まるで腑抜けのような日々を、月彦は送った。
 現場を押さえられては最早“演技”をする必要もなくなったとばかりに、真央は前にもまして素っ気が無くなった。
 学校へ行っても、雪乃の態度はどこかよそよそしく、由梨子に至っては不思議なほど顔を合わせる事が無かった。
(……避けられてる……んだろうなぁ)
 そう言う月彦自身、由梨子と顔を合わせるのはなんとなくばつが悪いという理由で、遭遇の可能性が高い場所には極力行かないように努めていたりする。
(関係が終わりになるときって、意外に呆気ないものなのかもしれないな……)
 数日前の真央と白耀の逢瀬を見てからというもの、何事にも無感動になりつつある自分を、月彦は感じ取っていた。
 だから、久々に和樹と千夏の誘いを受けて街へ遊びに繰り出してもどこか寒々しく、盛り上がりに欠けた。その三人が集まったにしては異例の六時解散という早さで、月彦は帰路につく。
「こんばんは、お義父さん」
 そしてその帰り道、目の前の霞から突然男が現れても、月彦はさして驚かなかった。
「……よう、しばらくぶりだな」
 無感動ということは、憎いという感情すら沸かないということだ。月彦は己でも不思議なほど、すがすがしく挨拶をした。
「俺になにか用か?」
「用……というよりは、宣言のようなものです」
「宣言……か。“真央さんを下さい”ならもう聞いたぜ」
 冗談めかした口調も、今の月彦ならではのものだ。気に入らない、気に入らないと思い続けた白耀の顔だが、今日に限っては妙に親しみを覚えるのだ。
(……何があったか知らんが、随分険しい顔じゃないか)
 いつも涼風のような微笑を浮かべ、若竹のようにすがすがしい雰囲気を持つのが白耀という男だ。それが、まるで手負いの虎もかくや――という逼迫した気配すら感じさせる。
(三つの尾を持つ妖狐様にも、思い通りにならないことがあるんだな……)
 くつくつと、まるでどこかの性悪狐のように笑いそうになって、月彦は慌てて口元を覆う。真央を失ってからというもの、心が多少荒むのは仕方がないが、さすがに“ああ”はなりたくないという最後の良心だ。
「で、何だ。聞いてやるから早く言えよ」
「はい。……僕は明日の夜、真央さんを自宅に招く予定です」
 明日は金曜か――ふと、月彦の心がざわりと揺れる。
「その時……僕は、真央さんを抱くつもりです」
 白耀が言い終わるが早いか、月彦はその鼻面に拳をねじ込んでいた。
「……ッ……!」
「それをわざわざ言いに来たって事は、俺に殴られたいって事だろ?」
 痛む右拳を撫でさすりながら、月彦は静かに怒りを露わにする。
 白耀は俄に体を揺らし、右手で己の鼻を押さえるが、その指の合間からはぽたぽたと鮮血が滴り落ちる。しかし、月彦の宣言通り覚悟はしていたのか、懐紙を取り出して血を拭く仕草には一片の狼狽えも無かった。
「……お互い、利害が一致しましたね」
「どういう意味だ?」
「貴方は僕を殴りたいと思った。僕も誰かに殴られたかった……そういう事です」
 白耀は懐紙を仕舞い、そして苦笑する。
「今解った。お前……実は馬鹿だったんだな」
 今度は月彦が苦笑する。
「馬鹿がつく程……正直者だ。そうだろ?」
 白耀の身に何があったのかは、月彦には解らない。しかし、眼前の男の気が狂わんばかりの苦悩だけは、嫌と言うほどに伝わってくる。
 何故なら、まるで目の前に鏡でも置かれたかの様に――白耀の苦々しい顔が自分とうり二つに見えてしまうからだ。
(こいつは……違う。人を填めたり、騙したり、罠にかけたり出来るような奴じゃあない)
 そうであれば、これほど悩み、苦しむ筈がない。
(考えてみりゃ、こいつは最初から直球しか投げてきてなかったんだ……)
 白耀が本気で真央を手に入れようと思えば、いくらでもやりようはあった筈だ。それこそ、人知れず攫うという方法だってとれただろう。
(……結局、俺一人が邪推して……駄々捏ねてただけって事か)
 正々堂々プロポーズしてきた相手に因縁をつけ、貶めようとした。白耀に比べて、己のなんと薄汚れている事か。
(……こいつになら、真央をやっても…………いいのかもしれないな…………)
 ひょっとしたら自分よりも、真央を幸せにしてくれるかもしれない。……少なくとも、この男ならば浮気をして真央を泣かせるような事はしないだろう。
「で、今日はわざわざ殴られに来ただけか?」
「いえ、もう一つ……伺いたい事があります。……貴方と、真央さんの“絆”についてです」
 ぴくりと、月彦は眉を揺らす。
「もしかして、貴方達は……“関係”があったのではないですか」
「だとしたら、どうする?」
 隠そう、という気は起きなかった。どのみち、白耀が真央と寝れば、処女ではないことはバレる。
「そのこと自体、どうこう言うつもりはありません。人の世では珍しいかもしれませんが、我々の世では、ままある事です。ただ――」
「ただ……?」
「僕は貴方から娘を奪うのか。それとも娘と恋人の両方を奪うのか、それを確認したかった。自分が背負うものの重さを、知っておきたかった。……真央さんを、抱く前に」
「……まだ、殴られ足りないのか?」
 口でこそ、そのような事を言ったが、月彦にはもう毛ほども白耀を殴る気はなかった。
(……なんてこった、こいつ……いい奴だ)
 憎たらしいくらいに良い奴じゃないか――出会ったばかりの頃に感じたものとは別の敵意が、月彦の中に沸き起こる。
(顔が良くて、中身もこれか……こんな奴に、どうやって勝てっていうんだ)
 白耀に比べれば、自分の方が余程浅ましい。どう足掻いても、真央は取られる運命だったのだと、月彦はこの時心の芯まで悟った。
「……真央さんは、僕が必ず幸せにします」
 夜道。人の通りこそないが、いつどこから誰が現れるとも知れない。だというのに、この男は。
「だから、真央さんを……僕に下さい」
 着物が汚れるのも顧みず、地面に両膝をつき、両手をつき、頭を下げる。
「……前にも言っただろ。大事なのは俺の意志じゃない、真央の気持ちだ」
 頑なに頭を下げる白耀の姿が正視できなくて、月彦はくるりと背を向ける。
「…………お前達妖狐がどういう手順で夫婦になるのかは知らねーが、もし式とか挙げるんだったら……その時は呼べよ。顔くらいは、出す」
 月彦は、既に歩き出している。だから背後で、白耀が顔を上げたのか、或いはまだ伏せているのか、それを確認する術はない。
(……真央、お前の見る目は……確かだな)
 恐らくは唯一無二の、“この男になら”――そう思える相手を見つけ出した愛娘の慧眼に月彦は苦笑することしか出来なかった。


 



 


 最早、白耀と真央の仲にはなんの異論も無い――少なくとも月彦は己自身にそう思いこませていた。
 だから、翌日になっても。そして夕方が来ても。別段いつも通りに下校し、そして部屋にもどった。
「……ぁ」
 “覚悟”は、既に決めていた筈だった。それだけに、自室に戻った時――そこに真央が居た時、月彦の心は俄に揺れた。
「珍しいな……真央、どうしたんだ?」
 自室に、真央がいる。その事に“珍しい”と素直に言える自分に、月彦は苦笑いをしそうになる。
「……ちょっと、父さまと話……したくて」
「そうか」
 鞄を置き、上着をハンガーに掛け、真央とは若干距離を開けてベッドに座る。
「あの、ね……今日、私……あの人とデートするの」
「白耀、か」
 うん、と頷く。
「それでね……もしかしたら……今夜、帰らないかもしれない、から……」
「わかった。母さんには俺から言っとく」
 自分でも驚くほど、すんなりと返す。
「話ってのはそれだけか?」
「え……」
「デート、なんだろ。早く準備とかしなくていいのか?」
「父さま……」
 不安そうな真央の顔が、月彦の心をかき乱す。そのまま見続ければ堪えられなくなりそうで、月彦は咄嗟に腰を上げ、机の整理などを始める。
「父さまは……平気、なの?」
「何がだ?」
「私が、他の男の人と…………しても……」
 何を今更、と月彦は心の中で呟く。
「真央は、あいつの事が好きなんだろ」
「……うん」
「じゃあ、それで良いじゃないか。何を迷う事がある」
 月彦は真央に背を向けたまま、しなくてもいい引き出しの整理に精を出す。
「ほら、いつまでそこに居るんだ。デートに遅れちまうぞ」
 何より、月彦自身――こうして真央と話をしているのが辛かった。だから、早く――いずれ必ず逃げていく掌中の球ならば――引き留めても辛いだけだから。早く出て行け――と。
「……わかった。行ってくる……ね」
 キィと、ドアが開く音がする。
「……ばいばい、父さま」
 ばたん、とドアが閉まる。その足音が聞こえなくなるまで、月彦は引き出しの整理を続け、その手が唐突に止まる。
「……幸せになれよ、真央」
 止まった手の甲に、ぽたりと。滴が一つ、静かに落ちた。


 



「暇を、頂けませんか」
「暇を……?」
 洋装の従者の申し出は意外ではあったが、しかしその理由はすぐに納得出来た。
「……心の整理をする時間が、欲しいんです」
「菖蒲……」
 夕暮れの邸宅。普段から十分過ぎる程に掃除は行き届いているが、今日に限っては入念に、師走もかくやというほどに厳密な清掃を白耀は命じた。――それで、菖蒲は全てを悟ってしまったのだろう。
「……いつ、戻ってこられる」
「はっきり、いつとは」
「あまりに長引く様ならば、菖蒲の代わりを雇う事も考えねばならなくなる」
「ご冗談を」
 自嘲するような笑みだった。
「屋敷の掃除や床の用意ならば、木偶だけでも事足ります。食事も、人を使えばどうとでもなりましょう。……私が仕えなくてはならない理由など、初めから無かったのではありませんか」
「そんなことは――」
「それでも」
 いつも口数が少なく、ましてや主の言葉を切っても己の意見を言う事など皆無だった従者は、堰を切ったように続ける。
「私を、側に置いて下さっていたのは、別の理由があるからだと、思っていました。……でも、どうやらそれは……私の思い上がりだった様です」
「菖蒲……!」
 白耀が声を荒げると、途端に従者はびくりと身を竦ませる。
「白耀様……お願いで御座います。どうか、暇を……お命じ下さい」
 消え入りそうな声。菖蒲は踞るようにして三つ指をつき、そっと頭を下げる。
「菖蒲は、これ以上見苦しい様を、白耀様に見られたくありません」
「……解った。暇を許す」
 それ以外に、掛ける言葉を見つけられず、白耀は奥歯を噛みしめる。
「ありがとう、御座います」
「但し、代わりは雇わんからな。…………出来るだけ早く、戻ってきてくれ」
 返事は無く、菖蒲は無言で立ち上がるともう一度深々と頭を下げ、そして部屋を辞す。
「……行く宛はあるのか」
 その言葉を、或いはもっと早くにかけてやっていれば、何かが変わったかもしれない。しかし、白耀が口に出した時には、視界はおろか屋敷のどこにも貞淑な従者の姿は無くなっていた。
「……っ……」
 鋭い胸の痛みを感じて、白耀は膝をつきそうになる。
(僕は……軽率、だったのか――)
 俄に、後悔の念が沸く。ただ、拒絶反応が出ない相手というだけで、真央を選んで本当に良かったのか。自分は、本当に彼女自身を好きなのか、愛しているのか。
(今更、何を迷う――)
 白耀は思い出す。真央と初めて出会った時の、あの衝撃を。――これは運命だと、そう直感した。あの時の感動を。
(そうだ。これしきで迷っては……真央さんを失うあの男の胸中を察せば、……こんな胸の痛みなど……)
 ぎりと、噛んだ唇から血が滴る。
(……菖蒲も、いつかきっと解ってくれる)
 最早後戻りは出来ない。賽は投げられたのだ。
 気を持ち直し、廊下へと出る。後を追うように、からからと絵馬がぶつかるような音が響く。それは、母屋に入れない従業員達が白耀を呼ぶ時に使うものだ。
「……真央さん」
 白耀は、早足に門へと向かった。
 


 料亭部分の玄関口で、白耀は真央を出迎えた。
「ようこそ、真央さん」
「白耀……さん」
 そっとその手を握りながら、真央を迎えに行っていた従業員二人に労いの言葉をかけ、すぐに下がらせる。
「今日は、やっぱり帰るとか言わないで下さいね」
 苦笑。とはいえ、前回真央を誘った時は邸宅の方ではなく、純粋に料亭の方を案内したかっただけで、微塵たりとも下心があったわけではない。
 だが、今日は――それが無いかといえば、嘘になる。
(……今日の真央さんは、綺麗だ)
 肩の出たゴスロリ調の服が、幼顔の真央によく似合っている。黒いリボンのポニーテールも新鮮で、不覚にも白耀は胸の高鳴りを抑えきれない。
 いつになく儚げで、どこか憂いを帯びたその立ち振る舞いも、白耀の心を動かす一因となっていた。まるで失恋でもしてきたかの様に、今日の真央は寂しそうに見える。
(……紺崎氏と、決別してきたんだな)
 既に、“関係”があった事は月彦本人から言質をとっている。なればこそ、生半可な決意で真央に手を出すわけにはいかない。
「外は冷えます。中に入りましょう」
「……うん」
「真央さんさえよろしければ、料亭の方へも案内しますが」
 ふるふる、と真央は首を振る。お腹は空いていない――という意思表示だと、白耀は察した。
 料亭の部分をぐるりと迂回して、直接母屋の方へと向かう。途中、真央は一言も喋らなかった。
「こちらの方が、僕の家です。庭が少し広いくらいで、別段何も無い屋敷ですが」
 廊下に上がり、部屋の一つに真央を招き入れる。六畳ほどの小部屋だが、中央に火鉢があり、既に暖気済みだ。
「もしかして、和室より洋室の方が落ち着きますか?」
 だったらそちらに移動する――という旨を打診するが、真央からの返事はない。影のようにぴったりと白耀の後ろに追従し、無言のまま和室の中に入ってくる。
「……今日は、随分大人しいんですね」
 大人しいのは、過去のデートの際と同じ。しかし、少なくとも白耀が打診したことには、辿々しくも返事は返していた。自分からはあまり意見を言わず、どちらかといえば受け身の内気な娘――というのが、白耀が懐いた真央の印象だった。
「……真央さん?」
 しゅるっ……と胴に回ってきた手に、白耀はどきりと胸を弾ませる。かつて、菖蒲に同じように抱きつかれた時の苦痛、恐怖が俄に蘇るが――しかし、真央に限ってはそれは無かった。
 真央は無言のまま、甘えるように抱きついてくる。白耀もしばし無言で、真央のしたいようにさせて、その手が俄に緩んだ瞬間。
「真央さん」
 くるりと、真央の方を向き直る。今にも泣きそうな顔で見上げる真央の背にそっと手を回し、ぎゅうと抱きしめる。
(……菖蒲)
 不意に、従者の顔が脳裏をよぎる。何故あの時、こうして抱きしめてやれなかったのか――そんな後悔が沸々と沸く。
(馬鹿な……出来るわけが、ない……)
 真央が相手だから出来るのだ。こうして抱きしめ、優しく背中を撫でる事も。髪を撫でる事も。
「……真央さん、僕は……貴方が欲しい」
 それは告白というよりは、宣言だった。
「今夜、貴方を抱きたい。…………いいですか」
 口に出すことで、己を追いつめ、それ以外の道へと進めなくする。そんな決意を込めた宣言。
 真央は口を噤んだまま、静かに首を縦に振った。白耀には、それだけで十分だった。
「真央さん……」
 抱きしめたまま白耀は身を屈め――そして真央は背伸びをする。唇に確かな感触を感じた瞬間、白耀はさらに両腕に力を込めた。
「ぁっ……!」
 真央が苦しげに呻くのにも構わず――正確にはそのような余裕が無く――遮二無二唇を重ね、力一杯抱きしめる。
「ぁっ、ぁっ、ぁっ……!」
 かりっ……と真央の爪が和服の背中を掻きむしる。そうされて漸く、白耀は己がどれほど非常識な力で抱きしめているのかを悟った。
「す、すみません……」
 慌てて唇を離し、抱擁を緩める。
「あまり……こういう事に経験がないもので……」
 本当は“あまり”どころではないのだが、白耀にも見栄というものがある。
「恥ずかしい話ですが……女性とまともに付き合ったのは、真央さんが初めてなんです」
「……そう、なの?」
 きらりと、真央の瞳の奥で何かが光った気がした。それは極々一瞬の出来事で、白耀は己の気のせいかと思う。
「じゃあ、私が――」
「えっ……」
 突然ぐいと押され、白耀はバランスを崩して畳の上に押し倒される。左手が僅かに火鉢を掠め、ゾッと肝を冷やすのもつかの間。
「あの……真央さん?」
 己に被さる真央の、情欲に濡れた目が、再び白耀の肝を冷やす。
 先ほどまでの、大人しい――いかにも人見知りの激しそうな様とはうって変わった大胆さで、真央はずいと白耀の体に跨ってくる。
「んっ、ぁ……だ、め――もう、我慢……できない……」
 はあはあと、手負いの獣のように息を乱しながら、真央はさわさわと白耀の胸元をなで回してくる。
「が、我慢出来ないって……んんっ――」
 突然の、それも頭の芯が痺れる程に巧いキス。白耀は咄嗟に、タップでもするように畳を叩いたが、しかし――そんなもので発情した獣が止まる筈もなかった。
 


「ふぅ……」
 風呂から上がり、喉の渇きを覚えて台所へと向かう。冷蔵庫の戸を開け、牛乳パックを手にとろうとしたところで、月彦ははたと、背後で洗い物をしている葛葉を見る。
「ねえ、母さん」
「なあに?」
「酒とか、買ってない?」
 一瞬、葛葉の手が止まる。
「あるわけ無いでしょう?」
 一拍おいて、苦笑混じりにそう返される。
(……それもそうか)
 葛葉は滅多なことでは酒は飲まない。至極、常備されている筈もない。
「ああ、でも……もしかしたら霧亜が買ったのが何処かにあるかもしれないわね」
「……いや、いいや」
 霧亜の酒になど手を出せば、またぞろ厄介な事になりそうだ。
「どうしたの? 何かあったの?」
「いや……そろそろ俺も酒の味を覚えた方がいいかな、って思って」
 冗談交じりにそう言って、月彦は台所を後にする。階段を上がって部屋に戻るが、何をやるというわけでもない。
(……まだ八時前か)
 寝るにしても早すぎる。第一、眠気など毛ほどもない。――しかし、何をやる気にもならない。
「………………」
 一人で部屋に居ても手持ちぶさたな事この上ない。本当に、どれほど真央と一緒の時間を過ごしてきたのか――独り身になって初めて、そのことを思い知る。
 電気を消し、布団に潜るも、矢張り眠れそうにない。
(……今頃、真央は……)
 白耀の覚悟、人柄は認めたつもりだった。しかし、それでも耐え難い想いが月彦の胸を焦がす。
 真央の唇を、胸を――自分以外の男が好きにしている。想像などしたくはない――したくはないが、しかし。気を紛らわそうとすればするほど、白耀と絡み合う真央の姿が脳裏にこびりつき、離れない。
「…………〜〜〜っっっ!」
 ベッドの上で悶え、シーツを掻きむしり、拳を打ち付ける。嫉妬とも、怒りとも違う感情が胸中で渦巻き、月彦は吐き気すら催す。
「くそっ……くそっ、くそっ、くそぉおおおおッ!!」
 だむっ、だむとベッドに何度も拳を叩きつける。柔らかいベッドでは手応えとしてもの足りず、月彦は部屋の壁にまで拳を叩きつける。
「っ……!」
 思い切り殴りつけた壁には僅かなへこみ。そして拳の方は鈍い痛みと共に皮膚の皮がめくれ上がり、じわりと血が滲む。それが僅かながらも、胸中の苦しみを紛らわせてくれて、月彦は苦笑する。
(……いろんな事が、あったな……)
 始まりは――そう、消えた稲荷寿司騒動だった。霧亜に一方的に疑いをかけられ、殴られ――部屋に戻った先で、真央に出会った。
 真央から事情を聞き、未熟な変化の披露――よもやそこで関係を持つことになろうとは、夢にも思わなかった。
 後は、毎日……毎日毎日毎日毎日、爛れた果実のように甘い蜜月の日々。一年足らずの間だったが、それは月彦の人生の中で紛れもなく――いろんな意味で――充実した日々だった。
「真央の……ばかやろう……」
 必死に堪えていたのに、再び落涙してしまう。
「こんなに……好きに、させやがって……」
 だんっ、と再び拳を壁に叩きつける。衝撃で何か倒れでもしたのか、がたりとクローゼットの中で物音がする。
「……一生、恨んでやるからな……覚悟、しろよ…………」
 また、ガタガタとクローゼットの中で物音がする。月彦は咄嗟に顔を上げ、涙を拭う。
「誰だ!」
 ありったけの敵意を向けて、クローゼットに向けて怒鳴る。が、しかし返事はない。
「……真狐か」
 さてはまた人を笑い者にでもしにきたんだな――月彦の胸にメラメラと怒りが湧く。
「俺は今、虫の居所が悪いんだ。居るんならさっさと出てこい。さもないと、火ぃつけて蒸し焼きにしちまうぞ」
 部屋の灯りを点け、クローゼットの前に立ち、恫喝する。
「出てこい、真狐!」
 ばんっ、とクローゼットが壊れない程度に蹴りをいれる。瞬間、微かに悲鳴めいた声が聞こえ、最早クローゼットの中に“誰か”が居るのは間違い無かった。
 しかし、出てくる気配がない。ならばと、月彦が自らクローゼットを開けようかと手を掛けたその刹那。
「……か、母さまじゃ……ないよ」
 ぼそぼそと、小声でそんな声。まさかと思いながら、月彦は力任せにクローゼットを開けた。
「……っきゃ!」
「真央……か……?」
 クローゼットの下部で、横向きの体操座りをしていたのは紛れもない真央。
「……どういう、事だ」
 月彦の頭は、混乱した。
 


「ま、待って……父さま。ちゃんと、説明するから」
 真央はクローゼットから這い出ると、くるりと振り返ってごそごそと漁り出す。
「ええと……確かここに……あったあった」
 そして、なにやらプラカードつきの棒のようなものをえいや、と月彦の方に向ける。
「……ドッキリ」
「うん、ドッキリだったの」
「………………」
 月彦は無表情のまま、真央からずいとプラカードを奪い、そのままぱかんと真央の頭の上に振り下ろす。
「あいたっ、……ふぇぇ?」
「“ふぇぇ”じゃない。……真央、ちゃんと説明しろ」
「だ、だから……ドッキリ――きゃんっ」
 ぱかん、とまた月彦はプラカードで叩く。
「さっぱり解らん!! ちゃんと、解るように説明しろ!」
「そんな……だって、母さまが“ドッキリ”って言えばいいって……」
「真狐もグルか」
 まあ、そのことにはさして驚きはない。むしろ逆にグルではなく、真央単独犯だった場合のほうが驚くだろう。
「つまり、お前達二人がグルになって、俺を騙したって事か」
「だ、騙したんじゃなくて……ドッキリ――」
「“騙した”んだろう?」
 ずいと、月彦は脅すように顔を近づけ、念を押す。
「真狐は、仕方がない。あいつは悪巧みが趣味みたいな奴だからな。あいつが関わってるってのは、納得できる。企画構成台詞演出その他諸々全てあいつだろう。それは、この際いい。問題はだ」
 月彦はプラカードをぽいと捨て、真央の両頬を摘む。
「どうして真央まで、その真狐の悪巧みに乗ってるのかって事だ!」
「ふぇっ、ふぇぇえええっ!!!」
 ぎゅうううっ、と頬を摘んだまま左右に引っ張る。真央は目に涙をためながら手をばたばたさせ、「ごふぇんなさい」と何度も謝る。
「だって、母さまが――」
 月彦が手を離すや、真央は頬をさすりながらぽつりと。
「女の子は、追いかけるだけじゃ駄目だって……時々他の男にも気があるそぶりを見せて、ハラハラさせた方がいいって――」
「……真央」
 はぁ、と月彦は真央の肩に手を置き、大きくため息。
「今まで何度も言った事を、もう一度言うぞ。………………どうして真狐の言うことを信じるんだ」
「だ、だって……確かにそうなのかも、って……私も、思ったし……」
「……それで、最後に“ドッキリ”って言えば、俺が泣いて喜んで真央の事をもっと好きになる――真狐にそう言われたのか?」
 真央は少し逡巡した後、こくりと頷く。
「……真央…………」
 騙され易過ぎだ――月彦はもう、言葉もない。
(そのくせ、演技力だけはありやがる……)
 戸惑い気味に白耀に身を寄せる様など、今思いだしても歯痒くてたまらないほどに“らしく”見えたものだ。
「……待てよ、真央。って事は……あいつも、白耀もグルなのか?」
 だとすれば、さすが妖狐――と褒めねばなるまい。月彦には、本気で求婚しているようにしか見えなかったのだから。
「あ、あの人は……違うよ」
「何だと……」
 ざわりと、怒りが沸いたのは無論、白耀に対してではない。眼前の愛娘に対してだ。
「それは少し聞き捨てならないな。……グルじゃない――ってことは、少なくともアイツは本気で真央の事が好きで、求婚してたんだ。それを――」
「ま、待って! 父さま……それは、大丈夫なの」
「何が大丈夫だ。あいつは今頃、お前が来るのを待ちわびてるぞ。真剣に、真摯にお前が来るのを待ってる。あいつは、そういう奴だ」
「だって……母さまが、行ってるから」
 真央の呟きが、月彦の動きを止めた。
「だから……待ちぼうけじゃ、ないよ。それに母さま……二重ドッキリだって言ってたし」
 はて、二重ドッキリとはそういう意味だったかと考えかけて、論点がずれていることに月彦は気がつく。
「そ、そういう問題じゃないだろ! お前があいつの想いを踏みにじった事には違いが無いんだから!」
「でも、父さま……私、母さまから聞いちゃったの。あの人の……“正体”」
「白耀の……正体?」
 妖狐では、無いのか?――その疑問は、真央の次の言葉で氷解した。
「父さま……あの人はね――」


 


「ちゅむっ……んっ、んはっ……ぁっ……!」
 とろり、と糸を引いて、真央は漸くに唇を離した。途端、キスをされていた白耀もまた、荒々しく息をする。
「お、驚きました……真央さんって、結構……大胆なんですね」
 口では余裕ぶっているものの、内心はたじたじ。“あの”大人しそうな真央が――という先入観すら、最早消し飛びかかっている。
 それほど濃密なキスだった。
「だって……私も、すごく……したかったから」
「それは……僕としても嬉しいんですが、……できればもう少し手加減してもらえると……」
 このままでは嫌なことを思い出しそうだ――そんな事を思うが、しかし顔には出さず、白耀は微笑を続ける。
「……あんまり、したこと……無いんだよね?」
 くね、くねと。真央は白耀の上で身をくねらせる。
「あ、あんまりというか……まあ、そうですね。具体的な回数は言えませんが……」
「私も……あんまり経験無いから……だから、そうやってじろじろ見られると……」
 あっ、と白耀は己の失態に気がつく。
(しまった、灯りは先に消すべきだった……)
 とはいえ、真央に押し倒されたのは白耀としても予期せぬ出来事だった為、仕方がないといえば仕方がなかった。そもそも、布団がしいてあるのは隣の部屋であり、この部屋は軽く談笑をするつもりで暖めていただけなのだから。
 さりげなく真央と上下を入れ替わり、灯籠の明かりを消すべきか――などと悩んでいると、不意にしゅるりと何かが頭に巻き付いた。
「あれ……真央、さん?」
 それが真央のリボンであると気がついた時には、見事に目隠しをされていた。外そうと指をかけた所で、そっと真央の手に制される。
「……とらないで」
 恥ずかしいから――耳元でそう囁かれては、男として目隠しをとるわけにはいかなくなる。
 暗闇の中、しゅる、しゅると衣擦れの音。今、真央が服を脱いでいるのだと思うと、体の奥に熱い滾りを感じざるを得ない。
「おっぱい……触って?」
 真央の手に導かれ、白耀はふにゅりと柔らかい塊に触れる。
「う、わ……」
 ぞっとするほどに柔らかいその感触。思わず、うわずった声を漏らしてしまう。
「ま、真央さんって……着やせするタイプなんですね……」
「大きい?」
「は、はい……とても。……か、片手じゃ……余りますね」
 それなら、とばかりにもう片方の手も導かれ、白耀は闇の中、両手で真央の巨乳をこね回す。
 ――が。
「どうしたの?」
 不意にその手が止まり、真央が不思議そうな声を挙げる。
「いえ……ちょっと、その…………すみません、大きな胸は……少し、苦手で」
「どうして?」
 しゅるっ……と真央が体を少し下方へずらし、白耀の胸板の上に被さってくる。闇の中では非常識な程に大きく感じるその両胸が、ずしりと押しつけられ、呼吸すら苦しく感じる。
「……すみません。こんな話をすると……誤解をされそうなんですが…………実は、僕の母も……その、大変胸が大きくて……」
「……どんなお母さんだったの?」
 興味をそそられたのか、真央の声は少しばかり楽しそうだった。それ故、本当は詳しく話す気など皆無だった白耀も、ついつい続きを話してしまう。
「そう……ですね。一言で言えば……最低の母親でした」
 苦々しく呟き、そして――白耀は“母”の事を思い出す。
「男遊びばかりして、家には殆どいませんでした。お陰で……僕は自分の父親が誰なのかすら知りません」
 暮らしは貧しく、最低限の世話すら放棄された白耀は、隣家に食べ物を分けてもらうことで辛うじて生きながらえた。希に母親が食べ物を持って帰ったと思えば、勢いよくかぶりついた瞬間それが馬糞に変わり、けらけらと指を差して笑われる。――白耀にとっての母の思い出といえば、そのようなものばかりだ。
「でも、それだけならば……まだ良かった。周囲の助けで、僕はなんとか生きながらえる事が出来たのですから。……しかし年月が経ち、体も成長してそろそろ一人前だと言われるようになった頃……あの女は――」
 ぶるりと、白耀は身を震わせる。“あの時”の事を思い出すと、未だに震えが止まらなくなるのだ。
「珍しく、本物の馳走を作って――しかしそれは痺れ薬入りで……身動きの取れなくなった僕の上にあの女は跨って……“本当に一人前かどうか、試してやる”と――……っ……そのまま、僕は、何日もの間、あの女、に――」
「……それが原因で、女体恐怖症に?」
「……はい」
 はて、真央には話したかな――と、白耀は疑念を懐く。暗闇の向こうで、くすくすと笑い声が聞こえた。
「それで、隙を見て朧身の術で逃げ出して……名前も変えた?」
「その、通りですが――」
 何故、真央さんがそのことを――その呟きは、結局口を出る事がなかった。
「真田白耀――面白い名前。本当の名前を性と名に分けて、偽名にしたのね」
「……っ……!」
「本当の名は……マシロ。生まれた時、男なのに肌が雪のように白かったから、真白」
 ぞくりと、背筋が冷える。くすくすという笑い声は、ますます大きくなる。
「ねえ……その“最低な母親”の声って……こんなじゃなかった?」
 しゅるっ、と衣擦れの音を立てて、真央――否、“女”の唇が耳に触れる。
「漸く見つけたわ、馬鹿息子」
「か、かかかかかかかかかかーちゃん!?」
 白耀はパニックを起こし、自分の頭を掻きむしるようにして慌てて目隠しを外す。
「ぎゃあッ!!」
 目の前に居るのは、ゴスロリ服半脱ぎの真央などではなかった。露出狂と見紛うようなはしたない着物を着た――意地の悪い勝ち気な笑みを浮かべたその女は紛れもなく、白耀の記憶の中にある“最低な母親”そのものだった。
「ど、どど……どーして、かーちゃんが……」
「どうしてもなにも……あたしの末っ子にコナかけた男が居るっていうから、顔を見にいってみたらあら吃驚。二百年前に家を飛び出していった放蕩息子がそこに居るじゃない……フフフ」
「っっっじゃ、じゃあ……真央さんは……」
「あんたの妹よ。ったく、人が折角どっちも美男美女に産んでやってるんだから、気がつきなさいよね」
「うう、嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ! こ、これは夢だ……僕は、夢を、悪夢を見てるんだ……ま、真央さんは……い、妹なんかじゃ、ない――」
 度重なるショックに堪えられず、白耀は泣きじゃくる様にして頭を振る。
「全く、二百年経っても泣き虫は相変わらずね。……そういえばあんた、あたしのせいで……女体恐怖症になったとか言ってなかったっけ?」
「ひぃ……い、言ってない! な、何も言ってません!! 」
「嘘つかないの。……ほら、こうしてあたしが密着してるだけでそんなに震えて、呼吸も苦しそうじゃない。…………“治療”が必要ね」
 ひぃいっ――白耀のその悲鳴は、声にならなかった。本来の女性恐怖症による過呼吸、震え、発汗に加えて、その元凶とも言える相手にそうしてのしかかかられ、最早まともに喋る事も出来ない。
「あらあら、これは重傷だわ。……でも安心しなさい。あの時は中途半端に終わっちゃったけど、今度はみっちりじっくりたっぷり……“女体”の良さを教えて、二度と恐怖症なんか出ないようにしてあげるから」
「はひっ、ひぃっ、ひっ……ひぃっは、はひぃいいっ!!」
 白耀は過呼吸の中、なんとか“拒絶”の意を示そうと目に涙を溜め、必死に首を横に振る。――そんな様が、眼前の女の加虐心をますます煽るともしらずに。
「ふふっ、怯えきったその目……凄く良いわ。…………ゾクゾクしちゃう」
 興奮抑えきれず、ぺろりと舌なめずり。――それが“開始”の合図だった。
「や、やめっ……菖蒲っ、助けっっ――ひぃぃいいいいいいいいいいいいいいっ!!!!」
 白耀の断末魔の悲鳴は、夜空に木霊した。



「真央の……兄貴、なのか……あいつ!」
「そうなの。……そうじゃなかったら、演技でも……あんなこと、出来ないよ?」
 真央が言っているのは、恐らく――月彦が尾行中に見た、べたべたと白耀にくっつく真央の図、の事だろう。
(……確かに、兄貴なら……赤の他人よりは、そういったこともしやすいだろうが…………)
 哀れなのは白耀の方だ。真央の話によれば、白耀も真央が妹だということは知らなかったらしい。
(んで、今頃真狐にネタバレされてんのか……)
 あの女の事だから、さぞかしもったいぶった――白耀に最もダメージのでかい形でネタばらしをしていることだろう。
(道理で、あいつの顔を見た時、ムカッときたわけだ……)
 ただ、美形なだけではそうはならない。本当の理由は――憎たらしいことこの上ない女の面影があったからなのだ。
「じゃあ、もしかして……俺が今日、帰ってきて話をした“真央”は……」
「うん。……私じゃなくて、母さま」
「……っ!」
「私は……学校から帰って、ずっと隠れてたから……」
 なるほど、だから制服姿なのかと、月彦は今更ながらに納得する。
(多分、真狐に隠れてろって言われて、律儀にずっと隠れてたんだろうな……)
 晩飯も食わずにご苦労な事だと、自分を騙したメンバーの片割れだというのに、月彦は同情を禁じ得ない。
(それにしても、だ)
 月彦は思い出す。あの、“白耀の事が好きだけど、でも私……父さまの事が気がかりで”的な真央の立ち振る舞いを。
(……あいつ……ほんと、人騙しの天才だな…………)
 ある意味、本物の真央以上に真央らしい仕草、そぶりに驚きを通り越して尊敬すら覚える。それとも、変化の術というのは誰が使ってもそういう風に振る舞えるものなのだろうか。
「……母さまは特別、だよ」
「ええい、母娘そろって俺の心を読むな!」
 とはいえ、真央の演技力も決して捨てたものではないと、月彦は思う。
(……少なくとも、俺は完全に騙されてたしな)
 その騙し方があまりに完璧で、それ故に――ドッキリでしたと言われた今でさえ、怒ればいいのか驚けばいいのかいまいち自分でも判断がつかないのだ。
(安心した、っていうのが……一番近いかもしれないが……)
 決してそれだけではない。折角覚悟を決めたのに――という、肩すかし的な気分も決して少なくはないからだ。
「なぁ、真央。一つ聞くが……」
「なぁに? 父さま」
「お前……真狐じゃないよな?」
「えっ……」
「実はドッキリでした――っていうのがドッキリで、本物の真央はやっぱり白耀の所に行ってる――そんなオチじゃないよな?」
「…………」
「何故黙ってる、真央!」
 まさか――と月彦が思ったその刹那。くすくすと、真央が“あの”笑い声を漏らす。
「……さすがに、引っかからないか」
「……っ!」
「残念だったわね。今頃本物の真央はアイツの所よ――ってアレ、……父さま?」
 ひどく白けた顔をする月彦に、真央はやっと気がついた様だった。
「母さまに……似てなかった?」
「全然」
 幼稚園の学芸会レベルの演技に、月彦は唖然とするしか無かった。
(真狐のアシストがないと、真央単体じゃあこんなもんなのか……)
 それはそれで微笑ましいが、と一人ごちる。
「まあ、とりあえず――だ」
 コホン、と咳を一つつき、月彦は軽く握った拳で真央の頭を小突く。
「金輪際、真狐の真似はするな。…………あんまり似て無くても、一瞬どきってしちまうから」
「……ごめんなさい」
「それともう一つ! 二度と真狐の口車には乗るな! お前達は軽い気持ちでやったんだろうがな……俺は、俺は……本気で、真央が……アイツの事が好きになったんだと――っ……」
「……ハラハラ、してくれた?」
 目を輝かせて尋ねる真央の頭を、月彦は先ほどよりもやや強くごちん、と拳を振り下ろす。
「痛ぁい……」
「ハラハラどころじゃねえ! 胃がキリキリ痛んで、血を吐く一歩手前だった。毎日悩んで、夜も眠れなくて、飯も喉を通らなくて、ぶっちゃけ血の小便も何度か出た! 俺を早死にさせるつもりか!」
「そう……なの?」
 まるでそんなに悩んでいる様には見えなかった、とでも言いたそうな真央の目。
「……だいたい、真狐のシナリオが完璧過ぎるんだ。あの野郎……何が“あいつはヤバイ”だ。てめぇの方がよっぽどタチ悪ぃじゃねえか! 真央も真央だ、俺に心配して欲しいんだったら、もうちょっとこう……他にやり方があるだろ。お前等があまりに完璧に、手抜かり無く演技しやがるから、お陰で俺は白耀に『式には呼べよ』なんて言っちまったんだぞ!」
「式って……誰の?」
「お前と、白耀のだ!」
 ハリセンがあれば、すぱぁーんと真央の頭を叩きたい気分だった。
「……父さま、そんな事言ってたんだ」
「ああ、おかげさまでな。本当なら、あんな台詞、一生言いたくなかった」
「…………言わなくて、良かったのに」
「……何だと?」
 真央の一言が聞き捨てならなくて、月彦は問いつめる。
「私とあの人……兄さまとの結婚なんて認めないって、そう言ってくれれば、良かったのに」
「良かったのにって……俺にそういう風に思わせようとしたのは、お前と真狐だろうが!」
「だ、だから……それでも、私……父さまに……“お前に真央は渡さない”って……言って欲しかった」
「……待て、頭が痛くなってきた」
 月彦は眉間を押さえ、しばし目を瞑る。
(自分は他の男に惚れてるフリをしておいて、それを止めてほしかった……だと?)
 なんだその絶妙すぎる乙女心は、と月彦は頭痛を覚える。
「あの、ね……父さま……。私、あの人と会ってから、父さまとは別の部屋で寝る様にしたよね?」
「ああ」
「話も……あんまりしなくなったよね?」
「そうだな」
「……止めて、欲しかったの」
「…………どういう事だ?」
 問いただすと、何故か真央は顔を赤くする。
「父さまに……“真央、お前は誰のものだ?”って……そういう風に、無理矢理……してほしかったの」
 月彦は再び眉間を押さえ、目を瞑る。
「でも、父さま……何もしてくれなくて……私の方は演技なのに、父さまは本当に私に興味が無いみたいに……」
「……それは、強がりだ」
「そしたら、母さまが……このままじゃ手ぬるい、もっと追いつめないと、って……」
「…………何ムキになってんだ、あいつは」
 そんなことをしても、真狐には何の得も無いだろうに。
(いや……真央の事で悩み、苦悩する俺を見る事が、何よりのご馳走なのか……)
 つくづく、悪魔みたいな女だと思う。
「父さまって……少し、優しすぎる……よね」
「……そりゃあな。真狐に比べたら、大抵の人間がそうなるさ」
「そういう、意味じゃなくて――」
 また、赤い顔。
「私がドッキリって言っても、父さま……あんまり怒ってないよね?」
「驚いたっていうより、安心したっていう方が大きいからな」
「母さまと二人で……何日もずっと、父さまを騙してたのに……私、絶対怒られると思って、ずっとクローゼットの中から出られなかったの」
 それはまるで、怒られることを期待していたような――そんな真央の態度。。
「ひょっとしたら……話も聞いてもらえなくて、いきなり殴られちゃったりとか」
「……真央、いつ俺がそんな事をした…………」
 せいぜいプラカードで叩いたり、頬を摘んだ程度しかしていないというのに、あんまりな言いぐさだった。
「で、でも……悪いことしたら、普通……お仕置き、だよね」
 ちらり、と怯える様な上目遣い。
「……母さまの手伝いをしたのは、悪いこと……だよね?」
 はあはあと、乱れた吐息。
「父さま、ずっと言ってたよね。……母さまの真似をするな、母さまみたいになるな、って」
 きゅっ、と太股を閉じ、スカートの上から押さえつけるような仕草。
「……私、父さまの言いつけ……破ったよね?」
「真央……まさか――」
 “そう持っていく為”に、真狐の悪事に荷担したのか。
(だとすれば……)
 考えようによっては、真央が真狐の口車にのせられたのではなく、真央が己の欲望――“目的”の為に、真狐の悪巧みを利用した。そういう風には考えられないか。
(まさか、な……)
 己の心に降って湧いたその考えを到底信じる気になれず、月彦は首を振る。
(もしそうだったら、これから先……真央は何度でも真狐と手を組む事になるじゃないか)
 それはあまりに恐ろしく、生きた心地のしない想像だった。
「父さま?」
「……何でもない。真央は良い子だもんな、お仕置きなんか必要ないさ」
「で、でも……私……父さまを、騙したんだよ?」
「悪いのは真央じゃない。ぜ〜んぶ、真狐だ」
 真央は悪くないぞ、と髪を撫でてやるものの、どう見ても納得している様には見えない。
(……何故だ、真央)
 何故そんな――“じゃあもっと悪い事しなきゃ叱って貰えないんだ……”とでも言いたそうな顔をするんだ。
(何かが……間違ってる気がする……)
 なまじ、真央としばらく離れていたから尚更そう感じるのかもしれない。以前の自分ならば、こうして真央があからさまな発情サインを送ってきた時点で『真央は悪い子だな……』とすぐさまスイッチを切り替える事が出来た。
(……くっ…………)
 また、“そう”ならねばならないのか。折角毒が抜けてきたというのに、下半身でものを考えるような男に戻らねばならないのか。
 じぃ、と見上げてくる真央の、期待の籠もった目。いつのまにすり寄ってきたのか、最初はきちんと感覚を空けてベッドに座った筈が、ぴったりと寄り添われてる。
(俺は……俺は……っ……)
 月彦の脳裏をよぎったのは、無愛想な幼なじみの冷たい視線。もう、あんな目には遭いたくない――その想いが、月彦の暴走にブレーキをかける。
 ――が。
「…………でも、ま……真狐の誘いにのる真央も、真央だな」
 長く伏したままだった“何か”が、むくりと首を擡げる。
「ご、ごめんなさい……父さま、私……」
「俺があれだけ止めても聞かなかったんだ。…………真央には言葉以外のもので解らせてやらないといけないみたいだな」
 意地悪く狐耳に囁いてやると、それだけで真央は「あぁ……」と声を漏らし、身もだえする。
(どうして、こうなるんだ……)
 ぱた、ぱたと。まるで喜ぶ犬のように尻尾を振る真央に、月彦の父親としての心は落涙を禁じ得なかった。
 


 



「お願い……父さま、許して……。酷いことしないで……」
 怯えた目で月彦を見上げながら、真央はずりずりと仰向けでベッドの上へと逃げる。
(……真央、お前はそんなに……俺を強姦魔にしたいのか)
 “こんな事”に慣らされたら、それこそ下半身人間に一直線だ。しかし、頭では解っていても――。
「酷いこと? 真狐と組んで人を騙すのは酷いことじゃないのか?」
 長く強いられた禁欲生活の反動が、徐々に正気を奪っていく。月彦は真央の手首を掴み、ぐいとベッドに押し倒す。
「あぁ……父さま……」
 “怯え”という体裁で包んだ、歓喜の声。ぎゅう……と、手首を痛い程に握りしめると、真央はさらに喉を震わせ、声を挙げる。
「お前と、真狐の悪戯で……俺がどれだけ心を痛めたか、解っているのか?」
「ご、ごめんなさい…………でも……私――」
「でも、じゃない」
 ぎし、と月彦は自らもベッドに上がり、真央に被さる。――途端、ごくりと、月彦は生唾を飲んでしまう。
(……俺は、この体を……手放そうとしていたのか)
 怯えの顔で見上げる真央の姿の、なんと欲情をかき立てることか。制服の胸元はひどく苦しげであり、長い足のせいで規定の長さのスカートですらひどく短く見えてしまう。そのスカートも半分ほどめくれており、白い太股の大半が露わになってしまっていた。……また、ごくりと、生唾を飲む。
「と、とうさま……?」
 そして、その様なはしたない体とあまりにミスマッチな、あどけない幼顔。何の予備知識も無く見れば、間違いなく処女に違いないと断定してしまいそうな。汚れを知らない眼差しで月彦を見上げてくる。
(くっ……やべぇ……)
 それは丁度、エンジンのかかりが悪い車に似た感覚だった。本来ならば、すぐに切り替わる筈のスイッチが――長く間隔を空けたことでさび付き、しかし……徐々に切り替わる。
「ぁっ……」
 右の手が勝手に動き、力任せに真央の胸を掴む。母譲りの――仰向けになって尚確かな質量を保持する胸元は衣類越しにもかかわらず、たわわに形を変える。
「……真央、どうして……ブラをつけていないんだ?」
「ぇ……ぁ……」
「学校から帰って、あそこにずっと隠れてた――そう言ったよな?」
「う、うん……ぁっ……」
 “尋問”の最中も、月彦は真央の胸をシャツ越しに揉みくちゃにする。既に、先端が生地越しにも解る程に堅く尖っていた。
「まさか、学校にも着けずにいったのか?」
 問いながらも、それはないだろうと月彦は思っていた。いくら真央でも、そんな準露出狂みたいな真似はしないだろう、と。
「が、学校には……ちゃんと、付けていった……よ?」
「……そうか」
 ならばもう何も言うまい――月彦は両手で真央のシャツを掴み、力任せに引っ張る。
「きゃんっ……!」
 ぴぴっ、ぴ……。ボタンがはじけ飛び、そのうちの一つが月彦の頬を叩く。
「つまり真央は……俺に少しでも早くこうして欲しくて、わざわざブラだけとったって事だな?」
 シャツの合間から零れるように現れた二つの塊を鷲づかみにし、ぐにぐにと弄ぶ。
「ぁっ、ぁっ……や、ぁっ……と、さま……あんまり、乱暴に、しない、で……」
「……乱暴に脱がせた方が興奮するくせに、よく言う」
 苦笑。
 カッターシャツのボタンを飛ばした時、真央がぶるりと体を震わせて微かに声を漏らしたのを、月彦は見逃さなかった。
「上からセーターを着るでもなく、インナーも着ず、ブラもつけないんじゃ寒かったんじゃないのか?」
「う……んぅっ……」
 真央は頬を赤らめまるでイヤイヤでもするように首を振る。
「……そうだな」
 ぎゅむっ、と一際強く、力を込める。
「寒くなったら、俺にこうして……揉みくちゃにされてる所を想像すればいいんだもんな。……便利な体だ」
 そして言葉の通り――真央が想像したであろう通りに――月彦は真央の胸を揉みくちゃにする。いつぞや、夢の中で妙子の胸にそうした時よりも数段荒々しく、爪を食い込ませる様に。
「やっ……と、父さま……い、痛い……」
 真央が悲痛な声を挙げても、月彦は手を緩めない。むぎゅっ、ぎゅむりと指の合間から柔肉が盛り上がるほどに強く、真央の胸を揉む。
(こうして欲しかったんだろ、真央?)
 真狐にする時の様に、容赦なく、一切の加減無く。獣欲丸出しの手つきで。
(く、そ……こんなに、エロい胸……しやがって……)
 真央がして欲しいだろうから、する――というのは、最早言い訳に過ぎなかった。他ならぬ月彦自身が、そうしたいからする。――それが正しい。
「あ、あんっ……!」
 揉みくちゃにしながら、先端を口に含む。ちぅぅぅぅ、と音がするほどに吸い、舌を擦りつけるようにして舐める。それだけで、真央はいつになく甲高い声を挙げ、月彦の後ろ髪を掻きむしってくる。
「……いつになく反応が良いな、真央?」
 にゅぱぁ、と唾液の糸を引きながら口を離し、キスでもするように顔を寄せる。
「だ、だって……ずっと、してなかったから……」
「誰のせいだ?」
 きゅう、と尖った先端を摘み、捻る。
「あぅう!!」
「真央も、そして俺も。ずっとエッチ出来なかったのは、どうしてだ?」
 答えを急かすように、月彦は乳首を摘んだまま、ぎゅぅぅ、と持ち上げる。
「ひぃぅうううッ!! と、父さま……痛い……」
「だったら答えろ、真央」
 ぎゅぅ、と一際強く抓り、漸く離す。
「……まあ、答えられるわけはないか。自業自得だもんな……真央?」
 そして、痛みが残っているであろうそこを労るように、優しく舐める。舐めながら、手を――真央の太股へと這わせる。
「これだけ長い間してなかったんだ。……ずいぶん溜まってるんだろ?」
 さわさわと太股を撫で――そして、最早苦笑しか出ない程に濡れてしまっているショーツの横から指を差し込む。
「あぁ……っ」
 ぐいとショーツ生地を押しやり、じっとりと濡れたその場所に、指を二本、にゅぷりと挿れる。
「あぁッ、あっ……ンッ……!」
 真央が腰を撥ねさせるのを押さえ、喘ぐ口を塞ぐ様にキスをする。
「んんっ、んっ……ンぅぅ……」
 軽く唇を合わせただけのキス。――しかしそれは、すぐに唾液を啜り合うような、汚らしいものに変わった。
「んはっ、んっ、んんんっちゅっ、はむっ、ちゅっ……んちゅっ……!」
 真央の両手が、ぎゅうと背中を掴んでくる。キスを仕掛けた月彦の方が時には圧倒されるほど、真央の舌技は熱が籠もっており、貪欲だった。
(……ほんと、飢えてたって感じだな……)
 苦笑をかみ殺しつつも、同じく飢えていた月彦も愛娘の唇を貪る。いつになくじっくりたっぷり、十数分にも及ぶ長いキス。
(くすっ……真央、腰が動いてるぞ……)
 恐らく、無意識――そんな動き。月彦は指を入れたまま、一切動かしていない。なのに、にゅぷ、ぬぷと音がするのは、真央が自分で腰をくねらせているからだ。
「んぁっ、はっ、んっ……とう、さまぁ……ぁあんっん、っ……んはっ……」
 キスの合間になんとも甘い声を漏らしながら、真央はぐいぐいと月彦の指に肉襞を擦りつけてくる。最初こそ辿々しい――控えめだったその動きも、快感が高まると共にどんどん激しくなる。
 くすりと、月彦は含み笑いを漏らし――唐突に真央のナカから指を抜く。
「あぁっ……」
 月彦の行動が余程意外だったのか。それとも快感の供給が突如途絶えた事の落胆か。真央がキスを止めて切ない声を挙げる。
「と、父さまぁぁ…………」
 じとりと、涙すら浮かべて真央が抗議の目を向けてくる。擦りつける対象を失って尚、腰をくねらせることを止められないのか、スカート生地とシーツが擦れる音がしゅり、しゅりと断続的に続く。
「どうした、真央。……キスは嫌か?」
 さも、何が不満なんだと言いたげな口調。
「い、嫌じゃ……ない、けど……」
「じゃあ良いじゃないか。……俺ももっと、真央とキスをしたい」
 再び唇を重ね――舌を絡め合いながら、胸を揉む。
「んぅっ……!」
 喉奥で噎ぶ真央の唇をさらに塞ぎ、唾液を流し込み、飲ませる。飲ませた分だけ、真央のものをすすり上げる。
「んはぁっ、ぁっ……ぁっ、んんっ!」
 キスをしながらむぎゅりと胸を掴み、指先でぐりぐりと先端を刺激する。その手の下で、びくんっ、びくっ……と微笑ましいまでに小刻みな痙攣を繰り返す真央の体を“振動”で感じながら、月彦もキスに没頭する。
(こんな風に……キスされながら胸を揉まれるのが、好きだったろ……?)
 言葉ではなく、愛撫でそう示す。キスの合間合間に喉を震わせ、真央が甲高い声を挙げようとするたびに月彦は強引に口を塞ぐ。――そうすれば、真央のもどかしさがより増すとしっているからだ。
(……少し、意地悪をしてやるか)
 胸の愛撫だけでは足りないのか、先ほどからずっとくねくねと動いている真央の腰――そのスカートの上から、秘裂に膝を擦り当てる。
「ひゃあっぁっ!」
 途端、びくんと腰を撥ねさせ――月彦の唇を押しのけるようにして真央が声を挙げる。くつくつと心の内で笑みを零しながら、月彦はそのまましゅり、しゅりと膝を擦りつける。
「ぁぁっ、ぁっ、あっ!!」
 ぎゅうううっ――真央の両手が月彦の寝間着を掴み、びくびくと震える。比較的生地の厚い寝間着ズボン越しに擦りつけているというのに、膝に湿り気を感じるのは――真央がそれほど溢れさせているからだ。
(そろそろ、堪らなくなってきたか……真央?)
 愛娘の“イきかけ”の兆候を、月彦の目は決して見逃さない。もう一回すり当てれば、確実にイく――しかし、やらなければ絶対にイけないという所で、月彦は全ての愛撫を止める。
「あぁぁぁ……ぁぁ……」
 今にも泣きそうな真央の喘ぎ。ひく、ひくともどかしげに痙攣する秘裂の動きまで感じ取れそうな程に切ない響きだった。
「やぁぁ……父さま……酷いぃぃ……」
 はあはあと、完全に発情しきった牝の息づかい。
「どうした、真央。体調でも悪いのか? 随分苦しそうだが」
「うぅぅぅ……」
 ジトリと、また恨みがましい目。月彦は――自分でも無意識のうちに――まるでどこかの性悪狐の様に、くつくつと笑みを零す。
「解ってる。……真央は本当に苦しいんだよな。……でもこう言えば、少しは楽になるだろ?」
 真央に被さり、そして――その大きな狐耳の中にそっと唇を差し込み、ぺろりと内耳を舐めてから。
「……真央、四つんばいになって、尻を上げろ」
 まるで貴族が奴隷かなにかに命じるような、冷酷な声。
「ぇ……ぅっ……」
「イくな、真央。……まだだ、解るな?」
 囁いた瞬間、ぶるりと。歓喜に身もだえしてイきそうになった愛娘にさらに意地悪く厳命し、月彦は離れる。
「ぅ……四つんばいに、なれば……いい、の……?」
 期待と、興奮。ただでさえ溜まりに溜まって、今にも鼻血が出そうな時にさらに強力な媚薬でも打たれたような顔。はあはあと息を乱し、時折ぶるりと体を震わせながら、真央は恐る恐る四つんばいになり、そして月彦の方に尻を差し出すようにして上げる。
「これ、で……良い? 父さま……」
 長い尾を高々と挙げ、そのせいでスカートがすっかりめくれてしまっている。横縞のショーツは菱形の形で尾の付け根の方にまでシミを広げ、その下方に至っては今にも雫となって滴りそうな程にぐっちょりと濡れそぼっている。
(……くっ…………)
 その光景が、少なからず月彦の精神を揺さぶる。
(……四つんばいになれと、言ったのは俺だが…………)
 諸刃の剣だったかもしれない――それほどに、真央の四つんばい姿は月彦の理性を揺るがした。否、理性などとうの昔に吹っ飛んでしまっている。今打ち砕かれようとしているのは――正気そのものだ。
(……犯り、たい…………もう、何も考えず……)
 しかし、それでは真央の思うつぼだ。あれだけの事をして、ただ真央を喜ばせたのでは仕置きにすらならない。きっとまた、同じ事を繰り返すだろう。
(……犯り、たい……ッ……)
 すっかり色の変わってしまっているショーツに、目が釘付けになる。先ほどの愛撫で余程体が火照っているのか、色の変わったその場所から湯気すら立ち上っている様に見える。
(犯りたい……犯りたい……犯りたい…………)
 はあはあと呼吸が乱れる。既に股間は寝間着ズボンの厚い生地が軋む程に堅く屹立しきっている。それが、まるで貞操帯かなにかのように苦しい。
 脱いでしまいたい――が、しかし。その窮屈さが、辛うじて月彦の正気をつなぎ止めているのも事実。
「……と、とう……さま?」
 自分ににじり寄る月彦の位置取りが、想像したものと違ったからだろう。真央がいつになく不安げな声を上げる。
「……後ろから犯してもらえるとでも思ったのか? 真央」
 あらゆる誘惑を振り切り、月彦は真央の腰のくびれを腰の小脇に抱えるように固定し――
「だがな、悪さをした時の仕置きは、尻叩きと相場が決まっている」
 ぱしぃん!!
 真央の尻を打ったその音は、真央自身の悲鳴によって半ばかき消された。打った月彦の手の方にも痛みが残るほどの強さで、再度尻を叩く。
「きゃんっ! やっ、と……父さま……やめっ……痛いっ……きゃぅん!」
「痛くなきゃ仕置きにならないだろ」
 ぺしん、ぺしんと月彦は尻叩きを続ける。それは確かに、真央への仕置きとしての行為ではあったが、しかし――そうして尻を叩けば叩くほど、己の内側に得体のしれない何かがムラムラとわき上がる事も、月彦は認めなくてはならなかった。
「はぁっ、はぁっ……おね、がい……父さま、もう、やめっ……きゃひぃいんっ!!」
「……っ!」
 尻を叩かれているというのに。最初こそ聞こえた悲痛な声も、次第に艶を帯びたものへと変わり、いつしか月彦が尻を叩くたびに、歓喜ともとれる声を上げて真央はぶるりと体を震わせる。
「やぁっ、ぁ……とう、さま……おね、がい……もう、止めて……これ以上、されたら……私……」
 はあはあと、桃色に変じそうな吐息を漏らしながら、月彦の方を振り返るようにして懇願してくる。その瞳が期待に濡れているのを見て、月彦は尻を叩く手を止めた。
(っ……ま、お……!)
 ゾクリと加虐心をそそらされる、真央の目。ムラムラとわき上がる獣欲を抑えきれず、月彦はやや赤く腫れた尻をむんずと掴む。
「あんっ……」
 なんとも甘い声を上げる真央を無視して、ぐにぐにと尻肉を揉む。母譲りの非常識な巨乳に負けず劣らず、高校生離れした肉付きの良い尻の感触がまた、月彦の暴走を促進させる。
「……真央、下りろ」
「えっ……」
「ベッドから下りろ」
 月彦の意図は分からない――しかし、命令には従う。そんな動きで、真央はおずおずとベッドから下り、ぺたりと座り込む。
 その眼前に、月彦は剛直を取り出し、見せつける。
「きゃッ……」
「真央、口で――」
 言いかけて、月彦は口を一旦噤む。
「いや、手でしろ」
「手……で?」
「ああ、口は絶対に使うな」
 その方が、真央は焦れるだろう――そんな計算から出た言葉だ。
(本当は、口でしろって……言いたい所だけどな……)
 他ならぬ月彦自身、もう真央を犯したくて犯したくて堪らないのだ。しかしそうしないのは、偏に“躾の為”という奇妙な道徳観があるからだ。
(もっと体の芯まで痺れるくらい焦らしてやらないと、仕置きにならないからな……)
 くつくつと、笑う。最早己が“正気”だと思っているものが正気ではない事など、今の月彦には解る筈も無かった。


 
 手でしろ――そう命じられたとき、ゾクリと。確かに心が震えた。
(……父さま、意地悪だ…………)
 あれほどキスをされたら。胸をさわられたら。真央の体がどうなってしまうか等、月彦ならば百も承知な筈だった。
(それを解ってて……言ってるんだ……)
 四つんばいになって、尻を上げろ――そう囁かれた時は、それだけでイきそうになった。長く、禁欲を強いられた体は快感に貪欲で、それを激しくかき立てるような言葉を囁かれるだけで、与えられるであろう快感を想像するだけで、容易く達してしまう。
 それを我慢出来たのは、まだイくなと囁かれたからに他ならない。まだだ、真央……解るな?――月彦のその言葉が、真央にさらなる期待をもたらし、“その時”が来るまでイくのを我慢させた。
(……でも、父さまは――)
 真央を犯すのではなく、尻を叩いた。
(……あんなに強く、お尻叩かれたの……初めてだ……)
 自分が想像している以上に、月彦は怒っているのだと解った。それだけの事をしてしまったのだと、反省もした。
(でも……)
 最初はただ痛いだけだったその行為が――否、ひょっとしたらそれは、初めからだったのかもしれない。
(……私、父さまに……もっとお尻叩かれたいって思っちゃった……)
 ぺしん、と尻を叩かれ、痛みが走る。しかし――痛み以上の快感がゾクリと、真央の体を震わせるのだ。
(しばらく、しなかったから……私の体、ヘンになっちゃったのかな……)
 或いは、たとえ愛撫ではなくとも――暴力であろうとも、触れてもらえることが愛しいと思える程に体が飢えているのかもしれない。
(父さまのが、欲しい……)
 喉の渇きにも似た感覚が、下腹の奥から強烈にわき上がる。頭ではなく、体そのものが求めているのだ。頭はただ、体の欲求に屈服し、その通りになる様、体を動かすだけ。
「どうした、真央。…………早くしろ」
 言うとおりにせねば、首でも撥ねられるのではないか――そも思ってしまう程に、苛立ちと焦りを含んだ声。
 それで、真央も解った。
(……父さまも、したいんだ…………)
 何故ならば、自分と同じだけ、一人の夜を過ごしたのだから。
(すっごく……溜まって……るんだ…………)
 例え寝床は別になっても、月彦の動向には逐一気を配っていた。今回の“計画”で真央が最も恐れた事は、独り身になった月彦が他の女の元へ走る事だった。しかし、真央が密かに監視していた限りでは、そのようなそぶりは皆無だった。
(……母さまも、“何も無かった”って言ってたし…………)
 どうしてもカバーしきれない部分は、真狐に監視を頼んだ。――というより、ちゃんと自分が月彦を見張っているから、絶対に演技だと悟られるなと厳命された。
 それでも真央の最後の心配だけは――そう、月彦が母親と直接寝るのではないかという危惧は――ずっと心の澱となっていた。しかしそれも今、月彦に剛直を見せつけられて安堵へと変わった。
(……もし、母さまとしてたら…………こんなに、ならないよね……)
 真央はそっと、愛しげに――眼前に突きつけられた肉柱に手を沿える。ぼこぼこと血管の浮き出た、見る人によっては醜悪とも言われるそのフォルムが、真央には神々しくさえ見える。
(すご、い…………母さまとする時みたいに、なってる……)
 あまりに我慢を重ねたせいか。それとも真狐の悪事に荷担した真央が許せないのか。その質量は真央が普段目にする状態よりも明らかに増していた。
(こんなの……挿れられたら、壊れちゃうかもしれない……)
 しかし同時に、挿れられた時の事を想像せずにはいられない。
(ぐぃぃっ……って、無理矢理広げられて、ごちゅんっ、って……奥まで……)
 さす、さすと剛直を撫でながら、真央は吐息を乱す。ショーツのシミが、さらに尻の方にまで広がっていく。
(私がやめてって言っても、父さまは絶対止めてくれなくて……)
 ゾクゾクと、快感と共に尻尾がしゅるりとそそり立つ。
(そして、膣内で……何回も、何回も……びゅぐんっ、って……あぁ……!)
 その“妄想”に、真央は感極まり、身震いさえしてしまう。
(やっ……ぁっ……欲し、い……今すぐ、欲しい…………)
 くい、くいと腰が勝手に動く。長い尾が焦れったげにぶんぶんと左右に振られ、真央は無意識のうちに剛直へ口づけをしようとしてしまう。
「真央、」
 しかし、唇が触れるよりも早く。冷酷な声によって止められる。
「何をしようとした。……俺は手でしろ――そう言った筈だが?」
「ご、ごめんなさい……でも、手だけじゃ……」
 我慢できない――そういう目で、真央は月彦を見上げる。口で言うよりも、視線に込めた方が月彦には効果があると。この聡い幼狐は経験で知っているのだった。
「駄目だ。手でしろ」
 しかし、通じない。
「安心しろ。手でしっかりイかせられたら、次は真央がして欲しいようにしてやる」
「……ぅ、ん……がんばる……」
 本来ならばそれは、真央にやる気を出させる為の言葉なのだろう。
(私は……父さまがしたい様に、されたいのに……)
 そう、たとえば――何ということのない日常の朝。着替えも終わり、さあ今から学校へ――そんな時に、突然月彦に押し倒される。
『……真央、犯らせろ』
 一言。そう囁かれ、抵抗空しく下着を下ろされ、まだ殆ど濡れてもいない秘裂に無理矢理ねじ込まれる。そのまま好き勝手に体を弄ばれ、完全に月彦のペースで腰をふられ、中出しされる――そのような一方的な蹂躙でも構わない。
 否、むしろ――待ち望んでいると言っていい。
(……父さま、優しすぎるよ…………)
 もっと自分の欲望に素直になって欲しい――真央は切に願うが、それはなかなか叶わない。唯一、そうなるのは――“口実”が出来た時。だから、真央はいつも“口実”を探し、無ければ“作る”。
(父さまに……無理矢理、されたい…………)
 まるで祈りを刷り込む様に、真央は剛直を扱く。手でイかせれば、真央の望み通りにしてやると、月彦は言った。しかし、“無理矢理犯して”――と懇願するのは、最早“無理矢理”ではない。
 真央がせがんでの事ではなく、あくまで。月彦が己の欲望に沿って、真央を襲う――そうでなければならないのだ。
(……父さまを、焦らさないと…………)
 剛直に指を絡め、撫でる。適度な持続的に与え、“物足りない”と思わせる。その事のみを目的とした愛撫――その為にはどうすればよいか。
「は……ぁんっ……」
 月彦を焦らす為の愛撫。その筈なのに、気がつくと切なげな吐息を漏らしているのは自分。もどかしい、焦れったい――そう思わせる為の愛撫なのに、いつしか縋るような手つきに変わってしまう。
(やっ……父さまに、襲って、欲しいのに……)
 目の前に突きつけられた“エサ”があまりに美味しそうで。
(我慢しなきゃ、いけないのに……)
 渇望――下腹部から強烈に突き上げるその欲求は、まさに渇きそのもの。
(欲し、い……もう、口でも……何処でも、いい…………)
 真央は再度――まるで蜜の臭いに引き寄せられる蜂の様に、ふらふらと唇を寄せる。
「真央っ」
 声だけではきっと止まれなかった。ぐいと髪を掴まれ、引き離されて初めて――真央は己がしようとした事を自覚した。
「だ、大丈夫……父さま、口じゃなくて……頬ずり、する、だけだから……」
「………………」
「て……手だけよりも、父さまも……その方が、いいよね?」
 月彦は答えず、ただ髪を掴んでいた手だけが離された。申し出は許されたのだと、真央はここぞとばかりに剛直に顔を寄せ、すりすりと頬を擦りつける。
(あぁ……父さまの、凄く……熱い…………)
 掌で感じるよりも、遙かに熱く思える。どくん、どくんと内部を流れる血の滾りまで伝わってくる様だった。
(……少し、くらいなら…………)
 剛直の熱が伝染ったのか、ずくんと、下腹が疼く。頭ではなく、子宮が――真央に命令を下す。
(頬を……擦りつけるフリをして……)
 すりっ、と頬を剛直に当てながら、月彦からは影になるようにそっと唇を触れさせる。一瞬、ほんの一瞬だけのキス。真央はちらりと月彦の顔を見上げ、バレてはいないと確信する。
(もう少し……長くキスしても――)
 ばれないのではないか。また頬を擦りつけるフリをして、ぼこりと浮いた血管に唇を付ける。今度はやや大胆に、ちゅっ……と吸い、すぐに離す。月彦は、何も言わない。
(……舐めちゃっても――)
 下腹から出される命令のままに、真央は唇を付け、ちろりと出した舌で筋をゾゾゾと舐め上げる。――ぐいと、髪を掴まれて剛直から引き離されたのはその時だった。
「真央、……今、何をした」
「ひっ……ぁ、い、痛ッ……」
 髪を掴まれたまま、膝が浮きそうになるほどに持ち上げられる。
「口ではするなと、俺はそう言わなかったか?」
「ご、ごめんなさい……あ、ぅぅ!」
 髪を掴まれたまま、狐耳が摘まれ、ぎゅうっと引っ張られる。
「この大きな耳は飾りか?」
「と、父さま……痛いぃ……」
 ゾクゾクッ……!
 言葉とは裏腹に、真央の下腹はトロリと濡れてしまう。
「……真央、そんなに口でしたいのか?」
 月彦が手を離すや、真央は絨毯の上に崩れ落ちる。体を起こそうと絨毯に手を突くや、不意に頭上から優しい声が降ってきた。
(ぁ……)
 途端、ゾクリと。尾の付け根から快感が走る。
「可愛い真央の頼みだ。……しかたないな」
 先ほどまでの冷酷な声とはうって変わった、“優しい父親”の声。それが逆に、真央の体に悪寒にも似た快感を走らせる。
(父さまが……急に優しい声を出す時は――)
 ぞくんっ。
 下腹が疼き、真央は声を漏らしてしまう。
(うっ、ぁぁぁっ……)
 ゾクゾクゾクッ……!
 絨毯についた手が、思わず爪を立ててしまう。
「ほら、真央。……口を開けろ」
 再び髪を掴まれ、ぐいと剛直の先端が唇に押しつけられる。真央がおずおずと唇を開くや、鉄のように堅い肉柱が一気に押し込まれる。
「おゴぉ……ごほっ……!」
 そのあまりの質量に、真央は白目を剥きそうになってしまう。
「ふーっ……ふーっ……真央、苦しいか? でもしょうがないよな。……真央が、口でしたいって、そう言ったんだからな」
 ぐっ、ぐっ……剛直の先端が、喉奥を圧迫する。口戯の際、喉奥を犯される事など当たり前の真央ですら、吐き気を催してしまいそうな程に“奥”まで入り込んでくる。
「ふぅ……っく、真央……動く、ぞ…………噛む、なよ?」
 月彦の両手が真央の頭を掴み、まるで秘裂かなにかにそうするように腰を使い始める。
(っっっ……のど……裂けちゃうっ……!)
 噛むつもりなど毛頭なかったが、例えその気になったとしても――“それ”は、真央の顎の力程度でかみ切れるとは思えないほどの堅さで、口腔を犯し続ける。
「んぐっ、んぶっふっ……!」
 それが最早“声”なのか“音”なのかも判別つかない。満足に呼吸すらさせてもらえず、尖った銛のようなカリで何度も喉奥を引っかかれ、真央の頭は急速に痺れていく。
「はぁっ……はぁっ……や、べぇ……久々、だからな……すげぇ、出そう、だ……真央、全部、飲め、よ――」
「んんっ!? んんっ、ン゛ン゛ン゛ン゛ゥゥ!!!!!」
 喉奥で、ぐぐぐと剛直の先端が膨れあがるのを感じた刹那――びゅるりと、凄まじい勢いで白濁が溢れる。
「ンンンンン!!!! んんっ、んんんっ!!!!」
 真央は咄嗟に剛直から離れようとした。――が、しかし、両手でしっかりと押さえ込まれた頭は、微動だに出来ない。
 びゅぐん、びゅぐんと凄まじい勢いで吐き出される白濁の量は凄まじく、それは最早“飲み込む”のではなく“流し込まれる”というのが正しい。
「ごブッ……ぶフッ!!」
 それすら間に合わず、無理矢理咥えさせられている口の端から、真央は白濁を溢れさせ、痙攣でもするように体を揺らす。目を見開き、頭を押さえつけている月彦の手を掴み、爪すらたてて引きはがそうとするが、叶わない。
「はーっ…………はーっ…………ま、お……ちゃんと、全部飲めって……言っただろ……?」
 漸く射精が止まり、ずるりと――剛直が引き抜かれるや、真央は咳き込んでいた。
「げほっ、げほっ、けほっ……! かふっ、かはっ……けほっ……!」
 咳き込むたびに、ぎょっとするほど大量の白濁が口から溢れ、制服を――絨毯を汚していく。
「かはっ、けほっ……けほっ…………とう、さま……出し、すぎ――」
 呼吸がやっと落ち着き、さすがの真央も月彦にささやかながらも非難の目を向ける――が、その瞳はすぐに恐怖に染まった。
「あぁ……駄目だ、くそ…………全然、足りねぇ……」
 真央の眼前に突きつけられたのは、依然屹立したまま、びくっびくと不気味な痙攣を繰り返す剛直。その先端からは、白濁がやや交じった透明な液がとろとろと零れ、糸を引いて真央の制服に滴り落ちる。
「どうするんだ、真央……お前のせい、だぞ?」
 血走った目で真央を見下ろす月彦は、先ほどまでよりも明らかに冷静さを欠いていた。まるで、最後に残っていた理性――そのようなものが在ったのかも定かではないが――までも、白濁と共に出し切ってしまったかのように。
「真央が……そんな……エロい体してるから……、もう、収まらねぇ……」
「や、やだ……父さま、怖――きゃんっ!」
 本能的な恐怖に、真央は咄嗟に逃げるようなそぶりをみせてしまう。そこを、文字通りケダモノのような俊敏さで、月彦が被さってくる。
「ひぃっ……」
 およそ人間の力とは思えぬ怪力で頭を押さえつけられ、ショーツ生地の上から強張りが押しつけられる。
「フーッ……フーッ……真央、犯らせろッ……」
 ぐい、ぐいとショーツの上から執拗に押し当てられ、その理に合わぬ行動に真央は怯えすら感じてしまう。下着を脱がすという事すら念頭に浮かばないほどに、ケダモノと化してしまっているのだ。
「ま、待って……父さま……今、脱ぐから――きゃぁあっ!!」
 怯えながら、真央が自らショーツを脱ごうと手をかけたようとした瞬間、それよりも早く、月彦の手によって膝下まで下ろされる。
「ま、お……挿れる、ぞ……」
「やっ、ま、待って……父さま、ゆっくり……やさ、し――ひぐ、ぅう!」
 その肉塊は、先ほど真央が“想像”した通り――否、それ以上の大きさ、堅さで真央のナカへと入り込んでくる。
「ぁぁっ、ぁっ……だめっ、だめっ……と、さま……ゆる、して……許してぇええっ!」
 ぎちぎちと肉を広げられる感覚に、真央は訳も分からず許しを請うていた。――無論、その様な“人の言葉”で訴えかけた所で、背後のケダモノには通じる筈もなく。
「ぁぁあっあっ、ぁあああああァァっ!!!」
 ちゅぐんっ、と膣奥まで肉塊で埋め尽くた瞬間。真央は絨毯を掻きむしり、久方ぶりの絶頂に甲高い声を上げていた。


「か、はっ…………ぁっ……」
 下腹部に打ち込まれた肉柱に真央は息を詰まらせ、苦痛を堪えるように絨毯に爪を立てる。
(すご、い……私の、ナカ……父さまの形に、されちゃってる……)
 はっ、はっ……そんな浅い呼吸しか出来ないが、その息苦しさすら愛おしい。
「ふぅっ……ふぅっ……しばらくしない間に、真央のナカ……狭くなったんじゃないのか?」
 確かに、それもあるかもしれない。しかし、それ以上に“お仕置き&禁欲明けモード”の剛直が強大過ぎるのだ。
「いつもはこう……しゃぶるみたいに動いて、無茶苦茶気持ちいいのに……今日はなんかぎっちぎちだな。……真央、苦しいんじゃないのか?」
 背後から抱きしめるようにして胸を揉まれ、耳を舐められ、そんな事を囁かれる。
「だ、だい……丈夫、だから……と、さま……早く、動いて……」
 むしろ、そうやって最奥まで入れられたままジッとされているのが一番辛かった。早く動いて、かき回して、膣奥を小突いて欲しい――真央は愛撫に身悶えしながらそれを訴えかける。
 ――が。
「強がりを言うな、真央。……安心しろ、俺は優しいからな……ちゃんと真央のナカが慣れるまで、こうしてジッとしていてやる」
「えっ……」
 くつくつと、まるで意地悪い母親のような笑みが耳の裏から聞こえる。
「そうだな……このまま一時間も動かなかったら、さすがに真央も慣れるんじゃないか?」
 一時間――その言葉に、背筋が冷える。
(やっ……そんなに、焦らされたら――)
 ただ焦らされるのとはわけがちがう。巨根でぐいぃっ、と膣を押し広げられ、先端を膣奥に押しつけられたまま放置をされるというのは、馳走を口に含まされ、歯で噛まされているのに舌には触れさせてもらえないのに等しい。
(あぁ……父さま……どうして、そんな意地悪を思いつくの……?)
 酷い、と思うと同時に、真央は吐息を乱してしまう。
(父さまが……そんな風に、私を……ゾクゾクさせるから……)
 耳を貸してはいけないと解っていても、母親の――真狐の誘いに乗ってしまう。悪事に手を染めてしまう。
「……どうした、真央。ずいぶん息が荒いが……そんなに苦しいのか?」
 苦しくない、と言えば嘘になる。真央は控えめにこくりと頷く。
「そうか。……じゃあ、抜くか」
「……ぇ、やっ……!」
 ずっ……と微かに腰が引かれるのを感じて、真央は咄嗟に大声を出す。
「苦しいんだろ?」
「やっ……違う、のぉ……苦しい、けど……それは――」
 父さまが動いてくれないから――真央は振り返るようにして目で訴える。
(父さま、本当は知ってるんだ……知ってて、やってるんだ……)
 それは、真央にも解っている。月彦は自分の体を全て解った上で意地悪をしているのだと。
(私が……本当の本当に、我慢できなくなっちゃう所……見たいんだ……)
 ここで真央が考えてしまうのは、“どうすれば意地悪を止めてもらえるか”ではない。“どうすればもっと意地悪をしてもらえるか”――だった。
「……そうか、解ったぞ、真央」
 むぎゅ、むぎゅと乳を捏ねながら、妙に明るい声。
「そういう事だったのか。気がつかなくて悪かった…………“体勢”が苦しかったんだな」
 にやりと、狐耳の後ろで月彦が笑うのが、真央にも解った。
「と、父さま……それ、どういう――きゃあっ!」
 体が、後ろに起こされる。――同時に、ぐいっ、と剛直が下腹を突き上げてくる。
「くひぃいっ!」
 絨毯の上に胡座をかいた月彦に包まれる形で抱きしめられ、同時に真上を向いた剛直の先端にこれでもかと体重がかかる。
「かはっ、かひぃっ……」
「ん、ヘンだな……これでもまだ苦しいか、真央?」
 剛直の先端にどれほど体重がかかっているか、他ならぬ月彦が一番解っている筈だった。それなのに――まるで何も解らないとばかりに惚けた口調で、真央の両胸を弄ぶ。
「だ、めっ……と、さま……おねがっ……戻し、て……」
 まるで、串刺しにでもされているような気分だった。足をついて体重を分散しようにも、それを見透かしたように月彦が両膝の裏を掴み、真央の動きを封じる。
「やぁっ、やぁぁっ……とう、さまぁ……だ、め……奥っ、強すぎるぅうっ……ぁあっ!」
 不意に、ぐいと体が持ち上げられる。
「あっ、あうぅ!」
 しかし唐突に、再び体を下ろされ、膣奥をごちゅんっと突かれる。
「あっ、あっ、ぁぁっあっ……とう、さまっ……ぁっ!」
 膝裏を持って抱え上げられ、何度も、何度も。
(あぁっ、とう、さまぁ……!)
 長く待ち望んでいた抽送の喜びに打ち震えながらも、同時に真央は気がついた。耳の裏に当たる月彦の息づかいが、余裕ぶったものから瀕死の獣のそれに代わるのを。
(父さまも……我慢できなくなっちゃったんだ……)
 真央のその考えを裏付けるように、抽送の動きは徐々に早く、荒々しくなる。
「……真央、意地悪は、ここまで、だ――」
 息せき切って言うや、再び絨毯の上に押し倒され、伏せさせられる。
「やっ、父さま……ぁあっ!」
 そして、後ろから――犯される。
「あぁっあっ、あっ、と、さまっ、やっ、すご、いっ……あっ、あぁっ! あっ、あっあぁあっあっ!!」
 膝立ち――ではない。月彦は中腰のような格好で、真央の腰をつかんで持ち上げ、文字通り杭を打ち込むように腰を動かしてくる。
「あぁっぁっ、とう、さまぁっ……ひぃっ、あっ、あうっ、ぅううう!!」
 ぐりゅっ、ぐりゅと剛直が打ち込まれるたびに膣内は押し広げられ、溢れた恥蜜が滴り落ちる。
(あ、ぁっ……す、ごい……私、ホントに……父さまに、犯されてる……)
 ゾゾゾゾゾッ……!
 尻尾が反りながらそそり立ち、毛が逆立つ。
 真央が蕩けるような快感に身震いしながらがイきそうになると――。
「まだだ、真央……まだ、イくな」
 ふーっ、ふーっ……と獣の息づかいの合間に“命令”され、真央はびくんと尻を震わせ、絶頂寸前で止められる。
「あっ、ぁあっ、ぁっ……」
 びくっ、びくっ……絶頂とは明らかに違う不自然な痙攣。イきそうなのを寸前で止められ、真央は切なげに声を漏らす。
(やっ……私の、体……父さまに躾られちゃってる……)
 イくな――と命令されれば、イけない。その様に。先ほどの様に“妄想”でイきそうになったのではなく、直接的な快感でイきそうになっているのすら、月彦の言葉一つで止められてしまう事に、真央は驚きと同時に感動すら覚える。
「ぁぁぁっ、とう、さまっ……あんっ、ぁっ……やっ、イきたい……イかせてぇっ……!」
「まだだ、真央。……俺がイくまでは、絶対イくな」
 ぺしん、と尻を叩かれ、ごちゅりと突かれる。そのまま、ぐりゅぐりゅと――。
「あぁぁぁぁぁッ!!! ァァッ!! あーーーーッ!!!」
 膣奥を抉られ、真央は甲高い声を上げる。二度、三度はイッてもおかしくない快感に、真央は絨毯を掻きむしりながら堪える。
「っ……真央は、本当に……後ろから犯られるのが、好き、だな……」
 ぎち、ぎちと締め付けると、その都度月彦の言葉が切れる。
「っくっ……はっ、……やべぇっ、俺っ、も……そろそろ――」
 快感を得る動きから、イく為だけの動きへ――その移行を、真央は下半身で感じ取る。
(ぁ……父さまも、イきそうなんだ……)
 ヒクヒクヒクッ……!
 イきそうな月彦の動きを感じて、下腹がヒクつく。
「はぁっ、はぁっ…………真央っ、真央っ…………!」
 真央の腰をしっかりと掴み、尻が鳴る程強く打ち付けてくる。そのがむしゃらな、そして必死な動きに、真央はますます興奮させられる。
「あっァッ! あっ、あんっ、あっ、あっ、あっ……とう、さまぁっ……あんっ、あんっ……あっ、あっあっ……欲し、い……欲しい、のっ……あんっ、あぁっあぁぁあっあっ!」
 欲しい、欲しいと連呼しながら、真央は絨毯を掻きむしる。
「っぁっ……ま、おっ……――」
 唐突に月彦が被さって来て、ぎゅうっ……と抱きしめるようにして胸元を掴まれる。同時に深々と挿入された剛直から、どくりと。
「ひぁァッ!」
 “来る”――と解っていても尚、悲鳴を漏らしてしまうほどに濃厚な、そして熱い塊。
「あぁぁぁぁァァ――!!」
 びゅぐんっ、びゅぐっびゅぐっびゅぐっびゅぐっ……!
 下腹がパンクしてしまうのではないかという程の量。既にぎちぎちに広げられている膣壁を押しのけて、白濁が外へと逃げ場を求めていく。
 ごぽりっ、ごぽ――汚らしい音を立てて溢れた白濁はぼたっ、ぼたと凡そ液体とは思えない音を立てて絨毯へと落ち、或いは真央の太股を伝っていく。
「はぁぁぁァァ…………はぁぁぁァァ……………」
 白濁のうねりを受けた瞬間、頭の中が真っ白になり、イかされたということにすら気が付けない、圧倒的な快楽。
 永遠にすら思える程に長い射精だったにもかかわらず、終わってしまえばあっという間にしか思えない。――そんな矛盾すら、快感漬けになった頭にはどうでもよく感じられ、真央はただ絶頂の余韻に浸り、呼吸を整える。
 がくりと、振動がきたのは月彦が膝をついたからだ。そのまま、ぐりっ、ぐりっ………と、いつもの“アレ”が始まる。
「あぁぁぁぁっ、ぁぁぁぁぁぁぁぁ…………ひはぁぁぁ……」
 ゾゾゾゾゾッ!
 肉襞に牡液が塗りつけられる感触に、尻尾がそそり立つ――が、月彦によって押しつぶされている為、もどかしさすら感じる。
「真央……」
 演技ではない、本物の優しい声――それに促され、真央は身をよじり、そしてキスをされる。
「んくっんむっ………ちゅ、くちゅ………」
 マーキングをされながら、そして髪を撫でられながら、キス。それがどんな甘露よりも、真央の体を甘くとろけさせる。
(あぁ……父さまっ……父さまぁぁぁっ……!)
 ゾクッ……ゾクゾクゾクッ……!
 体を駆け抜ける寒気にも似た快楽に、真央はまたしてもイッてしまう。ぎち、ぎちと剛直を搾るように締め付けたせいか、月彦は苦痛めいた声を漏らしてキスを中断する。
「……こら、真央……勝手にイくなって言っただろ?」
「んはぁ……だって、すごく……気持ちよくて…………んぁあァ!」
 ぐりんっ、と腰を動かされ、真央は甘い声を上げる。
「……言う事を聞けない子は、お仕置きだ」
「あぁ……父さま……んっ……!」
 ベッドの上に抱え上げられながら、さらに甘いキス。互いに長く交尾に飢えた獣同士、さらなる快楽を貪るのは、最早自明の理だった。
 



「ふぅっ……ふぅっ……真央っ……んっ、んむっ……」
 文字通り、月彦は真央の体を貪った。
「とう、さま……父さまっぁっ……ぁっんっ」
 白濁色の泡が立つほどに真央の秘裂をかき回し、中出しをしてさらにキスを重ねる。まるで、それまで睦み合えなかった分を取り戻そうとするかのように。
「真央っ……真央っ……!」
 ベッドに真央を組み敷き、唇を重ね乳をこね回しながらぐっ、と剛直を押し込む。真央が腰を撥ねさせ声を上げようとするのをねじ伏せ、貪る。
(す、げ……締まる……抜けちまいそうだ……)
 気を抜けば、膣外に押し出されそうなほどの強烈な締め付けに舌打ちすらしながら、月彦は久しく抱いていなかった愛娘の体にむしゃぶりつく。
 既に上着は脱げ落ち、カッターシャツ、スカートも汗と唾液、白濁汁で汚れ、片足の膝に濡れたショーツを引っかけたその姿はどう見ても複数人によって輪姦された跡にしか見えない。
(俺の、モノ……だ――)
 乳をこね回し、先端をしゃぶり、嘗め回す。ひくひくと痙攣するようにして、剛直を締め付けてくる肉襞の感触を楽しみながら、ごちゅんっ、と。腰を突き出してそれらを割り開く。
「ンぁああっ!!!」
 真央が声を上げ、仰け反り、イく。同時に――
「くぉぉっっ…………」
 ぎち、ぎちと膣内が強烈に締まる。
(これ、が……やべっ……)
 真央の体の何がそこまで月彦を駆り立てるのかといえば、胸や尻といった体つきはもとより、“イく時”に剛直を搾るようにぎちぎちと強烈に締め付けてくるというのが大きい。
(まじっ……搾られてる、みたい、だ――)
 気を抜けば、容易く達してしまう。――無論、それはそれでたまらなく気持ちいいのだが、しかし。
(もっと我慢して……真央をイかせてからのほうが、何倍も――)
 月彦はふぅふぅと息を荒げながら、胸の谷間に顔を埋めるようにして“気”を逸らし、イきそうになるのを我慢する。
「あぁっ、ぁぁ……とう、さまぁっ……あぁぁぁっ……」
 イッた後の、余韻に浸りながら脱力する真央の体を抱きしめ、ぐりゅっ、ぐりゅと膣奥を擦る。
「ひゃぁあううううっ!!」
 びくっ、びくんっ!
 真央の腕が不自然に動き、月彦の背に爪を立ててくる。そして、当然の様に剛直には肉襞が絡みつき、締め上げてくる。
「だっ、から……ま、お……すこ、しは……我慢、しろ……ッ……い、イきすぎ、だっつの……!」
「はぁっぁっ……だってぇ……と、さまの……すごく、良くってぇっ……ぁああっぁっ、やぁっ、またっ……イくっ……イッちゃう、のぉ……!!」
 月彦がイくのを堪え、ジッとしていても、真央の方が腰を動かし、自ら擦りつけてくる。
「バッ……真央、待て――今はっっ……」
「やぁぁっ、欲し、い……欲しい、のっ……あつくってぇ……濃い、のぉ……いっぱい、ナカにぃ……びゅくっびゅくってぇえェ……ぁぁぁぁっぁぁぁあっ!!」
 気がつけば、月彦の方がベッドに仰向けに寝かされる形。真央は跨る――というよりは、上に乗って体を擦りつけるようにして、ぐりぐりと腰を擦りつけてくる。
「ぁぁっ、ぁっ、い、く……と……さま、私っ……イくっ……イくっ、イくっ、イクッぅううう!!!」
「――っっっ!!!」
 真央は狂った様に腰を振り、月彦の耳元でイく、イくと連呼しながら一足先に達してしまう。そして、月彦も遅れず――。
「あぁぁぁっぁああっっ!!」
 くたぁ……と伏せていた上半身をびくんと仰け反らせ、真央がサカり声を上げる。
「ひはぁぁぁぁぁ……とう、さまの……スゴい……腰、浮いちゃう……」
 びゅぐん、びゅぐんと白濁を吐き出すたび、真央は声を震わせ陶然と震える。
「フーッ……フーッ……ったく、真央……には、もう少し、我慢を教えなきゃ――んんんっ!!」
 中出しの後のキス――それが今回は真央の方からされる。くち、くちと舌を絡め互いの唾液の味を確かめながら、真央はゆっくりと腰をくねらせる。
「んふっ、んんっ、んっ……!」
 その“マーキング”が真央にとってどれほどたまらない快感となるのか、キスを通じて月彦にも伝わってくる。
「はぁぁっ……父さま……好きっ……」
 ちゅっ、とキス。
「好き、大好き……」
 むちゅうっ、と頭ごと抱え込まれるような激しいキス。
(……真央)
 月彦はキスに応じながらも、ごちゅんっ、と腰を撥ねさせ――。
「あっ……!」
「俺も好きだぞ、真央」
 真央が口を離し、声を上げた瞬間を狙ってそっと抱きしめ、狐耳に囁く。
「大好きだ……」
「あんっ……やっ、父さま……あっ、あっあっ……」
 月彦は体を起こし、真央を抱きしめたまま胡座をかく。そして、揺さぶる。
「一番好きだ、真央……」
「やっ……だ、だめっ……父さま、それ、だめぇっ……!」
「ダメ? 何がダメなんだ?」
 真央はエッチになると“ダメ”が多いな――月彦は苦笑しながら、真央の尻を掴み、揉む。
「そんな、風にっ……んっ……言われ、たらぁっ……あんっ! 嬉し、すぎ、て……私――」
「……興奮して、感じ過ぎる――か?」
 苦笑して、真央の体を持ち上げ、そして下ろす。
「ひぅうううううっ!!」
「くす……感じすぎてる真央も凄く可愛い。……ますます好きになった」
「っ……やっ、父さまっ……そういう事、言っちゃ――ぁぁああぁぁっ!!」
 さす、さすと尾の付け根を弄んでやると、真央はそれだけで甲高い声を上げてしがみついてくる。
「本当に好きだぞ、真央」
「ひうっ」
「可愛い耳も、尻尾も、全部好きだ」
「あっ、ぅっ」
「大好きだ、真央。…………絶対、離さないからな」
「あっ、あっあッ」
 尻尾を愛撫しながら、剛直で小刻みに突きながら、まるで暗示でも刷り込むように囁きかける。
「やぁぁぁっっ、だめっ……もう、ホントにだめえっ」
 背中に回した手で爪を立てながら、肉襞をぎゅうっ、と密着させながら、真央が懇願してくる。
「とう、さまぁ……そんな事、言う、からぁ……私、怖いくらい……感じちゃってるのぉ……ぁああっ!!」
「良いことじゃないか。……真央、もっと良くしてやる」
「えっ……んんっ、んンーーーーー!!!」
 キスで口を塞ぎ、両手で真央の尻をつかんで逃げられないように押さえつけた上で、ごりゅっ、ごりゅっと秘裂をかき回す。
「ンンーーーーーッ!!! んんっ、んっ、んーーーーーーーーー!!!」
 目を見開き、噎ぶ真央の唇をさらに塞ぎ、一方的に蹂躙する。
(真央の弱いトコなんて、全部知ってるんだ……)
 暴れる真央を押さえつける為に、月彦は再びベッドの上に真央を押し倒し、腰をくねらせて“真央の弱い場所”を徹底的に攻める。
「んはっ、ぁ……やっ、らめっ……と、さまっ……もう、ほんとに、らめぇえ……」
 快感で歯の根が合わない状態というのは、こういう状態をいうのだと。月彦は呂律も怪しい真央を見て、奇妙な満足をする。
「もうダメ――なんて、つれないこと言うな、真央」
 ぐぐっ、と深く挿入しながら、額がつきそうな程に顔を寄せる。
「あぁぁ、ぁぅう」
「ほら……真央、解るだろ? 俺のが……真央のナカでびくっ、びくって震えてるの」
 真央は苦しげに浅く呼吸をしながら、辿々しくもこくりと頷く。
「真央のナカがすっげぇ良くて、真央のナカで出したくてこうなってるんだ」
「ぁっ、やっ……」
 ひくっ、と真央のナカが蠢き、きゅっと絡みついてくる。
(“中出し”を想像したな……真央?)
 少し囁いてやるだけで、なんとも可愛く反応する真央が、月彦は愛しくてならない。
「……明日と明後日が、休みでよかった」
「え……」
「だってそうだろ。休みなら、明日も……そして明後日も、ずっと真央を可愛がってやれるじゃないか」
「え、えっ……あした、も……あさって、も……?」
 怯えと、そして期待の交じった、いつもの目。
「ああ。……そんくらい犯らなきゃ、足りない。真央だってそうだろ?」
「そ、んなっ……私、は……もう、十分――」
「嘘をつけ」
「う、嘘じゃ――ひぃいうっ!!」
 ぐりゅっ、と“弱い場所”に剛直を擦りつける。
「……まあ、嘘じゃなくても別に良いんだけどな。……俺はただ、俺がやりたいだけ、真央を犯すだけだ」
「そん、な――」
 確かに、悲鳴と取れる声。
 しかし。
(……ほら、“ココ”はそうされたいって言ってる)
 ひくっ、ひくと。喜ぶ様に締め付けてくる肉襞をしかと感じながら、月彦はにぃと笑みを浮かべる。
「……真央、動くぞ」
「……ぁ………………」
 囁き――否、宣言して、月彦はぐんっ……と、腰を動かし始める。
「やっ、ぁあっあっ……あっ、あっあっ!!」
「っ……ほら、真央……今度は我慢しろよ……俺がイくまで、我慢――だ」
「んぁっあっ、あぅっっ……やっ、とう、さまぁっ……らめっ……そこっらめっっ……そこ、されたらっ、私、すぐっっ――ッ、ひんっ! んっ、ぅううっ!!」
 言葉とは裏腹に、月彦はまたしても――真央の弱い部分ばかりを攻める。
「はぁっ、はぁっ……とう、さまっ……だめっ、やめっ……そこ、私、弱い、のにぃ……ぁぁあっ、やっ……そこ、ばっかりっ……やぁぁああっ、イくっ……イッちゃう!!」
「まだだ、真央……まだ、我慢、しろ……ほら、足、自分で持て」
 真央自身に己の足の膝裏を抱えさせ、足を広げさせる。
「や、ぁ……とう、さま……こんな、格好――」
「あぁ、滅茶苦茶エロくて、……可愛いぞ、真央」
 可愛い、と囁き、髪を撫でた途端――ゾゾゾっ、と真央が身震いするのが解る。
「あんっ、あっ、あぅうっっ、やっ……ふ、深いぃぃっぃっ……奥、までっ……あんんぅうう!!!」
 腰を打ち付けるたびにたぷっ、たぷと揺れる巨乳が鬱陶しくすら思えて、月彦は掴み、これでもかとこね回す。
「ふーっ……ふーっ……まったく、マジで……エロい体、だ……たまん、ねぇ……!」
 むぎゅむぎゅと痛いほどに力を込めれば、剛直への締め付けで返してくる。その狭くなった膣内を無理矢理広げながら突き入れるのが月彦はたまらなく好きで、何度も何度も、指の合間から肉が盛り上がるほどに強く揉む。
「あぁ……やべ、ぇ……く、っそ……全然、持たねえっ、な――」
 自分は決して早漏ではない――そう思いたいが、しかし。“持たせたい”と考えている時間よりは、遙かに持たない。それが月彦にはもどかしく、苛立たしい。
「んっ……ぅ、と、父さま……イきそう、なの……?」
「ああっ……ったく、真央が可愛くて、エロいせいだ……くそっ、くそっ……!」
 ばちゅんっ、ばちゅんっ!
 蜜が飛び散る程に強く、早く。腰を打ち付け、その動きが徐々に“イく為の動き”へと代わる。
「やっ、あんっ! あぁっっあっっ、と、さまっ……速っっ……あぁっあっ、んっあんっ、あっっあああっあっ!!」
「うる、さいっ……早い、のは……真央の、せいだろ――くっ……俺は、早漏、じゃあ――」
「そ、そういう意味じゃっ……やっっ、んっんんっっ!!」
 ツベコベ五月蠅い、とばかりに真央の口を塞ぎ、ぐりゅぐりゅと腰をくねらせる。真央は最初こそ戸惑いの色を見せたが、すぐに両手を己の足から離して月彦の首に絡め、そして合わせるように腰をくねらせる。
「ぷ、はっ……やべっ……出るっ……マジで、出る……」
 真央の背に手を回し、ぎゅうっ、と抱きしめる。考えての行動ではなかった。ただ、イく前にそうしたいから、した。それだけだった。
「と、父さま――……ひぅ!」
 月彦の腕の中で、びくんっ、と真央が震える。
「あっ、あっ、あっ、あァーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!」
 びくっ、びくと震える真央の体をぎゅうううううっ、と抱きしめながら。その奥で、びゅぐり、びゅぐりと白濁を吐きだし、汚していく。
「ハーッ……ハーッ……ハーッ……ま、お…………」
 射精の都度、びくっ、びくと震える真央の体がなんとも愛しく、月彦は再びぎゅうっ、と力を込めて抱きしめる。
「はぁっ……はぁ…………と、さま……ひど、い……いきなり、なんて…………」
 絶頂の余韻のせいか、蕩けた目で――しかし、はっきりと抗議の色を浮かべて――真央が見上げてくる。
「いきなり、じゃない、だろ……ちゃんと、出るって言ったぞ……」
「で、でも……私……あんなイかされ方、されたら……ホントにおかしくなっちゃう……」
 かぁぁ、と顔を赤くしながら、そして目を逸らしながら、ぼしょぼしょとそんな呟き。
(……つまり、気持ちよかったって事だな、うん)
 真央の“本音”をくみ取り、月彦はうんと頷く。
「真央……」
「な、なぁに? 父さま」
「キス、したい。いいか?」
「……うん」
 なにやら照れている真央に、優しいキス。
「んっ、んぷっ……んっちゅ」
 そして、マーキング。ぐりゅぐりゅと白濁を擦りつけ、キスと同じ時間だけたっぷりと。
「あむっ……んく……んっ……んふっ……んっ……んっ、んんっん……!」
 片方が口を離せば、もう片方が追い、またキス。時折体を上下入れ替えながら、ぐちゃにちゃと腰をすりあわせながら、何度も、何度も。
「真央……」
「父さま……」
 互いを呼び合い、そしてまたキス。時にはケダモノの様に激しく、そして時には蜜より甘く。
 二人の夜は、更けていく。
 


 ――明け方。
 カーテンを開ければ、きっと群青色に染まった空が見えるだろうという時刻。真央は微睡みから俄に起きた。
 耳の裏には、月彦の寝息。背には体温。抱きしめるように回された月彦の手に、真央もそっと手をかける。
 一体いつ眠ってしまったのか、それも解らぬ程に“昨夜”の記憶が曖昧だった。いくら“溜まっていた”とはいえ、久方ぶりの交接なのだ。疲れてつい寝てしまったというのも仕方が無くすら思える。
(でも……父さま、大きいまんまだ……)
 ぐっ、と尻に押しつけられている剛直の堅さと熱を感じて、真央はまた蕩けそうになってしまう。
(父さまが起きたら……きっとまた……されるんだ)
 だから、いまのうちに寝ておかなくてはならないのに。“その時”の事を想像するだけで眠気など容易く吹き飛んでしまう。
(父さま……)
 月彦は眠っている。完全に寝ている――だというのに、その両腕は頑健に真央を抱きしめて離さない。
(私……クローゼットの中に隠れてた時……ちょっと感動しちゃったんだよ……?)
 隠れてこっそり聞いていた月彦の独白――その内容が思わず飛び上がってしまいそうになるほど嬉しくて、そして結果的に見つかってしまったのだ。
(父さまが……そんなに想ってくれてるなんて……知らなかった……)
 思い出すだけで、どきどきと胸が高鳴る。
(……私、やっぱり……母さまに似て悪い子……なのかな……)
 月彦のあんな言葉をまた聞きたい――そう思ってしまう。そして、ゾクゾクするようなエッチがしたい――と。
(でも……本当に悪い子になっちゃったら……父さまに嫌われちゃうから……)
 だから、“時々”にしよう。そうしよう、と真央が頷いていると、不意に背後の月彦が動いた。
「っきゃっ……」
 思わず悲鳴を上げてしまったのは、足の間に剛直が差し込まれたからだ。
「と、父さま……起きた、の……?」
 返事はない。耳の裏には、相変わらずすうすうという寝息が当たっている。
「ぁ……」
 真央の太股の間で、びくっ、びくと剛直が震える。真央は吸い寄せられる様に、それへと手を這わす。
(スゴい……びくっ、びくって……)
 太股から飛び出ている部分をゆっくりと指でなぞる。
(……ぁっ……また、大きくなってきた……)
 太股を押しのけるように、剛直がむくむくと膨張する。さわ、さわと真央は指で撫で、やがてその指先にとろりとしたものが絡みついてくる。
(父さま……濡れてきてる……)
 溢れたものを指先に絡め取りながら、そしてそれを塗りつけるようにして真央は愛撫を続ける。
「あむっ、ちゅっ……はぁっ……」
 そして、指先がてろてろになった辺りで焦れったげに口に含む。
(父さまの、味……だ……)
 ちゅぱ、ちゅぱと指フェラでもするように舐め、そしてまた剛直を弄ろうと手を伸ばした時だった。
「きゃっ……」
 突然、月彦の左手が、真央の胸をぐいと掴んでくる。
「……真央、何をしている」
「と、父さま……あんっ……」
 ぐに、ぐにと力任せに揉まれ、堅くなった先端をくりくりと弄られ、真央はすぐに甘い声を出してしまう。
「俺は……寝てた、のか。……なるほどな、それで……真央は物足りなくて、イタズラしてたってわけだ」
「ぇ……ち、違う……私も、今……起きたばっかり……ぁぁあっ!」
 今度は右手が、真央の秘裂へと伸び、くりゅくりゅと淫核を刺激する。
「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「“起きたばっかり”なのにこれか。……全く、真央は――」
 呆れるような声と共に、指二本が真央のナカへと入ってくる。くちゃ、くちゅと、まるで“具合”を確かめるような動きをした後、それらは容易く引き抜かれる。
「悪かったな……ずっとシてやるなんて言って寝ちまって。…………たっぷり“充電”したからな……もう大丈夫だ」
「えっ、あぁっぁっ……ひぅう!」
 ぐんっ、と剛直が秘裂へと押しつけられる。
「ちゃんと“約束”通り、今日は一日中可愛がってやるからな。たっぷり犯して、中に出して塗りつけて――俺から離れられないようにしてやる」
 ぐいと、片足が抱え上げられる。そして、秘裂に先端が押し当てられ――。
「ひっ……やっ、と、父さま…………だめっぇ……そんな、言わなっ…………あっ、あぁぁぁぁあっ!! あーーーーーーッ!!!」
 ゾクッ、ゾクゾクッ――!
 尾の付け根から奔る稲妻のような快感と共に、真央は容易くイッてしまう。
(あぁぁっ、だめっ、だめぇっ……本当に、離れられなく……なっちゃう……父さまに、躾られちゃうぅっ……!)
 ごりゅ、ごりゅと秘裂を抉られながら、またゾクリと悪寒にも近い快感が体を貫く。
「っ……こら、真央………それ、不意打ちっ……んむっ」
「とう、さまぁ……あん、んく……」
 ひくっ、ひくと剛直を締め付けながら、真央は身をよじるようにしてキスをする。当然の事ながら、真央自身――そのように“躾”られることを渇望して止まないのだった。
 


 丁度、真央と月彦が二ラウンド目(?)を始めたその頃、保科菖蒲は明け方の街で立ちつくしていた。
(白耀様……)
 旅行用のケースをそっと地面に下ろし、手袋の上からはあと息を吹きかける。厚着の上からさらにロングコートを着ているとはいえ、明け方の寒さに手足はすっかり悴んでいた。
 勢いで料亭を出たまではよかったものの、その先の事などまるで考えていなかった。行く先など在るはずもなく、結局一晩中歩き通してしまった。
 この百七十年、一日たりとも白耀の側を離れなかったのだ。いざとなれば数年はホテル住まいが出来るほどの貯金もあるが、しかしそれを使う気も、白耀の元以外の場所に泊まる気もしなかった。
 それは一度住まいを決めて“家猫”となってしまうと、容易な事では他所には移らないという妖猫の性質も関係していたが、それよりも。
(……胸騒ぎが、する…………)
 コートの下に隠している尾が、ぴりぴりとまるで静電気でも帯びているように落ち着かない。
 白耀に何か危険が迫っている気がして――しかし、大見得を切って出てきた以上戻るわけにもいかなくて――菖蒲は立ち往生してしまったのだ。
(でも、本当は……ある……一度だけ、戻る……理由、が……)
 料亭と屋敷、その全てのマスターキーともいえる鍵を、菖蒲は持っている。本来ならば、白耀の元を離れる際に返さねばならない筈のそれを、菖蒲は故意に持ち出していた。
 無論、悪用が目的ではない。保険の為だった。
(あの時……どうして、引き留めて下さらなかったのですか)
 暇が欲しいと言ったのは、半分は本心であったが、残りは賭けでもあった。そう言えば、ひょっとしたら――白耀が紺崎真央の事を諦めてくれるのではないかと。しかし、結果として――菖蒲は賭けに負けた。
 白耀は真央を選び、そして――菖蒲を引き留めもしなかった。
(私に……白耀様の元以外、行く先が無い事など……重々承知の筈なのに)
 それを承知で、白耀は真央を取ったのだ。その事を考えるたびに、涙が溢れそうになってしまう。
 確かに、あの真央とかいう妖狐の娘は女の自分から見ても魅力的であるとは思う。まだ幼さの残る清純そうな顔立ちも、きっと白耀の好みに合うだろう。
 女体に対する拒絶反応も、初潮前の少女に対しては皆無。故に、幼顔の真央に対して白耀が好感を抱きやすいというのは道理に思えた。
(白耀様……昨夜は、あの娘と――)
 手足が悴み、吐く息が凍りそうな程の寒さだというのに、燃えるような嫉妬のせいで胸の奥だけは熱い。
 そう、いつもの菖蒲ならば、どれほど体裁が悪くとも、白耀の身に危険が迫っているのならば真っ先に駆けつける所だった。たとえそれが些細な――“胸騒ぎ”程度の根拠だとしても。
 それを躊躇ってしまうのは、もし本当にただの胸騒ぎで――屋敷に戻った際に仲むつまじく絡み合う白耀と真央を目撃してしまった時。菖蒲は自分を抑える自信が無いからだった。
 そう、今でさえ――真央と抱き合う白耀の姿を想像してしまっただけで。
「……っ……」
 びっ、と布地の裂ける音。菖蒲はため息をつきながら、己の右手を見る。怒りと、嫉妬――そして殺意で、“爪”が抑えられない。菖蒲は指の先が破れた手袋を替え用のものと取り替える。……この作業も今宵だけで五回目だった。
(こんな私だから……きっと、白耀様は……)
 どれほど貞淑な仮面を被っていても、同族殺しの汚名は消えない。そして一皮剥けば、のど笛など容易く掻き切れる爪が姿を現す――それでは好かれる筈もない。
(……胸騒ぎなんて、気のせいに決まってる)
 それを理由に、白耀の元に帰りたいだけだ。……戻っても、辛い想いしかしないというのに。
(……だから、鍵だけ……返してこよう)
 それで未練は断ち切ろう――決心して、菖蒲は踵を返す。どれほどゆっくり歩いても、いつかはかならずたどり着いてしまう。表門から入るのを躊躇い、裏口へと回っても大した時間は稼げない。
 既に鍵の形など覚えているくせに、わざわざ鍵束の鍵を一つずつ試しても裏口の戸を開けるのに五分もかからない。
「…………っ……」
 ここで引き返してしまおうか――そんな未練じみた考えが沸く。鍵さえ返してしまわなければ、またここに来る口実が出来る。しかし返してしまったら――。
(……例え戻っても、白耀様の隣には――)
 あの娘が居るのだ。それでは、自分の居場所は無い。心の整理など嘘だ。白耀が菖蒲よりも他の女を取るのならば、二度と戻る事など出来ない。戻れば――きっと、噛み殺してしまう。
 迷いながらも、菖蒲の足は屋敷の離れへと動く。そこは書斎となっており、なればこそ確実に白耀と真央は居ないと思えるからだ。
 菖蒲はそっと書斎の障子戸を開け、机の上に鍵束を置く。用は済んだ、後は速やかに立ち去るだけ――であるのに、いつまでも机の前から離れられない。
「白耀……さま……」
 書斎机は埃一つ無く、ピカピカに磨き上げられていた。当然だ、昨日まで、菖蒲自身が拭いていたのだから。
「あっ……」
 全ての窓はきちんと閉まっているというのに、一体どこから迷い込んだのか、不意に雨雫がぽたりと落ちる。拭かなくては――と咄嗟にハンカチを取り出し、拭くも、雨雫は後から後から落ちてきてきりがない。
「うぅ、ぅ……」
 雫が落ちるたびに、菖蒲はそれをハンカチで拭う。しかしその手の動きも次第に鈍り、とうとう止まってしまう。止まった手の甲の上にも、ぽたり、ぽたりと雫が落ちる。
「はくよう、さまぁぁぁ……」
 とうとう菖蒲は畳の上に膝を折り、書斎机に伏すようにして泣き出してしまう。まるで百七十年分の涙が堰を切ったかのように、菖蒲は泣き続けた。

 菖蒲が赤く腫らした目で書斎を後にした時には、もうすっかり空は白み、日は民家の屋根よりも高く登っていた。
 思いも寄らぬ長居に、早く屋敷を出なければと足が逸る。急いで裏門の鍵を閉め、こっそり表門の潜り戸から出ようとしたところで手ぶらな事に気がついた。
(……書斎の入り口だ)
 裏門を潜るときには、ちゃんとケースは手にもっていた。書斎に入る時には持っていなかった。ならばそこしかないと菖蒲は慌てて取りに戻る――その途中で、奇妙な事に気がついた。
(……木偶達が……居ない)
 いつもならば、そこら中を忙しく走り回っている筈の木人形達が何処にも見あたらないのだ。自我を持たず、ただただ主に命ぜられるままに作業を続ける木偶達には睡眠すら必要ない。故に、その姿が全く見えないというのが、菖蒲には奇妙に思えてならない。
(ま、さか――)
 そう、休養も睡眠も必要としない木偶達が唯一その活動を止める時――それは、彼らに妖力を提供している主に何かの異変があった時に他ならない。
「白耀さまっ!!」
 菖蒲は叫び、そして駆け出した。屋敷の中、部屋という部屋の障子戸を開け放ち、白耀の姿を捜す。
 ――そして。
「は――くよう、さま……?」
 その部屋の戸を開けるや、菖蒲は凍り付いた。部屋の中には、火の消えかけた火鉢と、そして全裸の男が倒れていたからだ。
 その男がすぐに白耀だと解らなかったのは、菖蒲の知っている姿とあまりに違いすぎたせいだ。
 よほど恐ろしいものでも見たのか、その顔は白目を剥き、恐怖に引きつったまま固まっており、綺麗な柳茶色だった髪も白髪へと変じてしまっていた。
「……ぁっ……」 
 恐怖の表情のまま気絶している男が白耀だと解るや、その裸体に目を這わせそうになってしまい、慌てて顔を背ける。
 菖蒲はまず、なるべく白耀の方を見ないようにしながら、側に脱ぎ散らされていた肌襦袢を手に取り、白耀へと纏わせた。
「白耀様……」
 そして改めて白耀の体を抱き起こし、問いかけるも――返事は皆無。
(一体……何が……)
 見れば、白耀の胸板――そのやや下の辺りに奇妙な模様があった。それがサインペンか何かで書かれた文字だと解ったのは、いびつな形の“正”の字が4つほど並んでいたからだ。
(“不号格”……?)
 三つの正の字と、最後の一本だけ足りない字。その横に幼稚園児が泣きながら書いたような文字でそう書かれていた。
 字は間違っているが、この書き置きを残した人物が伝えたかった事は解る。解るが――
(白耀さまの……何処が、不服だと……!)
 一体何処の誰がこんな不遜な真似をしたのだろうか。菖蒲はぎりぎりと歯を鳴らしながら襖戸を開け、隣の部屋に敷かれていた布団に白耀を寝かせる。
 そして隣室へと戻り、白耀の衣類を片づけようとして――はたと、菖蒲は見慣れないものを見つけた。
「……これ、は――」
 最初は、何かの帯かと思った。しかし手に取ってみると、それは女物の黒いリボンだと解る。無論、菖蒲の持ち物ではないし、この母屋に菖蒲以外の女が訪れた事は皆無だ。――昨夜、白耀が招いた相手を除けば。
「……――っっっ」
 そう、主のあまりの変貌ぶりに気が動転してしまっていた。“誰が犯人か”など、最初から考える必要すら無かったのだ。
 自分が留守にした間に白耀に“何か”があったのだとしたら。そしてそこに“女”の痕跡があったとしたら。その相手は、最早疑うべくもないのだから。
「おのれ……紺崎、真央……よくもッ!」
 呪うように吐き捨てて、菖蒲は黒のリボンをズタズタに引き裂いた。
 


 



「どうした、真央。急がないと学校に遅れるぞ?」
「う、うん……」
 辿々しく返事をするも、しかしその歩みは以前遅いままだ。
 理由は――。
(早く歩いたりしたら……父さまのが……溢れてきちゃう……っ……)
 土曜、日曜と下着を替える暇も無い程にたっぷりと全身を愛でられて迎えた月曜日の朝。朝食を終え、着替えを終えたその後――唐突に襲われた。
(いきなり、キス……されて……おっぱい、揉みくちゃに、されて……)
 思い出すだけで、折角隠している尻尾がゾゾゾと立ちそうになってしまう。
(机に、手……着かされて、下着も、すぐに……そして……あぁぁッ!!)
 ぶるるっ、と身震いしながら、真央は懸命に歩く。家を出て寒気に晒されて尚体の火照りが収まらず、歩く速度とは対照的にはぁはぁと吐く息ばかり荒い。
(あぁっ……だめっ、今から……学校、なのに……だめっ、だめっ…………)
 等々足が止まってしまい、ぎゅうっ……と尿意を我慢するように足を閉じる。
 うん?、と不思議そうに首を傾げた月彦が側に寄ってきた。
「真央、具合でも悪いのか?」
「だい、じょぶ……と、さま……先、行ってて……」
 そうやって月彦に側に来られるだけで、体の方が過敏に反応してしまうのだ。
「本当に大丈夫か?」
「う、ん……だい――ひゃうっ!」
 ぽんっ、とスカートの上から軽く尻を触れられ、なで回される。
「やっ、だ……父さまっ……だめっ、だめえっ……」
「ふむ……思いの外深刻だな。これは」
 そして唐突に手が離れたかと思いきや、今度はぐいと抱き寄せられる。人目を憚って人の形に似せてある耳に、ぼそりと。
「真央……昼休みになったら、体育館脇の男子トイレに来い」
「えっ……」
「それまでは我慢しろ。いいな?」
 ぺろりと耳を舐めて、意地悪げな含み笑いを残して月彦が離れる。すたすたと歩き出したその背を、いかにも頼りない足取りで真央も追う。
(……あぁ……父さま、大好きっ……!)
 己のあずかり知らぬ所で深い恨みを買っている事などつゆ知らず、今日も今日とて真央はエロエロな一日を過ごすのだった。
 


 

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