宮本武士の、佐々木円香に対する最初の記憶は――“ピンクの下着”だった。
姉の由梨子が家に円香を招き、二人で階段を上がっていく。何気なくその下を横切った際、不意に目が動いてしまったのだ。姉に比べて、数段短いスカートから、ちらりと。
それは、姉と円香が階段を上りきり、部屋へと消えるほんの一瞬の出来事。武士の胸にはモヤモヤとした塊が残ったが、それで好意を抱いたというわけではなかった。
むしろ、なんと軽い女なのだと。高校生にしても厚めの化粧に加えてあのちゃらちゃらとした外見には軽く苛立ちすら覚えた。円香の影響で姉までそういう風になってしまうのではと些か危惧も懐いた程だ。
きっと、自分とは絶対に相容れないだろう――武士が最も軽蔑する、“誰とでもすぐ寝る女”の代表の様な位置に円香は置かれていた。そう――あの日、歩道橋で再会するまでは。
すぐには、同一人物だとは解らなかった。髪型も変わっていたし、何より窶れきったその顔立ちはちゃらちゃらとした円香の印象とはあまりにかけ離れていた。
しかし、武士が本当の意味で驚いたのは――円香に声を掛けた後だった。
「誰……?」
円香は虚ろな目の焦点を武士で漸く結ぶや、夢の中の様な声で呟いた。その一言が、武士には少なからず衝撃を与えた。
「だれ、って……」
言葉を失った。もしや、人違いだったのかと。しかし、こうして見れば見るほど、その面影は記憶の中にある佐々木円香そのものだ。
(……俺の事、覚えてない……のか?)
確かに、殆ど会話らしい会話をした覚えは無かった。まともに喋ったのは以前、姉が入院した際にその病室を聞かれた時くらいだ。
だから、自分の事を覚えていない――その可能性も無くはなかった。が、しかし――そんな事はあるのだろうか。
「私のこと……知ってる人だったら……ごめんなさい。……私、解らないの」
そんな武士の心中の疑問に答えるように、円香はそっと目を伏せる。
「ちょっと……“事故”に遭って……それで……」
「じ……こ……?」
成る程、この円香の変わり様はその“事故”とやらのせいなのか――心中の疑問に幾分だが納得がいった。
「名前……」
ぽつりと、円香が呟く。
「名前……聞いても、いい?」
「……武士。宮本、武士って言うんだけど」
一拍、間を置いて首を振る円香の瞳は、酷く悲しげに見えた。
その後に武士がとった行動は、武士自身良く解らなかった。とにもかくにも、いつまでも寒空の下、歩道橋の上で寝そべっているわけにもいかない。円香の手を引いて立たせ、近場のファミレスで暖をとった。
一体何があったのか、何故あんな真似をしようとしたのか――等々、殆ど質問攻めに近い事をしたが、円香からの答えは殆ど返ってこなかった。
というより、言葉は返って来るが、それがほぼ一律“解らない”なのだ。散歩をしていて、何のけなしに歩道橋を登り、車のライトの川を見ていたら吸い込まれた――何故そうなったのかは解らない、といった具合だ。
(一体、何が……)
と、思わざるを得なかった。武士の中にある円香という人物は、到底“自殺”等という行為からはかけ離れているように思えた。しかし、今目の前に居る円香は――それこそ、吹けば消えそうな程に、儚い光りしか灯していない蝋燭のような危うさがある。
(姉貴と……何か、あったのか……?)
そういえば、と武士は思い出す。前に、円香に病室を教えた後――姉に随分と小言を言われた事を。“あの人”とはもう何でも無いから――そう言って、円香との一切の接触、会話をしない様、厳しく言われた。
そもそも武士自身、円香と交流があったわけではない。姉のあまりに棘のある言い分には些か不満も覚えたが、もとより接触する予定も無い相手との交流を禁じられた所で痛くも痒くも無い筈だった。――こうして、変わり果てた円香を目の当たりにするまでは。
(どう……すりゃ、良いんだ……)
じゃあ、もう俺は帰るから――そう言って、一人先に席を立つ事は簡単だった。しかし、その後何事も起こらないという保証はない。もし、“万が一”が起きてしまった場合、ひどく寝覚めの悪い事になるのではないか。
「……もう、夜も遅いから。…………家まで、送るよ」
だから、そう切り出したのは――別段円香の事を気遣っての事ではなく、あくまで自分の為だった。とりあえず家まで送れば、自分には何の責任も無い――そう言い訳をする為だけの、ひどく偽善的な行為。
なのに。
「……ありがとう」
ぽつりと呟かれた、円香のその言葉。なんとも無垢で、無防備な――そう。こんな偽善的な行為にすら、全幅の信頼を置いているような、静かな笑みが、武士の胸に衝撃を与えた。
(違う、この人は――)
こんな人じゃなかった――席を立ち、会計を済ませて店を出るも、武士の心は揺れ続けていた。
(なんて、危うい……)
武士には、円香を騙してどうこうしよう等という気は微塵も無い。無いが――しかし、これが自分ではなく、もっとタチの悪い男であったなら。きっと――腹の底で舌なめずりをしながら優しい言葉をかけてやるのだろう。そして――
(……っ……!)
違う、考えすぎだ――武士はかぶりを振りながら、夜道を先導するように歩く。あの……と、円香が小声を出したのはその時だ。
「私の家は……こっち……」
「……ああ、ごめん……ちょっと、考え事してて」
無意識のうちに自宅へのルートをとってしまっていて、慌てて武士は踵を返した。とはいえ、元から円香の家を知っているわけでも無かったから、定期的に円香の指示を受ける事になる。
(……本当に、こんな人じゃ、無かった……)
円香といえば、下着が見えそうな程に短いスカート――事実、見えたのだが――という連想が出来る程に、制服私服限らずそんな格好ばかりを目にしていた。しかし今は、足首まであるようなロングスカートにカーディガンという、対照的とも言える出で立ち。無論、季節の関係もあるだろうが、しかしそれにしても以前の円香に比べれば慎ましすぎる格好だった。
以前はピンで前髪をとめ、露出させていた額も今は隠すように前髪を下げてしまっている。セミロングの髪と、ゆらゆらと幽鬼のような足取りも相まって、まるで深夜の病室から抜け出してきた少女――といった風貌だ。
(……何があったら、人はここまで……変わるんだろう……)
どちらの円香が良いか――という絶対的な基準などあるはずがない。あるはずが無いが、しかし武士個人の視点からだけで判断すれば、まるで憑き物が落ちたかのように毒気が抜けて見えた。抜けすぎて――目が離せない程に。
(……何……だ、この、気持ちは……)
どくん、どくんと――心臓が奇妙な鼓動を繰り返す。かつて、どんな異性相手にも感じた事のない、不思議な胸の高鳴りが、円香の姿を見ていると沸き起こるのだ。
(違う、俺は――)
あんな、ちゃらちゃらした女なんか大嫌いだ――胸を抉るように爪を立てながら、ぎりりと歯ぎしりをする。しかし、目が円香の姿を捉えるたびに情報が上書きされ、“印象”が暈かされていく。
苦々しい思いに唇を噛みながら歩き、はたと。唐突に円香が足を止め、慌てて武士も足を止めた。円香が足を止めたのは大きな門扉の真ん前であり、その奥には――宮本邸の四,五倍はあろうかという敷地と、中流をやや逸した見事な邸宅が建っていた。
(円香さん……金持ちだったんだ……)
女物のアクセサリーや装飾品の値段などには疎いから、武士には全く気が付けなかった。しかし、表札には確かに“佐々木”と書かれていた。
「…………えと、武士くん……だったよね。……送ってくれてありがとう」
「……っ……」
たけしくん――円香の唇から発せられた言葉に、脳がぐらりと揺れる。
「……別に、大した事じゃ……」
しかし、高鳴る胸の鼓動とは裏腹に、不機嫌そうな声しか出せない。ぷい、とそっぽを向きながら――さも“こっちはとんだ迷惑だ”と言わんばかりの態度。
(違う、何……言ってんだ……)
汗ばんだ掌を、ぐっと握りしめる。
(ここで、別れたら……もう――)
会うことは難しいだろう。そう、“ただ”別れたら難しい――その思いが、武士の背を押し、俄に歩を進めさせる。
「……待って」
門扉を開けて、静かに邸内に入ろうとする円香を辛うじて引き留める。
「携帯……持ってる、よね」
こくりと、円香は頷く。武士はすぐにスポーツバッグからルーズリーフを一枚取り出し、震える手でそこにペンを走らせた。
「……これ、俺の携帯の番号とメアド。俺……夜とか基本的に暇してるから、気が向いたら、か……かけ……っ……」
さも無難に、社交辞令っぽく言って渡す筈が、動揺を隠しきれず舌を噛んでしまう。無垢な童女のように首を傾げる円香の視線にかあっ……と頬が熱くなるのを感じて、武士はルーズリーフを円香に押しつけるようにして慌ててその場から走り去ってしまった。
(っっ……何やってんだっ……俺っっ…………!)
身も凍るような寒さの中、一人湯気を噴きながら自宅へと全力疾走する。無論、この時はまだ――武士自身、己の内に芽生えた想いを自覚することが出来なかった。
携帯が鳴るのが、これほど待ち遠しいと思った事は無かった。充電器に繋いだ携帯を眺めながら悶々とし、無駄に夜更かしまでしてしまった。しかし夜中の二時を回っても携帯は鳴らず、そこで武士の意識は潰えた。
一夜明けて――そして、武士は漸く、己の最大の失策に気がついた。
(しまった……円香さんの番号とメアドも聞いとくんだった……)
自分の番号を渡すだけでは不十分だったのだ。円香の番号、メアドを聞いておけば――と、後悔しても後の祭り。
(……待てよ、なんで……俺……円香さんからのメールなんて待ってんだ……)
はたと冷静になって、そこに気がつく。考えてみれば、自分に円香からのメールを待つ理由などあるはずがないのに。
(なんか……スッキリしねぇ……な……)
胸中にモヤモヤを抱えながら洗顔と着替えを済ませ、まだ暗い中家を出た。姉が熱を出し、朝食も弁当も作れる状態ではないから、途中のコンビニで何かしら腹に入れるつもりだったのだが。
「クソッ……!」
舌打ちが出るほどに食欲が湧かない。自分は姉とは違う。心の動きと食欲の間にはなんの関連性も無い――そう思っていた。しかし、朝食用にと買ったおにぎり二つを食べるのが苦痛で仕方なかった。
食べる、というよりは殆ど口の中に入れ、噛みつぶし、お茶で流し込む――という形の朝食を終え、急ぎ足で学校へと向かった。
サッカー部の部室には、早くも灯りが灯っていた。武士もすぐに部室で着替えをし、アップを始める。
(今日は……だいたい二十人って所か)
部の人数自体はもっと居るのだが、“自主参加”の朝練時はその半分も居れば上出来の部類だった。
武士自身、その状態を良い、とも悪い、とも思っていなかった。もとより、強豪というわけでもない、“なれ合い”のチームだ。試合で勝つことも大事だが、それ以上に楽しくやろう、というのがチーム全体の風潮である以上、武士一人がガツガツしても始まらない。
そう、いつもならばそうして――気の合う仲間同士組んで柔軟をやったり、パス回しをやったりとそれなりに充実した時間を過ごせる筈だった。しかし、今は――部室のロッカーに残してきた携帯にばかり気がいってしまう。
結果、八対八でやったミニゲームでは武士はゴールキーパーとして四失点を許す体たらくだった。とはいえ、誰一人目をつり上げて咎めるチームメイトも皆無。それもその筈、武士は本来キーパーでは無いからだ。
(まぁ、それがそもそも……おかしい所なんだけど)
本来キーパーでは無いのだが、しかしチームとしての正ゴールキーパーは武士――というのが現在のチームの状態。それは単純に、一年に“使える”キーパー候補が居らず、二年の誰もキーパーをやりたがらなかった為、くじ引きの結果――という他校のサッカー部には口が裂けても言えない事情からに過ぎない。
元々武士の学年にはキーパー候補が一人しか居らず、夏の大会までは三年生が居るのだから――と、それに甘えて予備を育てなかったのがそもそもの運の尽き。三年生が引退し、ゴールキーパーが事実上二年生一人のみ――となってしまったその直後だった。その生徒が、親の仕事の都合で転校してしまったのは。
よって急遽、新しいキーパーを育てる羽目になってしまったわけなのだが、所詮顧問教師も部員もその程度の熱意しか無い部活だ。無理矢理押しつけられた形になる武士がどれだけ失点しようが、「ドンマイ」の一言で片づけられてしまうというわけだった。
ただ、武士としてはいつまでもそれでは埒があかない。例えくじ引きで仕方なく引き受けたポジションとはいえ、いつまでもチームの足を引っ張り続けるというのも情けない。やる気のない部活とはいえ、朝練に参加しているのはそういう思惑もあったわけなのだが。
(……身が入らないんじゃ、やるだけ無駄だな)
武士自身、“まだ”身が入らない理由を昨夜の件だとは思いたくなかった。しかし、朝練を終え、制服に着替えて何のけなしに携帯を見たとき――最早自分でもそれを否定出来なくなった。
携帯が着信していた、一通のメール。見慣れないアドレスから送られてきたそれを開いた刹那。武士は人目も憚らず快哉を上げていた。
件名“おはよう”から始まるそのメール。かつて、携帯に着信したメール一通でこれほどまでに幸福な気持ちになった事は無かった。
(“一晩考えて、思い切ってメールしてみました。……迷惑だったらごめんなさい。でも、もし良かったら……これからもメールしても良いですか? 返信待ってます。”……か)
思わずニヤつきそうになる顔を右手で隠しながら、まずはすぐに円香のアドレスをアドレス帳に登録した。そしてすぐさま返信をしようとして、はたと考える。
(……すぐに返したら、いかにもがっついてるように思われないかな……)
待ちわびていた事を悟られたくない、少し間を置いて返した方が良いのでは――そんな考えが沸いて、ひとまず返信を思いとどまる事にした。
とりあえず一時限目の休み時間に返信しよう――と思って授業を受けるも、頭の中は円香からのメールの事ばかり考えてしまって、到底授業に身が入らない。やっと授業が終わった、さあ返信をしようとするも、今度はその文面が思い浮かばない。
(……なんて、返しゃいいんだ……)
真っ先に浮かんだのは“メールありがとう”の一文。しかしその先が思い浮かばない。悩んでいるうちに休み時間が終わり、授業が始まってしまう。
授業中もああだこうだと考えるも、やはり名案が浮かばない。そんな事を繰り返しているうちに今度は昼休みになってしまった。
「ぐ、ぐぐ……」
携帯がミシミシと軋む程に力を込めても、良い考えが浮かぶ筈もない。かといって、これ以上延ばしては“メールされるのは迷惑”と円香に誤解をされてしまう危険性があった。
武士は断腸の思いで返信ボタンを押し、“返信が遅れてごめん。迷惑なんかじゃないので気にせず、これからもどんどんメール下さい。電話でもOKです”――と返した。
(……もっと、気の利いた事が言えれば…………)
送信した後で後悔するも、後の祭り。ドキドキしながら返信を待ったが、しかし昼休みが終わっても、そして全ての授業が終了しても、円香からの返信は無かった。
返信したメールの文面が悪かったのか――或いは、“間”が空きすぎたのか。これからもメールをしていいですか――そう尋ねる相手にどんどんメールしてくださいと返したにもかかわらず、一切のメールが来ないという状況に武士の胸のモヤモヤは質量を増した。
至極、午後の部活にも身が入らず、シュート練習の際には二度も顔面にボールを受けてしまい、鼻血まで出してしまった。お飾り同然の顧問教師からもさすがにヤジが飛び、気のないプレーは怪我に繋がると説教をされた挙げ句、しばらく一人でリフティング練習をやらされるという羽目にまでなってしまった。
(駄目だ……頭がどうにかなっちまいそうだ……)
リフティングをしていても、円香の事ばかりが頭をよぎり、凡ミスを繰り返してしまう。メールが帰って来なかったのは何故だろうと、そんな事ばかり考えてしまうのだ。
「っ……と、……」
前方へと跳ばしてしまったボールを手前に戻そうと足を伸ばすも、つま先でぽーんと弾くという我ながら情けなくなるようなミス。慌ててグラウンド端の金網の側までボールを拾いに走ったその矢先。
「武士くん」
聞こえるはずの無い声に、ボールを拾おうと屈んだ武士の手は止まった。
「ま、円香……さん!?」
顔を上げると、金網の向こうに微笑を浮かべた円香が手を振っていた。
かあぁっ……一気に顔が熱くなるのを感じて、武士は慌ててボールを拾い、踵を返した。
(な、何で……どうして、円香さんが……)
どくんっ、どくんと脈打つ心臓を抑えながら恐る恐る振り返る。円香は不思議そうに首を傾げていたが、武士の視線に気がつくや、また笑顔で手を振ってくる。
(うわぁっ……うわぁぁああっ!!)
武士はもう何がなにやら解らなくなり、一直線に監督兼コーチ兼顧問教師に詰め寄っていた。
「もう大丈夫です。練習に復帰させて下さい!」
鬼気迫る表情、というのはまさにこの事だろう。顧問教師は完全に武士の剣幕に押される形で、渋々練習への復帰を認めた。
その後のありとあらゆる練習メニューで、武士はゴールキーパーとして、ただの一度もボールをネットに触れさせなかった。
ひょっとしたら、待っていてくれてるんじゃないか――そんな淡い期待を胸に、武士は部活が終わるなり猛ダッシュで校門の外へと飛び出した。そのまま、サッカー部用のグラウンドの外までぐるりと回るも、そこに円香の姿は無かった。
「はあっ、はあっ……く、そ……」
やはり、駄目だったか――元々望みが薄いとは思っていたが、それでも落胆は隠しきれない。この寒空の下、一体誰が好きこのんで何時間も待っているだろう。それも、昨日今日知り合ったばかりの、友人ですら無い相手の為に。
はぁ……と白いため息をついたその時、たたたっ……と。軽い足音が背後で聞こえた。まさか――そんな期待を込めて、武士は振り返った。瞬間、それまでの落胆は、歓喜へと変わった。
「……良かった、もう……帰っちゃったかと思って」
息を弾ませながら走り寄ってきたのは、紛れもない佐々木円香。
「円香……さん……」
武士はもう心が震えるのを感じて、言葉を失ってしまう。
(聞きたい事は……山ほど、ある……)
しかし、言葉が出ない。舌が、唇が動かない。ただただ、眼前に立つ相手の姿を見ることしか、武士には出来ない。
「犬……置いてきたの。連れたままだと……いろいろ、不便だから」
「犬……?」
はて、と。武士には円香の言っている事が解らなかった。必死で記憶を探り、そして漸く――“思い出した”。
「ああっ……」
そう、先ほどの部活時。金網の向こうに立つ円香にあまりに驚いて殆ど目に入っていなかったが、円香は確かに犬を連れていた。
(犬の……散歩中だったのか……)
それで偶然、学校の前を通ったら見知った顔があって、立ち止まっただけなのか――合点がいくと同時に、軽い失望。
(そりゃ……そうだよな……昨日会ったばかりなのに、なんで……)
思い上がりも甚だしい、と心の中で舌打ちをする。
(あれ、でも……それならなんで……)
円香はわざわざ犬を置いてきたのか。新たな疑問に、武士の心は揺れた。。
「武士くん……ゴールキーパーなんだね」
沈黙を破ったのは、円香のそんな一言。
「えっ、あ……うん……くじ引きで、押しつけられただけなんだけど」
「そうなの? それなのに全部止めちゃうんだ……凄いね」
「いや、それは――」
単純にチームメイトのシュート力がしょぼしょぼなだけ――そう説明したかったが、巧く口が回らない。
「私、サッカーの事はよく分からないけど、ホント……凄く、格好良かったよ。武士くん」
「っっっっ……!」
円香の微笑みと、その一言に武士はぼんと湯気を噴いてしまう。到底向き合っていられる筈もなく、ぷいと顔を背けて意味もなく金網に額を押しつける。
(く、そ……なんで、こんな……)
今まで、他の誰に褒められた時も多少のくすぐったさはあったものの、照れて赤面――目も合わせられないなんてことは一度も無かった。
(駄目だ……変な男だって、思われちまう……!)
しかし、赤い顔のままでは円香の方に向き直る事も出来ず、武士は祈る様な気持ちで上気した肌が通常に戻るのを待つしかなかった。
「……武士くん?」
「…………ごめん、俺……あんまり、褒められるの……慣れて、なくて……」
顔を背けながら、辛うじてそんな言葉を絞り出す。
「今日だって…………円香さんが見ててくれたから……頑張れたっていうのも、あるし……」
「私が……?」
不思議そうな声を出されて、武士はギクリと肝を冷やす。
(や、べ……ホント、何言ってんだ、俺……)
紅潮した顔から、一気に血の気が引く。
(円香さんとは……昨日、知り合ったばっかだってのに……)
正確に言えば、それ以前から面識はあったのだが、そういう問題でもない。どうしよう、どうしようと両腕に不自然な力がこもり、掴んでいる金網がぎしぎしと軋みを上げる。
「だ、だから――」
やばい、やばいと思考がぐるぐる回る。一体どう言えば、円香に“誤解”されずに済むのだろうか。
どく、どくと心臓が早鐘の様に鳴る。熱い血潮がギュンギュン音を立てて血管内を巡り、結果――武士の思考はオーバーフローを起こしてしまう。
「……もし……暇だったら――」
武士自身、最早己が何を言っているのか理解していなかった。ぐるぐると下手な考えが散々回った末、結局戻ってきたその場所は、所謂“本音”であり。
「これからも……練習見にきてくれたりとかしたら、俺も……凄く、嬉しいし……頑張れるんだけど」
目眩を覚えながら、武士は漸く言葉を切る。何も考えられず、何も聞こえない――そんな思考の桁あふれ状態にもかかわらず。
「……うん。見に来るよ」
その円香の返事だけは、静寂の中に響くピアノの高音の様に、武士の心に届いた。
“その日”から、宮本武士と佐々木円香の――所謂“交際”が始まった。些細なメールのやり取りから、携帯での会話。円香は殆ど毎日と言っても良いくらい部活の見学に顔を出し、その帰りには必ず何処かに立ち寄って夜が更けるまで話をした。
“その事”に違和感を覚え始めたのは、丁度一週間が経過した頃だった。
(事故、で……部分的に記憶喪失になったってのは……解る――)
事実、どれほど会話を重ねても、円香から由梨子の話は一度も出なかった。武士がそれとなく姉の存在を仄めかしても、特に食いついてくる様子も皆無。
(仲……良かった筈なのに……)
しかし、姉の態度を見るに“最後”は酷い拗れ方をしたのだろう。それは、何となく察することは出来る。だから、武士は円香に無理に由梨子の話題を振らないし、二人を会わせようとも思わない。きっとどちらにも良い事は無いと思うからだ。
(でも、だからって――)
本当に昨日今日出会ったような自分に、こうまで円香が合わせてくれるだろうか。武士が疑問に思うのはそこだった。
例え姉の由梨子と決裂しても、円香には他にいくらでも友人は居る筈だ。それこそ、社交性という点では自分や姉に比べるべくもない――以前の円香ならば、だが――筈だ。
それだけに、武士には不可解だった。まるで、世界にただ一人、宮本武士しか、寄る辺がないような素振りをする円香の行動が。
そしてとうとう、武士はその疑問を一人で抱えきれなくなった。部活の後、殆ど定例とも言っていい喫茶店――或いはファミレス――での談笑。その時に、疑問を口にしてしまったのだ。
円香が、ハッと息を呑むのが解った。俄には口にしづらい事を言うのだと、武士にも解った。
「……私、学校辞めちゃったから」
「え……?」
「だから……学校の友達とか……全然会ってないの。……もともとそんなに仲が良かったわけでも無かったし」
広く、浅い付き合いだった――円香は自分の交友関係をその様に表現した。
「それに……会ったら、絶対……“あの事”も聞かれるから」
「あの事……って……」
円香は答えず、ただ肩を抱いた。窓の外――流れる車のライトを見て、不意に視線を戻し、そして笑う。
「出来れば……武士くんには、知って欲しくないな」
それ以上の追求は、武士には出来なかった。
その日の会話はそれで終わったが、その後も円香との交際は続いた。武士はもう、ハッキリと円香への好意を自覚していたし、円香からそれに似たものが寄せられるのも感じていた。
ファミレスでの談笑を終え、家に送る時などは手を繋ぎ、佐々木邸の門扉に着いても別れが惜しく、話し込んでしまう事もしばしば。
さすがに毎日が深夜帰宅ではいろいろとマズい――そんな意見がどちらともなく出たのはその頃だ。
最初は、切り上げる時間を早くしようという事になったが、これは見事に失敗した。ならば、会うのを一日置き、或いは二日置きにしようという話になった。これは、ある意味では功を奏したが。
(……円香さんに……会いたい…………っ……)
“会えない日”は己の胸中で膨らむその想いに、武士は一日悶々とする羽目になった。一分でも、一秒でも長く姿を見て、声を聞いていたいのに、それが叶わない。
(今なら……姉貴の気持ちが……解る気がする……)
以前、雪の降る夜にいきなり家を飛び出していった姉を必死で捜し回った事があった。あの時は、何かと世話を焼かせる姉に毒づき、苛立ちもしたが、今では寒空の下、矢も楯もたまらず飛び出してしまった姉の心境が嫌と言うほど理解出来た。
(俺だって……いつ、“ああ”なるか……)
姉とは同じ血が流れているのだ。自分だけ例外と考えるのは傲慢だろう。
(姉貴は、良い……毎日学校で会えるんだもんな……)
しかし、自分は。少なくとも通常の学校生活を送る上では、円香との接点は皆無。どちらかが行動を起こさねば会うことは出来ない。
否、“どちらかが”ではない。少なくとも円香が家から出てくれない事には、武士には会う術がない。何故なら、円香自身に家を尋ねてくる事は堅く禁じられているからだ。
(事情があるって、言ってたけど……)
円香の言い分はこうだ。家に両親は殆ど居ない。代わりに、年配の家政婦が居て、その家政婦は両親と通じている。もし、男を家に上げた等ということになれば、下手をすれば外出禁止になってしまう――と。
それでなくとも、連日の深夜帰宅でかなり危うい所にまでなってしまっているのだと。そう、武士としては深夜帰宅など痛くも痒くもない。しかし、円香は――違う。
(円香さんの事もちゃんと考えないと……でも……)
強烈に胸を突き上げてくる衝動が、武士にはどうにも抑えがたかった。
週末は二人で何処かに出かけよう――そんな話も、ちらほらと出来る様になった。平日は相変わらず二日に一度、三日に一度しか顔を合わせなかったが、それだけに二人きりで居る時間は至福だった。
初めてキスをしたのは、二度目のデートの帰り。夜も更け、佐々木邸の前まで円香を送り、一言二言話して別れる――筈だった。少なくとも、それまでは。
「……円香さんっ……!」
門扉に手を掛ける円香の背に堪えがたいものを感じて、夢中で抱きしめていた。円香は最初こそ驚いたように身を竦ませたが、すぐに前へと回された武士の手にそっと自分の手を重ねた。
それから先の事は、武士は良く覚えていない。円香が何かを言って、自分が抱擁を緩めたのか。それとも無意識のうちに抱擁を緩めてしまったのか。
気がついたときには、円香と向き合っていた。そして、見えない何かに導かれるように――唇を重ねた。
「んっ……」
互いの唇の感触を確かめるような、そんな優しいキス。ほんの二、三秒触れあうだけのそれは、武士の腕の中から円香が身を引く形で終わった。
「……おやすみっ」
円香は、照れ混じりの笑顔を浮かべていた様に見えた。すぐに背を向け、門扉を潜り、逃げるように家の中に入ってしまう。
円香が家の中に入り、そして円香の部屋らしき場所に灯りが灯っても、武士はその場から動けなかった。
ただ呆然と、呆けたように立ちつくし。そして漸く――その手だけが動いた。
(俺……円香さんと……キス、したんだ)
己の唇を触る。まだ円香の唇の余韻が残っているのか、いつになく“熱く”感じた。
純粋な想いから、性の対象への昇華。――否、それを果たして昇華と呼ぶべきか。
ファーストキスは確かに宮本武士に凄まじい衝撃を与え、その日の夜から――彼の中で佐々木円香は漠然とした思い人ではなく、血肉を持った異性となった。
それまでは一度もそんな気は起きなかったというのに、この夜初めて武士は円香の事を想って自慰をした。
事の後で、自分が酷く薄汚れてしまった気がした。しかし、わき上がる衝動はどうしても堪えられなかった。
一度では終わらなかった。円香とのキス――あの唇の感触を思い出すたびに、何度も、何度も。
まだ見ぬ円香の肢体を想像しながら、武士は夢中になってそれを汚した。
精魂尽き果てて漸く、強烈な後悔が襲ってきた。一体これから、どの面下げて円香に会えばよいのかと。一晩悩み抜いた。
しかし二日後、再び円香と顔を合わせた時にはそんな事などおくびにも出さない自分が居た。代わりに、目が。
「……武士くん?」
円香に首を傾げられて、ハッと視線を戻す。気がつけば、円香の体の輪郭を辿るように視線を這わせてしまっているのだ。
(ダメ、だ……こんな……いつか、円香さんにも、気づかれる……)
事実、こうして喫茶店で向かい合って話をしているだけで、武士の頭の中は淫らな事で一杯になってしまっていた。
いつも厚手のセーターやらワンピースやらの上からカーディガンを羽織り、以前とは別人の様に体の線を出さない円香のスタイルを少しでも克明に知りたくて、目が舐めるように動いてしまうのだ。
(円香さんって……結構胸……あるんだな……)
それとも円香くらいの年ではこれが標準なのだろうか。同級生の女子よりも、そして姉よりも明らかに、はっきりとその存在を誇示する胸元についつい目が引き寄せられてしまう。
「何でもない。……それで、今週の日曜……なんだけど」
「うん。練習試合があるんだよね? 私、応援にいくから!」
身も心もとろけるような、円香の笑顔。以前ならば、その笑顔の為ならば何でも出来ると、そう思っていた。
しかし、今は。
(……ッ……なんで、性欲なんてモノが、あるんだ…………)
自らの内にわき上がる黒い衝動が、武士は疎ましくてならない。それさえ無ければ、自分は純粋に円香の事を好きなだけで居られるのに。汚らしい妄想などに頭を悩まされずに済むのに。
(円香さんを……汚したくなんて、ないのに……)
自分は、性欲に関しては淡泊なのだと。そう思っていた。回りの友人達が何故AVや成年誌に躍起になって食いつくのか、理解が出来なかった。
無論、過去に自慰をまったくしたことがないわけではなかった。しかし、興味本位でしたことはあっても、あのような――どうにも抗いがたい黒い衝動に突き動かされて、というのは初めての経験だった。
(ダメ、だ……本当に、このままじゃ……俺……)
テーブルの上で組まれ、さしたる意味も無さげに動く円香の指の動きにさえ目を奪われてしまう。円香が喋れば、その唇に釘付けになる。
(……っ……)
必死に己を律さないと、下半身までもがいきり立つ。テーブルで死角になっているから円香には解らないだろうが、しかし収まらなければ席を立つこともままならない。
「武士くん……本当に今日はどうしたの? 具合……悪いの?」
「いや……今度の試合の相手、ちょっと強いから。……緊張してるだけ」
「大丈夫だよ。最近……武士くん達、凄く頑張ってるじゃない。きっと勝てるよ!」
確かに、円香の言うとおり。ここに来て不思議とチームの士気は上がっていた。それは偏に、円香の事で良からぬ妄想を懐く余力など残らぬ様、徹底的に己を扱き抜く武士に触発される形でチームメイト達までもが気合いの入った朝練、居残り特訓を繰り返しているからだった。
(怪我の功名って言えば……聞こえは良いけど……)
足下も覚束なくなる程に己をいじめ抜いて、風呂場で居眠りしかけるほど疲れているのに。それでも――円香の事を考えると、体が熱くて眠れなくなってしまうのだ。
「……本当はね、武士くんと待ち合わせしてない日も……こっそり様子見に来たりしてたんだ。気づいてなかったでしょ?」
悪戯っぽく笑う円香は本当に無邪気だった。それだけに尚更、夜な夜な淫らな妄想に取り憑かれている自分が汚らしい生き物に思えてならない。
「……あのさ、円香さん」
ぎっ……と、皮膚が軋む程に拳を握る。
(ダメだ……俺、何……言おうとしてるんだ……)
何か、自分ではない“何か”が、勝手に自分の体を動かしているような、そんな錯覚を武士は覚えた。そう、本物の宮本武士は幽体離脱かなにかをしてしまっていて、偽物の自分が喋るのを、後ろから眺めているような。
「今度の試合、さ……もし……もしだよ。俺が……無失点に抑えたら――」
「うん?」
「円香さん……うちに遊びに、来ない?」
はっ、と。円香が息を呑むのが解った。刹那、武士の体を動かしていた“何か”は去り、代わりにどっと冷や汗が出る。
(や、べ……俺、言って――)
すぐに何か、尤もらしい言い訳をしようとした。しかし――真っ白になった頭の中からは、どんな妙案も浮かんでこなかった。
当然の事ながら、円香は武士が言わんとする事を悟っていた。そうでなければ、こんな――何かを迷う様な目の伏せ方はしないはずだ。
だが――。
「……うん、いいよ」
武士にとって、永遠にも思える数秒の後。円香は意外にも笑顔でそう答えた。
「まだ……武士くんの部屋、行ったこと無かったもんね」
そして冗談っぽくそう付け加えた円香の笑顔はいつも通り。そう、いつも通りだっただけに、武士は余計に後悔に苛まれた。
(……円香、さん…………)
しかし、もう遅い。例え“無失点”が実現しなかったとしても、自分と円香の“形”はこれからガラリと変わるだろう。
それも、決して“良い形”ではない――何故か、武士にはそう思えてならないのだった。
実際の所、練習試合の相手は決して強いとは言えなかった。同じ公式戦一回戦敗退が常の弱小サッカー部同士での半ばなれ合いのような練習試合。
武士は勿論の事ゴールキーパーとして参加し、そして――円香への宣言通り、前半後半両方を無失点に抑えた。
対峙した相手選手が狙っているコースから、考えている事まで何もかもが筒抜けになっているかの様な抜群の読み――武士自身、己に何か良くないモノでも憑いているとしか思えなかった。
試合結果は、1−0の辛勝。終始劣勢だったことを鑑みると、奇跡と言っても良い粘り勝ちだった。
円香は当然のように応援に来ていたし、純粋に勝利を喜んでくれた。しかし、その笑顔はそれまでとは違って、憂いを含んでいるように見えた。
武士は、敢えてそれを無視した。
円香との話し合いの末、“遊びに来る日”は休日ではなく平日の夕方と決まった。それはそのほうが“家族の邪魔が入りにくい”と武士が判断したからに過ぎない。休日では、姉は兎も角親の動きが不明だったからだ。
無論、円香が来ると決まったその日は前もって姉に断りを入れた。普段姉がしていることなのだからその主張は当然だと武士は思っていたし、何より姉と円香を引き合わせない方が良いだろうとも思った。
当日、武士は“一身上の都合”と部活を休んだ。クラスが同じチームメイトなどには既に昼の内から練習を休む事を伝えていたし、顧問教師もさして咎めるような事も言わなかった。
校門を出て、予め示し合わせていた場所で円香と落ち合った。円香は、少なくとも表面上は普段通りの様子に見えた。
「部活休んで……大丈夫なの?」
「たまの休みも認めてくれないような部活なら、とっくに辞めてるよ」
愛想笑いを返して、先導するように歩き出す。夕方とはいえ、さすがに人目がある中で、これ見よがしに円香と並んで歩くことには躊躇いを覚えた。
至極、武士が前、円香がやや後ろ――という形になる。しかし、二人の位置がずれてしまうのは、単純に人目を避ける為だけというわけでもなかった。
(……円香さん、やっぱり……嫌、なのかな)
いつになく、円香の歩みが遅い様に思えた。それとも、気が逸る余り自分が早足になってしまっているだけなのか。武士には判断が付かない。
待ち合わせた場所から自宅までは、徒歩で十分もかからない。近づくにつれどちらも口数が減り、やがて完全な沈黙が二人を包む。
「あれ……」
その沈黙を破ったのは、円香だった。宮本邸まであと十数メートルといった所で、疑問の声を上げた。
「どうしたの?」
「……ううん、なんでもない」
とは言うものの、腑に落ちないという顔をする。武士は敢えて気がつかないフリをして、玄関の鍵を開ける。
「入って」
促して、円香を先に入れ、自分も続く。かちゃり、と後ろ手に鍵をかけたのは、特に何かを意図しての行動ではなかった。
「やっぱり」
玄関の中に入るなり、またしても円香がそんな声を上げた。
「ねえ、武士くん……私、武士くんの家に来るの……初めて、だよね?」
武士は答えに窮したが、結局無言で頷き、靴を脱ぐ。
「上がって。今日……誰もいないから」
「……うん。おじゃま……します」
今日は誰もいない――その言葉を聞いた途端、円香の表情の影が濃くなったように見えた。勿論――武士は無視した。
鞄を肩に、静かに階段を上がる。木の軋む音で、円香がすぐ後ろについてきているのが解った。
「ねえ、武士くん……」
「なに?」
「ひょっとして、武士くんの部屋って……あそこ?」
階段を上りきった所で、ふと円香がドアの一つを指さす。武士は、微かに口の端を歪めた。
「違うよ。俺の部屋は、その隣」
「あれ……でも、私――」
円香はその先を言わなかった。武士も聞きたくはなかった。無言で歩を進め、自室のドアを開く。
「入って。散らかってるけど」
散らかってる――それは殆ど社交辞令の様な言葉だった。絶対そうは見えない様、前日徹底的に掃除をした自室は少なくとも武士の目には完璧に片づいて見えた。
「……綺麗な、部屋だね」
円香の言葉を背中で聞きながら、机の上に鞄を置き、上着をハンガーにかける。
「うん、やっぱり気のせいだったみたい。前に来たことあったような気がしてたんだけど――……武士、くん?」
ぐるりと、興味深そうに部屋を見回す円香を、武士は背後から抱きしめた。
「っ……円香さんっ……」
「だめ、だよ……ぁっ――」
そのまま、力まかせにベッドに押し倒す。
「だめっ、武士くん……待って!」
円香は藻掻き、体を反転させて仰向けになる――そして、目が合った。
「円香、さん……俺……っ……」
「うん、解ってる……武士くんの気持ちは、解ってるから……」
そう、この期に及んでも――円香は笑顔を見せる。それが、武士の動きを止める。
「武士くんが……どんなつもりで、今日……私を呼んだのかも、ちゃんと解ってる。でも、ね――やっぱり、止めた方が、いいと……思う」
「どう、して……?」
互いの息が感じられるほどの距離。武士は、そう問う事しか出来なかった。
「……武士くん、初めて……だよね?」
「………………うん」
「だったら尚更――だよ」
「そんなの、関係ない。俺は……円香さんと――」
「それは……今だから、そう思えるだけ」
まるで、聞き分けのない子供を諭す母親のような顔で、円香は続ける。
「きっとすぐに……後悔するよ。“あぁ……つまんない所で捨てちゃったなぁ”って」
「なんで、円香さんにそんな事が……」
「だって」
私が――そう続ける円香の声は掠れていた。
「私が、そうだったから」
「……俺は、違う。絶対……後悔したりなんか、しない」
今にも泣き出しそうな円香を見ていられなくて、武士は無我夢中で抱きしめた。
「円香さんの事が……本当に……本気で、好き……だから」
「武士、くん……」
そっと、円香の手が背に回ってくる。
「それは……エッチがしたいから、そう思えるだけ。一回しちゃったら、そんな気持ち……すぐに冷めちゃうよ」
「っ……円香、さん……どうして、そんな……」
「それにね、武士くん」
円香が抱擁を解き、そして今度は逆に――武士を横に押し倒すようにして、上下を入れ替えてくる。
「私も……武士くんが思ってるような女の子じゃないんだよ?」
「円香さんは……円香さんだ。違いなんか――っ……」
さわりと、“何か”がズボンの上から股間を撫でた。
「“こんなこと”武士くんの中の私は絶対しないんじゃない?」
さわ、さわと股間をなで回しているのは、紛れもない円香の手。突然の事に武士は身動きが出来ず、ただただ円香を見つめる事しか出来ない。
「エッチなんて……武士くんが思ってる程いいものじゃないよ。……それを、少しだけ……教えてあげる」
かちゃ、かちゃと音を立ててベルトが外される。ズボンのホックが外され、ぐんっ……と。既に中で肥大化していた剛直がトランクスを持ち上げる。
「ま、円香……さん……っ……」
果たして、武士の声が届いたのかどうか。円香は絨毯に膝を突き、かがみ込む形でそっと――武士の股間に顔を近づける。その両手がトランクスをめくる瞬間――武士は堪えられず、目を逸らしてしまった。
「…………っ!」
今、円香に“見られている”のだと。そのことを想像するだけで、顔から火が出そうになる。
「ぅ、ぁ……」
仮性気味だった皮が円香の手で優しく剥かれ、敏感な肌が顔を出す。
「ま、ど、か……さ――……ッ……」
恐る恐る、武士は下方へと目をやった瞬間、またしても円香と目が合う。円香は舌を出したまま淫靡に笑み、そしてついと視線を剛直へと移し、ぺろりと舐める。
「ううぅ……!」
電気ショックでも貰ったかのような強烈な快感が背骨を突き抜ける。はあ、はあと。まるで数百メートルを全力疾走した後のように呼吸が乱れた。
(何で、急に……こんな……)
武士には、円香の考えが理解できなかった。あれほど渋っておいて、何故急に、と。だが、そんな考えも、下半身から突き上げてくる快楽の前には些細な事になってしまう。
「あうっう……!」
くぽっ、と円香に咥えこまれた刹那、武士はベッドシーツに爪を立てながら声を荒げていた。
手でさえ、ろくに弄ったことも無い場所を執拗に舐められ、武士はもう完全に腰砕け。しゅぽ、じゅるっ、ちゅっちゅぷ……円香の頭が上下するたびにそんな淫らな音が聞こえ、武士はもう円香の髪を撫でることしか出来なかった。
「まどか、さん……俺、もう……ヤバ、い…………出そう…………」
はあはあと悶えながらやっとの事で告白するも、円香の動きに変化は無かった。むしろ、武士の絶頂を促すように、より口戯を激しいものにする。
「あぁっ……うっ……っくっ……ッ…………うぅっっ……!!!」
体を貫く快感に堪えかね、武士は両手で円香の頭を押さえつける。反対に腰を押し出し、背を反らせるようにして――射精する。
「はあ、はあ、はあ……」
びゅるぅうっ、びゅるっ、びゅっ、びゅっ、びゅっ……!
剛直の中を凄まじい勢いで白濁が駆け上っていく。同時にそれは、かつて行った自慰などとは到底比べものにならない快感を武士に与えた。
(す、げぇ……)
まるで、魂までもが吸い出されてしまっているかの様――四肢がじいんとしびれるその快感の前に、武士はもう何も考えられず、円香の髪に宛っていた手までもが脱力する。
「んっ……」
円香が剛直から唇を離した途端、ぺちんと剛直の先が腹を叩く。
「んく……ふぅ…………んっ……は……」
「円香……さん――」
飲んだの?――とは、聞けなかった。円香の口に出したのは間違いなく、吐き出した形跡が無いのだから、最早間違いなかった。
「どう……幻滅、した?」
「え……」
「武士くんだけじゃない……私、その気になれば……好きでもなんでもない男の子のだって咥えられるんだよ」
「……っ……」
円香の言葉が、絶頂の余韻に暈けた頭を急速に冷やしていく。
(何を……言ってるんだ……)
武士には、円香の意図がますます解らなくなる。何故急に、そんな話をするのか。
「円香さん……そんなに、嫌……なの?」
即ち、自分とそういう行為に望むのが――武士には、そうとしか思えなかった。だから円香は、態と自分が興味を無くすような事ばかり言うのだと。
「そうじゃないよ……そうじゃ、ないの……私は――」
「……嫌じゃ、無いなら」
武士は再度円香を抱きしめ、そして上下が逆転する。
「俺は……円香さんと……したい。抱きたいっ」
「武士くん……」
武士の名を呼び、円香は目を伏せる。何かを諦めるような、そんな仕草。
「……いい、よ。でも……一つだけ、約束……して?」
「約束?」
「変わらない……って」
またしても、円香の言葉の意味が分からない。
「エッチ……しても、変わらないって。約束……して?」
武士には、頷くことしか出来なかった。
逸る気を抑え、出来るだけ平然と――少なくとも、発情期の狂った雄猿のような真似だけはすまいと。武士は己を厳密に律しながら、円香の胸元に手を伸ばす。触れる直前、まるで確認をとるように円香の顔を見てしまう。円香は無言で微笑を浮かべ、小さくこくりと頷いた。
「……っ……」
ごくりと。生唾を飲みながら、円香の胸に触れる。最初は、ワンピースの上から、そっと手を宛うだけ。それを徐々に――拙い知識を頼りに、円を描くような動きにしていく。
「待って、武士くん……服、脱ぐから」
武士の返事を待たずして、円香は体を起こし、そして上着を脱ぐ。背中のファスナーを下ろし、ワンピースも、インナーも、そしてタイツと次々に脱衣していく。
本来ならば、円香の素肌が露わになる都度、武士の興奮は天井知らずに増す筈だった。しかし、こうして――まるで作業の様に脱衣する円香を見せつけられると興奮する反面、どこか冷静にならざるを得なかった。
(でも……俺は、円香さんと……したい)
このままでいいのか――そう問う己自身の声を黙殺する。気がつけば、既に円香は下着だけの姿になっていて、ブラのホックに手を掛けているところだった。
「……いいよ、俺がやる」
円香の手をどけて、ブラのホックを外し、取り去る。円香はそのまま、胸元を両手で隠すようにしながら、ちゅっ……と武士の頬に口づけをする。
「……来て」
そう囁き、武士の腕を引いてベッドに横たわる。そのまま、手は円香の胸元へと誘われ、武士はやんわりと――掌に力を込める。
円香の反応を伺いながら、再度円を描くように揉む。
(円香さんの……裸……)
文字通り、夢にまで見た――白い肢体。そこには想像していたような神々しい感動は無かった。
ただ、純粋に。一匹の牡として、欲情した。
「っ……円香、さん!」
円香の体に被さるようにして、その胸元に顔を近づける。最後に残った左手をどければ、後はもう何も隠すものはない。
(円香さんの……胸……)
学校の同級生に比べるべくもなく、“大人の女性”じみたその体つき。むっちりとした円香の乳房は、武士の欲望を十分に満たすものだった。
(柔らかくて……そして、暖かい……)
優しく揉みながら、そっと頬を当てる。円香の手が後ろ髪を撫でるのを感じながら、ちゅ……と、先端を吸う。
「……んっ……」
頭上から聞こえる、微かな声に導かれて、武士は舌先で転がすようにして舐めた。半ば以上無我夢中で、後ろ髪を撫でる円香の指が、より爪を立ててくるように――武士は舌の動きにも工夫を重ねる。
「……武士、くん」
ぽつりと、円香が呟いた。
「遠慮とか……しなくて、いいから」
ちゅっ……と口を離し、武士は円香の顔を見上げる。相変わらず、円香は――全てを受け入れるような、優しい笑みを浮かべていた。
「だから、武士くんが……したいことを、して」
「俺が……したい、こと……」
遠慮などしている自覚はなかった。――しかし、何もかもが手探りであるのもまた事実。こんな事ならば、もっと真剣に――友人から半ば無理矢理に押しつけられたエロ本でも読んで知識を仕入れておくべきだったと、武士は後悔した。
(もっと……円香さんの体に触りたい……)
胸に限った事ではない。肩も、首も、腹も、腕も、円香の全てに触れたかった。武士はその欲求のままに、円香の全身をなで回し、夢中でキスをした。
(円香さんの……あ、し……)
腹部に舐めるようなキスをしたあと、武士の目は自然と円香の太股へと向かった。桃色のショーツから、にょきりと生えた白い足。その眩しいばかりの太股に、喉が鳴る。
(あの時、見えた……足……っ……)
円香と初めて会ったときの――階段下から見上げたときに覗いた下着と同じ色。同じ足――武士は堪えがたい興奮を感じて、桃色の布地に鼻面を押し当てた。
「ンぅ……!」
円香が、ぴくんと体を揺らす。構わず、武士は太股を舐め続けた。
「……っ……ぅ……」
喘ぎ、というよりは苦痛を堪えている様な円香の声。――だが、今の武士の耳には、単純に悦楽の声としか認識出来なかった。
ぴりぴりと、舌を刺すように感じるのは生まれて初めての“女”の味。れろり、れろりと太股の内側を舐め続け、その目が不意に――唯一布地に包まれた場所へと向く。
「円香……さん」
はあはあと、荒い息混じりに呟いて、武士は躊躇無くショーツに手をかけた。円香からの返答は一切無く、ただ――ショーツを下ろし易い様に無言で体を浮かせた。
(っ……ぁくっ……)
ショーツを脱がすに連れて、円香の恥毛――そして秘裂が明らかになる。武士の興奮は最高潮に達し、どく、どくと心臓がかつて無いほどに波打つ。
(……でも、円香さん……濡れてない……)
完全に頭に血が上った武士を、少しだけ冷静にさせたのはそのことだった。脱がせたショーツにも湿り気は皆無、そして――円香の秘裂も見る限りでは微塵も濡れてはいなかった。
(あれくらいじゃ……濡れない、のか……)
自分の愛撫が足りなかったのかと。武士は再び円香に被さり、強引にキスをする。
「んっ、ふっ……」
無理矢理舌をねじ込み、かき回しながら遮二無二胸を揉む。質量を弄ぶように捏ねた後は、先端を指で弄る。拙い知識を頼りに、思いつく限りの方法で愛撫を続けた。
(すこ、し……濡れてきた、かな……)
散々胸を弄り、舐めた後……恐る恐る秘裂へと手を這わせる。谷間に沿わせた指先に湿り気のようなものを感じて、そのまま優しく……何度も割れ目をなぞるように動かす。
「んっ……上手、だよ……武士くん……そうやって、ゆっくり――」
「……っっ……」
気を、使われているのだと。武士にはすぐに解った。
(やっぱり、下手……なんだ)
そうでなくては、もう少し濡れても良い筈だと。愛しい人一人、満足に感じさせる事の出来ない自分が無性に情けなく思えてくる。
(でも、少しずつ……濡れて、きてる)
秘裂を撫でる指先に、徐々に液体が絡みついてくる。その湿り気自体を潤滑油代わりにして、武士は指を――少しずつ円香の膣内へと埋没させていく。
「う、ン……」
呻くような声。円香が微かに身じろぎし、慌てて指を抜く。
「大丈夫……痛いわけじゃないから」
続けて――円香の言葉に促されて、武士は再び人差し指を埋没させる。ゆっくり、ゆっくりと出し入れし、カラカラの膣が十分に湿り気を帯びるまでそれを繰り返した。
「も、う……いいよ」
出し入れする手が、そっと円香に掴まれる。
「もう、挿れても、大丈夫だから」
「あっ……うん、ちょっと……待って、すぐに付ける、から」
今日、この日の為に友人に頼んでいくつか譲ってもらったそれを、武士は大あわてで上着のポケットから取り出す。
「っ……く、そ……っ……!」
包みを破り、剛直へと宛うも――興奮と緊張、そして焦りから、上手く装着出来ない。その手から、円香が無言でスキンを取り――
「ぁ……っ……!」
口を使って、さも慣れたという仕草でたちまち装着してしまう。
「これで……出来るでしょ?」
「……円香、さんっ………………」
武士はもう、胸の中が一杯になって、円香を押し倒す事しか出来なかった。何故、そんなにも手慣れているのか――その疑問は当然の様に沸いたが、今はとにかく、円香と一つになりたかった。
三度円香をベッドに押し倒し、そしてその両足の膝裏を抑えるようにして足を広げる。
「っ……!」
円香の足の間に体を割り入れ、秘裂に剛直を宛うも、上手く入っていかない。二,三度試してことごとく挿入に失敗し、挙げ句――またしても円香の手で誘導される形で、やっと先端がぬぷりと埋まった。
「んっ……そのまま、入って、来て……っ……!」
円香に言われるままに、腰を前に突き出していく。――肉を割り開いていく感触に、自然と呻き声に近いものが出た。
そう、初めての挿入は――確かに、自慰とは比べものにならないほどの快感を武士に与えた。だが――武士が感じていたのは、決して快感だけではなかった。
(っ……情けねぇ……ッ……)
挿入の感動よりも、童貞喪失の衝撃よりも、武士が感じたのは無力感だった。己一人では避妊具の装着すら満足に出来ず、肝心の挿入すら――円香の手ほどきを受けねばままならない。
「どう……したの?」
頬がやや上気した――しかし、不安げな円香の視線を受けて、武士は反射的に愛想笑いをする。
「いや……感動、してるんだ。やっと……円香さんと、一つになれた」
「私も、嬉しいよ。武士くんが喜んでくれて……本当に、嬉しい」
「円香さん……それは――」
円香の言葉にどこか引っかかる所を感じながらも、武士にはそれを口にすることは出来なかった。
「動いて、いいよ。……私は、大丈夫……だから、武士くんの、好きに……」
促されるままに、武士は円香の腰を掴み、軽く前後させる。
「……っ、ぅ、ぁ……!」
避妊具越しである分、口で直接された時よりは刺激が少なかった。――だが、それを補って余りある――視覚的な興奮。
(俺……は、今……本当に、円香……さんと……)
憂いを帯びた円香の笑みも、何かを含んだ言葉も全て振り切って、武士は己の内側から沸き起こる獣欲の衝動に身を委ねる。
「……はぁっ、はあっ……!」
遮二無二腰を動かし、両手で円香の乳房を捏ねる。……最初の――正確には、二度目の――絶頂は、それこそあっという間に来た。
「だめっ、だ……円香さんっ、俺っ……っ…………!!」
絶頂への衝動を抑えきれず、あっさりと出してしまう。
「うっ……ぅっ……」
びゅるっ、びゅると避妊具の中に白濁液が溜まっていくのが、感触で解った。絶頂の余韻と共にやってきたのは――またしても無力感。
(……一分も、持たなかったんじゃないのか)
早漏――そういう言葉は、武士も耳にしたことがある。そしてそれが――決して良い意味では使われない事も。しかし、まさかそれが、自分の身にふりかかる言葉だとは夢にも思わなかった。
「す、すぐ……つけかえる、から……俺、まだ……できるから!」
慌てて円香の中から抜き、スキンを外すなり口も縛らずにゴミ箱へと放る。そして新たな包みを開けて――今度は上手く自分で――装着する。
「武士くん……」
どこか哀れみを含んだような声に、武士はもう円香の顔を正視できなかった。強引に円香に四つんばいの体勢をとらせ、背後から挿入したのは偏にそういう理由だ。
「んっ……!」
先ほどよりも急な――乱暴な挿入だったからか。円香が呻くような声を上げたが、武士はもう止まらなかった。
「円香っ、さんっ……円香さんっ……!」
腰のくびれに手を当て、己の方に引き寄せながら、遮二無二腰を突き出す。武士なりに突く角度を変えたり、腰をくねらせてみたりと工夫も重ねた。
「っ、ぁっ……んっ、っ……ぁっ、あっ……」
しかし、どれほど武士が懸命に腰を使おうが、被さって胸を触ろうが――円香の口から漏れるのはそんな辿々しい喘ぎだけだった。
そう、初めてである武士ですら――快感による声ではないと気づいてしまう程に。
武士は一度剛直を抜き、円香を仰向けに寝かせて――再度向かい合う形で挿入する。キスを重ね、胸を触りながら――抽送を続ける。
だが、それでも――。
「……円香、さん――」
そしてとうとう……武士は全ての手を止めて、尋ねてしまった。
「……やっぱり、俺……下手、なのかな」
そんな事を聞いても、円香から帰ってくる答えなど、決まっているというのに。
「そんなことないよ。……初めてなのに、武士くん……凄く、上手だよ」
だったら、どうして――その言葉だけは、武士は口に出来なかった。しかし、口にはしなくとも、武士の苦悶の顔から円香は何かを察したのだろう。
「武士くん……あのね」
戸惑うような――そして演技力の無い自分を呪うような、悲しい笑顔だった。
「私を……感じさせようとか、しなくて……いいから。本当に……武士くんが感じてくれたら……それだけで、私も、幸せ……だから」
「……っ……」
心が痛いとは、まさにこういう事なのだと。武士は思い知った。
(……円香さんが言おうとしてた事って、これ……だったのか……?)
止めた方が良い、必ず後悔する――事が始まる前、円香は何度もそう言っていた。それを守らなかったから、今――こんなにも苦しい思いをしているのだろうか。
(ち、がう……俺が、下手だからだ。……円香さんを、感じさせることが……出来ないから……)
円香の言葉通りに――そう、完全に自分の快感の為だけのセックスなど、宮本武士には死んでも出来ない事だった。
(くっ、そ……くそっ、くそっ……ぉおおッ!!)
心の痛みに耐えかねて、武士は無我夢中で抽送を再開させる。だが、今度はあからさまに――円香が苦痛めいた声を上げ、それも慌てて止めざるを得なかった。
「……円香さん?」
「だい、じょぶ……だから……武士くん、続けて」
「続けてって……でも――」
ずっ、と軽く腰を使っただけで、円香の顔は苦痛に歪む。まさか――と思って、武士はそっと剛直を抜き、スキンに触れてみた。
「っ……」
スキンには僅かな湿り気こそあれ、潤滑油など皆無だった。そんな状態で動かせば、円香が痛がるのは当たり前だった。
「あっ……ご、ごめんね……大丈夫、すぐ……濡らす、から……」
今度は円香が狼狽する番だった。慌てて身を縮め、そっと己の秘裂に指を伸ばそうとするのを――武士は止めた。
「……もう、いいよ。円香さん……無理、しないで」
「武士、くん……」
泣きそうな顔をする円香を、武士は抱きしめた。抱きしめる事しか、出来なかった。
「……ごめんね、武士くん……ごめんね……」
徐々に嗚咽が交じる円香の声を聞きながら、武士は唇をかみ続けた。
円香を家まで送り、自室に戻ってきた時には八時を回っていた。その時になって漸く、姉に連絡をいれるのを忘れていた事に気がつき、携帯を手に取る。
「…………」
姉へのメールを打ち終わるのと、円香からのメールが入るのはほぼ同時だった。内容は、“今日の事”全般に関する謝罪。全ての責は自分にある――そんな内容のメールを最後まで読む事が出来なくて、武士は携帯を投げ捨て、ベッドに潜り込んだ。
姉へのメールをまだ送信していなかった事に気がついたのは、翌朝になってからだった。
童貞喪失に関する一件は、ある意味では予感の通り――円香との関係に致命的な亀裂を入れた。
顔を合わせても、どこかばつが悪く――目に見えて円香の笑顔は少なくなった。
「……武士くん、初めてだったのに……あんな事になっちゃって……本当に、ごめんね」
そう言って泣きそうな顔になる円香に、武士もまた謝り、慰める事しか出来ない。
(……俺が、下手くそだったから……)
悪いのは円香ではない、自分なのだと。考えれば考えるほど、自分には“事”に及ぶ為に必要な知識が欠けすぎていた。
それからの一週間。武士は恥を忍んであらゆる知識――といっても、性行為に関する事柄の、だが――を調べた。そういう事に詳しいとされる友人にそれとなく話を聞く事に始まり、成年誌、AVを見て徹底的に研究をした。
そして、再度――円香に誘いをかけた。もう俺はあの時の俺ではない――今なら、きっと――そう望みをかけて。
だが、武士の意気込みとは裏腹に、誘いを持ちかけた時の円香の表情は暗かった。明らかに気乗りしないという表情を噛みつぶした様な無理矢理の笑顔に、武士のプレッシャーは最高潮に達した。
今度は、今度こそは――しかし、結局武士のその目論見は失敗に終わった。初めての時よりは、幾分マシにはなったものの、やはり抽送の途中で円香が悲鳴を上げてしまうのだ。
(……どうして――)
そう、思わざるを得なかった。現実は、AVや成年漫画のようには巧く行かない事は重々承知していた。だが、武士がどれほど時間をかけて丁寧に愛撫をしても、抽送の途中で円香は“渇いて”しまうのだ。
(俺のが、悪い……のか)
最早考えられるとすれば、それしかなかった。形か、大きさか、堅さか。或いはその全てが駄目であるから、円香を感じさせてやれないのか。
(……そう、いえば……)
武士は、サッカー部の合宿を思い出す。当然の事ながら、部員は全員大浴場で一斉に風呂に入る。その時に感じた事――そう、ひょっとして、自分のは小さいのではないかという事を。
(やっぱり……そうだったのか……)
気のせいなどでは無かったのだ。否、平常時こそ小さめではあるが、きっと臨戦時には――そういう希望を懐いていた時期もあったが、しかし。“揺るがない結果”を二度も見せつけられては、最早疑うべくも無かった。
(俺じゃあ……円香さんを、感じさせられない、のか……)
さすがにそれを相談出来る相手は居なかった。サッカー部のキャプテンにして幼稚園来の親友である吉岡にも言えない――ましてや、それ以外の友人になど。
自分は、好きな女一人感じさせる事が出来ない駄目男なのだと。なまじ毎日顔を合わせる相手なだけに、相談できる筈がなかった。
何より、相談した所で武士が望むような答え――そう、例えるなら女を感じさせる効果的な方法とか――を得られるほど、女体に精通しているとも思えなかった。
(でも、エッチが上手くて、それなりに信頼できて、日常の生活圏に微妙な距離のある知り合いなんて――)
そうそう都合良く居る筈が無い――そう思った時、武士の脳裏に一人の男の顔がフラッシュバックした。
(あっ……)
心当たりさえ思い出せば、後はもう……一も二も無かった。
炭酸が鼻腔を駆け抜けるという地獄から漸く解放された頃には、頭の方も混乱から立ち直っていた。
「先輩……大丈夫……スか?」
「だ、だいじょうぶ……ちょっと、驚いただけだから」
さすがの月彦も、まさか武士の相談事というのが“女のイかせ方を教えろ”だとは夢にも思わなかった。
(ってことは……やっぱり……彼女と、上手く……出来なかったんだろうな)
それは、簡単に推測できる。“初めて”の時というのは予期せぬアクシデントに見舞われたりするものだ。――月彦は人一倍感慨深く頷く。
(それは……いい。いいんだが……問題は……何故それを俺に聞くんだ?)
蛇の道は蛇に聞くのが最もよろしい。彼女とのエッチが巧く行かないのであれば、達者な人物に尋ねるのがよろしかろう。ただ、その対象として己が選ばれたことに、月彦は素直に喜べないのだった。。
「ええと……武士くんの質問に答える前に……俺からも一つ聞きたいんだけど」
「はい」
「…………どうして、俺に聞くの?」
少なくとも月彦自身は、己が性豪として名が通っているとは思っていないし、思いたくもなかった。
「それは――」
“その根拠”を示すのは、どうやら武士としても躊躇われる様だった。
「…………あの時、姉貴が……スゲえ声……出してた、から……」
「あの時――」
言わずもがな――由梨子と初めて結ばれた夜の事だろう。
「いや、アレは――」
君のお姉さんの感度が良かったからであって、決して自分の手柄ではない――そう説明できるほど、月彦は厚顔無恥ではなかった。
「だから、俺……どうやったら、“あんな風”になるのか……知りたいんです」
「あんな風……って……」
武士の言葉に誘われて、月彦もつい連想してしまう。普段は冷静沈着。深い思慮と思いやりに満ちた、優しい笑顔――それが、二人きりの時にだけ、変貌する。
肌を上気させ、はあはあと息を荒げながら絡みついてくる手と足。互いの唾液を貪り合うようなキス。そして――サカりのついたメス猫のような喘ぎ声。
その“落差”は、確かに月彦自身“来る”ものがある。――が、どうすれば“そう”なるのかと問われても。
(……別に、何か考えてやってるわけじゃないしなぁ)
ゲームの攻略法とはわけがちがうのだ。月彦が知る限り、女性全員に共通する確実な攻略法などは存在しない。それこそ千差万別、武士の彼女とやらを知らない月彦に、うまい助言など出来る筈もない。
(それでいて“こうすればいい”って見本を示す訳にもいかないしなぁ……)
何とも、解答に困る相談だった。
「うーん……武士くん、がっかりさせる様で悪いけど……俺もそんなコツみたいなのは解らないよ」
「……そう、ですか」
きっと武士としても、具体的な“何か”が聞けるとは思っていなかったのだろう。落胆しているのはその表情からも見てとれたが、それほどでもない――という顔だった。ただ、それでも藁にも縋るという思いだったに違いない。
「ただ、何かしらのアドバイスみたいなのは出来る……かもしれない。良かったら、その“彼女”の話を聞かせてくれないかな」
「…………解りました」
苦渋の顔で、武士は語り出した――。
武士は、語った。“彼女”の容姿、年齢、性格から出会い、馴れ初めを。そして、自分がどれほど彼女の事が好きなのかを。
(……由梨ちゃんに似て、真面目なんだろうなぁ)
武士の真摯な口調から、それがありありと伝わってくる。凡そ遊びで異性と付き合う事が出来ないタイプの人間なのだと。
武士は、さらに続ける。何度かデートも重ねた事、そして――“初めて”の時の失敗まで。
(……“失敗”……か)
武士が経験した“失敗”は確かに、月彦としても経験が無いものだった。情事の最中に相手の膣が渇いてしまう――そんな事になれば、自分でもあわてふためくだろう。ましてや、それが“初めて”であれば、尚更。
「……ふむ。なるほど……そういう事か」
武士の話が終わり、月彦は腕を組んでソファにもたれ掛かる。
「俺……精一杯頑張ったんです。でも……」
武士は泣きそうな声を上げて、机の上で握り拳を作ったまま項垂れる。
(……武士くんが“頑張った”って言うんだから、本当に頑張ったんだろうなぁ……)
月彦自身、目を瞑れば武士の奮闘が浮かぶかの様だった。そして、その胸中の困惑と焦りまでもが、我が事のように。
「うーん……途中で渇いちゃうんだったら、ローションとか使うのはダメなのかな?」
「それは……俺も考えたんです。でも、それだと……気持ちいいのは俺だけで、相手は感じてないって事になりますよね」
それは嫌なんです――と、武士は呻くように言った。
「体質的に濡れにくい女の子も居るらしいから、一概にそうとは言えないよ」
と、月彦なりにクラスメイトから聞きかじった知識を使って先輩風を吹かせてみるが。武士は無言で首を振る。
「相手の声とか……反応とかで、なんとなく、ですけど……俺、解るんです。上手く、感じさせてやれてないって……だから濡れないんです。体質とかじゃ……無いんです」
「うーん……武士くんがそう思うのなら、そうなのかなぁ……」
“そういう経験”が無い月彦には、そうなのかなぁ、としか返す事が出来ない。
「俺が……下手だから……上手くやれないから…………ダメなんです。……それに、俺の…………小さい、みたいで……それも、あるんだと、思います……」
耳を傾けているだけで、胸が痛むような声だった。
(……自分のが小さい、なんて……なかなか言えないよな………………)
例えそれが事実であろうとも、おいそれと人に言えるような事ではない。つまり、それほど思い詰めて、追いつめられているのだ。
「……一つ、これだけは言えるけど」
そんな武士の重荷を少しでも軽くしてやりたくて。
「大きいとか、小さいとか……少なくともそれは、原因じゃあないと思うよ」
「……もしかして、先輩も――?」
やや目を輝かせるようにして見上げられて、月彦は答えに詰まった。そうだ、と答えて武士に自信を持たせてやるべきか、否か。
「いやまぁ、一般論として……だけど。でも本当に、そんなのは関係ないと思うよ」
「じゃあ、やっぱり下手だから……」
「それも……関係ないと思うけどなぁ……」
月彦自身、そういった“技量不足”で泣かされたことが無いから、尚更そう思えるのだった。
(俺と武士くんで……そんなに“差”があるとも思えないし)
たまたま真央というパートナーがいるお陰で人よりは一日の長はあるかもしれないが、それだけだ。並はずれた指テク、舌テクがあるでもなし、むしろそうやって思い悩み、悪戦苦闘している分武士の方が上手なのではないかとすら思ってしまう。
「そうだ、さっき武士くんの話を聞いていて一つ気になったんだけど」
「はい」
「その彼女……本当に納得してたの? ……エッチ、することに」
「……だと、思いますけど」
「ふむ……」
月彦は再び黙り、思案を続ける。
(武士くんの話を聞く限りでは……何か“含み”があるとしか思えないんだけどなぁ……)
確かに月彦としても、武士の彼女とやらがとった行動は不可解に思える。最初は、それとなく渋り――かと思えば、積極的に“口戯”をし、自らを貶めるような発言をする。行為自体も決して嫌がる風ではなく、しかし最後まで続けることは出来ない。
(……武士くんが、悩むわけだ)
そういう女の子に出会ってしまった事を不憫、と思うのは、きっと失礼なのだろう。しかし、例えるなら真央の様に――そういう事に関してはすさまじく行き届いた女の子と出会っていたら、こうまで悩まされることは無かっただろう。
(いや……アレはアレで、困る事も多いな、うん……)
“色々”思い出して、やはり女の子と付き合うということは大変だ、という結論に月彦は達した。
「……そう、いえば――」
「うん?」
「これ……多分関係ないと思うんですけど……変なこと言ってました」
「変なこと?」
「変わらないでね……って」
「変わらないで……?」
はい、と武士は頷く。
「エッチしても、変わらないでって……そう言ってました」
「それは――」
どういう意味なのだろう。月彦はすっかりアイスが溶けてしまった――そして飲む気がしなくなった――クリームソーダをストローでかき混ぜる。
(……豹変するな、ってコトか?)
行為の最中に性格が変わる人は結構居るからなぁ、と記憶を巡らせるも、どうもそういった意味ではない様だった。
「武士くん、ちょっと……答えにくいコトを聞くけど」
「はい。何でも聞いて下さい」
現状打破のきっかけになるのなら、何でも答えると言わんばかりの力強い声。
「……その、“彼女”も、初めてだったの?」
「……いえ。違うと、思います」
矢張り、と月彦は思う。
「過去に……付き合った相手の事とかは聞いたことある?」
武士は無言で首を振る。
(……という事は――)
恐らく、自分の想像通りで間違い無いはずだ――月彦は自説に確信を持つ。
即ち。
「これは、俺の単なる憶測だけど――……多分その子は……前に付き合った相手とのエッチに嫌な思い出があるんじゃないかな」
「前の相手……ですか」
武士の声は苦渋に満ちていた。確かに、武士としては好きな相手の“昔の男”の事など、考えたくも無いだろう。
「それも、よっぽどの……ね。武士くんとの事が巧く行かなかったのも、“その時”の事を思い出しちゃうからじゃないのかな」
「それ……は……。そんなの……俺、どうしたら――」
「うーん……こればっかりはなぁ…………」
カウンセラーでも何でもない、一介の高校生に過ぎない月彦としては、判断に困る所だった。
「とにかくさ、その彼女と……もっと良く話をしてみるべきだと思うよ。その娘がどうして“そう”なっちゃうのか――それが解らないことには、対策も立てられないだろうし」
「で、でも……紺崎、さん……その――」
「うん?」
「本当に……原因は“それ”なんですか? 俺が、下手くそだからっていう事は――」
あぁ、武士くんも由梨ちゃんと同じ考え方をするんだな――悪いとは思いつつも、月彦は苦笑をしてしまう。
(……何か問題が起きた時に“自分が悪い”って思っちゃうタイプなんだな)
姉弟で良く似ている。それが少し羨ましくもあり、微笑ましくもある。
「武士くんが好きになった人はさ……エッチの上手い下手で、武士くんの事を嫌いになったりするタイプなのかな?」
「それは……そんな事は……無いと、思います」
無い――と言い切れない武士の気持ちが、月彦にはよく分かった。
(……相手の気持ちなんて、本当の所は解らないもんだよな)
こうして真剣に相談をしている武士も、実は相談というのは全くのデタラメで真面目に答える自分を腹の底で笑っているのかもしれないのだ。
(いかんな……こんな風に考えちまうのは絶対、“アイツ”のせいだ)
過去、幾度と無く己を騙してきた女の顔を思い浮かべるたび、月彦は心中穏やかではなくなる。
(こないだだって――!)
つい先日起きた“二重ドッキリ事件”は思い出すのも腹立たしい。あの女狐にはいつか、魂の芯まで思い知らせてやらねばなるまい。人を騙すという事が、どれほどの罪になるのかということを。
「……あの、紺崎さん?」
ぎりぎりと歯を鳴らす程に怒りを露わにして、はたと。武士の声で月彦は漸く、己の思考がすっかり脱線してしまっていた事に気がついた。
「いや、要するに……俺が言いたかったのは、その子が武士くんと付き合っているのは、武士くんと“エッチがしたいから”じゃあ無いって事だよ」
コホン、と月彦は軽く咳をつく。
「俺は実際にその娘にあった事はないから、想像するしか無いんだけどね。多分、普通に話をしたりとか、一緒に居たりとか……そういうのが楽しいからなんじゃないかな。……少なくとも俺が由梨ちゃんと――お姉さんと一緒に居るのは、そういう理由からだよ」
「でもっ……それだけじゃ――」
「これは、“男”が良く陥る思考の罠なんだけどね」
武士の言葉に被せる形で、月彦は続ける。
「“イかせたら、イかせただけ女の子は喜ぶ”――これは大きな間違いらしいよ」
「そう……なんですか?」
「うん、多分だけど……間違いない」
何故なら他ならぬ由梨子の言葉だ。信用に足るものだろう。
「だから、武士くんも……どうやったらその子をイかせられるのかと、そういう事を考えるんじゃなくて……その子が武士くんに何を求めているのか。それを察してあげるようにしたほうがいいんじゃないかな」
「……っ……わかり、ました」
まだ、完全に納得がいったわけではない――そんな顔だった。
(まあ、どうするか……本当に決めるのは武士くん自身だ)
とりあえず、自分に言える事は全て言った筈だ――月彦はすっかり氷も溶けて炭酸の抜けたクリームソーダを飲み干し、大きく息を吐いた。
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