舌を突き出すように喘ぎながら。その実、体の中では一滴でも多く精液を搾り取ろうと、まるで見えない手で雑巾絞りでもされているかのように、痛烈なまでに剛直が締め上げられる。
(くっ……ぁ……)
 月彦は自覚する。自分の体は疲労の極地であると。その証拠に、自分の体は真央が求める程には射精を行うことが出来ていない。考えてもみれば、至極当然のことだった。昨夜から真央と由梨子の二人にどれだけの射精を行ってきたことか。
(げ、限界……なの、か……)
 足から力が抜けるのを感じ、咄嗟に体重を後方に逃がして浴槽の縁へと腰掛ける。そうしなければ、真央の目の前で力なく床にへたり込む様を見せることになっただろう。
 しかし、結果的には同じ事だったのかもしれない。
「なっ……ま、真央!?」
 気づいた時には、足の間へと真央が忍び寄っていて、れろりと。さすがに全力を発揮出来ない状態になってしまっている剛直――ならぬ、萎直へと、真央が舌を這わせていた。
「ま、待て……真央。さすがに無理だ……少し休まないと……っぁ……!」
 そんな弱音など聞かない。聞こえないと言わんばかりに、真央の舌が這う。口に含まれる。ぬろり、ぬろりと舐め回され、最後にはにゅむりとおっぱいで挟み込まれた結果、ギギンと復活を遂げてしまった。
(こ、この親不孝者!)
 それは“息子”に対してか“娘”に対してか。そんな月彦を尻目に、真央は月彦の体に沿うように身を寄せ、両膝を跨ぐように抱きついてくる。
「父さま……?」
 甘えるような声。言われずとも解っている。“いつもの体位”でシたい――それは解っている。
 しかし、無理なものは無理だ。今日はもう終わりにしよう――そう口にする前に、月彦の唇は、真央の胸の谷間にふさがれた。
「んぷっ……」
 あぁ、そういえば雪乃にもこれをされるなぁ――そんなことを考えた時にはもう、両手が真央の尻へと宛がわれていた。その手はあっさりと真央の体を持ち上げると、グンと天を仰いだ剛直の上へと、真央の体を良いあんばいに落とし込む。
「あっ、んっ……とう、さまっ……ぁんっ……あぁん!」
 ぎゅうう〜〜〜〜っ!――乳肉で窒息しかけるほどに強く真央がしがみついてくる。さらに、ぐりんぐりんと腰を回してきて、ハタと月彦は気がついた。
(そう、いえば……“いつもの”を……)
 そう、先ほどは足から力が抜けてマーキングを怠ってしまった。真央はそれが不満だったのか、自ら腰をくねらせ、強制的にマーキングを行う。
 それはもはや牡が牝に行うものではなく。牝が牡に行うものといっても過言では無い動きだった。
「父さま……シよ?」
「ま、真央……っ……」
 乳肉から解放されたと思えば、唇を奪われる。
「あむっ、あんっ……ンンッ、あむっ……」
 そして頬に手を添えられたまま、くちくちと舌を絡め合い、唾液を啜り合うようなキス。舌の動きに合わせるように、真央が腰をくねらせ始め、いつしか月彦も尻へと宛がった手に力を込め、自ら真央の体をコントロールし始めていた。
「あハァッ……はぁはぁ……とうさまぁ……気持ちいい…………父さまぁぁ……」
「ま、真央……くっ……」
 気持ちいい、確かに。それは認める。足から力が抜ける程に。立って居られないほどに疲労困憊しているのに。続けずにはいられない程に。
「気持ちいい……気持ちいい……父さまぁ……父さまぁ……」
 快感に没頭するように、真央は呟いては腰をくねらせ、くねらせては呟く。そして時折思い出したように月彦の首に、顔にキスの雨を降らせては、最後には唇そのものを奪い、ねっとりと舌を絡めてくる。
(ま、お……っ……)
 月彦もまた息を弾ませ、尻肉を揉みしだくように掴んだまま、愛娘の体を上下させる。月彦がそうやって“動かす”と、真央はよりいっそう嬉しげに鳴いた。そうして月彦に求められる事自体が嬉しくてたまらないとばかりに。興奮するとばかりに、牡を猛らせる声を上げ続ける。
「父さまっ……父さまっ……父さまっ……父さまぁっ……父さま、父さまっ、父さまっ……あンッ!!」
「く、ぁっ……」
 強制射精――そんな四文字が頭の中に浮かぶ。もう完全にスッカラカンであるのに、どくりと。“何か”が甘い痺れを伴って愛娘のナカへと吐き出される。
「あはァ……」
 満足げに息を吐き、キス。その仕草にゾッと背筋が冷え、月彦は咄嗟に顔を背けてしまった。
「父さま……?」
 きょとんと、目を丸くする真央を見て、ハッと月彦は我に帰る。そうだ、今目の前にいるのは真央だ。
 “あの女”ではない――
(……でも、今……)
 思わず背筋が冷える程に、よく似ていた――もちろんそんな心中はおくびにも出さず、月彦は体裁を取り繕うように、真央のキスに応じる。
「父さま……あの、ね……尻尾も……」
「あ、あぁ……」
 “おねだり”に逆らえず、右手で真央の尻尾を愛撫する。たちまち真央が甘い声を上げ始め、焦れったげに腰をくねらせる。
「あン、あンっ……あっ、あっ……父さまっ……好きっ……大好きっ……!」
 キュン、キュンと締め上げながら、真央がしがみついてくる。下手をすれば背後へとバランスを崩し、浴室の壁で後頭部を強打しかねない為、月彦は必死に踏ん張りながら、愛娘のキスの訴えに応じながら。
 魂を絞り出すような射精を繰り返すのだった。

 テレビで麻薬中毒患者について特集されたドキュメンタリーなどを見る度に思ったものだ。続ければ死ぬと解っているのに、何故快楽に負けて薬物を乱用しつづけるのかと。
 しかし今、月彦はそういった麻薬中毒患者達に対して申し訳ない気持ちで一杯だった。何故なら自分もまた“続ければ死にそう”なことを止められない一人だからだ。
 口には出さないが、やはり真央は不満だったのだろう。浴室で真央にもっと、もっとと貪欲にねだられ、月彦は久方ぶりに命の危機を感じた。そう、これ以上は無理だとわかりきっているのに、止められない。愛娘に求められれば、体が勝手に応じてしまう。“極上の快楽”を欲し、フラフラと引き寄せられてしまうのだ。
「父さま……大丈夫?」
「あ、あぁ……問題ない」
 自分でさんざん搾り取ったくせに、脱衣所で体を拭く真央はけろりとした顔でそんなことを聞いてくる始末。真央も勿論疲労はあるのだろうが、ヤればヤるほど元気になるのではにあかと思わされる愛娘のタフさを知っている月彦はもう疑問にも思わない。
(……少し、頬がこけたか)
 脱衣所にある洗面台の鏡を前にして、そんなコトを思う。或いは真央と一緒にシャワーを浴びる前と後で体重を量っていたら、面白いデータがとれたかもしれない。
「あれ……父さま。由梨ちゃんが居ないよ?」
 一足先に脱衣所を出た真央が台所を覗き込むなり、そんな声を上げる。月彦も着替えを終えて脱衣所を出て台所へと顔を出すが、確かにそこには由梨子の姿は無かった。
「朝食の用意……は出来てるな」
 テーブルの上には、きっちり三人分のトーストとベーコンエッグとサラダが用意されていた。しかしそれらは全て冷め切っており、それもその筈。真央とは三時間近くも浴室に籠もっていたことを、時計の文字盤が示していた。
(……まさか、由梨ちゃん……怒って帰っちゃったのか……?)
 それも当然のように思える。確かに先ほどの真央のやり口は強引だった。由梨子が激怒したとしても責めることは出来ない。むしろ平身低頭頭を下げねばならないくらいだ。
「あっ」
 と、真央が声を上げ、テーブルの上から何かを拾い上げた。それはメモ用紙のようだった。真央はそこに書かれていた文章に目を通した後、くるりと翻して月彦の方へと見せてきた。
「“すぐ戻ります”……?」
 ぴんぽーんとインターホンが鳴ったのはその時だった。続いてノックが数回、「先輩、真央さん。私です」という声。月彦が小走りに玄関へと駆け寄り――途中、数回足が縺れて転びそうになった――ドアを開けると。
「あっ、先輩……上がってもいいですか?」
「あ、あぁ……もちろん」
「おじゃまします」
 由梨子はぺこりと辞儀をして、ドアの隙間からするりと屋内へと入り込む。足早に靴を脱いで玄関マットの上へと上がり、脱いだ靴を揃える。
 その上で改めて、月彦の方へと向き直った。――まるで、自らの姿を見せつけるように。
「すみません、先輩。一端帰って着替えてきちゃいました」
 首を傾け、両手で紙袋を持ったまま、由梨子は少し恥ずかしそうに笑う。今日は土曜日、学校は休みだ。にも関わらず、由梨子は制服姿だった。恐らくは一度白耀の屋敷へと帰って、スペアのものをわざわざ着てきたのだろう。上着にも、普段よりも若干丈の短いスカートにも、そしてそこから除く“黒のストッキング”にも、当然のことながら皺一つ無かった。
(わ、わざわざ一度帰って制服……そしてストッキング……ってことは……)
 由梨子には、黒のストッキングがよく似合う。とくに、制服を着ている時は最高に似合う。思わず襲いたくなるほどに似合っている――かつて月彦はそう言って由梨子を褒め、由梨子もまた恥ずかしそうに喜んでくれた。
 しかし今は。今だけは、似合いすぎるほどに似合っている由梨子のその姿が、鎌を持った死神か何かにしか見えなかった。
 死神はそっと。足音を立てずに月彦の側へと忍び寄り、首筋に鎌の刃を立てるが如く囁いてきた。
「……先輩、破けてもいいように、たくさん持ってきましたから」
 がさりと。紙袋が上下する音と共に、月彦は足から力が抜け、その場に崩れ落ちた。


 両手に花、という言葉がある。それは一般的には男の夢の一つであり、ある意味では到達点の一つであるとも言える。
 しかし実際問題として、月彦は今現在、両手に特大の爆弾を抱えさせられているような心持ちだった。
 ベッドの上で足を伸ばし背を壁につける形で座り、その右脇には真央が、左脇にはそれぞれ由梨子が身を寄せている。形の上では、朝食を終えた三人が仲良くベッドの上でくつろぎながらテレビを見ているわけなのだが、その実。誰一人テレビなど見てはいなかった。
「父さまぁ……」
 真央は時折甘えるように呟きながら、たわわな胸を押しつけるようにぐいぐいと圧力をかけてくる。その姿はショーツにカッターシャツ一枚という、あからさまに男を誘う格好であり、この膠着状態に陥る前に比べて、既に二つも胸元のボタンが外されていた。
「先輩……」
 真央が甘えれば、負けじとばかりに由梨子も甘えてくる。胸の谷間や太ももをこれでもかと見せびらかす真央とは対照的に、由梨子は制服をきちんと着込んだままだ。しかしその最大の武器である(と、月彦は思っている)黒のストッキングに包まれた足をこれ見よがしに月彦の足へと絡めてくる。
 そんな二人の背中側へと月彦の両腕はそれぞれ回され、壁と背中の間でがっしりと固定されてしまっていた。強引に引き抜くことは物理的には可能ではあるが、それをさせない何かを、月彦は二人の後輩からひしひしと感じるのだった。
「せっ――」
 口の中がカラカラに渇き、舌が張り付く。月彦は一度唇を閉じ、微かながらも潤いが戻るのを待ってから、再度口を開く。
「折角の休日だからさ……どこか出掛けないか?」
 真央と、由梨子。二人の顔を交互に見る――が、返事はない。
「そ、そーだ! 久しぶりに映画とか良いんじゃないか?」
 しかし、真央も由梨子も何も言わない。二人とも月彦の肩へともたれ掛かるように体を預けたまま、真央は右手を。由梨子は左手を。それぞれ月彦の胸の辺りを部屋着の上から這わせては、互いのナワバリを主張するように、時折突き合っている。
「……そうですね、映画……いいかもしれません」
 困り果てた月彦が耳にしたのは、由梨子のそんな呟きだった。たちまち笑顔を取り戻して由梨子の方へと向こうとした矢先。
「先輩と二人だけで行くなら、ですけど」
「なっ……ゆ、由梨ちゃん……」
「私も、父さまと二人だけで行くなら、映画行きたいな」
 真央まで――月彦が絶句していると、二人の後輩は小さく笑いながら、すりすりと体を寄せてくる。
(……まさか、二人共……俺を困らせようとわざとやってないか?)
 そうとでも考えなければ、真央はともかく由梨子までもが協調姿勢を示さない現状が成り立たないように思えるのだ。
「な、なぁ……二人とも……とりあえず、手だけでも解放してくれないか?」
「だーめ」
「だめです」
 即、却下された。
「先輩はこうしてないと、すぐ真央さんとエッチ始めちゃうんですから」
「し、しない! 絶対しないから!」
「……ぜったい?」
 聞き捨てならないとばかりに、真央がジト目で睨んでくる。
「ま、待て……真央としたくないっていう意味じゃなくてだな、本当に俺もうスッカラカンで……」
 ビッ、と。何かを引き裂くような音がしたのはその時だった。
「あっ……ストッキング伝線しちゃいました」
 これ見よがしに、由梨子がストッキングが破け、白い太ももが一部分だけ露わになった脚を月彦の左足の上へと被せてくる。
「いや、由梨ちゃんそれどう見ても伝線じゃなくて……」
 自分で今破いただろうと口にするよりも早く、ごくりと生唾を飲んでしまう。一部分だけ破れて肌が露出してしまった黒ストのなんと雅なことか。ついつい目を釘付けにされているところを――突然顎の辺りを撫でるような手つきで掴まれ、ぐいと強引に真央の方へと視線を向かせられる。
「父さま……真央のおっぱい、嫌いになっちゃったの……?」
 ぐい、と両腕で寄せてアピールされた胸元。その深く影を落とす谷間を眼前へと突きつけられる。体が自由でさえあれば、一も二もなく顔を埋めていたであろうその光景に鼻息を荒くしていると――
「先輩、ちょっとおっぱいに弱すぎませんか?」
 ムッとしたような声と共に、由梨子がさらに脚を絡めてくる。一見、何かの関節技のように見えなくもないほどにがっしりと自分の脚を絡めながら、さらにすりっ……と、股間部分をすり当ててくる。
「先輩、さっきまで真央さんとお風呂場でシてたんですよね? だったら、順番的に次は私じゃないんですか?」
 もどかしげに。焦れったげに。
 先ほどまでは服の上から撫で回るだけだった由梨子の左手が、部屋着のトレーナーの下へと潜り込み、直接胸板をなで回してくる。
「せんぱい」
 普段よりも数倍艶めかしい声で囁かれる言葉。見なくても、舌なめずりでたっぷりと唇を濡らしてから囁かれているであろうことが、ありありと解るほどに。
 男を誘う声。
「……私の脚に、いっぱいかけて欲しいです。……ダメですか?」
 ぐはっ――由梨子の囁きに、内なる月彦の数名が鼻血を吹いて昏倒する。
(そ、そんなプレイ……むしろ俺の方から願い出たいくらい……なんだけど……)
 枯渇している筈なのに。もう一滴も出ないという所から、さらに何度も何度も真央に搾り取られるように抜かれ、カラカラに乾ききった筈なのに。
「だめっ、父さま。由梨ちゃんの脚にかけるなら、真央のおっぱいにかけて?」
 ふーっ、と耳元を擽るような囁き。
「いつもみたいに、真央の上に跨がって、おっぱい犯すみたいにシて?」
 囁きだけでは無い。耳を、あむあむと甘く噛み、舌先で舐めながらの囁き。気づいた時には、部屋着のズボンの上からでもはっきりと解る程に、股間が怒張しきってしまっていた。
「先輩……?」
「父さま……?」
 後輩二人が「どっち!?」とばかりに詰め寄ってくる。
「くっ……」
 由梨子の黒スト脚か。
 真央のおっぱいか。
 なんという目移りのする選択肢だろうか。
(……ダメだ、俺には選べない……)
 仮に選んだところで、到底満足させてやれる気がしない。体力と精力を消耗しきった月彦はこれ以上ないという程に弱気――草食化していた。
(情けない話だ……真央はともかくとして、由梨ちゃんより先にヘバっちまうなんて……)
 考えてもみれば、当然な話ではあった。昨夜から交互に二人の相手をしたが、裏を返せば片方の相手をしている間はもう片方は体を休めていることになる。一方自分はぶっ続け……これでは一人ヘバるのも仕方がないというものだ。
(いや……)
 違う、と。月彦の中で“何か”が否定する。これはそういう問題ではないと。確かに二人を相手にし、普段の倍は消耗させられた。そう、文字通り“させられた”のだ。
(“受け身”に……なっちまってた)
 攻めているつもりで、いつしか真央が求めるままに由梨子が求めるままに。二人の機嫌をとろうとはしていなかったか。二人を同時に相手をするこの状況で、どちらも傷つけないようにと一歩引いていなかったか。
 それではダメだと。頭の中で誰かが――否、“何か”が叫ぶ。
「きゃっ」
「んっ」
 二人分の悲鳴は、月彦が両腕で二人の体を力任せに抱き寄せたからだ。自分でも信じられないほどに、体の奥底から力がわき上がるのを感じる。
「ぁ……」
 と真央が喜色満面な声を上げたのは、“それ”をいち早く察知したからなのだろう。大好きな父親が、もっと大好きな父親へと変貌する、その予兆を。
「そう、か。二人がそのつもりでいるのなら、俺のほうも遠慮は一切いらないな」
 ちらりと、真央を見やる。それだけで、真央は全てを察したように笑顔のまま頷く。
「はい、父さま」
 そして、一体どこから取り出したのか、虹色に輝く丸薬を手のひらに載せ、月彦の方へと差し出してきた。
(またえげつない色をした薬を……)
 恐らくは新作だろう。その効果たるや想像するのも恐ろしいが、そういう薬こそこの場にはふさわしいように思える。或いはこんなものに頼らなくとも、“気の持ち様”で何とかなるかもしれないが、そこはそこ。
 月彦は念を入れることにした。
「ま、真央さん……それは……」
 唯一、極めて一般人に近い感性をもつ由梨子だけが怯えたような声を出し、俄に逃げようとした――が、今度は月彦ががっしりとその腰を掴む。
「ダメだ、逃がさないよ、由梨ちゃん」
 悪気があろうと無かろうと、男を誘惑した責任はとってもらわねばならない。月彦は真央が差し出した丸薬を飲み込んだ。
 
 そして、狂乱の宴が始まった。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 ――数日後。

 

 

 

 

 

 


「由梨子さん、重ね重ね申し訳ありません! まさか……まさか、あの女が僕に化けて由梨子さんまで騙していたなんて……」
「そんな……白耀さん、止めてください! 白耀さんは何も悪くないんですから」
 あたふたとしながら、由梨子は何度も白耀に頭を上げてくれるように頼む――が、白耀はよほど責任を感じているのか、なかなか顔を上げてはくれなかった。
(そんなつもりじゃなかったのに……)
 という思いが、由梨子の中にあった。決して、決して白耀を責めたわけでも、謝罪をしてほしかったわけでもなかったのだ。
 ただ――“確認”をしたかった。
 そう、そもそもの事の発端となった香り袋。結局あの日――思い出すだけで体が震える“恐怖の三日間”の後、気づいた時にはその香りは完全に失われてしまっていた。そういえば、香りを強める代わりに香り袋としての寿命が格段に短くなるのだという話を白耀にされたことを、由梨子は思い出した。
 思えば、それが最初の“疵”だった。香り袋の効力に浮かれ、月彦を惑わすことに浮かれていた時分には気がつかなかった些細な違和感。ひょっとしたら、自分が白耀だと思って接していた相手は、そうではなかったのではないかという発想に至ったのはその時だ。
 そして、由梨子は白耀に確認をとってみた。効力の失われた香り袋を手渡し、ひょっとしたら全て自分の考えすぎではないかという危惧を胸に抱きながら。
「由梨子さんの話から察するに、僕が香り袋を渡した直後に、あの女が僕のフリをしてすり替えたのでしょう。冷蔵庫の中身を食い荒らすだけでは飽き足らず……由梨子さんにまで迷惑をかけるなんて、本当に許しがたい女です」
「いえ、その……確かに、いろいろ困惑はしましたけど……」
 少なくとも迷惑ではなかった――由梨子はそう思う。一時的にでも“モテる女”の気分が味わえたことも収穫ではあったと。
「本当に申し訳ありません、由梨子さん。僕の方でもできうる限り警戒はしておきますが、もしまた何か……少しでもおかしいと感じることがあったら、すぐに僕に確認をとってください! ああ、でもあの女が化けている可能性が……いっそ合い言葉を……いや、あの女ならそれも…………」
「あ、あの……白耀さん……私、本当に気にしてませんから……」
 結局、偽者の白耀と本物の白耀を見分ける有効的な手段が無かったらしく、うやむやのまま白耀は仕事場へと戻っていった。由梨子もまた着替えを済ませ、自室へと戻る。
「………………。」
 暗い自室には、由梨子の他には誰も居ない。であるのに、何かの“気配”を感じる。もしかしてと思って通学用の鞄の中を見てみると、学校の帰りに真央と一緒に寄ったコンビニで衝動買いをした菓子のいくつかが無くなっていた。
「真狐さん? そこに居るんですか?」
 姿は見えない。しかし近くには居るのではないかと思い、由梨子は声を出してみる。が、返事は無い。
「あの、真狐さんがどういうつもりで……白耀さんのお守りをすり替えたのかはわかりませんけど……」
 恐らくは、ただの悪戯だったのではないかとは思う。白耀の冷蔵庫を食い荒らすのと同じなのではないかと。
「……ちょっとの間でしたけど、楽しかったです。……多分、真狐さんから見たら、すごく……滑稽だったと思います、けど……」
 頬が熱くなる。そう、確かに自分は調子にのっていた。矮小な小市民が急に分不相応な力を得て増長する――まさにその典型であったと、今なら思える。
「ただ、その……白耀さんのお守りだけは、返してもらえませんか? あれは白耀さんにとっても大事なお守りみたいですから、あれだけはちゃんと持っていたいんです」
 返事は無い。が、気配は感じる。由梨子はしばらく部屋の中央に立ち尽くしたまま待ち続けた。
 するといきなり後頭部に何かが投げつけられた。
「あっ」
 音もなく絨毯の上におちたそれを、由梨子は声を上げて拾い上げる。それは紛れもなく白耀からもらったお守りだったからだ。
「ありがとうございます、真狐さん」
 由梨子は何も無いように見える部屋の隅に向かって、深々と頭を下げる。下げた頭の向こうから、“気配”が遠のくのを感じた。
「…………。」
 由梨子はベッドへと腰を落ち着け、香り袋を鼻に当て、すん……と大きく息を吸う。白梅に似た、とても良い香りが胸いっぱいに広がるのを感じて、ゆっくりと瞼を閉じた。


 
 


 

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