「はうぅ……」
くきゅるる〜〜〜っ……そんな音を響かせながら、フラフラと歩く親友の隣を、宮本由梨子は困惑しながら歩いていた。
「真央さん、やっぱり……先輩に言ったほうが良かったんじゃないですか?」
「……それはダメ」
にべもなく、真央は由梨子の提案に首を振った。
「……父さまには、絶対迷惑をかけたくないの」
「でも……」
きゅるるー……そんな音が聞こえて、真央は力無く側の家の塀へともたれかかる。
事の発端は――真央が弁当を忘れた事に起因していた。とはいっても、普段であればたとえ弁当を忘れても代わりに購買でパンを買えばそう大した問題にはならないのだが、これまた運の悪いことに真央は財布も忘れてしまっていたのだ。
昼食をとる手段をすべて失ってしまった親友を由梨子は助けたかったが、生憎と持ち合わせが無かった。やむなく自分の弁当の半分を真央へと差し出し、さらに他の旧友に掛け合っておかずを少しずつ分けてもらいもしたのだが、どうやらそれでも成長期の体が欲するエネルギー量にまるで足りなかったらしかった。
(……先輩は、別に迷惑だなんて思わないと思うんですけど……)
真央に弁当も財布も忘れたと聞かされるや否や、由梨子はすぐに月彦を頼る事を勧めたのだが、どういうわけか頑なに真央はそれを嫌がるのだった。
「うぅー……目が回る……フラフラするぅ……」
「頑張って下さい、真央さん。もうちょっとじゃないですか」
仕方なく、由梨子は帰りのHRが終わるなり真央につきそう様にして紺崎邸を目指していた。今の状態の真央を一人で帰らせたら、空腹の余り途中で倒れてしまうのではないかとすら思えたからだ。
真央とほぼ同じ量しか由梨子も昼食を食べていないわけなのだが、さすがに目が回るという事は無かった。無論空腹であることには違いがないのだが、自分と真央では成長する為に必要なエネルギー量が違うのだろうと、由梨子は推測していた。
(…………一応、私も成長期……のはずなんですけどね)
そのことを考えると、由梨子は陰鬱とした気分にならざるをえなかった。隣にいる親友が規格外だという事は解っているのだが、自分の成長ホルモンももう少しやる気を出してくれてもいいのではないかと。
或いは、真央と同じ量を無理してでも食べるようにすれば発育が促されるのだろうか。……少し考えて、そんなことをしてもただ太るだけだと、由梨子は己の馬鹿な発想にあきれた。
「ん……?」
と、由梨子が愚にもつかないことを考えて自己嫌悪に陥りかけた時だった。突然真央がくん、くんと鼻を鳴らしたかと思えば、そのまま帰宅のコースから外れはじめたのだ。
「ま、真央さん!? 何処に行くんですか?」
「……良い匂いがするの」
真央はまるで寝言のように呟いて、ふらふらと見知らぬ路地へと入っていく。由梨子も鼻に意識を集中してみたが、特に何の匂いも感じなかった。が、真央には何かが感じ取れるらしい、次第に勢いがついていく真央の背を追うために、由梨子は早足にならざるをえなかった。
「この上だ」
じゅるり、と口の端から涎を垂らさんばかりに呟いて、真央が石段を登っていく。ここは――と、由梨子は真央の背を追いながら周囲を見回した。
山、というほどの高さはない。しかし丘というには木々に覆われすぎているように見える。森と呼ぶには傾斜があり、二十段ほどの古びた石段の先にはこれまたくすんだ色をした鳥居が見えた。
(こんな所に神社があったなんて……)
否、それは神社というよりは祠と言うのが正しいものだった。石段を登り切った先の石畳はその割れ目から溢れるように雑草が顔を覗かせており、その向こうに木々に囲まれた小さな屋根付きの祠が立っていた。その前には誰が置いたのか、白い皿の上に稲荷寿司が供えられており、ふらふらと夢遊病者のような足取りで歩み寄っていく真央の腕を――否、最早理性すらもトビかかっているのか、スカートの下からにょろりと覗いてぶんぶん振られている尻尾を由梨子はむんずと掴んでいた。
「ま、真央さん! ダメです!」
「えっ……ダメって……何がダメなの?」
「な、何がって……あれはお供え物ですよ?」
「でも、ほら、見てよ由梨ちゃん! 油揚げとかつやつやしてるし、まだお供えされたばっかりだよ! アレなら食べれるよ! 由梨ちゃんも一緒に食べよ?」
「だ、ダメです! お供え物なんて食べたら、先輩に後で怒られますよ?」
ぴたっ、と。真央は由梨子を引きずりながらの前進を止めた。
「ううぅーーー……」
そして、目尻に涙をいっぱい溜めて由梨子の方を振り返る。その目は暗に「父さまには黙っててくれないの?」と語りかけているのだが、由梨子は無論却下した。
「そんな目をしてもダメです! 第一、お腹を壊すかもしれませんし、それに……神様にお供えされたものを食べちゃったりしたらバチが当たりますよ?」
「……うぅー……大丈夫だよぉ……私、母さまに聞いたことあるもん…………こういうちっさい祠には神様なんて居ないし、居ても大した神様は居ないから、バチなんか当たっても全然怖くないって」
「真狐さんが……そ、それでもダメです! 確かに……祠も小さいし、色とかも褪せてて……名のある神様は居ないのかもしれませんけど、それでもきちんとお供えをする人がいるんですから!」
「でもでも、お供えした人も次に来た時、お皿が空になってたほうが嬉しいんじゃないかな? “神様が食べてくれたんだぁ”って!」
「だーめ、です! 真央さんが食べたら、私は先輩に告げ口しますからね?」
何とかして自分の行為を正当化しようとする真央に、由梨子は何か既視感のようなものを感じた。が、一体誰の何に似ているのかまでは考えなかった。
「うぅぅ……」
しゅん、と真央は狐耳と尻尾を垂れさせ、そしてしゅるりとしまった。由梨子は代わりに一歩進み出てそっと祠の前に片膝をついた。
(…………ごめんなさい。真央さんも悪気は無いんです。ただちょっとお腹が空き過ぎてただけなんです)
由梨子はそっと手を合わせ、親友の代わりに謝罪をした。
「さっ、真央さん。帰りましょう」
「うー……」
未だ稲荷寿司に未練たらたらの真央の背中を押すようにして、由梨子は石段の方へと歩く。
「あっ、真央さん。そこ木の根が飛び出してますから、気をつけてください」
石畳と石段の合間辺りに木の根が大きく地面から顔を覗かせていた。知らずに足を引っかければ、そのまま石段に頭から転がり落ち大けがをする羽目になるだろう。
由梨子も、真央も無事木の根を跨ぎ、石段を下り、路地を通って元の道まで戻って来た――その時だった。
「あっ、大変……私、鞄忘れてきちゃった!」
さも今気がついた――と言わんばかりに真央が声を上げた。見れば、確かに真央は見事なまでに手ぶらだった。
「ちょっと走ってとってくるから、由梨ちゃんはここで待ってて」
と、真央は再び路地へと入り、勢いよく駆けていった。そんな真央の背を見ながら、由梨子はある種の不安を隠しきれなかった。
(まさか……真央さん……)
さすがにそこまでして拾い食いはしないだろうと思う気持ちと、真央ならばやりかねないかもしれないという気持ちが衝突し、せめぎ合う。どちらが勝ったかは言うまでもない、気がつくと由梨子は真央の後を追いかけていた。
「真央さん!」
息せき切って石段を登り終えた由梨子は、祠の前にかがみ込んでいる真央の背中を見るなり声を荒げた。真央はびくりと由梨子の声に反応するも、すぐには振り返らなかった。
「真央さん……まさか……」
由梨子が歩み寄ると、真央は突然立ち上がり、振り返った。
「なぁに、由梨ちゃん」
「なぁにじゃありません! …………真央さん、食べましたね?」
「ううん、食べてないよ?」
「じゃあどうしてお皿が空になってるんですか!」
「知らない。……私じゃないもん」
ぷいっ、と真央はそっぽを向き、しらばっくれる。
「…………真央さん、先輩には迷惑をかけたくないんじゃなかったんですか? これじゃあ、私……先輩に告げ口しないといけません」
「………………どうして? 母さまは食べてもいいっていってたのに!」
「じゃあ、真狐さんにそう言われたから食べたって先輩の前でもちゃんと言えますか? 先輩に良い子だと思ってもらいたいなら、先輩の前でだけ良い子のフリをしてたってダメなんですよ?」
「うううー……」
「ほら、真央さん。一緒に謝りましょう」
由梨子は文字通り幼子を宥め賺すようにして真央をしゃがみ込ませ、一緒に手を合わせて目を瞑る。
(ごめんなさい、明日新しいお稲荷さんを買ってお供えしますから、どうか真央さんを許してあげて下さい)
由梨子は親友のために精一杯謝罪をし、そっと目を開けた。
「真央さん、きちんと謝りましたか?」
「……うん」
「じゃあ、きっと神様も許してくれると思います。明日にでも、新しいお稲荷さんを買ってきて二人でお供えしましょう」
由梨子は再び真央の背を押すようにして祠を後にした。そして先ほどと同様に木の根に足を引っかけぬよう、由梨子は大きく足をあげて跨ごうとした――その時だった。
「えっ……?」
「きゃっ」
不意に、くいと。何かに足を引っ張られるような感じがして、気がつくと由梨子の靴のつま先は木の根に引っかかっていた――それに気がついた時には、既に目の前まで石段が迫っていた。
『キツネツキ』
第三十四話
「先輩! 大変です!」
「父さま! 大変なの!」
ばむっ、と扉を開け、愛娘とその親友にして愛人(?)でもある由梨子がなだれ込むようにして部屋に入ってきた時、珍しく真央よりも先に部屋に帰り着いていた月彦は何の冗談だろうと首を傾げた。
「お、おう……お帰り、真央。そしていらっしゃい、由梨ちゃん。……で、何が大変なんだ?」
「何が、って……先輩! これを見ても解らないんですか!?」
「そうだよ、父さま!」
「………………? 何の冗談だ?」
としか、月彦には返せない。月彦の見るところ、眼前の真央にも、そして由梨子にも別段“大変な所”は一つも無かった。
「冗談なんかじゃありません! 私たち、体が入れ替わっちゃったんですよ!」
と言う“真央”の言葉を聞いて尚、月彦ははてなと首を傾げざるをえなかった。
(…………もしかして、二人で俺を騙そうとしてるのか?)
という考えに至ってしまう辺り、月彦はある意味では猜疑心の塊のような男だった。。
「父さま、由梨ちゃんの言ってることは本当だよ?」
と言ったのは由梨子の方だった。よほど練習したのか、声自体はともかくとしてその言葉遣いや発音のイントネーションなどはまさしく真央のそれにしか聞こえない。
「そうか。それは確かに大変だな。……ちなみに、どうしてそんな事になったんだ?」
月彦は二人の話をいったんは信じたフリをする事にした。フリをした上で、巧くボロを出させてやろうと思った。
「ええと……それは……」
「あのね、由梨ちゃんと一緒に石の階段から落ちちゃったの。そしたら……」
ねえ、と由梨子が真央に同意を求め、真央がうんと頷く。
「石の階段から落ちたって……どこの階段だ? ていうか怪我は大丈夫なのか?」
「怪我は……不思議とかすり傷一つありませんでした。……階段があったのは、通学路の途中から脇道に入った先にあった、祠の前の石段です。段数にして二十段くらいです。丁度登りきった辺りに木の根が大きくせり出してるところがあって、祠に“お参り”した帰りにそこに足を引っかけてしまって……」
と、言ったのは勿論真央の方。由梨子がそうであったように、真央もまたよほど練習をしたのか、完璧に近いほどに由梨子の声の特徴を真似ていた。
「ふむ……木の根に足を引っかけて、石段から落ちた、と」
石の階段で二十段といえば、それなりの高さだ。それを二人して転げ落ちて全くの無傷というのは些か説得力に欠けるな――と、月彦は密かに思った。
(全く……由梨ちゃんがついていながら、こんな子供じみた話で俺を騙そうなんてな)
そのことが片腹痛くもあり、微笑ましくもある。さて、どういう方法でボロを出させてやろうか――。
「…………よし、話は分かった。俄には信じがたい話だが、とにもかくにも体が入れ替わってしまったのならしょうがない。対策はまた明日にでも考える事にして、そろそろ日が暮れるから由梨ちゃんはもう帰った方がいいよ」
と、月彦は由梨子のフリをしている真央に向かって言った。
「えっ……で、でも……」
「でも……?」
「こんな格好じゃ……家族に、なんて言えば……」
「ありのままを話すしかないだろ?」
「そんな! 信じてくれるわけないじゃないですか!」
真央は殆ど泣きそうな声で叫ぶ。演技にしては随分巧いなと、月彦は感心すらした。
(しかし、なかなか粘るな。真央の事だからこうしてちょっと脅せばすぐにボロを出すと思ったんだが)
まさか本当に家から出されるとは思ってはいないのだろうか。だとしたらそれは甘い考えだと教えてやらねば、白状させるのは難しいかもしれない。
「……しょうがないなぁ。それじゃあ、俺も一緒に行って親御さんか武士くんに説明してあげるよ」
月彦は脱いでいた制服の上着を羽織り、真央の手をとって部屋を出ようとした。そこではたと、背後を振り返った。
「……真央は来ないのか?」
「うん。お留守番してる。……由梨ちゃんの体だと、外すっごく寒いんだもん」
「…………………………。」
ざわりと。
事ここにいたって、月彦は一つの可能性について考え始めた。
もしかしたら。
ひょっとしたら。
二人が言っている事は本当なのではないかと。
「あーっと……真央……じゃなくって、由梨ちゃん?」
「はい……?」
月彦は真央の――自称由梨子の――手を引き、部屋の入り口から少し離れた階段の折口側まで連れてきて、そっと囁くように言った。
「一つ聞くけどさ。…………昔、由梨ちゃんが入院したときにほら、俺が持っていったのってあんまんだったっけ?」
「……いえ、あんまんじゃなくて肉まんですよ? ……先輩、ひょっとして信じてくれてないんですか?」
「……いや、単なる確認だよ。……じゃあ、念のためにもう一つ。由梨ちゃんと初めて“後ろ”でシたのはいつだっけ?」
「そっ…………それ、は……………………ええと……………………く、クリスマスの……夜……です」
「………………。」
真央の――自称由梨子の言う事は、確かに月彦の記憶とも符合する。事前に質問される事を鑑みて由梨子からそういった情報を聞いていたという可能性もゼロではないが、由梨子の性格を考えるに“遊び”の為にそこまでブライベートな情報を真央に漏らすとは思えない。
「……ちょっと待ってて。……真央!」
月彦は今度は自室に居る由梨子――自称真央の所まで戻った。
「なぁに? 父さま」
「ちょっと聞くが……真央が初めてうちに来た日の夜、母さんが用意してくれてた晩飯は何だった?」
「えーと……お稲荷さん?」
「じゃあ、もう一つ。この間菖蒲さんがうちに泊まった時、菖蒲さんが最後に作ったご飯の献立は?」
「えーとえーと……お赤飯と、おみそ汁と……あとは忘れちゃった」
「………………実は俺もよく覚えていない」
しかし、赤飯が出た事だけは月彦も覚えていた。そして、自称真央の返答は“もし真央ならば、こんな解答をするだろう”という月彦の予想とばっちり符号していた。
「……父さま……もしかして、信じてくれてないの?」
「いや……真央――じゃなかった、由梨ちゃん、一端こっちに戻ってきてくれ」
月彦は部屋から体半分覗かせ、ちょいちょいと手招きをする。自称由梨子が首を傾げながら部屋へと戻ってきて、自称真央と並んでベッドへと座った。
「…………最後にもう一度だけ聞くけど、二人とも……俺を騙そうとしてるんじゃないよな?」
「先輩……やっぱり信じてくれてなかったんですか……」
「父さま、酷い! どうして信じてくれないの!?」
何度も何度も何度も何度も騙された事があるからだよ、と月彦は自称真央に言ってやりたかった。
「……解った、さっきまでは二人の冗談だと思ってたが、今度こそ本当に体が入れ替わってしまったものだとして話を進める事にする」
と言いながらも、月彦はまだ九分九厘までしか――逆を言えば、一厘疑っていた。
「で、なんでそうなってしまったかという事だが、本当に石段から落ちただけなのか?」
「ええと、それは……」
と口ごもったのは自称由梨子の方だった。
「……ごめんなさい、父さま。多分……私のせいなの。私が……神様怒らせちゃったから……」
「どういう事だ?」
自称真央はぽつりぽつりと“自白”を始めた。朝、弁当を忘れてしまった事。財布も忘れてしまった事。どしても空腹を我慢できなくて、お供え物に手を出してしまった事――。
「…………なるほど。それでつまり、バチが当たってしまった、と。……でもどうして由梨ちゃんまで……」
たかだか供え物の稲荷寿司に手を出したくらいでバチを当てるというのもなんとも器量の狭い話だと月彦は思った。そして何より、真央の言う事が事実ならば、由梨子は完全にとばっちりではないか。
「……それは多分……止められなかった私も同罪、っていう事なんだと思います」
「いや、由梨ちゃんは悪くないよ。…………いいか、真央。次からはそういう時はちゃんと俺の所に来るんだぞ?」
うん、と自称真央は肩を落としながら頷く。
「……とりあえず、過ぎたことはさておき……これからどうするかな。今から三人でその祠に行ってみる……しかないか」
脳裏に一人、こういった事態に詳しそうな女の顔が浮かんだが、月彦はあえてその案を打ち消し、独力での解決に望む事にした。
辺りはすっかり日が落ちてしまい、祠の周囲は民家も街灯の明かりも少なく殆ど真っ暗闇に近かった。月彦は予め用意しておいた懐中電灯で足下を照らしながら、転ばぬように慎重に階段を上った。
「あっ、先輩! そこ木の根が出てますから気をつけて下さい」
由梨子の指摘した通り、石段を登り終わった辺りに大きな木の根がせり出していて、忠告がなければ月彦は危うく足をとられる所だった。
「……ここから落ちたのに、かすり傷一つ無かったのか」
月彦は石段の上から改めて下方へと視線を巡らせた。下の道路まで五メートルくらいはあるだろうか。どう巧く受け身をとりながら落ちても、打撲だらけ擦り傷だらけになるのは避けられそうになかった。
(…………バチを当てるにしても、直接怪我をさせるとかそういうんじゃなかった、っていうのは……感謝すべき事なのかな)
抗議すべきなのか感謝すべきなのか、何とも微妙な心境だった。
「……まぁいい。真央、袋を」
「うん」
月彦は真央に持たせていた買い物袋を受け取る。ここに来る途中、店じまいをしかけていた手巻き寿司屋で買ってきた、上物の稲荷寿司だった。それを空になっている皿の上へと丁寧に並べていく。
「よし。じゃあ由梨ちゃん、真央もこっちへ」
月彦を挟むようにして由梨子と真央が膝をつき、手を合わせて目を瞑る。月彦もまたそれに習った。
(……うちの娘が無礼な真似をして申し訳ありません。反省していると思うので、どうか許して下さい)
というような内容の事を、月彦は三度ほど強く念じ、目を開けた。
「……どうかな?」
と、両側の由梨子と真央に声をかけたのは、これで体が元に戻ったのではないかという期待からだった。
「……ええと、何も……変わらないみたいです」
と言ったのは、外見上は真央の由梨子だった。
「私も……由梨ちゃんのままみたい」
「…………参ったな。ただ謝っただけじゃダメなのか」
或いは、何か他の事が原因なのだろうか。
「………………とにかく、今日はもう遅い。対策は明日考えるとして、由梨ちゃん――じゃなくって、真央はもう、由梨ちゃんちに帰った方がいい」
「えーっ! 私が由梨ちゃんちに帰るの?」
「そうするしかないだろう。いくら中身が由梨ちゃんって言っても、見た目は真央なんだから」
「でも……そしたら、私の代わりに由梨ちゃんが……父さまと一緒に寝るんでしょ?」
じとぉ……と。一昔前に比べれば大分マシにはなったものの、それでも十分な威力を持つジト目を向けられて――しかも、見た目上は由梨子にしか見えないのだから違和感ばりばりなのだが――月彦はうぐと言葉に詰まった。
「だ、だいたい……真央のせいでこうなったんだろ? 自業自得だ! それに、由梨ちゃんは仕方なくうちに泊まるだけだから、真央が疑ってるような事には絶対ならない」
「……ホントに? 父さま、勝手に私の体とエッチしない?」
「だ、大丈夫だ! いくらなんでも、こんな事になってる時にエッチとか……そんな事する筈ないだろ?」
な、由梨ちゃん!――と、月彦は同意を求めるが、由梨子はなんとも浮かない顔をしていた。
「でも……先輩、大丈夫……なんでしょうか」
「あぁ……そうか、そういや……」
由梨子の不安そうな呟きの意味は、月彦も即座に理解した。前に由梨子から語られた、宮本家の複雑な家庭事情を鑑みれば、確かに真央に自分の代わりをさせるというのは不安で堪らないかもしれない。
「せめて明日が休みとかだったら、真央こと由梨ちゃんも一緒に泊まる……っていう手も使えたんだが、さすがに平日じゃ、な」
「そう、ですね。さすがに非常識……だと思います」
きゅっと。由梨子がスカートを握りしめる。
「あの……じゃあ、真央さん……あんまり、変な事はしないで下さいね?」
「うん……由梨ちゃんこそ、私の体で勝手に父さまとエッチしたりしないでね?」
「そ、それは……はい、勿論…………あ、あと……真央さん。ご飯の事ですけど……うちの夕飯と朝ご飯、いつも私が作ってるんです。だから、もしお腹が空いたら、冷蔵庫の中にあるものを自分で料理するか、流しの下にインスタント食品がありますから、それを食べて下さい。それから、もし料理をする時には、出来れば弟や母の分も作ってもらえると……」
と、そこで由梨子は言葉を止め、首を振った。
「いえ、やっぱり夜はインスタント食品か、出前を取って下さい。食器棚の引き出しの上から三番目に、母から預かってるお財布が入ってますから、お金はそこから出して下さい。朝は出前は出来ませんから……インスタントか、何とか冷蔵庫に入ってるものでお願いします」
「うーん……とりあえず、食べたいものを食べていいって事? 由梨ちゃん」
「ええと………………はい。冷蔵庫に入ってるものは……好きに食べちゃって下さい。あと、弟や親に何か言われたら――」
「大丈夫! 任せて! 由梨ちゃんのフリして巧く誤魔化すから!」
「本当に……お願いしますね? 真央さん」
ぐっ、と親指を立てて大丈夫と言い張る真央に対して、由梨子は乾いた笑みを返した。
(……不安だ)
と、月彦ですら思うのだから、由梨子のそれはさらに数倍以上だろう。
「と、とにかく……もう時間も遅い。真央、由梨ちゃんちまで送っていってやるから、本当に大人しくしてるんだぞ?」
うん、と真央は頷くが、それでも月彦は不安だった。自分の娘を信用していないわけではないのだが、母親に似てどうにも掴みにくいところがあるのもまた事実なのだ。
「じゃ、じゃあ……真央さん。本当にお願いしますね?」
宮本邸の前まで真央を送り、別れの挨拶の際に由梨子はもう一度だけ念を押した。
「あ、あと! 部屋の中にあるものは……あんまり弄らないで下さいね? 私も、真央さんの私物は出来るだけ弄りませんから……本当にお願いしますね?」
「うん。大丈夫だよ、由梨ちゃん。まかせといて!」
と、頷き、真央は玄関のドアノブを握って、はたと振り返った。
「……由梨ちゃん、日記とかってつけてる?」
「っっっ……つ、つけてません! つけてませんから、絶対に探したりしないでくださいね?」
ぼっ、と顔から湯気を噴くようにして由梨子は否定をするが、“真実”は側にいる月彦にも解りすぎる程に伝わった。
(…………真央のやつ、絶対探すだろうな)
それも、月彦には容易に想像がついたが、だからといって由梨子にしてやれる事は何も無かった。
「ま、まぁ……とにかく、俺たちも帰ろうか」
「はい……そうですね」
真央の姿が――姿自体は由梨子なのだが――宮本邸の中へと消えるなり、月彦もまた由梨子を伴って帰路についた。
ひょっとして、これは自分にとって願ったり叶ったりの展開なのではないかと。由梨子が漸くにしてそのことに気がつき始めたのは、月彦と並んで夕飯を食べ始めた時だった。
(真央さんの代わりに……真央さんの体に入ってるってことは……)
当然の流れとして、四六時中月彦の側に居られるという事ではないか。真央の言によれば、月彦とは部屋も共有し、寝るときも同じらしい。となれば、今宵も当然――。
(そんな……まさか、こんな事になるなんて……)
信じがたい事ではあるが、このような事になってしまった原因として考えられるのは真央が罰当たりな事をしてしまったからなのだろう。いわば自分はその巻き添えを食ってしまったようなものだと、由梨子は初めは思っていた。
しかし。
(…………ひょっとして、逆……?)
バチどころではない。むしろご褒美ではないのかとすら思える。悪い子には罰を、良い子にはご褒美を――という事ではないのかと、由梨子は今回の怪異について比較的好意的な解釈をしていた。
(あっ、美味しい……)
思案もそこそこに箸をつけ始めた夕食がこれまた美味だったりする。献立自体は普通の白いごはんに麻婆茄子。白ネギと辛みダレのかかった唐揚げ、ごまとほうれん草の和え物にカボチャのポタージュといった具合に特別代わり映えをしないごく普通の内容なのだが、そのどれもがいわゆる“家庭の味”であり、由梨子が忘れて久しいものだった。
(これが……お母さんの味……)
由梨子は一品一品味をしっかり確かめながら噛みしめる。――そして不意にほろりと落涙してしまったのは、単純に料理が美味しいからとか、そういった事ではなかった。
「ゆっ――ま、真央!?」
「あらあら、真央ちゃんどうしたの?」
「あっ、いえ…………すみません……ごはんが、凄く美味しくて……」
正確には、単純なおいしさ以上の何かによって魂が震えるほどの感動を受けてしまったのだが、由梨子には巧く言葉に出来る気がしなかった。何よりも、今の自分は真央の体を借りているようなものなのだから、真央の評判を貶めるような事は避けなければならない。
「あの、ええと……おば……さま?」
「いやだわ、どうしたの? そんな他人行儀じゃなくって、いつもみたいに“義母さま”って呼んでくれないの?」
「あっ……す、すみません……義母さま、今日のお夕飯、とっても美味しいです。特にこの唐揚げ……初めて食べる味です」
「あら、真央ちゃんは食べた事無かったかしら? これはね、唐揚げじゃなくって油淋鶏っていうお料理なのよ?」
「ユーリンチー……ですか。あの、もし良かったら……後で作り方教えて頂けませんか?」
「ええ、勿論いいわよ? ……だけど、今夜の真央ちゃん、随分とお行儀が良いのね。なんだか別人みたい」
「えっ……そ、そんなことないで……ない、よ?」
由梨子は慌てて真央のフリをするが、果たして似ているかどうかは不明だった。
(……この味……武士にも食べさせてあげたい)
葛葉の料理を食べれば食べるほどに、由梨子はそう感じるのだった。自分のつたない料理の味しか――或いは、手を抜いて勝ってきた値段の下がった総菜の味しか――知らない弟に、れっきとした家庭の味を味わわせてやりたいと。
そうして由梨子が感動している隣で、月彦はといえば「……何故今夜に限ってユーリンチー……まさか、偶然だよな」というような事をぶつぶつと呟いていたが、由梨子には意味が分からなかった。
夕飯が終わり、食器の片づけを手伝った後、由梨子は先ほど願い出た通りに葛葉に油淋鶏の作り方を懇切丁寧に教わった。とはいっても、さすがに夕食の後さらに実践して見せるという事は出来ないので、丁寧に書かれたレシピを書いて貰い、味付けのコツを教えてもらっただけだったが、由梨子にとってはそれで十分だった。
「あ、由梨ちゃん。お風呂はどうする? 一緒に入る?」
そして料理を教えて貰い、二階への階段を上る途中で月彦にそんな声をかけられた。
「えっ……い、一緒に……ですか?」
ぼんっ、と。由梨子は湯気を噴くようにして顔を赤らめてしまう。
「ええと……その、いつもは……どうしてるんですか?」
「んー……一緒に入ったり入らなかったりかなぁ。だから、俺はどっちでもいいよ」
「そ、それなら……!」
一緒に――と言いかけて、由梨子はハッと口を噤んだ。そうだ、今の自分は自分の体ではなく、真央の体を借りているのだ。
(真央さんの体で……勝手な事は……)
一緒に風呂になど入ってしまえば、きっと自分は月彦に甘えたくなってしまう。キスをしたり、体に触れたり、抱きしめたり――真央に黙って、勝手にそういった事をしてしまうのは禁忌であると、由梨子は判断した。
「……すみません、一人で……入ります……真央さんとも、約束……しましたから」
「そっか。……そういやそうだったね、じゃあ、先に入ってきなよ、俺は由梨ちゃんの後に入るからさ」
「はい、……ありがとうございます」
月彦と共に部屋へと戻り、着替えを手に由梨子は脱衣所へと向かった。服を脱ぐ前に、由梨子はふと洗面台の鏡の前へと立った。
(…………本当に、真央さんになってる)
鏡の中に立っているのは、紛れもない紺崎真央だった。かつてあれほど羨んだ美貌が、肉体が、自分の物となっている。或いは夢ではないかと、由梨子は頬を抓ろうとしたが、断りもなく親友の体を傷つける事に抵抗を感じて出来なかった。
(うわ……凄い……胸、重い……)
脱衣し、ブラを外すと忽ち体を前に引っ張られるような錯覚を覚えた。否、実際に引っ張られたのだ。二つの、たわわに実っている肉の果実によって。
(ウエストはこんなに細くて……足も、こんなに長くて……)
由梨子はショーツだけの姿のまま、鏡の前で体を捻りながらしげしげと真央の体を観察する。見れば見るほどにズルい、卑怯といった単語ばかりが頭に浮かんだ。
(もし……私が……これくらい胸があって……スタイルも良かったら……)
否、それは今は“もし”ではないのだ。この現象が一体いつまで続くのかは解らないが、続いている限りはこの体は自分のものなのだ。
(……耳、と……尻尾も……ちゃんと隠せる)
由梨子は真央に言われたとおり、“お腹を引っ込めるような感じ”でしゅるりと耳と尻尾をしまい、そして再び露出させた。家の中に居るときは出したままでもいいという事は既に聞いていたから無理にしまう必要はないのだが、明日学校に行く事になれば、無意識のうちにしまったままに出来るようにならねばならないだろう。
(…………今頃、私の体も……)
きっと、真央によって検分されているのだろう。由梨子は不意にその事を考えて、そして実際に想像してみて、顔を朱に染めた。
(真央さん……お願いですから、あまり変な事はしないでくださいね?)
こればかりはもう、由梨子は真央の良識を信じるしかなかった。そして悲しいかな、良識という点では、あの親友は他の同年代の旧友に比べてあまりに信用しがたかったりするのだから堪らない。
入浴を終え、部屋に戻ると入れ替わりで月彦が脱衣所へと降りていった。部屋に一人残された由梨子はちょこんとベッドに腰掛けていたが、やがて手持ちぶさたになった。
(まだ……八時前……)
普段の自分ならば、夕飯の片づけをしているか、風呂に入っている時間かなと、そんな事を考えながら、由梨子ははたと真央の鞄を漁った。今日の授業で出た宿題をやらなければと思ったからだった。
(…………私が、真央さんの分をやるしかない……ですよね)
今頃、恐らくは真央も自分の分をやってくれていると信じて、由梨子は机へと向かった。
(……なるべく、真央さんの字を真似しなきゃ)
宿題は国語のプリントと英語の英文の訳だった。どちらもそう難しいものではなかったのだが、宿題自体よりも真央の非常にクセのある字を真似する事の方が難儀だった。
「あれ、由梨ちゃんなにしてるの?」
「あっ、先輩。ちょっと、真央さんの代わりに宿題を……」
知らない間に結構な時間がたってしまっていたらしい。いつの間にか入浴を終えた月彦が部屋へと戻ってきていた。
「そっか。偉いなぁ、由梨ちゃんは。…………真央もちゃんとやってりゃいいけど」
「そう……ですね。……本当に」
或いは、携帯に電話なりメールなりをして確認をとるという手段もあるにはあるのだが、そこまでして“催促”をするのは真央に失礼だと由梨子は思ってしまったのだった。
(……あ、そうか……携帯の中も……全部、真央さんに……)
真央に見られて困るような事など何も無いのだが、それでも他の級友や家族とのメールのやりとりの履歴を見られるのはあまりいい気分ではない。
(……ううん、大丈夫……真央さんだって、そのくらい解ってくれてる……筈……)
現に由梨子も真央の携帯の中は極力見ないようにしていた。それが人としてのごく一般的なマナーだと、そう思っているからだ。
「あ、そうだ。由梨ちゃん、何か定期的に見てる番組とか、そういうのってある?」
「ええと……いくつかはありますけど、どうしてですか?」
「いや、もし今夜そういうのがあるんなら、下のテレビで一緒に見ようかと思ってさ。この部屋にも一応テレビはあるけど、最近なんか調子わるくってゲームにしか使ってないから。……由梨ちゃんの事だから、遠慮してるんじゃないかなーって、一応聞いてみたんだ」
「……大丈夫です。月曜日は、そういうの何もないですから。先輩こそ、見たいテレビがあったら遠慮せず見てきて下さい」
「俺も特にないんだよなぁ……っていうか、真央が来てからはテレビを見る暇自体、あんまりなくて……」
月彦の言わんとする事は、由梨子にも解りすぎる程に解った。あのちょっと変わった親友の性欲のすさまじさは、由梨子自身身をもって何度も何度も思い知っているからだ。ましてや、毎晩一緒に過ごしている月彦であればその数倍思い知っているだろう。
「大丈夫です、先輩。体は真央さんですけど、中身は私ですから。今夜はのんびりしてて下さい」
「…………そうか、体は……真央なんだよな。……由梨ちゃん、大丈夫なの?」
「大丈夫……って、何がですか?」
「いや、自覚がないならいいんだ。…………でも、そんな筈は無いと思うんだけどな」
「………………?」
由梨子には、月彦の言わんとする事が解らなかった。由梨子がそのことを理解したのは、夜も更けて月彦と一緒にベッドに入った後だった。
「じゃあ、そろそろ寝ようか?」
と、月彦が言い出したのは十時前の事だった。些か早すぎるのではないかと由梨子は思ったが、かといって反対するほどの理由もなく、二つ返事でベッドへと潜った。由梨子が入った後、月彦が部屋の灯りを消して由梨子の隣へと潜り込んでくる。
「おやすみ、由梨ちゃん」
「はい。おやすみなさい……先輩」
例え体は借り物でも、こうして月彦と同じベッドで眠れるというだけで由梨子は幸せだった。いっそのこと、“それ以上”の事をしてしまおうかと、そんな誘惑が首をもたげるも、由梨子は必死にそれに抗った。
(……でも、手をつなぐくらいなら……)
と、妥協しかけて、由梨子は慌てて首を振った。自分の悪い癖だと。最初は手をつなぐだけで満足できるかもしれないが、すぐに今度は抱きつきたくなるに違いない。その次はキスがしたくなって、結局は行くところまで行ってしまうに違いない。
(だめ、だめ……折角の、ご褒美……なんだから)
そのように、由梨子は今回の事を前向きに捉えることにしていた。例え神様が本当はバチをあてるつもりでやったのだとしても、こうして月彦と同じベッドで眠れる事に代わりはないのだから。
(……先輩の匂いがする)
マクラに鼻を押しつけるようにして、由梨子は思い切り息を吸い込んだ。すう、はあ、すう、はあ……何度かそうして匂いを嗅いでいると、次第に体が熱くなってくるのを由梨子は感じた。
(やだ……どうして……)
ただ、こうしてシーツやマクラに鼻を押しつけて匂いを嗅いでいるだけなのに何故――由梨子はそのことを不思議に思うも、それでもそうする事を止められない。そうやって月彦の匂いを嗅げば嗅ぐほどに体が熱く火照り、全身がしっとりと汗ばんでくる。
(っっ…………やっ……っ……ちょっ…………ンッ…………)
ふぅ、ふぅと肩で息をしながら、由梨子はぎゅっと全身を縮めるようにして“それ”に抗った。
(なっ……ンッ……どう、して……?)
ムラムラとしたものが凄まじい勢いで膨れあがり、止まらない。それは“性欲”と呼ぶにはあまりに暴力的すぎて、恐怖すら感じる程だった。
(っっ……真央、さんの……体……だから?)
由梨子がどれほど気を落ち着けようとしても、違うことを考えて紛らわせようとしても無意味だった。ムラムラと沸き起こる性欲は止まるところを知らず、布団の中に体を収めている事自体が鬱陶しくすら思えてくる。
(だ、め……こんなの……私、知らない…………)
確かに、夜布団に入った後――月彦の事を考えたりして、ムラムラしてしまったりする事はあった。何度かはそのまま自慰をしてしまって、暗い気分のまま寝直した事もある。
が、今来ている“これ”はその時のムラムラとは雲泥だった。何とも抗いがたい、血液の代わりに興奮剤でも全身に流し込まれているのではないかと疑いたくなるほどに、強烈な性衝動だった。
(っっ……だめ、もう…………我慢…………なんて…………)
こんなもの、とても耐えられない。由梨子はちらりと、寝返りをうつフリをして月彦の様子を見た。月彦は仰向けのまま、すうすうと規則正しい寝息を立てていた。その唇にうずうずと食らいつきたくなる衝動を堪えて、由梨子は再び寝返りを打って月彦に背を向ける形で横になった。
「はぁっ……ンッ……」
もぞりと手を這わせ、パジャマの胸元のボタンをそっと外し、ついでにブラのホックも外して上方へとずらした。
「はっ、ンッ……ンッ……ぁっ……ンッ……!」
真央さん、ごめんなさい――由梨子は真央に心の中で詫びながらも、それでも自慰をせずにはいられなかった。たわわな胸元を自らの手で激しく揉みしだき、堅く尖った先端をキュッと摘み――
「あッ……んっ! …………っっ…………!」
ピリッ、と思いの外強く走った快感に、由梨子は思わず大声を上げてしまい、慌てて左手で口を覆った。ちらりと振り返るようにして月彦の様子を伺いながら、由梨子は静かに自慰を再開させる。
「んっ……んっ……ンッ……」
口を覆いながら、片手だけでの自慰には、すぐに物足りなくなった。どうしても両手を使いたくて――しかし声は絶対に抑えたくて――由梨子は仕方なく俯せになって顔の下半分をマクラに押しつけるようにした。
「ふぅ……フゥ……ふぅっ……ンンッ……ンッ……!」
左手で胸元を弄りながら、今度は右手をパジャマズボンの下へ――ショーツの中へと挿れる。
「ンッ……ンンッ……!」
くちゅっ――指先を軽く埋めただけで、雷にでも打たれたように体が跳ねてしまった。くちっ、くちゅっ……くちゅっ――さらに指を埋めながら動かすと、なんとも甘美な快楽に全身が小刻みに震えた。
(や、だっ……す、ごい……こんなに……気持ちいい、なんて…………)
もぞもぞと、布団の中で勝手に尻尾が動き、勃起でもするようにそそり立つ。それにあわせるように膝が立ち、まるで背後から犯される事を望んでいるかのような姿勢に自然となってしまう。
(あっぁっ……ぁっ……やっ、すご、い……指、止まらない…………)
由梨子はもう、完全に快楽の虜となってしまっていた。親友の体を使っての自慰による背徳感も忘れ、そして隣で寝ている恋人への配慮も忘れ、ただただ自慰に没頭し続けた。
――だから、そっと掛け布団が取り払われた事にも気がつけなかった。
「…………由梨ちゃん、何をしてるのかな?」
「っっっひゃああっ!?」
突然、背後からぎゅうっ、と抱きしめられ、由梨子は素っ頓狂な声を上げて全ての動きを止めた。
「せっ……先輩っ……!? あ、あのっ……違うんです……これは――」
由梨子は慌ててマクラから顔を上げ、弁明をしようとする――が、突然の事で頭の中が完全に真っ白になってしまい、うまい言い訳が思いつかなかった。――尤も、自慰の現場を押さえられた時点でどれほど精神状態が良くともうまい言い訳など出来る筈もなかったのだが。
「だいたいの事情は分かってるよ。…………ムラムラして、どうしても我慢できなかったんだろ?」
「っっ…………は、はい…………」
由梨子は顔を真っ赤にしながら、かすれるような声で頷いた。その実、こうして月彦に背後から抱きしめられている事にさらなる興奮を覚え、より強い“ムラムラ”に無意識のうちに太股を摺り合わせるような事までしてしまっていた。
「……中身が由梨ちゃんとはいえ、体は真央なんだ。……絶対、そうなるって思ってた。……………………さて、こうなると俺はどうすればいいのかな」
ぽつりと、耳元に囁かれた月彦の言葉に、由梨子はゾクリと背筋が震えた。
(えっ……い、今の……は?)
勿論、由梨子にはその“ゾクリ”の正体が分からない。不意に右手首が月彦に掴まれ、ぐいとベッドに押しつけられた。
「ぁッ……!」
左手も同じようにしてベッドへと押さえつけられ、またしてもゾクリと寒気にも似たものが体を駆けめぐる。
「……考えてみたら、悪さをしてバチをあてられたのは真央だ。つまり、悪いのは真央なわけで、由梨ちゃんじゃない。むしろ被害者だ」
ふぅ、ふぅと、獣のような息を狐耳の裏側にはきかけながら、月彦はさらに続ける。
「その由梨ちゃんが、ムラムラしてどうしても眠れないときてる。それも真央と体を交換してしまったせいだ。…………これを助けるのは、はたして悪いことなのかな?」
「え、ええと…………」
ゾクゾクゾクッ――!
背後から組み敷かれ、耳元に囁かれるというこの状況に不思議なほど興奮を煽られながら、由梨子は必死に考えていた。月彦の言葉の意味を――ではない。あのとき、祠の前の稲荷寿司をどうしても食べたかった真央の“建前”を耳にした時に感じた既視感の正体についてだ。
何のことはない、やはり二人は父娘という事なのだ。
「た、多分……悪いことじゃ、ないと……思います」
「良かった。由梨ちゃんも同意してくれたか。…………もし同意してくれなかったら、“真央の体を使って勝手にオナニーをしたお仕置き”って事にしなきゃいけない所だった」
ただ、“目的”の為の手段――というか建前――の選ばなさについては、娘よりも父の方が上手らしかった。
「で、でも……先輩……真央さんに黙って、勝手にそういうことをするのは……やっぱり……」
どの口が、と。自ら毒づきたくなるような詭弁だった。真央には勝手な事をしないでほしいと言っておきながらその実、自分はムラムラを抑えきれなくて勝手に自慰をしてしまっておいて、この上さらに月彦の前では良識者ぶるのかと。
「…………わかったよ、由梨ちゃん」
しかし、由梨子のそんな詭弁に同意でもするかのように、月彦はこくりと頷いた。
「……じゃあ、全ての責任は俺が被るよ。……嫌がる由梨ちゃんを俺が無理矢理犯した、って事で、真央にもそのまま言っていい。………………ただその代わり」
グッ、と。押さえつけられている両手首を握る手に、さらなる力が籠もる。
「由梨ちゃんがどれだけもう止めて、って泣いて叫んでも、俺が満足するまでは絶対に止めないけど」
「えっ…………あ、あの……先輩?」
「いつもはほら……由梨ちゃんに万が一の事があっちゃいけないから、結構遠慮してる部分もあったけど……今日は体は真央のだし。…………大丈夫だろう、多分」
「ま、待って下さい! か、体は真央さんでも……わ、私は――……きゃっ……ンッ……!」
由梨子が全てを喋り終える前に、その体は仰向けへとひっくり返され、唇が奪われた。
「ンッ……ンンッ……んんぅっ!!」
唇を奪われながら、むぎぅ、と胸元を捏ねられ、由梨子は背筋を震わせながら喉の奥で噎ぶように声を上げた。
(やっ……す、ごい……)
じぃんと痺れるような快楽に思わず体の力が抜けてしまう。むぎゅ、むぎゅと続けて胸を捏ねられると、それだけで天にも昇るような気持ちにさせられる。
(真央さん……いつも、こんな風に感じてたんですね……)
由梨子はうっとりと目を細め、舌を絡ませあいながらそんな事を思う。意識せずとも、まるで月彦の手の動きにシンクロするように腰がくねり、自然と足を開くような体勢になってしまう。
「んはっぁっ……先輩っ……せんぱいっ……もっとっ……もっと強く……お願いしますっ……」
「……由梨ちゃん?」
気がつくと、由梨子は自ら強引にキスを中断し、“体”からの欲求そのままに、月彦にせがんでいた。
「もっと、もっとぎゅううっ……って……い、痛くするくらい……強く、して……ください……」
「…………わかった」
くすりと月彦が微笑み、由梨子がせがんだとおりにむぎゅうっ!と強く乳をこね回してくる。
「あぁあっあっ……ぁああっ……!!」
指の合間から柔肉が盛り上がるほどに強く捏ねられ、由梨子は当然痛みを感じた。が、その数倍の快楽に思わず声を荒げ、背を逸らせていた。
「ぁあっぁっ……せん、ぱいっ……やっ……スゴ、い……ですっ……胸、だけで……こんなっ……あぁんっ」
揉むだけではない。月彦は両手でこね回しながら顔を近づけると、そのまま堅くしこった先端を舐め、軽く噛むようにしながら舌で転がし始めた。
「ァッ……ぁああっあっ! あぁあっ……はあはあ……せんっ、ぱっ……やっ……だめ、です……私っ……む、胸っ……だけ、でっ……もう……!」
ヒクヒクヒクッ――!
胸を散々に弄られ、下腹の奥が痙攣するように蠢くのが由梨子には解った。胸だけでイかされてしまう――そう感じた瞬間、ぼそりと。
「……ダメだ。勝手にイくのは許さない」
低い声が耳元へと囁かれ、由梨子の体は途端に金縛りにでもあったように硬直した。
「ひぁっ!? …………せ、せん……ぱい?」
「……良かった。ひょっとしたらダメかとも思ったんだけど……さすが真央の体だ。……ちゃんと“効いた”か」
「あ、あの……どういう――」
「今言った通りだよ。……勝手にイくのは許さない。イッていいのは、俺が許した時と、俺と一緒にイく時だけだ」
ずい、と。由梨子の眼前に屹立しきった剛直がつきつけられる。思わず悲鳴を上げてしまいそうになったのは、いつも由梨子が見ているそれよりも1,3倍ほど大きく見えたからだった。
「……由梨ちゃん。俯せになって」
「えっ……」
「早く」
低い、まるで命令をするような月彦の声に、由梨子は反射的に俯せになり、そして下半身だけは月彦に捧げるように膝立ちという姿勢をとった。――そう、由梨子が自分で考えての事ではない。文字通りの“反射”だった。
「あっ……せ、先輩……そこ、はっ……」
「ふむ……一応尻尾も感じるんだ」
むんず、と尾の付け根が掴まれ、こしゅこしゅと弄られ、由梨子は忽ち吐息を乱し始めた。
「あぁあっ……ぁぁっ……せん、ぱっ……やっ、だめっ……尻尾、だめっです……ぁぁぁぁぁ……」
ゾクゾクゾクゥッ!――尻尾に加えられる刺激が直に背筋を伝わり、痺れを伴った快楽となった全身へと伝播していく。
(ぁっ、ぁっ……だ、だめっ……い、イくっ……イクッ……!)
尾から伝わる快楽は途方もなく、由梨子はたちまち絶頂へと上り詰める――筈だった。しかし。
(やっ……い、イけ、ない……?…………どう、して……)
キュッと両手でベッドシーツを掴みながら、由梨子はもどかしげに身じろぎをする。何故、どうして――その疑問の答えは、すぐに見つかった。そう、間違いなく先ほど月彦に囁かれた言葉のせいだった。
「あっぁぁぁぁっ、せ、せんぱいっ……そん、なっ……やっ……ひぁぁぁぁっ……!」
尻尾だけではなく、さらに濡れそぼったショーツの上から秘裂を揉むように刺激され、由梨子は悲鳴に近い喘ぎを漏らす。尻尾からだけでも、軽く達してもいいほどの快楽を与えられているというのに、さらにそれ以上のものを流し込まれ、由梨子は息苦しさすら感じ始めていた。
(ぁ、ぁ、ぁっ……やっ……これ、だめっ……こんなのっ……続けられたら……こ、壊れ……ちゃう!)
絶頂というのはブレーカーのようなものではないかと、由梨子はこのとき理解した。そう、それ以上の快楽は危険だから、そこで一端遮断するために絶頂があるのだとしたら、それをとりさられてしまったら――
「せ、せんぱい!」
命の危険すら感じて、由梨子は泣くような声で思わず叫んだ。
「お、お願い……しま、す……い、イか……せて、下さい……もう……苦しくて…………あ、頭が、どうにか……なっちゃいそうなんです……」
「ふむ? そういうことなら――」
ぴたっ、と尻尾と、秘裂への愛撫が唐突に止まり、すかさず月彦の手によって乱暴にパジャマズボンとショーツがはぎ取られた。
(あぁっ……!)
刹那、またしてもゾクリと体が震えた。まるで、真央の体自体が月彦の手で衣類をはぎ取られる事を喜びでもしているかのように。そのことが骨髄にまで徹しているかのように、由梨子の意向などまるで無視して、痺れるような快感を走らせる。
「そろそろ、準備はOKってことかな。……由梨ちゃん、力抜いて」
「えっ……そん、な……せ、先輩……待って、下さい! い、今……はっ……ひぅっっっ……!」
ぐい、と剛直の先端が押しつけられるや、由梨子の体の事など――正確には真央のだが――お構いなしといった強引さで無理矢理差異奥までねじ込まれる。
「あっ……あっ、あァーーーーーーーーーーーーーーッ!!! あっ………………あっ………………ぁっ………………」
既に限界ギリギリの所だった由梨子の自我を吹き飛ばすような勢いで、怒濤のような快楽に叫び声を上げずにはいられなかった。
「うん、良い声だ。……由梨ちゃん、動くよ」
「ぁっ……ぁっ……せ、せん、ぱ……待っ……あぁあん! あっ、あんっ……あんっ……!」
由梨子の中へと埋没した剛直がさらにググンと反るようにして一層堅さを増し、そのままぐりぐりと抉るように抽送が始まる。
「あぁっ、あっ……凄っ……い、いつも、よりっお、大きッ……あぁんっ! ……な、か……広げられっ……あっ……ああっ……ぁっ!」
下腹部を圧迫し、敏感な粘膜をこれでもかと刺激してくる肉槍の動きに、由梨子はもうただただ声を荒げることしか出来ない。それは由梨子が知っている快楽とはあまりにレベルの違う代物だった。
(ひっぁ……だめっ……だめっ……こんなのっ……だめっ……だめぇっ……!)
強烈すぎる快楽に恐怖すら覚えた。月彦が被さるようにして狐耳を甘く噛み、れろり、れろりと内耳をなめ回すようにしながらむぎゅむぎゅと乳を捏ねてきた時などは、視界に火花が散って瞬間的に由梨子は意識が飛びすらした。
「っ……さすがに、絞まるっ……なぁっ……それにっ……相変わらず、この……しゃぶるみたいに吸い付いてきて、うねってくるのが…………くはぁっ……たまんねっ……」
月彦もまたぜえぜえと荒く息をはきながらそんな事を言い、由梨子の腰を掴むと乱暴に何度も何度も突き上げてくる。
「っ……くぁっ……ダメだ……もう、保たねっ…………ッ……くぅっ……」
「せん、ぱい……? んっ……あンッ……あっ、ぁっ、あっ、あっ、あっ……ああああああっあぁっあっあっ……ァッァッアァッ!」
尻に痛みを感じるほど激しく突き上げられ、由梨子は無意識のうちにマクラを引き寄せ、それを噛みしめるようにして大波のような快楽に耐えていた。そして、一際深く剛直が挿入され、背後から抱きしめるようにして胸元を掴まれた瞬間。
「ンンッ……ンッ……ンンンーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
びゅぐんっ。
びゅぐっ。
びゅっ、びゅるっ、びゅっびゅうっ!
子宮口へと突きつけられた剛直の先端から濃厚な牡液が注ぎ込まれるやいなや、枷が外れたようにたちまち由梨子は達した。
(やっ……な、中っにっ……先輩のっ……がっ……あ、熱っ……は、入って、くるぅぅ……!…………やぁっ、……気持ち、いぃぃ………………!!!)
神経がヒリつくほどの凄まじい絶頂に、由梨子は全身を痙攣させながら堪らず意識を失った。失って尚、その下半身は貪欲に牡液を求め、まるで搾り取るような動きで剛直に絡みつき、締め上げる。
「んっ……くっ……ぁっ……ッ……さす、が……真央の、体…………くはぁぁぁっ……これ、良すぎ…………」
月彦が呻くような声をあげながら、ぐりん、ぐりんとマーキングを始める。度を超した快楽に意識を失っていた由梨子は、再びただの人の身では経験できないような快楽に強制的に意識を覚醒させられた。
「あっぇっ……うっ……ンンッ! せ、せんぱっ……な、何をっ……ぁっ、やっ……だ、ダメッ……です、それっ…………やっ……だ、だめっ、ぇ……!」
ゾクッ!
ゾクゾクッ……!
月彦との間に挟まれた尻尾が思わずそそり立つように蠢いてしまうほどの快楽に、由梨子は堪らず声を上げていた。
「……ダメ、って……何が? 真央はイッたあとこうしてやると凄く喜ぶんだけど」
「そ、それ……はっ…………やっ、ダメッ、です……ほ、ホントに……止めて、下さい…………く、クセに……なっちゃいます……ぁぁぁぁぁっ…………」
事実、“真央の体”はそうしてマーキングをされることに歓喜しているらしかった。全身は喜びに震え、一匹の牝としての途方もない至福感に由梨子は歯の根が合わない程だった。
(だ、め……本当にだめ、なんです……こんなの、覚えちゃったら……)
この先、自分の体に戻れたとしても、並のエッチでは満足なんか出来なくなるのではないか――そう不安になってしまうほどに、真央の体によって得られる快楽は強烈だった。
「……クセになる……か。……甘いなぁ、由梨ちゃんは」
不意に、月彦がそんな言葉を呟き、むくりと体を起こした。
「えっ……せ、せん……ぱい?」
「こんなのはほんの序の口。本番はこれからなのに」
ぐいと、由梨子の片足を持ち上げ、それをくぐるようにして由梨子は仰向けへと寝かせ直される。そして、ずんっ――と。
「あふっ……ぁっ……やっ、せ……先輩……な、何を……」
「何……って、続きに決まってるだろ? 俺も……そして、“真央の体”も、たった一回ヤッたくらいで満足なんか出来るもんか」
月彦は悪意のカケラもない笑みを浮かべるや、由梨子の腰のくびれを掴み、軽く持ち上げるようにして突き上げる。
「ひぁっ……!?」
忽ち、それまでとは一風変わった刺激が走り、由梨子は目を白黒させた。
「どう? 真央はここら辺擦ってやるとメチャクチャ喜ぶんだけど。……気持ちいい?」
「あっあっ、やっ……そ、そこっ……はぁっ……あはぁぁぁぁぁっ……ひぁっ、やっ……ひぃぃっ……ひぅっ……あううううっっっ!!!」
グンッ、と力強く反った剛直の先端がグリグリと“弱い場所”を刺激してきて、由梨子は堪らず奥歯をガチガチ言わせながらよがり声を上げる。
「うん、良い反応だ。………………まだまだ、今夜は今まで知らなかった快楽をたっぷり教えてあげるよ、由梨ちゃん」
人生観が変わった夜――と言っても過言ではなかった。“真央の体”による快楽は圧倒的で、由梨子は何度も何度も死ぬような目に遭いながらも、さらにその先、そのまたさらに先の快楽を立て続けに味わわされた。
イかされればイかされる程にますます体の感度は跳ね上がり、特濃の牡液をたっぷりと注ぎ込まれた時の至福感は自分の体の時の比ではなかった。
それほどまでにイかされ、本来ならばへとへとのくたくたになるであろう状況になっても、不思議と体力が尽きる事も無かった。むしろ、精を注ぎ込まれれば注ぎ込まれる程に、体に活力が溢れてくる様な錯覚さえ、由梨子は覚えた。
「……あっ……」
寝過ごした――瞼の裏に日の光を受けるなり、由梨子は反射的にそんな事を思って体を起こした。
「ん……? 由梨ちゃん?」
「……せ、先輩!? あっ……」
そこではたと、由梨子は思い出した。昨夜起きた信じられない出来事と、その後――信じられないような“夜”の事を。
(そ……っか。……今は私、真央さんの体に……)
いつものように、自分や武士の分の朝食を作る必要はないのだ――由梨子はぱたりとベッドに身を横たえた。そんな由梨子の体をぎゅっと、たくましい腕が包み込むように抱きしめてくる。
「……おはよう、由梨ちゃん」
「お、おはよう……ございます、先輩……」
由梨子は月彦の腕に己の腕を引っかけるようにして、顔を赤らめながら静かに瞼を閉じた。
(……ひょっとしたら、朝起きたら元に戻ってるんじゃないかなって……思ったけど……)
どうやらそんな事は無かったらしい。それどころか、“昨夜の事”を少しずつ思い出していくにつれ、由梨子は忽ちあわわあわわな状況に陥ってしまう。
(……あんなの、初めて…………)
堅い男根の感触を思い出すだけで、体が熱くなってしまう。何度も、何度もイかされ、時には失神すらしてしまったのに、それでもさらなる快楽によって強制的に覚醒させられ、またイかされる。
(真央さんは……あんなのを……毎日……)
そのことを羨ましいと思えばいいのか、可愛そうにと思えばいいのか、由梨子にも判断がつかなかった。
月彦と共にシャワーを浴び――浴びながら、浴室でさらに一回、後ろからヤられて――体を拭き拭き、脱衣所から出た時にはもう台所からみそ汁の香りが漂ってきていた。着替えを済ませて食卓につくと、これまた朝食とは思えないほどにボリュームのある献立が並んでいた。少なくとも由梨子は、朝食に手作りのハンバーグを出されたのは人生初だった。
が、月彦が別段驚くそぶりを見せないという事は、或いはこれが紺崎家の朝の食事として普段通りの姿なのかもしれない。否、驚くそぶりはしていなかった。ただ、「何故百合根のおひたしが……」という意味不明な呟きだけは漏らしていたが、由梨子には意味が分からなかった。
朝食を終え、自室へと戻って改めて学校へ行く準備をした。とはいえ、必要な教科書などは既に鞄の中に入れてあるから、由梨子の方は特にすることも無かった。単純に登校の時間あわせの為のような軽い雑談をして、いざ出発と腰を上げた矢先――。
「きゃっ……せ、先輩っ!? やっ……ちょっ……あ、あんっ……!」
突然背後から抱きつくようにして胸元をまさぐられ、由梨子は思わず甘い声を漏らしてしまう。むぎゅっ、むっぎゅ、むぎゅっ!――二十数回ほど服の上から胸元をこね回されて漸く解放され、由梨子は肩で息をしながらふらりとその場に膝をついてしまった。
「せ、先輩……いきなり、何を……」
「ごめん。……なんだか、由梨ちゃんの後ろ姿見てたら……なんとなくムラムラってきて……」
「そ、それは……私じゃ無くって……真央さんの後ろ姿に、ってことですよね?」
体が自分のものであれば一も二もなく喜んでいる所なのだろうが――否、実際には嬉しかったのだが――由梨子は意地もあって怒ってみせなければならなかった。月彦はもう一度ごめん、と言って謝り、由梨子も仕方なくそれで許す事にした。
連れ立って家を出て、学校へと向かう道すがら、由梨子はふと違和感を覚えた。最初はそれが一体何なのか解らず、単純にいつもとは違う道で学校へと通うからではないかと、そんなとらえ方をしていた――が、すぐにそうではないと気がついた。
(……見られてる)
道行く通行人、通り過ぎる車の運転手の視線が皆、自分に集中している事に由梨子は気がついた。それも、ただチラ見されるというものではない。特に男性からの視線が強烈であり、胸、あるいは太股などをじろじろと、まるでなめ回すように見られ、由梨子は思わず月彦の影に隠れてしまったほどだ。
「……由梨ちゃん?」
「すみません……先輩、ちょっとこっち側を歩きたくて」
「……? いいけど…………そういや、真央もいつもそっち歩いてたな」
道路と自分で月彦を挟むような、そんな位置取りだった。真央の気持ちがよく分かると由梨子は思った。あのようにじろじろと見られては、ただでさえ熱い体がさらに――。
(えっ……やっ……なん、で……)
そこではたと、由梨子は気がついた。いつの間にか、己の肌が冬場の寒気すら問題としない程に火照ってしまっている事に。一体いつから――と記憶を辿って、由梨子はすぐに原因にたどり着いた。家を出る前、月彦に胸をまさぐられてからだと。
(……大丈夫、こんなの、すぐに……落ち着く、筈……)
気にしなければいい。裏を返せば、体が火照っているおかげで寒さもさほどに感じないのだから、むしろ好都合ではないか。
そう、忘れてしまえば問題ない。忘れよう、忘れようと念じながら歩き、やがて校門前へとさしかかった頃だった。
「うわっ」
という月彦の声に、由梨子もまたハッと顔を上げ、前を見た。
そして、絶句した。
「なっ……えっ……わ、わた……し……?」
校門の脇に、何やら奇妙な格好をした人物(?)が立っていたのだ。それは毛糸の帽子を深々とかぶり、さらにマフラーを二重或いは三重に巻き、顔はもう目元しか見えていない。首から下も制服ではなく――否、恐らくは制服は着ているのだろうが、さらにその上から重ね着をしているため、まるでダルマかなにかのように着ぶくれをしてしまっている。腰の辺りにはスカートらしきものがちらりと見えているが、その下はソックスでもニーソでもなく、体育着のジャージが見えていた。
「あっ」
と、着ぶくれダルマは月彦と由梨子の姿を見るなり、マフラーの奥からひどくくぐもった声を上げ、ぶんぶんと片手を振りながら小走りに駆け寄ってきた。ああ、やっぱり“私”だったんだと、由梨子はやや青ざめて肩まで落とした。
「おはよう、父さま。由梨ちゃん」
「ま、真央か……?」
「真央さん……その格好どうしたんですか?」
真央は微かに首を傾げ、そして一端視線を下方へと移して再び由梨子へと戻した。
「あのね、由梨ちゃんの体……すっごく寒くて……風邪ひいちゃいけないと思って、いっぱい服を着てきたの」
「た、確かに……私は……ひ、冷え性……だったかもしれませんけど、でも……」
いくらなんでもこれはないだろうと由梨子は思った。こんな格好で登校などしたら――最早半分手遅れだろうが――自分は一発で変人さんの仲間入りではないかと。
「と、とにかく……少し脱いで下さい! そんな格好で教室に入ったら変な目で見られちゃうじゃないですか!」
「ええーっ……だって、これでもまだ寒いんだよ?」
「寒くても我慢してください! …………真央さん、それは何ですか?」
無理矢理真央からマフラーをはぎ取ろうとしてはたと、由梨子は真央が右手に提げている買い物袋に気がついた。
「何……って、お弁当だよ? 由梨ちゃん、好きなの買って食べていいって言ってたでしょ?」
「確かに……言いましたけど……」
にしては量が、と由梨子はついいぶかしげに見てしまう。真央の下げているビニール袋はスイカの一つくらい入っているのではないかという程に大きいのだ。
「朝ご飯の分も買ったの」
「…………ちょっと見せてもらってもいいですか?」
由梨子はビニール袋の取っ手の片方を持ち、広げて中身を見た。ビニール袋の中身は――見事なまでに稲荷寿司と、チョコケーキやチョコクッキーなどのチョコ菓子の山だった。
「…………真央さん、もうちょっと――」
栄養のバランスとか考えないんですか――そう口にしかけて、由梨子は口を噤んだ。確かに、好きなものを食べていいと言ったのは自分であるし、真央にそこまで要求するのは無駄にも思えたからだ。
(……早く、自分の体に戻らないと)
今のこの状態も悪くないかもしれない――そんな事を思いかけていた由梨子は改めて何とか元の体に戻らねばならないと痛感したのだった。
「じゃあ、由梨ちゃん。真央。放課後、昇降口の所で、な」
「はい、わかりました」
「父さま、まったねー」
月彦と別れ、真央と共に由梨子は自分の教室へと入った。先ほど半ば無理矢理脱がせた着ぶくれ部分の衣類は教室後ろの自分のロッカーへとしまった。由梨子がそんな事をしている間に、真央はといえば一足先に自分の――というか由梨子の――席へと座り、むしゃむしゃとちょっと遅めの朝食を食べ始めていた。
いなり寿司を一つぱくり、チョコのショートケーキを一口、いなり寿司を半分ぱくり、チョコのショートケーキをぱくり――見ているだけで胸焼けがしてきそうな朝食に、他のクラスメイト達は完全に引いてしまっていた。
(真央さん……それは、もしかして私に対する嫌がらせですか?)
と、思わず口に出てしまいそうな程に、真央の朝食の献立は悪意に満ちているように思えた。
「ふぅ……もうお腹いっぱいになっちゃったから、残りは休み時間に食べよっと」
口の周りについたチョコやクリームを指先で拭いぺろぺろ舐めながら真央は呟き、ビニール袋を机の横へとぶら下げる。そしてきょろきょろと教室を見回し、由梨子の姿を見つけるやぴょんと飛び跳ねるようにして駆け寄ってきた。
「ゆーりちゃん」
「……あっ、真央さん。何か用ですか?」
先ほど見た真央の姿が――自分の姿でもあるのだが――あまりに衝撃的で、そのショックから抜け切れていない由梨子はつい鬱陶しげな声を出してしまった。が、当の真央はそんなことはナノ単位程も気にしていないらしかった。
「ねえねえ、由梨ちゃん。ちゃんと約束守ってくれた?」
「約束?」
「父さまと勝手にエッチしないっていう約束」
あっ――と、由梨子は言葉を失った。そういえば、そんな約束をしていたと――今更ながらに思い出した。
「え、ええ……勿論……ちゃんと……守りました、けど……」
「ホントに?」
ずい、と真央に顔をのぞき込まれ、由梨子は反射的に目を反らしてしまった。
「ホントのホントに?」
「…………すみません、実は…………その、ちょっとだけ…………」
どうしても嘘をつけなくて、由梨子は渋々白状した。
「ちょっとだけ、って……どれくらい?」
「そ、それは…………あっ、真央さん! もう先生が来ちゃいましたから!」
由梨子は強引に会話を切り、自分の席へと着席した。真央も教卓の方を振り返り、確かに担任が教室に入ってきている事を確認するなりしぶしぶ自分の席へと戻っていった。ほっと安堵の息をついたのも塚の間、由梨子は隣の席からの視線にはたと、そちらへと目をやった。
「……!」
隣の席の男子は由梨子が見るなり、慌てて視線をそらした。そしてさらに多方向からの視線を感じて、由梨子がそちらへと見ると全てクラスの男子達からの視線であり、どれもこれも由梨子が顔を向けるなり慌ててそっぽを向いて知らんぷりを始めた。
(えっ……どうして……)
もしかして、顔になにかついているのだろうか。だとすれば、月彦か、或いは真央辺りが一言言ってくれそうなものだが。ひょっとして制服のどこかが破れでもしているのかと危惧したが、ざっと確かめてみた限りそういう事も無い様だった。
(あ、また……)
既にHRが始まってはいるのだが、またしての隣の席の男子の視線を感じて、由梨子は反射的に目を向けた。またしても男子は顔を背けるが、今度は一体どこを見られていたのか由梨子にも解った。
(え……胸?)
男子生徒の目は、間違いなく自分の胸元へと注がれていた。勿論由梨子はきちんと制服を着ているし、どこかが破れている等という事もない。ただ、その一般的な女子高生の規格を外れた質量だけはどうしようもなく、存在感ばっちりであったりする。
(やだ……)
そうして胸を見られていたのだと解ると、今度は隣の男子の息づかいまで気になり始める。勿論狐耳は隠してはいるが、それでも聴覚が人のそれよりも鋭いのか、やや荒々しい息づかいまでもが由梨子には解りすぎる程に解ってしまった。
(だ、め……思い出しちゃう……)
昨夜の事を。そして、朝――家を出る前に、散々に胸元をまさぐられ、ケダモノじみた息を耳に吐きかけられた事を。
由梨子はキュッと太股を閉じ、悶々としながら朝のHRをやり過ごした。勿論、自分以上に周りの生徒のほうが悶々とさせられている事など知るよしも無かった。
真央の体を得て、由梨子は一つ世の中の真理のようなものに気がついてしまった。それは、男の大半は真央のような体の持ち主が好きらしいという事だった。
教室で授業を受けている時は、まだいい。時折ちらちらとクラスメイト達の目線が飛んでくるくらいですむから。しかしひとたび移動教室となり、廊下へと出ると他のクラスの男子達の目までもが一斉に自分の方を向くのだ。
しかも、ただちらりと見るだけではない。じろじろと、それこそなめ回すように凝視され、由梨子は咄嗟に物陰に隠れてしまいたくなったほどだ。生徒達ばかりではない。男性の教師すらも――中には露骨に呼び止め、肩や手を触ってくる者も居た――真央の体に興味津々らしかった。
そうして男達の視線を集めれば集めるほどに、由梨子は同時に暗い気分にもなった。今まで、自分がどれほど男達にとって空気のような存在であったかという事を間接的に思い知ったからだった。
「……由梨ちゃん、どうしてそんなにムラムラしてるの?」
突然真央に面と向かってそんな事を聞かれたのは、体育の授業前の着替えの際だった。
「なっ……む、ムラムラなんてしてません!」
由梨子は真央の腕を引き、更衣室の隅まで連れて来るや小声で囁くようにして否定した。
「そうなの? なんかずっとモジモジしてるし、……えっちな匂い出してるからムラムラしてるんだと思ってた」
「え、エッチな匂いって……」
「ほら、今だって」
真央は由梨子の胸元の辺りに鼻を近づけ、すう、はあ、すう、はあと大きく肩を揺らして呼吸をする。
「すごく……エッチな匂い……ぽーってなっちゃうの」
「っっ……」
由梨子は言葉を返せなかった――が、真央の言わんとしていることは理解した。それは今まで由梨子が散々に吸わされたものと同じものであろうからだ。
(……フェロモン……出ちゃってるんだ)
真央には否定したが、ムラムラしているのは本当だった。その九割が朝月彦に悪戯じみたセクハラを受けたせいなのだが、残りの一割はしつこく体に絡みついてくる男達の視線のせいだった。
「……由梨ちゃん、私の体であんまり変なことしないでね?」
「それは……」
こっちのセリフだと、由梨子は言いたかった。が、しかし真央との約束を破って月彦と勝手にエッチをしてしまった手前、あまり強くは出られなかった。
(真央さん……あれから追求してこないけど……)
忘れたわけではないだろう。あえて追求してこないだけだ。由梨子は楽観的には考えず、そう思う事にしていた。
「と、とにかく……早く着替えて体育館に行きましょう! ほら、みんなもう着替えちゃってますし」
見れば、女子の殆どが着替えを終え、更衣室を後にしかけていた。由梨子もまた大急ぎで脱衣し、体操服とその上にジャージを着込む。
真央も由梨子の言葉に習い、急ぎ気味で脱衣を始めた――その時だった。由梨子はあまりの光景に目を疑った。
「ちょ、ちょっと……真央さん!」
「なあに? 由梨ちゃん」
「な、なぁにじゃありません! どうしてブラをつけてないんですか!」
「えっ……だって……」
真央はちらりと、己の胸元へと視線を一度落とし、再び由梨子の方へと戻した。
「ブラしなきゃいけないほど大きくないよ?」
かちん、と。由梨子はこのときほどこの世間知らずの親友に対して腹が立った事は無かった。
「……真央さん、これだけは言っておきます。私が“標準”なんです! そして真央さんが“規格外”なだけなんです!」
「ひょう……じゅん?」
ちらりと視線を落としながら、まるで初めて聞いた言葉をオウム返しに尋ね返す真央に、由梨子は再びかちんと来てしまう。
「…………自分が大きいからって、あんまり調子に乗らないで下さい」
つい、そんな黒い言葉まで吐いてしまったのは、由梨子自身ひょっとしたら標準以下かもしれないという負い目があったからだった。
「…………それに、少し小さめでも、ブラをつけてると大きく見えたりするんです。ノーブラなんか絶対に止めてください」
「でも……父さまはブラ無い方が喜んでくれるよ?」
「そ、それとこれとは……話が別です! とにかく、いつもと違う事は絶対に止めてください!」
由梨子は殆ど悲鳴のように叫んで、一人先に更衣室を後にした。――そして、遅れて体育館にやってきた真央の着ぶくれたジャージ姿を見るなり、再びその手を引いて更衣室へと戻る羽目になったときには、本当に涙がにじみ始めていた。
月彦は悩んでいた。
「むむむ、むむ…………」
授業の内容など何のそのと言わんばかりに悩み、悩みに悩み、悩み抜いていた。
(どうしたものか……)
悩みの種というのは、言わずもがな体が入れ替わってしまった二人の後輩の件だった。
何とかして元に戻してやりたいのだが、どうにも巧い案が思いつかないのだった。
(とりあえず……今日の帰りにもう一度謝りにいって……もしそれでダメなら……)
その先を考えて、月彦は思わず唇を噛みしめてしまった。
出来るなら、“奴”にだけは頼りたくないと思っていた。それが一番確実そうな手段であることは無論月彦にも解ってはいたのだが、可能ならば自力だけでなんとか解決したいと。
(……畜生、またアイツに頭を下げる羽目になるのか)
先だっての妙子の件の際の屈辱が脳裏に蘇り、月彦は思わず歯ぎしりをした。あのときはせっぱ詰まって止むに止まれず頭を下げたが、その分プライドは粉々に打ち砕かれてしまった。あんな思いは出来れば二度と味わいたくない。
(或いは――)
あの女に頼らずとも、もう一人だけこういう事に詳しそうな知り合いも居るには居るのだが、月彦はとある事情からその男の屋敷をあまり尋ねたくはなかった。それどころか、出来るならば今後一切の関わりを絶ち、全てを無かったものとしてしまいたい程だった。
(まぁ、身から出た錆なわけだが……)
恥を忍んで頼ればきっと、あの親友はここぞとばかりに力になってくれることだろう。が、その親切が、笑顔が今の自分には耐え難い。あまりの良心の呵責に耐えかね号泣し、その場で土下座をしながら全てを暴露してしまう様が目に見えるようだった。
(……やっぱりダメだ。白耀には頼れない……)
それならばまだあの女に土下座をし、後頭部を足蹴にされたほうがマシにすら思える。――否、それをやられるくらいならばいっそ舌を噛み切ったほうが良いような気がするのだが、そこはそこ、愛する娘の為、大事な後輩の為に耐えるしかない。
(…………まあ、急がなくても、待ってりゃ直るって類のモノなら、無理に直さなくてもいい気はするんだが)
そこではたと、月彦は昨夜の回想へと頭を切り換えた。体そのものは抱き慣れた愛娘のそれだが、中に入っているのが由梨子となると、それはそれでまた一風変わった新鮮な味ではあったのだ。
(真央は……なんつーか、イヤッ、止めて!って言っても、声の響きがモロ誘ってる感じだが……)
由梨子のそれは違う。演技などではなく、本当にイきすぎてどうにかなることを恐れているような声だった。そして、そういう声を聞けば聞くほどに堪らなくなってくるのが紺崎月彦という男だった。
(……勿論、由梨ちゃんが本当に嫌がってるならヤらないけど…………体は真央だし、少々の無理は大丈夫だろう)
その辺の加減は間違ってはいない自身はあった。現に夜中はあれほどヒィヒィ喘ぎながら死ぬ、頭が変になる!等と叫んでいたというのに、朝起きたときにはけろりとしていたではないか。
(さすが真央の体……っていうべきなのか…………改めて考えると末恐ろしいな……)
そのうち自分一人では満足させる事ができなくなるのではないか――そんな妄想を振り払うかのように月彦は大きく首を振った。隣の席の女子がぎょっと目を剥いたが、勿論そんなことは気にしない。
(……いやまてよ、ってーことは……真央が入ってる由梨ちゃんの体とシたら……どうなるんだ?)
中に入っているのが真央とはいえ、体そのものは常人のそれという場合、どうなるのだろうか。
(ふむ……興味深いな)
考えられるパターンをいくつか模索しているうちに、いつの間にか授業時間が終了していたらしく、スピーカーから流れるチャイムの音で月彦はそのことに気がついた。こうして、折角上がった成績も授業中に女の事ばかり考えるせいで順調に普段通りの所へと落ち着いていくのだった。
放課後、昇降口で真央、由梨子と合流した月彦はその足で再びお供え用の稲荷寿司を購入し、件の祠へと向かった。
「……由梨ちゃん、どうしたの?」
途中、月彦は朝とはうって変わって憔悴しきった様子の由梨子につい声をかけてしまった。
「いえ……何でもないです……ちょっと、疲れてるだけですから」
「……そっか。ごめん……」
由梨子はみなまで言わなかったが、真央が原因であろうことは月彦にも薄々解った。ただ迷惑をかけた当人だけが、頭から大きな?マークを出しながら首を傾げていた。
石段を越え祠の前までくると、昨夜置いた筈の稲荷寿司は綺麗に無くなっていた。野犬かなにかが食べたのかな、と首を傾げつつ、月彦は再度白皿に稲荷寿司を並べ、片膝をついて手を合わせた。
(神様、どうか由梨ちゃんと真央の体を元にもどしてやって下さい。真央も良い子ですが、由梨ちゃんはもっと良い子なんです。どうか! お願いします!)
強く強く念じて目を開け、二人の様子を確認するが、やはり変化は無いらしかった。
(……ダメか。ってことは…………)
あの女に頼らねばならないのか。月彦はがっくりと肩を落としながら二人の後輩を連れたまま帰路についた。
自宅へと帰り着き、そのまま二階の自室へと入る。とくに理由も知らずにここまでついてきた二人の後輩は並んでベッドに腰掛け、二人して期待に満ちた目を月彦へと向けてくる。
「………………すまない、俺には他に手が思いつかない。真央、真狐を呼んでくれるか」
月彦にしてみればそれは文字通り血を吐くようなものだった。自分は役立たずだと暗に認め、それを大事な後輩二人の前で自ら宣言したようなものだからだ。
「そう……ですね。……真狐さんなら……きっと……真央さん、お願いします」
由梨子はそんな月彦の心中を察したように目を伏せ、そして隣にいる親友へと促した。が、はてなと。真央は小首を大きく傾げただけだった。
「父さま……どうやって母さまを呼ぶの?」
「えっ……どうやってって……」
まさか真狐を呼ぶ方法を尋ね返されるとは思っておらず、月彦は完全に虚をつかれた。
「真央……いつもはどうやって呼んでるんだ?」
「なんとなく、母さま来てくれないかなぁって窓開けて外見てたら来てくれたり、来てくれなかったり」
「………………前にほら、コックリさんみたいな紙で喋ってたろ、あれは?」
「多分……由梨ちゃんの体じゃ出来ないと思う。……試してみるけど」
真央はベッドから腰を上げ、机の引き出しから五十音と数字、そして鳥居のようなマークがかかれた紙取り出し、勉強机の上へと広げた。真央と入れ替わる形で月彦は椅子を真央に譲り、自分は由梨子の隣へと座った。
「もしもしー、母さま、聞こえたら返事して!」
真央は紙に書かれた円の部分へと十円玉を起き、しゃべりかける――が、十円玉はぴくりとも動かない。
「母さまー! お願い、返事をして!」
真央は再び声を荒げるが、しかし応答はない。
「父さま、やっぱりダメみたい」
「…………ただの人間じゃ出来ないって事なのか。……じゃあ、由梨ちゃんがやってみたらどうだろう?」
「えと……じゃあ、やってみます。真央さん、やり方を教えてください」
「うん。まずはね、ここに座って――」
後輩二人が寄り添うようにして椅子に座り、あれやこれやと試行錯誤を始めるのを、月彦はただ見ている事しか出来なかった。
(……多分ダメ……だろうな)
何となくだが、そんな気がした。そしてその場合、自分は最も回避したかった選択肢をとらねばならないという事を、月彦は改めて自覚した。
(まさか……真央が真狐との連絡手段を保ってないなんて思わなかった)
てっきりあの二人は何か特別な連絡手段で密に連絡をとりあっているものだとばかり思っていた。否、実際に手段はあったのだが、体が入れ替わってしまっては使えなくなるものだとは予想がつかなかった。
「ねーねー、アレ何やってるの?」
「ん? ああ……なんとか連絡を取ろうとしてるんだが、巧く行かないみたいだ」
「連絡って……何と?」
「何とって、そりゃあ――」
そこではたと、月彦は自分の隣に腰掛け、何やらむしゃむしゃとほおばっている女の姿を見た。見るなり、飛び退った。
「ま、真狐っ!?」
「えっ、真狐さん!?」
「母さま!」
由梨子と真央も振り返るなり声を上げる。沸いた当の本人はといえば、まさか自分が呼ばれようとしていた事など知らないのか、しゃもしゃと、手に持っている皿から稲荷寿司をつまんでは口の中へと放り込みながらニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「お前、どっから沸きやがった!」
「失礼ねぇ、いっつも窓からばかりだとワンパターンで飽きられると思って、玄関から入ってきてあげたんじゃない。…………それはそうと、あんた達……なかなかおもしろい事になってるみたいね」
「面白くなんかないです! お願いです、真狐さん……元に戻る方法を教えて下さい!」
と、一も二もなく真狐の足下にすがりつくようにして訴え出たのは由梨子の方だった。
「お願い、母さま。神様に謝ったけどダメだったの」
「もぅ、しょうがないわねぇ。ほんっとアイツってば使えない奴なんだから」
ちらりと真狐は月彦へと目をやり、よしよしと足下に跪いている由梨子の頭を――見た目には真央の――当てつけのように優しく撫でつける。
「とにかく、何があったのか教えなさい。話はそれからよ」
「……というわけで、石段から落ちて気がついたら、体が入れ替わってたんです」
「……というわけなの、母さま」
殆ど由梨子が一人で説明をし終え、おまけのように真央が一言付け足して、現状の説明は終わった。
真狐はといえば勉強椅子に腰掛け足を組んだまま二人の話を聞き、なにやら難しい顔をしていた。
「…………一つ聞くけど、あんたたち……記憶はあるの? 自分の体に居た頃の記憶は」
「あります。記憶喪失とかは……ないと思います。多分、ですけど」
「私も同じだよ、母さま」
「……変ねぇ。魂が入れ替わったっていうんなら、普通は前の体の記憶なんて残らない筈なんだけど」
そこまで言って、真狐はちらりと月彦の方へと目をやった。
「…………何で俺を見る?」
「そもそも。半妖の真央と普通の人間の由梨子ちゃんの魂を入れ替えるなんて、そうそう出来る筈がないんだけど…………どういう事なのかしら」
月彦の言葉は完全に無視して、真狐はうーんと腕組みをして黙り込んでしまう。
「もう一度聞くけど、あんたたち本当に記憶は失ってないのね?」
「はい。その証明なら……先輩がしてくれると思います」
「……ああ。確かに、最初に二人の悪戯じゃないかって、いろいろ質問攻めにしたんだ。二人とも、自分しか知らないような質問にちゃんと答えたぜ」
「…………月彦がらみの証明っていうのがイマイチ信用できないんだけど……まぁいいわ。じゃあ、記憶は失っていないものとして対策を考えるわ」
「あの、ちょっといいですか、真狐さん」
由梨子がそっと控えめに挙手をする。
「記憶がある、っていうのが……そんなにおかしな事なんですか?」
「当たり前よ。だって記憶は魂じゃなくて肉体に保存されるものなのよ? 今、あんたたちは一体どこから昔の記憶を呼び出しているっていうの?」
「あっ……」
と、由梨子は言葉を失った。
「まっ、そうはいっても……よっぽど強い記憶――ううん、想いって言ったほうがいいかしら。そういった執念じみたものは、魂にまで刻み込まれてたりするから、肉体が変わったからって何もかも忘れちゃうわけじゃあないんだろうけど。……それにしたって、あんた達の場合は覚えすぎてるわ」
「確かに……体は真央さん……なんですから……真央さんの記憶がないと変……ですよね」
「んー……そういうわけでもないのよね。魂が違うって事は言うなれば“鍵が合わない”っていう事だから、簡単に体の記憶の方も引き出せたりはしない筈よ。……よっぽど強い偶然が重なったりすれば、別だけど」
「…………だから、なんでさっきから俺を見る! 俺は誰とも入れ替わってねえぞ!」
「まっ、バカはほっといて。とりあえずこんなのあたしも初めて見るから、さすがにすぐには戻し方わからないわ。……そーねぇ、あと一日、あんたたち我慢してなさい。それでなんとか解決法見つけてあげるわ」
真狐はひょい、と皿に残っていた最後の稲荷寿司を口へと放り込む。
「……第一、本当に魂が入れ替わっちゃってるんだったら、早く元に戻さないと癒着しちゃって戻せなくなっちゃうし」
「なっ!?」
「「えっ!?」」
「だーいじょうぶよ、一週間くらいは猶予あると思うわ。まっ、何とかなるでしょ。…………ならなかったときもそれはそれで面白そうじゃない」
あと、その皿元の所に戻しといてね――真狐はケラケラと笑いながらそんな事を言い残し、ぐわぁらと机の側の窓を開け、ぴょんと外へと飛び出していってしまう。飛び出した影はいつもの如くぴょんぴょんと家々の屋根を跳ねるうちに小さくなり、夕日に溶けるようにして消えてしまった。
後に残されたのは、ベッドの上に置かれた一枚の白い皿だった。月彦は皿を手にとり、しげしげと眺めた。
「……この皿……もしかして、あの祠の皿じゃないのか!?」
「えっ……じゃ、じゃあ……もしかして、昨日置いた稲荷寿司が無くなってたのは……」
「……多分、あいつが食った……んじゃないかな」
月彦はちらりと、視線を由梨子の姿をした真央へと移した。
「…………なんであいつにはバチが当たらないんだ」
とにもかくにも、漸く解決の糸口が見えたのもまた事実だった。とりあえず今日の所はお開きという事で――と、月彦は暗に真央に帰宅を促した。
――が。
「父さま、その前に……一つだけ答えて」
「な、何だ真央……」
「昨日、由梨ちゃんとエッチしたの?」
「っっ! そ、それは……」
「真央、さん……」
月彦はぐぬうと唸り、しばしの沈黙の後、正直に答えた。
「……ああ、シた。でも勘違いするなよ? 由梨ちゃんが誘ったりしたわけじゃないんだ。むしろ、由梨ちゃんは真央に悪いからって嫌がるのを、俺が無理矢理襲ったんだ」
「………………。」
「真央、頼む、解ってくれ。中身が由梨ちゃんだって解ってても、なんつーかその……真央が隣に寝てるのに手が出せないってのは我慢ならなかったっていうか、ムラムラしてついヤッちまったっていうか……と、とにかく恨むなら俺を恨め!」
「………………別に父さまを恨んでなんかないよ?」
けろりと、真央は思いの外笑顔でそんな事を言った。
「ありがとう、父さま。正直に話してくれて嬉しかった」
真央はそのまますっくと立ち上がり、部屋の出口へと向かう。
「じゃあね、父さま。由梨ちゃん。………………エッチ、してもいいけど……あんまりいっぱいはしないでね?」
「あっ、おい! 真央!」
「真央さん……」
月彦の止める声も空しく、真央は部屋を出ていってしまった。
(これは……後を追った方がいいんじゃないのか?)
月彦は反射的に由梨子の顔を見た。由梨子もまた頷いた。
「先輩……真央さん、多分……無理してると思います。行ってあげて下さい」
「……そうだな。行ってくる!」
月彦はすかさず部屋を飛び出し、段とばしで階下へと降りた。真央は丁度玄関で靴を掃き終えた所らしく、立ち上がったその後ろ姿に月彦は一も二もなく飛びついた。
「真央っ、帰るな!」
「……父さま?」
「…………由梨ちゃんと勝手にシたのは悪かった。……許してくれ」
「大丈夫だよ、父さま。……私、全然気にしてないよ」
「それでも、だ。……とにかく、俺は真央に償いがしたい」
「償い……?」
「ああ。……真央だって興味あるだろ? 由梨ちゃんの体でシたら、どうなるのか」
真央の腕を引くようにして自室へと戻るなり、月彦は真央にした話を完結に由梨子へと伝えた。
「えっ……わ、私の体と……するんですか?」
「うん。……それが一番フェアだと思うんだけど……由梨ちゃんは反対?」
「いえ…………私に、反対する権利なんて無いですし……ただ、その…………ひ、一つだけ……約束してもらえますか?」
「何を約束すればいいのかな」
「こっ…………壊さないで下さい。それだけ……お願いします」
「大げさだなぁ、由梨ちゃんは……っとと、真央どうした?」
ベッドに腰掛けている月彦の上着の袖を、真央がくいくいと引っ張るせいで月彦は危うく寝転がってしまうところだった。
「父さまァ……早くシよ?」
「あ、あぁ……解った。由梨ちゃんの了解も取り付けたことだしな。母さんがいつ帰ってくるかもわからないし……んじゃ早速――」
「あっ……じゃあ、先輩……私、ちょっと外を散歩してきますね」
と、腰を上げた由梨子の制服の袖を、驚くほどの反射神経で月彦はむんずと掴んでいた。
「どうして?」
「ど、どうして……って……だって、真央さんだって……私がここにいるのは――」
「真央、イヤか?」
月彦が尋ねると、真央は微かに悩み、そして首を横に振った。
「だってさ」
「で、でも!」
「それに……俺も由梨ちゃんはちゃんとそこで見てた方がいいと思うな。……そんな事はないと思うけど、万が一“壊しちゃいそう”な時に由梨ちゃんが止めないと、本当に壊しちゃうかもしれないし」
「ぁ……そ、それ、は……」
由梨子は顔を真っ赤にしたまま逡巡し、何度も何度もベッドにいる二人と部屋の出口を見比べ、そして渋々腰を下ろした。
「うん、それが一番いい判断だと思うよ、由梨ちゃん」
月彦は心底そう思っているかのような笑顔でいい、そしてゆっくりと――後輩の姿をした、愛娘へと体をかぶせた。
前にもこんな事があった――と、由梨子は既視感に襲われた。が、前の時と決定的に違うのは、目の前で抱かれているのは真央ではなく自分の体だという点だった。
「あんっ……ぁっ……とう、さまぁ……!」
自分が――否、自分の体に入っている真央が甘い声を上げながら、月彦の愛撫を受け入れている。モジモジと身をくねらせ、自らも月彦の体に手を這わせながら、時折拒絶を装い、もしくは誘うように蠢かしながら少しずつ、互いの衣類を脱がしあっていく。
「ん? ……真央、もしかして……ブラつけてないのか?」
「うん。……その方が、父さまにいっぱい触ってもらえるかなって思って」
私が聞いた言い訳と違う――と、由梨子は口にしかけて、止めた。ベッドの上の二人は完全に自分達の世界を構築してしまっていて、容易なことでは口出しするのも躊躇われた。
何より。
(下手に話しかけたりしたら……私まで――)
巻き込まれ、以前がそうであったように三人でどろどろのぐちょぐちょになってしまうのではないかという危惧が、由梨子を大人しい傍観者にしていた。
勿論、そうなるのがイヤ――というわけではなかった。そうなった場合の自分の体が心配なのだった。
(多分……ううん、間違いなく、真央さんは加減が解らない……筈……)
自分がそうであったように。度を超した快楽に戸惑い、何度死ぬと思わされた事か。或いはそれとは逆の事が真央に起きるのだろうか。
(……もし、全然気持ちよくないって言われたら…………)
何かとてつもないものを失ってしまいそうで、由梨子はそれが恐ろしかった。もし真央がその言葉を口にするにしても、直に聞きたくはなかった。だから、席を外すと申し出たというのも、無論ある。
――が、一番の理由は。
「あっ、やんっ……とう、さまぁっ…………あぁっ……だめっ、っ……溢れちゃうぅぅ……」
真央の切なげな声を耳にするなり、由梨子は忽ち顔――ただでさえほんのりと赤みを帯びていた――を朱に染めた。
「だめっ、だめぇっ……父さまぁ……下着、早く脱がしてェ……あぁんっ……だめっ……おっぱいそんなにされたら……あぁぁんっ!」
由梨子の目の前で、自分の体が組み敷かれ、胸元を開かれ、堅く尖った乳首がちろちろと月彦の舌で転がされていた。それはある意味、悪夢のような光景でもあった。
(……っ……ぁ…………)
心を動かされまいとどれほど強く思っていても無意味だった。唯一この人だけはと認めた男と、長年連れ添ってきた自分の肉体が絡み合っているのだ。興奮するなという方が無理な話だった。
(私の体……もう、あんなに…………)
由梨子の目が、自然とめくれ上がったスカートの下へと釘付けになる。水色と白のシマシマのショーツはお気に入りの一つなのだが、それがちゅぱ、ちゅぱという水音と共に瞬く間に色が変わっていくのだ。
(真央、さん……)
そういった自分の体の反応を見るだけで、由梨子には今真央がどれほどの刺激を受け、どれほど感じているか手に取るように解った。
「やぁっ……父さま……そこ、ばっかりぃっ……ぁぁぁっ……やっ、噛まなっ……ピリッて来ちゃうっ!」
真央が悲鳴のように声を荒げ、ちゅぱちゅぱと胸を吸われては小刻みに体を震わせる。己の体のそんな様に、由梨子は知らず知らずのうちに膝を正し、そしてキュッと尿意でも我慢するかのようにスカートの上から押さえつけた。
「……どうだ、真央。由梨ちゃんの体は」
そして、由梨子が最も恐れていた質問を、月彦が口にした。
「いい、のぉ……とう、さまに……からだ、触られると……ジュワァァって……すっごく溢れちゃうの……」
いやっ、真央さん止めて――由梨子は耳を塞いでしまいたかった。実際に塞ごうと思った――しかし、由梨子の両腕は由梨子の命令を聞かなかった。ただただ、自らも吐息を乱しながら、眼前で絡み合う二匹のケダモノの様子を食い入る様に見続けるのみだった。
「ほう、…………じゃあ真央、こうするとどうなる?」
「えっ、あんっッ……ンンッ!!!」
唐突に月彦が真央の唇を奪い、そしてそのままぎゅううっ、と強く抱きしめた。
「ぁっ…………ぁっ…………」
自分の体のそんな様を見せつけられるなり、由梨子は堪らず微かに声を漏らして自らの肩を抱くようにしてぶるりと震えた。
そう、かつて月彦にあのようにされたときの――キスをされたまま、息も出来ない程に強く抱きしめられた時の――快楽を思い出してしまったのだ。
(だめ、だめ……先輩……“それ”は私の……私だけの……)
唇を奪われ、抱きしめられたままうっとりと目を細めている真央の姿に、由梨子は殺意に近いものすら感じた。今すぐ立ち上がり、二人を引きはがしてやりたい衝動にかられるも――しかし行動にまでは移せなかった。
「ふぁぁ…………」
月彦が唇を離し、包容を解くと忽ち真央はそんな声を――まるで魂が口から抜け出てしまうような声を漏らし、くったりと脱力した。キスと、包容で軽く達してしまったのが、由梨子には手に取るように解った。
「さてと、んじゃそろそろ……うわっ、ほんとぴっちゃり張り付いちゃってるな」
真央のスカートの下へと手を這わせた月彦の言葉に、由梨子は再び羞恥心に顔を真っ赤に染めた。
(そんな事……いちいち口にしなくてもいいじゃないですか)
恨みがましくそんな事を思うも、さすがに口には出せない。
(もしかして……先輩も真央さんも……解っててやってませんか?)
そんな邪推すら、由梨子は抱いてしまう。眼前ではひどくもったいぶった仕草で下着が脱がされ、秘部の全てが露わにされてしまっていた。由梨子はさすがに直視出来ず、顔を背けた。
じゅるっ、ぴちゃっ……じゅるるっ――視界の外から聞こえるそんな水音と、それに付随する真央の嬌声に由梨子が再び視線を二人に戻したのはすぐだった。
「あぁあんっ! やぁっ……だめっ……だめぇっ……父さまぁああっ……音、立てないでぇ!」
己の股ぐらに顔を沈め、じゅるぴちゃと恥蜜を啜る父親の頭をスカート越しに掴み、押しやろうとしているのか撫でつけているのか判断がつかないような仕草で、真央はくねくねと体をよじる。片や月彦はといえば、そんな真央の足を両腕でがっちりロックしている為、仮に真央が全力で体を逃がそうとした所で到底その望みは叶わない。
(ぁっぁっ……そん、な……先輩っっだめっ…………)
じゅるるっ、じゅるっ……じゅるるっ……!
ひっきりなしに聞こえてくる水音は、それだけ自分の体が溢れさせてしまっている何よりの証拠だった。お前の体は淫乱だと、遠回しに言われているような気がして、由梨子はもう羞恥のあまり涙目になりかけていた。
「……真央、そろそろいいか?」
だから、月彦がそう言って顔を上げたときには、安堵すら憶えた。真央が頷きながら足を開き、月彦もまた脱衣しながら足の間へと体をいれる。そして――
「んはっ、ぁっ、ぁぁぁっぁぁぁあッ!!!」
「ぐおっ……き、キツッ…………」
ずいと月彦が腰を進めるや、忽ち真央が背を反らしながら悲鳴を上げた。
「やっ、あっ……だ、めっ……父さまっ……お、大きっ……さ、裂けちゃうぅ!!」
「大丈夫だ、真央。……すぐになじむ……ゆっくり動くぞ」
言葉の通り、月彦がゆっくりと腰を使い始める。それにしたがって真央の声も悲鳴から徐々に嬌声へと変化していく。
「あっ、あっあっ……あっあっぁっ……!」
右手でベッドシーツをかきむしり、左手を不自然に逸らせながら、真央が切なげに喘ぎ声を上げる。
「やっあっ、っ……とう、さまのっ……おっきっ……ぁあんっ! やっ……らめっ、ごりごりって……来るっのぉっ……!」
「真央のも……スゲーキツくて……さっきから溢れっぱなしだな。……さすが、由梨ちゃんの体だ」
月彦は呟きながら真央の足を持ち、大きく広げさせ肩にかけるようにして、さらに片方の足を跨ぐようにして腰を使う――忽ち、真央の上げる声が二倍ほどに大きくなる。
「ひぁっ!? ぁあああっ! やっ、とう、さまっ……それ、らめぇえっ!」
「イイだろ? ……由梨ちゃんもこうしてやると、すげえ声あげるからな」
ぐりん、と月彦が腰をくねらせると、忽ち真央は狂ったように声を荒げた。その声の大きさに、思わず由梨子が耳を覆ってしまったほどだった。
(やっ……もう、見たくない……聞きたくない、のに……)
耳を覆った手も、すぐに離れた。一度は閉じていた狐耳がピンッ、と勢いよく立ち、否が応にも自分の体が乱れる様を、そしてその声を由梨子へと伝えてくる。
(……こんなの、イヤなのに……見たくないのに、どうして……)
はあ、はあと呼吸を乱しながら、由梨子は混乱していた。嫌なモノを見せつけられているというのに、何故こんなにも体が火照ってしまっているのか。何故これほどまでに、二人の間に飛び込んでしまいたくなっているのか。
「……由梨ちゃん」
「は、はい!?」
突然名を呼ばれ、由梨子はまるで夢から現実へと呼び戻されたような、そんな素っ頓狂な声を上げた。
「……最後、ナカでもいい?」
月彦の言葉に、由梨子は一も二もなく頷いていた。本来ならば断固として拒否するか、熟考せねばならない事柄の筈なのに、まるで今まさに自分がイく寸前であるかのような心持ちで、由梨子は即答していた。
(……だ、大丈夫……先輩、前に――)
真狐に避妊薬を貰って飲んでいるから妊娠の心配はないと、そう言っていた。ならば、妊娠の危険については大丈夫だろうと由梨子は遅まきながらに思った。勿論、そこにはもし万が一が起きてしまっても、月彦の子であればという覚悟もあるのだが。
月彦が、再び腰を使い出す。端で見ている由梨子にも解る。単なる抽送ではない、イく前の動きだった。
「ぁっ、ぁっ……あっ、ぁっ! とう、さまぁっ……あっ、あっあっ……あぁっあっあっあっあっ……やっ、らめっ……あっあっ、あっぁっ……あああァァーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
真央が――自分の体が戦慄き、はしたなく声を上げながら体を痙攣させたその瞬間、由梨子もまたぶるりと体を震わせていた。
「ンッ……」
咄嗟に口を押さえ、声を漏らす事だけは我慢したが、下半身がヒクつくように震える事までは止められなかった。
(う、わ……私の体…………ビクビクって痙攣して…………)
いやらしい――思わずそう感じてしまう。イく時の自分の体を客観的に見る機会などそうそうある筈はない。それだけに由梨子は戸惑いながらも、激しく胸元を揺らしながら脱力しきっている“自分の肉体”から目を離せなかった。
「と……さま、の……熱い、の……いっぱいぃ……ふぁ…………」
とろけたような声を上げる真央の姿に羞恥と嫉妬の両方を由梨子は覚えたが、必死にその両方を押さえつけた。
「……まだだ、真央。次は四つんばいになれ」
月彦の一言で、さらなる陵辱が開始される。真央は月彦の言葉通りに四つんばいになり、好き放題に背後から突かれ、何度も何度も声を荒げながらイかされ続けた。
「せ、先輩! まだ……するんですか?」
いい加減真央の鳴き声が掠れてきた頃、由梨子は堪らず口を挟んでしまった。
「当たり前だろ? だって、まだ……由梨ちゃんが一番感じる“アレ”をやってないじゃないか」
「あ、“アレ”って……まさか――」
「ほら、真央どうした。……もっと尻を高く上げろ」
「う、うん……待って、父さま……からだが、うまく動かないの……」
真央はよろよろと、いかにももったいぶった仕草で言われたとおりの体勢になる。否、もったいぶった――と感じたのは恐らく月彦だけだろう。由梨子にはそれが、単純に疲労によるものだということが痛いほどに解った。
「せ、先輩……お願いします、それだけは止めて下さい……」
「……って由梨ちゃんは言ってるけど、真央はどうしてほしい?」
何でそこで真央さんに振るんですか!――由梨子はそう泣き叫びたかった。何故なら、絶対に真央は――
「…………お願い、父さま…………真央の……お尻……犯して……?」
真央は頬をそめながら、自ら両手で尻肉を掴み、割り開いてみせる。自分の体のそんな様を見せつけられ、由梨子は目眩すら覚えた。
「……だそうだ。由梨ちゃん、悪いけど――」
「…………もういいです、好きにしてください」
由梨子は両手で顔を覆いながら、拗ねるような口調で言った。
(……どうして、そんなに息がピッタリなんですか)
さすが親子――と言うべきなのだろうか。或いは、月彦の意を汲むのが巧い真央の手柄というべきなのか。
「父さまぁ……お願い、早くシてぇ……」
「そう慌てるな、真央。……由梨ちゃんの体だから、万が一にも裂けたりなんかしたらいけないから――」
月彦は人差し指と中指の二本を白濁汁が溢れ出している秘裂へと宛い、それらの粘液を指に絡めてから真央が“おねだり”をしている場所へにゅぐりと埋めた。
「ひぁっ……ぁっ、あふ……!……ンッ……ぁっ、ぁあん!」
「……どうだ、真央?」
にゅぐり、にゅぐりと丁寧に指を動かし、ほぐしながら月彦が問う。尋ねるまでもない――と、由梨子は両手で顔を覆ったまま、しかし指の合間から一部始終を見ながら思った。
「あっ、あぁっ……ぁっ……スゴ、いのぉ……気持ちいいのが、びりびりって来るっの……あぁあんっ……ぁあっ……あはぁぁあっ!!」
「ほう……そんなに良いのか?」
「うん……凄く、いいの……指だけで、もうイッちゃいそうなの……あんっ! ぁっ……だめ、父さまぁっ……そん、なっ……早く、されっ……あんっ! あっ、あっ……だめっ、だめっ……イクッ……イッちゃう!」
びくっ、びくと下半身を震わせながら真央は喘ぎ、言葉の通り容易くイく。ヒクつきっぱなしの秘裂がまるで潮でも吹くように蜜を飛ばす様を、由梨子は指の合間からしっかりと見ていた。
「……本当にすぐイくんだな。……じゃあ、指じゃなくてこっちならどうだ?」
月彦が指を引き抜き、剛直を宛い、ゆっくりと埋めていく。
(っっ……ダメ、やめてください、先輩!)
由梨子の目から見ても、それは明らかにやりすぎに見えた。たっぷりほぐされたとはいえ、今にも裂けてしまいそうなほどに広げられたその場所に、ゆっくりだが確実に、剛直が埋められていく。
「あっ、ぁっ……ひ、広がるっ……裂け、ちゃうぅ!」
「大丈夫だ、真央。……力を抜け……ほら…………入ったろ?」
先端部がくぐり抜け、竿の辺りまでくると、月彦は真央の腰のくびれを掴み、ずんっ、と一息に根本まで突き入れた。
「あひィんっ! あっ……あっ…………す、ごい……お尻、ぐいいいって……広げられて、父さまに、犯されてるぅ…………」
上半身を完全に脱力させ、くたぁ……とベッドに伏せるようにしたまま、真央がとろけたような声を上げる。
「動くぞ、真央」
「あんっ! ま、待って……父さまぁ……ゆっくり、ゆっくりぃぃ……はあはあ……これ……スゴいのぉ……ゾクゾクって来て……背骨が、溶けちゃいそうなのぉ……」
真央の言葉の通り、月彦はゆっくりと抽送を行う。ぬらり、ぬらりと剛直の竿部分が腸内へと飲まれ、再び現れる――本来ならば自分ではまず見る事ができない――その様を、由梨子は知らず知らずのうちに食い入るように見入っていた。
「ぅっ……はっ、ぁ……」
ジュンッ……下半身に痺れのようなものを感じて、由梨子は思わず湿った息を吐いた。真央が――否、自分の顔がとろけるような表情になってしまうのも無理はないと思った。そう、認めたくはない、決して認めたくはないが――“アレ”にはそういった魔力があるのだ。
「あぁぁぁあっ、あぁぁあっ! ぁぁぁっ……ひぁぁあっ……とう、さまぁ……これ、スゴいのっ……ッぁん! ゾクゾク来て……何度も……なんども、イッちゃうの……お尻……凄く、いいぃ……」
「確かに、スゲー良さそうだな。…………真央、少し早くするぞ」
ゆっくりの動きのままでは俺がイけないからな――そんな事をぽつりと呟いて、月彦の動きが次第に加速していく。
「あっ、あっ、あっ……やっ……らめぇっ! とう、さまっ……おね、がっ……ゆっくり、ゆっくりぃぃ……やぁぁっ、ひぁっ、ひぃっ、ひぃぅっ! らめっ……こんなの……スゴすぎぃ……! どうにかなっちゃうぅ!」
剛直の動きが加速するにつれて、真央は不自然に体を跳ねさせながら殆ど悲鳴のように声を上げる。ぷしゅ、ぷしゅと小刻みに秘裂から潮を吹くのだが、そのサイクルがさすがに異常ではないかと、端で見ている由梨子には思えた。
「あ、あの……先輩……もう……」
「大丈夫だよ、由梨ちゃん。……真央、俺がイくまでくらい、我慢できるだろ?」
月彦は一端抽送を止め、真央に呼びかけた。真央は上体を伏せたまま、微かに両手で体を持ち上げると、必死に首を横に振った。
「むりっ……無理ぃぃ……しんぞうが……ばくばくって……変なふうになってるのぉ……とう、さま……お願い、これ以上、されたら……死んじゃう……」
「せ、先輩!」
「大丈夫だって。……真央がこういう時は、まだまだ大丈夫な時だから」
由梨子を安心させるように月彦は微笑み、そして再び抽送を開始する。
「やぁぁっ……! らめっ、らめぇええっ……い、イクッ……イき、過ぎて……おかしくなるぅう!」
「丁度良いじゃないか、真央。……由梨ちゃんの体でしか味わえないんだ、いまのうちにたっぷりと味わって、イけ!」
月彦の動きが、さらに早くなる。がくがくと、真央が全身を痙攣させながら、叫ぶ。
「らめっ、らめっ、らめぇ! ほん、ろに……らめっなろぉっ……ひんらうっ……ひぬっ……ひぬぅぅうッ!!」
真央の舌足らずな悲鳴は、月彦の動きが止まる寸前辺りで途切れた。
「んおぉっ……ッ……くっ……!」
剛直を根本まで埋めたまま、月彦が呻き、そしてそのままぐったりと脱力して真央へと被さった。そのままゼエゼエと呼吸を整えている様を、由梨子は固唾をのむようにして見守っていた。
「ふぅぅ……どうだ、真央…………良かったろ?………………――真央?」
月彦が体を起こし、剛直を引き抜くも、真央からの返事は皆無。――否、それどころか、ぴくりとも動かない。
「せ、先輩……もしかして……」
おろおろと膝立ちのまま由梨子がベッドへと駆け寄る中、月彦は徐に手を伸ばし、真央の口元へと当てた。しばらく、当て続けた。
「……ヤバい、由梨ちゃん」
そして、顔を一気に蒼白にした。
「真央が息してない!」
「…………ホントに死んじゃうかと思った」
二人がかりの決死の救命活動、蘇生処置の結果、辛うじて息を吹き返した真央の第一声がそれだった。
「俺も、本当に殺しちゃったかと思った」
「私も本当に殺されたかと思いました」
とりあえず見た目には大丈夫そうな真央の暢気な一言に、由梨子はほっと一息をついた。
「やー、すまん! 真央! ついいつもの調子でヤッちまった!」
「私も、大丈夫かなぁ、って思ってたんだけど、なんか本当に苦しくて、死んじゃいそうだったから…………」
でも――と、真央は不意に言葉を切り、ぽっと顔を赤らめて頬に手を当てる。
「父さまにイかされながら殺されちゃうっていうのも、ちょっとイイかも……」
「良くありません!」
とんでもない事を言い出す親友に、由梨子はもう我慢できないとばかりに声を荒げていた。
「やるなら、私の体じゃなくって自分の体でやってください! それに、先輩も先輩です! 壊さないで下さいってちゃんとお願いしたじゃないですか!」
「ご、ごめん……だってほら、真央が――」
「真央さんだってちゃんと止めて、って言ってたじゃないですか!」
「それはそうだけど……真央の場合、“止めて”っていうのは“もっとシて”って意味だし……」
「………………じゃあ、真央さんが本当に止めて欲しいときはどうやって判断してるんですか?」
「………………。」
「………………。」
月彦と真央、無言のまま二人して顔を見合わせる。
「……そういや、そういう時真央はどうしてたっけ」
「私、父さまにされた事で本当にイヤだったことなんて一つもないよ?」
ああ、ダメだこの父娘――由梨子はがっくりと肩を落とした。
「……とにかく、二人とも……早く服を着て下さい。……もう、日が落ちちゃいましたから、真央さんも……早く帰った方がいいと……思います」
「そ……れもそうだな。真央、一人で帰れるか?」
手早く着衣しながら、うんと真央は頷く。
「本当に大丈夫ですか? 一応病院とかで見てもらったほうが……」
「大丈夫だよ! ちょっと失神しちゃっただけだし」
ぐっ、と親指を立てて見せる真央に、由梨子は不安の色を隠しきれなかった。
(…………人の体だと思って……)
と、つい思ってしまう。同時に、真央がそういうつもりなら自分も何一つ遠慮などしなくてはいいのではないかと由梨子は思い始めていた。
真央が宮本邸へと去り、程なく葛葉も買い物から戻ってきた。後学のためにと、由梨子は葛葉の夕食の手伝いを進んでかって出た。その間、月彦はといえば、居間のテーブルの上の花瓶に挿された一輪のカサブランカ――葛葉曰く、買い物帰りに新しく出来た花屋の前を通ったら、店員がただでくれたとの事――をしげしげと見ながら何度も首を傾げていた。
「先輩、あのっ……」
夕飯が終わり、片づけを手伝った後、由梨子は二階の自室へと上がろうとしていた月彦の袖を強く引いた。
「今日は…………私、先輩と一緒に……お風呂、入りたい、です」
「うん、俺は全然構わないよ。……じゃあ、準備して一緒に脱衣所に行こうか」
「は、はい!」
今日一日真央に好き勝手にされた事を思えば、これくらいのワガママは許される筈だと、由梨子は大急ぎで着替えを用意して脱衣所へと向かった。
「じゃあ、まずは俺が由梨ちゃんの背中流してあげるよ」
浴室へと入るなり、由梨子は早速に風呂椅子へと座らされた。ざばぁ、ざばぁと何度か湯をかけられた後、スポンジでごしごしと背中が擦り上げられる。
「……所で、由梨ちゃん」
「はい……?」
「“前”は自分で洗う?」
どきん、と。月彦の質問に心臓が跳ねた。
「ええと……ぁあんっ!」
そして迷う由梨子を追い立てるように、今度は尻尾がワシャワシャと洗われる。ただでさえ敏感な場所にボディソープを塗りたくられ、擦るようにして刺激されて由梨子は早くもモジモジと身をくねらせてしまう。
「……ぅっ……前、も……せ、先輩に……お願い、したいです……」
そして、羞恥に頬を染めながら、由梨子は己の本音にしたがった。
「スポンジと手、どっちがいい?」
そんな由梨子に、月彦がさらに選択肢を突きつけてくる。えっ、と由梨子は一瞬かすれた声を上げて、しばし逡巡した。
「あ、あの……じゃ、あ……手で、お願いします……」
迷った挙げ句、由梨子が選んだのは本音――即ち体からの欲求そのままだった。
(だって――)
と、由梨子は恥じ入る己の心に言い訳をせずにはいられなかった。
(目の前で、あんなコトされたら……)
本来の自分の体をああも弄り回され、喘がされ、イかされて何も感じない女など居る筈がない。ムラムラしてしまうのは至極当然の事であり、自明の理だと。何ら恥じることはないのだと、由梨子は誰に言うでもなく、己の心に弁明をした。
「解った。……じゃあ、手で洗うよ?」
「は、はい…………んんっ!」
にゅるん、と脇の下から月彦の手が生えてきて、そのままむんずと胸元を掴んだ。
「あん……!」
にゅり、にゅりとボディソープを潤滑油代わりにしてこれでもかと胸元が揉みしだかれる。その手つきはいかにも慣れていて、聞かずとも“この洗い方”がセオリーなのだと由梨子にも解った。
「せん、ぱい……し、下のほうも……おねがい、します……」
たっぷり五分ほど胸元を揉みしだかれ、由梨子は堪らず催促の声を出した。にゅるり、と月彦の指が由梨子の腹を滑り、下腹の方へと伸びてくる。
「あぁぁん! あんっ……あぁっぁっ……あふっ……ぅぅ…………」
にちゃにちゃと浴室に隠微な音を響かせながら“洗われ”て、由梨子はそれだけでもうとろけてしまいそうだった。すぐにでも振り返り、月彦の体にしがみつきながら“おねだり”をしてしまいそうになるのを必死に堪え、我慢する。
(……でも、真央さんならきっと……)
ここで我慢などしないのだろうな、と。どこか冷静な部分で同時に思っていた。ここで我慢をするか、しないかが自分と真央の分かれ目なのだと。
「あぁぁぁっ……ぁぁぁっ!」
月彦の手が秘裂を離れ、今度は尾の付け根をやさしく擦り始める。ゾワゾワとした快感に由梨子は堪らず身震いをした。気を抜けば容易く達してしまいそうであるのに、それが出来ないのは例の“月彦の許し無くイく事はできない”という縛りの為だろうか。
ならば――。
「せん、ぱい……!」
我慢が出来るのが、自分と真央の違い――そんな自尊心めいたものなど、ものの数分で瓦解してしまっていた。由梨子は自ら月彦の右手首を掴み、上半身を捻るようにして如実に目で訴えかけた。
「由梨ちゃん?」
「あのっ……私、もう…………ほ、欲しい……です……」
否、目だけではない。由梨子は全身が燃えるような焦燥感に突き動かされ、矢も楯もたまらず訴えてしまっていた。
「お願い、します……私……本当は、夕方の……先輩と真央さんがシてる時、から……ずっと……我慢してて……」
「うんうん。解ったよ、由梨ちゃん。…………だけどその前に、俺の背中も流してくれないかな?」
「そんな……」
由梨子は泣きそうな声を上げるも、確かに月彦の言う事が妥当のようにも思えて、渋々了承した。椅子を月彦へと譲り、今度は由梨子が背後に膝立ちになる。
(先輩の……背中……)
そうして月彦の裸の背を見ているだけで、ゾクゾクともムラムラともつかない衝動に駆られてしまう。このまま無理矢理浴室のタイルの上に押し倒してしまおうか――そんな欲求が行動に移る寸前にまで膨れあがるも、由梨子は辛うじて頭を振って打ち消した。
「あの、じゃあ……洗いますね?」
「最初は普通に頼むよ」
それはボディソープを胸元へと塗りたくり、いざ抱きつこうとした由梨子に釘を刺すような言葉だった。うぅ、と由梨子は少しだけ涙目になりながらもスポンジに改めてボディソープを塗りたくり、月彦の背中をごしごしと洗った。洗いながらも、下半身は焦れったげにくねり、尻尾もまた不機嫌そうにびたん、びたんと浴室のタイルを叩いていた。
由梨子は焦れと戦いながらも、丁寧に月彦の背中を洗い、湯で流した。流した後で、待ちかねたように背後から抱きつき、巨乳を擦りつけるようにして体を上下させた。
「おおうっ……いいね、由梨ちゃん。……すっげーいいよ、それ…………そうだ、折角だから……アレやってもらおうかな?」
「アレ……?」
「うん、ほら……せっかくだから。由梨ちゃんに胸でシてほしいなーって」
「胸で……ですか?」
月彦の言わんとする事はすぐに由梨子にも理解できた。できたが、内心少し複雑でもあった。
(……確かに、“それ”は……今しか出来ない事……ですけど……)
否、自分とてもう少し成長すればきっと出来るようになるはずだ――その際の訓練だと思えばいいのではないか。由梨子は珍しくポジティブに捉え、そして頷くと月彦に浴槽の縁へ座り直すように促した。
「じゃ、じゃあ……します、ね?」
既に、これでもかというほどに胸にはボディソープがぬりたくられている。由梨子は早速に屹立しっぱなしの――萎えている所など、そういえば見たことがないような気さえする――剛直をむぎゅっ、とたっぷりの質量で挟み込んだ。
「んぁっ、やっ……!」
つい、声を上げてしまったのは、巨乳で挟み込んだ途端、その谷間でグググッ、と剛直が質量を増したからだった。そう、まるで剛直自身がそうして挟み込まれる事を喜んでいるかのような、そんな錯覚すら覚えてしまうほどに力強く、堅く反り返っていた。
「由梨ちゃん、動いて」
「は、はい……!」
にゅり、にゅりと剛直を挟み込んだまま、由梨子はゆっくりと体を上下させる。その都度、谷間で柔肉と剛直が擦れ、思わず声を出してしまいそうになる。
(やっ……なんで、こんな…………)
月彦に胸を揉まれた時も、何故ここまで感じてしまうのか由梨子は謎だったが、その謎など今自分が感じている快楽に比べれば些細なものだった。
(まる、で……本当に、挿れられてる、みたい……)
びくっ、びくと乳肉の間で剛直が震える度に由梨子もまた尾の付け根から迸る痺れるような快楽にうっとりと瞳を濡らしてしまう。
「あぁっ……いい……すげー巧いよ、由梨ちゃん…………とても、初めてとは思えない」
月彦の言葉はお世辞ではない――と、少なくとも由梨子には聞こえた。が、その手柄の大半は自分ではなく真央の体によるものだと理解もしていた。恐らくは、骨身に染みるほどにこの動きを覚え込まされているのだ。そうとしか思えないほどに、あまりにもスムーズに何もかもが出来てしまうのだ。
(あっ、もうすぐ……)
そして、ビクビクと震える剛直の感触から、程なく月彦が限界に達するであろうことまで由梨子には解った。――同時に、ごくりと。人知れず由梨子は生唾を飲み込んでいた。
(欲しい……先輩の……)
どろりとした、濃厚な牡液――それを直接喉で感じたい。飲み込むなどと生やさしいものではなく、直接流し込まれたい――そんな欲求が沸々と“肉体”の方から沸き起こる。由梨子はにゅり、にゅりと乳擦りを続けながら、己の希望を込めるように濡れた目で月彦を見上げた。
月彦は、くすりと笑った。
「……由梨ちゃん。……かけてもいい?」
ゾクゾクゾクゥ――!
月彦にそんな言葉をかけられた瞬間、雷に打たれたような快楽が不意に襲ってきて、由梨子はたちまちイきそうになってしまう。
(せん……ぱい?)
変だ――と、由梨子は思った。こちらの意志は、間違いなく月彦に伝わったという実感があった。なのに、何故それを無視するような事を言うのだろう。
「ンッ……ぁっ…………ぁっ……」
気がつかなかったわけはない。ならば、意図的に無視したのだ。喉に出して欲しい、飲ませて欲しいという身を焦がすような想いを知った上で、あえて。
ゾクッ! ゾクゾクゥッ!
そのことを実感するなり、またしても寒気にも似た快楽が背筋を走る。尻尾が総毛立ち、キュンキュンと下腹に痺れのようなものを感じて由梨子は思わず太股を閉じてしまった。
「ぅ……お願い、します……かけて、下さい……」
そして気がついたときには、濡れた目で月彦を見上げながらそう呟いてしまっていた。こちらの気持ちなど全て見透かした上で“意地悪”をされているのだと解っていても逆らう事など出来ない――否、そうして自分の意向が無慈悲に却下される事自体、身震いするほどに嬉しくさえ思えるのだ。
「ぁっ……やんっ……!」
巨乳の合間でぶるりと剛直が震え、白濁の塊がしとどに顔面へと降り注ぐ。ねっとりと熱い、ゲル状の子種をたっぷりと受け止めながら、由梨子は全身を喜びに打ち振るわせていた。
(だ、め……早く、自分の体に戻らないと――)
禁忌なまでに心地よいその感触に酔いしれながらも、思った。
(このままじゃ……私……真央さんの体に調教されちゃう……)
そして、そうされる事がさほどにイヤではない自分が、由梨子は恐ろしかった。
結局、風呂場では一度も抱いてもらえなかった。無論由梨子は幾度となく視線で、仕草で、そして時には言葉で露骨にアピールをしたが、月彦はけんもほろろだった。
(……真央さんの気持ちが……よく分かる……)
居間のソファで月彦と肩を並べてバラエティ番組を見ながら、由梨子は恨みがましくそんな事を思った。きっと、こうして露骨に焦らされるのは何も自分に限ったことではないと。普段から真央がされている事なのだろうということは容易に想像がついた。
由梨子自身、真央の性欲のすさまじさは常日頃から殆ど呆れるような思いをさせられていたし、そこまで貪欲に求めずにはいられないものなのだろうかと、首を捻りもした。――しかし、実際に真央の体を得てみて、自分の意見は間違っていたと確信した。
(……こんなの、誰だって……我慢なんか出来るわけない)
すぐ側に月彦がいるというだけで自分の意志とは無関係に体が火照り、疼いて止まらない。可能ならば今すぐにでも押し倒されて、ケダモノのように犯されたいのにそれが叶わない。中途半端に体を触られれば、疼きは二倍三倍に膨れあがり、決して自然に収まる事はない。
「せ、せんぱい……もう……そろそろ、上に……」
「待って、由梨ちゃん。これだけ、この番組だけ見させて」
先ほどから何度こうして上に行こうと切りだしただろうか。そしてその全てが却下され、由梨子は殆ど涙目になりながらも――その実、そうして焦らされる事が身震いするほどに気持ちよかったりするからまた厄介なのだが――結局は月彦の意志には逆らえず、風呂を上がってからかれこれ二時間ほども愚にもつかないテレビ番組を見せられつづけていた。
「先輩! お願い、ですから……」
由梨子はくねくねと体を捩りながら、耐えかねたように月彦の手を掴み、自らの方へと引き寄せる。ふぅ、ふぅ――そんなケモノじみた息づかいで肩を揺らしながら、その手をパジャマのズボンの方へと誘導し、両足で挟み込むとさすがにこれには月彦も驚いたらしかった。
「由梨ちゃん?」
「はぁ……はぁ……せんぱい……私、もう……我慢出来ません……」
しゅり、しゅりと月彦の腕に股間を擦りつけるようにしながら、由梨子は切なげに訴えかけた。否、事実切なくてたまらなかったのだ。こんな恥知らずな事までやらかしてしまう程に、性欲に狂いかけていた。
「…………解ったよ、由梨ちゃん。…………思いの外早かったな」
「えっ……?」
「何でもない。……じゃあ、早速部屋に行こうか」
月彦はテレビを消して立ち上がり、居間の灯りを消しながら二階へと上がった。無論由梨子も影のように月彦に寄り添い、その後に続いた。
やっと、望みが叶う。抱いてもらえる――内心歓喜にむせび泣く由梨子を待っていたのは、なんとも不可解な展開だった。
「あの……先輩……これは……?」
部屋へと入るなり、由梨子はベッドに座らされ、そして奇妙なものを装着された。それはアイマスクと、そして両手を後ろ手に拘束する革製の拘束具だった。
「うん、まぁ……なんていうか……ちょっとした“遊び”だよ」
「あ、遊びって……」
「真狐がああ言う以上、多分明日には元に戻る方法が解るだろうし。…………だったら、今夜のうちに今しか出来ない事はやっといたほうがいいかな、って」
「ええと……先輩……よく、解らないんですけど……――ひゃんっ」
暗闇の中、突然パジャマの上から胸を掴まれて、由梨子は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「あっ、やっ……せ、先輩……急に、何を……あぁぁっ……」
「うんうん、ちゃんと真央を習ってブラはつけてないな。感心感心」
そんな事を呟きながら、月彦はパジャマの上から好き放題に胸を揉みしだく。
「あっ、んっ……あぁっ、ぁっ……やっ、せん、ぱっ……はぁはぁ……ンンッ!」
高校生離れした質量をむぎゅむぎゅと捏ねられるたびに、まるでその巨乳の中に溜まっていた媚薬が全身へと絞り出されているような――そんな錯覚すら覚える程に、由梨子はたちまち脱力し、とろけてしまう。
(あぁっ、だめっ……胸、だけで――)
由梨子の快感が極みに達そうとした所を見計らうかのように、唐突に胸元から月彦の手が離れた。
「えっ……」
はぁはぁと肩を揺らして呼吸をしながら、由梨子は困惑の声を上げずにはいられなかった。
「せ、先輩……どうして……」
目隠しをされているから、月彦が今何をしているのか、どういう顔をしているのか、何も解らない。忽ち体を襲ってくる焦れと不安、そして期待に由梨子はますます体が火照ってくるのを感じた。
「せ、先輩……んんっぐぅ……」
由梨子の言葉を邪魔したのは、唇の中に入ってきた指だった。恐らくは人差し指と、中指。
「んぁっ……んんっ、ちゅっ……んっ……」
差し込まれた指を、由梨子は一も二もなくしゃぶった。唇をすぼめて吸い付き、舌を絡め唾液を絡め、はしたなく啜った。そうして由梨子が夢中になってしゃぶり始めると、またしてもあっさりと指が引き抜かれてしまった。
「あぁん……」
つい、そんな不満そうな声を漏らす由梨子の頬を、唾液に濡れた指が這う。そのまま胸元の辺りまで降りて来るや、ぴん、ぴんと指先で弾くようにしてパジャマの前ボタンが外された。窮屈にしまわれていた両胸が忽ちまろび出るが、しかし触ってはもらえない。ただ、自分でもはしたないまでに先端がピンとそそり立ってしまっているのだけは解った。
「あっ、ンッ!」
そのピンと立った先端を、突如キュッと掴まれる。
「あっ、やっ……せ、せんっ、ぱっ……痛い、です……!」
そのまま、捻るようにしながら強く引かれ、由梨子は溜まらず悲鳴を上げた。上げながらも、先端からピリピリと電気のような快楽が走り、全身へと伝播していくのを感じていた。
「あぁぁッ……ぁぁぁぁぁぁっぁァァ!!」
ゾクゾクゾクゥッ!
胸の先端から走る痛みにも似た快楽に、尾の付け根から背筋に向かって痺れが走る。もう片方の先端も同じように摘まれ、キュウと捻られると溜まらず由梨子は声を上げてよがっていた。
「あぁッァッ! あぁぁっ……せん、ぱい……やっ……それ、ダメッ……です……ぁぁぁっ……だめっ、だめっ……もう、……い、意地悪……しないで、下さい……」
もじもじとパジャマのズボンを摺り合わせながら、由梨子は堪らず懇願していた。欲しい、早く欲しい。欲しくて欲しくて堪らない――こんな、子供の悪戯のような愛撫では最早満足など出来はしない。
不意に、くすりと。小さな笑い声が闇の中から響いた。
「あっ……」
胸の先端を抓っていた指が離れ、くいと。由梨子は顎を持ち上げられるのを感じた。
「んんっ……んっ、ちゅっ、んんっはっ、んんっ!!」
そして、次の瞬間には唇が奪われていた。同時に、むぎぅ、と胸元を強く掴まれた。
(やっ……せん、ぱい……ぁあっ……ぁぁぁぁぁぁ!!!)
暗闇の中、由梨子は視界に火花が散るのを感じた。むぎゅ、むぎゅとまるで小麦粉の塊でも捏ねているかのような力強さで巨乳を弄ばれながらのねっとりとしたキスによる快楽はそれまでのちゃちな愛撫の比ではなく、“本来の体”の時の絶頂時にも等しいそれを連続的に与えられているかのようだった。
「んく、んくっ……んんっ、んんんっ!!!」
由梨子は拘束されている両手の指を引きつらせながらも、それらの愛撫を強制的に受け入れざるを得なかった。
(ぁっ、ぁっ、だ、めっ……い、イくっ……イクッ!)
何度、そう思っただろうか。舌を絡め合い、時には吸われ時には吸い、胸を強く揉まれ乳首を抓るようにして刺激され、由梨子は何度も何度もイきそうになった――が、イけない。最後の最後で一線を越えられず、もどかしさばかりが募っていく。
「ンンンッ!!!!!」
さらに、月彦の手が尻尾にまで伸びてきて、由梨子は唇を塞がれたまま引きつった声を喉奥で上げた。こしゅ、こしゅと尻尾の付け根を優しく擦り上げられるだけで容易くイきそうな快楽が全身を襲うのに、それでもイかせてもらえず、由梨子は幾度となく全身を不自然に痙攣させた。
「ふ、ぁ、ぁ……せん、ぱ…………も、ゆる、して……くだ、さ……こんなの…………し、死んじゃい、ます……」
たっぷり1時間ほどはそんな事を繰り返され、漸く唇を解放された由梨子は辛うじて懇願の言葉を口にした。が、闇の中帰ってきたのは、くすりと小さな笑みのみだった。
「由梨ちゃん」
狐耳の側で、そんな月彦の優しい声が聞こえた。
「……“イけ”」
しかし、その次に続いた言葉は到底同じ人物の口から発せられたとは思えない程に冷たく、無慈悲な“命令”だった。
「ぇ……ぁっ、ンぁぁッ!?」
そして、その“命令”を耳にした瞬間、ゾクリと。由梨子は背筋が凍るような痺れと共に体が大きく跳ねるのを感じた。
「もう一度だ。イけ」
「ひっ、やっ……せ、せんぱっ――ああああァッ!」
ゾクッ、ゾクゥ!
月彦に冷たい声で囁かれただけで、体が跳ね、強制的に絶頂を味わわされる。信じられないという思いと、今まで味わった事の無い類の快楽に、由梨子は混乱した。
「もっとだ」
「ひゥッ……! んぁっ、やっ……せん、ぱっ……止めっ……あンッ!」
イけ、と耳元で囁かれるだけで、尾の付け根から痺れるような快感が走り、イッてしまう。体が跳ね、秘裂から濃い蜜が迸り、己の意志とは無関係にとろけるような声が出てしまう。
「どう、由梨ちゃん。……“こういうの”は今しか味わえないだろ?」
「はぁ……はぁ……わ、私は、別に……ンンッ……」
いつの間にか月彦は背後に回っていたらしい。由梨子は俯せにベッドへと倒され――そして丹念に尾の付け根を弄られ、条件反射的に膝が立ち、尻だけを持ち上げるような格好へとさせられる。
「お遊びはここまでだ。……由梨ちゃん、ここからは好きな時にイッていいよ」
パジャマズボンと下着が、同時に下ろされる。ぐにっ、と尻肉が掴まれ、両手の親指でくぱぁと秘裂が開かれるのが解る。
「せん、ぱい……ぁっ……ァッ、あぁぁぁああッ!!!」
つん、と堅いものが当たったと思った時には、容赦なく剛直が挿入されていた。
「かはあっ、かひぃっ……はぁはぁっ……やっ、せん、ぱいの……昨日、より……」
「うん、興奮してるかもしれない。…………ぶっちゃけると、元々Mの真央を躾るより、隠れSの由梨ちゃんをこうして無理矢理っぽくヤッちゃう時の方が……興奮するかもしれない」
「わ、私は……隠れSなんかじゃ……ンンッ!! ぁああァッ!!」
剛直が引かれ、ずんっ、と突き上げられただけで、由梨子は軽く達してしまった。勿論、由梨子がイッたからといって、月彦が容赦をするわけもねい。
「ひぅっ、はぁんっ! ぁあっ、んんっ、ぁああっ、ぁんっ! ぁう!」
極太の剛直が出入りするたびに、由梨子は軽くイき、腰を跳ねさせた。口はもう涎まみれの喘ぎを出す事しか許されず、快感漬けの体は由梨子から正常な思考力と理性を奪っていく。
「くっ、ぉ……やっぱり、焦らした後の、真央の体はっ……くはっ……たまんねぇ……」
腰のくびれをしっかりと掴み、己の方へと引き寄せるようにしながら好き勝手に突き上げる月彦にももう、およそ余裕というものは無いらしかった。
「ぁあっ、ぁあっぁっ……せん、ぱっ……せんぱい……あぁぁあんっ!」
由梨子もまた、そうして好き放題に突き上げられ、何度も何度も小刻みにイかされながらも自ら腰をくねらせるようにして快楽を貪った。
「せんぱいっ……せんぱい、せんぱい、せんぱいっ……! お願い、します……最後は……中に、ナカにぃ……!」
はぁはぁ、ぜぇぜぇ。
由梨子は悶えながら、“本能”からの欲求をそのまま口にしてしまっていた。
「ナカに……下さいっ……先輩の、精液……下さい……はぁはぁ……濃いの……いっぱい……いっぱい下さい!」
「……由梨ちゃんがそんなにストレートに“おねだり”するなんて珍しいな。…………解ったよ、由梨ちゃんの、望み通りに……っ……」
月彦の動きが、変わる。互いに快楽を得る為の動きから、自分がイく為だけの動きに。由梨子は経験からそのことを悟り、そして由梨子以上に真央の体のほうがやがて来る射精に供えるかのように体を火照らせ、感度を跳ね上げていく。
「あぁんっ! ぁんっ、あっあっ、あっ、ぁっ、ぁっ、ぁっぁっ、ぁっ……せん、ぱい……せんぱい、せんぱいっ……ぁぁぁあっ、あっ、あぁぁぁあああアァァーーーーーッッッ!!!!!」
最後の瞬間、月彦が被さるように抱きしめてきて、同時に子宮口にこすりつけるように押しつけられた剛直の先端から特濃の白濁が迸る。
「ああぁあぁァァッ! あッ、ンッ……ぁあッ、ひぅっ……んぁぁッ!!」
びゅるっ、びゅるぅうッ!――己の体内に注ぎ込まれる熱い液体の感触に、由梨子はイきながら悶え、声を上げずにはいられなかった。両腕を拘束されていなければきっとベッドシーツをかきむしり、つかみ、引き寄せていたことだろう。
「くはぁぁぁっ……し、搾り取られるっ…………!」
月彦もまた由梨子の体を息苦しい程に抱きしめながら、苦痛めいた声を漏らしていた。射精は何度も何度も、普段由梨子が受けているものの倍近くも長く続き、そして漸く終わった時には腹部に圧迫感すら覚えた。
「フーッ…………フーッ…………フーッ…………」
そんな荒々しい息づかいが月彦のものなのか、それとも己のものなのか。由梨子にはその判別すらつかなかった。
「せん、ぱい……あぁんっ! あんっ! やっ、だめっ……です、まだ、動かなっ……あぁぁあんっ!!」
にゅぐり、にゅぐりと。月彦が動きマーキングを行うと、脱力しきっていた体が勝手に跳ね、同時にとろけるような快楽に由梨子は包まれた。
(あっ、あぁぁぁっ…………!)
腹部に感じる熱は、先ほどたっぷりと注ぎ込まれたものの証だ。そして今、さらにそれらを秘部に塗りつけるかのように動かされ、由梨子は女としての至福を感じていた。
(私……今、先輩のものにされてる……)
勿論、普段は全く同じ事を真央が感じ、思っているのだが、まともな思考力の残っていない頭では、そこまで察する事はできなかった。
慣れぬ体も二日目ともなれば、前日よりも慣れる。ましてや、昨日は真央に対する負い目や戸惑いもあった。しかし、それらから解放されれば、後は肉体の欲求のままにケダモノとなるだけだった。
そう、ひとたび“それ”に慣れてしまえば、元々そういった行為が嫌いというわけでもない由梨子としてもある意味では望むところと言えた。従来の自分の体とは違い、イかされ過ぎて命を失ってしまうのではないかというような心配は皆無。本能の赴くまま欲求の赴くままに快感を貪る事の出来る真央の体を手放さねばならない事が惜しくすら思えてくる程に、由梨子は一晩かけて身も心もどっぷりと快楽漬けにされた。
「ふぁっ……やぁっ、せん、ぱっ……も、ぁっ、ぁぁぁぁぁッ!」
初めは後ろから、次は前から。拘束を解かれ目隠しも外されてさらにもう一度後ろから。次はそのまま後方に引き倒され、無理矢理跨るような形にされて散々に下から突き上げられた後に中出しをされた。
さらに上に跨ったままもう一度、横に寝かされ足を開かされ交差位で一度、次は立たされ壁に手を突かされて背後から――。
一体何度そうして体位を変えられイかされたか知らない。しかし、最後は決まっていたかのようにベッドの端へと座った月彦と向かい合うような形で抱きしめあっての座位であり、三桁に達しそうな程にイかされた由梨子はさすがに息も絶え絶えになりながらも達し、下腹部に白濁のうねりを受けながら――
「んくっ、んんっ、んんっ……んんっ……」
考えての事ではない。条件反射――そうする事を体自体が覚えているかのような動きで、由梨子は力もろくに入らない両手を月彦の背へと伸ばし肩に指をひっかけるようにして唇を重ね、絶頂の余韻に浸りながら長い、長いキスをした。
「あむっ、んんぅっ……んんっ……ちゅっ……んっ……んんぅ……」
迷うことなど何もない。全ては“体”が覚えていた。キスをしながら腰をくねらせ、ふしだらな乳を擦りつけるようにしながら、由梨子は全身で月彦に甘えた。
「…………まるで、真央とシてるみたいだ」
ぽつりと、苦笑混じりに月彦は呟いて、そしてそのまま後方へと体を倒した。由梨子もまたそのまま月彦の隣へと寝そべり、身を寄せた。
日の出までそう時間は残っていないと解ってはいても、今は気怠さに身を任せ静かに目を閉じていたかった。
「戻し方、解ったわよ」
いっそこのまま、本当に戻れなくなるのもアリかもしれないと、ほんの少しだけ本気で考え始めた矢先だっただけに、翌日の放課後月彦の部屋に三人集うなり現れた真狐がしたり顔でそう言った時、由梨子だけが素直に喜べなかった。
「本当か! よくやった、真狐!」
「母さま、スゴい!」
「そーでしょ、そーでしょ、ふふん。もっと褒めなさい」
真狐はさも鼻高々といった具合に昨日同様勉強椅子へと腰掛け、足を組む。
「……あら? ひょっとして由梨子ちゃんは元の体に戻りたくないのかしら?」
そしてめざとく、浮かぬ顔をしている由梨子へと目をやるなり、そんな意地の悪い呟きを漏らした。
「あっ、いえ……そんな事……ないです……私も、早く……自分の体に戻りたいです」
「ふぅん? まぁいいけど」
真狐は由梨子の心の内など見透かしたような笑みを浮かべるも、ついと視線を月彦と真央の方へと戻した。
「で、肝心の戻し方なんだけどさぁ、どっちがいい?」
「どっちって……なんだ、二つも方法があるのか?」
「そ。簡単に言えば…………“危険な方法”と“危険じゃない方法”の二つ。どっちがいい?」」
「………………そんなの、選ぶまでもないだろ。勿論危険じゃない方法だ」
なぁ真央?――と月彦は真央に同意を求めるが、真央はといえば何かが引っかかるといった顔で容易には頷かなかった。
「由梨子ちゃんはどっち?」
「えと……私も……危険じゃない方法のほうが……」
由梨子もまた、月彦と同意見だった。一つの結果を得る為の手段として、危険な手段と危険ではない手段があるとすれば、前者を選ぶ者などまず居ないだろう。――何か、特殊な事情でもない限りは。
「……母さま、その“危険じゃない方法”って本当に危険じゃないの?」
「当たり前でしょ。危険はないから危険じゃない方法って言ってるんじゃない」
ニヤニヤと、真狐は意味深な笑みを止めない。ここにいたって、由梨子にも漸く真央が素直に頷かなかった理由が分かりかけてきた。
「……まて、俺にも何となく解ってきたぞ。……おい真狐、危険な方法ってのは具体的にどういう方法なのか説明しろ」
「何よ、その高圧的な態度。月彦、あんた自分の立場とか解ってんの?」
あーあ、このまま帰っちゃおうかなぁ――真狐がそんな呟きと共に椅子から立ち上がってしまい、月彦はぐぬぬとうめき声を上げながらすぐに頭を下げた。
「……解った。俺の言い方が悪かった。…………危険な方法ってのはどういう方法なのか教えてくれ」
「ふん、最初からそう言やいいのよ。…………危険って言っても、別に難しいことは何もないわ。あんたたちが最初にやった事をもう一度やるってだけの事よ」
「私たちが……」
「最初にやったこと……?」
真央と由梨子が互いに顔を見合わせる。
「そ。つまり、もう一度二人抱き合って階段から落っこちるのよ」
「なっ……そんな危ねー真似できるわけねーだろうが!」
「だから危険な方法って言ってるんじゃない」
「第一、そんな事で本当に元に戻れるのかよ!」
「戻れるんじゃない? だってそもそも最初に入れ替わっちゃったのだって、一緒に階段おちたからなんでしょ?」
「……おい、まさか…………それだけを根拠に言ってるわけじゃねえだろうな?」
「さー? どうかしらね。くふふっ」
真狐は笑いながら、眼前の女を怒鳴りつけたいのは山々だが後輩二人の為に機嫌を損ねるわけにはいかないという板挟みから金縛り状態になっている月彦の鼻を指先でちょんと突く。
「……あの、真狐さん……それで、危険じゃない方法っていうのは……」
「ん。そんなの、もう薄々解ってるんじゃないの?」
けろりと、真狐はまるで解って当然のように言うが、少なくとも由梨子には見当すらつかなかった。
「ねえ、母さま……それってもしかして……」
ただ一人、真央だけが察しがついたのか、真狐の側へと歩み寄るとその狐耳の中へとごにょごにょと囁いた。
「うんうん。さっすがあたしの娘、カンが良いわね。」
「……わからん! ちゃんと説明しろ!」
怒りを含んだ声で月彦が促し、由梨子もまた「真狐さん、お願いします」と懇願した。
「つーまーりぃ。絡み合うのよ、あんた達二人で」
「えっ……?」
由梨子は始め聞き間違いかと思ってしまった。
「ドロッドロのグチョグチョになるまで絡み合って、どこからどこまでが自分の体か解らなくなるくらいイきまくれば、自然と元の体に戻れるわ」
「そ……んな……そんな事で……本当に元に戻れるんですか?」
と、つい由梨子は本音を口にしてしまった。ただ、二人で絡み合っただけで、この異常事態が元に戻せるとは由梨子にはどうしても思えなかった。
「勿論、ただ絡み合っただけじゃ成功率は低いわ。だから――」
真狐はもぞもぞと体中をまさぐり、そしてああそういえばここにしまっていたと言わんばかりにたわわな胸元から小さな布袋を取り出した。さらに袋をひっくり返し、中に入っていた丸薬を二粒手にとると、それぞれ真央と由梨子へと手渡した。
「とっておきの秘薬よ。あんた達みたいなケースに効くかどうかはわからないけど、飲まないよりは飲んだ方が成功はしやすいと思うわ」
「秘薬……ですか」
由梨子は手の中にある黒い丸薬と、真狐の顔、そして真央の顔を順番に見る。真狐の話を疑っているわけではないのだが、完全に信じ切る事が出来ないのも事実だった。
(ううん、真狐さんっだって……真央さんは元に戻したい筈……)
だから、きっとこれは本当に自分たちを元に戻すために必要な事なのだろう――由梨子はそう思いこむ事にした。
「……解りました。真狐さんの言うとおりに、します」
由梨子は意を決し、丸薬を飲み込んだ。それを見てから、真央も同じように丸薬を飲み込んだ。
「ふふ、飲んだわね。言い忘れたけどそれ、少しだけ媚薬も混ぜてあるから、すぐに体のほうも熱くなってくる筈よ」
「えっ……そんな……!」
と、絶句したのは由梨子だけだった。月彦も、そして真央も「やっぱり……」と言わんばかりの顔をしていた。
「ぁっ、ぅ…………くふっ……」
たちまち、由梨子は体が火照り始めるのを感じて肩を抱いた。ばかな、いくら媚薬を飲まされたとはいえ早すぎる――そんな疑問は、加速度的に高まる興奮によってすぐにどうでもよくなった。
「あら、もう効き始めたのかしら。ほらほら、遠慮しないでベッドに上がっちゃいなさい」
「あっ、やっ……真狐さっ……んぅ……」
真狐に腕を引かれ背を押されるようにして、由梨子はベッドの上へと登らされる。隣には、同じくほんのり赤い顔をして呼吸を乱している真央が居た。
「真央、さん……」
「由梨ちゃん……」
否、由梨子の目に映っているそれは、紛れもない己の体だった。まるで鏡を見ているかのように、眼前で自分が体を火照らせ、肩で息をするようにして発情している。
(ぁ……そっか……)
今の真央と絡み合う、という事は即ち、“自分の体”とするという事なのだという事を、由梨子は今更ながらに理解した。
(…………でも、シないと……元に、戻れない……)
抵抗を感じないと言えば嘘になる。そしてそれは恐らく真央も同じなのだろう。しかし体の奥底から突き上げる衝動に抗い切れぬ様に、どちらともなく手を伸ばし、指を絡め合う。徐々に身を寄せ合い、腕を絡め足を絡め、最後には唇を重ね、互いの舌を舐め合うようにしてキスが始まった。
「あらあら……もっと躊躇すると思ったのに。あんたたち、随分慣れてるみたいじゃない。……媚薬は余計だったかしら?」
そんな真狐の茶化すような声すら無視して、由梨子は“自分自身”との絡みを続けた。それはどこか背徳感すら覚える――禁断の味だった。
「……ふふっ。……ねえ、月彦。なんだかムラムラしてこない?」
その“禁断の味”に夢中になりかけていた由梨子は、ぴくりと。狐耳を震わせて動きを止めた。
「……いや、別に」
「強がっちゃって。……何なら、あたしたちも隣の部屋でシちゃう?」
「なっ!?」
「「えっ……?!」」
という声が重なり、思わず由梨子と真央は真狐の方へと視線をやった。
「えっ、じゃないわよ。あんた達が絡み合ってる間、二人してぼけっと見てるってのも無粋だから、席外してやろうってんじゃない」
真狐はくすくす笑いながら、まるで逃げるように部屋の壁に張り付いている月彦の腕に胸元を擦りつけるようにして密着していた。
「っば、馬鹿言うな! 何で、俺が……お前なんかと……」
「なーに照れてんのよ。ちょっと暇になるから、久しぶりに相手してあげるって言ってるだけでしょ?」
「う、五月蠅い! いくら暇だからってなぁ……お前となんかっっ……こ、こらっ……乳をおしつけんな! あと耳に息吹きかけんな!」
「ほらほら、あの子達もあたし達が居ると気が散って集中できないみたいよ? だからぁ……ね?」
一転、甘えるような、そして媚びるような真狐の声。月彦はぐぬぬとうめき声を漏らし、真狐と――正確にはその胸元と――由梨子と真央の方を交互に何度も見た。
「わ、解った……とにかく部屋から出るって事にだけは賛成だ。……だ、だけどな! お前とヤるのなんか絶対お断りだからな!」
「はいはい、解ったわよ。……そういうわけだから、あんた達はあんた達でしっかり楽しみなさい」
真狐は由梨子が先ほど見た――相手の心など完璧に見透かしているような――笑みを浮かべて、月彦と腕を組んだまま部屋を後にした。由梨子はさらに耳を澄まし、廊下で些細な口論の後に二人が隣の霧亜の部屋に入った事まで確認した。
「そんな……」
つい、由梨子はそんな言葉を漏らしてしまう。一体これはどういう事なのだろうか――事態の把握に努めようとして、由梨子の頭は混乱を極めた。
例えるなら、漁夫の利の故事で言うシギか蛤のような気分だった。確かに、自分と真央は元の体に戻るために絡み合う必要性があり、その為には二人きりにしてもらったほうがありがたい。
だがしかし。
(……先輩……酷いです)
メラメラと――それこそ、体から火が吹き出そうな程に凄まじい感情がわき起こる。それは嫉妬とも怒りともつかない、由梨子がかつて経験したことが無い程に激しいものだった。今、眼前に月彦の首があれば、間違いなく両手で握りしめているだろうと確信できる程に、由梨子は黒い感情の虜になりかけていた。
(……本当に嫌なら、もっと……強気に突っぱねればいいじゃないですか)
あんなに鼻の下を伸ばして、両目は真狐の胸元に釘付けになったまま、やや前屈み気味に二人連れ添って部屋を出て行くなんて、その先に何があるのか想像するのもばかばかしいと由梨子は思った。
「……ねえ、由梨ちゃん」
くいくいと、制服の端を真央に引かれて、ハッと由梨子は暗い感情の思考から基底現実へと引き戻された。
「……父さま達のエッチ、覗きに行かない?」
「真央さん……それは……」
ダメだとは、由梨子には言えなかった。言葉に詰まり、考えを巡らせ、巡らせ、巡らせた後、結局は由梨子は頷く事しか出来なかった。
疼く体を抑えつつ、真央と二人音を立てぬように殆ど四つんばいに這うようにして部屋から出た。きょろきょろと左右確認をしてから、隣の部屋――霧亜の部屋のドアの前でそっと側耳を立てた。
「………………。」
何も聞こえない。――否、“声”こそしないものの、何か音は聞こえた。もぞもぞと、衣擦れのような音が。
『あんっ……こらっ、もう……あの子達の目が無くなった途端それなわけ?』
そして不意に、真狐のそんな声。由梨子は咄嗟に真央と顔を見合わせ、そしてごくりと生唾を飲んでさらに側耳を立てる。
『ええい、うるさいうるさい! 元はといえばお前が誘ってきたんだろうが!』
『なに言ってんのよ。最初にあたしがあんたの部屋に入った時からおっぱいとか太股とかチラチラ盗み見てたクセに。……んっ……こらっぁ……もうちょっと……加減、しなさいよね……ンッ……』
もぞもぞと衣擦れの音に混じって、微かにベッドが軋むような音――それらは或いは、人の耳ではまともに拾えない程に微弱なものだったのかもしれない。しかし、由梨子には今この扉の向こうで今まさに二人がどのような形で体をまさぐり合っているのか、手に取る様に解った。
(……っ……)
ぎり、と。無意識のうちに由梨子は唇を噛みしめていた。
(私の………………なのに)
昨日、目の前で真央を――正確には、自分の体を――抱かれた時とは全く違ったどす黒い感情を抑えかね、由梨子は獣のようなうなり声すら漏らしてしまう。
「由梨ちゃん、由梨ちゃん!」
慌てた真央に肩を叩かれ、ハッと由梨子は我に返った。
(……違う、私は……こんなじゃ……)
確かに、嫉妬をするという事は前にもあった。が、ここまで耐え難く狂おしいものではなかった。それこそ、月彦もろとも“相手の女”も刺し殺してやりたい等と思える程強いものではなかった――筈だ。
(真央さんの……体の……せい?)
そうとしか思えない。そしてそれが解っていても、抑えることが難しかった。出来れば今すぐにでもドアを開け部屋の中に乱入し、絡み合う二人の間に割って入ってやりたかった。
「ねえ、由梨ちゃん。……少しだけドア開けちゃおっか」
一方、真央はといえば、いつもの嫉妬深さは何処へやら。まるで好奇心の塊となってしまったかのようにそんな事を言い出す始末だった。
(…………そういえば)
と、由梨子は思い出した。かつて、好奇心に擽られるままに、学校で月彦と真央の絡みを覗き見てしまった事を。ひょっとしたら、“そういう性癖”が自分にはあるのかもしれないと、頭の中に僅かに残る冷静な部分で由梨子は思った。
『んっ……もぅ……ほんっと、あんたって、胸、ばっかり……あんっ……』
『そりゃあ、お前は性格は最悪な分、乳だけは一級品だからな。……男なら誰だってそこに手が伸びて当然だろ』
そして、そんな由梨子に僅かに残された冷静ささえそぎ落とすような声が、室内から聞こえてくる。
『ねぇ、胸ばっかりじゃなくってぇ……こっちも、ね?』
真狐の誘うような声に、由梨子の中で渦巻いていた黒い衝動は臨界に達した。こそこそとドアノブを回そうとしていた真央の手を払いのけ、思い切りドアを開けて部屋の中になだれ込もうと――したまさにその刹那だった。
「こーらっ! あんた達、なーに覗こうとしてんのよ」
「ひっ!?」
「ひゃあ!?」
聞こえる筈のない声が突然背後から聞こえると同時に、肩をぽむと叩かれて文字通り由梨子は飛び上がった。大あわてで振り返ると、背後にはこれ以上ないという意地悪な笑みを浮かべた真狐が立っていた。
「か、母さま!? どうして……」
と、言葉を失っている真央は見たところ腰を抜かしているようだった。そして真狐の方を振り返った二人の背後で、がちゃりとドアノブが回る音がした。
「おーい真狐、まだ時間かかるのか?――……ん、二人とも廊下で何してるんだ?」
「せ、先輩……えっ、あの……どうして……真狐さんと、エッチしてたんじゃ……」
「いや? こいつが面白いものが見れるから、しばらく一人で待ってろーなんて言うから、仕方なく待ってたんだが……」
「そんな……一体何がどうなって……」
由梨子は困惑し、再び真狐の方を見た。真狐はくすくす笑いながら、ちょんと由梨子の右頬をつまんできた。
「っていうワケ。…………まったく、予想通りって言っちゃったらそれまでだけどさぁ、そんなに見たかったのかしら? あたしとコイツが絡んでるト・コ・ロ」
「ぁ……ち、ちがっ……それは――」
真央さんが――と、言いかけて由梨子は口を噤んだ。例え言い出しっぺは真央だったにせよ、自分もその提案に乗ってしまった以上、同罪だと思った。
「……? なんかさっぱり意味がわからないんだが。つまるところ、真央も由梨ちゃんも、俺と真狐がヤッてるもんだと勘違いして覗きにきたと……」
「あっ、あぁぁぁぁっ…………ぁぁぁ……」
一人で呟きながら、なるほど合点がいったとばかりに頷く月彦に、由梨子は顔を真っ赤にしながら首を振る事しか出来なかった。
(そんな……違う、違うんです……全部、真央さんの体が……)
本来の自分の体であれば、きっと真央に覗きに行こうと誘われてもキッパリと断った筈――しかし、それを説明しようとしたところできっと伝わらないであろうし、伝わったところで自分の株が回復するとも思えなかった。
「……由梨ちゃん、私たち二人とも母さまに化かされちゃったね」
一人顔を真っ赤にして両手で顔面を覆っている由梨子の耳元にどこか楽しげな真央の声が聞こえた。
(…………どうして、そんなに楽しそうなんですか)
ひょっとして、真央も月彦もみんな真狐とグルであり、自分だけが罠にはめられているのではないか――そんな懸念すら由梨子は持ち始めていた。
「さて、と。……ねぇ、月彦。どうしよっか?」
そんな由梨子の醜態を一通り楽しんだと言わんばかりのタイミングで、はたと。真狐が意味深な問いかけを口にする。
「どう……って、何がだよ」
「だーかーらぁ。……ここにいる二人のイロガキをさ、どうするのがいいと思う?」
「むっ……」
と、月彦が不意に口ごもり、考え込むような仕草をする。
(あれ……これって……)
ひょっとしてマズイ流れではないのかと、由梨子はそっと隣で腰を抜かしている真央の方を見た。……真央は、これ以上ないというくらいに期待に満ちた目をしていた。
(…………そういう事ですか)
由梨子はこの瞬間、何故先ほど真央が“楽しげ”であったのか全てを理解した。恐らく真央は“この展開”まで読んでいたのだ。
「あたし達が折角気を利かせて二人っきりにしてあげたのに、悠長に覗き見なんかしてるのよ? …………親として、これはほっといちゃいけないんじゃないかしら」
「確かにな。…………真央はともかくとして、まさか由梨ちゃんまで荷担するなんてな。…………ちょっと“強め”に諭した方が良いような気がしなくもないな」
「ぇ……あ、あの……先輩? 真狐さん?」
何だろう、この二人の息の合い方は。由梨子の記憶が正しければ、月彦は真狐の事をこれ以上ないという程に毛嫌いしていた筈だ。
なのに。何なのだろう。
これではまるで――。
「どうせ二人とも元の体に戻す為にドロドロのぐちょぐちょになるまでイかせて、魂抜けるくらい気持ちよくさせなきゃいけないわけだし」
「……ついでに“躾”をやれば、一石二鳥ってワケだな」
うむ、うむと神妙な顔で頷く月彦を見上げながら、由梨子はへなへなと体中の力が抜けるのを感じた。
そう、体が知っているのだ。“こうなった”からにはもう、全ての抵抗は無意味なのだと。
(あぁ……やっ……私は、そんな……躾なんて…………)
望んではいない――その筈なのに。体が、特に尾の付け根のあたりからゾクゾクと痺れるような快楽が走り、まるで金縛りにでもあってしまったかのように身動きが出来ない。そんな由梨子の前に真狐はかがみ込み、その長い指でそっと顎の下をなげつけてくる。
「ふふ、良い機会だから、特別にあたしも手伝ってあげるわ。……由梨子ちゃん、たっぷり可愛がってあげる」
一体どこからどこまでが真狐の考えの内なのだろう――再び月彦の部屋へと戻ってくるなり、由梨子はそんな考えを抱いていた。
隣に座っている真央はといえば、“躾”とやらがよほど楽しみらしく上の空の一言。こんなにも期待に満ちた自分の顔を、由梨子は生まれて一度も見た事が無かった。
「……で、お前も混ざるのか?」
「ふんふーん、たまには良いじゃない。あたしも最近ご無沙汰だったからさぁ、溜まってるのよねぇ。くふふ」
そんな自分たちを挟み込むように立つ真狐と月彦の二人は、どうやら“教育方針”を決めかねているらしかった。
(ていうか、そういうのは私には関係ない……と思うんですけど……)
普段ならば、そう言って強引に逃げることが出来たかもしれない。が、今はそういうわけにはいかない。逃げること自体は出来たとしても、この場に残した自分の体がどうなるか――或いは、次こそ本当に命を失ってしまうかもしれない。
何より、真央の体に入っている間は自分の家に帰るわけにもいかない。
(……そういえば)
と、由梨子はこの段階になって始めて、久しく顔を合わせていない家族の事を考えた。恐らく普通であれば、三日近くも家族と顔を合わせなければ恋しい――と思うのではないだろうか。しかし不思議とそういう類の感情は沸かなかった。それは単純に自分が無神経だからなのか、はたまた“真央の体”のせいなのか、由梨子には解らなかった。
「――っていうのはどう?」
「まて、さすがにそれは…………ってか、そんな事できんのか?」
「あったりまえよぉ。あたしを誰だと思ってんのよ。…………なかなか面白そうでしょ?」
「いや、でもなぁ……」
由梨子が思案に耽っている間にも、“教育方針”に関する論議が続いていた。が。どういう結論になろうとも、結局されることに大差はないだろうという奇妙な諦観から、由梨子は二人のやりとりを真剣には聞いていなかった。
「……っていうわけだから、ちょっと血を貰うわよ」
「血って……おいっ、痛っ……」
が、突然真狐が食らいつくようにして月彦にキスをした刹那、条件反射的に由梨子は二人の方を睨み付けていた。真狐はすぐさま唇を離し、そしてぺろりと舌なめずりをするようにして何かを飲み込んだ。見れば、月彦の唇の当たりから僅かに赤い滴が玉のように膨らんでいた。
「ん〜…………むむむ………………んんんっっ…………たぁッ!」
真狐は目を瞑り、眉根を寄せ、しばらく唸ったかと思えば突如ぴょんと跳ね後方宙返りをした。その体はポフンと白い煙のようなものに包まれたかと思えば、すたんと降り立ったその姿は――。
「せ、先輩っ!?」
視界が晴れ、現れたその姿はまさしく紺崎月彦そのものだった。
「……凄い、上位変化だ」
と、呟いたのは真央だった。
「上位変化? ただの変化と何か違うのか?」
「何もかもが違う。通常の変化はただ、姿形だけを真似る」
問うたのは月彦、そして答えたのも月彦だった。
「だが、上位変化は全てを模写する。……今の俺は細胞の一つ一つに至るまで紺崎月彦そのもの、って事だ。…………その気になれば、“子供”だって作れるぜ?」
但し、触媒として本人の新鮮な血液が必要だけどな――と、真狐が化けた月彦はそれこそ、本人としか思えない口調、仕草で語る。
「…………しっかし、実際に自分がもう一人目の前に居るってのは結構クるものがあるな」
「……先輩、私も真央さんも今まさにその気分を味わってるんですけど……」
勿論、月彦と違い実際に自分が二人いるわけではないのだが、それでも目の前に自分と全く同じ肉体をもった他人が居るという点では月彦と代わりがない。
「しかも、その“目の前に居る自分”とエッチしろって……」
「でも、そんなに嫌そうには見えなかったぜ?」
そう返してきたのは、真狐が化けた月彦の方だった。その手には、いつのまにかアイマスクが二つ握られていた。
「あ、あの……真狐……さん?」
「二人とも、これをつけろ。…………その後で、シャッフルだ」
「えっ……シャッフルって……っきゃっ」
問答無用でアイマスクをつけられ、由梨子は咄嗟に外そうとするが――
「外すな」
冷徹な命令によって、その手が止まってしまった。
「……真央も、由梨ちゃんも…………どっちが“本物”か解らない方が嬉しいだろ?」
闇の向こうからそんな声が聞こえ、二人分の足音が部屋から出て行く。そして何やらドアの向こうで打ち合わせをするような小声が聞こえた後、再び二人は部屋へと戻ってきた。
「待たせたな、真央」
「お待たせ、由梨ちゃん」
声と共に、アイマスクが外された。眼前に立っているのはどこからどう見ても紺崎月彦そのものだった。
「せん……ぱい……? それとも、真狐さんですか?」
「さあ、どっちかな?」
月彦ははぐらかすように笑い、由梨子の肩を掴むやそのままベッドへと押し倒してくる。
「ぁっ、やっ……」
微かな抵抗の声を上げながら、由梨子は横目で自分と同じように押し倒される真央の姿を見た。しかし、よそ見をするような余裕はすぐに無くなった。
「ほら、由梨ちゃん。……ちゃんとこっちに集中して」
顎を摘まれ、正面を向かされ、やや強引に唇を奪われる。――その瞬間、はたと、由梨子は気がついた。
(ぁ……今、なんか……)
普段のキスの際には感じなかった“味”に、由梨子はハッと月彦の目を見た。
「……気づいた?」
狐耳の中だけに囁くような小声で、ぼそりと月彦が言った。そう、キスの際――確かに血の味がしたのだ。
「俺が本物だよ」
本音を言えば、真央はこの展開に少しだけ不満だった。拍子抜けした――と言い換えてもいい。
(……母さまらしくない)
と思ったのだ。無論、上位変化そのものはなまなかの妖狐に使えるシロモノではなく、そんな大技をたかが“遊び”に使ってしまう辺り、らしいと言えばらしいのだが。
(母さまだったら……ううん、母さまと父さま二人だったら、もっと――)
よりえげつない事を考えついてもよさそうなのに、と。その点だけが真央は不満だった。が、同時にしょうがないかもしれないとも思うのだった。
(……由梨ちゃんが居るし)
さすがに赤の他人が混じっていては、極端な攻めは行いにくいのかもしれない。否、真狐の方は恐らくそんな事は全く頓着しないだろうが、そうなった場合月彦の方が必ず止めに入ると真央は睨んでいた。
そういう意味では、由梨子が居るこの状況での“遊び”として、この展開はそう悪くはないかもしれない。
何よりも――
「父さまぁ……もっとキスしよ?」
真央はここぞとばかりに甘え声を出して両手を月彦の首に絡めるようにしてキスをねだる。そして、微かに舌先に感じる鉄さびのような味に、思わず笑みを零してしまいそうになる。
(こっちが、本物の父さまだ)
無論真央は真狐が上位変化を行う際、月彦の唇を噛み血を啜った瞬間を目撃している。だからこそ、自分を抱いている月彦の方が本物の父親だと確信出来ると同時に、隣で同じように押し倒されている由梨子に対して奇妙な優越感も覚えていた。
(……私の方が、一番なんだよね、父さま?)
だから、自分を選んでくれたのだと。真央は素直にそう思った。惜しむらくは今の自分は体そのものは由梨子のそれという事なのだが、そんなことは今はどうでも良かった。
「あんっあむっ、ちゅっ……んんっ……はぁぁっ……んんっ……」
舌を絡め合いながら、真央は自然と体を脱力させた。こうしてキスをしながら、ゆっくりと服を脱がされるのが真央は好きで堪らなかった。――無論、レイプのように乱暴に破かれ、引き裂かれて脱がされるのも同じくらい好きなのだが。
(あぁんっ……父さまぁっ……早く脱がせてぇ……!)
ブラウスのボタンを外される鳴り、真央は待ちきれないとばかりに自ら背を浮かせ、ブラを外しやすいようにした。本当ならば、ブラなどつけたくはなかったのだが――胸のサイズ的に必要とも思えなかった――つけなければ由梨子がうるさい為、渋々つけていたのだ。それが、もどかしいほどゆっくりした手つきでホックが外され、上方へとずらされる。
忽ち、ツンと立った先端へと手が伸び、やんわりと愛撫される。
「あぁんっ!」
と、声を上げたのは真央だけではなかった。すぐ隣では由梨子が同じように胸元をはだけさせられ、巨乳を捏ねられながら同時に先端を吸われていた。
(私の……体、なのにぃ……)
と、真央は奇妙な嫉妬を覚えた。あのように乳を捏ねられながら先端を吸われる事がどれほど堪らない事か、真央はそれこそ骨身に染みていた。悲しいかな、由梨子の体は肉付きが薄く、感度そのものは悪くないにしてもあの暴力的なまでの握力でもみくちゃにされたときの満足感を得る事が出来ないのだ。
(父さまに……むぎゅう、むぎゅうってされたいのに……)
月彦もまた、そうするのが好きに違いないのだ。そういう意味でも、真央は一刻も早く元の体に戻りたかった。
「ぁっ、ぁっ、ぁっ……」
とはいえ、これはこれで悪くないかもしれない――などと思ってしまうのは、ピンピンに尖った先端を指先で摘まれ、擦るようにして刺激された瞬間だった。
(ピリッて来て……痺れちゃう……)
肉付きが薄い分、由梨子の胸は感じやすいのかもしれない。そして――
(ぁ……もう……)
じわぁ……と、下腹部に広がる独特の感触に、真央は我が事ながら興奮を禁じ得ない。
(由梨ちゃんの体……濡れすぎ……だよぉ……)
こうしてキスをされ、乳首を摘まれているだけで忽ち溢れさせてしまう。下着がぴっちりと張り付いていく感触に、真央は微かな羞恥と――そして、月彦にその様を見られる時の事を想像してますます興奮してしまう。
「ねぇっ……父さまぁ……下着、濡れちゃうから……脱がせて?」
無論、媚薬の効果――もあるのだろう。だが、あの母親にしては珍しく効き目が弱いものを使ったのか、少なくとも真央は普段ほどにはその効果を実感出来なかった。
「……さて、どうするかな」
月彦はついと、真央の胸元への愛撫を止め、顔を上げて隣の月彦を見た。まるで二人の考えそのものまでシンクロしているかのように、隣の月彦も同じように顔を上げ、真央達の方を見る。
「折角の趣向だ。……このままただ犯る……ってのももったいないと思わないか?」
「そうだな。……じゃあ、こういうのはどうだ?」
ぽつり、と月彦の片割れが呟いた言葉は、真央には聞き取れなかった。だが、それを聞いた方の月彦がにぃと意地悪く口の端をつり上げたというだけで、真央には満足だった。
「それは面白そうだ。
「だろう?」
二人はまるで双子のように頷き合うと、それぞれ真央、由梨子の方へと向き直った。
「……真央、ベッドから降りろ」
「由梨ちゃんもだ」
「え……あ、あの……先輩? 何を……」
大人しくベッドから降りる真央と違って、由梨子だけが無駄な抵抗を――真央にはそう見えた――するが、笑顔のまま全く取り合わない月彦の手によって結局はベッドから下ろされた。
「大丈夫だよ、由梨ちゃん。何も酷いことをしようってんじゃない。…………ただ、由梨ちゃんと真央、どっちが“巧い”か、競わせてみたらどうなるかな、って思っただけだ」
「そういう事だ。…………真央、何をすればいいかは勿論解るな?」
うん、と真央は小さく頷いた。というより、ベッドから下りろと命令された時点で薄々この展開は予想はしていた。
真央はちらりと由梨子の様子を横目で確認してから、二人並ぶようにベッドに腰掛けている月彦の足の間へと体を滑り込ませ、その股間の辺りに頬ずりするようにして身を寄せた。
「あっ……」
と。そんな真央の様子を見て出遅れたと思ったのか、慌てて由梨子もまた眼前の月彦へと愛撫を始めた。その頃にはもう、真央は鼻先を擦りつけるようにして、制服ズボンのジッパーを唇で咥えて下ろしかけていた。さらにその下のトランクスをずらしていくと、たちまちぐんっ……と、惚れ惚れするほどに逞しい剛直が顔を覗かせ、真央はすかさず舌を這わせた。
「んっ……んんっ……んむっ……」
ここで始めて真央は手を使い、竿を愛撫しながら先端をてちてちと丁寧に舐め始める。普段ならば、一も二もなくくしゃぶり、喉奥までくわえ込む所だが、“競技”となれば話は別だ。
(父さまの事なら……私が一番……なんだから)
由梨子に負けるわけにはいかない。それでなくとも、過去に一度――卑怯な手を使われたからだが――由梨子には負けているのだ。今度こそは、絶対に負けられない。
「んっ……いいぞ、真央。……さすがだな」
呻くような月彦の言葉と共に頭を撫でられ、真央は嬉しくてついぽう……とした目で月彦を見上げてしまう。月彦に褒められた時は例外なく嬉しいのだが、“ご奉仕”の際に褒められるのが最も嬉しかった。
(父さま……もっともっと気持ちよくしてあげるね?)
これまでは“舐め”と“撫で”だけだった動きを一変させ、真央は一気に剛直を喉奥までくわえ込む。由梨子の体は勝手が違い、本来の自分の体に比べてかなり息苦しいが、そんな事で泣き言は言っていられない。
「んんっ、んんっ……んぐっ……んっ、んんっ……!」
唾液を絡め、強烈に吸い上げながら真央は大きく頭を前後させる。ぐぷ、ぐぷとくぐもった様な音が響き、真央自身“その振動”が心地よくて堪らず、つい尻を振ってしまうのはクセだった。本来ならばそこにある筈の尾の付け根に痺れにも煮た快感が走り、しゃぶっているだけでイきそうになるのだが、悲しいかな由梨子の体ではそういうわけにはいかなかった。
「んんっんんぐっ……ぷはぁっ……はあっ、はあっ……んんっ……じゅぷっ……んぷぷっ……」
時折息継ぎを織り交ぜながら、真央は夢中になってしゃぶりつづけた。びくびくっ、と剛直が時折震えるのは、月彦が感じている証拠だった。舌と、唇、そして喉いっぱいでその“反応”を楽しみながら、真央は細めた目でちらりと隣の由梨子の様子を伺って――仰天した。
「あぁっ……由梨ちゃん……それ、すっげーいいよ…………」
上ずった声を上げ、背を逸らせてベッドに両手をついているのはとなりの月彦の方だった。その股ぐらでは、ブラウスをはだけさせた由梨子が露わになった巨乳を自ら持ち上げるようにして剛直を挟み込み、その先端を咥えこんでいた。
(由梨ちゃん、ズルい!)
と、さすがに真央は頭に来た。
(私のおっぱいなのに……)
出来ることなら、自分がしてやりたい事なのに。しかし悲しいかな、由梨子の胸のボリュームでは挟み込む事は不可能だった。
「むぅぅ……んくっ……んんっぐっ……んぐっ……!」
仕方なく、真央は精一杯口と舌で奉仕を続けた。が、一歩及ばず――。
「っ……くぁっ……やべっ……」
先にそんな悲鳴を上げたのは隣の月彦の方だった。
「っ……くぅっ……」
遅れること十数秒、真央の頭に置かれた手がくっとツメを立て、びゅくりと。熱いものが口腔内にしとどに迸った。
「んくっ……んんっ……んぐっ……」
ごくり、ごくりとそれらを飲み干しながらも真央の気分は沈んでいた。横目で由梨子の方を見ると、丁度由梨子も真央を見ていたらしく目が合ってしまった。由梨子はどうやら口ではなく、胸の間で出されたらしく、それらをにゅりにゅりと摺り合わせるようにして剛直を愛撫していた。その横顔はどこか誇らしげで、真央は悔しさと怒りを堪えかねてぎゅっとスカートの裾を握りしめた。
「……さすがだな、由梨ちゃん。……スッゲー良かったよ」
「真央もな。……“口”だけなら互角だったんじゃないか?」
「いや、それを言うなら、由梨ちゃんだって胸を使ってのフェラなんて殆ど経験無い筈だろ。……真央の負けだな」
由梨子の相手をしていたほうの月彦にハッキリと負けだと宣告され、真央の気分はどん底まで沈み込んだ。せめてもの救いは、本物の月彦であるところの――少なくとも、真央自身はそう信じている――眼前の月彦が、自分を庇ってくれた事だった。
「…………さてと。勝った由梨ちゃんにはご褒美をやらないといけないな」
「えっ……ご、ほうび……ですか?」
ご褒美――その一言に、むにむにと巨乳で剛直を弄ぶようにしていた由梨子の動きがぴたりと止まった。
「ああ、そうだな。頑張った由梨ちゃんにはご褒美が必要だ」
にぃと。真央の前の月彦も意地悪く口の端をつり上げる。
(あぁ……父さま、悪いこと考えてる)
それは、真央が好きで好きで堪らない月彦の、最も好きな顔の一つだった。
「ま、待って下さい……そんな話、私聞いてません! ご褒美なんて……」
自分を包むぴりぴりとした空気を感じ取ったのか、忽ち由梨子が慌て狼狽え、逃げるようにベッドから離れ始めた。それを見て、真央は羨望でも同情でもなく、ただただ感心していた。
(……由梨ちゃん、父さまの誘い方巧いなぁ)
と。真央が見る限りでは、由梨子は月彦二人が口にした“ご褒美”に心底怯え、逃げているようにしか見えない。そして、そういった反応こそ、“父親”が最も興奮する反応だという事を、真央は経験から知っていた。
「まぁまぁ、由梨ちゃん。そんなに怖がらないで」
「あくまで“ご褒美”だから。痛いことなんて何もしないよ」
二人の月彦はまるで予め示し合わせたかのように逃げる由梨子の手を掴み肩を掴み、強引にベッドの上へと引き上げてしまう。
「やっ……せ、先輩!? えと、それとも真狐さんですか? あ、あの……これってそもそも、私と真央さんが元の体に戻るために必要なこと……なんですよね? その為には、私と真央さんがエッチしないといけないわけで……私と先輩がシても意味がないんじゃないかって思っ――」
往生際悪く喚き散らす由梨子の唇を、月彦の片方が奪った。
「それはそれ、これはこれって事で」
「そうそう。最終的に元の体に戻れさえすれば、過程や方法なんてどうでもいいんだから」
「っ……やっ、ま、待っ…………真央さん、助けて下さい!」
迫真に迫った悲鳴を上げつつ、由梨子は二人がかりでベッドへと押し倒された。そんな由梨子の悲鳴を耳にしても、真央は「待て」を命じられた犬の如く、ベッドの外にちょこんと座ったまま身動き一つしなかった。
(…………由梨ちゃん、本当は嬉しいくせに)
そう、嬉しくない筈がないのだ。立場が逆であれば、それこそ真央は狂喜している所だった。
(でも、次は私の番……だよね、父さま?)
そして、邪魔さえしなければ「よく我慢したな、真央」と、自分にもご褒美がもらえるという事を、真央は経験から知っているのだった。
おかしい。こんなのは絶対におかしい――二人がかりでベッドに組み伏せられながら、由梨子は理不尽な思いで一杯だった。
(私が勝ったのに、どうしてこんな――)
常識的に考えて、勝負に勝った方が酷い目に遭う――というのはおかしい。それを主張したくても、自分を襲う二匹のケダモノには到底話が通じるとは思えなかった。
(それとも、ひょっとして本気で“ご褒美”のつもりなんですか?)
だとすれば、あまりにも価値観が違いすぎるというものだった。
「ほら、由梨ちゃん。四つんばいになって」
「やっ……ま、待って、下さい……んんっ……やっ、そんな……」
強引に四つんばいの姿勢をとらされるなり、スカートがまくし上げられ、下着が膝まで下ろされた。ぐにっ、と尻肉が掴まれ、親指で秘裂が開かれるのが、感触で解った。
「やっ……あぁぁぁぁぁッ!!」
有無を言わさず剛直が挿入され、由梨子は堪らず声を上げた。力無くへたりこんでしまいそうになった矢先、その顎が掴まれ、くいと上を向かされた。
「由梨ちゃん、俺の相手もしてもらえるかな」
「えっ……そん、な……んぐっ……んんっっ!!!」
眼前にも剛直が突きつけられ、否応なくしゃぶらされる。
(やっ……深っっ…………息、出来なっっ……)
頭を掴まれ、強引に喉奥まで突かれ、白目を剥きそうになった矢先、今度は背後から強く突き上げられ、堪らず由梨子は喉奥で噎んだ。
「んんっ、んんっ……ンンッ!!!!」
「おおっ!? やべっ……スッゲー絞まるっ……くはぁ……」
「由梨ちゃん、こっちも動くぞ」
待って下さい――口が塞がれていなければ、由梨子はそう叫んでいた。頭を掴んでいた方の月彦が辛抱たまらないとばかりに腰を使い出したのだ。
(あっ、ああっ、あっ………………あぁぁあっ!!)
ぐぷっ、ぐぷぷっ――そんな音を立てて、唇に剛直が出入りする。その都度、エラが喉奥をひっかくようにして刺激され、苦しくて堪らない――その筈なのに。
(やっ……んぁぁあっ……ひっ……く、苦しい……のにっ……)
ゾクッ……!
ゾクゾクゥッ……!
前後から、まるでモノか何かを扱うように乱暴に犯される事に、由梨子は不思議なほどの興奮を覚えていた。息苦しければ息苦しいほどにそれは倍加し、抵抗を仕様などとは微塵も思えなかった。
「……尻尾が勃ってきたな。……由梨ちゃん、こうするとさらにイイだろ?」
「んんっっぷっ……んんぷぷっ……ンンッ……ンーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
背後から好き放題突き上げられながら、さらに尾の付け根を刺激され、堪らず由梨子は尻を震わせながらイく。
(やっ……こんな、の……だめっ、ぇ……)
途方もない快楽に翻弄されながら、由梨子は痙攣するように体を跳ねさせ、その都度下腹部に収まっている剛直を痛烈に締め上げた。
(あぁ、ぁ……堅い……先輩、の……堅くて……気持ち、いぃ……)
そうして締め上げれば締め上げる程に月彦の存在を如実に感じることが出来、絶頂の余韻もあって由梨子がうっとりと目を細めた――その矢先だった。
「……誰が勝手にイッていいと言った?」
不意に剛直が口から引き抜かれたかと思えば、髪を掴まれ、ぐいと上を向かされた。
「ふぁ……?」
「ふぁ、じゃない。…………イッていいのは、俺が許可した時だけだ。もう忘れたのか?」
「えっ……そんな……だって、それは……真央さんだけ……きゃんっ!」
「口答えは良くないな。……“真央”?」
えっ、と。由梨子が疑問符を口にした瞬間、またぴしりと尻を叩かれた。
(先輩も……真狐さんも……一体、何を言って……)
由梨子は混乱した。一体どういう事なのか、さっぱり理解が出来なかった。由梨子を挟む二人の月彦は、ただただ意地の悪い笑みを浮かべていた。
「どうした、真央。……こういうときは“ごめんなさい”だろ?」
「ま、待って……下さい……私は――」
「言えないなら、続きは無しだ」
背後で尾を弄っていた月彦の動きが、全て止まる。抽送もぴたりと止まり、忽ち――由梨子は気が狂わんばかりの“焦れ”に襲われた。
「ぁっ……やっ、ぁ……せ、せん、ぱ……そんなっ……急に……止め、ないで……くださっ……っ……ぅぅぅ……」
かぁ……と、一気に全身が火照り始める。由梨子は悶えるようにして身をくねらせ、眼前に居る月彦を見上げた。
「かっ――」
そして、考えるよりも先に、口が動いていた。
「勝手に……イッて……すみません、でした……ちゃんと、先輩に……合わせます、から……だから、お願い、します……」
「ふむ……どうする?」
「それじゃあ“何”をお願いしているのか解らないな」
あぁ、そんな――由梨子は目の前がくらみそうになった。……同時に、体を包んでいる“火照り”がさらに強いものとなる。
(あぁ……欲しい……欲しいんです……先輩の、が……)
眼前に突きつけられたままの剛直に両目を釘付けにしたまま、由梨子は今にも涎を零さんばかりに身を捩っていた。事実、そのまま食らいつこうとしたが、月彦に頭を掴まれ、邪魔をされてしまった。
「お、お願いします……先輩の、を……しゃぶらせて、下さい……」
堪らず、由梨子は恥も外聞もなく口にしていた。
「……しゃぶるだけでいいのか?」
そう聞いたのは背後の月彦の方だった。こす、こすと由梨子がもどかしく感じるほどの弱さで尾の付け根を弄ってくる。
「あぁ、ぁ……お願い、します……突いて……いっぱい、突いて……犯して、下さい……」
くすりと、笑みを漏らしたのはどっちの月彦だったか、由梨子にはもう解らなかった。
「仕方ないな。……ほら、舐めろ」
つっかえ棒のように邪魔をしていた月彦の腕がどかされるなり、由梨子は自ら剛直へと食らいつき、喉奥までくわえ込んだ。
「ンンッ……ンンンンッ!!!!」
ゾクゾクゾクゥッ……!
息苦しいほどに逞しい剛直を根本までくわえ込むと、それだけでイきそうな程に体が震えた。
同時に――。
「んんっ、ンンンッ!!!」
背後から被さるように抱きしめられ、たわわな胸元をむぎゅむぎゅとこね回されながら膣内をかき回され、由梨子の視界に火花が散った。
(ンぁぁぁっ……やぁっ……だ、ダメッ……また、イくっ……イッちゃう……!)
必死に我慢しようと、全身を強ばらせた――が、そんな事では到底堪えきれるわけのない快楽――の筈だった。
「ンッ……んんぅぅぅ……んぷっ……んぷぷ、んぶっっ……!」
しかし、イけない。再び頭を掴まれ、口腔内を乱暴に犯されながら、由梨子は何度も何度もイきそうになりながらも、決してイくことができない。
(やっ……だめっ……だめっぇっ……死ぬっ……こんなの死んじゃうっ……!)
否、むしろ死――意識を失ってしまえたほうが楽だったかもしれない。しかし、真央の体では度を超した快楽による失神すら容易には許されない。
由梨子はそのままたっぷりと、神経が焼き切れるような快楽を流し込まれ続け、さすがに気が遠くなりかけて漸く――。
「あぁっ……そろそろ、だ。……出す、ぞ……全部飲め、よ?」
「こっちも、だ。……ほら、イけ」
ずんっ、と。前後から一際強く突き上げられた刹那――。
「んんんっ、んんっ、んぐぐっっ……ンンンーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
どくりと、濃厚な牡液が喉奥と下腹部に同時に吐き出され、由梨子は枷が外れたように忽ちイかされ、頭の中が真っ白になるのを感じた。
(っ……ぁぁっ……こんな、に……いっぱいぃ……)
本来ならばあり得ない、同時に二カ所での射精に、絶頂と同時に途方もない程の満足感に満たされる。体の力は抜けていくのに、下腹部だけは別の生き物のように剛直を強烈に締め上げ、最後の一滴まで絞りつくす勢いで痙攣を繰り返していた。
「んくっ、んっ……んんっぅ……ちゅはっ……ちゅっ、んっ……ぺろっ、ちゅっ……」
同時に、口にくわえていた剛直を握りしめ、丹念になめ回しながら尿道に残っていた最後の一滴まで吸い上げる。考えての行動ではない、全て“本能”からの行為だった。
「ふ、ぁ……ぁ……ぁぁ……」
ひとしきりそうして舐めた後、不意に由梨子は目眩のようなものを感じて、ふらりとベッドに伏した。頭の中には依然白い霧がかかったままであり、まるで眠りの谷に落ちていくような気分で、由梨子は静かに瞼を閉じた。
……。
………………。
…………………………。
次に由梨子が瞼を開けた時、眼前にはなんともうっとりとした顔でベッドに伏している自分の顔があった。
否、“自分の”ではなかった。
「えっ……あれっ……!?」
「ふぁ……はれぇ……?」
由梨子と、真央。殆ど同時に声を上げた。
「……やべ、もう日没か」
「ちょっと遊びすぎたな」
二人の月彦が同時にそんな声を上げた。
「えっ……日没って……どういう事ですか? あと、なんか私……元に戻っちゃったみたいなんですけど!」
「まぁまぁ、その辺の説明は後でするから、とりあえず由梨ちゃんベッドの上に上がって」
「えっ、あの……ま、待って下さい……何を……するんですか? 私もう、元に戻ったんですけど……」
「いやほだ、俺たちまだ真央としかシてないし。……順番的にも次は由梨ちゃんだし」
「えっ……――ちょっ、せ、先輩!? と、真狐さん!? 私、ついさっきまで――」
すぐそこで法悦の顔のままぐったりとしている真央の体の中で、それこそ死の一歩手前のような快楽を味わわされていたばかりなのに。
「やっ……ま、待って……待って下さい! どうして、私ばっかり、こんな……」
「……そりゃあ、由梨ちゃんのほうが可愛いからだよ」
ぼそりと。真央には決して聞こえないような音量で、由梨子の耳にそんな囁きが聞こえた。
「えっ……」
「そうそう。それに、由梨ちゃんだって興味があるだろ? 二人同時に相手したことなんか無い筈だし」
「しました! たった今経験しましたから! ……ちょっ……せ、先輩! 真狐さんでも、どっちでもいいから聞いて下さい!」
半ばなし崩し的にベッドの上に引きずり込まれながら、それでも由梨子は叫ばずにはいられなかった。
「わ、私は……普通の女の子なんです! 真央さんとは違うんです! 同じようにされたら……ぜ、絶対……壊れちゃいますから、だから……!」
「解ってるって、同じ轍は踏まないよ。……ちゃんと優しくする」
「そういう事。……じゃあ由梨ちゃん、服を脱ごうか?」
「ほ、本当に解ってくれたんですか? む、無茶なことは……絶対しないで――んんっ……」
二人がかりで衣類をはぎ取られながら、なし崩し的に由梨子は唇を奪われた。そのままさわさわと合計四つの手が由梨子の体中をはい回る。
「やっ……ンンッ……せん、ぱっ……ンンッ……!」
その触り方からして、眼前にいる二人の月彦は二人とも本物としか由梨子には思えなかった。抵抗の封じ方、キスのタイミング、胸の触り方乳首の舐め方、全てが記憶にある月彦の仕草そのものだった。
「ぁっ、ぁあっ……や、めっ……せんっ、ぱい……そんなに、音……やぁぁ……」
唯一残されたショーツの中に潜り込んだ手が、ぐちゅぐちゅと卑猥な音を奏で始め、由梨子は忽ち顔を真っ赤に染めた。
「相変わらずだね、由梨ちゃん。……ほら、もうお尻の方から滴り落ちそうなくらい溢れてるよ」
「ううぅ……い、言わないで……下さい…………か、勝手に、溢れちゃうんですから…………うぅ……」
慣れ親しんだ筈の自分の体の筈なのに違和感を感じてしまうのは、この二日あまりの間にそれだけ真央の体に慣れてしまった為だ。それこそ、月彦の指で弄られて、自分でも想わず失禁を疑ってしまう程に、しとどに溢れさせてしまっていた。
「これだけほぐせば大丈夫だろう。……さっ、由梨ちゃん?」
一足先に寝転がった月彦に促され――そしてもう一人の月彦に肩を掴まれたまま促され――由梨子は半ば無理矢理に月彦に跨るような体勢に持ち込まれる。
「やっ、ま、待って下さい……じ、自分で……挿れます、から……やっ……くっ、ひぃぃ…………ッ……」
すっかり濡れそぼった秘裂に剛直を宛うなり、もう一人の月彦に肩を押さえつけられるようにして強引に腰を落とされる。忽ち、真央の体の時とは違う――みちみちと、肉を強引に割り開かれるような感触に由梨子は微かに悲鳴を漏らした。
「んっ……やっぱりキツいな……ほら、由梨ちゃん?」
「は、はい……んんっ…………」
剛直を収め終わって息をつく間もなく、由梨子は月彦に促されるままに上体を倒し、唇を重ねた。――その刹那だった。
「ひぁっ……!? ちょっ、先輩……!?」
もぞもぞと“後ろ”を触られる感触に、由梨子はキスも中断してハッと身を起こした。
「ダメだよ、由梨ちゃん。ほら……」
「やっ……ま、待っ……そっちは、ダメ……んんっ……」
再び、“下”の月彦に腕を引かれるようにして体を倒され、今度はしっかりと抱きしめられる形で唇を奪われた。
「んっやっ……んんっ、んんっ……!」
そうして唇を重ねている間も、にゅりにゅりと“後ろ”を弄られ続け、由梨子はさらに顔面を朱に染めた。
(そん、な……まさか、先輩……)
まさか――そう、まさかだ。
いくら何でも、そんな無茶はするまい――そう安堵したくとも、由梨子には出来ない。
何故なら、そういう無茶をやろうとするのが、紺崎月彦という男であり――。
「……こっちもそろそろいいかな。……じゃあ、由梨ちゃん、挿れちゃうよ」
「い、嫌っ……止めっ、ダメッ……そんなの、無理っ……ぁっ、はぁぁぁっ……ぁああああっ…………!」
逃げることなど出来なかった。二人がかりで体をしっかりと固定されたまま、由梨子の二つ目の穴は極太の剛直にゆっくりと貫かれていく。
「ぁっ……かはっ……ぁっ……くひぃっ…………ひぃっ……ひぃぃっっ…………!!」
声にならない悲鳴を漏らしながら、由梨子は何度も何度も体を跳ねさせた。己の体を襲っているものが同時に二つの穴を犯された事に対する嫌悪感なのか、それとも度を超した快感なのか。それすらも由梨子には解らなかった。
「くっ、ぉぉ……こっちも絞まる、なぁ……ギュウッ、ギュウって、スッゲー絞まる……」
「こっちも、だ。……挿れるだけでイくなんて、やっぱり由梨ちゃんはこっちのほうが好きなのかな」
由梨子は両手でベッドシーツを握りしめながら、必死に首を横に振った。
(あんなに……無茶なことはしないで下さいって……お願いした、のに……)
目尻には、涙すら浮かんでいた。自分は、真央とは違うのに、どうして解ってもらえないんだろうと。
「……おい、由梨ちゃんが動いて欲しい、ってさ」
「っ……ち、違っ……あぁんっ!」
そんな由梨子の涙目を見て尚、月彦(前)はそんな事を促してくる。了解、とばかりに月彦(後)がゆっくりと抽送を開始し、たちまち由梨子は己の意思とは無関係に甘い声を出してしまう。
「やっ、ぁはぁっ……ダメっ……やっ……う、うごかない、でぇ……あぁぁぁぁっ……!」
今までにも、“後ろ”を犯された事はある。が、しかし今回とは雲泥だった。後ろの方で剛直が出入りするたびに、由梨子の中でもう一つの剛直とぶつかり、その間の肉が擦りあわされるように刺激され、歯の根が合わぬほどの快楽が体を駆け抜けていく。
「ふぁぁぁぁっぁああっ……やぁあぁっ……ら、めぇっ……せん、ぱっ……らめっ……こんな、こんなの……らめっ、らめぇっ……」
抽送そのものは、ひどくゆっくりした動きだった。その点、月彦は確かに由梨子の体を気遣ってはいるのだろう。だが、それでも通常のセックスとは明らかに違う快楽に由梨子は翻弄され続けた。
(やっ……さっきまで……あんなにっっ……そして、またっ、こんなっ……!)
肉体的な問題ではない。魂の方がどうにかなってしまうのではないか――そんな恐怖に、由梨子は心底怯えた。
「……うわ、すっげ……由梨ちゃんメチャクチャエロい顔してる……」
そんな由梨子の心境を知ってか知らずか、月彦(前)が由梨子を抱きしめ髪を撫でながらそんな言葉を漏らす。
「し、して……ませんっ……そん、な……顔、なん、て……」
ろれつの回らない舌を辛うじて動かして必死に否定する由梨子の頬をちょんちょんとつつく手があった。そちらへと顔を向けると、一体いつのまに復帰してベッドから降りたのか、どこか熱にうかされたような――それでいて羨望の色を強く込めた目をした――真央が手鏡を由梨子の方へと向けていた。
(えっ――)
と驚いたのは、そこに映っている自分の顔だった。
(ち、違う……私、こんな……嬉しそうな顔なんて……してない!)
鏡に映っているのは頬を染め、いかにも気持ちよくて堪らないという女の顔だった。違う――と。由梨子は頑なに否定した。由梨子の頭の中では、それこそ泣きじゃくり、涙に濡れた見る者誰もが同情を禁じ得ないような悲痛な顔になっている筈だったのだ。
「あぁっ、あぁぁあんっ!」
しかし、現実は――違う。“後ろ”を貫く剛直の感触に、由梨子は何度も何度も甘い声を漏らし、その都度体を震わせてイッてしまう。
「……そろそろ、慣れてきたかな。……こっちも動くよ」
「えっ、やっ……あんっ!」
不意に、今度は下から突き上げられ、由梨子は弾かれたように声を上げた。
「あっ、あぁっ、やっ……そん、なっ……ひぁっ、ああっ、あああっああぁあっ!!」
ずん、ずんと下から、後ろから不規則に突き上げられ、由梨子はもうただただ声を上げることしか出来なかった。
その声すらも――。
「んんっ……んんっ、ちゅっ……んんっ……!」
時にはキスで塞がれ、喉奥で噎ぶことしか許されない。
(死ぬっ……死んじゃうっ…………今度こそ、私……先輩に殺されるっ……!)
抽送の速度が速まると同時に、由梨子は身近に死神の気配を感じていた。
「あっ、あっ……ぁっ……はひっ、あひっ……あっ、ひぁっ……ぁっ……あっ、ぁあっ……らめっ……ひぬっ…………ひぬっ……ひぬぅっ…………!」
イかされ、その痙攣の収まらぬうちに再びイかされるような、そんな絶頂の中で、由梨子は微かに月彦が何か言葉を漏らしたような気がした。
「ぁっ、ぁぁぁあっ、ぁっ……アァァァーーーーーーーーッ!」
最早、その言葉の意味を理解する余力すら無かった。ただ、どくりっ……と大量に吐き出された“熱”の感触に体が震え、由梨子は絞り出すような最後の叫びを上げた。
びゅうっ。
びゅくっ。びゅっ。
何度も、何度も体の中に吐き出される精液の熱を心地よく感じながら、由梨子はただただ脱力し、絶頂の余韻に酔いしれた。
「よかった、今度はただの失神で済んだみたいだ」
どうやら、いつの間にか失神させられていたらしい。由梨子が目を覚ますなりの月彦の第一声がそれだった。
がばっ、と。大あわてで身を起こし、そして側にあった手鏡で自分の顔を見た。そこに映っているのは紛れもない――多少窶れて見えたが――宮本由梨子の顔に他ならなかった。
(良かった……本当に、戻ってたんだ)
或いは、先ほどの“アレ”は夢だったのではないか――そんな不安が漸く払拭され、由梨子はほっと安堵の息をついた。
「くすくす、良かったじゃない。無事に戻れたみたいで」
「……真狐さん!?」
見れば、一体いつのまに変化を解いたのか、真狐が勉強椅子に腰掛けたままくすくすと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「…………あの、すみません………………言いたい事、聞きたいことがいっぱいあるんですけど…………とりあえず一つだけ聞かせて下さい。…………あのとき、どうして急に元の体に戻れたんですか?」
由梨子はベッドの周りに散らばった自分の衣類をかき集めながら、じろりと精一杯の抗議の視線で真狐を見た。
「ああー、アレねえ。ホントはさ、あんたたちが絡むとか絡まないとか関係なく、今日の日没を過ぎたら元に戻るって話になってたのよ」
「……っっ……そん、な……」
「あ、ちなみにコイツも知ってたわよ。……あんた達に目隠しして、部屋出た時に教えたから」
じろり、と。由梨子は今度は月彦の方へと抗議の視線を向けた。月彦はといえば、先ほどまでの強気はどこへやら、ばつが悪そうに頬をかきながら「ごめん」と小さく謝罪の言葉を漏らした。
「まーでも、別にそんなことどうだっていいじゃない。……真央も由梨子ちゃんもちゃーんと無事自分の体に戻れた事だし。……それにぃ、由梨子ちゃんだって、気持ちいい事するのまんざら嫌いじゃないでしょ?」
「限度があります! …………真狐さんも……そして勿論先輩も……もう二度と、絶対あんな事はやめてください!」
由梨子は叫ぶように言って、大あわてで着衣を済ませるとそのまま逃げるように部屋を後にした。
「あっ、ちょっ……由梨ちゃん!?」
その後を月彦が追おうとして、はたと。事が終わったばかりでトランクス一丁しか身につけていない事に気がついて断念した。
「…………おい、真狐。ちょっとやりすぎだったんじゃないのか?」
「あら、あたしのせいだっていうの? あんただってノリノリだったじゃない」
「べ、別に……ノリノリだったわけじゃないぞ! アレは……なんつーか、その場の勢いっていうかだな! 俺もお前には言いたいこと、聞きたいことが山ほどあんだよ!」
今更ながらに部屋着に着替えながら、月彦は由梨子に対する罪悪感もあっていつもより強気に真狐にくってかかった。
「まず第一に、お前がさっき言った“日没を過ぎたら元に戻る話になってる”ってのはどういう意味だ! まさか、全部お前の仕業だったってのか?」
「バカいってんじゃないわよ。あたしだったらもっと面白おかしくなるように仕掛けを工夫してるわよ」
たとえば、あんた達の体が入れ替わるとかね――と、真狐はニタリと笑う。
「じゃあ、どういう事なんだ。一体“誰”に“話”をつけたんだ」
「ンなの分かり切ってるじゃない。あの祠にいた“お稲荷様”によ」
「へ……?」
「おいこらあんた、なーに人の娘にちょっかい出してくれてんのよ。さっさと元に戻さないとヒドい目に遭わすわよ、って文句つけてやったら、意外に臆病な奴でさぁ。すみませんほんの出来心なんですすぐ元に戻します――なんて泣きをいれてきたから、それはそれで面白くないなぁ、って思ったワケ。だから元に戻すのは一日延ばして翌日――今日の日没までって事にして、何も知らないあんた達騙して遊んでやろうかなーって」
「……祠の神様に脅しって……稲荷寿司盗み食いしてた時も思ったけど、なんでお前にだけはバチが当たらないんだ」
「決まってるじゃない。あーんな居るんだか居ないんだか解らないような地味神なんかより、アタシの方が偉いからよ」
えへん、と胸を反らす真狐に、月彦ははあ、とため息しか出なかった。
(こいつの事だ。……地味とか地味じゃないとか以前に、素で自分が一番エラいとか思ってそうだ)
この女の態度は問題だが、ともかく結果的に二人が元に戻れたという事で良しとすべきなのかもしれない。
(…………あと、俺もちょっと悪のりが過ぎたか。今度ちゃんと由梨ちゃんに謝ろう)
うむ、と月彦が頷く傍らではたと。何やら真央がしきりに首を捻っていた。
「どうした、真央?」
「うん、あのね…………そういえば、私……由梨ちゃんが元の体に戻ったら言わなきゃいけない事があった筈なんだけど…………どうしても思い出せないの」
「由梨ちゃんに言わなきゃいけない事って……それって大事なことなのか?」
「うーん、よくわからないの。……大事だったような気もするし……」
「つっても、思い出せないんじゃしょうがないか。……誰から言われた事とかも覚えてないのか?」
「うーん……」
真央は首を捻り続ける。どうやら思い出せないらしい。
「仮にも体が入れ替わってたんだもの。多少の記憶障害くらい我慢しなさい。……ま、どーせ大した用事じゃないわよ」
くつくつと笑いながら、真狐はぴょんと勉強椅子から飛び降り、いつも出入りしている窓を開ける。
「あっ、待って! 母さま」
「ん、まーだ何か用があるの?」
「あの、ね……」
真央はちらりと、月彦の方へと目をやる。
「さっきの、アレ……私にもシて欲しいなぁ……って」
「アレ?」
「だって…………私、ずっと見てただけだったもん……」
「…………。」
「…………。」
真狐は月彦を見て、月彦も真狐を見た。
「ね、母さま……お願い」
真央は体の疼きを抑えかねるように肩を抱き、身もだえしながらじぃ……と濡れた目で真狐を見上げる。
「……って、真央が言ってるわよ。どうする?」
「………………まぁ、最近割と良い子にしてるし、由梨ちゃんとシてるときも邪魔とかしなかったから、“ご褒美”くらいはあげてもいいんじゃないか?」
「……ったくもー、しょーがないわねぇ。あんたってばどんだけ真央に甘いのよ、少しは厳しく躾ようとか思わないワケ?」
等と悪態をつきながらも真狐は開きかけた窓を閉め、はぁ、と。半笑いのままため息をつく。
(…………お前だって十分甘いじゃねえか)
と、月彦もまた半笑いのまま、心の中で呟いた。
紺崎邸を後にした由梨子は、早足に自宅を目指していた。早足な理由は、決して月彦一味から一刻も早く逃げたいからだとか、そういった理由ではなく、単純に寒いからだった。
(……ぅぅぅ…………下着だけでも、真央さんに貸してもらえばよかった)
ショーツを履いたまま散々にいじくり回されたせいで、それこそ“絞る”ことが出来そうな程にたっぷりと蜜を孕んだそれは、冬場の寒気を容赦なく吸い込み、これでもかと由梨子の下半身を冷やしてくるのだ。
可能ならば早足などではなく、それこそ走って家に帰りたかったのだが、悲しいかなそれは出来そうになかった。
(……うぅ……先輩も、真狐さんも……酷いです)
失神で済んだのは僥倖だと思えた。あんな……ただでさえ持て余すようなサイズの代物を前にも後ろにも入れられて同時に突き上げられるなど、常人が耐えられるわけがないと由梨子は思うのだった。
(そりゃあ……確かに…………ちょっとだけ、気持ちよかった……です、けど……)
あからさまに二人を恨む気になれないのは、そういった負い目があるからだった。自分も感じて、僅かながらも楽しんでしまった手前、二人のせいだけにはできないと。
(…………でも、ほんと……スゴかった……)
由梨子は早足に歩きながら、つい指先で自分の喉などを触ってしまう。正確には、それをされたのはこの体ではなく、真央の体の時なのだが、前と、口――同時に塞がれ、息も出来ぬほどに突かれるというのもアレはアレで悪くはない――と、ほんの少しだけ思ってしまった。
(……! ほんの少し……ほんの少しだけ、ですからね!?)
一体誰に対しての弁明なのか、由梨子はまたしても顔を赤らめ湯気を噴きそうになりながらも否定せずにはいられなかった。
(そもそも……本当なら、私はもっと……普通の女の子の筈なのに……先輩と真央さんが……)
何かとエロい事を要求してくるせいで、最近加速度的に普通離れをしてきている気がする――否、それは“気がする”ではなく、恐らくは事実なのだ。
(…………私も、もうちょっと…………ダメなことはダメ、って……はっきり断らないと……)
自分にも悪い点はある――反省はせねばならない。そう、過去にも何度そう思い、改めようと思ったか知れないのだが。自覚がある事と、反省が活かせるかどうかは全くの別物だった。
(……とにかく! 頭を切り換えなきゃ…………家に、帰るんだから)
漸くにして到着した宮本邸の門扉を前にして、由梨子は強烈な違和感を覚えた。たった二日帰らなかっただけだというのに、まるで一年かそこらは留守にしていたかのような錯覚に陥ったのだ。
(……そっか。また今日から……ご飯作ったり……洗濯物干したり、自分でやらなきゃいけないんだ)
振り返れば、紺崎真央としての生活は楽しくて堪らなかったように思えてくる。きちんと食事を用意してくれる母親がいて、大好きな月彦の側にいつも一緒に居ることが出来て。
(…………ああ…………だから、私……あんまり家に帰りたい、って思えなかったんだ)
今までは、それが普通だった。しかし一度それよりも良い生活を知ってしまうと、かつての生活に戻る事が苦痛で堪らなく思えてくる。
「………………はぁ。」
とはいえ、そんなことを嘆いていても仕方がない。自分には、この家に帰るしかないのだから。由梨子はぺちんと頬を叩き軽く気合いをいれてから、ドアの鍵を開け、ノブを回した。その先には、いつもの見慣れた我が家の玄関が在る筈――だった。
「……え?」
ドアを開けた先に広がる光景を目にしたその刹那、宮本由梨子の時間は静止した。
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