「暇だぁ……」
 昼下がり、真っ白い天井と照明を眺めながら月彦は一人呟いた。
 入院生活も初日を過ぎるとなんとも退屈なものだ。石膏ギブスで覆われた右手と左足を見て、月彦ははぁと深いため息をつく。
 思いの外重傷だった――と、言わざるを得ない。階段の、それも踊り場からけ落とされたくらいで右手左足骨折。痛みはあったが、まさか折れているとは思わなかった。
 初日、診療した医師が言うにはどうも相当体に疲労が溜まっているらしい。循環器系はもとより骨密度もとても十代のものとは思えないほどヤバい数字なのだそうだ。
 普段どんな生活を――と尋ねられたが、月彦にはお茶を濁すことしか出来なかった。まさか実の娘と寝る間を惜しんでヤりまくってます、などと言える筈もない。医者も治療する意欲を殺がれること間違いなしだろう。
 ともあれ、最初は目新しかった入院生活も二日目で早くも飽きてしまった。せめて相部屋であればお隣さんと話も出来ただろうが、月彦が入れられた部屋は個室だった。
 個室は高いのでは――と、着替えを持ってきてくれた葛葉に尋ねたが「知り合いの病院だから大丈夫」と笑顔で答えるのだった。院長をやってる知り合いが居るとは月彦も知らなかったが、とにかく金の事を尋ねても葛葉は意味深な笑みを浮かべて大丈夫としか言わないのだ。
 葛葉がこういう笑みをするときは必ず何か秘密があるものなのだが、今回に至ってはどうも喋る気はないようだった。気にはなったが、そこまで問いつめる気にもならなかったからとりあえず個室という身分に甘んじることにした。
 そう、少なくともその時は個室でよかったと思った。しかし――退屈なのだ。葛葉が漫画雑誌などを数冊買ってきてはくれたが、それもものの数時間で読み終わってしまった。
 一応備え付けのテレビはあるが、平日の昼間の番組など面白くないものばかりだった。こんなことならゲーム機でももってくればよかったと思うも、救急車で運ばれる際にそんなものを持ち込める筈もなかった。
 暇だ、暇だ。とにかく暇だ。もし相部屋で、隣のベッドに窓の外を眺めながら「あの木の葉っぱが全て落ちた時……」などと呟く少女でも居れば気も紛れるというのに。個室で、しかもこんな平日の真っ昼間では友人達の見舞いすら期待出来ない。
 いっそ病院内の散歩でもしようかと月彦が体を起こし、松葉杖に手を伸ばし掛けた時だった。
「おーーーっす、月彦ー、暇だから遊びに来てやったわよ」
 ノックもせずにがちゃりとドアを開けて、知人の中で恐らく一番八釜しい女が来訪した。

『キツネツキ』

第九話

「げぇっ、真狐ッ!」
 顔を引きつらせ、月彦は悲鳴を上げる。ともかくそれが月彦の本音であり、第一声だった。
 真狐は珍しく――あの今にもおっぱいがこぼれ落ちそうな着物ではなく――洋装をしており、耳と尻尾を隠したそのスーツ姿に月彦は二重に驚いた。そしてさらに両手に提げた大量の買い物袋に嫌な予感を感じずにはいられない。
「あー、重いー!」
 真狐はずかずかとベッドの側まで来ると両手の荷物をふんぬっ、と持ち上げて事も在ろうに月彦の右手の上にどすんと置く。
「あギャぁッ!」
「あっ、ごめーん、右手折れてるんだっけ?」
 くすくすと笑いながら真狐は荷物を床に下ろす。どう考えても荷物をベッドの上に置く理屈が見いだせなかったが、月彦は痛みで反論どころではなかった。
「ふぅん……結構いい部屋じゃない。でも、やっぱり殺風景ねー、持ってきて良かったわぁ」
 悶絶する月彦を尻目に、真狐は室内を見回すと持ってきた袋をがさごそと漁って花束を取り出した。
「えーと、こういうとき人間社会じゃあなんて言うんだっけ。そうそう、“このたびはまことにご愁傷さまでした”」
「俺はまだ死んでねぇ!」
 満面の笑みで菊の花束を差し出す真狐に怒鳴るが、真狐は何処吹く風。花瓶も自分で用意したらしく、いけしゃあしゃあと菊の花を飾り始めている。
「ほぉら、殺風景な部屋に菊の花がよく映えるわぁ」
 うんうん、と頷いてご満悦の真狐。一体どこの骨董屋で買ってきたのか、すさまじく重そうであらゆるモノを憎んで恨み辛みの絶頂で死んだ男の頭を模したようなその花瓶は見ているだけで容態が悪くなりそうな代物だ。……恐らく、わざわざ探して買ってきたのだろう。人が嫌がることをするためならあらゆる労力と金を惜しまない――この女はそういう女だ。
「何嫌そうな顔してんのよー、コレが良いんじゃない。ほら、この悔しそうな顔、見ていて痛快でしょ?」
 血の涙を流しながら嘆いている男の顔風花瓶をぺしぺし叩きながら真狐はケラケラと笑う。この女なら、本気でそう思っているかもしれないな、と月彦は思う。
「そうそう、お見舞い品も持ってきたのよ」
 真狐がまた袋をがさごそと漁る。取り出したのは意外にもまともそうな代物だった。
「病院食って味気ないでしょ? こういうのが食べたくなってるんじゃないかと思って」
 真狐が出したのは甘栗の袋。そもそも何故見舞いに甘栗なのかは理解できないが、この女にも一片の良心は残っていたかと月彦が思い直そうとした時だった。
「そういえば、あんた片手使えないんだっけ」
 うっかりしてたわー、と真狐は呟きながら甘栗の袋を破る。既剥の甘栗が全盛の最中、真狐が袋の中から取りだしたそれは昔懐かしい殻付きだった。
「残念ねぇ。こんなに美味しいのに」
 真狐は慣れた手つきでぱきぱき殻を割ってはむしゃむしゃと美味そうに甘栗を食べ続ける。月彦に分けてやろうとかいう気は微塵もないようだった。そういえば、イソップ童話で似たような話があったな……とそんなコトを思う。
 月彦としても、剥いてくれと頼むのは――真央や他の人物ならともかく――この女に関しては嫌だった。そもそも、頼んだところで素直に首を縦にふる筈もない。
 こうなったら意地でも喰ってやろうと思って、甘栗に手を伸ばす。握力など無いに等しい右手でなんとか甘栗を掴み、左手に渡す。片手で割ろうとするがどうにも巧くいかない。仕方なく、歯で切れ目を入れて割ろうとするが、やはり片手ではなかなか巧くいかない。どうにかこうにか殻がはげてやっと食べられると思った矢先、うっかり布団の上に落としてしまった。それをめざとく隣にいたキツネがひょいと拾って食べてしまう。
「あああぁっ!」
「なによ、あたしにくれたんじゃなかったの?」
 臆面もなくそう言う真狐を、月彦はちょっと涙目で睨み付ける。たかが甘栗一個、しかしその一個にかけた情熱はあまりにも大きかったのだ。
「解ったわよ、あたしの一個あげるから」
 さすがに悪いと思ったのか、真狐がぱきんっ、と甘栗を剥いてその一個を差し出す。月彦がそれを受け取ろうと左手を伸ばすと、真狐はひょいと手を逃がす。
「月彦、あーん」
 言われて、まんまと口をあけた後しまったと思う。こいつのことだ、寸前で手を引いてケラケラ――なんてことを考えているに違いないと月彦が思った瞬間――
「ぉごォッ!!!」
 全く予期していなかった出来事に混乱する。突然喉の奥に当たった異物にけぇけぇと噎せながら月彦は七転八倒する。その様を見て隣にいるキツネはベッドをばんばん叩きながら笑い転げる。
 漸く異物を吐き出すと、それは剥いた甘栗だった。そう、真狐は口をあけさせておいて、甘栗を指で弾いて喉の奥へとダイレクトに放り込んだのだ。
「てめっ! 殺す気か!」
「なーによぉ、あんたがちゃんと受け止めないからでしょ?」
 人のせいにしないで欲しいわ、と逆に怒った顔をする真狐に、月彦はもう口を開く気にもなれなかった。だめだ、こいつのペースに乗せられるとロクな目に遭わない――相手をしないのが吉だと、目をつむってぷいとそっぽを向く。
「あ、怒った?」
「……………………」
「大人げ無いわねー、ちょーっとからかっただけじゃない」
 一体大人げないのはどっちだ!――と、月彦は言い返してやろうかと思ったが、やめた。恐らくそう言わせてまた自分のペースに持っていく算段なのだ。その手にはのるかと内心ほくそ笑む。
「ほらほら、月彦。今度はちゃんと食べさせてあげるからー」
 と、新しく剥いた甘栗を口元に持ってこられても、月彦は知らんぷり。まるで修行僧のように目をつむり、頑なに口を閉じる。
「いつまで怒ってんのよぅ、食べないなら捨てちゃうわよ?」
 真狐はベッドの端に座り、月彦に身を寄せ、うりうりと唇の上に甘栗を押しつけてくる。人が見れば、まるで節操のないカップルが病室でイチャついているように見えなくもない光景だ。
「わかった、入院して真央とヤれないから、いつもより機嫌悪いんでしょ」
 何を馬鹿な、と月彦は思う。確かに昨日から真央とはしていないが、そんなことで不機嫌になったりするものか。機嫌が悪いのは間違いなくお前のせいだ、と月彦は心の中で吐き捨てる。
「そうならそうと早く言ってくれればいいのに。……ねえ、月彦。さっきのお詫びに気持ちよくしてあげよっか?」
 ふーっ、と耳元に息を吹きかけられながらそんなことを囁かれて、月彦は思わず目を開けそうになってしまう。ダメだ、これがこの女の手なのだ。楽しそうな声につられて岩戸を空けてしまった天照大神のような心持ちになりながらも、月彦は頑なに瞼を閉じる。
 しかしそれも長くは続かなかった。月彦の返事を待たずして、真狐は勝手に布団の中に手を忍ばせ、パジャマのズボンの上から月彦の股間をマッサージし始める。
「こ、こらっ、お前、何を……」
 さすがに黙っていられず、月彦は修行僧モードを解く。と、目の前にいきなり真狐の谷間が飛び込んでくる。スーツを着てもおよそ隠しきれないそのボリュームにすさまじいカウンターを貰い、月彦の自制心は早くもぐらぐらし始める。
 あぁ、やはり真央とは違う。ケタが違うと月彦は思わざるを得ない。大きく見えるのはあの露出狂のような着物のせいだと思っていたがそうではない。こうしてスーツを着て、ぎちぎちに押し込められてより強調されたそれはもう殆ど反則、正常な性癖の男子であればムラムラしない方がありえないという代物だ。
「あっ、もう大きくなってきた。……ふーん、やっぱり溜まってたんだ?」
 こんなものすごいものを目の前につきつけられたら、たとえ真央と三日三晩ヤり尽くしたて枯渇した後でも即勃ちしそうだ――と、思ったが、そんな事を言えばこの女が図に乗るのは目に見えているからあえて言わない。言わない、が――。
「や、やめ、ろ……ここ、病院だぞ……」
「ええそうよ。何か問題でもあるの?」
 にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら、真狐は“マッサージ”を続ける。既に布団の中ではギンギンにそそり立ってしまっているそれを、パジャマズボンごしにすりすりと撫で続ける。
「別に相部屋で周りに人が居るってワケじゃないし。あたしの善意でヌイてあげるって言ってるんだから、別にいいでしょ?」
「俺は、お前なんかに……うっ……」
 真狐の手が下着の中まで潜り込み、剛直を直に撫でる。さすがに巧い――と、月彦は思う。
「お前なんかに……何?」
「うっ、ぁ……ちょっ……っくっ………………ヤバッ……」
 このままでは下着の中、或いは掛け布団に出してしまう!――月彦は左手で掛け布団を掴むと、思い切りはね除けた。剛直は既にギンギンにそそり立っており、ズボンも下着もその根本の辺りまでずりおちてしまっている。
「もうぬるぬるしてきたわよ? 真央に鍛えられてる割には随分早いのね」
 右手で剛直を掴み、親指の腹で鈴口を撫でながら、真狐は煽るような口調で言う。すでに漏れ始めた先走り汁が真狐の親指に絡みつき、にちゃにちゃと音を立てる。
「それは、お前が……」
 間近で巨乳を見せて煽っているからだ――と思わず言いそうになる。無論、態となのだ。自分の胸がそういう武器になると解っていて、月彦に見せびらかしているのだ。
 癪に障る女だ。いっそ望みのままに両手で思い切りもみくちゃにしてやろうかと思って、ハッとする。左手は――効くが、右手はとてもそんな状態ではない。ギブスに固められてはいるものの、指はかろうじて動く。動くが、握力が殆どまともに入らないのだ。
 ならば左手だけでも――と、手を伸ばしかけたところで、真狐がひょいと体を引いてそれをかわす。
「何よ、この手は」
「う、うるさい……お前が、そんなモノ……見せびらかすから……」
「ふぅん……触りたいんだ?」
 月彦の左手の射程外に自分は逃げつつ、右手で月彦の剛直だけをイジリ続ける。それも、絶対イかせないような――そう、男の体を知り尽くしているような手つきで。
「どうしよっかなぁ、ここ一応病院だし、そういうのってやっぱマズイわよねぇ」
 何を今更、と言おうとした瞬間、親指の腹で強く亀頭を擦られて思わずうわずった声を上げてしまう。
「そうね。ちゃんとおねだり出来たら……触らせてあげてもいいわ」
 それまではおあずけ、と真狐は巧みに月彦の左手を掴むと、それを尻に敷く形でベッドに座り直し、先ほどよりも尚更胸元を顔に近づけてくる。
「ほら、言いなさいよ。触らせてくださいってサ」
 剛直を握り、先端を散々に弄りながらそんな事を言う。巨乳を頬に触れそうなくらい――もはや肩に乗せていると言っても良いほどに――近づけて誘惑され、そのあまりの破壊力に頭がクラクラする。
「だ、誰が……」
「触りたいくせに。意地張っても何も良いことないわよ?」
 にゅり、にゅるっ――ローションをかけたわけでもないのに、既に剛直はぬらついた液に覆われていた。紛れもなく、自分が溢れさせてしまったものだ。真狐の巨乳に興奮して、その手技の虜になって。
 確かに、真狐の言うとおりだ。こうして我慢しているだけではなにも変わらない。しかし、いくら快感を得られるにしろこの女に屈するのだけは矜持が許さない。
「ふふ、まああんたが触りたくないならあたしは別に構わないんだけど。……ねぇ、このまま手だけでイかせちゃっていいの?」
「……どういう、意味、だ?」
「あんたが望むなら、口でも、ナカでもいいわよ。ふふっ……ちゃんとおねだり出来るなら、だけど」
 ナカでもいい――その言葉に、またぐらりと揺れる。
「ば、馬鹿……ナカに出して、また妊娠でもしたら……っ……」
「なーに言ってんのよ。盛りでもないのに、妊娠するわけないじゃない」
 言われてみればそうだ。
「ほら、したいんならはっきり言いなさいよ。言わないといつまでもイかせてあげないわよ?」
「うっ……く……!」
 つくづく、男のプライドを壊すのが好きな女だと、そう思う。思えば、今回が初めてではない。前にも似たようなことが――そう、ヤりたければそう言え、と言われたことがあった気がする。
「……した、い……」
「んー、なぁに? 聞こえないわよ?」
「真狐と……ヤりたい。ナカで……出したい」
 月彦は、またしても屈した。親指の腹でこれでもかと亀頭を撫でられながら、途切れ途切れに“おねだり”をする。
「んふふー、そっかぁ。そんなにヤりたいんだ。どうしよっかなぁ」
「……っ……たの、む――」
 イかせてもらえない焦れも相まって、情けない声で懇願してしまう。
「解ってるの? ここは病院よ? それなのに、こんなに大きくして、ヤりたいなんて。くすっ……月彦って変態」
「くっ……お前、なぁ……!」
「あ、逆らうの?」
 じゃあやーめた、とばかりに真狐が愛撫を止める。先走り汁の絡んだ親指をぺろりと舐めて、月彦の左手の上から腰を退かす。こうなってはいくら左手を伸ばしても乳を触ることすら出来ない。
「……逆らわない。逆らわないから……頼む、続きを……」
「左手自由にしてあげたんだから、自分ですれば?」
 くすくす笑いながら、真狐は殺生なことを言う。
「人がせっかく見舞いに来てやって、下の世話までしてやろうって言ってるのに、どーもねー、イマイチ感謝の念ってモノが感じられないのよね。もう帰ろっかなぁ」
「……悪かった。真狐にはすげぇ感謝してる。だから、頼む……」
 言いたいことは山ほどある。が、それはぐっと堪えて、月彦は頭を下げる。真狐の手技は巧みで、月彦は見事にイく寸前のまま止められた。このまま本当に帰られでもしたら、それこそ気が狂ってしまうかもしれない。
 だから、頭を下げる。真狐を巧くノせて挿入さえしてしまえばこっちのもの。散々突きまくってよがらせてやる。全ての仕返しはその時だと、月彦はじっと耐えて気を伺う。
「……本当に感謝してる?」
「してる。見てわかるだろ、一人で暇だったんだ。だから来てくれただけでもスゲー嬉しかった」
「ふぅん……まぁいいわ。あんたがそこまで言うのなら――」
 真狐はひらりと身を翻し、すとんと月彦の腹の上に跨る。つん、と真狐の尻にちょうど剛直の先端が当たる形だ。
「ん……普通なら当たらない筈なんだけど、さすがね。スカート汚れちゃったじゃない」
「関係ないだろ、今から……その何十倍も濃いのをたっぷり、お前のナカにぶちまけるんだから」
「言うじゃない。干物になるまで搾り取ってあげるわ……んっ……」
 左手で、服越しに真狐の乳を掴む。下着をつけていないのか、柔らかく、そして途方もない質量がダイレクトに左手に伝わってくる。
「真狐……早く、挿れたい」
「ンッ……解ったわよ。急かさないで」
 真狐は一端腰を上げると、ちょうど月彦の剛直の真上の辺りに跨り直す。そのままゆっくりと腰を下ろし、つんっ、と剛直の先端がついに真狐の下着に触れる。
「お、おい……真狐、下着を……うぁっ!」
 真狐はそのまま腰をくねらせ、ぐいぐいと下着ごしに剛直を刺激してくる。自ら溢れさせた先走り汁の感触も相まって、えも知れぬ快感が襲ってくる。
「ま、真狐……何やってんだ、ちょっ……それ、ヤバっっ…………!」
 素股――とは言わない。下着越しに剛直を擦り上げられ、月彦はたちまち極みに上り詰めてしまう。
 ヤバい、出る!――そう思った刹那、ついと真狐は腰を上げ、そのまま何ごともなかったかのようにベッドの横に降り立つ。
「……真狐?」
「ごめーん、月彦。あたし急用思い出しちゃった」
 月彦には、真狐が言った言葉の意味がすぐには理解できなかった。
「きゅ、急用ってお前、ここまでしておいて――!」
「大丈夫。ちゃんと“代わり”を呼んであげるから。
 真狐はにやりと笑って、上体を倒してくる。キスか――と思ったが、そうではなかった。真狐の狙いは――ナースコールのボタンだった。
「真狐、てめっ――」
「看護婦さーーーーーーーーーーーーん! 4423号室の紺崎さんが大変でーーーーーーーーーーーーーーーーーーっす!」
 月彦の抗議は真狐の大声に完全にかき消された。早くもドアの外が賑やかになり始めるのを尻目に、真狐は窓をがらがらと開けるとbye、とウインクして――ここは四階だというのに―― 一足先に逃げてしまう。
 月彦は、絶望的な気持ちで部屋を、そして己を見た。
 はね除けられた布団。
 ギン立ちのまま露出している下半身。
 自由の効かない体。
 そしてドアの曇りガラス越しに見える人影。
 時間よ止まれ!――月彦は強く念じたが、無情にもノブは回り、ドアは開かれた。室内に木霊する看護婦達の悲鳴と共に、月彦は伝説の人となったのだった。

 
 看護婦達は極めて義務的に月彦のズボンを戻し、はね除けられた布団をかけ直し、真狐のバカタレが食い散らかした甘栗の殻を掃除して部屋から出て行った。ギン立ちだった股間もあっという間におさまり、人間本当に恐縮な気持ちの時は勃起などしていられないのだなぁ、と月彦はまた一つ学んだ。
「真狐めぇぇぇぇえ……………………!」
 全ての恨み辛みはそこへと収束する。全く、本当にあのバカ狐はろくなことをしない。顔を出すたびに迷惑しかかけない。
 四階の窓から飛び降りていったが、心配をする気にもなれなかった。殺しても死なないようなやつだからそんなことくらいでくたばる筈もない。
 今度会ったら――その時に体が治っていたら――目に物みせてやる、二度と悪さが出来ないように懲らしめてやると、月彦は堅く心に誓った。
「……そろそろ、学校が終わった頃か……」
 考えてみたら、入院してからというもの一度も真央の顔を見ていない。あの憎たらしい母親に比べて真央のなんと可愛いことかと、月彦は一人で勝手にノロケ始める。
 本当に、真狐の血を引いているとは思えない程に素直で可愛らしい。そりゃまあ、多少エッチなのは――目をつむるとして、何処に出しても恥ずかしくない娘だ。
 真央があのまま育つか、真狐のように根性がひん曲がってしまうかは自分の育て方次第なのだと、月彦は妙にやる気を出しつつ、真央はまだかなまだかなとうきうきしながら待ち続けた。月彦の頭の中には、真央が見舞いに来ないというケースは全く想定されてなかった。
「遅いな……そろそろ来ても良いはずなのに」
 時計をちらちら見ながら、月彦はそわそわし始める。何とか体を起こして、窓から玄関前のロータリーを眺めるも、真央らしい人影はない。片腕片足を骨折した状態ではその姿勢も長くは保てず、月彦は再びベッドの上に仰向けに寝直した。
「………………」
 真央のことを考えていたせいか、再び股間に熱がこもり始める。そういえばさっきもなんだかんだでイけず仕舞いだったのだ。真央が来たら……口でしてもらおうかな、等とそんなことを月彦が考えていた時だった。こんこんと、病室のドアがノックされた。
 来たか、真央っ!――月彦は意気揚々と返事を返す。応じて、ドアノブががちゃりと回る。
「失礼します」
 期待した人物とは明らかに違うその声。病室に入ってきたのは――由梨子だった。
「へ、由梨ちゃん……?」
 てっきり真央が来るものだとばかり思っていた月彦は思わぬ人物の来訪に面食らった。
「はい。真央さんから先輩が入院したと聞いて、お見舞いに来ました」
 学校帰りなのだろう。由梨子は制服姿で、手には鞄と買い物袋、そしてケーキの箱らしきものを持っている。
「真央から聞いたって……真央は?」
「真央さんは先に帰られました。なんでも用事があるとかで……」
「そんな……」
 真央が見舞いに来ない。そんなコトがあるのだろうか。
「……先輩?」
「そ、そうか……用事があるなら、しょうがないよな。うん……由梨ちゃん、見舞いに来てくれてありがとう」
 せいいっぱい笑顔を作って応対するも、内心のショックは隠しきれない。あの真央が、いつも父さま父さまとすがりついてきた真央が、自分の見舞いよりも用事とやらの方を優先したという事実を月彦は信じたくなかった。
「これ、ケーキなんですけど、先輩お腹空いてますか?」
 由梨子は来客用の椅子を一つ出して、月彦の右手側に座り、白い箱を差し出す。本当はショックで食欲どころではなかったが、
「ありがとう。ちょうど小腹が空いてた所だから、早速貰おうかな」
 由梨子の気遣いを無碍にするのは悪いと思い、首を縦に振る。由梨子は別途下げていた買い物袋から紙皿とプラスチックのフォークを取り出し――準備のいい子だ――ケーキの箱を開けてケーキを一つ紙皿へと移す。ケーキはよく見る扇形のような形ではなく、長方形のような形をしたチョコレートケーキで、どうも結構値が張りそうな代物だと月彦は思う。
「真央さんから、先輩はチョコレートが好きだと聞いたので」
 どうぞ、と紙皿にフォークを沿えて差し出され、それを左手で受け取る。チョコレートが好きなのは真央であって、自分は必ずしもそうではないのだが、月彦は言わずに笑顔で紙皿を受け取った。横に避けておいたスライド式の盆を前に出して――本来は病院食を摂るときに使うものだ――そこに紙皿を置く。
「……先輩、左手で食べられますか?」
「大丈夫。昼食も朝食も左手で食べたからもう慣れたよ」
 そう、事実慣れていた。慣れていたが――さすがに一日やそこらで完璧に左手での食事をこなせるわけもない。十中八九、いや七か八くらいで成功するというだけで、全くしくじらないというわけでもないのだ。
 そしてその僅かな失敗が、一発目で出た。
「あっ……」
 フォークの先で切り取ったケーキを、ぽろりと布団の上に零してしまう。慌ててフォークで拾い上げようとするも、焦ってまた落としてしまう。
「……先輩、貸してください。私が食べさせてあげますから」
「えっ……いや、いいよ。自分で食えるから」
 と、言うそばからまた落としてしまう。もう最後の手段だとばかりに月彦は布団の方を持ち上げて、直接食べた。
「……な?」
「な、じゃありません。そんなに布団を汚したら、病院の方に迷惑じゃないですか」
「うっ……」
 確かに、由梨子の言うとおり何度もチョコレートケーキをおとしたせいで掛け布団には黒いシミがこれでもかとついてしまっていた。
「不器用な人ですね。変に格好をつけようとするからそうなるんですよ」
 由梨子に半ば強制的にフォークと紙皿を奪われる。違うんだ、本当に朝食と昼食は片手で食べられたんだと月彦は言いたかった。
「先輩、口を開けてください」
「…………」
 真狐にそう言われて酷い眼にあったからだろうか。由梨子のこの親切にもなにか魂胆があるのではと思ってしまう。いや、ひょっとするとあの性悪狐が由梨子に化けてまた自分をからかいにきたのではないか。本物の由梨子は真央と共に今まさにこの病室に向かっているのではないか。
 そんな危惧が頭をよぎったが、月彦は結局素直に口をあけた。そこへ、由梨子がフォークにケーキを乗せてそっと差し込む。もぐもぐと咀嚼する。甘美な味が口いっぱいに広がり、また由梨子に食べさせてもらう。別段なにも起きない。フォークで喉の奥を突かれることもない。
「……美味しい」
 ケーキを食べ終えた感想を、月彦は率直に漏らした。
「まだありますけど、すぐ食べますか?」
「……もらおうかな」
 解りました、と由梨子は箱からケーキを取り出し、また紙皿にのせる。それを月彦は食べさせてもらう。些か気恥ずかしいものの、悪い気はしない。ケーキは美味しく、由梨子の手つきもきちんと月彦を気遣ったものだからだ。
「うっ……」
 由梨子の優しさに、不覚にも落涙しそうになってしまう。自分がどれほど優しさに飢えていたのかを、月彦は痛感していた。人の落ち目につけ込み数々の悪行を残して去っていったあの性悪狐に比べればそれこそ菩薩の如き慈愛だ。
「……先輩?」
 無論、由梨子には月彦のそんな事情は分からないから、いきなり眼に涙をにじませている月彦に怪訝そうに首を傾げるのだった。

 由梨子が買ってきたケーキは全部で四つ。うち二つを食べて、残りは備え付けの冷蔵庫にいれておくことにした。
「ところで先輩。……一つ、聞いてもいいですか?」
「うん?」
「先輩が骨折したのって……昨日の夜、ですよね?」
「そうだけど」
「つまり……その、“あの後”って事ですよね?」
「………………」
 “あの後”――それが何を意味するのか。最早言わずもがなである。
「……先輩、ひょっとして……真央さんにバレたんじゃないんですか?」
「それ、は――」
 微妙な所だと、月彦は思っている。真央に浮気(?)の証拠が見つかって問いつめられている所へ霧亜が現れ、こんな事になってしまったからその後のどさくさに紛れてうやむやになってしまったからだ。そう考えると、霧亜のお陰で(ある意味)助かった、と言えなくもない。
「先輩のその怪我……階段から落ちたって聞きましたけど……本当は、真央さんにやられたんじゃないんですか?」
「へ……?」
「その……浮気がバレて……」
 冗談で言っているわけではないのは、由梨子の不安げな顔を見れば解ることだった。つまり、本当に危惧しているのだ。自分のせいで、月彦が怪我をしたのではないかと。
「違うよ。これは……その、姉ちゃんに、だな……」
「霧亜先輩に? どうしてですか?」
「うーん……まあ、姉ちゃんの進路を塞いじまった俺が悪い、んだろうなぁ……」
 月彦は昨夜の出来事を簡潔に由梨子に説明した。
「それは……酷い、ですね」
「酷い?」
「酷いじゃないですか。いくら邪魔だったからって、階段から蹴り落とすなんて」
「……意外だ」
「意外?」
「由梨ちゃんは絶対姉ちゃんの肩を持つって思ってた。姉ちゃんと同じように、進路上に居た俺が悪いって」
「そんな……だって、先輩は、何も悪いことをしてないじゃないですか」
 思いの外由梨子は戸惑い、狼狽えながらそんな言葉を返す。
「まあ、もう慣れたけどな。いわれのない暴力には……」
 ふっ……と、月彦は少し遠い目をする。そう、もはや階段から突き落とされたくらいでは何とも思わない。むしろこの程度で済んでよかったとさえ思ってしまう自分がいる。成長(?)したものだと、不思議な感慨が湧いてくる。
「……ごめんなさい」
 不意に、由梨子が謝る。
「どうして由梨ちゃんが謝るんだ? 由梨ちゃんには関係がないことだろ?」
「私があんなことをしなかったら、先輩はもっと早く帰れて、階段から落とされることもなかったじゃないですか」
「それは……でも、たらればを言い出したらキリがないだろ。だから気にしなくていいって」
「でも……そのせいで、真央さん……怒ってるんじゃないんですか?」
「えっ……」
 真央が怒ってる――その言葉に、月彦は胸がドキリと撥ねる。
「あんなに先輩の事が好きな真央さんが、先輩の見舞いに来ないなんて考えられないじゃないですか」
「それは……たぶん、本当に大事な用があったんじゃないのかな」
「先輩のお見舞いよりも大事な用ですか?」
 うぐ、と月彦は胸に鋭い痛みを覚える。
「私、ちゃんと誘ったんですよ。一緒に先輩のお見舞いに行きましょう、って。それなのに、真央さんは――」
「い、嫌だって言ったのか?」
「いえ……そこまでは。ただ、言葉を濁して……」
「む、む、む……」
 真央が怒っている――考えてみれば、無理もない話だった。どさくさに紛れてごまかせたと思っていたのは自分だけで、あの嫉妬深い真央のこと、そんなに簡単に忘れる筈がないではないか。
「ま、まぁ……気にしてもしかたないさ。退院したらなんとか頭を下げて許してもらうから、由梨ちゃんが気にすることじゃない」
「退院……いつなんですか?」
「明後日には帰れるらしいんだ。もともと骨折だけなら一日も入院すれば十分だったんだけどな……」
 “その他”がヤバイ――と、そこまで言ってしまって良いだろうか、と月彦はしばし思案をする。
「私に出来ることがあったら何でも言って下さい。先輩がそうなってしまったのは、半分以上は私の責任ですから……」
「そ、そこまで気負わなくても……でも、そうだな……だったら、まずその花瓶の向きを変えてもらえるかな?」
「花瓶……これですか?」
 と、目を向けるや、うっ、と由梨子は眉を寄せる。そうだろう、それが常識ある人間がこの花瓶を見た時の反応だろうと月彦は納得する。
「なんですか……コレ……しかも、菊の花……?」
「由梨ちゃんの前に見舞いに来たバカが置いていったんだ。それを……そう、壁の方向くように」
「先輩……これ、裏側にも顔が……」
「…………冷蔵庫の向こう側にでも置いてもらえるかな。地べたに直でいいから」
「解りました。……その人、何を考えてこんなモノ持ってきたんですか?」
「俺が喜ぶとでも思ったんじゃないのかな」
「ひょっとして、この甘栗も……?」
 由梨子は花瓶を置き終え、ベッド脇の小さな棚に置かれた甘栗の袋を手にとる。
「ああ。俺の目の前で自分だけ剥いて喰って帰りやがった」
「……先輩って、変な知り合いが多いんですね」
 哀れむような目を向けられながら、全くだと月彦は頷く。切れるものならば切りたい縁だ。まあ……真央が居る限りは無理だろうが。
「先輩、よかったら……私が剥きましょうか?」
「……由梨ちゃんは優しいな……ほんと、あのバカとは大違いだ」
 また、思わず落涙してしまいそうになる。ケーキを食べたばかりで本当は甘栗など別段食べたくもなかったが、とにかく月彦は優しさに飢えていた。
 由梨子に剥いてもらった甘栗を一つ一つ左手で摘んで食べる。なんてことのない甘栗だが、このときの月彦にはまるで甘露の如く感じられたのだった。

  由梨子の優しさをたっぷりと受け止め、和み空間を満喫していた月彦の元へ新たな客がやってきた。
「おーーーい、月彦、生きてるかー!」
 勢いよくドアを開けて悪友の和樹と千夏が病室に入って来、入り口で固まった。
「……先輩、私はそろそろ……」
 自分が邪魔になると感じたのか、由梨子は席を立つと和樹達に一礼してそそくさと退室した。あぁ、なごみ空間がぁ……と嘆く月彦の両脇に今度は和樹と千夏が陣取る。
「おい、今のは誰だ? 後輩に手出してるとは聞いてねーぞ、ああん?」
「ええ雰囲気やったなぁ〜、妙ちゃんに言いつけるで?」
 両側からうりうりとこづき回される。この二人もなんとばつの悪い時にきたものか。
「イトコの真央の友達だ。真央の代わりに見舞いにきてくれただけだ」
「ほう……イトコの友達とな?」
「言い逃れが巧なったなぁ、ヒコ〜?」
 さぁ白状しろ白状しろと両側から肘でぐりぐりされる。意地悪モードに入ったこの二人の前にはどんな弁明も無駄だった。
 何故自分の回りには死人にむち打つような真似をする連中ばかりなのか――月彦は普段の人付き合いのあり方を少々改めた方が良いかもしれないと、そんな事を思う。
「ところでカズ、その手に持ってるのはなんだ?」
 話をそらす意味でも、月彦は和樹が下げているビニール袋を指さす。
「これか? 見舞い品だ」
「入院って暇やろーと思って、これも持ってきてやったで」
 と、差し出されたビニール袋の中身は大量のコンビニのオニギリと漫画雑誌、そして携帯ゲーム機(恐らく和樹の私物)だった。オニギリはともかく、暇を持て余している身としてはゲーム機の差し入れはありがたい。
 さすがは旧知の仲、以心伝心だと月彦がしみじみ思っていると、一つ気になる事が頭に浮かんだ。
「なぁ……これ、ソフトは?」
「うむ。……本体しか持ってきてないことに気がついたのがついさっきだ」
 むぅ……と和樹が渋い顔をする。そういえばコイツはこの手の忘れ物をよくする男だったと、月彦は思い出した。
「ま、まぁいいか……一晩くらい……漫画がこれだけありゃ……ってコレ全部エロ本じゃねえか!」
 取り出す雑誌取り出す雑誌全てが成年誌。表紙に艶めかしい顔をしたアニメ絵の女の子がプリントされたいわゆる“エロ漫画”と呼ばれる代物だった。
「……ウチは止めたんやけど……カズがなぁ」
「安心しろ。ちゃんとナース物が入ってるヤツを買っといた」
 言われてみれば二冊ほど明らかにナース服を着た女性が表紙を飾っている。こんな物を差し入れされて一体何をどう安心しろというのか、月彦には友人達の考えが理解できなかった。
「巨乳物も多い。お前巨乳好きだったろ?」
 だめ押しとばかりに和樹が補足する。確かにその通りだが何も千夏の前で言わなくてもいいじゃないかと視線で抗議する。
 不意に、こんこんとノックの音。もしかして真央か――と月彦は咄嗟にドアの方へと視線を走らせる。
「紺崎くーん、入るわよーってあら、先客……」
 またややこしい人が来た……。月彦は項垂れ、目元を覆う。一方和樹と千夏は何故担任でもない先生が見舞いに?という顔で呆気にとられている。
「こんにちは、あなた達もお見舞い?」
 和樹達に微笑を振りまきながら、雛森雪乃はつかつかとベッドに歩み寄る。
「はいこれお見舞い品。階段から落ちたって聞いたけど、大丈夫?」
「ええ、見ての通り元気なもんです」
 典型的な見舞いの品こと果物の詰め合わせを受け取りながら、月彦も笑顔を返す。が、雪乃のほうはなにやら視線を落とし、僅かに頬を染めている。
「…………確かに、思ったより元気そうね」
「へ……って、あああああああああああっ!!!」
 ベッドの上に散らばった大量のエロ本を月彦は大あわてで集め、雪乃の目に入らない場所へと移す。
「こ、これは……こいつらが勝手に――」
「紺崎君にどうしても買ってきてくれって頼まれまして……」
 さも被害者を装い、和樹が呟く。千夏はノーコメントとばかりに一歩下がって知らんぷりだ。
「お前達……」
「……まあ、紺崎君は普通の子よりちょっと“若さ”が有り余ってるみたいだし…………しょうがないわよね」
 頬を染めたままコホン、と咳をついて雪乃がそんなことを呟く。ひょっとして“あの時”の事を言っているのだろうか。手を出してきたのはそっちのくせに、と月彦は恨みがましい目で雪乃を見上げる。
「そんなことより、紺崎君。約束は守ってくれた?」
「へ……約束って――」
「あのこと、誰にも言わないって約束したでしょ?」
 月彦は記憶を探り、漸く心当たりを見いだす。
「ああ、あの――むぐ」
「言わなくていいの。……いい、二人だけの秘密よ?」
 口を塞がれ、額がくっつきそうな距離でいい?と念を押される。二人だけの秘密――その言葉に、早くも野次馬が二人、ひそひそ話を始めている。
「絶対喋っちゃダメよ、わかった?」
 口を塞がれたまま、むぐむぐと月彦はうなずき返す。
「ん、素直でよろしい。じゃあ先生は帰るから、あとは友達同士でごゆっくりどうぞ」
 色気のあるお尻をぷりぷり振りながら、雪乃は病室から出て行く。その足音が聞こえなくなるくらいに遠ざかったところで、また両脇に小悪魔がずいと陣取る。
「おい、月彦〜どういう事だ?」
「二人だけの秘密って何やろなぁ〜?」
 うりうりと小突かれ、尋問される。勿論“秘密”とは何かを答えるわけにもいかないし、即興で信憑性のある作り話ができるほど器用でもない。小悪魔と化した友人達にたっぷりとこづき回されながら、月彦はちょっと泣きたい気持ちになったのだった。

 和樹と千夏は面会時間ギリギリまで居座り、見舞い品(?)のオニギリ全てと由梨子が持ってきたケーキと甘栗を食い尽くして帰っていった。
「明日それ喰いに来るから、一人で勝手に喰うなよー?」
 去り際、果物の詰め合わせを指さしながら和樹がそんな事を言う。明日も来るつもりなのか――と、月彦は複雑な気持ちになった。
 こうして皆が帰り、静かな病室に一人きりになると途端に人恋しくなる。が、しかし先ほどまでの邪推の嵐を思い出すと、やっぱり一人でいいかなと思ってしまう。
 結局、真央は来なかった。一体どうしたというのか。やはり、由梨子が言ったように浮気の件で怒っているのだろうか。だとすれば一体どのように弁明したらよいのだろう、月彦にはまるで見当がつかない。
 素直に浮気をして悪かったと言えばいいのか。しかしはっきり浮気をした――と言うほどの事をしたわけでもない。それは逆に真央に嘘を言うことにはならないだろうか。そして、真央と由梨子の関係を壊す事にも。
 ではあくまでしらばっくれたら良いのか。それもどうかと思う。自分の性格を考えて、罪悪感から挙動不審になってしまうのは間違いない。ますます真央に勘ぐられるだろう。
 正直に股間が元に戻らなくなってしまってやむなく――と話をするのが一番無難な気もする。他の誰に言っても本気にはしないだろうが、真央ならば信じてくれる気がするからだ。しかし、その場合でもどうして自分を呼んでくれなかったのかと臍を曲げられるのは覚悟せねばならないが……。
 夕食の時間になって、看護婦が膳を運んできた。朝食、昼食の時などは笑顔で話しかけてくれたというのに、極めて事務的に配膳をするとそそくさと出て行ってしまう。あぁ……一体影でどんな事を言われているのだろう。
 体を拭いて貰い、就寝の時間になってもなかなか寝付けるものではなかった。昨日は骨折のショックと痛み止めを飲んだせいか比較的すんなりと眠れたが今日は目が冴えて仕方ない。
 本来ならばちょうど真央が吐息荒くすり寄ってきて事が始まる時間帯だ。体がすっかりそれを記憶してしまっているらしく、朝でもないのに股間が元気になってしまう。
 無論、自分で処理など出来る筈もなく、月彦はムラムラしたまま一夜を過ごすことになるのだった。

 朝。
 異様な寒気の中、月彦は目を覚ました。
「ん……」
 朝といってもまだ明け方、空が群青色に染まる頃である。月彦は丸まってぶるぶると震えながら、自分が布団を被っていないことに遅まきながらに気がついた。
「あれ……なんで布団が……」
 俺ってそんなに寝相悪かったかな――と思いつつ、薄暗い室内でむくりと上体を起こして掛け布団を探す。が、ベッドの上には見あたらない。け落としたかなと思ってベッドの回りに手を伸ばしてみるもやはり感触はない。
 そんな馬鹿な、と枕元の照明スイッチを押すと、どういうわけか部屋の隅に布団が投げやられている。寝ぼけて投げてしまったのかな?――などと思いつつ、再び寝直す為には必須なものだから取りに行かねばならない。松葉杖をと、寝る前に立てかけてあった場所に手を伸ばすが、手に触れるものは何もない。
 よくよく見れば、布団と一緒に松葉杖も部屋の隅に立てかけてある。そんなバカな、いくらなんでも寝ぼけてこんな事をする筈はない。――そう思った時、月彦は漸く気がついた。
「うおっ……!」
 思わず悲鳴を上げてしまう。薄明かりの中、冷蔵庫の上にぼんやりと浮かび上がったそれは件の花瓶の顔だった。昨日、確かに由梨子に冷蔵庫の裏側に置いてもらった筈なのに、今まさにばっちり月彦を睨み付けるように置かれている。
 気温の低さによるものとは明らかに違う寒気が、背筋を走る。真狐のヤツ、まさか呪物を置いていったのでは――布団も松葉杖もこの壺の祟りではないのか。そんな危惧が走る。
 見れば、窓も全開に開かれている。室温の異様なまでの低下の原因はこれだったのだ。せめて窓だけでも閉めようと、月彦は手を伸ばす――が、すんでのところで届かない。やむなく四つんばいに近い形になって手を伸ばし、漸く窓を閉める。そこで月彦はギブスの異変に気がついた。と、同時に背筋を襲っていた寒気が一気に吹っ飛ぶのを感じた。
“この男、性欲の権化につき注意! 孕まされるゾ!”――幼稚園児が泣きながら書いたような字でそう書かれている。見れば足のギブスにもなんだかんだと書かれているようだ。
 壺の祟りなどではない。壺を持ってきた本人がまたやってきて、悪戯をして帰っていっただけだったのだ。
「あンの……バカはっ……」
 やることが小学生以下じゃねえか!――毒づいて、何とか独力で布団と松葉杖を奪還する術を模索する。が、片腕片足をギブスに固められた身ではそれも難しい。這って部屋の隅まで移動するのは可能かもしれないが、布団を手に再びベッドの上に戻る自信がない。
 三〇分ほど考えた末、月彦はナースコールボタンを押した。しばらくして看護婦がやって来、月彦はまたしても看護婦の悲鳴を聞くことになった。そう、ラクガキはギブスだけではなく、顔にもされていたのだ。
 看護婦が持ってきた鏡を覗くと、そこには白粉に真っ赤な隈取りという歌舞伎役者のようなメイクをされた自分の顔があった。薄明かりでこんな顔の人間に会えばそれは悲鳴も上げるというものだ。
「すみません、知人の悪戯なんです」
 メイクを落とされながら、月彦は何度も頭を下げた。月彦の言葉を信じたのか、看護婦は苦笑いをしながら後始末をすると足早に病室を去っていく。
「……いっそ悪い狐に憑かれてるんです、って言ったほうが信じてもらえたかな」
 キツネ除けのお守りでも探してみようか――などと思いながら、月彦は再び布団にくるまる。しかし真央が嫌がりそうだなとも考えつつ、起床時間まで惰眠を貪るのだった。

  午前中は、比較的何ごとも起きず穏やかに過ぎた。本来それが当たり前なのだが、入院期間中だけで二度も三度も憂き目に遭っている月彦にはそれがとてもありがたく感じた。 とはいえ、全く何も無かったわけではない。というのも朝食の後、膳を片づけてくれた若い看護婦から何故か執拗に尿瓶の使用を進められたのだ。無論恥ずかしいから月彦は断った。
 午後、昼食の後にまた別の若い看護婦から尿瓶の使用を勧められたが、月彦は断った。ここまで言われると何か魂胆でも?――と勘ぐりたくなるのが人の常だが、看護婦達が自分に対して尿瓶を使いたがる理由を結局見つける事ができないまま夕方になった。
「失礼します」
 行儀の良いノックのあと、入室したのは由梨子だった。心なしか、由梨子が室内に入っただけで和みオーラが満ち、心が癒されるような錯覚を月彦は覚える。
 初めて会った頃はツンケンとしてあまり人間味を感じない子だなぁと思ったが、それは自分に見る目が無かっただけだと痛感する。
「あれ……一人、なのか?」
 やはり真央は来てないのか――と、期待していた分だけ月彦は落胆する。
「真央さんは今日は学校を休まれました」
「へ……休み……?」
「届け出が無かった様なので理由は分かりませんけど……先輩の所にも連絡が行ってなかったんですか?」
 こくこく、と月彦は頷く。
「……やっぱり、真央さん……怒ってるんじゃないんでしょうか」
 見舞い人用の椅子に座り、由梨子は深刻な顔をする。
「だとしても、由梨ちゃんが気に病むことじゃない。そのことは俺に任せておけばいいって」
「本当にすみません。先輩…………あっ、これ――」
 と、由梨子は昨日と同じケーキ屋の箱を差し出す。
「ありがとう、由梨ちゃん。……あ、昨日のケーキは凄く美味しかったよ」
 食べたのは自分じゃなく、和樹なのだが、月彦は友人の言葉を代弁した。
「すぐ……食べられます?」
「うん。もらおうかな……」
 では、と由梨子が準備を始める。昨日と同じように、紙皿にプラスチックのフォーク。さらに鞄から魔法瓶を取り出し、紙コップにこぽこぽとお茶を注ぎ始める。
「一回家に帰って持ってきたんです」
 月彦は左手で紅茶の注がれた紙コップを受け取り、そっと口をつけてみる。紅茶の銘柄など月彦には解らないが、由梨子が煎れてくれたお茶だと思うと甘露極まりない味だった。
 昨日と同じように、由梨子がフォークを握り、ケーキを食べさせて貰う。一口一口、ケーキの甘さと由梨子の優しさを噛みしめる。
 ナイチンゲール症候群という言葉がある。怪我をした男性を看病しているうちに、看病していた女性が怪我をした男性に好意を抱いてしまうという現象だ。ならば、その逆もあり得るのではないかと月彦は思う。
 きっと、自分に真央が――そして、或いは妙子が――居なければ、由梨子に惚れてしまっていただろう。それだけの好意を、月彦は由梨子に抱き始めていた。
 せめて真央がこの場に居れば、そこまで気持ちは傾かなかったかもしれない。しかし心理として、自分が怪我をして満足に動けないときに遠くにいる恋人より、優しく看病をしてくれる知人に好意を抱いてしまうのは至極当然ではなかろうか。
 尤も、自分になど好かれたところで迷惑こそすれ、由梨子が喜ぶ筈もないだろうが――と、月彦は冷静に考え、心の中で苦笑する。
 ケーキを食べ終え、例によって残りは冷蔵庫へとしまわれる。由梨ちゃんも食べたらどうかと月彦は勧めたが、ダイエット中ですからと由梨子は断った。
「全然太ってるようには見えないけど」
「外見に変化が現れ始めたら手遅れです。肥満は予防が重要なんですよ?」
 肥満に予防というものがあるという事自体、月彦は初耳だった。というより、真央と出会ってからというもの食べても食べても太ることが出来ない月彦としては、肥満という単語に半ば憧れすら感じてしまう。
「ところで先輩、さっきからずっと気になっていたんですけど……」
「うん?」
「そのラクガキ……何ですか?」
「あぁ……」
 月彦はギブスの上から右手をさする。
「その花瓶を持ってきたヤツがまた来て書いていったんだ」
「花瓶……また冷蔵庫の上に……」
 下ろしますね、と由梨子は自発的に冷蔵庫の向こう側へと花瓶を隠す。気の利く子だなぁと月彦はしみじみ思う。
「性欲の権化……ですか。先輩の場合、あながち嘘でも……」
「由梨ちゃんまでそんな事を……こんなガキみたいなラクガキを信じたらだめだって」
「で、でも……普通は、大きくなったまま戻らないなんてことは……ないそうですよ?」
 些か恥ずかしそうに、由梨子がそんな事を言う。
「ないそうですって……誰かに聞いたのか?」
「っと、その……お、弟、に……遠回しに、ですけど!」
「そ、それはまだ若いからだ。高校生になれば……由梨ちゃんの弟だって……」
「……先輩、私が知らないと思って嘘を言ってませんか?」
 じろり、と疑惑の目を向けてくる。さすがにいつまでも騙されてはくれないようだった。
「……単純に、先輩が……その、ぜ、絶倫なんじゃないんですか?」
 自分で言っていて恥ずかしくなったのか、由梨子は顔を真っ赤にする。そんなに恥ずかしいなら口にしなければいいのに、と月彦は思う。
「……っ……せめて、塗りつぶしておきましょう。ちょうどここにマジックがありますから」
 なにやらばつが悪そうに、由梨子は油性マジックを――恐らく真狐が書くときに使ったものだ――手に取るとラクガキを黒く塗りつぶしていく。
「ありがとう、由梨ちゃん。できれば足のギブスの方も消してくれると助かるんだけど……」
「解りました…………っ……!」
 ちょうど足の裏の当たりに視線を走らせた途端、由梨子が顔を引きつらせる。
「先輩……ここに書いてある事……本当なんですか?」
「何だ? 何て書いてある?」
 足をがっちりギブスで固められている月彦には自力で足の裏を見ることが出来ない。
「それは……ちょっと……私の口からは……と、とにかく、消しますね」
「待て、消す前に教えてくれ、なんて書いてあるんだ!」
 しかし由梨子はあくまで自分の口ではとても言えないと言い張り、マジックで足の裏を塗りつぶす。
「待てよ……足の裏ってことは……」
 入室する看護婦達には全員見られたということになる。あの意味深な笑みは昨日の事件のせいだとばかり思っていたが、ラクガキのせいでもあったのか。
「あの、バカは……本当に……」
 何故その労力を人に好かれる方向に使えないのだと本気で思う。やはりここが人間の月彦と、キツネの真狐との決定的な相違点なのだろうか。否、きっと全ての妖狐がああなのではない。真狐だけが特別なのだ。
「先輩は……その人の事、嫌いなんですか?」
 ラクガキを消し終えた由梨子がサインペンに蓋をして、椅子に座る。
「大っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ嫌いだ。たぶんこの世の中で一番嫌いな女だ」
「でも先輩。嫌いって事は、ある意味好きってことでもあるんですよ」
「??? どういう事だ?」
「嫌いだと思うってことは、それだけ気に掛けているってことです。好きの反対は嫌いじゃなくて無関心って、聞いたことありません?」
「無関心……」
 はたしてそういうものなのかな、と月彦は考える。
「たとえば、先輩って……霧亜先輩に嫌われてますよね。でもそれって、全く無視されるよりはその方がいいって思いません?」
「……どうだろうな。いっそ俺のことを空気とでも思ってくれれば階段から落とされることも無いと思うんだが……」
 どっちもどっちだと月彦は思う。くすりと、由梨子が笑う。
「嫌われてるって事は、ある意味好かれてるって事です。……そう考えたら、毎日が少しは楽しくなると思いますよ」
 どうやら由梨子の中で、自分はそうとう悲惨な人生を歩んでいる男だと思われているらしい。そこまで嘆くほど酷くはないと月彦は思ったが、あえて反論しなかった。
 昨日とほぼ同じ時間帯に月彦の友人達が見舞いに来て、由梨子は自発的に退室した。病室から出た途端、若い看護婦数名がなにやら自分の方を見てひそひそと話をしているのが見えた。そういえば昨日も同じような事があったな――とそんな事を考えながら由梨子はエレベーターの方へと向かう。
 月彦の友人達が上がってきたままなのか、ちょうど四階にエレベーターが止まっていた。一階まで下り、待合室から正面玄関へと抜けようとしたところで、由梨子ははたと足を止めた。
 一瞬見間違いか――と思う。が、しかしその人物を由梨子が見間違える筈がない。正面玄関の自動ドアを抜けて待合室に入ってきたのは紛れもない――霧亜だった。
 まさか、あの霧亜が月彦の見舞いに?――それはあり得ない。少なくとも由梨子の知っている霧亜なら、絶対に月彦の見舞いになど来るはずがない。
 でも、もしかしたら――霧亜とて人の子だ。血の繋がった弟の安否が気になったのではないか――そんな考えが沸く。
 どうしよう。声を掛けるべきか否か、由梨子は悩んだ。もしかしたら、霧亜は内密で――そう、たとえば自分を含む数多の女達に内緒で見舞いに来たのではないかと、そう思ったからだ。
 ひょっとしたら霧亜自身、あまりに弟嫌いを公言しすぎて撤回することが出来なくなっているのではないか。本当は仲直りをするきっかけを欲しているのではないか――。
 勝手な憶測だ。それこそ霧亜が見舞いに来る事以上にあり得ないことだ。
「ぁ……」
 戸惑っているうちに隠れる機を完全に逃した。霧亜は待合室の中で誰かを捜すように辺りを見渡し、そして由梨子の方にまっすぐ向かってきたのだ。見つかってしまった。こうなったらもう、逃げる事も隠れる事も出来る筈がない。
「あ、せんぱ――」
 さも今気がついたかのように装って、霧亜に声を掛けようとする。――が、霧亜はまるで由梨子が見えていないかのようにその脇をすり抜けていく。
「霧亜先輩ーーーっ、こっちですよー!」
 背後から、そんな声。振り返ると見慣れない女子が――制服は由梨子のものと同じだが、どうも学年が一つ上らしい――手を振りながら霧亜を呼んでいた。
 霧亜はその女子の元へと早足に駆け寄り、そうするのが当然かのように腰に手を回し、身を寄せる。女子の方も甘える猫のように霧亜に体を預け、もたれ掛かる。
 霧亜が女子の耳元へと唇を寄せ、何ごとかを囁く。女子は顔を真っ赤にして、静かに頷くと霧亜を先導するように歩き始めた。
 霧亜とその女子が病院の奥へと消えるまで、由梨子はただ呆然と立ちつくしていた。まるで世界中の時が止まってしまっている中、唯一その二人だけが動いているかのように周囲の雑音も全く耳に入ってこなかった。
「先輩……」
 何を驚くことがあるというのか。霧亜には自分の他にもたくさんの“後輩”が居るのだ。だから、ああして他の娘と会うのは至極当然なことではないか。
 由梨子の中の冷静な部分がそう囁き始める。それは事実であり、由梨子自信も納得していることだ。否、納得している筈だった。
 しかし、霧亜のあの態度。まるで由梨子の事が見えていないかのような振る舞い。それが、由梨子にはとても不吉な事のように感じられる。何か、とてつもなく恐い事が起きる前触れのような――そんな予感。
 好きの正反対は嫌いではなく無関心――先ほど月彦に言った言葉が脳裏をよぎる。不意に由梨子は目眩と吐き気を感じて、その場に崩れ落ちた。
 例えようのない震えが体を襲う。まるで冷たい手で心臓を鷲づかみにされているようだった。
 待合室に居た人々が異変を感じて声をかけ始めるが、どれも由梨子の耳には届かなかった。

 翌日、月彦は予定通りに退院することが出来た。真狐の妨害もラクガキ以降は途絶え、入院最後の一日の午前中は非常に穏やかに過ごすことができた。
 昼過ぎ頃葛葉が迎えに来て――月彦は迎えなど要らないといったのだが――荷物を纏める。真狐が持ってきた花瓶も持って帰ろうとする葛葉をなんとか説得して、こっそり置いて帰ることにした。病院側に何か言われたら捨てて下さいと答えるつもりだった。
「そういえば母さん、真央が昨日学校休んだって聞いたんだけど……」
「あら。そういえば一昨日くらいから見ないわねぇ。真央ちゃん」
 どこ行っちゃったのかしら、と葛葉は困ったように呟く。家族の一人が居なくなったというのにまるで飼い猫が帰ってこないくらいの感覚なのだから恐れ入る。そういえば、かつて自分が真狐に連れ去られた時も葛葉はさして動じていなかったという話を月彦は思い出した。
 自分の母親ながらさすがに暢気すぎると思う。きっと、葛葉の中には確信があるのだろう。家族が欠けても、必ず戻って来るという確信が。
 とはいえ、月彦としてもじゃあどうすればよいかという方法が思いつかない。まさか警察に頼るワケにもいかない。となれば、やはり葛葉がそうしているように待つしかないのだろうか。
 或いは、真狐に――あの女は頼りたくないが、真央の事に関しては真狐以上の適任者が居ない事も事実だ。二度と顔も見たくないが、真央の為ならば頭を下げる気にもなる。
 タクシーに乗っている間ずっとそんな事を思案し、久方ぶりの自宅へと帰ってくる。あぁ、やっぱり慣れ親しんだ家は良いなぁと思いつつ、松葉杖を突き突き二階の自室へと登っていると、二階からとても恐ろしい音が聞こえた。
 ばたん、とドアが閉まる音。葛葉は一階にいる。真央は留守、となれば……二階に居るのは一人しかいない。
 まずい、まずい、このままでは――焦って階段を下りようとするも、松葉杖を使っている状態では方向転換自体巧くいかない。足音がどんどん近づいてくる。なんとか下りようと無理に方向転換をしようとした途端、不意にバランスを崩して松葉杖の先が空を泳いだ。
「あっ――」
 と思ったときにはもう遅い。背中が地面へと吸い込まれるような、そんなデジャヴを感じながら、月彦は諦めるように目を閉じた。
「……っ……?」
 ぐいと、不意に何か強い力で前へと引っ張られる。何ごとかと目を開けると、そこには如何にも気怠そうな――そしてタバコを咥えた――霧亜が月彦の胸ぐらを掴んでいた。
 霧亜はそのまま力任せに月彦の体を引き寄せるとどんっ、と背中を壁の方へと叩きつける。
 ぐ、と月彦が呻き、怯える子羊のような目で霧亜の方を見る。何だ、一体何をされるんだと、冷や汗が止めどなく溢れてくる。
「……あんたが入っていた病院はね、私の後輩の親が院長やってる病院なの」
 胸ぐらを掴んだまま、まるで親の敵を――否、汚い生き物でも見るような目で霧亜が睨み付けてくる。
「……あんまり恥かかせるんじゃないわよ」
 どすっ。
 女の拳とは思えないほど強烈なボディブローが腹に突き刺さり、月彦は悶絶、そのまま体をくの字に折る。霧亜はタバコを口にくわえ、ぷいとそっぽを向くとそのまま階下へと降りていく。
 恥、とはたぶん――真狐のバカタレのせいで起きた一連の騒動の事だろうと月彦は推測する。あの女のせいでとんだとばっちりだと思いつつ、階段からけ落とされる所をボディブロー一発で済んだ事を月彦は喜ぶのだった。

 夕方、月彦が自室のベッドで横になって居たとき、唐突に真央が帰ってきた。
「ただいまー!」
 元気の良いその声を聞き間違える筈もない。月彦は咄嗟に体を起こし、玄関にかけだそうとしてベッドの上から盛大に落ちた。
「ぎゃあッ」
 と、思わず悲鳴を上げてしまうほどの激痛。それでもなんとか立ち上がり、松葉杖を取って階下へと降りる。
「あっ、父さま!」
 階段のところでちょうど真央に出くわし、飛びつくようにして真央がすり寄ってくる。月彦は階段の壁で背中を強打し、息が詰まったが父さま父さまとすりすりしてくる真央が愛しくてつい顔がにやけてしまう。
「真央、心配したぞ……一体何処に行ってたんだ?」
「うん……あのね、お薬の材料探しにいってたの」
「お薬?」
「骨折に良く効くお薬。調べてみたら知らない材料がいっぱいあったから、母さまに相談して一緒に探しにいってたの」
「真狐とか……。でも、それならそれでどうして連絡を入れなかったんだ?」
 心配したんだぞ、と月彦は拳を作ってこつんと軽く叩く。真央はごめんなさい、と素直に謝る。
「母さまがすぐ近くだって言うから、そんなに遅くならないと思ったの。でも、本当は凄く遠くて、山の中で母さまとはぐれちゃって…………」
 それはひょっとして途中で面倒になった真狐が真央を撒いて先に帰っただけではないのだろうか、と月彦はついそんな風に思ってしまう。しかし真央はあくまで自分がはぐれてしまったと思っているらしい。
「で、結局その材料ってのは見つかったのか?」
「うん!」
 と、真央は背にしょってた泥だらけのリュックサックを肩から外し、中を開いて月彦に見せる。
「……うっ」
 思わず眉を寄せてしまいそうな程に、異形な代物ばかりが詰まっている。
「鵺の血でしょ、あと蓬莱の桃に……ツバメの子安貝!」
 その中でも特に珍品(らしい)ものを真央が手にとって月彦に見せる。この近代日本のどこを探せばそんな代物が手に入るというのだろうか。
「父さまも今度一緒に行こうね! 秘境って楽しいよ!」
「……そうだな。かぐや姫にでも求婚する機会があったら行ってみるか」
「…………誰に求婚するの?」
 ぴくっ、と真央が眉を揺らして機敏に反応する。どうやら冗談が通じなかったらしい。
「と、ともかく。今度からはちゃんと前もって言ってから行くんだぞ? じゃないと、心配するからな」
 月彦に頭を撫でられながら、真央はうんと頷く。月彦としては、真央が無事に帰ってきた事と、浮気の件を忘れてくれていることでの二重の安堵だった。
「あっ、義母さまに牛乳買ってきてもらわなきゃ」
「牛乳?」
「うん。お薬に必要なの」
 と言って、真央は再び階下へと戻っていく。
「“お薬”か……」
 確かに真央の薬は良く効くからな――と思って、気づく。そう、真央の薬は確かによく効く。真狐直伝らしいが、かつて火傷を負ったときも即座に治ってしまうほどに効き目は抜群だ。
 しかし、真央の薬には副作用がある。今度のお薬とやらにそれが無ければいいんだが――過去、真央の薬を服用したときの事を思い出しながら、月彦は不安になるのだった。


「父さま、お薬ができたよ!」
 午後九時を過ぎた頃だろうか。台所でずっと作業をしていた真央がトトトと小気味のよい足音を立てて部屋に戻ってきた。
 ばんっ、とドアを開けて飛び込んできた真央のその姿に、月彦は些か面食らった。真央は何故か薄桃色のナース服(ワンピース)を着ていたのだ。
「……真央、どうしたんだその格好は」
「あ、……えとね、一昨日母さまと会った時、貰ったの。これを着たら父さまが喜ぶって……」
「あのバカ……」
 考える事が和樹と同レベルだ、と口の中で愚痴る。しかも真央が来ているナース服は白い太股がこれでもかという程に露わになっている上、ワンサイズ小さいのかローレグの下着が今にも見えそうだ。胸元にいたってはもうばっつんばっつんの一言に尽きる。明らかに正規の看護服とは違う代物だった。
「はい、父さま。これが骨折に効くお薬だよ」
 差し出されたのはコップ。中にはなにやら黄土色のドロリとした液体が入っている。まさか、飲み薬だろうか――と不安げに真央の顔を見る。
「お薬だからちょっと苦いと思うけど……」
 やはり飲み薬なのか。月彦はコップを見つめながらごくりと生唾を飲む。
「あ、あの……ね……飲みにくいなら、私が、口移しで……」
「いや、自分で飲めるさ。真央が折角作ってくれた薬だもんな」
 まさか毒ではあるまい、と思って口元にコップを運ぼうとして端と手を止める。
「真央、念のため聞くが……この薬は骨折の薬なんだよな?」
「うん、そうだけど……」
「まさか、興奮剤とか、そういうのは入ってないよな?」
 どきり、と真央が露骨に狼狽えるのが月彦にも解った。
「入れてないけど……入れた方がよかった?」
 じぃ、となにやら期待するような目。
「いや、入れなくていい。というか入れてたら飲まないところだった」
 さすがにそのくらいの良識はあったか、と月彦は安堵する。
「あ、でも……大丈夫だよ? 骨折が治った時用のお薬もちゃんと用意してるから」
 と、真央が右手に注射器を構える。中にはなにやら薄い赤色の液体が入っている。
「治った時用の薬って……その中身は何だ?」
「んとね……特製の“栄養剤”を水に――あぁっ!」
 真央が喋り終わるのを待たず、月彦は注射器を取り上げ、ゴミ箱へと放り投げる。
「父さま、酷い……」
「酷いのはどっちだ……。怪我ってのは治りかけが一番重要なんだぞ?」
 怪我が治っても当分エッチはなしだ、と宣言してから、月彦は一気に薬を飲む。外見とは裏腹に味はさほど悪くなく、微かに桃の風味もあって比較的すんなりと飲み干すことが出来た。
「ふう、苦いって言ってたけど、案外美味か――」
「あーーーーーーーーッ!!!」
 月彦の感想を遮って、真央が大声を上げる。
「ごめんなさい……父さま、材料一個入れ忘れちゃった……」
 これ……と、まるで用意していたようなタイミングで、真央がなにやら苔のようなものを差し出す。
「どうしよう……コレ入れなかったら……」
「……い、入れなかったら……どうなるんだ?」
「本当はね、三日くらいかけてゆっくり骨がくっつくの。でも……玄武亀の甲羅の苔を入れないと……一晩で治っちゃうの」
「なんだ、その方がいいじゃないか」
 というか骨折がたった三日で治る薬ってどんな薬だと、月彦は心の中でつっこみを入れる。
「でも……その代わり……ものすごくエッチしたくなるって、母さまが……」
 ちらり、とまた期待するような目。まさか……、と月彦は思う。
「なあ、真央。念のために聞くが……態と入れ忘れたって事はないよな?」
 えっ、と真央が狼狽える。
「ど、どうして……?」
 どうしてもくそもないだろうと月彦は思う。
「……真央、だんだんやり方が真狐に似てきたな」
 じろり、と嫌味の籠もった目で真央を見る。うっ、と狼狽える様を見るに、なんとも態と臭いと月彦は睨む。
「で、でも……父さま、今から飲めばまだ間に合うかも……」
「そういうモンかな……」
 でも一応飲んでおくか、と真央が一緒に持ってきた牛乳と一緒に飲み干す。
「ところで、なんで牛乳なんだ?」
「母さまがね、この薬を飲むと牛乳がいっぱい飲みたくなるって言ってたの」
「……カルシウムが必要だからかな」
 果たしてそういう問題なのだろうか、と月彦は一人ごちる。
「どう? 父さま」
「うーん、特に変化は――」
 そう言いかけた時、どくんっ――と、何かの脈動のようなものを月彦は感じた。
「う、お、お、お……!」
 右腕と、左足。それぞれ骨折した箇所がどんどん熱くなる。まるで松明でも近づけられているかのように熱を帯び、やがてそれが全身へと伝播していく。
「真央……牛乳っ」
「えっ……?」
「牛乳をよこせッ!!!」
 真央が持っていた一リットルパックの牛乳をひったくるようにしてラッパ飲みをする。ゴキュゴキュと喉を鳴らして一気に飲み、あっという間にパックが空になってしまう。
「もっとだ、真央ッ!」
「う、うん」
 真央が慌てて階下へと降り、一リットルパックの牛乳二本を持ってくるも、月彦はそれすらたちまち飲み干してしまう。
「ぷはっ…………真央、牛乳はっ!?」
「ご、ごめんなさい……もう、無いみたいなの……」
「牛乳が……無い?」
 ふーっ、ふーっ、と荒ぶる息を吐きながら、月彦はギブスに覆われた己の腕を見る。ギブスごしに――否、体の内側から伝わってくるめきめきという音。すさまじい勢いで骨が治っていくのが手に取るように解る。
 右拳を作り、ぐっと力を込めてみる。殆ど無かった握力が元通り――いや、元以上に強化されているような気がした。ギブスなどもう要らない、邪魔だ――と思う。
 試しに左足のギブスに右手のギブスを思い切り叩きつけてみる。痛みは皆無。何度も叩きつけ、石膏ギブスにヒビが入り始める。さらに叩きつけ、自力でギブスを引きはがす。
「と、父さま……?」
 さすがに真央が不安げな顔をするが、今の月彦には目に入らない。とにかく己の手足を拘束するこの物体が邪魔でしょうがない。排除しなければと半ば本能に従って剥ぎ取っていく。
「これはまた……なんつーか……」
 また、人として大切にしなければならないものをいくつか失ってしまったのでは――月彦はそんな事を思う。
「かなり強力な薬だな……一晩じゃなくて数分で治っちまったぞ」
「そんな筈は……あっ……もしかしたら、アレも入れ忘れちゃったかも……」
 と、真央がそんな事を言い出す。
「何……だと?」
「ち、違うの……父さま、アレは本当に忘れて――」
「“アレは”、“本当に”?」
 あっ、と真央が自分の口を押さえる。
「どういう事だ、真央。やっぱり嘘をついてたのか?」
 そうだろうとは思ったが、やっぱりそうだったのか。にじり、と月彦は真央に詰め寄る。
「わ、私はただ……父さまに早く治って欲しくて……」
「早く治って欲しい? 早くエッチしてほしいの間違いじゃないのか?」
 真央は月彦から逃げるように後ずさりをして、ベッドの端に足を取られて尻餅をついてしまう。
「や、やめて……父さま……乱暴な事は…………」
「乱暴なこと? こういうことか?」
 真央の細腕を掴み、強引に引き寄せ、その胸元を鷲づかみにする。そのあまりに力任せな手つきに、さすがの真央も悲鳴を漏らす。
「……真央、牛乳を飲ませろ」
 ふうふう荒い息混じりに呟く。
「で、でも……牛乳は……もう、父さまが、全部……飲んじゃったから……」
「まだあるだろ。ここに」
 さらに強く、真央の胸元を揉み捏ねる。その感触から、ブラはつけていない事は明白だった。
「これだけ大きいんだ。良く揉めば出るんじゃないのか?」
「そ、そん、な……私、おっぱいなんて……まだ……んんっ!」
「なんだ、準備が悪いな。真央のことだ、乳が出るようになる薬でも用意してるんじゃないかと思ったんだけどな」
「……私が、おっぱい出たら……父さま、飲んでくれた?」
「ああ。この牛みたいな乳をたっぷり捏ねて絞り出して、最後の一滴まで飲み尽くしてやっただろうな」
「……ぁ……」
 想像したのか、真央が薄紅だった頬をさらに朱に染める。全く、と月彦は愛娘のそんな様をみて苦笑せざるを得ない。
「そうだ、真央。入院している時にな、真狐が見舞いに来たんだ」
「母さまが?……んっ……!」
「ああ。俺が動けないのを良いことに、散々悪戯をしていきやがった」
 そして、エッチなこともな――と、胸を揉みながら囁いてやると、途端に真央が体をびくんと揺らす。
「か、母さまと……エッチ、した、の……?」
 真央が喋る間も、絶えず胸元をまさぐる。その目には明らかに嫉妬の色が混じっているが、胸元を散々愛撫されて早くも蕩け初めているようだった。
「厳密に言えばしてない。アイツは散々誘惑してきたが、なんとか我慢した」
 俺には真央がいるからな、と囁きながら、さらに胸元をまさぐる。事実は多少違うが、真央も嘘をついたのだ。これくらいは構わないだろうと月彦は思う。
「どんな風に、誘惑、したの?」
 はあはあと息を荒げながら、真央が尋ねてくる。一般的に大きな胸は感度が悪いと言われているが、真央のそれには関係がないのは既知の事実だ。
「あの大きな胸を見せつけながら、手で、な……こんな風に」
 囁きながら、真央の手を自分の股間へと導く。薬の効果か、既にそこは……完全に臨戦態勢になっている。
「母さまが、手で……」
「あぁ。さすが真狐だな。いやらしい手つきで、ヘビみたいに下着の中まで入ってきて、触りまくってきた」
「ぅんっ……ぁ……」
 まるで月彦の言葉をトレースするかのように、真央は寝間着ズボンの上から月彦の剛直をさすり、その下着の中へと手を忍ばせていく。
「そう、ちょうどそんな感じだ。……さすがだな、真央」
「だ、だって……母さまばっかり、ズルい………」
 ズルい、の意味が月彦には解らなかったが、目論見は成功した。真央はすっかり真狐への対抗心を燃やし、積極的に剛直に愛撫をしてくる。
「私も、父さまに……してあげたかったのに……」
「薬なんて後回しにして、真央も見舞いに来れば良かったんだ。そうすれば……」
 たっぷり中に出してやれたのに、と大きな耳の内側で囁きかけてやる。ぁ、と声を漏らして真央がぶるりと体を震わせる。
「想像したのか。真央は中に出されるの大好きだもんな」
「…………うん、大好き」
 顔を真っ赤にして、真央は頷く。その仕草があまりに可愛くて、月彦は複雑な心境になった。真央の“彼氏”として喜ぶべきなのか、“父親”として嘆くべきなのか。
「そっか……じゃあ、病院でできなかった分も含めて、たっぷりと……真央の相手をしてやるかな」
 ぐっ、と服の上から爪を立てて、真央の乳を鷲づかみにする。
「ぇ……ぁっ、と、父さま……やっ、痛っ……」
「解るか、真央。……さっき飲んだ薬のせいで、どんどん興奮してきてるんだ。ヤバいくらいにな……ずっと入院したせいでただでさえ溜まってんのに、そこに薬で拍車がかかったんだ。何回すれば収まるのか、俺にもわからん」
 まるで興奮の具合を示すように、ぐぐっ、と剛直がにわかに膨れあがる。その質量に、ひっ、と真央が怯えたような声を出す。
「やっ……父さま、恐い…………」
「恐い? そう見えるかもしれないな……。なんたって俺は今、死ぬほどエッチがしたくて、この部屋には真央しか居ないんだから。もう真央を犯したくて犯したくてたまらないんだ。……逃げるならいまのうちだぞ、真央」
 まだ俺の理性が残っているうちに――と、促すも、真央は逃げるそぶりすら見せない。ただただ怯えるような、それでいて期待するような目で月彦を見て、ぶるりと体を震わせるだけだ。ふさふさの尻尾が、まるで何かを待ち望むかのようにぱたぱたと揺れる。
「……真央には愚問だったな」
 苦笑して、そのまま月彦は真央を押し倒した。


「あん……今日の父さま、胸、ばっかり……んっ……」
 真央がそう呟く程、月彦は執拗に真央の乳をこね回す。
「……牛乳が飲めないせいかな」
 等と言いながらも、実際の理由は違うと月彦は思っていた。入院中、真狐に誘惑(?)された時のあのムラムラがまだ解消されていないのだ。
「真狐といい、真央といい、なんで、こう――」
 人をムラムラさせるような乳をしてるんだと、半ば苛立ちを込めるようにしてこね回す。
「病院には若い看護婦さんもたくさん居たが……真央ほど胸の大きな人は居なかったな。こんな巨乳の看護婦が居たら、かすり傷でも入院するヤツが出てくるかもな」
「んっ、……父さま、も……?」
「そうだな。……もし真央が将来看護婦になったら、態と怪我して入院して、毎日犯しまくってやる」
 冗談交じりにそんな事を言いながら、また胸元をまさぐる。
「……ぅぁ………………私、看護婦になろう、かな……」
 恐らく、これほど不純な動機で看護士を目指すのは真央くらいだろう。
「本当にいいのか? 真央。真央にムラムラするのは俺だけじゃないんだぞ。こんな体で毎日注射されたり、体温計られたりしてみろ……人生捨ててもいいや、って思うヤツがぞろぞろ出てくるぞ」
 ただでさえ入院中は“溜まる”からな――と、真央を脅かす。
「……お、男の人って……そんなに、ムラムラするの、かな」
「する。そりゃあ相手がただの美人とか、胸の大きなだけの看護婦とかだったらさすがにそこまではならないだろうけどな」
 真央自身は気づいていないのだろう。自分がどれほど無防備か。男がつけ込みたくなる類の――そう、言うなれば“襲われたいオーラ”のようなものを纏っているのかを。真央自身は気づいていなくとも、他人の目から見れば一目瞭然。女子の由梨子でさえ、真央を一人で下校させるのは強姦補助並の過失だと言って家まで送っている程だ。
 何が一番まずいかといえば、やはり胸だ。今日は特にそう感じてしまう。
「服が、邪魔、だ」
 ボタンを外すのももどかしい、と力任せに看護服の前を開く。ぴんっ、ぴんとボタンが二つほどはじけ飛び、真央の悲鳴と共に、柔らかい塊がたぷんと顔を出す。素肌に直接着ていたのか、どうりで――と、月彦は再び柔肌を鷲づかみにする。
 むぎゅ、むぎゅっ、と粘土でもこねるような手つき。常識的に考えれば痛いだろうと思えるほど力を込めても、真央は身をよじって甘い息を漏らす。或いは、本当に痛いのかもしれないが、それよりも――快感の方が勝っているようだ。
「ふぅ……ふぅ……ホント、大きいな……」
「父さまが、そうやって……毎日触るから……」
「嫌なのか?」
 嫌だと、答える筈がない。真央は黙って、されるがままになっている。
 真央が抵抗しないのを良いことに、月彦は遮二無二乳をこね回し、ぴんぴんに尖り始めたその先端に吸い付く。ちぅぅ、と強烈に吸い上げるも、やはり何も出るはずはない。
「んぅぅッ!」
 胸を強く吸うと、真央が背をのけぞらせて悶える。構わず、月彦は心ゆくまでたっぷりと巨乳を堪能する。
「とう、さま……お願い、もう…………」
 許して、と掠れた声で漏らす。
「胸ばっかり、そんなにされたら……私……」
「胸だけでイく――か?」
 それとも――と、月彦はかろうじて腰の辺りで止まっているナース服からちらりと見えているローレグ目掛けて、怒張を押しつける。
「こっちが欲しくなったのか」
「そんな……ぁあああんっ!!!」
 仰け反り、甘い声を上げてぶるりと体を震わせる。
「相変わらず感度がいいな。こうしているだけでイくんじゃないのか」
「やっ、だめっ……と……さま、そんなに、グリグリ、しない、でぇっ……! ぁぁあっあぁぁあっ!」
 下着の上からぐいぐいと怒張を押しつけられて、たまらず真央が声を上げる。無論月彦は真央の言葉を聞いたりはしない。濡れた下着に浮き出てくる割れ目に剃るようにして、怒張を擦り続ける。
「あっ、あっ……だめっ……父さまっ……あ、あっ、あっ、あんっ!!」
 だめ、と言っている割には、真央はまるでその行為を受け入れるように自ら足を開き始める。逃げるように腰を引いたかと思えば、すぐさま差し出すように腰をくねらせ、擦りつけてくる。既に下着は真央の内から溢れたものと、月彦が擦りつけたものですっかり湿っている。
 真央の目が、物語っている。今すぐ下着を脱がして、犯して欲しい、熱くて濃いもので満たして欲しいと。それが解っていて尚、月彦は態と下着の上から擦りつけるだけに止める。
 甘やかしてはいけない。エッチしたさに父親に対して媚薬の類を漏る等という行為に味をしめさせてはいけないのだ。しかも真央の場合は初犯ですらない。情状酌量の余地もない。
 悪いことをしたらきちんとこらしめてやらねばならない。しかしただエッチをしたのでは、真央が喜ぶだけだ。ではどうすればよいか――。
「お、お願い……父さま、……下着の上から擦りつけないで……」
「ん……ダメなのか?」
「……だ、だって……下着が、汚れちゃう……」
 こんなにぐっしょりになってしまうくらい濡らしておいて、何を今更、と月彦は苦笑する。
「だったら、自分で脱げばいいだろ?」
 いつもみたいに、男を誘うような脱ぎ方で――と、囁きながら胸を掴む。戸惑いながらも、真央はこくんと頷く。
「そうだな……また真央に上になってもらおうかな」
「えっ……私が、上に、なるの……?」
「うむ。ナース服エッチといえば、騎乗位がセオリーだ」
 と、少なくとも月彦は思っている。
「但し、真央。一つだけ……約束してもらうぞ?」
「約束……?」
「なに、簡単な事だ。ようは――」
 ぼそぼそとキツネ耳の中に囁きかけてやる。えっ、と予想通りに真央が戸惑いを見せる。
「約束を破ったら、お仕置きだからな」
 意地の悪い笑みを浮かべて、月彦はごろりと寝転がった。


 月彦に言われた通りに、真央は下着を脱ぐ。淡いブルーのローレグが自ら溢れさせてしまったものと、月彦に擦りつけられたもので濃紺に近い色になってしまっている。
 本当なら、力任せに――それこそベッドに押さえつけられながら、暴力的に脱がされたかった。いっそ引きちぎられてもいい――お気に入りの下着だが、月彦にそうされるのならば本望だった。
 意外にも冷静――に見える。少なくとも、普段そうであるようにケダモノのように襲いかかってはこない。それが逆に不気味で、恐くもある。それは同時に――月彦が冷静ではなくなったとき、自分はどうなってしまうんだろうという期待を呼ぶ。
「父さま……その、本当に……」
「ああ、二言はない」
 月彦は仰向けにベッドに寝転がり、腕を組んでマクラにしている。真央の視線は当然、その体の中心へと動く。
 惚れ惚れするほど逞しい肉柱。見ているだけで瞳が潤み、じっとりと体の奥から蜜が溢れてくる。
「んっ……」
 月彦に跨るようにして、腰を落とす。月彦との“約束”に注意をしながら、肉柱の上に徐々に体重をかけていく。
 約束――それは、絶対にナカに入れてはいけないということ。つまり、素股をしろと月彦は言っているのだ。
 無論、それがどういうものかは知っている。しかし、何故今月彦がそれを要求するのか真央には解らなかった。
「んぁっ……父さまの、凄く、堅い……」
 肉柱を臍の方に押し倒すように体重をかけるも、なかなか巧くいかない。月彦の剛直があまりにも力強く、倒れてくれないのだ。
「だめ……父さま、出来ない……」
 泣き言を言っても、月彦は聞かない。仕方なく真央は両手を沿えて体重をかけながらなんとか剛直を押し倒し、その上に跨る。
「んぅっ……ぁ………………」
 ぐっ、ぐっ……と秘部を押し上げられる感覚に甘い吐息が漏れる。挿れたい、ひと思いに挿れてしまいたい――その欲求を真央は必死に我慢する。
「どうした、真央。動かないのか」
「う、動く……って……そんな、簡単に…………」
 言わないで欲しい――、と真央は心の内で呟いて、代わりに月彦には恨みがましい目をぶつける。
 月彦に跨っている、触れている――そう感じるだけで、止めどなく溢れさせてしまう。下腹からじんじんと痺れるような快感が体中に広がって、思わず甘い声を出してしまう。
 下着の上からさんざん擦りつけられて、危うくイきそうになったところで漸く止められた。その後、下着を脱げと言われて――またイきそうになって――跨ったばかりなのだ。下手に動けば、すぐにイッてしまいそうだった。
 それでも、真央はゆっくりと腰を前後させ始める。イきそうになるのを我慢しながら、ぬっ、ぬっ……と腰をスライドさせていく。
「はぁ……はぁ…………」
 気持ちいい――と、つい呟いてしまいそうになる。ナカに挿れられるのとは雲泥の差だが、それでも真央はうっとりとその行為に耽ってしまう。
「……すごいな、真央。腰の回りがびしょびしょだぞ?」
「だ、だって……父さまの……凄く、熱くて……」
「理由になってない。擦りつけてるだけでそんなに気持ちいいのか?」
「擦りつけてる、だけ、じゃ…………んっ!」
「真央、もっと早く動け」
 胸を鷲づかみにされ、“命令”される。尻尾がゾクリと震え、つい反射的にはい、と返事を返してしまう。
 イかないようにゆっくりと動かしていた腰を加速させる。真央自身が溢れさせたものが潤滑油となり、ぬりゅぬりゅと剛直の裏筋をこれでもかと擦り上げる。
「はぁっ……んっ……ぁっ、んっ……あっ、あっ…………」
 真央の意志とは関係なく、甘い声が漏れる。月彦もまた、真央が腰を大胆に動かし始めたことで余裕がなくなったのか、まるで何かを我慢するように真央の胸をぎゅうと掴む。
「あっんっ……父さまっ、……そんなに、強く……」
 胸を強く掴まれた反動で、つい膣内を収縮させてしまう。が、本来そこに収まる筈のものはなく、真央はむず痒い思いをする。
(欲しい……父さまの、欲しい……)
 うずうずと、その事ばかりが頭をよぎる。いっそ、ミスを装って挿れてしまおうか――などと考えてしまう。
 しかし、それは出来ない。それはしてはいけないと、月彦に約束させられた。破れば仕置きをすると、恐い顔で言われた。
 仕置きとは、いったい何だろう。どんな事をされるのだろう。想像するだけで、真央はイきそうになる。
「とう、さまぁ……挿れ、たい…………」
 徐々に我慢が効かなくなり、はあはあと息を荒げながら懇願してみる。
「ダメだ」
 冷徹な口調だった。許しが下りなかったというのに、その冷たい声に真央はまたゾクリとしてしまう。
「挿れたい……すごく、挿れたいの……欲しくてたまらないの、父さま……」
 腰をスライドさせて擦りつけながら、真央は右手の指で剛直の先端部を弄り始める。意識しての行為ではない。挿れて欲しさが高じて勝手に手が動いてしまったのだ。
「っ……ダメだ。挿れたら……お仕置きだぞ?」
「そん、な……」
 あくまで許可はおりない。真央の頭の中はもう、剛直の事で一杯だった。早く挿れてほしくてたまらなかった。
「父さま……どうして、意地悪するの……? 私、……父さまの言うとおりに、してるのに……」
 自分がこんなにも欲しいと思っているのに――真央は不満を露わにする。
「意地悪じゃない。躾だ」
 ハッキリと言い放って、月彦はぎゅうと真央の乳を鷲づかみにする。反射的に膣内がキュウと収縮するが、やはり物足りない。
「これで何度目だと思っているんだ。エッチをしたいなら素直にそう言えばいい、どうしてこっそり薬を漏るような真似をするんだ?」
「そ、んな……私、本当に、調合、間違えちゃって……」
「まだ言うか」
 月彦は真央の太股の上の当たりを掴み、ぐいぐいと剛直を自分から真央の秘裂に擦りつけてくる。途端、ぴりぴりと電気のような快感が真央の体を貫く。
「あぁぁぁああっ……!」
 びびっ、びっ……!
 尻尾がそそり立ち、イきそうになった途端、月彦は動きを止めてしまう。
「やっ……ぁ……父さま……止めない、で……」
「真央が素直に罪を認めて謝れば、今すぐにでも挿れてやる」
「う……ぁ……」
 そんな事を言われたら、例え本当に冤罪でも認めてしまいそうだ――と、真央は尻尾をゾクゾクさせながら思ってしまう。そして当然――
「ご、ごめんなさい……私、父さまに……襲われたくて……態と、間違えたの…………」
 あっさりと、真央は“白状”する。
「……なんか腑に落ちないな。やっぱり挿れるのはやめておくか」
「ぇ……そん、な――ぇ、あっ、やうッ!!!!」
 約束が違う、と真央が言いかけた時、ぬぅっ、といきなり剛直を挿入される。
「あっ、あぁあうぅッ!!!!」
 熱く、堅い塊が体の芯を貫き、いきなりイかされる。びくん、びくんと体を揺らしながら、真央は月彦の胸板の上に手をつき、はあはあと呼吸を整える。
「んっ……やっぱり真央のナカはキツくてぬるぬるで……いいな。真央、イッたのか?」
 白々しく尋ねながら、ぐいぐいと剛直の先端を擦りつけてくる。唐突の挿入のショックと、最奥を擦られる快感で真央はろくに答えることもできない。
「と、うさま……だ、めぇ……そん、な……急に、……あぁん!」
「言っただろ、すぐに挿れてやるって。……真央も随分欲しそうだったしな」
 月彦は両手でたっぷりと真央の乳をこね回し、ベッドのスプリングも利用して膣内を蹂躙し始める。
「あっ、ぁっ……やっ、あッン!……とう、さまぁッ!……そんなッ、にッ、されッ、たらッ……私、また、すぐっ……んンッ!」
 ぎゅうと胸を掴まれ、反射的に締まる膣内。そこを、堅く熱い肉柱で無理矢理押し広げられ、最奥まで犯される。その繰り返しに、真央は早くも頭の奥が痺れ始める。
「なんだ、真央……もう蕩けてきたか?」
「んっ、ぁ……あっ、んッ!……と、さま……狡い…あンっッ…胸されながら、突かれ、たら……私が弱いって、知ってて……んっ……あん!」
 狡い、とは言いつつも、無論真央はそうされるのが嫌ではない。むしろ、もっと強く――爪が食い込むほどにぎゅうぎゅう揉まれたいとさえ思っている。
「あぁっぁッ!……だめっッ!……父さま……胸、だめなのッ……んっ……あんっ……!……やっ……また、イッちゃう……!」
「少しは我慢しろ、真央。俺はもっと……真央の乳を、体を堪能したいんだ」
 堪能したい――その言葉の通りに、月彦は両手でたっぷりと真央の乳を捏ねたあと、ナース服の上から腰のくびれ、お尻へと手を這わせていく。
「真央はイく時、むちゃくちゃ締め付けるからな。……あれでこっちまですぐイかされるんだ」
「はぁ……はぁ……そんな、の……私の、意志、じゃ――んぅ!」
「解ってる。“本能”だよな。子種が欲しくて……男のを、俺のを締め付けてくるんだろ?」
 ぎゅうっ、と尻尾を握られる。全身から力が抜けた所をずんっ、と一際強く突き上げられ、真央は思わず悲鳴を漏らす。
「あぁッ!!! んぁっ……あっ、や、ぁっ、……ぁっ、やっぁっ、とう、さま……も、だめ……んっ、あっ! あっ、あっ、……あっんッ!、あっ、あんっ……あっ、あっあッァ!!!」
 ベッドのスプリングのせいで、突き上げられるたびに真央の体は僅かに浮き、沈むと同時にまた奥の奥まで突き上げられる。しとどに溢れた蜜がばちゅんばちゅんと音を立てて飛び散り、それすら真央の嬌声にかき消されていく。
「あぁっあっぁっ……ら、めっ……も、イくッ………………父さまっ、父さまぁぁァッ……!」
 たぷんっ、たぷんと撥ねる乳を鷲づかみにされ、もみくちゃにされながら真央はイく。自分の意志とは無関係に膣内が断続的に収縮し、月彦が苦痛めいた顔になる。
「だ、から……真央、そんなに締めたらっ……っ!」
「ひぁっ……ぁあ……やっ、ナカに、出て……んんっ……んんんんぅッッ!!!!!」
 びゅるっ、びゅっ、びゅっ!!!
 すさまじい音が、体を伝わって真央の耳にまで響き渡る。膣内に濃厚な牡液をたっぷりと吐き出され、汚されながら真央はイかされ続ける。
「っ……こ、ら……真央、そんなに……ッ……搾り取るみたいに……っくっ……!」
 月彦の言葉すら、もう耳に届かない。ただただ膣奥を小突く白濁の奔流の感触の虜となり、はあはあと息を荒げながらぐりぐりと腰を動かし、一滴でも多く搾り取る。
 到底、膣内に収まりきる量ではないそれはごぽごぽと結合部より漏れ出してしまう。人の鼻よりも敏感な嗅覚はそれらの臭いを逃す筈もなく、真央はますます興奮させられてしまう。
「あぁぁぁ……父さま、いつもより……多かった、ね…………」
 はーっ、はーっと呼吸を荒げながら、漸く喋る。結合部に手を這わせ、漏れた牡液を指に絡める。ねっとりとしたゼリー状のそれをしばし指先で弄んだ後、舌先でそっと舐め取り、味わう。
 口腔内に満ちる独特の味と、鼻腔を突き上げる濃厚な牡の臭いに真央は頭がクラクラしてしまう。もっと欲しい――と、思う。
「……っ……だから、言っただろ。入院して、溜まってた……てな」
 月彦は上半身を起こし、両手で真央の尻を持つような体勢になる。最早言うまでもなく、挿れたままの剛直は微塵も萎えていない。
「んっ……父さま…………もっと……いっぱい、真央のナカに出して……」
 両手、両足で真央は月彦にしがみつくようにして“おねだり”をする。ぐぐっ、と尻を持った手に力が入り、すぐに体が上下に揺さぶられ始める。
「あっ、あっ、あっ……父さま……んっ……!」
 抽送に伴い、ぐぷぐぷと音を立てて白濁液が溢れ出していく。勿体ない――とは思わない。また、すぐ……濃いのを出してもらえるから。ナカにたっぷりと塗りつけてもらえるから。
 だから、惜しくは――ない。
「……そんなに勿体なそうな顔をするな。またすぐ、真央のナカに出してやるんだから」
 頭ではそう思っても、よほど物欲しそうな顔をしていたらしく、月彦に苦笑される。
「あぁぁ……父さま、大好き…………」
 きゅうっ、と両手に力をこめてしがみついて、そのままキスをする。
「んんっ! んっんっ、んっ……んっ……!!!」
 キスをしたまま、激しく体を揺さぶられ、突き上げられる。熱い肉塊がごちゅごちゅと音を立てて真央のナカを蹂躙する。
「んんんっんんーーーーー!!」
 さきほどイッたばかりだというのに、またイかされる。月彦とキスをしているだけで――否、キスをしながら突き上げられるだけで、感度が青天井に上がってしまうのだ。
「んっ、は……真央、また……イッた、な?」
 お仕置きだ、とでも言うかのようにぐりぐりと真央の一番弱い奥を擦られる。あひぃっ、と真央が悲鳴を漏らすのも構わず、月彦は執拗に奥を攻め続ける。
「やっ……と、さま……それ、ダメっっ…………ひぃぃいいいうゥッ!!」
 ただでさえ弱い最奥に、先ほどたっぷりと出された白濁を塗りつけるように擦りつけられ、真央は立て続けに数回イかされる。びくんっ、びくんと腰を撥ねさせ、その都度月彦は眉を歪めながらも攻める手を止めない。
「っ……ホント、奥をこうされると……気持ちいいんだな、真央は……」
「やっぁ……父さま、奥、だめ……あ、ぃいッ!!!」
 ぎゅうっ、としがみつく手が思わず爪を立ててしまう。が、月彦の方も真央にそうされるのは最早慣れっこなのか、痛いとも言わなければそんなそぶりすら見せない。
「奥だめ……って言う癖に、そうやってしがみついて、自分からぐりぐり腰を押しつけてくるんだもんな。……俺はどうすればいいんだ?」
 苦笑混じりに、月彦はそんな事を言う。無論真央は、自分が腰を押しつけているという自覚などはない。
「やっ……おね、がい……父さま……もっと、優しく……んっ……!」
 懇願する真央の唇を、月彦はキスで塞ぐ。
「んんんっ!! んんーーっ! んんんっ! んんっっふ、んっ……んんーーーーーッ!!!!」
 優しく、と言っている側から激しく突かれ――それもキスをされたまま――真央はたちまちイかされる。イかされた所に、さらに唐突にどくりと、また牡液を中出しされ、何度も何度もイかされる。
「ふぅ…………ふぅ…………真央の、ナカ……気持ちよすぎだ……すぐ、出ちまう………………」
「あぁぁぁ……父さま、また……こんなに、いっぱい…………んっ、……やっ……こ、擦りつけ、ないで……あぁあっぁっ……やっ………ぁっ、ひん……!」
 膣内にぐりぐりと牡液を塗りつけられながら、真央は牝としての至福を満喫する。
(あぁ……私、父さまにマーキングされてる……)
 パートナーとして選んだ牡の精液を膣内に執拗に塗りつけられるその行為。半ば儀礼化したその行為が、真央は堪らなく好きだった。
(父さまのモノに……されてる……)
 そのことを、一番実感できる瞬間。この一瞬の為なら、多少の嘘も辞さない――と、真央は思ってしまう。
「ほら、真央……いつまで休んでいる気だ?」
「んぅっ……!」
 ぺしんっ、と軽く尻を叩かれて、真央はびくりと体を震わせる。
「次は真央が大好きな“後ろから”だ。またたっぷり突いて、たっぷりナカに出してやるからな」
「ぅ…………」
 月彦の言葉に尻尾がゾクゾクしてしまう。期待に胸が高鳴り、息を荒げてしまう。
(あぁ……父さま、好き…………大好き……!)
 真央はもう身も心も月彦に蕩け、言われるままに四つんばいになって、体を差し出すようにして尻を月彦の方へと向けた。


 一体、何度イかされ、何度中出しされただろうか。
「んっ……父さま…………あっ……!!」
 びゅっ、びゅるっ……!
 頬を叩く、熱い液体に真央は思わず声を上げてしまう。見上げれば、息の荒い父親がケダモノのような目で自分を見下ろしている。
「ふぅ……ふぅ……真央の、乳……たまんね……もう一回、だ……」
 そう言って、月彦は再び両手で真央の乳を掴み、己の剛直を包み込むと腰を使い始める。
 これで、胸だけで三回目だ――と、真央は鈍った思考力で考える。
 薬のせいか、月彦の精力は普段のそれよりもすさまじかった。否、確かに普段から月彦の精力は並々ならぬものがあったが、今回は明らかに違う。
 既に十数回、或いは二十数回射精している。もう、真央の膣も、尻も、口も――そして体中至る所が白濁に汚されている。
「はぁ……はぁ……」
 息を荒げながら、真央の乳をまるで膣のように使い、月彦は己の剛直を扱き上げる。自らの乳の間を行き来する熱い肉塊の感触に、真央もまた吐息を漏らし、反応する。
 正直、真央はホッとしていた。月彦の注意が乳に逸れた事に――だ。
 月彦は、真央が望む以上に猛ってしまっている様だった。いつもならば、さすがの月彦も回を重ねるごとに白濁の量も減り、パワーダウン――よりケダモノっぽくなる事はあるが――疲れは隠せない、という感じになる筈なのだ。
 前にも何度か徹夜でしつづけた事はあるものの、既にその時の倍以上真央はイかされ、中出しをされた。
(父さま……スゴい……本物のケダモノみたい……)
 何度も中出しされ、へとへとになりながらも、真央はそんなうっとりとした目で父親を見上げる。体はへとへとでも、月彦が自分の体に欲情していると思うだけで、真央は幸せな気分になれるのだった。
(胸でするのが終わったら……次は……何をされるんだろう……)
 さんざんイかされた後だというのに、そのことを考えるとまた尻尾がゾクゾクするのだった。
(また、口でさせられるのかな……)
 ぐいと髪を掴まれ、「舐めろ」――と、頬に剛直を擦りつけられる。そうされただけで真央はもう尻尾がゾクゾク、逆らうことなど出来はしない。
 既に、幾度となく口での奉仕を強要され、飲まされた。一リットルくらいは飲まされたのではないか――真央は己の喉を通っていく濃い液体の感触を思い出す。
(それとも、お尻で――)
 尻だけでも、五回は出された。立たされ、壁に手を突かされ、何度も何度も突き上げられた。イかされ続けて真央が脱力しそうになると、尻尾をぐいと掴まれ、無理矢理立たされた。
(……でも、やっぱり一番は――)
 ナカには、何回出されただろうか。十回を下回ることはないと――真央は太股にまで溢れた白濁の感触に身震いする。
 この数時間はまるで月彦の性欲処理の道具のような扱われ方だった。月彦の命令のままに体を差しだし、奉仕をする――無論、嫌な筈がなかった。そのようにされたいから、嘘をついてまで――月彦に薬を盛ったのだから。
「んんっ…………!」
 月彦の動きが止まった瞬間、また熱い液が顔に降りかかる。剛直は――まだ猛っている。あぁ……父さまは本当にスゴい――と、真央は惚れ惚れしてしまう。
「ふーっ……ふーっ…………」
 真央が月彦のことをまるでケダモノだと形容するのは、なにも鼻息の荒さと精力のスゴさだけではない。闇の中に浮かび上がる、ぎらついた目が、真央にそんな印象を与えるのだ。
「もう、夜明け……だな」
 不意に月彦がそんな事を呟いて、真央は漸く気がつく。もうそんな時間――つまり明け方が近づいているのだ。それはつまり、学校に行かねばならない時間が迫っているということだ。
 ホッとするような、それでいて残念なような気分だった。出来ることなら――もっと月彦と触れあっていたかった。
「……真央、一緒にシャワーを浴びるか」
 優しく声を掛けられ、真央はうん、と小声で頷いた。シャワーを浴びる――それは行為の終焉を意味する。残念だが、真央は本望だった。今日はいつになく――それこそ、月彦と離れていた時間を埋めるように、いっぱい抱いてもらえたのだから。
「……残念そうだな、真央?」
 決して――というかそんなに露骨には――残念そうな顔はしていなかった筈だが、月彦はそんな真央ににやりと意地悪く笑ってみせる。
「安心しろ。風呂場でまた……犯してやる」
「えっ……」
「……まだ、ヤり足りないんだ。真央だってそうだろ?」
 ぐいぐいと、真央の腹の辺りに依然猛ったままの剛直を押しつけてくる。そんな、もうへとへとでエッチなんか無理――真央はそう言おうとした。が――
「……うん、もっと……したい」
 口から出たのは、そんな言葉だった。月彦はくすり、と笑みを漏らす。
「さすが、俺と真狐の娘だ」


 精液でドロドロにされたナース服を直接洗濯機の中に放り込み、真央は風呂場へと入る。夏とは違い、明け方は些か冷え込むようになってきた。本来ならばシャワーよりも湯船に浸かりたい所だが、一晩中抱かれて火照りっぱなしの肌には逆に風呂場の冷気が心地よかったりする。
「こうして二人でシャワーを浴びるのも久しぶりだな」
 同じく全裸になった月彦に後ろから抱きつかれ、ぎゅうと胸を掴まれる。背中に、熱く堅い塊がぐりぐりと押しつけられ、真央はそれだけで吐息を乱してしまう。
「このままシャワーを浴びながら真央を犯すのもいい、が――折角だ。真央……自分でシてみせろ」
 意外な申し出に、真央はえっ、と声を漏らしてしまう。
「俺に散々中出しされた後、シャワーを浴びながら一人でシてるんだろう?」
 キツネ耳の中でぼそぼそと囁かれ、そのまま内耳を舐められる。真央はうわずった声を上げて、月彦の腕の中でびくりと体を震わせる。
「やっ……父さまの前で……そんな、恥ずかしいこと……出来ない…………」
「何言ってんだ、前にもやっただろ?」
「あ、あれは……母さまが、無理矢理……」
 思い出して、真央は顔を真っ赤にする。そう、確かに月彦の言うとおり、一度やっているのだ。
「真狐の言う事は聞けて、俺の言うことは聞けないのか?」
「そ、そういうわけじゃ…………」
「真央が自分でシてる所が見たいんだ。……嫌か?」
 先ほどまでとはうって変わって優しい声。冷徹な口調で命令されるのも好きだが、こうして優しく頼まれるのも真央は大好きだった。当然、断れる筈もない。
「……い……いつもみたいに……すれば、いいの……?」
「ああ、上手に出来たら、また“ご褒美”をやるからな」
 ご褒美――その言葉に、ゾクリと尻尾が震える。下腹の奥がうずき始めて我慢できなくなる。
 月彦の抱擁が解かれるや、真央は湯船の縁に腰を下ろす。ちらり、と月彦の方に一端目をやった後、今から自分がやろうとしていることのはしたなさを改めて自覚して、頬を染める。
「ん……」
 いつもよりやや遠慮がちに、自らの胸元へと手を伸ばす。先ほどまでさんざんもみくちゃにされ、肉柱を擦りつけられたそこは白濁でヌトヌトになっている。それを、さらに自らの乳に塗り込むように揉みしだく。
「んっ……んっ……」
 指先にまとわりつく、白濁の感触。むせかえるような牡液の臭いに否応なく興奮させられる。乳を捏ねる手に力を込めるたびに、ぬりゅぬりゅと卑猥な音が風呂場に響く。
「……真央、胸だけじゃイけないだろ?」
 真央が自慰に耽り、側にいる月彦の存在が気にならなくなりかけたところで声をかけられる。快感でボーッとなりはじめていた頭が幾分正気に戻り、同時に羞恥も蘇る。
 ゆっくりと足を開き、そこに右手を這わせる。左手で乳をこね回しながら、右手の指先で少しずつ秘裂を刺激し始める。
「んっ……ぁ…………」
 先ほどまで散々突き上げられ、中出しされたそこは未だにトロトロと白濁が漏れだしている。それを指先に絡め、再び膣奥に塗りつけるように指を挿入する。
「あ、んっ……!」
 思わず声を出してしまって、ハッとする。今日はいつもとは違う、側で月彦が見ているのだ。その股間は相変わらずにギン立ちし、真央はそれを見ているだけでますます溢れさせてしまう。まるで、パブロフの犬のように。
「真央、よく見えない。もっと足を広げろ」
「う、うん……」
 月彦の視線を感じるあまり、無意識に足を閉じてしまっていた。それを、改めて広げる。
(あぁ……父さまに、見られてる……)
 自分の秘裂を。そしてそこを自分の手で慰めている様を。
「成る程な。そうされるのが真央は気持ちいいのか」
 ふむふむと興味深そうに月彦が呟き、真央はまた顔を赤くする。自分は観察されているのだと、身をもって実感する。
「……ん、手の動きが変わったな」
 月彦が呟いて、またハッとする。見られて、興奮して、早くもイきそうになってしまっている。一度ナカに出された牡液を、淫核に擦りつけながらイくのがいつものパターンなのだ。
「そうか。そうやって……そこに塗りつけながらするのが一番いいんだな?」
 見られてる。全て見られてしまっている。顔から火が出るほど恥ずかしいのに、指が止まらない。足を閉じることもできない。
「ぁ、やっ……父さま、見な、いで…………ぇ!」
 懇願しながらも、指の動きは止まらない。左手で自らの乳房をもみくちゃにしながら、右手の指で淫核を弄りながら、真央は懇願し続ける。
「全く、真央は可愛いな。イきそうになってるのが、見てるだけで解るぞ」
「ゃっ……ぁ……だめっ、父さま……んっ……くぅぅううっんんっ!!!!」
 イく瞬間、慌てて左手で口を塞ぐ。普段なら絶対そんなことはないのに、月彦に見られているだけで――大声を上げてしまいそうだったからだ。
「っ……真央、ご褒美は後回しだ」
 そんな真央の仕草を見た月彦が、ずいと一歩前に出る。
「続きは、舐めながらしろ」
「ぇっ……んんぐっ!」
 戸惑っているうちに、無理矢理剛直を咥えさせられる。
「真央がシてるのを見てたら、たまらなくなっちまった」
 髪を掴まれ、湯船の縁から引きずり下ろされる。タイルの上に直に膝をついて、真央は漸く口戯を始める。
「真央、指が止まってるぞ」
「んふっ……んっ……」
 月彦に指摘されて、真央は己の秘部を弄る手も再開させる。触っている真央自身、痛感する。ただ一人でするよりも、月彦に見られながらするよりも、こうして剛直を咥えさせられながらするのが一番興奮する――と。
(父さま、凄く……興奮してくれたんだ――)
 剛直をしゃぶりながら、真央はそんな事を思う。自慰に耽る自分を見て、月彦が興奮してくれた――その事実に、びくんと体が震えるほどの快感を感じてしまう。
「んふっ、んっ……んぷっ、んっ……!」
 頭の奥が痺れる程に熱く、堅い剛直をほおばり、嘗め回しながら真央はうっとりと瞳を濡らし、細める。既に、秘部を弄る指に遠慮はなく、風呂場中ににちゅぬちゅと音を響かせながら蜜を溢れさせる。
「……真央……ッ……聞こえる、か……これ、全部……真央が立ててる音、だぞ」
「ん、ふ……」
 指摘されて、思わず口戯を止めてしまう。風呂場に木霊する卑猥な音は、確かに自分の股間から響くものだった。最早音だけで、どれほど卑猥な指使いをしているのかが瞭然となる程に。
(で、も……指、止まらない――)
 股間を弄る手は完全に真央の支配下から離れていた。それが真央にはまるで月彦の手がそうしているように感じられてしまう。
「ん……真央、またイきそうなのか……?…………いいぞ……また、飲ませてやる」
 月彦ははあはあと息を荒げ、ぐいと真央の喉奥まで剛直を挿れるとそのままびゅぐんと白濁を溢れさせる。
「んっ、んんんぅうう!!!!!」
 突然喉奥に溢れ、口腔へと溢れてくる白濁に噎びつつ、その奔流の感触に真央もまたイかされる。喉側から鼻腔をつく濃厚な牡液の香りに身震いしながら何度もイき、脱力する。
 ふーっ、ふーっ、とケダモノのような息を吐きながら、月彦が剛直を引き抜き、真央の頬に先端を擦りつける。その刺激で残っていたものが吐き出されたのか、びゅるっ、と一度だけ白濁が飛んで真央の顔を汚す。月彦の、いつもの癖だ。
「……真央、立て」
 くたぁ、と脱力している所を、腕を引かれて立たされる。絶頂の余韻で思考が痺れ、平衡感覚も狂っている中で無理矢理立たされ、壁に手を突かされる。
「あ、あぁぁああう!!!」
 訳の分からないうちに背後から貫かれ、真央は悲鳴を上げる。そのあまりの声の大きさに月彦が驚いたのか、すぐに蛇口を捻ってシャワーを出す。
「……これで、少しくらい大声を出しても大丈夫だぞ、真央」
 腰のくびれを掴み、ぱんぱんと音が響く程に突き上げられる。
「んっ、ああっあっ、あーーーッ! ……あっ、ひっ、ぁ……やっ、とう、さま……そんな、すぐ、に……なんてっ……あうッ!!」
「そう言う割には、真央のナカ……すっげぇ絡みついてくるぞ……“指じゃ物足りない”って言ってるみたいだ…………」
 その通りだと、真央は思う。熱く、太く、堅い剛直に比べたら、自分の指など無いも同然だ。
「っ……さっきより、イイぞ……こんなに、変わるなら……これからはまず真央に自分でさせてから……犯すほうがいいかもな」
 そんな事を耳元で囁かれながら、真央は遮二無二突き上げられ、犯される。
「っあんっ!……そんっ、な……いつも、なんて……ひんっ! ぁっ、あああっぁうっう!」
「冗談だ。……ただでさえヤバいのに、こんなのでいつもシたら……マジで病みつきになっちまう」
 冗談――その言葉に、僅かに失望してしまう。そして、思ってしまう。今度父さまを誘うときは、自分でシながら誘ってみようかな――と。
「んんん!! ぁはぁぁあっ……とう、さまの……奥、まで……はぁああんッ!!!」
 ごちゅん!
 強烈に突き上げられ、体ごと子宮が揺さぶられ、イかされる。足がガクガクと震え、崩れ落ちそうになると――ぐいと、尻尾を掴まれて立たされる。
「はぁ……はぁ……とう、さまぁ……もう、許してぇ…………」
 タイルの壁に固定されたままのシャワーを浴びながら、真央は懇願するが、背中から自分を犯すケダモノの動きは一切止まらない。
「ダメだ。真央が変な薬を盛ったせいなんだからな、自業自得だ」
「んぁあっ……でも、こんなに……あんっ……される、なんてぇ、……んぅ!」
 背中にかかる温水が、腹の方へと流れていく。同様に濡れた乳房が、月彦に突き上げられるたびにたぷたぷと揺れ、飛沫が舞う。
「あっ、あっん! ぁぁぁぁ……とう、さまぁ……もう、らめ……立って、られな……ひぅう!! ぅううぅぅ!!!!」
 背後から覆い被さられ、ごりゅごりゅと先端を擦りつけられながら乳をもみくちゃにされる。
「あぁぁっぁあぁっ、ぁううう!」
 つま先立ちになり、自ら尻を突き出すようにしてイく。イきながら、これでもかと剛直を締め付ける。
「っ……いい、ぞ……マジで、真央のナカ……いい……ぎゅうぎゅう締まって……や、べ……出る……!」
 耳元でそう宣言され、中出しされる。どくんっ、と濃い熱塊が体の奥で溢れ――
「やっ、ぁっ、熱いの……溢れっ、ッあぁーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
 びくん!
 びくっ、びくぅ!
 尻を震わせて、またイかされる。さすがに立っていられず、真央は月彦に背後から抱かれたまま、風呂場に崩れ落ちる。
「はーっ……はーっ…………」
 荒々しい二人の呼吸と、シャワーの音だけがしばし風呂場に木霊する。
「……真央、コレ……どうするんだ?」
「ぇ……んっ!」
 ぬりゅっ、と、真央のナカで剛直が前後する。
「まだ……収まらないぞ」
「そ、そんな事……言われても……あっっ、や…………」
 動かさないで、という言葉は、真央の嬌声に変わった。ぬりゅぬりゅと牡液をナカに塗りつけられて、真央ははあはあと息を荒げる。
「……真央、今日は学校を休め」
「えっ……父さま……あん!」
「こんなんじゃ学校いけないだろ……真央が責任を取って、俺の相手をするんだ」
「そ、そんな……ズル休みなんて……ぁ、やっ……だめ、腰、動かさないでぇ……!」
「嫌だとは言わせないぞ。……解ったな、真央?」


 ――朝。
 真央と月彦にとって、長い長い夜が明けた。
「あら、月彦は具合悪いの?」
「う、うん……だから、私が食事持っていってあげようと思って」
 真央は盆に葛葉の用意した朝食(トーストにハムエッグ、サラダにオレンジジュース)を乗せる。
「そう……月彦も退院してから具合が悪くなるなんて、天の邪鬼ね」
「あと、ね……義母さま……私も、学校休んじゃ……ダメ、かな」
「真央ちゃんも? 具合がわるいの?」
 本当に心配するように、葛葉が声をかけてくる。ずきん、と胸の奥の良心が痛む。
「う、うん……ちょっと、熱っぽいの……」
「解ったわ、真央ちゃん。学校には私が電話しておくから今日は家で休んでなさい」
 真央の嘘に葛葉は何の疑いもなく頷くと、笑顔でそう返した。
「あ、二人とも具合が悪いのならおかゆとかの方が良かったかしら」
「ぁ……でも、父さまは大丈夫だと思う。私は……食欲ないの」
「具合が悪いときは食欲が無くてもちゃんと食べなきゃダメよ?」
 せめてオレンジジュースだけでも飲みなさいと言われ、真央は仕方なくコップ一杯のジュースを一気飲みする。
 具合が悪いのは嘘だが、食欲がないのは本当だった。
(父さまのが……まだ、残ってるんだ……)
 自分のお腹の当たりを障りながら、真央は頬を赤くする。朝食すら入らないほどに大量に飲まされたのだと思うと、それだけで興奮してしまう。
「あらやだ、真央ちゃん本当に熱っぽいわ」
 発情した真央の額を障りながら、葛葉がそんな事を言う。
「わ、私……部屋に戻る、ね」
 真央は慌てて盆を持ち、階段を駆け上がる。自室――即ち月彦の部屋の前に立つと、独りでにドアが開く。
「……母さんに言ってきたか?」
「うん……具合悪いって言ってきた」
 真央は盆を勉強机の上に置く。途端、背後から抱きつかれる。
「やっ……父さま……まだ、朝ご飯が……」
「真央っていう無茶苦茶美味しそうな“餌”が目の前にあるのに、我慢なんか出来るか」
 背後からぐりぐりと剛直を押しつけられ、折角着た部屋着のミニスカートに先走り汁が塗りつけられる。
「やっ……父さま……お洋服、汚れちゃう……」
「だったら脱げばいいだろ……脱げ、真央」
 月彦は構わず、下着の上からぐりぐりと剛直を擦りつけてくる。真央は仕方なく、自分で下着を下ろし、月彦の剛直を受け入れる。
「んぅっ……ぁっ、はっ、ぁ……あぁん!」
 勉強机の上に肘を突き、真央はなんとか踏ん張る。崩れ落ちてしまったら、折角の葛葉の朝食がめちゃくちゃになってしまうからだ。
「と、うさま……やっ……ベッドにっ……」
「ああ、真央のナカで一発ヌいたら、次はベッドでたっぷり犯してやる」
「やっ……ぁっ、んんっ!」
 もぞもぞと手が這い、薄手のセーターの上から胸をぎゅうぎゅう揉まれる。ブラはつけていないから、殆ど直に揉まれているのと大差がない。
「だ、め……父さま…んっ………具合が、悪いって…あっ、んっ………言った、から……義母さまが、様子、見に、くる、かも…ッ…ん!」
「なんだ……“父さまに犯されたいから休む”って正直に言わなかったのか」
 嘘つきだな、真央は――そう囁かれながら、ぐっ、と一際深く挿れられる。
「あはぁッ……!」
「だったら、また真央が上になるか? そしたら前の時みたいに“遊んでる”って思ってくれるかもしれないな」
「やっ、んっ……ぁっ、ら、めぇ……とう、さま……本当に、もう、……許して……」
「ダメだ。これに懲りたら、二度と薬を盛ったりしないんだな、真央」
「あぁぁぁぁっあっ! やっ……当た、る……おく、に……奥にっぃ……ごちゅんっ、ってぇ……!!!」
 肘をついているせいでかろうじて踏ん張れているものの、下半身はもうがくがくだった。はあはあと息を荒げながら、開きっぱなしの口から漏れた唾液が本来月彦が食べるべき食事の上へと降りかかる。
 酷く、悪いことをしているように思える。葛葉に嘘をついて、こんな――。
「ふっ……ふっ…………真央、このまま……イく、ぞ……!」
「あっ、やっ……父さまっ……あぁぁぁっぁぁぁァ!!!!!」
 今日だけで何度目だろうか。ドプドプと注ぎ込まれる奔流に真央は尻尾の毛を逆立たせてイく。
「はーっ……はーっ…………まだだ、まだだぞ、真央……」
「やめっ……父さま、塗りつけないでぇぇ……」
 剛直を前後され、真央の意志とは関係なしに下半身がグラインドしてしまう。まるで、月彦に“マーキング”をされて喜んでいるかのように。
「おね、がい……父さま……口で、口でするから……もう、ナカには出さないで……」
「口で、か。どうするかな」
 ぐっ、ぐっ、と剛直で真央のナカを蹂躙しながら、月彦は考えるそぶりをする。抽送で溢れた白濁が、つうと真央の太股を伝い、ニーソを汚す。
「まあいいか。真央……口でしろ」
「んっ……!」
 月彦は剛直を真央のナカから抜くと、ベッドの端に腰掛ける。真央は崩れ落ちるようにその前に座り込み、剛直にそっと口づけをする。
「…………少しでもぬるいと感じたら、また真央のナカにぶち込むからな」
 髪を撫でながら、月彦が平然と恐ろしい事を言う。真央はびくりと身をすくめて、夢中で剛直にむしゃぶりつく。
 今日の――否、薬の入っている月彦は容赦がない。普段なら遠慮がちに「口でしてくれるか?」と言うところを完全に命令口調だ。
 困ったことに、真央はそれが嫌ではない。シャワーの時のような優しい言い方も、意地悪な言い方も、両方好きなのだ。
 月彦に“命令”されるたびに尻尾がゾクリと震え、興奮してしまう。真央の意志は恐いと思っても、体が喜んでしまう。
(私、もう……父さまが居ないと、ダメだ……)
 逞しすぎる肉柱に頬ずりするように舌を這わせながら、真央はそんな事を思うのだった。

 


どこまで覚えているかといえば、何度か正常位で真央に中出しをした後、眼下で腹立たしいまでにたぷたぷと揺れる乳を犯してやろう――そう思った所までだった。
 あとは部分的、断片的。真央を風呂場に連れ込んで犯している所や、勉強机に押しつけて犯しているところ。その後口でさせ、さらには制服に着替えさせてまた犯すところ等々。
 恐ろしい薬だったと――月彦は痛感せざるを得ない。前にも似たような薬を盛られ、暴走状態になった事はあったが今回のは段違いだった。
 確かに骨折は治った。そこは真央に感謝する。しかし、その代わりに失ってしまったものもまた大きいのではと思ってしまうのだった。
 休み明けの月曜日、月彦は久しぶりに学校へ行った。先週の月曜日に霧亜に階段から突き落とされ、木曜に退院し、金曜日をズル休みしたのだから、正味一週間欠席したことになる。
「おはようございます」
 校門のところで由梨子に会う。気のせいか、その面影がどことなくやつれている気がする。はて、こんなに線の細い子だったかな――と思ってしまう。
「由梨ちゃん、顔色悪くないか?」
「………………いえ、先輩こそ」
 土気色ですよ、と言われて月彦は苦笑する。
「それより先輩、手と足は大丈夫なんですか?」
 ああ、やっぱり聞かれたか――と月彦は思う。無論、この手の質問に対する返答は用意している。
「ああ、なんか実は折れてなかったみたいなんだ。ヒビだけだから、ギブスももうとっちまった」
「ヒビ……ですか」
 由梨子は納得がいかないのか、首を傾げている。その腕を、真央がぐいと引っ張る。
「由梨ちゃん、早く教室行こう?」
 どうやら真央は月彦と由梨子が話をするのが面白くないらしい。この嫉妬深い娘は父親が自分以外の女の子と世間話をする事すら許さないようだった。
 由梨子と真央が昇降口へと消え、月彦もまた自分の昇降口へと向かう。途中で、見慣れた友人の顔を見つけた。
「おーい、カズー」
「おうー、つきひ…………こ?」
 月彦の方を見るなり、ギョッとする友人和樹。
「ん、どうした。俺の顔に何かついてるか?」
「いや……お前、ギブスはどうしたんだ?」
「ああ、実はヒビだったんだ。だからもう外した」
 そうか……と、和樹はしげしげと月彦を見る。
「なんかお前、入院中より調子悪そうだな。なんでそんな枯れ木みたいになってんだ?」
「いや、これはちょっと悪い狐に憑かれてだな……」
「……今度、お祓いでも行ってみるか?」
 冗談のつもりだったのだが、どうやらそう受け取ってもらえなかったらしい。それほどまでに自分は弱って見えるのか――と月彦はまるで他人事のように思ってしまう。
「お祓いか……それも悪くないな」
 それで真央の誘惑から逃れられるなら、神社仏閣の力に頼るのも悪くはない。自分の教室に向かう途中の階段を上るだけで激しく息切れをする己の体を状態を噛みしめながら、月彦はキツネ除けのお守りを持つ事を半ば本格的に検討し始めるのだった。

 

 

ヒトコト感想フォーム

ご感想をひとことどうぞ。作者にメールで送られます。


ヒトコト

Information

現在の位置