佐々木円香は憂鬱だった。
 ぐい、ぐいとリードを引く愛犬――と呼ぶ程には情も無いが――に引っ張られる様にして、仕方なく歩を進める。
 元より、犬好きというわけでもない。“あの事”があってから、学校を辞めた円香は当然の様に部屋に引きこもる事になった。その慰みにでもなれば、とでも思ったのだろう。父親が唐突に犬を買ってきて、その面倒を円香が見る羽目になったのだ。
 犬は電柱の根本まで円香を引っ張ってくると、唐突に足を止め、ふんふんと臭いをかぎ始める。円香は無言でロングスカートのポケットから携帯を取り出した。
「……っ……」
 中折れを開き、ボタンを押す――が、相変わらずの反応の遅さに唇を噛みそうになる。“事件”の後、野次馬根性丸出しの知人達をシャットアウトする為に携帯も番号も新しいものに変えたのだ。
 しかし、それが新機種とは名ばかりの代物。携帯ゲームやなにやらと要らぬ機能ばかりを増やした結果、肝心のレスポンスは旧機種以下という体たらくなのだ。
 平時であればさほど気にならないその反応の悪さも、こうして気分が憂鬱な時にはいつにも増して遅く感じられた。
(着信は……無し)
 何も来ていないと解ってはいたが、確かめずにはいられなかった。そう、もしかしたら――自分が気がつかないうちに、武士から“中止”の旨がメールで届いているのではないかと、そんな淡い期待から。
「…………」
 武士から、“三度目”の誘いを持ちかけられたとき。円香はショックを隠しきれなかった。
(やっぱり……武士くんも、そうなんだ……)
 体が目当て――そうは思いたくなかった。しかし、事実――武士の部屋に呼ばれるたびに、円香は体を求められていた。
(今度こそは……武士くんは、違うって……そう……信じたかったのに)
 円香には、“ある一部の過去”の記憶がない。無くしてしまった記憶がどういうものかは、円香自身にも解らない。しかし、過去に付き合った事のある男の事は、どちらもしっかりと覚えていた。
 最初から体目当てで近づいてきた上級生の事も。巧みな嘘で騙され続けた大学生の事も。――そして、自分を襲った五人の男の事も。
(やだ……思い出したく、ない……)
 全てはもう、済んだこと――終わった事だ。両親はもう、“事件”の事は口にしないし、それを口にしそうな知り合いは円香の方から全てシャットアウトした。
(もう、忘れたい、のに――)
 “事故”のショックで記憶が欠落したのならば、何故そちらの記憶は失われなかったのだろう。円香にはそれが不思議に思えて、そして口惜しくて堪らなかった。
(生きてても……辛いこと、ばかりだ……)
 友人知人には、顔を合わせる事は出来ない。会ったら、絶対に“真相”を聞かれるに決まっている。円香は勿論、五人の加害者が円香の方が誘いを持ちかけたと証言していることを聞いていたし、それが“噂”になっているのも耳にしていた。
(そんなの……私にも、解らない、のに……)
 五人に襲われる前後の辺りが、特に記憶の欠落が激しかった。自分が何故襲われたのかも解らなければ、何故のこのことあの場所までついていったのかも、まるで思い出せなかった。
(ううん、違う……あいつらには、それより前にも――)
 きっと自分は何か弱みを握られていたのだと。そうとしか思えなかった。五人の下級生にたびたび呼び出され、体を好きにされていた記憶はあるが、しかし何故言いなりにならねばならなかったのか――それが思い出せない。
 不幸中の幸いだったのは、どうやら加害者の五人も円香のその“弱み”とやらを“覚えていない”事だった。――とはいえ、関係者全員が一様に事件に関して記憶があやふやであるという事がつまらない疑惑を呼び、円香を含めて薬物検査にかけられる事になったわけだが。
 結果は、言うまでもない。
(そして……あの後……)
 ぎりり、と。円香は下唇を噛む。“あの時”の事を思い出すと、今でも下腹に鈍痛が走る
 母親に連れられて行った――病院の待合室の臭いまでもが蘇ってきて――涙が出そうになってしまう。
 体の痛みは、さほどでも無かった。しかし――心が。
(……私の、中に……あいつらの、子供、が――)
 中絶したことそのものよりも、例え一時たりとも子を宿してしまっていた事の方が円香には耐え難かった。そして、何故ああも簡単に――あの五人に避妊をさせる努力を諦めてしまったのか。自分の行動が理解できなかった。
 何故、どうして――そんな疑問が毎日のように頭の中を回り、ある時ふらりと、夜の街に飛び出してしまった。特に考えも無いままに歩き続けて、歩道橋の上ではたと円香は思ったのだ。
 ここから飛び降りたら、死ぬだろうか。
 たとえ死ななくても、今度こそ本当に何もかも忘れて、一からやり直すことが出来るのではないか。
 どちらに転んでも悪くない賭けだと、そう思えた。欠落を免れた記憶は、最早佐々木円香としての人格が保てない程に汚れてしまっていた。――そして、それでも尚生きようと思えるほどの強力な“支え”も無かった。
 だから、あの日、あの時――円香は柵を乗り越えた。そして――出会ったのだ。
 宮本、武士に。
「………………?」
 不意に、どさりと。鞄の様なものが落ちる音が聞こえて、円香は音のした方へと目をやった。
 どこか覚えのある学生服を着た女子を視界に捉えたその刹那、円香の胸の中に羨望と、嫉妬が同時に沸き起こった。
(あの、制服は――)
 視線の先に居た女子学生が来ている制服は、紛れもなく円香が行くことが出来なかった如水学院のそれだったからだ。
 しかし、そんな円香の心の動きとは無関係に、女はふらふらと円香の方へと歩み寄って来た。
「ウェルシュ・コーギー・ペンブローク……!」
 まるで、何か得体の知れないモノに操られているような声と、頼りない足取り。見れば、先ほど立っていた場所には女の物と思われる鞄が置き去りにされていた。
「……あの、何……ですか?」
 円香は警戒心を露わにしながら俄に後退り、ぐいとリードを引く。しかし、肝心の犬の方が女に興味を持ってしまったらしく、逆に円香を引っ張る様にして近づいていってしまう。
「ああぁっ……可愛い……!」
 女は恥も外聞も無くしゃがみ込むと、そのまま一心不乱に円香の犬をモフり始める。頭、首、背中、尻尾、耳、顎の下――あらゆる所をたっぷりじっくり五分はかけてかいぐりかいぐりした後、女は「はぁぁ……」と嘆息を漏らした。
「……失礼しました。私…………もう一週間も犬に触ってなくて、つい……」
 些か興奮抑え切れぬ様子の女は遅まきながらにそんな挨拶をする。
「はあ……そうなんですか」
 別段犬が好きというわけでもなく、両親に世話を押しつけられる形で仕方なく散歩させている円香としては、はあとしか答えられなかった。
「あの……よかったらこの子の名前……教えてもらえませんか?」
「コジロー……ですけど」
「コジロー……良い名前ですね。コジロー、お手」
 くい、と眼鏡を上げ、女は再びしゃがむとコジローとじゃれ始める。
(……っ、私が言っても、絶対やらないのに……)
 犬と言えばお手――それくらいは、円香も知っている。それ故、最初はコジローにお手や待て、伏せなどを覚えさせようとした。しかし、ことごとく失敗したのだった。
 だが、眼前の娘はそれらを命じ、全て一言の下に成功させていた。他ならぬ飼い主の円香自身、どちらが本当の飼い主なのかを疑いたくなるような光景だった。
「あぁぁ……可愛い……私、犬は大好きなんですけど……コーギーって特に好きなんです。この顔が……足がっ……あぁぁぁぁ……!」
 可愛い、可愛いと連呼しながら、女はしきりにコジローをなで続ける。コジローの方も至福の愛撫にすっかり気を許してしまっているのか、円香相手にも絶対にやらない仰向けのポーズでお腹を良いように撫でられていた。
「……あの、もう良いですか。散歩の途中なんですけど」
「あっ、すみません……つい、夢中になっちゃって」
 そんな一人と一匹の光景に奇妙な嫉妬を覚え、円香はぐいとリードを引いて歩き出す。――が。
「あのっ」
 背後から、呼び止められた。
「この道……よく通られるんですか?」
「……まあ、たまに……ですけど」
「そうなんですか……私、白石っていいます。もし良かったら、また触らせてもらっても良いですか?」
「……佐々木です。触るくらいだったら、別に良いですよ」
 愛想笑いをして、円香はその場を後にした。名残を惜しむように後ろを振り返り、クゥンと鳴くコジローをくいと引っ張り、帰路につく。
(……もうすぐ、時間――だ)
 携帯を取り出し、円香は時刻を確認する。武士との待ち合わせ場所に向かう前に、一度犬を置きに戻らねばならない。
(……ちょっと、素っ気なさすぎたかな…………)
 家へと帰る途中、女の嬉しそうな顔を思い出して、そんな事を思う。
(……もし、また会ったら…………もう少し、話をしてみよう……)
 あらゆる知人、友人と断絶し、孤立している円香にはそもそも話し相手が居ない。故に、些細な出会いでも――無性に人恋しくなるのだった。



 自宅に戻り、コジローを繋いでから再度出かける。待ち合わせ場所に着いたのはきっかり五分前。しかし、武士の方が先に着いていた。
「……行こうか」
 武士にそう言われては、円香にはうんとしか言えなかった。手を引かれる様にして、宮本邸へと歩を進める。
(……武士くん、いつもは恥ずかしがって手なんか繋いでくれないのに)
 今日はどういう風の吹き回しだろう。円香には、武士の心の変化が恐かった。
 道中では、とりとめのない話をした。昨日見たテレビドラマの話、学校での話――そんな何気ない会話をするのが楽しくて、円香は次第に宮本武士に惹かれていったのだ。
 最初は、誰でも良かったといえば、そうなのかもしれない。“あのこと”を知らなくて、それでいて優しくしてくれる相手ならば、誰でも。
 しかし、今は違う。円香ははっきりと、武士に対して好意を抱いている自分に気がついていた。
 だから、拒めない。家へ来ない?――その誘いが何を意味するのかを知っていても。
「今日も、誰もいないから」
 武士に促されて、宮本邸に上がる。ここに訪れるのは三度目だったが、最初から不思議な既視感を覚える間取りだった。
「何か飲み物取ってくるよ」
 上着をハンガーにかけ、エアコンのスイッチを入れて、武士は階下へと降りていった。この対応は、円香にとってやや意外ではあった。
(……すぐ、するわけじゃないんだ)
 部屋に入ったら、すぐに求められるのだと思っていた。事実、過去の二回はそうであったから、円香も気を遣って比較的脱ぎやすい服を着てきた。
(……さすがに愛想……つかされちゃったのかな)
 好きな相手に求められたら、円香としてもできれば拒みたくはなかった。しかし、今はまだ――どうしてもダメなのだ。
(……相手は、武士くんなのに……どうして、アイツ等の顔が……チラつくんだろう……)
 円香も上着を脱ぎ、ハンガーに掛けながらそんな事を思う。
 日常生活を送る分には、意識下に封じ込められる様になったというのに。“行為”が始まると、それらがむくりと首を擡げるのだ。
(でも、そんな事……武士くんには……言えない)
 武士は、純粋だ。円香の記憶の中にある中学二年の男子に比べても、随分と真面目な部類の少年だ。
 本来ならば、自分の様な女とは間違っても親しい仲にはならないような相手だ。それ故、円香には時々……武士が眩しくすら感じられるのだった。
(……武士くんには、私が本当は汚い……何人もの男に汚された女だって、知られたくない……)
 体を求められ続ければ、いずれそのことが露見してしまいそうで、故に円香は恐くてたまらないのだ。
「お待たせ、円香さん」
 武士が盆を手に、部屋に入ってくる。盆の上には、湯気の立つコーヒーカップ二つと、洋菓子の盛られた皿。武士は盆を一旦ベッドの上に置き、折りたたみ式のテーブルを出してその上にカップと皿を並べていく。
(……なんだろ……また、デジャヴ……)
 “それ”を感じたのは、武士が広げた折りたたみ式のテーブルに対してだ。
(でも、色が……違う気が、する……)
 胸の奥に不思議な痛みを覚えたが、それきりだった。別に、オーダーメイドの特別なテーブルというわけでもない。誰か、友達の家にでも同じものがあっただけだろう。
「円香さん、座って」
「あ、うん……」
 座布団を出されているのに、呆然と立ったままテーブルを見下ろしてしまっている自分に気がついて、慌てて座る。苦笑混じりに、武士も対面席へと座した。
「これは……?」
「紅茶。姉貴が好きなんだ……アールグレイって言ったかな」
「アールグレイ……」
 また、胸の奥が痛む。
「私も、好きだよ、アールグレイ」
「…………偶然だね。あ、こっちも良かったら食べて、余り物だけど」
 皿の上に盛られたクッキーを、武士はひょいと手に取り、食べる。釣られる形で、円香もクッキーを手に取った。
「これ……手作り?」
 俺じゃないよ、と武士は笑う。
「姉貴が作るんだ。たまに焼いて、彼氏にあげてるみたいで、形が悪いのとかを家に残すんだ」
「……料理、得意なんだ」
 羨ましいな――呟きながら、円香は星形のクッキーをそっと囓る。微かな塩味と、ほどよい甘み。市販のものには比べるべくもなく、純粋に美味しい、と思う。
(あれ……)
 そして、また――ズキリと。
(何だろう……私……)
 胸の奥からこみ上げてくる“何か”に涙腺が緩んでしまう。意識して堪えねば、涙が溢れてしまいそうだった。
「……本当は、さ」
 武士の声に、円香はハッと我に返る。
「無理に……家に呼ぶ事も無かったんだけど……でも、やっぱり……回りに人が居ない方が、ゆっくり話せる、から」
「……どういう、事?」
 円香は、まだ混乱から立ち直っていなかった。揺れる思考をなんとか束ねて、必死に眼前の武士に集中しようとする。
「なんか俺……凄く、焦ってた。早く……円香さんとエッチしたくて、今まで、そのことしか考えてなかった。ごめん!」
「えっ、武士……くん?」
 突然頭を下げられて、円香の困惑は頂点に達した。
「円香さんが……本当は嫌がってるって、気づいてたのに……俺、無理矢理…………だから、あんな――」
「違う、違うよ……私、嫌なんかじゃ――」
 そう言わなければ、嫌われてしまう。――円香は“経験”から、反射的に武士の言葉を否定した。
「……いいんだ。俺、ちゃんと待てるから」
 しかし、武士は。まるで、円香のそんな心の動きまで見透かしたかのような、無垢な笑みを。
「俺……円香さんに何があったのか知らないけど……でも、大丈夫になるまで、ちゃんと待つから」
「武士……くん……」
 先ほどとは違う理由で、涙が溢れそうになる。
「だから……今日は、円香さんの話が、聞きたい。好きな映画の話でも、食べ物の話でも、なんでもいい。もっと俺、円香さんの事が……知りたい」
「……っっっ……」
 とうとう、ほろりと。溢れさせてしまう。
「ダメ、だよ……」
「ダメって……円香さん……どうして、泣くの……?」
 どうして泣くのか。それは円香にも――本当の意味では――解らなかった。
(だって、私……男の子にそんな事、言ってもらった事なんて……無い――)
 誰も彼も、口元に下卑た笑みを浮かべながらにじり寄ってきた。生臭い息を耳に吹きかけながら、言われる言葉は大凡決まっていた。――“ヤらせて下さいよ、先輩”。
 そう、あの五人に限った事ではない。最初に付き合った二人も、思い返せば似たようなものだった。何かの事情でその日はセックスが出来ないと知るや、途端に態度を急変。掌を返すように冷たくなってしまう。
 だから、円香は極力応じる様になった。生理でやむを得ないときも、口で精一杯奉仕して気持ちをつなぎ止めようとした。
 しかし、結局は――それも。
(でも――)
 でも……それは、不意に頭の中に沸いた単語だった。でも……何なのか。その先が欠落していて、出てこない。
 でも、“あの人”は違った――自分はそう言いたかったのか。しかし、そんな人物の面影など、記憶の何処にも存在しなかった。
 いや、ひょっとしたらそれは“あの人”では無いのではないか。そして“あの男”でもない。そう“あの子”――。
「円香さん……言ってくれないと、解らないよ。何が、ダメなのか……」
 もう少しで、“何か”を思い出せそうだった。しかし、あくまでそれまで。円香はどうしても、“そこ”から先へは進めなかった。
「ちゃんと、言ってくれたら……俺、直すよ。ダメなところ……時間はかかるかも知れないけど、直すから」
「違う……違う、の。……そうじゃないの」
 困惑――そう、円香はずっと困惑していた。先ほど降って湧くように頭の中に出てきた“でも――”その続きは、ひょっとして武士なのではないかと思ってしまう自分に。
(そんな、わけ……無い……武士くんとは、あの時――)
 そう、つまり自分が記憶を失ったその後に出会った相手だ。でも、の後に武士が続くわけはない。
(あっ……)
 だが、円香は思い出した。武士との最初の出会いの時、武士は何と言っていたか。
(円香……さん?――って、聞いてきた……)
 そう、円香が名乗る前から、武士は円香の名を知っていたのだ。
(どうして、武士くんは――)
 自分の名を知っていたのだろう。そこに何か糸口がある気がして、円香は涙混じりの目で武士の顔を見た。
(でも、やっぱり違う――)
 近いが、違う。似ているが、違う。根拠のない齟齬に、円香はますます混乱して、涙を溢れさせてしまう。
 途端、眼前の武士がぎり、と歯を鳴らすのが解った。
「っっ……円香さん!」
 それは、かつて円香が聞いたことも無いような大声だった。咆吼――と言っても良い程の、魂を揺さぶる声だった。
「ちゃんと……俺を、見てよ」
「えっ……」
「円香さんの“前の相手”なんか、もう関係ない。今、円香さんの事が一番好きなのは……俺、なんだから」
「武士くん――」
 そう、武士くんの言う通りだ――無数の波紋に揺れていた心が、ピタリと止まる。
(“前”なんて……関係ない――)
 今、こんなにも真剣に――想いを寄せてくれる相手が居るのだ。それを無視して、居たのかどうかもわからない相手の事に考えを巡らす等、武士に対する冒涜以外の何者でも無いではないか。
「武士、くん……私……」
「いいんだよ、円香さん。まだ、言えないんなら……俺も、無理には聞かないから」
 違う――円香は、掠れた声で盛らす。
「違うの……私、武士くんに――」
 一度は収まった心が、再び揺れる。
「聞いて、欲しいコトが――」
 “あのこと”を自分から誰かに話してみようなどと思ったのは、これが初めての事だった。
(武士、くん……なら……)
 話しても大丈夫なのではないか。その期待を抱くのは恐い――しかし、もう一度だけ。男を、異性を信じてみようと、円香は思う。
「あのね、私……武士くんに、会う、前に――」
 テーブルの上に置いていた手に、そっと武士の手が触れてくる。円香は一旦は手を引き、しかし――すぐに戻して、武士の手を握り替えした。
 うん、と武士が頷く。
「大丈夫。ちゃんと聞くから、落ち着いて話して」
 そして円香は、全てを吐露した。


 切々と語られる円香の話を、武士は一言一句挟まず、ただ耳を傾け続けた。
 最初に付き合った男の話に始まり、家庭教師との話。そして――“事件”の事も。
 正直、全くショックを受けなかったと言えば、嘘になる。が、同時にそれまでの円香の態度の謎が解けたという納得もあった。
(……そういう事があったのなら、無理も無い……かも、しれない)
 精神に、心に支障を来して、記憶が壊れてしまうこともあるかもしれない。実際にそういう目に遭ったことがない武士には、想像するしか無いのだが。
(……こういうとき、なんて声をかけりゃ……いいんだ)
 既に、話は終わっている。きっと円香は何らかの“答え”を待っているのだろう。しかし、その“答え”が武士には解らない。
 慰めればいいのか。励ませばいいのか。俺は気にしない、とでも言えばいいのか。それともそんな答えは円香は望んでいないのか。
 下手な考えがぐるぐると回り、武士は完全に固まってしまう。
(俺は……俺はッ――)
 言葉が見つからないのなら、行動で示すしかなかった。武士は邪魔なテーブルをはね除け、ぐいと円香の手を引いて抱き寄せた。
「えっ……」
 そんな円香の呟きの向こう、はね除けたテーブルの回りにクッキーや飲みかけの紅茶が散乱する音が聞こえた。きっと、後片づけは大変だろう、だが今の武士にはどうでも良かった。
「……好きだッ」
 力一杯抱きしめて、叫ぶ。
「こんな、言い方しか出来なくて……自分でも情けないけど……。でも……俺、円香さんの事が好きだッ」
「武士、くん――」
 一瞬の逡巡。そして優しく、円香の手が背に回ってくる。
「私も――」
 目が、円香の唇に釘付けになった。
「武士くんのコト、好き……だよ」
 円香が言い終わるのが早いか、唇が重なる。――吸い込まれるような、キスだった。
「んっ……」
 唇を通して、円香の鼓動が伝わってくる。
「はっ……」
 一旦唇が離れたかと思った刹那、今度ははっきりと、円香の方からキスをされる。
「んン……」
 くち、くちと舐めるようなキス。さわさわと円香の手が頬を這い後ろ髪を撫で、何度も何度もキスをされる。
「ま、円香……さん?」
 かつて一度もされたことが無い様な情熱的なキスに、武士はついそんな声を出してしまう。
「ぁっ……ご、ごめん……ね。……私――」
 ハッと。まるで武士の声で我に返ったような、そんな円香の素振り。
「なんだろう……凄く、ドキドキ、して……胸……苦しいの」
「俺も、だよ…………凄く、ドキドキしてる」
 ちゅっ……と、今度は武士の方からキスをする。その次は円香から、武士から――何度も、何度も。互いの心を伝え合う様に。
「武士くん……」
「円香さん……」
 互いの名を呼び合い、再度唇を重ねる。
「んく、んぁ……んっ……」
 どちらともなく漏れる、そんなくぐもった声。舌を絡め合い、唇を吸い、舐め、啜る――今までで最も長いキスだった。
「んはっ、ぁ……や、だめっ……」
 “性欲”とは違う、もう一つの衝動に突き動かされて、武士は無意識のうちに円香の肩を撫でた。
「んんンっ……!」
 ただ、服の上から肩を撫でただけ――であるのに、円香はそれまで武士が聞いたことも無いような反応を返してくる。
「やっ……だめ、ぇ……エッチ、しないって……言った、のにぃ……」
「ご、ごめん……でも――」
 今の円香の反応を見ていると、“今なら”――と、武士には思えるのだった。
(……でも、円香さんが嫌がってるんじゃ……他の奴らと、同じになっちまう)
 イかせればイかせるほど女は喜ぶ――それは男の思いこみに過ぎないと、武士は教わった。
(そうだ……俺、ちゃんと待つって……言ったじゃないか)
 その舌の根も渇かぬうちから約束を破る気かと、心の中で誰かが声を荒げる。
 しかし――それはまだ、円香の話を聞く前に誓った事だ。
「円香……さん」
 微かに、藻掻くような仕草をする円香を、無理矢理抱きしめる。そうしなければ――円香の顔を見ながらでは、とても言える様な事では無かった。
「さっきは、俺……円香さんが大丈夫になるまで待つって、そう言ったけど……でも、円香さんの話……聞いて、俺……っ……」
 武士はそこで、一度言葉を失う。そこから先――己が言おうとしている言葉は、二度も失敗している武士にはあまりにもな大見得、大言だった。
「俺……やっぱり、我慢……できない。円香さんの中に……他の奴らが居るのが――」
 しかし、今更止まる事など出来なかった。
「円香さんは……まだ、エッチするのは嫌だって、言うかもしれないけど……でも、俺……忘れさせてやりたいんだ。そいつらの事――みんな円香さんの中から追い出してやりたいんだ!」
 宮本武士、一世一代の大告白――だった。言葉の後に続くのは、はあはあという己の荒い吐息のみ。
 円香からの返答は、すぐには返ってこなかった。室内時計の音だけが、かち、かちと響き、次第に円香を抱きしめている手から力が緩む。同時に、すっ……と、小さく衣擦れの音を立てて、円香が身を引くのが、解った。
「武士くん」
 ぺたりと、ひどく冷たい手が両頬に触れた。
「……顔、すっごく赤くなってるよ」
「えっ……ぁ……」
 全く予期しなかった円香の言葉に、武士はますます顔を赤らめ、引きつらせる。
「……〜〜〜〜っっっ……」
 しかし、両頬を手で押さえられている為、目を逸らす事すら出来ない。くすりと、そんな武士の胸中の動きを察した様に円香は微笑み、そして――キスをする。
 軽く、触れるだけのキスは、すぐに終わった。
「ズルいよね、武士くん……」
「えっ……」
 一体自分の何が“ズルい”のか、勿論武士には解らない。
「四つも年下の武士くんにそこまで言われたら、私……もう、断れないよ」
 そして、またキス。今度は先ほどよりも少し長め、そして――円香の体重が若干かかってくる。
「ご、ごめん……でも――」
 今度は唇ではなく、円香の掌で口を塞がれる。そして“しぃ”と、円香が人差し指を立てた。
「ちゃんと解ってるよ。武士くんが、どんな気持ちで言ってくれたのか。……だから、今度は……私の番」
 円香は照れ混じりに笑って、そしてさらに身を寄せてくる。武士の手を握り、そして胸元へと誘う。――自らの、鼓動を伝えようとするかのように。
「さっきの……武士くんの言葉で……キュンって……なっちゃったんだよ?」
「……じゃあ――」
 うん、と円香は頷く。
「もう、ね。……途中で、渇いちゃったりなんか……しないと、思うよ」
 はあ、はあと。いつの間にか、荒い息は武士だけのものではなくなっていた。
「ううん、こんな言い方……卑怯だよね。私も……すごく、武士くんとしたい。こんな気持ちになったの……初めてかも」
 湿っぽい息を吐きながら、ずいと。ベッドに持たれるようにして座る武士に跨るようにして、円香が体を乗せてくる。――過去の二度の時では、全く考えられない様な事だった。
「お家の人……帰ってきたりとか……しない?」
 ちゅっ……と、首筋にキスをされ、舐められながら、そんな呟き。
「……っ、だい、じょうぶ……。姉貴も、今日は、遅いって――」
 全てを喋り終える前に、円香に押し倒された。言葉は無粋――そう言うかのように唇を重ねられ、武士も静かに瞼を閉じた。

 



 本当の事を言うと、まだ少し戸惑っていた。何故なら、本当に――これほどまでに、異性の体が恋しいと思った無かったからだ。
(大丈夫……武士くんなら……)
 心に迷いが生じる度に、円香は己にそう言い聞かせる。
「武士くん……」
「円香、さん……」
 どちらが先にベッドに上がったのかも定かではなかった。キスをして、されて。髪を撫でられて、撫で返して――そんな事をしているうちに、気がついたらベッドの上だった。
「あはっ……あふぅ、ンッ……!」
 武士に組み敷かれ、胸元をまさぐられただけで――そんな声が出てしまう。前二回の時の様に、“それっぽく、意識して出した声”ではない。胸の奥から、弾かれるようにして勝手に出てしまった声だ。
 仕返し、とばかりに今度は円香が上になって、そして何度もキスをする。学生服の上から胸元をなで回すと、武士の方も微かに色めいた声を上げた。
 そんな主導権争いのような愛撫の末、最終的に“上”を取ったのは武士だった。
「んっ、ンっ……!」
 被さるようなキスと、胸元への愛撫。ペッティングの初歩のようなそれすら、喉が震えるほどに心地よかった。
(あぁ……これが、本当の……エッチ、なんだ……)
 ドキドキと、胸の高まりが止まらない。それでいて、まるで海の底にでも居るかのように呼吸が苦しい。肥大した心臓に、肺が押しつぶされているのではないかと思う程に。
「武士、くん……」
 蛍光灯の影となって、自分に被さる武士が、愛しくてたまらない。円香は堪えきれなくなって、再び“上”を取り返した。
「えっ、ぁっ……円香さっ……うぁっ……」
 戸惑い慌てる武士の両手を押さえつけながら、シャツのボタンを外す。下に着ていたTシャツを捲し上げ、露わになった乳首にそっと唇を付ける。
「う、は、ぁ……」
 色っぽい声を聞いて興奮するのは、何も男に限った事ではない。女も――そう、円香も。武士のそんな声を聞いて、ゾクリと身を震わせる。
(胸……感じるの、女の子だけじゃないんだよ?)
 ミルクを舐める猫の様に舌を出し、ちろちろと舐める。はあはあと荒ぶる武士の吐息に円香はますます気を良くし、ちゅっ……ちゅ、と吸い上げるようにして舐め、無数のキスを残していく。
「ま、まどか……さっ……俺、にも……」
「……うん、いいよ」
 ぺろり、と。まるで薄くなったルージュを舐め取るように舌を見せて、円香は“下”になる。すぐさま、武士の手によってセーターが脱がしにかかられ、円香は自ら両手を上げるようにして脱衣した。。
(今日は……ワンピースじゃないから、脱がせ易い……でしょ?)
 寒さを我慢して、上着の下には厚手のセーター一枚しか着てこなかったのだ。しかし今はそれすら――火照った肌には暑苦しく思えてならなかった。
「円香さん……寒く、なかった?」
「少し。……でも、今は全然寒くないよ」
 それは、決して暖房のせいではないと、円香は言外に含めた。
「ブラも……外す?」
「……うん」
 当たり前の問いに、当たり前の答えが返ってくる。ピンクのブラが取り去られ、円香は己の手のみで乳房を隠す。
(……胸、少し大きくなった……かな…………)
 隠しながら、ふとそんな事を想う。成長の結果か、或いは妊娠の影響か。肥満の兆候だとは思いたくなかった。
「ぁっ……やだっ、ンッ……」
 思慮に更ける間も無く、手を退かされ、吸われる。
「あっ、ふぅ……ンッ…………は、ぁ…………」
 ちゅっ、ちゅっ……ちぅ……そんな音を立てて吸い付く武士が可愛く思えてならない。
(……ちょっと大きい赤ちゃんって感じかな?)
 図らずも、一度は“母親”になりかけたからか、余計にそう思えるのかもしれなかった。純粋な快感とは別種の心地よさを味わいながら、円香は優しく武士の後ろ髪をなで続ける。
「んっ……あ、れ……」
 その行為に円香がうっとりと蕩けていた時だった。不意に、武士が唇を離した。
「武士くん?……あっ……」
 武士が何故驚いたのか――それはすぐに解った。先ほどまで武士が吸い付いていた乳首の先から、とろとろと乳白色のものが漏れだしていたからだ。
(やだ……これって――)
 瞬間、円香は色を失った。確かに、中絶の際――術後に母乳が出る事があると言われていた。しかし、こんなタイミングで出るなんて。
「ご、ごめんね……ほら、私……中絶、した、から……」
 道理で、胸が大きく――張ってきていた筈だと。円香は今更ながらに悟った。
(折角……上手く行きそうだったのに……)
 “あの五人”は一体何処まで自分を苦しめれば気が済むのか。
(武士くんも……引いちゃってる……)
 確かに言葉では説明をした。下級生に強要されて体を開き――そして、妊娠してしまったことも。しかし、言葉で聞くのと――実際に目の前に“妊娠していた証拠”を突きつけられるのはショックの度合いが違うだろう。
 ――しかし。
「円香さん……どうして、謝るの?」
「え……?」
 戸惑う円香を尻目に、武士はついと、再び乳首に口をつける。
「ぁっ……やう……!」
 今度は、はっきりと――母乳を吸われているのが解った。
「た、武士くん……嫌じゃ、ないの?」
「嫌? どうして?」
 もう片方の乳房もぺろり、と舐められ――そして吸われる。
(んんぅぅぅ……!)
 むず痒いような、くすぐったいような、不思議な感覚だった。
「だ、だって……母乳が、出ちゃう、なんて……あぁう!」
「母乳が出ようと出まいと、円香さんは、円香さんだろ。それに、凄く美味しいよ……円香さんのおっぱい」
「や、やだっ……武士くん、やめっ……そんなに、吸わないでっっ……」
 一度出始めたら、それはもう円香の意志では止めることなど出来なかった。武士に吸われている方は勿論の事、手で、指で弄られている方もじわじわと乳白色の液体を溢れさせてしまっていた。
(やだっ……やだ……こんなの、やだっ……)
 顔から火が出てしまいそうだった。母乳が出てしまっているのが恥ずかしければ、それを武士に吸われているのも恥ずかしかった。
「円香さん……円香さんも、飲んでみる?」
「えっ……んっ……!」
 キスと同時に、母乳を口移しされる。ほんのりと甘い味が口の中に広がり、そのままくちくちと、舌が絡み合う。
「……どう?」
「変な……味……牛乳よりも、薄いみたい」
「そうだね。……でも、俺は好きだよ。円香さんの……甘くて美味しいミルク」
「……武士くんの、バカ」
 円香は口を尖らせるが、内心では安堵していた。思ったよりも――というより全然――武士はショックを受けていない様に見えたからだ。
「あれ……もう、出なくなった」
「で、出ないのが……普通、なの! ……ぁっ……」
 こっちが出ないのならもう片方、とばかりに武士が吸い付く。ちぅぅぅ……と貪欲に吸い上げられ、円香はもう顔を真っ赤にしながら、母乳が出なくなるまで堪えるしか術が無かった。
「こっちも……終わりだ」
 ごちそうさまでした、と悪戯っぽく笑う武士が小憎たらしくて。
「もうっ……!」
 円香はずいと。武士の体を横に倒し、上を取る。
(心配して……損……しちゃったじゃない……)
 どうやら宮本武士の心は、円香が考えている以上に大らかな様だった。それはそれで嬉しい誤算ではあったが、同時に。
(……武士くんにも恥ずかしがってもらわないと、割に合わないわ)
 円香は武士の足先の方へと体をずらしながら、てきぱきとズボンのベルトを緩め、ファスナーを下ろした所で、漸く武士がうわずった声を上げた。
「ま、待って……円香さん……で、電気……消さない?」
「どうして? 前の時はそんな事言わなかったじゃない」
「あ、あの時は……緊張して、それどころじゃ、なかったから……」
「ふぅん……じゃあ、今は緊張してないんだ?」
「そ、そういうわけじゃ…………あッ!」
 武士が喋り終わるのを待たず、トランクスをぐいとずらす。
「んふふ……」
 剛直と、武士の顔を同時に視界に収めながら、円香はゆっくりと仮性気味の包皮を剥く。
(武士くんの……可愛い……)
 まだ、殆ど弄られたことのない――ピンク色の亀頭にちゅっ……と口づけをする。
「うぁっ……!」
 たったそれだけの事なのに、武士は過敏に反応して腰を浮かせる。
(そうなんだよね……まだ、敏感すぎるんだよね)
 それは、“初めて”の時から解っていた。あの時は、純粋に――武士を感じさせる為に、イかせる為に、心を砕いた。
 しかし今は。
(私……悪い女だよね。…………こんなに優しくて、可愛い武士くんに、意地悪したいって、思っちゃってるんだから)
 母乳を飲まれた腹いせ――と言うのは、些か語弊がある。強いて言うなら、そう――ただの“照れ隠し”だった。
「んっ……んぁっ……んっ……」
 ちろ、ちろと。敏感な先端部を避け、根本から竿部分の終わりまでを何度も何度も、丁寧に舐める。
「っ、ぁ……まどか、さっ……う、は…………」
 武士は仰向けに寝たまま、腕を瞼の上に置くようにしてはあはあと息を荒げていた。
(見るの……苦手なんだ。でも、それはズルいよ、武士くん)
 ちゅうっ、と先端を強く吸い、武士の悲鳴に耳を震わせて、一言。
「武士くん……ちゃんと、見て」
「え……?」
「私が、口でするところ……ちゃんと……見て?」
「で、でも……うっ……」
「でも――何?」
 手で、やんわりと愛撫しながら、円香は武士の答えを待つ。
「は、恥ずかしい……よ……」
「じゃあ、今日はもうエッチはお終い。……それでもいい?」
 えっ――と、武士が上体を俄に起こしたのは、それほど円香の申し出が意外だったのだろう。
「そう。そうやって……ちゃんと見ててね。私が……武士くんの、しゃぶってる所」
 悪女の様に笑って、そして円香は剛直を口に含む。
「うあっ……ッ……!」
 同時に、武士が顎を上げようとする――が、そこはそこ。根が真面目なのか、円香の言葉を信じたらしく、うわずった声を上げながらも、ちゃんと視線を円香へと戻した。
(うん……そうやって、見ててくれたほうが……私も、頑張れるんだよ?)
 ちゅば、ちゅむっ――唾液を絡めながら、円香は宣言通りに剛直を舐めしゃぶる。
 誰かに強制されたわけでも、心をつなぎ止める為に仕方なく、でもない。純粋に、心から“口でしてあげたい”――そう思ったのは、何年ぶりだろうか。
(武士くん……顔、真っ赤……だ)
 思わず、剛直を口に含んだまま笑みを浮かべてしまいそうになる。
(可愛い……)
 亀頭部分と皮の間に舌を差し込む様にして、ぐりぐりと円を描くようにして嘗め回すと、途端に武士は腰を撥ねさせた。
「ちょっ……円香、さっそれ、ヤバ――!」
 円香の頭に手を宛い、はあはあと息を荒げながら、武士は悶える。
(くす……武士くん、腰……浮いちゃうくらい気持ちいいんだ?)
 背を弓なりに反らせたまま、はあはあと悶える武士が可愛くて愛しくて。ついつい円香の方もねちっこく舌を動かしてしまう。
(……でもさすがに、これ以上焦らすのは意地悪すぎ……だよね)
 そろそろイかせてあげる――胸の内でそう呟き、円香は剛直を咥えたまま頭を上下させる。ぐぷ、ぐぷと口の端から唾液を漏らしながら、根本から先端まで唇を使って扱き、裏筋をれろれろと舐め上げる。
「あっ、あっ、あぁっ、ァっ……!」
 頭を掴む武士の手に力が籠もったその刹那、びゅるっ……と口腔内に白濁が溢れた。
「んっ……」
 びゅるっ、びゅっ、びゅっ……四回ほど剛直が震え、どろりとした牡液を口腔内に貯めたまま、円香はちゅぽんと唇を離す。
「えっ、円香さ――んっ!?」
 絶頂の余韻に蕩け、はあはあと息を荒げる武士の虚を突いて一閃。唇を重ね、とろり……と白濁を流し込む。
「んぶっ……!」
 武士は目を白黒させ、きっと混乱したのだろう。コクリと、確かに一度だけ喉を鳴らした。
「さっきのお返し。……どう、美味しい?」
「……凄く、苦い……不味い…………」
 うげえ、と舌を出しながら武士は抗議の目を向けてくる。
「……円香さんって、結構根に持つタイプなんだ」
「そうだよ。…………嫌いになった?」
「ううん、……惚れ直した」
 ぎゅうっ、と。力一杯抱きしめられる。
「……やっと、本当の円香さんを見れた気がする」
「うん……武士くんのおかげ。……ありがとう、武士くん」
 大好きだよ――そう囁いて、円香も力一杯抱きしめた。

 


「……俺、足フェチ……なのかもしれない」
 スカートと、タイツを脱がしながら、突然武士がそんな事を言い出した。
「どうして……そう思うの?」
「だって……円香さんの太股とか見てたら……凄く、ムラムラしてくる」
 事実、タイツを脱ぎ終えた足を見る武士の目は些か血走って見えた。少し前までの円香なら、男のそんな目を見ただけでうんざりするのが常だったのだが。
「じゃあ……武士くんは、私の足をどうしたいの?」
 悪戯っぽく笑いながら、そんな言葉まで言える――それが、“今”の円香だった。
「どう……って――」
 顔を赤らめながら、武士が悩む。その様子が可愛くて、円香はつい含み笑いを漏らしてしまう。
「な、舐めたり……とか、色々、したい……」
「太股……舐めたい?」
 尋ねながら、円香は焦らすように――そして見せつけるように脚を組む。
「うん、舐めたい」
「くす……いいよ。ちゃんと正直に言ったから……舐めさせてあげる」
 円香は俄に足を開き、その間に武士を迎え入れる。
「でも、太股舐めたい、なんて……ちょっと変態っぽいよね」
「えっ……そ、そう?」
 いきなり太股に食らいつこうとした武士の動きが、ぴたりと止まる。
「母乳飲んだり、太股舐めたいって言ったり、武士くんって実は結構アブノーマルな性癖もってたりして」
「っっっ…………!」
 武士の動きが完全に止まり、そして顔がゆでだこの様に真っ赤になる。
「でも私、好きだよ。そんなアブノーマルな武士くんも」
「…………俺も、意地悪な円香さん、好きだ」
 そして、恥も外聞も振り切るようにして、武士が太股に吸い付いてくる。
「んっ……!」
 宣言通り、れろり、れろりと。時折ちゅっ……とキスを残しながら、武士が太股を舐め上げてくる。
「や、だ……武士くん……本当に、変態みたい……」
「……変態って言われてもいい。俺は……円香さんの足、いっぱい舐めたい」
 舐めるのは、太股だけに限られなかった。膝も、ふくらはぎも――さすがに、足の指の股まで舐められたときは、円香も羞恥の声を上げたが、武士は決して止めなかった。
(……私があんまり変態、って言うから……開き直っちゃったんだ)
 となれば、最早円香にも止めることは出来ない。足を――それも指の股まで舐められるのは確かに恥ずかしいが、武士がそうしたいというのなら円香もそれを叶えてやりたかった。
 だが、それも――限度というものがある。
「ね、ねぇ……武士くん……もう、いいでしょ? そんなに、足ばっかり……舐めないで……っ……」
「……どうしたの? 円香さん。息……荒いみたいだけど」
 ただ、太股を舐めるだけ――それならばどうという事はない。しかし、それも何度も何度も執拗に――キスを交えてじっくりたっぷりと愛でられたら、さすがに体が反応してしまう。
「ひょっとして……円香さんも足舐められて感じちゃう性癖?」
「そ、そういうわけじゃ――……やっ……」
「円香さん……下着の色、変わっちゃってるよ」
 太股を舐めていた筈の武士が、いつのまにか股間に潜り込んでいた。鼻先で、すりすりと、ショーツのピンク色が変わった部分を擦られて、円香は声を上げてしまう。
「……それは、別に……足、舐められたから、ってわけじゃ……ンッ……」
 “すりすり”が鼻から、指に変わると同時に、太股にまたキス。次は腹部、胸元、首……そして頬へと。
「円香さん……今度は俺、ココも舐めたい」
「っっ……もう、武士くんって……本当に――……」
 苦笑混じりに、円香はショーツを脱がせ易い様尻を浮かせる。武士がショーツをずり下げ、円香は片足ずつ、順番に足を抜いた。
「凄い、円香さん……本当に濡れてる…………」
「……うん。武士くんの事が本当に好きだから……そうなってるんだよ」
 照れ混じりにそう言うも、勿論円香とて、そうしてしげしげと見られるのは恥ずかしくないわけがなかった。
(でも、私の方が……年上、なんだから……)
 あんまり恥ずかしい、恥ずかしいと逃げ回るのも情けないと、円香なりに精一杯虚勢をはり、武士の視線に堪え続ける。
「……凄く、美味しそう。……んっ……」
 てろり、と舌が這う感触。
「あっ、やっ……あンッ……!」
 ぴくんと、顎が跳ね上がり、勝手に甘い声が漏れた。
「や、だっ……武士、くんっ……そんなに、指で広げて……ンぁっ!!」
 ぐい、と指で左右に広げられたまま、てろてろと舐められる。――それは、円香が予想していた以上に凄まじい快感をもたらした。
(やっ……ウソッ……こんな事って…………ッ!)
 ただ、舌でてろてろと舐められているだけ。なのに、腰が勝手に跳ねてしまう程に気持ちいいのだ。
「んぷっ……円香さんのココ……どんどん溢れてくる、よ……んっ……」
「ぁあああっ、やっ、あっ……武士、くんっ……ちょっと、待っ……ぁぁぁあァッ!!」
 武士の後ろ髪を掻きむしりながら、円香はぶんぶんと左右にかぶりを振り、声を荒げる。
「あっ、あァァァァあっ……!!」
 ぎゅうっ、と。太股で武士の頭を挟むようにして。背は弓なり――そう、丁度先ほど、円香が口でした時の武士の様に。円香もまた背を反らせ、腰を浮かせてしまっていた。
(やっ、こ、れ……武士くん、だから……なの……? 武士くん、だから……こんなに――)
 そうとしか思えなかった。そう――相手が武士だから、本来ならばただくすぐったいだけの足への愛撫ですら、焦れったく体が反応してしまったのだ。
(スゴ……い、ホントに……気持ち、いい……っ……)
 快感に堪えるように武士の髪に爪を立てていたのは最初だけ。その指は次第にもどかしげ――もっと、もっと舐めて欲しい――そうねだるように、武士の後ろ髪を撫でつけていた。
「あはぁぁあっ……あぁっあんっ……! あぁっ、あっ…………」
 しかし、そうして――武士の舌技にとろけていられるのも、長くはなかった。
 その理由は。
(えっ……やだっ……この感じ――)
 下腹を中心に沸き起こる“ある衝動”に、円香はゾクリと背筋を冷やした。
「た、武士……くんっ……やめっ……お願い、ちょっと……止めてっ……」
 それまでの甘い喘ぎから一転、切羽詰まった声で、円香は訴える。しかし、そんな必死の訴えにもかかわらず、武士は舌の動きを止めない。
「だめっ……だめっ……本当に、だめっ、なのっ……そん、なっ……ずっと、舐められたらっ……私っっ……ぁっ、やっ……だめっ、ぇええ!!」
 円香はたまりかねて武士の頭を引きはがしにかかる。が、それに抵抗する様に武士は両腕で太股を抱え込むようにして、執拗に食らいついてくる。
「ひィ……やっ、ァァあっ……!」
 怒濤のように押し寄せてくる尿意を円香は必死に我慢する。しかし、ちろちろと秘裂を擽る舌からもたらされる快楽に少しずつ、少しずつ屈していく。
(だ、め……こんなっ……こんなっ……ぁあっ……!)
 恐らく、武士は勘違いしているのだ。純粋に感じて、それがダメだと言っているのだと。その誤解さえ解ければ、或いは拘束を解いてもらえたかもしれなかった。
(で、も……言えるわけ、ない……)
 行為の最中に、トイレに行きたくなってしまった等と、口が裂けても言えなかった。だから、円香は精一杯の力で抵抗をするが、片や現役のスポーツマン、片や引きこもり気味の元女子高生ではその差は歴然だった。
「やぁぁっっ、だめっ、だめっ……出るっ……ホントに、出ちゃうっっ……ぁっ、ひぁッ!」
 ほんの少し――そう、本当に少しだけ、力を緩めてしまったその刹那。ぴゅるっ……と僅かだけ漏れだしてしまった。
(いやっ……!)
 それが武士の顔にかかったのか、或いは口に入ったのか、円香にはもう見届ける勇気はなかった。
(や、だっ……止まら、ない――)
 またびゅるっ、と漏れだしてしまう。――排泄による純粋な爽快感とは別種の、ある種の快感を――円香にもたらしながら。
「ひィあッ……やっ、ぁうっ……あっ、、……だめっ……出ちゃうっ…………出ちゃうぅうッ!!!」
 背筋を駆けめぐる、ゾクゾクとした快感――それに負ける形で、円香は全てを解き放ってしまった。
「あっ、あっ、あっ――…………あぁぁぁぁぁぁあ……あァーーーーーーーーーーッ!!!!!!」
 目尻に涙を浮かべながら。武士の髪に爪を立てながら。円香は己の意志とは無関係に排泄される液体から――最愛の男から――目を逸らし続けた。
(おね、がい……止まって……止まってぇええ!)
 しかし、円香の願いとは裏腹に――尿の勢いは留まることを知らないかの様に、たっぷりと。
「あっ……ァァァァァ…………ァはっ……ァ………………!」
 膀胱内溜まっていた全てを吐きだし終えて、漸く円香は息を吐いた。
 今度こそ終わった――と、円香は悟った。
 この失態は、母乳の比ではない。行為の最中に失禁してしまう女など、論外だ――。
「ん、ぐ…………円香さん、イッた……の?」
 だから、武士からのそんな呼びかけが無かったら、円香はきっと泣き出してしまっていただろう。
「……え?」
「今の……“潮吹き”って奴でしょ? 円香さん……スゴい声、出してたし…………いきなりだったから、俺も……飲んじゃったけど」
「……………………」
 武士の、あまりにも的はずれな言葉に、円香はただ――赤面して俯くしかなかった。


 “アレ”は“潮吹き”ではないと、円香が消え入りそうな声で教えてくれた。
「わ、私……ね、舐められて……気持ちよくなっちゃうと……その、で、出ちゃう……の……」
 耳まで真っ赤にしながら、ぼしょぼしょと。
「最近……は、ずっと、そんな事……なかったから……大丈夫、だと思ったんだけど…………ごめん、ね」
 辿々しく説明する円香の言葉を、武士は半ば呆然としながら聞いていた。
(……って事は――どういう事だ?)
 ぷしゃぁっ、と“蜜”を溢れさせながら悶え狂った円香のその声が――“あの時”の姉の声に似ていて、武士はてっきりこれが“潮吹き”であると思いこんでしまった。
 しかし、実際は“潮吹き”ではなく、ただの“失禁”だった――その意味は。
「……円香さん、一つ……聞いて良い?」
 びくりと、怯えるように身を竦めながら、円香はこくりと頷いた。
「気持ちよく……なかった?」
「えっ……」
「俺……円香さんがちゃんと感じてくれてるって……そう思ってたんだけど……ダメだった?」
 恐る恐る尋ねると、円香はぶんぶんと首を横に振る。
「そ、そんな事……ないよ……凄く、良かったから……だから、私――」
「……そっか。円香さん……気持ちよかったんだ」
 なら良し、と武士は笑顔を零す。
「円香さん……折角元気になったのに、また泣きそうな顔するから……俺、すっげぇ心配したよ」
「えっ、だ……だって、私――」
「いいよ、別に。……俺、円香さんのなら……飲んでもいい」
「っっ……!」
「だって、円香さんだって……“初めて”の時、俺の……飲んでくれたじゃないか」
「あ、アレは……お、おしっこ、じゃ……なかった、し――」
「同じだよ。…………俺、すっげぇ嬉しかった。だから、円香さんもさっきの事は気にしないで」
 それに、と。武士は円香に被さりながら耳元に囁きかける。
「……俺、さっき円香さんに自分の精液飲まされたんだよ? それに比べたら、全然だって」
 考えてみれば、母乳、自分の精液、そして円香の尿と、今日は稀有なものばかり口にしているなぁと、武士は苦笑する。
「だから、元気出して。俺……優しい円香さん好きだけど、意地悪な円香さんも好きだから」
 身を縮こまらせている円香を抱きしめて、そして幼子でもあやすようによしよしと髪を撫でる。
「ぁっ……ぅ…………も、もう…………武士くんの、バカ…………」
 己の腕の名かで呟かれたその言葉が、女性経験の少ない武士にも、照れ隠しの強がりだとはっきり解った。
 そんな円香が可愛くて、武士は抱きしめたまま――その体を優しく撫でた。
「んっ、ぁ……あっ……」
 円香の背を、そして肩を。首を、胸を――なで回す。
「や、だ……武士、くん……」
「可愛いよ、円香さん……」
 円香の体をなで回していた手を滑らせ、腹部から、恥毛をかき分け、秘裂へ。
「ひゃうっ……!」
 軽く、指先が触れただけで、円香はそんな声を上げてぴくんと体を震わせた。
(円香さん……さっき、口でしてた時より……濡れてる……?)
 ドロリとした蜜が、尋常ではないほどに指に絡みついてくる。その熱気に驚きながらも、武士は秘裂の回りを指で撫で、そしてぬぷりと埋めていく。
「あぁぁっ、ぇっ?……こんなっ……あうっ!!」
 大げさに身をよじる円香の体を左手で抱きしめながら、右手の指でぬぷぬぷと、出し入れをするようにして。。
(すっ……げっ……なんだ、これ……どんどん、溢れてくる……)
 それだけではない。ぐじゅ、ぐじゅと肉襞が蠢き、指に絡みついてくるのだ。
「やっ、だぁっ……武士、くんっ……そんなっ、かき回さないでっっ……」
「いや、俺は――」
 決してそんなに激しくは動かしていない――それなのに、円香の反応が。
「あはぁぁあっっ、やっ、はうっンッ……ひぐっぅう!」
 びくんっ。
 突然円香の体が跳ね、くたぁ……と脱力する。
(ひょっとして……円香さん……イッた……?)
 それも、こんなにあっさりと。前回、前々回の時の十分の一も弄っていないのに、ただ軽く指を動かしただけで。
(俺が……口で、したから……?)
 確かに、口でする前から円香の反応は以前とは比べものにならない程に良かった。それでも、今の円香に比べれば雲泥だ。
「はーっ……はァー……たけし、くん……ぁあっ!!」
 くたぁ……となってしまっている円香の膣から指を抜き、そっと胸元を揉む。――それだけで、円香は鼻にかかった声を上げ、びくりと身を震わせた。
 先ほどまでとは、明らかに反応が違いすぎた。――そう、まるで、何か“スイッチ”が入ってしまったかのように。
「……円香さん、挿れたい…………いい?」
 “機”があるとすれば、それは今しかなかった。武士は脱力してしまっている円香の体を抱きしめて、囁く。
「ぇ……挿れる、の……?」
「うん、挿れたい……」
 どこか呆けたような円香の返事に頷きながら、武士は枕元からスキンを取り出す。包みを破り――そして、装着する。
「やっ、待って……武士くんっ……今は――」
「……? どうしたの、円香さん」
 ベッドの上で、逃げるように這う円香の手足を押さえつけて、そして詰め寄る。
「な、何か……からだ、変……なの……さっき、から……凄く、感じすぎ、ちゃって……ひはっぁっ!」
 感じすぎる――円香のその言を確かめるように、武士は円香の首筋を舐めてみた。――反応は抜群だった。
「本当だ……。 今、挿れたら……円香さん、スゴい事になりそうだね」
「っっ……や、だ……武士、くん……何、考えてるの? 私っ……ひぅっ!」
 円香の足を開かせて、その間に体をいれる。先ほどの絶頂で体に力も入らないのか、円香の抵抗はひどく弱かった。
「俺はただ……円香さんに、今までの分――いっぱい感じて欲しいだけだよ」
「えっ、ぁっ……やあっ! ま、待ってっ……ンッ、あっ、ぁあっ、ああああァッ!!!」
 剛直を円香の入り口に宛い、くっ……と先端を埋めた所で最後の抵抗。ろくに力が入っていないであろう両手をねじ伏せ、腕の付け根を押さえつけるようにして、武士は剛直を根本まで押し込む。
「ヒァうッ!!」
 背は弓なり、舌を突き出しながら、円香が声を荒げる。
(うっ、わっ……す、ごい……スキン越しでも、円香さんのナカ……全然、違う……)
 声を出したくなるのは、武士も同じだった。前回、前々回とはあまりに違うその感触に、自然と息が荒くなる。
「はァー……はーっ……や、だ……ん、ぁあっ……す、ご、い……私、感じて、る…………ぁあっ……だ、めっ……すぐ、イッちゃいそう…………」
「……いいよ、円香さん。円香さんがイきたいだけ、イッて」
 虚ろな目で、はあはあと喘ぐ円香に被さり、その頬にそっとキス。くちゅっ……と少しだけ腰を動かしながら、円香の胸を愛でる。
「ぁあっあぅっ……やっ、ぁ……一緒っ……一緒、にっ……イきたいっ……武士、くんと……一緒、にぃっ」
「そ……っか。じゃあ、円香さん……もう少し、我慢して……俺も、そんなに……持たない、から」
 情けない話だが、しかし認めざるを得ない事だった。ただでさえ、セックスにはまだ慣れていないのに――最愛の相手が、こうも眼前で乱れているのだ。
 喘ぐ円香の唇を塞ぐようにキスをし、胸を愛でながら、武士は少しずつ抽送を早めていく。
「やっ、やぁぁぁっっ、だめっ、だめぇっ……そん、なっ……されっ、たらっ……あ、ァあッ!」
 円香の言葉は届いていたが、勿論武士は抽送を緩める気はなかった。イかせたらイかせただけ女は喜ぶ――それが単なる男の思いこみに過ぎないことは百も承知だった。
 しかし。
(それでも……今まで、感じさせてあげられなかった分、くらいは――)
 “負債”は返したい。返さねばならない。
「ぇっ、やだっ……武士、くんっ……そんな所、まで……っ」
 円香に腕を上げさせ、脇を舐める。舐めながら腰を使い、使いながら胸を吸う。キスをして、揉んで、髪を撫でて――
「ッやっ、ンぁっ………………たけし、くっ……っっ……ァァアアッッ……ら、めっ……私っ……ぁぁぁあッ!!」
「えっ、うわっ……!」
 それはさながら、巨大な食虫植物にでも捕まったかの様だった。円香の両腕で抱き寄せられ、腰に足を絡められた状態で、ぎゅううっ……と体も“ナカ”も抱きしめられた。
(ヤベッ……)
 円香の予期せぬ“奇襲”に、武士もまた放ってしまう。
「くはっ、ぁぁ…………」
 びゅるっ、びゅると。スキンの内側に白濁が溜まるのを感じながら、武士は少しだけ下唇を噛んだ。
(……早過ぎ、だろ……俺…………)
 もっと、じっくりと円香の体を味わいたかった。円香にも味わって欲しかった。それなのに。
(……ッでも……!)
 まだ、できる。武士は堅いままの剛直をぬ゛るりと抜き、スキンを処理して――口を結べば漏れないと、既に円香に教えてもらっていた――新しいものを装着する。
「はァーっ…………はァーっ…………はァーっ………………たけし、くん……?」
 はあはあと呼吸を整えながら武士を見る円香の、なんと扇情的な事か。
(……う、わ……円香さん、エロすぎ……)
 羞恥心などもうマヒしてしまったのか、足は開かれたまま。その中心からはテラテラと光沢を放つ蜜が涎の様に垂れ、ひく、ひくと蠢いていた。
 焦点の覚束ない濡れた目も、上気した肌もエロくて堪らない。なにより、呼吸を整えるたび揺れる大きな胸と、先端からトロリと漏れる母乳が――武士の頭のネジを吹っ飛ばした。
「ま、円香さんっ! 俺っ……俺、もう――!!!!」
 そして武士は――師匠(?)同様――ケダモノになった。

 



 「えっ、ちょっ……武士くん!?…………ぁっ……」
 既に何度もイかされ、トロけきってしまっていた円香は、武士の襲撃から逃げる術も無かった。
「ぁっ、やっ……武士くんっ……また――」
 容易く組み敷かれ、そして胸を舐められる。てろ、てろと乳首の周囲に漏れだしていた乳白色が舐め取られ、ちぅぅ……と吸い上げられる。
「んぅ……!! あは、っ、ぁっ……」
 むず痒いような、それでいて心地よいような――不思議な感覚に、円香はやはり戸惑いを隠せない。
(だめっ……こんなっ、コトで……感じちゃうなんて……)
 それは不謹慎な事だという常識が、円香の中にはあった。しかし、今母乳を吸っているのは赤子ではない。愛しくてたまらない――武士だ。
(武士、くんも……そんなっ、舌で……転がしたり、しないで……ッ……)
 単純に母乳を吸われるだけならば、どうとでもなる。しかし、堅くなった先端を舌で転がされたり、甘噛みなどされては、円香もついつい声を上げてしまうのだ。
「ぷはっ…………円香さん、次は……後ろから、入れていい?」
 円香には、うんとしか言えなかった。四つんばいになって――そして、武士を受け入れる。
「アはァッ……!!……ンッ……!!」
 “挿入”の瞬間に襲ってきた快感に、勝手にそんな声が出てしまった。
(やっぱり、私の、体……おかしい……)
 そうとしか思えなかった。ただ、入れられただけで――こんなにも。背筋がゾクゾクするほど――感じてしまうのだから。
「……円香さん、動くよ」
「ンッ、……ぁっ、ゆ、ゆっくり…………あンっ!」
 武士に腰のくびれを掴まれ、ぱちゅんっ、ぱちゅんと突き上げられる。それだけで――早くも、円香ははあはあと息を荒げ、涎が零れそうになるのを堪えねばならなかった。
(やっ、スゴ、い……あた、ま……クラクラ、、しちゃう……)
 さながら、強力な媚薬でも打たれたかの様。
 全身の肌が上気して、ただなで回されるだけで声が出る。ましてや、挿れられたら――。
「あはぁっ、あんっ、あっ、ひうっ……あっ! あっ、ふ、くぅっ、んんっ……あ!」
 最初は、ベッドに掌をついていた。しかし、すぐに肘を突き、そして――顔まで伏せそうになってしまう。
「あぁああっぁっ、やっ……む、ねっ……だめぇっ!!」
 腰を掴んでいた手が滑り、むにゅりと胸を触ってくる。
「どうして? 胸……触ると、円香さん、凄く良い声出すのに」
「だ、だって……今、そんな風に、触られたらっ……べ、ベッド……汚しちゃう、からぁっ……!」
 むにゅ、むにゅと乳を捏ねる武士の手つきは容赦が無く、先端から迸った母乳は確実にベッドシーツにふりかかっていた。
「いいよ、シーツなんて……洗えばすむんだし」
「で、でもっ……でもぉっ……ぁあぁあっァァァ!!」
 きゅっ、と先端を摘まれた瞬間、円香は容易くイかされてしまう。
「あれ……円香さん……また、イッた?」
「ううぅ……い、今は……変、なのっ……はぁっぁ、ンっ……やっ……うご、かすの……止めっ……」
「ねえ、円香さん……円香さんって、もしかして――」
 円香の言葉通り、武士は抽送を一旦止め――そして、被さるようにして、耳に唇を寄せてくる。
「円香さんが“そんな風”になっちゃったのって……俺が、飲んだから?」
「えっ――」
 かあ、と。自分の意志とは無関係に、顔が真っ赤になった。
「やっぱり、そうなんだ」
「えっ、やっ、違――」
 その反応は、どうやら武士に“肯定”ととられてしまったらしかった。
「俺が円香さんのおしっこ飲んだから、円香さん……そんな風になっちゃったんだ?」
「やっ……違うっ、違う、のぉっ……それ、関係、ないっ……」
 ぶんぶんと首を振って否定するも、説得力は皆無。――それは偏に、円香自身もその説を否定できないからだ。
(違う、私は――)
 否定してしまいたい。自分にはそんな変態的な性癖はないと。確かにあの時――失禁してしまった時。それまで覚えが無いほどの途方もない快感を覚えた。そして――既視感も。
(ああいうコトしたの……初めてじゃ……ない……?)
 “そんな気がする”のだ。
(ちがう、違う……違うっ……)
 どれだけ否定しても、先ほどの――武士に“飲ませている”所を思い出すだけで――。
「あハァァあッ!! ひぃうっ……んっ、あああァッ!!!!」
 武士の腰の動きと相まって、勝手にサカった声を出しながらイッてしまう。
(やっ、やぁぁっ……ひぃっ、ぁっ……ホント、に……感じるっ……思い、出しただけ、で――)
 とろり、とろりと口の端から唾液を零しながら、はあはあと。円香は犬が伏せをするような格好で呼吸を整える。
 くすりと、頭の後ろで――笑い声が聞こえた。
「いいよ、俺……円香さんが“そんな風”になってくれるんだったら、いくらでも“飲む”よ」
「えっ、やぁっ……武士、くん……何、言って――っ……!」
 ゾクッ。
「ンッ……ぁっ」
 ゾクッ、ゾクゾクッ……!
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ……!!!」
 武士の言葉に、円香はついつい連想させられてしまった。自分が――武士に“飲ませている”所を。
「……円香さん、想像しただけでイッちゃったんだ」
「やぁぁっ、ひぁっ、だめっ……たけ、しくっ……こんなっ……こんなのっ、変、だよぉっ……おかしい、よぉ……んぷっ……!」
 身を捻らされて、そして強引に唇を奪われる。にゅぐ、にゅぐと。まるで脳髄を嘗め回されているかのようなキスに、円香に残っていた最後の理性すら快感に押し流されてしまう。
「ひィは……ひィっ……んぅっ……はっ、はッ……たけ、し、くんっ……ぁっ……あぁあっ、ンぁあああッ!!!」
 片足を持ち上げられ――まるで犬が尿でマーキングをするときのような格好をとらされて――激しく突き上げられる。
「はぁっ、はぁっ……円香さん……すっげぇ、エロい顔にっ……なってる……」
「えぇっぇっ、やっ、イヤッ……見ない、れぇっ……ふぁっ……!」
 ぬ゛るんっ――と、引き抜かれたかと思ったのもつかの間。円香は再び仰向けに転がされ――そして、挿れられる。
「ああああァあああアあッ!!」
 顎を突き出すようにして、円香は嬌声を上げていた。
「……見ないで、って言われたら……余計に見たくなるよ。ほら……円香さん、ちゃんと俺の方向いて……?」
「やっ、やぁっ……らめっ、らめっ……おね、……い、らかっ、らぁっ……見なっ……れぇっ……っ!!」
 武士の視界から逃れようと身をよじるが、それは到底不可能なコトだった。何より、手が――足が、円香の意志を裏切って、武士にしがみついてしまっていた。
「ンあアッ……ひぃアッ……やっ、来るっ……スゴいのっ……来るっ、のぉっ……らめっ、イくっ、イくっ……イくっ……!!!」
 強いて言うならば、“快感の津波”――その“予感”に、円香は必死にしがみつく。――己の心が、流されてしまわぬ様。
「ンッ……くっ……俺もっ、もう――……円香、さんっ……――」
 ひぃ、ひぃと荒く息をつく唇を武士に塞がれる。ちゅくっ――互いの唇を貪り合うような、密着したまま、円香は。
「ッッッ……あぁあアあッ!!」
 唇を塞ぐ武士をはね除けて。
「あっ、あっ、あっああああアあーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
 己を襲う快感の津波に翻弄されながら、円香は羽化登仙の声を上げ続けた。


 学校からの帰り道。
 月彦が今日も今日とてにへら、にへらと昨日の由梨子との“思い出”に顔を緩めさせながら帰路をたどっていると。
「ぬっ……」
 突然、前方からただならぬ気配を感じて月彦は身構えた。
(なんだ……この感じ――)
 視覚でも聴覚でもなく、第六感に直接訴えかけてくるそれはまさしく“気配”としか呼べないしろものだった。
 それも、ただの気配ではない。そう、例えるならエンジン音だけを聞いてブルドーザーだと解る様な――超大物の気配だ。
「あっ……」
 まさか新手の妖狐か?――そんな月彦の危惧をあざ笑うかのように、曲がり角からひょっこりと顔を出したのは宮本武士だった。
「紺崎さん! この間はありがとうございました!」
「えっ……」
 そして、月彦が困惑から立ち直るよりも先に、武士はぶんと頭を下げてくる。
「紺崎さんに言われたとおりにしたら……その、うまく……出来ました」
「あ、あぁ……そりゃあ、良かった。うん」
 すこし、照れ混じりに言う武士は本当に幸せそうだった。そこで漸く月彦も“これは本物の武士くんだな”と気を許した。
(でも、じゃあ――さっきの気配は何だったんだ?)
 単なる気のせい――と思うには、あまりに生々しい圧力だった。気にはなるものの、しかしそんな危惧すら吹き飛ばしてしまうほどに、眼前の武士の笑顔は幸せに満ちていた。
「ま、何にせよ……本当に良かったよ。少しでも俺の助言が役にたったんなら」
「はいっ! 本当に、ありがとうございました!」
 ぶんっ、と残像が残るほどの早さで、また頭を下げられる。
(って言っても、殆ど一般論みたいな事しか言ってなかった気もするけど……)
 結果的にそれで武士達が上手く行ったのならそれで良い、と思えた。
「あの……紺崎さんももし……姉貴の事で困った事とかあったら、俺にすぐ言って下さいね。俺、何でもやりますから!」
「いやいや、そんな……気にしなくていいって。俺も、普段から武士くんに色々迷惑かけてたから、これでおあいこって事にしよう」
「でも、それじゃ……俺の気がすみませんから」
「いや、ホントに――」
 と、しばし“借り”の押し付け合いのような事が続き、結局は渋々武士が折れる形で決着がついた。
(由梨ちゃんに似て、義理堅いんだなぁ……)
 自分と霧亜が全く似ていない姉弟だからか、武士と由梨子の共通点を見つけるたびに、月彦はなんとも微笑ましい気持ちになってしまうのだった。
(はて、そういえば――)
 そこでふと、月彦は気がついた。眼前の武士の“異変”に、だ。
(あれ……武士くんって――こんなに大きかったっけ?)
 顔は、紛れもない宮本武士そのもの。しかし――その体躯が、前にもましてやたら大きく見えるのだ。
(違う、これは……本当に大きいんじゃない……なんていうか、“魂的”に大きいんだ……)
 それも、とてつもなく。実際の身長では自分の方が頭一つは大きいのに、まるで武士が眼前に聳える山の様に月彦には見えてしまう。
(何だ……これ……武士くん、どんな“経験”をしたんだ……)
 男子、三日会わざれば刮目して見よ――まさにその典型だった。目を凝らせば、武士の肩から立ち上るオーラまで見えるかの様だった。
(一体全体……“彼女”とどんなエッチをしたんだ……)
 恐らくそれは自分には未経験の深いゾーンだろう――具体的な内容までは解らないまでも、その余波、残滓のようなものがヒシヒシと伝わってくる。
(ダメだ……負けた…………)
 そして、胸一杯に沸き起こる、正体不明の敗北感。完敗、一矢報いることすら出来ず、完膚無きまでに叩きつぶされたような気分だった。
「……紺崎さん?」
 突然がっくりと膝をついた月彦に、武士は怪訝そうに首を傾げる。
「……ちょっと、立ちくらみがしただけ。大丈夫……」
 膝を笑わせながら、月彦は辛くも立ち上がる。
「武士くん……彼女のこと、大事にしてやりなよ?」
「はい!」
 まるで旧日本軍の新兵のような返事を残して、部活に戻らねばならないからと急ぎ走り去っていく。その背が見えなくなるまで月彦は見送って、そして再び歩き出した。
(……成長したな、武士くん……)
 もう俺が教える事は何も無いだろう――そんな思いを胸に、無駄に目頭を熱くしながら、月彦は再び帰路につくのだった。

 

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